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2017-05-31 22:13

キツネは犬になれるのか<古代人から近代人になるのも同じかも

 現在発売中の月刊Hanada7月号に大変興味深い記事がある。
犬の祖先が狼であるとはよく言われるのだが、ではどのようにして犬に進化したのかは全く分かっていなかった。それならやってみるかという事で約60年前にロシア(ソ連)の研究者が始めた研究の話。先ずはその内容。

<以下月刊Hanada7月号よりスキャンし引用>

世界の雑誌から
     河村真木

~キツネは犬になれるのか~
  『SCIENTIFIC AMERIKAN』五月号
2017-5-31scientificamerican.jpg 

2017-5-31scientificamerican1.jpg 

 野生の狼が、どう飼い慣らされてペットとしての犬となったのかはわかっていない。ならば実際に試すのみと、一九五八年、ロシアの研究者たちが実験を始めた。ただし、対象となったのは狼ではなくキツネ。
 実験方法はいたってシンプル。キツネを一群入手し、そのなかから〈人間にもっとも好意的な反応を示すキツネを選んで交配を繰り返す〉

 最初の数年間は〈犬というより、口から火を噴く龍〉とかなり攻撃的だった。第四世代過ぎから軟化の兆しが見え始め、第六世代で〈子狐のなかに犬のように尻尾を振る、キャンキャン・クンクンと鳴く、舐めるなど、熱心に人との接触を求めてくるものが現れ始めた〉

 さらに〈犬以外の家畜は特定の人間になつかない〉という通説を検証するため、一九七四年に一人の研究者が第十五世代のキツネと同じ屋根の下に暮らしてキツネの反応を見るという実験を行った。

 最初の数日は〈明らかにイライラして家のなかを駆け回っていた〉が、一週間もするとかなり落ち着き、〈撫でてくれと言わんばかりに仰向けに寝転がってお腹を見せる〉等の行動も見られるように。仲が深まると主人の帰宅を窓際で首を長くして待ち、〈主が家に近づいてくるのを見つけると、玄関で尻尾を振って待って〉いたり。こうなると、もう犬そのものだ。

 研究所で飼育するキツネもいまや五十八世代目、うち七〇%はペットと変わらない程度に人に懐いているDNAレベルでも犬と同等の変化が起こっていることも確認されている。

Hanada-2017年7月号・138
<引用終り>


 この研究で素晴らしいのは59年も研究を継続していること。その間ソ連の崩壊が有り、飼育しているキツネのエサ代にも苦労する時期もあったのだと思う。よくぞ継続してくれたものだ。
このおかげで「口から火を噴く龍」のようだった野生のキツネが「15世代経過すると人間にある程度懐く」、こんなすごいことが分かったことだ。そして58世代も経過すると、約70%がペットと変わらないくらい懐いた」。

これを人間に当てはめてみると、人間の1世代を30年と見ると、15世代は450年。58世代は1740年になる。人間が本当に変われるとしたら、それも古代人から近代人に変われるとしたら・・・、このキツネの事例のように、それには最低400~500年位かかるという事だ。
そう考えると日本の敗戦直後に見せた韓国朝鮮人の古代的凶暴性、これが説明できる。それまでは彼らは近代人の皮をかぶっていただけなのだ。本質は古代人、そうだったんだと思う。

今半島の国は北も南も発狂状態と言って良いだろう。北は禁断の凶器を手に入れてしまったし、南はと言えば完全に先祖返りで古代国家になってしまった。
そしてこれとどう付き合うかだが、キツネの事例の如く400年から500年は進化するににかかる。それまでは手を出さずに静観するのがいいだろう。キツネが半島の古代人とどう付き合うかを教えてくれている。そう考えると実にいい事例だと思います。




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2017-04-19 09:50

【訃報】渡部昇一先生逝く ご冥福をお祈りいたします

 【訃報】 渡部昇一先生逝く ご冥福をお祈りいたします。

 先生には沢山のことを教えていただいた。まだまだ元気で活躍したいただきたかった方だが、残念です。
合掌。


2017-4-19渡部昇一先生 



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2017-04-10 18:12

武力攻撃やテロなどから身を守るために

 4月6日のエントリー「駐韓大使帰任、目的は邦人保護」にコメント欄で太玄さんからこんな情報をいただいた。
「武力攻撃やテロなどから身をまもるために」、こんなタイトルの政府からのマニュアルなのだが、これは皆さんに是非知っていただきたいので取り上げます。

最初に、これは内閣官房『国民保護ポータルサイト』から

武力攻撃やテロなどから身を守るために
~避難にあたっての留意点などをまとめました~
http://www.kokuminhogo.go.jp/shiryou/hogo_manual.html


これは同じものを小坪しんやさんが取り上げているもの。このほうが見やすいかも
【拡散】武力攻撃やテロなどから身を守るために(内閣官房)J-ALERTの音源【生き残るためにシェア
https://samurai20.jp/2017/04/j-alert/


これは私の経験でも断言できるのだが、このような時一番肝心なことは「訓練」である。
どんなに色んなマニュアルを用意しても、いざというときマニュアルを開いて読む時間など無い。普段から訓練し、そこで分かった必要な品目をそろえる、此れしかうまく対応する方法はない。

朝鮮半島は今実にきな臭い状態である。何が起こっても可笑しくない。今すぐ対応を考えるべきだと思います。


尚私のタイでの経験から、緊急帰国するのに一番役に立ったことを紹介します。
それはその国の国際線空港の中にあるJALなどの事務所の電話番号を手帳に書いて持っていることです。
急に日本に帰りたい、そう思っても航空券が無ければ何ともなりません。普通の人は旅行社で航空券など買う事が多いのですが、夜とか休日は休みなので購入できません。また航空券を持っていてもスケジュールチェンジしないと搭乗できません。
こんな時、空港内にJALやANAの事務所があり、航空機が運航している限り事務所は開いています。急な予定変更などのために航空券を買う事も出来ますし、空席が有れば乗ることもできます。
名前とe-チケットの番号を言えば大丈夫です。
(但しツアーなどの格安航空券はスケジュール変更できないものが多いので、この場合はべらぼうに高いけれど定価で航空券を買う事になります)

私の経験でも、タイでのケースですが、身内に不幸のあった方の緊急帰国のため、夜20時ころ帰国便確認し席を確保、空港から約180キロ離れたホテルから車を飛ばして、午前零時台のフライトに搭乗、翌朝名古屋着、こんな経験があります。
こんな時、現地の空港のJALのオフィスはもちろん日本人はいないし日本語も通じませんが、英語なら何とかなります。
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2017-03-24 14:37

護衛艦「くらま」退役に思う事

 海上自衛隊の護衛艦「くらま」が3月22日に退役した。

【防衛最前線(114)】ありがとう護衛艦「くらま」 日本の海を護り続けた36年
http://www.sankei.com/premium/photos/170323/prm1703230007-p1.html

2017-3-24有難う護衛艦くらま 

2017-3-19護衛艦くらま 


「くらま」の後継艦は海上自衛隊最大の護衛艦「かが」、いずも級護衛艦の2番艦である。

就役した護衛艦「かが」、隣は同型の1番艦「いずも」
2017-3-23護衛艦かが就役と同型艦いずも 


さてここからは私の護衛艦「くらま」についての思いで話。

私はタイで仕事をしていたころ、護衛艦「くらま」を訪問したことがある。2000年6月に「くらま」が海上自衛隊のタイ訪問の旗艦としてやってきた。そこでの艦上レセプションに出席したことがあり、ここで自衛官の方と親しく話をすることが出来、大変感銘を受けた。
その折の話のうち「空母が日本にも必要だ」という話は先回書いた
それ以外に特に印象に残っているのは、自衛官の方が言っていた「補給」に関する話。海上自衛隊の艦艇は燃料でも食料でもすべて満タンの7割になったら補給する、この為日本からタイに来るのも真っすぐには来られず、途中で補給せねばならないので大変だ。しかしこれは万一の時「即対応できる体制」のためには必須、だからこれを厳格に守っている。こんな話だった。

この話を聞いて納得した。大災害の時など自衛隊はただちに出動してくれる。(最近では東日本大震災の時もそうだったのは忘れてはならない)。しかしそんな事の陰には毎日毎日の活動の時、万一に備えて燃料や食料まできちんと管理している。その為面倒でもきちんと補給している。
こんな活動があるからこそ、万一に対処できるのだと。

この話を聞いて私もタイでの仕事の中身、特に在庫管理について色々見直してみた。所が自衛隊並みに管理するのは並大抵ではない。かなり発想の転換が必要なのだ。

例として車のガソリン補給を考えてみると分かる。
東京から西へ大阪方面に向かうとしよう、行程は約550キロ。車の燃料タンクは60リッターだが警告灯がつき始める残り10リッターの所までで50リッター使える、燃費はリッター10キロとすると・・・
普通なら東京から京都辺りまで(約500キロ)走れる。ほぼ目的地近くまで行けるわけだ。
それを満タンの7割で補給することにすると、満タンの3割は約18リッターなので、静岡辺りで給油。次に名古屋辺りで給油、最後に京都辺りでまた給油でやっと目的地に着く。
これじゃあ、やってられないですね。
がしかし、こういった面倒なことを黙々とこなしていればこそ、いざと言うとき即出動できるわけ。

護衛艦「くらま」は私にとってはタイでの仕事のレベルアップに非常に役に立ちました。
その「くらま」が引退する。
「くらま」、本当にありがとう。形は無くなっても、心は生きています。


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2017-02-02 13:40

読解力が危ない SNS没頭 長文読まず

 読売新聞の特集記事『読解力が危ない』の機能の記事は『SNS没頭 長文読まず』だったが、この記事でいろいろ家族で話し合った。


これがその記事
2017-2-1読売新聞一面記事2月1日 


長男がいうには、以前おいらも友達に誘われてやってみた。普通の会話がそのまま文字になっているようなもの。確かに便利なところはあるがつまらないので直ぐやめた。
「ねえねえ、これなあに」、こんなのが延々と続くから、長い文章など読め無くなるのも無理はない。おいらの世代なら先日の読解力調査は90%以上正解だろうが、今の若いLINE世代なら45%かそれ以下だろう。あんなものをやっていると馬鹿になる、間違いない。こんな話だった。

この話はあちこちで聞く。しかし危機感を持っているのは多分若い人だけだろう。
ある程度の年代から上の人たちは、こんなLINEなど触ったこともない。触れば便利であることは確かだ。しかしそこの落とし穴に気が付かない。
現に私の地域の友人たちはパソコンも満足に使えない、携帯電話はガラケーで十分という世代(私もガラケー派だが)。今の若い人の間で何が起こっているかなんて多分理解不能だろう。

しかしゆとり教育世代が深刻な問題である以上にSNS問題も深刻だ。
同じSNSと言ってもフェイスブックにはそんな危険性はないと思う。やはり通信アプリが曲者だが、だからと言って禁止できるものではない。

ただしい使い方の徹底と特に世間を知らない小中学生への使用の制限や注意の喚起などが必要ではないか。


参考:LINEを小学生に使わせていいかという視点で問題点を具体的に指摘したものが有るので紹介
「小学生でLINEは早い? 問題に巻き込まれないために親ができること」
http://moomii.jp/kosodate/linemanner-children.html

概要はこうなっている(詳細は上掲リンク先参照ください)
小学生でLINEは早い?問題に巻き込まれないために親ができること
* 小学生にLINEを使わせてもいい? 8つの問題点

1個人情報の漏えい
2知らない人とつながる
3コミュニケーション能力の低下
4犯罪に巻き込まれる可能性あり
5課金トラブル
6人間関係のトラブルが発生
7健康被害あり/長時間の使用は厳禁!
8スマホ依存になってしまうことも

* LINE問題を防ぐ親が教えるべき8つのこと
1大切なことは直接伝えるように教える
2相手の都合を考える(既読でもすぐ返事を求めない)
3ブロックの方法を教える
4中学生/高校生に起こるLINE問題を教える
5LINE IDのネット/SNSへの書き込みの危険を教える
6知らない人と繋がる危険を教える
7「通報」の方法を教える
8困った時には相談しやすいようにしておく

こんな風です。大変参考になります。
但しここにLINEは読解力を育てるのを損なうという問題は抜けています。
LINEがバカを作るという側面を見逃さないでほしいと思います。


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2017-01-24 21:56

諸行無常

 今年ももう3週間たったのだが、私的には今年はスタートからどうも幸先が良くない。
新年早々家人が体調を崩し、毎年恒例の初詣も三が日には行けず、9日にやっと初詣。
まあそれはともかく、15日に母の13回忌の法要を行う予定が直前に和尚さんが病気で倒れる始末。ヤレヤレ・・・。(法要は1週間延期し、22日に行った)

そんなことはどうでもいいが、1週間ほど前、私の同級生が二人死去との報が入った。そのうちの一人は女の子(おばさん?、おばあさん??)だが、私とは小学校・中学校・高校と一緒だった幼馴染。
遠方に暮らしているため情報が遅れたのだが、同い年の人の訃報を聞くのは悲しいもの。

そうこうしているうちに昨日家人の同級生の人が死去との一報が入り、あわてて今日お悔やに・・・。
多難な一年になりそうです。

2017-1-24敦賀湾風景 

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2017-01-15 14:08

雪の朝

 今朝は何年振りかの(当地方では)大雪でした。
朝6時55分の気温はー1.5℃、本日の(つまり深夜0時以降の)最低気温はー2.7℃でした。

2017-1-15本日朝の雪景色 

昨夜は夕方6時ころから雪の中を車で外出、高速道路も幸い通行出来たので名古屋近郊の町まで行ってきました。
帰りは9時少し前から走り出したのですが、私は冬の装備をしているので別に支障なく走れるのですが、雪のほとんど降らない当地方では夏タイヤのクルマが多く、極端なノロノロ運転をするクルマがいて時間がかかりました。

まだまだこれから冬本番。しっかり備えをしてこの冬を乗り切りたいですね。

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2017-01-07 17:10

AI時代に生きる<追記有

 読売新聞2017年1月6日号にAI時代に生きる我々には大変興味深い特集記事があった。
記事の名は
[2017 問う]<4>人工知能のあした AIは人間を超えるのか 創造力 代替できない
2017年1月6日5時0分
語っているのは:国立情報学研究所教授 新井紀子氏

記事は以下2本
*追記します:この読売記事にアクセスできないので、画像データ追加(クリックで拡大)。
また本文末尾に元記事をスキャンし文字情報化したものも追加しました。・・・ 2017-1-31

創造力 代替できない
2017-1-31読売新聞1月6日一面記事 
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170106-118-OYTPT50163/search_list_%25E4%25BA%25BA%25E5%25B7%25A5%25E7%259F%25A5%25E8%2583%25BD%25E3%2581%25AE%25E3%2581%2582%25E3%2581%2597%25E3%2581%259F__

AIを使いこなすには…読解力の育成 急務
2017-1-31読売新聞1月6日9面記事1 

2017-1-31読売新聞1月6日9面記事2 
(記事が横長のため分割表示、中央部分が重複している)
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170105-118-OYTPT50390

新井紀子氏の意見は、AIで東大入試合格を目指す「東ロボ」を開発した経験から、AIに何が出来て何ができないか、そしてこれからの人間はどう生きてゆくかを語っているもので大変面白い。

進歩するAIとその周辺技術が、これまで人間が行ってきたことの相当部分を肩代わり出来るようになった。得意な分野は決まった枠組みの中で答えを見つける作業など。不得意なのは人が何に価値を見いだすのかを考えなければならない仕事。これはAIに代替させるにはハードルが極めて高い。またAIには責任を取らせることはできない

こんな事で、ではこれからの人はどうすべきかを「AIを使いこなすには…読解力の育成 急務」という項目で語っているにで、その該当部分を紹介したい。

<以下引用>

 日本の中でどれだけの人が、AIにはできない創造性ある仕事を生み出し、携わる能力を持っているでしょうか。

 次代を担う子どもたちがAIを使う側になるか、使われるかは、教育にかかっています。AIは暗記と手順通りの作業が最も得意です。だから現在のような、暗記力を重視する教育では、AIにかなわない子しか育ちません。

 大切なのは、物事の意味を理解し、思考し、表現できる力を養う教育です。AIが最も困難とするところだからです。

 しかし現状を見ると、ますます危惧を抱かざるを得ません。

 「東(とう)ロボ」プロジェクトの過程で、AIは、ある程度の長さを持った文章を、文脈を理解して読み解くのが極めて苦手だということが分かりました

 ところが同時に、その東ロボくんに読解力で劣る中高生がたくさんいることも判明したのです。

 これはツイッターなど、ごく短い情報や思いつきをやりとりするSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に、コミュニケーションや知識獲得の場が偏っている影響でしょう。

 家の中に新聞や本のない家庭が増え、スマートフォンの画面を見るばかりで、論理的に構成された文章にほとんど接していない子どもが多い。

 すでに大人の世界も、論理的ではなく、断片的、感情的な情報で世論や政治が動き始めました。この風潮は、今後いっそう強まるかもしれません。

 AIを研究することによって、「人間は劣化していないか」という皮肉な問いもまた、突きつけられているのです。

<引用終り>

この話を読んで私が最初に思い出したこと、それはまったく新しい技術が普及すると人の仕事が全く変わるという事。その具体例として、これは昔々の話だが・・・

昔々、未だコンピュータが普及し始めたころまでは銀行というのは若い女性の花型職場だった。銀行に行くと窓口の後ろに女性の事務員さんが大勢で帳面をつけていた。銀行が3時にシャッターを下ろしても事務員さんの仕事は終わらない。パチパチそろばんをはじいて勘定を合わせていた。
夜遅くになって、やっと総勘定元帳と現金が合うと「チョーン」と拍子木が鳴る。今日も無事勘定が合ったと銀行マン・ウーマンが帰宅の途に就く。こんな時代だった。
しかしコンピュータの導入で一変した。あんなに沢山いた事務員さんはまったく要らない、銀行から女性の事務員さんが激減した。
しかし幸いこの当時は高度成長期、このコンピュータ普及による余剰労働力は色んなところが吸収してくれた。その付けが回ってきたのはバブル崩壊後の失われた○○年時代。就職難で若い人が苦労してきたのはこんな時代だった。
私がタイで仕事をするようになったのは1998年からだが、タイに行って大いに驚いたのが、若い独身女性で日本に仕事が無いためタイに仕事を探しに来る人が結構いたことだった。
勿論給料は安い。しかし実際そんな人に聞いてみると、給料は安いけれど物価も安いから貯金ができる。だから悪くない。そう言っていたのを思い出す。

こんな古い話を持ち出したのは、新しい技術が人の働き方まで変えるという事だ。昨日までの仕事のやり方では明日の仕事はない。そんな時代が目の前という、極めて厳しい時代が迫っていることである。
特に若い人の教育に関しては大いに変わらねばいけないと思う。

新井紀子氏はとてもいいことを言っている。

現在のような、暗記力を重視する教育では、AIにかなわない子しか育ちません。
大切なのは、物事の意味を理解し、思考し、表現できる力を養う教育です。AIが最も困難とするところだからです。

AIは、ある程度の長さを持った文章を、文脈を理解して読み解くのが極めて苦手
ところが同時に、その東ロボくんに読解力で劣る中高生がたくさんいることも判明した

これはツイッターなど、ごく短い情報や思いつきをやりとりするSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に、コミュニケーションや知識獲得の場が偏っている影響でしょう


とまあこんな話だが、以前からツィッターは「バカ発見器」と言われているが、事実のようだ。

そしてもう一つ、今度はまったく別のところから同じような指摘が出ている。

現在発売中の雑誌「HANADA」2月号(12月20日発売)にこんな記事がある。
「スマホで子どもはバカになる!」 東北大学加齢医学研究所所長 川島隆太

全文は長いのでタイトルだけの紹介にとどめますが、川島隆太氏はこんな本も出しています。
「2時間の学習効果が消える! やってはいけない脳の習慣 」 2016年8月 青春出版社刊
横田 晋務 (著), 川島 隆太 (監修)

川島隆太氏はスマホの中でも「LINE」などの通信アプリが極めて害が大きいことを指摘しています。まあこれはLINEが韓国産のアプリであることを考えれば納得できます。

スマホは大変便利なもので、これを無くせなどと言っても不可能。だからこういう便利なものにどう向き合っていくか、こんなことが課題だと思います。
こんな問題を教育の現場だけでなく、いろんなところで考えていきたいところだと思います。



*追記します。元記事がアクセスできないため画像追加しましたが、文字データも追加。

<以下引用>
2017 問う
4.人工知能のあした
AIは人間を超えるのか

創造力代替できない

 人工知能(AI)が人間を凌駕(りょうが)することはありえないと私は思っています。
 いずれは人間の脳全体の計算パワーを上回るコンピューターが出来るとしても、やはり「何をするか」という枠組み(フレーム)を人間から与えられなければ何もできない。人間を超えられません。
 しかし、進歩するAIとその周辺技術が、これまで人間が行ってきたことの相当部分を肩代わりし、社会を大きく変えることも確実です。
 「ロボット(AI)は東大に入れるか」という刺激的なテーマを掲げ、2011年から「東ロボ」プロジェクトに取り組んできました。約5年でAIの東ロボくんは、名の知れた私立大学に受かるレペルまでになった。与えたフレームは、入試問題の正答をより多く見つけることです。

 ただ、真の目的は東大合格ではなく、「AIには何かできるか」 「どこまで任せられるのか」を見極めることでした。それは「人間は何をするべきか」という深い問いとなって返ってくる。そして、AI技術の進歩で人間の未来がどうなるかを、社会問題として提起したかったのです。
 枠組みの中で情報を処理する能力は、すでにAIが人間を上回っている。「囲碁」という枠組みで、AIがトップレベルのプロ棋士に勝ったことは象徴的な出来事でした。
 束ロボくんも例えば、ある記述の正誤を尋ねる問題で、事実か否かの判断が大きな要素ならば、膨大なデータを検索して、かなりの確度で正解できます。しかし「価値観」のような要素が絡んでくると答えに到達するのが一気に難しくなる。「政治・経済」の模試で、民主主義への理解度が試される問題に、東ロボくんは10間中1問しか正答できなかったことがありました。
 だから、人が何に価値を見いだすのかを考えなければならない仕事は、AIに代替させるにはハードルが極めて高い。介護や子育てに関することが一番難しいでしょう。
 また、物事をAIにどこまで任せられるかを考える時、「責任」の問題が立ちはだかります。膨大な検査データと症例を参照して、可能性の高い病名を指摘する医療支援AIが登場しても、手術するのかよいかどうかといった判断は、人間の医師がするしかない。同様に、事故を起こせば命にもかかわる自動車の運転も、AIに全面的にゆだねることはできません。
 AIは「責任」を負うことができないからです。
*AI=Artificial lntelligence
国立情報学研究所教授  新井紀子氏


AIを使いこなすには  読解力の育成急務

    (-面の続き)
 人工知能(AI)を活用することで、便利になることはたくさんあるでしょう。
 車の完全自動運転は無理でも、運転者をアシストして事故を防ぐ技術はかなり実用化が進む。
 経験に頼る部分が多かった農業も、収穫状況と天候などの諸条件を関迪づけるビッグデータから、AIがコントロールできるようになっていく。
 一方で、人間にとって、うかうかとはできない状況ももたらします。
 AIの方が人間よりうまくできる作業は、当然、AIが行うようになる。
 例えば、会計監査や銀行の融資審査などはエリートの仕事というイメージが強いけれども、多くは枠組みの中でデータを分析する作業であり、AIが得意とするものです。製品のセールス業務なども、消費者の使用データから買い替え時期を割り出すAIが受け持っていく。そうすると、ホワイトカラーの人たちの半数くらいはAIに「仕事を奪われる」。
 その時、人間が携わるのは、高い創造力や重い責任が求められるためAIにはできない仕事と、AIより人間を使う方が安いから人間にさせておく仕事に、二極分化すると思います。
 日本の中でどれだけの人が、AIにはできない創造性ある仕事を生み出し、携わる能力を持っているでしょうか。
 
 次代を担う子どもたちがAIを使う側になるか、使われるかは、教育にかかっています。AIは暗記と手順通りの作業が最も得意です。だから現在のような、暗記力を重視する教育では、AIにかなわない子しか育ちません。
 大切なのは、物事の意味を理解し、思考し、表現できる力を養う教育です。AIが最も困難とするところだからです。
 しかし現状を見ると、ますます危惧を抱かざるを得ません。
  「東ロボ」プロジェクトの過程で、AIは、ある程度の長さを持った文章を、文脈を理解して読み解くのが極めて苦手だということが分かりました。
 ところが同時に、その東ロボくんに読解力で劣る中高生がたくさんいることも判明したのです。
 これはツイッターなど、ごく短い情報や思いつきをやりとりするSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に、コミュニケーションや知識獲得の場が偏っている影響でしょう。
 家の中に新聞や本のない家庭が増え、スマートフォンの画面を見るばかりで、論理的に構成された文章にほとんど接していない子どもが多い。
 すでに大人の世界も、論理的ではなく、断片的、感情的な情報で世論や政治が動き始めました。この風潮は、今後いっそう強まるかもしれません。
 AIを研究することによって、「人間は劣化していないか」という皮肉な問いもまた、突きつけられているのです。

国立情報学研究所教授 新井紀子氏

<引用ここまで>

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2017-01-01 15:45

年賀

 明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

2017-1-1北斎美術館 
                                すみだ北斎美術館より

昨年は大変革の年でしたが、オバマ大統領の広島訪問、そして安倍首相の真珠湾訪問で戦後71年の清算は終わったと思います。
もう一つ見逃せないのが伊勢志摩サミットでG7首脳の伊勢神宮訪問、これは日本の歴史や文化を発信するうえで大変貴重でした。これからジワジワとこの効果が出てくるでしょう。


オマケ
G7での各国首脳への記念品の一つ
2017-1-1伊勢志摩サミットの手土産コーヒーカップ 

拙いブログですが、これからも頑張っていきたいと思います。

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2016-12-21 19:36

巷の話題

 昨日家人が美容院に行ったのだが、その折なじみの美容師さんが憤懣やるかたないという感じでワアワア喋っていたのだという。何がそんなにお気に召さないのか・・・、曰く「日本のテレビはなっとらん!」、そう言って怒っていたそうだ。

原因は「おでんつんつん事件」

『店のおでん「指でツンツン」男の「罪」 コンビニ側「刑事的な処分求め相談」』

【社会】おでんツンツン男、全国テレビでも紹介されネットには身元が流出!

