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2013-09-08 23:44

タイ人は歴史的に泳げない

  タイ人は泳げない、そんな話をエントリーしたのだが、よもぎねこさんがイマイチ腑に落ちないらしい。

矢張りこんな話は歴史から解き明かさないと多分分かり難いと思う。

それで私の知る所を少し・・・

 

 

最初にタイの水について

 

これは水溜り(タイ語ではナーム)

土地が平らなのでいったん降った雨は簡単には流れない。

 

これは池(タイ語ではナーム)

 

これは川(タイ語ではナーム)

 

 

これは大きな川(タイ語ではメー・ナーム:川の母)

左上から右下に流れるのがメコン川本流、左から流れ込んでいるのがミャンマーから流れてくるサーイ川、手前がタイ領、サーイ川の向こうがミャンマー領、メコン川本流の向こう側(右奥)がラオス領、ゴールデントライアングルといわれ、麻薬で有名になった場所。

 

 

 

 

上掲写真のメコン川のもう少し下流、タイ東北部ノンカイ付近

これはメコン川の水泳場、黒いのはクルマのタイヤチューブを使った貸浮き輪屋さん。

メコン川はこの時期は乾季だったので遠浅の絶好の水泳場、但し泳ぐ人は無く、こんな貸浮き輪で水遊びを楽しむらしい。

 

尚地元の人はどこが浅いか知っていて、この時期だと歩いて対岸まで(つまりラオス側まで)行けるらしい。

中国雲南省あたりにいたタイ族が13世紀辺りから南下するが、メコン川は増水していれば竹を切ってきて筏、水が少なければ歩いて渡ったと言われている。

 

上にかかる橋は第一タイラオス友好橋。最近この橋の上を鉄道も通るようになった。

 

 

この水溜りから川、そして大河と見ていただくと分かるがみんな水が汚い。ドロドロである。当然川底はヘドロが堆積しぬるぬる。

トテモ泳げたものではない。

 

 

 

 

さてこれからが本論。

タイ人は13世紀頃、今の中国雲南省辺りにいたのがタイにやってきた。

最初に入植したのがこんな所だったらしい。

 

そして中国雲南省に行くと

 

こんな所である。

 

そして手元にある国立歴博研究報告の西村大氏の調査報告によれば、雲南省のタイ族などの少数民族の居住地は標高500メートルから1500メートルに分布しており、標高に合わせて各種族が独自の生業で住み分けているとの事。

中でもタイ族は一番下、標高500メートルくらいの河谷沿いの平地に住んでいる、そんな事である。

 

この件は私には納得がいく。実は河谷沿いの平地は稲作には最適だが蚊が多くマラリアなどが蔓延し住みにくい。

不思議な事にタイ族は蚊に刺されにくいのでこんな土地でも住めるようだ。

 

そしてこんな土地に住んでいたタイ族がシナ人に押されて現在のタイの土地に出てきた、そんな歴史が有る。

(補足だがこの頃タイの地は中国人からは瘴癘(しょうれい)の地と言われ、一度入ったら二度と生きて帰れない恐ろしい所と言われていた。マラリアなどの為である)

 

 

 

尚引用した西村大氏の論文は4月17日急逝されたお絵かきじい様から頂いた。

お互い歴史好きという事でこのイザブログでお付き合いさせていただいたが、こんな話を色々話し合わないうちに黄泉の国に旅立たれてしまった。

人生無常である・・・合掌。

 

 

 

 

本論に戻って、こんな歴史が有るのでタイ人は泳がない。

ついでに言えばタイ人は男女を問わず人前で裸にもならない。

例え水浴びをしている時でも「恥ずかしい」と言ってTシャツなどを着ている。

例え上半身だけとは言え裸になるのは華僑と外国人だけ。

バンコクなどで町で上半身裸の人を良く見かけるが、これは華僑である。

純粋のタイ人は大人も子供も絶対人前で裸にならない。

 

泳がないのと合わせて、興味深い習慣ではある。

 

んな所がタイ人が泳げない歴史的な背景である。

面白いものだと思う次第。

  1. タイiza
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2013-09-07 16:51

タイ人の水遊び

  昨日のタイでの韓国人カップルご乱行の顛末エントリーをした。そこによもぎねこさんからタイは熱帯で綺麗な海が有る、どうしてタイ人は泳げないか、そんな質問が有った。

 

 

残暑の中なのでタイ人の水遊び風景でもという事で・・・

 

最初に日本とタイの水事情の違いをちょっと。

 

日本はかなりの田舎でも簡易水道などが出来ている。しかしタイは上下水道の普及は遅れている。

 

現在でも田舎では飲み水はこんなモノ

 

 

大きなカメが並んでいる。これは雨水をためる水ガメ。

この写真はお寺なのでカメが沢山あるが、普通の民家はこんな水ガメが1個から3個くらい。

余談だがこんなカメから水を汲んで家の中の小さな水がめに貯めておく、それを飲み水等に使っている。当然ボウフラがわく・・・ 水を飲むときはカメのふちをトンと叩くとボウフラが慌てて沈む、そこをサッと掬って飲むのだとか。

 

飲み水ですらこんな状態なのでプールなど普及は難しいだろう。

 

 

そこでタイ人はこんな所で水遊び。

 

滝である

 

一見広そうに見えるが

泥水である。しかし彼らには最高のプール。 

 

 

 

ごくまれにはきれいな水の所もある。

これはカンボジアとの国境に近いチャンタブリ県のプリューの滝。

チャンタブリには海が有るけれど、誰も泳ぎにはいかない。行くのはこんな所。

大きな魚が沢山いる。草を持っているのは魚のエサ

 

滝つぼの下はこんな風

 

誰も水着を着ていない、水着を持っていないのだが要らないのである。

着ているモノのままドボン、水から上がってそのまま歩いていれば乾いてくる。着替えも要らない。

便利だ・・・・

 

便利と言えばタイ人はカナヅチ、それが便利な事もある。

一寸これをご覧ください。

 

 

海に浮かぶ白亜の豪華ホテル・・・ と思うと違う。

実はこれ、刑務所である。

タイは犯罪が多すぎて刑務所が満杯、仕方なく船を改造してこんなモノを作った。

 

こんな刑務所なら悪人どもが逃げ出すと思うと大丈夫らしい。

タイ人はカナヅチ、こんな所から脱走できないのだと言う。

 

カナヅチも良い事もたまにはあるもんだ、そんなお粗末の一席でした。

 

  1. タイiza
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2013-09-06 23:32

タイでのご乱行の果てに

  韓国から連日鬱陶しい話が聞こえてくる。

そこでタイから聞こえてくる韓国人の行状の一端を紹介。

こんなモノを読んでもさっぱり面白くは無いのだが・・・

 

 

 

<以下引用>

 

パタヤで夜間遊泳 韓国人男女が置き引き被害

2013年9月6日(金) 00時37分

 

【タイ】タイのテレビ報道によると、4日午前零時半ごろ、タイ東部パタヤ市で、遊泳中の韓国人男女(35、21)が置き引き被害に遭った。

 

 韓国人男女はパタヤビーチを散策中に、海岸に衣類の一部と所持品を置き、海に入った。遊泳中に、バイクに2人乗りした男が所持品を盗んで逃走するのを目撃し、急いで海岸に戻ったが、置いておいた現金約6万バーツ、スマートフォン(多機能携帯電話)3台、パスポート1冊、ホテルのカードキー、ATMカードなどを盗まれた

 

http://www.newsclip.be/article/2013/09/06/18932.html

 

<引用終り>

 

 

現金6万バーツと言えば日本円で約18万円、日本でも大金だ。タイ人労働者だったら半年分以上の収入だ。盗んだ連中はさぞや喜んでいただろう。

 

それにしてもそんな所に来て着ていた服を脱いで貴重品まで一緒に置いておく・・・ アホか!

 

 

 

パタヤとはこんな所。

 

昼間はきれいな海、但し泳ぐ人はあまりいない。

(タイ人は泳げない、だから海に入るのは観光客だけ)

 

それが日が暮れると

夕暮れになるとゾロゾロ人が出てくる

 

海岸通りはこんな風

 

そしてその先には

 

何処でも歓楽街はこんなモノ

 

しかし海は誰も泳いでいない

 

 

とまあ、こんなのが夜のパタヤ。

こんな所で(多分裸で)泳いでいればいやでも目に付く。

そうしたら服やら所持品を盗まれても致し方ない。

第一犯人を追いかけようにもフリ〇ンでは何ともならんだろう。

盗んだ兄ちゃんが「盗人の情け」でパンツ位は残しておいてくれただろうか・・・

もしそれも無ければホテルまで帰るのにも大変だったろうなあ。

 

男もだがネエチャンは如何したんだろう???

幾ら深夜とは言えあの辺り人はいっぱいいるのだが・・・

 

このニュースはタイ人もよほど面白かったと見えて単なる窃盗位なら絶対報道しないのにTVで報道されている。

タイ人も多分腹を抱えて笑っていたのではないか・・・

 

第一どうしてこのカップル、年齢が報道されているか?

タイに遊びに来る韓国人カップルはどう見ても不倫旅行にしか見えない連中が異常に多い。

(タイでゴルフをしている時そんな連中と一緒になる事が有るのでわかる)

 

多分タイのTVもそんな事に気が付いてわざわざ年齢まで報道したのではないか。

 

日本人でもこんな変な連中がいないわけではないが、タイに居た時見聞きした韓国人の行動、それは今現在の韓国の異常な騒ぎ方に通じるものが有った。

 

彼らのDNAがそうさせるのだろう。

日本は早くこんな連中とはきっぱり手を切りたいものだ。

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2013-07-29 18:15

タイでタンカーから原油流出事故

  タイでタンカーから原油流出事故が発生した。

事故現場はタイの観光地パタヤから南東へ約50キロ、素晴らしい海のきれいなビーチである。

この事故、不思議な事にタイでもあまり報道されていないのか、今の所ロシアの声の報道だけしか見当たらない。

 

 

<以下ロシアの声より引用>

 

タイでタンカーから原油流出 南シナ海へ5万リットル流れ出る

 

28.07.2013, 12:05

 

 タイで同国の大手企業PTTグローバル・ケミカルが保有するタンカーから原油が出し、南シナ海に約5万リットルの原油が流れ出た。タイ政府が伝えたところによると、事故が起こったのはラヨーン県沖のタイランド湾。

タイ海洋局の情報によると、原油は長さ2.5キロ、幅およそ800メートルにわたって広がっており、10隻の船が回収作業にあたっている。現在、原油の約40パーセントが回収されたという。イタル・タス通信が伝えた。

 

 風向きが変わらなければ、原油は近いうちにも避暑地マエ・ランプエングに達する可能性があるという

 

地元当局はヘリコプターから隣県チョンブリーの沿岸地域のモニタリングも行なっている。チョンブリー県には観光客に人気のリゾート地パッタヤーがあるが、今のところ原油が流れ着いた形跡は発見されていない。

 

http://japanese.ruvr.ru/2013_07_28/118696581/

 

<引用終り>

 

 

<追記>

現地の生々しい写真が有ったので追記します。

これはAFPのもの。

 

 

こんな仕事は人海戦術しかないようですね。早く除去されればいいのですが・・・

<追記終り>

 

 

 

上掲の写真のビーチ、私は何度か行ったことが有る。

海の水が実に綺麗、観光地パタヤは水が汚く、遠くから見るにはいいが近くで見るとガッカリする。しかしこのビーチは人も少なく素晴らしい。

 

場所はこんな所

 

左上の黄色枠の所が観光地パタヤ。

油流出は赤の矢印の部分。

 

尚引用文で「避暑地マエ・ランプエング」と書いてあるが、これは英語表記をローマ字読みしたため。

タイ式発音では「メー・ランペ~ン」と言う。

 

こんな美しいビーチ、上手く油が回収できるといいのだが・・・

 

 

話は変わるが昔この辺りの浜で撮った写真など

 

 

 

こんなビーチ、何時までも綺麗でいてほしいものです。 

  1. タイiza
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2013-07-12 19:04

謎の国~田弾国

  日本で徳川幕府が成立した17世紀初頭、タイは当時アユタヤ朝全盛期。

所がそのアユタヤの手前に田弾国なる謎の国が有ったと日本では認識されていたらしい。

そして家康が朱印船にその国への国書を託したが返事が来なかったらしい。

そんな公文書が存在する。

 

 

これがその国書写し

 

この文書の由来等はこんな風に説明されています。

 

外蕃書翰 田弾国舟

(がいばんしょかん)

長崎奉行や御書物奉行を務めた近藤正齋(こんどうせいさい・1771-1829)が、幕府の外交関係資料を編纂して作成した「外蕃通書」の参考図録として作成されたものが本書です。安南・オランダ・ルソン等への渡海朱印状33通等の外交文書を模写されています。文政元年(1818)に完成し、翌年二組が幕府に献上され、紅葉山文庫と昌平坂学問所へ収められました。

 

 

国立公文書館にこんな400年も前の文書が保管されている。

しかもこの文書は慶長11年(1606年)のモノ、それを200年も経ってから模写されている。

何故か?

国と国との約束は守らねばいけない。だからこんな古い文書だが参考用として保管している訳だ。

 

 

所でその田弾国とは一体何なのだろう。

去年タイに行った時、タイ文学者岩城雄次郎氏のコラムを見たらその経緯が書いてあった。

 

アユタヤは現在バンコクの北約70キロの所にある。河口から直線距離で87キロほど。

アユタヤ朝時代、海からチャオプラヤ川を上ってゆくのに1週間くらいかかったらしい。

そしてその途中に検問所が有った。

現在のタイ語で検問所を「タ・ダーン」と言う。

当時の検問所では通る船は然るべき税金をとられたらしい。

その検問所、タ・ダーンが田弾国と間違えられたのではないかと言うのだ。

狡すっからい小役人が銭をくすねた所、それが田弾国になったらしい。

 

 

何故こんな事を思い出したかと言うと、日本は国として約束したことはきちんと守る。例え現政権でなくても国としての約束は守るのが当たり前、そう思っている。

だからこんな古い文書でもキチンと永年保管してきたわけだ。

 

しかしその約束を全く無視する国が隣に存在する。

韓国である。

 

このほど韓国の高裁は大東亜戦争中の徴用工4人の故人請求権を認め、新日鉄住金に対し賠償金支払いを命じる判決を出した。

これは 1965年の日韓基本条約で「完全かつ最終的に解決された」事を無視する暴挙最早これは戦争状態と言って良いだろう。

 

こんな暴挙は絶対に許すわけにはいかない、日本は毅然とした態度で問題を全世界に発信しなければいけないと思う。

 

尚この件はいろんな方がコメントしていますが、以下の丸山光三さんのエントリーを参照ください。

http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/3129115/

http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/3128664/

 

 

 

 

腹の立つ話はちょっと置いといて、上掲「田弾国」の話に出てきた「タ・ダーン」と言うのはどんなものか。

 

これはタイ東北部のメコン川にかかる「第二タイラオス友好橋」、日本のODAで2006年12月に完成した

 

 

手前がタイ東北部ムクダーハーン、向こう側がラオスのサワンナケートである。

 

今は殆ど車も走っていないが、ベトナム・ラオス・タイ・ミャンマーを結ぶ極めて重要な橋だ。

 

こんな地図を見たことは無いだろうか。インドシナ半島の発展のカギを握る道路である。

 

この図では第二メコン国際橋と書いてあるのがそれ。

そしてこの橋を中心に赤い線が伸びている、これがメコン回廊とか東西回廊とか言われる国際道路。

現在タイ・ラオス・ベトナムでこの橋につながる道路が整備されつつある。

ミャンマーでもこの道路整備が始まる筈だ。

(日本のODAが何十年先を見越した、その国の国づくりに貢献しているいい例である)

 

 

 

さて「タ・ダーン」はその橋のたもとにある訳だが・・・

 

 

これがタ・ダーンである。デッカイですね。

税関・イミグレーションが設置されている。

今は人気もないが、タイの陸の玄関口なので大層大きく立派。

 

尚バスが1台止まっているが、タイからラオスに向かう国際バスである。

乗客はここで出国手続きをする。

橋を渡り終わるとラオス側で今度は入国手続きをすることになる。

この時は乗客は40人ほどいた。

 

謎の国の話が韓国の暴挙の話になり、今度はタイの観光案内。

支離滅裂な所は何処かの国並みかも・・・(笑)

 

  1. タイiza
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2013-07-05 16:08

タイのブックフェアー

  タイの東海岸、シラチャと言う田舎町のショッピングセンターでブックフェアーをやっていた。

 

勿論タイ語の本だし、タイに関するものが多いのだが、こんなモノもあった。

 

 

画面右下には「にほん」と書いた本が。

 

 

しかし矢張り日本モノと言えば圧倒的な存在感はコミック

 

 

これ殆んどが日本のコミック。下段の右から二番目にはドイツ語 (meine liebe) が見えるが日本のコミックである。

 

 

 

こんな中からこんな本を買ってきた。

 

 

上段は冒頭の写真に載っていた本。「にほん」と書いてあるが日本の縄文から現代までの歴史の本である。

余談だがこの本、最初から間違っている。日本は「にっぽん」である。

「にほん」とも読むが「にっぽん」が正しい。

とまあこんな事はタイ式に「マイペンライ(気にしない)」としよう。

 

 

中身はどんなものか

上段は「にほん」の最後のあたり、世界遺産の紹介。

 

そりゃあ、タイ国の歴史はスコータイ朝から数えても770年位、文字のある記録からだと720年位しかない。

1300年前の建物が現存するなどと言うのは驚きであろう。

 

下段左は子供の為の日本ガイドの裏表紙。矢張りマンガ・コミックであろう。

下段右は漱石の「坊ちゃん」のタイ語訳。

 

 

 

先月28日に麻生副総理兼財務大臣が講演し、イラク派遣の自衛隊が一度も襲われなかったのは自衛隊の給水車にキャプテン翼のロゴを貼ったためだと言っていました。(6月29日付読売新聞9面)

日本のコミックの存在感はここまで来ている、タイでもそう痛感しました。

 

 

 

キャプテン翼ロゴ

注:これは今回のタイとは無関係ですが・・・

 

 

しかしコミックだけでなく、更に日本の文化を世界に発信していきたいものだと思う。

 

 

  1. タイiza
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2013-07-04 14:19

タイのバラマキ政治の顛末

  タイに出張する時、気になる事としてタイのコメ買い取り制度破綻の話を取り上げた。

タイに行ってみると実は拍子抜け、市井の庶民には危機感は全くない。

別にコメが値上がりしている訳でもないし、田舎のコメ農家は大儲けしているので文句を言うはずがない。

だから平穏なものだった。

 

時間の無い中これ以上調べられなかったのだが、分かった事は政府が何も公表していない、だから問題の深刻さなど全く気が付いていない、こんな事だった。

 

そんな中、政府が発表したコメ買い取り価格の値下げの話が2日あっさり取り下げられた。

 

 

<以下newsclipより引用>

 

タイ政府、コメ買い取り価格引き下げを2週間で撤回

2013年7月3日(水) 05時00分

   

【タイ】タイ政府は2日の閣議で、事実上のコメ買い取り制度であるコメ担保融資制度について、先月19日の閣議で決めた籾(もみ)の買い取り価格引き下げを撤回した。

 

 6月30日から一般的な品種の買い取り価格上限をこれまでの1トン1万5000バーツから1万2000バーツに引き下げるはずだったが、南部を除く地域では9月15日まで、南部では11月30日まで、1万5000バーツで据え置く

 

 政府・与党の支持基盤である稲作農家の反発を受け、決定から2週間で引き下げを撤回した。ただ、1万5000バーツで買い取りを続けるのは財政面から困難で、次の収穫期で引き下げを図るとみられている。

 

 コメの担保融資制度は2011年8月に発足した現政権の目玉政策のひとつで、同年10月に導入された。今年6月12日までに、国際相場より数割高い価格で4047万トンを買い取り、費用は5887億バーツ(約1兆8000億円)に上った。購入したコメの販売額は計760億バーツにとどまり、巨額の損失が生じる見込みとなっている。また、タイ産米は価格上昇で輸出量が激減し、昨年、1981年以来初めて、コメ輸出世界一の座から転落した。

 

 この制度で積み上がった膨大なコメの在庫も政府の頭痛の種となっている。倉庫に放置されたコメに虫がわくなどの問題が生じたほか、ソーシャルメディアで「腐ったコメが横流しされ、スーパー、市場などで販売されている」といううわさが広がった。また、カンボジアミャンマーといった隣国から密輸したコメをタイ産米と偽ってタイ政府に買い取らせる詐欺も横行しているもようだ。

 

http://www.newsclip.be/article/2013/07/03/18187.html

 

<引用終り>

 
1年半で5887億バーツ買い入れたが売れたのは760億バーツ、差額の5127億バーツは売値と買値の差損と在庫評価額の合計となる。
実際の損失は公表されていないが試算では在庫評価額約2700億バーツ、損失約2427億バーツ程度ではないかと言う。
(注:この在庫がもくろみ通り売れた場合です。売れなければ・・・・・??)
 
