2010-12-22 22:36

タイ人の行きたい海外旅行先

タイからこんなニュースが届いた。

 

<以下newsclipから引用>

タイ人の旅行希望先、日本が1位

2010/12/21 (02:33)
 

 【タイ】カード大手の米マスターカード・インターナショナルが9―11月にアジア太平洋地域の消費者を対象に行った調査で、今後半年以内に外国旅行を計画しているタイ人の旅行希望先

1位は日本で51%、次いで中国31%、香港27%、韓国22%、シンガポール15%、英国15%だった。また、日本はタイ人の女性、独身者に特に人気があるという結果になった。
 

<引用終り>

 

タイ人が行きたい所ナンバーワンは勿論東京ディズニーランド、乗りたいのは新幹線である。

そして京都にも行きたがる。こんなものに興味があるようなのだ。

これは東大赤門、(写っている女性・・日本人です・・は本文とは関係有りません)

 

タイ人はハイテクの国日本に、この様な古い文化が保存されている事に関心を持っている。

新幹線を走らせ、トヨタやホンダを作っている国が一方でこの様な古いものも大切にしている事が彼らには興味津々のようだ。

こんな所でとった記念写真が彼等の宝物。

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2010-12-09 15:46

タイ料理

タイで食べたタイ料理のいくつかをお見せします。

 

 

これはスズキの丸ごとから揚げニンニク添え

(プラーカポーン トード カティアン)

普通は本当の丸ごと唐揚げなのだがこの店では食べやすいように二つに開いてあった。

上に掛かっているのはニンニクのみじん切りを一緒に唐揚げにしたもの。

私の好物で、これだけは食わせろとリクエストした。

 

 

料理の上隣に写っている変なものはこれ

テーブルの上に置くランプ

 

仕事でいい加減遅くなり食事場所に着いたときは店は満席、

仕方なく屋外の広場のようなところにテーブルを置いて食事

だからとても暗い。

 

 

 

これは水オジギソウ炒め(上記写真とは違う店)

出先からの帰り適当に寄った店でのもの

 

空芯菜炒めを注文したが空芯菜が無く、代わりのこれならどうだと言われたので注文した。

水オジギソウは日本では手に入らない、熱帯特産の粗野な野菜

尚皿が欠けているが、これが田舎の店ならではのもの。

まあ気にしない気にしない・・・

 

 

ネットで拾った水オジギソウ栽培風景

 

これはバンコク郊外サムットプラカーン県での栽培風景

この池の中で魚を養殖している。

 

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2010-11-21 10:27

今夜はタイではロイクラトンのお祭りです

今夜は満月、タイでは今日はロイ・クラトン(ロイ・カトン:Loy krathong)といって灯籠流しのお祭りです。

(タイの陰暦12月の満月の夜・・・例年今頃行なわれる)

 

 

ロイ・クラトンはこんな物

 

水に浮かべるのはクラトン(カトン:krathong)といって、バナナの葉などで作る。

これにその人の願いを込めて水に浮かべる。

 

日本式に灯籠流しと言うと水に流すイメージがあるが、

自分の願いを込めたクラトンの灯りがゆらゆらと水面を漂うのを楽しむ祭り。

クラトンを流すピークは満月の夜、深夜0時頃である。

 

 

 

さらにこんな物も

これはコムファイと言って一種の熱気球

 

 

いっせいに上げるととても幻想的で美しい。

 

但しこのコムファイ、当然ながら美しいけれど危ない。

だからバンコク市内では禁止されている。

北部の方、チェンマイとかスコータイが有名。

バンコク周辺ではパタヤ辺りでは禁止されていない。

 

 

最後に老婆心ながら追記、

こんな物を流したり、熱気球を上げたりすればゴミだらけで困らないか・・・

 

確かにコムファイは危ないし問題なので、何処でも大きさや材質そして上げる場所など制限がある。

それでも問題である事は確か。

 

クラトンの方はどうか、

実はクラトンを流すとき5バーツとか10バーツの硬貨を(お賽銭として)いれて流す。

蝋燭の日が消えてしばらくすると子どもや貧しい人が水に入りクラトンを回収する。勿論狙いはお賽銭。

こんな事でちゃんと回収するしくみが出来ている・・・

タイらしい習慣である。

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2010-11-09 22:17

ミャンマー国境の思い出

ミャンマーで行なわれた総選挙関連で、タイとの国境付近で現地少数民族と政府軍の武力衝突があった。

少なくとも1万5千人の難民がタイに逃げ込んだと報道されている。

所でこのタイ側の町メソートには何年か前行ったことがあるのでどんな所か紹介したい。

難民の人には大変だが、最近韓・賎獄内閣で食あたりしそうなので、ちょっと箸休めの写真でもどうぞ。

 

最初に難民の報道から

 

<以下WSJより引用>

ミャンマー政府軍、国境で少数民族と衝突=難民1万人以上

2010年 11月 9日  8:42 JST    

 【バンコク】ミャンマーで20年ぶりの総選挙が行われた翌日の8日、同国少数民族のカレン族と同国政府軍との間で散発的な衝突が発生している。政府軍は国境に近い少数民族居住地域で支配権を確立しようとしており、衝突激化の恐れが強まっている。

  一方、総選挙の開票作業は8日も続行されているが、滞っており、野党は選挙で不正があったと主張している。国営メディアは同日、選挙管理委員会当局者の話として、退役将軍6人を含む政府支援の候補者40人が当選したと伝えている。

 少数民族と政府軍との衝突は総選挙中、タイとの国境に近いミャンマーの東部国境地域で発生した。

 モエイ川のタイ側国境地域からは銃撃音や迫撃砲の音が聞こえ、8日中続いた。タイ政府関係者によれば、小舟や徒歩で川を越えてタイ側に避難した人々の数は1万人以上と推定されるという。

・・・以下略・・・

詳細は以下を参照ください

http://jp.wsj.com/World/Europe/node_145902

<引用終り>

 

これは歩いて国境の川を渡って避難する人たち

 

これはタイに到着した避難民

女の人が白い物を頬に塗っているが現地カレン族の習慣である。

 

 

 

さて現在の状況はこんなものだが、此処からは私の見たもの。

 

最初に現地はターク県のメソートという町だが、多分日本人には殆ど馴染みが無い。こんな所です。

 

 

タイの首都バンコクから北に約500キロ、地図で茶色がターク県、その西はずれがメソートである。

 

ミャンマーとの国境の検問所

 

検問所を反対から見ると

 

金網の中(左側)はミャンマー、右側はタイ

 

 

国境の川(モエイ川)に掛かる友好橋

 

この時は国境の橋は歩いて渡る事も出来た。

 

 

モエイ川の川原にあるミャンマー人のキャンプ

この時は難民が居る云々と言う話は無かったがこんな状況。

 

タイ側はショウウインドウ政策で町は綺麗、道も立派

 

買い物帰りのミャンマー人、(多分カレン族)

 

 

 

以上がミャンマーとの国境の町メソートの印象

ミャンマー人の貧しさがとても印象に残っている。

 

 

そしてメソートからの帰り道、

メソートからは県庁所在地タークまでは標高5~600メートルの峠越えの道が約80キロ。

 

これはこの山道のほぼ中間の峠にあったタイ山岳民族のやっていた市場

 

廻りは山また山

 

市場で見かけた山岳民族の可愛い女の子

 

 

ミャンマーからの難民の話は心の痛む話だが、私が以前見たときはこんな牧歌的な風景もあったという話。

難民の人たちが一日も早く元の平和な暮らしに戻れる事を願っている。

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2010-10-07 11:34

タイで日本人が覚せい剤所持で逮捕:続編

先週「タイで日本人が覚せい剤所持で逮捕」をエントリーした。

本日更に詳しい内容が分かったのでその続編を。

 

 

しかしこのオッタマゲタ話、日本の親会社はれっきとした東証1部上場会社だった。社名は千代田インテグレ。

そして逮捕された日本人は従業員450人を擁する現地会社の社長であった。

 

詳細については以下のブログに詳しいのでご覧ください。

http://gurigurimomonga.blogspot.com/2010/10/blog-post_06.html

 

日本人が麻薬・覚せい剤について甘いのは以前から良く言われている。

私もこの件では過去にエントリーしている。

http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/1303502/

 

 

 

しかし覚せい剤を使用していたのが日系有力企業の社長となれば、日本人の社会的責任は当然問題となる。

だが日本ではこの問題、全く報道されていない。

 

一部で報道されたらしいのだが、記事は既に削除済み。

親会社のHPにお詫びコメントは有るものの詳細は全く分からない。(お詫びコメントは上記gurigurimomongaさんのブログを参照ください。)

 

 

 

だが日本人社長が犯した重罪である。

タイの日系企業はどこでもタイ人に事の経緯と日本人として如何するか、キチンと話さねばならないであろう。

タイ人は皆知っている、日本人が馬鹿なことをやった、俺んとこのボスは何ていうのだろう。

 

関係ない会社の話というには、現地会社の社長と言う地位は余りにも重い。

その為には事実は事実としてきちんと説明せねばならない。

だがその為の報道はと言えば全くほおっかむり状態。

そんな事では逆に日本人の信用を落とすことになる事さえ分かっていないのが今のマスゴミではないだろうか。

 

 

こんな事一つ一つの積み重ねが「お馬鹿な日本人」を作っていると思う。

麻薬・覚せい剤は使用・所持・購入・販売いずれも重罪である。

しかしそんな事を知らん顔して報道もしない、これも同様の重罪ではないだろうか。

 

 

 

最後に麻薬に関して海外では如何考えているか、その事例を一つ

 

一年前、2009年10月29日早朝、アメリカ東部デラウェア州ドーバー空軍基地にアフガンで戦死した18人の棺をオバマ大統領が出迎えに行った。

午前4時前のドーバー空軍基地、暗闇の到着したC-17輸送機

左端がオバマ大統領

星条旗に覆われた棺を異例の敬礼で出迎えるオバマ大統領

兵士15名と麻薬捜査官3名

 

麻薬・覚せい剤と言うのはこの様なことをしてまで撲滅したい物。

そのように見ることが出来る事例だと思う。

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2010-10-01 05:55

タイで日本人が覚せい剤所持で逮捕

日本人は一体どうなってしまったのか。
 
<以下Newsclipより引用>
 
覚せい剤所持で日本人駐在員逮捕 タイ中部アユタヤ
 
2010/9/29 (23:30)

【タイ】28日午後、中部アユタヤ県で日本人男性が麻薬取締法違反で逮捕された。「アイス」と呼ばれる覚せい剤0・6グラムを所持していた疑い。

 ニュースクリップの電話取材に対し、タイ警察は男性の名前、年齢や逮捕時の詳しい状況を明らかにしなかったが、タイ字紙クルンテープトゥラキットによると、逮捕されたのはアユタヤ県内に工場がある日系企業の男性幹部(46)。タイ人運転手が運転する乗用車で移動中に警察の路上検問で停車を命じられ、車内の捜索でカバンの中から「アイス」が見つかった。警察の調べでは、男性は中部サラブリ県の麻薬業者から「アイス」を購入したという。男性は29日朝、保釈された。

 

http://www.newsclip.be/news/2010929_028673.html

 

<引用終り>

 

 

上記の報道だけでは分からないが、現地の報道によると詳細は、

1) 逮捕されたのは28日18時20分、

アユタヤ(バンコクの北約70キロ)の会社からバンコクの自宅に帰る途中であった

 

2) タイ人運転手の運転する車に乗っているところを停車を命じられ、車内を捜索され手に持っていたバッグの中に覚せい剤があるのが見つかった。

覚せい剤吸引用の器具も同時に見つかっている

 

3) この日本人はサラブリ県(アユタヤの北東約60キロ)のエージェントから覚せい剤を仕入れ、社内の日本人にも転売していた。

 

4) 警察は予てから覚せい剤所持の疑いで監視しており、今回逮捕に踏み切った。

 

尚覚せい剤についてはこれを参照ください

 

 

 

このニュースで一番驚いた事。それは日系企業の男性幹部となっているが、現地の報道では会社役員である。

タイでは麻薬・覚せい剤は使用・所持・購入・販売いずれも禁止で、検挙されれば死刑を含む極刑が科せられる。

タイ人は子どもの頃から「これだけは絶対にいけない」と厳しく言われてきている。

そして現地人従業員に「絶対にいけない」と言わねばならない立場の人間が使用したということ、これに衝撃を受けた。

 

従業員がこんなケースで検挙されれば、会社としてはその従業員は無条件でクビ、同情の余地は無い。

そして若し覚せい剤を使用している疑いがあれば、尿検査し陽性ならクビである。

私もこれでクビを切ってきた経験がある。 

 

そして社内の外の日本人にも転売していたと言うのも驚きである。

密売人扱いになれば刑は極端に重くなる。これは当然である。

若し事前にこんな事が疑われるようなら、私なら関係者は即刻、無条件で日本に送り返し。

理由は・・  一つ間違えば死刑だぞ、そればかりか会社の存続にもかかわる重大事だぞ。そんな奴がタイにいることが間違っている。こう言ってその日の内に帰国。

 

だが事実は警察の知るところとなり、今回の逮捕劇となった。

事此処に至っては本人や関係者がタイの法律に従って処罰されるのは当然として、会社自体も責任を問われるはずである。何せその会社の役員が犯した犯罪なのだから。

 

 

 

もう一つ衝撃的なのは、警察は事前に情報を掴みマークしていた事

そして逮捕された時間を見れば分かるが、多分会社のある工業団地を出てすぐの所で逮捕されたと思われること。

(アユタヤからバンコクまでの道路は片側3車線の大きな道路通行量も多い、こんな所に出られてしまったら狙った車を停車させるのは難しい)

 

恐らくこの会社の内部では「俺達のボスはヤクをやってる」というのは公然に秘密、そして見るに見かねて警察に通報した人がいるのだと思う。

 

この逮捕された日本人は、多分サラブリーに覚せい剤を買いに行った時も運転手付きのクルマで行ったのではないか。こんな事をすれば直ぐにバレルなんてことも考えなかったようだ。

 

 

 

 

一体日本人は如何なってしまったのだろう

タイの会社で役員をやっているという事は日本の会社でも管理職であろう。

人の模範たるべき人間が「麻薬・覚せい剤という人間として最もやってはいけない事をした。」

恐らくこの会社のモラールは最低、建て直しは容易ではない筈だ。

 

日本の親会社の連中は全員メクばかりなのか。

こんな酷い話が おこる、その裏には親会社のデタラメ振りがあるはずである。

先日平和ボケをテーマにエントリーした。

しかし政治の世界だけでない。もの作りの世界でも平和ボケが蔓延しているようである。

 

日本人が目を覚まさないといけない、この事例はそう教えている。

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2010-07-09 16:37

タイの反政府デモの資金源

今回私はタイに行ってタイの反政府デモの後遺症を見てきた。

その中で痛感した事。

それはタクシン派の言い分が選挙で合法的に選ばれたのがタクシン今のアピシット首相は選挙で選ばれたモノではない。こういうものだった。

 

 

今でも日本人の中にも合法的に選ばれたのがタクシン、だからタクシンを認めるべきとの意見の人もいる。

(但しビジネスの世界に居る人は大部分反タクシン、理由はタクシン時代に酷い目にあったから)

 

 

だがこの選挙、タクシンの持つ(不正蓄財されたものだが巨額のカネをばら撒いて買い取った結果だった。

例えばタクシン派の反政府集会に1日出るだけで2,000バーツ(約5,700円)もらえる。

この2,000バーツは田舎の貧しい農民の1か月分の収入に匹敵する、これでは貧しい農民が動員されるのは当たり前である。

 

タクシン派がこの反政府デモで使った金が銀行口座の調査でかなり分かってきた。

昨年9月から今年5月までの9ヶ月間で報道されているだけで237億バーツ(日本円で約675億円)である。

 

 

このカネがどの程度かと言うと

2009年度のタイ国の国家予算が約1兆8000億バー(約5兆1300億円)

同年度の国防費が1700億バーツ(約4845億円)。

237億バーツとは国家予算の1.3%

    〃      国防費の14%

 

鳩ポッポなど足元にも及ばないトンでもないカネ・・・

 

更にこのカネが誰(の口座)から出ているかと言うと

タクシンの長男(29歳)から42億バーツ(約120億円)

長女(28歳)から76億バーツ(約217億円)

偽装離婚した夫人の兄から54億バーツ(約154億円)等である。

 尚このカネをタクシンは家族だけでなく運転手やメイドの口座まで使って隠していた事も分かっている。

 

コレだけのカネをばら撒くのだからシッカリした組織が必要で、タクシン派の幹部連中には億バーツ(1億バーツ=約2億8500万円)単位の預金のある人間や豪邸を買った人、高級車を買った人が沢山居ると言われている。

 

 

このすさまじいカネは外の勢力では到底太刀打ちできるモノではない。

公平な選挙とは実はカネをばら撒いた方が勝ち、コレが実態だった。

それが今回のタクシン派反政府デモでタクシン派武装集団が銃口を兵士やマスコミにまで向けたとき初めてマスコミも目が覚めたのだ。

 

タクシン派反政府デモ隊と治安部隊との衝突で日本人カメラマン村本さんが狙撃された。

これは村本さんが最後に撮った写真の一枚

 

自分達に銃口を向けられたとき、初めてタイのマスコミも目が覚めた。

 

日本も今子ども手当てだ、高速道路無料化だなどとばら撒き政策を撒き散らしている政権が居る。

だがその先に見えるものはタイのタクシン派と同じ、甘い言葉で騙されてはならない。

 

 

 

最後に如何してタクシンがそんなに巨額のカネを手に入れたのか?

タイで永年ビジネスをしている人なら、タクシン派のあくどい金集めは経験があると思う。

だがそれだけであんな金が出来るだろうか?

