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2017-07-16 15:04

 ユダヤ難民の生命を救った東條、樋口両将軍の話<追記あり

 今発売中の雑誌WiLL-2017年8月号に「日本人とユダヤ人の絆」と題するユダヤ教ラビ マービン・トケイヤー氏の寄稿文が載っている。トケイヤー氏は今年2月に旭日双光章を授章されたので、その授章式での話を翻訳しまとめたものらしい。

ここで大変興味深いことをトケイヤー氏が話している。
(東京裁判で処刑された)東条英機首相(将軍)と樋口将軍はユダヤ人2万人の命を救った恩人である。この偉業を是非アメリカで紹介したい、この為のテレビ番組をアメリカのNHKに相当するテレビ局に制作を依頼し、これを放送するための準備をしている。こんな話である。

 東京裁判に関しては、扱い方によってはアメリカの不法な裁判とか、いろいろ問題が噴出する可能性のある話。どんなものになるかは見てみないと分からないが、まだこれから作る話なので、先ずはトケイヤー氏の言っていることを紹介したい。
GHQによる不法な洗脳を解く一つの手がかりになるかも知れないと期待・・・)
尚この寄稿文は話が飛び飛びになっているので、全文は末尾に添付しました、参考にしてください。

* 追記あり
このユダヤ人救出に関して「よもぎねこさん」が日本の対応についてまとめているので該当部分を引用、本文末に追記します(トケイヤー氏の記事全文の前)。



<以下「雑誌WiLL-2017年8月号」より抜粋引用>

日本人とユダヤ人の絆
両民族は世界史の中で孤立してきたが、これほど共通点が多いとは

マービン・トケイヤー ユダヤ教ラビ
訳/高山三平

旭日双光章を授与されて

 今年の二月六日に、私はニューヨークにおいて、日本のニューヨーク総領事の高橋礼一郎大使から、旭日双光章を授与された。・・・以下略・・・

(引用者注:サブタイトルがあるが、中身と合わない(編集ミス?)ので省略)
・・・中略・・・
 私は講話(授章記念式での講話)のなかで、一九三八年にハルビン特務機関長の樋口季一郎少将が、上司の東條英機関東軍参謀長の裁可を得て、ソ満国境まで逃れてきた二万人のユダヤ人難民を、ナチスの魔手から救出した事実に触れた。杉原千畝領事代理がリトアニアで数千人のユダヤ人に、ビザを発給して救った、二年前のことだ。

 戦後の日本人は杉原を知っていても、なぜなのか、軍人を嫌っているために、東條と樋口による偉業について、語られることがない。

・・・

 アメリカ、イギリスをはじめとする諸国はドイツから逃れるユダヤ人を反ユダヤ主義から拒んで、門扉を固く閉じていた。この時に日本だけが、大量のユダヤ人を救ってくれた。
 近衛文麿内閣は一九三八年にドイツにおいてユダヤ人迫害が募ると、主要閣僚による五相会議を開いて『ユダヤ人対策要綱』を決定し、「人種平等の理念に立って、ユダヤ人差別を行わない方針」を確認していた。
 関東軍司令部も、ソ満国境に難民が到着した前月の一九三八年一月に、東條参謀長のもとで『現下二於ケルユダヤ民族施策要綱』を定め、「民族協和、八紘一宇ノ精神」に基づいて、差別しないことを決めていた。
 『アンネの日記』で知られるアンネ・フランクは、日本でも有名だ。アムステルダムの運河のわきの隠れ家には、多くの日本人観光客が訪れる。
 アンネの一家はドイツのフランクフルトに住んでいたが、父親のオットーが家族を連れてアメリカへ逃れようとして、アメリカ大使館と領事館に足繁く通ったが、入国ビザを拒まれた。一家は一九三四年に安全なオランダへ移ったが、ここでもアメリカ大使館から門前払いされた。  
 もし、アメリカに入国を許されていたとすれば、今日、アンネはアメリカで八十八歳で健在だったかもしれない。             
 東條、樋口両将軍がユダヤ難民の生命を救ったことは、世界がひろく知るべきである。 
                  
 一九三八年の満洲里に戻ろう。ドイツから逃れた大量のユダヤ人難民が、ヨーロッパからシベリア鉄道に揺られて、二月に満洲国の北端の満洲里駅のすぐソ連側にあるオトポールに、つぎつぎと到着した。ほどなくその数は二万人に脹れあがり、多くの幼児もいた。
 難民は原野に急造のテントをはり、バラックをこしらえて凌いだ。三月のシベリアは気温が零下数十度にまで落ちる。ソ連はユダヤ人難民の受け入れを拒み、ヨーロッパへ送り返そうとした。難民たちは満洲国へ入国することを、強く望んだ。
 ハルビンにあったユダヤ人居留民組織であったユダヤ人極東協会の幹部が、関東軍のハルビン特務機関長の樋口少将と会って、ユダヤ難民を救うように懇請した。
 樋口は決断し、新京(現、長春)に司令部があった関東軍参謀長だった東條中将に、難民の入国を許可するように求めた。東條がすぐに同意し、満洲国外交部と折衝したうえで、ユダヤ人難民を入境させることができた。
 樋口少将(後に中将)の令息は東京の大学教授だが、「父は東條参謀長が許可しなかったら、ユダヤ人難民が救われることがなかったと語った」と、証言している。
 松岡洋右満鉄(満洲鉄道)総裁が命じて、何本もの救援列車を仕立てて、満洲里まで派遣して、国境を渡った難民を運んだ。
 ドイツ外務省が日本政府に対して、大量のユダヤ人難民を満洲国へ入れたことに対して、強硬な抗議を行った。関東軍司令部へすぐに伝えられたが、東條中将は「当然な人道上の配慮によって行った」として、一蹴した。
 このなかの多くの難民が海路、敦賀に上陸したが、敦賀でも神戸でもどこでも、日本の官民が親切に扱ってくれた。
 東條参謀長は一九四一年に首相、松岡総裁は一九四〇年に外相となったが、ユダヤ人の恩人である。二人は東京裁判で戦勝国の正義によって裁かれ、東條大将は死刑に処され、松岡は公判中に病死した。
 イスラエルが独立を果たした後に、樋口将軍と、その副長だった安江仙弘大佐が、イスラエル国家によって顕彰された。
 私は二〇〇四年にイスラエルのテルアビブを訪れた時に、一九三八年にハルビンのユダヤ人極東協会会長だったカウフマン博士の長男の、八十歳になるセオドア・カウフマンと会ったが、「もし、父がジェネラル東條がユダヤ人を救ってくれたと知っていたら、東京裁判に当たって世界のユダヤ人が、ジェネラル東條を救うために、嘆願書を提出したにちがいない」と、語った。
・・・中略・・・
 日本は明治に開国した時から、人種平等の理想を求めてきた。それにもかかわらず、多くの日本国民が戦勝国が一方的に正しかったと思い込んで、自国の歴史を恥じているとしたら、残念なことだ。日本は東條、樋口両将軍の快挙を、大いに誇るべきである。
 いま、私は大きな夢を描いている。私は昨年、アメリカのNHKに当たる公共放送のパブリック・ブロードキャスティング・サービス(PBS)と交渉して、ユダヤ民族と日本との交流史を一時間番組にまとめて、全米に放映することを提案し、承諾の文書をもらった。
 私はこのなかで、東條、樋口両将軍が二万人にのぽるユダヤ難民を救った史実を、大きく取り上げたいと思っている。
 私は優れたドキュメンタリー番組を製作してエミー賞を受賞したダン・ポーリンと、エレン・ロドマンの二人のプロデューサーから、製作を引き受けるという、約束を取りつけている。
 ドキュメンタリーは、かつての満洲、敦賀、神戸などのロケをはじめ、救出されたユダヤ人の記録や、その時に幼かったろう本人、その子や、孫や、日本の関係者の証言を中心にして構成したい。私も必要があれば、語り部として登場しよう。
 もっとも、PBSは資金が潤沢なNHKと違って、自主製作する資金がないために、私たちが製作だけでなく、資金を準備しなければならない。私は製作するためには、おそらく百五十万ドル(約一億七千万円)から、ニ百万ドル(約二億四千万円)を必要としようが、出資や、募金で集められないか、思案している。
 私は日本では加瀬英明氏に相談しているが、加瀬氏はユダヤ・キリスト・イスラム教の優れた研究者であって、私の著述にあたって、多年にわたって力を貸してもらった。私は授勲式の講話を加瀬氏に対する謝辞で、締めくくっている。

<引用終り>


トケイヤー氏は日本国民が戦勝国が一方的に正しかったと思い込んで、自国の歴史を恥じているとしたら、残念なことだ」とか「日本民族は、歴史を通じて人種差別を行ったことがない」、或いは日本は聖徳太子による十七条憲法が定めたように、つねに合議を重んじてきた。十七条憲法は世界最古の民主憲法である」、こんな風にいいことをたくさん言っている。

しかし単に日本の良い所が如何こうではなく、2万人ものユダヤ人の命を救ったこと。そして救われた人やその子孫の話をドキュメンタリーにして公開する。これは素晴らしいことだと思う。
GHQによる洗脳、自虐史観からの脱却のためにもこんな活動がぜひ必要で、ドキュメンタリーの完成と公開が待たれる話である。


* 追記あり
よもぎねこさんの以下記事に、ユダヤ人救出に関して纏めがありますので引用追記します。
該当記事
2014-02-25  アンネの日記破損事件について」
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-4651.html
<以下引用>
 実際日本には歴史的に反ユダヤ主義はありません。 ユダヤ人が日本に定着した歴史が無いのだから当然です。 

 日本がナチスドイツの同盟国だった時も、日本はナチスドイツの反ユダヤ主義には全く同調していません。 それどころか日本は当時の世界の中では、最もユダヤ人を公正に扱った国です。

 東条内閣は人種差別をしない事を明言しており、外国人は人種ではなく国籍に応じて応じて扱いました。

 だからドイツ国籍のユダヤ人(厳密に言えば当時はイスラエルと言う国はなかったので、ユダヤ教徒のドイツ人或は先祖がユダヤ教徒だったドイツ人)は普通にドイツ人として、つまり同盟国民として扱いました。

 だから当時ドイツを追われたユダヤ人が多数日本にやって来ました。 例えばその中には多くの音楽家が居て、これらの人々が音大教授や指揮者となった事で、日本のクラッシク音楽のレベルが一気に上がったのです。

 またヨーロッパからシベリア鉄道経由で満州国に逃れたユダヤ人も、日本政府が受け入れて保護しました。

 中国に逃げ込んだユダヤ人達を上海の日本租界で保護しました。 当時中国大陸には他のヨーロッパ諸国も租界を持ていましたが、何処もユダヤ人を受け入れたりしていません。

 杉浦千畝のエピソードは有名ですが、しかし彼がユダヤ人達の為に独断で発行したビザだって、日本政府が認めたからユダヤ人達が日本に入国できたのです。 しかもあのビザはオランダ領キュラソー島への通過ビザでした。

 キュラソー島と言うのはカリブ海の小島ですが、こんなところに行って暮らせるユダヤ人はいませんから、彼等がアメリカやその他安住できそうな移住先を見つけるまで、日本での滞在を許したのも日本政府です。
 更に移住先を見つけられなかったユダヤ人達には、日本滞在も認めています。

 ビザ発行を決断したのは杉浦千畝一人ですが、しかしそれでユダヤ人が助かったのはその不正規ビザを認めて、ユダヤ人達の便宜を図った当時の日本政府の決断なのです。

 勿論これらのユダヤ人保護政策にはドイツからの大変な反発がありました。 でも当時の日本政府はユダヤ人保護の姿勢を最後まで貫いたのです。

 現在NYのホロコースト記念館では東条英機の写真をヒトラーと並べているそうですが、しかしこのような歴史を見れば、これは実に不当な対応です。

 むしろユダヤ人代表が靖国神社に参拝して、東条英機や当時の日本政府首脳に感謝しても良いぐらいでしょう。

 だって当時の連合国だって実はドイツの反ユダヤ政策なんかには全然反対もしなければ、ましてユダヤ人保護などには極めて消極的だったのですから。
<引用終り>





<以下は雑誌WiLL-2017年8月号●p214ーp222の全文です。ご参考までに>

授勲式にて

日本人とユダヤ人の絆
両民族は世界史の中で孤立してきたが、これほど共通点が多いとは

マービン・トケイヤー ユダヤ教ラビ
訳/高山三平
WjLL-2017年8月号●214ー222


旭日双光章を授与されて

 今年の二月六日に、私はニューヨークにおいて、日本のニューヨーク総領事の高橋礼一郎大使から、旭日双光章を授与された。
 高橋大使は授勲式に当たって、私の功績について「日本とユダヤ民族との間の理解を深めた」と前置きして、私か一九六〇年代に日本に赴任するようになってから、日本を世界に紹介することに力を尽くしたと、述べた。
 私はこの日、式典に集まったユダヤ人会衆を前に、短い講話を行った。
 今年で八十歳になるが、天皇陛下と日本政府からこのような栄誉を授けられるとは、夢にも思わなかったので、深く感謝している」といって「ラビとして皆さんとともにアーメンを唱えたい」と述べると、会衆が「アーメン」と唱和した。
 「アーメン」(かくあれかし)は、ユダヤ教の分派であるキリスト教によっても、使われている。
 私か新妻とはじめて日本に渡ったのは、一九六七年のことだった。前の年に、突然、上級のラビから日本のユダヤ人社会のラビとして働くように求められ、「日本はユダヤ人の日本への貢献を認めており、またユダヤ人を助けてくれた国だから、君にとって大きな収穫があるだろう」といわれた。
 日本に到着すると、すぐに「ある重要な人物と会うことになる。天皇の弟宮のごI笠宮殿下だ」と告げられた。殿下はヘブライ史の研究者で、聖書の権威でもあった。
 三笠宮殿下にはじめてお会いした時に、私は「何をすればよいでしょうか」と、尋ねた。
 すると、殿下は「二つある。一つは日本人にユダヤ人についての知見・知識を広めること、もう一つは同じように、ユダヤ人の問にH本についての知見・知識を広めてほしい」と、いわれた。
 それ以後、私は殿ドと約五十年にわたって親しくさせていただいた。
 殿下は東京・麻布のシナゴーグ(ユダヤ人教会)で祈祷するのに当たって、何回か流暢なヘブライ語で先導をしてドさった。
 私は講話のなかで、日本とユダヤ民族の交流史に駆け足で触れた。

ポグロム

 そのなかの一人が、ルイス・アルメイダだった。
 「アルメイダは一五五七年に日本で初めて西洋医学病院を開いたが、ポルトガル系ユダヤ人だった。現在でも大分県にその名前を冠した病院が、存在している」
 西洋諸国がアジアへ進出するのとともに、多くのユダヤ人が日本を訪れた。
 もっとも、当時はキリスト教徒によって残酷なユダヤ人迫害が、全世界にわたって行われていたから、これらのユダヤ人は全員がキリスト教に改宗したことを装っていた。
 「東京大学で教鞭をとった日本で最初の歴史学者は、ドイツ系ユダヤ人のルイス・リーゼたった。イスラエル国歌を作詞したナフタリ・インバーは明治天皇を敬って、多くの詞と曲を捧げた」
 このような例ぱいくらもあるが、私はアルペルト・モッセをあげた。モッセはユダヤ系ドイツ人で、明治憲法の起草を助けたことで知られ、日本に招かれて内閣顧問となった。
 「モッセはモーゼを意味する。一九四〇年にモッセー族が、ベルリンの日本大使館によって保護され、ナチスの強制収容所へ送られるのを免れた」と、注釈を加えた。
 私はジェイコブ・シフ、ヨセフ・トランペンドールなど多くのユダヤ人の業績や、挿話に触れた。
 シフは日露戦争において、大きな役割を果たした。日露戦争前夜に日本の国家予算はロシアの十分の一、外貨保有額もほぽ同じことだった。誰も世界に対して開国してから、まだ三十年しかたっていない小国の日本が、ロシアに勝つとは思わなかった。
 シフは、ニューヨークのクーン・ローブ投資銀行を経営していたが、世界中のユダヤ人に呼びかけて、日本が日露戦争の戦費を賄うために発行した国債の半分以上を、ユダヤ人が引き受けた。シフは戦後日本に招かれ、明治天皇から陪食を賜り、最高勲章を贈られた。
 シフが日本を助けたのには、大きな理由があった。ロシア語で「ポグロム」というが、今日でもユダヤ人だったら、誰でも知っている恐ろしい言葉だ。ユダヤ人村を襲って焼き、虐殺する迫害が行われていた。世界のユダヤ人が、ロシアと戦う日本を援助したのだった。

 昭和天皇のお言葉

 私は一九六〇年代に、当時のモシエ・バルトゥール駐日大使から、東京に着任して昭和天皇に信任状を捧呈した時に、陛下から「日本民族はユダヤ民族に対して感謝の念を忘れていません。かつてわが国は、ジェイコブ・シフ氏に大変お世話になりました。われわれはこの恩を決して忘れることはないでしょう」という、お言葉をいただいたことを聞いた。
 私はこの話を、親しい評論家の加瀬英明氏にしたところ、入江相政侍従長から「昭和天皇は歴代のイスラエル大使が信任状を捧呈するたびに、『われわれはユダヤ民族から受けた恩を忘れない』とおっしゃった」と聞いたと、教えられた。
 トランベルドールはロシアのユダヤ人だったが、日露戦争の旅順攻防戦で左腕を失いながら戦功を立て、最高勲章の聖ジョージ勲章をもらった。旅順要塞が陥落すると、日本に連れてこられたロシア兵捕虜のなかに、ユダヤ人が五百人あまりいた。
 トランベルドールは大阪府浜寺の収容所でユダヤ人捕虜を組織して、日本人の愛国心と尚武の心を学び、新しくパレスチナに生まれるべきユダヤ人国家は、日本を手本にすべきだと説いた。
 ロシアに帰った後、パレスチナと呼ばれたイスラエルに行き、イスラエル建国運動のリーダーの一人になった。イスラエル独立戦争中に戦死したが、息を引き取る前に「国のために死ぬほど光栄なことはない」といったが、浜寺で日本兵から教えられたのだった。
 トランペルドールは、イスラエル建国の英雄として教科書に必ず載っているが、日本の魂をイスラエル建国の原動力とした。私はイスラエルでトランベルドール博物館を訪れたが、「新生ユダヤ国家は日本のような国とすべきだ」という、トランペルドールの筆跡が展示されている。
 私は講話のなかで、一九三八年にハルビン特務機関長の樋口季一郎少将が、上司の東條英機関東軍参謀長の裁可を得て、ソ満国境まで逃れてきた二万人のユダヤ人難民を、ナチスの魔手から救出した事実に触れた。杉原千畝領事代理がリトアニアで数千人のユダヤ人に、ビザを発給して救った、二年前のことだ。

東條と樋口の偉業

 戦後の日本人は杉原を知っていても、なぜなのか、軍人を嫌っているために、東條と樋口による偉業について、語られることがない。
 授勲式の日は、私の生涯の最良の日となった。私は日本の姿を世界に知らせ、ユダヤ人の歴史と文化を日本に伝えることが、両民族の利益となると信じている。この努力を続けてゆきたい。
 日本人とユダヤ人は、遠く隔てられてきたというのに、多くの共通点がある。
 両民族は世界史のなかで孤立してきた。部族的で、一つにまとまろうとする傾向が強い。それでいながら、外界に対して燃えるような好奇心をもって、常によいものを吸収していこうとする。キリスト教でない民族のなかで、近代世界でこれほど成功した民族はない。
 日本人もユダヤ人も、自分たちが神によって祝福された人たちだと思っている。また清潔なものを好む。物理的な清潔さに、これほど気を遺う民族はいない。日本人とユダヤ人は、世界一教育熱心だ。
 神道とユダヤ教は集団の宗教であり、キリスト教と違って、個人の宗教ではない。ユダヤ人と日本人にとって神聖なものに形がなく、神が創ったすべてのよきものが神聖である。キリスト教のように、人間の形をした偶像を拝むことがない。
 日本民族は、初代の神武天皇が即位に当たって、詔勅で「八紘一宇」---世界は一つの家族であると説いたように、歴史を通じて人種差別を行ったことがない。ユダヤ人は世界に四散してから、世界の血が混じった。黒い肌のユダヤ人も、外観がアジア人と変わらないユダヤ人もいる。日本人とユダヤ人は、西洋から差別を受けてきたために、人種平等の世界を創ることを、強く願ってきた。
 ユダヤ人はローマ帝国によって紀元七〇年に祖国を失って世界に散り、それぞれ小さな社会を営むうちに、合議政治を行ってきた。日本は聖徳太子による十七条憲法が定めたように、つねに合議を重んじてきた。
 十七条憲法は世界最古の民主憲法である。

 日本人とユダヤ人は偶然だが、共通点が多い。
 イスラエルは天然資源を欠く小国なのに、世界の先端をゆく(イテク国家となっている。日本も人だけが資源であるのに、先進国の先頭に立っている。イスラエルを”小さな日本”日本を”大きなイスラエル”と呼ぶことができよう。

わが一族も追われて

 だが、日本人はユダヤ民族がキリスト教徒によって、いかに悲惨な歴史を強いられてきたのか、よく知らない。キリスト教が絶対の正義であって、ユダヤ人が悪だと決めつけていた。
 日本人はしばしば大震災などの天災に見舞われて、生命や家を失ったものの、同じ土地に暮らすことができたが、ユダヤ人はキリスト教徒によって殺され、住む土地を追われた。
 トケイヤー一族もスペインから追放されて転々として、ハンガリーに移った。私は幼時にアメリカに移住したが、親族の大多数がナチスの収容所で殺された。
 キリスト教はユダヤ教から分派することによって生まれたが、ユダヤ人を悪として見立てることによって、ユダヤ教から独立しなければ、発展することができなかった。
 アメリカ、イギリスをはじめとする諸国はドイツから逃れるユダヤ人を反ユダヤ主義から拒んで、門扉を囚く閉じていた。この時に日本だけが、大量のユダヤ人を救ってくれた。
 近衛文麿内閣は一九三八年にドイツにおいてユダヤ人迫害が募ると、主要閣僚による五相会議を開いて『ユダヤ人対策要綱』を決定し、「人種平等の理念に立って、ユダヤ人差別を行わない方針」を確認していた。
 関東軍司令部も、ソ満国境に難民が到着した前月の一九三八年一月に、東條参謀長のもとで『現下二於ケルユダヤ民族施策要綱』を定め、「民族協和、八紘一宇ノ精神」に基づいて、差別しないことを決めていた。
 『アンネの日記』で知られるアンネ・フランクは、日本でも有名だ。アムステルダムの運河のわきの隠れ家には、多くの日本人観光客が訪れる。
 アンネの一家はドイツのフランクフルトに住んでいたが、父親のオットーが家族を連れてアメリカへ逃れようとして、アメリカ大使館と領事館に足繁く通ったが、入国ビザを拒まれた。一家は一九三四年に安全なオランダへ移ったが、ここでもアメリカ大使館から門前払いされた。  
 もし、アメリカに入国を許されていたとすれば、今日、アンネはアメリカで八十八歳で健在だったかもしれない。             
 東條、樋口両将軍がユダヤ難民の生命を救ったことは、世界がひろく知るべきである。          
                  
東條・松岡はユダヤ人の恩人 
                  
 一九三八年の満洲里に戻ろう。ドイツから逃れた大量のユダヤ人難民が、ヨーロッパからシベリア鉄道に揺られて、二月に満洲国の北端の満洲里駅のすぐソ連側にあるオトポールに、つぎつぎと到着した。ほどなくその数は二万人に脹れあがり、多くの幼児もいた。
 難民は原野に急造のテントをはり、バラックをこしらえて凌いだ。三月のシベリアは気温が零下数十度にまで落ちる。ソ連はユダヤ人難民の受け入れを拒み、ヨーロッパへ送り返そうとした。難民たちは満洲国へ入国することを、強く望んだ。
 ハルビンにあったユダヤ人居留民組織であったユダヤ人極東協会の幹部が、関東軍のハルビン特務機関長の樋口少将と会って、ユダヤ難民を救うように懇請した。
 樋口は決断し、新京(現、長春)に司令部があった関東軍参謀長だった東條中将に、難民の入国を許可するように求めた。東條がすぐに同意し、満洲国外交部と折衝したうえで、ユダヤ人難民を入境させることができた。
 樋口少将(後に中将)の令息は東京の大学教授だが、「父は東條参謀長が許可しなかったら、ユダヤ人難民が救われることがなかったと語った」と、証言している。
 松岡洋右満鉄(満洲鉄道)総裁が命じて、何本もの救援列車を仕立てて、満洲里まで派遣して、国境を渡った難民を運んだ。
 ドイツ外務省が日本政府に対して、大量のユダヤ人難民を満洲国へ入れたことに対して、強硬な抗議を行った。関東軍司令部へすぐに伝えられたが、東條中将は「当然な人道上の配慮によって行った」として、一蹴した。
 このなかの多くの難民が海路、敦賀に上陸したが、敦賀でも神戸でもどこでも、日本の官民が親切に扱ってくれた。
 東條参謀長は一九四一年に首相、松岡総裁は一九四〇年に外相となったが、ユダヤ人の恩人である。二人は東京裁判で戦勝国の正義によって裁かれ、東條大将は死刑に処され、松岡は公判中に病死した。
 イスラエルが独立を果たした後に、樋口将軍と、その副長だった安江仙弘大佐が、イスラエル国家によって顕彰された。
 私は二〇〇四年にイスラエルのテルアビブを訪れた時に、一九三八年にハルビンのユダヤ人極東協会会長だったカウフマン博士の長男の、八十歳になるセオドア・カウフマンと会ったが、「もし、父がジェネラル東條がユダヤ人を救ってくれたと知っていたら、東京裁判に当たって世界のユダヤ人が、ジェネラル東條を救うために、嘆願書を提出したにちがいない」と、語った。
 目本の高級軍人や官僚が、ユダヤ民族に親近感をもったのは、ユダヤ人が日露戦争に当たって助けたためだけではなかった。多くの軍人や官 僚がヨーロッパに在勤した時に、白人が人種差別から下宿人として受け入れなかったが、ユダヤ人家族には歓迎された。
 日米開戦時と終戦時の東郷茂徳外相は、朴茂徳を日本名に改めた朝鮮人だったが、大使館書記官としてベルリン勤務時代に、下宿先のユダヤ娘エディータを夫人としたし、海軍大臣となった米内光政大将も、青年将校としてドイツに在勤した時に、ユダヤ人家庭に下宿した。樋口少将はシベリア出兵中に、ユダヤ人の家に泊っていた。
 杉原千畝の。生命のビザ゛の物語は日本だけでなく、世界に知られているが、日本の左翼勢力によって、大きく歪められてしまっている。