損失2427億バーツ(約7500億円)と言うのはタイの年間国家予算2兆3800億バーツの10%を超える・・・ 恐ろしい金額である。
 
これがバラマキ政治の結果である。
日本でも民主党のバラマキ政治、ド素人政治の3年半で無茶苦茶になったがタイも同様である。
しかも今タイ人は政府の頬かむり政策で何も知らずのんびりしている。
 
間もなく政府の資金が不足してくるはずだ。
トンデモナイ事態が待っているだろうが、多分タクシンが政権を盗った時やった政策をまた始めるだろう。
日系企業に無茶苦茶な因縁をつけての増税である。
日系企業にも受難の日が近づいていると思う。剣呑な事である。
 
 
所で今日は参議院選挙の公示日だ。
ミンスの3年半がいかなるものか良く分かったと思うが、世界には民主主義の名のもとにこんなバラマキで政権の座に就いた連中が一杯いる。
しかし結果はミンスの3年半で分かった通り。
 
 
こんな時極めて的確に問題点を指摘した人の話を引用したい。
 
 
裏の桜さんの別宅「裏の桜2の雑記」にこんなエントリーが有る。
「テレビの政治情報に騙されるな!」
http://uranosakura.blogspot.jp/2013/07/blog-post.html
 
その中の動画でコメンテーターのオババが「政治の専門家は必要ない」と言っているが、この考え方こそミンスバラマキ政治を作った元凶である。
 
<以下裏の桜2さんのエントリーより引用>
 
動画最後の部分で言われている「政治の専門家は必要ない」云々は詭弁、負け惜しみだと思う。本来は政治にも専門家が必要なのである。
 
引用に成るが次の文章を読んで欲しい。
 
 
塩野七生著 新潮文庫刊 『ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち[三]』 より
 
【カバーの金貨について
 
 他の職業人に比べて政治家が非難されやすい理由の一つは、政治とは誰にでもやれることだという思いこみではないだろか。例えば、ピアノのコンクールでは、審査員は有名なピアニストが担当する。いかに音楽を愛していても、単なる愛好家には、票を投ずることは許されていない。それなのに政治となると、選挙では誰もが一票を投ずる資格をもつとされている。でないと、反民主的と非難される。ということは、民を主権者とする政体とは、政治のシロウトが政治のプロに評価を下すシステム、と言えないであろうか。
 となれば政治家にとっての死活問題は、政治のシロウトたちの支持を獲得することになる。知識はあっても政治を実際にやったことはないという点で、学者も評論家もメディアもシロウトに属す。政治家が挑戦すべきなのは、政治のプロとしての気概と技能は保持しながら同時にシロウトの支持を獲得するという、高等な技なのである。クラウディウス帝は、この放れ技に失敗したのだった。何によって?それは読んでお楽しみ、と言っておこう。】
 
ド素人に政治をまかせて如何だっただろうか?
 
あの政治のド素人集団であった民主党に、テレビのコメンテーター達の甘い言葉に騙されて政権をまかせて如何だったろうか?
 
言わずもがなで結果は出ている。その結果、現実に眼を塞ぎ、耳を塞いでいるのは、この動画での既存のメディアである。
 
テレビから流れてくる情緒論・感情論に満ち溢れた政治情報に騙されては行けない。
 
<引用此処まで>
 
これからテレビ・新聞などにはこの手の論調があふれる筈だ。
今度こそ騙されないぞ。
あの電波芸者たちの甘言には。

  1. タイiza
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2013-07-02 18:03

タイの魚 プラー・ニン

  昨日タイから帰国しました。

まあ 色々ありますが、先ずはタイ人の日本に対する気持ちの分かる話から。

 

 

最初にこんな写真。

外出途中で昼飯に立ち寄ったタイレストランで見た四手網のある風景。

 

 

四手網、懐かしいですね。

昔は川や池で魚(フナやコイなど)を獲る時使っていた網です。

でももう何十年も見ていません。

 

懐かしかったのでこんな写真を撮っていたら店のオヤジさんが出てきて「日本人か?」と聞く。

そうだと答えると、ちょっとこっちに来てくれと言うので見てみた。

 

「プラー・ニンだ。日本の天皇陛下がタイに贈ってくれたものだ。」

店のオヤジさんが嬉しそうに指差す先は・・

 

濁った池の中で魚が泳いでいる。

丁度持ち合わせたコンデジではこんな写真が精いっぱい。

辛うじて魚がいる事だけは分かると思います。

 

 

実はプラー・ニン、タイではごく一般的な大衆魚。しかし日本料理ではほとんど使わない魚なので日本人は殆どその存在を知らない。かく言う私も初めて食べたのはタイに来て4年くらいたった時だった。

そしてタイ人はこの魚の事を話すとき必ず「プラー・ニンは日本の天皇陛下がタイ国王に贈ってくれた魚。だからニンは天皇陛下の名前に因んで名づけたもの。」

こんな風に説明する。

 

今上天皇陛下の名前は明仁、この仁を音読みして「ニン」、タイ語で魚は「プラー」と言うので、この魚は「プラー・ニン」。

華僑は漢字で「仁魚」と書く。

 

実はこの魚はナイル原産のティラピアである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%94%E3%82%A2

 

今上天皇陛下が皇太子(明仁親王)だった頃のこと、タイ王国を訪問され、タイ国王(現プミポン国王)から「タイ国民のタンパク質不足問題」を聞かれました。(1964年(昭和39年)12月)

 

魚類学者である当時の皇太子明仁親王殿下は帰国後、タイ国王の抱える問題解決の一助として50尾のテラピア・ニロチカをタイ国王に贈呈、これが1965年(昭和40年)3月の事。

 

タイ国王は住まいのチットラダー宮殿内の池でこれを飼育。

1年後3~5センチに育った稚魚約1万尾を漁業局に下賜、飼育・普及を命じた。

その折この魚の名前を明仁の一字「仁」をとって「プラー・ニン」と命名した。

 

僅か6ヶ月で300g以上にも生育する雑食性の「プラー・ニン」。

食べても淡白な味で美味しく、それから半世紀近くたって、この魚はタイの代表的な大衆魚に育ち、タイ全土に普及。

更に聞いた話だが、この魚の天皇陛下からの贈呈、タイ国王の普及努力の話は学校の教科書にも載っている話なのだそうで、日本とタイとのつながりの深さの一つのエピソードになっている。

 

そんな事で田舎の街道沿いの古ぼけたタイレストランのオヤジが、日本人が来たと言うのでわざわざ「ここにその魚がいる」と教えてくれたわけ。

 

タイは親日的と言われるのにはこんな話が沢山底辺にある。

そんな思いを強くした次第です。

タイの手土産代わりの心温まる話でした。

 

 

  1. タイiza
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2013-06-22 14:37

明日からタイへ

  明日朝のフライトでタイに行ってきます。

帰国は今の所7月1日(月)朝着の予定です。

その間多分コメントを頂いても返事が遅れそうです。ご了承いただきますようお願いします。

 

 

タイは仕事もですが、気になる事が・・・

こんな話です。

 

<以下newsclipより引用>

 

タイ政府、コメ買い取り価格を引き下げ 巨額損失懸念で政治判断

2013年6月20日(木) 03時51分

 

【タイ】タイ政府は19日、コメの事実上の買い取り制度であるコメ担保融資制度に関する臨時閣議を開き、現在1トン1万5000バーツの籾(もみ)の買い取り価格上限を6月30日から1万2000バーツに引き下げることを決めた。

 

 また、籾を担保に受けられる融資について、1世帯当たり年50万バーツの上限を6月20日から設定する。これまでは上限がなかった。

 

 今回の決定に対し、コメ生産者は強く反発。一方、コメ輸出業者は競争力が回復するとして歓迎の意向を示している。

 

・・・以下略・・・

 

http://www.newsclip.be/article/2013/06/20/18040.html

 

<引用終り>

 

何故気になるか、それはこの政策がタイのインラック政権の一番の基礎になっているからだ。

 

ちょっと分かり難いのでその中身を説明すると

 

タイの農民がコメを売るのは籾の状態で精米業者に売る。

精米業者はそれを精米し市販、輸出両方に出荷する。

政府はコメの農民からの買い入れ価格と市販・輸出価格の差をある程度精米業者に補助。こんな仕組みである。

 

しかし国際価格との差はどうなっているか。

 

コメの籾から精米にすると重量で0,6になる。(30%がもみ殻、10%が糠とのこと)

つまり農民から1トン15,000バーツで籾を買うという事は精米にすると1トン25,000バーツに相当する。

現在の為替レートでは(1ドル31バーツ)1トン806ドルである。

 

一方国際相場はというと、2013年5月の価格は標準米で1トン552ドル(FOB価格=船積渡し価格)

550ドルでしか売れないコメを農民から800ドルで買う

精米代や輸送費、倉庫料などを全部無視しても大変な大赤字である。

 

今までは如何だったのか?

今までの農民からの買い上げ価格は1トン8,000バーツ~9,000バーツ、

これを精米してFOB550ドルくらいで売っていた。

売値がほとんど変わらないのに、農民からの買値を1,7倍から1,9倍に上げたのである。

 

この政策はコメの価格を市場価格を無視、約倍近い値段で買っていたことになる。

そりゃあ、誰でもこんなオイシイ政策をやってくれればニコニコする訳だ。

 

こんな無茶苦茶なバラマキ政策、これがインラック政権の支持基盤だった。

 

これはインラック政権誕生の時のタイの田舎の支持者たち。

 

全く政治家としてド素人のインラック・チナワット、幾らタクシンの妹だと言ってもこれだけの支持を集める、その秘密がこんなバラマキ政策だったのだ。

 

しかしこんな無茶苦茶、長続きするはずがない。

タイ米は値段が高すぎ、世界の輸出ナンバーワンの地位から転落した。

タイの穀物倉庫はどこもコメで満タン、もうこれ以上収納できない、そして多額の赤字補填で財政はパンク状態である。

 

コメの価格を1トン15,000バーツから1トン12,000バーツに下げても実はまだ大赤字。

籾で1トン12,000バーツは精米で1トン20,000バーツに相当、1トン645ドル位になるがまだまだ大赤字であることには変わりない。

 

しかしこの価格を2年近く実施してきたので、タイの貧しい農民には元の価格に戻すと言っても怒るだけだろう。

 

更に今までタイ米を買ってくれていたお客さん、これもタイが急に値上げを言いだしたので買わなくなった。よくよくのことが無ければお客さんは戻ってこないだろう。

 

トンデモナイ火種が明るみに出てきたわけだ。

 

日本でもミンスのバラマキが絵空事と分かって国民の怒りを買った。

それと同じ構図である。

 

 

こんな事が本業の合間に分かるとも思えないが、多少なりとも状況が分かればいいかなあ、そう思っている。

 

  1. タイiza
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2013-06-07 14:18

泰麺鉄道の話

  先日泰麺鉄道の話をアップしたのだが、その後他の人と話をしていて皆さん泰麺鉄道について誤解していると感じた。

私も同じだった。

つまり映画「戦場にかける橋」のイメージが強すぎるのだ。

 

死の鉄道と言われ、日本軍が虐殺したと疑われているが事実はどうだったのか。

そんな事を纏めてみたい。

 

 

最初に泰麺鉄道がどんな所を通っていたか。

 

 

こんな所を通っていた。

ビルマに進攻した日本軍の補給路として計画されたもの。

そしてタイ側のほぼ全域がカンチャナブリ県に属している。

 

路線は全長415キロ、このうち300キロがタイ側、残りがビルマ(ミャンマー)側である。

タイ側、ビルマ川とも最初の50キロ位は人家のある開けた土地、しかし残りの約300キロはジャングルの中で、特にタイ側には岩山や大河(クウェー・ヤイ川)が有った。

 

さて死の鉄道と言われる原因はその死者数。前回の紹介したがこんなモノ

 

泰麺鉄道建設による死者の数

 

戦争捕虜者数  62,000人  ⇒ 死亡者数 13,000人 (21%)

徴用労務者数 200,000人  ⇒ 死亡者数 42,000人 (21%) 

(タイ・ベトナムなどの徴用労務者)

日本人従事者  10,000人  ⇒ 死亡者数  1,000人 (10%)

合 計      272,000人  ⇒ 死亡者数 56,000人 (21%)

 

 

 

では泰麺鉄道の三大難工事がどんな所かを紹介。

おっとその前に、

最大の難工事は超短期間という事。現地を調査した鉄道隊はどんなに急いでも5年かかると工期を見積もった。それを1942年7月~1943年12月の1年半でやろうとした。更にそれを4か月短縮しようとした。

それに輪をかけたのが現地の天候。工事の最盛期が丁度雨季。

しかも運悪く1943年は例年より1ヶ月も早く雨季が始まった。

連日のスコールで現場は泥んこ、兵站路の川は増水で船が使えず、食料などの補給もままならなかった。この事を前提として・・・

 

 

さて能書きはともかく最初の難工事、これが戦場にかける橋、クウェー・ヤイ川鉄橋。

 

こんな橋だが今は鉄道橋ではあるものの住民の生活道路になっているし、休日にはこんなモノも。

 

 

私も乗ってみた。結構楽しいトロッコ。

タイ人は嬉々として鉄橋の上を楽しんでいる。

 

しかしこの鉄橋は日本軍にしてみればビルマ戦線への貴重な補給路、その為連合軍の攻撃目標になっていた。

 

爆撃によりこの鉄橋は使用不能だったが奥の木造橋(工事用の仮橋)は使用可能(簡単に修理できた)。

この鉄橋、上の現在の写真で分かるように手前が曲弦トラスでこれがオリジナルのモノ、奥が平行弦トラスだがこれは戦後(昭和25年)に戦後賠償の一環で復旧されたもの。

 

 

 

次の有名な難工事、アルヒルの桟道橋はクウェー川鉄橋から50キロほど進んだところ。畑とまばらな林の間を進むとこんな所へ。

 

そしていきなりこんな所。断崖絶壁を切り取ってそこに線路を敷いた。

 

 

橋脚の構造はこんなモノ

(もちろんオリジナルそのものではない。耐久性を考え補強されている)

 

 

そしてこの断崖絶壁を通る鉄道の絶景動画をお楽しみください 

 

 

 

 

 

そして最後の難工事の現場、ヘルファイアーパスである。

日本軍の工事では「ヒントクの大切通し」と言われていた。この3キロほど手前の「タンピー付近の曲線大木橋」と合わせ現在では「ヘルファイアーパス(地獄の火の峠」と呼ばれている。

1942年7月に始まり、1943年10月に完成した泰麺鉄道の建設工事で最後まで残った最大の難関だった。

 

 

この切り通しにはこのように記念に線路が一部残してある。

 

そしてこの岩山の上に行くと

 

 

ジャングルの中に工事の時に使った土砂運搬用のトロッコが・・・

今なら重機でこんな切り通し簡単に掘削できるが、何せ1943年である。

ツルハシとスコップ、そしてダイナマイトしか使えるモノの無い、それでいて超突貫工事だった。

(やっと削岩機が手に入ったのが1943年5月末の事らしい)

 

 

ビルマ方面の戦局は厳しさを増してくる。海上補給はますます困難になってきた。

1943年2月、大本営は工期を4ヶ月短縮し8月完成を指令する。

不可能と上申した現地鉄道司令部の幕僚長は左遷召喚された。

しかし何も妙案が有るわけではない。結局規格を落とすことと兵力・人員の大量投入しかなかった。

この為連合軍捕虜もさらに追加されたが、そんな人員には病人も多数いたようである。結果として現地の負担を増やし、犠牲者を増やすことになったようだ。

 

・・・おお! 何とこの所、2011年3月に全く同じことをやっていたではないか・・・

・・・正論を言ったら即クビ、その時の責任者は「空き缶」だったが・・・

 

 

 

そしてこのヘルファイアーパス、こんな記念館が出来ている。

ヘルファイアーパス・メモリアル

 

このヘルファイアーパス・メモリアル、実はオーストラリア政府が援助して建設し、現在もオーストラリア政府が運営している。

この記念館のある土地はタイ軍の敷地内、そんな事になっている。

 

泰麺鉄道建設で白人捕虜に多数の死者が出た、その怨念を感じさせる設備である。

私が行った時も中に入った時の異様な雰囲気、忘れられない。

 

 

さてその工事の悲惨な状況、それをしっかり調べた方がいる。

吉田修氏と言うその方がタイ国日本人会の会報「クルンテープ」に投稿したもの、以下にその全文を見ることが出来る。

http://www8.plala.or.jp/taimen/note.htm

 

尚この泰麺鉄道に関する調査、大変良く調べてある。私も読んでみて大いに感心した次第。ご興味のある方は是非どうぞご一読を。

 

 

その中でも最も悲惨な状況を一部紹介したい。(全文は長すぎるので・・)

 

<以下引用>

 

第3期  最大の危機  43年2月~7月中旬

 

最も困難な時期であった。豪雨による補給途絶、疫病の発生などの悪条件に加えて工期短縮命令が下り、進退窮まる中で必死の工事が続き多くの犠牲者が出た。

  

「工期の短縮」

 

ビルマ方面の戦局は激化する一方、海上補給は、ますます困難になってくる。2月上旬、大本営は工期を4ヵ月短縮し8月完成とせよと指令する。不可能と上申した現地鉄道司令部の幕僚長は左遷召還された。しかし中央においても妙案があるわけもない。結局のところ、路線や平行道路の規格を落とすとともに、工事兵力・労働力などを大量に投入し、現場の尻をたたいて急がせるしかなかった。 

  

「作業力の強化」

 

 こうして建設・兵姑・医療を強化すべく2個工兵連隊、特設鉄道隊、野戦病院、兵站地区隊などが急いで追加配備され、待ちに待った削岩機も5月末にやっと到着した。また3月からはビルマ労務者、ついで4月からマーフヤ、タイ (華僑)労務者などの投入も始まった。捕虜も大量に追送されることになったが、病人が多数含まれていいたため受入側の負担は重くなり不幸な犠牲者の数をを増す結果となる。

  

「早かった雨季入り」

 

