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2019-11-04 17:03

橋の話<東西経済回廊は最後の追い込み


 ミャンマーの橋の話を色々書いてきたのだが、11月3日のエントリー「橋の話<ミャンマーの橋への疑問」でこんな疑問点を書いた。

疑問点
1、ミャンマーで今現在、日本のODAによる橋の建設が目白押し状態。でもこんな話など聞いたこと有りませんねえ。

2、長さ265mの長大橋が落橋しただって?、そんな凄い事故なら当然日本でも大騒ぎになるだろう。どうなっているんだ?。
こんな事故なら、日本にも参考になる問題が色々あるだろう。どうしてそんな事を言わないんだろう。オマケにその橋は中国企業が設計したそうじゃないか。だから知らん顔か?

3、ミャンマーでは大統領の上に君臨するスーチー、この人物はどうにも信用できない、それは日本の外務省も熟知している筈なのに騙されてないか?。
(スーチーの邸宅の隣が日本大使の公邸)

この疑問点の内「2」についてはこのエントリーで纏めました。
しかしこのエントリーを纏めてみて、ますます混乱してきました。昨年4月に崩落したミャウンミャ橋は今年の4月に新しい第二ミャウンミャ橋として完成していたのです。
しかもこの報道が見つかったのはNNAのみ、少なくとも国内メディアでは見つかりませんでした。

色々疑問は有りますが、冒頭揚げた「1」と「3」についてを東西経済回廊との関連で考えてみたいと思います。


最初に麻生さんが言い出し、その後の日本外交の重点になっている「自由と繁栄の弧」についてみてみます。

2019-11-1自由と繁栄の弧

この図は大変見にくいので、その中のインドシナ半島についてみてみます。

2014-7-10東西経済回廊と3か国ハイウエー

ベトナム中部から西へラオス、タイを通ってミャンマーへと続きます。これが東西経済回廊。
さらにその先は何とインパールを目指しますが、この話はこれには触れないことにします。

所でこのインドシナ半島を東西に貫くルートですが、ちょっと地理上の特質を説明。
インドシナ半島の山は、概略この図のようになっています。
2014-7-10newインドシナ半島の山脈
チベット高原辺りを出発点にしてヒマラヤ山脈、カラコルム山脈、崑崙山脈が東向きから大きく曲がって南に下ってきている。これがベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーの国を形作る大きな要因。
これらの国の山は南北に連なり、川も南北に流れる。ベトナムにしてもラオスにしても国土は極端に南北に長い。それはこんな理由だが、注意すべきは、この地域は水運も道路もみんな南北に流れている。そこに東西の道路を作る。まさに画期的だ。


さて、こんなインドシナ半島ですが、ここに割り込んできた国が有ります。チャイナです。
これはチャイナの一帯一路構想と真珠の首飾り戦略。

2019-11-4一帯一路と真珠の首飾り


この一帯一路の地図と東西経済回廊の地図を見比べてください。
東西経済回廊は真珠の首飾りをぶった切る形になっていることが分かると思います。


こんな流れの中で1988年からの軍政が27年で終わり、ミャンマーも自由主義陣営に戻ってきた。
今までの軍政時代に建設された粗製乱造の橋。これは危険だし物流のネックなので架け替える。こんな事で今ミャンマーで橋の建設ラッシュが続いている。こう理解すべきだと思う。

2019-11-4ミャンマー各地で進む橋梁整備

2019-11-4ミャンマー各地で進む橋梁整備シャイン・コーカレー橋

2019-11-4ミャンマー各地で進む橋梁整備シャイン・ザタピン橋
https://www.jica.go.jp/publication/mundi/1811/ku57pq00002e9t2e-att/03.pdf
https://www.jica.go.jp/publication/mundi/1811/201811_03.html

シナ様が作ったボロボロの橋、それを日本がやってきて素晴らしい橋に架け替えた。
数年後に完成したら、新しい観光名所になりそうな予感がします。
そんな大きな政策の前にスーチーがどうのこうのはすっ飛んでしまっているのでしょう。
私もこの橋が完成したら、是非見に行きたいものですが、どうでしょうか。

橋の話はこれにて終りと致します。お付き合いいただき有難う御座いました。
  1. ミャンマー
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2019-11-03 15:19

