2014-07-31 19:06

ブログに載せるのもはばかられる話ですが

 昨夜長女からメールが届いた。
沖縄の新聞にこんなひどい投稿が載っているのだと言う。

2014-7-31プロ市民

千手観音で辺野古阻止
仲○達○ 89歳

 今年3月、わが妻の病気の関係で永住予定だった那覇のマンションを売却、横浜の自宅に引き上げることになった。その際に、本誌投稿マニアで親友の池○金○さんと、辺野古移設の工事が始まったら、阻止の座り込みをしようと約束した。

 もし機動隊がごぼう抜きを始めたら、腕に覚えのある空手で抵抗する。身柄拘束まで闘おう。拘束されたら留置場で窓ガラスを割り「沖縄人差別はやめろ!」と大声を上げる。90歳前後の老人が100人拘束されれば、沖縄の若者が一気に千人2千人と警察に抵抗するだろう。

 さらに、どんな願いでもかなう、宇宙の無限力を活用して「内閣消滅」を願う。雷が発生し、海上保安庁が動員した100隻の船舶を、神風が襲い湾底のくずにする。

 千手観音と言う仏像がある。これこそ宇宙の無限力、一念に千の働きがある。辺野古の基地建設は総崩れだ。 (神奈川県横浜市)


<引用終り>

89歳と言えば大正13年か14年生まれ位か、いずれにしても長い事生きてきて一体何を学んだのか?
本人は沖縄人と言っているが、年齢からみて本当に沖縄人なら沖縄戦に言及しそうなものなので沖縄人ではないだろう。
 仲○達○という名前で、 〇代〇也氏に見せているが、彼は昭和7年生まれの筈。おまけに奥様は随分前に死去している。
有名人に思わせる所など意図的な投稿なので、完全なやらせ投稿と思う。

プロ市民なるわけのわからない連中が沖縄を食い物にしているが困った事である。

尚こんな考え方の人間はイザ戦争になると真っ先に逃げ出す、敵前逃亡の危険の高い奴である。
災害などでパニックが発生すると真っ先にキャァッと大騒ぎして人助けなど決してしない連中。
会社などでも事故やトラブルが起こった時、一番障害になる人間なので、絶対重要な所には配置しなかった。
心して見なければいけない奴である。
  1. 社会一般
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2014-07-27 21:14

科学の芽

 今日とても良い言葉を見つけた。
科学の芽なのだと言う。

2014-7-27科学の芽色紙by朝永振一郎

 ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です

 よく観察してたしかめ
 そして考えること
  これが科学の茎です

 そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です

この「科学の芽」という言葉は,1974年11月6日に国立京都国際会館において,湯川秀樹・朝永振一郎・江崎玲於奈の3人の博士による座談会が開催された際に,「子どもたちに向けた言葉を」との要請に応えて,朝永博士が色紙(京都市青少年科学センター所蔵)に書かれた言葉だそうです。

そして朝永博士の功績をたたえ、科学の芽賞が筑波大学に設置されているそうです。

2014-7-27科学の芽賞ポスター

詳細は以下参照ください。
http://www.tsukuba.ac.jp/community/kagakunome/


仕事でも勉強でも何でもそうだが、「好きでなければ、興味がわかなければ」上手くいかない。
そんな意味でとてもいい言葉だ。

この言葉、早速プリントしてしばらく部屋に飾っておきたいと思う。
  1. 科学技術
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2014-07-25 12:03

タイ米は美味しい<続編

 前回タイ米は美味しいをエントリーしたのだが、今日はその続編、どんな風に食べるのかについて。

同じコメと言っても日本の様にジャポニカ米を茶碗と箸で食べるのは実は世界の少数派。
世界の多数派はインディカ米を手づかみ、又はスプーン・匙で食べる、これが世界の主流です。
そんな所を分かった上で、美味しいタイのコメをエンジョイしていただきたいと思います。


最初にコメそのものが如何違うか

タイのコメはインディカ米といって、粒の細長いコメである。
そして日本のコメと同じでモチ(糯)とウルチ(粳)が有る。
モチ(糯)は日本のコメと同じだが、ウルチ(粳)は日本のウルチ米と違い殆ど粘りが無い、パサパサのコメだ。

2014-7-24ジャポニカ米とインディカ米比較

さてその食べ方だが、これはタイのモチ米の食べ方。

2014-7-25タイ米カオニィオ

タイの北部・東北部ではこれが主食。農民が野良仕事に行くときの弁当はこれだけ。
おかずは現地調達である。カエルがいればカエル、イナゴならイナゴ、野ネズミを捕まえれば御馳走と言う訳。
そしてこのモチ米は手づかみで食べる。野良だけでなく家で食べる時も同じ、手づかみである。

次にウルチ米の食べ方の一例。

2014-7-22タイのおかずのせご飯(カイケーン)
これはおかずのせご飯、カイ・ケーンという。企業の社員食堂や街道筋の食堂の定番メニュー。
但し何人かで食べる時はご飯だけ皿に盛り、おかずは別の皿に何種類かのせて、そこから銘々がスプーンで掬って食べる。
だから食器はスプーンとフォークだけ。
日本式に箸で食べようとしてもコメがパラパラなのでうまく食べられない。タイ人が箸を使うのは麺類を食べる時だけだ。

尚日本でもカレーライスは全く同じ食べ方だが、コメはインディカ米の方がおいしく食べられる。
米に粘りが無いのでおかずやカレーによく馴染む為で、若し機会が有れば皆さんお試しください。


では糯(もち)米は如何調理するか。

2014-7-25タイ米を蒸す壺とザル

これは現在タイで使われているコメを蒸す道具。
中はこうなっている。
2014-7-25タイ米を蒸す壺とザルの内部写真

実はタイでこの道具を見た時、私の昔からの疑問が一つ解けた。
日本の弥生式土器にもそっくりのモノが良く出土するのだが、こんな使い方だったのだ。
これは弥生式土器の一例 (愛知県岩倉市出土、弥生時代中期のもの)
2014-7-24弥生式壺型土器岩倉市出土