 折あしく雨季がビルマ側で4月中旬、タイ側で同下旬と約1ヵ月早く到来した。ビルマ側、タイ側のいずれの道路も工事未了のまま泥の海となった。補給輸送のトラックは板バネや車軸を折り、泥に埋まった。またケオノイ河も洪水期の始めには流木や水位激変のため舟運が困難となった。このため交通が途絶し、各所の食料はじめ補給が途絶え始める。そこに追加配置された捕虜、労務者が泥道を歩かされ疲労困憊して到着。さらに負担がますはめになった。奥地の作業所では、米主体の給食も定量の2分の1から3分の1に滅少し、カロリー・蛋白・ビタミン類の不足で栄養不良が一般化した。それまで捕虜・労務者キャンプの周辺に群がっていた食品・煙草などの物売りも姿を消した

 

 一方、ビルマ増援の第31師団は、鉄道完成を持てず線路沿いに泥濘と化した工軍用道路を徒歩でビルマヘと急いだ。将兵は雨の中を、捕虜さえも哀れむような強行軍を行い、この間建設作業を少なからず阻害した。

  

「疫病の蔓延」

 

 悪運はさらに続いた。ビルマ側からか労務者の持ち込んだコレラが蔓延し、マラリアや赤痢、熱帯性潰瘍なども日常茶飯事の状況下にあった。天然痘患者もクンビザヤで見つかり、種痘を大量に行って辛うじて防いだ。医療要員、施設、資機材のすべてが不足しており、全工事を通じてこの時期に最も多くの死者を出したが、特に組織が弱く、専用の要員・施設をもたず衛生知識も乏しい労務者に死者が多く出た模様である。

  

「工事の強行」

 

 工事への出面率も大幅に低下し、ひどいところでは配置人員の2割しか働けないところもでてくる。このような状況下にあっても工事の遅滞は許されなかった。日本の工事部隊にとっては工事現場は戦場であったのである。「連隊ハ全滅スルトモ(難所を)強行突破セョ」と鉄9連隊長は訓示した。昼夜交替で長時間にわたって、わずかな日本兵が率先し、捕虜も労務者も、皆が栄養不良と疲労でフラフラになりつつも工事は続行された。そしてチュンカイの切通し、アルヒルの桟道橋、メクロン鉄橋、ビルマ側の六木橋、タンピーの曲線大木橋と次々に難工事部分が完成していった。

 

<引用終り>

 

 

しかしこんな難工事だったが、捕虜に対する虐待もあった。

そんな事の分かる記述が上掲「吉田修氏のまとめ」に記述されている。

 

<以下引用>

 

「泰緬鉄道関係裁判の結果」

 

 

 

 


 46~47年にシンガポール軍事法廷で行われた泰緬鉄道関係裁判の結果、捕虜虐待により起訴120人、有罪111人、内死刑32人の判決が下された。部隊別では捕虜収容所が過半を占め、が階級別では直接捕虜に接した朝鮮人軍属と現場での指揮官であった尉官群を抜いて多い。またこれら戦犯容疑者については、シンガポールに収監中、食事等におけるかなりの虐待(餓死)をくわえられた模様である。

 

また南方におけるBC級裁判では、判決書朗読や判決理由説示の形式さえとらないで断罪(処刑)されたケースもあったとされるが泰緬鉄道関係については不明である。

 

<引用終り>

 

 

何とこんな所に朝鮮人軍属が顔を出している。

この泰麺鉄道の工事、無茶苦茶な指令の元での工事なのは知っていた。それにしても捕虜虐待が酷かったと言われるのがどうにも腑に落ちなかったが、これを見て納得である。

 

日本の鉄道建設部隊は殆ど最前線で建設工事に従事していた。

捕虜の虐待がどうして起こったのか興味のある所である。

 

 

最後に長年世界を支配していた白人が此処では日本人と言う有色人種に支配される、白人にとっては大変な屈辱であったと思われる。

そして今日の慰安婦騒動の様に根も葉も無い話でも「日本人を貶し辱めるためには何でも飛びつく」、そんな欧米のマスゴミや政治家の風潮を作ってしまったようだ。

 

先の長い話である。

 

  1. タイiza
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2013-05-29 15:22

タイの山奥にある親日博物館

  安倍総理がミャンマーを訪問し、「総理としては36年振りに日本人墓地に参拝」、そんな話を丸山光三さんがエントリーしている。

http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/3089487/

 

 

これは安倍総理の参拝の様子

丸山さんのブログより引用、オリジナルは安倍総理のFB。

 

悲惨なインパール作戦、しかしそこにはミャンマー(ビルマ)の人たちの日本兵に対する温かい気持ちが有った。

 

 

そしてこれはあまり知られていないが、敗走した日本軍がたどりついたタイ北西部、そこで日本兵は暖かく迎えられる。

そしてそのタイ北西部には何と世界唯一の親日博物館が有る。

 

その経緯については「東アジア黙示録、世界で唯一の親日博物館・・・北部タイ英霊街道を辿る」に詳しい。

http://dogma.at.webry.info/201101/article_1.html

 

最初にその親日博物館が如何してできたのか、それを紹介する。

 

<以下上掲東アジア黙示録より引用>

 

・・・一部省略・・・

ビルマ国境と接するタイ北部メーホーソン県の山里。その村の名をクンユアムと云った。

 

それは村人にとって宝物だった

 

大東亜戦争の終結から半世紀が経った1995年。クンユアム村に新たな警察署長が赴任してきた。50代半ばの警察中佐、チューチャイ・チョムタワットさんだった。

 

署長就任後に村の家々を挨拶して回った際、チューチャイさんは奇妙な事実に気付いた。古ぼけた水筒や外套、ヘルメットといった品々が各家庭で宝物のように大切に保管されていたのだ。

 

それらは、かつて我が軍の兵士が世話になったお礼として村人にプレゼントしたものなどだった。半世紀以上も前に、この小さな村で何があったのか…

 

当時を知る者たちから聞き取り調査を進めると、戦時中に村人と皇軍兵士が交流を深めていたことが判った。大事に保存されている品々に、懐かしい思い出が刻み込まれていたのだ。

 

「これらの品々は持ち主に代わって後世の人たちに、かつての時代のことを語り、尊敬の念を起こさせる。それは子孫たちにとってお金で買うことの出来ない掛け替えのないものだ」

 

チューチャイさんは、異国の兵士との交流秘史を後世に伝えようと決意。村人たちに古い品々の提供を求め、郡の公共施設を利用した博物館の建設を準備した。

 

無償提供を受けるだけではなく、村人から買い取ることもあれば、ビルマ領内から錆び付いた軍用車両を取り寄せることもあった。チューチャイさんは日本円で250万円以上の私費を投じて収集したという。

 

集まった我が軍の品々は500点を突破。そして1996年11月、クンユアム村に「第二次世界大戦博物館」がオープンした

 

クンユアム村を貫く国道の脇に開館した博物館。現在は「タイ日友好記念館」と名称を変え、1,000点近い展示品が収蔵されている。敷地の門には、タイ国旗と共に日の丸が翻っていた。

 

・・・以下略、大変長文の為、詳細は上記リンク先参照ください・・・

 

その旧日本軍博物館とはこんなモノ

 

<引用終り>

 

この博物館の有る所はこんな所

 

タイの北西のはずれ、ミャンマーとの国境である。

此処に行くためには日本⇒バンコク、バンコク⇒チェンマイ(国内線)、チェンマイ⇒メーホンソン(国内線で35分)、メーホンソン⇒クンユアム村(クルマで1時間半くらい)。

しかもチェンマイからの国内線は1日7便あるが、5便は35人乗り位の双発プロペラ機、2便は14人乗り位の単発セスナ機。どんな所かお分かりいただけよう。

 

 

そしてここにもう一人の証人がいる。

このクンユアム村の出身で当時小学生くらいだったタイの元運輸大臣の言葉

 

ここで「カンチャナブリの博物館(戦争博物館)で宣伝される日本軍とは違う」、これはカンチャナブリは映画「戦場にかける橋」で一躍有名になったが、これは戦勝国の論理で造られたもの、本当の日本軍を表している訳では無いという事だが、この件は次回に取り上げます。

 

 

そしてこれはチューチャイさんのおもいの分かるHP

「第二次大戦でのクンユアムの人々の日本の兵隊さんの思い出」

http://www5f.biglobe.ne.jp/~thai/

 

 

 

 

最後にもう一つ紹介。

これはタイ北部チェンマイ在住の日本人の方が体験した大戦中の日本兵と交流したことのあるタイ人女性の話。

これは2012年の話。

 

以下 yunkaoさんのブログより借用

http://yunkao.exblog.jp/18360786/

 

<以下引用>

・・・一部省略・・・

見ると、道の反対側の家の前で、お婆さんが仁王立ち!
路駐しているから怒っているんだ・・・ 
おどおどしつつ、
「お寺に行くんです」
と正直に答えたら、

「うちの前に停めなさい。ほら、ここ」
と、お婆さん。
「あ、ありがとうございます!」

バイクを停めながら、
自分が日本人でチェンマイに住んでいると話したら、
急にお婆さんが
「ニホンジン、ワタシ ニホンゴ ベンキョウ」
と、確かに日本語で言いました。

どこで勉強したんですか?

「第二次世界大戦中に日本兵から習ったの。
当時、私は12歳だったわ。

1サターンのカノムチーン(米粉のソーメン)を100バーツで売ったのよ。
ほほほ、我ながら、ずるいわねえ。

バナナやパパイヤも売ったわね。
お金がない時代だったけど、
兵隊さんがよく買ってくれたおかげで
たった12歳なのにしっかり稼ぐことができたのよ。

私の家には何人かの兵隊さんが泊まっていたわ。
お風呂に入る時は、フンドシひとつでね、びっくりしましたねえ(笑)

兵隊さんに教えてもらった日本語はね…
アタマ、メ、ミミヤスミ。ミミヤスミ。
コドモ、イモウト……。

一緒に遊んでくれて、肩車もしてくれたわね…
ミミヤスミ?)

「そうだ、あなた、ちょっと待ちなさい」
お婆さんは家の中に入って、
包みを持って出てきました。

「これを持って帰って食べなさい」

包みの中には、
タイのお菓子とケープムー(豚の皮を揚げたもの)、
黒ゴマ入り豆乳が入っていました。

バイクも停めさせてもらい、
その上、お菓子まで頂くのは悪い気もしましたが、
こういう時は、受け取った方が喜ばれます。

「今私は83歳。でも気持ちは38歳よ(笑)
日本語はたくさん覚えていたんだけどね、
さすがに時間が経つと忘れちゃうわね。
え? 私が元気だって?
あなたもその豆乳を飲んだら、元気になるわよ。

 

・・・以下略、詳細は上記リンク先参照ください・・・

 

<引用終り>

 

何気ないエピソードである。

しかし特亜の方から聞こえてくる無茶苦茶な日本軍人像、これがいかに嘘っぱちか、それがこんなエピソード一つ一つで分かる。

そんな意味で紹介しました。

 

 

 

  1. タイiza
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2013-05-09 14:40

羊頭鼠肉

  羊頭狗肉と言う言葉が有る。

 

所が今、何でもありの中国では「羊頭鼠肉!」も有りだと言う。

これなら問題は無いのだが・・・

 

 

さて羊頭鼠肉はどんなものか。

これについては丸山光三さんの以下エントリー参照ください。

http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/3071761/

 

この話を見てちょっとタイの思いで話など・・・

息抜きネタです。

 

 

 

 私はどちらかと言えば悪食かもしれない。結構タイではいろんなものを食べた。

サソリとかタガメとか、普通に売っているモノなら大体食べたのだが、どうしても食べる気がしなかったものが有る。

ネズミである。

タイ人は、特に田舎のタイ人はネズミを食べる。

だから街道筋に並んでいる屋台でネズミを売っている。

勿論屋台で売っているのは焼いてあるので「焼きネズミ」である。

 

 

これはタイ中部ピサヌローク県の焼きネズミの屋台

 

ネズミのあぶり焼き

 

 

さばかれる前のネズミ

 

食べられるネズミは野ネズミである。タイ語ではヌー・ナーと言う。

ヌー=ネズミ、ナー=田んぼ なので直訳すれば田ネズミになるのだろうか。

ドブネズミや家ネズミはタイ人と言えども食べない。

汚いという事もあるのだろうが美味しくないそうだ。

田んぼでコメを食べていたネズミがおいしいのだと言う。

 

 

さてヌー・ナーと言う名前のタイの歌手がいる。

タイ人は本名のほかにニックネームを持っていて、エビとかカエルとか、そんな言いやすい名前を使っている。

 

 

この子がヌー・ナー

 

 

 

こっちの写真の方が可愛いかもしれない

 

何ですか、これならぜひ食べてみたいですか・・・ う~ん。

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2013-04-26 18:37

タイの大規模治水事業、入札から日本企業連合撤退

 タイから興味深いニュースが聞こえてきた。

 

<以下newsclipより引用>

 

タイの大規模治水事業、入札から日本企業連合撤退

newsclip  2013/4/26 (03:01)

 

【タイ】タイのプロードプラソプ副首相は24日、タイ政府の大規模治水事業の入札から日本の企業連合が撤退したことを明らかにした。用地の収用を落札業者が担当するなど条件が厳しく、採算が合わないと判断したという

 

 タイ政府の治水事業入札は10件、総額3500億バーツ(約1・2兆円)規模で、5月3日が締切だった。事前審査では、中国電力建設集団、中国水利電力対外など中国企業とタイのゼネコン(総合建設会社)最大手イタリアンタイ・ディベロップメントのコンソーシアム、韓国水資源公社(Kウォーター)の2陣営が10件全てで候補に選ばれていた。日本企業は建設技研インターナショナル、大林組、大成建設、鹿島建設、清水建設などがコンソーシアムを組み、6件で最終審査に残っていた。

 

 タイでは2011年にバンコクと北郊のパトゥムタニ県、アユタヤ県などで大洪水が発生し、ホンダ、ソニーなど日系企業400社以上の工場が水没した。今回の入札はこうした大規模な洪水の再発防止を狙ったもの。

 

 日本企業の撤退を報じたタイのニュースサイトのコメント欄には「タイは汚職天国。落札したら下着一枚になるまでひんむかれるのがわかったのだろう」「贈賄の予算なし」「汚職に関わって名前に傷が付くのを恐れたからだ」など、入札をめぐる汚職が原因という意見が多かった

 

http://www.newsclip.be/news/2013426_037879.html

 

<引用終り>

 

 

総額1,2兆円、1割分を受注しても1200億円である。こんな凄い仕事、そうそう有るもんじゃない。

しかし撤退した。

理由が賄賂。だがこの賄賂、金額が半端じゃない。

総額の30~35%が賄賂である。

 

タイがタクシン派の政権になってから、この賄賂がうなぎのぼりでこうなってしまった。

この事を昨年タイのバンコク週報(2012年7月21日付)で報道されている。

 

 

詳細は以下エントリー参照ください

 

http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/2777015/

 

 

総額1,2兆円、何処でも絶対受注したい仕事である。しかし賄賂が30~35%ではまともな工事など出来る訳が無い。

若しこんな仕事を受注すれば、手抜き工事で日本ブランドに傷がつくのは目に見えている。

残念だがこんな仕事は特亜系にやらせるしかないのだろう。

 

日本企業の苦渋の決断に大いに拍手を送りたい

 

だが日本でもバラマキ政権は必ずこんな不祥事を内在しているはずだ。

さあこれからミンス連中の悪事を暴くときが来た、そんな思いを強くした次第。

 

尚この件は、「タイのタクシン派政権の腐敗体質に対する日系企業からの拒否反応」であると思う。

これを機会にタイが変わってくれることを期待したいのだが・・・ 当分無理か?

  1. タイiza
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2013-03-22 14:34

天然ガス自動車のタイでの事例

 最近下火になったが、一時天然ガス自動車が話題になった事が有る。

裏の桜さんがTPP関連でアメリカが「日本の市場は非関税障壁が有り問題だ、アメリカ製の部品が売れないじゃないか」、こんなアメリカのイチャモンをエントリーしている。

 

アメちゃんの言い分は「天然ガス自動車用の部品(燃料タンクなど)を売りたくても日本では売れない」と文句を言っているのだとか。

 

「難癖をつける」

http://dale-alv.iza.ne.jp/blog/entry/3029965

 

 

そこで私がタイで見た天然ガス自動車の採用状況などを紹介したい。

 

先ず2年ほど前のタイのモーターショーで見た「CNGバイフューエル車」

 

注:天然ガス自動車は二通りの言い方をする。

・NGV=Natural Gas Vehicle    ・・・天然ガス自動車

・CNG=compressed natural gas  ・・・圧縮天然ガス

・バイフューエル車=二種類の燃料が使えるクルマ

 (例えばガソリンと天然ガスなど)

 

最初にこの車。

 

 

の車は小型トラック(1トンピックアップ)の荷台を外し、燃料タンクやボンベが分かるように見せているモノ

左側の黒いものが通常のガソリンタンク。その右の黄土色なのがCNG(天然ガス)のボンベ。

 

ガソリンエンジン車なら小改造でガソリン・CNGどちらでも使えるようになる。

CNGは給油スタンドが少ない、航続距離が極端に短い、パワーが無い、など特有の欠点かあるので、この様に2種類の燃料を使えるようにして使っている

これならCNGで走っていて燃料が無くなったらガソリンに切り替えればいい。

 

 

次はこの車、カローラ・アルティスのトランクを開けて、追加したCNGボンベろみた所。

 

真っ黒で何が何だかよく分からないが、ボンベをトランクルームに入れ、それだけでは危険なのでカバーをつけてある。

トランクルームはこんな風で非常に狭くなる。

 

 

乗用車をこの様にバイフューエル化すると、トランクルームは非常に狭くなる。

これが我慢できない人にはこんなモノは向かない。

 

 

もう少し見てみよう。

これは3年ほど前のもの。車はシボレー・オプトラの場合

(シボレーオプトラ=韓国大宇(現GMコリア)の車、GMタイ工場で生産している)

 

エンジンフードを開けてみると

 

 

エンジンルーム内にガソリンからCNGへの切換え弁がある。

燃料の切換えには車を止め、ボンネットを開けて行わねばならない。

 

そしてトランク内には

 

 

こんな風にトランク内には大きなCNGボンベが入っている。

上掲のカローラの場合と同じである。

 

 

裏の桜さんが「難癖をつける」という事で取り上げていたケースの場合、

アメリカの言い分は、「韓国はどんどん採用してくれている。どうして日本は採用しないのか」だと思う。

 

でも皆さんどう思いますか。こんな車買いますか?

それを買わない日本人が悪いと因縁をつけているのがアメリカ人なのですが・・・

 

あっ、もう一つ、CNGはパワーが無いので坂道は苦手です。

また遠出も苦手、結局全部ガソリンで走る事になってしまいますが・・・

 

 

 

さてこれはガソリンエンジンの場合。最近急速に性能が向上したディーゼルはどうか。

ディーゼルは原理的に圧縮着火なのでそのままでは天然ガスは使えない。ガソリン車と同じ点火装置が必要なのだ。したがってシリンダーヘッドやらピストンなど大改造が必要。

モーターショーではそんな改造事例は出展されていなかった。

但し大型トラックではCNGボンベを積んだトラックをしばしば見かける。

またバスなどにも「NGV」と書いたバスが有る。

 

 

ポンコツバスである。

ディーゼルエンジンを天然ガス用に改造するのは大改造で、しかもバイフューエルにならない。

バンコク市内を黒煙をもうもうと吐いて走っていたポンコツバス、壊れてもいいや位のつもりで改造したのだろう。

どうせこんなバス、郊外になど行ける代物じゃない、バンコク市内の山坂の無いところをノロノロ走っていれば良いんだ、こんな趣旨の様である。

 

尚郊外を走る長距離バスではその後も気を付けてみていたがNGVバスは見かけていない。

 

 

タイの場合は天然ガスはある程度自国で産出する。しかし最近のエネルギー需要増大で輸入量が増えている。

そんな背景でタイ政府上げて天然ガス自動車を奨励しているが、実際は笛吹けど踊らず、そんな状態だ。

 

 

日本でCNG車が売れないのはこんな風で特有の不便さが有り、特定の所でしか使えないのである。

TPPではこんな所が非関税障壁で問題になる。

注意してみてゆかねばならない。

日本として主張すべきはキチンと主張すべきだろう。

 

  1. タイiza
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2013-02-18 22:43

日経スペシャル・未来世紀ジパングがヒドイ

  今夜10時からのテレ東(愛知県ではテレビ愛知)の日経スペシャルで「東京都バンコク区 日本企業が殺到するタイ」を見ている。

正直言って酷い!酷すぎる!