橋の話<長大吊橋の落橋事故


 橋の話が続きますが、ミャンマーで発生した長大橋の落橋事故について、詳細が一応報道されていた。但し一般の人の目にはなかなか触れない報道だったと思われ、日本の専門家でも知らなかった人が多いようだ。
そこでその事故の内容を日経 xTECH(クロステック)の報道から見てみたい。

最初にこの報道、事故の3日前に東大の生産技術研究所長井研究室がこの橋を視察している。そんな事で事故直前の様子が分かる貴重なモノ。

但し、この報道で初めてこの橋が中国が設計し、ミャンマーが中国の指導の下に建設したことが分かるが、JICAの記事にはそのことが触れられていない。
更に引用した記事では記載されていないが、他の方の記事を読むと、この橋も老朽化で日本が架け替える対象になっているようだ。

更に末尾に追記しましたが、この橋にかわる新ミャウンミャ橋は20年に完成予定を前倒しして19年4月1日に開通していました。どうなっている事やらです・・・ブツブツ。

ではその橋の崩落についての報道から。

<以下引用>
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32926330S8A710C1000000/
腐食を見逃した吊り橋の末路
2018/8/7 6:30
日経クロステック
2019-11-3ミャウンニャ橋1
事故後の4月7日にドローンで撮影した橋の様子(写真:東京大学生産技術研究所長井研究室)

 ミャンマー西部で築22年の吊り橋が2018年4月1日未明に突如崩落し、2人が死亡した。重要部材の主ケーブルが腐食して破断に至った、あってはならない事故だ。東京大学生産技術研究所がドローンで撮影した現地の状況などを基に落橋の原因を解説する。

中国企業が設計 265mの長大橋

崩落したミャウンミャ橋は、ミャンマー最大の都市ヤンゴンから140kmほど西に位置する中央支間長183m、橋長265mの長大吊り橋だ。ミャウンミャ川に南北方向に架かる。

同橋は、補剛桁に仮設橋などに用いる「ベイリー桁」を用い、その上に鋼板を敷設しただけの簡素な造りだった。事故の直前にたまたま現地を訪れた東京大学生産技術研究所の松本浩嗣特任講師は、「日本では見ない構造形式だが、ミャンマーには同種の橋がいくつかある。建設年が古いとこのような形式になるようだ」と説明する。

2019-11-3ミャウンニャ橋2
落橋の3日前に撮影したミャウンミャ橋(写真:東京大学生産技術研究所長井研究室)

2019-11-3ミャウンニャ橋3
落橋の3日前に撮影したミャウンミャ橋の路面の様子(写真:東京大学生産技術研究所長井研究室)

ミャウンミャ橋の供用開始は1996年。ミャンマー国内に30橋ほどあるという吊り橋の中でも古い部類に入る。同橋は中国の企業が設計し、ミャンマー建設省公共事業局が中国企業の助言を得て自ら建設した。

長らく米欧の経済制裁下にあったミャンマーは中国との結びつきが強く、同橋に限らずミャンマー国内には中国企業の支援で造った橋が多い。また、ミャンマーではかつての日本のように行政が直営で工事を実施してきた経緯がある。

未明に前触れもなく落橋

そんなミャウンミャ橋が、前触れもなく崩落したのは4月1日午前1時45分ごろ。重量18トンのトラック1台が巻き込まれ、2人が死亡した。同橋は当時、通行車両に25トンの重量制限を課したうえ、本来は片側1車線(両側2車線)のところを全体で1車線だけの運用をしていた。こうした制限と落橋の時間帯が未明だったことが重ならなければ、犠牲者はさらに増えていた恐れがある。

ミャンマー建設省の許可を得て、事故から4日後に現地を調査した東京大学生産技術研究所の長井宏平准教授は落橋の原因について、「南側の定着部で主ケーブルが局所的に激しく腐食して破断に至り、橋全体が崩落したのではないか」と推察する。劣化したケーブルカバーの隙間などから水が浸入し、末端の定着部に滞留してケーブルの腐食が進行したと考えられる。

2019-11-3ミャウンニャ橋5
ケーブルが破断した南側の様子(写真:東京大学生産技術研究所長井研究室)

■点検箇所が見えづらい設計

吊り橋は、2本の主塔に2組の主ケーブルを架け渡し、ハンガーロープを介して補剛桁を吊り下げる構造形式だ。主ケーブルの両端はコンクリートのアンカレイジ(アンカーブロック)と呼ぶ重りに定着する。主ケーブルとその定着部は、吊り橋の最重要部材。ミャウンミャ橋ではまさにこの部分が損傷し、橋全体が崩落する事態に陥った。