こんなモノを見るとタイのモチ米の食べ方は殆ど昔と同じなのだと思う。


さてではウルチ米はどうかと言うと
これは現在も使われているコメを煮る鍋。
2014-7-25タイ米を煮る土鍋

こんなモノでコメを煮て、炊き上がったら残りのお湯を捨てて蒸らす。
日本でも江戸時代中ごろまで一般的だった方法、湯取り飯(ゆとりめし)という。
出来上がったご飯はオネバの部分を捨ててしまうので、例えジャポニカ米を炊いてもパサパサしたご飯になる。

しかしタイでも最近は日本の電気炊飯器が急速に普及してきたので、特に業務用などは殆どこの炊飯器になったようだ。


以上がタイ米の話だが、比較の為日本はと言うと

日本は蒸したコメ・・・強飯(こわいい)と言う。おこわ、こわいの元になった言葉
〃   煮たコメ・・・・姫飯(ひめいい)、又は粥(かゆ)と言う、汁を捨てたものを堅粥、汁のあるモノを汁粥という。

さて強飯(こわいい)はこんな風にたく
これは伊勢神宮で毎日神様に備える神饌を炊いている所、せいろで蒸している。
2014-7-25伊勢神宮のコメを蒸す竈


では姫飯、粥は如何して調理していたか、これは現在では全く見る事のない鍋、内耳鍋と言う。
2014-7-25内耳鍋

囲炉裏などで上からひもで鍋をぶら下げて煮炊きする時、紐が燃えないように鍋の内側に紐を掛けるようにしたもの。
鉄なべが普及して無くなりました。

最後に現在に続くコメの炊き方、羽釜です。
2014-7-25羽釜とガスコンロ

これは最近まで使われていたガスコンロにのせた羽釜。

そしてこれが昔ながらの竈と羽釜。
2014-7-25竈と羽釜

この羽釜には重く分厚い木の蓋がついている。この重い蓋と羽釜がセットで美味しいご飯が炊けるようになった。
炊いている時お湯の中に溶け出したオネバをそのまま炊き込んでしまい、もっちりした美味しいご飯になる。
この画期的な炊き方が普及したのが江戸時代中ごろの様だ。

羽釜は重い蓋をすることで中の圧力が上がり、温度も上がる。
そしてご飯を箸で容易に食べられるようになったのはこの羽釜で炊くようになったからである。

そして炊き方のノウハウは
「始めちょろちょろ、中パッパ、赤子泣いても蓋とるな」である。
この言葉、どこかで耳のしたことはないだろうか。
これが羽釜を使って美味しいご飯をあたきあげるコツだ。

日本のご飯がおいしいのは保温性の良い竈、そこにかける羽釜、厚く重い木製の蓋というハードウエア。
「始めちょろちょろ、中パッパ、赤子泣いても蓋とるな」というソフトウエア、これが一体となって初めて実現した。

こんな事で美味しい日本のコメと比べて全く同じ食べ方をしようとしてもそれは無理が有る。
タイのコメは(ウルチ米は)スプーンで食べてください。日本のカレーライスと同じ食べ方です。
そうすればとても美味しく食べられます。
箸で日本のコメと同じようにして食べようとすると食べにくい。タイ米がどうもと言う方はこんな所が理由でしょう。

若しタイ料理店などでモチ米を食べる機会が有ったら手づかみでどうぞ。
パンを手でちぎって食べる感覚と同じで、食べてみると結構いけることが分かります。

昔平成のコメ騒動(1993年)の時、豚のエサ並のタイ米を普通のコメと偽って国民に食べさせようとした。
その結果「タイ米は不味い」という印象だけが残ってしまった。
しかしタイ米は美味しいです。
是非本当のタイのコメの美味しさを知っていただきたいと思います。
  1. タイ
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2014-07-22 23:06

タイ米は美味しい

 もう20年も前の話だが1993年の事。日本は空前の大凶作に見舞われた。
その時のコメの作況指数は全国平均で74、つまり平年の4分の3しか収穫できなかった。
その為タイからコメを緊急輸入したのだが、そのコメたるや実に不味い。とても食べられたもので無かった。
しかしこの時の不味いコメの記憶は強烈で、今なお多くの人がタイ米は不味い、そう思っている。

笑韓流家元ご隠居さんの最近のエントリーでも韓国のコメの話がとり上げられたのだが、そこでもあの不味かったタイ米について多くの方がコメントされている。
以下参照ください。
http://ameblo.jp/nobody0728/entry-11897180179.html

しかし私はタイで仕事をしていて偶々その間の事情を知ることが出来た。
実はタイ米は不味くない。本当はとても美味しいのだ。
しかしあの時のタイ米は確かに不味かった、理由は豚のエサ並のコメで良いからと言って日本が輸入したものだった。
こんな日本人を騙した事情がある。
タイ米の名誉回復の為、その間の事情を書いてみたいと思う。
美味しいタイ米に対する誤解が解けることを切に願っている。

最初にタイ米とは本当はこんなモノ。
2014-7-22タイのおかずのせご飯(カイケーン)
タイのおかずのせご飯(カイ・ケーン)
タイのコメは日本のジャポニカ米と違い、インディカ米という粘りの無いパサパサのコメ。
だからスプーンで食べる。(日本のカレーライスと同じです)
そして食べてみるととても美味しいです。
但し日本人の方でこれを箸で食べようとして上手く食べられないから駄目だと言う方が見えますが、これはスプーンで食べるものと理解してください。
尚こんなコメの食べ方などについては、「タイ米は美味しい」の続編で紹介したいと思います、少々お待ちを。

さてでは1993年のコメの大凶作とコメ騒動・タイ米騒動についてです。

最初にこの大凶作がどんなものだったのか。
平成の大凶作=1993年コメ騒動
http://ja.wikipedia.org/wiki/1993%E5%B9%B4%E7%B1%B3%E9%A8%92%E5%8B%95

1993年(平成5年)、日本は記録的な冷夏となった。
全国平均で作況指数74、つまりいつもの年の四分の三しかコメがとれなかった。
当時の日本全国のコメの必要量は約1100万㌧、最終的に250万㌧のコメを主にタイから輸入した。