杉原は有能な諜報部員

 日本では、杉原が日本政府の方針に背いて、ユダヤ人難民に。生命のビザ゛を発給したために外務省から譴責され、追われたとされているが、これは大きな嘘だ。
 杉原はいわゆる、生命のビザ゛を発給した後に、昭和天皇からリトアニア勤務までの功績によって、勲章を授けられ、領事代理より格が上の駐ルーマニア日本公使館三等書記官に昇進している。終戦直後に退官したのは、アメリカ占領下で日本が外交権を失ったために、外務省職員の三分の二が退職を強いられており、追われたのではない。
 杉原は有能な諜報部貝だった。外務省を退職した時には、外務次官から特に功績を労う直筆の手紙とともに、功労金まで贈られている。
 日本は明治に開国した時から、人種平等の理想を求めてきた。それにもかかわらず、多くの日本国民が戦勝国が一方的に正しかったと思い込んで、自国の歴史を恥じているとしたら、残念なことだ。日本は東條、樋口両将軍の快挙を、大いに誇るべきである。
 いま、私は大きな夢を描いている。私は昨年、アメリカのNHKに当たる公共放送のパブリック・ブロードキャスティング・サービス(PBS)と交渉して、ユダヤ民族と日本との交流史を一時間番組にまとめて、全米に放映することを提案し、承諾の文書をもらった。
 私はこのなかで、東條、樋口両将軍が二万人にのぽるユダヤ難民を救った史実を、大きく取り上げたいと思っている。
 私は優れたドキュメンタリー番組を製作してエミー賞を受賞したダン・ポーリンと、エレン・ロドマンの二人のプロデューサーから、製作を引き受けるという、約束を取りつけている。
 ドキュメンタリーは、かつての満洲、敦賀、神戸などのロケをはじめ、救出されたユダヤ人の記録や、その時に幼かったろう本人、その子や、孫や、日本の関係者の証言を中心にして構成したい。私も必要があれば、語り部として登場しよう。
 もっとも、PBSは資金が潤沢なNHKと違って、自主製作する資金がないために、私たちが製作だけでなく、資金を準備しなければならない。私は製作するためには、おそらく百五十万ドル(約一億七千万円)から、ニ百万ドル(約二億四千万円)を必要としようが、出資や、募金で集められないか、思案している。
 私は日本では加瀬英明氏に相談しているが、加瀬氏はユダヤ・キリスト・イスラム教の優れた研究者であって、私の著述にあたって、多年にわたって力を貸してもらった。私は授勲式の講話を加瀬氏に対する謝辞で、締めくくっている。

マーピン・トケイヤー
一九三六年ニューヨーク生まれ。一九五八年ラビを餐成するイェシバ大学を卒業。六二年ジューイッシュ・セオロジカル・セミナリー(ユダヤ神学校)にて、ラビの資格を取得、八七年同校より博士号を授けられる。六七年フランス・ロスチャイルド家の基金により、東京広尾にある日本ユダヤ教団の初代ラビとして派遣され、七六年までの十年間、東京で活動する。著書に「ユダヤ5000年の教え」(実業之日本社)、「聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史」(徳間書店)など多数。
●WiLL-2017年8月号

  1. 海外
  2. TB(0)
  3. CM(8)

2017-04-14 09:22

海外での流言飛語の事例

 北朝鮮情勢が緊迫の度を加えている。NHKでも「邦人退避」なる言葉まで出てくるようになった。

以下はそれを伝えるNHK報道
北朝鮮情勢 邦人退避想定含め万全の態勢を 官房長官
4月12日 13時06分


 さてこんな時恐ろしいのが流言飛語(流言蜚語)である。特に韓国ではこの流言飛語でとんでもない事件が起こることがあり、被害にあわぬよう注意が必要だ。

そこで私がタイ時代に体験した流言飛語がどんなもので、どう対策したのか 、古い話だが参考になると思うので書いてみたい。


事件は1999年12月の深夜発生した。場所はタイ国のバンコクより東南120キロにあるタイオイル・シラチャ製油所。この製油所の巨大な自動車ガソリン用大型貯蔵タンク(貯蔵量150万リットル)が大音響とともに爆発炎上、火災は42時間に渡って燃え続け、タイ国内にあった全ての化学消化剤(同社や他社の製油所・空海軍からも持ってきたが)を使用しても消えず、シンガポール軍の輸送機で52トンもの消火剤を運び、やっと消し止めた。
この事故による死者は消防士を含め7名となる惨事であった。

この写真は事故後36時間ほどのモノ

2017-4-13タイオイル爆発火災 
  住民はほとんど逃げており、カメラマンなどがいるだけ
  しかしこんな近くでも別に制止されるわけでもなく、自由に入っていけた。
 
この事故の特徴は、爆発と同時に巨大な低周波音・・つまり人の耳には聞こえない大音響・・が発生したこと。
周辺の民家や工場はこの低周波音の為爆風が無いのに窓ガラスがほとんど全部破壊され、天井のボードも落下した。特徴的なのは建物の爆発現場と反対側の窓ガラスも割れていたこと(だから風とか飛散したものが原因ではない)。
被害は非常に広範囲に及び、私が確認した限りでも約7キロ先まで被害がでていた。
 
この低周波による被害、科学的知識の乏しいタイ人には何かとんでもない恐ろしいことが起こっていると受け止められたようだ。(余談ではあるがタイ人はお化け・妖怪の類い(タイ語でピーと言う)の存在を真剣に信じており、人に悪さをすると思っている)
 
現にこの現場から数キロはなれたところに住んでいたスタッフは
「突然大きな音と共に窓ガラスがびりびり振動し、パラリと割れ落ちた。風も無く物が飛んできたわけでもない。何か恐ろしいことが起こっているようだ」
この様に心底怖そうに説明してくれた。
 
ではこの様な事故でどんな流言飛語が発生したか
 
 私の会社は事故現場から約30キロ離れており、操業に支障は無く従業員も平常どおり出社してきた。勿論大きな事故があったことは知っていたが、その時点ではそれだけの事。
 
しかし事故から9時間後の朝9時頃から社内のざわつきが始まった。
携帯電話であちこちから情報が入り、事故に対する不安を広げているようだ。こんな時日本の常識は、噂に振り回されること無く、テレビやラジオのニュースで正確な情報をつかむこと。
 そこで食堂にタイ人幹部社員を集めテレビを見せ、正しい情報はこうだと分からせようとした、しかし逆に現地人マネージャーからは、会社は危険なので臨時休業にし従業員を帰宅させるべきと言ってくる。
 
テレビではリポーターが現場から火災を背にリポートしている。
何を言っているか通訳させてみると・・・、
「火災は隣接するタンクへと次々に誘爆、現在4基のタンクが炎上中、さらに隣接するタンクにも危険が迫っている。しかし消火に手こずっている。(これは事実だった)」
 そして
「もしさらに火災が拡大すると大変危険で、現場から半径5キロ以内の人は避難するように」
 (注:半径5キロ以内といえば、原爆並みの爆発なのだが・・・)
 さらの午後になってからはテレビの報道はエスカレートし
大爆発が起きる恐れがある、現場から半径30キロ以内は極めて危険、避難するようにとか、現場から地下のパイプラインを通って炎が隣町まで到達する、こんな事を言い始めた。
 
従業員が動揺するので、全員に説明することにした。こんな時重要なのが「現地の言葉で、現地人が話すこと」。この為最初に現地人の技術屋のトップに事実として分かっていること、対処方法を理解させたうえで、従業員には私が英語で話し、タイ人技術屋がタイ語で説明することで従業員の動揺は何とか収めた・・・。
尚、この頃には危険区域が半径30キロから半径100キロまで拡大などという話も出てきていた・・・、どこかで聞いたことのあるような話ではありませんか?。
 
帰宅し夕食の為町に出ると(当時事故現場から6キロほど離れた町に住んでいた)、いつもはにぎやかな町が閑散としている、名物の屋台も殆ど店を開けていない、いつもは町を走り回っているタイ名物の三輪タクシー(トゥクトゥク)も姿が見えない。
行きつけの日本料理店で食事を注文し食べ始めると店の親父から、「従業員が怖がっているので今すぐ店を閉める、悪いが食べるのを止めて今すぐ帰ってくれ」と言われ、腹を減らして帰宅せざるを得ない始末。
(この町は住民の90%以上がその夜町から逃げ出したと言われている)
 
火災は翌日夕方鎮火し、その頃にはこの地域も平静を取り戻した。
 
後日色んな所からの情報等を総合すると、当日の様子はこうだった。
 
事故現場の隣の工業団地内の会社では、当日9時頃から従業員が恐怖に駆られ、ほぼ全員が職場放棄して会社を逃げ出した。
(近くの国道では走って逃げていくタイ人の長い列が出来ていたそうだ)
 
事故現場から十数キロ離れたところにある工業団地では大部分の会社が、そして30キロほど離れたところの工業団地でもかなりの会社が途中で臨時休業せざるを得なかった。
 
もぬけの殻となった町は「泥棒天国」となったらしい(笑)。会社の従業員も何人かが被害にあっている。
 
流言飛語で街はもぬけの殻、 では事実はどうだったのか。
 
全くの偶然だが、事故の1週間後、所轄消防署の係官から実態を聞く機会があった。
(以前から計画していた防火訓練で、まさにこの事故現場のまん前にある消防署から係官が来て訓練を実施)
 
所轄消防署の話
1)報道では4基のタンクが誘爆炎上と言われている、しかし事実は4号タンク1基だけが爆発炎上
 
2)非常に広範囲の地域の人が避難した様だが、消防署・警察では避難指示はしていない
  報道機関が勝手に言ったこと。
(だから私が野次馬よろしく事故現場近くまで行って、写真を撮っていても制止されなかった訳だ)
 
ここから教訓として以下のことが読み取れる。
 
大きな事件などが起こったとき、正しい情報をつかむことは非常に重要だ。その一番有力な手段がテレビ・ラジオ。しかしそのテレビ・ラジオと言えども「科学的知識の無いリポーターなどが感情的に話す」ことがあるので本当かどうか極めて怪しい。
(このケースはまさしくそれ、このことは日本人は東日本大震災で実感している) 
特に危険なのは地元の人に対してのインタビュー、地元の人は個人の意見として「怖いので逃げる」等と言ったりする。しかしこれが一度電波に乗ってしまうと「そのメディアの公式見解」になってしまう。だから誰か1人が怖いので逃げるというと「危ないからみんな逃げろ」になる。
 
さらに厄介なのが携帯電話、個人の思い込みがあっという間に拡散する。最近はスマホが普及し、ツイッターなどSNSは正しい情報のためには非常に重要だ。しかし思い込みを拡散することもしばしばある。注意が必要だと思う。
  
以上のことから海外にいる日本人としてどう行動するか?
 
実は紹介した事例はタイのものだが、韓国朝鮮には特に注意せねばいけないことがある。
それは韓国朝鮮、中国人に共通する残虐性だ。
敗戦直後の朝鮮半島で起こったことは色々なところで書かれているが、その典型がこれ。
『和夫一家殺害事件』-日本が負けた途端、育ててくれた日本人養母を強姦し、内臓をばら撒く鬼畜朝鮮人


そして最後には「自分の身は自分で守る」、当たり前だがこれしかないと思う。
 
だがしかしそのためには、
1) 信頼できる日本人との情報ネットワークを持つこと。この事例の場合、現地の日本人が業種やグループを超えたコニュニケーションのネットワークを持っており、これがうまく機能した。
 
2)現地の人が何を言っているのか把握すること。特に危険な流言飛語の場合、日本人は現地人が何で騒いでいるか分からない事が多い。
この事例の場合、半径30キロ以内の人は避難しろとテレビで言っていた。しかしこのことを知っていた日本人は半数にも満たなかった。
 
そして日本人にとって都合の悪いことでも報告してくれる現地人が必要で、常日頃この点に留意すべき。
 
 
最後に日本人ならどうしても日本国大使館に頼りたくなるが、その実態はこんな風であった。
 
日本とアメリカ、大使館の対応の違い
・  アメリカ大使館では当日昼過ぎ現地地域在住のアメリカ人に対し以下のような避難指示を出した。
「大変な災害の恐れが報道されている、しかし事実関係がどうなのか確認が取れない、
兎に角今日のところは、安全と思われるバンコク地区まで避難せよ。」
(この指示、もちろん翌日には解除されが・・・)
 
・ 日本大使館の場合
日本人も何人かが日本大使館に電話し、どうしたらよいか相談している、がその回答は
「えっ何かあったんですか?。あぁそうですか。
 いや特に大使館としては何も・・・、特別な指示は出していませんので・・、
  あぁアメリカ大使館はそうなんですか、
 それではそちらの方でよく状況を見て・・・、そちらで判断してください。」
 
大変残念だがこれが日本国大使館の実情であった。
 

最後に事態は日々緊迫の度を増している。
4月13日の参院外交防衛委員会で、安倍首相は北朝鮮について「(猛毒の)サリンを弾頭に付けて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」と述べたと報道されている。
安倍晋三首相「サリン弾頭の着弾能力を保有している可能性」 自衛隊のミサイル防衛の限界にも言及

韓国在住の方はよく考えて、迅速な対応をお願いします。いやこれは日本国内でも同じではないかと思います。

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2017-04-11 16:45

4/10放送 DHCテレビ「真相深入り!虎ノ門ニュース」

 アメリカがシリアにトマホーク59発を撃ち込んだことが大きく報道されている。
しかしこの攻撃の裏にあるものについては具体的には分かりにくい。そのあたりに事情を4月10日(月)のDHCテレビ(DHCシアターを改名)で青山繁晴さんが説明している。

青山さんによれば、これは『予行演習』であると。
また丁度このタイミングが絶妙のタイミングで、習近平との首脳会談をやっている、そこでこの攻撃が起こり、アメリカがやると決めたらやる、そう習近平に分からせた意味が大きいとも言っている。


動画は此れ

 DHCテレビ 4月10日(月)での青山繁晴さんの言っていること
この動画はNINJA300さんから紹介いただきました。



そして青山さんの発言を「ぼやきくっくり」さんが文字起ししてくださっている

■4/10放送 DHCシアター「真相深入り!虎ノ門ニュース」


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2017-04-09 18:38

海外安全対策に思う事

 「駐韓大使帰任、目的は邦人保護」についてエントリーしたのだが、コメント欄で都民ですさんから面白い情報をいただいた。
外務省が、なんとデューク東郷にテロ対策の依頼をしていました! 
「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」 
http://www.anzen.mofa.go.jp/anzen_info/golgo13xgaimusho.html

まあ中身は外務省も変わったなあという感じなのだが、もちろん外務省のやることなので「必要な情報はみんなHPに書いてあるから見てくんろ」となっている。


しかし海外で仕事をしてきた経験から言うと、『残念ながら日本の外務省・大使館ほど頼りにならぬ存在はない』、これが正直な所である。
その一例として、もう古い話だが1999年12月にタイ東部工業地帯での大規模な石油貯蔵タンク(内容物はガソリンだった)火災事故の件がある。何せタイ国内の消防庁や軍隊が保有する化学消火剤全部を使い果たしても消火できず、最後はシンガポールから消火剤を空輸し消し止めた。そんな大火災だったので深刻な流言飛語が発生し(拡散元はタイの地元テレビ・ラジオだった)、タイ人が大挙避難する大騒ぎだった。
この時、アメリカ大使館はいろんな報道から、「今は状況は良く分からないが、取敢えず避難」とアメリカ人には連絡した。(翌日になって状況が分かったら解除)
しかし日本大使館の反応は、「えっ、何かあったんですか?、そうですか・・・。こちらは何も聞いていないので分かりませんが・・・。アメリカ大使館は避難と言っているんですか、そうですか、それならそちらで判断していただいて、避難するのも手ですねえ・・・、まあ自己責任でお願いします」。これが日本大使館の反応だった。
日本人社会の混乱したものの、そこは冷静に対処したが、タイ人がパニックになって逃げだして”もぬけの殻”になった町は「ドロボー天国」と化した。
それからこの事件の半年くらい後で、私は駐タイ特命全権大使閣下と話をする機会があった。しかし当時着任して半年ほどだった大使閣下はこんな件は全くご存じない。(事件は大使の着任直前の出来事だったが)


一寸思いで話が長くなった。こんな事で海外にいる日本人にとって万一の時頼りになるのは「日本国大使館」だけ。だからそこからの情報はしっかり見ていただきたい。
がしかし、残念ながら日本国大使館ほど頼りにならないところも無いのが実態だ
だから情報は自分で複数の所から確認するしかない。こう心してかかるべきだと思う。



所で情報をいろんな所から入手すると、情報がばらばらという事がよくある。
例えば、ある人は丸という。ほかの人は三角という。別の人は四角という。じゃあいったい誰を信用したらいいか。

実はこんな時、私はこんな事例で説明している。こんな図形を見てほしい。

例えばこんな形のモノ
2017-4-9丸三角四角 
この図は下記ブログより拝借しました

面白いですね。ある面から見れば〇、別の面から見れば△、もっと別方向からは□に見える。これが世の中なのだと思います。


緊急事態になると、ある人は丸だ、いや三角だ、違う四角だ、こんな報道が乱れ飛ぶ。残念ながら不安をあおるのはテレビ新聞などである
そんな中で冷静に判断して、パニックにならぬよう今から準備してゆくことが大切なのだと思う。

次回は「武力攻撃やテロなどから身を守る」について書いてみたいと思います。
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2017-03-03 19:26

ユダヤ教とグローバリズム

 DHCシアターに大変興味深い番組がある。
私も昨晩スカパーで一部見たのだが、非常に興味深い内容だった。
その番組は、加瀬英明氏と馬淵睦夫氏の対談番組
題して
『日本らしい国づくり』 #07 ユダヤ教とグローバリズム
https://www.dhctheater.com/season/268/

2017-3-3加瀬英明と馬淵睦夫対談 





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2016-11-29 16:21

ルペンおばさんの話

 アメリカの外交問題評議会(CFR)が発行する国際政治経済ジャーナル「Foreign Affairs」に面白い記事があった。
来年春のフランス大統領選挙の有力候補マリーヌ・ルペンおばさんが投稿している。

2016-11-29ルペンおばさん 
マリーヌ・ルペンおばさん

このフォーリン・アフェアーズ・リポートは有料(それも高い)なのだが、無料で見られる最初の部分だけでも結構面白い。

<以下引用>
https://www.foreignaffairsj.co.jp/theme/201611_le_pen/
マリーヌ・ルペンとの対話
―― フランスの文化、独立と自由を取り戻す
マリーヌ・ルペン フランス国民戦線党首

「フランスは、欧州連合(EU)の一部であるときより、独立した国家だったときの方がパワフルだったと私は考えている。そのパワーを再発見することを望んでいる。EUは段階的に欧州ソビエト連邦のような枠組みへと姿を変えつつある。EUがすべてを決め、見解を押しつけ、民主的プロセスを閉ざしている。・・・メルケルは次第に自分がEUの指導者だという感覚をもつようになりその見方をわれわれに押しつけるようになった。・・・私は反メルケルの立場をとっている。テロについては、移民の流れを食い止める必要があるし、特に国籍取得の出生地主義を止める必要がある。出生地主義以外に何の基準もないために、この国で生まれた者には無条件で国籍を与えている。われわれはテロ組織と関係している二重国籍の人物から国籍を取り上げるべきだろう。・・・・」 (聞き手 スチュアート・レイド Deputy Managing Editor)
<引用終り>

ルペンおばさん、言っていることはまったく正論である。特にメルケルに関するこの部分
メルケルは次第に自分がEUの指導者だという感覚をもつようになり、その見方をわれわれに押しつけるようになった
これは昨年(2016年)3月に突然日本にやってきて、あろうことか来て早々アカヒ新聞で講演した、いくらなんでも安倍さんに会う前に「安倍の葬式は俺が出す」と公言してはばからない新聞社での講演、疑われても仕方ない。

さらに私がとても気になったのがこの写真、これは駐日ドイツ大使館のHPに載っている安倍メルケル会談の写真。よく見ると安倍首相の前には日本の国旗、メルケルの前にはドイツの国旗とEUの旗である。
2016-11-29メルケル訪日15年3月 
普通はお互いに自国の旗であるが、この会談ではメルケルはドイツの国旗とEUの旗を並べ、しかも自分の前の旗はEUの旗が手前、ドイツ国旗は向こう側である。(赤丸内参照)
私はこれを見てメルケルは自分がEUの親分と思っていると感じたのだが、ルペンおばさんもまったく同じことを言っている。メルケルは思い上がっているようだ。、
これからまだまだ波乱がある、そんなことを感じさせる話である。

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2016-10-08 11:29

アメリカ白人の死亡率上昇

 今こんな本を読み始めた。
『問題は英国ではない、EUなのだ  21世紀の新・国家論 』
エマニュエル トッド 著
文春新書  2016年9月20日刊

2016-10-7トッドの新刊

大変面白い本なのだが何せ難しい。ぼちぼち読んでいます。
しかし冒頭から気になる記述が・・・

「日本の読者へーー新たな歴史的転換をどう見るか?」
ここに
「アメリカでは、不平等の拡大、支配的な白人グループにおける死亡率の上昇、社会不安の一般化などの結果、ナショナルな方向への揺り戻しが始まっており、それを象徴しているのが、ドナルド・トランプやバーニー・サンダースのような大統領候補の登場です。」
こんなことが書いてある。

他の部分は私も大体知っていたのだが、「支配的な白人グループにおける死亡率の上昇」、これについては実は知らなかった。
そこでどんな事なのか調べてみた。


この死亡率上昇の研究論文が発表されたのが2015年11月2日、それを報道する11月4日のWSJ記事

米国で白人中年の死亡率上昇、依存症など要因
http://jp.wsj.com/articles/SB12055383950015144394104581334663298544334

実はこんな事例は日本でも起こっている。1998年に突如自殺者が年間3万人を超えた。それも劇的で1998年3月に突如自殺者数がポンと跳ね上がり、大騒ぎになったことがある。
この年間自殺者数が3万人以下になったのは2012年で現在も少しずつ減ってきている。
以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-642.html


こんなことを踏まえ、このアメリカの深刻な状況について考えてみたい。

いろいろ調べると、今年6月のNewsweekの記事が実態がよくわかるので、これを紹介したい。

<以下Newsweekより引用>
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/06/post-5278_1.php

トランプ現象の背後に白人の絶望──死亡率上昇の深い闇
2016年6月8日(水)17時35分
安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)

 米国の大統領選挙でドナルド・トランプの得票率が高い地域は、白人の死亡率(人口に対する死亡者の割合)が高い地域と一致しているという。その米国では、薬物・アルコール中毒や自殺など、白人を中心とした「絶望による死(プリンストン大学のアン・ケース教授による表現)」の増加が問題視されている。トランプ現象の背後には、死を招くほどの絶望が潜んでいるようだ。

「絶望による死」で死亡率が上昇

 2016年6月1日、米疾病予防管理センター(CDC)が、衝撃的な統計を発表した。米国の死亡率が、10年ぶりに上昇したというのだ(図1)。大きな理由は、白人による薬物・アルコール中毒や自殺の増加である。「絶望による死」の増加が、米国全体の死亡率を上昇させた。

2016-10-8アメリカの死亡率推移

「絶望による死」は、白人に集中している。CDCによれば、2000年~2014年のあいだに、米国民の平均寿命は2.0歳上昇した。しかし、白人に限れば、平均寿命は1.4歳の上昇にとどまっており、黒人(3.6歳)、ヒスパニック(2.6歳)に後れをとっている。白人に関しては、心臓病や癌による病死の減少が平均寿命を上昇させた一方で、薬物・アルコール中毒や自殺、さらには、薬物・アルコール中毒との関係が深い慢性的な肝臓病などが増加。平均寿命を押し下げたという。

トランプを選ぶ絶望

 死を招くような白人の絶望は、トランプ現象と重ねあわせて論じられている。

「トランプに投票するかどうかは、死が教えてくれる」
 
 2016年3月に米ワシントン・ポスト紙は、こんなタイトルの記事を掲載している。予備選挙の投票結果を分析すると、40~64歳の白人による死亡率が高い地域と、トランプ氏の得票率が高い地域が一致したという。同紙が分析した9州のうち、例外はマサチューセッツ州だけであり、テネシー州やバージニア州などでは、死亡率が上昇するほど、トランプの得票率も高かった。

【参考記事】「トランプ現象」を掘り下げると、根深い「むき出しのアメリカ」に突き当たる
http://www.newsweekjapan.jp/morley/2016/03/post-2.php

 この記事が注目されたのは、トランプ現象の背景にあると考えられてきた白人労働者の不満が、死と背中合わせの関係で浮かび上がってきたからだ。製造業などに従事する白人労働者は、グローバリゼーションや技術革新による雇用不安に加え、ヒスパニックなどの増加によって、社会的にもマイノリティ化していくことへの不安に苛まれている。その絶望が、選挙ではトランプ旋風を巻き起こす一方で、白人を薬物・アルコール中毒などの「絶望による死」に追い込んでいる、というわけだ。

【参考記事】「トランプ大統領」の悪夢を有権者は本気で恐れろ
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/05/post-5176.php

次のページ 絶望のシワ寄せは女性に

 白人労働者の絶望を示唆する調査結果も発表されていた。2015年9月にプリンストン大学のケース教授とアンガス・ディートン教授は、薬物・アルコール中毒などの「絶望による死」の増加を主因に、中年(45~54歳)の白人による死亡率が上昇していることを明らかにした。黒人やヒスパニックの死亡率は低下しており、白人でも中年における死亡率の上昇は学歴の低い層に限られる(図2)。まさに製造業などに従事する割合が高い人々である。

