2009-07-27 16:24

こんなことで自国語を失っていく

タイ東北部の一番北、ラオスとの国境にノンカイという町がある。

町の北側をメコン川が流れ、そこが国境となっている。

ここにはオーストラリアの援助で友好橋(フレンドシップ ブリッジ)が出来ており、ここで国境を渡ると25キロほどでラオスの首都ビエンチャンに着く、

 

   <ここがノンカイとラオスの首都ビエンチャン>

 

最近こちらの出身の人からこんな話しを聞いた。

ビエンチャンでは国語は当然ラオス語なのだがタイ語も通じる、否今ではタイ語を使う人が増えてきてラオス語を話すと田舎者と馬鹿にされる、

そのもっとも大きな理由はタイのテレビが自由に見られるのでタイの文化がストレートに入ってくる事、

ノンカイ(タイの一地方都市)が首都ビエンチャンよりはるかに大都会でラオス人はビザ無しで自由に往来できる、だからタイの文化や物が自由に入ってくる為との話であった。

 

そしてこれは詳細は不明だが、ビエンチャンのラオス人の金持ちはノンカイに家を買い、子どもをタイで教育を受けさせると言ったことも行われていると聞いた。

 

 

ノンカイのラオスとの国境のメコン川

このあたりで川幅は200M位、この写真は乾季なので水量が少なくタイ側は遠浅の川(?)で水泳場になっている。

上に見える橋が友好橋(オーストラリアの援助で1994年完成)、今年3月ここを通る鉄道も開通した

尚この時期のメコン川は所によっては歩いて渡れるところもあるらしい。 

  

前回エントリーで日本がその文化や技術を世界に発信し続けている限り、日本語の価値が世界の中で埋没することは無いという私の考えを述べた。

所でこのラオスとタイの事例では、正に言葉が亡びてゆく過程そのものではないか。その原因と背景を考えて見たい。

 

まずはじめにラオスの歴史から、

 

ラオスもタイの広い意味でのタイ族、言葉もタイ語グループである、その歴史はどちらも12世紀頃中国雲南省方面から南下してきたグループ、永年ラオスはタイの属国であったが独立が彼らの悲願、その為1893年フランスの保護国(植民地)となり、1953年ラオス王国として完全独立、1975年共産党政権によるラオス人民民主共和国となり現在に至っている。

 

ラオスの人のタイに対する思いを示すエピソードを2つ、

 

最初はタイ国第一番の国宝であるエメラルド寺院(ワット・プラケオ)に有るエメラルド仏、・・・タイの守り本尊・・・

これは今から230年前ラオスから戦利品として奪い取るまではラオスが約200年間国家の宝としてビエンチャンのワットプラケオに安置していたもの、ラオスは今でも返せといっている。(タイに言わせるとその前はチェンマイにあったもので元々タイのもの、それを取り戻しただけ)

 

次はタイのジャンヌダルクと言われ信仰を集めているタオ・スラナリーの件、・・・タイの三大女傑の1人・・・

1826年侵攻してきたラオス軍をこの女傑が撃退、タイ人なら誰でも知っている武勇伝だが・・・

ラオスから見るとこれは侵略ではなくラオスの独立運動、然し敗走したラオス軍を追ってビエンチャンに攻め込んだタイ軍はビエンチャンの町を完全に焼き払い、多数のラオス人を(五万とも十万とも言われる)連行、強制労働させた。

この為ビエンチャンにはこれより古いものはほとんど無い。

 

こんな事がラオス人のタイに対する国民感情を作っている。

だから共産主義国となってもラオスではタイの影響を極力排除する政策を採ってきたわけだ。

 

 

然し国力の差はいかんともし難い、

国土こそタイの半分弱だが人口はタイ6700万人、ラオス630万人と十分の一、そして一人当たりのGDPはタイ8200ドル、ラオス2200ドル程度だ。

主要産業は農業、外貨獲得は観光と木材輸出、そして水力発電の売電位の物。

これではラオスからタイに発信できるものは何も無いのが分かろうと言うもの。

 

メコン川を渡る送電線の鉄塔(対岸はラオス)

 