 

コレはあくまで噂であるが・・・

タクシンは公共工事で三割のコミッションを取っていたとされる。

それくらい取らなければあれだけの金は出来ない。

私も三割と言う数字には思い当たる節があるが、あくまで噂である。

これ以上のコメントは差し控えたい。

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2010-07-06 22:05

海外で生きる為の知恵

マーライオンの目と言うコラムを書く産経の記者さんが居る。

宮野弘之さんと言う方で、何でもシンガポールの支社長さんだそうだ。

 

今まで気にもしなかったが、sonoraoneさんのブログ「マーライオンの打ち付け大工仕事」でこの記者さんの書く物を見て大変気になった。

そこでこの宮野弘之さんのほかの記事を見て思わず絶句、

何はともあれどんな記事が気になったのか。

 

<以下引用> 

メールとはがきの違い

2010/05/10 07:44更新

【外信コラム】マーライオンの目:メールとはがきの違い

 先日、いつものんびり構えているカンボジアの通信員のM氏から「大至急」と題した電子メールが届いた。彼の名前をそのまま使った、これまでも何回か連絡に使ったことのあるアドレスなので急いで開くと、「何も言わずにすみません。今、あるセミナーでロンドンにいます」とある。

 プノンペンにいるはずの通信員が連絡もなく、ロンドンにいるとは何事と、怒り半分、驚き半分で読み進むと「セミナーの帰り、ホテル近くでピストルを突きつけられ、財布もカードも携帯電話も奪われました。大使館も信じてくれず、ホテル代など1550ポンド(約21万円)を払わないと帰れません。至急助けてください」。

 「こりゃ大変だ。ロンドン支局の同僚に身元保証に行ってもらおうか」などと考えたところで、ふと、彼の別のメルアドに「今どこ? これは本当?」とメールを転送してみた。

 すると「プノンペンです。メールのパスワードを盗まれたのでメールは無視してください」と相変わらずノンビリした返事が返ってきた

 そうこうしていると、3月末にミャンマーのヤンゴンから日本に出したはがきが届いたとメールが入った。1カ月以上たち、出したことすら忘れていた。

 電子メールは瞬時に届きロンドンを舞台に国際詐欺もできるが、同じメールでもはがきでは難しいだろうなあなどと思いつつ、自分のメールのパスワードを変えた。(宮野弘之)

<引用終り>

 

 

 

何が気になったか?

理由は簡単・・・メールのパスワードが盗まれた。

そしてニセモノの日本語メールが送りつけられたのである。

 

要するに犯罪に巻き込まれたのである

被害が出なかったのでOKでは済まないのだ。

新聞などの通信員・記者であれば機密事項もある。

場合によっては命を狙われる事だって有り得るのだ。

 

簡単にパスワードを盗まれたで終りではない、産経なら本社にしかるべきセキュリティーの専門家が居るはず。

直ちに極秘に調査を始めるべきだ。

日本語のメールと言う事は何処かで日本人が関与している可能性が高いし、外の極秘メールなどが出しているかもしれない。

 

能天気にパスワードを変えました等とコラムに書いて終りではないと知るべきだ。

海外とは日本とは全く違う価値観の人の中で生活する事である。それを肝に銘じなければならない。

 

 

 

此処からは、何故こんな事を宮野弘之さんを事例にして言うのか。

それは特にアジア地区などで暮らす日本人ビジネスマンにとって大きな警鐘になる事例だと思うからだ。

 

 

アジア地区では日本人は現地人と比べ相当な金持ちである。

これは本人が努力した結果ではないが、日本の給与レベルがそうさせるもの。しかし現地で暮らしている内その感覚が麻痺してくる。

自分が偉いからそうなったのだという錯覚に取り付かれる。

 

更に悪い事に日本なら口うるさい上司、仕事の出来に文句を言う関連部署、そしてプライベートでも色んな人とに付き合いがある。

コレがその人の自分を見つめる機会になる、しかし海外ではこの機会は少ない。

鳥無き島の蝙蝠と言おうか、女御ヶ島のおっさんと言おうか、要するに腑抜けなのだ

 

更に悪い事、それは悪い事は現地人の能力不足といえば言い訳になる事である。

現地人は日本人のやる事にあまり文句を言わない。だから何か失敗が起こって、電話などで言い訳するとき日本語で現地人の悪口を言っても現地人は知らん顔をしてくれる。

現地人は例えそれが運転手などでも、 意外にも日本人が悪口を言っているときはかなり正確に理解する。

然しそれを日本人には直接言わない。

 

結局悪いのは現地人、自分は悪くないと言う生活をしてしまう。

結果腑抜けの完成である。

 

宮野弘之さんには是非こんな点を良く考えて欲しい。

それが新聞社の通信員・記者としての責務である。

 

 

 

宮野弘之さんには以下の事例を考えて欲しい。

(ご家族の事を思うと書きたくないが、日本では何故か報道されないので、故人の名誉の為書かせていただく事をお許し願いたい)

 

タイにバンコクで4月に日本人カメラマン村本さんが銃で撃たれて死亡した。

 

このケース、現地で言われている事は、

あの人は狙撃された、だから一発で心臓を打ち抜かれている。

これは撮られては困る人まで撮影したので狙われたのだろう。大変お気の毒だし、ご家族の方、日本人に申し訳ない。

そしてこの事件以後タイの全マスコミは反タクシンでまとまった・・・どうして日本人にまで銃を向けたんだ・・・

 

現地の人はこう言っている。

 

 

報道人としてこの様な事を常日頃考えていれば、メールとはがきの違い等と言う能天気なコラムは書けないよ、ねえ宮野さん。

 

 

最後に、凶弾に倒れた村本さんのご冥福を祈りたい。合掌。

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2010-07-05 18:08

おしん

タイの田舎のコンビニで偶然こんな物を見つけたので買ってきました。

 

 

タイで最近「おしん」の再放送が始まったことは知っていた。

しかしまさかこんな本が田舎のコンビニで売られていようとは!

正に想定外。 

 

 

  

これは同じ本とコンビニの袋(セブンイレブン)  同じ本の裏表紙  

 

おしんが未だに海外で人気が有る事は知っていたがどんなモノかWikiで見てみると

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%97%E3%82%93

 

1983年~1984年の放送されたものだが、海外では世界63の国や地域で放送されている。

また中国台湾ではおしんは阿信と書くようだ。

(上の裏表紙の写真にも阿信と書いてある)

                 

本の中を見てみると勿論タイ語ばかりでチンプンカンプン。

しかしテレビの放映に合わせあらすじを解説したモノである。

 

 

タイ人にこの本を見せ、おしん談義をした結果わかった事。

 

・ タイでの放送は勿論何回目かの再放送

・ 放送しているのはタイの人気TV チャンネル3

(このCh3は政府系らしく、タクシン派反政府デモの際には暴徒化した反政府デモ隊の焼き討ちにあっている)

・ 放送は月~金の毎日午後6時15分~7時

・ 現在は第一部の小林綾子が出ている少女時代を放送中らしい

(冒頭の写真の本は第二部のもの)

 

 

尚タイでの放送を見ているわけではないが放送時間約45分なので、日本での放送2回分を一日で放送していると思われる。

(タイのTVは日本よりCMが長い、従ってNHKの30分ならタイでは45分くらいの放送時間になる)

だから日本で1年放送したものを半年で放送することのようだ。

 

 

 

これはタイ人の解説してくれた事。

タイでこの時期に「おしん」の放送を始めた理由とは。

 

今は世界の先進国である日本だって昔はこんなに貧しかったんだ。しかしおしんの様に一生懸命勉強し、働いてきた。

そして今豊かな国になった

そのおしんを見習いなさいと言いたいのだ

特に田舎の人の中には貧しくて子どもを学校にやれない人もいる。おしんだってそうだった。

それで諦めてはいけない。

このドラマはそう教えている。こんな話だった。

 

 

日本では今閉塞感に苦しんでいる日本人だ。

しかしタイ人から見ると自分達の目標になっている、コレは素直に喜んでいいことだと思う。

そしてその先如何するかは日本人に課せられた宿題である

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2010-07-05 11:21

雨季のタイ

タイから昨日帰ってきました。

分かっていた事とはいえ暑かった、それも雨季の蒸し暑さ。

でも日本についてみると、気温こそ2~3度低いものの蒸し暑さは同じ。

この時期では仕方ない事のようです。

 

 

タイは見た目は平成を取り戻しています。空港なども以前と同じ賑わいでした。

 

反政府デモ隊に放火されたセントラルワールド(ZENデパート部分)の現状・・7月3日午後

どうしても此処だけは見たかったので無理やり行ってみた。まわりはバンコク名物の交通渋滞で此処にたどり着くだけで1時間。時間が無いのでクルマの中から写真を撮っただけ。

 

 

ただ旅行者としての目では殆ど分からないのですが、今回の反政府デモ騒動はタイ人の心にかなり深い傷を残したようです。

タイ人スタッフから聞き出してみるとこんな事でした。

 

 

今回の反政府デモ騒動、タイ人はコレは戦争だと捉えていました。

戦争とは国と国が領土などをめぐってするもの、何故タイ人同士が戦争せねばならなかったのか。

特に今回の場合、反政府デモ隊側から発砲している。そして日本人カメラマン村本さんも犠牲になっている。

タイ人はそのことを誠に申し訳ないと言っていました。

 

反政府デモの参加者にはタクシンから1人1日当たり2,000バーツが支給されていた。

この1人1日当たり2,000バーツ(約5,700円)は、タイ東北部の貧しい農民には1か月分の収入にも相当する大金。

こんなカネをばら撒いたら仕事などしなくなる。

これがタイ人が心配している事でした。

 

タイ人の心の中には今回のデモ騒動、相当深い傷をつけたようです。

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2010-06-17 18:27

バンコクの伊勢丹デパートが24日開店

タイのタクシン派反政府デモで4月からずっと閉店していた伊勢丹デパート、来週開店とのニュースが飛び込んできた。

タイもやっと平静を取り戻した一つの表れだろう。

 

<以下newsclipから引用>

バンコク伊勢丹、24日に営業再開
 
2010/6/17 (15:13)

【タイ】タクシン元首相派による放火で南側の一部が炎上、倒壊したバンコク都心のショッピングセンター(SC)、セントラルワールドのうち、被害が少ない北側のバンコク伊勢丹が6月24日、営業を再開する。

 営業時間は1―5階が午前10時―午後9時、6階のレストラン街と紀伊国屋書店は午後10時まで。駐車場はセントラルワールド地下1階が使用できる。

 24日の開店前には有名人を招いたオープニングセレモニーを開催し、酒樽の鏡開き、オリジナルうちわの配布などを行う。

 7月2―28日には全館で記念セールを実施。7月2日―8月1日には眼鏡店の「パリミキ」(5階)が眼鏡、サングラスの、6月24日―7月28日には紀伊国屋書店が日本の雑誌のセールを行う。

 セントラルワールドは延床面積55万平方メートルで、伊勢丹や紀伊国屋、小売店500店以上、飲食店約100店が入居する東南アジア最大級のSCSC前がタクシン派の反政府集会場となり、4月上旬から5月中旬まで休業を余儀なくされた上、タクシン派が軍に強制排除された5月19日、暴徒した集会参加者に略奪、放火され、大きな被害を受けた。炎上、倒壊した南側のゼン・デパートは再建に1年以上必要と見られている。
 

 

<引用終り>

 

タクシン派暴徒による放火で炎上したセントラルワールド、その中で奇跡的に被害が少なかった伊勢丹デパートが開店する。

タイを知るものにとっては大変うれしいニュースである。

 

これは最近のセントラルワールド

 

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2010-06-16 19:00

コレは誰でしょう

カメルーンに勝利した日本サッカーチームの事が話題になっている。

コレは翌朝のテレビ報道だが

 

カメルーン戦の勝利を伝えるテレビ番組だが、このキャスター誰だ??

女の子も見た事無いぞ、第一書いてある文字は?? 読めん!

 

 

 

これはタイのテレビチャンネル3。毎朝6時からこの男女二人のキャスターで放送しているニュース番組である。

タイは色々テレビ局は有るが、チャンネル3とチャンネル7が人気テレビ。

そして6月15日朝放送したのが何とコレ。

確かに着ているのは日本チームの公式ユニフォーム。

 

 

現地からの情報ではこのキャスター、元々日本びいきらしい、

自分達アジア人の代表は韓国でもオーストラリアでもない、ましてや北朝鮮でもない、日本である

そんな事を言っているらしい。

だから公式ユニフォームまで事前に手に入れて用意していたようだ。

 

日本を応援してくれる人が外国にも居る。コレは素晴らしい事だと思う。

 

尚この写真はタイ在住のぐりぐりももんが さんのブログから拝借しました。

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2010-06-10 17:34

タイの今はどうなったか

タイの首都バンコク中心部を占拠していたタクシン派デモが鎮圧されてから3週間。バンコク市内は平静を取り戻してきた。

ここでこのデモの背景と残したモノ、そして日本にとっても参考にすべきコトを考えて見たい。

 

まず今回のデモを特徴付ける写真から

 

これは4月10日のデモ隊と治安部隊との衝突の際の写真。

凶弾に倒れた日本人カメラマン村本さんが撮影したモノ

デモ隊側から治安部隊の兵士に向かって擲弾が発射され爆発した瞬間である。

(村本さんはこの映像を撮った直後狙撃された・・・合掌)

兵士は銃を持っているが装填されているのはゴム弾、治安部隊は国民を殺すわけには行かないと命令されていた。

 

 

 

デモ隊と治安部隊の衝突

この写真は4月10日の衝突時のもの、右端に移っているカメラマンが故村本さん

 

 

赤シャツデモ隊はタイ東北部から1日500バーツで雇われて集まった善良な農民。

奥に黒服の男が写っている(黄丸印)。

この黒服グループがライフル銃や擲弾銃で武装した戦闘部隊。

村本さんを狙撃したのもこの黒服グループの一員といわれている。

 

 

そしてこの黒服戦闘部隊、その本質は1982年頃までタイ北部・東北部で武装闘争をしていたタイ共産党の残党が中心とされている。

タクシン派はこの共産党組織を利用し村々に浸透した。

そしてこの組織が軍事訓練までしていたようである。

(その軍事訓練の中心人物が今回のデモ騒動中に射殺された現職の陸軍少将だったらしい)

 

 

こんな事は2001年タクシン政権が発足したとき、はじめて明らかになった。

タクシンの支持母体、タイ愛国党党員の中に1982年まで反政府武力闘争を続けていたタイ共産党の元党員が多数いた。

タクシン政権下で副首相・エネルギー大臣をしたプロミン氏、情報通信技術大臣だったスラポン氏、運輸省副大臣だったプームタム氏、農業省副大臣だったプラパット氏などが閣僚・側近の元共産党員。

これがタクシンの隠れた一面だったのだ。

 

タイのこの事例、日本人も絶対忘れてはならない事を示唆している。

つまり例え20年以上も前の事であっても「武装闘争」していた連中の中には、時期が来れば昔取った杵柄でムチャクチャな事をやらかす原理主義者が居るのだ。

日本でも昔赤軍派との噂の有るお方が今呆務大臣である。

そして首相と官房長官が全共闘のようなお方と言われている。

 

但し若い頃の過激な思想が全て問題ではない。その後実業の世界などで経験を積めば大抵の人は現実路線を進む。しかしその経験のないまま過激派原理主義で凝り固まると問題が起こる。

このタイでの事例が正にそのことを如実に物語っている

 

 

 

 

5月19日 タクシン派デモ隊投降直後放火されたショッピングセンター

 

これはデモ制圧後の5月20日の映像

セントラルワールド・ショッピングセンターのZENデパート部分は完全に崩壊。

 

この放火について4人の男が指名手配され、その内の1人が数日前逮捕された。

タイ東北部出身のこの男は、シャツデモ隊の警備を担当。1日500バーツで雇われていたと自供している。

 

 

 

 

治安回復後の日曜日23日、多数のボランティアによる清掃作業。

(若者が多いことに気づかれただろうか)

 

 

そして6月6日、バンコク都50区の内14区で都議会議員選挙が行われた。結果は反タクシン派が14区中10区を独占するなど圧勝し、今まで多数派だったタクシン派は大敗した。

バンコクの市民はタクシンにノーを突きつけた結果となった。

 

  

しかし田舎の貧しい農民達にはタクシンがばら撒く僅かな金がとても貴重。

そして彼ら・彼女らがデモに参加してもらう1日500バーツの金は田舎での稼ぎの3日分~4日分、だから彼らは嬉々としてデモに参加しているわけだ。

1ヶ月デモに参加すれば何ヶ月かは遊んで暮らせるというわけだ。

(バンコクの最低賃金は1日205バーツ、東北の田舎は150バーツ~160バーツ) 

 

 

そしてもう一つ厄介な事、それは世界的な温暖化サギに端を発した穀物価格の高騰の影響である。

 

 

これはコメ・麦・とうもろこし・大豆の国際価格推移表である。

特にコメは2008年に鋭いピークが有り、それまでの4倍近くに跳ね上がっている。皆さんも記憶にあるとおり、アメリカの強欲マネーが温暖化サギを囃し立て石油価格を暴騰させた。それにつられて穀物価格も暴騰した結果である。

日本では石油価格は暴騰した、しかしコメの価格は影響なかったのであまりピンとこないかも知れない。しかし発展途上国ではこの影響は計り知れない。

タイの場合、コメの暴騰で農民は潤ったか・・・、答えはノーである。儲けたのは精米業者や輸出・流通業者ばかり

此処にタイ北部・東北部の農民達の怒りが有り、タクシン派に付け入られるスキが有ったといえる。

 

タイ東北部ではこの頃から旱魃・病虫害でコメの収穫が地域によっては平年の半分以下のところが多くなっている。こんなところの農民にはタクシンがばら撒く金がいかに貴重か分かる。

 