2016-10-7アメリカ白人死亡率
(引用者注:高卒未満と大卒以上??、では高卒はどうなるの??、と言いたいところだが、どうもこの文章を書いた人は日本語が苦手らしい。未満を以下に読み替えてください)

表面からは見えない絶望の広がり

 こうした調査結果からは、トランプ支持の中核をなす白人労働者が、死と背中合わせの絶望の淵にある構図が連想される。しかし、白人による死亡率上昇の現実は、トランプ旋風が示唆するより深刻である。絶望を感じている白人は、必ずしもトランプ支持者に限らないからだ。

 トランプの支持者は白人男性に偏っているが、実は死亡率が上昇しているのは白人の女性である。1990年と2014年を比較すると、むしろ男性の死亡率は低下している(図3)。都市部に住む女性の死亡率に大きな変化はなく、地方居住の女性における上昇が著しい。

2016-10-8アメリカ白人死亡率の変化


 年齢の面でも、中年に限らない広がりが出てきている。地方在住の女性では、25~44歳の年齢層において、1990年以降の死亡率が30%以上も上昇している。また、2000年代に入ってからは、男性を中心とした若い世代の白人において、薬物中毒の増加が目立つ。先のCDCによる調査を年齢別に分析した結果でも、25~34歳の死亡率の上昇が、もっとも白人の平均寿命を押し下げている。

 薬物中毒は、先に犠牲となった歌手のプリンスのように、医師に処方された鎮痛剤がからむケースが多い。白人の場合には、黒人などと比べて容易に鎮痛剤が処方される傾向があり、犠牲者を増やしているとも指摘されている。

 トランプを支持しているのは白人男性だが、絶望は彼らの周りに広がっている。トランプの派手な言動や、選挙集会での衝突など、荒っぽさが目立つ今回の大統領選挙だが、表面には出てこない絶望も、かなり深刻であるようだ。

<引用終り>



私がこれを読んで最も驚いたのが「白人女性の死亡率上昇」だ。
こんな状況では男性のほうが弱いのが一般的な考え方、それが女性の死亡率が上昇している。如何にこの問題の根が深いかがわかる。


日本でも自殺件数が3万人を超えたとき、官民挙げていろんな対策をやってきた。しかし全く効果無し。
こんな事の真の原因・・・、
日本の場合は真の要因はデフレ、具体的には平均給料が前年より減り始めたことが引き金を引いた。
そして真犯人はどうも1998年当時政権与党だった新党さきがけの連中、その後の民主党の連中だった。
・・・鳩山由紀夫・管直人・前原誠司・玄葉光一郎・枝野幸男・・・、名前を聞くだけでもうんざりしますね。


さてアメリカがこれからどうなってゆくか。
日本の場合は東日本大震災が国民が覚醒するインパクトとなり、政権交代、アベノミクスへと繋がった。

アメリカの場合はどうなるであろうか。
歴史を紐解けば、アメリカという国は経済立て直しのためには常に戦争をやってきた国なのだが・・・・。
今後の推移を見守りたい。
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2016-10-03 17:25

トヨタとVWの「苦い過去」

 ドイツの話をいろいろ書いてきたのだが、もう一度VWについて考えてみたい。
VWによる排ガス規制逃れ問題、大きな問題なのだが最近あまり報道がない。しかしVWはどうも日本のメーカーとはかなり違う考え方で車づくりをしているのではないだろうか。
ちょうどいい事例がある。トヨタが過去に2度VWと提携したことがある。その苦い経験などを踏まえて考えてみたい。

最初に現在のクルマのビッグ・スリーはトヨタ・VW・GM。
その世界販売台数はこんな風になっている。

2016-10-3世界の自動車メーカー別販売台数ランキング

世界全体で見るとトヨタ・VW・GMはほぼドングリの背比べ状態、この図は2015年だが、2016年1月~8月を見るとVWがトップだが、その差はごくわずか。

さて世界全体はそうだが、特にトヨタとVWの国別販売状況は大きく異なる。
ざっくり言ってトヨタは日本25%、アメリカ25%、中国10%、その他40%と言ったところ。
一方にVWは欧州40%、中国40%、その他20%、こんな風でVWはアメリカでまったく売れていない。

Yuyuuさんが以下ブログで指摘されているが、VWのアメリカでのシェアーは僅か2%ほど。
米独・冷凍チキン戦争と日本車の進出
http://yuyuu2013.blog.fc2.com/blog-entry-4415.html


しかし歴史を紐解けば、第二次大戦後真っ先に対米輸出を始めたのはVWだった。その当時のクルマは初代VWビートル(通称カブトムシ)だった。
そしてこの輸出は大成功で、アメリカからは実に好意的に迎え入れられ、ドイツ本国で1978年に生産終了しているのに今なお人気がある。

2016-10-2アメリカに愛されたビートル

そんなVWがいち早くアメリカでの現地生産に乗り出したのが1976年、生産した車は空冷リアエンジンのビートルの後継車ゴルフ(水冷・フロントエンジン・フロントドライブ)のアメリカ版「ラビット」だった。生産したのはペンシルベニア工場。

2016-10-2初代米国生産VWラビット

しかしこのアメリカ進出は失敗だった。生産した車はVWの初代ゴルフを一部変えたものなので決して悪い車ではないはず。
しかし品質は劣悪で不人気者になってしまい販売不振。85年には2代目ゴルフ・ジェッダを生産開始したが人気は回復せず。
結局VWは進出10年でアメリカから撤退した。

こんな事情が現在に続くVWのアメリカでの販売不振のルーツである。

その後20数年たって、2011年にVWは新しい工場を建設した。テネシー州チャタヌーガにこの工場はある。
以下参照ください。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-304.html

このエントリーを見ていただくと分かるが、VWのアメリカ工場の人件費は当時のトヨタやホンダの工場の約半分。
これが私にはとけない疑問点なのだが、この件はちょっと置いておきます。


さて本論です。
トヨタとVWは過去に2回業務提携しています。
一つはVW車の販売をトヨタ系列で行うけんでトヨタDUO店、2010年に販売終了しています。
もう一つがガソリンエンジンの直噴技術(筒内噴射技術)でトヨタのD-4エンジンの技術をVWに供与するものでした。
この件は以下参照ください。
http://d-wise.org/b9910/car.pdf


散々前置きが長くなりましたが、そんな経緯に関してこんな記事があります。

2016-10-3トヨタとVWの苦い過去
http://news.livedoor.com/article/detail/10307753/


しかし幸いなことにこの記事がアーカイブで見ることが出来た。そこでこれを紹介したい。
元記事は「週刊現代」2015年7月4日号より。


<以下引用>
https://web.archive.org/web/20150707010154/http://news.livedoor.com/article/detail/10307753

トヨタとフォルクスワーゲン社の「苦い過去」 国民性の違い浮き彫りに

2015年7月4日 6時0分

ざっくり言うと

これまでに2度フォルクスワーゲン社と業務提携を結んだことのあるトヨタ
トヨタ側の社員が技術を教えても、VW側が教えることは一切なかったという
時間になるとすぐに仕事を切り上げて帰るなど、日本とは正反対の姿勢だった

【戦後70年特別企画】 ドイツ人と日本人。同じ敗戦国なのに、なぜ世界の評価がこんなに違うのか

2015年7月4日 6時0分 現代ビジネス

70年前、戦争に敗れた時点では、まだ同じスタートラインにいたはずだった。合理的に突き進んだドイツと、似ているようで「和」を尊んできた日本。辿り着いた先にはまるで違う評価が待っていた。

トヨタを悩ませた「壁」
「トヨタはこれまでに2度フォルクスワーゲン社(以下VW)と業務提携を結びました。その間、VWのドイツ人とは技術面から営業面まで様々に協力をしてきたのですが……。最後まで分かり合えることはありませんでした。よくドイツ人も日本人に似て、勤勉で真面目だっていうじゃないですか。確かに仕事に対してはそうだったのですが、人間としては根本的に違うんです」(トヨタ自動車幹部社員)

日本とドイツ-。2つの国は国際社会の中で、しばしば「似ている」と言われる。共に第二次世界大戦の敗戦国ながら、戦後、焼け野原となった自国を科学技術によって立て直し、先進国・経済大国として世界を引っ張ってきた。両国とも世界的に有名な自動車メーカーが多数存在する。

だが、その頂点に君臨する「トヨタ」と「VW」が提携した時、そこで互いが感じたのは、越えようもない「高い壁」の存在だったという。

前出のトヨタ社員が続ける。

「特に技術職の社員は相当辛い目にあったようです。トヨタ側は自社で培った技術を惜しみなく教えるのですが、VW側は一切教えてくれませんでした。『自分たちが世界一の自動車メーカーだ。トヨタから学ぶことなどないし、教える必要もない』と考えていたのでしょう。

でも、仕事中は無駄な会話は全くしないし、緊張感があるから作業効率は圧倒的に高い。決まった時間になるとすぐに仕事を切り上げて帰るし、日本とは何から何まで正反対でした」


いまやドイツは「EUの事実上のリーダー国」であり、経済的にも政治的にも世界に存在感を示している。一方で、日本は「アジア一の経済大国」という肩書を中国に奪われてしまい、かつての輝きは取り戻せないままでいる。

なぜ、両国間の評価には、ここまで差がついてしまったのだろうか。

その理由は先ほどの国民性の違いにあるのかもしれない。「したたかなドイツ人」と、「優しすぎた日本人」。それが両者を語る上でのキーワードだ。
・・・以下略・・・
(詳細は上掲リンク先参照ください、徒に長い駄文ですが・・・)

「週刊現代」2015年7月4日号より

<引用終り>


この記事は昨年9月のVW排ガス不正問題が明るみに出る前の物ですので、そんなつもりで見てください。
そしてこんな所が今回のVW排ガス不正問題につながっているのですが、まったく別の分野でドイツ銀行の問題も根は同じではないかと思うのです。

VWは車の販売で大変頑張っていますが、これが裏目に出なければいいのですが、どうでしょうか。
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2016-09-27 19:02

ドイツの対日観は激変してしまった

 9月24日のエントリー「世界の真の敵はイスラム恐怖症<トッドの話です」でドイツがすっかり変わってしまったことを書いた。

「ドイツは20年前、10年前とは全く変わってしまった、今は中韓と並ぶ反日国だ」と書いたのだが、そんな事情を私の知るところを書いてみたい。

元々ドイツ好きの私、車ならプジョー・シトロエンよりVW・BMW、音楽ならドビッシーよりシューベルトやベートーベン・・・以下略。
またドイツには尊敬する丸山光三さんがお見えになる。
だから一層このテーマは書きにくいが、どうも避けて通れないように感じる。


最初にドイツから見て日本がどう見えるか、それをリオのオリンピックが終わったとき、「次は東京だ」という事がドイツでは如何報道されたか。
ドイツ在住の女性9人のブログに面白い記事があった。
みどりの1kWhさんというブログで、スタンスは反原発だが、まあ現地の情報という事で紹介したい。

<以下みどりの1kWhさんというブログより引用>
http://midori1kwh.de/2016/08/28/8496#more-8496
(引用者注:このブログを書いた「まる」さんが感じたことは黒字で、現地報道を紹介する部分は青太字にしました)

リオが終わって世界の目は東京、日本へ
まる / 2016年8月28日

リオ五輪が閉幕した。2020年大会の開催地東京とホスト国日本について、現段階でドイツのメディアはどう伝えているだろうか。

8月23日、ドイツの公共ラジオ、ドイチュラントフンクは、「東京都知事に選ばれたばかりの小池百合子氏は2020年の五輪はこれまで最高の大会となると約束したものの、すでにスキャンダルが相次いでいる」と伝え、それは既に大会エンブレムの選定から始まったと、これまでに明らかになった問題をいくつか挙げている。

東京の五輪計画は良い星のもとにない。それは安倍晋三首相の大嘘から始まった。3年前のブエノスアイレスで同氏は、事故を起こした福島原発について「福島はアンダーコントロールです」と主張した。

それが今日でも間違っているのは、当時と変わらず、これから多くの年月が経ってもそうであり続けるだろう。

それ以来、スキャンダルが続いている。フランスの捜査当局は、五輪を東京に招致する際に賄賂が払われていたと主張している。大会のエンブレムに選ばれたデザインは、リエージュ市立劇場のエンブレムの盗作だったことが判明し、新たにデザインを選び直さなければならなかった。80年の歴史を持つ東京の魚市場は、五輪のプレスセンターにとって代わられることになり、それに対する抗議は日に日に高まっている。

そして最大の失敗は新国立競技場だ。今は亡くなったスター建築家、ザハ・ハディド氏のデザインは、建設的にも財政的にも全ての限界を越えるものだった。総工費が2520億円に膨らむことがわかり、首相が1年前に緊急ブレーキをかけた。新たに選び直したデザインのスタジアムは、現在の予定だと2020年、開会式の3ヶ月前に完成することになっている。

8月21日のテレビ番組「シュポルトシャウ(Sportschau)」は、東京五輪にかかる費用が当初考えられていた6倍にあたる1兆8000万円に跳ね上がりそうなことを伝え、 東京の道が狭くて、本来なら義務づけられている”オリンピック・レーン”が作れないこと、交通渋滞が予想されること、東京の夏が高温多湿であることなど、問題を挙げている。

同日のドイツプレスエージェンシー(dpa)は、「五輪の聖火台はどこ?」という見出しの記事で、新国立競技場の建築家たちが聖火台を忘れていたことに触れ、「このアクシデントが示すのは、五輪ホスト国にとって7年という準備期間は短いということ。そして招致の際に収賄があった可能性があるとして捜査が行われており、招致が成功した際にあがった最初の歓声は消え去っている」と書いている。さらに東京は深刻なイメージ問題をかかえていると指摘し、その理由はこの聖火台問題だけにあるのではなく、問題が判明した際の日本五輪委員会と政府の反応が遅かったこと、スタジアムのデザイン問題、エンブレム盗作問題もあるとしている。そして、大会招致の際のコンセプトでは各会場間の近さを約束していたのに、今ではいくつかの会場を東京外に移すことが考えられていること、ソフトボールと野球にいたっては、第1次予選を福島で行いたいと言っていることなども挙げている。そして「福島ということは、2011年3月にメルトダウンを起こした原発の近くだ」と驚きを隠せない。

同記事は「小池百合子都知事は、五輪費用を見直すと約束したが、リオで五輪旗を引き渡された東京は、これからさらに厳しい目が注がれるだろう」と締めくくっている。


ほんとうに、これからの4年間は、五輪インフラ整備の進み具合についてだけでなく、ホスト国日本の政治経済文化、国の体質といったいったところまで、世界のメディアが批判的に報道していくことに間違いないだろう。

<引用終り>


よくもまあ、こんな事を書き並べたものではないか・・・、言いたい放題の言い捨て御免・・・。

>東京の五輪計画は良い星のもとにない。それは安倍晋三首相の大嘘から始まった
>フランスの捜査当局は、五輪を東京に招致する際に賄賂が払われていたと主張している。
>80年の歴史を持つ東京の魚市場は、五輪のプレスセンターにとって代わられることになり、それに対する抗議は日に日に高まっている。
>そして最大の失敗は新国立競技場
>東京の道が狭くて、本来なら義務づけられている”オリンピック・レーン”が作れない
挙句の果てに
>、「五輪の聖火台はどこ?」という見出しの記事で、新国立競技場の建築家たちが聖火台を忘れていたことに触れ、「このアクシデントが示すのは、五輪ホスト国にとって7年という準備期間は短いということ

まあ、ここまで書かれれば、オリンピックのホスト国としては発展途上国のブラジル以下、そういう事である。

これがドイツで日本に関して報道されていることだ。

一体どうなってしまったんだろう・・・

そんなことで昨年3月、ドイツのメルケルさんが突如来日した。これも謎の多い来日だった。
以下参照ください。
メルケルさん<YOUは何しに日本へ
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1081.html
メルケルさん<YOUは何しに日本へ、続編
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1082.html

この3月19日のエントリーで、日経新聞ベルリン支局 赤川省吾さんの記事「メルケル独首相が訪日で犯した3つの過ち 」を紹介したのだが、そこに赤川さんの現在の日独関係について、凄い見方が載っている。
曰く
40年近くにわたって日独を行き来しながら両国の関係を追ってきたが、日本への冷たい視線をいまほど肌に感じたことはない。11日、出張先からベルリンに戻る機中でたまたま隣り合わせになったドイツ人の大学講師は初対面だったにもかかわらず、日本を面罵してきた。「男性優先の日本では女性の地位が著しく低く、吐き気がする」。連日のように報じられる日本批判を読んでいれば、そう考えるのも無理はない。

飛行機の中という狭い空間で、初対面のドイツ人大学講師が日本人を面罵する、これが異常でなくて何なのだろう。


丁度このメルケル訪日のすぐ後にこんな報道がある。
これは韓国中央日報の昨年5月21日の報道


<以下引用>
http://japanese.joins.com/article/749/200749.html
シュレーダー元独首相「安倍首相、靖国ではなく未来に足を向けるべき」
2015年05月21日16時16分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版] comment14mixihatena0
2016-9-27シュレーダー元ドイツ首相

シュレーダー元ドイツ首相が21日、「安倍首相は(靖国)神社ではなく未来に足を向けるべきだ」と述べた。

シュレーダー元首相は済州西帰浦(ソギポ)で開催された「平和と繁栄のための済州フォーラム2015」(済州特別自治道・東アジア財団・国際平和財団・中央日報共同主催)に出席するため訪韓し、中央日報のインタビューで、「ドイツが過去の過ちと責任に対する清算作業をしたように、日本も暗い過去の歴史に対して責任を感じることを望む」とし、このように述べた。

旧日本軍慰安婦被害問題については「慰安婦という言葉自体が誤った表現だ。あまりにも婉曲だ」とし「戦争中に韓国の女性に加えられた性的過酷行為に対しても(日本の)歴史清算がなければいけない」と強調した。

元国家首脳の助言はこの日、「世界指導者セッション-信頼と和合の新しいアジアに向かって」でも続いた。洪錫ヒョン(ホン・ソクヒョン)中央日報・JTBC会長の司会で行われたセッションには、福田康夫元首相、ユドヨノ元インドネシア大統領、ハワード元豪首相、クラーク元カナダ首相が出席した。

洪会長は「歴史上初めて中国と日本という2大勢力が北東アジア領域内に共存し、安保に影響を及ぼしている」とし「しかしすべての問題を強大国間の合意でのみ解決できるわけではない。中堅国として韓国の役割が域内でよりいっそう重要になるだろう」と診断した。

クラーク元首相は「韓国は歴史的には米国と近く、地理的には中国と近い」とし「したがって恐れる必要なく、常にイニシアチブを取ることが可能だ」と述べた。

ユドヨノ元大統領は「中堅国は強大国の間で懸け橋の役割を立派に遂行できる」と強調した。また「韓国は米国と中国のライバル国ではない。したがって韓国が米・中に接近、説得することで、我々の地域に利益となる方向に寄与できる」と説明した。

<引用終り>


こんなこともあって、今ドイツから見た日本の印象は極めて悪い。それが実はつい最近激変してしまったという調査結果がある。

毎年BBCが世界でいろんな調査をしているが、その中に国の好感度の調査がある。
そこで2012年と2013年の日本に対する世界各国の評価が載っている。

2012年はこれ
http://www.globescan.com/news-and-analysis/press-releases/press-releases-2012/84-press-releases-2012/186-views-of-europe-slide-sharply-in-global-poll-while-views-of-china-improve.html

2013年はこれ
http://www.globescan.com/news-and-analysis/press-releases/press-releases-2013/277-views-of-china-and-india-slide-while-uks-ratings-climb.html

その結果をまとめると
2016-9-25日本への好感度2012⇒2013

これを見るとまさにびっくり仰天!
2012年から2013年にかけて、ドイツ人の対日好感度は無残なまでに下落している。
良い印象は58%から28%へと、悪い印象は29%から46%へと変わっているのだ。

何故わずかな期間にここまで激変してしまったのだろうか。
この2013年版の調査がドイツで行われたのは2013年2月14日〜3月8日の期間となっている。
だから2012年の春以降くらいに報道された出来事の中にドイツ人の日本観に影響を与えたモノがあったと思われる。

考えてみると2012年は中国で全土で反日デモが盛り上がったときだった。
がしかしそれがドイツにどう関係したのだろうか?。

もう一つ考えられるのは2012年12月の総選挙で自民党が圧勝し、安倍政権が発足したことである、
アベノミクスが始まり、超円高が是正され、株価が大きく上昇した。日本企業がやっと息を吹き返した時だったのだが、ドイツから見るとどうだったのだろう。
この総選挙結果は各国では「日本、右傾化」、こんな報道が確かにあった。
そして安倍自民党圧勝の直後、2013年1月のダボス会議で『ドイツ連邦銀行総裁やメルケル首相が
「アベノミクスは為替操作だ」と批判し、麻生財務相が反論』、こんな事があった。

こうしてみると、この安倍政権誕生、アベノミクス開始こそドイツが日本たたきに走るきっかけになったのではないだろうか。
BBCの調査で短期間にあれだけ意識が変わる、これは意図的な日本に対するネガティブ・キャンペーンが毎日のように行われた、そして今も行われていると思わざるを得ない。
丁度これはフランクリン・D・ルーズベルトが日本たたきのネガティブ・キャンペーンを繰り返したことを彷彿とさせるものだ。

さらにドイツにとって大逆風がVWの排気ガス不正問題。これもいまだに解決していない。
余りにも根の深い問題なのだが、これは話が長くなるので別の機会とします。
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2016-08-03 11:56

イギリスが変わり始めた

 参院選だ、都知事選だと選挙選挙の7月が終わった。
所でそんな騒動で話題にもなっていないがイギリスのEU離脱の国民投票の結果誕生した新政権。
その新政権が中国出資の原発計画に待ったをかけた。


<以下引用>

イギリス原発計画、メイ首相が最終決定先延ばし 中国の出資を懸念か
2016年8月1日(月)10時12分
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/08/post-5572.php

メイ英首相は、サマセット州ヒンクリーポイントの原発新設計画について、プロジェクトの最終決定を遅らせる方針を明らかにした。関係筋などによると、中国の出資に伴う安全保障上の懸念が背景にあるという。
・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・


遅ればせながら、やっと日本でも報道され始めた・・・

メイ英首相、前政権の“親中政策”見直しか 中国企業の原発建設参加に懸念
2016.08.02
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20160802/frn1608021700007-n1.htm

<引用終り>


世界が驚いたイギリスの原発への中国出資。
イギリスは忘れているかも知れないが中国は忘れていない。アヘン戦争の屈辱だ。
中国ではアヘン戦争の屈辱の敵討ち、そんな思いでいたのだと思い。
そんなことでこの原発見直し、良いことだ。


所でイギリス新政権、メイ首相はもっといいことをやっている
2008年に労働党政権時代に作った「気候変動省」に大ナタをふるったとの報道がある。

<以下引用>

英国メイ政権 エネルギー気候変動省(DECC)を廃止。新設の強力経済官庁に統合。EU離脱交渉にらみで気候変動政策を「人質」か(RIEF)
2016-07-16 22:35:07
http://rief-jp.org/ct4/62973

 英国のテリーザ・メイ新首相が世界の気候変動関係者にいきなりのパンチを食らわせた。欧州連合(EU)離脱後の英経済強化のため、ビジネスとエネルギー、産業戦略を統合した新たな役所を設ける一方で、これまで気候変動政策をリードしてきたエネルギー気候変動省(DECC:Department of Energy and Climate Change)を廃止すると発表したためだ。
・・・以下略 詳細は上掲リンク先参照ください・・・

<引用終り>

メイ首相、なかなかやりますねえ。さすがクライメイトゲート事件の発端を作った国だけあります。
イギリスは大きく変わろうとしている。その一つの表れがこんなところ。
残念ながら日本のマスゴミはこんな大きな動きは殆ど報道しないが、こんなニュース、これからも注目していきたい。
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2016-07-28 21:22

ドイツで連発した暴力事件について

 ドイツ在住の丸山光三さんが最近のドイツ事情について極めて分かりやすい解説をご自身のブログにアップされている。
最近の難民問題やテロ問題などヨーロッパの事情は極めて分かりにくい。
日本ではテレビ・新聞などの報道ではこんな事情は理解不能と言っていいのだが、丸山さんの話は日本人としてもぜひ知っておきたいところ。
そんな事で丸山さんの話を引用させていただき、紹介したい。

紹介したいブログ

ドイツで連発した暴力事件について (2016-7-27)
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-entry-4876.html

なお上掲のブログのほかに以下二つのブログについても大変参考になる。

忘れてはならない移民輸出国だったドイツ (2015-10-20)
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-entry-4871.html

ドイツで発生しているのは移民問題ではなく戦争であるという件 (2015-9-13)
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-entry-4869.html


それでは以下丸山光三さんのブログより

ドイツで連発した暴力事件について
2016-07-27

Würzburg, München, ReutlingenそしてAnsbachとそれぞれ外国人が関連する暴力事件が連続的に発生し、さすがにドイツ国民も不安に感じている。政治的目的をもった恐怖主義すなわちテロの疑惑があるのはWürzburgで発生した17歳のアフガニスタン難民が列車内でナイフと斧で乗客を襲撃した事件で、他の三件はテロではなくアモック(注)というべきだろう。

Ansbachの件につき本日27日、ISとの関連を疑う報道があるが未確認情報である。

これ以外にも先週に報道されない事件が民間で伝わった。ハンブルクとハノーヴァー間の列車内で無賃乗車の男が検札員に逆切れしてナイフで脅したが、検札員は列車の出口を封鎖し鉄道警察に連絡し男を取り押さえた、というもの。男はドイツ人だった。

ドイツの鉄道駅には改札がなく時折検札員が切符のチェックをするのみなので無賃乗車は普通に行われている。
戦争から逃れてきた難民が暴力的傾向を有するものもいることは容易に想像できるが、ドイツ人でも攻撃的性格を有するものが無論いるということだ。これは話を相対化する心算でいうのではない。

ドイツ社会は元来他者や異邦人に閉鎖的である。それは歴史文化的に形成された他者を恐れる心理からくるものであろうが、それが集団的に組織的に計画的にある意図をもって発露したのがユダヤ人排斥である。それは第一次大戦後に周辺各国から度を超えた賠償要求と政治的圧迫を受けた怨念が爆発したとも言える。