 夜のなるとタイ側のノンカイの町は夜景が綺麗だがラオス側は真っ暗、然し昼間よく見ると家が無いわけではない。

そこにラオスの貴重な外貨稼ぎの送電線鉄塔がそびえる。

国民は真っ暗な中で暮らし、タイの美しい夜景はラオスの電気が支える・・・

 

 

このように貧しく、タイに発信できる文化も技術も無い国では、言葉までタイに呑み込まれるのも止むを得ないのかもしれない。

歴史的な国民感情なども現実の前には無力なのであろう。

これが言葉まで呑み込まれそうになっている国の実態である。

 

 

尚私は明日から1週間ほどタイに出張します。

パソコンは持って行きますがブログを見る時間が有るかどうか分かりません。ご意見など有りましたら返事が遅れ失礼するかもしれませんがどうぞご容赦を。

 

 

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2009-07-22 16:29

タイの中の外来文明と言葉

タイに住んでいる日本人の間では有名な人にレヌカーさんという女性の方がいる。

勿論れっきとした日本人で日本の名前も持っているのだが、タイ人外交官の方と結婚したのでレヌカーさんと名乗っており、今はレヌカーの旅という旅行会社を経営されている。

 所でレヌカーさん元々歴史や美術に造詣が深く、5年ほど前に「フィリップ・ローソン著 東南アジアの美術」なる本を翻訳した。 

私もフィリップ・ローソンなる人物も全く知らなかったが、レヌカーさんが実に15年がかりで翻訳したこの著書は美術の専門書ではあるが実に面白い内容、その一端を紹介したい。

 

   (株)めこん刊

 

 

この本の中で著者のローソンが最初に言っていること、

 

「東南アジアの美術 P3 はじめに」より抜粋

 

  はじめに

 

文明はその光で周縁を照らし、その圏内に取り込もうとする。こうした文明の力を開化力と呼ぶが、その強さで言えば世界に数ある文明の中でもインド文明はその最たるものの1つであろう。

インド伝来の思想は中国朝鮮、日本、チベットモンゴル等、極東に位置する国々にまで及び、素晴らしい文化を生み出した。

西欧文明もまたその少なからぬ部分をインド文明の影響に負っている。ビルマ以東、シャム湾沿岸からジャワ海に散在する文明圏においては、文明の存在そのものが創造性豊かなインド文明の影響の結果であったと言えよう。まだ部族的な生活を送っていた東南アジアの先住民の中にインド伝来の思想は根を下ろし、やがて美しい花を咲かせた。

そこには征服も侵略も力による改宗もなかった人々はインド文明を良いものとし、望ましいものと思い、利用したいと考え、その風に倣ったのだった。

<以下略>

 

 

私はこれを読んではっと気づくものがあった。

確かにインド文明は征服も侵略も改宗もしていない、しかしタイ語の中に無数にあるインド由来の言葉を見ても、その影響の大きさが分かる。

(例えばタイ語という言葉 パーサータイと言うのだが、このパーサーと言うのはインド由来の言葉)

 

 

タイでは多数の日系企業が進出、数万人の日本人が働いている。私もその1人だったのだが、

タイの人が日本の文明(生産技術や工場管理・品質管理だけでなく食事のマナーやゴミの捨て方、或いは教育や音楽など全て)を良いものとし、望ましいものと思い、利用したいと考え、その風に倣ってくれるだろうか?

 

 

レヌカーさんはそこの所を「訳者あとがき」の中で次のように語っておられる。

「1980年代から何度もの波を重ねて東南アジアに広がった日本の経済攻勢はどんな美術書を残すだろうか?本書は私たちに大きな疑問を投げかけている。」

 

レヌカーさんのあとがきは「日本人が東南アジアに来て仕事をしているが、現地にどんな文化を残すのか?それが問われている。」 多分こう言い換えられると思う。

 

私は現地の人にとって日本の文化や技術が良いものであり、望ましいものであり、利用したいと考え、その風に倣いたいと思えば、彼らは必ず日本語を覚え、日本人からその文化や技術を吸収しようとする。

そのような技術や文化を持ち、それを発信し続けることが出来ること、ここに日本の未来が有ると思っている。

 