1 2 次へ

同橋は、主塔から伸びた主ケーブルがサイドスパンの床版を貫通し、桁下でアンカレイジと定着する仕様になっていた。ミャンマー建設省は2年に1度の頻度で同橋を路面上から点検していたが、桁下にある定着部の状態は確認していなかった模様だ。定着部以外ではケーブルに目立った腐食がみられなかったことから、路面上で点検しているだけでは落橋を予見できなかったと考えられる。

2019-11-3ミャウンニャ橋5
ミャウンミャ橋の概要と崩落後の状況(断面図)。図中の単位はm(資料:日経コンストラクション編集部が取材を基に作成)

本来は、損傷が重大事故につながり得る定着部を、特に注意を払って点検すべきだった。しかし、定着部が桁下の点検しづらい位置にあったうえ、ケーブルがカバーに覆われているなど、目視で腐食を見つけることが難しい状態だった。ポイントを理解せずに点検していたことや、維持管理しにくい設計になっていたことが、落橋の元凶と言えそうだ。

2019-11-3ミャウンニャ橋7
南側のアンカレイジの状況(写真:東京大学生産技術研究所長井研究室)

2019-11-3ミャウンニャ橋8
定着部の様子(写真:東京大学生産技術研究所長井研究室)


吊り橋のように、局所的な損傷が落橋につながる構造形式だと、橋全体の挙動をセンサーなどでモニタリングしていたとしても事故を防げない可能性がある。実際、ミャンマー建設省はミャウンミャ橋の南側の主塔頂部の変位を数カ月ごとに確認していたが、落橋の3週間前のデータにも異常はなかった。

2019-11-3ミャウンニャ橋9
定着部に水がたまった吊り橋(写真:東京大学生産技術研究所長井研究室)

東京大学の長井准教授は、「ミャンマーには、ミャウンミャ橋に限らず維持管理に対する基本的な配慮がなされていない橋が多い」と指摘する。事故から約1カ月後、ミャンマー建設省の依頼を受けて同国内にある他の吊り橋を調査したところ、主ケーブルの定着部を収めたチャンバーに水がたまっている橋などが見つかった。

日本にも危険な橋

日本では、定着部を点検しやすいように空間を設けたり、ケーブルのカバーに窓を付けて、水がたまっていないか確認できるようにしたりするのが一般的。明石海峡大橋のように橋長が長い重要橋梁では、主ケーブルの腐食を防ぐためにカバー内に乾燥した空気を送風するシステムを採用している。

「日本の技術は、ミャンマーでも役に立つのではないか」(長井准教授)。ミャンマー建設省は、長井准教授らの研究チームがまとめた調査結果を基に、今後の対策や維持管理の方針を決める方針だ。研究チームは、吊り橋のような特殊橋梁の定期点検の制度化や、点検手法の確立、損傷後の性能評価技術などを提案していく。

一方、日本でミャウンミャ橋のような事故が起こらないかというと、必ずしもそうとは言い切れない。

例えば国内では12年4月、浜松市が管理する橋長約139mの原田橋で主ケーブルが一部破断しているのが見つかり、全面通行止めとなる事態に陥った。そのわずか1年後の13年2月には、同市内で橋長32mの歩行者専用吊り橋「第一弁天橋」が突然傾く事故が起こっている。第一弁天橋では、定着部のターンバックルと呼ぶ部材が腐食し、破断した。道路管理者の市は、原田橋の損傷発見後に第一弁天橋でも緊急点検を実施したが、損傷を見抜けなかった。

2019-11-3ミャウンニャ橋10
原田橋の全景。補強工事を踏まえて片側交互通行で運用していたが、15年1月に右岸側の斜面崩壊の影響で崩落した(写真:国土交通省)
原田橋の破断したケーブル(写真:国土交通省)

16年4月時点で日本国内に865カ所ある橋長15m以上の吊り橋のうち799カ所を市町村が管理している。このうち通行を制限している橋が85カ所、通行止めが420カ所もあり、問題なく通行できる橋は294橋にすぎない。多くの橋を抱え、技術力や予算の不足に悩む道路管理者をいかにサポートするかが重要になる。