日本でも若い人に仕事が無い。タイの事例は対岸の火事ではないと思う。

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2010-05-28 08:49

タイ料理を食べてきました

昨日久しぶりに地元のタイ料理店で昼飯にタイ料理を食べてきました。

店は24人で椅子席が一杯になる程度の小さな店。

名前は「ライタイ」

 

食べた物がコレ

 

デジカメを持っていかなかったのでケータイで撮ったので写真は良く有りません。

 

料理の名前は「パット・シーユッ」

日本式に言えば「きしめんの肉・野菜炒め・しょうゆ味」といったところ。

結構いける味でした。

 

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2010-05-24 16:35

反政府デモ後のバンコク中心部に復興の動き

タクシン派反政府デモに占拠されていたバンコク中心部で復興に向けた動きが始まった。

 

<以下5月24日配信バンコク週報より引用>

 

デモ拠点を市民が総出で清掃

 5月23日、反政府組織「反独裁民主戦線」(UDD)のデモ隊が最大の拠点としていたラートプラソン交差点など、都内の6カ所で、市民総出の清掃作業が行われた。

 デモ隊が居座っていた場所は、ゴミが散乱し悪臭を放つ状態となっていた。

 作業に加わったのは10代の若者を含め約4000人。ゴミを片づけたり、竹ぼうきで道路を掃除したりした。

 

 

<引用終り>

 

 

デモ隊の拠点はゴミが散乱し、酷い状態であった。しかしテレビやネットの呼びかけで多数のボランティアが集まり、清掃作業を行っている。

参加人員は上記バンコク週報では4000人だが、別報道では6000人となっている。

 

ゴミを片付ける習慣の非常に少ないタイ人にとって、コレは画期的なことではないかと思う。

(注:現地工場で清掃という習慣の無いタイ人に掃除を教えるのにどれだけ掛かったか・・・それを思うとこの記事、感無量である)

 

 

勿論バンコク都庁職員による清掃作業は20日から始まっているが。

 

これは都職員による22日の清掃風景、

後に見えるのが焼け落ちたセントラルワールド・ショッピングセンター(伊勢丹はこのビルの一番右側)

 

 

 

此処からが23日のボランティアによる清掃状況

 

 

これは日本食チェーン「OISHI」のタン社長・・・富豪である。

タイでは金持ちはこんな汚れ仕事はしないのが当たり前

(注:この写真を見て、此処10年くらいの間にタイが大きく変わったことを痛感した)

 

写真には無いが、清掃場所では都庁やボランティア団体から手袋やマスク、水や食べ物などが配布された。また焼け落ちたセントラルワールドのスタッフが洗剤を配って歩いたりしていたようだ。

 

 

日本では阪神淡路大震災や新潟県中越地震など、災害時にはボランティア活動が盛んに行われ、復興の大きな力となっている。

タイではこの様な習慣は今まであまり無かった。しかしインド洋大津波の頃から変わってきたようだ。

 

タイの早い立ち直りに期待したいモノである。

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2010-05-21 17:05

タイ騒乱の傷跡

タイのタクシン派反政府デモ隊によるバンコク中心部占拠は、5月19日軍の突入とデモ隊幹部投降でようやく納まりかけた。

しかし幹部投降後暴徒化した一部デモ隊により約27箇所のビルが放火された。

この傷跡は深い、バンコクが昔の姿を取り戻すには相当の時間が掛かるだろう。

 

ビジネス街はゴミの山

 

夜が明けても未だ消火中

 

コレは日本のデパート伊勢丹の入っているセントラルワールド

 

しかし日本人には不幸中の幸い、伊勢丹は火災から免れたようだ

これは別の角度からの写真、隣のデパート「ZEN」は全焼

 

 

反政府デモが鎮圧されてみると、色々隠された事が明るみに出てくる。

これはデモ隊がどんな連中で構成されていたか、その報道である。

 

<以下5月21日配信バンコク週報より引用>

 

首脳出頭後、途方にくれたデモ参加者

 


 反政府組織「反独裁民主戦線」(UDD)による反政府デモの中止を受け、デモ隊3000人近くが5月20日、政府が用意した長距離バスで帰省した。


 今回のデモは、参加者の多くが北部や東北地方などの出身者。UDD首脳らが警察に出頭をした5月19日午後1時30分以降、多くの参加者が「聖域」とされていたパトゥムワナラム寺院に駆け込み、慈善団体などからの保護を受けた。

 彼らの多くは即日の帰省を希望していたようだが、「寺院から出ると兵士に射殺される」との噂が飛び交い、恐怖のあまり寺院から一歩も出られなかったという。


 年配の女性は、「故郷の村人に『民主主義のために戦おう』と誘われバンコクまで出て来たのに、デモ拠点に兵士が乗り込むと、その人はすぐに消えてしまった。ほかの人からこの寺院で保護を受けることを知って避難したが、夜間も周辺で銃声が響き、恐怖を感じた」と話す。この女性は、「もう二度と首都でのデモには参加しない」としながらも、「故郷カラシン県で行うならまた参加する」とつけ加えた。


 拠点に設置されたテントなどに立てこもるデモ隊残党もいたが、やがて当局に促され、運輸省が用意した無料バスに乗るための手続きを行った。

 臨時バスの出発地となったラマ1世通りでは、タクシン派の野党タイ貢献党の議員もデモ隊に無料バスを提供すると申し出たが、当局ではこれを許可しなかった。

http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10127

 

<引用終り>

 

この記事で分かるように赤シャツデモ隊はカネで雇われた田舎の善良な農民達。そしてその連中を連れてきたのはやはり金目当ての幹部達であった。

 

その幹部達がタクシンからカネを出してもらった事を証言している。

 

<以下5月18日配信バンコク週報より>

 

UDD幹部、「タクシン元首相が資金供与」

 反政府組織、反独裁民主戦線(UDD)幹部のひとり、チャラン氏は5月17日、UDDがタクシン元首相から資金援助を受けていることを認めた。

 このほか、スダラット元タイ愛国党副党首など複数の政治家が財政支援を提供しているというが、具体的な金額は不明という。

 ただ、同氏は、「デモには費用がかかる。幹部もデモ隊も足りない分は自分たちで負担している。資金援助を受けてなにが悪い」と述べている。

 また、当局は16日にUDDへの資金援助を断つための措置を発表、実施したが、非常事態解決センター(非常事態宣言下の統治機関)は17日、「タクシン元首相の元妻ポチャマン氏の側近2人が氏に代わって銀行口座からそれぞれ6億バーツ、8億バーツを引き出していた」と明らかにし、その目的を調査する必要があるとの見方を示した。

 なお、関係筋によれば、UDD幹部の中には、銀行預金が1億バーツ以上という者、高級車や豪邸を購入した者もいるとのことだ。

http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=10078

 

 

<引用終り>

 

この様にタクシン派とはタクシンがばら撒く莫大な金目当てのゴロツキ集団、しかし田舎の善良な農民達も一度この甘い汁を吸ってしまったのである。

 

多分この事が今回の反政府デモの残した最大の傷跡ではないか。

一度甘い汁を吸った連中は又それを求めて行動する。

此処からの脱却は容易ではない、タイの苦難はまだまだ続く。

 

 

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2010-05-20 12:15

タイの騒乱はタクシンによるテロ

タイの騒乱は昨5月19日、タクシン派反政府デモ隊の幹部が投降したものの一部強硬派による抵抗が続いている。

占拠地区では各所で放火・略奪でムチャクチャ。

 

<以下newsclipより引用>

タクシン派が連続放火、セントラルワールド炎上

2010/5/19 (22:06)
 

【タイ】タイのテレビ報道によると、19日にタクシン元首相派に放火されたバンコク最大級のショッピングセンター(SC)、セントラルワールドが同日夕方から夜にかけ激しく炎上し、一部が倒壊した。タクシン派はほかにも、ラマ4世通りやディンデン地区など20カ所以上で放火し、テレビ局チャンネル3があるラマ4世通りのマリーノンタワー、アソーク交差点の銀行支店など、日本人居住地近くでも火の手が上がった。

 

 セントラルワールドは欧米の高級ブランド、伊勢丹、紀伊国屋、多数の日本食店が入居するバンコクのランドマーク的存在で、建物前には高架電車BTSの線路がある。今回の火災が観光、交通やタイ人の精神面に与える影響は極めて大きいと予想される。

 

 タクシン派が放火したのはほかに、▽セントラルワールドに隣接する高層ホテルのセンタラグランド▽BTSサイアム駅前の巨大SC、サイアムパラゴン▽サイアムスクエアの映画館▽ラマ4世通りのディスカウントストアのテスコ・ロータス、バンコク銀行支店、カシコン銀行支店、首都電力公社オフィスなど▽戦勝記念塔のショッピングセンター、センターワン▽ディンデン地区のバンコク銀行支店、セブンイレブン▽バンコク銀行のフアラムポーン支店▽タイ証券取引所(SET)ビル――など。

 

 タクシン派は夜間外出禁止令が出た19日午後8時以降もバンコク各地で放火、銃撃を続け、被害が拡大した。放火の標的となったバンコク銀行は反タクシン派の黒幕とされるプレム枢密院議長と関係が深い。セントラルワールドを所有運営するセントラルグループも反タクシン派とみられていた。

 

 タクシン氏は首相在任中に職権を利用して不正に利益を得たとして、先月、裁判所命令で資産490億バーツ(約1400億円)を没収された。今回の連続放火にはタクシン氏の意思が働いたという見方もある。

 

<引用終り>

 

タクシン派反政府デモ隊が占拠していたのはバンコクのビジネス街中心地。

そしてセントラルワールドはその中でも中心的存在で日本のデパート伊勢丹があるので日本人にもなじめ深い。

 

炎上するセントラルワールド(5月19日午後)

 

かつての伊勢丹

 

伊勢丹の有るセントラルワールドは今日5月20日朝の報道では全焼らしい。ビルそのものが崩壊の危険があると報道されている。

 

そのほか銀行・証券取引所などが多数放火され、恐らく壊滅状態であろう。

(危険で消火活動が出来ないので、火をつけられたら燃えるに任せるだけ)

この復旧には相当の年月が掛かる。タイにとっては致命傷と言えるだろう。

 

では何故タクシン派こんな事をしたのか?

前回「混乱するタイ<混乱の元凶タクシンの実像」としてエントリーした。

http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/1549355/

 

改めて要点を説明すると

 

1) タクシンとは華僑2世(中国名:丘達新)でカネの亡者である

 

2) 一代で莫大な富を築き、それをばら撒く事で政界に進出。2001年には首相になったが5年後失脚。

 

3) 支持基盤はタイ北部・東北部の貧しい農民だが、それを束ねているのはタイ共産党の残党

   (当然中国との関係がささやかれている)

 

4) 政権復帰を狙っており、最終的には首相より上を狙っているといわれている。

(大統領制とかタクシン王朝とか取り沙汰されている)

 

 

では どの程度のカネの亡者か

 

上の記事にある「先月、裁判所命令で資産490億バーツ(約1400億円)を没収された

これはタクシンの首相在任中に資産が増えた分は不正蓄財とみなされ没収された物。

(タイの首相は会社経営してはいけない、株も持ってはいけないことになっている・・・不正防止のため)

 

さてタクシンが首相をしていたのは2001年~2006年までの約5年、この間に不正蓄財が約1400億円。

だから1年で280億円、労働日1日当たり1億円以上稼いだ事になる。

凄いの一言ではないか。

子ども手当て1ヶ月1500万円とは桁が違う。

 

このカネでタイ共産党の残党に武力闘争させているのが現在のタイの騒乱の実態。

 

4月に日本人カメラマン村本さんが射殺されたが、この犯人はライフルを持ち黒覆面姿であったと報道されている。

多分コレが共産党の残党による狙撃部隊。

現地では村本さんは一発で急所を打ち抜かれ即死状態、

これはプロの仕業であろうと言われている。

 

タクシンの暗躍を示す事例が見つかった。4月22日、レムチャバン港で摘発されたライフル銃の密輸事件。

これは関税局が公表した密輸されたライフル銃の一部。

全部で1000丁あったそうだ。

 

日本で市販されているライフル銃は1丁10万円から20万円くらい、10万円としても1000丁で1億円。

こんな事の出来る人物はタクシンしかいないと考えられている。

そして多分コレは氷山の一角、カンボジア辺りからなら幾らでも密輸のルートがある。

タクシン派には相当数の武器があると見られている。

 

最後にタクシン派と日本の民主党政権には類似点が多い。

瓜二つといっていいだろう

 

   <タクシン>       <日本の民主党政権>

1) 華僑である   ⇒ 在日が異常に多い。

               帰化して即国会議員になった議員も

 

2) 共産党の残党 ⇒ 日本赤軍上がりの法務大臣以下多数

 

3) 大富豪     ⇒ 子ども手当てが月1500万ははした金

              (貰っても知らぬ存ぜぬ)

 

4) ばら撒き政治 ⇒ 口から出任せの政策

              (子ども手当て他多数)

 

タイの政治の混乱は日本の明日を暗示しているように見えるのだがどうだろう。

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2010-05-19 18:29

タイの騒乱はおさまるか

多数の死者を出したタイ・バンコクでのタクシン派反政府デモは今日政府軍が鎮圧に乗り出し、反政府デモ隊の幹部が今日午後警察に投降した。

 

今回の騒乱では13日から昨日18日までの死者は38人、負傷者は270人以上に達していた。

更に今日の軍による鎮圧でも多数の死傷者が出ているようだ。

 

<以下タイのnewsclipより引用>

 

バンコク都心の反政府集会解散へ タクシン派幹部、警察に投降

2010/5/19 (13:51)
 

【タイ】ジャトゥポン下院議員らタクシン元首相派団体「反独裁民主戦線(UDD)」幹部は19日午後1時半、バンコク都心のラーチャプラソン交差点での反政府集会で、集会参加者に対し、「自分達は警察に投降する」「参加者は帰宅するように」と演説した。その後、集会場所に近い警察本部に徒歩で向かい、出頭した。

 

 タイ政府の治安部隊は19日朝からバンコク都内の数カ所でUDDの強制排除を始め、中古タイヤ、竹などで作られたUDDのバリケードを装甲車で壊し、ラーチャプラソン交差点に迫っていた。UDDは路上のタイヤを燃やしたり、自動車、建物に放火するなどして反撃。一部では銃撃戦が起きた。

 

 この衝突で多数の死傷者が出たもよう。テレビ報道によると、ラチャダムリ通りではイタリア人の男性ジャーナリストが銃で撃たれ、UDD支持者が病院に運んだが、死亡した

 幹部の投降後も支持者の一部はラーチャプラソン交差点周辺に残り、セントラルワールド前、サイアムディスカバリー前、サラシン交差点などで黒煙が上がり、銃声が響いている。

 UDD支持者は同日、タイ中部アユタヤ県、東北部カラシン県、ウドンタニ県、北部チェンマイ県などの県庁前、東部チョンブリ県のレムチャバン港近くなどで反政府集会を行っている。

 

 

放火、銃撃 幹部投降後もタクシン派抵抗続く

2010/5/19 (14:54)
 

【タイ】タイのテレビ報道によると、19日午後、バンコク都心のラーチャプラソン交差点で反政府集会を続けていたタクシン元首相派団体「反独裁民主戦線(UDD)」の主要幹部が投降した後も、タクシン派の一部はラーチャプラソン交差点、ディンデン交差点、サラシン交差点などで放火、銃撃などで治安部隊に抵抗している。

 

 治安部隊はサラシン交差点で銃撃、放火などで足止めされ、午後2時半時点でラーチャプラソン交差点に突入できていないもよう。ラーチャプラソン交差点のショッピングセンター(SC)、セントラルワールド前や近くのSC、サイアムディスカバリー前などで黒煙が上がっている。SCが略奪、放火されたかどうかは不明。

 ディンデン交差点ではセブンイレブンなど建物数棟が燃え、銃声、爆発音が断続的に響いている。

 ラマ4世通りのルムピニ・ボクシング・スタジアム周辺では銀行支店2店が炎上

 

注:本文中の太字は引用者が太字にした

<引用終り>

 

 

今回の騒乱がコレで収束に向かうのかは未だ分からない。

しかし現地の市民の殆どがタクシン派に対し強い反感を持っている。

これ以上の流血が起きない事を期待したい。

 

しかしこの騒乱、タクシン派には20年前まで武力闘争を続けていたタイ共産党が多数入っている。

その為M79擲(てき)弾銃やライフル銃などの火器を多数持っており、軍隊と言えども簡単には制圧しにくい。

今後も予断を許さないと思う。

 

コレと多分関係があると思われるのが先月4月22日、タイ最大の貿易港レムチャバン港で摘発されたライフル銃1000丁の密輸事件

 

(フィリッピンから密輸されたといわれているライフル銃)

幾らなんでもライフル銃1000丁である。単なる暴力団などで出来る量ではない。

間違いなく内乱をたくらんでの輸入であろう。

こんな事の出来るのはタクシン位しかいないと見られている。

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2010-04-21 10:51

タイ米の話

火山噴火の話で1993年のコメ凶作の際、タイ米を大量に輸入したが非常にまずかった。こんな話を書いたが皆さんから色々ご意見を頂いた。しかしコメント欄では書ききれないので私の知るタイ米についての話を少々。

 

まず最初にコメの種類のアウトライン。

日本のコメはジャポニカ種、タイのコメはインディカ種といい、インディカ種はジャポニカ種より細長いのが特徴。

どちらも糯(もち)米と粳(うるち)米が有るが、今回はうるち米を対象に話を進めたい。

 

タイ米=インディカ種は炊いてみるとパサパサして粘り気が少ないのが特徴で、食べた人は不味いと言う人と美味しいと言う人に分かれる。

93年に輸入されたタイ米を食べた人だけでなく、タイに住んでいる日本人でも不味いと言う人が少なからずいる。

 

