2010-06-26 07:05

1週間ほど留守をいたします

急な話ですが27日(日)午前の便でタイに行く事になりました。

パソコンは持っていきますが多分触っている時間が無さそう。

その間コメントなど頂きましても返事が出来ないかもしれませんのでご了承頂きたく、宜しくお願いいたします。

 

帰国は順調に行けば7月4日(日)の予定ですが、果たしてどうなりますか・・・

 

タイとは言うものの仕事はバンコクではなく田舎です。

従って危険は無いのですが、最近のタイの情勢が何処まで分かるかは不明。帰国しましたらどんな様子か書いてみたいと思います。

個人的に注目している事、

タイは今大変な水不足で困っています。稲の作付けが出来ないところが多くなっています。

こんな所も現地で如何報道されているか見てみたいです。

  1. どうでもいい事
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2010-06-24 22:09

タイでも日本でもこの連中はテロ組織

日本では参議院選挙がいよいよ始まったが、反政府デモに揺れたタイではこんなニュースが有る。

 

<以下6月24日 バンコク週報より引用>

 

野党、補欠選でテロ容疑者擁立へ

 

 野党・タイ貢献党のプロートプラソプ副党首は6月23日、党執行部がテロ罪に問われこう留中の反独裁民主戦線(UDD)幹部コーケオ容疑者を7月25日のバンコク6区下院補選に立候補させる方針を固めたと明らかにした。

 候補選びでは、UDD幹部のチャトゥポン議員(テロ容疑者、保釈中)らの推すUDD幹部ナタウット容疑者(同じくテロ罪に問われこう留中)の名もあがっていたが、同容疑者はバンコク居住期間が短く、立候補が認められない恐れがあったため、コーケオ容疑者の擁立を決めたものという。

 公職選挙法では、選挙実施の当該都県の生まれか居住期間5年以上が立候補の条件とされている。

 プロートプラソプ副党首によれば、同党は近く、コーケオ容疑者が立候補届できるよう同容疑者の保釈を刑事裁判所に請求する予定という。これが却下されれば、出馬は不可能となるが、保釈が認められた場合でも、選管が立候補届を受理するか定かでない。不受理の決定を覆させるには、最高裁への提訴が必要という。

 なお、テロ容疑者の擁立には各方面から厳しい批判が相次いでおり、これが選挙結果に反映されるとの見方が支配的。だが、タイ貢献党やUDDなどタクシン支持勢力は、「先の反政府活動は正当。UDD幹部らがテロ容疑で逮捕されたのは不当」と訴えており、テロ容疑者擁立への反対意見についても、反タクシン派による不当な批判と受け止めているようだ。

http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10335

 

<引用終り>

 

所で日本でも選挙戦初日、こんな前代未聞の話が・・・

 

<以下毎日新聞より引用>

<参院選>民主、たちあがれ日本陣営がののしり合い 東京

6月24日19時34分配信 毎日新聞

 

 参院選が公示された24日昼前、東京・新宿のJR新宿駅西口で、民主党の比例代表候補とたちあがれ日本の両陣営が同時に街頭演説し、一時ののしり合いになる険悪なムードになった。

 たちあがれ日本の応援にかけつけた石原慎太郎東京都知事が、永住外国人への地方参政権付与に反対を訴えると、民主陣営は数十メートル先から大声で抗議。この候補が元朝鮮日報日本支社長だったため、石原氏は「うるせえな、お前ら。どこの何人だ。日本人ならルールを守れ」とマイクを持ったまま激高した。

 この日は同駅周辺で公明、共産両党なども相次ぎ演説したが、ほかにトラブルはなかった。民主陣営は取材に対し「たちあがれ日本の平沼赳夫代表の第一声の間は控えた。公示日で興奮状態なのだからお互いさまだ」と語った。【木下訓明】

 

<引用終り>

 

 

 

私も国政選挙ではないが、選挙の応援演説をしたり選挙カーに乗ったこともある。

例えライバル候補であっても、すれ違ったり選挙事務所の前を通ったら「〇〇候補、頑張ってください」と言うのが礼儀だった。

 

日本人なら当たり前のこの常識、しかし今回の選挙はコレが通用しないようだ。

「ルールを守れ」、こんな事を今言わねばならない。

残念ながらコレが現実だ。

 