その過去への反省が戦後のリベラル体制での外国人移民・難民などへの過度な寛容の理由となっている。
しかしドイツ人の心底では寛容よりも恐れに基づく他者排斥心理がとぐろを巻いている。こうした捻じれた心理は抑圧となりそれに耐えきれないものは精神病となるかいわゆる「切れる」ことになる。

また秩序への過度な社会的要求もあるものにとってはやはり過分な抑圧なのである。少しいい加減で適当に処理する、という態度が許されない社会は不幸な社会であろう。ドイツ社会がそれなのだ。適応できないものの不幸な発露はもう見たくない。

しかしながら、それだけでは理解しがたい裏の事情もあることが推測される。

・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・

(注)アモックについて
文化依存症候群
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%8C%96%E4%BE%9D%E5%AD%98%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4
ここに「19世紀末、代表的な文化依存症候群として、ラタ(latah)、アモック(amok)といった特異な精神障害が西欧諸国に紹介され・・・」という記述があります

<引用終り>


ドイツからの報道だけではこんなドイツの人たちの複雑な心境は分からない。
こんな心を持った人が今のドイツ人と認識したうえで日本人がどう生きてゆくか、そんなことを日本人は考えるべきだと思う。

少なくともヨーロッパで起こっていることは『第一次世界大戦から紐解かないとわからない』、そう理解すべきだと思う。
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2016-07-09 12:03

ダッカのテロ事件に思うこと

 バングラデシュでまたテロが起こったと報道されている。ダッカでの日本人7名の方が犠牲になった事件から8日で1週間。
バングラデシュでは悲惨なテロが続いている。

所でこのダッカでのテロ事件、私が以前から疑問に思っていたことがあるので、そんなことを書いてみたい。
最初に犠牲になった7名の方のご冥福をお祈りいたします、合掌。


さて私が何が気になったのか、最初にこのグラフを見てください。

こんな資料がある。
第 25 回アジア・オセアニア主要都市・地域の投資関連コスト調査
2015 年 6 月
日本貿易振興機構(ジェトロ)  海外調査部
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/20150045.pdf


ここにアジア各都市のコスト比較グラフがあり、ここでダッカ(バングラデシュ)のついてみてみるとこうなっている。

最初にワーカークラスの人件費
2016-7-8ダッカの人件費ワーカー

アジア・オセアニア各都市のワーカークラスの人件費比較。
ダッカを赤枠で示す、参考までにタイのバンコク、中国の深圳を青枠で示した。

なるほどバングラデシュがアジア・オセアニアの最貧国だとわかる。このリストの37都市の最下位、タイのバンコクや中国の深圳と比べると3.5分の1~4分の1だ。

これはエンジニアクラスの人件費

2016-7-8ダッカの人件費エンジニア

最下位ではないが、最下位グループである。ダッカの下にはビエンチャン(ラオス)、ダナン(ベトナム中部)だけ。

そしてこれは見方を変えて、駐在員用(つまり外国人用)住宅のコスト

2016-7-8ダッカの駐在員用住宅

見事ダッカは最下位グループを脱出!、37都市中北京・シンガポール・ヤンゴン・ムンバイ(インド)・成都(中国)・シドニー(豪州)に次いで堂々の7位である(笑)。
ダッカの駐在員用住宅の月額3400ドル(約34万円)というのは、バンコク(2178ドル)の1.56倍。
この住宅費はダッカのワーカー(月100ドル)の約3年分所得に相当、エンジニア(月268ドル)の1年分の所得を超える金額だ。

私の経験で、このように外国人用の住宅の値段が高騰する、この歪があると通貨暴落などが発生する。
現にアジア通貨危機の時がそうだった。
またこのような住宅価格の暴騰は、これによって甘い汁を吸っている現地人が多数いるわけで、所得格差の拡大が社会不安の原因となる。
そして注意すべきは、こんな格差が拡大すると暴動が発生することである
日本ではあまり報道されていないが、アジア通貨危機後のインドネシアの暴動(1998年5月)など、こんな事例は多い。
なおこんな住宅価格の歪の裏には、「多額の裏金」が横行しているはずだ。これも問題だと思う。


なお上掲グラフにはもう一つ問題の都市がある。ヤンゴン(ミャンマー)である。
だがこの件は問題を指摘するにとどめ、次へ進みます。


今回のテロのあった所はダッカの中でも大使館などが立ち並ぶ特別なところのようです。
そして日経の7月3日付記事によれば、

事件が起きた首都ダッカのグルシャン地区は、各国の大使館や外交官の住居などが集まる地域。日本人を含めた外国人が出入りする店が点在している。

 現地で教育支援などの活動をする日本の非政府組織(NGO)「シャプラニール=市民による海外協力の会」ダッカ事務所長の藤崎文子さん(48)によると、テニスのスコート姿で出歩く外国人女性がいるなど、イスラム教徒が人口の9割を占める同国では特殊な地域だという。

 現場となった飲食店「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」は自家製パンが売り物で、昼食のサンドイッチと飲み物に数千円かかる高級店。周辺にも同じような店が散在し、現地の富裕層や外国人が利用している。事件では日本人やイタリア人が犠牲になった。

この記事全文は本文の最後に掲載しました。


ダッカの外資系企業に働く労働者は、ワーカークラスなら月1万円、エンジニアでも月2万7千円くらいの給料。
しかしそんな労働者を使っている現地企業の外国人は、昼食のサンドイッチと飲み物で数千円を払っている
しかも女性は現地イスラム教徒が見れば丸裸同然のテニスのスコート姿
そしてこれは推測だが、外国人はラマダン期間中でも昼食をとっていたのではないか。
現地人が断食期間で空腹を我慢しているとき、平気で食事をしていた。特に外国人に雇われている運転手等は大いに不満がたまっていたのではないだろうか。

参考までに事件のあった「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」はこんなところ
2016-7-8ダッカのホーリー・アーティザン・ベーカリー


バングラデシュの女性の普通の服装

2016-7-9バングラの女性

バングラデシュの若い人のファッション
2016-7-9バングラのファッション

女性のファッションが可愛いですね。
でもよく見てください。バングラデシュは暑い国です(北回帰線が通っている。台湾南部と同じ)。そんなところですが女性は肌を出していません。日焼け防止もあるでしょうが、主な理由は宗教上の理由でしょう。
こんな習慣の人の住む国に無理解な外国人がやってきて自分流を押し通す。反感が生まれるのは当然だと思います。

ところで何故こんなファッションの話を持ち出したかと言えば、今回の襲撃事件の奇妙さからなのだ。
普通テロ事件では仲間の釈放とか身代金とか、そんな要求を出す。
しかし今回のテロ事件は『外国人を殺害する』、これが目的だったようだ。だから悲惨な結果になったし、レストランの従業員の中にも共謀者がいたとも報道されている。
つまり外国人に対する猛烈な恨みが無ければ、こんなことは起こり得ない。

そして外国人に対する恨みはこんな高級レストランで法外な値段で贅沢三昧の食事をしたり、バングラデシュ人から見ると裸同然のファッションをしたり・・・、こんな事から出てくるものではないだろうか。

バングラデシュ人気質について、タイ時代にこんなことを聞いたことがある。
バングラデシュはイスラム教の国なので、バングラデシュ人男性は女性と接する機会が非常に少ない。だから「女に飢えた状態」になっている。所でバングラデシュの西隣はミャンマーで仏教国。だからバングラデシュの若い男がミャンマーにやってきて欲求不満を解消してゆく。だからミャンマー人はバングラデシュ人が嫌いで、女性は特に怖がる。こんな話だった。

今回のダッカのテロ事件はこのような文化の違い、いわば文明・文化の衝突ととらえないといけないのだと思う。
これからも日本人はイスラム圏の国へ行かねばいけない事がある。そんな時にどのように対策するか、そのための教訓として今回の悲劇をとらえないといけない。そう思います。







本文で引用した日経記事全文です。参考までに。
<以下引用>
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG02H6U_S6A700C1CR8000/

急襲、晩さんが暗転 富裕層使う人気店
バングラ テロ
2016/7/3 1:22

 武装グループが襲撃したのは外国人が集まる人気のカフェだった。多くの人が出入りし、警備が緩やかな場所「ソフトターゲット」を狙ったテロが世界で相次ぐ。バングラデシュ国内でもイスラム過激派の動きが活発化しているとされ、現地の日本人社会では警戒感が高まっていた。

 事件が起きた首都ダッカのグルシャン地区は、各国の大使館や外交官の住居などが集まる地域。日本人を含めた外国人が出入りする店が点在している。

 現地で教育支援などの活動をする日本の非政府組織(NGO)「シャプラニール=市民による海外協力の会」ダッカ事務所長の藤崎文子さん(48)によると、テニスのスコート姿で出歩く外国人女性がいるなど、イスラム教徒が人口の9割を占める同国では特殊な地域だという。

 現場となった飲食店「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」は自家製パンが売り物で、昼食のサンドイッチと飲み物に数千円かかる高級店。周辺にも同じような店が散在し、現地の富裕層や外国人が利用している。事件では日本人やイタリア人が犠牲になった。

 「ソフトターゲット」を狙ったテロや事件は近年、増加傾向にある。2015年にはチュニジアの博物館前で男2人が銃を乱射し、日本人を含む観光客に犠牲者が出た。同年11月、130人が死亡したパリの同時テロでは劇場やレストランが狙われた。今年3月にはベルギー・ブリュッセルの地下鉄駅と空港で同時テロが起きている。

 バングラデシュ国内では過激派組織「イスラム国」(IS)系を名乗るグループによるテロが頻発。藤崎さんは「現地では夜の外出を極力やめている日本人が多く、緊張感が高まっていた。自分たちも地方への出張を控えるなど気をつけていた」と話す。

 グルシャン地区では昨秋、イタリア人男性がジョギング中に銃撃されて死亡。街中を巡回する警察官を増やすなど治安当局が外国人を狙う犯罪への警戒を強めていたという。

 15年10月、同国北部で農業開発に携わっていた星邦男さん(当時66)が射殺された事件を受けて、日本の外務省も同国の渡航情報を「十分注意」から「不要不急の渡航中止」に引き上げ、注意を呼びかけていた。

<引用終り>
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2016-06-26 18:22

イギリスのEU離脱に思うこと

 イギリスのEU離脱の是非を問う国民投票、結果は離脱となったのだが、BBCを見ていると昨日から延々とこの問題ばかり報道している。天気予報やスポーツ関係のニュース以外は殆どこの問題。
多分イギリス人にとっても意外な結果だったのだろう

離脱賛成票を投じた人も、まさか離脱となろうとは思わなかったのではないか、そんな狼狽えぶりだ。
さらにスコットランドの独立問題もまたまた騒ぎ出している。


ところでこの問題、多分歴史を振り返って見てみないとよく分からないのではないか。
私もこのあたりの歴史には明るくないが、多分ノルマン・コンクエスト(1066年~1074年頃)頃からの長い因縁があるのだろう。
そしてその後もイギリスとフランスは何度も戦争をしている。もっとも有名な実は百年戦争だろう。
ノルマン・コンクエスト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%88

英仏戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E4%BB%8F%E6%88%A6%E4%BA%89


そしてEU側はと言えば、今日の報道を見るとまさに喧嘩腰。
「何っ、EUから出ていくだとっ。だったらとっとと離縁届でも持ってきやがれっ!」、こんな感じである。

そんなことが分かる今日の報道

<以下引用>

http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20160625-118-OYT1T50096/list_KOKUSAI
離脱ドミノ防止へEU、英に早期交渉入り要求へ
2016年6月25日20時44分

2016-6-26イギリスのEU離脱関連記事

 【ブリュッセル=横堀裕也】英国が国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決めたことを受け、EU加盟国のドイツ、フランス、イタリアなど6か国の外相は25日、ベルリンで緊急会合を開いた。

 共同声明によると、外相らはEUからの離脱ドミノを防ぐため、英国に早期に離脱交渉に入るよう求め、政治経済面の不透明感を速やかに払拭する方針で一致した。離脱の衝撃を和らげるようEUが結束する方針も確認した。

 共同声明は、「英政府が(国民投票の)決定をできる限り、明快に早く実行することを期待する」とし、速やかに離脱通知をするよう求めた。EUが目指す統合深化の道筋について、加盟国に不満があることも認め、各国の事情に配慮した柔軟なEUのあり方を検討する考えも打ち出した。

 EUは、長引く景気低迷に加えて、難民問題への不安が広がる。ポピュリズム(大衆迎合主義)政党が批判の矛先をEUに向け、反EUをあおり台頭している。6か国は離脱問題を早期に収束させ、域内に波及するのを封じ込めたい考えだ。

 EUが、英国に対し早期交渉を求めるのは、辞意を表明したキャメロン英首相が当初の方針を覆し、交渉を先送りしたためだ。英国の離脱派には、拙速な交渉で不利な条件をEUにのまされるとの警戒感がある。

 EUからの離脱手続きは基本条約であるリスボン条約50条に定められている。離脱時には新たな自由貿易協定や、EU法に代わる取り決めをまとめる必要があるが、詳細な手続きは決まっていない。拡大を続けてきたEUが、加盟について具体的な手続きを定めているのとは対照的だ。離脱通知から2年後にEU法の執行停止となるが、具体的な手続きは今後の交渉次第となる。離脱日や移行期間、英国に住むEU加盟国からの移民の取り扱いなど検討項目は多岐にわたる。

 EUは週明けから離脱手続きを本格化させる。27日にベルリンでメルケル独首相、オランド仏大統領、レンツィ伊首相、トゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)が会談。28~29日にブリュッセルで予定されているEU首脳会議に備える。初日はキャメロン氏に早期に離脱交渉を開始するよう求め、29日は英国を除く27か国で今後の戦略を練る方針だ。

<引用終り>


所でこのEU離脱問題、今年の3月だがフランスはこんなことを言っている。
曰く、若しイギリスがEU離脱なら、フランスは今フランスで止めている移民を全部イギリスに送り込むぞ。
イギリスの銀行マンが持っていた特権だって、全部チャラだっ。だから銀行マンはどんどん引っこ抜くぞ。


<以下引用>

2016年 3月 3日 7:24 PM JST
英国がEU離脱なら、仏から移民流入させる─仏経済相=FT
http://jp.mobile.reuters.com/article/idJPKCN0W5123

[エディンバラ 3日 ロイター] - フランスのマクロン経済相は、英国が6月の国民投票の結果、欧州連合(EU)から離脱するならば、フランスから英国への移民流入を食い止めていた国境管理をやめると警告した。

また、ロンドンから逃げ出す金融関係者は手厚く迎えると述べた。英仏首脳会議を前に英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)とのインタビューで語った。

マクロン経済相は、EUとの関係解消と同時に「(フランス北部)カレーの難民キャンプにいた人々は自由に移動し、(EU全体で通用する)金融業界のパスポートは機能しなくなる」と述べた。

経済相は2国間貿易に障害が生じるとも指摘。(英国行きを望む)移民をフランス側に押しとどめていた国境管理協定も解除されるとした。

フランスが2012年に税率を引き上げた際、英国が仏企業の誘致に動いたことを受け、マクロン経済相は「ロンドンの金融街シティーからの帰還者を受け入れることになるだろう」と述べた。

また英国が加盟権を拒否するならば、EUの「集団エネルギーは新たな関係を再構築するのではなく、今までの絆を解消することに向けられるだろう」と述べた。

<引用終り>

この二つの記事を見るとEUとイギリスはまさに喧嘩状態なのが分かる。
新たな戦争の始まりではないか、そんなふうにもみえる。

最近EUはドイツ帝国だとの話が色々あるが、西尾 幹二氏と川口 マーン 惠美氏のこんな対談本が興味深い。

膨張するドイツの衝撃―日本は「ドイツ帝国」と中国で対決する 単行本(ソフトカバー) – 2015/8/7
西尾 幹二 (著), 川口 マーン 惠美 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E8%86%A8%E5%BC%B5%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AE%E8%A1%9D%E6%92%83%E2%80%95%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E3%80%8C%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E3%80%8D%E3%81%A8%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%A7%E5%AF%BE%E6%B1%BA%E3%81%99%E3%82%8B-%E8%A5%BF%E5%B0%BE-%E5%B9%B9%E4%BA%8C/dp/4828418334


さてそんなドイツの膨張、これがEUに正体なのだが、そこに「ノー」を突き付けたのがイギリス。

しかしこの問題は昨年来のEUに押し掛けた難民問題、この難民問題を新たな戦争だといった人がいる。
ドイツ在住の「丸山光三さん」である。

以下ブログ参照ください。
「欧州の移民問題は新たな戦争?」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1163.html


これが丸山光三さんのブログ
独逸で発生しているのは移民問題ではなく戦争であるという件
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-date-201509.html

これからもまだ紆余曲折があると思う。まだまだ目が離せない状態が続く。


最後に、まったく関係ない話ですが、ブログの広告を出ないように変更しました。
パソコンでは別に不都合はなかったのですが、スマートフォンで見ると広告が最初に出てきて大変見にくい。
そこで契約を変更したわけです。
少しは良くなったと思います。
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2016-05-04 11:24

オーストラリアはオランダ病

 オーストラリア海軍の潜水艦更新計画が最終的に決定し、日本はその選に漏れたと言う話しをエントリーした。
「受注できなかったが失敗ではない」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1252.html


 所でそのオーストラリアだが、私はオーストラリアには行った事はないものの結構オーストラリア人とは付き合いがあった。
そしてどうしてもオーストラリアの現状と私の記憶するオーストラリアとがかみ合わない。
そこで思い出話などを含めて、どうしてこんな事になってしまったのか考えてみた。


 最初は90年代はじめ頃の話。
当時会社で英会話教室を開いており、その講師の方がオーストラリア人だった。
いろんな話の中で「如何して日本に来て、英語の講師などしているのか」、こんな事を色々聞いてみた。
結論はオーストラリアには仕事が無い。だから日本ならそこそこ仕事が有るので、英語を喋れるだけの能力しかないが仕事が有るのだと言う。
そこでオーストラリアでは所得はだいたいどれくらいか聞いてみた。
中産階級で年収200万~300万だと言う。

この話は納得できる。実は全く別の所でもオーストラリアから来た人が中学校の英語の講師をしている事例も見てきたからなのだ。

 その後私はタイに行ったが、仕事の都合でGMと打ち合わせする必要が出てきた。タイにはGMタイ工場が有るのだが、技術的な話はGMオーストラリア(ホールデン)が技術面の窓口になっており、図面や規格などもそこと話をしないといけない。
通訳は居ない、私はブロークン・イングリッシュで冷や汗をかきながら打ち合わせしたものだった。

同じ工業団地内にオーストラリア系の会社が有り、そこのオーストラリア人と付き合いができた。と言っても仕事の取引関係はない、居酒屋の飲み友達と言った所。でも何回かは一緒にカラオケに行って歌など歌ったりしたものだった。
ある時などは一緒にカラオケを歌った翌日、日本人会の会合が有った。行ってみると「短足さん、夕べカラオケで「毛唐」と一緒にウタ歌っていたでしょう、誰ですか?あの毛唐は?(爆笑)」、こんな事も有った。
(悪い事は出来んというか、悪事千里を走ると言うか・・・)

もう一つ、忘れられないのがタイ西部、泰麺鉄道の故地である。泰麺鉄道と言えばだれでも「映画戦場にかける橋=カンチャナブリ」だと思うにだが、そのカンチャナブリから更に70キロほど奥に「ヘルファイアーパス(地獄の火の峠)」と言う所がある。現在の鉄道の終点から更に奥に入った所、泰麺鉄道最大の難所で突貫工事に伝染病(コレラやマラリア)が重なり、多くの方が命を落としたところだ。
此処にヘルファイヤーパス記念館と言うものがオーストラリア政府の寄付で建設されている。

ヘルファイア・パス・メモリアル
2016-5-3ヘルファイア・パス・メモリアル

此処は来る人も稀な奥地で、来る人は多くがオーストラリア人。私も2度行ったのだが、オーストラリア人たちの憎悪の目が忘れられない。

そしてこの泰麺鉄道について色々調べていたら、面白い事が分かった。多数の連合国捕虜を動員して突貫工事で進めたのだが、捕虜の中で相当酷い差別が有ったのだと言う。
差別されたのはオランダとオーストラリア、差別したのは英米の捕虜たちだった。
何故差別されたのか、その理由は「戦闘で真っ先に逃げ出したり、日本軍に真っ先に降伏して捕虜になったのがオランダとオーストラリア」だから英米の軍人たちはオランダとオーストラリア兵を弱虫だとバカにし、差別したのだと言う。
この話を氏って納得した。だからその怨念が有るからこそ、あんなヘルファイアー・パス・メモリアルを作ったんだと。そして今まで有色人種の上に立って支配していたのが立場が逆転して有色人種の捕虜になる屈辱、こんなモノが有るんだと。
(だからオーストラリアとオランダが反日国
そして映画「戦場にかける橋」や「猿の惑星」の原作者ピエール・ブールは仏印で同じ経験(支配者だった白人が有色人種に支配された)をした、この屈辱感が戦場にかける橋や猿の惑星の根底にあるんだと。

こんな事で私のオーストラリアに関してのイメージはこんな事情で知った情報がベース(だから2000年代初め頃までのモノ)になっている。

しかし2000年代に入って状況は様変わりしてしまった。
これはオーストラリアの貿易額の内容と推移

2016-5-3オーストラリアの貿易

これは輸出額推移

2016-5-3オーストラリアの貿易1輸出額推移

これは輸入額推移

2016-5-3オーストラリアの貿易2輸入額推移

2000年代に入って物凄い伸びになっているのがお分かりいただけよう。

そしてこんな無茶苦茶な経済の成長がもたらすもの、これをオランダ病と言うそうだ。

オランダ病
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E7%97%85

オランダ病とはWikiによれば
『ある国が豊富な天然資源を見つけ、それを積極的に輸出し始めると、大きな貿易黒字を得ることができる。だが貿易黒字は自国の通貨高を招き、資源以外の輸出品は国際競争力を失う。そのため製造業が衰退し、そこで働いていた人々は失業者になっていく。それを防ぐために、資源輸出で得た収益の適切な投資と産業を多角化させることが求められる。』

そして該当国はオランダ、ナイジェリア、オーストラリア、ロシアが有るのだと言う。

そして上掲wikiによればオーストラリアについては
「2000年代に入ると、中国を始めとした新興工業国の産業が活性化。鉄鉱石をはじめとした天然資源の価格は上昇し、多くの資源を保有するオーストラリア・ドルの為替レートも上昇した。しかし、2010年代に入ると豪ドル高のまま住宅価格が下落、銀行業界の資金難、やがては需要の一巡による資源の価格低迷に直面することとなった。国内の技能職の賃金も上昇を続けた結果、国内の製造業も縮小傾向になりつつある。自動車産業の例では、隣国のニュージーランドと合わせても総人口3000万人に満たない限られた国内市場および労働者賃金の上昇のため製造部門の採算性が悪化しており、2016年にフォードが、2017年にはゼネラル・モーターズとトヨタが組立工場を閉鎖する方針を打ち出しており、オーストラリアの国産自動車が消滅する危機を迎えている。」

更に
資源の呪い
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%87%E6%BA%90%E3%81%AE%E5%91%AA%E3%81%84
こんな風にも言われる様だ。


オーストラリアは今オランダ病の真っ最中。そしてオーストラリアには流刑の大陸から出発してから230年ほど、独立からは115年ほど、こんな新しい歴史しかない国だ。
1788年 最初の流刑者植民船団到着、植民地建設開始。(1868年流刑制度廃止)、
1894年 オーストラリア労働者組合 (Australian Workers' Union, AWU) 結成
1901年 オーストラリア連邦成立

オーストラリア建国の歴史より労働組合の歴史の方が古い、こんな国である。

こんな国に世界に誇る潜水艦の技術供与をする、こんな恐ろしい話がご破算になって本当に良かったと思う。



偶々偶然だが、オーストラリア在住の山岡さんと言う方がご自身のブログでこんな事を言っている。

「失注で良かった」 山岡鉄秀
山岡さん AJCN代表
http://agora-web.jp/archives/2018920.html

潜水艦輸出がご破算になって本当に良かったと

その理由は
・ 豪州は製造業には向かない国

・ 気密保持は困難

オーストラリア在住の方からこんな事を言われる。それだけオーストラリアが酷いんだと思う。
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2016-03-13 22:23

ベトナムが日本語を「第1外国語」に

 ベトナムが日本語を英語などと並ぶ「第一外国語」として学校で教える、こんな報道が有った。
大変うれしい話である。

この話はNINJA300さんの「雪隠詰めのベトナムを日本はほおっておくのか」エントリーで知った。

先ずは何はともあれ、その報道を見てみたい。

<以下引用>

日本語が「第1外国語」に ベトナムの小学校で東南アジアで初
http://www.sankei.com/life/news/160301/lif1603010038-n1.html

 在ベトナム日本大使館は1日、ベトナム全土の小学校で日本語を英語などと並ぶ「第1外国語」として教えることを目指す方針でベトナム教育・訓練省と一致したと発表した。

 対象は3年生以上。今年9月から試験的に、首都ハノイの三つの小学校に日本語学習クラスを2クラスずつ設置する。大使館によると、初等教育段階での日本語教育の導入は東南アジアで初めて。

 ベトナムでは既に一部の中学校で日本語教育を実施。日本との経済関係などの強化を受け、初等教育への拡大を目指す。ただ教える人材をどう確保するかなどの課題もあり、実際に多数のベトナムの小学校で日本語教育を実施できるかどうかは不透明だ。

 日本は対ベトナム投資額で韓国、マレーシアに次ぐ第3位。対日感情は概して良好で、日本への旅行客も増加している。大使館によると、ベトナムでは約4万6千人が日本語を学んでいるとされる。(共同)

<引用終り>


 ベトナムは永年中国の属国であり漢字文化圏だった。しかし中国から何とか独立しようとしてきた歴史を持つ。
だから数年前に見た中文のwikipediaでは越南(ベトナム)は中国の属国と書いてあった。
そしてその後フランスの植民地になった。フランスがベトナムに持ち込んだのはフランスパンとギロチンだった。
悲惨な歴史が此処にもある。
そのフランスをWW2で追い出したのが日本。そんな歴史も有り、ベトナムは昔から親日国である。