しかしそのタイ米たるや極めて不味い、とても食べられたものではなかった。

その大凶作と当時政権交代で首相の座に就いた細川の殿様が何の関係が有るか。ちょっと私のタイでの経験から聞いてください。

大凶作でタイ米はまずい、これは日本人ならだれでも強い印象を持っている。
私はその後タイで仕事をするようになったが、まずいと思ったタイ米は実に美味しい。
田舎のタイ人だけしか行かない辺鄙なところで食べても実に美味しい。
あの不味いタイ米は何だったのだろうか、こんな疑問を持っていた。
タイに行って2年ほどたった99年の終わりころ、タイ国王肝いりの精米プロジェクトと言うものが始まった。
タイの田舎の貧しい農民救済の為、国王肝いりの精米所を作り、中間マージンなしで農民の造ったコメを販売。
農民に少しでも収入を増やせるようにとの事だった。
当然それに協力する事にし、会社の食堂のコメをそれに切り替えた。
その時タイ政府のコメの担当のお役人さんと話をする機会が有った訳です。
仕事の話のあとでこんな質問。

私「数年前日本が大凶作の時タイ米を輸入したが非常にまずかった。しかし今どこで食べてもタイ米は美味しい。どうしてか?」

お役人さん「あの時は突然大量のコメを緊急輸入したいとの話だった。その量は200万㌧(最終的には250万トン輸入した)。しかし当時の全世界でのコメの貿易量は1100万㌧位、幾らタイと言えどもそんな量のコメなど準備出来る訳が無い。しかし古古米でもクズ米でも何でもいいと言うので家畜用にしかならない古古米、古古古米を出荷した。まあ豚のエサなので不味いのは当たり前
こんな話だった。

タイで聞いた話は此処までです。
しかし全世界の流通量の2割を緊急輸入する、実務に明るい人ならそれがどんなムチャクチャか、どんなトンデモナイ相場の上昇を招くのか分かると思います。

例えば日本に人口1億2千万人としてその四分の一に相当する食糧が足りない、つまり3千万人分の食糧が足りないという事は当時のマレーシアの全国民、タイの人口の半分に相当する人の食糧が無い事を意味します。
如何にトンデモナイ事態か分かると思います。

そしてこれからが細川の殿様の罪。
細川の殿様が首相になったのが93年8月のはじめ、そして8月の終わりころこの異常事態がハッキリしました。
不慣れな部分が有ったとは思います。
しかし殿様はこんな豚のエサ並のコメを普通のコメと言って知らん顔をして国民に食べさせようとしました。
またマスゴミもこんな異常事態、気が付く人がいたと思うのですが全くスルー。
結果としてタイ米は沢山捨てられてしまいました。

あの当時はコメがスーパーの売り場から消え、国民はパニックになりました。
売り惜しみや買占め、時には値段が3倍位になった所もあったようです。
家庭の奥さん・お母さんの心配は大変なものでした。
政府は、殿様は陣頭指揮で事実を国民に知らしめるべきだったのです。

そして折角協力してくれたタイなのですが、タイ米はまずい、そんな評判を残し、タイの人の好意を無にしました。
更にタイのクズ米で良いから安いコメが欲しいと言って買っていたアフリカなどの貧しい国、この国は日本が買い占めたので安いコメが買えず苦労しました。


この当時の政権が如何だったのか。今あらためて見てみると愕然とします。

1993年7月18日の総選挙で自民党は単独過半数が取れませんでした。
新党ブームで羽田派の新生党、武村グループの新党さきがけ、細川のバカ殿率いる日本新党、この3党で100議席余りをとりました。
結局紆余曲折の末、非自民の勢力の大連合で細川内閣が誕生しました。(1993年8月9日)
その時の内閣の布陣
内閣総理大臣・・・バカ殿・細川護煕
内閣官房長官・・・あの滋賀県選出・武村正義
官房副長官 ・・・ルーピー・鳩山由紀夫
・・・ここまで書いたら頭がくらくらしてきたので以下省略・・・


そして1993年11月18日、タイからのコメ7千トンを積んだ最初の船が入港した。
このコメは当時の新聞でも「加工用」と明記されている、一般用には向かないモノだった。
ここに当時の新聞記事あり
http://www.mekong.ne.jp/database/society/thairice/19931118.htm

しかし加工用として輸入したはずの豚のエサ並のコメがその後一般のコメとして、しかも国内産米と混ぜて、或いは抱き合わせで無理やり販売されると言う異常事態が発生した。

これが平成のコメ騒動、そこでのタイ米の不評の原因だった。

豚のエサ並のコメをごく当たり前のコメをして国民に食べさせようとした。
その犯人は
・ バカ殿・細川護煕
・ あの滋賀県選出・武村正義官房長官
・ ルーピー・鳩山由紀夫官房副長官
とまあこんな風だったわけです。


最後にこの米騒動を教訓に日本はコメの備蓄を推進しました。
最初は200万トンを回転備蓄、しかしその後これを100万トンに減らしました。
そして民主党政権になって備蓄量は100万トンと言っていますが「棚上げ備蓄」方式に変えました。
毎年備蓄するのは20万㌧目標。今はもっと減っています。
実質食べられるコメの備蓄は20万㌧とか40万㌧だけ。
これをやったのは民主党の事業仕訳です。
まだまだミンスの悪事のツケが尾を引いています。

こんな事情で、美味しいタイ米が日本では大変不味い、そう思われているのはとても悲しい事です。
是非こんな事情を理解していただきたいと思います。


余談ですが実はこの1993年はもう一つトンデモナイ事が有ります。
細川内閣成立(8月9日)直前の8月4日、今も日本を苦しめる河野談話が発表されています。
当時河野洋平は官房長官でしたが、実は談話発表直前の7月30日に自民党総裁になっています。

話が散漫になりました。
次回タイのコメと日本のコメ、どのように食べるのかについて書いてみたいと思います。
  1. タイ
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2014-07-20 17:39

地方議員の不祥事

 今日朝から地域の仲間とコーヒー会、当地方は喫茶店のモーニングサービスが売りでこんなモノ。

2014-7-20コメダのモーニング


所で今朝の話題は何と言っても最近の地方議会の不祥事である。

記者会見で号泣しただの、とんでもないズベ公都議だのと色々だが、不祥事もさることながらそんな奴に投票した有権者にも問題が無いだろうか。
そんな事を話したのだが、ネットで見ると酷い地方議員のワースト・ファイブが載っていた。
こんなモノだった。