 

 

未だ番組途中だがあまりの酷さにあきれてコメントを書いてます。

要するに事実がマトモニ報道されていない、この一言です。

 

例えば2011年の大洪水、タイの国土の30%が水没したなどと言っています。

事実を知っている人が聞いたら呆れてものが言えません。

 

今10時40分、タイは労働争議が少ないと言う話しを言っており、中国と比べればその通りだが決して安心できる話ではない。

この番組を見てそのまま信用したらマンマと嵌められます。

 

取りあえず今この番組中ですがあまりの酷さに警告の意味でエントリーします。

日経新聞に騙されてはいけません。

 

それにしてもヒドイものです。

録画していますので全体のコメントは後程。

  1. タイiza
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2012-12-31 18:27

第二泰麺鉄道

  今年1年拙いブログにお付き合いいただき誠にありがとうございます。

もう大晦日、日もとっぷりと暮れました。

来年はきっと明るい年になる、そんな気持ちで年が越せるのはホント久しぶりです。

来年もよろしくお願いします。

 

 

 

 所で年末最後の話題は第二泰麺鉄道の話。

昨日ミャンマーが泰麺鉄道の再生を計画している事をエントリーしました。

そこにkazkさんから興味深いコメントをいただいたので、もう一つの泰麺鉄道について紹介したい。

 

タイ南部からマレーシアにかけて細長い半島になっている。これがマレー半島。

このマレー半島の一番狭くなったところ、そこをクラ地峡と言う。

1000年以上前から中国からアラビア半島、そして現在のヨーロッパへのルートの最大の障害がこのマレー半島だった。

そこでこのクラ地峡のタイ湾側で船を捨て、陸路半島を横断、アンダマン海に出るのが重要なルートだった。

 

此れがクラ地峡の位置

 

 

このクラ地峡で今までタイ湾側を走っていたタイの国道4号線がアンダマン海側に出る。

其の峠にこんなモノが有る。

 

 

これが第二泰麺鉄道のレール、今はその一部だけ記念に保存されている。

 

同じところを逆の方向から見ると

 

 

左手に見えるのがタイの国道4号線、マレーシア方面への幹線道路だ。

そしてこの道路はアジアハイウェイA2にもなっている。

 

クラ地峡ならタイ湾からアンダマン海まで60キロほど。

此処に鉄道がひければ物流にはきわめて都合がいい。

それは誰でも分かる。

 

実はこのクラ地峡に来てみるまで第二泰麺鉄道の事は知らなかった。

来て見てビックリ、あの当時の日本人が実に色んなことを考えて行動したことが良く分かった。

 

そしてタイ国では多分この第二泰麺鉄道が開通していれば随分違ったことがあったとの思いが有るのだろう。

殆ど知る人とてない第二泰麺鉄道の記念として、こんな小記念公園を造り、そこに説明用の記念碑が作ってあった。

私もこれ以上知識は無い。どなたかご存知の方がお見えでしたらご教示いただければ幸いです。

 

以上で私の本年のエントリーはオシマイ。

来る年が皆様にとって、そして日本にとって良い年となりますよう祈念しております。

  1. タイiza
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2012-12-18 22:05

ご飯にはハシかスプーンか

  産経に気になる記事が有った。

産経のソウル駐在の名物記者黒田さんの記事なのだが、どうも黒田さんも目が曇ってきたらしい。

 

この件は早速笑韓流家元「ご隠居さん」が取り上げている。

http://tosi.iza.ne.jp/blog/entry/2954469/

 

コメと稲作については私も色々調べたので、笑韓の部分はご隠居さんにお任せして、コメの食べ方や道具についてちょっと考えてみたい。

 

 

最初に黒田氏のコラムから

 

<以下引用>

 

 

ご飯にはハシかスプーンか 韓流スターのテレビCMから考える

2012/12/15 11:09

【外信コラム】ソウルからヨボセヨ

 

 以前は韓国人から「日本に行ったらコッキリを買ってきてほしい」とよく頼まれた。「コッキリ」とは韓国語で「象」のこと。つまり日本製の「象印の電気釜」がそれほど人気があったということだ。

 

 最近はそんな頼まれごとはまったくなくなった。韓国の家電メーカーは今や国際市場でも日本製を圧倒しており、電気釜もまた国産で十分に間に合うようになっている。

 

 その韓国製電気釜が国内で激しい競争を展開している。とくに大手2社が派手な宣伝合戦をやっていて、テレビCMにはいずれも韓流スターを起用。片やチャン・ドンゴンで片やウォンビンという美男子対決になっている。

 

 電気釜のPRにイケメンスターとは不思議だが、主婦向けの効果を狙ってのことだろうか。しかしCMの2人には違いがある。チャン・ドンゴンが炊きたてのほかほかご飯をスプーンで食べているのに対しウォンビンはおハシなのだ。

 

 韓国ではご飯はスプーンが正式なのだが、オトナがそれをやると日本人にはどこか違和感があって苦笑させられる。近年、ウォンビンのようにおハシでというのも増えているが、世界のコメ文化圏でご飯にスプーンという国はあまりない。韓国でなぜそうなのか以前から気になっている。(黒田勝弘)

 

<引用終り>

 

 

 

 

最初に

>世界のコメ文化圏でご飯にスプーンという国はあまりない

 

これが始めっから間違っているという証拠をタイの事例でご紹介

 

これはタイで一般的なご飯の食べ方・・・「おかずのせご飯」である。

 

 

タイのコメはインディカ米といって、日本で一般的なジャポニカ米と違いパサパサである。だから日本式に箸で食べるのは困難。

ご覧のようにスプーンとフォークで食べる

 

タイにも箸はあるが「麺類を食べるのに主に使う」。

箸でご飯を食べようとしてもパサパサなので掴めない。

 

 

上記はコメと言っても粳(うるち)米、もう一つ糯(もち)米がある。

タイ式の食べ方はこんな風。

 

タイでも北部や東北部の人は主食はこれ、糯(もち)米を蒸したモノカオ・ニィオと言う。

 

これは手づかみで食べる。

 

余談だがタイの田舎では農作業に行く時の弁当はこれだけ。

おかずは現地調達である。カエルがいればカエル。イナゴなら美味しい食べ物。ネズミを捕まえたらご馳走だ。

 

 

本題に戻って、これでタイのコメはインディカ米だが、そこには糯(もち)米と粳(うるち)米が有る、そんな事がご理解いただけよう。

 

さてそんなコメはどんな道具で調理するか?

 

これはタイの粳(うるち)米を煮る鍋

 

 

こんなモノでコメを煮る。コメが炊き上がったら中の湯を捨てて蒸らして食べる。

日本で言う「湯取り飯(ゆとりめし)」(後述)である。

勿論パサパサのご飯である。

 

では糯(もち)米は如何調理するか。

 

 

これは現在のタイで使われているもの、せいろのように蒸す道具である。

コメを蒸せばこうなる。

 

 

こんな風にして糯(もち)米は蒸して食べる。

 

上記はタイの事例だが、コメを食べる所は大体こんなモノだろう。

 

 

 

さてもう一つの種類、ジャポニカ米は如何だろう。

但し世界の主流はジャポニカではなくインディカ米である。

世界最大のコメ生産国は中国だが、7割がインディカ、3割がジャポニカ米と言われている。

 

 

ジャポニカ米は粒が丸く、粘り気が有るのが特徴である。

 

調理の仕方は「蒸す」、「煮る」に大別できるが「煮る」の中に蒸すに近い炊き方が有る。

 

最初に「蒸す」方法。

これは伊勢神宮に太古から今に伝わる昔ながらの方法、せいろで蒸している。

 

 

 

こうして蒸したものは「強飯(こわいい)」と言う。今「こわい」とか「おこわ」と言っている語源は此れである。

 

今でも餅をつくときはせいろで蒸すことが多いと思う。

但し昔は粳(うるち)米でもこのように蒸して食べていたようだ。

 

 

 

今度はコメを煮て、或いは炊いて食べる方法。

 

これは今は無い形の鍋・・・内耳鍋という

吊り下げて囲炉裏などで使うが、ひもが焼けないよう鍋の内部に耳が付いている

 

こんなモノでコメを煮て(炊いて)食べていた。

昔はこれを「姫飯(ひめいい)」と言い、これが日常食になっていた。

またこれは粥(かゆ)とも言っていた。炊き上がった時、湯を捨てて蒸らして食べる(今のご飯に近いもの)モノを堅粥(かたかゆ)、湯を捨てずに今の粥のような食べ方を「汁粥(しるかゆ)」と呼んでいた。

 

 

 

所でこんな食べ方に革命がおこった。江戸時代の中ごろである。

使ったのはこんな道具、羽釜(はがま)である。

 

これは最近まで使われていたもの。ガスコンロに羽釜をかけている。

厚くて重い蓋に注意、羽釜と重い木製の蓋がセットである。

 

これは昔から使われていた竈(かまど)と羽釜

 

 

羽釜は重い蓋をすることで中の圧力が上がり、温度も上がる。

米は水を入れて煮ただけでは100度以上にならないが、重い蓋の為圧力が上がり高温になる。

圧力釜で炊いたのと同じ効果だ。

もう一つ、この竈の効果がある。炊き上がったご飯はしばらく蒸らす、その時にこの竈ならすぐには温度が下がらない、蒸らしの効果抜群なのである。

そして羽釜の中のご飯は湯の中に溶け出した「おねば」がご飯の中に炊き込まれている。

炊き上がったご飯はもっちりして粘りが有り大変おいしい

そしてご飯を箸で容易に食べられるようになったのはこの羽釜で炊くようになったからである。

 

そして炊き方のノウハウは

「始めちょろちょろ、中パッパ、赤子泣いても蓋とるな」である。

この言葉、どこかで耳のしたことはないだろうか。

これが羽釜を使って美味しいご飯をあたきあげるコツだ。

 

 

 

長い話ですが最後にこれが結論。

日本の炊飯器はこの「竈と羽釜」というハードウエア、そして「始めちょろちょろ、中パッパ、赤子泣いても蓋とるな」と言うソフトウエア、これを機械で実現しようと技術者がご飯の炊き方を研究し尽くした結果できたものである。

 

こんな事でできた炊飯器、これが世界中に認められ、コメの調理法の世界標準になった。

是非ともこんな日本の誇る調理器具の素晴らしさを理解していただきたいと思う。

 

韓国メーカーなどはリバース・エンジニアリングで日本の炊飯器を分解・研究してコピー品を作っている。

基礎研究なしなので安くできるのは当然だ。

しかしコピー品には基礎研究が無いので発展性は無い。

日本の炊飯器メーカーには是非ともコピー品の数段上をゆく、おいしいご飯のできる炊飯器を作ってほしいと思う。

 

新聞などヘタレ・マスゴミは韓国メーカーに押されて、日本のメーカーはダメだ駄目だと言い募る。

しかし基礎の無いコピー品には発展する力は無い。

是非ともそんな事を多くの方にしていただきたいと思う次第。

 

長い話になりました。

箸とスプーンの話は此れにて御免つかまりまする~。

 

 

 

 

 

  1. タイiza
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2012-10-19 15:35

暗い夜道を走るのは怖い<タイの話です

  写真好きの裏の桜さんが美しい星空の写真をアップしている。

http://dale-alv.iza.ne.jp/blog/entry/2899982

 

http://dale-alv.iza.ne.jp/blog/entry/2896294/

 

 

こんな美しい星空の写真を見て、タイ時代に真っ暗な田舎の夜道を車で走った事を思い出した。

 

その当時住んでいたのはタイ湾に面した町、ある時そこから田舎のクメール遺跡を見に行くことにした。

普段は運転手がいるのだが休日だったので自分で運転することに。

 

行ったのはこんな遺跡。

 

 

タイ東北部ブリラン県にあるパノムルンというクメール遺跡。

 

カンボジアアンコールワットとほぼ同じ時期(12世紀頃)に建造されたと言われ、標高380メーターほどの死火山の頂上にある大神殿。

1988年に17年がかりの復元工事が完了し、往時と同じ壮大な姿になっている。

 

 

アンコール・ワットよりは小さいが、それでも実に壮大な神殿だ。

特に高い山(独立峰)の頂上なので、神殿から見るイサーンの大平原の景色は実に素晴らしい。

タイ東北部イサーンの人の自慢の種である。

 

 

住まいからは片道約500キロ、でも田舎の道は1時間に大体100キロ位は走れる、だから日本の500キロほど遠いわけではない・・・(と舐めていたのが・・・)

(注:タイの一般道路は乗用車は法定最高速度90キロである)

 

 

 

 

さて問題は帰り道。

こんな所をあちこち見て歩いたので、帰路車で走りだしたのは本人は早めのつもりだったが、余り早くなかったようだ。

でも来た時の道を帰るだけ、遅くても夜8時頃には住まいに着くと読んでいた。

勿論明るいうちに燃料も補給し、夜に備えてフロントガラスも綺麗に拭いていたのだが・・・

 

 

帰路の丁度半分くらいで日が暮れてきた。

タイの日没はあっという間に暗くなる。

高緯度の北海道などと逆の現象なのだが・・。

 

 

さて暗くなったら、いやに前が見にくくなってきた。

田舎の国道で対向車もほとんどいないのでハイビームで走るのだが、まるで霧の中を走っているようで前が見えない。

一体何が起こっているのか分からず車を止めてみた。

自分の目がおかしくなったのかと思ったのだが、そうでもない。

 

満天の星空だが月はない。闇夜である。

見渡しても全く明かりが見えない、人家も何も全く見えないので周りは真っ暗闇。

恐る恐る走り出しても不思議な事に車のヘッドライトで照らしているのだが、ほとんど何も反射してこないのだ。

 

おっかなびっくり走っているとしばらくしてこんな感じのものが見えた。

遠くの灯りである。

 

注:この写真は裏の桜さんの星空の写真をお借りしました。

撮影者は星空を撮ったのですが、私がタイで見た田舎の灯りもこんな感じ。

勿論周りは真っ暗だったんですが。

 

真っ暗な中に遠くに何か灯りが、あぁ やっと街の灯りだなと思ったんですが・・・

 

しばらく走るとこんな感じ。

これも裏の桜さんの写真を拝借しました。

 

 

周りが真っ暗な中に煌々と外灯が。

この写真は橋を照らしているが、私がタイで見たのは国道の交差点。

タイの田舎の国道は真っ暗だが、交差点だけは外灯が煌々とついていた。

 

こんなのが大体20キロ位に1か所あった。あとは真っ暗闇。

 

 

 

後で分かったのだが、日本の道路はどんな所に行ってもこんなモノが必ずついている。

 

デリニエーター(デリネーター)と言う。

視線誘導用の反射板だ。日本ならどんな地方道でも絶対ついている。

あまりにも当たり前で、多分意識している人も少ないと思う。

 

これが有れば真っ暗な中でもヘッドライトで路肩が確認できる。

 

 

そして道路の白線

 

 

日本では道路の白線の塗料にはガラスビーズが混ぜてある。

だからヘッドライトで照らせば光って白線と確認できる。

 

 

しかしタイの道路にはこんな反射板は無い

道路の白線にはガラスビーズが入っていない、だから光らない。

 

そんな事でタイの田舎道は夜間高速で走るようには出来ていないのだ。ヘッドライトで照らしても光が返ってこない・・・

 

 

こんな経験で発展途上国のモノは見た目は先進国のものと変わらないように見えても肝心なところが抜けている。だから日本の常識で判断してはいけないと痛感した。

 

結局この道は行きは100キロ以上で走ったものがせいぜい60キロ位しか出せない、住まいに着いたのは2時間以上遅れだった。

 

この真っ暗な道を約4時間以上かかって走ったのはいい経験になった。

1年くらい後、性懲りもなく再びこの道を夜走ってまたまた怖い思いをしたのだが、それはまた別の機会に。

 

尚もう一つ後日談、こんな道を深夜走る長距離バスが有る。

所がタイ人の特に女性は一人ではこんなバスに乗りたがらない。

理由は何が起こるか分からないからだそうだ。

それも自分で走って納得した。

  1. タイiza
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2012-10-03 17:53

形だけ真似る

  海外で仕事をしていると「形だけ真似たもの」にしばしば出くわす。

そんな面白い例がタイにあった。

 

これはタイ国、バンコクから東南に120キロほどの所にあるシラチャと言う町の華僑寺院。

 

門はこんなモノ

門のすぐ横にゴミ箱だがまあこれはご愛嬌。

 

ごみごみした寺だが、中に入ると

 

普徳寺と言う名前の寺らしい。

中に入ると、今は開いているが開き戸がある。

そこに何やら書いてある。

 

 

 

文字は読める、漢字である。

しかし何と書いてあるのだろうか・・・・ (分からん・・・)

国泰?? 民安?? なんじゃこりゃ。

 

最初見たときは何か変な事が書いてあるなあ、そんな感じだった。

 

しかし気になる、それで写真を撮ってきたわけだが・・・

 

写真を撮ってふと気が付いた、 分かった! これは下から読むんだ。

下から読むと「泰国 安民」 うん、これなら分かる。 

 

 

タイ国 安民 海を渡ってきた華僑たちが新天地の安寧を願って書いたのではないか。

 

良く見ると多分こんな理由だろう。

 

元の字は「泰国 安民」と横書き、但し右から書いてあった。

右から書くと「民安 国泰」となる。

それを左から書いてあると読んで、それを縦書きに直すとあんな風になるわけだ。

 

形だけ真似ても中身を理解していない、一席のお粗末。

発展途上国ではこんな事例がよくあるので紹介しました。

  1. タイiza
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2012-08-26 21:57

タイ人の安全感覚

 タイで生活してみて日本の感覚では考えられない事がいろいろある。

安全面でそんな気が付いたことを書いてみたい。

 

 

 

・ アパートの入り口ドアのカギは二つ以上が当たり前。

アパートは以前の住人が必ず複製キーを作っている、だからそのキーは信用できない。入居する人が自分で南京錠を別に買ってきて取り付ける。

 

尚入り口ドアの内側に鉄格子のドアが有る場合がある。その時はそれも含めると鍵は3個。

寝室が別の場合、その部屋用の鍵がある。

 

 

・ 夜は基本的に一人では歩かない。

特に女性は絶対に一人歩きをしない。

繁華街などでも夜9時を過ぎたら危険だと考えられている。

だから夜9時過ぎると潮が引くように人が少なくなる。

 

男でも夜遅く食事をして帰るとき、わずかな距離でも乗り物に乗ることを強く勧められる。

 

従業員の女性が残業で遅くに帰るときは、必ず通勤バスのバス停まで誰かに迎えに来てもらう。(お父さん、彼氏などなど)

これはバス停から自宅まで数百メーターでもそう、それ以上ならバイクになる。

 

こんな事情でバイクタクシーが繁盛している。

 