実はこのブログを書こうと思った理由は、同じIZAブログで活躍している方で私が尊敬している「お絵かき爺さん」と言う方が最近水森美苗の「日本語が亡びるとき」という本について色々意見を述べている、

・・内容はこれを参照ください・・

私もコメントを述べたいと思ったのだが長すぎるので私のブログで考えを述べてみたいと思った次第。

 

水森氏は小説家なので小説こそ文明文化の中心と考えているようだ、そして小説を英語で書いた方が世界中に受け入れられ、そうなれば日本語の価値がなくなるといったところが言いたいことなのだと思う。

しかし英語が世界で唯一の共通語であることは否定しないが、日本がその文化や技術を世界に発信している限り日本語の価値が世界の中で埋没することは無い。

私はそう信じている。

そのために日本人に課せられた使命は大変重い、そして世界の多くの人が日本人に期待していることを忘れてはならないと思う。

 

尚この「東南アジアの美術」と言う本、原著は1967年刊と古いが内容は実に素晴らしい、タイやインドネシアなどに行って仏像など美術品を見たいと思っている方には是非一読をお勧めする。

 

尚自国語がどのようにして亡びていくか、その実例を次回紹介したい。

 

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2009-07-17 10:38

タイに見るGMとフォードの違い

アメリカでは国有化された新生GMが今月スタートした、所が車の売れ行きはと言えば、旧ビッグスリーのうちフォードはこの不況の中ではまずまず、GMとクライスラーは大変な状況、今年はフォードがなんと七十数年ぶりにGMを追い越す可能性があるとの報道がある。

 

所でタイではGMとフォードの工場が隣同士で立地している。こんな事は本場デトロイトでも無く世界中でここだけだと言う。

そのタイのGMとフォードの工場も本国の明暗を映すかのように明暗を分けている。その実態をのぞいてみたい。

 

タイではフォードはマツダと合弁の工場で、会社名はAAT(オート アライアンス タイランド)と言う、

今月AATでは新乗用車工場が完成した、その報道から

 

 

 
マツダは、タイ・ラヨーン県イースタン・シーボード工業団地に、フォードとの合弁事業であるオートアライアンス(タイランド)(以下AAT)の新乗用車工場が完成したと発表した。

 新工場の完成により、AATの生産能力は年間27万5000台に拡大。新工場では、タイ国内向けおよびASEAN地域向けのマツダ・デミオ(海外名:マツダ2)およびフォード・フィエスタを生産する。
 
 

▲タイ・ラヨーン県にマツダとフォードの合弁事業であるAATの新乗用車工場が完成した。写真は欧州仕様のマツダ2。

▲新乗用車工場は、デミオとフォード・フィエスタをタイ国内およびASEAN地域向けに生産する。写真はフィエスタ欧州仕様。

 新工場には、最新の生産技術やシステムを導入したプレス工場と車体工場、最終組立工場が建設された。また、ピックアップトラックと乗用車に対応した新塗装工場には、環境負荷低減を実現したスリーウェットオン塗装システムを採用。揮発性有機化合物およびCO2の排出量を大幅に削減しながら、塗装品質の大幅な改善を実現した。

 マツダの山木勝治副社長は「新乗用車工場はマツダのグローバル戦略上、非常に重要な生産拠点となります。マツダは、この工場にフレキシブル生産技術を導入するなど、AATの品質、安全、環境対応レベルを飛躍的に向上させました。AATは、マツダと合弁パートナーであるフォード、ならびにAATの経営陣や従業員の皆さんとのすばらしい協力関係が保たれ、将来に向けてビジョンを共有している輝かしい成功事例です。この工場が現在、自動車業界が直面している厳しい状態からの回復と今後の成長を推進してくれるものと期待しています」とか立った。

 また、AATの菖蒲田清孝社長は「新乗用車工場は、フォード、マツダ、タイ政府、投資委員会、そしてサプライヤーやAATの従業員すべての関係者の皆さまからいただいたご協力の賜物です。新乗用車工場の完成により、AATがマツダとフォードのグローバル戦略の中で果たす役割は、さらに重要なものとなります。同時にタイの自動車産業のさらなる発展と、ASEAN地域での自動車生産ハブとしての役割強化に引き続き貢献してまいります」と述べている。 