おでんツンツン男、プロスノーボーダーだった!日本スノーボード協会が激怒か

美容師さんが言うには、世界にはテロだとか難民が大勢死んだりとか、たくさん事件や問題がある、日本だってそうだ。それなのにこんなどうでもいい事件を何度も何度も報道する。いい加減にしてほしい。
こんな事だった。

市井の庶民がメディアの異常ぶりに気が付いてきた。良いことである。

12月20日、冬至を翌日に控えた町
2016-12-21冬至の町 


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2016-11-25 14:23

神経内科フォーラムに行ってきた

 一昨日11月23日に名古屋駅前の逓信会館でのセミナーに行ってきた。
題して
「パーキンソン病と脳・神経の病気を知るセミナーin名古屋」
タイトルの通り、パーキンソン病に関してのセミナーだが、結構聞きごたえのある内容だった。

パーキンソン病は、脳の神経伝達に欠かせない「ドパミン」という物質が不足することで、ふるえ、筋肉のこわばり、動作の緩慢、姿勢反射障害などを引き起こす病気で、病気の原因が良く分からず、治療は症状を緩和することが中心になっている。
私の家族もこの病気と闘っているので、ちょうどいいセミナーなので参加してみた。
講師は名古屋大学の4人の先生方。病気そのものが難しい病気という事もあり、話は難しかったが大変面白い内容であった。

特に興味深く感じたこと。
パーキンソン病になると症状の一つとして「便秘」、「嗅覚の異常(鼻が利かない)」があり、これはパーキンソン病発症より随分前から出ていると言うことは知っていた。
今回のセミナーで「パーキンソン病で便秘とそれに関係する腸内細菌叢の関係」を調べているので協力してくれる人を募集中、こんな話を聞いた。
どうも腸内細菌叢でできたタンパク質の一種「α-シヌクレイン」が発症に関与している、そんな仮説が有るらしい。
そうすると、その仮説通りなら、「パーキンソン病だから便秘になるではなく、便秘が遠因の一つになって長年かかってパーキンソン病を発症する」、こんなことになるかもしれない。
病気と症状の因果関係が逆になる、そんな話である。

最近の病理学の進歩は素晴らしい、山中教授のIPS細胞の件がいい例だと思う。そんなことを痛感したセミナーだった。

たまたま全く別の話だがこんな報道があった。
「不安強める脳タンパク質 京大、引きこもり治療に光」
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016112201002110.html?ref=rank

人間の脳の中の蛋白質の状態など、昔は如何なっているかさっぱり分からなかった。それが今色んな方法で調べられるようになってきた。科学の進歩は本当に素晴らしいと思う。凄い時代に生きていることを実感する話だった。

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2016-11-07 17:41

こんなカレーを食べた

 今日の昼飯はカレー、こんなカレーを食べました。

2016-11-7海軍カレー2種 


今日買い物に入った地元の食品スーパーにこんなカレーが並んでいた。
私が食べたのは右側の「鹿屋海軍航空カレー」、
こんなものがごく普通に食品スーパーの店頭に並んでいる。時代は変わったものです。

尚鹿屋基地の資料館には平成4年に鹿児島県錦江湾などから引き揚げられた零戦52型が復元展示されています。
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2016-11-04 21:47

飛燕から現代へ

 神戸のポートターミナルへ「飛燕(ひえん)」を見に行ってきたことを書いたのだが、そこに興味深いコメントをいただいた。
三式戦闘機飛燕は悲運な戦闘機である。
問題はドイツから技術導入した液冷(水冷)エンジンに有った。製造しにくく、修理もしにくく、故障も多い、そんなものだった。
戦闘機は稼働率が大問題である。1回出撃して基地に戻ったら燃料と弾薬を補給したらすぐ次の作戦に飛べる戦闘機と1回出撃したら整備に3日もかかるような戦闘機では実際稼働できる機数は大違い。この稼働率最悪が飛燕だった。
優秀な整備兵の手で完璧に整備できれば素晴らしい性能、しかし整備がうまくいかなければ全く性能が発揮できない・・・。
しかし戦争末期にエンジンを空冷に換装した五式戦闘機は大変出来の良いものだったが、あまりにも遅すぎたエース登場だった。



これが今回レストアされた飛燕を別角度から

2016-11-4飛燕レストアを真横から


これが世界で現存する唯一の五式戦闘機、英国王立空軍博物館にある。
(終戦直前に完成した機体を前線に空輸する途中、カンボジアまで到着したところで終戦、英軍が持ち帰った)

2016-11-4五式戦闘機

確かに見るからに五式戦のほうがよくできた機体。これをもっと早く出せなかった設計者の無念、分かりますね。


そこで先日のエントリーにいただいたkazkさん、縄文人さんのコメントを紹介します。
皆さん大変よくご存じで、私の出る幕が無い・・・(涙)・・・、とは言うものの飛燕の悲劇はここで終わったわけではない。
時と所、そして人を変えて今日に続いている。そんなところを書いてみたいのだが、まずはkazkさん、縄文人さんのコメントを見てください。


最初にkazkさんからのコメント

三式戦ほど日本の技術とマネージメントの問題点を浮き彫りにしてくれるものはなかったと思います。

あまり知られていませんが三式戦のエンジン換装機である五式戦と同じエンジンを積んだ零式艦戦64型は基本設計が零式戦のほうが2年ほど早いだけで機体の大きさや重量も非常に似通っていますが性能は段違い、五式戦が圧倒しています。これは本来1942年中に登場できた機体で、この3年間の遅れが最大の問題でした。

機体設計をやった土居武夫はその限界を知り早期にハ40からハ112に積み替えろと言ってたのですが陸軍が頑として言うことを聞かなかったという経緯があります。機体に問題があったとすればそれはモーゼルの20ミリ機関銃を採用してしまったことですがこれは13ミリにでも換装できましたから問題ではなし、本来は陸軍が大東亜決戦機と呼んだ四式戦にかけるべきエネルギーを全て投入しても良かった機体です。

海軍だって大戦後半には相対的に零式戦の性能低下が甚だしかったのですからこれにかけるくらいの決断が必要だったんです。そうすれば戦局の様相はかなり変わったと思ってます。

ブログ主様は中島の半田製作所の近くにお住まいとのことですが、小生は過去30年以上この手の経緯を研究してきましたが中島飛行機の技術は徹頭徹尾二流だったというのが結論です。中島飛行機の採った施策とそれに乗っかった、もしくはそれを指導した陸海軍のマネージメントが劣悪であった、そうとしか言えないと思ってます。

極論ですが中島の作った飛行機の中で褒められるのは陸軍のキ27、キ46と海軍の97艦攻だけだと思ってます。

三式戦の悲運は日本の悲運の象徴であったような気がしてなりません。

後年、飛燕の設計者、土居武夫はYS11の図面を引きました。記録ではそうではないはずですがその戦闘機のような操縦性は戦闘機乗りの出身者が多い小国のパイロットたちが絶賛しました。それがすべてを物語ってます。

堀越も本庄も小山も皆戦後飛行機を断念しましたが土居武夫と菊原静雄は戦後飛行機を作りました。YS11とPS-1は彼らの執念を感じます。(引用者注:堀越二郎:零戦、本庄季郎:一式陸攻、小山悌:一式戦隼・四式戦疾風の設計者)
2016-11-02 23:05 URL kazk


引用者注
YS11:http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1022.html


PS1の後継機US2:http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-668.html


次は縄文人さんからのコメント

戦闘機開発競争は製品開発競争です
日米戦争について日本は色々と反省が必要であることは周知と思われますが、戦闘機開発競争に敗れたことに言及している書物は少ないように思います。
これについて最初に書かれたのは日下公人先生ではないかと思います。日下先生の詳細な分析がありますが、私が申し上げることはその受け売りです。
戦闘機の命は、何と言ってもエンジンにあるのですが、日本は米軍のように小型軽量で馬力の大きいエンジンを開発することができませんでした。
またB29のエンジン部分の写真を見て、アメリカが過給器の開発に成功したことを知りましたが、日本は作ることができませんでした。
新型エンジンの開発競争に敗れたことは仕方のない面もあるかもしれませんが、日本の場合、戦闘機の機種が多すぎると言う欠点がありました。限られた資源を極め付けのところに集中してこそ競争に勝てるのですが、日本の場合、軍官僚の担当者ごとに一機の戦闘機となってしまい資源の集中に失敗しました。
製作会社ごとに規格が違っており、一つの会社で余っている部品を他社の戦闘機に転用することができませんでした。
周辺の技術にも差がありました。アメリカ軍の戦闘機は機体が滑らかに作ってありましたが、日本の戦闘機はどうしても凹凸が出ました。
戦艦武蔵は、艦内電話がすぐに不通になりました。全く役に立たなかったようです。何でもない技術のように見えますが、日本にはなかったようです。中国の航空母艦はどうなのでしょうか。きっと信じられないところに信じられない技術の不足があるはずです。
それでも川崎のキ45改によってB29の損耗率は、P51が護衛につくまでは、50%を超えていたと日本の記録にあると聞きました。場合によってはほぼ全滅に近い時もあったと言う話ですが。
いずれにしろ戦闘機の機種が多かったと言うのは、意外に深い問題であると言うことです。
アメリカのように軍需産業を数社程度に絞り込むことは決して良いこととは思いませんが、そうではなく、軍の方で戦闘機開発について方針が統一されていなかったと言うことが致命的であると言うことです。
翻って現在の自衛隊はどうなのであろうかと心配です。
2016-11-03 15:51 URL 縄文人


とこんな所で次は次回に。
(続く)
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2016-11-01 13:32

飛燕を見に行ってきた

 一昨日の日曜日、神戸まで旧日本軍の戦闘機「飛燕(ひえん)」を見に行ってきました。
飛燕は日本に現存するのは一機のみ、終戦後奇跡的に破壊を免れた機体が残っていて、昨年まで鹿児島県の知覧特攻平和会館に展示されていた。
それを飛燕のメーカー川崎重工が創業120周年記念事業としてレストアすることにし、それが完了したので展示されたもの。

川崎重工創立120周年記念展 (10月15日~11月3日 神戸ポートターミナルにて)
http://www.khi.co.jp/120th-Hien/

2016-10-31飛燕@ポートターミナル

展示会場は神戸ポートターミナルの一角、決して広い所ではない。だから展示してあるのは飛燕と川崎の新型バイクNinja H2R 750Turboというレースコース用バイクだけ。
しかしこの人出である。
それだけ皆さん飛燕に興味があるようだ。


 三式戦闘機飛燕は悲劇の戦闘機である。日本ではほかの飛行機は殆ど空冷エンジンだが、これは液冷(水冷)エンジン。
ドイツのメッサーシュミットに搭載されているDB601というエンジンを国産化したものである。
しかしこのエンジンは日本の当時の工業力に合わず、故障が極めて多く、整備にも多大な時間がかかる代物で、結果として稼働率が低下し、戦場では苦労の連続だった。
さらにエンジンの生産がうまくいかないため、飛行機の生産工場ではピークで200機とも言われるエンジン無しの機体が出来てしまった。その為昭和19年の終わりころに急遽空冷エンジンを搭載することにし、五式戦闘機ができた。
この五式戦闘機は非常に出来が良いものだったが、まもなく終戦となった。


今回、レストアしようとしても、図面もすでに無く、レストア作業は大変だったらしい。
元々製造時にも当時の技術では大変苦労が多かったと言われている。

私が若いころスキーにいつも行っていたが、定宿にしていた民宿のご主人は「戦時中、各務原の工場(川崎重工岐阜工場、各務原にある)に徴用で働いていた。そこでは飛燕を毎日1機ずつ生産していた」、こんなことを話していたのを思い出します。

でもそんな未熟練工で、まったく新しい飛行機を作るのは苦労の連続だったのでしょう。
今回のレストアした飛燕の展示ではそんな苦労の分かる話がパネルに書いてあった。

例えば、操縦席の風防の修理、ガラス アクリルパネルの交換という所では
「割れやすいアクリルパネルと薄い板の風防フレームをリベットで止める作業は、達人級の職人が必要でした。
特に後部風防は手が入らないので、リベットを切る作業も、打つ作業も難航しました」

2016-11-1飛燕レストア


 さてここからは私のもう一つの思い出話。
私の若いころの話・・・(・・・遠い思い出です・・・)
日本はなぜアメリカに負けたのか、それを物作りの面から考えよう、そんなことでいろいろ勉強もしたし、いろんな面の改善活動をしてきた。合言葉は「追いつき、追い越せ」。
何せ生産管理も品質管理も生産技術も、言葉はあっても中身のない時代。
そんな時、日本の何が至らなかったのかを考えるのに、この飛燕をはじめとする沢山の事例は立派な反面教師。

そんな経験が実はその後海外で仕事をするようになった時、本当に役に立ちました。
特に現地スタッフに言葉の概念を教える、これが大変でしたが、技術者を養成するのに役に立ったです。


最後にオマケ
飛燕の展示と一緒に展示されていた川崎の新型バイク  Ninja H2R 750Turbo

2016-10-31NINJAH2R750turbo

これはレース専用モデルで、これで一般公道を走れるモデルではない。
でもバイク好きな若い人の真剣に見ている様子がうれしいですね。
バイクにしろ車にしろ、こんなカーガイ(クルマ好きの人)がもっと増えてほしいと思います。
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2016-10-25 16:18

治安悪化神話

 10月23日のエントリー「死刑廃止論者にとって命の値段は安い」で日本の他殺者の数が戦後一貫して減少していることを紹介した。
しかし皆さんはこの他殺者数減少に違和感があると思う。最近物騒になったなあ、あるいは最近治安が悪くなったなあ、こう思っている人が多いと思うからだ。

最初に前回も紹介したこのグラフ。

2016-10-21他殺者数推移

このグラフを見ると、平成に入ってからでも他殺による死亡者数は平成元年(1989年)の767人から昨年(2015年)の314人と半分以下になっている。これを見れば日本の治安は良くなってきているなあ、そう思うのが当たり前なのだが現実は全く逆。
最近治安が悪くなったなあ、凶悪な犯罪が増えたなあ、こう思っている人が多いのではないだろうか。

実は私は以前からこの問題にはマスゴミの過剰報道、つまり日本全国の殺人事件などをしつこく、いつまでも繰り返し繰り返し報道していることが大きいと思っている。
そしてこの件は以前から朝日新聞などでは何年か前に比べて殺人事件の報道件数が4~5倍に増えたという事をどこかで見た記憶がある。
今回調べなおしてそのソースが見つかったので早速購入した。
「犯罪不安社会」 浜井浩一、芹沢一也著 2006年12月 光文社刊
https://www.amazon.co.jp/%E7%8A%AF%E7%BD%AA%E4%B8%8D%E5%AE%89%E7%A4%BE%E4%BC%9A-%E8%AA%B0%E3%82%82%E3%81%8C%E3%80%8C%E4%B8%8D%E5%AF%A9%E8%80%85%E3%80%8D-%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%B5%9C%E4%BA%95-%E6%B5%A9%E4%B8%80/dp/4334033814

もう10年も前の著作だが、こんな研究は他にはあまり無いようで、なかなか良い本である。

そしてここにこんなグラフがある

2016-10-25治安悪化神話1

このグラフが言っていることは、一般の人は自分の周りは治安悪化していない。しかし全国的には非常に治安が悪くなっている。
そういう風に感じ取っていることで、これは10年前のデータだが多分現在でも同じではないか。

そしてこれからが私が最も興味をひかれるデータ。この著者は朝日新聞を例にとって凶悪犯罪の報道件数と実際の他殺者数を比較している。

2016-10-25治安悪化神話2

他殺者数はほぼ横ばいだが、朝日新聞が報道する凶悪犯罪の件数は以前に比べ3倍から5倍と大幅に増えている。
これが犯罪が増えたなあ、そう感じる原因になっていると思われる。

この調査は朝日新聞を例にとったが、多分他の新聞でも大同小異ではないだろうか。
私は朝日新聞は殺人事件大好き、そう思っていたのだが、他のメディアがどうなっているかは調査したわけではないようだ。

つまり治安悪化というのは都市伝説、神話のたぐいだが、これを悪徳マスゴミが拡散し、さらにそれに乗っかる連中がいる。

こんなことが日本はダメだという諦念を助長し、厭世観を広めているのではないだろうか。
冒頭の他殺者数グラフには自殺者数も記入してあるが、1998年から突如ポンと跳ね上がっている。
原因はデフレにより給料が下がり始めたことが大きいが、こんなマスゴミのネガティブキャンペーンも厭世観を蔓延らせ、自殺者増の遠因になっていないだろうか。


上掲「犯罪不安社会」には、この治安悪化神話を解決する提言が載っている。
大変いいことを言っているので紹介したい。(犯罪不安社会 p73-p74)

<以下引用>

治安悪化神話の解消を

 しかしながら、治安悪化神話に対して、われわれは何をなすべきなのであろうか。
 イギリス内務省では、犯罪の低減とは独立したものとして、犯罪不安の低減を内務省の取り組むべき重点課題としている。つまり、客観的な治安レベルが回復したからといって、人々の不安が解消するわけではないということを国の機関が認め、それに対する対策を講じようとしているのだ
 目本においても、おそらく治安悪化神話の解消のためには、まず治安悪化の根拠となっている犯罪増加について正確な情報提供を行うこと、警察に対する信頼感を回復することなどが重要だと思われるが、同時に治安悪化神話の生成および確立に大きな役割を果たしているマスコミ、市民活動家、行政・政治家、専門家の「鉄の四重奏」の絡みを一つ一つほどいていく必要がある。もちろん犯罪被害者に対する支援は強化した上でである。
 本章では統計の分析を中心として、治安悪化というのが神話でしがないこと、そしてそのような神話を支え、日々再生産している構造を明らかにした。

<引用終り>


「客観的な治安レベルが回復したからといって、人々の不安が解消するわけではない」、この考え方は私にとっても目から鱗の話だった。
客観的事実があっても、それをどう人々の安心につなげてゆくか、難しいがみんなで取り組まねばいけないテーマだと思う。

その為のキーポイントが
「犯罪増加について正確な情報提供を行うこと、警察に対する信頼感を回復すること」
そして
「治安悪化神話の生成および確立に大きな役割を果たしているマスコミ、市民活動家、行政・政治家、専門家の「鉄の四重奏」の絡みを一つ一つほどいていく必要がある」
こんなことのようである。

そんな意味で
淫乱尼僧こと瀬戸内寂聴の発言「殺したがるばかどもと戦って」、こんなことが治安悪化神話に繋がり、日本を覆う厭世観へと繋がっていく、そんな風に感じる次第。
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2016-10-23 17:57

死刑廃止論者にとって命の値段は安い

 10月12日のエントリー「不快な発言をする尼僧」で淫乱尼僧こと瀬戸内寂聴の発言を取り上げた。
日弁連シンポで死刑制度を批判した発言(ビデオメッセージ)だ。
「殺したがるばかどもと戦って」

私はこんなろくでもない言葉を聞くたびにタイでの悲しい経験を思いだす。

もう十数年前だが、秘書の子を殺されました。レイプ殺人の被害者でした。
余りにも惨たらしく悲しい話なので、家族にも殆ど詳しいことは話していません。
この事件を報道する現地の新聞も持っていますが、惨たらしい遺体の写真がデカデカ載っている・・・、
これは家族にも誰にも見せていません。死んだら棺桶に入れてもらい、あの世までもっていくつもりです。



さてそんな経験があるのですが、この為どうしてタイにはそんなに殺人事件が多いのか、色々調べました。
多分ここまで調べた日本人はほとんどいないでしょう。
その経験を書いてみます。

実はこの話、どうにも書く気にならなかったのですが、淫乱尼僧瀬戸内寂聴の発言で、これはどうしても反論したくなりました。


最初にタイの殺人事件が日本の十数倍あるということについて、2012年2月20日にこんなエントリーをしました。
「殺人事件の日本・タイ比較」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-445.html

それからこれはno-risuさんのブログだが大変興味深いことを言っている。
「死刑を廃止すると殺人事件が増える?」
http://norisu415.blog.fc2.com/blog-entry-1066.html

なおこのno-risuさんのブログで法務省の死刑廃止に関する勉強会資料が紹介されていますがリンク切れ。
これは法務省のHPに資料が載っています。
http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00055.html
http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00056.html

民主党政権時代に死刑廃止を叫んで勉強会をやったお○カ議員センセ。やってみたら法務省から、死刑廃止すると殺人事件が増えるというデータを突き付けられて目を白黒、そんな話です。



さてでは本論だが、最初に現状理解のため少しデータを

これは戦後から現在までの日本の殺人の被害者数(棒グラフ)
(参考までに自殺者数と失業率を折れ線グラフで表示)