しかしベトナム人はもっと面白い事を言う。
ベトナム、漢字で書けば越南、だから中国南部の越の国がルーツだ。そして日本も同じく越の国をルーツにする国だ。だから同じ越の国の仲間だ。
こんな事でベトナム人の親日は筋金入りと言える。

ちょっと参考までに
越(えつ)の国:紀元前700年頃~前257年頃まで、現在の上海あたりにあった国。「呉越同舟」という諺の越の国。
尚その後越の民は更に今の中国南部に百越として小国に分かれて存在。百越の範囲は今のベトナム北部にまで及んでいた。


一寸ここからは私の思い出話。
私もベトナムと日本はお互いにルーツには接点がある。そんな風に思っているのだがその物証を紹介。

ベトナムの大事にしている宝物にドンソン文明の銅鼓(青銅鼓)が有る。
ドンソン文明と言うのは現在の首都ハノイ(漢字では河内)近郊のドンソン村で発見された2000年ほど前の遺跡を作った文明。
そこでは立派な銅鼓(青銅鼓)が作られていた。

ドンソン銅鼓(青銅鼓)

2016-3-13ドンソン銅鼓

私が2002年にハノイの歴史博物館で実物をしっかり見てきた。そしてこの製造法は日本の銅鐸と共通の技術であることに気が付いた。面白いものだと思う。
尚ベトナム以外に中国南部、百越関係の遺跡でも同じような銅鼓が発見されている。その文献では銅鼓は百越に固有の文化だとなっている。

これは日本で発見された最大の銅鐸のレプリカ

2016-3-13日本最大の銅鐸レプリカ

銅鐸は謎の多いものである。どこから伝わってきたのか(類似品は中国にも無い)、どのように使われたのか、どうして突然使われなくなったのか、どうして他のモノとは全く別に埋められたのか・・・
そんな謎を解くカギの一つがこのベトナムのドンソン銅鼓(青銅鼓)かも知れない。何せ製造方法に共通点が色々あるのだ。
どなたか研究してくれませんかねえ。上手くいけばすごい発見になるかもしれないですよ。

そう言えばタイに居るレヌカーさんとこの銅鼓の製造方法についていろいろ話をしたことがある。
そんな事も私のタイ時代の思い出の一コマ。

ベトナムが日本語を第一外国語にすると言う嬉しい話が大いに脱線して考古学の話になってしまった。
今日はこれ以上脱線すると何処まで行くか分からないので、これにておしまいとします。
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2016-01-07 16:59

大波乱の年明け

 今週は月曜日が中国株の暴落で始まり、本日も暴落しサーキットブレーカーとやらで市場はストップ。
凄い展開になったのだが、その上北朝鮮が核実験を行うなど、凄い年明けになったものだ。

所でその北朝鮮による核実験、カリアゲ君(金正恩)は水爆実験が成功したと言っているが、マスゴミの論調を見ると水爆かどうか疑わしいと言っている。
しかし私にはこの核実験、水爆でもブースト型原爆でもどちらでも大して違いは無い。それよりかなり小型化が進んでいる事が問題ではないかと思えるのだ。

小型化すればミサイルに簡単に乗せられる。日本にとっても大問題なのだが、もう一つ考えて欲しい事がある。
イランである。

悪の枢軸、イランと北朝鮮はそう言われてきた。そして実は核兵器でもイランと北朝鮮は協力関係にある。
イランと北朝鮮の核協力については以下参照ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%81%A8%E5%8C%97%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82


以下は私の妄想ですが・・・

考えてみるとイランは核開発を凍結し、アメリカと仲直りしているように見える。しかしイランの代わりに北朝鮮がイラン向けの核開発をしているのなら、イランとしては別に取り立てて心配することも無い。
イランとアメリカとの合意にはこんな裏があるのではないか。
そしてカリアゲ君が世界中を敵に回して核実験をした様に見えるが、そんな裏がありそうだ。
何せあの強かなイランと北朝鮮である。


所でもう一つの心配がペルシャ湾の石油問題である。
現在サウジアラビアがイランと国交断絶。
そんなイランの手に小型核でも渡ったら深刻な事になる。

実はそんな事を心配させる出来事が有った。
2010年7月、日本の巨大原油タンカー(16万㌧)がペルシャ湾で正体不明のテロ攻撃を受けたのだ。
この件は以下のエントリー参照ください。

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-172.html


http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-174.html


北朝鮮の核実験問題は悪の枢軸「イランと北朝鮮」としてとらえないといけない。
そのイランは現在サウジと揉めていて、サウジは断交している状態、こんな背景の中でこの核実験問題を見ないといけないと思う。

正月早々、トンデモナイ事が次々起こっている。
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2015-11-15 22:25

フランスの最悪の日

 2015年11月13日(金曜日)~14日はフランスにとっては本当にひどい日になってしまった。
パリでは今分かっているだけで129人もの死者を出すテロ事件。犯行はイスラム国ISが犯行声明を出しているが、シリア難民に紛れて欧州に入ってきた連中の犯行の様だ。
正に言葉も無い。


所で今日久しぶりに帰ってきた長女とメシを食べながらの話。フェースブックではフランスへの連帯の証しとしてこんなモノがはやっているのだと言う。

2015-11-15ザッカーバーグ


しかし残念な話が続く、
14日にはフランスの高速鉄道TGVが新型車両の試運転中に脱線、線路外へ飛び出し、すぐ下の運河に落ちると言う大事故が発生した。死者は10人になると言う。

こんな状況。

2015-11-15TGV事故1

上の赤い色が運河にかかる鉄橋、此処から下の運河に落下した。試運転中の為乗っていたのは技術者のみで一般の乗客はいなかった。

その現場はこんな所、緩いカーブに見えるが、TGVとしては相当の急カーブではないだろうか。

2015-11-15TGV事故2

事故原因はこれからいろいろわかって来るだろうが、世界の高速鉄道で乗客の死亡事故を起していないのは日本の新幹線とフランスのTGVだけだった。そのTGVの事故である。残念な話だと思う。

新幹線の脱線事故と言えば2004年(平成16年)10月、新潟県中越地震の為、上越新幹線で発生した脱線事故を思い出す。
この時は高架橋の上で直下型地震直撃を受け脱線した。しかし脱線したものの線路外に飛び出すと言う事は無く、死者・負傷者ともなかった。
日本の新幹線には此れに慢心することなく、更なる安全記録を目指して頑張ってほしいものだ。


以下は全く関係のない話・・・

こんな話をしながら今日は魚料理を食べに行った。
食べたものにこんなモノ。この時期にしてはよく太った焼きハマグリ。

2015-11-15はまぐり

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2015-11-13 21:50

パンダハガー(親中派)をやめた話<*追記あり

 今日からこんな本を読み始めた。
アメリカ政府に多大な影響力のある中国研究者がパンダハガー(親中派)を止めた話である。
中国の100年計画の世界制覇の野望に気が付いたのだと言う。

2015-11-13中国の世界覇権百年戦略

本の題名は「China 2049」、副題が”秘密裏に追行される「世界覇権100年戦略」”である。
(貼り付けた本の表紙の写真はそう書いてあるのだが、印刷の都合で上手く見えない。恐縮です。)

実はこの本、一昨日この本の書評が有ったので早速注文した。それが今日夕方共有型到着したと言う訳。

チョットその書評から興味深い所を引用すると

<以下引用>
http://diamond.jp/articles/-/81432
http://diamond.jp/articles/-/81432?page=5

 現在起こっている米中の対立は、一過性のものなのか、それとも「米ソ冷戦」のように長期的なものなのか?この疑問に答えを与えてくれる「衝撃の書」がある。米国を代表する超大物「パンダ・ハガー」(パンダを抱く人=親中派)だったマイケル・ピルズベリーの最新作「China2049 秘密裏に遂行される『世界覇権100年戦略』だ。今回は、この本から、米中関係の変遷を読み解いて行く。

 ピルズベリーは現在、ハドソン研究所中国戦略センターの所長であり、米国防総省の顧問も務めている。また、米国の政策に大きな影響力を持つ、「外交問題評議会」「国際戦略研究所」のメンバーでもある。

 そうした「表の顔」の他に「裏の顔」も存在する。本に書いてしまっているので、「裏の顔」ともいえないが、ピルズベリーは24歳の時から、米国のスパイとして働いてきたのだ(40p)。米国の「対中政策」に40年以上深く関わってきたピルズベリーは、この本の中で、「米中関係」の驚くべき「裏話」をたくさん披露してくれている。

・・・中略・・・

 次に、「この本の位置づけ」について考えてみよう。15年3月、親米諸国が米国を裏切り中国側についた「AIIB事件」が起こった時、筆者は「米国は必ず逆襲する」と書き、その方法についても予測した。(詳細はこちらの記事を参照)あれから半年が過ぎ、予想通り米中関係は、急速に悪化している。

 問題は、最初に触れたように両国の対立が「一過性のもの」なのか、「長期化する」のか、である。

 ところで、この本の冒頭には、「機密情報が漏えいしないよう、CIA、FBI、国防長官府、国防総省の代理によって査読を受けた」とある。つまり、この本には、CIA、FBI、国防総省もかかわっているのだ。巻末には、「謝辞」があるが、その中に、こんな一文がある。

 <ヘンリー・キッシンジャーは中国人の考えを深く理解しており、その知識に基づいて直接的にも間接的にも支援してくれた。>(360p)

 かつて米国ナンバーワン「パンダ・ハガー」だったキッシンジャーが、全面的に協力している。これは、「キッシンジャーが親中派をやめた証拠」といってよいだろう。大物親中派ピルズベリーとキッシンジャーの転向により、今後米国で「パンダ・ハガー」でいることは困難になるだろう。無理に親中派をつづければ、中国との「黒い関係」を疑われるようになる。

 そして、冒頭にある「推薦の言葉」は「決定的」だ。ウールジー元CIA長官は、中国について、こう書いている。

 <本書が明かす中国の真の姿は、孫子の教えを守って如才なく野心を隠し、アメリカのアキレス腱を射抜く最善の方法を探しつづける極めて聡明な敵だ。
 我々は早急に強い行動を取らなければならない。


 元CIA長官が、ある国について「敵」と名指しするのは、よほどのことだ。そして、ピルズベリー自身は、「アメリカはこのマラソンの敗者になろうとしている」と警告している。さらに、「中国が覇権をとった暗黒の世界」を描き、そうならないために「米国が中国に勝利する方法」まできっちり解説している。

 これらすべての事実からわかることは、「中国の世界覇権の野心を知った米国支配層が、中国打倒の決意を固めている」ということだ。つまり、現在の「米中対立」は、「米中覇権戦争」の一環であり、戦いは「長期化」し、決着がつくまでつづく」可能性が高いのだ。私たち日本国民も、日本政府も、「今は1930年代のように、変化の激しい切実な時代なのだ」ということを、はっきり自覚しておく必要がある。

<引用終り>


大変面白い話である。
がしかし、今はまだ読み始めたばかり、じっくり読んでみたいと思います。

私の最大の興味は今は1930年代の流動的な時代とそっくりなところがある。そんな目でこの書も見たいと思っています。


*追記します。よもぎねこさんから引用記事が読めなくなっているとの指摘がありました。確かに読めなくなっていまして、何度かチェックするとどうも不安定。今は読めるのですが念の為全文を下記に引用します。

尚私は最初の記事のコピーを持っていましたので記事が書き換えられたかどうか確認しました。記事の書き換えは無いようです。

不要なら読み飛ばしていただいて結構です。

<以下引用>

http://diamond.jp/articles/-/81432

米国超大物スパイが明かす、中国「世界制覇」の野望
北野幸伯 [国際関係アナリスト] 【第18回】 2015年11月15日

米中の対立が激化している。現在起こっている米中の対立は、一過性のものなのだろうか?それとも、「米ソ冷戦」のように長期的なものなのだろうか?この疑問に答えを与えてくれる「衝撃の書」がある。

米中関係改善に貢献した
米国の超大物スパイが暴露本を出版!

 米国は9月、訪米した習近平国家主席を「冷遇」し、両国関係の悪化が全世界に知れわたった。翌10月末、米海軍は、「航行の自由」作戦を実施。米中の軍事衝突を懸念する声が、聞かれるようになった。

2015-11-16中国世界制覇の野望の添付写真

 現在起こっている米中の対立は、一過性のものなのか、それとも「米ソ冷戦」のように長期的なものなのか?この疑問に答えを与えてくれる「衝撃の書」がある。米国を代表する超大物「パンダ・ハガー」(パンダを抱く人=親中派)だったマイケル・ピルズベリーの最新作「China2049 秘密裏に遂行される『世界覇権100年戦略』だ。今回は、この本から、米中関係の変遷を読み解いて行く。

 ピルズベリーは現在、ハドソン研究所中国戦略センターの所長であり、米国防総省の顧問も務めている。また、米国の政策に大きな影響力を持つ、「外交問題評議会」「国際戦略研究所」のメンバーでもある。

 そうした「表の顔」の他に「裏の顔」も存在する。本に書いてしまっているので、「裏の顔」ともいえないが、ピルズベリーは24歳の時から、米国のスパイとして働いてきたのだ(40p)。米国の「対中政策」に40年以上深く関わってきたピルズベリーは、この本の中で、「米中関係」の驚くべき「裏話」をたくさん披露してくれている。

 よく知られていることだが、米中関係が劇的に改善されたのは、1970年代はじめだった。米国は、冷戦のライバル・ソ連に対抗するために、「中国と組む」ことにした。主導したのは、ニクソン大統領とキッシンジャー大統領補佐官といわれる。特にキッシンジャーは、「米中関係を劇的に改善させた功績」により、「リアリズム外交の神様」と評価されている。

 ピルズベリーは当時20代半ばだったが、「米中和解」に大きく貢献した。ニクソンとキッシンジャーは1969年、「中国と和解した時、ソ連との関係が過度に悪化するのではないか」と恐れていた。ピルズベリーは、ソ連人から情報を入手し、「米中が和解しても、ソ連は米ソ緊張緩和の動きを止めない」ことを伝えた人物だったのだ。

 <ほかならぬわたしがソビエト人から得ていた情報に後押しされて、ニクソンとキッシンジャーはついにその気になったのだ。
 わたしが得た情報とは、「米中が接近しても、モスクワは緊張緩和への動きを中断しないだろうし、中国のあてにならない申し入れをアメリカが受け入れることを大方予測している」というものだ。
 アルカディ・シェフチェンコとクトボイは、まさにその通りのことをわたしに語っていた。>(88p)

次のページ>> キッシンジャーは毛沢東の計略にはまった

http://diamond.jp/articles/-/81432?page=2

「キッシンジャーは毛沢東の計略にはまった」
鄧小平時代には米中「蜜月」に


 しかし、この本にはもっと重要なことが書かれている。「米中和解」を「真」に主導したのは、ニクソンでもキッシンジャーでもなく、中国だったのだ。

 <この交渉を始めたのは、ニクソンでもなければキッシンジャーでもなかった。(中略)
 ニクソンが中国を訪れたのではなく、中国がニクソンのところへやってきたのだ。>(82p)(太線筆者。以下同じ)

 キッシンジャーは71年7月、極秘で中国を訪問。そして、72年2月、ニクソンは歴史的訪中を実現させた。キッシンジャーはすっかり毛沢東に魅了され、中国に取り込まれてしまう。

 <キッシンジャーは毛の計略にまんまとはまり、ニクソンに、「中国は英国に次いで、世界観がアメリカに近い国かもしれない」と告げた。
 中国の戦略を疑う気持ちはみじんもなかったようだ。>(96p)


 当時49歳だったキッシンジャーの「中国愛」は、以後40年以上つづくことになる。こうして、米中関係は劇的に改善された。

「ソ連と対抗するために、中国と組む」−−。これは、論理的に非常にわかりやすいし、米国の立場からすれば「戦略的に間違っていた」とはいえないだろう。両国関係は、毛沢東が76年に亡くなり、鄧小平がリーダーになった後、さらに深まっていく。

 <西洋人にとって鄧は、理想的な中国の指導者だった。
 物腰が穏やかなおじいさんのようでありながら、改革精神に富むバランスのとれた指導者。
 要するに、西洋人が会いたいと思う人物だったのだ。>(101~102p)

 そして、米国は、この「理想的な指導者」を、惜しみなく支援することにした。

 <カーター(註、大統領)と鄧は、領事館、貿易、科学、技術についての協定にも署名したが、それは、アメリカが中国の科学者にあらゆる種類の科学的・技術的知識を提供することを約束するもので、結果的にアメリカの科学的・技術的専門知識の史上最大の流出を招いた。>(111p)

 こうして「理想的な指導者」鄧小平は、米国(と日本)から、ほとんど無料で、奪えるものを奪いつくし、中国に「奇跡の成長」ともたらすことに成功する。まさに、中国にとって「偉大な指導者だった」といえるだろう。

次のページ>> 天安門事件と冷戦終結で関係にヒビ

http://diamond.jp/articles/-/81432?page=3

天安門事件と冷戦終結で関係にヒビ
驚きの「クリントン・クーデター」が勃発


 80年代末から90年代初めにかけて、米中関係に大きな危機が訪れる。理由は2つあった。1つは、89年6月の「天安門事件」。人民解放軍は、「民主化」を求める天安門のデモを武力で鎮圧し、数千人の死者が出た。もう1つは、「冷戦の終結」である。

 「ソ連に対抗するために中国と組む」というのが米国側の論理だった。では、「ソ連が崩壊した後、中国と組みつづける理由は何か?」という疑問が当然出てくる。そして、この2つの大事件は、確かに米中関係を悪化させた。時の大統領は、クリントンだった。私たちが抱くイメージとは違い、「クリントンはどの大統領より強硬な対中路線を敷いた」と、ピルズベリーは断言する。

 <大統領選のさなかには、「ブッシュ大統領は、北京の肉屋を甘やかしている」と攻撃した。
 クリントンが大統領に就任するとすぐ、国務長官のウォーレン・クリストファーは、上院外交関係委員会でこう宣言した。
 「わたしたちの政策は、経済力の強化と政治の自由化を後押しして、中国における共産主義から民主主義への広範で平和的な移行を手助けすることだ」>(140~141p)

 米国が反中に転じることを恐れた中国は、なんと米国政府内に「強力な親中派グループ」を組織し、クリントンの「反中政策」を転換させることにした。ピルズベリーによると、「親中派グループ」には、国家安全保障担当補佐官トニー・レイク、副補佐官サンディ・バーガー、国家経済会議議長ロバート・ルービン、財務次官ローレンス・サマーズなどが含まれていた。

 ルービンは、元ゴールドマンサックスの会長で、後に財務長官になっている。サマーズは、ハーバード大学の経済学者で、ルービンの後に財務長官になった。確かに「強力」だ。「親中派グループ」は、政治家の味方を増やしていった。そして、何が起こったのか?

 <ついに1993年末、中国が現在、「クリントン・クーデター」と呼ぶものが起きた。
 中国に同調する面々が大統領に反中姿勢の緩和を認めさせたのだ。
 クリントンがかつて約束したダライ・ラマとの新たな会談は実現しなかった。
 対中制裁は緩和され、後に解除された。>(143p)

 驚くべき事実である。中国はなんと、米国の外交政策を180度転換させることに成功したのだ。

次のページ>> 驚きの中国「100年マラソン」計画

http://diamond.jp/articles/-/81432?page=4

米国から覇権を奪い復讐する!
驚きの中国「100年マラソン」計画


 このように、米中は、「想像以上に深い関係」であることが、この本によって明らかにされている。そして、60年代末からつい最近まで、ピルズベリーは「米中関係を良好にするために」尽力してきた。

 しかし、ここからが、最も重要な話である。ピルズベリーは「中国にだまされていたことに気づいた」というのだ。きっかけは、クリントン政権時代の90年代後半までさかのぼる。ピルズベリーは、国防総省とCIAから、中国の「米国を欺く能力を調べるよう」依頼された。彼は、諜報機関の資料を含むあらゆる情報にアクセスし、研究を行った結果、驚くべきシナリオが見えてきた。

 <これらのタカ派は、毛沢東以降の指導者の耳に、ある計画を吹き込んだ。
 それは、「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」というものだ。
 この計画は「100年マラソン」と呼ばれるようになった。
 共産党の指導者は、アメリカとの関係が始まった時から、この計画を推し進めてきたのだ。
 そのゴールは復讐>(22p)

 しかし、当時はピルズベリーのこの見解を、ほとんど誰も信じてくれなかった。その後、「中国が世界制覇を狙っている」という彼の確信はゆっくりと強まっていく。

 2006年、国防総省の顧問になっていたピルズベリーは、ウォール・ストリート・ジャーナルで、「私の使命は、国防総省が『パンダ・ハガー』(=親中)にならないようにすることだ」と主張。 そして、「中国政府はアメリカを避けられない敵と見なし、相応の計画を練っている。だから、わたしたちは警戒を怠ってはならない」と警告した。

 中国は、大物パンダ・ハガーの裏切りに激怒した。以後、今まで交流のあった中国人政治家、学者、軍人などとの交流は断ち切られ、中国行きのビザも、なかなか出なくなった。しかし、ピルズベリーはその後も揺れ続けていたらしい。こんな記述もある。

 <2009年になっても、同僚とわたしは、中国人はアメリカ人と同じような考え方をすると思い込んでいた。>(316~317p)

 そして、彼が決定的に反中に「転向」したのは、13年だという。

 <2013年の秋に北京を訪れて初めて、わたしは自分たちが間違っていたこと、そして、アメリカの衰退に乗じて、中国が早々とのしあがりつつあることに気づいた。>(318p)

次のページ>> 「China2049」が示す米中関係の未来

http://diamond.jp/articles/-/81432?page=5

「China2049」が示す
米中関係の未来


 ここまで「China2049」の内容に触れてきた。ここで書いたことだけでもかなり驚きだが、他にも驚愕の事実が山盛りなので、是非ご一読いただきたい。

 次に、「この本の位置づけ」について考えてみよう。15年3月、親米諸国が米国を裏切り中国側についた「AIIB事件」が起こった時、筆者は「米国は必ず逆襲する」と書き、その方法についても予測した。(詳細はこちらの記事を参照)あれから半年が過ぎ、予想通り米中関係は、急速に悪化している。

 問題は、最初に触れたように両国の対立が「一過性のもの」なのか、「長期化する」のか、である。

 ところで、この本の冒頭には、「機密情報が漏えいしないよう、CIA、FBI、国防長官府、国防総省の代理によって査読を受けた」とある。つまり、この本には、CIA、FBI、国防総省もかかわっているのだ。巻末には、「謝辞」があるが、その中に、こんな一文がある。

 <ヘンリー・キッシンジャーは中国人の考えを深く理解しており、その知識に基づいて直接的にも間接的にも支援してくれた。>(360p)

 かつて米国ナンバーワン「パンダ・ハガー」だったキッシンジャーが、全面的に協力している。これは、「キッシンジャーが親中派をやめた証拠」といってよいだろう。大物親中派ピルズベリーとキッシンジャーの転向により、今後米国で「パンダ・ハガー」でいることは困難になるだろう。無理に親中派をつづければ、中国との「黒い関係」を疑われるようになる。

 そして、冒頭にある「推薦の言葉」は「決定的」だ。ウールジー元CIA長官は、中国について、こう書いている。

 <本書が明かす中国の真の姿は、孫子の教えを守って如才なく野心を隠し、アメリカのアキレス腱を射抜く最善の方法を探しつづける極めて聡明な敵だ
我々は早急に強い行動を取らなければならない。>

 元CIA長官が、ある国について「敵」と名指しするのは、よほどのことだ。そして、ピルズベリー自身は、「アメリカはこのマラソンの敗者になろうとしている」と警告している。さらに、「中国が覇権をとった暗黒の世界」を描き、そうならないために「米国が中国に勝利する方法」まできっちり解説している。

 これらすべての事実からわかることは、「中国の世界覇権の野心を知った米国支配層が、中国打倒の決意を固めている」ということだ。つまり、現在の「米中対立」は、「米中覇権戦争」の一環であり、戦いは「長期化」し、決着がつくまでつづく」可能性が高いのだ。私たち日本国民も、日本政府も、「今は1930年代のように、変化の激しい切実な時代なのだ」ということを、はっきり自覚しておく必要がある。

<引用終り>

以上がこの寄稿文の全文です。
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2015-10-23 13:53

ロンドンを徘徊するモノ

 「犯罪の専門家として言わせてもらえば」と、ミスター・シャーロック・ホームズは言った。「ロンドンは、モリアーティ教授の逝去以来、じつにつまらない街になったものだ」。

これはコナン・ドイルのシャーロックホームズシリーズの小説の一つ、「ノーウッドの建築家」の冒頭部分。
この小説はこんな冒頭の次はこう続いている。

「数多いまともな市民が君に賛成するとは、とうてい思えないね」と、私は答えた。

「まあよし、勝手を言ってはならないか」と微笑みながら、ホームズは朝食のテーブルから椅子を引いた。「社会は得をし、損をしたものは誰もいない。ひとり、失業した専門家を除けばね。あの男が活動していれば、朝刊は無限の可能性を与えてくれるものだった。ときに、それはごくごく小さな痕跡や、ごくごくかすかな兆候でしかなかったけれど、それでも十分、卓越した悪辣な頭脳の存在を僕に知らせてくれた。巣の縁でのかすかな振動が、巣の中央に潜む汚らわしい蜘蛛の1匹を暴きだすように
・・・以下略

シャーロック・ホームズの住いはここ、ベーカー街221B。

2015-10-23シャーロックホームズ1

今にもここからシャーロック・ホームズが顔を出しそうなのだが

2015-10-23シャーロックホームズ2


ガラにも無くシャーロック・ホームズの話なのですが、なぜ今こんな???
それはシャーロック・ホームズもビックリの邪悪な毒蜘蛛が今ロンドンを徘徊しているからなのだ。

その人物はこんな歓迎を受けた。
「廁所外交」だそうだ・・・

2015-10-23ロンドン空港での習近平

動画はコレ


そして英国王室の公式晩餐会で早速反日ぶりを発揮しているようだ。
産経の報道では
「習氏演説の異様 「抗日」「日本の残虐性」晩餐会でも繰り返す チャールズ皇太子は欠席」

2015-10-23公式晩餐会での習近平
http://www.sankei.com/world/photos/151021/wor1510210028-p1.html


習近平はイギリスと中国以外の国の名前を言ったのは日本だけらしい。まあそれだけ女王陛下に日本の宣伝をしてもらえるんだとしたら、それはそれでも良いではないか・・・(棒)

実際は習近平クンがうまれたのが1953年。その年、エリザベス女王の戴冠式が行われ、日本からは昭和天皇の名代として当時皇太子だった今上陛下が出席された。
そんな古い付き合いのある国の悪口、それを言いふらしてやったと思っているとしたら、そして相手がそれを信じると思っているとしたら、言った方が愚か者に見える事すらわからんのかねえ。ヤッパリ毒蜘蛛級でしょうな


そして訪英の最後にキャメロン首相と習近平との共同記者会見、これでもBBCの記者が噛みついているようだ。

習近平主席に英BBC記者が会見で皮肉たっぷり質問 キャメロン氏が苦い表情で反論
http://www.iza.ne.jp/kiji/world/news/151022/wor15102222400024-n1.html


さて話は最初に戻って、どうして毒蜘蛛の話なのか、それはこの部分である。
「巣の縁でのかすかな振動が、巣の中央に潜む汚らわしい蜘蛛の1匹を暴きだすように」

実は日本国内ではその蜘蛛の巣の淵のかすかな振動、これに相当する動きがアチコチに出ているのだ。

共産党、安保法廃止目的の「連合政府」構想は大丈夫? 党綱領と論理矛盾も
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20151020/plt1510201550002-n1.htm

この記事で石平氏にこんな事を言われている。
 「とても信じられない。安保法制に反対するために、日米安保条約を維持するという。これでは、まったく論理矛盾ではないか」

こんな所を見ると毒蜘蛛が暴れて、蜘蛛の巣の縁ではちっちゃな虫どもが右往左往、そうではないだろうか。
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2015-09-14 09:57

欧州の移民問題は新たな戦争?