<地方議員のワースト・ファイブ>

先日、兵庫県議会の野々村竜太郎元議員が政務活動費を不正に支出していた問題で、残念すぎる釈明会見が話題となったが、地方議会議員による不祥事はあとを絶たない。

1.青森県平川市議では定数20人のうち15人が逮捕される

青森県平川市の市議会では、定数20人のうち15人が逮捕されるという驚愕の事態が発生している。

青森県警によると、今年1月に行われた青森県平川市長選をめぐり不正な現金の受け渡しがあったという。これまで市議9人が逮捕されていたが、7月16日に新たに6人が逮捕され、残りは5人に。

本会議を行うには定数の半数以上が必要だが、現在は本会議が行えない異常事態となっている。

2.東京都中野区元議員、ツイッターで市民に「死ね」

Twitterが炎上して辞職届を提出したのは東京都中野区元議員の金子洋(ひろみ)氏(52)。

金子氏は今月6日に集団的自衛権をめぐってツイッターユーザーと議論になり、「おまえこそ人間の屑だ。死ね!何も罪のない民間人を殺す前に、おまえが死ね!」などと投稿し、炎上。その後、14日に辞職願を提出、受理された。

金子氏はこれについて「ニートやひきこもりを差別する相手の発言に憤り、われを忘れてしまった」、「死ねという言葉は、議員としても人間としても発言してはいけなかった」と謝罪している。

3.神奈川県元議員、脱法ハーブで逮捕

神奈川県では横山幸一元議員(41)が、6月下旬に横浜市内のホテル(に女を連れ込ん)で脱法ハーブを吸って暴れ、逮捕された。横山容疑者は6月30日に一身上の都合として辞職届を提出し、受理された。

4.愛知県新城市議、新婚夫婦に「穴あきゴム配布」発言

愛知県新城(しんしろ)市議の本会議では、長田共永市議が新婚カップルに「穴の開いたコンドームを配っては」と不適切な発言をしたことがわかった。

議会のお題は来年の合併10周年イベントについてで、長田氏はさらに「子どもを産んだ人には特産のジネンジョで、もういっちょだとか、市民がニヤッとしていただけるようなPR方法もある」とも発言したという。

夏目勝吾議長は口頭で厳重注意し、発言を議事録から削除したが、市民からは「不愉快だ」などと抗議が寄せられている。

5.奈良県葛城市議、女子高生とのわいせつ画像を販売、逮捕

史上最年少当選を果たし、期待の星だった奈良県元葛城市議の吉武昭博容疑者(27)は、偽名で女子高生をナンパ。自宅に連れ込みわいせつ行為を行った際、その様子を撮影して動画サイトで販売していたという。

5月に県青少年育成条例違反容疑で逮捕。6月には児童買春・児童ポルノ禁止法違反で再逮捕された。

http://netallica.yahoo.co.jp/news/20140718-00000016-irorio


個々の具体的事例は名前等で検索してみてください。あいた口がふさがりません。
No.3とかNo.5の奴など単なるスケベでは済まないですね。

しかし今朝は「酷い話だが、俺たちの地域でもないと言えるだろうか? 相当ひどい奴を市議会に送り出したりしているんだが・・・」、こんな話に誰も反論できない。
地方議員選びは単なる人気投票、地元の利益優先なので、不祥事の原因など幾らでもあるのだ。

難しい話である。
  1. 政治
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2014-07-17 22:26

ニューズウィーク火病中だが、それより気になる事<追記あり

 今発売中のニューズウィークが火病を発症したらしい。可笑しいなあ、この病気はK国専用だった筈だが・・・
何はともあれ今週火曜日発売の最新号。

2014-7-17ニューズウィーク表紙

温暖化が全世界を巻き込んだ壮大な詐欺だった事は広く知られている。
アメリカなどは殆どの人が信じていない詐欺話。それをこんな風に報道するのはきっと何か裏が有る筈だが・・・

実はそんな事を書くよりもっと気になることが発生した。
太陽黒点の話である。

太陽黒点が太陽活動の活発かどうかを大変よく表している事は良く知られてきた。
そしてその太陽活動に異変が起こっている事も2009年頃から指摘してきた。
こんなエントリーなど
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-81.html

所で今何が気になるか? 実は今は太陽活動の極大期なのである。
現在は太陽活動周期24期と言うのだが、前回の23期と比較して弱いとは言うものの太陽活動は活発。
そしてだから黒点数も多い時期なのだが、何と今日は太陽黒点がゼロになっているらしい。
但し本当にゼロかどうかは国際機関の公式発表に依らないと分からないので、ゼロで無い可能性もあるのだが・・・

これが今日の太陽の黒点状況写真。黒点が写っていない。
2014-7-17太陽黒点ゼロの写真2014-7-17

さてこの黒点数はと言うとこんな風に推移してきた。
これは前回の太陽活動サイクル23期と現在の24機を比較したもの。
2014-7-17太陽黒点23期と24期比較

このグラフは黒点数の月平均値を示す。
この様に前回より活動が低調ながら今は極大期の筈である。
しかしその極大期に黒点が観測されない日が出来た、これは相当異常な事だと思う。
なお黒点がゼロに日と言うのは最近では2011年8月14日、3年前という事になる。
2011年全体では1月14日と8月14日の2回だけ。
2010年は44日、2009年は261日、2008年は266日となっているが、上掲グラフの様に前回の極小期が極端に黒点が少なかったという事だが、その傾向がマタマタ現れたという事の様だ。

太陽の黒点周期が約11年と一般に言われている。しかし活動の活発な時は周期が短く、活動が弱いときは長い。
23期は12.6年であった。
そしてこんな現象が、マウンダー極小期のような極端に黒点の少ない時期直前の状況で見られることが最近の研究で分かってきた。

これが過去400年の太陽活動サイクルのグラフ
2014-7-17太陽黒点推移400年

そしてこれが主な太陽活動の異常期の説明
2014-7-17太陽変動現象と発生年代


とは言うものの、速報での話で一喜一憂していても始まらないので、もう少し推移を見守りたいと思います。

<7月18日追記します>
18日の太陽観測では小さな黒点が現れています。黒点ゼロは1日だけでした。
但し18日の相対黒点数は11でしたので、ごく小さいものとなっています。
しかしたった1日とは言え黒点ゼロの日が出来たことの意味は重いです。
今後の状況を注視していきます。