ワイヤを用いた近代的な吊り橋が維持管理の不備で落橋したのは、ニューヨークのブルックリン橋に始まる130年の歴史で初めてのことだ。維持管理を怠れば、橋は落ちる――。そんな当たり前の、しかし普段は忘れがちな事実を突きつけたミャウンミャ橋の落橋から、日本が学ぶべきことは多い。

(日経 xTECH/日経コンストラクション 木村駿)
[日経 xTECH 2018年7月9日付の記事を再構成]
<引用終り>
 

もう一つ、この事故に関してこんな記事が有りました。

道路構造物ジャーナル
これでよいのか専門技術者
(一般財団法人)首都高速道路技術センター 上席研究員 髙木 千太郎 氏
https://www.kozobutsu-hozen-journal.net/series/detail.php?id=154

詳細は技術的な話なのでリンク先を見てください。
しかし高木氏が末尾で言っている報道に対する批判は真剣に考えるべきではないかと思います。
その部分だけ抜粋引用します。

<以下引用>

5.報道の差異と技術者として私の願い

 今回話題提供したミャンマーの鋼吊り橋崩落事故は、関係者の中では周知の事実ではあるが、国内で大きく報道されることはなかった。それは何故だろう!

 前回の米国・フロリダの歩道橋崩落事故は、多くの報道局から全国放送され、事故状況を見た多くの人々は、我が国に同様な事故が起こらないようにと願い、日本の技術者に向けた注意喚起となったと考える。しかし、ミャンマー・エイヤーワディ管区、ミャウンミャで起こった鋼製吊り橋崩落事故は、私の知る限りではニュースとして詳細な報道解説や現地画像が映し出された記憶がない。片や先進国、片や発展途上国の違いであろうか? まさか、亡くなられた人の数で判断しているのではないだろう。
・・・中略・・・
しかし、私は、数多くの日本人技術者が現地で仕事をし、技術支援も行っている状況を見聞きしている。そのような人々に崩落した状況や原因を聞こうとしても固く口を閉ざして聞くことも、映像や写真を見ることも出来なかったのが現状だ。

 確かに、崩落した吊り橋に替わる道路橋を日本の援助で建設されること崩落した吊り橋に中華人民共和国が関与していることを考えた、政治的配慮からかもしれない。よくいわれることに、「日本では世界の動きに対応した報道がなされていない」「グローバル化に大きく後れをとる日本」……など情けない言葉が並ぶ。

 海外で活躍する一部の技術者は、現地での対応や諸外国の技術者からの評価も非常に高い。しかし、我が国の諸外国との接し方に関して、私が肌で感じるのは、未だ鎖国状態、保護主義国日本、幸せ溢れる外敵から自然で守られた離島国民なのだ。持てる情報や技術をもっとオープンにすることが出来ないのだろうか? 少なくとも国内の技術者に対して。

 もう一つ余計なことを言わせてもらう。数年前に言われていた「メンテナンス元年」「今すぐメンテナンスに舵を切れ」など国の掛け声は何処に行ったのだろう? 
・・・以下略・・・
<引用終り>

この高木さんの日本の報道に対する疑問は私も同感だ。
日本子K内で電波芸者相手にヘラヘラ番組ばかり作っているから人間が腑抜けになる。
もっと報道機関のレベルを上げることが必要だと思う。


*追記します

落橋したミャウンミャ橋に代わる新ミャウンミャ橋が最近開通していました
2019年4月1日開通したとの報道が見つかりました。
国内報道は有りませんが、アジアニュース専門のNNAだけが報じています。

<以下引用>
https://www.nna.jp/news/show/1887341
新ミャウンミャ橋が開通、旧橋は昨年崩落 2019/04/02(火)

ミャンマー中部エヤワディ管区ミャウンミャで1日、イウェ川に架かる新たな橋が開通した。同橋は2017年5月に着工20年の完成を目指していたが、18年4月に旧橋が崩落したため、前倒しで工事が進められていた。国営紙グローバル・ニュー・ライト・オブ・ミャンマーが1日伝えた。…
(以下は有料記事の為読めない・・・)
<引用終り>

なるほど、これだと高木さんが
>「そのような人々に崩落した状況や原因を聞こうとしても固く口を閉ざして聞くことも、映像や写真を見ることも出来なかったのが現状だ」
こんな風にぼやくもの無理はない。
何故だろう???。