何故不味いのか、よく聞いてみるとその理由は

1) 元々品質の悪い低級品を食べていた・・・当然値段は安い

2) タイ米にあわない調理方法・食べ方だった

 

まずタイ米の品質について

この写真を見てください

 

 これは収穫した稲籾を乾燥しているところ。なんとも原始的な方法。

車が走っているが此処はなんと国道一号線(!)の道路上。

バンコクから北に400キロほど、ターク県での風景だ。

(注:国道一号線=バンコクからチェンマイチェンライ方面へ行く国道)

 

いくら道路が広いとはいえ大型トラックがビュンビュン走っている道路で農作業、

このやり方で日本並みのきちんとした管理など出来ないのは納得できる。

 

 

 

次にその調理法だが、タイ米はこんな物で調理している。

 

これはタイ米を炊く為の鍋、どう見ても弥生式土器

タイ米はこの鍋で多めの水で炊き上げる、炊き上がったら余分な湯を捨てて10分から20分蒸らして水気を飛ばし出来上がり。

この鍋のように素焼きの物が湯を捨ててから蒸らすのに一番向いている。

こんな一見原始的な鍋を使うのが一番美味しい。

 

(参考:タイの田舎では今でもコレを練炭コンロにかけて飯を炊いている。この鍋、大小二つで約250円ほどと安い。しかし割れないようハンドキャリーで持ち帰るのが大変だった)

 

この方法、日本でも湯取りメシとか湯取り法とか言って江戸時代中ごろまで一般的な方法だった。

この方法だとコメのねばねばしたところを捨ててしまうので日本米でもネバネバ感の無い仕上がりになる。

 

そしてこんな風に食べる

 

タイの御飯の最も一般的な食べ方・・おかず載せ御飯又は汁かけ御飯(カイ・ケーン)。

 

タイ米は日本米と違いコメそのものは特別な旨みは無いが、このように他のおかずと一緒に食べると美味しい。

どんなおかずにも相性が良い

 

メシ屋ではトレーに何種類かのおかずを並べ、お客さんはその中から好きな物を選んでメシにかけてもらう。

 

御飯はパサパサだからスプーンとフォークで食べる。

 

 

さてでは日本米はどうかと言うと 

 

日本米の炊き方は、現在は電気炊飯器が当たり前(一部ガス式も)、然し1950年代まではこんな物で炊飯していた。

 

 

実はこの重くて大きいフタがこの釜の肝心なところで日本独自の発明品。この重いフタのおかげで中の圧力が上がり温度も上がる、いわば圧力釜状態で炊飯する。そして木のフタが余分な水分を吸収する。

「はじめチョロチョロ、中パッパ、赤子泣いてもフタ取るな」という炊き方はこの釜が出来た為に出来た言葉。

 

そして現在の電気釜もこの重いフタ付きの釜の炊きかたをそのまま機械化したもの。

いかにしてこの釜で炊いた御飯に近づけるかが炊飯器の重要事項。

 

炊き上がったコメは、湯の中のネバネバした部分までコメに炊き込んでしまうのでモッチリした粘り気のある御飯になる

 

従って食べ方も御飯はそのまま箸で食べる。おかずはおかず、御飯は御飯だけで食べるのが日本式。

だからコメに甘みや旨みが無いと食べにくい。

 

最後にタイ在住の日本人でもタイ米はまずいと言う人が居る。

よく聞いてみると、多くの場合不味いのは会社の社員食堂や学校の学食の御飯。

日本以上にタイのコメは美味しい物と不味いものの落差が大きい、そして安い食堂の御飯は確かに不味い。

 

私の経験では大分以前の話だが、会社で従業員食堂をオープンしたとき、タイ人総務部長から1食15バーツでよい言われたのでそれでオープンした。しばらくするとタイ人から飯が不味いと苦情が出てくる、食べてみると確かに不味い。業者を替えたりしたが変わらない、いろんなことをやってみて結局安いものでは良いコメが使えない、良いおかずも出来ないとわかった。結局コメは会社支給にし、単価も値上げしやっと美味しい御飯が出来るようになった。

 

結局カネを出せばうまい物が食べられる・・・そんなのは当たり前(笑)

こんなことが分かるまでに随分遠回りしたモノである・・・・・(泣)

 

 

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2010-04-15 16:51

混乱するタイ<混乱の元凶タクシンの実像

タイの反政府デモは未だ続いている。日本人村本さんを含む21人もの死者を出したが、未だ収束の方向は見えていない。

然しこの時期タイはソンクランと言うタイの正月にあたり、水掛祭りで有名な時期。

デモ隊も繁華街に一角に座り込んでいるものの、ライフル銃ではなく水鉄砲を持って水掛祭りを楽しんでいる。

                             

忙中閑ありなのか、我々にはなんとも理解しがたい光景では有る。

 

 

このデモ参加者にはUDD側から日当が支払われている事が分かっている。

デモ参加者は一日500バーツ(約1500円)、

(参加時間が少なければ300バーツくらいになる事もあるようだ)

タイ東北部の最低賃金は一日150バーツ~160バーツ、バンコクでも一日205バーツである。アゴ・アシ付きでこのカネがもらえるならいい仕事。

 

また昨年のデモ騒ぎのとき殺人や障害などで逮捕された連中は1人5,000バーツで雇われていた。この5,000バーツと言う金額、バンコク周辺の工場労働者の1か月分の所得に相当するが、タイ北部・東北部では2か月分、或いは3か月分以上に相当する。

 

 

この様な反政府デモの内幕を理解した上でその首謀者を見てみたい。

この反政府デモの首謀者タクシンは現在国外逃亡中であるが、その支持者が今回の反政府デモを引き起こした。

そのタクシンの真の狙いは何か、この点を私なりの見方で述べてみたい。

この件は丁度一年前にも「タイ混乱の元凶タクシンとは?」としてエントリーしたが、内容を改訂した。

 

 

 

まずは簡単にタクシンの経歴を

 

タクシン・チナワット  

・ 1949年生まれ  中国名:丘達新

  チナワット家はタイ北部チェンマイ在住、中国広東省出身の華僑、1860年来タイの通称「客家」

  同家はビルマとのシルク・アヘン取引で財を成したといわれている

・ タクシンは警察士官学校を出た警察官、アメリカの大学に2度国費留学

  警察時代から事業を始め、はじめは失敗するも携帯電話事業が成功(タイ最大手AI

・ 1987年 警察を辞職

・ 1994年 政治活動開始

・ 1998年 タイ愛国党設立

・ 2001年 総選挙に勝利し首相に就任

・ 2006年 クーデターで失脚

・ 2008年 2007年末の総選挙でタクシン派が勝利 

        同派の首相就任

        2008,1-2008,11,9 サマック氏(タクシン子飼い)

        2008,11,9-2008,12,2 ソムチャイ氏(タクシンの妹婿)

        PAD(黄シャツ集団)による空港占拠などの混乱で辞任

・ 2008年12月15日 反タクシン派アピシット首相就任により反政府運動開始(赤シャツ集団)

・ 2010年2月26日 タイの最高裁、タクシンの不正蓄財を認め国内で凍結中のタクシン資産の約6割、約1240億円の没収決定

 

 

この経歴の中で注目することは2つ

1) 警察時代から事業を始めたとはいえ、2001年首相就任頃迄の僅か20年くらいでタイ一番の富豪といわれる財を成したこと

2) 政治活動を始めて7年、与党タイ愛国党結成して3年で過半数を占める多数派となり首相就任

 

この様に非常に短期間で巨万の富と政権トップの地位を手に入れた事を注意して欲しい

 

尚米経済誌フォーブス2008年度版等によればタクシンの推定資産は約24億USドル(約2,400億円)。

この内2050億円は汚職捜査で凍結されていた、しかし2010年2月最高裁の判決でこの内約1240億円は没収。

 

 

 

次に2001年のタクシン政権の基盤となったタイ愛国党について

 (注:現在は活動禁止されている)

1998年 タクシンによって設立

日本語名称が愛国となっているので日本人には右派的な印象がある、

しかし実際は左派的色彩が強いグループ。

特に党員の中に1982年まで反政府武力闘争を続けていたタイ共産党の元党員が多数いる。

タクシン政権下で副首相・エネルギー大臣をしたプロミン氏、情報通信技術大臣だったスラポン氏、運輸省副大臣だったプームタム氏、農業省副大臣だったプラパット氏などが閣僚・側近の元共産党員。

 

党勢拡大、選挙の時などには特に地方では元共産党員を総動員して活動

 

政策は開発独裁を志向し、やや反民主主義的かつばら撒き福祉的とも、

景気のいい話で財界の支持を集める一方貧困層向け施策で北部・東北部の農村で人気、

しかし言うこととやることが食い違い、反対派からはタクシンの個人的利権団体と言われている。

 

タクシンが華僑2世である為か中国と親密な関係が有り、北京に支部を開く。

 

然しこのタイ愛国党は2007年憲法裁判所により解党命令を受けた。

従って今はタイ愛国等のメンバーはバラバラになっているように見えるが、2007年の総選挙にはPPPとして参加している。

 

そして今回の反政府デモを行っている「反独裁民主統一戦線(UDD)」としてタクシン派が再結集している。

 

 

 

また何故タクシン派が総選挙を要求しているのか?

 

今回の反政府デモでもタクシン派は総選挙を要求している。

外から見ると民主的な選挙で選ばれた人が政治を行うのが当たり前、何故いけないのか。

また総選挙をすると何故タクシン派が勝つのか?

 

 

これを理解する為にはタイの選挙制度、警察制度を知る必要がある。

 

まず選挙制度、

 

タイは18歳以上の全ての国民に選挙権がある事になっている。

この選挙人名簿は「タビアン・バーン」と言う家の登記証と戸籍と住民登録が一緒になったものに基づいて作成される。

(分かりにくく長ったらしい話だが我慢してみて欲しい)

このタビアン・バーンは持ち家にしか発行されない、また戸主との姻戚関係が無くても登記できる、15歳になってID(身分証明書)を作る際必要と言った理由から、田舎の親・親戚・知人の家に登記することが多い。

 

バンコク周辺には多数のタイ人がアパート暮らしをしている、

この人たちは例え結婚しようと、子どもが生れようとタビアン・バーンは持てない、

だから生れた子どもも同様である・・・これがタイの法律。

 

 

以上の理由でタイでは選挙は田舎に帰って投票する必要があるわけだ、

(但し最近 正当な理由を明確にして事前に登録すれば別の居住地でも投票できるようになってきた。)

 

タイは投票は国民の義務との考えが強く、投票率は70%位と高い、また投票しないといろんなペナルティが有る様だ。

 

投票は日本と同じように小学校などに投票所を設けそこで投票するのだが、日本と違い一人一人の入場証は無い、

投票所の壁に選挙人名簿を張り出し、投票する人は自分のIDカード(身分証明書)を提示しチェック後投票する。

 

タイのIDカードサンプル

これは最近採用が始まったICチップ付きのもの

(写真の人は本文とは(無論私とも・・残念!)関係有りません)

 

 

以上のことから一見公正な選挙のように見えるが、誰々さんちの人はまだ投票に来てないことが分かるとか、

投票に来た人が写真に似ていれば(鼻薬を利かせれば)別人投票が可能とか色んな問題が有る。

極端な例では選挙人登録人数より投票総数が多い(!)とか、開票中停電(!)したりとかが有るといわれている。

 

これは2007年の総選挙風景 (タイの東北部コンケーン県) 

 

またこの投票所の責任者は村長が勤める事が多い、然しタイの田舎などでは村長さん自身が買収組織の要員である。

そして投票日前夜は犬の鳴く夜といわれ、夜になると各家を回り買収金を渡していく事が当たり前である。

 

この様な選挙なので田舎に勢力を拡大し、巨額の買収資金を持ったタクシン派が有利なのは当然である。

この選挙制度、簡単には改善が難しいので反タクシン派にとってもあからさまに問題と言いにくい。

 

この買収金がいくら位かは公にされる事は勿論無い。

しかし2007年12月の総選挙では1人300バーツプラス一戸当り1000バーツとか、都会では高齢の男性にはバイアグラ(!)をつけたとか言われている。

(誰ですか! それなら私もと言ってるのは・・・)

 

尚タイの総選挙に掛かる費用はアメリカの大統領選挙に掛かる費用より巨額だと言われている。 

 

 

 

 

次に警察制度

 

タイの警察官は給料が安いことは一般に知られている。

そのためさまざまな副業をしないと食べていけない。

一般日本人の方でも時々道路を走っていてお巡りさんに止められ、わけのわからない交通違反で金を取られたことがあると思う。

この金が彼らの生活費であり、又上部への上納金に当てられているわけだ。

 

タクシンが警察官時代、その給料は月3,000バーツで有ったとの話がある、

(勿論初めの頃の話、だから彼の20歳代の事であろう)

いくら彼が20歳代・・多分1970年代(?) の事とはいえ国費で2度も米国留学するエリートの給料としては???である。

 

その分裏金、賄賂、副業が当たり前で、その分があるから警察官商売が成り立つ・・これがタイの警察の実態。

初めてタイに行ったときタイでもっとも危険なマフィアは警察と言われ、全く信じられなかったが事実であった。

 

そしてタクシンは警察内部を金でしっかりおさえている、

(また彼の奥さんポチャマン夫人は警察中将の娘でこの面からもおさえている)、

結果として今でも警察はほとんどタクシン派である

 

だから選挙においてもタクシン派が選挙違反になるのは都会だけ、田舎では警察に刃向かうのは命がけである。

 

今回のデモ隊との衝突事件、デモ隊からは軍を狙って狙撃された。(村本さんも不運にも狙撃されたようだ)

だが警察には死者はいない、警察はデモ隊の標的ではないのである。 

  

 

選挙においても警察の役割は大きく、それがタクシン派であること、しかもこれを簡単には排除できない事も問題だ。

 

 

以上をまとめると

タクシンが選挙で勝つため

・ 地元行政・有力者を取り込み

・ 地方の貧しい層に浸透した元共産党組織・人脈を利用し

・ 徹底した地方へのばら撒き作戦を行い

・ 警察組織を自派に取り込む

 

この様な多角的な組織づくりで選挙を戦ってきた、

この為わずか結党3年で過半数を制し首相に就任するという結果となった。

<実に素晴らしい能力の持ち主! 並みの政治家では到底まねの出来ない企画・管理能力では無いか!>

 

 

最後に、ではタクシンの真の狙いは何処にあるか、

蓄財か?

 ・・・それなら十分稼いだと思うが・・・

政権か?

 ・・・首相になればその上には何があるか・・・

 

この真の狙いについては巷間噂されるところしか知りえない、

しかしタイ人の間でまことしやかにされている噂は、

首相の上を狙う」というもの、

これが王政転覆なのか、タクシン王朝なのかは分からないが、

タイ人はそんなことを言っている。

しかしこれは単なる憶測の域を出ないので、

こんな噂話があることを指摘するにとどめたい。

 

今回の赤シャツデモ隊がライフル銃だけでなく、M79などという軍隊用の小火器等で武装しているところ、1970年代のタイ共産党の武装闘争を髣髴とさせる。

(元共産党員にとっては「昔取った杵柄」であろう)

 

タクシンの政策、そして日本人・日系企業への影響については

別の機会に述べたい。

タクシンの二枚舌の為、かなりひどい目にあっているのだが、真相が分かりにくい

 

 

左翼がかった政権が腐敗にまみれ、国民の耳に心地よい話をしながら、実際は私服を肥やすのに汲々としている。

これは中国韓国ノムヒョン政権でも同じ、

左翼がかった政権に共通する特技のようだ

 

 

最後に日本の民主政権と瓜二つと言ってよい共通点がある。

 

   <タクシン>       <日本の民主政権>

1) 華僑である   ⇒ 在日が異常に多い。

               帰化して即国会議員になった議員も

 

2) 共産党の残党 ⇒ 日本赤軍上がりの法務大臣以下多数

 

3) 大富豪     ⇒ 子ども手当てが月1500万ははした金

              (貰っても知らぬ存ぜぬ)

 

4) ばら撒き政治 ⇒ 口から出任せの政策

              (子ども手当て他多数)

 

タイの政治情勢は日本にも良い鏡となると思う。

 

  1. タイiza10年以前
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2010-04-13 17:13

混乱するタイ

タイで流血の惨事が続いている。日本人カメラマン村本さんが胸を打たれて死亡するなど21人が死亡した。

 

所でこのタクシン派赤シャツデモ隊との衝突事件、丁度一年前にも同じことが起こっている。

この問題の根の深さを考える上で一年前の事件を見ながら考えたい。

 

 

最初に事件の写真

 

<村本さんが撮影した事件現場写真>

デモ隊が軍隊に向かって爆発物を発射。

 

多分コレを使って”てき弾”を発射しただろうと言われている

 

4月10日夜のデモ隊との衝突では兵士4人、民間人17人が死亡している。

所でこのTV映像を見た人は疑問に感じないだろうか?

