2013-01-30 09:07

ニューズウィークのコラム

  アメリカ本国では電子版だけになってしまったのに日本語版は紙で発行されているニューズウィーク。

この巻末のリレーコラムが面白い。

 

中でもこんな話、日本では報道されないが海外の真実だ。

 

 

<以下ニューズウィーク12月26日発行分より引用>

 

日本の治安が最高なのは共同体パワーのおかげ

2013年01月08日(火)13時11分

 

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 

〔12月26日号掲載〕

 

 私の知る限り、大都市なのに安全な街は東京だけだ。東京にいるときは昼も夜も安心し切っている。04年に今の家に引っ越したが、引っ越し早々に家の鍵をなくしたので鍵は掛けず、ノックすらせずに出入りしている。スクーターを駐車してその場から離れるときもヘルメットはシートに置いたままだ。「泥棒が怖くないのか?」と聞くフランス人の友人には、私のヘルメットを盗むほど切羽詰まっている日本人がいたら、同じ人間としてヘルメットくらいくれてやるさと答えた。自転車にも鍵を掛けない。それでも無くならないのだから本当にうれしくなる。

 

 私は今では3人の子供の父親だ。フランスより麻薬がはるかに手に入りにくく、子供たちが盗まれる側にも盗む側にもなる心配が少ない国に暮らせて幸せだと、毎朝しみじみ思う。

 

 オレオレ詐欺のような犯罪はあるが、フランスに比べればまだましだ。フランスではみんな、いつか盗難や強盗や詐欺に遭うだろうと思っている。私は学生時代、1年に1回は通学途中で襲われた。そんな話、日本では聞いたためしがない。フランス人にとって盗難に遭うのは人生の避け難い事実であり、日本人がいつか地震で命を落としてもおかしくないと考えながら日本を離れないようなものだ。

 

 フランスにいる私の家族がこの6カ月間でどんな目に遭ったかを紹介しよう。パリ郊外にある両親の家に強盗が入った。私が昔使っていた子供部屋の窓から侵入したらしい。同じ通りにある家は全部、強盗の被害に遭っている。ノルマンディーにある両親の別荘の前では、チンピラがおばあさんから指輪を奪った。パリにある祖母の家の近所では白昼堂々、泥棒が車で銀行に突っ込んで金を盗んだ。祖母の行きつけの薬局も襲撃された。

 

 私はパリではスクーターに乗れない。乗れば盗まれるか壊されるか、あるいはその両方だから。パリの人間は、レストランに入るときはたいてい自転車のサドルを外して席まで持っていく。ファッションの一部なのかと思っている日本人の友人がいたが、そうじゃない。盗まれるからだ。見掛けない奴だから身分証を見せろ、とギャングから言われるほど物騒な界隈も存在するのがフランスだ。

 

 だから、盗難なんてないも同然の日本に来ると本当にびっくりする。私のところに遊びに来た弟が京都のゲームセンターに財布を置き忘れたときは、数時間で警察が見つけてくれた。新幹線に置き忘れた絵はがきも誰かが親切に投函してくれたらしく、フランスの宛先にちゃんと届いた。12年版犯罪白書によれば日本では03年以降、9年連続で犯罪が減少している(フランスでは毎年増加している)。

 

真に孤独な人間のいない社会

 

 要するに、日本は本当に治安がいい。誰もがその恩恵に浴している。出身国に関係なく外国人はみんなそのことを実感する。日本の警察の初動捜査が遅れがちなことは国内外で知られているだけに、なおさら意外だ。日本が安全なのは警察のおかげじゃない。では、日本にあってフランスにないものは何だろうか。 

 

 治安というのは何かの「結果」としてもたらされるもの。経済が上向けば治安は総じて良くなるだろう。日本では経済は低迷しているが深刻な失業問題はなく、貧困もフランスほど過酷ではない。しかし最大の強みは、自分もコミュニティーの一員だという意識の強さだろう。

 

 日本には真に孤独な人はいない。1億2000万人の一人一人が「安全網」をつくり上げている。フランスでは誰かが盗みを働けば当人だけの問題だが、日本では家族や、その人間が属している集団の評判まで傷つく。この共同体意識は日本の「資産」だ。値段は付けられないし、土地や債券のように資産台帳に記載されるわけでもない。それでも日本はこの意識を失わずに前進を続けるべきだ。

 

Regis Arnaud レジス・アルノー

レジス・アルノー

1971年、フランス生まれ。仏フィガロ紙記者、在日フランス商工会議所機関誌フランス・ジャポン・エコー編集長を務めるかたわら、演劇の企画なども行う。

 

http://www.newsweekjapan.jp/column/tokyoeye/2013/01/post-606.php

 