2016-10-21他殺者数推移
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2776.html

日本は長期的には殺人事件の被害者数は減少し続けている。
終戦直後を除いても、1955年(昭和30年)は他殺者数のピークで年間2千人を超えている。それが半分の年間1千人を下回ったのが1987年(昭和62年)、さらにその半分の500人を下回ったのが2009年(平成21年)、そして現在はと言えば昨年(2015年)は314人である。
昭和の終わりころから比べても殺人事件の被害者数は三分の一になっているのだが、多分このデータを見ても皆さんは信じられないのではないか。こんなことはまったく報道されないからだが、この件は別途エントリーすることにし、先に急ぎます。


では次にタイの事情、諸外国の事情を見てみます。

その他殺者数の国際比較はというと、こんなページにデータがあります。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2776a.html

国別であまりにも差が大きいため、高レベル国、中レベル国、低レベル国に分けてありまして、そこから関係分を抽出。
(高レベル国は省略した、また下記グラフは取り上げた国が多すぎて分かりにくいので、主要国だけにした。詳細は上掲元資料参照ください)

これは他殺者数が中レベルの国、アメリカ、タイ

2016-10-23他殺率推移中レベル国米国とタイ


これは他殺者数が低レベルの国、イギリス、フランス、ドイツ、そして日本。日本の低さが際立っています。

2016-10-23他殺率推移低レベル国英国日本他

このように日本の他殺者数は人口10万人当たりで見て他の国とは全く違う、非常に少ないレベル。
最近の数字は日本は10万人当たり0.3人くらい、それに対しアメリカやタイは10万人当たり5人から6人くらい。
日本はアメリカとかタイの十分の一以下ですね。
(注:日本はこの少ない他殺者数の半分くらいは家庭内(親が子を、又は子が親をというケース)になっているようです)

こんな現実を踏まえ、冒頭書いたタイでの悲しい経験からどうしてタイがそんなに殺人事件が多いのか調べてみた結果。

タイで人殺しが多い理由。(いろんなタイ人の話を聞きましたが、特に日本に滞在経験のあるタイ人の意見が参考になりました)

1) 刑罰が軽い・・・宗教的な問題で、死んだ人は生き返らない。それより今生きている人を重視する考え方が有る。
但し麻薬・覚せい剤は別、厳罰である。一寸量が多ければ死刑だ。そして特赦・恩赦の対象にはならない。

2) 刑務所に入っても2,3年で出てこられる・・・日本で言う保釈、また何か有ると恩赦がある。
これにも宗教的な背景が有る。

刑務所に入っている人を恩赦などで救い出すと、仏教で言う「タンブン」で功徳を積んだことになり、来世に良いことが有る。

タイに行った事のある人ならわかると思うが、タイで寺院などでスズメなどを籠にギュウギュウ詰めにして売っている。
食べるため?
いや違う、これは功徳を積むため:
囚われているスズメを逃がすと善行を積んだことになるため功徳になり、来世に良いことがあると信じられている。
だから人を殺してもスズメを逃がしてやればその罪はチャラになる・・・・ う~~ん、絶句ですね。

これが寺院の門前で功徳を積む為、ネエチャンがスズメを逃がしている。

2016-10-23タイのタンブンでスズメを逃がす
この赤い籠の中に数羽のスズメが入っていて、何かタンブンをしたいお姉さんがスズメを逃がしている。

しかしよく考えてみれば日本でも死刑廃止を叫んでいる連中も程度の違いはあれ、似たようなものかもしれません。
人を殺してもスズメを逃がしてやればチャラ!・・・・、悪徳弁護士連中の考えそうなことではある。
いえいえ、これはそこの弁護士センセのことではありません。タイでの話です。ハイ。

3) 刑務所が一杯・・・ 早く出所させないと次が収容できない。
例えば刑務所不足のため、船を改造した刑務所まである始末。

これが船の刑務所、2000年ころタイのシラチャ沖シーチャン島に停泊していた。今はどこへ行った事やら・・・
2016-10-23船の刑務所
詳細は下記エントリー参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-446.html


こんな理由で簡単に出所できるので、人殺しなど平気でやってしまう。

この一つの例として殺し屋がある。日本では殺し屋はTVドラマのネタではあるものの現実には(多分)ごく少ない。
しかしタイではごく普通に殺し屋がいる。
しかもごく安く殺しを請け負うことが一般的だ。
殺し屋の請け負う金額は数年前までは一人2万バーツ(約6万円くらい)だった。多分最近でもあまり変わっていないだろう。
そんな安く請け負う理由は、多分捕まっても簡単に出てこられるから。



結論です。タイで殺人事件が多いのは人の値段が安いから、殺しても厳罰に処せられないからです。
これが麻薬になると死刑を含む厳罰が待っているので、タイ人は非常に怖がりますから分かります
特に人間の値段が安い、これは加害者サイドから見た一方的な価値観である事が問題です。

冒頭あげた淫乱尼僧瀬戸内寂聴の「殺したがるばかどもと戦って」、この発言がいい例です。
寂聴にとっては殺された人の人権など何の意味もない無価値なものなのでしょう。現に寂聴は自分の産んだ子供でさえ3歳の時に捨ててまったく顧みていません。
自分にとって関係のない連中は何の価値もない、そう思っているのでしょう。

この考え方が『パヨク』に共通する考え方だと思っています。
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2016-10-12 19:02

不快な発言をする尼僧

 今日10月12日の読売新聞1面のコラム欄は淫乱尼僧こと瀬戸内寂聴の話が載っている。
どんなことを言っているか・・・。


その前に瀬戸内寂聴が何を言ったのか、こんな報道がある。

「殺したがるばかどもと戦って」 瀬戸内寂聴さんの発言に犯罪被害者ら反発「気持ち踏みにじる言葉だ」 日弁連シンポで死刑制度批判
http://www.sankei.com/west/news/161007/wst1610070012-n1.html

とまあ、こんなことを喋っている。


さてでは、読売のコラムでは如何言っているか。

<以下引用>
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20161012-118-OYTPT50119/search_list_%25E7%25B7%25A8%25E9%259B%2586%25E6%2589%258B%25E5%25B8%25B3__

10月12日 編集手帳
2016年10月12日5時0分

 菊池寛の句を思い出す。〈故人老いず生者老いゆく恨(うらみ)かな〉。青春を知らず、恋を知らず、遺影のなかで子供たちはいまもあどけない表情のままだろう。大阪教育大付属池田小学校で8人の児童が凶刃の犠牲になった事件から15年がすぎた。
◆犯人の男に死刑判決が言い渡されたとき、遺族は「“8人の天使たち”の親の想おもい」と題する共同談話を発表している。一日も早い死刑執行を願う、と。その人にいわせれば、これも“ばかども”の談話になるらしい。
◆「殺したがるばかどもと戦ってください」。死刑制度に関するシンポジウムに瀬戸内寂聴さんがビデオメッセージを寄せ、死刑廃止論者を激励したという
殺したがるばかならば、殺人狂だろう。肉親を理不尽にも殺された遺族が加害者に命で償ってもらいたいと願ったとして、どうして殺人狂呼ばわりされねばならないのか。死刑廃止に傾ける熱情には敬意を表するが、心ない発言といわざるを得ない
「あなたのお父さんやお母さんは、ばかです。死刑でひとを殺したがるばかどもです」。心が痛まぬのなら、遺影の目をみつめて語りかけてほしいと思う。

<引用終り>


新聞1面のコラムは社説と並んで新聞の主張を書くところ。そこでこんなことを書かねばいけない。
瀬戸内寂聴とはなんと罪深いオナゴなのだろう。

若いころから3歳の幼子と夫を捨てて他の男のもとに走ったり、男遍歴の数々を繰り広げ、それを書いて売ったり、ろくでもない「すべた」。
それが今は坊主の格好をして左巻き発言の数々。

こんな事で日本人の間に厭世観を煽り、諦念を助長する。
寂聴のやっている事は正しく愚民化工作そのもの
だという事だ。

読売新聞・産経新聞がこんな発言をとらえ、厳しく糾弾している。良いことだ。
もっとこんな事を日本中に広めてほしい。こんな所から日本再生が始まるのだと思う。
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2016-09-19 16:40

蓮舫は「主役になれない女優の典型」<武田鉄矢談

 蓮舫の二重国籍問題(二重国賊問題)がやっとメディアを賑わすようになってきたが、武田鉄矢が面白いことを言っている。
曰く
「蓮舫は主役になれない女優の典型」なんだとか。

<以下引用>

武田鉄矢、蓮舫氏を批判「主役になれない女優の典型」- 出演者から納得の声
2016年09月18日 13時50分 マイナビニュース
https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12158-20160918028/

俳優・武田鉄矢(67)が、18日に放送されたフジテレビ系トーク番組『ワイドナショー』(毎週日曜10:00~10:55)で、「二重国籍」問題で世間を騒がせた民進党代表・蓮舫氏(48)を批判した。

日本と台湾の二重国籍について、発言が二転三転しながら最終的には謝罪した蓮舫氏。武田は「この方を見ていると、残念な女優さんを思う。主役とれない人。ドラマで主役をとれない女優さんの典型」と切り出し、「出てきただけで表情が全部セリフになっている」と付け加えた。

さらに、「出てきただけで何を報告するかが分かる。表情でセリフが読める人は主役になれない」と補足しながら、石原慎太郎元都知事が多くの人に支持されていた理由を「かっこいいから」と説明。「(石原元都知事が)何の根拠もなしに、何の自信もなしに、何の計画もなしに『大丈夫!』と言うと、みんな『大丈夫かな』と思う」と世間の受けとめ方を分析した。

つまり、武田が伝えたいのは「『明るい未来を目指そう』と人に呼びかける時に、明るい表情で語れる人がトップをとる」という政治家としての資質。蓮舫氏を「明るい未来を人々に呼びかけておいて、暗い表情しかできない人」とし、「自分の潔癖を訴える時も、表情が暗い」「本当に残念」と鋭く批判した。

「ウソでもいいから明るい顔で明るい未来を語れる人のみが政治を動かせる」という武田の持論に、同じくゲストの石原良純(54)は「面白い」と感心し、「本当に政治家は明るく未来を語らなければいけない」と同意。父・慎太郎氏について、「うちの親父は自分が楽しいことを考える」と語り、「蓮舫さんに欠けているのは、夢を与える部分」と結論付けた。

わざとらしく切迫した表情を作り、「大変です! 島田課長が殺されました!」と"主役になれない女優"を演じてみせ、スタジオの笑いを誘った武田。司会の東野幸治(49)「鉄矢さんの話すごい」、ダウンタウン・松本人志(53)「なるほど」と、出演者をうならせていた。

<引用終り>

この番組の動画を見るとさらに面白い。さすが武田鉄矢、蓮舫の問題点を鋭く突いている。
動画の34:28あたりから蓮舫問題が始まり、40:09あたりから武田鉄矢の話があります。


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2016-09-14 17:39

秋ですね

 しばらくブログ更新ができませんでした。先週後半に叔父が急逝、病院への見舞やら通夜葬儀でドタバタしておりました。
今日になってやっと一段落という所です。


所でいつの間にか季節は秋、もう田んぼでは稲が穂を垂れています。
向こう側は川の堤防、女の人が傘をさして歩いていますが・・・

2016-9-14岩滑の田んぼ1


でも稲穂の色が黒いのやら黄色いのやら、いろんな色がありますが、はてな?

一寸堤防の上に上がってみます。

2016-9-14岩滑の田んぼ2

堤防の上から見ると、こんな『田んぼアート』ができていました。

ここは小学校の教科書に載っている童話「ごんぎつね」の舞台になった所。
下の写真の右奥の赤い旗には「ごんの秋まつり」と書いてあります。
田んぼアートの顔は『ごんぎつね』でした。
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2016-06-21 08:08

梅雨の合間に

 最近ちょっと重い話が続いたので、ちょっと梅雨の合間の風景など


これは昨日6月20日

2016-6-21昨日の田んぼ6月20日

下の田植え直後の写真と見比べると、分蘖(ぶんげつ)がどんどん進んでいます。
稲の成長と子供の成長は早いですね。


同じ田んぼでもこれは田植え直後の5月27日

2016-6-21田植え直後の田んぼ5月27日

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2016-06-03 07:22

コメント欄異常<解消しました

 6月3日早朝以降ですが、コメント欄への投稿ができない状態が続いています。
原因は不明です。
新規エントリーの投稿は可能です。


⁂ 追記します。
コメント欄不具合は何時からかは分かりませんが解消しました。
確認した不具合時刻と解消時刻は
・ 不具合時刻、6月3日午前5時20分頃~午前7時20分頃までは不具合を確認
・ 解消時刻 6月3日午前10時15分頃には解消していた。
こんな結果でした。

ご心配をおかけし恐縮です。
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2016-05-28 16:28

減点主義からの脱却

 5月22日に「「現場の限界認めないといけない」、モノ造りで心すべきこと」をエントリーした。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1258.html

これは三菱自動車の燃費不正の件だったのだが、こんな事を問題点として取り上げた。
減点主義の弊害

そこへよもぎねこさんから大変興味深いコメントを頂いた。
問題提起として大変参考になるので、ここに全文引用し、ではどうしたらいいか考えてみたい。


ではよもぎねこさんのコメント

 学校のテストがこれですから。
 決まった範囲から出題して、できなければ×を付けて減点です。
 しかし子供が学校で習った事以外を、勉強しても評価対象にはなりません。 
 成績の良い子と言うのは、実はこの減点を減らす事に努力してきた子なのです。
 だからこうした高等教育が普及して、こうした学校式の人間評価に慣れた人間が増える程、こうした減点思想が社会を覆う事になります。
 減点思考の問題のもう一つは、学校のテストと同じで、決められた範囲以外での出題ができなくなることです。
 「数学のテスト範囲教科書の123ページから195ページまで」と決めるように、極めて狭くそして極めて常識的で凡庸なレベルで目標を定めてしまうのです。  
 企業で言えば同業他社が皆やっているような事を、自分達も目標にするのです。
 そうしないと減点法評価の対照になるような目標は作れません。 
 だって他の企業が全く思いつかなかった、誰もやっていないような事では、細かい点数評価の基礎になる目安もありませんから。
 だから減点法が普及すると、独創的な目標など設定不能になります。
 しかし学校のテストと同じで、細かい数値まで決めて目標を設定し、それを減点法で評価すると、形式的には大変公正公平であり合理的に見えます。
 だから減点法で高評価を得てきた人達にとっては、堪らない魅力でしょう。 と言うよりそれ以外の評価自体思いつかないでしょう。 
 ワタシはこれが日本の活力を奪っている大きな原因だと思います。
2016-05-22 12:52 URL よもぎねこ



よもぎねこさんの言っていることは私もよく分かる。確かにその通りだ。
しかし、実際に各論として、「では自分がどうすればいいのか」、こう考えると簡単ではない。
そんなことの回答になるかどうか、これは私なりの考えを纏めてみたものです。


最初に今の時代がどんな時代なのか、ちょっとそんなことを考えてみたい。
先日来ウィンドウズ10にアップグレードされてしまい、大いに困った話をエントリーしたのだが、こんな事をせねばいけないほどコンピュータの世界が激変しているということと思う。
その一例として、最近良く取り上げられる「第4次産業革命”といったフレーズで語られる『IoT(モノのインターネット化)』」、こんな事のためには今までと全く違う発想のものが必要な時代だと言うことだ。

キャッチアップからイノベーションと言い換えてもいいだろう。
キャッチアップとはお手本や目標が有って、それに向かっていく、日本が長年やってきたことでもある。
しかし今では日本は「お手本のない時代」に入っている


前置きが長くなったが、では減点主義に対してどう考えればいいか。
減点主義の逆なら加点主義。持ち点がないから何もしなければ0点。こんな考え方はどうだろう。
何か成果を上げればその分プラス。うん悪くない。
しかしこれをやろうとすると目標やお手本がなくなる
だからよさそうと思っても採用するのは難しい。


さてそんなことの分かる事例として、こんなものを見てください。

2016-5-28科学の芽賞

http://www.tsukuba.ac.jp/community/kagakunome/

これは日本で2番目にノーベル賞を受賞した朝永振一郎博士の言葉にちなんで筑波大学で毎年やってるもの。

そのもとになった言葉がこれ

2016-5-28科学の芽朝永振一郎

こんなものには減点法などで評価できるものではない。また目標やお手本も有るわけではない
しかしこれがイノベーションの原動力なのだと思う。

そしてこんな考え方の基礎にあるもの
それは
プラス思考とか前向き思考、ポジティブ・シンキングなどと言われる考え方ではないだろうか。

もうお手本は無い。見えない世界、認知できない世界に手探りでアプローチしていかねばならない。
武器は「実践と鍛錬」、これしかない。
そんな考え方を支えるもの。それはこのプラス思考とかポジティブ・シンキングと言われる考え方だと思う。

よもぎねこさんからの問題提起に私なりの答えとしていえること。

職場でも学校でも、あるいは家庭でも共通していえる考え方である。
プラス思考、ポジティブ・シンキング、これに尽きるのではないだろうか。
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2016-05-26 17:28

ウィンドウズ10不具合顛末記

 ウィンドウズ10にアップグレードしたのだが、スキャナーのOCR機能がうまくいかず、一旦「7」に戻したりとドタバタだった。
やっとまともに使えるようになったので、その顛末を書いてみたい。

なおこの件は「裏の桜さん」のご助言で解消できた。ご親切なアドバイスに感謝しています。


では最初に私が使っているのはこんなもの

2016-5-25スキャナー

この赤丸内のOCR機能が使えなかった。

2016-5-25スキャナーno

このOCR機能はキャノンがパナソニックから提供を受けてスキャナーにつけているもので、云わば「グリコのおまけ」みたいなもの。
(こんなものをバンドル版というのだとか・・・)
パナソニックの出しているOCRソフト読取革命は現在Ver15、私のスキャナーについていたのは読取革命Liteというバンドル版専用のもので、Ver1.1.01だった。

そしてキャノンではスキャナーのドライバーはwindows10に対応したものを出しているが、OCRは他社製品だということで出してない。
ただし不親切なことに㏋でwindows10対応を見るとOCRは対応してないとしか書いてない。パナソニックを見ろと書いてあれば分かったのだが・・・(ブツブツ)

おまけにwindows 10にアップグレードしてしまうと、古いバージョンの読取革命LLiteは開けないのでバージョンアップもできない。

結局やったのは
① 一旦OSをウィンドウズ7に戻す
② スキャナードライバーを最新版にバージョンアップ
③ スキャナーの読取革命Liteをバージョンアップし、Ver1.2.02にする。(このバージョンだけがウィンドウズ10に対応でいる。
④ そのうえでOSをウィンドウズ10にアップグレードする
・・・本来はここでOCRが動くはずなのだが、不思議なことに動かない。
この日は夜遅くまでやってもわからず、一晩たって翌朝パソコンを起動し、あちこち調べていたら不思議なことにOCRが動くことが分かった。その後はまったく以上は出ていない・・・???
(こんなバカなことはと思うのですが、OS切り替え直後はコンピュータ内ではまだ処理が終わっていなかった???、分かりません)

②のスキャナードライバーは
http://cweb.canon.jp/cgi-bin/download/select-product-by-catg.cgi?i_cd_pr_catg=005


③の読取革命Liteバージョンアップは
http://www.panasonic.com/jp/company/pstc/products/yomikaku_l/up_w.html


こんなことで現在は異状なく使えています。
以上がOCR問題の顛末でした。

最後にこの件は裏の桜さんの助言がなければわかりませんでした。
まったく有り難く思っております。

>>ウィンドウズ10不具合顛末記の続きを読む

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2016-05-23 19:57

News Up 勝手にアップグレード なぜ?<NHKの報道です

 ウィンドウズ10でいろいろ苦労しているのだが、ついにNHKでも報道された。
どうして勝手にアップグレードしてしまうのか、そんな理由がよくわかるので、NHKの報道を全文引用します。
なるほどなあ、そんな思いです。

なお私のスキャナーのOCR問題はきょう解消しましたが、この件は別途アップします。

ではNHKの報道から

<以下引用>

News Up 勝手にアップグレード なぜ?
5月19日 23時08分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160519/k10010527561000.html

News Up 勝手にアップグレード なぜ?
パソコンの基本ソフトの一つ、Windows。去年から無償で提供が始まった最新版の「Windows10」を巡って、このところインターネットで「勝手にアップデートされる」「問答無用でのアップデートはやめて」などと、戸惑いの声が上がっています。一体、何が起きているのでしょうか。
去年7月から提供が始まったマイクロソフトの基本ソフト、「Windows10」。登場以来、パソコンの画面には、利用者に切り替えを促す通知が現れるようになりました。さらに、このところ、自分が使っている基本ソフトがいつのまにか、この最新版にアップグレードされ、一部では、パソコンが使えなくなったり、ダウンロードしていたアプリが使えなくなったといった、悲痛な叫びがインターネットで目立つようになりました。

ツイッターには次のような投稿がありました。
「勝手に更新されて大パニック」
「朝起きたら完了していて慌てて戻した」
「ソフトが動かない」
なぜ知らないうちに
なぜ、自動でアップグレードされてしまうのか。

これまで基本ソフトは、みずから新しいものを購入して、アップグレードを行う必要がありました。今回は「Windows7」と「Windows8.1」の利用者であれば、期間限定で無償で行うことができるようになったのです。この無償期間は7月29日までです。
今回の騒動について、日本マイクロソフトの担当者は、無償期間の終了が迫っていることから、通知画面を変更したことが理由ではないかと話しています。

通知画面は5月13日に変更されました。この変更によって画面には「Windows10はこのPCで推奨される更新プログラムです。このPCは次の予定でアップグレードされます」などと表示され、併せてアップグレードが実行される日時が示されるようになりました。
最近この画面を見た人も多いのではないでしょうか。中には、あとでアップグレードしようと思い、右上の「×」印をクリックして表示を消した人もいるかもしれません。
しかし、マイクロソフトによりますと、この操作だけでは、通知画面が消えただけで、予定をキャンセルしたことにはならないということです。そのため、利用者の思わぬ形でアップグレードされるという事態が起きているというのです。
「分かりづらかったかもしれない」
今回の通知画面の変更について、マイクロソフトでは、無償期間のうちに「Windows10」へのアップグレードを促すために、「利用者の手間がかからない形」として、導入したと説明しています。つまり、あくまで利用者の利便性を高めるための措置だというのです。
一方で、利用者に戸惑いが広がっていることについて、マイクロソフトの担当者は「画面が分かりづらかったかもしれないので、改善も考えていかないといけない」と話しています。そのうえで、「Windows10に変更すれば、セキュリティー能力が向上し、操作性も高まるので、早めの変更をお願いしたい」と強調しています。
アップグレードしない方法は
それでも、今の「Windows7」などを使い続けたいと思う人はどうすればいいのか。

ネット上ではさまざまな方法が伝えられていますが、マイクロソフトでは次のようなやり方を紹介しています。

通知画面には「ここをクリックすると、キャンセルできます」と書かれた表示があります。このリンクを押せばアップグレードの予定を取り消すことができるというのです。また、もし間違ってアップグレードしてしまった場合は、30日以内なら元の状態に戻すことが可能です。
ただし、キャンセルの表示は少し見つけづらいかもしれません。しかも、無償期間中は、キャンセルしても数日するとまた表示されるので、毎回、同じ作業を繰り返さないといけません。