タイでは驚いた事に、テロ容疑者として逮捕拘留されている人物をタクシン派の候補者として擁立しようとしている。

こんな事、何と酷い話だと笑っても居られないのが日本の選挙だ。

 

国民の厳正なる審判が下される事を祈っている。

  1. 政治iza
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2010-06-21 21:40

貝塚を見に行く(続編2)

先苅(まずかり)貝塚と言う地下深くから発見された貝塚の話の続編だが大分間が空いてしまった。

やや時期遅れのエントリーだがご容赦を。

 

 

如何してこんな貝塚の話をエントリーしたか?、

地球温暖化問題が叫ばれて久しいが、昨年暮に発覚したクライメイトゲート事件から地球温暖化問題が「温暖化詐欺」であることがハッキリした。

そして地球そのものは昔からダイナミックに気候変動していることが分かってきた。

そんな事が言いたかったからである。

 

 

前回海面の上昇のグラフを見ていただいたが、重複するがもう一度

 

これは地球を覆っていた最後の氷河期以降の海面の高さのデータだが 、約2万年前の氷河期のピークでは現在より120メーター以上海面が低かった。

それが約1万5千年前から急速に海面上昇、約7千500年前にはほぼ現在の海面レベル、そして約6千年前には現在より約3~5メーター海面が高かった。

 

この海面上昇を日本では縄文海進というのだが、現在のレベルより高かったことは良く分かっていた。しかしその前がどうなっていたのか良く分からなかった。

コレをハッキリさせたところにこの貝塚の意義が有った。

 

 

約7千500年前にはほぼ急激な海面上昇は終わったが、その直前(約8000年前)の状態を伝える貴重な遺跡、それがこの貝塚であった。

 

 

 

ではこの海面上昇、何が原因かと言うと

(全世界の海面を100メーター以上押し上げるだけの水が何処から来たのかと言う事)

それは北米大陸やヨーロッパなどを覆っていた巨大な氷床である。

 

 

これは北米大陸を覆っていたローレンタイド氷床などの姿。

  出所:朝日新聞社刊:モンゴロイドの道より引用  

 

 

北米大陸北部にでっかい氷床がある。

この図は今から約1万2千年前、未だ陸続きだったベーリング海峡を通ってアメリカ大陸に進出した先住民の通った経路を示した図から借用、

アメリカ大陸北部は今の南極並みの分厚い氷の覆われていた。

 

その証拠が実は意外なところにある。

 

氷床が岩盤を削り取った傷跡である。

 

凄い傷跡ではないでしょうか。

 

これはニューヨークの中心部セントラルパーク内にある岩盤の露頭。

氷床の「擦痕」といわれ、厚さ3~4000メーターの氷が岩を削った痕である。

ニューヨークの摩天楼の目の前は氷河時代の名残。

セントラルパークにはこんな物がごろごろしている。 

 

 

貝塚を見ながら、そんな気候変動の歴史を考えた一日だった。

  1. 歴史
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2010-06-18 09:49

イカロスを海外では如何報道しているか

はやぶさの世界初の快挙が話題になり、民主連中のいい加減さが浮き彫りになったが、もう一つの世界初、宇宙帆船イカロスについても日本の報道はおかしい。

 

日本のマスゴミが殆ど無視しているのにイギリスのBBCが詳しく報道している。

実はコレtakacaさん からいただいたコメントに回答していて気がついた事。

 

まずはBBCの報道を見てください

<以下イギリスBBCより引用>

Mini-camera pictures Japan's Ikaros solar sail

Page last updated at 09:54 GMT, Wednesday, 16 June 2010 10:54 UK

 
Ikaros solar sail (Jaxa) The sail has an area of about 200 square metres

It is the picture that confirms Japan's Ikaros solar sail is fully extended and ready for the next part of its mission.

The image was acquired by a tiny camera ejected from the central hub of Ikaros.

It transmitted the picture back to the central hub of the spacecraft, which then relayed the data many millions of kilometres to Earth.

Ikaros will demonstrate the principle of solar sailing, which has long been touted as a means of moving spacecraft around the Solar System.

The pressure of sunlight alone should drive the hub and its membrane through space.