<引用終り>

 

 

つい最近犯罪白書が発表されているし、自殺統計速報地も発表されている。

どちらもよい数字が並んでいるのだが、日本のマスゴミはどうも「日本が良い」と言う話しがお嫌いの様で、良い話は報道がなおざりだ。

 

しかしこんな良い話こそ未来を担う子供たちにぜひ聞かせたい話である。

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2013-01-25 23:42

1月25日に起こった事

  寒いですね。テレビでは気象予報士が年に一度か二度の寒気がやって来ると騒いでます。

 

所で今日1月25日、この日日本の最低気温が記録されました。

1902年(明治35年)の事です。

-41℃、北海道旭川で観測されたこの気温、100年以上たった今も日本の最低気温として記録されています。

 

さてそんな最低気温の話ですが、何か風が吹けば桶屋が儲かる様な話なのですが・・・

 

 

同じ1902年(明治35年)1月25日、日本の歴史に残る悲劇が発生しました。

青森県の八甲田山を雪中行軍訓練中の日本陸軍第8師団歩兵第5連隊八甲田山で冬季に雪中行軍の訓練中に遭難した事件。訓練への参加者210名中199名が死亡(うち6名は救出後死亡)。

 

この件は以下参照ください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E9%9B%AA%E4%B8%AD%E8%A1%8C%E8%BB%8D%E9%81%AD%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 

またガンダムさんのこのエントリーは要点が良く分かるので是非参考にしてください。

http://gundam01.iza.ne.jp/blog/entry/2806209/

 

この当時はロシアとの戦争が避けられない、その為如何するかが問題となっていました。

その為企画された雪中行軍での悲劇だったのですが、この件が当時の日本軍内部に与えた衝撃は凄まじいモノでした。

若しこんな極寒時にロシアに戦争を仕掛けられたら・・・ 日本軍の貧弱な耐寒装備ではひとたまりもない。

これが日本軍の共通の危機意識となりました。

・・・・ この事はその後独ソ戦で証明されました ・・・

 

さてこの後如何したか、日本軍は必死で耐寒仕様の装備を研究し始めました。

勿論一朝一夕でできるものではありませんが、色んな武器、装備に寒冷地仕様が取り入れられました。

 

実はこんな話を私が知っているのは、私の父がシベリア出兵(1918年~1922年)に参加し、その時この旭川のマイナス41度の話、八甲田山雪中行軍の話を色々聞いてきたからです。

この寒さの一例として言っていた話、ランプの油があまりの寒さに凍り、火が消えてしまったことが有った、そんな信じられない話をしていました。

 

 

さて本題はここから。

日本軍はその後も兵器や装備に寒冷地試験を徹底しました。もしロシアと戦争になった時寒さで鉄砲が打てないのでは困る。こんな事です。

 

そして軍需用の光学機器を作っていた日本工学(現ニコン)は双眼鏡などのヘリコイドが凍結しないような特殊な油を開発しました。

 

そして時は流れます。

 

 

戦後日本工学(現ニコン)はカメラを作り始めます。

名前はニコンと名づけました。

勿論カメラメーカーとしては当時は後発メーカー、しかし今まで培ってきた寒冷地対策技術はチャンとカメラにも織り込んでありました。

 

丁度そこに勃発したのが朝鮮戦争(1950年~1953年)。

アメリカから元気のいいカメラマンが沢山やってきました。

そして朝鮮半島北部の前線に来てみるとそこは極寒の地でした。

フィルムはかたくなって割れてしまうし、カメラは凍りついて動かない。

しかしそこで唯一動作可能なカメラレンズが有りました。

ニコンニッコールレンズでした。

今につながるニコン神話の始まりです。

 

 

 

ダンカンの写真集とダンカンの写真。

 

日本のモノづくりが世界に認められる、最初の事例がこの写真集とカメラレンズ

未だホンダもソニーも無い時代の話でした。

 

 

そして多分ニコンの人も知らないニコン神話の原点、それが1902年1月25日、青森県八甲田山で起こった悲劇と北海道旭川で記録されたマイナス41℃。

この記憶が日本の戦後の発展の基礎にあったのではないかと思っています。

 

その証拠の一つの事例。

日本のカーメーカーは北海道に広大なテストコースを持っています。

2005年のデータですがカーメーカーやタイヤメーカー、部品メーカーなど26コース。

例えばトヨタは士別市に930ヘクタールのテストコース、日産は陸別町に705ヘクタールのテストコース、ホンダは鷹栖町に532ヘクタールのテストコースを持っています。