<引用終り> 

 

 

では何処にその工場があるかといえば、

 

その工業団地の有る場所

この地図は工業団地を経営しているヘマラート社のホームページからとってきたもの、

しかしよく見ると工業団地の位置がでたらめ(笑)、本当の位置は星印位のところ、まあ地図を読めないタイ人がつくった物なのでこんなものか・・・(笑)

タイで仕事をするというのはこんな連中を相手にするということ。

 

 

さてその工業団地の中では 

 

大きな池(工業用水の貯水池)を挟んで左がGM(GMタイランド)、右がフォードとマツダの合弁会社(AAT)。

 

フォード/マツダではこの新工場(年産10万台の規模)で小型車戦略を加速させる計画。

フォードとマツダの提携(フォードに言わせればマツダを傘下におさめたこと)は世界の自動車業界で最も成功した事例と言われ、タイでのこの工場もその成功事例。

 

又フォードにとってマツダの社長経験者はフォードに戻ってから上級役員に昇格しており、日本流の車作り経験者がフォード内にいる・・これが今回の旧ビッグスリー救済劇でGM・クライスラーと異なり、フォードだけが自力での再建を可能にする要因のひとつなのではないかと思っている。

 

 

さて一方のGMはどうか、

今月GMは25年続いたトヨタとの合弁事業から撤退した。

このあたりについては前回エントリーでコメントしたが、タイでのGMの動きを見てみると彼らの考えが分かる。

 

このタイでのGM工場の生産ラインアップはと言えば

シボレー Colorado  1トンピックアップ・・いすゞのもののOEM

 〃    Optra    GM大宇 ラセッティ

 〃    Captiva    〃    ウィンストーム

 〃    Aveo      〃    ジェントラ

 

OptraとかAveoといっても馴染みが無いがこんな車、

GMはトヨタとの提携を袖にし、コリアをパートナーに選んだ

この図は苦しいときの頼み???

さて誰がGMを救ってくれるものやら。

 

 

 

  1. 自動車
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2009-07-07 23:02

学問の世界もウリナラファンタジー?

ウリナラファンタジーなる言葉が2チャンネルなどで飛び交っている、

このIZAブログでもご隠居さんという方の人気ブログ「こりあうぉっちんぐ」でも取り上げられ、私も楽しませてもらっている。

だが身近でそれを見聞きする機会があろうとは夢にも思わなかった。

以下その抱腹絶倒の顛末を。

 

 

愛知県瀬戸市に愛知県陶磁資料館と言う博物館がある。

ここで7月4日~5日、「東アジアの陶磁の道を探るー日本・中国韓国」と言うシンポジュームが開かれ、私も参加してきた。

 

このシンポジューム、日本人研究者4人、中国人研究者2人、韓国人研究者2人の発表があり、実に素晴らしい内容だった。

中国で高度に発展した陶磁器の生産技術がどのように東アジア(日本・韓国)に伝播したかを日中韓3カ国8人の研究者が発表する。

実に良い内容だったが、主催者の話では今回の新型インフルエンザ騒ぎで中国人研究者のビザがとれず、1週間前にやっと開催にこぎつけたとの事、とんだ苦労があるものだ。

 

 

内容は専門的過ぎるので省略するが、ひとつだけ気になったこと、

それは韓国人研究者2人のうちの1人・・李喜寛と言う人(西江大学校史学科講師)の発表がウリナラファンタジー含み!(笑)

 

どんな内容かというと

 

日本の平安時代中頃から鎌倉・南北朝時代頃にかけての話、

その頃朝鮮半島は高麗という国であった。

(918年から約470年続いた、余談だが中国では今でも朝鮮のことを高麗と言うし、英語のKOREAの語源にもなっている、又タイ語で韓国・朝鮮のことをガオリーと言うがこれも中国語の高麗から来ている)

 

この国には高麗青磁という美しい焼物があり、当時世界一のレベルだった中国陶磁と肩をならべる品質だった、これの成立は(当然ながら)当時の中国越州窯から技術者(陶工)が移住してきたと言われている。(定説になっている)