  1. 気候変動
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2014-07-13 22:33

東西経済回廊

 前回インドシナ半島の東西経済回廊のタイ西部ミャンマー側の事情について書いたのだが、その反対側について書いてみたい。
東西経済回廊の東側はタイ東北部ムクダーハン県、ラオス、ベトナム中部である。
最初にこんな地図が多分分かりやすい。

東西経済回廊の図である。メコン回廊ともいう。
2014-7-13new東西経済回廊地図タイ東部・ダナン


最初に東西経済回廊のタイ側の東の入り口、ムクダーハン県の第二タイラオス友好橋、上掲図では第二メコン国際橋と書いてあるもの。
100%日本の援助で2006年に完成した。
2014-7-13第2タイラオス友好橋
手前はタイ東北部ムクダーハン県、対岸はラオスのサワンナケートである。

これは国境の検問所。タ・ダーンという。税関と入管である。
2014-7-13第2タイラオス友好橋のタダーン
今バスが1台止まっている。タイからラオスへの国際バス。乗客が出国手続き中。
この時は40人ほどの人が国境を越えてラオスに向かっていった。
尚クルマはタイは左側通行、ラオスは右側通行なのでラオスに入った所で左右を入れ替える。


此処からラオス領内を240キロほど走るとベトナム領に入る。
ベトナム領内を200キロほどで港のあるダナン市である。

最初にこんな航空写真を見てください。ダナン市は直ぐ隣にハイヴァン峠と言う峠が有る。
2014-7-13ダナン市とハイバン峠航空写真

このハイヴァン峠なるモノがどんなものか、
2014-7-13newハイバン峠全景写真
この写真の右下に書いてあるのは
空から見る海雲関(ハイヴァン峠)。インドシナ半島では所々で山脈が海まで迫っている。
海雲関もそのような場所に一つで、海からの風が山に当たり、山頂は常に雲に覆われている。・・・以下略
尚ハイヴァン峠は標高約500メーターだが、この説明の様に雲が湧き、交通の難所。

これはトンネル開通前の旧道の様子
2014-7-13ハイバン峠旧道

そして日本の援助で2005年にトンネルが開通した。
2014-7-13ベトナムハイバン峠のトンネル入り口ダナン側

このトンネル開通でベトナム南北を結ぶ国道1号線の難所中の難所が僅か10分ほどで通れるようになった。
このトンネルは全長6200メーター、東南アジア最長のトンネルである。
このトンネル工事、約8年がかりだったらしい。

そして日本がこのようにインフラ整備をすると、ドカドカ土足で入ってくる連中がいる。ニダ族である。
ニダ族の悪行は枚挙にいとまがないが、特にベトナム戦争当時の大虐殺はこのダナン周辺でも沢山行われた。
しかしこの件は本題から外れるので、そんな因縁の地だという事のみとします。

このトンネル開通でダナン港の重要性が一層増してきた
2014-7-13ダナンのコンテナターミナル


この様に日本の援助は先ずベトナムの南北交通の最大のネック、ハイヴァン峠に長大トンネルを開通させ、南北交通と同時にインドシナ半島の東西交通への道を開いた。これが2005年の事。
次にラオスとタイの国境メコン川に長大橋、第2タイラオス友好橋を完成させた。これが2006年である。

麻生さんが外務大臣だった平成18年(2006年)頃、「自由と繁栄の弧」という事を言いだしたのだが、その裏側にはこんな事情が有った。


と此処までは東西経済回廊の説明だが、以下は私の見果てぬ夢に話。
実はハイヴァン峠なる所はタイ時代から注目していた。何せ海雲峠というロマンチックな名前なのだ。
(ハイヴァンをベトナム語の漢字表記で書くと海雲になる)
何とかして機会を作って行ってみたいと考えていたところにトンネル開通の話。
せめてトンネル開通前に行ってみたいと思っていたのだが遂にその機会なし。
正に見果てぬ夢に終わりました。





  1. 海外
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  3. CM(6)

2014-07-10 20:15

タイの国境貿易と東西経済回廊

 タイのクーデターから一ヶ月半、軍事政権は今までの政治家が一体何をやっていたんだと思えるほどバリバリ仕事をしている。
そんな話の一つにこんなニュースが流れてきた。タイの国境貿易を振興しようと言うのだが・・

<以下バンコク週報より引用>

タイ軍政、国境貿易拡大に向け検討を指示
09/07/2014
国家平和秩序評議会(NCPO)は7月8日、関係政府機関に対し、近隣国との国境貿易を拡大すべく、国境通行所と関連施設の拡大・改善を検討するよう国家経済社会開発委員会(NESDB)などに指示した。

アーコムNESDB事務局長によれば、国境通行所は、南部ソンクラ県の2カ所、ターク(引用者注:ターク県メーソートの事)、サケオ、トラート3県の各1カ所の計5か所の拡大・改善にまず力が入れられる予定という。また、来年度(今年10月-)はこれら国境通行所と主要都市を結ぶ自動車道が整備される予定とのことだ。

このほか、NCPOは、国境貿易の促進に関連してターク、チェンライ、ムクダハンといった隣国と国境を接する県に経済特区を設けることにも並々ならぬ意欲を示しているという。
(このターク、ムクダハンと言うのは後述する東西経済回廊の西と東の入口である)
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=4151
<引用終り>

この記事を読んで私が率直に感じたのは「この軍事政権、実によく考えている、しっかりしているなあ」という事だった。

このタイの国境に関して古い記事だが、1月の産経にこんな報道が有る。

<以下引用>

政府、アジア「国際経済回廊」を支援 中国に対抗、日印首脳が会談で協議へ
2014.1.24 23:48 [アジア・オセアニア]

 【ニューデリー=岩田智雄】南アジアと東南アジアを結ぶ幹線道や鉄道などの充実を図る「国際経済回廊開発」に、日本が積極的に乗り出す。中国の影響力に対抗して地域の経済発展に協力し、日系企業の活動基盤整備につなげる狙いだ。日本とインドの協力は、25日に訪印する安倍晋三首相とシン印首相との首脳会談でも協議される見通しだ。