勿論テスト内容は色々ですが、そこに寒冷地対策試験がある事は当然です。

 

1902年(明治35年)の極寒の記録と悲劇。それから100年以上たっています。

時移り人代わる、しかしこの話は連綿と受け継がれ日本のモノづくりの原点の一つとなっている。

 

今日はそんな意味で貴重な日だと思っています。

  1. 社会一般iza
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2013-01-23 22:11

ネズミが逃げ出している

  9月に中国は最も貧しい国になる」と言うクリントン米国務長官の話をエントリーしたが、その裏付けとなる具体的な数字が報道された。

 

<以下大紀元より引用>

 

 

中国の幹部に不動産売却ブーム 腐敗証拠の隠滅で

 (注:美国とはアメリカの中国式呼び方)

 

【大紀元日本1月22日】中国共産党の腐敗幹部の失脚が相次いだことで、最近、自らの腐敗証拠を隠ぺいするため、不動産を投げ売ったり、資産の海外疎開を急ぐ幹部が増えている。香港誌『争鳴』によれば、昨年12月13日、党中央紀律検査委員会(中紀委)は腐敗撲滅の最新状況を中央に報告し、多くの腐敗幹部が海外に資産を移している実態を明らかにした。

 

 その証拠の1つに昨年12月11日発表された中国人民銀行の統計が挙げられている。それによれば、習体制が始まった昨年11月と12月上旬の1カ月間半で、238億ドル相当の外貨が金融機関から引き落とされている。発表の翌日、共産党中央と国務院は金融機関に対し、仮名・匿名・借名口座を即時に封じるよう通達したという。

 

 さらに争鳴誌の報道は全人代代表の話として、中紀委らの関係部門は、昨年12月にすでに120名の現職の高官とその家族に、不動産の投げ売りや、仮名・匿名口座への工作を止めるよう警告したと伝えた。

 

 中紀委の報告書はまた建設部(省)などの統計を引用し、昨年11月中旬から、北京、上海、南京、広州、天津、瀋陽、厦門、広州などの大都市で高級別荘、高級住宅の売却ブームが起き、12月になるとその勢いがより一層拡大したと記している。中でも広州と上海がもっとも多く、それぞれ4880件と4755件に上っているという。

 

 この売却ブームにのる売り主の特徴も報告書は指摘している。▼6割の売り主は匿名や仮名、法人名義を名乗っている▼物件のほとんどは空き部屋か親族・友人に賃貸契約なしで貸している▼売り主は、金融機関を通さず現金取引きを要求している▼業務全般を弁護士に委託し、売り主は顔を出さない、などである。報告書は、これらの高級別荘や高級住宅の所有者はいずれも党や政府の幹部、または国有企業の管理者だと明示した。

 

 さらに同報告書によると、2010年に4120億ドル相当の外貨が海外に移されており、その金額は2011年には6000億ドル2012には1兆ドルにと急増した。2013年ではさらに、1.5兆ドルに膨らむと予想されている。

 

 資産のみならず、幹部やその家族の中国脱出も伝えられている。19日の新華網の関連報道によれば、2012年の10月1日前後の大型連休に出国した幹部の内、1100人が帰国しておらず、そのうち、714人が海外に逃亡したことが判明している。 

 

 習体制が腐敗撲滅を当面の課題として掲げるのは、共産党幹部の腐敗に対し、国民の不満が、政権の存続を脅かすまで高まったからだ。共産党専制を前提とするならば、本格的な政治改革も新たな打開も望めないものの、習体制権威の確立には効果的だと思われる。その思惑をいち早く察知した幹部らが、海外逃亡や資産隠しに動いたとみられる。

 

(翻訳編集・呈工/張英)

 (13/01/22 14:40)                

 
http://www.epochtimes.jp/jp/2013/01/html/d14750.html
 
<引用終り>
 
 2012年で1兆ドルの資金が流出と言うのも凄いが、10月の連休に海外に出国した幹部の内1100人が帰国していないと言うのも想像を絶する話である。
 
それにもう一つ気になる話がある。
中国が昨年260万トンものコメを輸入しているのだ。
 
 
 
<以下引用>
 
激増する中国の米輸入、世界市場に波及するか
XINHUA.JP 1月12日(土)18時56分配信
 
【新華網】 2012年は中国のコメ輸入量が大幅に増えた。『ウォール・ストリート・ジャーナル』は8日、米農業省のデータを引用し「12年の中国コメ輸入量は260万トンとなり、史上最高を更新し、11年の輸入量57万5000トンを大幅に上回った」と報じた。過去50年間で中国がコメ純輸入国となった年はたった4年しかない。「数10年来、持続的に増えるコメ生産により中国のコメの輸出量は輸入量を上回っている」と環球時報は伝えている。
・・・以下略、詳細は下記リンク先参照ください・・・
 