Japanese space agency (Jaxa) scientists want to detect a measurable acceleration in the spacecraft as photons - the particles of light - from the Sun fall on the roughly 200-sq-m, ultra-thin sheet.

They will also attempt to change the direction of Ikaros by altering the angle of the sail. There are thrusters in the hub to do this, but the researchers want to see if it is possible simply by adjusting the reflectivity of LCDs embedded in the sail.

Ikaros was launched as a piggy-back mission to Japan's Akatsuki Venus orbiter on 20 May (GMT). Akatsuki should get to Venus in December. Ikaros on the other hand will push on past the planet.

SAILING TO VENUS - HOW IKAROS UNFURLED ITS SOLAR SAIL

Ikaros diagram (Jaxa)

(1) For the deployment, the disc-shaped Ikaros spacecraft was first spun up

(2) The four weighted corners of the sail were then released and flew outwards

(3) Finally, the packed sail membrane was liberated and pulled flat by the rotating tips

Solar sailing has been talked about for many years. The science fiction author and futurologist Sir Arthur C Clarke even wrote about solar yachts racing around the Moon.

And although Ikaros represents the first large-scale demonstration of a sail, some conventional satellites already use reflective flaps to maintain their orbits more efficiently.

There are still many challenges ahead for Ikaros.

The project team will be particularly concerned to keep the sail fully extended and flat.

Rather than employ rigid booms or ribs to do this, Ikaros simply spins, making one or two revolutions per minute.

But other solar sail scientists say that if instabilities develop in this type of design, Ikaros could start to fold in on itself.

Solar sail (Jaxa) The central hub relayed the pictures back to Earth

It has been a busy period for Jaxa. On Sunday, its Hayabusa mission to retrieve samples from asteroid Itokawa returned to Earth.

<引用終り>

詳細はコレを参照ください

http://news.bbc.co.uk/2/hi/science_and_environment/10328584.stm

 

英文ですが写真と図を見るだけで大体分かると思います。

本文中にアーサー・C・クラーク(1917-2008)の名前がある。イギリスのSF作家で2001年宇宙の旅の著者だ。

イギリスはSFの世界が正に実現している、そのことを素直に評価している。

 

 

 

 

では日本の報道と如何違うか、参考までにサンケイの報道を並べてみると

<以下産経より引用> end ad iza.topics.610x120 tag

宇宙ヨット「イカロス」の写真を公開 JAXA

2010/06/16 11:20更新

 

一辺約14メートルの帆を広げて闇の中を飛行する世界初の宇宙ヨット「イカロス」(JAXA提供) 
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 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は16日、太陽光の微弱な圧力を受けて飛行する世界初の宇宙ヨット「イカロス」が大きな帆を広げて飛行する写真を公開した。宇宙空間で探査機自身の姿が撮影されるのは珍しい。

 写真は14日、地球から約1000万キロ離れた金星方面への軌道上で、イカロスから分離された小型カメラが撮影。中心にある円形の本体から一辺約14メートルの帆が広がり、太陽光を受けて闇の中を飛行する様子がわかる。

 イカロスは太陽光の圧力を利用した加速や軌道制御、帆に張り付けた薄型太陽電池の発電などを行う小型ソーラー電力セイル実証機。10日に展開し終えた樹脂製の帆は厚さが髪の毛の太さの10分の1程度で、飛行経過は順調という。

 イカロスは5月21日、JAXA種子島宇宙センター(鹿児島県)から国産大型ロケット「H2A」17号機で日本初の金星探査機「あかつき」と一緒に打ち上げられた。

 

<引用終り>

 

イギリスの報道と比較して日本はどうか。

日本ではJAXAの言った事をただ並べただけ。

BBCの方がはるかに具体的、そして何が世界初かを良く知っている。

 

 

「2番では如何していけないんですか」などと言ってはやぶさ2の予算を仕分けした真犯人は今頃になって「1番になりましょう」等と言い始めたらしい。

こんな連中がのさばるようでは夜明けは遠いが、「あかつき」・「イカロス」頑張れ。

  1. マスコミ
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2010-06-17 18:27

バンコクの伊勢丹デパートが24日開店

タイのタクシン派反政府デモで4月からずっと閉店していた伊勢丹デパート、来週開店とのニュースが飛び込んできた。

タイもやっと平静を取り戻した一つの表れだろう。

 