 9月12日に「ドイツの移民受け入れに思う事」をエントリーした。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1162.html

此処にドイツ在住の丸山光三さんから極めて興味深いコメントを頂いた。
このコメントを紹介しながらこの問題をもう少し考えてみたい。

最初に丸山光三さんのコメント

独逸で発生しているのは移民問題ではなく戦争であるという件
まず結論から述べます。北イラクのクルド人対ISIS(その背後のトルコ)に関与してしまったドイツ政府に対するトルコ政府の報復がドイツへ押し寄せるシリア難民です。

事の経緯はこうです。
トルコ東南部、シリア、北イラク、西イランにまたがるクルデイスタンの復興建国をめざすクルド人(その総人口3千万人)の独立闘争はトルコにとって眼中の釘、獅子身中の虫です。

8日、北イラクとトルコ南東部の国境地帯でPKK(クルド労働党)部隊がトルコの国境警備隊を攻撃し16人を殺害しました。トルコ軍が国境を超えて北イラクへ進撃したからです。

2013年両者は停戦に合意していました。しかし、北イラクとシリアの混乱においてISISと激しく対立し武装闘争をするクルド人に対しドイツ政府が武器と軍事顧問団を派遣し間接的にISISに対する闘争に関与した。暗にISISを支持し実質的にISISの後方基地となっているトルコ政府がこれに不快感をもったのは当然でしょう。

7月、トルコ政府はISISへの空爆と称して其の実クルド人部隊への空爆を実施した。これで2年来の停戦が破られた。現在両者間の戦争は拡大中です。

トルコ政府は、最近これまで受け入れていた北イラクとシリアの難民170万人を陸続とドイツへと放出中です。三歳児の溺死死体の胡散臭いプロパガンダを観よ。これがいま欧州とくにドイツを混乱させるシリア難民の真相でしょう。

ゆえに、ドイツへ押し寄せる難民の大部分は実はクルド人であろうということが容易に想像されます。その事実はまもなく明らかになるでしょう。

なぜドイツ政府が国民への十分な説明もなしに北イラク紛争に介入したのか、なぜトルコ政府はこれまでのような対クルド宥和政策を転換して対立政策をとるのか、すべて奇怪な経緯で歴史に登場したISISの背景と関係がありそうです。
2015-09-13 02:22 URL 丸山光三 」


更に丸山光三さんはご自身のブログにこの意見をもっと詳しく解説されている。詳細はこちらも参照ください。
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-entry-4869.html


問題を整理するために欧州に押し寄せている移民・難民問題がどうなっているか
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1153.html

ここでこんな図を紹介しました

2015-8-30難民ルートby読売新聞一面

移民・難民問題には大雑把にいって二つのルート、一つは北アフリカのリビア辺りに集結してそこから船で地中海を渡るルート、
彼らの目指す最終目的地はイギリスである。しかしイギリスへはドーバー海峡が有る為簡単には渡れない。イギリスも簡単には受け入れしない。

もう一つのルートが中東シリア難民が中心でトルコ、ギリシア、マケドニア、セルビア、ハンガリー、オーストラリアを通って、最終目的地はドイツである。(上掲の図の右側のルート)

ハンガリーからの情報によれば
「今年の1〜8月に17万人の難民がシリア、イラク、アフガニスタンなどからハンガリーに不法入国している。多くの難民はトルコ、ギリシャ、マケドニア、セルビアを経由してハンガリーに入り、より豊かで難民に友好的なドイツなどに落ち着くことを望んでいる。」
http://jp.wsj.com/articles/SB11970227293124023368304581227690669134146?mod=WSJJP_hpp_MIDDLENexttoWhatsNewsSecond

こんな凄い数の移民集団がドイツを目指している訳だ。
尚この人数がいかに凄いか、日本で東日本大震災の場合、震災直後の避難者は推計47万人、2015年8月末現在19万8513人。
これは言葉の通じる日本人の中での事で、しかも避難者は住む所を失ったり、職場を失ったりしたが、国を失ったわけではない。
ドイツを目指す移民たちは若い人が中心で、何もかも捨てて逃げ出した人たちが中心なのだ。

そしてこの図は第一次大戦でも同盟国の図。

2015-9-14第一次大戦の同盟国の図

第一次大戦の同盟国はドイツ帝国・オーストリア=ハンガリー帝国・オスマン帝国・ブルガリアの4カ国
今ドイツを目指す移民たちの関係国を見ると第一次大戦の関係国と妙に重なっている。

ドイツの移民80万人受け入れ政策は多分こんな積年の問題を浮き彫りにしたのではないだろうか。
http://mainichi.jp/select/news/20150901k0000e030218000c.html


冒頭紹介した丸山光三さんのコメント
独逸で発生しているのは移民問題ではなく戦争であるという件
まず結論から述べます。北イラクのクルド人対ISIS(その背後のトルコ)に関与してしまったドイツ政府に対するトルコ政府の報復がドイツへ押し寄せるシリア難民です

この問題は第一次大戦以来の積年の問題が今噴き出した、そんな事ではないでしょうか。


そして今欧州マスゴミは可哀そうだキャンペーン実行中。
例えばこんなモノ

<以下引用>

http://www.afpbb.com/articles/-/3060090?pid=16437511&page=2
同情か罪の償いか、ドイツ人が難民を支援する理由
2015年09月12日 15:31 発信地:ベルリン/ドイツ

【9月12日 AFP】ドイツの年金生活者フランク・ディトリヒ(Frank Dittrich)さんはこの4週間、午前8時から午後7時までベルリン(Berlin)の難民登録センターに並ぶ人たちに飲み水を渡している。

「家でテレビの前に座っているよりもずっと有意義な時間の使い方だよ」と、ディトリヒさんはAFPに語る。「登録希望者が多すぎて政府には絶対に対応しきれない。だから手伝わないとね」と、ディトリヒさんはあっさりとした口調で語った。

 今年予想されている難民申請者80万人の受け入れ準備が進められているドイツでは、ディトリヒさんのような大勢の市民が、第2次世界大戦(World War II)後最大規模の難民支援に自発的に参加している。

 難民の一時収容施設の隣に自宅兼スタジオを構えるアーティストのアンデレル・カマーマイアー(Anderl Kammermeier)さんは「毎週末、あるいは毎晩、難民のための物資を積んだ車が次々にやってくるのが見える」と語る。「われわれの歴史、ドイツの記憶と関係していることなのだろう。ほぼ全てのドイツ人は、かつて難民あるいは移民だった家族を持っている」

 ノーベル文学賞作家ヘルタ・ミュラー(Herta Mueller)氏は「私も難民だった」と題した独大衆紙ビルト(Bild)の論説で、ナチス・ドイツ(Nazi)の統治下で数十万人規模のドイツ人が国を逃れたことや、その後に大勢のドイツ人が東欧や東ドイツの共産圏を逃れたことを振り返り、「ナチスを逃れて亡命した人々はみんな助かった。…過去に他の国々がドイツ人にしてくれたことを、ドイツもしなければならない」と述べた。

 歴史家のアルヌルフ・バーリング(Arnulf Baring)氏は「われわれが今行っている善行はなんであれ、過去にわれわれが犯した悪行、とりわけナチス時代のそれとつ
ながりがある」と述べる。同氏によると、反移民の論調が出るたびに、ソーシャルメディアで激しい反論が巻き起こっているという。

自身や家族の体験が原動力

 ドイツのDPA通信の委託で英世論調査会社ユーガブ(YouGov)が実施した調査によると、難民支援を手伝った人は、すでにドイツ人の5人に1人に上っている。カマーマイアーさんによると、難民の一時収容施設に寄付した人の多くは、最近ドイツに移住した人や、家族が移民だった人だという。
・・・以下略
<引用終り>


そして最後に丸山さんがご自身のブログで指摘しているこんな部分。

>シリア難民と一口に呼ばれますがその大部分はクルド人であろうことが容易に想像されます。知り合いのクルド人もそういっていました。
斯くの如き中東地域を巡る情勢の変化、欧米の対ロシア政策、米国の意にそわないドイツの動きなどが絡み合って計画された今回のドイツへの移民潮であるのは確かだろうと思います。結論的には、トルコ政府の報復の裏にはウクライナのナチ政権成立及内戦と同様に国際金融・国際石油資本とその手先某国がいるのではないか、という合理的な懐疑が成り立つと思います。
ひょっとすると欧米を巻き込んだ世界戦争はすでに始まっている。
一方はISISを創設し操作する勢力である米国・イスラエル・サウジ・トルコ枢軸、対立する一方はロシア・ドイツ(+イラン?)連合 でフランス等欧州諸国は模様眺めというところでしょうか?


どうもこんな所が裏に隠れているようです。
注意深く推移を見守りたいと思います。
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2015-09-12 21:01

ドイツの移民受け入れに思う事

 今ヨーロッパは移民・難民問題で混乱している。中でも移民の多くがドイツを目指しており、メルケル首相は移民大歓迎との方針を打ち出し、積極的の移民を受け入れるのだとか。

サッパリ分からないのだが、BBCなどを見ると毎日移民問題がニュースの大半。他のニュースなどは霞んでしまっている。
しかしメルケルさんは移民、多文化共生は失敗したと明言していたはずなのにどうしたんだろう。
(2010年のメルケル発言、ソースはhttp://www.bbc.com/news/world-europe-11559451


こんな事情をロイターが報道している
<以下引用>
http://jp.reuters.com/article/2015/09/11/analysis-migrants-germany-skilled-worker-idJPKCN0RB0I820150911

焦点:難民は「未来の熟練工」、ドイツ高齢化の救世主か
International | 2015年 09月 11日 15:54 JST
 
[ドルトムント/ベルリン 10日 ロイター] - 欧州諸国の多くが難民・移民の大規模な受け入れは自国経済に損失をもたらし得ると考える一方で、ドイツは記録的な難民流入に頼ることで自国を救おうとしている。

死亡数が出生数を上回るなか、ドイツの労働人口は2030年までに600万人減少する見通しで、持続的な経済成長を危うくしている。

「われわれのところにやって来る人々を早急に訓練し、仕事に就かせることができれば、熟練労働者の不足という、わが国経済の未来にとって最大の課題の1つが解決するだろう」とガブリエル副首相兼経済・エネルギー相は10日、議会で語った。

ドイツは年内に約80万人の移民を受け入れる予定だ。移民で不足を埋めつつ、人口を維持するのはドイツ政府にとって簡単なことではないだろう。だが、多くの企業はすでに彼らに期待のまなざしを向けている。

・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・
<引用終り>

ドイツの労働事情については3ヶ月ほど前だがこんな報道が・・・
ドイツの出生率は日本より低いんだとか。

<以下引用>
http://newsphere.jp/world-report/20150601-2/

ドイツ:日本より低い出生率、労働人口減少に危機感 移民受け入れも先行き不透明か
更新日:2015年6月1日

 ドイツの出生率が世界最低になり、将来の労働人口の減少に繋がるとして、経済への影響が懸念されている。欧米、アジア各国では、人口減少の影響が問題視されているが、爆発的に人口が増えるアフリカでは「人口ボーナス」による発展が期待されている。

◆人口増は、移民受け入れ国ドイツでも困難
 ドイツの監査法人BDOとハンブルグ国際経済研究所(HWWI)が行なった調査によると、ドイツの住民1000人当たりの赤ちゃんの出生数は、過去5年間で平均8.2人となり、日本の8.4人を下回った、とBBCは報じた。

 ドイツでは、2030年までに20歳から65歳までの労働人口の割合が61%から54%に低下すると見られており、結果として賃金が上昇し、「長期的に見て、経済における優位性を維持できない」と、BDOの理事の1人、アルノ・プロブスト氏は指摘する。同氏は、若い移民受け入れとより多くの女性労働力の活用を提唱。しかしBBCは、国内で移民受け入れ反対を掲げる政党が支持を拡大していることや、政府による子育て支援にもかかわらず出生率が上がらないことを挙げ、解決が難しいことを示唆した。

◆人口減は受け止めるもの
 英エコノミスト誌は、都市の人口減少について報じ、多くの国において、多様な経済組織を持つ大都市の人口は増加するが、小さな都市の人口は減っていると指摘する。

 人口の減少は、アメリカ中西部、東欧、イギリス北部のような鉄鋼、繊維などの斜陽産業が集中する都市部で深刻化した。しかし現在は、アジアでも多く見られる現象で、急速に都市化する中国やインドでさえも、一部の都市ではすでに人口が減少中だという(エコノミスト誌)。

・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・

<引用終り>


ドイツは移民を積極的に受け入れると表明した。だから大量の移民が押し寄せているが、これからもまだまだ増え続けるだろう。

これはミュンヘンに到着した移民が市のイベント会場のような所で食事をしている所。
2015-9-12ドイツに到着した難民2
メシ、寝る所、そして多分トイレが大問題だろう。

さてここで私の疑問、こんな写真を見てください。

2015-9-12ドイツに到着した難民1

この写真も上掲写真と同じくロイター記事についていたものだが、中央の女性を見てほしい。
身ぎれいな服装、イヤリングまでしているし身だしなみも綺麗なモノ。どう見ても食い詰めて逃げ出した人では無く旅行者だ。

報道は移民、難民だがこの人たち可哀そうでは済まされない感じがする。服装もだが高価なスマートフォンを持っている。
完全な経済移民と言える。
こんなモノが可哀そう、そんな甘い言葉でメディアで語られている(騙られている)、何か大きな嘘が有りそうだ。

これ以上は分からない。今後の続報を注意深く見てみたい。

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2015-08-30 22:47

欧州にあふれる難民

 欧州への移民(難民?)問題がやっと日本でも報道され始めた。
しかしこの問題は根が深いものがある。
そして重要なのは移民(難民)を送り出す側の国の事情、送り出す不法業者(マフィア?)、大枚を払って移民船(難民船)に乗り込む人々、そしてその人たちが到着する欧州諸国の事情。こんな色んな側面があるのだが、報道は主に移民(難民)に押しかけられる国の目線で報道されている。

そんな事で読売新聞、WSJの報道を引用するが、その前にどうしても紹介したいブログがある。
昔ベトナム戦争が終わってから「ボートピープル」がベトナムから出てきたことを記憶されていると思う。
ドイツ在住の丸山光三さんが、8年前だがそのボートピープルで逃げ出した人との話をブログにアップされている。
難民に押しかけられた側の報道は沢山あるが、実際命からがら逃げだした人の話は滅多に聞けない。
そんな意味で実に秀逸なブログなので、特にここで紹介させていただく。
「あるインドシナ華僑との会話二題」
http://marco-germany.at.webry.info/200710/article_7.html
尚このブログ当時はHNは丸幸亭老人になっているが現在は丸山光三さんです。


では本論に入って最初は読売の記事から

<以下引用>

欧州への移民・難民大幅増、今年30万人超える
2015年8月30日1時23分
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150829-118-OYT1T50106/list_%2523IMPTNT

2015-8-30難民ルートby読売新聞一面

 【ジュネーブ=石黒穣、ニューヨーク=水野哲也】国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は28日、中東やアフリカから地中海を渡って欧州に上陸した難民や移民が今年に入って30万人を超えたと発表した。

 昨年1年間の総数21万9000人をすでに上回っており、地中海での密航船の転覆事故などによる死亡・行方不明者も約2500人に上る。欧州各国のほか、国連も対策に乗り出す構えだ。

 リビア沖では27日、不法移民を乗せた密航船が沈没し、約200人が死亡・行方不明となった。オーストリアのハンガリー国境付近でも同日、放置された保冷車からシリアからの移民とみられる71人の遺体が見つかった。

 UNHCRによると、難民や移民の上陸先はギリシャが約20万人、イタリアが約11万人。増加の理由としては、シリアの内戦やイスラム過激派組織「イスラム国」の台頭などによる中東・北アフリカの治安悪化、貧困に加え、レバノンなどシリアの周辺国が難民流入に対応しきれなくなり、受け入れ制限を強化したことも挙げられる。

 出身国は、シリアや、政情が混乱する東アフリカのエリトリアなどが多い。シリアで居住地を追われた人らが密航業者を頼り、危険を冒して欧州行きを目指す例が目立つという。

 国連の潘基文パンギムン事務総長は28日、移民が渡航中に死亡する事例が相次いでいることを受け、9月30日に特別会合を開催すると発表した。潘事務総長は「共同で政治的に対処する必要がある」と強調。9月に各国首脳がニューヨークの国連本部に集まる国連総会でも、優先課題のひとつになるとの見通しを示した。

<引用此処まで>

もう一つの記事、これはWSJである。
http://jp.wsj.com/articles/SB10327460236075474355904581199463068351284
<以下引用>

オーストリアで保冷車に移民71人の遺体―移民急増に悩む欧州に衝撃
2015 年 8 月 29 日 10:18 JST

 ハンガリーとの国境に近いオーストリアの高速道路で27日、放置された保冷車から移民とみられる71人の遺体が見つかった。

 オーストリア警察は28日、死亡していたのは男性59人、女性8人、子ども4人だったと発表。窒息か水分不足で死亡したとみられる。警察はトラックの中に残されていた渡航文書から、犠牲者のほとんどがシリアからの難民である可能性が高いとしている。

 ハンガリー警察は28日、事件に関与した疑いでブルガリア人の男3人とアフガニスタン人の男1人を逮捕した。4人は密入国組織のメンバーとみられている。

 事件は欧州連合(EU)加盟国に大きな衝撃を与えている。2014年初めから中東やアフリカ、バルカン西部から数十万人の移民が欧州に押し寄せており、EU各国は対応に苦慮している。

 各国は収容施設の確保などの対応に追われる一方、住民からの反対や不安の声を受けて国境管理を強化したり移民に対する補助金の削減を議論したりするなど流入抑制に努めている。補助金を出すことで亡命を求める根拠がない経済難民を引き寄せているとの批判があるからだ。

 オーストリア警察は発見された遺体について、身元の確認や、死亡時間と死因の特定を急いでいる。捜査関係者は遺体が発見された段階で死亡から少なくとも1日半から2日が経過していたとみている。

 オーストリア警察によると、トラックが放置されていた高速道路は移民が東欧から西欧に入る際に使用する主要ルートの1つ。現在、多くの移民がトルコからギリシャに渡り、その後、バルカン半島諸国を経由してハンガリー入りしている。このルートは地中海経由で欧州を目指すルートよりも危険が少ないと考えられている。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の推計では、1日に約3000人の移民がバルカン半島に入ってしている。欧州対外国境管理協力機関によると、今年に入ってからこのルートを経由して欧州入りした移民の数は昨年の同じ時期の約10倍に上っている。

 移民の渡航先が欧州に集中する一方で、EUが国境管理を強化しているため、欧州の犯罪組織にとって密輸のあっせんはうまみのあるビジネスとなっている。オーストリア警察の推計によると、シリアやアフガニスタン、イラクでは多くの住民が3000ユーロ(約41万円)から5000ユーロ(約68万円)のあっせん料を支払、欧州への密入国を試みている。

<引用此処まで>


最初に丸山光三さんのブログにこんな記述がある。
「北のやつらは初めから我々を追い出すつもりだったようだ。しかし本音はそうでも金で出国させる方針をとった。金品を巻き上げられるし厄介払いもできる、一挙両得というわけだ。
Q>  君たち家族も出国を買いとったわけだね。
CL> そうだ。僕は小学6年生だった。姉は二つ年上。父母と四人だったから、全財産を処分しても足りず、他所からも借金をしたそうだ。
Q>  全部でいくら払ったのだろう?
CL> 知らない。でも全部ゴールドで支払ったそうだ。でもそれは出国許可だけ。船代は別途支払いだったそうだ。」

此処にボートピープルなどの難民問題、その原因が良く分かる。
つまりその国が国民を厄介払いし、しかも最後にカネを搾り取って出国させた。そこにそんな人を食い物にする連中がまたカネを搾り取って船に乗せた。そんな所である。支払いはこの当時マトモな通貨が無いので金(ゴールド)で支払った・・・
いま現に欧州に押し寄せている移民(難民)も多分こんな事ではないかと思う。

そんな事で見てみるとWSJの記事にはその渡航費用が書いてある。
「シリアやアフガニスタン、イラクでは多くの住民が3000ユーロ(約41万円)から5000ユーロ(約68万円)のあっせん料を支払、欧州への密入国を試みている」

こんな所を見ると上掲読売記事にある地図に2本のルート、シリア辺りからギリシア、オーストリアを抜けるルートの場合、シリア・アフガニスタン・イラク辺りから人を集め密航させる業者グループがいるのだろう。その相場が一人41万円から68万円、恐らく難民の人の全財産に相当する筈だ。

最後にもう一つ、読売新聞記事の出所について。
「【ジュネーブ=石黒穣、ニューヨーク=水野哲也】国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)」となっている。
つまり国連難民高等弁務官事務所の受け売り、現場の詳しい話は知らずに書いた記事ではないかと思う。
記事自体は間違っている訳ではないだろうが、現地はもっとドロドロした苦労の真っただ中と思います。
現場を知らない人の各記事は要注意です。
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2015-08-25 08:27

EU崩壊はいつ、そして何故起こる <その前に崩壊する国があるぞ

 今EUは移民問題で揺れている。日本では殆ど報道されないのだが、毎日のように移民の乗った難民船がやって来るし、途中で水死する人も多数いる。更に陸路EUを目指す人も凄い人数だ。
しかも移民問題はEU外からだけでなく、EU内でも問題になっている。
EU内の貧しい国から豊かな国へと仕事を求め、豊かな生活を求めて人は移動してくる。それは今EUの大問題に発展しているのだ。

ヨーロッパを目指す難民船
2015-8-25ヨーロッパを目指す移民船


そんな現状だがEU崩壊は避けられないと言うコラムがロシアのスプートニク(旧ロシアの声)に有った。
一足先に体制崩壊したソ連の経験を持つロシアからの意見、大変興味深いモノがある。
更にこんな体制は70年しか持たないとの意見、EUより先に70年を迎える国が有る。中共だ・・・。

そう言えば余談だが今は筆を置いた方の持論で「EUが上手くいくなら共産主義は大成功している筈だ」と言うのが有った。
あの方は今どこで如何している事やら・・・・・

という事で先ずはロシアの意見を。

<以下スプートニクより引用>

http://jp.sputniknews.com/opinion/20150710/558035.html

EU崩壊はいつ、そして何故起こる
2015年07月10日 19:24

 EUの運命はあらかじめ決定している。EUはソ連と同じような道筋をたどる。ソ連は70年間存在し、崩壊した。EUも同じ年齢で、おそらく2022年に崩壊するだろう。そう語るのはロシアの政治学者ヴィターリイ・トレチャコフ氏である。氏の論考を以下に紹介する。
(引用者注:EUは2022年で70年を迎えると言うのはEUの前身「欧州石炭鉄鋼共同体」が1952年に発足した事から計算している)

70年という数字は恣意的なものではない。一種の法則である。70年というのは人間の3世代にあたる。父が新しいものを創り、建設する。子はそれを利用し、蜜を吸い尽し、欠陥には目をつぶろうとする。孫の世代はもはや、祖父たちの創ったそれに、欠点しか見出さない。そして、祖父たちの創ったものを、祖父たちの理念を、公然と、直接に、批判する。最後には、その構造体は崩壊する。


ソ連の歴史はちょうどそのような経過をたどった。現在のEUにも同じような傾向は見られる。2020年代前半には「EUの孫たち」がちょうど中心的な政治勢力になる。
ソ連はどうして崩壊したのだったか。それは、中央政府の官僚主義のためであり、中央政府の利害および公式イデオロギーがソ連市民の大半およびソ連を構成する諸共和国の利害および世界観とどんどん乖離していったためである。それからもうひとつ。誰が誰を食べさせるのか、誰が働き、誰が楽しているのか、という点をめぐる、非難の応酬、これがソ連を破壊したのである。現在のEUにも見られるように、ソ連においても、非難の応酬が最初に巻き起こったのは北および南の諸共和国(EUの場合は国家)であった。ゴルバチョフのペレストロイカが行われた比較的短い期間に、この非難は急速に世論に浸透し、かつて「ソ連は経済的には誰にとっても必要だ」と考えられていたのが、「ソ連は誰の利益にもなっていない」という正反対の方向に振れた。さらに、ソ連崩壊のもうひとつの理由に、連邦を構成する諸共和国の指導層に、ナショナリズムが台頭したことがある。休眠していたナショナリズムに急速に火の手が広がった。それも、一部のマージナルな人々だけでなく、一見文明的な大衆にまで、それが拡がったのである。