 
<引用終り>
 
 
コメは大部分は生産国の国内消費、輸出にはほんのわずかしか回らない。
1993年の平成のコメ騒動を記憶されている方も多いだろう。
この時日本が輸入したコメが260万トンだった。
当時の世界全体の輸出量が約1000万トン、この為世界のコメ市場は大混乱した。
 
今回の中国の輸入量はその時の日本の輸入量と同じであるが、現在の世界貿易量は約2000万トン。
しかしそれにしてもすごい量の輸入である。
 
この一見何の関係もなさそうな話だが、私には何か関係が有りそうな気がしてならない。
中国で何が起こっているのか、マスゴミの報道では分からない大きな変化が起こっているようだ。

 

  1. 中国
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2013-01-22 23:06

放射線と発がん、日本が知るべき国連の結論

  「放射線と発がん、日本が知るべき国連の結論 」

こんな西田昌司氏の話をyuyuuさんがエントリーしている。

http://yuyuu.iza.ne.jp/blog/entry/2983901/

 

この話、非常にいい話なので日経の記事をそのまま紹介したい。

放射脳に汚染されて毎日不安だ、放射能怖いと思っている方には是非とも読んでいただきたい話である。

 

 

尚最初に「しきい値」とか「閾値(いきち)」という難しい言葉が出てくるので、(そもそも漢字が難しい)先にそいつから紹介します。

 

しきい値、または閾値

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%81%8D%E3%81%84%E5%80%A4

 

LNT(しきい値なし直線)仮説について ・・・引用者注:とても良く分かる解説

http://www.denken.or.jp/jp/ldrc/study/topics/lnt.html

 

 

 

<以下日経より引用>

http://www.nikkei.com/article/DGXZZO50651160W3A110C1000000/?df=4

 

 

 

放射線と発がん、日本が知るべき国連の結論 

2013/1/17 7:00

 

(2013年1月13日 Forbes.com)

 

 昨年12月、極めて重要な報告書が粛々と発表された。そこに結論として書かれているのは、原子力科学の専門家が長年にわたり主張してきたことだ。――つまり、約0.1シーベルト(Sv)または10 rem以下の放射線の被曝(ひばく)は大した問題ではない。

 

 「しきい値無し直線仮説(Linear Non-Threshold : LNT仮説)」は0.1Sv(10 rem)以下の被曝には当てはまらないが、世界中の自然放射線量はこの範囲にある。そればかりか、この低線量域は、原子力、医学的治療、そして福島のように原発事故で被害を受けた地域にとって最も重要な意味を持つ。

 

 

 

 原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)が提出した。低線量の被曝の影響は非常に不確かなものであるため、UNSCARとしては「低線量の被曝と大人数を掛け合わせて、自然放射線量と同等以下のレベルで漸増的な被曝によって健康被害を受ける人数を推定することは勧めない」と述べている。

 

 この手法はチェルノブイリ以来広く行われてきたことであり、福島では今も採用されている

 

■福島事故で「健康への影響無し」

 

 報告書により、世界はようやく正気に戻り、人体に害を与えないことに無駄な時間を費やすのをやめ、実際に悪影響を及ぼす問題、そして本当に注意を必要とする人々に目を向けるようになるかもしれない。例えば津波によって引き起こされたインフラや経済への打撃、あるいは福島周辺の真のホットスポットの除染。さらには、人体に影響を与えない程度の放射線量しか浴びていないのに、被曝の恐怖に怯えて暮らし、まさにそうした不安に心身をさいなまれている何万人という日本人をケアするといったことだ。また、日本政府においては真剣に原発再稼働の準備を始めたり、国際原子力機関IAEA)や米国政府からの改善案に耳を傾けることだ。

 

 この報告書によって、低線量の被曝が個人と大規模な集団の健康に及ぼす影響について言えること、言えないことがはっきりするだろう。

 

 自然放射線量が2.5ミリSv(250 ミリrem)から3.5ミリSv(350 ミリrem)に上昇しても、発がん率は上昇せず、認識できるような公衆衛生上の影響は何も起きない。同じように、自然放射線量が2.5ミリSv(250 ミリrem)から1ミリSv( 100 ミリrem)に低下しても発がん率は低下せず、公衆衛生上の問題に一切影響を与えない。

 