武装した兵士に対し、武器を持っていないはずのデモ隊が衝突したら、兵士が逃げ出して装甲車まで奪われている事に・・

タイの軍隊ってそんなに弱いのか

 

以下はバンコク週報の記事

【政治】 04/12

治安当局とUDDが批判の応酬

 4月10日の衝突で多数の死傷者が出たことに対し、当局とUDDが批判の応酬を繰り広げている。

 11日時点で死者数はデモ参加者など民間人17人と兵士4人の計21人、負傷者数は兵士と民間人合わせて858人となっている。

 UDDは11日、「デモ隊に対する武力行使」と、政府を厳しく非難。一方、パニタン政府報道官代行は、「治安部隊が行ったのは、群衆整理ルールに従った、銃口を上に向けた威嚇射撃。これに対し、デモ隊側から、兵士が装備しているものとは異なる催涙弾や小型爆弾が投げ込まれた」と反論している。

 
テレビ報道では、てき弾とみられる爆弾が治安部隊側で爆発し、複数の兵士が負傷した画像や、黒い目出し帽・服装の者がライフルを構え治安部隊側に水平射撃している画像もされている。

<以下省略>

 

 

http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=9823

 

実はこの時タイの軍隊は武装していると言っても中身はゴム弾

これでは至近距離で無い限り殺傷能力は無い。

デモ隊はそれを知っていたので、武装した軍隊に平気で向かって行ったのである。

 

<軍から奪った武器を公開するデモ隊>

 

<これが治安部隊の武器のゴム弾>

 

(コレで撃たれたのなら、村本さんも怪我だけで済んだろうに・・合掌)

 

今回の件、タイ国軍のコメントはデモ隊が強力な武器で武装していたので鎮圧に失敗した。このように言っている。

(竹ミツと真剣でチャンバラをやっている様なもの、そりゃあ逃げる訳だ) 

 

 

さていよいよ本性を表したタクシン一派だが、丁度一年前全く同じことが起こっている。

アセアン会議のぶっ壊しだ。

 

アセアン会議会場に乱入する赤シャツデモ隊

 

この事件、一年前の同じ時期に起こっていることに注目。

丁度この時期はタイではソンクランといってタイの旧暦の正月、そして水掛祭りで有名な時期である。

重要なのはこの時期、タイは農閑期でタクシンの地盤のタイ東北部の農民はヒマなのである。

 

昨年のこの騒動では何人かの騒動を起こした連中が逮捕された。

そして判明したのがこの連中、1人5,000バーツで雇われてやってきたと言う事である。

5,000バーツは日本円で約14,500円だが、バンコクの工場労働者の約1か月分の収入、タイ東北部の貧しい農民には2~3か月分の収入になる。

だから彼らは喜んでやってくる。勿論食事は支給される。

こんないい事は無い訳だ。

 

タクシン一派にはタイ東北部で昔武装闘争をしていたタイ共産党の残党が入っている。

(民主の名を借りた共産主義者・・・どこかの国の民主党そっくりである)

この連中が今回の武装闘争を指揮していた事は確かだろう。

 

<続く>

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2009-07-27 16:24

こんなことで自国語を失っていく

タイ東北部の一番北、ラオスとの国境にノンカイという町がある。

町の北側をメコン川が流れ、そこが国境となっている。

ここにはオーストラリアの援助で友好橋(フレンドシップ ブリッジ)が出来ており、ここで国境を渡ると25キロほどでラオスの首都ビエンチャンに着く、

 

   <ここがノンカイとラオスの首都ビエンチャン>

 

最近こちらの出身の人からこんな話しを聞いた。

ビエンチャンでは国語は当然ラオス語なのだがタイ語も通じる、否今ではタイ語を使う人が増えてきてラオス語を話すと田舎者と馬鹿にされる、

そのもっとも大きな理由はタイのテレビが自由に見られるのでタイの文化がストレートに入ってくる事、

ノンカイ(タイの一地方都市)が首都ビエンチャンよりはるかに大都会でラオス人はビザ無しで自由に往来できる、だからタイの文化や物が自由に入ってくる為との話であった。

 

そしてこれは詳細は不明だが、ビエンチャンのラオス人の金持ちはノンカイに家を買い、子どもをタイで教育を受けさせると言ったことも行われていると聞いた。

 

 

ノンカイのラオスとの国境のメコン川

このあたりで川幅は200M位、この写真は乾季なので水量が少なくタイ側は遠浅の川(?)で水泳場になっている。

上に見える橋が友好橋(オーストラリアの援助で1994年完成)、今年3月ここを通る鉄道も開通した

尚この時期のメコン川は所によっては歩いて渡れるところもあるらしい。 

  

前回エントリーで日本がその文化や技術を世界に発信し続けている限り、日本語の価値が世界の中で埋没することは無いという私の考えを述べた。

所でこのラオスとタイの事例では、正に言葉が亡びてゆく過程そのものではないか。その原因と背景を考えて見たい。

 

まずはじめにラオスの歴史から、

 

ラオスもタイの広い意味でのタイ族、言葉もタイ語グループである、その歴史はどちらも12世紀頃中国雲南省方面から南下してきたグループ、永年ラオスはタイの属国であったが独立が彼らの悲願、その為1893年フランスの保護国(植民地)となり、1953年ラオス王国として完全独立、1975年共産党政権によるラオス人民民主共和国となり現在に至っている。

 

ラオスの人のタイに対する思いを示すエピソードを2つ、

 

最初はタイ国第一番の国宝であるエメラルド寺院(ワット・プラケオ)に有るエメラルド仏、・・・タイの守り本尊・・・

これは今から230年前ラオスから戦利品として奪い取るまではラオスが約200年間国家の宝としてビエンチャンのワットプラケオに安置していたもの、ラオスは今でも返せといっている。(タイに言わせるとその前はチェンマイにあったもので元々タイのもの、それを取り戻しただけ)

 

次はタイのジャンヌダルクと言われ信仰を集めているタオ・スラナリーの件、・・・タイの三大女傑の1人・・・

1826年侵攻してきたラオス軍をこの女傑が撃退、タイ人なら誰でも知っている武勇伝だが・・・

ラオスから見るとこれは侵略ではなくラオスの独立運動、然し敗走したラオス軍を追ってビエンチャンに攻め込んだタイ軍はビエンチャンの町を完全に焼き払い、多数のラオス人を(五万とも十万とも言われる)連行、強制労働させた。

この為ビエンチャンにはこれより古いものはほとんど無い。

 

こんな事がラオス人のタイに対する国民感情を作っている。

だから共産主義国となってもラオスではタイの影響を極力排除する政策を採ってきたわけだ。

 

 

然し国力の差はいかんともし難い、

国土こそタイの半分弱だが人口はタイ6700万人、ラオス630万人と十分の一、そして一人当たりのGDPはタイ8200ドル、ラオス2200ドル程度だ。

主要産業は農業、外貨獲得は観光と木材輸出、そして水力発電の売電位の物。

これではラオスからタイに発信できるものは何も無いのが分かろうと言うもの。

 

メコン川を渡る送電線の鉄塔(対岸はラオス)

 

 夜のなるとタイ側のノンカイの町は夜景が綺麗だがラオス側は真っ暗、然し昼間よく見ると家が無いわけではない。

そこにラオスの貴重な外貨稼ぎの送電線鉄塔がそびえる。

国民は真っ暗な中で暮らし、タイの美しい夜景はラオスの電気が支える・・・

 

 

このように貧しく、タイに発信できる文化も技術も無い国では、言葉までタイに呑み込まれるのも止むを得ないのかもしれない。

歴史的な国民感情なども現実の前には無力なのであろう。

これが言葉まで呑み込まれそうになっている国の実態である。

 

 

尚私は明日から1週間ほどタイに出張します。

パソコンは持って行きますがブログを見る時間が有るかどうか分かりません。ご意見など有りましたら返事が遅れ失礼するかもしれませんがどうぞご容赦を。

 

 

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2009-07-22 16:29

タイの中の外来文明と言葉

タイに住んでいる日本人の間では有名な人にレヌカーさんという女性の方がいる。

勿論れっきとした日本人で日本の名前も持っているのだが、タイ人外交官の方と結婚したのでレヌカーさんと名乗っており、今はレヌカーの旅という旅行会社を経営されている。

 所でレヌカーさん元々歴史や美術に造詣が深く、5年ほど前に「フィリップ・ローソン著 東南アジアの美術」なる本を翻訳した。 

私もフィリップ・ローソンなる人物も全く知らなかったが、レヌカーさんが実に15年がかりで翻訳したこの著書は美術の専門書ではあるが実に面白い内容、その一端を紹介したい。

 

   (株)めこん刊

 

 

この本の中で著者のローソンが最初に言っていること、

 

「東南アジアの美術 P3 はじめに」より抜粋

 

  はじめに

 

文明はその光で周縁を照らし、その圏内に取り込もうとする。こうした文明の力を開化力と呼ぶが、その強さで言えば世界に数ある文明の中でもインド文明はその最たるものの1つであろう。

インド伝来の思想は中国朝鮮、日本、チベットモンゴル等、極東に位置する国々にまで及び、素晴らしい文化を生み出した。

西欧文明もまたその少なからぬ部分をインド文明の影響に負っている。ビルマ以東、シャム湾沿岸からジャワ海に散在する文明圏においては、文明の存在そのものが創造性豊かなインド文明の影響の結果であったと言えよう。まだ部族的な生活を送っていた東南アジアの先住民の中にインド伝来の思想は根を下ろし、やがて美しい花を咲かせた。

そこには征服も侵略も力による改宗もなかった人々はインド文明を良いものとし、望ましいものと思い、利用したいと考え、その風に倣ったのだった。

<以下略>

 

 

私はこれを読んではっと気づくものがあった。

確かにインド文明は征服も侵略も改宗もしていない、しかしタイ語の中に無数にあるインド由来の言葉を見ても、その影響の大きさが分かる。

(例えばタイ語という言葉 パーサータイと言うのだが、このパーサーと言うのはインド由来の言葉)

 

 

タイでは多数の日系企業が進出、数万人の日本人が働いている。私もその1人だったのだが、

タイの人が日本の文明(生産技術や工場管理・品質管理だけでなく食事のマナーやゴミの捨て方、或いは教育や音楽など全て)を良いものとし、望ましいものと思い、利用したいと考え、その風に倣ってくれるだろうか?

 

 

レヌカーさんはそこの所を「訳者あとがき」の中で次のように語っておられる。

「1980年代から何度もの波を重ねて東南アジアに広がった日本の経済攻勢はどんな美術書を残すだろうか?本書は私たちに大きな疑問を投げかけている。」

 

レヌカーさんのあとがきは「日本人が東南アジアに来て仕事をしているが、現地にどんな文化を残すのか?それが問われている。」 多分こう言い換えられると思う。

 

私は現地の人にとって日本の文化や技術が良いものであり、望ましいものであり、利用したいと考え、その風に倣いたいと思えば、彼らは必ず日本語を覚え、日本人からその文化や技術を吸収しようとする。

そのような技術や文化を持ち、それを発信し続けることが出来ること、ここに日本の未来が有ると思っている。

 

実はこのブログを書こうと思った理由は、同じIZAブログで活躍している方で私が尊敬している「お絵かき爺さん」と言う方が最近水森美苗の「日本語が亡びるとき」という本について色々意見を述べている、

・・内容はこれを参照ください・・

私もコメントを述べたいと思ったのだが長すぎるので私のブログで考えを述べてみたいと思った次第。

 

水森氏は小説家なので小説こそ文明文化の中心と考えているようだ、そして小説を英語で書いた方が世界中に受け入れられ、そうなれば日本語の価値がなくなるといったところが言いたいことなのだと思う。

しかし英語が世界で唯一の共通語であることは否定しないが、日本がその文化や技術を世界に発信している限り日本語の価値が世界の中で埋没することは無い。

私はそう信じている。

そのために日本人に課せられた使命は大変重い、そして世界の多くの人が日本人に期待していることを忘れてはならないと思う。

 

尚この「東南アジアの美術」と言う本、原著は1967年刊と古いが内容は実に素晴らしい、タイやインドネシアなどに行って仏像など美術品を見たいと思っている方には是非一読をお勧めする。

 

尚自国語がどのようにして亡びていくか、その実例を次回紹介したい。

 

  1. タイiza10年以前
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2009-06-13 16:06

タイの葬式

しばらく更新できなかった。

実は親しくしていた人の不幸が有り、緊急入院やら葬儀やらで

全く時間が取れなかった為、今日になってしまった。

55歳・・若すぎる死・・・これ以上は書けないのでご容赦を。

 

 

所で葬儀について、同じ仏教国なのだがタイと日本では色々違うところが有る。

そんな所を書いてみたい。

 

まずタイと日本の葬式で同じところ、

 

1) セレモニーは通夜と葬儀に分かれている、

2) 会場はお寺、

3) 僧侶の読経で通夜・葬儀が進行

   (タイは上座部仏教(小乗仏教)で経典は全く違うが感じは同じ)

4) 遺体は火葬(荼毘)

   つまり大筋は同じといって良い

 

 

ではどんな違いがあるか

1) 通夜は1日ではなく2日から4日行うことが多い

   これは遠方からの親族、弔問客を待つ意味があるようだ

   日本でも通夜の客に食事を出したりするがタイでも同じ、

   しかし何日にもなるので勤務先の会社などがスポンサーになって

   食事を提供したりする。

 

2) 葬儀後火葬にするが、火葬場は寺に付属で設置されている

   (境内の一角の小さなお堂で、いやに高い煙突がついているのがそれ)

    

   

これが火葬場・・・タイ東北部(イサーン)の例 以下同じ

 

 

3) 火葬場までの葬列には音楽隊が先頭についてにぎやかに送る

 

   

 

これは日本では決して見られない光景

(アメリカのデキシーランドジャズの起源もこんなものと何かで見たような気が・・・) 

 

  

 

   

 

遺族が続く

 

   

 

僧侶の後ろに見える車は?   

 

 

   

 

棺を載せた霊柩車(?)は普通の1トンピックアップトラック

 

 

 

4) 最後にタイ人は墓を作らない、しかし華僑は中国式の墓を作るがその紹介は別の機会に、

   

 

(番外編)

それからあんな暑い国で、葬儀までに相当な日数がかかるので

遺体が傷むのが心配、

(以下不快な内容なので読み飛ばしてください)

日本と同じでドライアイスを入れたり、クーラーつきの棺おけ(!)を使ったりするが、

大きな違いは死亡するとすぐに遺体の腹を割いて内臓を取り出して処分してしまう事

(この仕事、タイ人の間でももっともいやな仕事のひとつとされている)

 

 

以上がタイのお葬式、

何処でも同じですね。

 

  1. タイiza10年以前
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2009-04-18 18:57

タイ混乱の元凶タクシンとは?

タイのタクシン派赤シャツ集団のよる暴動はアセアン会議をぶっ壊す、一般市民2人を射殺するなど大きな傷跡を残し14日その第1幕は終結した。
所でこの首謀者タクシンとはいかなる人物か、その真の狙いは何か、この点を私なりの見方で述べてみたい。
独断と偏見による見方なので、読者諸兄の忌憚の無いご意見をいただけたら幸いです。

まずは簡単にタクシンの経歴を

タクシン・チナワット  
・ 1949年生まれ  中国名:丘達新
  チナワット家はタイ北部チェンマイ在住、中国広東省出身の華僑、1860年来タイの通称「客家」
  同家はビルマとのシルク・アヘン取引で財を成したといわれている
・ タクシンは警察士官学校を出た警察官、アメリカの大学に2度国費留学
  警察時代から事業を始め、はじめは失敗するも携帯電話事業が成功(タイ最大手AIS
・ 1987年 警察を辞職
・ 1994年 政治活動開始
・ 1998年 タイ愛国党設立
・ 2001年 総選挙に勝利し首相に就任
・ 2006年 クーデターで失脚
・ 2008年 2007年末の総選挙でタクシン派が勝利 
        同派の首相就任
       2008,1-2008,11,9 サマック氏(タクシン子飼い)
        2008,11,9-2008,12,2 ソムチャイ氏(タクシンの妹婿)
        PAD(黄シャツ集団)による空港占拠などの混乱で辞任
・ 2008年12月15日 反タクシン派アピシット首相就任により反政府運動開始(赤シャツ集団)

この経歴の中で注目することは2つ
1) 警察時代から事業を始めたとはいえ、2001年首相就任頃迄の
僅か20年くらいでタイ一番の富豪といわれる財を成したこと
2) 政治活動を始めて7年、与党タイ愛国党結成して3年で過半数を占める多数派となり首相就任

この様に非常に短期間で巨万の富と政権トップの地位を手に入れた事を注意して欲しい

尚米経済誌フォーブス2008年度版等によれば,タクシンの推定資産は約24億USドル(約2,400億円)、
この内20億ドルは汚職捜査で凍結されているようだ。


次に政権の基盤となったタイ愛国党について

1998年 タクシンによって設立
タイ語名称 : パック・タイ・ラック・タイ (ラック(Rak)はタイ語で愛すると言う意味)
中国語名称 : 泰愛泰黨 (日本語としてはなじめないがこれが正しい名称)

日本語名称が愛国となっているので日本人には右派的な印象がある、
しかし実際は左派的色彩が強いグループ。
特に党員の中に1982年まで反政府武力闘争を続けていたタイ共産党の元党員が多数いる。

タクシン政権下で副首相・エネルギー大臣をしたプロミン氏、情報通信技術大臣だったスラポン氏、運輸省副大臣だったプームタム氏、農業省副大臣だったプラパット氏などが閣僚・側近の元共産党員。

党勢拡大、選挙の時などには特に地方では元共産党員を総動員して活動

政策は開発独裁を志向し、やや反民主主義的かつばら撒き福祉的とも、
景気のいい話で財界の支持を集める一方貧困層向け施策で北部・東北部の農村で人気、
しかし言うこととやることが食い違い、反対派からはタクシンの個人的利権団体と言われている。

タクシンが華僑2世である為か中国と親密な関係が有り、北京に支部を開く。


次に日本ではなじみが無いが、タクシン派内に元党員が多数いるタイ共産党について

タイ国共産党 : 設立~1930年
  設立当初のメンバーはほとんど華僑だけ、その後も華僑が重要な位置を占める
  1960年代初め農村における拠点作りから活動展開、
  その後武装闘争開始、
  (1969年頃には多数の学生・民主活動家が参加)
  1970年代を通じてタイ北部山岳地帯を拠点に、激しい武力闘争を行う
  1982年時の政府による特赦と引き換えの投降呼びかけ
  これに応じほとんどのメンバーが投降した為徐々に弱体化
  (この背景には1975年のベトナム戦争終結、1982年カンボジアで民主カンボジア政権誕生、中国で文化大革命一掃などがある)
  1990年代にはほとんど活動なし


2015-4-13旧データタイ共産党本部があったナーン解放区
タイ共産党本部が有ったタイ北部ナーン県の解放区


2015-4-13旧データ復元されたパヨームの住居
復元されたタイ共産党本部の幹部の住居


何故タクシン派が総選挙で圧倒的多数を占めたか?