同じような絵柄を、いま我々は、EUに見ている。しかも、ソ連においては「民族友好」政策はそれなりにうまく機能していたのであるが、その点EU諸国のリーダーたちは、もう数年前に、自分たちの多文化政策が失敗したことを白状させられている。なにしろソ連には、移民問題がなかった。いま移民問題は、EUをずたずたに引き裂き、欧州の未来を危ぶませ、EUを古参メンバーと新参メンバーに二分しようとしているのである。
「古い」欧州の民族的寛容性と、「新しい」欧州、つまり東欧およびバルト諸国の、国民および政府による公然たる人種差別、過激なナショナリズム、公然たる人種的不寛容。この二つが、ますます厳しく対立するようになっている。そして、加盟国の国家主権を損ね、ますます多くの政治的・財政的権力を集めつつある、EUの官僚機構に対する憎悪が、ますます募っている。この官僚機構は、EU各加盟国の市民には、個々の国・地域の民主主義を破壊する、権威主義の牙城のようにイメージされているのである。

そして、ソ連は、まさにその力を最大限に開花させた直後に、崩壊したのである。ソ連は2つのグローバル超大国の一角であった。ソ連の周囲には、そしてソ連を中心に、ワルシャワ条約機構という軍事同盟があり、経済相互援助会議という経済同盟があった。そして強力な、国際共産主義運動があった。それは現在のEUの経済力とも、政治力とも、比較を絶するものだった。
以上のことから、次の事が容易に理解されよう。EUの衰退と崩壊は遠い先のことではない、目と鼻の先のことなのだ、と。欧州の現在の政治家たちも、それを嗅ぎ取っている。だからこそ、そう大きくも、そう「高価」でもないギリシャというEU加盟国の、言ってみればローカルな債務問題をめぐって、あれだけの騒ぎが持ち上がっているのである。ギリシャが「ブリュッセル政府」に対する反抗的姿勢を公然と示すことに、普段「EUの理想は不可侵であり、EUは一体だ」と呪文のように唱えているEUも、黙ってはおれないのである。EU崩壊のシナリオは様々なものがあり得る。組織的崩壊から、無秩序な崩壊まで。

この論考では、米国というファクターを完全に無視した。米国はEUを政治的に、またNATOを通じて軍事的に、従属者として見、その存続を望んでいる。米国というファクターが重要であることは論をまたない。しかし、その米国といえども、かつてソ連が浴びたと同様の「波」をかぶっているEUの、自然な道行きをとどめることは出来ない。

<引用終り>


日本にはいい諺がある。「売り家と唐様で書く三代目」、正にその事を言っているのだ。

所でこの話、ロシアの政治学者ヴィターリイ・トレチャコフ氏はEUの事を言っているのだが、EUの所を中国と読み替えるとピッタリではないだろうか。
昨日も中国発の世界同時株暴落が伝えられているし、天津の大爆発事故は収拾の見通しすら立っていない。そんな現状は崩壊がすでに始まっていると言う事ではないだろうか。
中共は1949年に成立しているのでもう66年、70年寿命論ならあと4年だ。
トレチャコフ氏は70年という数字は恣意的なものではない、一種の法則であると言っている。
昔から「法律は破る事が出来る、しかし法則は破る事は出来ない」と言う。
(法律は人間の決めたものだから破れる、但しオマワリさんにつかまるが・・、法則は人間の決めたものでは無い、だから人間の勝手には出来ない)
是非とも是非とも、当てはまりますように・・・


最後にソ連の崩壊それは、中央政府の官僚主義のためだと言う事。そして誰が誰を食べさせるのか、誰が働き、誰が楽しているのか、という点という部分は一人ソ連の問題ではない。これは形こそ違え日本にも当てはまる。特に中央政府と言う所に日本は地方自治体やマスゴミが付け加わる。
このエントリーのテーマではないが、こんな事もいつも気を付けていたいと思う次第。
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2015-07-05 21:33

ギリシアとドイツの関係

 今日は7月5日、ギリシアでは国民投票が始まっています。
まだ投票が始まった段階で、その結果云々と言う訳にはいきませんが、WSJにギリシア人のこの問題、特にドイツに対する感情について興味深い記事があった。

何やらドイツをどこか別の名前に変え、ギリシアを別の半島国に変えるとそっくりなのだが・・・
何はともあれその記事を紹介。


<以下引用>
http://jp.wsj.com/articles/SB10468926462754674708104581088992440445866?mod=WSJJP_hpp_RIGHTTopStoriesFirst

ギリシャとドイツ、相手をさげすむ感情 国民投票後も続くか
By MATINA STEVIS AND ANDREA THOMAS
2015 年 7 月 5 日 12:15 JST

2015-7-5WSJ記事ギリシアとドイツに関して


 5日の国民投票が近づく中、ギリシャの売店で売られている新聞の一面にはナチスドイツのシンボルのかぎ十字と、ギリシャ語で「ノー」を表す「OXI」の文字があった。首都アテネの通りにはドイツのショイブレ財務相のポスターが貼られている。そこにはこう書かれていた。「彼は5年間、あなたたちの血を吸ってきた。彼にノーと言おう」

 一方、ギリシャの最も強力な債権者であるドイツでは先週、メディアがギリシャのチプラス首相に「ゆすり屋」「ギャンブラー」「ひきょう者」といったさげすみの言葉を投げつけた。タブロイド誌「ビルト」は3日、ギリシャのバルファキス財務相の「所属は恐怖の内閣で、欧州ではない」と攻撃。ギリシャにさらに資金を融通してユーロ圏に残留させることに対して、ドイツ国内では反対する意見がかつてないほど増えている。

 ギリシャの債務危機をめぐって、ギリシャ国民とドイツ国民はお互いへのいら立ちと憤りを爆発させるようになった。欧州連合(EU)が金融支援の条件としてギリシャに求めている緊縮財政策の賛否を問う国民投票が5日に実施されるが、どのような結果になったとしても両国の国民感情はすぐには収まらないだろう。

 ドイツでは一般の有権者から政府高官まで多くの国民がギリシャの対応にうんざりしている。ギリシャはユーロ圏の一員であることとグローバリゼーションがもたらす競争に適応することなく、欧州をゆすって非効率な経済と公的部門を支援させようとしている、というのがドイツ国民の認識だ。ドイツ人はギリシャの歴代政権を腐っていると考えていたが、急進左派連合(SYRIZA)率いる現政権については「やけになっている」とみる。

 独紙ハンデルスブラットは3日、チプラス首相の写真を加工して理不尽なゆすり屋のように仕立て上げた。自分の頭に銃をつきつけるチプラス首相の写真が「金をよこさなければ撃つ」という言葉とともに一面を飾った。

 多くのギリシャ人はその政治的指向にかかわらず、実行不可能な支援プログラムを主導し、過剰な緊縮策を押し付け、金融危機を本格的な不況に発展させたのはドイツだと考えている。ドイツが代わり映えのしない経済政策をギリシャに飲ませようとする一方で、債務再編についての国際的な議論に待ったをかけていることにギリシャは憤りを感じている。ユーロを離脱せざるを得ないかもしれないのにギリシャの有権者の約半数が国民投票で反対票を投じるとみられているのはこのためだ。

 短気なショイブレ財務相は多くのギリシャ人にとって憎しみの対象で、メルケル首相以上にさげすまれている。ギリシャでは多くの人が、2010年以降、社会保障費が大幅に削られたのはショイブレ氏のせいだと考えている。

「ドイツ人は私たちを踏みつけたがっている」。南部の都市コリントスに近い村Dervenakiaで農業を営むニコラス・マリアニスさん(76)は憤る。同村は1821年のオスマン帝国からの独立戦争の主戦場として知られおり、今も外国に抵抗する意識が強い地域だ。

 マリアニスさんは「われわれは降伏しない。ギリシャ人は常に堂々と振る舞ってきた」と語る。特にドイツ人に対してはそうだという。妻のマリアさんもうなずき、「この国は英雄の国。奴隷になるつもりはありません」。

 アテネ大学の政治学名誉教授コロンバス氏は「たいていのギリシャ人に聞けば、ドイツ人、特にメルケル氏とショイブレ氏がわれわれを債務植民地に引きずり下ろそうしていると答えるだろう」と語る。同教授はSYRIZAが反独感情を利用しているとみる。

 ギリシャのカメノス国防相は最近、議会で「欧州がドイツに支配されている」と発言した。声は震え、目には涙が浮かんでいた。カメノス氏はSYRIZAと連立を組む政党「独立ギリシャ人」の党首でもある。「(債権者の要求に政府が)ノーと言ったのは、国全体を不幸に追い込むことに反対する政治的な決断だった」。

 ギリシャの政治家が反ドイツ発言を続けているため、ドイツでは世論でも議会の場でもギリシャ支援の継続を支持する声が減っている。

<引用終り>


如何でしょうか、ドイツを別の国名にし、ギリシアを別の半島国の名前にすれば全くあてはまると思いませんか。
日本ではあれだけ支援してやったのに、如何して今頃になってそんな事を言うのか。
カネが欲しかったらもっと働けばいいだけだ。
こんな議論が出てきそうだ。

但し一つだけ大きな違いがあるかもしれない。ギリシアは売春婦の輸出大国ではないが別の半島国は・・・(以下略)。

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2015-06-11 11:05

ミャンマーの今はどうなっているか

 タイの鉄道の話をいろいろエントリーして泰麺鉄道に行きついたのだが、その目的地ミャンマー(旧名ビルマ・中国語では緬甸)がどうなっているのか。

最近こんなニュースが流れてきた。

<以下バンコク週報記事から引用>

サハ・グループがミャンマーでの工業団地開発を断念
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=5768
09/06/2015

消費物資コングロマリットの「サハ・グループ」は、隣国ミャンマーで工業団地を開発する計画だったが、同グループ首脳はこのほど、コストがかかりすぎるとの理由で計画を断念したことを明らかにした。

計画では160ヘクタールの区画に工業団地を建設することになっていた。

だが、同首脳によれば、工業団地を開 発した場合、この先数年間にどの程度の収益があるかなどを慎重に検討したが、土地の賃料が非常に高額であるといった理由から、計画の中止を決めたとのことだ。

<引用終り>

 私はミャンマーは軍事政権から民政化に切り替わってまだ間が無いと思っていた。しかし最近の話ではミャンマーは物価が高騰し、最早進出は手遅れ。今から出てくるところではない。そんな事を昨年あたりから聞いている。そこにこんなサハグループの進出断念、一体どうなっているのだろう。

最初に此処に出てくるサハグループ(左派ではない)とはどんなものか。
詳細は以下参照ください
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%8F%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97
主な合弁企業はワコール、イトキン、ライオン、資生堂、ツルハホールディングスなど、ファッションや化粧品・ドラッグストア関連企業が多い。
尚サハグループの工業団地では年一回の大安売り(ファクトリー・アウトレット)が名物にもなっている。今年も間もなく始まるんじゃないかな・・・。


所でミャンマーである。

最初に日本人のミャンマー(ビルマ)に対するイメージ、これは「ビルマの竪琴・水島上等兵・心優しいビルマ人」、これに尽きる。
インパール作戦で苦労した方々、その関係者の方々はあの時の「一碗の飯」の恩を忘れず、もう「メロメロ」と言ってよい親ビルマ感情を持っているそうだ。そう言う私も小学生の頃に読んだビルマの竪琴の本、未だに忘れない。

ビルマの竪琴
2015-6-11ビルマの竪琴


しかしタイ人のミャンマー(ビルマ)に対する感情は全く違う。コン・バーマ(コン=人、バーマ=ビルマ)?、あんな奴は嫌いだ。
これはもう徹底している。なぜか。

これは古都アユタヤの寺院遺跡。首を切られた仏像がずらり並んでいる。
2015-6-11首を切られた仏像が並ぶ

そしてその首はこんな風に
2015-6-11巨木にはさまれた仏像の首


この廃墟は1767年のタイがビルマとの戦争で敗れ、アユタヤが陥落した際のもの。
こんなモノを見ていればタイ人がビルマ人が嫌いになるのも無理ではない。

私はタイにいる時、どうしても解けない疑問がこのビルマ人観のギャップだった。
日本人から見ると心優しいビルマの人々、しかしタイ人が見ると仏像の首まで刎ねる、ビルマ人はどこまで残虐な連中なんだ・・・。

日本に帰ってから何年もたってから偶然このなぞを解くヒントを見つけた。ビルマがタイに攻め込んだのは飢饉で食料不足に陥った事が原因だったようだ。
ビルマに比べるとタイは、特にチャオプラヤ平野は豊かな穀倉地帯で十分なコメがとれる。当時タイに侵入してきたビルマ王はスパンブリ辺りの水田地帯を眺め、こんな豊かな土地が有ったらいいなあ、是非分捕りたいと言っていたとか。


話が横道にそれました。

今ミャンマーでは永年の軍政がやっと終わった所ですが、猛烈なインフレと物価の偏りがあるようです。
その為ある分野では無茶苦茶な物価高、一番典型的なのが外国人向けのアパートなどの家賃、日本より高いそうです。
こんな問題の陰にあるのがミャンマーの民度の問題。貧しいながらもそれなりにやってきた連中が一度覚えた甘い蜜の味。
此処に問題が潜んでいるのではないだろうか。


これが消費者物価指数

2015-6-11ミャンマーの消費者物価指数

平均でこんなモノなので、特に輸入ものだとか高価格品は無茶苦茶な値段。
そして人件費の高騰が凄いと言われている。


ミャンマーについては私もこんな程度しか知識が無い。又ボチボチ分かった事など書いていきたいと思います。
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2015-05-15 11:01

ネパール地震に思う事<続編

 ネパール地震で緊急支援が上手くいかず、指示する人もいない事をエントリーした。
しかし復興は容易ではなさそうだ。

 ネパールでは5世紀ごろから、ヒンズー教と仏教が混じり合う独自の文化が形成された。標高約1300メートルのカトマンズ盆地には、主に15~18世紀に建てられた歴史的建造物が残り、多くの観光客を魅了してきた。
その寺院など多くの建造物が倒壊し、元通りの修復は不可能との見方が強まっている。
産経の報道より)

所でその復興が難しい理由の良く分かる写真が4月30日の読売に掲載されていた。
寺院倒壊の瞬間
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150430-118-OYTPT50161/search_list_%25E5%25AF%25BA%25E9%2599%25A2%25E5%2580%2592%25E5%25A3%258A%25E3%2581%25AE%25E7%259E%25AC%25E9%2596%2593_2015%252F04%252F30_

2015-5-1ネパールの寺院倒壊1
正に決定的写真と言って良いだろう。

2015-5-1ネパールの寺院倒壊3
物凄い土煙の中から浮かび上がってきた謎の影・・・
地震を悲しむブッダの姿かも・・・

元はこんな寺院だった
2015-5-1ネパールの寺院倒壊4倒壊前

もう一度この写真の白枠内を拡大してみたい
2015-5-1ネパールの寺院倒壊2

こんな風になっている。
2015-5-1ネパールの寺院倒壊拡大


こんな写真は私も初めて見た。
一見どっしりした寺院だが、躯体は粘土を固めたものが主だったらしい。地震の振動で壁がそのまま細かく破壊されている。
外側の漆喰で固めた部分だけがまるで皮がはがれたような状態、これを見るとこの建築方法のままで再建は不可能と分かる。これでは外観はそのまま再建したとしても内部構造は全く変えないとダメだろう。
再建には莫大なカネがかかることは容易に想像できる。



それにしてもネパールと言えばお釈迦様の生まれた土地がネパールだろ。2500年も前の話だ。
(釈迦生誕は諸説あるが、紀元前544年くらいが有力らしい)
2500年も前と言えば日本では弥生時代が始まったばかりの頃、そんな頃の人の教えが未だに生きている。

しかしそんな頃、立派な宗教者を輩出した国ネパール。そこがひとたび地震に見舞われれば立派な寺院が土くれの山になる・・・・。
一体どうしたんだろう・・・・・。問題のカギはネパールの民度を考えないといけないのかなあ。

参考までにこれが釈迦生誕の地、世界遺産ルンビニ、釈迦が産湯をつかったとされる池。
2015-5-15釈迦が産湯をつかったとされる池@ルンビニ

少し古いがルンビニを発掘したことがCNNで報道されている。
「紀元前6世紀の寺院跡発見、釈迦の生誕時期示す? ネパール」
http://www.cnn.co.jp/fringe/35040499-2.html
「信仰と伝説、考古学、科学が一致する希少な事例」だそうだ。



実は私もネパールについてはほとんど何も知らない。
20数年前、王様一族相手の殺人事件が有ったとか、イギリス軍は勇猛なグルカ兵を使っているが、このグルカ兵の出身地がネパールだとか・・・。最近は毛沢東を信奉するマオイストが跳梁跋扈しているだとか・・・。そんな程度で知っている事にならない。

ネパールの歴史も何やら良く分からないが、
1792年、中国・清朝に攻撃され敗北、清朝に5年ごとに朝貢する朝貢国になった。
1814年-1816年、ネパール・イギリス戦争に敗北。
これが切っ掛けになってイギリスはグルカ兵を傭兵として雇うようになり、今日に至っている。

とこんな事を見て行っても益々何が何だか分からない。そこでネパール大使館のHPから最近の歴史を見てみた。

<以下ネパール大使館HPより抜粋>

http://www.nepalembassyjapan.org/japanese/?p=219

ところが1950年代初頭になってにわかに民主化要求がわき起こり、この動きによってラナ家支配は終焉を迎えます。この民主化は思いもよらない人物により後押しされていましたが、それがシャハ家王トリブバン国王でした。ラナ家追放がなるとすぐに、トリブバン国王は国の最高実効権力者として返り咲きました。1959年には、トリブバン国王から王位を継承した息子、マヘンドラ国王が新憲法を発布し、国会議員選出のための最初の民主的選挙が実施されました。結果、ネパール国民会議派(Nepali Congress Party、ネパールコングレス党)が勝利し、そのリーダーであったビシュウェシュワル・プラサッド・コイララ(Bishweshwar Prasad Koirala、一般にB.P.コイララの呼称)内閣が発足し、氏が首相に就任しました。ところが1960年になって突然心変わりしたマヘンドラ国王は、議会を解散させ、最初の民主的内閣を罷免してしまったのです。
政党活動が禁止されたこの後、何年にもわたって闘争活動を継続した活動家達は、1990年になってついに義勇をもって奮い立ち、人民運動(People’s Movement)を開始するに至ります。
これに啓蒙された一般民衆を含む大衆が絶対王制に反対し、再度の民主化を要求するのを目の当たりにしたビレンドラ国王は、これを受入れて憲法の一部を修正し、自らが国家首長となり、首相が内閣を率いる複数政党による議会政治を打ち立てました。
1991年、ネパールで最初の議会選挙が実施されましたが、1996年になって共産党毛派(マオイスト)の一部が地下活動に走り、王制と新政府を相手に人民戦争を開始したのでした。そして2001年6月1日、あの恐ろしい悲劇が起こり、王族と近しい親類の大半が根絶やしになったのです。あの大虐殺事件はディペンドラ皇太子の行いであったとされており、一人で全員を射殺した後、彼自身の頭部を自分で打ち抜いたとされています。亡くなったビレンドラ国王の兄弟であるギャネンドラ氏とその家族だけが事件を免れたため、ギャネンドラ国王が即位することとなりました。
最初は既存政府を容認していたギャネンドラ新国王でしたが、すぐに議会を解散させ、統治権力を自分の手に握りました。しかしその結果、2006年4月には街頭での民衆による抗議行動と各地でのストライキが頻発し、最終的には19日間にも及ぶ外出禁止令にまで発展し、地下活動を継続していたマオイストと既成政党も、道に外れた王政に圧力をかけるために共闘の手を結び、もはや権力への執着は意味がないと悟ったギャネンドラ国王は態度を和らげるより他なく、とうとう議会制の復活を受入れたのでした。
しかしそれでも既成政党と一般大衆は納得せず、王政による統治と権力の濫用への嫌悪感から、2008年5月28日、ついに240年にわたって続いてきた王制を廃止し、民主連邦共和制を採用することを、先だって行われた選挙で選ばれた制憲議会により決議したのでした。
現在ではネパールは、大統領を国家元首とし、首相(総理大臣)が内閣を統括する国家形態となっています


<引用終り>

これを見てもさっぱり分からないと言うのが率直な所。wikiを見ると現在のネパールについて
「暫定憲法のもとで暫定政府が設けられている状況」であるとの事。詳細は下記参照ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB

まあ「暫定憲法のもとで暫定政府が設けられている状況」と言われては混乱も仕方ないのかもしれない。
それにしても今時どうしてこんな事になるのだろう。


答えのヒントになりそうなのが国民の識字率。wikiによれば
・ 識字率
15歳以上で読み書きできる人の割合は48.6%。
うち男性 62.7%
うち女性 34.9%(2001年国勢調査)

こんな風であると言う。

ネパールは政治面を見ると不安定などと言うモノではない、ムチャクチャだ。
そして今時と言っては失礼だが本家中国でも最早見事に捨て去られた毛沢東思想。それが生きているのだ。
(注:中国は今は社会主義国でもなくなった。唯一毛沢東思想が生きているのは一党独裁、これだけ)


ネパールの復興には外国が幾ら援助しても今の体制では駄目だろう。先ず国民の民度を上げる事から始めないと未来は開けないのではないだろうか。
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2015-05-11 12:09

ネパール地震に思う事

 火事なら火を、水害なら水を持っていけ。
火事とか水害などの見舞いに行くとき、昔からこんな事が言われている。

これは災害にあった人がそのとき何が必要で、その援助に如何すべきかを言ったもの。実にうまく言い表している。
火事で何もかも失ったら、先ず暖かくなるものが必要。水害なら目の前に汚い水が溢れているのに飲み水が不足。だから飲み水が欲しい、こんな事を言い表しているモノだ。


指示する人がいない
今回のネパール地震で、各国から多数の救助隊が来た。しかし指示する人がいない、現地ではこんな声があると報道されている。

今回の地震の様な災害時の援助、それには色んなステップが有り、そのステップごとに必要なモノ・援助活動は異なっている。
最初の数日は先ず生存者の救出。だから救助犬を連れて行く。
それと並行して被災者への食糧と仮に暮らせるところ(テントなど)の提供、そして怪我人・病人の救助が必要だ。
次のステップは交通・通信・電気などのインフラの確保。
此れが一段落したらさて復興を如何するか、そんなステップで進めねばならない。

それともう一つ、こんな時の現地の事情。そこは何もない、砂漠のど真ん中同然の所なので救助隊は現地の人に迷惑をかけない装備が必要となる。水・食料や寝泊りする所まで全部自分たちで何とかする。此れでないと現地は救助隊のお世話をする人が必要になってしまう。

そんな所で丁度いい事例が有った。これは某国の救助隊。10名の救助隊だが持って行ったのはカップラーメンだけだそうだ。
これはminaQさんの所で見かけたもの
2015-5-9韓国救助隊はカップラーメンを持って
http://blogs.yahoo.co.jp/illuminann/13203354.html

写真の下の説明が凄い
>ネパール現地で韓国国民と観光客の被害状況の把握、負傷者サポート、国内帰国支援などのために派遣される政府迅速対応チームが27日午前、仁川(インチョン)国際空港から出国のための手続きを踏んでいる

韓国チームは現地ネパールの救援に行ったのではなかった。ネパールにいる韓国人の支援の為に行ったらしい。

ネパールにそんなに韓国人がいるの? 
レコードチャイナに興味深い記事が有った。

http://www.recordchina.co.jp/a108162.html
ネパール大地震、貧しい農村で被災した若い女性たちは人身売買のターゲットに―英紙
配信日時:2015年5月6日 11時16分

2015年5月5日、英紙ガーディアンは、ネパールで起きた大地震で被災した若い女性たちが人身売買のターゲットになっていると報じた。
同紙によると、7000人以上の死者が出ているほか、貧しい農村地帯に住んでいた数十万人が家も持ち物も失っている。それらの地域に住む若い女性や少女らは、これまでも人身売買のターゲットとなっており、韓国などで売春婦として働かされてきた。

・・・以下略

<引用終り>

なるほど、女衒が一杯ネパールに居た訳だ。そして救援隊と言いながら現地の救援に来たわけではなく、現地にいる自国民の援助が本当の目的だった。
だから追加の支援部隊を出そうとしたら早速「来なくてよい」と断られたのも納得。
こんな事では指示命令系統も無茶苦茶だろう。だから自分らの食べるカップラーメンだけを持ってやってきた。
幾らなんでも素手では何も出来ない。こんなのが海外救援隊の特に中韓の実態ではないだろうか。
(そのラーメンも水道が無く、ガスコンロも瓦礫の下に現地では多分食べられなかったのではないか)


こんな状況なのでネパール政府は国際緊急援助隊の活動は5月4日にはほぼ終了と発表した。
しかし日本にはさらなる援助を要請してきている。だから日本の自衛隊は第二次の医療支援部隊を7日には出発させた。
日本の救援活動は現地が今必要としている所を救援する。此れが大事なんだと思う。


日本の救助隊は隊員一人一人の義務感や責任感がしっかりしている。その上に全体を統率する指揮官や指揮組織、そして情報・通信や補給と言った全体の仕組みづくりが上手くいっているのだ。

こんな所が現地ネパール政府に認められ、他の国の緊急援助隊には帰って貰った後でも日本には支援要請を継続する。
こんな事が起こっているのだと思う。

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2015-05-09 13:16

ネパール地震の救援活動から見えてきたもの

 ネパールの大地震から二週間、各国の救援部隊もその役割を終え大体帰国したようだ。
そんな中で日本の自衛隊2次派遣部隊はネパール政府の要請を受け、7日に出発した
現地で医療活動をする為と報道されている。
日本の活動が未曾有の地震で苦しむ人の助けになっている事は大変良い事だ。

これは5月1日の現地での活動状況
2015-5-9ネパール地震自衛隊活動


所でその国際緊急援助活動だが、BBCを見ていたら現地からリポーターが面白い事を言っていた。
どんな事か、
「被災地での救援活動で大勢の外国からの救援部隊が来ているが、烏合の衆で指示する人がいない。こんな状態で遅々として救助が進まないのだと言う。
(注:BBCのTV報道で言っていたのだが、録画してなかったので詳細不明です)