 重要なのは、通常の議論は短期間(一度)に強烈な放射線に被曝することを想定しており、同じ量を1年といった長い期間をかけて被曝した場合、影響はさらに小さくなることだ。つまり毎月0.1Sv(10 rem)を被曝すれば影響はあるかもしれないが、年間で同じ0.1Svを受けた場合は、慢性にせよ、急性にせよ認識できるような影響は一切ない。

 

 さらにUNSCEARは、一昨年の福島の原発事故による識別可能な人体への影響はなかったとしている。「影響無し」としているのだ。

 

 日本人は再び国産の食品を口にできる。放射線による汚染が軽微で、米国・コロラド州やブラジルといった世界各地の自然放射線並みのレベルにとどまっていれば、避難地域への帰宅も始められる。

 

■浪費される膨大な資金

 

 現在、表土や落ち葉の除去に費されている膨大なムダな資金(ニューヨーク・タイムズの記事参照)は、深刻な汚染状況にある福島原発付近での最新技術を使った除染に集中投資すればよい。

 

 0.1Sv(10 rem)以下の被曝に誤ってLNT仮説を当てはめたことによる経済的・心理的負担は、ただでさえストレスを感じていた日本国民には著しく有害で、今後もそれを続けることは犯罪行為といえる。

 

 LNT仮説を要約すると、あらゆる放射線は命にかかわる有害なもので、被曝線量がどれほど低くても人体に有害な影響を与えるとする考え方だ。被曝量が2倍なら発がん率も2倍になる、と。第二次世界大戦後にヘルマン・マラーが提唱し、UNSCEARを含む国際機関が採用したが、その有効性が最も発揮されたのは冷戦中に核兵器実験を中断させるための交渉の切り札として使われたときだ。世界に放射能への恐怖が広がったのは、その副作用である(記事「マラーはウソをついたのか?」参照)。

 

 当然ながら、年間0.1Sv(年10 rem)以下では被曝量が2倍になっても発がん率は2倍にならない。人体への影響はまったくない。数百万人にのぼる原子力作業従事者を50年にわたって綿密に調査した結果、一般人の平均と比べて被曝量は数倍から10倍だったが、がんによる死亡率は変わらなかった。米国のニューメキシコ州とワイオミング州の人々の年間被曝量はロサンゼルスの住人の2倍だが、発がん率はむしろ低い。LNT仮説が正しければ、こうしたことは起こりえない。

 

 地球上のどこを見ても、被曝量が年間0.1Sv (年10 rem)以下のケースで、LNT仮説を裏づけるような識別できる影響が出ている集団はない。自然放射線量が年間0.1Sv(10 rem/年)を超える中東、ブラジル、フランスでさえそうだ。

 

 議論されることはほとんどないが、LNT仮説は人体の器官とペトリ皿で培養した細胞に低い線量を照射した際に機能する生物の免疫機構や生物学的な治癒にかかる時間を考慮していない。

 

国連総会で承認された報告書

 

 UNSCEARは世界各国の専門家で構成される独立機関として1995年から定期的に会合を開いている。原爆の生存者、チェルノブイリ原発事故の影響、産業界で起きた放射線による事故、医療現場での放射線治療の研究を通じて放射能への人類の理解を促進するとともに、放射性物質による発がん性が低いことも明らかにしてきた。

 

 専門家の多くは長年、何もしないことが害悪になる重大な問題について、結論を先延ばししたり、言葉を濁すようなことはやめようとしてきた。今回の報告書は好ましい変化だ。報告書は国連総会で承認されたので、今後は世界中の国々が独自の放射能安全策を策定するのに参考にするだろう。

 

 

■日本に与える重大な影響

 

 これはLNT仮説を誤用して、特に食品について福島事故への過剰反応ともいうべき基準見直しを実施した日本にとって特に重要だ。

 

 世界的に認められた食品中の放射能レベルは1キログラムあたり1000ベクレル(米国の場合は同1200ベクレル/キログラム)だ。大部分はセシウム137とストロンチウム90が占めるが、こうした基準値はIAEAUNSCEARのような組織が数十年にわたる研究にもとづいて設定している。福島の事故後、国民の放射能への不安が高まっていることがメディアで報じられたため、日本政府は不安を静めようと基準値を従来の半分に抑えた。だが不安が静まらなかったため、基準をさらに引き下げて国際基準の10分の1にした。

 

 放射能は思っていた以上に危険である、国内の食品は有毒だと伝えれば、国民が安心すると思ったのだろうか。彼らは正気だったのか?