<以下newsclipから引用>

バンコク伊勢丹、24日に営業再開
 
2010/6/17 (15:13)

【タイ】タクシン元首相派による放火で南側の一部が炎上、倒壊したバンコク都心のショッピングセンター(SC)、セントラルワールドのうち、被害が少ない北側のバンコク伊勢丹が6月24日、営業を再開する。

 営業時間は1―5階が午前10時―午後9時、6階のレストラン街と紀伊国屋書店は午後10時まで。駐車場はセントラルワールド地下1階が使用できる。

 24日の開店前には有名人を招いたオープニングセレモニーを開催し、酒樽の鏡開き、オリジナルうちわの配布などを行う。

 7月2―28日には全館で記念セールを実施。7月2日―8月1日には眼鏡店の「パリミキ」(5階)が眼鏡、サングラスの、6月24日―7月28日には紀伊国屋書店が日本の雑誌のセールを行う。

 セントラルワールドは延床面積55万平方メートルで、伊勢丹や紀伊国屋、小売店500店以上、飲食店約100店が入居する東南アジア最大級のSCSC前がタクシン派の反政府集会場となり、4月上旬から5月中旬まで休業を余儀なくされた上、タクシン派が軍に強制排除された5月19日、暴徒した集会参加者に略奪、放火され、大きな被害を受けた。炎上、倒壊した南側のゼン・デパートは再建に1年以上必要と見られている。
 

 

<引用終り>

 

タクシン派暴徒による放火で炎上したセントラルワールド、その中で奇跡的に被害が少なかった伊勢丹デパートが開店する。

タイを知るものにとっては大変うれしいニュースである。

 

これは最近のセントラルワールド

 

  1. タイiza10年以前
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2010-06-17 11:02

貝塚を見に行く(続編1)

愛知県南知多町内海の、今から8,000年前の先苅(まづかり)貝塚が地下深くから発見された。それを見に行った事を前回エントリーしたが、今回はその続編。

そんな物が如何して残ったか調べてみた。

 

貝塚の話だが、興味を引く点は今問題の気候変動地球温暖化を考える上で参考になると思ったからだ。

 

 

 

最初に現地の航空写真から

 

 

黄丸印が内海地区、矢印が内海駅=先苅貝塚

 

現在の写真を見ても内海地区は三方を山に囲まれた所だと分かる。

 

 

内海駅のホームから見ると

海側を見たところ、約 1キロ先が海

 

 

 

駅のホームより山側を望む   電車の進行方向 

                   (駅を出るとすぐトンネル)

 

 

昔の鳥瞰図では

先刈貝塚 南知多町教育委員会編より

 

こんな物を見ると比較的最近まで袋状の内海(うちうみ)だった事が分かる。

地名の内海(うつみ)は正に地形そのものを表している。

 

 

 

だがそれだけでは未だ良く分からない。

如何して縄文時代早期の、今から8、000年前の遺跡が地下深くになってしまったのか。

 

 

さてこの時代の海面のレベルがどうかというと

詳細はコレを参照ください

 

この海水準データを見ると約1万5,000年くらい前、現在より120メーター位低かった。それが約7,500年前にはほぼ現在なみ。その間、世界の海水準は殆ど一直線に上昇している。

上昇のペースは単純計算では100年で1.6メーターである。

日本ではその後もゆっくり海面は上昇し、約6,000年前にピークとなった。この時は現在より3~5メーター高かった。

これが縄文海進といわれ、元々は東京周辺で内陸深くで貝塚が発見される事から名づけられた。

 

 

縄文海進自体は貝塚の分布図を作れば一目で分かる。しかし永年この海進以前がどうだったのかよく分かっていなかった。

先苅(まづかり)貝塚は、この良く分かっていなかった縄文海進をハッキリさせた点でとても貴重。

そして最近の地球温暖化詐欺との関連でも注目されている。

 

 

 

貝塚の話に戻る。

先刈貝塚の時代(=約8,000年前)は、今より10メーターくらい海面が低かった。だからこれ以前の貝塚などは殆ど海の底に沈んでしまった。

縄文時代草創期・早期中頃までの貝塚は発見されていない。従来の歴史の本を見るとこの頃は縄文人は貝を食べなかったらしいという感じで書かれている。

しかし実際は貝塚が若し有ったとしても海底深く沈んでいるので見つからない。或いは海底に沈む過程で波などで破壊され残っていない。こんなところが事実ではないかと思う。

 