タクシンを倒した2006年の軍によるクーデター、そして記憶に新しい2008年末の空港占拠騒動、
これらの原因になっているのがタクシン派が選挙で圧勝していることにある。
このため諸外国からは民主的な選挙で選ばれた政権をクーデターなどで倒す、これは非民主的だとの見方が多い、
これを理解する為にはタイの選挙制度、警察制度を知る必要がある。



まず選挙制度、

タイは18歳以上の全ての国民に選挙権がある事になっている、
この選挙人名簿は「タビアン・バーン」と言う家の登記証と戸籍と住民登録の中間のようなものが一緒になったものに基づいて作成される。
(分かりにくく長ったらしい話だが我慢してみて欲しい)
このタビアン・バーンは持ち家にしか発行されない、また戸主との姻戚関係が無くても登記できる、15歳になってID(身分証明書)を作る際必要と言った理由から、田舎の親・親戚・知人の家に登記することが多い。

バンコク周辺には多数のタイ人がアパート暮らしをしている、
この人たちは例え結婚しようと、子どもが生れようとタビアン・バーンは持てない、
だから生れた子どもも同様である・・・これがタイの法律。


以上の理由でタイでは選挙は田舎に帰って投票する必要があるわけだ、
(但し最近 正当な理由を明確にして事前に登録すれば別の居住地でも投票できるようだ。)

タイは投票は国民の義務との考えが強く、投票率は70%位と高い、また投票しないといろんなペナルティが有る様だ。

投票は日本と同じように小学校などに投票所を設けそこで投票するのだが、日本と違い一人一人の入場証は無い、
投票所の壁に選挙人名簿を張り出し、投票する人は自分のIDカード(身分証明書)を提示しチェック後投票する。

タイのIDカードサンプル
2015-4-13旧データタイのIDカード写真
これは最近採用が始まったICチップ付きのもの
(写真の人は本文とは(無論私とも・・残念!)関係有りません)


以上のことから一見公正な選挙のように見えるが、誰々さんちの人はまだ投票に来てないことが分かるとか、
投票に来た人が写真に似ていれば(鼻薬を利かせれば)別人投票が可能とか色んな問題が有る。
極端な例では選挙人登録人数より投票総数が多い(!)とか、開票中停電(!)したりとかが有るといわれている。


この様な選挙なので田舎に勢力を拡大し、巨額の裏金を持ったタクシン派が有利なのは当然である。
この選挙制度、簡単には改善が難しいので反タクシン派にとってもあからさまに問題と言いにくい。

この裏金がどれくらいなのか? 今まで噂ばかりだったが今回の赤シャツ騒動でその一端が見えた。
前々回エントリー参照)
1人5,000バーツで雇われていた事が分かったが、この5,000バーツと言う金額、バンコク周辺の工場労働者の1か月分の所得に相当するが、タイ北部・東北部では2か月分、或いは3か月分以上に相当する。


無論1票5,000バーツでは無いであろう、しかしタクシンのばら撒く金が田舎の貧しい農民にはとても貴重であったことは間違いない。



次に警察制度

タイの警察官は給料が安いことは一般に知られている。
そのためさまざまな副業をしないと食べていけない。
一般日本人の方でも時々道路を走っていてお巡りさんに止められ、わけのわからない交通違反で金を取られたことがあると思う。
この金が彼らの生活費であり、又上部への上納金に当てられているわけだ。

タクシンが警察官時代、その給料は月3,000バーツで有ったとの話がある、
(勿論初めの頃の話、だから彼の20歳代の事であろう)
いくら彼が20歳代・・多分1970年代(?) の事とはいえ国費で2度も米国留学するエリートの給料としては???である。

その分裏金、賄賂、副業が当たり前で、その分があるから警察官商売が成り立つ・・これがタイの警察の実態。
初めてタイに行ったときタイでもっとも危険なマフィアは警察と言われ、全く信じられなかったが事実であった。

そして>タクシンは警察内部を金でしっかりおさえている、
(また彼の奥さんポチャマン夫人は警察中将の娘でこの面からもおさえている)、
結果として今でも警察はほとんどタクシン派である。


今回の赤シャツ騒動で日本から見ると何故あの程度の人数のデモ隊が暴れまわるのを警察は阻止できなかったのか?
そう感じた人が多いと思う。
しかし実態はタクシンと金で繋がっているのが警察、だからアセアン会議場に乱入するのを簡単に許してしまった訳だ。

ここに警察が当初からこの赤シャツ騒動を積極的に関与していなかったことを連想させる写真が有る、
デモ隊がアセアン会場のホテルに乱入しようとしている瞬間の写真だ、(ロイターより転載)

2015-4-13旧データアセアン会議場に乱入するデモ隊
これは丁度ガラスを破ったときのものだが、デモ隊以外に写っているのは軍服の兵士、
警察の姿は無い (警察の制服は茶色なのですぐ分かる)
つまりデモ隊が乱入しようとしたとき、そこには警察はいなかった・・・。

選挙においても警察の役割は大きく、それがタクシン派であること、しかもこれを簡単には排除できない事も問題だ。


以上をまとめると
タクシンが選挙で勝つため
・ 地元行政・有力者を取り込み
・ 地方の貧しい層に浸透した元共産党組織・人脈を利用し
・ 徹底した地方へのばら撒き作戦を行い
・ 警察組織を自派に取り込む

この様な多角的な組織づくりで選挙を戦ってきた、
この為わずか結党3年で過半数を制し首相に就任するという結果となった。
<実に素晴らしい能力の持ち主! 並みの政治家では到底まねの出来ない企画・管理能力では無いか!>


最後に、ではタクシンの真の狙いは何処にあるか、
蓄財か?
 ・・・それなら十分稼いだと思うが・・・
政権か?
 ・・・首相になればその上には何があるか・・・

この真の狙いについては巷間噂されるところしか知りえない、
しかしタイ人の間でまことしやかに流されている噂は、
「首相の上を狙う」というもの、
これが王政転覆なのか、タクシン王朝なのかは分からないが、
タイ人はそんなことを言っている。
しかしこれは単なる憶測の域を出ないので、
こんな噂話があることを指摘するにとどめたい。

今回の赤シャツデモ隊が拳銃などだけでなく、M79などという
軍隊用の小火器等で武装しているところ、1970年代のタイ共産党の武装闘争を髣髴とさせる。
(元共産党員にとっては「昔取った杵柄」であろう)
又17日未明に発生したPAD(黄シャツ集団)幹部のソンティ氏襲撃事件ではAK47・M16(どちらも軍用自動小銃)が使われ、
100発以上が発射されているところを見るとプロ集団の可能性が高い。
こんな所を見ると上記噂がまんざら単なる噂でないような気もするが・・・・・<

今の所日本人関係に被害は無さそうだが、今後も注意深く見て生きたい。

尚タクシンの政策、そして日本人・日系企業への影響については別の機会に述べたいと思う。
(タクシンの二枚舌の為かなりひどい目にあっているのだが、真相が分かりにくい)

最後に、左翼がかった政権が腐敗にまみれ、
国民の耳に心地よい話をしながら実際は私服を肥やすのに汲々としている、
これは中国や韓国ノムヒョン政権でも同じ、
左翼がかった政権に共通する特技のように感じるのは、私1人だろうか。

  1. タイiza10年以前
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2009-04-14 23:40

日本の報道ではタイの赤シャツ暴徒の実態は分からない

アセアン会議をぶっ壊したタイのタクシン派赤シャツ集団の暴動は軍により鎮圧された。

しかし日本の報道を見ているとどうも違和感を覚える

 

日本のマスコミ諸氏は目の悪い人が多いのか、

どうも赤い色を見るとみんな正しいものに見えるようで、記事まで赤く染まっているようだ。

 

実際はどうなのか、まずは報道サンプルを、

 

これは産経の報道

 

  <以下引用>

タイ混乱収束へ タクシン派が撤収開始

2009/04/14 17:19更新

記事本文

 

 タイの首都バンコク中心部の首相府周辺で反政府抗議行動を続けていたタクシン元首相派市民団体「反独裁民主戦線」の幹部は14日、抗議行動の中止を宣言、デモ参加者が首相府から撤収を開始した。

 徹底抗戦の構えを崩さなかった同戦線が方針を転換したことで、先月26日から約20日間続いた首都の混乱はひとまず収束に向かいそうだ。

 

 ただ、幹部は「戦略を変更しただけだ。真の民主主義を勝ち取るため、また必ず戻ってくる」と活動再開を表明。中部パタヤで東南アジア諸国連合ASEAN)関連会議を中止に追い込むなどしタイの国際的信頼を失墜させた一連の抗議デモで、タクシン派と反タクシン派の溝は一層深まっており、双方の対立による政情混乱は当面続く見通しだ。(共同)

 

 

所でこれはタイ現地の報道 

 

2009年04月14日

赤服4幹部が投降 - ヂャトゥポン、ヂャクラポップ両氏は消息不明

 14日16:00前迄に確認できた各メディアの報道によると、これまでに反独裁民主主義同盟幹部の内ウィーラ・ムシッカポン氏、ナタウット・サイグゥア氏、スポン・アッターウォン氏及びウェーン・トーヂラガーン氏の出頭が確認できているが、ヂャトゥポン・プロームパン氏及びヂャクラポップ・ペンケー氏に関しては出頭が確認できておらず、また消息も不明になっているという。
 

 

2009年04月14日

各所で怒れる住民が赤服に暴行

 14日14:00過ぎに確認できたMCOTの速報によると、集会解散宣言を受け首相官邸の集会場から引き上げた赤服軍団がテーワガムの交差点、オラタイ橋、ヨムマラートの交差点等で待ち構えていた怒れる住民から暴行を受けるという事件が発生し、負傷者が少なからず出ているという 

 

  <引用終り>

 

何処が違うのか?

 

産経の報道では赤シャツ集団は抗議行動を何となく中止するように読める 

 

だが現地の報道では「4人の幹部は投降、2人は消息不明」である。

「戦略を変更しただけ、必ず又戻ってくる」と言って「投降する」のが

詭弁なのは誰にでもわかろうと言うもの。

 

そして「撤収を開始」したデモ参加者が 怒れる住民から報復の暴行を受けると言うのは何を意味するのか、

そんな重要なこと(つまり赤シャツの行動が一般市民に支持されていないこと)がどうして言えないのか?

 

直近の現地の報道によると赤シャツ連中は

「政府の用意したバスに赤シャツを脱いで乗り込み解散」しているそうだ。

 

もう少し正しく事実を伝えないと真実がどこかへ消えてしまう、

タクシンの本当の姿をエントリーする前に、今の現実を知ってもらいたいと思い予定外でエントリーしました。

タクシンの件は次回に・・

 

 

 

  1. タイiza10年以前
  2. TB(0)
  3. CM(4)

2009-04-14 16:47

ついに本性を現したタクシン>赤シャツ集団の暴動は収束方向

11日にはアセアン+日中韓の拡大アセアン会議をぶっ壊し、

更にバンコクで各所で道路封鎖や暴行・発砲などを繰り返していた赤シャツ集団、

どうやら軍部による鎮圧で投降の動きが出てきた。

以下本日の現地からの報道、

(赤シャツ集団:報道では同盟・反独裁民主主義同盟と呼ばれている) 

 

  <引用1>

2009年04月14日

各メディアが同盟幹部が解散・投降を決断 - 幹部の一部は事実関係の確認を拒否

 14日11:00迄に確認できた各メディアの報道によると、女性警察官による事前警告のアナウンス後に行われた軍・警察による一斉強制排除行動を受け反独裁民主主義同盟幹部のウィーラ・ムシッカポン氏が同日10:30頃に集会の解散、自主投降を決断した事を演壇上から集会参加者にアナウンスした模様。

 また、ウィーラ氏を初めとする複数の幹部が自ら首都圏警察本部に出向き投降する方針であるとも伝えられているが、一部幹部は解散・投降との報道の事実関係の確認を拒否していると伝える報道もある。

  <引用2>
 2009年04月14日

ステープ副首相、バン銀・CP社放火未遂犯を晒し者に

 ステープ副首相は11:30過ぎ放送された特別放送の中で、国民からの通報によりシーロムのバンコク銀行の本店やCP本社ビルの放火を未然に防ぎ、3人の容疑者を逮捕した事を明らかにすると共に逮捕された3人及び押収した銃器や火炎瓶等を公開した。警察によると、それぞれ5,000バーツで雇われていたという

 バンコク銀行及びCP社は、何れも反独裁民主主義同盟側が独裁を支持する企業として糾弾していた。
 
  (筆者注: CP社はコンビニ セブン・イレブン等を運営している会社)
 
  <引用終り>
 
タクシンが反独裁民主主義と称するものがどんなものかはっきりしてきた、
赤シャツ集団はあちこちのゴロツキを金で集め、武装させた集団だった、
1人5,000バーツは工場労働者の約1か月分の給料に相当する
また武装についてはどんなものか上記記事では分からないが、
下記の記事が参考になる。
 
 
 
  <引用3>
 プーヂャッカーン紙の速報は13日21:30頃首相官邸に近いナンルゥン市場で発生した赤服軍団による銃撃により54歳と18歳の男性が死亡したと報じた。

 また、同紙は住民の証言として、バイクに分乗した20-30人の赤服を着込んだ集団が現場に現れると共に100-200人の女性や子供が大半を占めていた住民に向け銃を乱射し、更に市場内に逃げ込んだ一部の住民を追っかけて銃を発砲し警察が現れたところで銃撃はやんだが、その際に別のグループの赤服が住民に向けて火炎瓶を投げ込んだと報じている。
 
  <引用4>
 各メディアの報道によると13日1:30頃、バンコクのプラナコン区内にある憲法裁判所に向け数発のM79が打ち込まれ、軍関係者1人が爆発の際に飛び散った破片で負傷を負った。

 M79は首相官邸や2空港を占拠した民主主義市民連合に対する攻撃にも度々使用されてきたが、実行犯の摘発には至っていない。連合側は赤服支持派のセー・デーンことカッティヤ・サワディポン少将一味がM79攻撃に関与していたと主張していた。

 合計で3発のM79が発砲されたと見られ、内1発が裁判所の2階部分に命中したが、残りの2発は不発に終わった模様。
 
  <引用終り>
 
M79と言われても何だか分からないのでWikipediaの拠ると
 
 
M79 グレネードランチャー
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
 
 

M79 グレネードランチャーは40mm擲弾銃の一種である。大口径の散弾銃のような外観で、40×46mmの榴弾、対人榴弾、発煙弾、散弾、フレシェット弾焼夷弾などを射撃できる。暴動鎮圧用に、非致死性の弾薬としてM651催涙弾(CSガス)、M1006スポンジ弾、M1029分散弾(12mmボールベアリング)がある。高低圧理論応用の専用弾のため、反動が抑えられ肩付けでの発射が可能である。

 
こんなものである。
 
こんなもので武装し、丸腰の一般市民を2人も殺す、
これでは民主主義ではなくテロ、人殺しである。 
 
尚 軍が暴徒の鎮圧にもたもたした印象を受けるのは、
軍は1992年軍が発砲した流血事件があり、その反省から「国民を守るべき軍が国民に銃口を向けるべきでない」との自戒があるからである。
(恐らく鎮圧終了後、政府発表はそう言うと思う)
 
タクシンは口ではうまいことを言うが実際の行動は違う、
全くの二枚舌であることは前回前々回のエントリーで述べたが、
ここへ来て遂にその本性が見えてきたといったところだ。
 
私もタイにいる間は物づくりに悪戦苦闘する日々
こんな事はタイでは当たり前なのかなあ(それはそれで困ったことではあるが)と漠然と考えていただけだった。
しかしここに来ていよいよタクシンが本性を現したわけだ。
 
ではタクシンの本当の姿はどうなっているか、
それは次回書いて見たい。
 

  <続く>

  1. タイiza10年以前
  2. TB(0)
  3. CM(0)

2009-04-12 17:06

タイの政治混乱中<続>

何とも困ったことをやってくれたものだ。

タイのタクシン派赤シャツ集団によるアセアン会議妨害である、

つい最近までタイの首相として自らが参加していたアセアン会議、

それを自分の私利私欲のためだけにぶち壊していいものか、それすら分からないほど今は尾羽打枯らしたと言うことか。

 

所でタクシンの実像は一体どんなものだったのか?