  1. ミャンマー
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2019-11-03 10:15

橋の話<ミャンマーの橋への疑問


 前回のエントリーでこんな図を紹介した。

2019-11-1第二タイミャンマー友好橋からミャンマー側ルート
https://www.jica.go.jp/investor/bond/ku57pq00000r13n2-att/20160810_03.pdf
注:JICAの資料からですが2016年頃のもの。

 この地図でミャンマー側のルートはタイの国境の町メソートから港町モールメイン(モーラミャイン)まで直線距離なら100キロほど、大きく迂回するルートでも170キロ程度。それなのに何をモタモタしているのだろう。おまけに既存の橋の架け替え?、ミャンマーにそんな架け替えせねばいけない古い橋など有るのか?。そもそもミャンマーには首都周辺以外は昔は橋など無かったのではないか?。
こんな疑問がわいてきた。

この疑問を調べてみたら、JICAの広報誌に分かりやすい記事が有ったので紹介したい。

<以下JICA広報誌より引用>
https://www.jica.go.jp/publication/mundi/1811/ku57pq00002e9t2e-att/03.pdf
又は https://www.jica.go.jp/publication/mundi/1811/201811_03.html

ミャンマー各地で進む橋梁整備

落橋事故に一番に駆けつける

2018年4月1日未明、ヤンゴンから約140キロ西に架かるミャウンミャ橋で、積み荷を含む重量18トンのトラックが走行中に落橋する大事故が起こり、乗っていた2人が亡くなった。その日の朝、JICA専門家の妹尾(せのお)佳さん(西日本高速道路)はミャンマー建設省から電話を受けた。

「川の中に橋が落ちた。船が通れなくなっているのでどうやって回収すればいいか教えてほしい」との依頼だった。妹尾さんは、他の日本人技術者と現場へ急いだ。

「電話を受けたときは、ありえないことが起こったと思いました。現場はさらに悲惨な状況でした。原因はメインケーブルの腐食による破断でしたが、それが原因での橋梁全体の落橋は世界的に見てもおそらく初めての事故です」

この事故はミャンマー国内でも大ニュースとなり、2018年4月10日には国家最高顧問のアウン・サン・スー・チー氏が現場を視察。その場で関係者と緊急会議を開き、早期の復旧と、建設時期が近い類似の橋梁の点検を指示した。その会議にミャンマー人以外でただひとり入室を許されたのが妹尾さんだった。席上、スー・チー氏は「事故当日に最初に来てくれたのが日本で、橋の撤去についてアドバイスしてくれた。感謝している」と発言した。それを聞いた妹尾さんは「その言葉がうれしかったし、やりがいを感じた」と、胸に熱いものがこみ上げた。

空白期間を埋める技術者養成プロジェクト
落橋事故の背景には、ミャンマーの橋梁技術発展の歴史における約30年にわたる空白期間がある。

1979年にはビルマ(当時)に橋梁技術訓練センター(BETC)が設立され、日本人技術者からミャンマー人技術者に橋梁の設計施工技術が伝えられた。そこで学んだ技術をもとにツワナ橋(1985年完成)、ナウアン橋(1991年完成)と二つの近代的な橋が造られた。これらは当時の東南アジアで最先端の技術を誇る橋だった。

しかし1988年の政変により、日本をはじめとする諸外国からのODAがストップそれ以降は、脆弱な設計と工事による橋が少なからず造られていった。落橋したミャウンミャ橋も1996年の完成で、そのような橋のひとつだ。BETCでは日本が伝えた技術が更新されず、ミャンマー人技術者のレベルも上がらない状態が続いていた。

転機となったのは、2011年のミャンマーの民政移管だ。ふたたび諸外国からのODAを受け入れられるようになると、ミャンマー政府は日本に橋梁技術改善の支援を依頼し、2015年6月に「道路橋梁技術能力強化プロジェクト」がスタートした。JICA専門家として日本の高速道路会社から三石 晃さん(東日本高速道路)と先述の妹尾さんが派遣された。ミャンマー建設省には40年前にBETCで学んだ技術者がまだ多く残っており、ふたりを温かく歓迎した。ミャンマー建設省のチョウ・リン副大臣は、「君たちの名前はわれわれには呼びにくい」と、三石さんにアウン・シェイン、妹尾さんにはアウン・サン・ウーとミャンマー風の名前をつけてくれた。アウン・サン・ウーはスー・チー氏の弟と同じ名前だが、「セノオ(Senoo)とサン・ウー(San Oo)の文字のつづりが似ているからこの名前になりました。ミャンマーの人たちはこの名前でしか私を呼びませんよ」と妹尾さんは微笑む。