「詳しい人ほど放っといて」
今回の事態について、テクノロジー分野に詳しい、フリージャーナリストの本田雅一さんは、「利用者にとっては、Windows10に変更することでメリットも多いが、パソコンや周辺機器などが使えなくなるリスクはある。パソコンに詳しい人ほど放っといてほしいと思う人が多く、なかば強制的なやり方はすべきではないと考える」と話しています。
そのうえで「マイクロソフトにとって、今はWindows7などいろいろな基本ソフトが混在している状況だ。今後、クラウドサービスをはじめ新たなサービスを提供するために、何としてもWindows10に統一したいと考えていることのあらわれではないか」と分析しています。
「Windows10」を巡っては、アップグレードを装ったメールが送り付けられウイルスに感染したという被害も海外では報告されています。
今回思わぬ形で騒動となった「Windows10」。騒ぎのもとになった通知画面は今のところ無償期間が終われば表示されなくなる見通しです。

<引用終り>


なるほどねえ。
通知画面には「ここをクリックすると、キャンセルできます」と書かれた表示があります。このリンクを押せばアップグレードの予定を取り消すことができるというのです。また、もし間違ってアップグレードしてしまった場合は、30日以内なら元の状態に戻すことが可能です。
ただし、キャンセルの表示は少し見つけづらいかもしれません。しかも、無償期間中は、キャンセルしても数日するとまた表示されるので、毎回、同じ作業を繰り返さないといけません。

これではまるで罠。
しかしここまでして10へのアップグレードをさせようとする。よくよく何か事情があるのだろう。

しかしこの問題でマイクrソフトは大きな考え方の転換をしたと思っている。
従来のパソコンは原則として「画面に表示されているものが動くもの」だった。
今回のアップグレード案内は「それを消して、画面に表示がなくても動くことに変わりがない」。大きな考え方の違いである。

古い頭には理解しがたいことが起こり始めているようだ・・・。
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2016-05-14 17:16

今も通用するキャラウェイ・スピーチ

 前回のエントリー「報道されない沖縄」で日下公人さんと高山正之さんの対談本を紹介したのだが、その中に「朝鮮と沖縄は似ている」、こんな項目が有った。その中にアメリカの高等弁務官ポール・キャラウェイの発言が取り上げられていた。
曰く『沖縄の「自治」は神話だ』、こんな話なのだが、その全文をkazkさんが見つけてくれた。

kazkさん、どうもありがとうございました。

大変興味深い話なので、以下全文を引用し紹介したい。
読んでみると50年以上前の話なのだが、現代にも十分通用しそうな話である。

最初にポール・キャラウェイとは
ポール・キャラウェイ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BBW%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4

キャラウェイ旋風
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E6%97%8B%E9%A2%A8

そしてこの記事の引用元
宮田裕氏のBログより
http://yugafu-uchina.seesaa.net/article/252998760.html?seesaa_related=category



では以下引用です。

最初に宮田氏の解説が有り、その後にポール・キャラウェイのスピーチが有ります。
但しキャラウェイ自身は英語でスピーチしたと思いますが、引用文は日本語に訳してあります。
誰がどのように訳したのか不明ですが、ソースは明記してあります。
(出所:南方同胞援護会『沖縄問題基本資料集』昭和43年11月)

<以下引用>

7.高等弁務官の沖縄支配(5)

 米軍支配下の沖縄に君臨したキャラウェイ高等弁務官は、絶対的権力をバックに軍参謀的手法で直接統治、布令政治に乗り出した。
金門クラブ会員を対象に演説で沖縄の自治は「神話」であると発言し、「キャラウェイ旋風」を巻き起こすことになる。

 注:金門クラブとは
米陸軍省後援による米国留学を経験した人たちの親睦団体。初期の留学生たちは、軍輸送船で金門橋(ゴールデン・ゲートをくぐったので、これにちなんで命名された。1947年7月にスタートし、施政権が返還された1972年までに支給された米留学奨学資金件数は1,110件、そのうち、博士号取得者は28人、修士号262人、学士号155人。
(出所:沖縄タイムス『沖縄大百科事典』上)

 キャラエェイ高等弁務官の演説は米軍支配を特徴づける。その全文を掲載する。

キャラウェイ高等弁務官の演説全文
 (1963年3月5日:ハーバービュークラブ)
  ポール・W・キャラウェイ陸軍中将.

沖縄の「自治」は神話

 昨年の6月22日私は、金門クラブ会員の諸君に「現実を直視して」という題でお話しした。その時、私は世界情勢や琉球の情勢をよく把握し、かつ直視するばかりでなく、琉球住民の間でこれまで信じられている多くの神話を払拭するため、諸君の才能や説得力を活用されるよう諸君に要望したのである。今晩もその時お見かけした同じ顔ぶれが多く見えているが、ある意味では同じ男女ではないのである。

 金門クラブは、長足の進歩を遂げてきたのである。諸君はもはや琉球における指導者の地位の幾つかを引き受けてくれと頼まれる日が来るのを待ちわびる必要はないのである。諸君は諸君に投げかけられた指導権を把握しつつあるのである。

 今晩は昨年のテーマから一歩進んで、現在依然として神話が現実を覆っている分野、すなわち、自治と誤称されいろいろな表現であいまいにされている分野について、少しばかり話し合いたいと思う。

 私には琉球において自治とは何を意味し、また何を包含し、あるいは何を暗示しているかについて全般的に理解されていないように見受けられるのである。諸君はこれまでにインドスタンの5人の盲人に1頭の象を吟味させ、象とはどのようなものであるかを言い表せる話を聞いたり、あるいは読んだりしたことが多分あると思う。象のしっぽを偶然つかんだ盲人は「象とは網のようなものである」といい、もう1人は象の太い足にふれて「象とは木のようなものであるといった。3番目の盲人は、たまたま象の腹のところへ歩いて行って突き当り、「象とは壁のようなものである」といった。そして4番目、5番目の盲人もおのおの自分が得た印象を伝えたということである。

 私は「自治」に対しても何かこれと同様の考え方があるのではないかと観察しているものである。つまり、だれでも自己の経験の範囲内でそれを理解しているのである。

 定義によれば「自治」とは、自治政府を意味しているのである。この定義を論理的に結論づければ、琉球列島における自治論者は、外部からいかなる抑制を一切受けない自治政府の樹立に尽力していることになるのである。これはとりもなおさず独立国家を主張していることを意味するのである。

 しかし、彼らは果たして独立国家を主張しているのであろうか。もし、ある人間が新聞で読むものや住民の代弁者だと自称する人々の言葉をそのまま信じるならば、自治の真の意味は著しく誤解されるであろう。あるいは、この用語が故意に人を惑わす意図のもとに使われているのである。

 政治とは実際的な問題を処理していくことであって空想的な計画を作ったり、圧力団体がスローガンを叫ぶことではないのである。政治というものは可能なものを行う芸術であり、琉球において可能なことは、自治とはかなりかけ離れたものである。なぜならば、琉球列島においては、ある段階の政府から他の段階の政府に対して行われる責任の委任が存在するだけである。

 もし私たちが事実を直視するならば、琉球においても、また行政上一区分を構成するいかなる地域においても自治政府はあり得ないという結論に到達するに違いないのである。

 対日平和条約第3条で規定されているように、米国民政府の下で自治政府があり得ないと同様、1州、1省あるいは1県の場合でもそれは不可能である。

 現在の時点で自治政府は架空のものであり、実在しないのである。そして、琉球の住民である諸君の自由意思で再び独立国家となる決定を下さない限り、将来においても自治は存在しないであろう。


まず、責任と能力の実証

琉球列島の最終責任を実際に有するものとして、私は、それ相当の責任を持つとか、または持たないとか、行動する能力を示すとか、または示さないとかという完全な行動の自由について話すのではなく、政治的現実に限定して話を進めたいと思う。

琉球政府に対し、「いつ如何なる状況の下に、もっと多くの機能を委任できるかを決定するために、琉球列島における政治的諸機能を継続的に検討していく」のが米国の政策である。このような検討は、現在も継続して行われているのである。
諸機能の移管に当たって私としては、「自治」を要求する声よりも、むしろその実績によって裏付けられた「責任」と「能力」の度合いに考慮を払わざるを得ないのである。

大統領行政命令には、国防長官はその権限を行使するに当たって「効果的でかつ責任ある琉球人による政府の促進を助長しなければならない」と規定しているのである。これを簡単に言えば、琉球政府がさらに「責任」ある、かつ「効果的」なものになるにつれて諸機能が同政府に委任されるということである。

如何なる場合に責任ある政府といえるであろうか。私の答えは
1.単に実質のない装飾的な政府の特権ではなく、委任された義務と職分を受領する場合
2.政府が全住民の福祉向上を図るために真に努力する場合
3.政府が真に政府自体およびその各職員を住民の公僕として考える場合
4.適正な政治を行い、経済および社会の発展を助長し、一般生活水準を向上させるため政府に合法的に帰属するあらゆる必要な施策を進んで講ずる場合

 如何なる場合に効果的な政府といえるだろうか。私の答えは、納税者の最小限の負担で政治の安定並びに住民の福祉で最大の効果を上げながら合法的な機能を効率的に行使する場合において、効果的な政府といえると思うのである。
琉球政府はその行為および決済に対する責任を喜んで受け、政府の機能を十分行使する能力があることを実証することによって、一層大幅な責任を得ることができるし、また、現に得つつあるのである。

機能の移譲は要求されているのが責任ではなく、権力だけであるということが明白に実証される場合はあり得ないことである。また、機能を移譲することによって特殊な利益団体が納税者の負担で利益を享受し、あるいは一般住民を無視して社会のある特権層が利益を享受ことになるということが記録によって明らかに示される場合も権限の委譲はあり得ないのである。


委譲責任を拒否した琉球行政府、立法院

 琉球政府の立法府や行政府のこれまでとった措置について客観的に検討すれば、何人たりともこの政府がある場合においては責任を果たし、効率的であったが、また一方では無責任で効果的でなかったと結論付けざるを得ないのである。効果的でかつ責任ある措置によって特色づけられている分野においては、ほとんど自動的により大きな責任を得たのであり、また今後とも継続して責任をえられるであろう。


琉球政府は提供された権力を躊躇なく取り入れたが、これまで幾度となく同政府に委任された責任を受諾しなかったのである。その1、2の例をあげて話してみたいと思う。


1.琉球政府は失業保険制度が制定されたとき、その資金の管理者にされたのである。しかし、同資金は琉球政府のものではないのである。その資金は被雇用者や雇用者が納入した者であり、それから利益を受ける労働者に所属するものである。琉球政府は単に、その資金を労働者のために保管しているのに過ぎないのである。しかし、同資金を労働者の利益以外の目的のために流用しようとしたことが、これまでに幾度となくあったのである。同資金の保全にとっての脅威は、やっと最低必要な保護策が立法されるまで続いたのである。

2.琉球政府は、労働争議の一部である小さな暴力になるかもしれない行為と、争議の一部ではなく、実際に刑事上の行為である暴力行為とを区別することをこれまで一貫して拒否してきたのである。政府は労働争議中のすべての行為を、争議の一部とみなす傾向があったのである。庫の主張は、法律的見地から支持することはできないのである。これは、その平和と安隠を保つため社会に対して責任を持つ当局によって、全社会を相手として犯された欺瞞行為である。そして、これは琉球政府の方で責任を取ることを拒否することになるのである。

3.西原地区における二つの競合する製糖工場の問題は、責任回避の一例である。道をへだてて二つの製糖工場を設立し、同じ農民からサトウキビの奪い合いをさせることに経済的な妥当性がないことは知られていたのである。それにもかかわらず、琉球政府は二つの製糖工場を許可したのである。この措置には、その地域の住民への、ひいては琉球経済全般に対する影響についての考慮がなされていなかったのである。今日、農民も工場側もこの問題および少なくともこれと性質を同じくするもう一つの問題に対して、無謀にも無責任であった琉球政府も、砂糖産業を合理化することを狂気のように試みており、その反面それと同時に他地域からの競争に対処するため、より大型の、したがってさらに小数の製糖工場にする決裁を避けようとしているのである。

4.多年にわたって琉球の銀行は、ほとんど完全な許可証を受けて運営を許されてきたのである。私は自由という言葉よりむしろ許可証という言葉を用いる。というのはここでもまた、私たちは、銀行と政府による信用機関の甚だしい濫用を見出すからである。この分野における不正行為の一例として、理事たちは彼らが経営している営利会社に無担保貸し付けを行うことが認められていたのである。これらの資金は、銀行に彼らの貯金を任せた大小多数の預金者の預金から出たのである。このような行為は他国ではほとんどどこでも重罪となるのである。琉球政府は、これに対して措置を取ることを拒否し、その代り弱々しくもその責任を回避して、米国民政府にそれを転嫁しようとしたのである。

私は琉球政府の行政部門がその責任を果たし得なかったか、または効果的でなかった状態の例は他にもあるが、その中からほんの二、三の例を述べたにすぎないのである。同時に行政府は、その住民によって寄せられた信頼に応えるために、必要なすべての責任と行動の自由を持っていたのである。


琉球立法院も同様にその責任に応じた活動をすることができなかった場合がある。歴史をさかのぼるまでもなく1962年の議会に適切な例がある。

1.医療法案は病院、診療所および助産院が一般大衆保護のための最低基準に適っているか、いないかを確かめるために必要な年次監査を規定しなかったのである。法律違反に対する刑が専門的水準を維持する上に全く不十分であり、また、不法営業を除去したり、厳重に防止することもできなかったのであろう。
2.立法院は、その労働者災害保障保険法案の草案の中で労働者が被った業務上障害のため、雇用者が当然も持つべき負担額を納税者に負わせるように法案を書き表して、納税者の税金の不当な使用を許可しようとしたのである。

 立法院は、行政府と同様、琉球住民の利益のため必要とされているすべての法律を制定する権限を委任されているのである。立法院がそれをなし得なかったことに対して、高等弁務官が立法院に十分な権限を委任しなかったり、その行動に対する責任を与えなかったとして、高等弁務官のせいにして逃れることはできないのである。
 司法部門は、その義務と責任の性質上、責任を引き受け、それを遂行するのに最も優れた記録を持っているのである。したがって司法府はおそらくもっとも広範囲の責任を持っているのである。しかし、ここにも法律上迅速な裁判をなす場合、それをよほど遅らせたり、法曹人の職業的水準が望まれているよりも低いのを黙認している例があるのである。

偽りの「住民の願望」を見極めよ

これらのことからどういう結論が得られるのであろうか。私はなぜ誤りと失敗について、長々とこのような話をしているのであろうか。私が意図したことは、架空の理論の核心を深く探求し、それが何であるかを見極めるように私たちを導くことであった。
 今日、琉球には選択と行動の自由がある。諸君の政府は琉球の社会の要求を満たすための、すべての必要な権限を委任されているのである。

 この社会の政治的、経済的あるいは社会的分野は、いずれもいちいち手を引いて教えられている段階にあるのではないのである。また、政治的に隷属の身分にあるのでもなければ、自身で誤りを犯すことを許されてもいないのである。

 「自治」やすべての拘束を受けない完全な自由や責任、または実証された能力を伴わない支配権力を要求する叫びは、偽りの「住民の願望」である。それは意識的になされようと、また気まぐれになされようと、無能力や無責任、並びにそれに対して権限を与えた社会に対する不忠実を隠すかくれ蓑である。

そうでなければ、それは社会の他の人々を利用して私腹を肥やしている特定の利益および特殊の利権のためのものである。それが何であるかを見分けてもらいたい。そして、それを拒絶してもらいたい。それは、事実、下働き政治屋といかさま経済人に残された最後の架空の理論である。(終わり)

(出所:南方同胞援護会『沖縄問題基本資料集』昭和43年11月)

<引用終り>




 
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2016-05-11 18:09

報道されない沖縄

 最近こんな本を読み終わった。いや最初にざっと読んでみて色々考えさせられるところが有り、もう一度読んでみたのが終わったと言う所。

2016-5-11日下高山対談本表紙

色々興味深い所があるが、その中にこんな項がある。

『朝鮮と沖縄は似ている』

この項の全文は長いので文末に全文を乗せました。
(著書をOCRでスキャンし電子情報化しましたので、変換ミスなど有るかもしれませんがご了承を)

しかし聞き捨てならぬ話だが、そんな事が現実に起こっている事の大変良い事例がある。

これは「no-risu」さんがブログ『日本の定跡』でこんなエントリーをしている。

『沖縄サヨクには見えない「構造的差別」』
http://norisu415.blog.fc2.com/blog-entry-2470.html#comment


詳細は上掲ブログを見ていただきたいのだが、沖縄読谷村(よみたんそん)の米軍飛行場跡(2006年に返還)のダイオキシン汚染などが問題になっている。捨てたのは地元の業者なのだが、左翼連中がそれでも国と米軍が悪いから国が何とかしろと言っているとの事。

no-risuさんのブログによれば
沖縄県読谷村の読谷米軍飛行場は2006年に返還された。しかし、2014年に環境基準の8倍を超すダイオキシン汚染が発覚し、跡地利用計画は遅々として進んでいない。汚染原因ははっきりしていて、複数の地元業者が不法投棄したことによる。

読谷米軍飛行場は敷地を柵などで囲っておらず、地元民の出入り及び利用は黙認されていた。監視の目が届きにくい米軍敷地であることをいいことに、地元業者が杜撰なゴミ処理をしていた。国・米軍・読谷村が認めており、証拠もバッチリある。

したがって、土壌汚染の除去は自治体が責任を負う。問題の業者を追及するなり、自治体の予算を使うなりして除染するしかない。当たり前の話だ。

これに猛反発しているのが反基地サヨクの皆様である。「原状回復の責任は国・米軍にある」と主張し、自治体の自主的な除染を認めようとしない。勝手に侵入して野グソたれ、「クソの後始末は地主がやっとけ!」と暴言を吐いている。

<引用此処まで>

まるで893の因縁のような話がまかり通っている。
こんな沖縄の現実を我々はもっと理解しないといけないと思う。良くも悪くも沖縄は日本なのだから・・・。

尚no-risuさんのブログには沖縄についての色んな話がある。我々の知らない、報道もされない沖縄事情、大変興味深い。

私が中でも興味深いと思っているのはno-risuさんの沖縄紀行のこんなもの。
「裏沖縄旅行記 Part6 海中道路」
http://norisu415.blog.fc2.com/blog-entry-2427.html

この中には、辺野古に座り込んでいる左翼連中が地元民からは「大変凶暴で危険なので近寄らない方がいい」と言われている。こんな事が分かる、
尚no-risuさんの沖縄紀行は色んな意味で面白い。私には沖縄の食べ物がおいしくないと言う話が気になるのだが、それはまた別の機会に・・・・・。



<以下「日下公人・高山正之対談本、世界は邪悪に満ちている。だが日本は・・・」より抜粋引用>

第4章 残虐な中国と付き合うのをやめよ

朝鮮と沖縄は似ている

 高山 朝鮮も中国もひどい国ですが、朝鮮は中国と相似形ですね。大きさが違うだけで気質もよく似ています。
 朝鮮は、日本がまともな国になるように支援して、教育を普及させてやっても、恨み言しか言わない。何を言っても因縁を付けてきて、嫌がらせをしてくる。金が欲しいのだろうが、自分の大義名分みたいなものも欲しがる。格好付けが欲しい。援助は欲しがるけれど、彼らはあまり働こうとしない。
 日下 働かないね。
 高山 朝鮮の人は、「ケンチャナヨ」、つまり、「もういいじゃない≒適当なところで」 つてよく言う。
 かつて大島紬をやっている人が、朝鮮に最初に工場をつくったときに、朝鮮の人だちは糸を飛ばしても平気で、困ったものだと言っていました。「紬って、そういうものじゃないんだよ」と言っても、「まあ、いいじゃないの。それくらい」と、目立たなければいいという考え方をしている。すべてがそういう精神なんです。
 そのくせ、「日本は我々にひどいことをした」とばかり言っている。日本が何かを教えても、恩というものはまったく感じない人だちなんです。
 セウォル号の事故だってそうでしよ。わからなければいいと思って、適当なことをやって、乗客の安全のことなんか考えなかった。そういう精神。
 実は、沖縄も朝鮮と気質は似ているようです。

 日下 まあ、そうかもしれないな。

 高山 沖縄が復帰する前の一九六〇年代に、ポール・キャラウェイという高等弁務官が沖縄にいた。彼が日本を去る前に「沖縄の自治なんて神話だ」と言い残して帰って行った。実際には短い文ではなくて、長いスピーチの全文があるんですけど、そこには沖縄人がいかにダメかということが、書き連ねてある。
 彼は、グアムやハワイなど米軍基地の中で、沖縄を一詐没かでいいところにしようと思った。それで医療から金融まで援助した。
 たとえば、沖縄の銀行に資金を流人すると、銀行の理事たちは自分の身内にだけ無担保融資をしてしまう。要するに資金の横流しをして、島民の福利厚生なんかまったく考えなかった。こんな人たちではどうしようもない。沖縄人には政治能力はないと書き残しています。
 組合問題しかり、役所の問題しかり、すべての分野において沖縄人っていうのはまったく当事者能力、がないと言っている。「当事者能力がない人間が、何で自治権が欲しいんだ」と言う。
 普天間基地問題で二〇一五年四月に、翁長雄志知事が菅義偉宣房長官互面談しましたよね。そのとき、翁長知事は「粛々」という言葉を何度も使う菅長官が「ギャラウェイと重なる」 つて言ったんです。
 沖縄が自分たちの当事者能力を少し反省したのかと思ったのですが、全然違った
(笑)。
 ギャラウェイが沖縄に対して言った言葉は、アメリカが朝鮮に対して言った言葉と同じです。
 先けども言いましたけど、一丸〇五年に日露戦争、が終わった後、ルーズベルトは朝鮮にある公館を全部引き払った。その言い分か「あなたたちには、国としての能力はまったくないんだ」ということだった。それで日本に「朝鮮を引き受けろ」と言ったわけです。

 日下 「ここから後をやれ」つてことでしよ。
 高山 そうです。それでルーズベルトは朝鮮を捨てたのですが、同じように、ニクソンも沖縄を捨てたわけです。基地以外の県民をね。
 ルーズベルト、が朝鮮に言ったこととまったく同じことを、ギャラウェイは沖縄に対して言った。
 ギャラウェイは、グアムよりも、ハワイよりも、沖縄を一番高い収入を得られる立派な地にしようと思ったのに、自治能力のない沖縄人に裏切られたという。
 米国がサジを投げた沖縄のために日本政府はサトウキビを作らせた。沖縄振興のためです。アジアから買えばもっと安く買えるのに、補助金まで付けてやった。それでも収穫が上がらない。
 日下 いや、彼らはもらった補助金で韓国人を雇ったんですよ。自分たちは遊んでいた(笑)。
 高山 その通りです。フィリピン人や韓国人を入れて働かせて、沖縄の人たちは働かないわけです。
 だから、朝鮮と沖縄も相似形と言ってもいいんです。朝鮮と中国もまったく相似形。
 日下 アメリカと中国も相似形ですよ。アメリカと中国は、中世がなくて古代からいきなり現代になったことも同じだから。
 高山 アメリカも似ているんですよね。
 日下 そう。だから、日本はヨーロッパのほうが近いのですよ。