 

タクシンは1949年7月生れ、

警察官僚出身だが警察時代からいろんな事業をやっており(タイの警察官は給料が安い為副業をやる人が多い)、

中でも丁度普及し始めた携帯電話事業の営業権を政府から取得、AISと言うこの事業が大当たりした。

1987年 警察を辞職、

1994年 政治活動を開始

1998年 タイ愛国党設立

2001年 政権についた

 (わずか20数年でタイ一番の富豪といわれる富を築いた訳だ)

 (タクシン政権では閣僚や側近に元タイ国共産党員が多数いることが特徴

  今回の赤シャツ集団の指導者の中にも元タイ国共産党員で

  永年獄中につながれていた人物がいるとの噂もある

2006年 株の売却問題で批判され、総選挙には勝ったが結局退陣表明、

      しかしその後も暫定首相として居座り

2006年9月 軍事クーデターで政権を追われる

2007年12月 総選挙でタクシン派が圧勝、タクシン派(タクシンの妹婿)の首相が就任 

2008年12月 タクシン派の首相、PAD(黄シャツ集団)による空港占拠などの混乱で退陣、反タクシン派の現首相となった。

 

所でタクシン政権の主な政策は

1) 風俗店取締り強化によるクリーンさアピール 

 

2) 麻薬取り締まり強化

   これはブラックリストに基づき強制逮捕・処刑

   中には無実の人も多く、反対勢力一掃の狙いもあった

   死んだ人・・民間人~2500人以上、軍・警察の殉職者25人

   逮捕者・・9万人

 

3) 健康保険制度の整備や30バーツ医療 

    この政策は北部や東北部の貧しい農民には素晴らしい政策ではあった、

   だからタクシンが圧倒的な支持を受ける原動力になった、

   しかし実際には財源を確保しないばら撒き政策で歪が多く、

   実施段階ではいろんな問題を抱えている

   (そりゃそうだ、いくら人件費の安いタイでも1回100円程度で最新の医療を受けさせるのが大変なのは誰でもわかる)

   しかもこの制度、都会に住んでいる人にはほとんど受けられない・・この件は別の機会に詳細を書く予定

   

4) 一村一品運動による田舎の活性化

   日本の一村一品運動にヒントを得てタイ全土で展開

   OTOP(One Tambon One Product :Tambonはタイ語で村)と呼ばれるこの運動、

   今まで日の当らなかった田舎に日を当てたものとして評価されている

 

5) 公的資金を大量に投入する経済政策

 

 

この様に良いこともやるが、麻薬の事例のように無実の人を殺してでも進めてしまうのがタクシン

その上タクシン流のためには多額の財源が必要になる。

これは政府としてもばら撒きの為に必要だが、タクシン派としてもばら撒きのために多額の金が必要だった。

 

このためタクシンが政権に就くと早速やったのが日系企業ターゲットの金集め作戦、

まずBOI(投資奨励委員会)という企業誘致を行っている部署の長官の首を挿げ替えて

自分の息のかかった人物をすえた、

その上で実行部隊には

今金を取れるのは日系企業だけ、どんなむちゃくちゃをしても良いので金を取れ」との指令を出した。

勿論タクシン自体は日本には「タイはこんないい事が有りますよ、是非進出してください」と二枚舌を使っている。

 

これはBOIだけでなく税関などあらゆるところで日系企業ターゲット金集め作戦が行われ、

ある企業では些細なことでイチャモンを付けられ億の単位の追徴金を取られたりしている。

 

さらにタクシン個人が、或いはタクシン派が金が欲しい為裏金集めを大々的にはじめたので、

上がやるなら下もやる」、警察をはじめ色んな所で汚職が蔓延し今日に至っている。

 

これが金満タクシンの実像なのだ。

手元にタクシンの金満ぶりの一端を示す資料があるので紹介しよう。

「タイ株長者番付2005年版」と言う記事がある、

クーデターで失脚する前年のデータだがこれによると

1位: タクシンの長女ピントンター・チナワット(23歳)191,0億バーツ

2位: タクシン夫人の兄バンナポット・ダマポン 165,8億バーツ

3位: 非タクシン系華人で住宅開発会社社長アナン・アサワポーキン149,0億バーツ

4位: タクシンの長男 パントンテー・チナワット(26歳)120,6億バーツ

 

所でタクシン本人には保有株は無く、ポチャマン夫人は1,2億バーツと少ない、これはタイの憲法で大企業株主は大臣になれないため名義を変更した為にこうなったもの。

株だけでこんなものである、これだけの蓄財をするためにはどれだけのことをしていたか分かろうと言うもの。

 

タクシンは良いこともどんどんやる、口を開けばうまいことを言う。

だが中身は汚職で腐っている、やることも絵に描いたもちでうまく行かない。

典型的な二枚舌である。

 

とここまで書いてみたらこんな人物は日本にもいた!

仲間に元共産党員(或いは同等人物)がいるところまでそっくりではないか。

 

  1. タイiza10年以前
  2. TB(0)
  3. CM(0)

2009-04-11 22:15

タイの政治混乱中

タイの政治が混乱している。

タクシン元首相率いるUDD(反独裁民主戦線)・・通称赤シャツ集団・・が

3月末から進めていた抗議行動が4月8日にはピークを迎え、

約3万人(一部報道ではピークは10万人規模)のデモ隊が首都バンコクの中心部(戦勝記念塔周辺)を占拠、

 

戦勝記念塔を占拠する赤シャツ集団 

 

しかしこの赤シャツ集団、夜ここで酒盛りをして騒いだり、一般市民にちょっかいを出して逆につまみ出されたりとバンコク市民の評判はよくない。

 

そして10日には東アジアサミット(アセアン+日中韓)会場のパタヤで妨害活動を行っている。

 

今まで国内ではほとんど報道されていなかったが、日中韓首脳会談が行えない事態に、

国内でも報道されるようになった。

 

 これはパタヤ北部にあるデュシット・リゾート・ホテル前

 

 

そして今日4月11日現地時間13時頃、約1000人のデモ隊がメイン会場のロイヤルクリフホテルに乱入、

結局この東アジアサミットは中止と言う前代未聞の事態に追い込まれた。

 

メイン会場のロイヤルクリフホテルに乱入する赤シャツ集団

4月11日現地時間13:00

 

日本としても北朝鮮のミサイル発射に対する懸念を

世界に発信する機会を失ったわけで大きな損失だ。

だがタイにとっては国の鼎の軽重を問われる事態であり、

全世界にタイの問題点をさらけ出した損失は計り知れない。 

 

しかしこの背景など、日本人にはとても分かりにくい、

この赤シャツ集団は一帯どんな連中なのか?

 

昨年タイでは黄色いシャツを着た集団が空港を占拠したことは記憶に新しい、

これはPAD(ピープルズ・アライアンス・フォー・デモクラシー)と言うグループで、

タクシン元首相派である。

この連中はタクシン派(タクシンの妹婿)の首相を追い落としたので抗議行動を収束させている。

このグループが自分たちのシンボルとしていたのが黄色いシャツなのだが、

このシャツ元々は国王に忠誠を誓う意味で出来たものだ。

2006年6月プミポン国王の即位60年を祝って、国王の誕生日の色である黄色のシャツを

忠誠の証としてきることを政府が推奨、

このため会社や官公庁ではこの色のシャツを支給したりしたので、

タイ人なら誰でもこれは1枚や2枚は持っている。

PADは自分たちの行動は国王に忠誠を誓う行動と位置付けているのでこのシャツを着ている。

 

今回の赤シャツ集団は国外に逃亡しているタクシン元首相が、

タクシン派の現政権追い落としの為組織したグループで、黄色と区別する為に赤にしたもの。

だから黄シャツは誰でも持っているものだが、赤シャツは誰でも持っているわけではないので、

当然ながらタクシン派から支給されたものと言う訳だ。(無論金はタクシンが出している)

 

赤シャツ集団はタクシン元首相の地盤であるタイ北部(チェンマイあたり)から来ていると言われている。

8日のデモでは3万人と言われるように多数の人が参加したが、その後激減し、今は少数だが過激な連中(ゴロツキと言うべきか)のようだ。

 

タクシン元首相は民主的な選挙で選ばれたと自身を正当化しているが、その実態は金まみれの薄汚れたもの。

日本にも金まみれの薄汚い御仁がいるが、タクシン政権時代の汚職振りは実にひどいものだった。

 

今回のデモではタクシンが要求しているのは伝えられるところでは、

1)国会を解散せよ

2)自分を(タクシンを)政治難民として扱い、すでに下されている有罪判決を無効とせよ

3)自分の凍結資産を解除せよ、取り押さえている金を返せ

こんなことと言われている。

 

タクシン時代は日系企業にとってもタクシンの二枚舌に振り回された時代、その内容は次回に・・。

 

<続く>

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2009-03-13 16:45

タイの空港での機内預け荷物盗難、手口が明らかに

空港での機内預け荷物の盗難はタイだけでなく何処でも発生している、

そして犯人が捕まりにくいのが特徴だが、タイの空港で珍しく犯人が逮捕された、

その新聞記事の紹介。

 

 

<以下バンコク週報からの引用>

 

バンコク週報 2009年3月9日

 

【社会】 03/09

機内預け荷物盗難、手口が明らかに
 機内預け荷物の窃盗を繰り返していたとして、2月末に3人の男が逮捕されたが、警察では他にも似たような窃盗団がいるとみて捜査を続けている。

 警察は、カタール人男性(57)による被害届けをもとに預け荷物盗難の捜査を開始。最終的には盗まれた携帯電話の「位置情報機能」を手がかりに犯人を割り出した。

 この男性は、バンコクを発った後にドーハで荷物を受け取った時、携帯電話や金の指輪などがなくなっていたことが判明したという。

 カタール航空の荷物ハンドリング業者としてスワンナプーム空港に出入りしていた犯人らは、チェックインした荷物を機内に積み込んだ後、犯行に及んでいた。3人は目星をつけたスーツケースの鍵を壊し、隠しやすい小さな貴重品だけを盗んでいたという。

 なお、同様の事件は多発しているとみられているが、航空会社が公にすることを躊躇するケースが多いことから、犯人の摘発が困難になっているとのことだ。

 警察では、(1)貴重品を預け荷物に入れないこと(2)壊しやすいソフトケースは使用しないこと――などを呼びかけている。

<引用終り>

 

 

この事件のポイントは

1) 頓馬な犯人が盗んだ携帯電話をそのまま使ったこと。

   タイの場合新しいシムカードに入れ替えれば新しい番号になる、

   これで全く足がつかなくなる、

   普通のタイ人ならこれは常識なので、すぐにシムカードを入れ替えてしまう、

   (シムカードはコンビニで売っている)

   だから携帯電話を紛失するとまず出てこない。

 

   余談だが日本の携帯でもタイのシムカードに入れ替えればタイで使えるものがある。

   (ソフトバンクモノなど)

   日本の携帯をローミングサービスでタイで使えるようにすると、

   タイからタイへの通話でも日本経由なのでべらぼうな料金を取られる、

   しかしシムカード入れ替えを行えばタイの電話料金・・・つまり非常に安い。

 

   更に余談だが、以前日本の携帯が本体が只だったことが有る、

   この時この携帯をタイに持ち込みタイ人に売っていたケースがある。

   (タイでなくてもほとんど世界中で使える)

   タイ人は高級な日本の携帯を自慢げに使っていた・・・

   多分かなりの台数が海外に流れたのではないか。

   本体価格ゼロなどと言う変な商売の失敗例であろう。

   

 

2) 新聞記事には無いが「目星をつけたスーツケース」とは

   セキュリティーチェックで仲間の空港職員がマークをつけたものではないかと思われる。

   帰国してスーツケースを見たとき、変なところにマークが有ったら要注意、

 

   またこの手法はタイ入国時にもやられることがある、

   これは税関で持ち込み品のチェックをするときの方法、

   航空機から降ろした荷物をバッゲージクレームに投入するところで

   何個かに1個印をつけることが有る。

   (重量の重いものがマークの対象になりやすいようだ。)

   このマークを見て税関職員が中を調べ、イチャモンをつけて税金を取ろうとする。

   最近このケースは少なくなったようだが、最近不景気なので復活するかも?

   以前は毎度毎度これをやられたのでマークがついていたらすぐ消すようにしていたが・・・

   

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2008-11-15 22:42

日本大使館の日本料理人がタイ人?<続>

 海外の日本大使館の料理人がどうなっているか?。

この様なことはなかなか分からないものだが幸運にも資料があった。

 

2007年10月、衆議院で海外の大使館における料理人に支払う費用などが質問され、

政府(外務省)がその実態を答弁している。

 

以下はその答弁の抜粋

 

海外の大使館に勤務する料理人について  (平成19年10月1日現在)

  (正確には特命全権大使公邸の公邸料理人と言うそうだ)

 

1、勤務地   世界108ヶ所

        (外国101ヶ国と国連などの政府代表部7ヶ所)

 

2、上記に勤務する料理人の国籍と人数

        合計   154名

        内日本人 134名 87%

         タイ人  18名 11,7%

         その他   2名  1,3%

         (エルサルバドル 1名、アゼルバイジャン 1名)

         (いずれも現地の日本大使館勤務        )

 

     (公邸料理人の定員は166名らしいが12名は欠員)

 

 

 

3、タイ人料理人18名の勤務国

        アフリカ    9

         セネガル・チュニジア・モザンビーク・モロッコ・

         アンゴラ・ウガンダ・ガーナ・ガボン・スーダン

 

        中近東     4

         イランクウェートサウジアラビアシリア

 

        アジア     3

         バングラデシュフィリピン・ラオス

 

        その他     2

         ボリビア・カザフスタン 

 

    タイ人料理人の勤務する上記18カ国には他に日本人料理人はいない

    上記以外のアフリカ8カ国には日本人料理人が居る様だ

          アルジェリア・エジプト・エチオピア・ケニア

          ザンビア・マダガスカル・南アフリカ・リビア

 

どうだろう、これが現実なのである。

 

アフリカの場合で言えば、アフリカにいる大使館の料理人17名のうち、

半分以上の9名がタイ人で日本人は8名。

 

タイには多数の日本料理店がある、

その中にはタイ人が経営しタイ人の料理人だけでやっている店も少なくない。

そこで味がどうかと言えば決して悪いわけではない。

下手な日本国内の店よりまともなところが多いことは事実だ。

 

だからタイ人が作る日本料理ではあるが、

多分アフリカの大使館でもそれなりのものが出来ていると思う。

 

しかし大使館と言えば日本を代表するところであり、

そこの日本料理には日本人の心が入っていると思いたい。

しかし現実はこんなもの。

 

料理の好きな若い人は沢山居ると思う、

もっと元気に海外に出てみたらどうか、あなた自身にもきっとプラスになると思う。  

 

在タイ日本国大使館


 

ここには日本人料理人がいるのだが・・・

 

 

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2008-11-14 08:51

日本大使館の日本料理人がタイ人?

カテゴリー「世界から」から引っ越してきました。

今後このコラムにタイのあれこれをエントリーしますのでよろしくお願いします。

 

 

日本大使館の日本料理人がタイ人?

 

その人に初めて会ったのは私がタイに来て半年ほど立った頃、会社から車で1時間ほどの港町に新しい日本式の焼肉店が出来、美味しいと評判の為出かけた時の事であった。

 

その港町はバンコクからは200キロも離れていたが、最近ここに工業団地が出来、日系企業が沢山進出、そこで日本料理店も出てきたと言う訳。

 

タイ国東部臨海工業団地

 

 

 

 

 美味しい焼肉を食べてから、この店の経営者であったその人と世間話をするうち、その人がポツリと日本大使館向けにタイ人に日本料理を教えていたがとても苦労をしたと話した。

 

 

日本大使館の日本料理人がタイ人?、私はこの話に思い当たるところが有り、

「海外の日本大使館に勤める日本料理人が不足しているのでそれをタイで養成している、との話を聞いたことがある、その養成をあなたがやっていたのか?」と聞いてみるとそうだと言う。

 

以下はその人から語った話。

 

海外の日本大使館では重要な業務として、現地政府・財界などの要人を接待し、会食・パーティーなどを行う。

(この中には日本からの要人も含まれる)

 

ここでは日本料理を出すことも日本をアピールする重要なファクターである。

 

しかし最近海外に出て日本料理の腕を振るおう、と考える若い人が大変少なくなった。だから必要な人員が確保できない。

特にアフリカなどの発展途上国が深刻で、欧米の大使館勤務ならある程度人材が集まるものの発展途上国では誰も行きたがらない。

 

そこで今回タイから送り出すこととし、その教育を始めた。

外務省からは非常な短期間での養成を要求され、わずか半年ほどで日本料理の全てを教え込まねばならなかった。

 

何が苦労したと言ってこの短期間と言うのが最も難しい。

海外に赴任すれば料理人は1人だけである。

従って材料の鮮度の見分け方・保存の仕方から調理・配膳などあらゆることを教える、

勿論そのほかに日本語も教えねばならない。

 

日本料理店で働くタイ人の中から選定したので、基礎知識のある、料理も出来る、言葉もある程度理解できるタイ人だったが、これだけのことを教え込むのは至難の業であった。

 

中でも難しかったこと、それは「日本・日本人の心」を教えることだった。

料理を通じて日本人の心を伝える・・・これは教えたつもりだが はたして分かってくれただろか?。

 

そして遠いアフリカで実行してくれているだろうか?。

 

これがその人が語った話であった。

<続く>

 

 

タイの日本料理店の一例 (本文とは関係有りません)

  

(てんぷらがとても美味しい店です)

 

  店名 : 味里

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2008-11-12 18:44

流言蜚語(飛語)<続々>

このブログは今回でこのカテゴリー「世界から」を終了し、次回からはカテゴリー「コラム」に移動します。

よろしくお願いいたします。

 

流言蜚語(飛語)<続々>

 

 

流言蜚語(飛語)で街はもぬけの殻、 では事実はどうだったのか。

 

全くの偶然だが、事故の1週間後所轄消防署の係員から実態を聞く機会があった。

(以前から計画していた防火訓練で、まさにこの事故現場のまん前にある消防署から係員に来てもらい訓練を実施した)

 

所轄消防署の話

 1)  報道では4基のタンクが誘爆炎上と言われている、

   しかし事実は4号タンク1基が爆発炎上しただけ。

 

 2)  非常に広範囲の地域の人が避難した様だが、消防署・警察では避難指示はしていない。

    報道機関が勝手に言ったこと。

 

  (なるほど私が野次馬よろしく事故現場近くまで行って、写真を撮っていても制止されなかったわけだ)

 

ここから教訓として以下のことが読み取れる。

 

大きな事件などが起こったとき、正しい情報をつかむことは非常に重要だ。

その一番有力な手段がテレビ・ラジオ。

 

しかしそのテレビ・ラジオと言えども「科学的知識の無いリポーターなどが感情的に話す」ことがあるので本当かどうか極めて怪しい。

(今回はまさしくそれ)

 

特に危険なのは地元の人に対してのインタビュー、

地元の人は個人の意見として「怖いので逃げる」等と言ったりする。

しかしこれが一度電波に乗ってしまうと「そのメディアの公式見解」になってしまう。

だから誰か1人が怖いので逃げるというと「危ないからみんな逃げろ」になる。

 

さらに厄介なのが携帯電話、

個人の思い込みがあっという間に拡散する。

 

 

以上のことから海外にいる日本人としてどう行動するか?