ふたりは日本の高速道路会社やコンサルタントから派遣された10人の専門家とともに、ミャンマー建設省の約30人の技術者に技術指導を始めたが、最初は苦労も多かった。ミャンマーでは「技術は目で盗むもの」という習慣があり、上司や先輩から若い世代への教育が十分にされていなかったのだ。

「コンクリートを練るときは、セメントと水、そこに混ぜる石と砂の割合は決まっています。しかし、この国ではその割合が人によってばらばらで、現場で混ぜながら、まだ固そうだから水を入れようかといった具合でした」と三石さんはふり返る。そこで現在、技術ノウハウを統一するマニュアル作りが進められている。近い将来に三石さん、妹尾さんらのもとで学んだミャンマー人の技術者が指導者となり、新たな技術者を養成できるようにするのがねらいだ。
・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・
<引用終り>


なるほどねえ、30年の空白か。それではいろんな問題が出るだろうねえ。
でもミャンマーは川に橋が無くて困っていた筈だったが・・・。
これはタイのバンコクから西へ、国境を越えてミャンマー側に行くルートでの写真。

2015-11-8ダウエーからティキ(タイとの国境)まで

2015-11-8ダウエーからメイへ
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1183.html

此処までは私の常識。しかしどうも事態は大きく変化していたことが分かった。


そして、この話を読んでまず驚いたこと。
1、ミャンマーで今現在、日本のODAによる橋の建設が目白押し状態。でもこんな話など聞いたこと有りませんねえ。

2、長さ265mの長大橋が落橋しただって?、そんな凄い事故なら当然日本でも大騒ぎになるだろう。どうなっているんだ?。
こんな事故なら、日本にも参考になる問題が色々あるだろう。どうしてそんな事を言わないんだろう。オマケにその橋は中国企業が設計したそうじゃないか。だから知らん顔か?

3、ミャンマーでは大統領の上に君臨するスーチー、この人物はどうにも信用できない、それは日本の外務省も熟知している筈なのに騙されてないか?。
(スーチーの邸宅の隣が日本大使の公邸)

なにか疑問が一杯噴き出してきましたが、それは次回とします。
次回は「2」の長大橋の落橋事故について

<続く>
  1. ミャンマー
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  3. CM(0)

2019-11-01 18:13

橋の話<第二タイミャンマー友好橋


 古い話だが、13年ほど前に当時外務大臣だった麻生さんが「自由と繁栄の弧」ということを言い出したことがある。ご記憶の方もおられると思う。
実はこの「自由と繁栄の弧」はその後も一貫して日本のいろんな外交政策の基本になっている。

2019-11-1自由と繁栄の弧
自由と繁栄の弧
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/18/easo_1130.html

自由と繁栄の弧は日本からアセアン・インド・アフガニスタン・イラク・そしてEUへと続く一帯のこと。この地域が日本が重視する地帯だということだ。


そしてこの繁栄の弧の重要インフラの一つが完成に近づいているとの報道があったが、調べてみると奇妙奇天烈。何じゃコリャアと言った話が出てきた。
国境に橋が出来て完成式典までやったのに半年以上通れなかったとか(?、ハアッ?)、昨年4月には長さ265mの長大な吊橋が完成して22年で崩落した(!)とか、おかしな話が色々ある。
しかし問題のルートは自由と繁栄の弧の重要部分、インドシナ半島を横切る重要ルートだった。これが使えればマラッカ海峡を通らなくても良くなる。

そんな事でこの間の事情を纏めてみた。話があちこちに飛びますがお付き合いを。

最初にこの報道、これはタイのnewsclipのもの。

<以下引用>
http://www.newsclip.be/article/2019/10/30/41119.html
第2タイ・ミャンマー友好橋開通
2019年10月30日(水) 21時35分(タイ時間)

【タイ、ミャンマー】タイ・ミャンマー国境のムーイ川に架かる2本目の橋「第2タイ・ミャンマー友好橋」の開通式が30日、現地で行われた。式にはタイのサクサヤーム運輸相、ミャンマーのハンゾー建設相が出席した。