<引用終り>
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2016-03-24 11:06

出雲は魚がおいしい

 出雲へ行ったら、どうしても書きたいのが美味しい魚。
こんな店に行きました。

2016-3-24丸善水産

如何にも居酒屋でござい、そんな感じの店。
初日に行ってみたのだが満員で断られ、二日目は予約しても断られたのをカウンターでも良いからと言って席を確保。

最初はアジの一夜干し

2016-3-24アジ一夜干し
手前にあるのはイカの一夜干し

それからお目当ての「のど黒」

2016-3-24のど黒造り丸善水産HPより

食べるのに忙しくて写真がうまく取れなかった。だから丸善水産のHPから拝借。

これがのど黒

2016-3-24のど黒

「のど黒」は山陰~北陸地方で獲れる超高級魚、アカムツと言うのが本名らしい。
写真はのど黒の口をあけてのどを見た所。確かに真っ黒だ。
「ハラ黒短足、ノド黒を食すの図」(笑)
ノド黒は造り、炙り、煮魚で食べたが、特に炙りがおいしかった。

そして酒にはこんなモノも。

2016-3-24丸善水産の清酒死神

出雲は八百萬(やほよろず)の神が集う所、だから800万の中にはこんな神の一人や二人、いても良いんだろうなあ・・・
でも「清酒死神」、美味しかったですね。
出雲の国では死神まで美味しい(笑)・・・。
良い国ですねえ・・・・・・。
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2016-03-22 17:32

雲の国へ行ってきました<追記あり

 八雲立つ、雲の国へ行ってきました。
色々面白いものを見てきたのですが、最初は雲の話から。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を

ご存知、古事記、日本書紀に出てくる「ヤマタノオロチ伝説」、ここで須佐之男命(スサノオノミコト)が櫛名田比売(クシナダヒメ)と暮らすに際して詠んだ歌です。
この歌の件は後で説明します。



今回出雲に行くにあたって、どうしても見たかったものがコレ、日御碕(ヒノミサキ)の夕日でした。
そこで出雲空港に夕方着いたので、そのまま日御碕へ直行。
写真の好きな人なら一度は行きたいポイントです。

2016-3-22日御碕の夕日3月19日

幸いなことに天候に恵まれ、こんな夕日の写真が撮れました。
日本海に沈む夕日、一度見たら忘れられないですね。
そして、ここに写っている雲はごく普通に雲でした。


でも翌日アチコチ歩いてみるとどうも雲が違う。
何がどうだかわからないが、私が住んでいる愛知県辺りの雲とはどこか違う感じがするのです。

一日歩いて、ずっとそんな疑問を持っていたのですが、翌日出雲市から松江の方に移動する際、山陰自動車道の宍道湖SAに立ち寄りました。素晴らしい景色でした。

2016-3-22宍道湖SAより島根半島を望む

正面に見えるのは宍道湖。手前の町並みは玉造温泉駅周辺。正面の山は島根半島。このSA辺りで標高40メーター位でした。

そして空には独特の雲が・・・
雲は積雲なのですが、高さが低いのです。この気象(上空は晴れている)なら他の地方では見たことのない雲でした。

この日は風が強く、結構寒い日でした。
雲を良く見ると、北からの風が島根半島にぶつかって、そこで雲が湧きあがっていました。
島根半島の山々と雲の間からその先の方が見えますが、そこには雲らしきものは見えません。
雲は島根半島から湧き上っているのです。

調べてみると島根半島は険しい山で出来た半島で、山は200m~500m位、特に日本海側は切り立った断崖になっている。
そんな地形なので北風が山にぶつかって雲を作っていた。

矢張り出雲は雲の出ずる土地でした。

目を北から西に転ずると、こんな風。

2016-3-22宍道湖SAより島根半島を望む2

雲は風に流されていきますが、宍道湖を渡り中国山地近くになると、どんどん消えていきます。

こんな事で、冒頭あげた「八雲立つ・・・」の歌の通り、出雲とは「雲の湧きたつ土地」だった、そんな事を目の当たりにしました。


* 追記します
出雲地方の特徴的な地形が分かりにくいので、山と平地が分かる地図を追加します。

2016-3-22島根半島

こんなモノを見ると松江から出雲にかけて、北側に島根半島が壁のようになっている事が分かります。
これが穏やかな気候と雲が湧きだす、そんな気象上の特色を作っています。
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2016-03-19 09:05

出雲へ行ってきます

 今日午後のフライトで名古屋から出雲へ行ってきます。
島根県は当地方からは非常に遠い(不便な)所でした。丁度1年前の県営名古屋空港(中部国際空港が出来る前の名古屋空港だった所)から1往復だけ航空便が出来たので、これで行ってきます。

使用機材はエンブラエル170(78席)、エンブラエル175(86席)のどちらか。
ブラジル製のリージョナル・ジェットで、日本のMRJのライバルに当たる飛行機。
どんなものか楽しみです。



帰ってくるのは月曜日、どんなものか帰ったら報告します。
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2016-02-04 15:15

群馬県が三ない運動廃止

 少し古い話だが、昨年12月に群馬県が「3ない運動」を廃止し、代わりに「交通安全教育アクション・プログラム」を始めることにしたと報道されている。
3ない運動??、まだそんなモノやっていたのかと思いのだが・・・。


3ない運動とは
高校生にオートバイや自動車を「運転させない」「買わせない」「免許を取らせない」、こんな運動で確か30年以上前からやっているモノ。
だが高校を卒業すれば嫌でも車やオートバイには乗るわけで、要するに過保護ママの可愛い可愛い意識と行政や学校の責任逃れの産物である。



以下それを報道するレスポンスの報道から

<以下引用>

「3ない運動」撤回の群馬県、高校生の免許取得希望者増える
2015年12月12日(土) 07時30分
http://response.jp/article/2015/12/12/266025.html

「規制」から「取得教育」へ、高校生の交通安全教育を大転換した群馬県 免許取得を前提にした交通安全教育を実現する交通安全対策条例を制定した。

・・・中略・・・

「就職や進学など進路決定の時期を迎え運転免許を取得する生徒の増加が見込まれることから、関係団体の協力を得てより実践的な交通安全教育に取り組んでいきたい」と、吉野勉教育長は前向きな姿勢を示した。

群馬県は、昨年度まで「3ない運動」(免許をとらせない、買わない、乗らない)を展開して高校生の二輪車の運転免許取得を一部の提供除外を除いて禁じていた。この規制は四輪車免許の取得にも及び、卒業後社会人となる生徒でも在学中に運転免許を取ることができなかった。

その一方で群馬県は約20年間にわたって、免許取得1年以内の初心運転者の事故率が全国ワーストを続け、交通安全教育のあり方が課題となっていた。群馬県議会は交通安全対策特別委員会を設置し、高校在学中の交通安全教育について議論。昨年12月に交通安全条例を制定し、群馬県、教育委員会と共に「3ない運動」を撤回。免許を規制する生徒指導から免許取得を前提とした交通安全教育へと大きく方針を転換した。

・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・
<引用此処まで>

参考:群馬県交通安全教育アクション・プログラムの策定について(群馬県のHPより)
http://www.pref.gunma.jp/04/h2100141.html


高校生がバイクに乗るのを禁止、そうすれば事故は無くなる。こんな発想は「エイズが怖いからセ〇クスを禁止しろ」、、こんな話と同じである。過保護ママの発想であり、責任逃れの発想でもある。

しかし今の社会は激烈な競争社会で、しかも競争相手は世界中
そんな中に否応なく飛び込んでゆかねばならない若い人にこんな「乳母日傘(おんばひがさ)」政策。ズバリ間違っている。
それが是正されるのはいいことだ。

しかもやることが具体的に示されている。
例えば
・ 中学生には
  協力企業との連携による自転車の安全教室
  自転車事故を防止するため、県内数カ所の中学校を対象に、参加・体験・実践型の自転車の安全教室を実施
・ 高校生には
  自転車指導警告票の交付データ等を活用した交通安全教育・指導
  自転車指導警告票の交付、交通事故の多い地域や学校等を対象に交通安全教育に重点的に取り組み
・ 教員向けには
  交通安全指導者養成講習会
  自転車事故を防止するための交通安全教室を各学校が主体的に行えるよう、教員向けの講習会を開催
・ 二輪車免許取得者向けには
  二輪車マナーアップ講習会
  二輪車免許取得者を対象に、二輪車の安全な乗車に必要な技能の取得等を目的とした講習会を開催

こんな具体的な策が軌道に乗ってくれることを大いに期待したい。

何せ今はこんな時代
2016-2-4女性バイク乗り
(この女性は本文とは関係ありません、ハイ、無論私とも)

こんな若い女性が大型バイクに乗る時代なのです。

しかしタイへ行くとこんな事も珍しくない

2016-2-4タイの女性バイク3人乗り
(タイでも法律ではヘルメット着用が義務付けられているのだが・・・)


私はタイ時代、従業員の交通安全のために外部から講師を呼んできて「バイクの交通安全講習」をやらせていた。
幸いタイでは「ホンダ」がバイクの安全教育に非常に力を入れていて、頼めば無料でインストラクターを派遣してくれるので工場内でバイクの安全運転講習をやっていた。
1社だけでは勿体ないので、近くの親しい会社にも声をかけて数社で一度にやっていた。

直ぐあくる日から効果が出る訳ではないが、継続してやる事で従業員の意識も高まってくる。


これはタイホンダのインストラクター養成の様子。

2016-2-4タイホンダの安全講習風景

ホンダは二輪車の世界ナンバーワンだが、流石ナンバーワンとして何をすべきかを知っている。
こんな事を地道に続けている所が世界のホンダとして愛される理由になっている訳だ。


本題に戻ります。
日本は何でも禁止、何でも駄目、そう言っていれば済んでしまう風潮が長く続きすぎた。
そんな事で何でも反対、そんな妄想に生きる人が未だにあちこちに出没する。困った風潮だ。

これはそんな妄想に生きる方々。

2016-2-4妄想に生きる人たち
この写真は裏の桜さんのブログから拝借しました。
http://sakuraura.blog.fc2.com/blog-entry-3702.html#comments

この方々は未だに「乳母日傘(おんばひがさ)」の中でヌクヌクと暮らしてるんでしょうね。

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2016-02-01 18:33

認知できない世界へのアプローチ

 先日(1/13)、「カリフォルニア州、VWのリコール計画却下」をエントリーしたのだが、そこへ「アングロ・サクソンと大陸の人とのモノの捉え方・考え方の違い」について色々コメントを頂いた。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1214.html


又そのコメントと私なりの回答を「大陸と欧米の違い」としてエントリーした。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1218.html

そしてこの認知できない世界へのアプローチこそ進歩発展の元なのだが、これはアングロ・サクソンがこの面ではすぐれている、こんな事になった。
まあ、海図の無い海へ乗り出す、これで彼らは発展してきたのだから尤もだが、もう少し考えてみたい。


認知できない世界へのアプローチ、これは前回のエントリーでは「実践と鍛錬」、これがキーだと言う結論。
その為に般若心経の「「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦・・・」(ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ・・・ )
これを「実践せよ 実践せよ」と読めば納得がいくと書いた。


このエントリーに皆さんからいろいろ有意義なコメントを頂いたのだが、そこによもぎねこさんから「明治維新の志士達は皆剣道の達人」、こんなご指摘を頂いた。
そこで江戸260年の安定と繁栄を作り、明治の発展をきづいた武人たちの精神がどう形成されたかを考えてみたい。

尚この件は古田博司氏の著書「ヨーロッパ思想を読み解く」の中で現代を評してこんな言葉がある。
「今の日本は「海の向こうから新しいものが何もやってこない幕末」のようになってしまった」、こんな記述があった(p123)。
それでこの件を考えてみたいと思っていたテーマでもあったと言う事です。


此処からは一寸剣豪の話だが、ちょっと我慢してみてください。

 戦国時代末期、剣聖と言われた人物に上泉伊勢守秀綱(後に信綱)(1508-1577)がいる。剣術の新陰流の開祖である。
また秀綱(信綱)は映画「七人の侍」の主役「勘兵衛」のモデルとされている。
その秀綱が1565年頃、畿内を訪れた際教えを受けたのが柳生宗厳(むねよし)、そして秀綱がその技量と人格を認め新陰流の目録を柳生宗厳に与えた(今でいう免許皆伝、新陰流の後継者として認めた)。その後1594年宗厳とその子の宗矩(むねのり)が徳川家康に認められ、宗矩が二代将軍秀忠の師範となった。その後幕末まで幕臣として徳川幕府に仕えている。新陰流は徳川幕府公認の武術だった。この宗矩が死の直前の1646年に纏めた「兵法家伝書」が残っている。
将軍家師範役の柳生家のモノなので、これが江戸時代を通じて武士の行動規範になったものと思われる。

以下この兵法家伝書の説明

参照文献:「武道秘伝書」 吉田豊編 1968年4月 徳間書店刊
ここでは柳生宗矩の兵法家伝書の要点を以下のように書いている。
強調文青字は上掲文献の引用文)

   兵法家伝書の思想
『兵法家伝書』は前述の『新陰流兵法目録』のような実技の解説書ではなく、勝負の場における精神のコントロールに関する議論がその中心をなしている。
 そこには、たとえば次のような重要な指摘がある。
ー--稽古の窮極の目的は、それを完全に身につけることによって無意識のうちに正しい動作ができるようになることである。
--―敵をI太刀うっても、そこに心が留まるならば、たちまち打ち返されて負かされる。一太刀うったら、それが切れようと切れまいと心にかけず、顔もあげさせぬほど打ちに打で。
ーー-病気(偏向)を去ろうと思いつめるのも病気だ。病気にまかせ、病気と交わることによって病気を去ることができるのだ。
-‐-外面が動のときは内面は静、外而が懸(攻勢)のときは内面は待(守勢)、内外をたがいちがいとせよ。この修行を積むことによって内外は一つに統一される。
―-―どのような秘伝の技をつかっても、その技に心が留まるならば勝利は得られない。敵の働きにも、わが技にも、切ろうと、突こうと、そこに心を留めぬ修行こそ大切である。
 一言にしていえば、ありとあらゆる状況の変化に対応して、最適の技を、反射的に、無意識のうちにつかえるような境地こそ、柳生新陰流の極意ということになる。

 『兵法家伝書』にはそこに至るまでの修行の心得、心の持ち方が懇切に説かれており、宗矩がその結びの言葉で「一心、多事に渉(わた)り、多事、一心に収(おさま)る」と述べているとおり、諸道に通Uる教訓にあふれている。


そしてこの中で心の持ち方を病気と言う表現で

  固定した心は病気である

 かたんと一筋(ひとすじ)におもふも病也。兵法つかはむと一筋におもふも病也。習のたけを出さんとI筋におもふも病、かからんと一筋におもふも病也。またんとばかりおもふも病也。病をさらんと一筋に、おもひかたまりたるも病也。何事も心の一すぢに、とどまりたるを病とする也。此様々の病、皆心にあるなれば、此等の病をさって心を調る事也。
 〔訳〕 勝とう、勝とうと一途に思うのは病気である。技を使おうと一途に思うのも病気、鍛練の成果をあらわそうと一途に思うのも病気である。積極的にかかっていこうとばかり思うのも病気、待ちかまえていようとばかり思うのも病気である。こうした病気をなくそうと一途に思いっめるのもまた病気である。
    いずれにせよ、心が一途に固定してしまった状態を病気というのである。このような、さまざまの病気は、すべて心のうちにあるものなのだから、これらの病気をなくすためには心のコソトロールが必要となってくるのだ。

(文献引用は此処まで)


まあ今とは言葉づかいが違うのだが、固定した心を柳生宗矩は病といい、そこから心のコントロールを説いている。

私はコレを読んで、幕末に怒涛のように西欧の文物が流れ込んできた、そんな時代に兎に角日本人は何とか対応してきた。
他の国が殆ど西欧の圧倒的な軍事力の前に植民地化された中で独立を保つことができた。
そんな事の基礎にこんな日本の戦国時代からの武芸の伝統が生きていたのではないか。そんな風に思える。

今日の世界も混乱が一層進んでいる。こんな中で実践と鍛錬を積み重ねてきた昔の武人の精神がもっと必要ではないだろうか。


オマケ
2016-2-1七人の侍
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2016-01-30 11:49

2倍速で成長する遺伝子組み換えサケ

 遺伝子組み換え食品に関して凄い記事が有った。
最初にそれを報道する産経の記事から。

<以下引用>

「フランケン・フィッシュ」日本上陸に警戒の声 2倍速で成長する遺伝子組み換えサケ
2016.01.29
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160129/dms1601291830020-n1.htm

2016-1-30遺伝子組み換えサケ
(引用者注:凄いですね、長さで倍と言う事は体積・重さでは8倍位か)


 米食品医薬品局(FDA)が昨年、食品として販売することを承認したと発表した遺伝子組み換えのサケをめぐって、世界中に波紋が広がっている。このサケは通常の2倍の速さで成長するのが特徴で、安全性を警戒する環境保護団体から“フランケン・フィッシュ”の異名がつけられた。米国では販売を拒否する店舗が8000店に上っているといい、国内上陸を警戒する声も出始めた。

 このサケは米バイオベンチャー「アクアバウンティ・テクノロジーズ」が開発した。成長が早いキングサーモンの成長ホルモン遺伝子を大西洋サケに組み込み、少ない餌で効率良く育てることができる。通常約3年かかるところを1年半ほどで一人前になるという。

 染色体を操作して不妊にしており、繁殖はしないとされている。

 FDAは、このサケの栄養成分は通常の大西洋サケと変わらず「食べても安全」としており、承認を受けたア社は「革命的な商品。環境を破壊せず、安定した栄養源を消費者に提供できる」との声明を発表した。海の生態系を乱す恐れはなく、海産物資源の乱獲防止にも貢献するとしている。

 だが、市場流通をめぐっては、世界で警戒感が広まっている。

 スウェーデンの大学の研究会は、成長ホルモンの濃度が高く、がん細胞を刺激する可能性があることを指摘。「遺伝子組み換え食品は人体や環境に悪影響を与える」としてきた環境保護団体は、人工的に生み出されたサケを小説や映画に登場する怪物・フランケンシュタインになぞらえ「消費者はフランケン・フィッシュを望んでいない」などと批判した。米の消費者団体も「長期に食べた場合の安全性は分からない」などと反発し、米国内のスーパーなど約8000店は「販売拒否」を表明している。


 欧州議会は欧州委員会に対し、遺伝子組み換え魚の輸入を禁止するよう求めたという。

 気になるのは、日本上陸の有無だ。

 国内で遺伝子組み換え食品を販売、流通させるためには、内閣府の食品安全委員会の審査を受ける必要がある。これまでに、野菜などの植物や添加物が承認されており、将来的に“フランケン・フィッシュ”が“国内入り”する可能性もゼロではない。

 現在、このサケの承認申請はなされていないが、未審査のまま国内に紛れ込むことを懸念する声も出ている。

 「遺伝子組み換え食品いらない! キャンペーン」の天笠啓祐代表は、FDAが同サケを食料品の材料に使った場合、遺伝子組み換え表示を義務ではなく任意としていることなどから、「米国で流通した加工食品が日本に入り込み、知らない間に食べていたという事態は起こりうる」と話す。

 また、「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に参加すると、遺伝子組み換えサケ承認の圧力が加わるだろう」とも。日本では遺伝子組み換え食品の表示は、対象となる作物やDNAの検出が可能な加工食品に義務付けられているが「表示なし、安全審査も簡単にとの圧力をかけられ、流通する可能性は高まっている」と天笠氏はみる。

 遺伝子組み換えサケにいま、世界がざわついている。

<引用終り>


この話で気になるのは私の親しい方の経験。
その方とはお母さんとご主人、娘さんとご主人、どちらもごく親しくお付き合いさせていただいていたが、お母さん、娘さん、お二人とも乳癌で亡くなった。もう七回忌も過ぎたのでその経緯などを書いてみたい。

お母さんの方は死の十数年前に乳癌で手術をされていた。当地方で最高の技術のがんセンターだった。
乳癌は再発が怖いのでその後も毎年同じがんセンターで異常がないかどうか、10年以上定期検診として診て貰っていた。
10年以上たって担当医から「もうこれだけ調べても異常がない、だから大丈夫です」、そうお墨付きをもらっていた。
その直後に会った時には、「がんセンターの○○先生から「もう再発も無いでしょう」と言われた、良かった。」、こう嬉しそうに話していたことを覚えている。
しかし2年位後に体調をくずし、色々調べても良く分からず、結局がんセンターで見てもらったら乳がんの再発だった。残念ながら手遅れだった。そして半年後に亡くなった。
お母さんががんと診断されるのと前後して娘さんも乳癌の自己チェックで異常を見つけていた。
がんセンターで検査してみると矢張り癌、そして担当医からは「よくぞ、こんな小さなモノを自己チェックで見つけたなあ、すばらしい早期発見だ」と言われていた。しかし手術前の検査で他にもがんが見つかり、更に切開してみるとその他にもがんが見つかり、結局手術を取りやめ抗がん剤での治療をする事になった。
元々体力のある、気丈な方だったので、抗がん剤で頭髪が全部抜けると言う苦しみに耐え、明るく暮らし、仕事もしていた。
しかし結局3年後に亡くなった。
このお母さんの方は元来健康には注意する方で、何年も前からある健康補助食品・・・ミツバチが女王蜂の為に作るもの・・・を健康に良いと言って、自分も飲む傍ら他の人にも勧めていた。またそれを知人たちにも売ったりしていた。当然それを娘さんにも勧めていた。
その娘さんは或る薬剤師さんから「あれは良いものだが婦人科の病気には疑問がつく」という情報を得ており、乳癌を見つける前には服用を中断していたのだが、がんと診断された時がんセンターの医師に相談していた。
医師の答えは「即座にダメ」だったと聞く。

まあこんな事で普通の人にはとても良い健康補助食品。しかしある種の体質の方には悪玉の癌細胞を元気づける働きがあるのではないか。そんな風に感じている。


遺伝子組み換えサケも
成長ホルモンの濃度が高く、がん細胞を刺激する可能性がある
こんな事は簡単には証明できないだろう。
何が悪いか分からないが「悪いらしい」、こんな話は一つ間違えれば風評被害につながる。
だが「遺伝子組み換え」という人類が経験したことのない分野は慎重すぎるくらいでちょうどいいのではないだろうか。
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2016-01-18 17:51

自殺 2万5000人下回る<続編

 16日のエントリー「自殺 2万5000人下回る」で自殺に関しての色んな思いを書いてきた。
原因はデフレだった、こんな話にしたのだがそこに皆さんからいろいろ有意義なコメントを頂戴した。
特にYUYUUさんのコメントが素晴らしいのだが、如何した事かコメント投稿が上手くいかなかったようで分割掲載されている。

YUYUUさんには大変迷惑をかけ申し訳ない。しかし原因は調べてみたが良く分からない。
ただこんなケースでも私のブログのコメント管理の所の迷惑フォルダーには入っているので、今後そんな事が有ったらぜひご一報いただきたいと思う。

そしてYUYUUさんのコメントはコメント欄に置いておくのは勿体ない、なのでそのコメントを本文に掲載してみました。


最初に前回も掲載した自殺者数推移

2016-1-16自殺者推移by読売

それから自殺者の年代別推移
(集計方法などで若干数値のずれが有り、総数も少なめになっているが、傾向はつかめると思う)

2016-1-18年齢別自殺者数推移
出所
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2740.html

この年齢別グラフで50歳代の自殺者が非常に多いのが分かると思う。そして2004年頃から50歳代の自殺者が減少しているが自殺者総数があまり変わらない中で、この年代だけ全体の傾向と違った動きを見せている。