 

 この結果、国民は日々口にしている食品にさらに不安になるという意図しない影響が生じ、安全な食品は危険なカテゴリーに入れられ、食品輸出は抑制され、経済的・社会的損害はさらに広がった。

 

 通常であれば安全な食品が、突然、出荷制限の対象になった。青森県産の野生キノコ類は、1キロあたり120ベクレルの放射性セシウムが検出されたため出荷が制限された。このセシウムは福島事故とは一切関係がなく、世界中の人々が食べている食品に含まれているのと同じタイプであり、事故以前はまったく問題にされなかった。(記事「日本の規制値は厳しすぎる」を参照)

 

 日本人はいわれ無き制裁を加えられるべきではない。だがこのような最近の動きやUNSCEARの報告書からは、日本人が制裁を受けているのは明らかだ。食品の放射性物質の基準値を引き下げる理由はなかった。半減期の短い放射性核種が既に崩壊してしまったことを思えば、なおさらだ。誤った前提の一つは、日本人が汚染された食品しか摂取できないというもので、これはとんでもない見当違いだ。国際的な基準値は確固たる根拠にもとづいて設定されており、それを引き下げることは日本の農家や消費者をさらに痛めつける以外、何の役にも立たない。

 

 UNSCEARのウォルフガング・ワイス委員長は、事故のあった原発の周辺地域の住民、労働者、子供たちには、放射能による健康への影響は一切観察されていない、と述べている。これは世界保健機関(WHO)や東京大学が既に発表した研究成果とも一致している。原発周辺地域の住人が被曝した放射線量は非常に低く、識別できるような健康被害が生じることはまったく考えられない。

 

 日本政府は様々な失敗を犯したが、福島県で速やかに避難を実施し、汚染された食品や飲料水が消費されるのを正しく防いだ。これは旧ソ連政府が意図的に市民から情報を隠したチェルノブイリ事故とは対照的だ。

 

 

 ヨウ素の放射性同位体で半減期の短い「ヨウ素131」の食物摂取は、子供や若者の甲状腺で吸収されると甲状腺がんを引き起こすリスクがあることで知られているが、これがチェルノブイリ事故が一般市民に及ぼした唯一の重大な放射線による健康被害だ。旧ソ当局が情報を公開し、迅速に行動していれば、この被害は防げたはずだったが、もちろん彼らは一般大衆のことなど大して気にしていなかったのだ。

 

 日本ではこうしたことは起こらない。半減期がわずか8日のヨウ素131は事故後の数カ月で崩壊してしまい、大量に摂取した例は1人も報告されていない。

 

■日本人は恐怖ではなく真実に基づき行動を

 

 報告書によると、福島原発では非常事態に対応していた6人の作業員が0.25Sv(25 rem)を超える放射線を浴び、170人が0.1~0.25Sv(10 ~ 25 rem)を被曝した。このうち健康に悪影響が出た者はなく、おそらく今後も影響は出ないだろう。福島原発で亡くなった6人の死因は、がれきに押しつぶされたり、海に流されるといった事故で、放射能とは一切関係なかった。

 

 確かに0.1Sv (10 rem)を超える放射線の被曝は健康に影響を与え、それは統計的に1Sv (100 rem)に達するまで増加する。ただこの比較的高い線量域についても、十分に大きな母集団でない限り、影響は観察しにくい。それほどの規模の放射能事件、すなわち大勢が0.1~1Sv (10 ~100rem)の放射能を浴びたのは、第二次大戦中の原爆投下だけである。

 

 放射線の影響が明らかになりはじめるのは、1Sv (100 rem)以上の高線量を急激に浴びたときだが、そうした状況ですら、考え得る他の要素を排除しない限り、放射能を明白な原因と断定することはできない、とUNSCEARは説く。

 

 こうした見方が放射性廃棄物の処分にどれほど重大な意味を持つかは、別の機会に譲ろう。

 

 結局のところ、放射能への恐怖ではなく真実にもとづいて行動するように変わらなければ、われわれは日本、ベラルーシ、ウクライナの人々に責務を果たしたことにならないうえ、今後も見当違いのことに時間とカネを費やすことになるだろう。反核運動家や陰謀説が好きな人々は今回の国連の報告書を受け入れないだろうが、彼らはどのみち国連が嫌いなのだ。

 

by James Conca, Contributor

 

<引用終り>

 

冒頭にも書きましたが大変良い話。

少しでも多くの人にこの事実を知っていただきたいと思います。

特に国連総会で承認された報告書である事。

疑り深い人でもこれで納得できるのではないでしょうか。

  1. 社会一般iza
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  3. CM(12)

2013-01-20 21:43

2012年自殺者数3万人以下に、これこそ日本再生が始まった証拠

  2012年の自殺者数が警察庁の速報値で年間3万人を切った事が分かった。

 