尚タイ人は繁華街などでカップルが仲良く歩いているのをよく見かける。

タイは男の子と女の子の仲がいいなあ・・・

そう思っていたが実はこの男の子、女の子の用心棒の兄弟や彼氏たちである事が多いようだ。

 

 

・ タクシーは夜一人で乗るのは危険・・特に女性

タイのタクシーは普通の乗用車のタクシー(主にバンコク)、日本で言うオート三輪のタクシー(バンコクにもあるが、田舎の町はこれが多い。サムローとかトゥクトゥクと言う)、乗り合いタクシー(1トンピックアップトラックの荷台にイスを並べたもの)、バイクタクシーなどがある。

 

以上の内一人で乗るのが危険と考えられているのが乗用車のタクシー、

危険の理由は「勝手にトンデモナイ所へ走っていかれても逃げられない」からである。

同じところに行くのならオート三輪(サムロー)の方が安全なのはいざと言うとき逃げられるから、そう考えられている。

 

 

・ 事故を起こしたら運転手は逃げる

事故を起こして、運転手に責任がある場合、運転手は逃げることが多い。

 

逃げた運転手を住まいのアパートで捕まえようとしても間違いなくモヌケの殻。

タイ人は逃げ足が速いのだ。

タイ人は極端に荷物が少ない、だから逃げるのは早い。

 

こんな事があるのでアパートの家賃は前払いで、しかも2,3日支払いが遅れると荷物を放り出して締め出されてしまう。

 

 

・ タイには日本式の住民登録はない。

だからどこにだれが住んでいるか、調べる方法が無い。

こんな事で犯罪者はその時うまく逃げてしまえばあとは大丈夫

(タイも戸籍はある。だが日本と同じでそこに住んでいるかどうかは別)

 

犯罪者はタイの場合一旦逃げてしまえが大丈夫、だから犯罪が減らない。

 

 

尚タイの犯罪事情は以下参照ください。

http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/2603522/

 

ここでタイで殺人事件が多い理由として挙げている事は是非海外に行く方は知っておいてほしい。

 

タイ人の言うタイで人殺しが多い理由。

 

1) 刑罰が軽い・・・宗教的な問題で、死んだ人は生き返らない。それより今生きている人を重視する考え方が有る。

 

2) 刑務所に入っても2,3年で出てこられる・・・日本で言う保釈、また何か有ると恩赦がある。

これにも宗教的な背景が有る。

刑務所に入っている人を恩赦などで救い出すと、仏教で言う「タンブン」で功徳を積んだことになり、来世に良いことが有る。

 

3) 刑務所が一杯・・・ 早く出所させないと次が収容できない。

 

こんな理由で簡単に出所できるので、人殺しなど平気でやってしまう。

 

 

日本とは違うタイの安全上の留意点、参考になればと思います。 

  1. タイiza
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2012-08-09 22:31

仏像の腹から仏像の顔が タイ北部の寺

 タイ北部の寺で面白いものが発見された。

それを伝えるnewsclipの記事から

 

 

 

<以下引用>

 

仏像の腹から仏像の顔が タイ北部の寺

2012/8/ 9 (01:02)

 

【タイ】4日、タイ北部ウタラディット県トロン郡タムボン(郡の下位、村の上位である地方行政組織)バーンゲーンの仏教寺院、ワットバーンゲーンタイ寺で、本尊の高さ5メートルの仏像の腹から胸にかけての部分が剥落し、中から別の仏像の頭部が現れた。

 

 言い伝えによると、タイのアユタヤ王朝と隣国ビルマの戦争の際に、ワットバーンゲーンタイ寺では仏像を作り、その中に貴重な金の仏像を隠した。1950年、その仏像をさらに覆い隠す形で現在の本尊がレンガなどで作られたとされる。

 

 

正にビックリ!

 

 

意外な発見にお寺は大賑わいである。

 

 

仏様はこんな顔

 

http://www.newsclip.be/news/2012809_035362.html

<引用終り>

 

 

 

実は類似の話が60年ほど前にも発見されている。

これがその仏像、今はバンコク中心部にあるワット・トライミット(トライミット寺院)に安置されている。

 

高さ3メートル、重さ5.5トン、純度60%の金で鋳造された仏像、時価数百億円とも言われるもの。

仏像様式からスコータイ時代の物らしいが良く分からない。

 

この仏像はバンコク市内の廃寺の取り壊しの際、漆喰で出来た粗末な仏像を動かそうとしてクレーンで吊り上げたが、余りの重さに外に置き去りにされたもの。それが夜来の雨で漆喰に割れ目が出来、中からきらりとやまぶき色が・・ これがこの黄金佛発見の経緯。

この発見が1953年の事。

 

ビルマ軍の略奪から守るため漆喰で覆われていたらしい

 

これが黄金佛を覆っていた漆喰の仏像

 

 

 

ワット・トライミットの黄金仏については以下参照ください。

http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/1828202/

 

 

想像もできないような発見がある。

面白いものである。

  1. タイiza
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2012-08-04 15:38

タイの人件費アップ

 昨年タクシンの妹、インラック・チナワット政権が誕生して1年、

タクシン流のバラマキ政策で日系企業の人件費が暴騰しているが、そんなデータが公表された。

 

以下newsclipより

http://www.newsclip.be/news/2012803_035313.html

(見にくいので記事を整理した)

 

 

バンコク日本人商工会議所が4月に会員企業1360社を対象に行った賃金労務実態調査(回答企業440社)によると、

(注:レート・・・1バーツ=2.50円)

 

製造業の従業員の初任給の中央値は

                     (前年比)

高卒ワーカー  9560バーツ(+2285バーツ) +31.4%

               (日本円23、900円)

技短卒事務職 1万1200バーツ(+2200バーツ) +24.4%

               (日本円28,000円)

大卒事務職   1万4494バーツ(+2344バーツ) +19.1%

               (日本円36,235円)

大卒技術職   1万6800バーツ(+1000バーツ) + 6.3%

               (日本円42,000円)

 

 非製造業では

技短卒営業職  1万900バーツ (+1400バーツ)+14.7%

               (日本円27,250円)

大卒営業職   1万5000バーツ(+2000バーツ)+15.4%

               (日本円37,500円)

 

・ 35歳の正規従業員の実賃金(基本給+諸手当)の中央値は

 製造業                       (前年比)

技短卒事務職  1万7000バーツ(+1630バーツ)+10.6%

                (日本円42,500円)

大卒事務職    2万6000バーツ(+2588バーツ)+11.1%

                (日本円65,000円)

大卒技術職    2万8460バーツ(+1467バーツ)+5.4%

                (日本円71,150円)

 

 非製造業

技短卒営業職  1万7100バーツ(ー700バーツ)  -3.9%

                (日本円42,750円)

大卒営業職     3万150バーツ(+150バーツ)  +0.5%

                (日本円75、375円)

 

・ クラス別の賃金の中央値は

 製造業                   (前年比)

ダイレクタークラス12万3245バーツ(ー6755バーツ)ー5.2%

                (日本円308,112円)

部長(GM)クラス 8万1700バーツ(+1700バーツ)+2.1%

                (日本円204,250円)

課長クラス    4万5500バーツ(+3810バーツ) +9.1%

                (日本円113,750円) 

係長クラス    3万1800バーツ(+1800バーツ) +6.0%

                (日本円79,500円)

 

   

・ 2011年度の賃上げ率の中央値は

製造業で5・3%、

非製造業で5%だった。

 

・ 2012年度の賃上げ率(実績または見込み)の中央値は

製造業で7・8%、

非製造業で5・9%。

・ 2011年の賞与の中央値は製造業が3・2月、非製造業が3月。

 

・ 2011年度(2011年4月―2012年3月)に労使紛争が発生した企業は

製造業の12%、非製造業の2・3%で、発生数は前年度と同じだった。

 

・ 社内で不正が発生したことがある企業

製造業の73・2%、非製造業の35・7%だった。

・ 社内不正の種類は

製造業では「備品・商品のせっ盗」71・6%、「麻薬使用」49・4%、「賭博」42・6%、

非製造業では「備品・商品のせっ盗」47・8%、「金銭の横領」が40・3%だった。

 

 

 

タクシンの妹インラック・チナワットが当選した当初から無茶苦茶なベースアップを公約していたが、いよいよそれが形になって表れてきたわけだ。

タクシン派の公約は以下参照ください。

http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/2350859/

 

 

今回タイに行ったのだが、実は物価がかなり高くなったことは感じていた。

しかしどの程度か良く分からなかった。

 

これだけの人件費アップ、日系企業の皆さん苦労しているだろう。

しかしこれだけ給料を上げても多分従業員の不満はかえって高まると思う。

それだけ物価の上昇の方が早い。

そして物価の上昇は貧しい田舎の農民や都市の底辺の労働者を直撃する。

タイはこれから混乱することになるだろう、困ったものである。

  1. タイiza
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2012-07-31 16:42

タイのバラマキ政権の結果

  タイのバンコク週報に興味深い記事がある。

「汚職指数が悪化 予算の多くが政治家らの懐に」と言う記事。

内容はこんなモノ

 

 

7月21日付バンコク週報1面記事より

 

バンコク週報の記事は今は有料化され読めないので記事をコピーしたのだが・・・・

賄賂が30%~35%とは何とも恐れ入った数字である。

 

タイでの賄賂は一般に政府発注の公共工事の発注額に応じ、受注企業が政府当局者や入札担当者に賄賂として支払っている。

タイではこれはコミッション(手数料)といい、発注に便宜を図った手数料であり、別に可笑しなものでないと受け取る側は理解している。

GDPの2.2%~2.5%が賄賂、こんな事をしていたら国がおかしくなるのは当たり前だ。

しかもこの記事の後半で1999年にはこの数字が11%~15%だった、

それが大幅増加していると指摘されている。

では何が原因でこんな無茶苦茶な数字になったのか。

 

 

 

思い当たることがある。

タイの政権は2001年からタクシン政権になった。

タクシン自身は2006年4月に退陣しているが、その後も傀儡政権を後ろで操っており、2006年9月のクーデターからの1年強と2008年12月~2011年6月までのアピシット政権以外はタクシン傀儡政権である。

現在のインラック首相もタクシンの妹であり、主要な政権運営はタクシンが毎日指示を出していると言われている。

 

そしてタクシンは賄賂を30%とっていることは以前から囁かれていたことだ。

この件は以下参照下さい。

http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/1689295/

 

タクシン政権誕生して10年以上、やっとその問題点が公表されたわけである。

 

こんな事で得た莫大な金はどこへ行ったのか?

勿論私腹を肥やすのに使われたのだがそれだけではない。

選挙民の歓心を買うためにアチコチにばらまかれたのである。

 

タクシン派が選挙に強い、民主的な選挙と言われるもので勝てるのはこの多額のバラマキ金をエサに愚民を釣り上げているためである。

 

だがそんな多額の賄賂を捻り出すことがどうしてできるのか?

日本人の常識では無理だ。

方法はただ一つ、常識はずれの手抜き工事である。

 

その一つの例、タイでは7月31日完了で新しくできたスワンナプーム空港の滑走路補修工事が行われてきた。

2本ある滑走路の内長い方、4000メートル滑走路を全面閉鎖し、全長の約半分くらいの舗装をやり直す工事である。

当然相当数の旅客便が遅れたり別空港に着陸を余儀なくされたりした。

 

この空港の開港は2006年9月だから5年ちょっとで舗装やり直し、日本では信じられない手抜き工事だが、3割も3割5分も賄賂を取られればこんな事も起こる。

 

更に今回私も類似の事例を目にした。

タイ東部の工業団地のある地区と貿易港であるレムチャバン港を結ぶ高速道路、

これも2006年頃出来たのだが、今回通ってみると道路がガタガタである。

 

これはその道路の写真

 

黄色丸印内が路面にできた穴、

路面はもっと酷いところが一杯、ここは程度の良いところなのだが、大型車が路面の穴ぼこを嫌がって路肩部分に車輪を乗せて走っている、だから危なくて写真を撮りに行けなかった。

 

実は大きく写っているトレーラーも本当は左車輪を路肩に乗せて走りたかったらしい、私がウロウロしているので仕方なく走行車線真ん中を走っている。

 

写真の奥に写っている赤丸印の車が右側車線の路肩に片側車輪を乗せて走っている。

こんな走り方をしなければならない路面の痛み方なのだ。

 

これが出来て6年くらいの新しい道路である。

知らないドライバーが夜間高速で突っ込んだらパンクや事故は間違いないところだろう。

こんな事をして作った裏金が政治家に回り、その一部が庶民にばら撒かれているわけだ。

 

政治家がばら撒く僅かな金に尻尾を振って1票を投じた人、その結果がこんな損失を与えている事には残念ながら気が付いていない。

タイ人は何時になったらこんな事に気が付くのだろうか。

 

 

そういえば日本でも九州で未曾有の水害が発生したが、そこでもダムが完成したところは水害を免れ、ダムをストップさせられた所ではダムさえ有ったら水害はなかったのにと言う事例があった。

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120719/plt1207191540006-n1.htm

 

被害に遭われた方、お見舞い申し上げます。

しかしうっかり1票、がっかり4年では済まない話、そう思います。

 

タイに行ってみて、日本のミンス政権の問題と全く同じ現象を見てきました。

その一端です。

  1. タイiza
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2012-07-23 15:47

明日からまたタイへ

  明日からまたタイに行くことになりました。

帰国は今の所来週月曜日の予定。

それまでコメントいただいても返事が遅れそうですが、

ご了承いただきたくよろしくお願いします。

 

この時期は日本とタイは気候がほとんど同じなので、

着る物の心配が要らないのがいい所です。

  1. タイiza
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2012-07-19 22:38

タイの滝

  暑いですね、梅雨が明けたと思ったらいきなり猛暑日。

此れでは堪りませんので、せめて写真で涼でもと言う事で・・・、

タイ人の好きな滝での水浴びの写真。

 

タイ人は海で泳ぐのはあまり好まない、しかし滝は大好きである。

 

 

最初はこれ。

タイ北部の田舎の滝

 

 

みんな嬉しそうですね。

でもどんなところかと言うと

 

水は泥水、そしてさほど広いところではない。

しかし田舎の人たちには格好の行楽地らしい。

 

 

 

今度はきれいな水の滝。

これはタイ東部、カンボジアとの国境に近いチャンタブリのプリューの滝

滝を中心に公園のようになっている。

滝の落ち口の上はこんな風。

 

大きな魚がいっぱいいる。

この魚、人を怖がらない。

子どもが持っている草のようなものは魚のエサ、公園の入り口で売っている。

 

水に入ると魚がエサをくれと寄ってくる。

エサをやらないと足を突っつきに来る、だからとても面白い。

 

 

 

滝の下の方はこんな風。

 

 

此処にも魚が沢山いる。

 

それからタイ人は水着を持っていない。

水から上がって1時間もウロウロしていれば服は大体乾いてしまう。

だから水着不要。

便利なものである。

  1. タイiza
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2012-07-07 16:51

バンコク国立博物館の至宝

  今日はこんな本を読んでいる。

「バンコク国立博物館の至宝」、5月末にタイ出張の折見つけたもの。

 

 

私はバンコクには滅多に行かないが時間があるときはこんな博物館に行くことが多い。

バンコク国立博物館と言っても、建物は古い。雨漏りしていたりする。

日本なら見た目は田舎町の博物館と言った所だが、流石国立博物館、中身はなかなか素晴らしい。

 

 

これが正面入り口

チケット売り場はこの写真の左手奥にある。

下に紹介したボランティアグループの方々はこのチケット売り場付近にいて、日本人だと声をかけてくれる。

 

 

いくつかの建物がある

子どもたちが歴史の勉強によくやってきている。

 

 

そしてこれがボランティアグループ。

 

このボランティアグループ、バンコク在住の日本人の奥様方がタイの歴史や美術を勉強する傍ら、博物館に来た日本人観光客のための無料ガイドをしているもの。

上掲HPにあるように水・木だけのガイドなので、残念ながら私はガイドしてもらったことがない。(以前は水曜だけだった、だから中々此処まで行く時間ができない)

 

 

しかし全部無償のボランティアで上のような本まで出版する。

いくらスポンサーにタイシルクのジムトンプソン財団がついているとはいえ大変なことである。大いに敬服した次第。

 

尚上掲の本によれば、こんなボランティアグループは欧米の夫人を中心に日本人約50名を含め、総勢400名位いる。

そしてガイドも英・仏・独・日の4か国語でやっているとのこと。

 

 

面白いのはバンコクの街中ではギャア・ギャア五月蠅い中国人、韓国人はこんな所にはいない。

静かなものである。

代わりにフランス人やドイツ人は結構沢山来ている。

この様な文化に関心を持つのは矢張り米・英・仏・独・日の5か国人が中心のようだ。

 

日本では最近「韓国に学べ」なるキャンペーンがヘタレマスゴミで行われている。

しかし韓国がこんなレベルになるのはあと何百年先だろう。

そんな事をこの本を読みながら感じた次第。

  1. タイiza
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2012-07-02 22:40

タイで陶器メーカーが廃業<人件費高が原因の一つ

 タイのタクシン派政権のバラマキ政策は以前報告した。

http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/2673670/

そしてその影響で廃業する陶器メーカーが出たことが報道されている。

 

<以下newsclipより引用>

 

 

 

欧州向け不振、最低賃金上昇 タイの陶器メーカーが廃業

    2012/6/29 (12:07)

 

【タイ】タイ北部ラムパン市に工場があるタイ資本の陶器メーカー、サークルセラミック(資本金1・2億バーツ)が7月末で閉鎖し、従業員約700人全員が解雇されることが明らかになった。主力の欧州向けが不振な上、最低賃金とガス代の上昇でコストが膨らみ、事業継続を断念した

 

 同社は主に食器を製造。2011年度は売上高2億2670万バーツ、最終赤字3920万バーツだった。負債総額は5億5360万バーツ。

 

 ラムパン県の1日の法定最低賃金は今年4月から一気に65バーツ上昇し、230バーツになった。来年には300バーツに引き上げられる予定。

 

<引用終り>

 

タイ北部ランパン県は良い陶土が採れるので、日本の瀬戸のような陶器の産地である。

ランパンの陶土は瀬戸でいう木節粘土に似た白い粘土。

下の写真のように、白い良い焼き物ができる。

 

日本ではここ15年ほどの間に陶磁器メーカーの倒産、廃業が相次いでいるが、その原因の一つがタイ産の食器類。

(注:最大の原因は安い中国産に押されたことは言うまでもない)

タイの場合、メーカーは主にここランパン県にあり、現在大小合わせて250社ほどのメーカーがある。

日本で売られている安物の陶器類も案外ココ産だったりする。

 

ランパン産の陶器のサンプルはこんなモノ

 

これは私の地元のタイ料理店のもの。

この白い生地に青で独特の模様が描かれているが、これがタイ独特の模様。

タイ料理店のママさんがタイから持ってきたもので、店の雰囲気によくマッチしている。

 

中々いいものでしょう、タイと言えばキンキラ模様が特徴だが、こんな落ち着いたものもある。

青い色は酸化コバルトの顔料で描くのだが、日本では普通「染付」、中国では「青華」と呼んでいるもの。

 

 

余談だが盛ってある料理は「パット・ウンセン」と言って春雨と野菜を炒めたもの。

おいしいですよ。

 

 

本題に戻って、こんな陶器を作るメーカーでさえ廃業に追い込まれている。

タイの人件費高騰はのっぴきならぬ所まで来ているようだ。

 

日本も他人ごとではない。

タイでさえ人件費の高騰などで陶器メーカーが廃業する。

そんな時代になってしまったのだ。

 