 第2タイ・ミャンマー友好橋は長さ760メートル、4車線で、タイ北部ターク県メーソート郡とミャンマーのミャワディを結ぶ。関連施設、接続道路を含めた建設費は41.3億バーツ。当初は2017年開通を予定していた。

2019-11-1第二タイミャンマー友好橋1

2019-11-1第二タイミャンマー友好橋2
<引用ここまで>

上の写真のように4車線の立派な橋です。正面に見えるのは多分税関・イミグレーションの入っている建物でしょう。タイ語でタダーンと言う建物です。

下の写真の式典のミャンマー側の人は巻きスカート(ロンジーと言う)に草履履き。でもこれが民族衣装の正装なんでしょう。


だが待てよ、この橋が開通したという報道は半年くらい前に聞いたような・・・
調べてみたらありました。

<以下引用>
http://www.newsclip.be/article/2019/03/20/39223.html
第2タイ・ミャンマー友好橋で竣工式
2019年3月19日(火) 23時39分(タイ時間)

【タイ、ミャンマー】タイ・ミャンマー国境のムーイ川に架かる2本目の橋「第2タイ・ミャンマー友好橋」の竣工式が19日、タイのプラユット首相、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が出席し、現地で行われた。

 長さ760メートル、4車線で、タイ北部ターク県メーソート郡とミャンマーのミャワディを結ぶ。関連施設、接続道路を含めた建設費は39億バーツ。当初は2017年開通を予定していた。

2019-11-1第二タイミャンマー友好橋3

2019-11-1第二タイミャンマー友好橋4

<引用終り>

この記事の下の写真がタイのプラユット首相とミャンマーのスーチー最高顧問。
こうやってニコニコしているが、実はこの橋、この後半年以上通行できなかった。やっと本当に開通したのは上の記事にあるように10月30日だった。
こんな事は普通の国では考えられないが、そこはタイとミャンマー。信じられない事が当たり前で起こる。


こんな経緯を理解するためには、最初にこのタイミャンマー友好橋ができる経緯から見てみよう。タイミャンマー友好橋はタイ中部ターク県のメソートにある。

メソートの国境検問所、メソートの町を通り抜けたところにある。


この検問所を通って国境の川を渡る。これが第一タイミャンマー友好橋


見るからに心細そうな橋。片側1車線で幅員も狭い。この為通行車両は重量制限がかかっている。
タイからミャンマー方面に行くトラックはそのままでは通れない。この町でミャンマーから来た小型のトラックに荷物の積み替えが必要、これでは物流のネックそのものだ。
この対策でメソートの町を迂回した所にもう一つの大型車通行可能な橋を建設する。これが第二タイミャンマー友好橋という訳。

所でその新しい第二タイミャンマー友好橋が何処にあるかと言うと、こんな所。

2015-11-5東西経済回廊

この図の真ん中に真横にインドシナ半島を横切る赤い道路がある、これが東西経済回廊。
この回廊は一番右側(東側)のベトナム・ダナン市からハイヴァン峠を越えてラオス、そして第二タイラオス友好橋でタイにわたり、タイ中部を横切ってタイ西端の町メソートまで続いている。
此処が開通すると、真っ先にメリットがあるのがタイ。例えばこんな事が言える。
タイからミャンマーへの物流の日数について。

2019-11-1第二タイミャンマー友好橋の効果 
 タイとの輸入全体の75%、輸出全体の56%が海上輸送。輸送に所要21日間
 陸送は現在所要3.5日。今後の整備により1.9日間へ短縮と推計。

海上輸送が21日もかかるのはシンガポールでフィーダー船に積み替える必要が有るから。
こんな事では物流がネックになって産業が発展しないのも無理はない。
例えばタイでは主力の自動車産業にミャンマーが進出しようと考えても、こんな風では到底無理。

こんな事で、ミャンマー側のインフラ整備が大いに期待されるのだが、更に色々厄介な問題があるようだ。

例えばこれはタイとの国境から港までのルート
2019-11-1第二タイミャンマー友好橋からミャンマー側ルート
https://www.jica.go.jp/investor/bond/ku57pq00000r13n2-att/20160810_03.pdf

港はモーラミャインにある。旧地名はマルタバン。古くからの良港だ。
こんな所の重要な橋がみんな架け替えせねばいけない状態なのだという。

長くなるので以下は次回に
<続く>

  1. ミャンマー
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