さて海面は約6,000年前まで徐々に上昇した。そのピークは今より3~5メーター高くなった。 

 

 

縄文海進の例として関東地方の縄文時代の海岸線がどうなっているか

(本当は愛知県の図がいいのだが適当な図が見つからないので・・・ この図はお絵かき爺様のブログから拝借、)

 

今度は愛知県の例

これはこのテーマの先苅貝塚から20キロほど北の大草貝塚の事例

 

昔の海岸線は地図の点線で示されている。

右の写真の小高い山に貝塚が有るが、縄文時代は此処は島だった。手前の田んぼは昔の海。

 

余談だがこの地方(愛知県・岐阜県・三重県)では、縄文海進による昔の海と1959年の伊勢湾台風の浸水域はぴったり重なっている。この為防災面からも注目されている。

 <続く>

 

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2010-06-16 19:00

コレは誰でしょう

カメルーンに勝利した日本サッカーチームの事が話題になっている。

コレは翌朝のテレビ報道だが

 

カメルーン戦の勝利を伝えるテレビ番組だが、このキャスター誰だ??

女の子も見た事無いぞ、第一書いてある文字は?? 読めん!

 

 

 

これはタイのテレビチャンネル3。毎朝6時からこの男女二人のキャスターで放送しているニュース番組である。

タイは色々テレビ局は有るが、チャンネル3とチャンネル7が人気テレビ。

そして6月15日朝放送したのが何とコレ。

確かに着ているのは日本チームの公式ユニフォーム。

 

 

現地からの情報ではこのキャスター、元々日本びいきらしい、

自分達アジア人の代表は韓国でもオーストラリアでもない、ましてや北朝鮮でもない、日本である

そんな事を言っているらしい。

だから公式ユニフォームまで事前に手に入れて用意していたようだ。

 

日本を応援してくれる人が外国にも居る。コレは素晴らしい事だと思う。

 

尚この写真はタイ在住のぐりぐりももんが さんのブログから拝借しました。

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2010-06-16 07:22

はやぶさ君良くやった!<これでミンス連中の嘘つきが明るみに

はやぶさが帰ってきた。7年間の苦闘、満身創痍で帰ってきたはやぶさとそれを支えた関係者の皆さんの努力の心から感謝。

 

NHKはじめテレビ各局はこの快挙を一切無視、生中継無しだったが私は和歌山大学の生中継にかじりついていた。

 

 

所で流れ星になったはやぶさ、これは私が一番好きな写真。

実はコレは大嫌いなアカヒ新聞の映像だが、コレが一番素晴らしい。満天の星空、美しい天の川、そして最後の光を放っているはやぶさ

 

 

 

所ではやぶさの快挙にミンス連中、へらへら菅が慌てている。

以下産経の記事から

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はやぶさ」人気で宇宙予算再検討 仕分け軌道修正

2010/06/15 23:17更新

記事本文

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 7年間の宇宙の旅を経て13日に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」について、蓮舫行政刷新担当相は15日の記者会見で、はやぶさ後継機を含む宇宙開発予算の削減を求めた昨年11月の事業仕分け判定を再検討する考えを示した。あまりの“はやぶさ人気”に配慮した形だが、蓮舫行政刷新相は仕分け人として知られる。識者からは「成果だけをみて見直しとは…」と、科学技術全般への姿勢を問う声が上がっている。

<以下略>

 

蓮舫がどうのこうのはいまさら言うまでも無い。

 

しかしへらへら菅もはやぶさ人気は流石に無視できないようだ。

 

菅首相などは日の丸・君が代反対で40年やってきた。そして今頃になって日の丸大好きなどと言う。

菅さん、あなたは40年間嘘を言ってきたのかね?。それとも今、日の丸大好きと言うのが大嘘なのかね?。

 

もし日の丸大好きなら、その日の丸を信じて国のために命を落とした人のいる靖国神社、如何して行かないのかね?