  1. タイiza
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2012-06-01 18:25

二宮金次郎はタイに

  30日に帰国しました。

今回は無茶苦茶に忙しくバテ気味、やっと体調が回復したところです。

 

タイは今どうなっているか、これを見たかったのですが結論はよくわからない。

ただ表面的には洪水の被害も消え、今はごく普通の状態に戻っています。

 

そんな中でこんなものを見かけました。

タイの日本語の書籍販売大手、タイ東京堂シラチャ支店の店頭です。

 

 

二宮金次郎の像は昔はどの学校にもあった、だが今は全く見かけなくなった、

そう思っていたらこんな所にご出張中

タイ人でもこの像を見れば何が言いたいか大体理解できるようだ。

 

日本も昔のいいところをもっと見直す時期ではないだろうか。

そう思った次第。

 

 

 

そういえば最近のテレビや新聞ではコリアマンセー報道がひどい、

特にkoreaのこんな所を見習いなさいといった話がアチコチに出てくる。

しかしタイ人と話をしているとタイ人のほうが冷静だ、

「ガオリー?(タイ語でkoreaの事) アイツらはうそつきで意地悪、全く信用できない連中だよ、話にならん!」

 

 

日本人もそろそろ目を覚まして韓流など捨てましょう。

そんな時期になったことを痛感しました。

 

  1. タイiza
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2012-05-21 14:46

明日からタイに行ってきます

  急な話ですが明日から急遽タイに行くことになりました。

帰国は月末頃の予定、

この間はコメントをいただいても返事できないかもしれません。

ご了承いただきたく、よろしくお願いします。

 

 

所で今朝の金環日食、皆さんはご覧になれたでしょうか。

私は愛知県なのですが、名古屋辺りは見えたとのことですが私の所は全くダメ、

辛うじて日食が終わる直前、8時20分ころからやっと雲が切れましたので部分日食をほんの少しだけ・・・

残念でした。

 

金環日食を見損ないましたので、代わりに我が家のキンカンをご紹介。

 

 

金環ならぬ金柑(キンカン)です・・・(苦笑)

 

  1. タイiza
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2012-05-01 22:51

タイの経済政策の矛盾

  洪水被害も一段落したタイだが、経済政策は混乱している。

まずはバンコク週報のこの記事

 

 

<以下引用>

 

【政治】 04/27

物価上昇で関係省庁に努力要請

  

 インラック首相は4月25日、5月には電気料金が引き上げられることから、内務省、エネルギー省など関係当局に対し、物価上昇が国民生活に与える影響を最小限に抑えるよう指示した。

 

 首相によれば、政府は、電気料金、水道料金の値上がりが低所得者層の生活に影響するのではないかと深く懸念している。

 

 国際市場での原油価格上昇が国内燃料価格のアップにつながっており、政府はこれに対し有効な対策を講じられないのが現状という。

 

 

 

<次にもうひとつ引用>


 

【経済】 04/02

最低賃金引き上げ、製造・衣料に痛手

 

 

 4月1日より、バンコクを含む全国7県で1日あたりの最低賃金が300バーツに引き上げられたことを受け、製造業などでは拠点を近隣国に移す動きが出始めている。

 

 現地新聞の報道によれば、消費財大手のサハ・パタナピブン社では、今回の賃上げが隣国ミャンマーでの事業拡大を進める契機になったという。約10万人を雇用する同社では40%の賃上げの影響は大きく、「タイ国内でのコスト高を考えると、賃金100バーツ程度のミャンマーへの投資は価値ある選択」としている。

 

 衣 料品大手ハイテク・アパレル・グループ社のワロップ会長は、「衣料、食品、家具、電子などにとり、人件費の割合は極めて重要だ。既にミャンマーベトナムカンボジア、ラオスへ移転する企業が増えている。電子業界では今後、タイ国内への投資を控える動きが強い」と指摘する。

 

 一方、今回の 賃上げで内需が拡大し、経済全体が活性化すると期待する声もある。小売大手のザ・モール・グループでは、「収入増が消費拡大につながる」と予想。セントラル・リテール社も、「国内消費を加速することになろう。当社の人件費はコスト全体の5%程度なので、賃上げの影響はわずか」 としている。

 

<引用終り>

 

 

昨年8月就任したタイのインラク首相、一生懸命がんばっているところを見せているようだがその経済政策は破綻している。

 

そんな所をバンコク週報の記事から。

 

4月1日から最低賃金を大幅に引き上げた。

首都バンコク周辺から上げしたのだが、どれ位上げたのかというと、

 

11年前の最低賃金   165バーツ

昨年の最低賃金     215バーツ(+30%)

今回値上げ後       300バーツ(+40%)

 

10年掛かって30%上げた賃金を1年で40%も上げる、歪が出ない筈がない。

その結果物価が上昇し始めたのだが・・・

 

4月2日の記事は賃上げを強要された製造業の苦しみの記事、

そして4月27日の記事は物価を抑えるようにとの首相からの指示の記事。

 

日本のミンス政権と同じである。

やることは矛盾だらけ、嘘八百である。

 

無茶苦茶政策がどんな事になるか、ちょうどいい事例だと思う。

 

  1. タイiza
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2012-03-08 18:01

春の小川をタイ語で言うと

 kei-izaさんが久しぶりのエントリーで興味深いことを言っている。

「高等教育を母国語で出来る事の素晴らしさ」と「日本の英語教育の問題点」

http://kei-iza.iza.ne.jp/blog/entry/2618667/ 

 

keiさんはsonoさんのこのエントリーで触発されたようだ。

http://sopnoraone-3.iza.ne.jp/blog/entry/2618539/

 

 

今回私は以前からの持論なのだが、発展途上国の言葉と日本語がどんなに違うのか、タイ語を例にとって話したい。

 

 

さて簡単な例である。

例えばこの歌、誰でも知っている歌だが・・・ 

「春の小川」

 

 

高野辰之作詞・岡本貞一作曲/文部省唱歌

 

春の小川は さらさら流る。
岸のすみれや れんげの花に、
(にお)いめでたく 色うつくしく
咲けよ咲けよと ささやく如く。

【林柳波による改作などを経た現在の歌詞】

春の小川は、さらさら行くよ。
岸のすみれや、れんげの花に、
すがたやさしく、色うつくしく、
咲けよ咲けよと、ささやきながら。

 

こんな歌がタイ語では翻訳が極めて難しい。

多分日本人が感じるイメージはタイ人には分からないと思う。

最初の「春の小川はサラサラ流る」を取り上げよう。

 

なぜか、それは「小川」と言う言葉である。

タイ語では川、池、水溜り、飲む水、全てナーム(naam)という。

単にナームだけでは区別がつかないし、タイ人には川も池も飲み水もどれでも良いらしい。

 

 

 

これはナーム

(注:最近では飲料水はボトルに入れて冷やして飲むのが当たり前になった、したがって飲み水と言うときはナーム・イェン(冷たい水)と言うことが多くなった。良い事である)

 

これもナーム

 

こんな水溜りもナーム

 

これもナーム

 

 

流石にこれだけ大きい川になるとメー・ナーム

メー=母、ナーム=水で水の母、つまり大きな川になる

 

この写真で左上から右下に流れているのがメコン川本流、

左から合流しているのが支流のサーイ川、

手前がタイ領、サーイ川の向こうがミャンマー領、

メコン川本流の向こう側がラオス領、

ゴールデントライアングルといわれ、麻薬で有名になった場所です。

 

 

こんな事なのでたかが水と言うけれど、タイ語には池の水から池そのもの、そして飲み水まで全部一緒なのである。

 

2,30年前までタイのバンコクに駐在する日本人家庭では、メイドの朝一番の仕事は水瓶から水を汲んで沸かす事だった。

この沸かした水で炊事から洗濯全部するのだった。

 

冷たい水が飲みたければ水瓶をトントンと叩くとボーフラが慌てて沈む、そこをコップでサッと掬って飲む。

こんな事が当たり前なのは綺麗な水、汚い水の区別も無いから。

 

 

本論に戻って、冒頭の春の小川

 

こんなさらさら流れる川、彼らにはそれすらなかなか理解できない、つまりそんな概念が無いのだ。

 

私がタイ人1期生を日本に研修のため連れてきたときのこと。タイ人が最初に日本の印象を書いて送った手紙を見せてもらったことがある。

会社までの道には上掲の写真くらいの川があった(水はお世辞にも綺麗といえなかったが)。

タイ人が言うには「日本はいいところだよ、川に黒い水が無い、おまけに底まで見えるんだ」

これほど違うと言う話である。

 

 

 

そんな事で「春の小川はサラサラ流る」、

たったこれだけの事をタイ人に正確に理解させようとすると可也言葉がいる。

今回言及しなかったが「サラサラ」、これだけとっても正しく説明は難しい。

塗装工場では粘度とかちょう度(稠度)等を問題にするが、こんな言葉をタイ語には訳せないので苦労している。

 

 

 

発展途上国の大学が英語で授業するのはこんな理由、

つまり発展途上国の言葉には語彙が不足し、難しい概念が話せないためなのである。

 

では日本語はどうか、実はこれは明治時代、我々の諸先輩方が西欧文化を取り入れる過程で日本語には無い概念に多数ぶち当たった。

そこで苦労して漢字を組み合わせて言葉を造ったのである。

面白い事に日露戦争後、当時の清国は日本に学べと多数の留学生を送り込んできた。

その留学生が日本が作った新しい概念の言葉を母国に持ち帰った。

文化、文明、民族、思想、法律、経済、資本、など新しい国づくりには新しい概念が必須だったのである。

東北アジア各国で使われる漢字でできた近代的な概念語の大半が日本製となっていると言われている。

 

詳細は以下参照ください

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E8%A3%BD%E6%BC%A2%E8%AA%9E

 

 

今日本では外国の文献などは全て日本語のものが手に入るのは、偏に明治時代からの先陣の苦労の賜物である。感謝せねばならない。

 

  1. タイiza
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2012-03-02 17:34

根無し草

 今若い子育て世代の海外移住が増えているというテレビ報道が有ったらしい。

裏の桜さんの「エイリアンたちの幻想」と言うエントリーでそのことを知った。

http://dale-alv.iza.ne.jp/blog/entry/2613247/

 

まあ報道したのがお台場に巣食う蛆テレビなので本気で信じると馬鹿を見るのだが・・・

 

 

 

この話で昔タイで会ったある日本人のことを思い出した。

ちょっとその昔話を。

 

 

今から10年位前である。当時住んでいたのはタイ、バンコクから南東に120キロほどのシラチャと言う町だった。

 

ある晩のこと、行きつけの日本料理店で遅い晩飯を食べていた、(注:この店は下の写真の橋の右手200m位にある

店はそんなに客の多くなかったのだが店の女の子がこんな事を言う。

”短足さん、近くの海岸に日本人が居るよ、会ってみる?”

日本人なら何処にでも居るというと”日本人のお坊様だよ”と言う。

日本人のお坊様が海岸に居る???

そんな事でその子に案内してもらって海岸に行って見た。

 

その場所はと言うと

 

これがその海岸、そのお坊さんは画面中央の白い建物のある辺りの海岸の砂浜に居た。

 

(注:この写真は海岸から少し離れた所にあるロイ島を言う島から撮ったもの。)

(橋に車が一杯写っているが、年に数回のお祭の時の写真、普段はガラガラ)

 

 

仮にAさんとしよう。

Aさんは年のころは70歳くらい、見たところとても坊さんと言う風体ではなかった、コジキ同然であった。

 

「如何されたんですか」と聞くと今此処でテント住まいですと言う。

テント? 砂浜に棒っきれを立てて其処にシーツをかぶせたような物。夜露は凌げるが雨が降ったらびしょぬれ、それがその人の仮住まいらしい。

 

 

問わず語りに話し出した所、その人は慶応出身だと言う。

今生きていれば多分80歳くらい、そんな人が慶応出、

話すことはシッカリしているし英語も話せる、

若い頃は多分資産もあり、それなりの仕事もしていたのだろう。

そんな人が如何してそんな生活しているのか。

 

 

 

Aさんは若い頃一旗あげる為タイにやってきた。

奥さんも子どもも居たようだ。

しかし夢見たようにはいかず事業に失敗、全財産をなくしたらしい。

奥さんと子どもは日本に逃げ帰ってそのまま音信不通。

 

 

その後タイ人女性と再婚し再起を目指そうとした、しかしその人にも騙されたようで、結局丸ハダカ状態。

住まいをなくし、食べる物にも事欠くようになったとき如何したか。

 

タイは仏教国で毎朝僧侶が托鉢に廻る。

この時食べ物を寄進する事が良い事、徳を積む事とタイ人は信じている。

徳を積めば来世にいい事がある、これがタイの仏教の教え。

だから僧侶の顔をして廻ればその日の食べ物くらいは手に入る。

 

 

結局Aさんは止むを得ず坊主の生活を選んだわけだ。

タイ人も本物の僧侶でなくても食べ物くらい分け与えるのはいい事と思っている、

そして毎日流浪の旅を続けていた、こんな事情だった。

 

 

Aさんは日本人の方と日本語で話すのは久しぶり、懐かしいです、そういって喜んでいた。

どうも食堂の女の子がAさんと話をしたらしい、Aさんが日本人と話がしたいと言った様だった。

 

 

次の日にはAさんはもう何処かに行ってしまっていた。

海外で根無し草になってしまったらこんなものである。

 

裏の桜さんの「エイリアンたちの幻想」をみて、タイ時代のこの経験を思い出した。

タイの首都バンコクに行くと此処まで酷くは無いが、悲惨な生活をしている日本人たちが沢山居る。

海外生活は甘いものではないのだ。

 

(注:こんな日本人が同じ日本人を騙したりするケースが多い、注意が必要だ)

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2012-02-20 21:57

タイの刑務所

 重い話題が続いたのでちょっと気晴らし。

タイの刑務所の話である。

実は私はまだ刑務所には入った経験が無い、(残念! 笑)

これは外から見ただけの話である。

 

 

先ず最初にこれをご覧ください。

 

 

海に浮かぶ白亜の豪華船、それともホテル???

そう見えるのだが・・・

 

 

 

タイの首都バンコクから東南に120キロほどの所にシラチャと言う町が有る。

昔は何も無い漁村だったが、今では近くの日系企業の日本人が多数住んでいる。

最近では日本人が5千人くらいいて日本人学校(小中)も出来た。

そのシラチャの町から船で渡るとシーチャン島と言う島に着く。

 

 

 

これがシーチャン島

 

シラチャの町から船で40分ほどでこの島に着く。

 

 

 

さて最初に見たもの、それがこの島に有った。

何処かの豪華客船かと見まがうが、実はこれが船の刑務所である。

この刑務所の写真は2000年頃にとったもの。

この船を見ても何だか分からず、島の人に聞いたら「ホテル」だと言う。

ホテル? そんな物が有ることなんか聞いた事無いなあ。

それに幾ら調べてもそんなホテルが有るとは出てこない。

 

 

不思議な事にタイ人に幾ら聞いても誰も知らない。

この写真を見せても分からない。

おまけにこの不思議な船、1年ほど経ったら見かけなくなってしまった。

 

ようやく真相が分かったのは4年ほど経ってから。

 

タイの犯罪事情を書いたものを見たらこんなくだりがあった。

「犯罪者が増えすぎて、収容する刑務所が不足、止むを得ず刑期が終わらない受刑者でも出所させざるを得なくなった。

仕方なく船をチャーターし、これを改造して刑務所にした。」

 

 

これで謎が解けた、あの船は刑務所だったのだ。

それでアレは何かと聞いたときホテルだなどと言ったのだ。

 

現在ではこの船は何処か別の所に停泊しているようだ。

尚こんな船の刑務所、受刑者が直ぐ逃げ出しそうなものだが大丈夫

タイ人は殆ど泳げない、カナヅチだそうだ。だから泳いで逃げるヤツはいないという。

 

 

とまあ、所変われば品変るという話。

 

 

 

さて此処から先は観光案内、

 

このシーチャン島は観光地ではないが、魚釣りの好きな人には楽しい所のようだ。

そして島の反対側に廻るとこんな物が有る。

 

小さい小さいビーチ

 

 

意外にも外国人も来ている

 

ちょっと山に登れば

 

日本は永田町界隈に刑務所に放り込みたいヤツが一杯いる。でもこんな風光明媚な刑務所はヤツラには贅沢すぎかもしれない。

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2012-01-19 15:36

アルカサルとアルカザール

 YUYUUさんがセゴビアのアルカサルを紹介している。

素晴らしい物が残っているもんだ、と感心しきり。

http://yuyuu.iza.ne.jp/blog/entry/2572694/

 

 

 

所でアルカサル??、それならタイにも有るぞということで、タイバージョンを紹介。

 

最初にこれが本家アルカサル。

 

 

素晴らしい。

(この写真はYUYUUさんのところから拝借しました)

 

 

 

次にこれがタイのパタヤに有るアルカザール(ALCAZAR

 

 

所でこのアルカザールは何か?