こんな所を見て、前回のエントリー「自殺 2万5000人下回る」に頂いたコメントを紹介したい。

最初にこれはYUYUUさんからのコメント

1989年の消費税導入はインフレ真最中である上に物品税の廃止により実質的には減税でしたので何の問題もありませんが1998年の消費税率アップはデフレの最中であるため消費者への転嫁が出来ず、企業の粗利を削ることになり、縮小均衡を図るしかなかったのです。粗利から従業員の給料は出るわけですから、粗利の一部を消費税として納税してしまえば、給料を下げるか正社員を減らすしかやりようがない。これは経営者なら分かる話です。
消費税が3から5%に上げたことにより、同じことが起きておりますが、今回は自殺者が増えないのは、その後の関係者の努力により倒産を取り巻く環境が変わったからです。
一番、大きいには個人の背負える借金が決められたこと。
とても返しきれない借金を抱えて絶望し自殺することがなくなりました。自己破産しなうでも、個人再生、任意整理などで借金を大幅に減らして普通の生活をしながら3年程度で返済が終わるようなシステムが出来ました。
私も何人かの相談を受けて、借金減らしのお手伝いをしましたが、本当に貸した企業には申し訳ないなと思いましたよ。昔に比べると甘すぎる。
それから保証人の制度も、事業に関係ない保証人に、他人の借金を背をわすのは止める方向で改善されてきております。まだ、完全ではありませんが・・。
以前のように倒産・失踪・自殺というのは・・情報不足。相談者不足の人だけにになりました。

また、精神障害者の関係はKaZKさんの言うとおりでしょう。
2016-01-16 23:12 URL 友遊

個人に過大な借金を負わせなくなったので、甘ちゃん社長が平気で倒産して迷惑を掛けるようになるとの困った面も出てきてます。
私も何人かの相談を受けて、借金減らしのお手伝いをしましたが、本当に貸した企業には申し訳ないなと思いましたよ。昔に比べると甘すぎる。
それから保証人の制度も、事業に関係ない保証人に、他人の借金を背をわすのは止める方向で改善されてきております。まだ、完全ではありませんが・・。

ただ、こうした情報はあまり知られてないようですので、徐々に効果が出てきたということでしょう。
2016-01-16 23:47 URL 友遊


<YUYUUさんのコメントはここまで>

YUYUUさんのコメントと年齢別グラフを見るとなるほどと思われる所がある。

兎に角やる気のある人が死を決意するような事のない社会の為に色んな方策が有る筈だ。
そんな事を色んなレベルで一つずつ解決してゆきたいと思う。
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2016-01-16 14:31

自殺 2万5000人下回る

 今日の読売新聞に大変うれしい話が載っていた。
昨年の自殺者数が年間で2万5千人を下回り、18年ぶりの低い数字になったのだと言う。

実は私はこの自殺者数については以前から非常に重要な数字として注目していた。理由は1998年3月に突如ポンと跳ね上がり、その後一向に元に戻らない。しかも原因がさっぱり要領を得ないためだった

如何に劇的に動いたか、あとで詳細を説明するが、自殺する人は相互に関係があるわけではない。その人その人で何か死を決意させるようなものがあった。その結果多くの家族には深い悲しみを残したのだが、その原因が何だったのか。
個人的にはこうだと言える。しかし年間3万人を超える人が自ら命を絶った、そんな背景が日本の社会の問題点なのだが、マスゴミが報道しない自殺件数の急増と18年ぶりの2万5千人割れについて考えてみたい。

最初にそれを報道する読売新聞記事から

<以下引用>

自殺 2万5000人下回る…警察庁発表 昨年18年ぶり
2016年1月15日15時0分
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20160115-118-OYTPT50308/search_list_%25E8%2587%25AA%25E6%25AE%25BA%25E3%2580%2580%25EF%25BC%2592%25E4%25B8%2587%25EF%25BC%2595%25EF%25BC%2590%25EF%25BC%2590%25EF%25BC%2590%25E4%25BA%25BA%25E4%25B8%258B%25E5%259B%259E%25E3%2582%258B__

 警察庁は15日、昨年の全国の自殺者数(速報値)が前年より1456人(5・7%)少ない2万3971人だったと発表した。6年連続の減少で、1997年以来、18年ぶりに2万5000人を下回った

2016-1-16自殺者推移by読売


 昨年1~11月分の統計を基に内閣府が分析したところ、健康問題を動機にした自殺者が前年同期に比べて大きく減っており、担当者は「うつ病など精神疾患を患う人が適切な治療を受けるための体制整備が進んだため」とみている。

 年間自殺者のうち、男性は全体の69%にあたる1万6641人(前年比745人減)で、女性は7330人(同711人減)。東京(165人減)や福岡(144人減)など37都道府県で前年より減少した一方、岡山(62人増)や熊本(35人増)など10県で増加した。

 人口10万人あたりの自殺者数をみると、秋田が26・8人で最も多く、島根25・1人、新潟24・9人と続いた。少ないのは大阪14・5人、神奈川15・2人、高知15・3人の順で、全国平均は18・9人だった。

 自殺者は98年に初めて3万人を超え、2003年には過去最悪の3万4427人に。10年からは毎年減少を続け、14年には2万5427人まで減っていた。

<引用終り>



読売記事はつまらんことをくどくど書いているだけで意味は無い。多分何故急増し、何故減ってきたのか全く分かっていないのだろう。
だがこの問題を以前から色々調べてきたので、ほぼこれだと言えることがある。

これは2013年3月31日のエントリーなのだが、ここに自殺者急増に至る経緯が書いてある。
少々古いが此処で使ったグラフが分かりやすい。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-672.html


これが自殺者推移グラフ
2016-1-16自殺者推移2013年3月のデータ

此処で見ると分かるが、1998年3月に突如月間自殺者数がポンと跳ね上がり、そのまま年間3万人超えという高レベルで何年も推移した。

この自殺者件数推移は個人レベルで見ると極めて深刻な問題で、警察とか市町村レベルでも真剣に議論され続けた。
しかしこの急激な増加の原因がさっぱり分からず、何年も関係者の頭を悩ませてきた。

私もこの問題の原因を突き止めれば必ず日本は再生する、そう思ってきた。
そしてその原因が分かったのが以下のグラフ。
原因はデフレだったのだ。

これも2013年3月のエントリーで使ったグラフ、少々古いが問題点は読み取れる。

2016-1-16サラリーマン年収推移 2013年3月のデータ

原因は一言でいえば「デフレ」、これが遠因となって多くの人が死を決意するに至ったのだと思う。

<参考ブログ>
「失われた10年は1998年に始まる」
http://yuyuu1950.exblog.jp/21145425/


このYUYUUさんのブログは今でも十分通用する価値ある論考です。


最後にもう一つ、公共事業費推移を見てみます。

2016-1-16公共事業費推移

見事な右肩下がりのグラフ、特に民主党の3年間が如何に不毛の時代かが良く分かります
デフレからの脱却と未来を築くためには公共事業の復活がカギ、そんな事が分かります

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2016-01-01 16:13

謹賀新年

 謹賀新年、

昨年は色々お世話になり、有難う御座います。本年もどうぞ宜しくお願いします。


矢張り今年のイメージはコレにつきます。天気晴朗なれど波高し。

2015-12-28神奈川沖波裏3

海には大波が襲いかかろうとしていますが、富士は凛としてそこに立つ。




おまけ
ドビッシーの交響詩「海」



おまけのオマケ

交響詩「海」の楽譜初版本表紙

2016-1-1ドビッシーの海初版本楽譜



おまけのオマケ、その又オマケ

大英博物館の土産物売り場でも売っています。

2016-1-1大英博物館の土産物売り場の北斎

世界は見ています。知っています。私も頑張りたい、そんな元旦になりました。
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2015-11-11 15:01

祝初飛行、MRJ

 待ちに待った国産旅客機MRJの初飛行、今日11月11日午前に初飛行に成功した。
何はともあれ嬉しい話である。

2015-11-11初飛行するMRJ

この機体のロールアウトは1年前、その時こんな記事を書いた。

「あひる飛びなさい」から半世紀
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1022.html

戦後初めて作った旅客機がYS11、その苦労話が「あひる飛びなさい」という小説になった。

2014-10-21あひる飛びなさい

あれから半世紀、やっと自前で旅客機を作る事が出来た。
すなおに喜びたいと思う。

しかし開発を始めた当初は日本に飛行機を作らせるなと言う外圧の凄かった時代。だがその後世界の情勢は一変した。
これからは日本の力が無くては良い航空機が出来ない時代。
更に次なる発展への期待が出て来ると思う。
何はともあれ、今日は良い日になりました。
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2015-10-17 21:18

姫路城の伝説

 横浜で高級マンションが傾いている事が発覚した。例えばこんな報道。
“安心”も傾いた横浜のブランドマンション 住民に怒りと不安「はらわた煮えくりかえる」
http://www.sankei.com/affairs/news/151016/afr1510160027-n1.html


所で話は変わるが、私は建物が傾いたと聞くたびに思いだす伝説がある。あの国宝姫路城にまつわる伝説である。

2015-10-17姫路城1


先ずはどんな話かというと

姫路城の伝説
姫路城の公式HPより
http://www.city.himeji.lg.jp/guide/castle/about/history.html

棟梁・桜井源兵衛の死
池田輝政による姫路城築城の時、完成した天守から一人の男が身を投げて自殺したといわれています。その男の名は、城普請にあたった大工の棟梁・桜井源兵衛。

2015-10-17姫路城2

輝政に命じられ、9年間、寝る間も惜しんで仕事に打ち込み、やっと完成した姫路城。しかし、彼には、丹精込めて造り上げた天守閣が巽(東南)の方向に少し傾いているように思えてなりませんでした。
そこで妻を伴って天守に登ると、「お城は立派ですが、惜しいことに少し傾いていますね」と指摘されてしまいます。「女の目に分かるほどとすれば、自分が計った寸法が狂っていたに違いない」とがくぜんとした源兵衛は、まもなくノミをくわえて飛び下りたといわれています。
実際に城が東南に傾いていたのは解体修理で確かめられています。本当の理由は、東と西の石垣が沈んだためでした。

<引用此処まで>


こんな話が有る事は以前から知っていたが、今回の解体修理でその実態が分かった。伝承は確かだった、すばらしい発見である。
棟梁さん、事実はあなたのせいじゃ無かったよ、なにも死ぬことは無かったのにねえ・・・

でも命をかけて自分の仕事を全うする、こんな気概は実に見習うべきものと思う。

所で何故こんな事が起こるか、こんな建物は瓦とその下の葺土の重量が非常に大きい。
だから棟上げを終わった時と瓦を葺いた後では当然寸法など変わってくる。
有名なところでは東大寺の大仏殿、解体修理で屋根瓦を下したところ軒先が1メートルも上に上がったと言う。

まあこんな所が木造建築の難しさなのだが、この姫路城が傾いていた、誰も見ても分からないモノが如何して大工の棟梁には分かったのか、そんな事を昔何かの本で読んだことがある。
棟梁は建築中絶えずまっすぐに立っているかチェックしている。そんなチェックポイントが必ずあるのだと言う。
分かりやすい所では五重塔、まっすぐ立っているかどうかは芯柱最上部から錘を吊り下げてみれば一目瞭然。
そんな風にチェックできるように錘を上から下まで通せるようになっているのだとか。

現代の建築はどうなっているのだろうか。
今はレーザーなどで精密に測量できるはずなのだが、レーザーの光より山吹色の光の方が強いのかもしれないなあ・・。
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2015-09-19 17:37

デザイン・レビューのすすめ

 今回の東日本大水害に関して「防災には訓練が重要」をエントリーしたのだが、そこに浸水した常総市役所の写真を載せた。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1164.html

この浸水した常総市役所、昨年暮れに完成したばかりの新庁舎がこんな被害。市民の皆さんもきっと無念だと思う。

2015-9-17浸水した常総市役所


新聞では「非常用電源浸水した常総市役所、備えの甘さ露呈」、こんな事を書かれている。
だが言われた方の立場なら見れば「無責任な外野席が勝手な言いたい放題言いおって・・・、じゃあ如何すればいいんだ」、、こんな感じではなかったか。

 私はこれを作る時、設計段階で「デザイン・レビュー」をきちんとやっておればこんな事態にならなかった筈だ。そう思っているのだが、その前にこんな話をご紹介。

コメント欄でkoguma さんからこんな指摘を頂いた。
>常総市役所も新築なのであれば、電気設備は屋上に置き、1階は市民ホールとして市役所機能を置かず(うちの県庁舎はそうなっています)、2階以上に市役所機能を置けば被害がかなり異なったと思います。折角ハザードマップがあったのに宝の持ち腐れにしてしまいました。
> 自分の実家の市は過去カスリーン台風で偉い目にあったので、市役所の1階に入るのに敷地内の結構な階段を上ります。水が入らないためです。ただ半地下の出入り口があるので、普段お年寄りはそこからエレベーターで1階に行きます。
> 過去の教訓や研究結果を生かすも〇すも、周りを見回す目を持った人がいるかいないかなのではないかと思います。

貴重なご意見である。そして他の市や県ではこんな事を計算に入れて建物を作っている。そんな所の人から見れば「分かってる事だろ、何考えてんだ」と言われるわけだ。

さてこれからが本題。
そんな事を防ぐために手法として「デザイン・レビュー(略してDR、設計審査と言う)」という事がある。
どんな事か?

デザインレビューとは主に物造りの中で品質システムの一環として使われています。
JISやISOの品質システム、例えばISO9001などで製品を設計したら必ず「デザインレビューをやりなさい」となっています。

具体的には
デザインレビュー(Design Review)とは、製品ならびにその生産から廃棄に至るライフサイクルの設計計画のアウトプットとその導出プロセスに対して、機能、性能、安全性、信頼性、操作性、デザイン、生産性、保全性、廃棄性、コスト、法令・規制、納期などの顧客要求や設計開発目標に関わるすべての品質特性の見地から、妥当性の評価ならびに問題点の摘出を行い、次の設計開発のステップへ移行できるかどうかを判断する組織的活動です。

と何やら難しい話になりましたが、もう少し辛抱してください。

歴史を紐解けば、
この"Design Review"は1950~1960年代に一発勝負で失敗の許されないミサイルや宇宙ロケットの開発や打上げに係わる製品の信頼性確保の必要から生み出された設計管理の手法であり、その後に飛行機、自動車、テレビなど複雑な製品の使用時の品質の確保の手法として適用が拡がった。日本には1970年代に日科技連が信頼性デザインレビュー委員会を設けて普及を図り、1990年代に確立した設計管理の方法論です。

ますます訳が分からない・・・
これは日本が戦後の復興から高度成長と発展していく過程で品質をどんどん向上させてきた。そしていつの間にか品質で欧米を凌駕するようになってきた。そんな過程で欧米流の品質システムに日本流の品質システム(TQC)を取り込んで品質システムを作り上げてきた。それがJISやISOで規格化されたものと言う事です。

要するに
建築でも家電でも自動車でも、設計が出来たらいろんな部署の専門家が集まってしっかり検討しなさい。これは組織的にやりなさい。こんな事なのです。
今回の常総市役所の場合でも、設計ができた段階でいろんな部署に人がそれぞれの目で検討する場を作って検討していたら・・・
そんな所に防災担当の人がいたら、当然こんな発言をした筈だ。
「この土地は洪水の被害を受けやすい土地で、だからハザードマップを作っている。このハザードマップを見てくれ、こんな浸水でもちゃんと機能する市役所にするべきではないのか」、こうではないでしょうか。

そしてkogumaさんの言われる「周りを見回す目を持った人がいるかいないか」、これは組織的に問題点を摘出する活動、これをまとめる人が重要で、それがトップ、リーダーの役目と言う事だと思います。

これは私の勝手な推定ですが、多分建設段階で問題に気が付いた人は沢山いたと思います。しかし何かするにはすべて手遅れ、或いはトップがコレで良いんだと押し切った、こんな事情があると見ています。


そう言えば最近もデッカイ事例があります。東京オリンピックのメインスタジアム問題。
幸い安倍首相がこれでは駄目と見直しを指示した・・・(大英断だと思います)
これから物凄い突貫工事が始まるでしょう。しかし後世の残るとんでもないスタジアムを直前で思いとどまった
これからの関係者のご努力に期待しています。


さてこんな毛唐かぶれのデザインレビュー・・・ 実は違います。
これは日本古来の考え方そのものなのです。

最初に明治維新のポリシー、五箇条の御誓文の第一
一 広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ

こうなっています。これをものの設計段階に具体的に展開したのがデザインレビュー。

オッと待った、オラの事を忘れちゃ困ると聖徳太子。十七条憲法には
十七曰、夫事不可獨斷。必與衆宜論。(以下略)
書き下し分は、
十七に曰く、夫れ事独り断むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし。(以下略)
現代風に言えば、
・ 大事なことは一人で決めずに、必ず皆と相談しなさい

今風に言えば「デザインレビュー」ですが、明治維新のポリシーであり、古くは聖徳太子の十七条憲法でも言われている事です。
色んな所で使えると思います。

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2015-09-17 12:07

防災には訓練が重要

 今回の東日本の大水害、被災された方が苦労されている事、お見舞い申し上げます。
しかし今回の水害で民主党の政権運営がいかに出鱈目だったのか、これがまた一つはっきりしてきました。
治水予算をバッサリ切ってばら撒いたり、太陽光発電の出鱈目政策を推進したり・・・

さて所で今回の水害で、何を学ぶべきか、そんな事が分かる記事があった。


<以下引用>

非常用電源浸水した常総市役所、備えの甘さ露呈
2015年9月17日7時30分
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150916-118-OYT1T50137/list_%2523IMPTNT

 茨城、栃木、宮城3県を中心とする豪雨災害から17日で1週間。

 鬼怒川の堤防が決壊し、浸水被害が広がった茨城県常総市では、市災害対策本部のある市役所本庁舎も浸水し、一時、孤立する事態となった。市は、市庁舎が1~2メートルの浸水域にあるとする洪水ハザードマップを作成していたのに、屋外の非常用電源設備が浸水で使用不能になるなど、災害に対する備えの甘さを露呈した。

 市庁舎は11日午前0時頃、1階が浸水。約2時間後、電源設備が機能しなくなり、1階の屋外に設置していた非常用電源に切り替えた。

 だが、これも浸水により午前4時半頃に使用不能となり、電気が途絶えた。コピー機やパソコン、固定電話が使えなくなり、市災害対策本部は、携帯電話だけで情報のやり取りをするなどの対応を強いられた。

 庁舎は昨年11月に新築したばかり。市財政課によると、非常用電源は市役所機能を約21時間維持できる。だが、軽油約950リットル分の燃料保管庫(高さ2・6メートル、幅2・5メートル、奥行き2・1メートル)が必要で、市の担当者は「庁舎内や屋上にスペースをとれず、仕方なく外に置いていた。浸水は残念だ」と話す。

 庁舎内には当時、市職員約400人と自衛隊員約200人のほか、周辺から約400人の市民が避難してきていた。

 2リットルの飲料水約700本、乾パン約8000個などの備蓄はあった。だが、庁舎から約600メートル離れた高台にある別の施設に保管していたため、11日夜、自衛隊がボートを出し、県や自衛隊が提供した発電機とともに食料を移送してくるまで、避難者にわずかな量しか配布できなかった。発電機は届いたが、庁舎内のほとんどの部署は暗いままだった。

 市庁舎の孤立が解消されたのは、自然に水が引いた12日午前5時頃。市の担当課長は「別の施設に備蓄していたのは、庁舎が浸水した時のためだったが、裏目に出た」と話す。

 自衛隊や消防のヘリが住民たちを次々と救助するなど、救助面での連携は円滑だったが、市は関係機関の機敏な動きに助けられたとも言える。

<引用終り>

これが浸水した常総市役所
2015-9-17浸水した常総市役所

常総市のハザードマップ(部分)
2015-9-17常総市役所付近のハザードマップ
http://www.city.joso.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/6/00705.pdf


何故こんな事が起こるのか、それはハザードマップを作れと言われたから作った、こんな事で訓練がおざなりになっていたのではないだろうか。
どんな事でもそうだが「知っている」だけでは「実際にやれる」と言う事にはならない。だから訓練と鍛錬が必要、これは当たり前だ。
だから今回の水害でも自衛隊の機敏な、そして危険度を良く判断した上でも行動が称賛を浴びている。これは毎日毎日の厳しい訓練の賜物で、言ったからできたではない。毎日訓練していればこそできたと言う事だ。

翻って市役所を水没するような所に作らねばならない、こんな常総市のつらい立場なら、いつも訓練していればどうすればいいか分かりそうなものだ。現についこの間、9月1日は防災の日でそんな訓練をしたばかりではないか。
残念ながら市長さんはバリバリの革新系と聞く。
革新系の何が問題かと言って、「私言う人、あなたやる人」、これに徹しているのが一番問題だろう。
防災とあれほど言っただろ、如何してやらなかったんだ。これがこんな革新系の人の言い草。
言うだけで出来る、そう思って毛沢東は数千万の国民を殺した。こんな事実などとっくに忘れているのだ。
しかし今日もこんな連中が国会内でプロレスごっこをしている。困った事である。


ちょっと話が飛びました。
報道を見ていてどうにも気になる事、それは鬼怒川と言う暴れ川を日本人が如何してきたかという話しが全く欠けているのだ。

これは堤防決壊の少し上流石下大橋から下流を見た所
2015-9-17常総市石下大橋から鬼怒川決壊方面(下流)を見る

右に見えるのが鬼怒川本流、中央やや左に堤防が見え、その左側に常総市の市街地が見える。
川の水面より住宅街の方が低いのがお分かりいただけよう。

実はこの決壊ヶ所から下流、隣町の守谷市から上流(決壊した常総市方向)を見るとこうなっている。
2015-9-17守屋市板戸井の滝下橋から鬼怒川決壊方面(上流)を見る

これは15キロほど下流の滝下川付近からの写真だがここでは鬼怒川はまるで掘割の様に丘陵地を流れている。
こんな風に自然にできる訳ではない。これは江戸時代の初期、1629年(寛永6)年,大木開削と言われる開削工事を行い、鬼怒川と小貝川を切り離したためである。この工事で常総市役所のあるところ辺りが農地や宅地になった、こんな歴史がある。

この結果鬼怒川はこんな河川勾配の川になった。
2015-9-17鬼怒川河川勾配図
ソースはこれです。専門的で難しいですが興味のある方はどうぞ
http://www.kasen.or.jp/c_study/pdf_study02b/study02b_25.pdf


常総市辺りでは河川勾配は2500分の1程度、これで川の流速が確保できたので土地が有効に使えるようになった。
1629年(寛永6)年,江戸時代も初期の頃である。徳川家康の命で完成した治水工事と言う。
こんな400年も前のご先祖様の苦労のお蔭で今の日本人の暮らしが成り立っている。こんな事はレンホーなどには判らんだろうなあ。

しかしこんな凄い工事、川の勾配が2,5キロ先で1メーターの落差になるような工事。これをを機械も何もない時代、如何してやったんだろう。パワーショベルもダンプカーも無い、全部人力だけだ。そしてトランシットもないのにどうやって測量したんだろう。
水を流すのである。いい加減な工事で流れる筈が無いのだ。
(注:河川勾配と言っても分かりにくい、身のまわりの用水路などは最低千分の1以上の傾斜)

そんな時、多分こんな風に測量したのではないかと言われているものがある。提灯(ちょうちん)測量と言う。

2015-9-17提灯測量1
2015-9-17提灯測量2
(これは新潟県で昔の測量の再現を行ったときのモノ)


ご先祖様はこんな苦労をして土地を作ってきた。現在日本に住む日本人はこんな先人の苦労をこんな時こそ思い出してみるべきだと思う。
そんな事で今我々がやるべきことは先ずこんなインフラの保全であり、日常の訓練なのだと思う。