 

大変うれしい話である。

実はこの自殺者数の話、1998年3月に突如ポンと跳ね上がり、その後関係者のいろんな努力にもかかわらずそのまま年3万人以上で15年も推移してきた。

 

そして私はこの問題が解決すればきっと日本は再生できる、そう思っていた。

しかし何故突如ポンと跳ね上がったのか、それは全く分からなかった。

 

自殺は別に一人一人の個人が誰かに強要されてするものではない。しかしこんな統計で明らかに有意差がある、そこには日本人一人一人の心の中に入り込んで死を決意させるほどの何か、そんなモノが必ずある筈だ

 

 

 

2012年に3万人を下回ったことが分かるとNHKなどはこんなへんちきりんな事を言っている。

曰く・・ NHKテレビは、日本の自殺者急減は政府と民間団体が自殺予防のためのさまざまな対策を推進してきたことが効果を上げたものと報じた。

(この話はご隠居さんの以下のブログから拝借しました)

http://tosi.iza.ne.jp/blog/entry/2981222/

 

ご隠居さんどうも有り難うございました。

 

 

しかし実際は如何なんだろうか。

この原因を見るためには自殺者が急増した15年前に遡って原因を考えないと分からない。

では長期推移はどうなっているか。

 

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2740.html

 

この推移グラフをよく見ると自殺者数は毎年3月~5月がピーク、そして1998年より前には多いときでも月2500人まで達していない。

しかし1998年3月、突如・・・正に突如ポンと跳ね上がり、その後一度も」この傾向は変わっていない。

1998年に多くの人が命を絶とうと思い詰めるような何かが起こっているのである。

 

その原因をyuyuuさんのブログで知ることが出来た。

http://yuyuu.iza.ne.jp/blog/entry/2124804/

 

このブログで紹介されているグラフ

このグラフは上掲ブログから引用したもので少々古いが、このグラフが一番わかりやすい。

そして上掲ブログでkazkさんが良い情報をコメントで紹介している。

これを見ると1998年(平成10年)に何が有ったのかわかる。

 

 

1998年から平均給料が下がり始めたのだ

自殺者が突如急増し、さっぱり原因がつかめなかった。

その原因はこれだった、デフレが原因だったのである。

 

では2012年に何が起こったか。

誰でも分かるのは2012年12月、ついにあの民死党から政権を奪還した、それは良く分かる。

だがデフレ脱却は如何なのか?

2012年2月14日、日銀は金融政策決定会合で消費者物価(CPI)の前年比上昇率1%を「中長期的な物価安定の目途」として公表。

遂に日銀がデフレ脱却の為インフレ目標を明示する、大きな金融政策の変更が有ったのだ。

安倍内閣が発足し、この目標が低すぎることに注目が集まっている。

しかし2012年2月は金融政策がインフレ目標を掲げたことには大きな意味が有る。

そして15年にわたって人々を苦しめてきたデフレ景気後退からの脱却に希望が出てきたことが自殺者の数字にはっきり表れている、そう理解すべきなのだ

 

そして今一度15年前の問題に目を戻してみよう。

15年前、当時は橋本内閣だった。

自民党内閣じゃないか、そう言いたい所だがちょっと待って欲しい。

橋本内閣は「自社さ連立政権」である。

この内閣は「与党責任者会議」なるモノを設けたが自民党だけの賛成では決定できない仕組みだった。

自民党が表の顔になったとしても「社・さ」の賛同を得なければ何も決まらない仕組み、こうなっていた。

そしてこの当時の「さきがけ」のメンバーを見ると鳩山由紀夫・管直人・前原誠司・げ玄葉光一郎・枝野幸男・荒井聰・小沢鋭仁などがおり、実質2009年のミンス党の母体と言っても良い。

 

民主党の日本破壊政策はこんな風に日本を破壊し、その結果が15年も続いたデフレ、そして多くの人たちが将来に絶望して自ら命を絶った。

 

私にはこんな風に読めるのだ。

 

そして遂に自殺者数が年間で3万人を下回ってきた。

人々の心の中に将来に対する光が見えてきた証拠ではないか。

そして安倍内閣誕生である。

 

国民一人一人が将来に希望が持てる社会、それはこれからの一人一人の努力にかかっていると思う。

  1. 社会一般iza
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2013-01-17 18:43

しみじみ思う、日本が首相公選制で無かったことに感謝

  ポッポが中国に招待されてノコノコ出かけ、尖閣は係争地と喋ってみたり、今度は南京大虐殺記念館に出かけ謝罪している。

 

 

ポッポを取り囲んでいる連中のいやらしい目つき、これを見て激怒しない日本人は居るだろうか?