これはニューハーフショーが売り物の劇場、

一度に1000人収容できる大きな劇場である。

 

 

タイはニューハーフ(つまりオカマ)天国、

別に珍しくも不道徳でもなく、何処にでもいる。


そしてやっているのがこんなニューハーフショー。

一服の清涼剤と言うことでお楽しみください。

 

 

正直な所、私はこのニューハーフショーは今までに2回しか見ていない。

1回目はタイに着いた最初、先ずは話の種にと言うことで行った。

その半年後お客さんを案内して行った事が有る、この2回だけ。もう十数年前だ。

だから詳しいことを紹介するほどの知識は無い。

 

誰かに説明するときは「日本の宝塚みたいな物、ニューハーフだから体が大きく綺麗だよ、女性や子どもも見に来ている。」と話している。

 

何はともあれ、綺麗なニューハーフショーではある。

 

尚タイ人に言う時はアルカザールでは通用しない、

タイ式発音は「アカザ~」である。

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2011-12-28 08:39

苦闘するタイホンダ

 タイの水害で最大の被害を受けた自動車メーカーはホンダである。

アユタヤに有るロジャナ工業団地、此処にタイホンダの四輪車工場が有るのだが、工業団地全域が水没。

ここはタイホンダの工場と系列の部品メーカーの工場が集中している。

集中のメリットが全く裏目だったのだ。

今は清掃と機械修理中だが復旧にはまだ相当の期間がかかると報道されている。

 

大きな自動車組立工場が全水没、日本の自動車産業が初めて体験する大災害で有る。

まだまだこれから新しい問題も沢山出てくるだろう、

関係者の皆さん、がんばってくださいね。

 

 

さてそんな苦闘するホンダだが今月初めタイでモーターショーが有った。

此処でホンダの説明スタッフ全員がこんなユニフォームだったとの事。

写真を入手したので紹介。

 

 

”がんばろう”がタイでも合言葉になっているようである。

 

 

そのホンダだが水没した工場にあった完成車約1000台の廃却作業が始まったと報道されている。

 

 

<以下引用>

 

 

タイ洪水 ホンダの工場で水に漬かった新車1,000台余りをスクラップにする作業

 

 
タイの洪水で大きな被害を受けたホンダの工場で27日、水に漬かった新車全てをスクラップにする作業が始まった。
工場では、泥にまみれた1,000台以上の車が、市場に出回るのを防ぐため、順次解体が行われている。


タイ中部アユタヤにあるホンダの自動車工場は、洪水により、完成したばかりの車1,000台余りが冠水した。
27日、これらの車を素材ごとに分ける作業が始まり、今後、それぞれを溶かすなどしてリサイクルするという。


また、製造ラインの大部分も一時、水に漬かったが、排水作業が終わった11月末から、再開に向けた復旧作業が続けられている。
ホンダ・オートモービル・タイランドのピタック副社長は「製造機械の修理や入れ替えを、できるだけ速やかに行いたい」と話した。
 

この工場では、洪水被害を受け、1年間の生産能力の4分の1にあたる、およそ6万台の減産を余儀なくされていて、早期の再開を目指している。

 

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00214421.html

 

<引用終り>

 

 

タイ人の間では今密かにこんな事がささやかれているらしい。

ホンダの車は当分買えないなあ、水没した車を手直しした物が入っているに決まっているから。

 

こんな事はタイでは常識、しかし日本製はこんな事はしない。

ホンダが早速スクラップ作業を始め、それを公開する。

いい事である。

 

がんばろう! 日本、  がんばろう! Thailand。

 

 

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2011-12-21 18:48

弥生式土器の使い方

 今回のタイ出張で思わぬ副産物が得られた。

私は趣味のひとつが焼き物の歴史と考古学、そんな事で色んな焼き物に興味が有るのだが、今回こんな面白い物をタイで見つけた。

 

 

仕入先に向かう道すがら立ち寄った飯屋にこんな物が、

 

 

焼き物ではない、アルミ製のツボである。

私はこのツボを見て正にビックリ。

材質こそアルミ製だが形は紛れもなく土器か陶器の形ををうつしたもの。

 

そしてこの形は若しこれが土器なら紛れもなく弥生式土器、

そんな形なのである。

 

 

これが典型的な弥生式土器 

 

 

注:さいたま市出土のこの土器は発見当時弥生式土器と考えられ、現在も弥生式土器に分類されているが、最近の調査では古墳時代初期のものらしい。

弥生式土器の典型と言うことで紹介。

 

 

縄文式土器とか弥生式土器とか言うが、それが実際どのように使われたのかは中々分からない。

例えば上掲のツボ、水を入れたのか、それともコメなどの穀物を入れたのか、そんな事すら分からないので有る。

 

何かの煮炊きをしたのか、それなら炊き上がった物をどうやって取り出したのか。

そんな道具が発見されればいいのだが・・・

 

この弥生式土器の場合、口元が如何してあんな形になっているのか、これが最大の疑問だった。

若しこれで湯を沸かしたら、手で持ち上げられないし、柄杓で汲むにも汲みにくい。

 

 

 

私にとってはこんな昔からの疑問がこのツボとザルの組み合わせで解明した訳である。

 

 

 

さてそのザルの中はココナッツの葉っぱに包んだ甘そうな餅菓子。 

(店のオバチャンが私が写真を撮っているのでひとつどうだと言ってくれたが丁重にお断りした。何せ甘いので有る。)

 

 

 ザルの形はこんな形

 

 

 

コメを蒸す事もできる。

多分これが本命の使い方かも。

 

 

 

 

モノ・道具には形に意味があり、使い方が有る。

そしてこのツボとザルのようにセットで使うものも多い。

 

皆さんには「何だ、タダのザルじゃないか」だと思うが、

私には大発見でした。

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2011-12-17 21:16

タイの銀行

 今回タイに行ってみて、これが活気有る社会のひとつの証拠と思える事例に出会った。

 

 

 最初にこの写真を見てください。

平日の午後7時、田舎のあるショッピングセンターでの写真、

  

 

 

ここはショッピングセンターの地下1階、この店舗の右側はミスタードーナッツ。

撮影者の背中側は食料品売り場。

 

どう見ても店構えは開けっ放し、平日とはいえ午後7時、

何処かの旅行社か何かの窓口かと思うと実はそうではない。

何と銀行である

このショッピングセンターにはこの階とひとつ上の1階合計で5軒の銀行が軒を並べている。

他の銀行は一応ガラスのドアがついているが、この銀行だけは全くのオープン店舗。

 

 

銀行の開店は年中無休で朝11時~夜8時まで。

尚この店舗の他にATMが何処にでもあり、現金の引き出しは24時間何時でもできる。

(注:このやり方は多分アメリカの銀行のやっている事に倣ったもの)

 

 

私が何に感心しているか、

実は此処で待っているお客さんたちは現金の引き出しに来ているのではない、それはATMで出来る。

田舎への送金だったり、銀行からの借り入れ関係の手続きだったり、そんな事をしているようなのだ。 

 

 

日本の銀行の窓口は何時も閑散としている。

この時期、銀行は越年資金のやりくりで中小企業の親父さんたちが駆け込んでくるはずなのだが、今年はどうだろう。

 

私は日本の銀行は銀行としての一番大事な機能を半ば失っている、そう思っている。

銀行の機能、それは

1)  金融仲介機能・・・貸し手と借り手の仲介 

2)  信用創造機能・・・通貨量を増やす

3)  決済機能   ・・・口座振替、送金      こうなっている

 

この内1)が問題、

銀行はお客さんから預金と言う形で金を預かり、其れを貸し付けて利ザヤを稼ぐ、これが仕事である。

だからお金を預けに来る人もウェルカム、

住宅ローンや企業開業資金を借りに来る人もウェルカム・・・の筈である。

 

しかし今は国債の大量発行時代、下手な所に貸し付けるより国債を買っておいたほうが安全なのだ。

何せ預かった預金の金利はタダ同然、

幾ら国債の金利が安くても何もせずに儲かるしくみが出来上がっている。

 

銀行は国債枕に昼寝、窓口は閑古鳥が無く鳴く状態、

これが日本の銀行の姿で、これでは活力有る経済活動など出来ないと思う。

 

 

銀行が若い人が事業をやりたかったらドンドン金を貸す、

勿論リスクは有るから金利は高いが、そのカネが有れば若い人が何かやることが出来る。

 

 

今巷では先日亡くなったスティーヴ・ジョブズについての伝記物が溢れている。

稀代の天才ジョブズ、しかし彼は元々の金持ちではない。

彼が何かやろうとした時、その彼にカネを出した出資者がいるわけだ。

 

銀行とは本当はこういう若い才能にカネを出して力を発揮させる、こんな機能が一番重要なのだと思う。

 

 

前置きが長くなった。

タイの夜7時に写真のように混雑している銀行。

そのお客さんの中に、将来の夢を何とかかなえようとして金を工面している若者がいるように思えるのだが如何だろう。

 

日本再生のひとつのヒントが此処に有るように思う、そんな事例でした。

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2011-12-15 13:26

カゼと共に

  月曜日にタイから帰ってきました。

所が今回はタイにいる間は問題なかったのですが、

帰国の機内が寒く風邪をひいてしまいました。

 

丁度月曜日に友人のお母さんの葬儀があり、

帰宅し直ぐ礼服に着替えて葬儀に参列。

その後ずっと寝ていましたのでブログの更新が遅れました。

馬鹿は風邪をひかないはずなのですが・・・

 

 

タイでは浸水被害の所が見たかったので、無理やり時間を作りドンムアン空港の北辺りまで行きました。

 

 

こんな風に行き場の無い水が溜まっています。

 

そして町はと言えばゴミだらけ

 

 

 

 

こんな所を見て感じたこと。

今回のような水害はバンコクの立地条件では何度でも起こりうる。

その為の対策の何も考えてこなかった、つまり為政者の統治能力が問題だった、そう思いました。

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2011-12-04 06:29

1週間ほど留守をします

 タイも復興が始まりまして、私も1週間ほどタイに行ってきます。

出発は1時間後。

多分この間はブログは見る時間が有るかどうかといった所。

コメントを戴いても返事が遅れると思いますが、ご了承いただきたく。

それでは入ってきます。

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2011-12-02 16:17

洪水被災のタイ、復興へ

 タイ中部を襲った洪水もやっと収束に向かいだした。

これはハイテク工業団地の営業再開セレモニーの話。

 

<以下newsclipより引用>

 

洪水被災のハイテク工業団地、排水終わり復旧開始式典

 

2011/12/ 1 (20:49)


 【タイ】タイ中部の洪水で浸水したアユタヤ県のハイテク工業団地で排水作業が終了し、1日、復旧を目指す式典「RESTART TO OPERATION」が行われた。

 

 

 ハイテク工業団地にはHOYA味の素、キヤノンなど143社の工場があり、従業員は5万人超。10月13日から浸水し、一時は団地内の水位が2メートル以上に達した。

 

http://www.newsclip.be/news/20111201_032944.html

 

<引用終り>

 

しかし浸水被害を受けた工業団地からは、政府の無策についての話が有る。

やはりばら撒き政策で政権を取った政府には統治能力が無い、

日本もこれで未だに痛い目にあっているが、タイも同じで有る。

 

 

<以下引用>

 

「タイ政府の連絡、支援皆無」 洪水被災の2工業団地


2011/11/30 (14:22)


【タイ】タイ中部を襲った大洪水では工業団地7カ所、700社以上の工場が浸水した。大規模な災害に際し、タイ政府の対応はどうだったのか。浸水したバンカディー工業団地(パトゥムタニ県)とファクトリーランド・ワンノイ工業団地(アユタヤ県)の責任者に状況を聞いた。

 

□バンカディー工業団地(マネジャーのスジン氏)
 
 「洪水に関する政府からの事前連絡、警告は一切なかった。あちこちに電話をかけ、自力で洪水の位置、水位などの情報を収集した。
 工業団地の周囲に堤防を築いていたが、洪水の水位が上回り、10月20日夜から浸水した。
 土のうを積む作業への兵士や警官の派遣といった政府の支援は全くなかった。浸水が始まってから、パトゥムタニ県庁が応援を送ってきたが、手遅れだった。


 政府が手一杯だったのはわかるが、すべて民間任せにするのではなく、もっと真剣に、素早く、組織だって問題に取り組むべきだった。
 工場水没の再発を防ぐため、工業団地の周囲8・5キロにわたって堤防を高くする計画だ。資金がどれくらい必要かはまだわからない。政府の支援を期待しているが、何もしてくれない場合は自力でやるしかない。
 排水作業は11月25日に開始した。日本政府が派遣したポンプ車などで作業を進めている」

 

□ファクトリーランド・ワンノイ工業団地(マネジャーのピサヌ氏)

 

 「洪水に関して政府からの事前連絡、警告、情報開示はまったくなかった。水が押し寄せてからも、支援はほぼゼロ。アユタヤ県庁がポンプ3台を送ってきただけだ。
 排水作業が終わったころになって役人が被害状況を聞きに来たが、それっきり何の音沙汰もない。


 当工業団地には中小企業93社の工場があり、日系は10社ほど。10月16日から浸水し、11月16日までに排水作業をほぼ完了した。30日時点で、70社ほどが清掃や被害状況の確認を行っている」

 

http://www.newsclip.be/news/20111130_032918.html

 

 

首都バンコクでは11月20日頃から町の清掃作業が始まっている。

これはボランティアによる清掃状況。

 

 

一見して若い人が多いのが分かると思う。

例えば一番手前の後姿の女性は女子大生である。(服装で分かる)

こういう活気があれば立ち直るのは早そうだと思う。

 

 

来週私はタイに行くことになりました。

但し行く所は洪水とは違う地区ですが、洪水関係の情報など垣間見られれば報告します。

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2011-11-07 21:28

バンコクの洪水は政府の統治能力不足が原因

 タイの洪水は一向収まる様子もなく、バンコクの被害も日を追って深刻になっている。

しかしタイ政府のやっていることを見ると、日本人にとっても身につまされるものが有る。

 

東日本大震災、津波・原発事故と余りにも良く似ているのだ。

どんな事が報道されているのかと言うと、

 

 

<以下バンコク週報より引用>

 

【政治】 11/06
バンコク都庁、政府に最終通告  
 
 スクムパン都知事は11月5日、

洪水対策で政府が都庁の要請を無視している」として、

政府が7日までに協力する姿勢を示さない場合、

政府の指示を無視して都庁独自の洪水対策を実施する構えを明らかにした。

 

 政府の洪水対策本部「水害被災者救援センター」がバンコクを洪水から守るうえで適切な対策を打ち出せていないこともあり、最大野党・民主党幹部のスクムパン都知事は、洪水問題への対応で政府とそりが合わない状態が続いている。

 

 都知事は、「1週間ほど前から排水ポンプを増やし、排水作業を迅速化するよう求めているが、センターはなにもしていない

48時間以内に前向きな返答がなければ、(センターの指示に基づいた)現在の洪水対策を見直さなければならない」としている。 
 

<そして以下はこの記事に対するバンコク在住の方のコメント>

 

日時 : 2011/11/07 8:03:55 AM  
  インラック首相の一本筋が通ってないこれまでの言動履歴は、さすがに外国人である私もイライラさせられます。

 

「何故、数多くの学者が危険性継続を訴えている中で安全宣言を簡単に出したのか?」、

「バンコク死守の基本方針を突然覆すような東部地域住民要求に屈して水門を開いた」、

「その後のスクムパン知事の抗議により再度水門を狭めた」

「能力・求心力が無い無い中で、自分で(実際はタクシン氏が決める)全てを決めようとした」

他にも対策本部移転時のバタバタや臨時防水壁に頼った楽観発言、一国の総理とは思えない疲労感漂う表情、・・・・書き出すとキリがありません。

 

 

全ては、ブレない軸を持っていないようである事と、能力の有る側近がいない事がこれらの根本原因であるように見えますが、この非常事態において、言い訳を言っている暇はないはずです。

 

国のトップは経済や外交のみで国家を導いてゆけず、戦争危機対応や災害対応においても力量が必要なはずです。

中々、バン週さんには採用してもらえませんが、基本的に菅総理のケースと同じ様な状態にタイはあるのです

 

もう、手遅れかも知れませんが、これは税金を払いタイに忠誠を尽くしている国民の過半数が選んだ政治体制ですので、仕方無いと言えば仕方ありませんが、とても彼らは気の毒でもあり、私の中には悔しさも満ち溢れています。  
  

http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=13147

 

<そしてこの話の続報が上がっている。>

 

【政治】 16:01
政府、都庁に排水ポンプ提供  
 
 政府の洪水対策本部「水害被災者救援センター」は11月6日、スクムパン都知事の要求に屈する形で、浸水区域が日々拡大しているバンコクで排水作業を強化するためポンプ24台をバンコク都庁に提供した

 

 これらポンプは、同都知事が「48時間以内に前向きな返答がなければ、政府の洪水対策に従わない」と迫って提供を求めていたものだ。

 

 都知事によれば、センターからのポンプ提供で、バンコク東部での排水能力が2倍にアップ。これで主要道路は2週間以内小路も1カか月程度で排水が完了する見通しという
 

http://www.bangkokshuho.com/news.aspx?articleid=13151

 

<引用終り>

 

 

ポンプ24台をバンコク都庁に提供・・・ 

24台もポンプを持っていたのに何をしていたのか、

この話を見て直ぐ思ったことである。

 

余りにもこの話日本の空き缶総理と東京の話と似て無いだろうか。

日本も空き缶のおかげでこれから何十年もかかる被害を受けた、

そして今野駄目泥鰌がTPPとやらで日本破壊工作真っ最中。

 

 

バンコク週報のコメント氏がいみじくも言っている。

「税金を払いタイに忠誠を尽くしている国民の過半数が選んだ政治体制ですので、仕方無いと言えば仕方ありませんが・・・・」

正しく日本もこの通りで有る。

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2011-10-30 12:14

タイ人労働者の日本受入には反対だ

 タイの日系企業が深刻な洪水被害を受けている。

そして28日にはこんなニュースも。

 

<以下引用>

 

  現地従業員、日本国内就労OK タイ洪水で異例措置


2011/10/28 13:19更新


  藤村修官房長官は28日午前の記者会見で、タイの洪水被害を受け、操業ができなくなった現地の日系企業で働くタイ人従業員を一時的に日本に受け入れる方針を明らかにした。

 

藤村氏は受け入れを決めた理由について「非常に異例の措置だが、単に日本企業というより、アジア全体のサプライチェーンに大きく影響することも考慮した」と述べた。


 受け入れ規模については「今日まで現地の希望を聞いた範囲では三十数社、数千人規模になる」との見通しを示した。

経済産業省によると、条件は在留期間6カ月に加え、受け入れ企業が確実にタイ人従業員の帰国を約束するほか、日本人の雇用を圧迫しないことなど。

 

 タイの洪水では、中部のロジャーナ、サハラタタナコンなどの7工業団地が冠水し、水が引かない。

730社が被災し、工業団地の従業員は36万人にも及ぶ。この7団地には、ホンダ、ニコン、キヤノン、ソニーなど、日系企業450社も復旧、生産再開のめどが立たないままになっている。

 

 メーカー各社は、タイから生産設備を日本に持ち帰るなどの措置で、タイで生産できなくなった部品などの代替生産を拡大する計画で、その際、タイ人の従業員受け入れも求めていた。

 

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/asia/533231/

 

<引用終り>

 

 

日本の政治家は実務経験の全く無い連中だが、今回のケースなどその最たるモノと言ってよいだろう。

 

その一つの例として

タイから生産設備を日本に持ち帰るなどの措置

こんなことを言っている。

 

だが考えて欲しい

 

こんな工場からどうやって機械を持ちかえるんだ??