 日本の国際協力機構(JICA)は昨年8月から今年3月までの予定でインド、バングラデシュ、ブータン、ネパール、ミャンマー、タイの6カ国を対象に1億円余りをかけ、回廊開発の調査を行っている。

 回廊整備ではアジア開発銀行(ADB)などが先行しており、調査は日本が今後どういった形で協力できるかを探るのが目的だ。16日にはニューデリーで関係国代表者を集めて中間報告セミナーも行われた。

 東南アジアではこれまで、ADBや日本の支援でベトナムからミャンマーまでの東南アジア諸国連合(ASEAN)地域を幹線道路で横断する「東西経済回廊」の整備が行われてきた。インド、ミャンマー、タイの3カ国は2016年を目標に域内をハイウエーで結び、東西経済回廊へつなぐ事業を進めている。
2014-7-10東西経済回廊と3か国ハイウエー

(引用者注:こんな所にインドの「インパール」と言う地名が出てくる。ここはそれだけ地政学上の要衝だという事だろう)

 南アジアとASEAN諸国の境界に位置するミャンマーは過去、軍事政権が野党や民主化運動を弾圧し、欧米の経済制裁を受けてきた。しかし、近年、民主化への努力が進んで制裁が緩和され、両地域の連結性の強化につながるとの期待が高まっている。

 日本企業はタイで自動車産業などに数多く進出している。インドでは昨年10月時点の集計で、進出企業が初めて1千社を超えた。バングラデシュでも繊維産業を中心に投資が増えている。回廊開発が進めば、物流の円滑化など企業の活動環境整備が期待できる。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140124/asi14012423540003-n1.htm

<引用終り>

インドシナ半島を横切り、ベトナムからラオス、タイ、そしてミャンマーへと続く東西経済回廊。
このルートの凄い所は船でマラッカ海峡経由で大回りしていたところが直接行けるようになること。正に夢にルートなのである。

ちょっと古い話を思い出してほしい。麻生さんが外務大臣をしていた平成18年頃、「自由と繁栄の弧」という言葉を聞いた事が有ると思う。
2014-7-10自由と繁栄の弧
この話は今までの日本の政策の基本になっていて、今でも生きている。
安倍さんがアセアンやインドなどを回ってもこれが基本で外交を進めているし。具体的にはこの東西経済回廊などはそれが具体化したものである。
今回の軍事政権もその流れの中で政策を決めていると思われる。

所でどうしてこんなルートが夢のルートなのか、それはインドシナ半島の地理を見てみないと分からない。
最初にこれがインドシナ半島の山脈の図。
2014-7-10newインドシナ半島の山脈

チベット高原辺りを出発点にしてヒマラヤ山脈、カラコルム山脈、崑崙山脈が東向きから大きく曲がって南に下ってきている。
これがベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーの国を形作る大きな要因になっている。
ベトナムにしてもラオスにしても国土は極端に南北に長い。そこにこんな地形上の秘密が隠されている。

そしてタイ領内での山脈はこんな風
2014-7-10newタイの山脈

タイ北部からタイ中部にかけて、殆どの山脈が南北に走っている。
又その間を色んな川が流れているが殆どみんな南北に流れている。その終着点がバンコクである事が分かると思う。

タイはその地形から昔の水運の時代、現在の陸上輸送の時代を通じてすべてこの南北のルートが交通・物流の基本だった。
この事がタイの国民性にまで影響を及ぼしているのだが、まあ此処ではそんな事は省略します。
此れを東西に通るという事は何本かの川を渡り、山脈をいくつも越えねばならなかった。
現在でもこの東西の交通ルートは貧弱そのもの、そして当然ながら人の往来も少ない状態である。
そこに東西経済回廊を作る、そして南シナ海からベンガル湾に直接出られるルートを作る。
この地域にとってはまさに画期的な事である。
日本で田中角栄が新潟まで新幹線をひいた、これで新潟は大いに活性化したのだが、恐らくそんなインパクトをタイに与えるのではないだろうか。


ではこのルートの現在は如何なっているかというと。

これはタイとミャンマーの国境メーソートの国境検問所。
2014-5-25メーソートからターク-01

タイ・ミャンマー国境の友好橋、実はこの橋強度が不足し、大型車は荷物を中小型車に積み替えないと通れない。
(最大重量は総重量25トンなのだそうだ)
2014-5-25メーソートからターク-02

ミャンマーの貧しい人たち、これは10年ほど前の写真。
国境の川の河原でキャンプしている。多くはミャンマーの少数民族らしい。
2014-5-25メーソートからターク2-0
この後ミャンマーから大量のミャンマー人がタイに仕事を求めてやってきた。現在その人数は合法・非合法合わせて200万人とも300万人とも言われている。


こちらは国境からタイ側に行った頼んトンチャイ山脈越えのルート、峠の山岳民族の市場
2014-5-25メーソートからターク03

上の写真の市場の裏手、見渡す限り山、山また山。
2014-5-25メーソートからターク-05

タイ側では着々と道路の拡幅工事
2014-7-10東西経済回廊のタイ側

しかしミャンマー側は道路も荒れ放題。
この道路はタイの援助で国境から18キロまで整備された道路で2006年完成。しかしこの写真の様に2012年にはこんなモノ。これはタクシン政権時代に整備されたもので恐らく汚職で手抜き工事の為こんなモノになったと思われる。
タクシン時代の負の遺産であろう。
2014-7-10東西経済回廊のミャンマー側1

上の写真の道路の終わり、此処から先は未舗装になる。
2014-7-10東西経済回廊のミャンマー側2

此れが現在のミャンマー側テナセリム山脈越えの道路状況、
未舗装で道幅が狭いため、1日おきに西行き、東行きの一方通行。
2014-7-10東西経済回廊のミャンマー側3
そしてこんな難所が2015年春には新しいバイパスが完成する予定になっている。