 

はやぶさが成功するまで知らん顔をして、後継の「はやぶさ2」の予算を17億円から3千万に削った主犯の1人だとの認識は無いのかね。

 

 

はやぶさが成し遂げた快挙はミンス連中の大嘘振りを明るみに出してくれた。

ありがとう「はやぶさ」、君のおかげで誰が日本を壊しているのか真犯人が浮き彫りになってきたよ。

 

 

 

  1. 政治iza
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2010-06-11 18:33

貝塚を見に行く

今日は近くにある貝塚を見に行きました。

場所は名古屋市から南へ伸びる知多半島の南端、南知多町の内海(うつみ)という所。

 

 

どんな所かというと

 

なんじゃコリャ、電車の駅じゃないか。

 

私が見たかった貝塚はこの電車の駅を作る際、地下10数メートル下から発見された縄文時代早期の貝塚。

先苅(まずかり)貝塚という名前だが、ある所は写真の右側の青いマイクロバスが止まっている辺りの地下13メートル位の所。

昭和53年にこの駅建設の為ボーリング工事中に偶然発見された。

 

 

実はこの貝塚の事、つい最近まで私も知らなかった。

お絵かき爺様のブログで紹介された資料に載っていたのだが、東海地方最古の縄文貝塚と言う事と地下深いところから発見された世界的にも珍しい物なので現場を見たかったわけ。

 

 

 

駅の正面にはこんな案内板が、

これが此処に貝塚があったことの分かる唯一の物。

 

駅のホームから市街地方向を見る。

遠くに見えるビルの向こう側は海(伊勢湾)、夏は海水浴場だが今は静か。

 

貝塚からはこんな貝が出てきた。

これは近くの郷土資料館に展示されている。

 

いろんな貝があるが主に食用とされた物はハイガイ・サルボウ・イタボガキなどであると言う。

でも聞いたことも無い貝ばかり、どんな物かと言うと

 

これがハイガイ

縄文時代は青森以南の暖かい内湾に住んでいた貝。

千葉県の縄文貝塚などでもコレがよく見られる。

今は九州の有明海が殆ど唯一の産地らしいが、諫早湾干拓で殆ど絶滅したらしい。絶滅危惧種の貝である。

 

これはサルボウ

 

 

 

 

さて本当の狙いは貝の話ではなく地下深くから見つかった縄文遺跡だということ。

縄文海進といわれ、今から約6000年前がピークで現在より海面が3~5メーター高かった。

その後徐々に沈んで現在のレベルになったのだが、6000年より前がどうなっていたのかが永らく謎だった。

コレの具体的な証拠となったのがこの先苅(まずかり)貝塚である。

 

この貝塚、今から約8000年前の物だが、その頃は海面の高さは現在より12メートルくらい低かった。

更に調べてみるとその約1000年前は海面の高さは現在より40メートル位低かったということが分かってきた。

40年で約1メートル位海面が上昇(多少数字は合わないが・・・)すると言う凄い気候変動があった事の証拠がこの遺跡と分かったということ。

 

温暖化サギでCO2が犯人といわれているが、そんな話などぶっ飛んでしまうような気候変動の歴史がある、今日はそんな事を痛感した一日だった。

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2010-06-10 17:34

タイの今はどうなったか

タイの首都バンコク中心部を占拠していたタクシン派デモが鎮圧されてから3週間。バンコク市内は平静を取り戻してきた。

ここでこのデモの背景と残したモノ、そして日本にとっても参考にすべきコトを考えて見たい。

 

まず今回のデモを特徴付ける写真から

 

これは4月10日のデモ隊と治安部隊との衝突の際の写真。

凶弾に倒れた日本人カメラマン村本さんが撮影したモノ

デモ隊側から治安部隊の兵士に向かって擲弾が発射され爆発した瞬間である。

(村本さんはこの映像を撮った直後狙撃された・・・合掌)

兵士は銃を持っているが装填されているのはゴム弾、治安部隊は国民を殺すわけには行かないと命令されていた。

 

 

 

デモ隊と治安部隊の衝突

この写真は4月10日の衝突時のもの、右端に移っているカメラマンが故村本さん

 

 

赤シャツデモ隊はタイ東北部から1日500バーツで雇われて集まった善良な農民。

奥に黒服の男が写っている(黄丸印)。

この黒服グループがライフル銃や擲弾銃で武装した戦闘部隊。

村本さんを狙撃したのもこの黒服グループの一員といわれている。

 