 

よしんば持ち帰っても水没した機械類、モーターやコンピュータは勿論使えない。

だから持ち帰っても等と言う議論は正に机上の空論

ミンス連中の空想政治そのものなのである。

 

もう一つ現地従業員と言っても管理監督者や技術者ではない。現地作業者、所謂単純労働者なのである。

日本語や英語どころかタイ語でさえ難しい技術用語などは危ないレベルの人も入っている

 

こんな連中を連れてきて、何人かに1人は通訳をつけて作業をさせるのだ。

こんな事で急場の役に立つ筈が無い。

それよりそんな作業者を浸水した工場の再開に向けての作業をさせたほうが役に立つ。

そうでは無いだろうか。

 

それより被災した工場の機械類、急遽日本から代替機を運んで作業させるほうがよほど早い。

 

 

実際に仕事なんかしたことの無い、何か有っても文句ばかり言ってる連中に政治を任せた日本の無残。

残念である。

 

最後にこの問題が中国からの不法移民受入の突破口に利用される懸念が有る。

そういった意味でも油断してはならない。

 

 

 

  1. タイiza
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2011-10-29 18:32

首都機能が完全にまひ状態 <コレこそ流言蜚語です

首都機能が完全にまひ状態 大潮ピークのバンコク

テレビ朝日系(ANN) 10月29日(土)13時20分配信

 タイの首都バンコクでは、29日から30日にかけてが大潮のピークです。洪水の被害が拡大し、日本人が多く住む地区でも警戒が強まっています。

 日本時間の29日午前11時すぎに満潮を迎え、大量の濁った水が中心部へと流れ込み始めました。大潮のピークを迎えたタイの洪水はヤマ場を迎えています。

水の量は28日よりも増えています。観光客が集まるチャイナタウン周辺は、満潮時刻よりも前にほとんどのエリアが冠水しました。

このチャイナタウンに近い駅からバンコクの南に向かう電車は29日からの運休を決めました。

日本人が多く住むスクンビット地区では、28日に運河の堤防が崩れ、住宅地などが冠水しました。

日本人の家が集中するエリアから2キロの距離です。軍などが24時間体制で堤防を強化していますが、流れ込む水の勢いは弱まっていません。

比較的安全とみられていた日本人居住区にも洪水が迫っています。

多くの市民が洪水を避けようとバンコクよりも南の地域に脱出しています。

物資の供給も滞り、交通も遮断されたバンコクは完全に首都機能がまひしたといえます。

 

最終更新:10月29日(土)14時43分

 

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20111029-00000009-ann-int

 

<引用終り>

 

余りにも酷い報道なのでコレを見た日本の方は、こう思うはずだ。

「バンコクはこの洪水で壊滅的な被害を受けた。コレは大変だ。タイはもう終りだ。」

 

しかしここは冷静に良く考えていただきたい。

首都機能が麻痺、その意味は

・ 政府機関が活動を停止した。

・ 銀行、商店が全部閉鎖した。

・ 鉄道など交通機関が麻痺状態

・ 警察や軍が機能を停止し、略奪・暴行が横行している。

  こうでは無いだろうか。

 

だが実際は

・ 政府は機能している(打つ手が遅いとかは別として)。

・ 銀行などは正常通りである。(一部の支店やATMは別)

・ 交通機関はバンコクから北部に向かうバス・鉄道は

  浸水でストップしている。

  しかし他のバスなどは運行している。

  特に重要な航空便は国際線は全てOK。

  ドンムアン空港を使っている国内線が運行できないが、

  その一部はスワンナプーム空港に移している。

・ 警察・軍は全力で洪水対策中で、略奪・暴動は無い。

  但しコソ泥が横行していることは確かだが。

 

こんな事である。

コレで首都機能が麻痺などと言えるだろうか

正しく日本のマスゴミお得意の流言蜚語(流言飛語)である

 

ではタイの現実はと言うと、先ずは浸水危険地図

 

この図で見て欲しい事。バンコク全域が浸水危険地域だ。

しかし薄い水色は最大10-12センチ、少し濃い水色は21-50センチ、

濃い青色は51-100センチ、赤色は1-2メーター浸水の可能性が有る地域となっている。

つまりバンコク全域が浸水する可能性は有るが、深く浸水する所は少ない。

 

 

そしてもう一枚この写真。

 

 

 

コレは昨日(10月28日)午後3時頃、日本人が多く住むスクムビット・ソイ50の入り口の写真。

一つ前の図で、50センチくらい浸水の可能性とされている所だが、昨日現在浸水していない。

 

そしてもう一つ上の写真の右側にテスコ・ロータスと言うのが有る。

タイでは最大手のスーパーマーケット、

写真では分かりにくいが、ここは入り口が歩道から更に1メーター位高くなっている。

タイの銀行やスーパーなどは何処でもこんな構造で、タイの雨季の豪雨などに備えている。

だから少々浸水しても何とか耐えられる。

 

こんなタイの実情を知っていれば、確かに最悪の浸水被害だが、「首都機能麻痺」などとは言えない筈なのだ。

 

日本のマスゴミの流す流言蜚語(流言飛語)に騙されてはならない。

タイはシタタカなので有る。

 

最後にそんな写真を

 

 

 

商売は水物である・・・

 

 

 

 

前首相も協力

右から二人目が現首相インラック

その左側で指差しているのが前首相アピシット

 

日本でも大震災では自民党もシッカリ活躍した。

しかし日本のマスゴミは全く報道しなかった・・・ 

 

 

 

タイ人は綺麗好き

 

 

 

日本のマスゴミの流す流言蜚語、騙されないように気をつけねばならない。

  1. タイiza
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2011-10-23 13:51

バンコク中心部まで浸水

  タイの洪水被害は遂にバンコク中心部まで達し、中心部ドゥシット地区まで浸水したと報道されている。

 

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/asia/532601/

 

バンコク市内ドゥシット地区の様子

 

 

しかし情報が混乱し、タクシンの妹インラックは無能ぶりをさらけ出し、混乱に拍車をかけている。

 

ばら撒き政権の無能ブリは日本も今酷い目にあっているのだが、タイも同様である。

 

さてこの洪水、日本の報道ではさっぱり全体像がつかめないが、タイの英字新聞「バンコクポスト」に現地対策本部の専門家のインタビュー記事が載った。

ただしこの記事、原文が読めないのでチェンマイ在住の方のブログから引用させていただく。

 

これは、10月22日付のバンコク・ポスト紙に掲載された、「FROC」(洪水救済活動センター)の技術者であるプロドプラソップ氏へのインタビュー内容。

 

<以下ウッチーさんの訳文を引用。>

 

タイの中心部には、この雨季には10月なかばまでに、およそ200億㎥の雨が降ったり、流れ込んだりしてきた。

 

政府は80億㎥の水をここまで海にしたので、
あと100億㎥ほどの水を処理しなければならない
(100億㎥といえば、琵琶湖の3分の一強の水が
すでに、また、これからバンコクまで来ることになる)。

 

バンコクの洪水の危機はピークを過ぎたわけではない。
ナコン・サワンに39億㎥、アユタヤに40億㎥、その他
バンコクの北隣パトゥム・タニ等も合わせて、100億㎥の
水を排除せねばならない。

 

これらの過去経験したことのない大量の水は、
どどっと来るのではなく、徐々にバンコクへやってくる。
地域によっては、地形によるが、浅く浸水するところも、深くなるところも、水が来ないところもある。

 

ここまで、後講釈だが、政府の洪水マネジメントはうまくいかなかった。
その要因は2つある。

一つ目は、プミポン、シリキットの大きなダムに、水を貯め過ぎたことだ。
灌漑局は、6月に、早くも水位が上がったのに、あまり水を流さなかった。
雨季米の収穫時(12~1月)と、乾季の水枯れに備えたのだ。
その後の大雨により、放流を余儀なくされた。

 

二つ目は、雨季が、例年より、1.5ヶ月早くやってきたことだ。
そして、今年の雨季は、また長く続いていることだ。
ほとんど毎日のように、各地で同時に降り、田畑やダムに水を溜めていった。
この雨季の雨量は、例年の30~45%多い量となった。

 

二つ目の失敗について言えば、なお大量の雨が降ると予測できず、ダムから大量に流れてきた水をナコンサワンから、下流のチャイ・ナートに溜まった後、西のスパンブリ方面に流さず、東のチャオプラヤ川からシンブリー、アユタヤ方面に流してしまったことだ。スパンブリは今でも乾いている。

 

過ぎ去ったことを言っても、今はしかたない。
今、やるべきことは、バンコクの東にいくつかの運河を使って、水を流出させることだ。運河は過去、浚渫されたことがなく、
難しいことだったが、今は浚渫がすみ、99台のポンプを使って、一日3000万㎥の水量を排出できる。

これを含めて、政府は今、すべての川と運河で、一日4~5億㎥の水を海に送り出せる。


従って、100億㎥の水を排出するのに、なお20日以上かかるだろう
なぜもっと速いペースで水を送り出せないのかというと、
運河は、灌漑用にゆったり流れるよう作ってあり、洪水の排水用ではないからだ。
今後は;、洪水の排出機能も付加するよう考えていかなければならないだろう。

 

バンコクはどうなるかと言えば、私は市内は大丈夫だと思う。
ポンプも備えた排水設備が広がっているからだ。
最も洪水の影響を受けるのは、東と西の地域、ラット・クラバン、ランシット、ミン・ブリ、クロン・サムワといったところだと思う。

それらの地域は、土地によって、1~2mの深さになるかもしれない。


今後2~4週間、バンコク周辺は洪水だと思って、避難してほしい
水は1日に2~3cmずつ増えるが、障壁が増えるに連れて、
運河や野原に水は多く流れ込む。

雨域は次第に北から南に移っている。

 

<引用終り>

詳細は以下参照ください。

http://uccih.exblog.jp/14806374/

 

 

要点は今後雨が降らなくても、排水に20日以上かかる。

専門家はそういっている。

雨が降れば20日以上が30日とか40日かかるかもしれない。

 

今浸水で苦労されている方、まだまだ浸水被害が続く事を覚悟されたほうが良い様だ。

 

今回初めて数字を挙げての開設であったので紹介する次第。

まだまだ苦労は続く。

 

だがシタタカなタイ人のこんな写真もある。

 

どっこい、負けるもんかである。

 

 

  1. タイiza
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2011-10-19 23:41

バンコクの7区に初の避難勧告 政府対応への批判高まる タイ洪水

バンコクの7区に初の避難勧告 政府対応への批判高まる タイ洪水


産経新聞 10月19日(水)20時58分配信【バンコク=青木伸行】

 

 タイの洪水被害は19日、バンコク北、東部の7区の住民に初めて避難勧告が出された。郊外のパトゥムタニ県などから南下する水がバンコクに迫るにつれ、政府の対応への国民の批判も高まっており、インラック首相は苦しい立場に立たされている。

 

 バンコクのスクムパン知事は同日、バンケン、サーイマイ、ノンジョーク、ミンブリ、クロンサームワー、ラークラバン、カンナーヤーオの7区の住民に、家財などを高いところに移し、24時間以内に避難するよう勧告した。知事はまた、冠水の危険性が高い地域の住民に、3時間ごとに水の流れや水位などの情報を提供するとした。

 

 バンコク近郊のチャオプラヤ川沿いの冠水地域では、堤防の決壊によって、所により4メートル近い水位が観測されており、政府は、南下を続ける水流が首都の防衛ラインを突破し中心部へ流れ込むことへの危機感を募らせている。

 

 このため政府は19日、首都を流れる川や運河の水位の上昇を避けるため、上流にある近郊の運河の水門6カ所を開き、水を放出した。放出すれば周辺地域にさらに水があふれるため、住民が反対していたが、政府は「首都の経済機能などを守るためのやむを得ない措置」としている。

 

 今年は5月からの雨期の降雨に加え、9月下旬から10月上旬にかけ、南シナ海からの台風、熱帯低気圧の影響で記録的な大雨が降り、大規模な洪水がもたらされた。

 これに加え、被害が拡大した要因として(1)ダムの放水量、時期の判断を誤った(2)気象観測レーダーなどが老朽化したまま整備されず、正確な気象情報の把握と予報ができなかった(3)政府の対策が後手に回った-などが指摘されている。

 被害が拡大する中で、政府が発する情報も錯綜(さくそう)し、私立アサンプション大の世論調査では、約87%が政府の情報は「頼りにならない」としている。

 

 このためインラック首相は19日、国民の信頼回復へ「政府は国民に事実を隠すことなく、すべて伝える」と表明した。

 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111019-00000601-san-int

 

<引用終り>

 

 この記事には書いてないが、今回の勧告で約100万人が避難対象になったとされている。

 

今回のバンコク市内の避難対象区の位置はこんな所。

赤丸内はタイの表玄関、スワンナプーム国際空港である。

スワンナプーム国際空港の直ぐ北側、ラートクラバンと言う地名が書いてある。

英語表記はLat kra bang 又は  Lard kra bang で日本人の耳には「ラッカバン」と聞こえる。

ここにはタイの物流の心臓部、ラッカバン・インランド・デポがある。

ここが浸水したらタイの物流は麻痺状態になる、そんな重要な地区。

 

 

そしてこの洪水被害、衛星写真による地図を見るとこうなっている。

青い範囲が浸水している所。広大な土地が浸水している事が分かる。

 

 

地図の下側、太い赤線がバンコクである。

細い赤線は県境を示す。

(バンコク周辺の県はドレも小さい)

 

それからコレは余談だが、青い浸水域の周りに「何とかburi」と言う地名がいくつか見える。(黄色のアンダーラインで表示)

この「何とかburi」と言う地名は昔からの地名で、昔の海岸線に沿っている。

 

この様な天災が襲ってみると、昔海だったところが現れてくると言う一つの証拠である。

 

日本でも東日本大震災で津波に襲われた所は昔海だった所だった。

愛知県では伊勢湾台風で津島・弥富など尾張部で浸水被害が発生した。

この時も浸水域は昔海だったところ。

そしてこの時顔を出した昔の波打ち際には縄文時代の貝塚が並んでいた。

 

天災があると昔の自然が顔を出す、そんな事を念頭に置いて防災を考える必要がある。そんなことを考えさせられる。

  1. タイiza
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2011-10-19 10:39

高まるインラック政権への不信感…タイ洪水<ばら撒き政権の統治能力はこんなもんです

高まるインラック政権への不信感…タイ洪水

読売新聞   10月19日(水)1時6分配信

 【バンコク=深沢淳一】タイの大洪水が首都バンコクに迫る中、インラック政権が発する情報や危機管理能力への不信感が急速に高まっている。

 タクシン元首相が実権を握る政権側と、同氏に反目する軍やバンコク都知事の連携が不十分との見方も広がっている。

 スクムパン都知事は18日、バンコクとパトムタニ県の境界付近の運河を視察後、記者団に「バンコクは引き続き危険な状況だ」と指摘した。これに対し、政府の洪水対策センターのトップ、プラチャ法相は「首都は被害を受けない。住民はパニックにならないように」と即座に懸念を打ち消した。

 知事は、7月の選挙でタクシン氏の妹インラック首相のタイ貢献党に敗れた民主党の大物党員。「都民に避難を命じるのは私だ」と強調し、「首都防衛」の指揮官をアピールする。首都の危機を巡る政権側と知事の見解の違いに、政治的な思惑があるのは否めない。

 

<引用終り>

 

高架橋に避難したクルマ

 

水さえなければ、賑やかな商店街だが

 

 

ばら撒き政策で政権の座に着いたタクシン派、

だが首相は政治には全く素人のタクシンの妹、インラック。

 

ど素人に政治ができるのかと言う疑問が早くも露呈。

日本でも嘘八百のマニフェストで有権者を釣って政権に就いた民死党。

特にポッポは沖縄問題で馬脚を現し、

空き缶は東日本大震災と原発事故でその無能振りをさらけ出した。

そして野駄目泥鰌はその外交無知で今右往左往。

 

ばら撒き政権は何処も同じである。

美人だけでは国民はババを掴むだけ、

日本にもいましたねえ、美人だけがとりえの襟立てメストカゲが・・・

 

  1. タイiza
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2011-10-15 10:28

タイの洪水に関しての漫画

 タイの洪水がいよいよバンコクに迫っている。

 

所でそれに関しての面白い1コマ漫画があった。

流石漫画家、タイ人の心情をうまく言い表している。

作者はバンコク在住のフランス人漫画家。

 

 

 

 

漫画のタイトルは

「バンコクは50年来最悪の洪水に直面している」

 

そして農民が言っている「burden」は重い荷物と言う意味。

だから「都市の人も我々の重荷を分担してくれ」

 

 

金持ちが言っているのは

「オレは1万バーツの靴を履いているがお前達はサンダルだろ、

失う物なんか何も無いだろ。」

である。

 

これが今のタイの国民感情をズバリ表現している。

 

そしてこれからタイが更に発展して行く為の最大の課題である。

しかし答は難しい。

 

 

そしてこんな漫画も

 

 

溺れかけている象が持っている国旗は、

左からラオス、タイ、カンボジアベトナムである。

問題はタイ国内だけではないのだが・・・

  1. タイiza
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2011-10-13 20:47

出安居が終わったら<タイの田舎は水牛レースの始まりです

  昨日12日は満月であった。今年は良いお月見が出来ました。

 

さてタイでは10月の満月の日をオークパンサー(出安居)といって僧侶が寺篭りから出ても良い日とされている。

7月の満月の日をカオパンサー(入安居)といって僧が寺に篭る日。

そして10月の満月の日は僧が寺篭りから出ても良い。

 

雨季で洪水の中を僧侶がウロウロしては危ないのでこんな事になったのだとか・・・

 

 

 

さてそれはともかくオークパンサーになると、バンコクから東へ100キロほど、チョンブリ県では水牛レースが始まる。

 

 

この水牛レース、結構有名なのだがなかなか見る機会が無い。

 

実は私も本物のレースは見たことが無い。

アチコチで練習しているのでそれを見ただけ、

デッカイ水牛がドカドカ走るので結構迫力はあるのだが、今年は見に行くぞ、何時何処でやってるんだ、そんな事を聞くと「スイマセン、今年は終わりました・・・」

そうこうしている内に今になってしまった、残念。

 

 

所でこの水牛、タイ語は「クワーイ」と言うのだが、

水牛と言う意味のほかに「のろま」と言う意味がある。

 

気をつけないと後でタイ人が「ヘッヘッへ、短足さん、クワーイ!」と言っているかも知れない。

 

あぶない、あぶない・・・

  1. タイiza
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2011-10-12 10:30

洪水で一番困る物<タイの事情です

  昨日のタイ料理店の話の続きです。

ママさん(タイ人)が田舎の家に連絡したときの事。

一番困っているのがトイレ、そう言っていました。

 

 

今日本ではトイレは屋内にあるのが普通ですが、昔は外に造ってありました。

それと同じでタイは今でも別棟です。

なぜかというと

 

この写真はいずれも高床式住宅の一例として紹介。

 

 

 

田舎は何処の家でも大抵こんな家。

ただしトイレは勿論屋内には無く別棟。

だから少々の水は大丈夫だがトイレだけが問題と言う事。

 

 

 

 

でもトイレだけでなく食事を作るのも大変だと思うと、どっこいこんな手があるのだ。

 

 

これは今回の洪水で水没したアユタヤ県での写真。

なあに少々の水くらいヘッチャラ、こんな調理法もあるんだ・・・

タイ人はなかなかシタタカである。

 

 

 

がしかしトイレだけはどうにも成らない、

その訳は、

これがタイの伝統的なトイレ、どんな田舎でも水洗式である。

 

 

用足し後はトイレットペーパーは使わない。この写真は水道があるが、無ければ水がめがある。用足し後は水で洗うのである。

 

水洗式?? 

実はタイの伝統的なトイレの構造はこんなである。

上の写真の下はこんなものと理解してください。

 

<水野潮氏の「タイの常識非常識」より引用>

 

さてだから洪水で浸水しても食べることは何とかなる。

しかし用足しが問題なのだという。

 

では如何するか、垂れ流し以外に方法は無い。

だから洪水の時の水はとても汚いわけだ。

 

でも飲み水も無くて困るだろうと言うと、

これがタイの水源、天水受けの甕。

 

 

これは田舎のお寺の写真なので雨水受けの甕が沢山並んでいる。普通の民家ではコレが1個から3個くらい。

タイは元々水質が悪いので、飲み水は雨水をためて使っている。

だから少々の洪水には強いわけである。

 

タイの洪水報道の裏はこんな生活があるというお話。

  1. タイiza
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2011-10-11 21:55

クン・オップ・ウンセンを食べました

  昨日家族でタイ料理を食べに行った。

店に入るとタイ人のママさんはやっと話の分かる人が来たと言ってペラペラ喋りだす。

タイの事情がある程度分かる人で無いと会話にならないので、話の分かる人が来たのが嬉しいらしい。

家族は何を喋っているやらチンプンカンプン。目を白黒させるばかり。

 

ママさんの話は彼女の実家が水害で大変。

実家は当然高床式住宅だが、水は階段の中ほどまで来ているらしい。

特に困っているのがトイレだそうだが、尾篭な話は後回し。

今日はその時食べたタイ料理を紹介したい。

 

 

コレはクン・オップ・ウンセンと言って、春雨と海老の蒸し物。

 

鍋に春雨と海老をドバッと入れ、醤油味で蒸し上げたもの。

日本では想像もつかない味だがとても美味しい。

私の好きなタイ料理の一つである。

タイの地元レストランでは片手鍋(行平鍋のような物)で調理し、そのままテーブルに出てくる。

 

 

これはパットパッコム、ニンニク風味の野菜炒め。

 

 

プー・パット・ポンカリー、カニカレーである。

 

私の娘はコレが大好物、コレとトム・ヤム・クンが有ればご機嫌である。

 

 

尚この店の器類は全部タイから持ってきたもの。

だから器の青い色の模様(呉須絵:酸化コバルトの絵の具でかいた模様)はタイオリジナルである。

 

クン・オップ・ウンセンと入れた器の口元が少し可笑しいのは、製造上の理由による。

こんな器は今の日本では作られていない。

 

次回は洪水でトイレで苦労した話を・・・

  1. タイiza
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