大変な被害に遭われた方、復興は大変ですが更にこれからも一層の防災訓練をする必要がある事を知っていただきたいと思います。そしてこんな地形は日本中どこにでもあります。是非身の周りを見て今後の防災訓練に役立ててほしいと思います。

  1. 社会一般
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2015-09-09 13:52

繁栄のヒント 直感力を重んじよ  < 日下公人 氏のコラムより

 雑誌WiLLに日下公人氏の「繁栄のヒント」といいコラムがある。この10月号の記事が大変面白い。
ただ紙情報では扱いにくいので記録の為スキャンして電子情報化した。
参考までにブログにアップします。

<以下WiLL10月号から引用>

   日下公人
繁栄のヒント
直感力を重んじよ


 自分が考えたことを他人に伝える話し方には二通りがある。一つはたとえ話でもう一つは論理である、とギリシャ人は考え、それにアナロジーとアナリシスの名前を付けた。翻訳すれば「類比」と「分析」である。

 あるアメリカ人は「日本人は力二でアメリカ人は鷲(わし)だ」と言ったが、この譬え(たとえ)はアメリカ人にはパツと分かるが、日本人には分からない。だから日本で売りたい本なら別の例え話を考えなさい、と返却したことがある。

 例え話はイメージの世界だから、自分にはプラスのイメージがあるものを使い、相手には慰安婦とか高利貸しとかを使うと、それは宣伝戦に勝つ道になる。

 小学生の頃、お互いに悪口の言い合いをしたが、「お前のカアちゃんデペソ」と言われた時、違う、違うと言い返したのは、我ながら喧嘩が下手だった。

 支那事変が二年目に入ると、「お前のトーちゃん支那人か、蒋介石に雇われて一銭五厘の月給で三銭五厘の靴履いて……」という悪口が流行ってきたが、話を貧富の差に転じ、徴兵と雇われ兵の違いに着目した知恵には感心した。

 後年、日米経済摩擦で、日本市場は閉鎖的だからドアを開けろとアメリカに言われた時、國廣道彦公使(当時)は「日本のドアはスライディングドアだから、正面から押しても開かない。丁重に礼儀正しく横に滑らせれば開く」と反論した。アナロジー戦で勝つ好例だと感心したが、アメリカ人はアナロジーで反論するとは交渉に負けた証拠だと思っているらしかった。

 アナロジーに潜む深い含意を考える教育がアメリカにはないためである。

 その点、日本は違う。菅原道真の頃から、文章はアナリシスで書くものとアナロジーで書くものとの両方だと分かっていた。弘法大師も菅原道真も、漢文と和歌の両方で同じ気持ちを書くことができたが、それが文章博士である。

 それは外交で勝利を重ねる道でもあった。安倍首相が米上下院合同のスピーチで大成功を収めたが、それをマスコミはアナリシスで解説しようとして失敗した。マスコミには、心で考えてアナロジーで表現できる人がいないのである。

 子供の時から机上の勉強ばかりしていると、ロジカルシンキングの勝者にはなれても、例え話や冗談の世界の人気者にはなれないのである。

 それからもっともっと大事なことは、理屈ばかりで考えていると閃きやアイデアが消え、直感力や洞察力も低下するということである。それが、ロジカルシンキングを売り物にしている大学に志願者が集まらないという危機にも繋がっている。

 天才は誰でもそうだが、閃きはふっと浮かんでくるものだが、それを他人に言う時はロジカルに再構成して話す。他人は仕立て直して再構成したことだけを聞くからロジカルシンキングした結果だろうと思うが、そんなことはない。

 将棋の名人の加藤一二三氏は「直観精読」と色紙に書かれるが、まず閃くものがあって、それからしらみつぶしに読むという意昧だろうと想像する。ロジカルシンキングは後半の詰めだけでのように思えるが、実際は精読のなかにも新しい思いつきがある。だが、発想を教える大学はない。大学院を作っても同じである。

 直感力大学というのがあればよいと思うが、それでは教えたり書かせたり採点したりできないから、大学は授業料が取れない。

 まるで無言の行をする禅寺のようなものになるが、それを落語は笑い話にして、禅師が蒟蒻(こんにゃく)屋に「仏の道は」とか「三千世界は」と手真似で問い掛けると、蒟蒻屋は自分の商売のことかと考えて手真似で答える。指三本は一丁三文の意味だとか、アカンペーは値下げは断るの意味だが、「眼下にあり」と深遠に解釈して禅師が逃げ出すというオチである。

 アベノミクス論や金融大破局も、アナロジーでやれば面白いのに。


くさかきみんど
一九三〇年生まれ。東京大学経済学部卒。日本長期信用銀行取締役、(株)ソフト化経済センター理事長、東京財団会長を歴任。現在、日本ラッド監査役、三谷産業監査役。近著に「日本の将来はじつに明るい!」(ワック)。

<引用終り>

こんな難しい禅問答みたいな話を具体的に如何するかが問題なのだが、まあ今日は重陽の節句・・・関係ない!!・・
ノンビリ考える事にします(笑)。

尚本文中に日下公人氏がこんな事を言っています。
「「お前のカアちゃんデペソ」と言われた時、違う、違うと言い返したのは、我ながら喧嘩が下手だった。」
これが今も現実に起こっています。
慰安婦がァ~、慰安婦がァ~と言われているのに「違う、違う」、これをいくら言っても効果が無いのが現状。
現代の慰安婦を送り出している国はオマエラだ!、だから慰安婦は全部逮捕するんだ、強制送還だ!、さあ5万人強制送還だ!、これでなくてはいけません。



・・・オマケ・・・

蒟蒻問答とはこんなモノ、これは六代目春風亭柳橋の語り。



尚、話のあらすじはここ参照
http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2005/02/post_6.html
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2015-09-09 10:18

豆台風通過

 本日当地方は台風18号がやってきました。マスゴミ流にいえば直撃。
まあ雨台風ですから風は大したことは無い。

でも先ほど台風の目らしきものを見ましたのでご紹介
これは知多半島中部での写真。
2015-9-9本日朝9時45分台風の目通過996hPa

9月9日(重陽の節句です!)午前9時45分の空、一瞬風、雨がやんで少しだけ青空がのぞいた。
ただいまの気圧は拙宅の気圧計では996hPa(校正してないので不正確ですが)でした。

風は大したことはありませんが、大雨なのでそちらの方にご注意を。

なお今しがたから風が変わりました。上掲写真を撮る直前までは東の風、でも先ほどから西寄りです。

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2015-08-11 16:46

日本の統治とアメリカの統治

 8月は例年の事だがマスゴミが戦争一色に染まる月だ。しかも戦争と言っても色んな側面があるのだが、報道するのは日本がアメリカに空爆を受けた、その一点しかない。
確かに戦争は悲惨だが、もう二度と戦争しませんと言うだけで平和が維持できると言うほど世の中甘いもんじゃない。

所でそんな報道の中で日本の戦争について、アジア(注:除く特亜三国)では日本を非難する声など聞いた事が無いと言う記事を見つけた。

<以下引用>

戦後70年、「日本軍が侵略した」と騙るすべての人へ
http://shuchi.php.co.jp/rekishikaido/detail/2455
2015年08月04日 公開
井上和彦(ジャーナリスト)

2015-8-11井上和彦氏のブログより


 2年前、10万部を突破した『日本が戦ってくれて感謝しています』(産経新聞出版)で話題を集めたジャーナリストの井上和彦氏が、新著『ありがとう日本軍』を上梓した。
 「写真集を手にする感覚でご覧いただき、先の大戦を追体験していただきたい」「今こそ、日本人としての誇りを取り戻してほしい」。「そこまで言って委員会NP」をはじめ数多くのテレビ番組のコメンテーター、キャスターも務める井上氏が、戦後70年のタイミングで執筆した本書に込めた想いを伺った。

現地で一度も耳にしなかった、日本軍への非難
・・・中略・・・

「日本のおかげで、アジアの諸国は全て独立した」
――しかし、日本軍がアジアを「侵略」をしたと語られることもあります。
井上 日本が大東亜戦争を戦った理由、それは自存自衛とアジアの解放に他なりません。戦後、タイ王国のククリット・プラモード首相(引用者注:Kukrit Pramoj、1911年 - 1995年、1975年から1976年にかけて首相、タイのラマ2世王の孫カムロップ親王の子)
 「日本のおかげで、アジアの諸国は全て独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日東南アジアの諸国民が、米英と対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか」
 と書き記しています。この言葉が、あの戦争が何であったか、そのすべてを表わしているでしょう。

 また、「日本軍=侵略者」と騙(かた)る際に、日本人が現地の人々にビンタなどの「暴力」をふるったと指摘されることもあります。しかし、私はテニアンで、日本軍が現地の人々に厳しく接したことへの感謝の言葉に出逢いました。そこで出会った日本人女性が、テニアンの年配者から聞いたというこんな話をしてくれたのです。この女性によれば、
 「この島のお年寄りたちは、『戦後やってきたアメリカは、たしかに援助はしてくれた。けれど、気づけばビザとハンバーガーとペプシコーラを与えられるだけで、島民はおかしくなってしまった。ところが比べて日本時代は、確かに日本人は厳しかったが、モノをただ与えられる今に比べてほんとうに幸せな時代だった』と言ってますよ。皆、日本時代を懐かしがっているんですよ…」
 というわけです。働くことや学ぶことに日本人は厳しかったが、そこには現地の人々の暮らしを向上させようとする“愛”があったのです。だからこそ日本時代を知る年配者は、日本時代への郷愁を感じているのです。

 まさかテニアンで、こんな話を聞けるとは思っていませんでした。世界中がこうした事実を知っているからこそ、私自身、各地で「日本軍を尊敬している」「日本軍に憧れている」、そして「ありがとう、日本軍」と声をかけられたのです。

・・・以下略 詳細は上掲リンク先参照ください。


所でこの話、どこかで聞いた事が有ると思ったらサイパン島でも似たような話が有った。

以下ブー子のブログさんより引用

チャロモ人のおじいさんが語ってくれた日本人
http://ameblo.jp/boolbool/entry-11083005983.html

陛下のサイパンでの慰霊には私も感動しました。現地には2度程行きましたが、スーサイドクリフもバンザイクリフも、そこに立つだけで恐怖を感じる断崖絶壁です。逆に言えば、それだけ確実に死ねる場所だという事になりますが・・・。

「当時の日本人は、少しでも日本に近づく北へ、北へと逃げ最後に追い詰められてここで自ら死を選んだ」と教えてくれたチャモロ人のお爺さんは、

「そんな状況であっても日本人はチャモロ人を守ってくれた。今でもチャモロ人は日本人を尊敬している。漁をして、ジャングルの木の実を食べるという原始人が住む島に、港を作り、鉄道を敷き、学校を建て、どうすれば現代人として、暮らせるかを、教えてくれたのは日本人だ。

その後に来たアメリカは我々に復興という理由付けでお金を恵んでくれた。

しかし、それだけだ。

我々の親達が学んだ、労働の対価として収入を得、それを励みに労働する喜びを味わうという、尊い精神を今の世代は忘れている。

どちらが幸せなのかは、私にも解らない。」

と話した後に、子供達に向かって「貴方達には大和魂があります。世界一素晴らしい大和魂です。
立派な日本人になって下さい。」と言って頂きました。

最後列で聞いていた私を見て一人の子供が、「おじさん、泣いてんの?」て言われて我に返りました。もう14年も前の出来事です。
2009/06/06

(引用者注:このブログが2011年のモノ、また今上天皇陛下のサイパンご訪問は平成17年(2005年)6月なので、そんな時期の記事です)
<引用終り>


この話の肝心なところは最初のテニアン島に事例が
『戦後やってきたアメリカは、たしかに援助はしてくれた。けれど、気づけばビザとハンバーガーとペプシコーラを与えられるだけで、島民はおかしくなってしまった。ところが比べて日本時代は、確かに日本人は厳しかったが、モノをただ与えられる今に比べてほんとうに幸せな時代だった』

またサイパン島に事例が
『漁をして、ジャングルの木の実を食べるという原始人が住む島に、港を作り、鉄道を敷き、学校を建て、どうすれば現代人として、暮らせるかを、教えてくれたのは日本人だ。その後に来たアメリカは我々に復興という理由付けでお金を恵んでくれた。しかし、それだけだ。
我々の親達が学んだ、労働の対価として収入を得、それを励みに労働する喜びを味わうという、尊い精神を今の世代は忘れている。』



最初にお断り、冒頭引用した井上和彦氏の話は直近のモノで信頼できる話。
しかし後半で引用したブー子さんのブログについては私も知識が無く、詳細確認できない。ただお二方の話がいやに似ているしサイパン島とテニアン島は7,8キロしか離れていないので同じ人から聞いた話かもしれない。
そうだとするとブー子さんの話の方が先なので、どちらも本当だろうと言う事で引用させていただいた。ご了承いただきたい。


そして私が言いたい事。
この話は日本が海外で仕事をしていくとき何をしてきたか、日本人は基本的に共存共栄である。
しかしアメリカ流は食料や金銭など援助はする。しかしそれだけ。
だからアメリカが援助した所は何時まで経っても自立できないし腐敗が蔓延する。
これが欧米流と日本の援助の仕方、仕事の仕方の際立った違いなのだと思う。

そしてこれがタイのプラモート首相をして「日本のお蔭でアジア諸国はすべて独立した」と言わしめたところだと思う。


慰霊の8月は先人がアジアで流した汗にも注目していきたいと思っている。
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2015-07-26 22:29

今に生きる和辻哲郎の慧眼

 哲学者の和辻哲郎が実に素晴らしい事を言っている。
それは「日本の悲壮な運命」なのだと言う。そして戦前、昭和12年に書かれたものだが現代にも十分通用する。
そんな事で和辻哲郎がどんな事を言っているか書いてみたい。

最初にこの話は宮崎正弘さんのメルマガの中の読者の声に載っていたものだ。
宮崎正弘の国際ニュース・早読み(中国メディアに日本の某新聞や反対団体の暗合)  発行日:7/22
http://melma.com/backnumber_45206_6238604/
此処の読者の声3にその和辻哲郎の話が載っている。
尚この読者の声欄の「2」で短足おじさんの一言を紹介していただいた。まことにありがたく感謝しております。

尚この和辻哲郎の話はNINJA300さんの以下ブログでも取り上げられている。
http://ninjafighter.blog.fc2.com/blog-entry-1460.html

そしてアメリカの対日政策に関して、NINJA300さんの以下ブログも参照ください。
http://ninjafighter.blog.fc2.com/blog-entry-1435.html

それからGHQのWGIPについては友遊さんが以前から色々とり上げているが、最近の以下エントリーが興味深い。
http://yuyuu2013.blog.fc2.com/blog-entry-3952.html



さて本論の和辻哲郎だが、上掲宮崎正弘氏のメルマガの読者の声、これの投稿者「三猫匹」さんは和辻哲郎の文章を引用に当たってこんな事を言っている。
和辻の論考について
一.本稿で、和辻は主として英米のconventional(慣習的)な敵意を指摘しており、共産勢力の企画的な敵意については論考していないし、同じく、戦時の言論として、国内的な不都合事もここでは論考していない。

こんな事を念頭に見ていただきたいと思います。

では和辻哲郎の話ですが、昭和12年9月の『思想』誌に、和辻哲郎が「日本の悲壮な運命」を指摘する文章です。
題して「文化的創造に携わる者の立場」

では引用です。
「日本は近代の世界文明の中にあってきわめて特殊な地位に立っている国である。20世紀の進行中には、おそかれ早かれ、この特殊な地位にもとづいた日本の悲壮な運命が展開するであろう。あるいはすでにその展開が始まっているのであるかも知れぬ。
 日本のこの特殊な地位は世界史的に規定せられているのである。世界史上にこれまで高貴な文明を築いたものは、西アジア・ヨーロッパ文化圏のほかにインド文化圏、シナ文化圏を数えることができるが、近代以後にあっては、ヨーロッパの文明のみが支配的に働き、あたかもこれが人類文化の代表者であるかのごとき観を呈した。従ってこの文明を担う白人は自らを神の選民であるかの如くに思い込み、あらゆる有色人を白人の産業のための手段に化し去ろうとした。もし19世紀の末に日本人が登場し来なかったならば、古代における自由民と奴隷とのごとき関係が白人と有色人との間に設定せられたかも知れぬ。しかるに日本人は、長い間インド及びシナの文化の中でそだって来た黄色人であるにかかわらず、わずかに半世紀の間に近代ヨーロッパの文明に追いつき、産業や軍事においてはヨーロッパの一流文明国に比して劣らざる能力を有することを示した。さらに精神文化においても、インド人やシナ人自身がすでにその本質的な把握を失い去っている高貴な古いインド文化、シナ文化を、今なお生ける伝統として血肉の中に保存し、これに加えてギリシア文化の潮流に対しても新鮮な吸収力を有することを示した。
 
この現象が、ヨーロッパの文明のみを人類の文化の代表と考えて白人を神の選民とするヨーロッパ人の確信に、不安な動揺と脅威とを与えたのである。だから20世紀が「黄禍」という標語とともに幕を開いたのは偶然でない。近代文明の点においてはなおきわめて幼稚であった40年前の日本の勃興が、直ちにジンギスカンのヨーロッパ席捲を連想せしめたごときも、日本人の能力がいかにヨーロッパ人にとって予想外であったかを示しているのである。

 日本人のつとめたこの役割は、本質的な方向から言えば、十億の東洋人の自由の保証である。この自由なくしては、公正な意味において、人類の文化を云為することはできない。しかしながら、この新しい事態は、白人の希望に反して目前に成熟しつつあるのであって、いまだ十分にその承認を得てはいない。白人は本能的にこの事態を好まないのみならず、また彼らの産業の利害がこの承認を拒否する。たとえば英国の産業は日本の産業に対して公平な競争を拒んでいる。
 その理由は日本の労働者の生活程度が低いからである。彼らによれば労働者の低き生活程度、従って低き文明にもとづく日本人の産業が、高き生活程度、従って高き文明にもとづく英国人の産業を脅かすことは、まさしく文明にとっての危険である。文明のために日本の競争は防圧せられねばならぬ。しかるに英国の労働者の労銀が高いということは、四億のインド人を手段とするという立場に立つがゆえに可能なのである。文明の防衛とは四億のインド人を奴隷状態に置くことの防衛にほかならぬ。しかもこの防衛を脅かすものは、有色人もまた白人と同じき権利を有することを事実上立証した日本人である。してみれば日本人は二重の意味において英国人の生活を脅かしていることになる。これは一例であるが、日本人はかかる〇方(処方か:注)で「世界」に、すなわち白人の世界に、危険をもたらしたのである。

もし近代文明の方向が護り通さるべきであるならば、危険な日本は抑圧せられねばならぬ。この点において白人の国々はすでに連係して日本に対抗して来たのである。世界大戦後の平和会議において日本の提案した人種平等案は、世界史上画期的な意義を有するにかかわらず、できるだけ小さく取り扱われた。そうしてその後まもなく、ワシントンの軍縮会議は、世界平和の美名の下に、シナを媒介に用いつつ日本を抑圧することに成功した。日シ間の離間はこの時以来拍車をかけられたのである。英人がインドの資源を開発し、米人がアメリカの資源を開発することは、すべて文明の進歩を意味したが、日シ連携の下に日本がシナの資源を開発することだけは、あくまでも妨害さるべきことなのである。シナにおける抗日の激成は日本を抑圧するもっとも有効な手段として、シナ側の以夷制夷と相表裏しつつ、きわめて巧みに推し進められた。
 日本が発展することは常に抑圧に値する。発展の度が高まれば抑圧の度も高まるであろう。これが日本の運命なのである。日本人がその発展を断念しない限り、日本人は悲壮な運命を覚悟しなくてはならぬ。軍事的な運動を始めると否とにかかわらず、この運命は逃れられない。しかもこの運命を護り通すことは、究極において十億の東洋人の自由を護ることである。その実現は容易でないにしても、方向はそれを目ざしている。人類の文化が正当に云為され得るのは、かかる自由が保持された上でなくてはならない。―後略―

(注:ここで「処方」と記載しましたが、原文はここがスキャンして電子情報化する段階で文字が読みとれていません。「〇方」なので他に適当な言葉が見つからず、暫定として処方としました)

<引用此処まで>

素晴らしい、正に慧眼である。そしてこの「英米のconventional(慣習的)な敵意」は実は今も猶続いている。
但しそれが歪んだ形で現れることが多いのが特に問題なのだ。

例えば最近の韓国の日本敵視政策、それが遂にこんな形になって表れた。

「日本だけは地球上から絶滅させねば」 韓国メディア

何ちゅうことを言うのかと思うのだが、これがごく当たり前の韓国メディアの論調なのだ。
詳細はよもぎねこさんの以下ブログ参照ください。
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5217.html

韓国がこんな事を言うのは実は「アメリカ様も内心そう思っているんだ」という確信がある為なのだ。
和辻哲郎が以下のように指摘している。
「ヨーロッパの文明のみを人類の文化の代表と考えて白人を神の選民とするヨーロッパ人(引用者注:アメリカ人も当然含む、いや今はアメリカ人が主体)の確信に、不安な動揺と脅威とを与えた」

こんな事が根底にあるので韓国人の無茶苦茶な暴言が出てくる。
この件は日本人がしっかり頭に入れておくべきだろう。

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2015-06-28 14:37

見えない向こう側へのチャレンジ

 歴史通7月号に筑波大学の古田博司教授の話が載っている。これが私には大変興味深い。
しかもそれが「羯諦羯諦(ぎゃあていぎゃあてい)」という謎の呪文にも結び付くのだが、ちょっとそんな話など纏めてみた。

さてどんな話になるのか、はたまた妄想か・・・


最初に古田博司氏の話はと言えば・・・

「近代が終わってあがく日本国 ー「向こう側」の哲学から「今」を見るー」

と言う事なのだが、この向こう側が良く分からない。詳しくは以下の本を読めと書いてある。
「ヨーロッパ思想を読み解く --何が近代科学を生んだか」
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480067937/

私もこの本は早速amazonで注文したのだがまだ届かない。
しかし言いたい事はカントやヘーゲルなどのドイツ哲学では「こちら側だけの普遍的な知識を求めているが、理由や根拠は見えない向こう側にあるから駄目だ」とまあこんな話。

その向こう側に飛ぶために実例としてトヨタの例を挙げている。こんな話だ。

トヨタ自動車が2016年3月期、2兆円を超える利益を出し、3年連続で最高益を更新する見通しとなった。豊田章男社長は、「チャレンジしなくなれば必ず成長は止まる。結果が出る、出ないではなくチャレンジし、実践する段階に入った」(引用者注:この件は文末参照)と5月8日の記者会見で強調した。そうなのだ。グローバリゼーションとは、永遠のサバイバルの時代なのである。こちら側をどんどん便利にして、「無知の苦痛」を減らし、「知の快」を増やしてゆく、その為には直観と超越でつぎつぎとイノベーションしていかなければならない「向こう側」へ飛ぶのである。

<引用此処まで>


なるほど、見えない向こう側へのチャレンジか。結果が出る出ないではなく、実践することか。

そんな事を考えていてこんな図を思い出した。

2015-6-28アインシュタインの思考方法

これは二十数年前のNHKのアインシュタインロマンに出てきた「アインシュタインの思考」についての説明。
詳しくはこんなモノ。

2015-6-28アインシュタインの思考方法setsumeizu

ここでEはじかの経験、Aは高利系、SはEに関連付けられる
そして下から上へのカーブした矢印、これがアインシュタインの指摘するジャンプ。
詳細は以下参照ください
http://blogs.yahoo.co.jp/mochy2156/41987419.html