 

そしてこの黒服戦闘部隊、その本質は1982年頃までタイ北部・東北部で武装闘争をしていたタイ共産党の残党が中心とされている。

タクシン派はこの共産党組織を利用し村々に浸透した。

そしてこの組織が軍事訓練までしていたようである。

(その軍事訓練の中心人物が今回のデモ騒動中に射殺された現職の陸軍少将だったらしい)

 

 

こんな事は2001年タクシン政権が発足したとき、はじめて明らかになった。

タクシンの支持母体、タイ愛国党党員の中に1982年まで反政府武力闘争を続けていたタイ共産党の元党員が多数いた。

タクシン政権下で副首相・エネルギー大臣をしたプロミン氏、情報通信技術大臣だったスラポン氏、運輸省副大臣だったプームタム氏、農業省副大臣だったプラパット氏などが閣僚・側近の元共産党員。

これがタクシンの隠れた一面だったのだ。

 

タイのこの事例、日本人も絶対忘れてはならない事を示唆している。

つまり例え20年以上も前の事であっても「武装闘争」していた連中の中には、時期が来れば昔取った杵柄でムチャクチャな事をやらかす原理主義者が居るのだ。

日本でも昔赤軍派との噂の有るお方が今呆務大臣である。

そして首相と官房長官が全共闘のようなお方と言われている。

 

但し若い頃の過激な思想が全て問題ではない。その後実業の世界などで経験を積めば大抵の人は現実路線を進む。しかしその経験のないまま過激派原理主義で凝り固まると問題が起こる。

このタイでの事例が正にそのことを如実に物語っている

 

 

 

 

5月19日 タクシン派デモ隊投降直後放火されたショッピングセンター

 

これはデモ制圧後の5月20日の映像

セントラルワールド・ショッピングセンターのZENデパート部分は完全に崩壊。

 

この放火について4人の男が指名手配され、その内の1人が数日前逮捕された。

タイ東北部出身のこの男は、シャツデモ隊の警備を担当。1日500バーツで雇われていたと自供している。

 

 

 

 

治安回復後の日曜日23日、多数のボランティアによる清掃作業。

(若者が多いことに気づかれただろうか)

 

 

そして6月6日、バンコク都50区の内14区で都議会議員選挙が行われた。結果は反タクシン派が14区中10区を独占するなど圧勝し、今まで多数派だったタクシン派は大敗した。

バンコクの市民はタクシンにノーを突きつけた結果となった。

 

  

しかし田舎の貧しい農民達にはタクシンがばら撒く僅かな金がとても貴重。

そして彼ら・彼女らがデモに参加してもらう1日500バーツの金は田舎での稼ぎの3日分~4日分、だから彼らは嬉々としてデモに参加しているわけだ。

1ヶ月デモに参加すれば何ヶ月かは遊んで暮らせるというわけだ。

(バンコクの最低賃金は1日205バーツ、東北の田舎は150バーツ~160バーツ) 

 

 

そしてもう一つ厄介な事、それは世界的な温暖化サギに端を発した穀物価格の高騰の影響である。

 

 

これはコメ・麦・とうもろこし・大豆の国際価格推移表である。

特にコメは2008年に鋭いピークが有り、それまでの4倍近くに跳ね上がっている。皆さんも記憶にあるとおり、アメリカの強欲マネーが温暖化サギを囃し立て石油価格を暴騰させた。それにつられて穀物価格も暴騰した結果である。

日本では石油価格は暴騰した、しかしコメの価格は影響なかったのであまりピンとこないかも知れない。しかし発展途上国ではこの影響は計り知れない。

タイの場合、コメの暴騰で農民は潤ったか・・・、答えはノーである。儲けたのは精米業者や輸出・流通業者ばかり

此処にタイ北部・東北部の農民達の怒りが有り、タクシン派に付け入られるスキが有ったといえる。

 

タイ東北部ではこの頃から旱魃・病虫害でコメの収穫が地域によっては平年の半分以下のところが多くなっている。こんなところの農民にはタクシンがばら撒く金がいかに貴重か分かる。

 

日本でも若い人に仕事が無い。タイの事例は対岸の火事ではないと思う。

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