こんなタイミングでも国境貿易振興策、正にタイにとってもミャンマーにとっても待望の政策になると思われる。
先が楽しみな政策ではある。





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2014-07-05 19:02

タイの軍事政権の評価<タクシン派排除と汚職摘発進む


 タイで軍事クーデターが発生してから1か月半、クーデターでタイはどう変わろうとしているのだろうか。
最近の状況を纏めてみた。

軍事政権が最初にやった事、それは警察や官僚組織に入り込んだタクシン派排除である。
クーデター宣言が5月22日、
そして5月28日までに、タクシン派とされる警察長官ら警察幹部34人、県知事13人などを左遷処分にした。
その後も警察、官僚、国営企業幹部からのタクシン派排除を進めている。

タクシン派排除の一方、タクシン派インラック政権末期に農民へのコメ代金支払いが出来なかったが、この代金支払いを早速始めている。農民に自殺者まで出したこの問題も収束に向かっている。

またタクシン派にも有能な政治家も多数いる事から軍事政権の顧問にタクシン派の有力閣僚経験者を任命している。
この軍事政権の顧問は現在内閣が機能していないので多分大臣の代行をしているのだと思う。
いわば挙国一致内閣を作った格好だ。

更に汚職摘発も進め、汚職の元凶とされるコメ買い取り制度も打ち切った
しかしわずか2年ほどの間にこの制度で出来た損失は上掲リンク先でも書いているように約5千億バーツ(日本円で1兆5千億円)に上る見込み。
タイの年間の国家予算が2兆バーツ(6兆円)程度なので、何と2年と数か月の間に年間国家予算の四分の一に上る大損害を出したという事である。
バラマキ政権がいかに恐ろしいか良く分かる事例であろう。

更にタクシン派・反タクシン派の武装闘争を排除するために武器の回収を進め、それを外国メディアにも公開している

この様な政策を推進している事からタイは治安を取り戻し、国民は軍事政権を支持している。
これは世論調査で軍政の仕事ぶりを国民が評価しているという結果

これは最新の世論調査。
消費者信頼感指数、今年の最高値を記録、政治デモ収束を好感
<以下引用>
タイ商工会議所大学(UTCC)は7月3日、6月の消費者信頼感指数が75・1にアップし、今年に入って最高を記録したと報告した。

同指数はUTCCが独自調査に基づいて毎月発表しているもの。

タナワット副学長によれば、指数の改善は、軍部が5月22日に全権を掌握し、昨年末からの政治対立が収まったことが最大の要因と考えられる。

また、同指数は過去2か月で8ポイント上昇したが、副学長は、「消費者信頼感指数は16年前から発表しているが、これほど大幅にアップしたのは今回が初めて」と話している。

<引用終り>


さてこのようにタクシン派の排除を進めているのだが、そのタクシンとはどんな奴かというと、

1. タクシン派の中の共産主義者が一杯いる。
これは2001年に最初のタクシン政権が誕生した時、心ある人を仰天させました。1982年頃まで武装闘争していたタイ共産党の残党が一杯いた。
名前を上げると
タクシン政権当時の副首相・エネルギー大臣をしたプロミン氏、情報通信技術大臣だったスラポン氏、運輸省副大臣だったプームタム氏、農業省副大臣だったプラパット氏などが閣僚・側近の元共産党員。
だから鉄砲撃つのなんか朝飯前で、大量の武器を隠し持っているのは公然の秘密。
その為に武器を回収している、こう言う事です。

プミポン国王の国民和解とのお考えから今迄はタクシン派に対して今迄強く出ていませんでした。
しかし巨額のバラマキのお蔭で国家破産の危機に直面し、やっと手が打てるようになったんでしょう。
尚このタクシン派内のタイ共産党については、古いですが以下のブログに書いています。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-31.html

2、タクシンと中国との関係
今は表に出していませんが、タクシンが最初に首相になる前の事、タイ愛タイ党と言う名前の政党を作りました。
真っ先にやったのが北京に支部を作ることでした。
その時はタイの人もタクシンは華僑だからなあ、こんな認識でした。そしてタクシン政権が成立、その内閣の布陣を見てビックリ仰天。上に書いたように共産主義者がウヨウヨいた。

3、タイ共産党の浸透した地域
タクシンが選挙で強いのはこの共産党が長年築いた各村々のオルグ組織、これです、未だに健在です。
そしてこのタイ共産党が浸透していたのは貧しい農業地帯、タイ北部、タイ東北部でした。
タイ北部(チェンマイの周り)は1894年までラーンナー王国でした。
タイ東北部は永年ラオスのラーンサーン王国の影響下でした。同じ民族・同じ言語です。

地域はこんな所です。
2014-7-5タイの方言区分地図
しかし人口構成をみると
タイ国住民の民族的構成
・タイ語グループ
 ・シャム(タイ中央部)   25、0%
 ・ラオ (タイ東北部)   31、0%
 ・ユアン(タイ北部)    20、0%
 ・その他タイ語族       7、0%
 ( 小計            83、0%)
・華人(主に都市地域)   10,5%
・その他             6.5%

この様に貧しいタイ北部、東北部の人口がタイの半分。
そしてこの辺りが共産党の影響下にあり、現在のタクシン派の地盤。
タクシンが選挙に強いのはこの貧しい人たちに多額のバラマキを行うからなのです。

タクシンのバラマキがいかに凄いか、インラック政権を誕生させた2009年~2010年の反政府デモで使った金が調査されている。
2009年9月から2010年5月までの9ヶ月間の反政府デモで報道されているだけで237億バーツ(日本円で約675億円、今なら711億円)である。
そしてこれだけの金を出せるその資産は、巷間噂される所約2兆円位であろうと言う。

4、タイ国王の考え方
プミポン国王の国民融和の考え方の中にはタイ北部、東北部、南部のつい最近併合した地域の存在が有ります。
タイ北部(チェンマイの周り)は1894年(日本では明治27年、日清戦争当時)までラーンナー王国でした。
今でも国王の末裔がチェンマイにいます。
タイ東北部は永年ラオスのラーンサーン王国の影響下でした。同じ民族・同じ言語です。イサーンの人は未だにラオスのカレンダーを使っていますから驚きです。
(注:タイとラオスのカレンダーの違い・・・今年は仏歴2557年でこれは同じです。タイは1月から12月までで1年ですが、ラオスのカレンダーは1月から12月までですが1月から3月までは2556年、4月がソンクランで正月ですのでここから2557年になる)
タイ南部は一番新しくタイに併合された(1909年)ので未だにもめています。
そしてこの併合したのはプミポン国王のお祖父さんに当たるラマ5世の時代でした。
こんな事なのでプミポン国王の長年の仕事としてダムを造って治水を進めたりしたのは、すべてこの貧しい地域が対象でした。
日本の今上天皇陛下が皇太子時代の事、タイの人のタンパク質不足対策としてサカナを贈り、これが陛下の名前をとってプラー・ニン(明仁の仁をとった、漢字では仁魚)といってタイのごく一般的な魚になった。こんな事がすべてこの貧しい地域の対策です。
こんな事で国王の国民融和への希望、これは今回のクーデターでも軍部にはしっかり指示されたと思います。