そうか、ジャンプかぁ、それならと言う事で思い出した呪文がある。
「羯諦羯諦(ぎゃあていぎゃあてい)、波羅羯諦はらぎゃあてい)、波羅僧羯諦(はらそうぎゃあてぃ)、菩提薩婆訶(ぼだいそわか)。般若心経」

ナニ! 般若心経だと! そうか短足も遂に年貢の納め時が来たか・・・ と言う話しはちょっと置いといて・・・(笑)

私がタイ時代にタイ人のモノの考え方を知るためにタイの仏教も少々勉強した。(ほんの少しです)
狙いはタイ人にお説教する時、例えばごみをポイ捨てするなと言うとき、「お釈迦様も言ってるだろ、だから駄目だ」と言うのが仏教徒のタイ人には一番有効だったためだ。
そんな事でタイのお寺もアチコチ見て回ったが、小乗仏教の国タイにも大乗仏教の寺も有るらしい。あるお寺の写真を撮っている時中から読経が聞こえてきた。勿論聞いても何が何やら全く分からないのだが・・・
「パンニャ~パ~ラ~ミィタ~」と聞こえるではないか。如何聞いても般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)と聞こえる。
(注:この摩訶般若波羅蜜多心経と言う経典は原始仏教の数百年後、大乗仏教が出来る時に成立した時に出来た、だから大乗仏教用の経典)

日本の経典はサンスクリット語を漢訳したもので、だから原則漢文である。しかし所々漢訳せず原語のサンスクリット語のままになっている(真言(しんごん)と言う)。この羯諦羯諦(ぎゃあていぎゃあてい)も般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)もサンスクリット語だ。
タイの仏教は上座部仏教で経典はパーリー語だがこれはサンスクリット語と同系統。
だから般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)と「パンニャ~パ~ラ~ミィタ~」、良く似ている訳だ。

そして訳が分からないのは羯諦羯諦(ぎゃあていぎゃあてい)である。研究者は「行けよ、行けよ、彼岸に行けよ」と訳している。彼岸とは向こう岸だが悟りの境地の事。だから悟りの境地に行けよと言っている。
しかし良く分からない。

タイのある所でサンスクリット語の「羯諦(ぎゃあてい)」には実践すると言う意味があると聞いた。此れなら「実践せよ、実践せよ」で何となく意味が分かる。
そして仏教とは元々自己実現のための教え、そう思えば何となく分かる気がする。


そして今回古田博司氏の「見えない向こう側へのチャレンジ」との事。
此れで私としてはミッシングリンクがつながった。古田教授は向こう側、仏教では彼岸と言う訳だ。
だから見えない向こう側へのチャレンジと結果を恐れず実践すること。なるほどだ。

良く考えて見れば子どもは中学校から高校へ、高校から大学へ、大学から一般社会へ、皆そのチャレンジをしている訳だ。
先ずは実践か・・・
古田先生も、豊田社長も、アインシュタイン博士も、お釈迦様も、みんな同じことを言っている。
今日は大いに納得しました。


最後に冒頭引用したトヨタの豊田社長の話がどんなものか、その報道を引用します。参考になると思います。

<以下引用>

http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20150525-00015302-president-nb

日本初の純利益2兆円突破! それでもトヨタの危機感
プレジデント 2015/5/25 15:15 ジャーナリスト 山田清志=文


チャレンジしなければ成長が止まる

 「これからの経営テーマは、チャレンジし続けるということ。効果が出ないときもあるかもしれないが、チャレンジしなくなれば必ず成長は止まる。結果が出る出ないではなく、チャレンジし続ける、その実行段階が始まった」

 トヨタ自動車の豊田章男社長は、5月8日に開いた決算発表会見の席上でこう強調し、「意思ある踊り場から実践する段階に移ってきた」と宣言した。

 ちょうど1年前、豊田社長は2014年度を「意思ある踊り場」と位置づけ、量を追わずに質を高め、将来の成長に向けた足場固めを優先する方針を打ち出した。しかし、2014年度の業績は“踊り場”どころか、本業の儲けを示す営業利益が前年度比20.0%増の2兆7505億円、純利益は同19.2%増の2兆1733億円とともに過去最高。円安の追い風があったものの、純利益については日本企業として初めて2兆円を突破した。

 それだけに、豊田社長がどんな発言をするのか注目されていた。その口から出てきたのは“最高益”という言葉ではなく、むしろ危機感だった。そして、何度も「チャレンジ」という言葉を口にした。

 「トヨタでは、打席に立って1割しか打てないなら、ゼロ打数ゼロ安打が評価された。仮にヒットが打てなくてもバッターボックスに立った人が評価される会社にしたい。チャレンジし続ける人材を育成することが自分の一番大切な仕事だと考えている」

今年は大きな分岐点という理由

 かつてトヨタにも「チャレンジ」という言葉をよく口にした経営者がいた。それは奥田碩元社長だ。1995年8月に社長に就任するや否や、閉塞感に陥っていた社内に向かって「何もしないことが一番悪いことだ」と新しいことにチャレンジすることを訴え、社内改革を進めた。その結果、社内の雰囲気は徐々に変わり、会社も大きく発展した。

 今回はその時以上に会社が発展する可能性があると言っていいかもしれない。なにしろ、創業家社長ということで、求心力があり、社員の間で豊田社長を盛り立てようという意識も強いからだ。

 その一つとも言えるのが「もっといいクルマをつくろうよ」ということだ。これは豊田社長が社長就任以来言っていることで、今や社内の隅々にまで浸透している。その結果、開発部門だけでなく、さまざまな部署でいいクルマづくりについて考えるようになり、いろいろな提案が出るようになったという。

 そして、今年後半にはその思いを基本にしたTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)という新しい開発手法を用いた第一弾のクルマが投入される。「20年頃には世界の半分がTNGA車に切り替わる」と豊田社長。

 一方、製造現場である工場では、「もっといい工場づくり」が着々と進められてきた。各工程でさまざまな改革が行われ、その数は数え切れないほどだそうだが、端的に言うと、工場新設に必要な初期投資を4割減らすことができるという。今後建設されるメキシコ新工場や中国新ラインでは、「もっといい工場づくり」で培った改革がふんだんに活かされる予定だ。

 トヨタは2015年度の営業利益を2兆8000億円(前年度比1.8%増)と見込んでいるが、TNGAを活かした生産・販売の拡大が想定を上回れば、3兆円台も夢ではないだろう。しかし、豊田社長は「今年は持続的成長に向けて踏み出すのか、これまで積み重ねた努力にもかかわらず元に戻るのか、大きな分岐点」と一切浮かれた様子を見せない。その辺りがトヨタの強さの秘密と言えるかもしれない。

<引用終り>
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2015-04-20 16:39

正面衝突事故の思い出から法匪の話へ

 福井地裁と言う所は正しく法匪(ほうひ、但し放屁ではない)の巣窟らしい。
先日の高浜原発3・4号機の再稼動差し止めを認める仮処分、これで正しく法匪間違いなしの樋口英明裁判官。
しかし法匪はまだまだいたと見えて、同じ福井地裁で又してもトンデモ判決が出た。出したのは原島麻由裁判官。
ざっと言ってこんな事件である。

2012年、国道8号線での正面衝突事故。

2015-4-20福井の正面衝突事故

この事故で右側の車の助手席に乗っていた車の所有者が死んだ。運転していたのは当時19歳の男子大学生。
しかしこのクルマの保険、運転者限定だったので保険は出ない。
そこで事も有ろうにぶつけられた左側の白いプリウスの人を訴えた。

その判決が「被害者側に過失が無いことを証明できないから」と言う理由で4000万円賠償せよ!
この判決を出したのが法匪、原島麻由裁判官である。日本の司法が此処まで劣化していたのかと改めて愕然とせざるを得ない。
尚この件はno-risuさんが詳しく解説されているので以下参照ください。
http://norisu415.blog.fc2.com/blog-entry-2237.html

no-risuさんが全部詳しく解説されているのでこれ以上は不要でしょう。
そこで私の体験から「過失が無いことの証明」などという事がいかに詭弁か、そんな所を書いてみたいと思います。


正面衝突を目の前で見た話

これは私が車の正面衝突事故を目の前で見た時の体験記です。
正面衝突事故は事故車を見ることは有っても実際目の前でぶつかったのを見ることは極めてまれ。私も百万キロ以上乗っていますが、このケースのただ一度だけ。

もう何十年も前です。その日仕事を終えて帰途につきました。自宅まで後6キロほどの所まで来たとき、道路がやや混んでいて数珠つなぎ状態でした。時刻は夜8時ころ。道路は昔でいう2級国道で片側一車線の道路、左側は海の護岸堤防、右側は市街地はずれでまばらな民家や工場の有る所で見通しも結構いい所でした。

私の2台後ろを走っていたライトバンがノンビリ走行に嫌気がさしたのか、追い越しを始めました。
この道路は制限速度は50キロで追い越し禁止区間でしたが、強引に抜こうとしたのです。
私の車を抜きその前の車と並んだところ辺りで、前から来た小型トラックとまともに正面衝突しました。
ぶつけたライトバンは衝撃で私のクルマの前に真横を向いて止まりました。ぶつけられた小型トラックはその場で横倒し。

幸い私は衝突する直前にはブレーキを踏んでいましたので事故車が目の前に飛び出してきても難を逃れました。
そこで安全な所にクルマを止め、怪我人救助を始めました。ぶつけたライトバンはドアが開かず、運転手はハンドルに顔をつけたまま、ぶつけられた小型トラックは横転した中に若い男女が乗っており血だらけでした。
集まってきた野次馬に救急車と警察を呼んでくれと頼み(まだ携帯電話の無い時代です)、それから怪我人を車から引きずり出しました。
そこへ急を聞いて近くの交番から警察官がバイクでやってきました。「事故の状況は??」と聞くので、「何いっとる、怪我人を助けるのが先だ!」と怒鳴った事を覚えています。
お巡りさんは「ハッ」といって敬礼し、連絡に走りました。
私も後にも先にもお巡りさんを怒鳴ったのも、お巡りさんから敬礼されたのもこの時だけの経験・・・・

この事故から正面衝突が何故起こるのか私なりに理由が分かったと思っています。
今回のケースで対向車線に飛び出し、追い越してゆく車は反対側から車が来ているのを全く認識していません。
多分視野には入っていた、しかし「見えども見えず」状態だったと思います。
ほんの何分の一秒かの事ですがそうだと思います。

一方反対から来て正面衝突されたクルマはまさか自分のクルマのところまで突っ込んで来るとは思わなかった、だから衝突直前、対向の小型トラックはヘッドライトをパカパカッとやって、ホーンをバーと鳴らした瞬間、ぶつかっていました。そりゃあ、対向車にぶつけられる経験など殆どの人はしたことが有りませんから無理ないと思います。

こんな事で正面衝突と言うのはぶつけるほうは見えども見えず状態、ぶつけられる方はまさかぶつかって来るなんてと思っていた。こんな事だと思います。

そう考えると福井地裁の法匪共の判決、実に許せない
こんな時「過失が無いことの証明」、こんなことが出来るでしょうか。
福井地裁の法匪どもは事実と言うモノがどういうモノか全く知りません。だからこんな絵空事を平気で言うのです。


所で私の事故体験談は続きが有ります。
間もなく救急車とパトカーが到着し、怪我人を運び始めたので、私は警察官に目撃者だという事、必要なら詳細を説明しても良いと言うこと。そして住所氏名と私の帰宅後の予定、当時家人が入院していたのでそこに行く事、その病院と部屋番号も教えました。
私が家人の病室に着くと何と先まわりして警察官が家人の病室に居ました。
曰く、怪我人二人は重傷で死ぬかもしれない、そうすると事故の状況が分からなくなるので詳細を聞かせてくれと言うのです。
でも家人に聞くと警察官はご主人の事故ではないが聞きたい事があるとやってきた、そこへ当人が血だらけで病室に入ってきた。あんな驚いた事は無かったと言っていました。
私も言われるまで気がつかなかったのですが、胸のあたりが血まみれになっていました。

後日談です。警察からあとでけが人は何とか一命をとりとめたと連絡が有りました。
良かったです。
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2015-03-27 15:11

人とは心を引き継ぐ存在

 同じ市内に住んでいる私の叔母が一昨日夜倒れた。脳出血(脳溢血)だった。
昨日叔母の長男(つまりイトコ)と話をしたのだが、現在集中治療室にいるが、意識はなく昏睡状態。
主治医の見立てでは出血量が多く、高齢の為手術も難しいとのこと。結局手術せず延命治療だけという事にしたようだ。
叔母は意識が戻ることは恐らくないだろう。
死は突然やって来る。そんな事を実感した日になった。


さて今日のテーマはそんな事で死生観について考えてみたい。

9年ほど前のこと、家人の先輩で私ら夫婦とは親戚同然にしていただいていた方が乳癌で亡くなった。
何度か見舞いに行ったのだが、その方が死の直前、最後に発した言葉が「悔しいわ」だった。
この「悔しいわ」と言う言葉、その後家人とも何度も話をするのだが、何故悔しいのか良く分からない。
この方の乳癌は十数年前の癌が再発したのだが、1年くらい前の検診では全く再発の心配はないと言われていたので其れが悔しいのか・・・
その方の一人娘の方も同じ頃乳癌が見つかったので、其れが悔しいのか・・・
或いはその方は仕事上で女だからという事で色々困難が有ったので、それが悔しいのか・・・

そんな事で結論は出ていなかったのだが、数日前シンシアリー氏のブログを見ていたら、同じ「悔しい」と言う言葉を見つけた。
「韓国人の来世観・・「悔しくて行けないよ」(※さらに追記しました」
http://ameblo.jp/sincerelee/entry-12005037934.html

詳細は上掲ブログを見ていただくとして、韓国人の場合信仰は儒教を永年信仰してきた、だから今でも考え方の基礎に儒教が有る。
そして儒教では来世と言う考え方が無い、だから死を怖がるのだと言う。

そうか、だから死にたくないので船長が乗客が放っておいて自分ひとり逃げるのか。なるほど。
この話は理解できるが、これは韓国の話。


私は日本の場合は色んな所で死生観についての話や諺がある。知らず知らずにそんな事を身に着けるのだろう。
でも中には死生観をしっかり持っていない方もいる、そう思っている。
仏教でもキリスト教・イスラム教でもメインテーマは死、そして必ず「死後の世界、来世」を説いている。
日本の場合、宗教でなくても色んな所で死生観に関連した諺も有る。
宗教を信じるも信じないも勝手だが、その人なりの死生観をしっかり持つこと。
これは老人になってからではなく、若い人たちもしっかり持つべきだと思う。


さてこんな死生観を考えるうえでとてもいいTV番組が有った。
随分古いがこんなモノ。
これはDVDにとって有ったので、今回見直してみた。

NHK シリーズ「人の謎に迫る⑦」 「死と向き合う心} 2009年4月25日
http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp255.html

この番組は古いので上掲リンク先からNHKオンデマンドへ行けば手に入ると思いますが有料。
概要はこんな風です。

地球で生命が誕生したのは約38億年前、しかしその生命は環境が悪くなったり、他のモノに食べられたりしない限り死と言うモノは無かった。
約15億年前、有性生殖が始まった時、死と言うモノも始まった。
つまりオスとメス、男と女が出来たので死も出来た。こんな話です。
プレゼンター : 田沼靖一東京理科大学薬学部教授

田沼さんはここで一番のキーワードとして「人とは心を引き継ぐ存在である」と言っています。

人は死ぬけれど、その心は「その人から次の人・世代へ、そして更に次の人・世代へと引き継がれてゆく」。

そしてそんな死生観を兼好法師の徒然草に「死は生きて行く先に有るのではなく、背後から迫ってきている」と書いてあると言っています。
2015-3-25徒然草


調べてみるとこの言葉は徒然草の155段に有りました。
「死期(しご)は序(ついで)を待たず。死は、前よりしも来(きた)らず、かねて後(うしろ)に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来(きた)る。」
{口語訳}
死期(臨終の時)は、順序を待たない。死は必ず前方からやってくるものとは限らず、 いつの間にか、人の背後に迫っている。人は誰しも皆、死があることを知っているものの、しかも死が急にやってくると思って待っていないうちに、死は不意にやってくる。


全く昔の人は良い事を言っているモノです。
こんな事を頭の片隅に置いといて、日々を過ごしていればイザというとき後悔することは無い。
そんな事なのでしょう。
そんな昔の人の心得は、例えば「一期一会」などと言う言葉になったり、こんなさりげなく置かれた蹲(つくばい)にこんな文字を書いてみたりする。

京都竜安寺にさりげなく置かれた蹲
2015-3-27足るを知る竜安寺蹲写真


この蹲にはこんなモノが書いてある
2015-3-27足るを知るイラスト


我唯足知 (我 ただ 足るを 知る)、有名な言葉だが、こんな所にっさりげなく。

日本人は日々こんなモノに接し、日本人の死生観を作り上げてきた。
多分それの真骨頂がこれだろう。
「一期一会」

この一期一会はwikiによれば、「一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来する日本のことわざ・四字熟語。茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味する」。
こんな事のようだが、まあ色んな解釈が有るだろう。

では最後にこれをどうぞ



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2015-03-11 18:42

あの日も寒かった

 今日は寒いですね。昨日の夕方から当地方でも雪が降りました。
今朝はうっすらと雪が・・・
車の屋根で2,3センチ位だったでしょうか。でも路面は殆ど融けていました。

四年前のあの日も寒い日でした。そこからの長い日々を思うと言葉が有りません。
あの時間には私も黙祷。

未来へ


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2015-02-07 17:02

北方領土の日

 今日2月7日は北方領土の日だ。
しかし、何にも報道が無い。こんな事ではオロシア国には「日本は気が無いね」と舐められる。
だが今が千載一遇のチャンスなのかもしれない。
プーチンは今苦しんでいる。
そんな時に手を差し伸べて、日本の言い分を聞いてもらう。
ロシアだって国内世論が有る。
だが苦しいときに手を差し伸べてくれる所にはそれなりの事をすべき、それは彼らにも分かる筈だ。

今日本は安倍首相の足を引っ張ろうと血眼の連中がいる。
だが今こそ日本人が本当に団結し、こんな事に頑張らねばけないのではないだろうか。

これは40年以上前の写真だが・・・(古い、古すぎる・・・笑)
2015-2-7北方領土の日

同じときに見た横死七十一人の碑 (納沙布岬にある)
2015-2-7横死七十一人の碑

この碑の内容は以下参照ください。
横死七十一人之墓-クナシリ・メナシの戦い

この事件が有ったのは1789年(寛政元)5月はじめ、クナシリ島のアイヌが一斉に蜂起。原因は現地を抑えていた飛騨屋の支配人、番人らの非道(暴力・脅迫など)でした。
国後島がその頃から日本人が住んでいた証拠です。


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2015-01-31 17:12

「tsunami_lucky」だと? これは聞き捨てならん

 29日にサザンと桑田ケイスケの歌はもう二度と歌わないと書いたのだが、その中で引用文にちょっと引っかかるものが有ったので調べてみた。
何が気になるか?
「フジテレビが「tsunami_lucky」と書いた名刺を使用した震災ドラマ、桑田佳祐が主題歌を担当、タイトルが「Yin Yang」(陰陽 = 韓国国旗の中心にある赤青)だった」

「tsunami_lucky」だと? 此奴は聞き捨てならん。
調べてみるとこんなモノだった。
フジテレビが東日本大震災を題材にしたドラマ『最高の離婚』で放送した名刺(小道具)の
メールアドレスは「tsunami_lucky」(津波ラッキー)だった!

『最高の離婚』(さいこうのりこん)は、2013年1月10日から3月21日まで毎週木曜日22:00 - 22:54に、フジテレビ系列の「木曜劇場」枠で放送。
問題の場面は3月14日の第10回の中に有った。

3月14日!! 東日本大震災の3回忌が3月11日。その3日後ではないか!!

2015-1-31都並竜也の名刺

この回だけ登場する人物の名前がである。
幾らなんでも大震災から丸二年、まだその記憶も消えやらぬその時にこんな非常識な名前を付ける。
しかも「tsunami_lucky」(ツナミ ラッキー)である。


桑田ケイスケよ、長年君の歌が好きで歌ってきたものとして此れだけは言っておく。
「トットとおめえの好きな国に帰れ、二度と日本なんかに来るんじゃねえ」


だがこの件ではもう一つ思い当たる筝。
此れも日本では決して報道されないのだが、韓国には一般に「ツナミ」と言われる醜悪な建物が最近完成した。
2012年8月に完成したソウル市新庁舎である。

2015-1-31ソウル市役所新庁舎

奇妙な建物だ。左側にある古い建物は旧ソウル市庁舎、日本統治時代の1926年10月完成。
当時は旧京城市庁舎、韓国になってからソウル市庁舎として使われてきた。
現在は登録文化財(第52号)に指定されている。

これが旧ソウル市庁舎、中々風格のある建物だ。

2015-1-31ソウル市役所旧庁舎



最初の新庁舎の写真では分かり難いが、これが多分新庁舎開所時の写真

2015-1-31ソウル市役所新庁舎1

そしてこれが多分開所時の風景写真。普通の人にはこんな風に見える。

2015-1-31ソウル市役所新庁舎2


日本時代の古い建物を巨大な津波が襲いかかっているように見える。
だから韓国の人はこの建物をツナミと言っている。そりゃあそうだ。これを見てツナミを連想しない人はいない。
そして誰でも思う。
小さな日本を巨大な韓国が襲いかかっている・・・と。

minaQさんによれば、専門家は“日帝さえ特別な念を入れたソウルの心臓部に私たち自ら大きい間違いを犯した”という酷評をしているのだとか。

この建物が出来たのは李明博大統領時代。
そしてこの新庁舎完成(2012年8月31日)直前の8月10日、李明博大統領の竹島上陸。
更に8月14日、天皇陛下に「ひざまずいて 謝らねばならない」との謝罪要求。
こんな時期だった。

この李明博はその前年に「日本征服完了宣言」をしている。

曰く
我々はすでに日本を征服している」:日の丸が韓国旗に変わる日は近い?
北朝鮮の復興は心配ない。
日本にやらせるのだ。
私が全てのカネを出させる。
我々はすでに日本を征服しているからだ。
やつらの金は我々が自由にできる。
日本の連中は何も知らない!フジテレビが証拠。
日本人はよだれをたらして見ている。
私にまかせろ。
日本に居るのは私の命令に忠実な高度に訓練された私の兵隊だ。
––イミョンバク韓国大統領

(注:「よだれをたらして」というのは、もちろん「犬のように」という意味だ。「犬」とは韓国人の食材。そして日本人の蔑称である。)」

ここで李明博が明言しているフジテレビが今回の「tsunami_lucky」でも顔を出している訳だ。


ウジテレビはとも角、桑田ケイスケは永年好きな歌手だっただけに残念だ。

桑田君、さようなら。
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2015-01-02 17:37

謹賀新年

 あけまして おめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願いします。


2014-12-28メコン川に夜明け(ムクダハンにて)
メコン川の夜明け


タイ東北部ムクダハン県でのメコン川。
対岸はラオス、ラオスを超えればべトマム中部まではすぐ。そこから南シナ海へ出られます。

間もなくこの辺りから西へタイを横断してビルマ(ミャンマー)への道路が完成します。
(ミャンマー側は2015年開通予定)
そして恐らくほぼ並行して鉄道路線も日本の援助で出来ることになると思います。
麻生さんが言いだした自由と繁栄の弧の中核が完成です。

今年は楽しみな一年になりそうです。
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