こんな頃だから(この日の研究発表では成立は950年前後とのこと)その後高麗青磁は独自の発展をする、ここまでは事実なのだが・・・

 

李さんという研究者、中国人技術者が発展させたのがよほど気に入らないらしく、発表の最後に

「私は中国人陶工がこれを発展させたのではなく、高麗の前の統一新羅時代に朝鮮人が中国にわたったと言う事実がある、その朝鮮人が中国で陶工になった、それがこの時代朝鮮に戻ってきたのではないか、

つまり高麗青磁の発展は朝鮮人がやったことと考えている、但しこれは私の考えで実際の証拠は何も見つかってはいないが・・」

なぁんだ これでは何の証拠も無くこう思っているファンタジーではないか!(笑) 

 

統一新羅時代(675年~917年)に朝鮮人が中国に渡ったとしても、どんな人が?何処へ?どんな目的で?こんなことが分からなければ(残念ながらこれが全く分からないのが今のレベル)陶工になった等と言うのが全くのファンタジー、

他にもおかしなことを話していたが長くなるので省略・・・

 

流石に同国人も呆れたのか、最後の発表したもう一人の韓国人研究者が冒頭「先ほどがこう言いましたがこれはそんなことは有りません」とぴしゃり。これで一件落着!

 

こんな連中との共同研究、苦労が多そうです。

 

 

 

 

 

 

  1. 社会一般iza
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2009-07-01 18:07

GM破綻 UAWの次のターゲットはトヨタか?

GMとトヨタの合弁会社NUMMIからGMが「いち抜~けた」で降りてしまったことは前回エントリーで書いた。

 

しかもトヨタのアメリカの工場の内、このNUMMIだけ従業員がUAW組合員である。

常識的に考えれば組合員を護る為、GMに撤退を思いとどまるよう働きかけるのが組合ではないか?

 

しかしUAWは単なる労働組合ではなく戦闘的交渉集団、

よく見てみるとあちこちにその影が見える。

 

NBオンラインに以下のような記事があった 

時流超

2009年6月15日(月)

デトロイト、米最悪都市の末路

GM破綻、犯罪増、人口減…

 

 

▼本文ここから▼

 ゼネラル・モーターズ(GM)破綻から一夜明けた6月2日。バラク・オバマ政権が真っ先に打った政策は、ほとんど知られていない。

 デトロイト救済策──。

 失職した労働者の救済策に4900万ドル(約48億円)を投入し、1000万ドル(約9億8000万円)でデトロイトの警察官を100人増員する。

 緊急発表された2つの施策が、巨大都市が陥った惨状を物語る。

 

「死んだ街」

 

 貧困と犯罪。この2つの病理が絡み合いながら、デトロイトは転落の一途をたどっている。

 政府が認定する「貧困層」の収入水準で計算すると、貧困率は33.8%となり、大都市(人口25万人以上)では全米最悪となっている。失業率は22%にも達する。

 人々の生活苦は、そのまま犯罪の増加に結びつく。凶悪犯罪発生率は全米1位。1960年代の暴動もあって、白人は市内から逃げ出し、黒人比率が82%となっている。

 こうした負のスパイラルによって、人口減少が止まらない。50年頃には全米4位の180万人を誇ったが、今では半分の90万人まで落ち込んでいる。ここ数年も年2%の減少が続く。

 

<以下省略・・詳細はリンクを参照してください>

 

 

これだけ見るとデトロイトも大変なんだなあと思うだけだが・・

しかしこのデトロイト、この4月に前市長が任期を8ヶ月残して退任し、新しい市長(任期8ヶ月だけの)が選任された。

所でこの新市長、昔のNBAスター デーブ・ビング氏なのだが

(これだけでも異例なのだが)実はUAWの推薦で当選した人

 

つまりUAWがオバマ大統領にいかに大きな影響力を持っているか分かろうと言うもの。

 

今回の唐突とも思えるGM撤退の裏には、入念に仕組んだUAWの対トヨタ作戦があると思える。

これは一企業だけではなく、日本全体に突きつけられた刃ではないだろうか。

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