 

今回のケースではタイ人がうろたえて走り回っているとき、日本人の冷静な行動が際立っていた。

 

それは日本人が科学的な知識があり、流言蜚語が飛び交う中で冷静に判断行動できたことが大きいと思われる。

 

そして最後には「自分の身は自分で守る」

当たり前だがこれしかないと思う。

 

だがしかしそのためには、

 

1)        信頼できる日本人との情報ネットワークを持つこと。

   今回の場合、現地の日本人が業種やグループを超えたコニュニケーションのネットワークを持っていた。

   これがうまく機能した。

 

2)        現地の人が何を言っているのか把握すること。

 

   特に危険な流言蜚語の場合、

   日本人は現地人が何で騒いでいるか分からない事が多い。

   今回の場合、半径30キロ以内の人は避難しろとテレビで言っていることを知っていた日本人は半数にも満たなかった。

 

そして日本人にとって都合の悪いことでも報告してくれる現地人が必要で、常日頃この点に留意すべき。

 

 

最後に日本人ならどうしても日本国大使館に頼りたくなるがその実態はこんな風であった。

 

 

在タイ日本国大使館

(2006年新築)

 

 

日米大使館の対応

        アメリカ大使館では当日昼過ぎ現地地域在住のアメリカ人に対し以下のような避難指示を出した。

 

  「大変な災害の恐れが報道されている、

   しかし事実関係がどうなのか確認が取れない、

   ここはとにかく今日のところは

   安全と思われるバンコク地区まで避難せよ。」

  (この指示、もちろん翌日には解除されが・・・)

 

・ 日本大使館の場合

     日本人も何人かが日本大使館に電話し、どうしたらよいか相談している、

  がその回答は

   「えっ何かあったんですか?。あぁそうですか。

   いや特に大使館としては何も・・・

   特別な指示は出していませんので・・、

 

   あぁアメリカ大使館はそうなんですか、

   それではそちらの方でよく状況を見て・・・

   そちらで判断してください。」

 

大変残念だがこれが日本国大使館の実情であった。

 

 

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2008-11-05 18:29

流言蜚語(飛語)<続>

前回事故の状況を書いたが要約すると、

タイの東部臨海工業地帯の製油所で巨大な石油タンクガソリン150万リットル貯蔵)が深夜爆発、巨大な衝撃波で周辺にも被害がでた。さらに消火に手こずり42時間にわたって燃え続けた。

 

では周辺住民についてはどうか。

 

私の会社は事故現場から約30キロ離れており、操業に支障は無く従業員も平常どおり出社した。

 

しかし事故から9時間後の朝9時頃から社内のざわつきが始まった。

携帯電話であちこちから情報が入り、事故に対する不安を広げているようだ。

こんな時日本の常識は、噂に振り回されること無く、テレビやラジオのニュースで正確な情報をつかむこと。

 

そこで食堂にタイ人幹部社員を集めテレビを見せ、正しい情報はこうだと分からせようとした、しかし逆に現地人マネージャーからは会社は危険なので臨時休業にし従業員を帰宅させるべきと言ってくる。

 

テレビではリポーターが現場から火災を背にリポートしている。

何を言っているか通訳させてみると、

「火災は隣接するタンクへと次々に誘爆、現在4基のタンクが炎上中、

さらに隣接するタンクにも危険が迫っている。

しかし消化に手こずっている。(これは事実だった)」

 

そして

「もしさらに火災が拡大すると大変危険で、現場から半径5キロ以内の人は避難するように。」

 (注:半径5キロ以内といえば、原爆並みの爆発なのだが・・・)

 

さらの午後になってからはテレビの報道はエスカレートし

大爆発が起きる恐れがある、現場から半径30キロ以内は極めて危険、避難するようにとか、現場から地下のパイプラインを通って炎が隣町まで到達する、

こんな事を言い始めた。

 

従業員の動揺は何とか収めたが・・・。

 

帰宅し夕食の為町に出ると(当時事故現場から6キロほど離れた町に住んでいた)、いつもはにぎやかな町が閑散としている、名物の屋台も殆ど店を開けていない、

 

いつもは町を走り回っているタイ名物の三輪タクシー(トゥクトゥク)も姿が見えない。

 

これが名物トゥクトゥク、手軽なタクシーだがその日は・・・

 

行きつけの日本料理店で食事を注文し食べ始めると店の親父から

「従業員が怖がっているので今すぐ店を閉める、悪いが帰ってくれ」と言われ、

腹を減らして帰宅せざるを得ない始末。

(この町は住民の90%以上がその夜町から逃げ出したと言われている)

 

火災は翌日夕方鎮火し、その頃にはこの地域も平静を取り戻した。

 

後日知人からの情報等を総合すると、

 

事故現場の隣の工業団地内の会社では、当日9時頃から従業員が恐怖に駆られ、ほぼ全員が職場放棄して会社を逃げ出した。

(近くの街道では走って逃げていくタイ人の長い列が出来ていたそうだ)

 

事故現場から十数キロ離れたところにある工業団地では大部分の会社が、そして30キロほど離れたところの工業団地でもかなりの会社が途中で臨時休業せざるを得なかった。

 

もぬけの殻となった町は「泥棒天国」となったらしい。(笑)

会社の従業員も何人かが被害にあっている。<続>

 

 

 

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2008-10-31 18:11

流言蜚語(飛語)

 

流言蜚語(飛語)とは手元の辞書によれば、流言=根拠の無い噂・デマ・流説、 蜚語(飛語)も根拠の無い噂(本来は蜚語が正しい)。

 

しかしこの流言蜚語、時とすると多くの人がこれに振り回されるばかりでなく、

ある特定の人や会社がターゲットになり、ひどい場合には会社が操業不能になったり、個人の生命さえ危険になったりする。

 

 

ではタイではどんなケースがあるか、私が体験した流言蜚語とその原因を紹介し、海外にいる日本人がどう行動すればよいか考えてみたい。

 

1999年12月、タイ国チョンブリ県(首都バンコクより東南に約100キロ)に有るタイオイル社シラチャ製油所で巨大なオイルタンクが深夜大音響と共に爆発炎上する事故が発生した。

 

この爆発事故、製油所の自動車ガソリン用大型貯蔵タンク(貯蔵量150万リットル)1基が爆発炎上

火災は42時間に渡って燃え続け、タイ国内にあった全ての化学消化剤(同社や他社の製油所・空海軍からも持ってきたが)を使用しても消えず、

シンガポール軍の輸送機で52トンもの消化剤を運び、やっと消し止めた。

この事故による死者は消防士を含め7名となる惨事であった。

 

タイオイル火災事故 

  (爆発から30時間以上経過後撮影したもの)

  (住民はほとんど逃げており、カメラマンなどがいるだけ)

  しかしこんな近くでも別に制止されるわけでもなく、自由に入っていけた。

 

この事故の特徴は、爆発と同時に巨大な低周波音・・つまり人の耳には聞こえない大音響・・が発生したこと。

周辺の民家や工場はこの低周波音の為爆風が無いのに窓ガラスがほとんど全部破壊され、天井のボードも落下した。

被害は非常に広範囲に及び、私が確認した限りでも約7キロ先まで被害がでていた。

 

この低周波による被害、科学的知識の乏しいタイ人には何かとんでもない恐ろしいことが起こっていると受け止められたようである。

 

余談ではあるがタイ人はお化け・妖怪の類い(タイ語でピーと言う)の存在を真剣に信じており、人に悪さをすると思っている。

 

現にこの現場から数キロはなれたところに住んでいたスタッフは

「突然大きな音と共に窓ガラスがびりびり振動し、パラリと割れ落ちた。風も無く物が飛んできたわけでもない。何か恐ろしいことが起こっているようだ」

この様に心底怖そうに説明してくれた。

 

ではこの様な事故でどんな流言蜚語が発生したか<続>

 

 

 

 

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2008-10-06 16:49

もうひとつのサワッディー

もうひとつのサワッディー

 

サワッディー(SAWASDEE)これは最もタイらしい挨拶言葉なので

タイのフラッグシップキャリアー タイ航空の機内誌の名前となっている。

 

このタイ航空機内誌SAWASDEEの2008年6月号がこれ

 

      

48周年記念で機内誌も当月号からモデルチェンジした。

 

所でこの機内誌、表紙を一枚めくったところがこれ

 

 

紅葉を手前に富士山が見開き2ページで

 

ここにでているタイ航空のコメントは↓

 

 

 

                 THAI HAS LOVED

THE CHANGING SEASONS HERE SINCE 1960.

 

           The Kyoto Protocol, signed in Japan in 1997,

was a collaboration by the world community in order

                         to prevent climate change

 

     THAI has brought many people to contemplate

the beauty of Japan’s changing seasons since 1960.

     Its ever-changing majesty is a masterpiece

and only nature can balance its timely rhythms.

 

By supporting every effort in keeping the world beautiful,

we hope the changing seasons here will never change.

 

                       Keep the World Beautiful

 

                                     THAI

                                    Smooth as silk

 

                       www.keeptheworldbeautiful.com

 

まあ簡単な英語なので、訳さなくてもおおよその意味は分かると思います。

 

タイ航空は「Keep the world beautiful」キャンペーンを行っており、この写真もその一環です。

 

6月にタイに行った折この記事を見つけ、機内誌を持ち帰ってきました。

これは一種の意見広告ですが、「タイから日本に宛てたラブレターのようなもの」、

と解釈していいのでしょう。

 

日本・日本人が他国からのこの様に期待されている、このことに誇りを持つと同時に、期待に応えるような活動をしなければと改めて思った次第。

 

ひとつ気になったのがタイ航空なのにTHAI AIRWAYS ではなく「THAI」と書いてあること、これはタイ航空が半官半民の会社で、株主のほとんどが王室又は政府だと分かれば納得できます。

多分この意見広告も上層部の承認を得ているはず。

 

<タイ国際航空本社ビル>

ビルの窓全面を使って王様の写真

タイを代表する航空会社であることを誇っている。

 

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2008-10-05 10:47

タイ語で挨拶<続>

タイ語で挨拶についての続編

 

 

 今 日系企業の中で問題になっていること、

それは日本人で挨拶をしない人が多いことだ。

日本人は礼儀正しくきちんと挨拶するといわれているがそれは過去のこと。

同じ会社の日本人同士では何とか挨拶できても、タイ人との間では挨拶無しと言うのが結構多い。

そしてそんな些細なことがコミュニケーション不足の原因になり、最後には品質問題や生産トラブルを起こしたりする。

(この事に付いては別の機会に詳細を述べてみたい)

 

タイ語の分からない人でも、タイ人が「サワッディー クラップ」と言えば挨拶と何となく分かるように、日本語の分からないタイ人でも「おはよう」と言えばそれは挨拶と分かるものだ。

こんな事からタイ・タイ人への理解が始まる。

 

 

 所でタイで働く人にとても重要なことをひとつ、

それはタイ語には日本人が決して使ってはならない言葉がある、

その言葉はタイ語の辞書などにも載っている言葉なのに日本人が言ってはならないと言う厄介な言葉があるのだ。

 

タイ語学習の本を見ると日本語の「おはよう」はタイ語では「サワッディー クラップ」の他に「アルン サワッー」があると書いてある。

本によってはご丁寧に「敬語」とか「丁寧語」と書いてある。

 

この「アルン サワッー」は「吉祥の暁」と言う意味、確かにおはようと言う意味だ。

しかしこの言葉、実は「臣下の人が王様とか王族」に対して使う言葉。

一般の人は決して使わない言葉なのだ。

 

もし日本人がタイ人に対して、おはようのつもりで「アルン サワッー」などと言ったとしたら・・・・

タイ人は「何だ! この日本人は偉いと思っていたが俺よりはるかに下のクラスの奴だったのか、こんな奴の言うことなど聞く必要なんか無かったんだ!」

これがタイ人の考えること。

 

タイは階級社会であり、位の上の人は下の人に対して「どんな事をしても良いんだ」と考えている。

だから下の人は上の人に対する接し方としては・・

 

   

 

これはプミポン国王の在位60年(2006年)の祝典で、プミポン国王の長女ウボンラット王女がお祝いの言葉を述べているところ。

高貴な王女様が自分より目上の父君の対してはこの様にしていると言う一例。

 

つまりあなたがついうっかり「アルンサワッー」と口走った途端、相手のタイ人はあなたもそのように礼を尽くすべき。

そう考える。

 

どうだろう、タイでのトラブルに隠されたものの考え方の違い、

理解いただけただろうか。

 

 

実はこんな危険な言葉がもう一つ。

それは「ご飯を食べる」と言う言葉で「キン(食べる)   カウ(ご飯)」と「タァン カウ」がある。

たいていのタイ語学習書では「タァン」は「食べる」の丁寧語と書いてある。

 

しかしこの「タァン カウ」がよく使われるのは召使がご主人様に対して使うとき。

もちろん一般の人でも相手が特別偉い人なら使っても良い。

 

タイのテレビドラマなどで召使(メーバーン)がご主人様に料理を持ってきたとき、ひざまずいて給仕しているのを見たことが無いだろうか。

こんな時使うのが「タァン カウ」なのだ。

 

つまり話し手にとって相手の人が特別偉い場合以外に決して使ってはならない。

 

タイで生活している、仕事をしている人がもし間違ってこの言葉を口走ったら・・・

相手のタイ人は「この日本人はおれより格下、だから何をやっても良い」こんな風に考えるのだ。(もちろん口に出すことは無い)

 

タイの日系企業で起こるさまざまなトラブル・・特に人事問題とか労働争議など・・の原因を調査してみると意外にもこんな問題が潜んでいる。

 

微笑みの国のこれが実像である。

 

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2008-10-03 21:26

タイ語で挨拶

 微笑みの国を呼ばれるタイの政治が混迷を極めている。

タクシン元首相派VSタクシン派の争いなのだが、外から見ていたのでは何がなんだかよく分からない。

そんな中でタイにいる人、タイに行きたい人、仕事でタイに行かねばならない人に何かの参考になればと思い、このブログを書くことにしました。

 

タイで仕事をしていると当然のことながら日本と違うことばかり、

そんな中で失敗を重ねながら、タイで生活していく為に、タイでの仕事を成功させる為に、どんなことをしていけばよいか色々つかんできました。

そんなことを書いていきたいと思います。

胴長短足おやじのやぶにらみタイ談義・・・そう理解していただきたい。

 

 

 さて1回目はタイのあいさつ言葉について

 

 サワッディー クラップ (女性なら サワッディー カァー)

(英語表記ではSawas Dee Krup, Sawas Dee Kha

これはタイ語でおはよう・こんにちは・さようなら 何にでも使えるあいさつの言葉。

 

これが昔からのタイの挨拶言葉かと言えば実はNo!、

日本語の「おはよう」、英語の「Good Morning」に相当する挨拶言葉はタイには元々存在しなかった。

今から七十数年前(1931年)、タイの名門チュラロンコン大学の或る教授がラジオ番組の終わりの挨拶として初めて使ったもの。これが学生の間でおはよう・こんにちは・さようならなど全部ひっくるめて使われるようになり、1950年になってタイ王立学士院辞典編纂会議が追認する形で辞典に載せたため、正式にタイ語の挨拶言葉として認知されたもの。

 

その後テレビの普及でこの言葉が一般に知られるようになり、十数年前からは学校で挨拶言葉として教えるようになった。

 

 

 経緯はともかく、タイで仕事をしていると従業員が挨拶をしないことにまず驚く。

タイに来る前にガイドブックなどを見るとタイ語の挨拶言葉はサワッディーと書いてあるので、日本人の感覚として当然朝などそういう挨拶をすると思っている。しかしタイ人は朝出社しても黙ってスゥーッと席に座り、帰るときも黙ってスゥーッと消えてゆく。

 

彼らも挨拶言葉がサワッディーであることは知っている。

しかし生まれてこの方こんな挨拶はしたことが無い、彼らの親の世代にいたってはそんな言葉の無い時代に育ったのだから子どもに教えるはずが無い。

そんな生い立ちの彼らなので挨拶などしない。

 

タイで仕事(ものづくり)をしようとしたとき、最初の直面するのが、この様な習慣・価値観を持っている彼らに、日本式のものづくりを教えていく、その為にはまず挨拶から教えねばならないことだった。

こんな事から私のタイでの仕事が始まった。

 

 実は全く挨拶言葉が無いわけではない、知っている人同士が出会ったとき、日本語で言えば「やあ」とか「こんにちわ」に相当する言葉は「ご飯を食べましたか」とか「どこへ行きますか」だった。

(「ご飯を食べましたか」これは中国・朝鮮でも同じ・・言葉のルーツが同じなのかも?)

 

又目上の人への挨拶は言葉ではなく「ワイ」と呼ぶ日本で言う合掌でした。

 

          

ワイをするタイ国際航空のCA(タイ語ではエアーホステス

 

但しこの「ワイ」、使い方が難しく目下の人から目上の人に対してするもの。

目上の人は「ワイ」をされたら「ワイ」で返すのが礼儀となっている。

 

それからもうひとつの挨拶

それは出会ったときお互いににこりと微笑むこと、これが挨拶になっている。

だから微笑みの国。

 

これは男同士、女同士、或いは老人同士でも同じ、私も実践してみたが間違いなく挨拶だった。

日本人的感覚では、出会った時にやりと笑うのは(特に異性に対しては)なにやら下心があるようで変な感じなのだが・・・これはスケベ人間のヒガミか(笑)、

タイ人の受け取り方は日本人がこんにちわと言われたのと同じ感覚のようだ。<続>

 

 

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