だがこんな疑問が有る。
タイでも1,2を争う大富豪が共産主義者??? この疑問だが私はこう考えている。
共産主義は究極の目的は「搾取と階級の排除」、そしてそれを簡単に言うとこうなる。
「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る」、高い段階では「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」であると。

しかしタクシンはこの「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る」を多分自分も実践していると信じていると思う。
以前タクシンがクーデターで失脚した頃の話。うろ覚えだがどこかでこんな質問を受けたとの報道が有った。
「多額のカネを貯めこんでいると噂されているが不正蓄財ではないか」と。
これに対するタクシンの答えは「あのカネは私が一生懸命働いて稼いだものだ。その結果としてあの額になったのであって、決して不正なものではない」
つまり「一生懸命働いた」と言う労働の価値はすべて自己評価なのだ。
俺は下々より優れている、そして一生懸命働いた。だからそれ相応の報酬を受け取るのは共産主義の理想に合致している。こうではないだろうか。
更に「必要に応じて受け取る」、これにも合致していると思っている筈だ。
子どもの沢山いる家族はカネがいるだろう、子どもが少ない家族と同じでは不公平な筈だ。俺は俺のばら撒く金を必要としている貧しい人が沢山いる。だからそれなりのカネを受け取るのは当たり前だ。
多分タクシンはこう思っている筈だ。



それだからこそ、タイはこんな裏金・賄賂の相場が出来てしまっている

これは2012年7月21日のバンコク週報1面記事
2014-7-5タイの賄賂の相場2012年7月21日のバンコク週報1面
賄賂の相場が30~35%、只々凄いですねえ。

さて軍事政権になって汚職撲滅にも力が入ってきた。その結果がどうなるか、これを楽しみにしている。
せめて昔の5~10%程度になってくれれば相当良くなるのだが・・・
  1. タイ
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  3. CM(14)

2014-07-02 10:05

内なる敵

 海外で仕事をしていて一番気を付ける事、それは身内の中に敵がいる事である。
丁度そんな事例が報道されているので紹介しよう。
これは偏向報道で知られる朝日新聞の報道。

<以下引用>

アルプス電気会長、中国工員に囲まれる 侵略否定発言?
小山謙太郎=香港、伊沢友之2014年7月2日07時16分

 中国広東省の東莞市で1日、電子部品工場を視察中だった日本の大手メーカー「アルプス電気」の片岡政隆会長(68)が、第2次大戦を巡る発言をきっかけに反発した工場従業員らに取り囲まれる騒動があった。地元政府や同社が明らかにした。

2014-7-2アルプス電気1


 工場は同社の香港子会社が取引する「東莞長安日華電子廠」。地元政府によると警察が警備に駆けつけ、けが人は出ていない。工場設備に損害もなかった。

 地元政府や工場従業員によると、片岡会長は工場の管理職を集めた午前の会議で、同社の海外展開について説明。その中で第2次大戦について触れ、日本を擁護する発言をしたという。

 不満に思った中国人管理職の一人が、工場内に発言内容を伝えたらしい。従業員の一人は発言内容について「日本は中国を侵略していない。欧米による植民地化を防ぎ、中国を守るためだったと話したと聞いた」と取材に答えた。

 従業員ら約千人は操業を止め、工場の正門付近で会長の謝罪を要求。片岡会長は午後2時ごろ正門で謝罪したというが、通訳の声が小さかったため周囲に伝わらず、抗議活動は夕方まで続いたという。(小山謙太郎=香港、伊沢友之)

http://www.asahi.com/articles/ASG716QKHG71UHBI038.html

<引用終り>

これは中国の報道
2014-7-2アルプス電気2
http://news.sina.com.hk/news/20140701/-9-3299883/1.html


アルプス電気と言えば電子部品の大手。大会社である。
単独で従業員5400人、世界中では従業員36、800人を誇る会社。詳細は以下参照ください。
http://www.alps.com/j/company/pro_data.html

朝日の記事によれば午前中の幹部を集めた会議で会長が話したことが中国人には不満。
それで騒ぎが始まったらしい。
会議が始まったのが午前10時前後だとしても、その直後から騒ぎが始まったのではないか。
本社の会長は午後2時には正門辺りで従業員に謝罪したと言うから、ひょっとしたら会議中から騒ぎになったのではないか。

今回私が敢えてこんな事例を取り上げるのは、海外で最も気を付けなければいけない事がこの事例に含まれているからだ。
それは「身内の中に敵がいる」という事である。

特に海外では例えば最も信頼できると思われている通訳でも本心は分からない。
経営幹部でも、例えば現地会社の部長とか取締役でも絶対日本人の味方かというとそうでは無い。

この会長さんは幸い騒ぎが収まったからよかったが、最悪の場合トンデモナイ事態になることだってある。
怪我をしなかっただけ良かったという事だろう。

このケースを考えても余りにも手際が良すぎないか?
午前の会議でごく一部の幹部に喋った事が昼頃には全従業員が職場を離れ、大騒ぎになっている。
情報を伝えた人だけでなく、従業員をアジっている人、写真を撮っている人、そしてマスコミに通報している人。

これは勘繰った見方だが、普段の日本での会長さんの発言を知っている誰かが丁度会長さんが視察に来た時質問でもしたのではないだろうか。
日本の戦争についてどう思うかなどと質問した、会長さんはついうっかり日頃の持論を喋ってしまった。
そんな勘繰りをしたく成る位の手際の良さではないだろうか。
上掲謝罪している写真の時刻は午後2時、会議が有ってから3時間か4時間後ではないだろうか。
気を付けたいものである。
  1. 海外
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