 

 

 

しかし良く考えてほしい。

あの2009年8月30日、日本国民はこの基地外率いる民死党に未来を託したのである。

 

 

そして若し日本が首相公選制だったら、そして任期が4年もあったら・・・ 今でもこの基地外が首相である。

 

 

未だに首相公選制が云々とのたまう御仁がいる。

一見民主的で良さそうな制度、しかし結果としてマスゴミのキャンペーンに乗って政権交代した結果がどうなったか?。

 

今このポッポの日本国毀損行動を見ると、日本人一人一人がもっと真剣に反省する必要がある事が分かる。

 

その反省の上に立って日本再生のために立ち上がるべき、今はそんな時だと思う。

  1. 政治iza
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2013-01-14 18:42

今日から再出発

  しばらくブログの更新ができませんでしたが、本日より再開します。

これからも宜しくお願いします。

 

最初にヤッパリ日本はこれでなくてはという事で

 

  

所でここからは正月の話題ではないのですが・・・

 

実は新春早々義母が死去しました。

長男は居るのですが遠くに住んでいるなどで私が喪主。

葬儀そのものは8日に終わったのですがその後も色々雑用が山積。今日に至ったと言うわけです。

(以上言い訳終り・・・・・)

 

 

 この年末年始2週間、私は葬儀が義母の分を含め3件、その内1件は同い年の友人の葬儀、そして通夜葬儀の諸事の手伝いもしましたので、葬式だらけの酷い年越し、全く参った参ったでした。

(影の声:空き缶やポッポ、犬HKやアカヒの葬式なら良かったのにね。)

 

そんな中でいろんな人と話をして痛感したことが有るので書いてみたいと思います。

 

 

葬儀は高齢者から若い人までいろんな年代の人が集まります。

普通に参列するだけなら余り色んな人と話をすることは有りません。しかし葬儀の手伝いをしたり、葬儀を取り仕切ったりすると嫌でも色んな人と話をせねばなりません。

 

そんなとき気が付いたこと、若い方の中に我々が常識と思っている、或いは常識としてやっている事(世間知とでも言うのでしょうか)を知らない人が少なからずいる事です。

 

 

例えば「箸」の持ち方を知らない・・・

それと葬式がどう関係するんだという事ですが、遺体を火葬した後、収骨(骨上げとか骨拾いともいう)は親族の仕事。

この時竹と木の箸で二人で骨を挟んで骨壺に入れるのですが其れが出来ない・・・

 

こんな人に家庭で箸の使い方を教わった事が有るか、それと無く聞いてみるとそんな事は聞いた事が無い。

そんなこんなで家庭の教育が如何なっているか、話をしていれば大体見当が付きます。

 

今の若い人は学校教育も「ゆとり教育」で可笑しな教育を受けていますが、家庭でもその傾向が有る、これは事実だと思います。

 

私は良く若い人から「短足さん、〇〇は正式には如何すればいいんですか」と聞かれるが、そんな知識が家庭では教えられていない。今の現実である。

 

 

これからの日本の教育再生にはこんな若い人の教育を企業・職場、そして地域で考えていくべきなんだが大変だなあ・・・

そんな思いを強くした年末年始でした。

  1. 日常の話題iza
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2013-01-06 21:30

新春早々ですが

 新春早々ですが、正月以来危篤状態だった義母が本日義父の待つところに旅立っていきました。

明日・明後日が通夜・葬儀ですので落ち着きましたらエントリー再開します。

それまで今しばらく小休止です。

 

寒さ厳しき折皆様健康にご留意を。

 

以上取り急ぎ現況報告します。

 

  1. 日常の話題iza
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2013-01-01 18:35

氷漬けの牛

 新年あけましておめでとうございます。

拙いブログですが、本年もよろしくお願いいたします。

 

いよいよ今年こそ日本再生、久しぶりに希望或る新年を迎えられたこと、実に素晴らしい事です。

経済の再生が第一ですが、戦後レジームからの脱却、腐敗しきったマスゴミの大掃除など課題は多いですが着実に進むことを期待したいです。

 

 

 

所で私は毎年新年は愛知県岡崎市の岩津天満宮に初詣に行くのが恒例です。

行くのは早朝、真っ暗なうちに出発し日の出前に参拝。

 

これは本殿前の願掛け牛。

 

 

他の牛は願掛け撫で牛で参詣者が撫でていくのだが、この牛は願掛け水かけ牛。

寒い中、氷漬けで頑張ってます。

  1. 社会一般iza
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