その時の映像は大体こんな感じ

2015-5-8ネパール地震~指示する人がいない

これはBBCの報道のモノではないが、こんな感じの所でBBCのリポーターが「指示する人がいないから進まない」と言っていた。
この写真でも救助隊と思しき人は沢山いる。しかし呆然と立ち尽くしているだけで救助作業しているようには見えない。
たった一枚の写真ですべてを判断は出来ないが、現地からのリポーターが言っている事は事実だろう。


こんな事から私はこんな教訓があるのではないかと思っている。
つまり
いざと言うとき役に立つためには常日頃の訓練が大切だ。
自衛隊などがこんな時大きな力になっているのは不断の訓練の結果だと思う。

そしてこんな時一番ダメなのが机上論を振り回す連中の存在だ。手を汚したことに無い連中は的確な判断も出来ないし、具合が悪くなるとすぐ逃げてしまう。

例えばこんな事例、この人など手を汚して仕事したことなど皆無だろう。
2015-5-9これが原因です管直人
見苦しい写真なので一寸小さく・・・


こんな所から何を教訓にするか、そんな事を考えさせられた次第。


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2015-03-22 22:01

中国の安かろう悪かろう商売<ベトナムのオートバイではあっさり敗退


 先日の中国の春節(旧正月)には多数の中国人が日本にやってきて爆買いをして行ったことが報道されていた。
買っていったのは炊飯器や便座などなど。
中国製は品質が信用できない事がこんな行動の原因らしい。

所で中国の家電はアフリカでも敬遠されているとサーチナが報道している。

中国製の小型家電・・・アフリカでも「敬遠」の傾向=中国メディア
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150321-00000031-scn-bus_all

このサーチナの報道には中国の安かろう悪かろう商売の失敗事例としてベトナムのオートバイのケースが紹介されている。こんな風である。

<以下引用>
 中国が「安かろう悪かろう」で失敗した例としては、ベトナムに対するオートバイ輸出がある。輸出開始は1999年で、当初は低価格により市場シェアを8割程度にまで上昇したが、中国企業同士の値引き合戦で利益が出ない構造になった。さらに故障が続出したことでベトナム人消費者に見放された。その結果、2014年ごろまでには日本製オートバイのシェアが8割程度になったという。

<引用終り>

この中国の安物バイクがベトナム市場を席巻した2002年、私はこの実情が見たくて丁度タイからベトナムへの観光ツアーが有ったのでそれに参加し、実情を見てきた。
そんな事情などを書いてみたい。

行ったのは2002年4月、丁度中国のコピーバイク全盛時代だった。
中国から年間100万台以上のバイクをベトナムが輸入している。大変な脅威だ。
こんな話だったので、観光ツアーだがアチコチで聞いて回れると見て参加してきた。

先ずはベトナムのバイク事情など

ベトナムでは信号が青になった瞬間、こんな光景が出現する。
この写真は最近のモノでバイク乗りがみんなヘルメットをかぶっている。2007年頃ヘルメット着用が義務づけられた為。
2015-3-22ベトナムのバイク事情1
雲霞の如くと言う例え通りだ。


これは2002年、私が行った時のモノ。この時は誰もヘルメットはかぶっていない。
2015-3-22ハノイのバイク1

ハノイ独特の住宅の様子が分かる。
此処は紅河下流のデルタ地帯で洪水の常襲地帯。だから土地は真っ平ら。
こんなマッチ箱を立てたような細長い住宅が続く。洪水でも2階、3階なら大丈夫。
2015-3-22ハノイのバイク2

ベトナムらしい風景、自転車のオバちゃんのかぶっている笠はベトナムオリジナル。
2015-3-22ハノイのバイク3


以下は2002年にベトナム・ハノイで現地の人に聞いた話。
問:如何して中国製のコピーバイクに乗るのか、品質は日本製より大幅に落ちるが如何なのか。
答:そりゃあ日本製の方がいいに決まっている。当地では日本製のバイクはドレでも「ホンダ」という。
ホンダと言えばバイクのことだ。
しかし日本製は高い。1台2000ドルはする。労働者の月給が100ドルそこそこなのでとても手が出ない。
しかし中国製のコピーバイクなら見た目は日本製のホンダと変わらない。そして値段は500ドルだ。
此れなら何とか手が届く、だからみんな中国製を買っている。
中国製バイクは確かに故障する。しかし壊れたらホンダへ行ってホンダの部品を買ってきて取り付ければいい。
壊れたら順次ホンダの部品に変えていけば、だんだんホンダに近づいてゆく(笑)。
こんな話であった。

更に色々聞いてみるとハノイ周辺は土地が真っ平ら、山坂は無い。
だから少々難ありのバイクでも何とかなる、そう認識しているようだった。


此処からは後で聞いた話。
いきなりシェアー80%なんてな事になれば日本メーカーも必死に巻き返そうとする。
問題は価格なのでベトナムの実情に有った廉価版を出したりして相当コストダウンしたようだ。
その結果、私が行った2001年~2002年頃が輸入のピークで年100万代くらい。
それが2003年には年50万代くらいと半減、
2004年にはほとんど売れなくなり輸入はほとんどゼロ。
現在の日本製バイクのシェアーはと言えば、
2011年~ホンダ・ヤマハ合計で83%、2012年~ホンダ・ヤマハ合計で89%である。
勿論中国製バイクはゼロ。

引用文に有るように中国製バイクのベトナム進出は完全な失敗だったようだ。

日本メーカーとしても良い経験だったようで、現地の使い方に有った仕様となるようスペックダウン。
そしてそれに見合ったコストとする、こんなことをやってきたようだ。
この間の完成車メーカー・部品メーカーのコストダウン努力には敬服します。



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2015-03-09 15:24

海外でのモノづくり

 よもぎねこさんが「made in Korea の思い出」をエントリーしている。
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5065.html#comment

明るい綺麗な黄色のセーターを買ったのだが1日でダメになってしまった、made in Korea だった。
それまでmade in Korea に格別悪いイメージも無かったのだが一変、それ以来韓国製は一度も買っていないとの事。


こんな話なのだがこれは私がタイで仕事をしていた時、一番重視していたテーマ。
そして会社の業務だけでなく衣料品でも同じ経験をしているのでそんな顛末を。

多分日本で売られている衣料品の原産国がチャイナ、タイ、ベトナム等であっても品質は悪くない。
そんな理由が分かると思います。


タイへ行ってしばらくしてから現地の冬になった。
タイは北半球なので日本と同じで日本の冬はタイでも一応冬。
タイの気候は12月~5月は乾季、6月~11月が雨季。
その乾季の内12月~2月はタイ人曰く「寒季」で最低気温は平均は21度~22度位、しかし日毎では15,6度まで下がる事もしばしば、日本人は平気ですがタイ人は寒い寒いと震え上がります。
(この時期が日本人にはタイ観光のベストシーズン)
その時期を過ぎれば3月~5月は「暑季」で一年中で一番暑い時期、まあそんな季節感です。



さてその寒季対策として従業員に防寒ジャンバーを支給することにしました。
通勤等に着用してもらうためです。
タイ人は殆ど通勤は作業服のまま。日本でも昔は会社支給の作業服で通勤している人が結構いましたね。
タイの場合は会社支給の作業服は彼らには高級品なので、日本人の感覚だと背広みたいなもの。
作業服のままショッピングセンターへ行ったり、中には結婚式にもそれで出席したりします。
そんな事なので防寒着としてジャンバーを作ることにしたわけです。

またタイでは通勤にオートバイを使ったり(二人乗りとか三人乗りとか)、ソンテウというトラックに荷台に乗ったりします。
そう言う意味でも防寒着が有れば便利だろう、こんな経緯です。



チョット休憩、どうして防寒ジャンバーがいるのかの説明としてタイの乗り物事情など。

バイクの三人乗り
2015-3-9タイのバイク三人乗り
これはバイクタクシー、運転手は右足と右腕、それに僅かに頭しか見えません。
女性二人はOLさんでしょう、多分ミニスカートだと思います。二人とも何と横座り。
此れで渋滞したクルマの間をスイスイ。
タイ人女性はバランス感覚が良いんですね。とてもマネしようとも思いません。


これはソンテウという乗合バス(?)、1トンピックアップトラックの荷台に座席を2列取り付けたもの。
2015-3-9タイのソンテウ
こんなモノで通勤したりしています。



とまあこんな事情なので防寒ジャンバーが必要になるわけです。

その防寒ジャンバーを手配しろと言ったらスタッフがすぐ業者を探し出してきた。
何でもアメリカ輸出を手掛けている高級品を作っている業者なのだと言う。
(こんな時、タイ人は先ず値段の高いモノを持ってくる)

現物を見て確認するためスタッフや通訳を連れてバンコクのその店まで行ってみた。

主にアメリカ西海岸方面に出荷していると言う業者だった。サンプルを色々見せてもらったが悪くない。
デザイン、生地などまずまずです。
ドレがいいのかタイ人に選ばせて、それを手にとってみました。
着てみても問題ない。
しかし縫製を見てみると全くダメ。
細かく見ると残念ながら縫い目はぐちゃぐちゃだし、裁断も良くない。アチコチほつれている。
アメリカでウォールマートで売っている中に並べれば上等品でしょう、しかし日本人の目では駄目。

仕方なく
「この品質では残念ながら我が社が支給するものでは使えない。他の業者を探す」と言いました。

そこへそこの社長(実直そうなオヤジ)が出てきて「ヤッパリ駄目ですか」という。
聞いてみると以前日本に何回か輸出したことがあり、アメリカと同じものでは全くダメ、日本には受け入れてもらえない。
だから日本用に特別品質の良いモノを作った事がある、そんな事だった。
その実直そうなオヤジが「ちょっと待ってください。御社用に特別に注意して作ってみます。それを見て決めてください。」

結局後日サンプルを持ってくるという事でその業者を後にした。

翌々日オヤジがサンプルを持ってきた。
聞いてみると一番腕のいい職人に特別作らせたらしい。此れと同じものなら直ぐ作るという。

サンプルを見てみると問題ない、良い出来栄えだった。
ただ生地をよく見ると小さいが「織傷(おりきず)」がある。
オヤジにそれを示して、これは多分アメリカでは良いかもしれないが日本では駄目。
裁断する時キズをよけて裁断して作ってくれと話した。
織傷は横糸(緯糸)に綿ボコリなどが噛んだ時出来やすい、製品になってからでは治せないので裁断する時よけるしかないのだ。


しばらくして出来上がった防寒ジャンバーが納品されてきた。
検品しても問題ない。
持ってきたオヤジさんにはご苦労さんと言っただけだったが、しばらくスタッフとは何か話をして帰って行った。
後で聞いてみるとこんな話だった。

日本向けが特別丁寧に作らないとダメなのは知っていた。
しかし今回みたいに縫い目に物差しをあててこれでは駄目とか、具体的に指摘された経験が無かった。
また生地までチェックしたことも無かったが、それのやり方も分かった。
こんな話だった。


防寒ジャンバーの話は以上です。

此処からがよもぎねこさんが言っている中国製でも他のアジアの国製でも品質は問題ないと言う理由。

中国でもアセアン諸国など外国産でも日本で売っているモノは品質は日本並です。
その理由は日本向けには特別管理をして、良いモノを輸出しているから、こんな理由です

アジアなどの日系企業は日本人が見ているので日本品質になるのですが、日系企業でなくても商社などが契約段階で品質をうるさく言いますのでそれなりの品質になる。こんな事情が裏に有ります。

だから面白い話。
同じメーカーがアメリカと日本に同じものを輸出する場合。見た目は同じでも日本向けは特別品質になる。
これは上掲防寒ジャンバーの事例でも分かると思います。
日本向けは特別にしないと日本には受け入れられないのです。


こんな事で「品質はお客さんが作る」と言う一面があると言えます。
お客さんには買わないと言う選択肢がある、その為お客さんに受け入れられる品質のモノを作るようになる。
こんな事になる訳です。
日本の品質は日本人のお客さんと言う極めてレベルの高い人がいるおかげで成り立っている。これが重要なポイントと言えるでしょう。



そんな事で冒頭紹介したよもぎねこさんの話。made in Korea の品質が酷いと言う話です。

恐らくそのKoreaのメーカーはお客さんの言う事に耳を傾けないメーカーなのでしょう。だから粗悪なものが出来てしまうのだと思います。
韓国人は極めて傲慢な一面を持ち、自分らのやることがベストだとの変なプライドを持ってます。
特に最近それが顕著になりました。
嘗て日本人が教えた頃は素直に聞いていた連中も日本人がいなくなると本性を現す。
そして自分らで適当に判断して、それで正しいと信じ込む。
その悪癖が大きく表れたのがポスコのインドネシア工場の高炉事故。
事故から1年2カ月以上たっても未だに再稼働できませんし、何ら発表も有りません。
恐らく韓国型のトラブルではウクライナの高速鉄道問題(韓国が輸出した全車両がオシャカで、当時の政権を吹っ飛ばした)と並ぶ大問題になるでしょう。

そして韓国人の場合、文句を言っても「お前の方が悪いんだ」というばかり。
この感覚が物造りに脈々と息づいている。
結果として可笑しな商品が出来てくる、そう言えるんじゃないでしょうか。



仕事では「顧客満足度」とかcustomer satisfaction, (CS)とか言って重要視している。
しかし買ってくれた顧客の満足度は簡単だが、買わないという事を選択した顧客に対する分析は難しい。
長年苦労してきましたが、簡単に答えは出ないですね。

結論は矢張り原点に返って「仕事の目的は何だったんだ」と問いかける事から始まるのでしょう。
道は遠いですね。
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2015-03-07 16:48

文明の破壊<IS(イスラム・ステート)の悪行です

 日本人2名の斬首という悪行を行ったIS(イスラム・ステート)、だが今度はこんなトンデモナイ事をしている。

イラク北部、チグリス川とユーフラテス川と言えばだれでもチグリス・ユーフラテス、そこはメソポタミア文明のおこった所。
世界4大文明のひとつだろ。学校で習ったよと誰でも分かる。

そのメソポタミア文明と言えばアッシリア国。そのアッシリアの都市遺跡、そして博物館などをIS(イスラム・ステート)が破壊しているのだ。

これはもう文明の破壊と言っても良いトンデモナイ事で、本当に取り返しのつかない事。
ますはそれを報道するBBCの報道から見てください。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-31760656


これはBBCのトップ画面
2015-3-7ISの遺跡遺産破壊

OUTCRY、絶叫とか悲鳴と言う意味です。
BBCは日本語版が有りません。それで本文の後に長いですがBBC記事全文の機械翻訳版(かなり訳はおかしいですが)を掲載します。詳細はそちら参照ください。
尚NIMRUDと言うのはアッシリアの重要な都市遺跡の名前です。機械翻訳ではニムルドとなっていますが、BBCはニムラッドと発音していました。

破壊の目的は「偶像崇拝否定」と「骨董品として売りさばいて有力な資金源とする」、この二つの様です。


だから盗み出したモノを骨董品として売っている。
2015-3-7ISの遺跡遺産破壊1

これはもう文明の否定と言ってよいでしょう。
BBCは以前タリバンが破壊したバーミャンの大石仏破壊と同じだと言っている。

これはバーミャンの大石仏に砲弾が当たって炸裂した瞬間
2015-3-7ISの遺跡遺産破壊2バーみゃん
この画面では大石仏の頭部は残っているように見えるが、一瞬で頭部まで崩れ落ちた。
三蔵法師も見た大仏の死の瞬間である。

注:三蔵法師・玄奘は629年にこの地を訪れた時のことを、大唐西域記に「王城の東北の山側に立仏の石像(西大仏)がある」と記述している。尚今普通に読まれている般若心経はこの玄奘訳のもの。
玄奘と言うより孫悟空の親分と言った方が分かりやすいかな。


或る哲学者の話。
「人は誰でも死んでゆくが、それで終わりではない。人とは心を引き継ぐ存在。だから人の心は世代を超えて引き継がれてゆく。」
心を引き継ぐ! これが進歩の根源ではないだろうか。
父母、祖父祖母、先輩、先祖、そして名も知らぬ遠い祖先まで、色んな人の心が脈々と引き継がれ、その結果今の我々が生きている。そう言う事なのだ。

そしてその遠い遠いご先祖様の色んな活動の跡が遺跡や遺産になっている。
そう言う意味で遺跡遺産と言うモノが大切なのだと思う。

人は約500万年前まではチンパンジーやゴリラなどと同じグループだった。
そこから分かれて現在の人になった。それは心が引き継げるかどうか、その違いが大きかったのだろう。
心が引き継げなければ今でもチンパンジー並、そんな人・国も何処か近くにもあるようだが・・・

2015-3-7人類の進化の図

(注:この図の一番右は私ではありません。私はもう少し短足・・・笑)

こう考えると遺跡とは単なる珍しいモノではない。
自分たちが今此処に生きている、その人たちの長い足取りの足跡なのだ。

それにしてもIS(イスラム・ステート)、何という取り返しのつかない事をしてくれたことか。
全く残念だが、これを機会にこの様な遺跡の保存を色んな宗教の人を交え、話し合う運動が起こることを期待したい。




悲しい話ではあるが、此処で参考までにBBC記事の機械翻訳版を添付します。
興味のある方は見てください。
恐らく世界中から非難の声が上がると思っています。

<以下BBC記事を機械翻訳し引用>
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-31760656

BBC
2015年3月6日 最終更新14時17分

ニムルド:ブルドーザーは古代イラクサイトを攻撃であるように叫び
2015-3-7bbc1.jpg

考古学者や関係者は、イラクのイスラム国家の過激派によってニムルドの古代アッシリア市のブルドーザー約怒りを表明している。

イラクの当局者によると、木曜日に、13世紀紀元前に設立されましたサイトを、解体始まっています。

国連の文化機関の長は、「戦争犯罪」としてイラクで「体系的」破壊を非難した。

イラクとシリアの大部分を制御するには、神社や彫像を強打しなければならない "偽アイドル」であると言う。

「彼らは私たちの歴史を消去している、「イラクの考古学者ラミアアルGailaniは語った。

(2001年のニムルド、イラク北部モスルの南の遺跡で、人間の顔をした翼のある牛の古代彫像)、
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ISは、古代の神社や彫像が「偽の偶像」であると言う

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ニムルドは制御するチグリス川、約30キロ(18マイル)モスルの南東、に位置しています。

工芸品の多くは、海外のバグダッドとの博物館に移動されたそこに見つかったが、多くは敷地内に残っている。

BBC中東特派ジム·ミュアーはニムルドを破壊しようとする試みは、すでにのタリバンの解体と比較されていると言うバーミヤンの仏像岩の彫刻 2001年にアフガニスタンで。

同様にアーティファクトを破壊するとして、イスラム国家はまた、彼らに取引-と貿易は、その一つである収入の重要な情報源。

「Levelled」
「ニムルドの歴史的な街を襲撃し、大型車両でそれをブルドーザーで、「観光や骨董品省は木曜日に言われています。

これは、過激派がイラクで文化遺産を保護する方法について議論する国連安全保障理事会の会合を呼びかけ、「世界の意志と人類の感情を無視」し続けた。

ニムルドは、大面積をカバーし、それが完全に破壊されたかどうかはまだ明らかではない、私たちの特派員は言う。

しかし、地元の部族のソースはロイター通信社に語った。「イスラム国家のメンバーがニムルド考古学的な街に来て、その中に貴重品を略奪し、彼らは地面にサイトを水平に進んだ。

「彫像や壁などイスラム国家は完全に破壊されている城があった。」

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ニムルド象牙として知られている彫刻が施された象牙の6000点のコレクションの中には、現代のイラクニムルドの都市で発見されたが、英国ロンドンで2011年に表示されている大英博物館に買収さ
多くのニムルドアーティファクトは、現在海外に収納されている - 大英博物館でこれらの象牙作品を含む
チグリス座上の古代アッシリアの都市
約150年のアッシリアの首都
現代で最初の発掘調査は、1840年からヨーロッパ人が行った
発掘された宝物は、王宮のセクション、個々の彫像や小さいアーティファクトを含ま
調査は、何十年も停止したが、1949年にサー·マックス·マローワン(作家アガサ·クリスティーの夫は)新鮮な発掘調査を開始しました
1970年代に作られ、残りの宝物の豊富な写真記録


ニムルドの無類の富

イリナ·ボコヴァ、国連文化機関ユネスコの頭は、攻撃を非難。

「これは何も国で進行中で文化的なクレンジングから安全ではないことを私たちに思い出させて、イラクの人々に対してさらに別の攻撃です」と彼女は言った。

「文化遺産の意図的な破壊は戦争犯罪を構成している。人類の文化遺産の破壊のための政治的または宗教的な正当化は絶対にありません。」
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博士GailaniはBBCに語った: "ニムルドを私たちのためにイラクで、私のために考古学者は、最も重要な[サイト]の一つであるとして立っているもののかなり多く残っています - レリーフや彫像、有名な翼のブルズは。 。

「彼らは私たちの歴史を消去している。私はそれは悪夢だったと私は目を覚ますことがしたい。」

それは、「全世界の文化遺産に対する恐ろしい犯罪」で、イラクの研究のための英国の研究所、ジョン·カーティスの社長は「イラクで最も保存状態アッシリアサイト「ニムルドを呼び出して、言った。

先週は、明らかにモスルの博物館で歴史的なアーティファクトを破壊する大ハンマーとの過激派を示すビデオをリリースしています。

One過激派は、ドリルスルーと石翼の雄牛のように見えるものを離れて引っ張って見られた。
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ビデオでは、アーティファクトは宗教的な用語で正当化 "偽偶像」とその破壊と記載されている。

その攻撃も、戦争犯罪として国連が非難された。

ほぼ1800の国の12000登録された遺跡の持つ地域 - ISは、2014年6月以来、モスル、イラク第二の都市、および周辺地域を制御しています。

イラク軍とシーア派民兵は、イランの支援を受けて、ティクリートの北部の都市から過激されているドライブしようとするために団結している。

過激派も空爆を取り付け米国主導の連合軍の標的とされています。

金曜日に、イラク軍は、米国主導のストライキの支援を西部アンバル州のアルバグダッドの住民の町から戦闘機、ISをクリアしたと言われた。

先月ISによって引き継がれた町は、イラクの兵士を訓練している米軍の空軍基地の住宅数百から約8キロ(5マイル)です。

<引用終り>
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2015-02-27 17:58

インド、海自の救難飛行艇購入へ

 2年程前から報道されていた海上自衛隊の救難飛行艇US-2のインドへの輸出、これが正式決定すると報道されている。

やっと日本も武器が輸出できる国になった、良い事である。
US-2は軍用機と言っても爆弾やミサイルを搭載できる訳ではない、救難専門の機体だ。
それだけに需要は少なく、飛行艇などと言うモノは世界でもロシア、カナダ位しか製造していない。
しかもロシア、カナダ製はどちらも内水面専用で、外洋の高い波に耐える能力があるのは日本のUS-2が世界で唯一。
正にガラパゴスそのものだ。

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此れがそのUS-2の雄姿。
波高3メーターまで離着水可能と言われているが、2013年クジラと喧嘩した辛抱治郎を救出した時には波高4メーター。
4発あるエンジンの1基は水を食らって停止してしまったそうだが、それでも辛抱治郎他の救出に成功。
正に日本の誇りである


今日の読売が輸出の正式決定を報道している。

<以下引用>

インド、海自の救難飛行艇購入へ…ロシア製退け
2015年2月27日3時0分 読売新聞
 【ニューデリー=石田浩之】インド国防省は26日、海上自衛隊の救難飛行艇「US2」を日本から購入する方針を固めた。

 28日にも防衛調達委員会を開き、正式決定するとみられる。複数の同省高官が明らかにした。日印政府間の本格交渉が始まることになり、購入が実現すれば、昨年4月に閣議決定された「防衛装備移転3原則」に基づく初の本格的な輸出例となる。

 同省高官らによると、ロシア製の救難飛行艇も候補に挙がったが、高波の海面で離着水可能など性能面で優れたUS2の購入で意見がまとまったという。最初に数機購入し、最終的には十数機導入するとみられる。

 日印両国は2013年5月の首脳会談で、US2のインドへの輸出実現に向けた協議実施を決定。これまでに合同作業部会が3回開かれた。日本はUS2の輸出で、インドとの海上での安全保障協力を強化する構えだ。インドは日本との協力で、インド洋で影響力拡大を図る中国をけん制する狙いがある。

 防衛装備移転3原則は、「平和貢献・国際協力」と「日本の安全保障」につながる場合に限り、条件付きで輸出を認めている。これまで米国への旧型地対空誘導弾パトリオットミサイル2(PAC2)の部品輸出などが認められている。US2は、完成品を輸出する最初のケースになる可能性がある。

http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150226-118-OYT1T50195/list_%2523IMPTNT
<引用終り>


尚この件はちょうど2年前にエントリーした。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-668.html

その時紹介した動画などを再掲します。



実に短距離で離水する様子が良く分かります。

また救難活動がどんなものか、またその実績も分かります。

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そして上掲救難実績で、2013年2月までに920名を救出したと書いてありますが、これは日本人だけではありません。
在日米軍の軍用機の墜落事故でも救難に出動しています。

そしてなんと、次の在日米軍司令官の候補者であるJohn Dolan少将は、大尉で三沢勤務時の1992年1月、太平洋上を4時間漂流した後に海上自衛隊US-1に救助され、九死に一生を得ていたことが判明しました。
つまり上掲920名の一人だったわけです。

詳細は以下ブログ参照ください。
http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-02-21

ソースの英文紹介記事(2003年1月)
・・・US-2の前身US-1についてだが、デッカイゴジラと紹介されています。
http://www.airspacemag.com/military-aviation/giant-amphibian-25398933/?no-ist


インド洋でも日本の救難飛行艇が活躍する日が来る、良い事だと思います。
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2015-02-11 23:15

赤いギリシャは何処へ行く

 ギリシャの新政権が発足した。しかしトンデモナイ連中の様で気になる。
何が気になるか。
新首相は急進左派を称しているが実際はバリバリの共産主義者である。
そして新財務相はと言えば「ナイトクラブの用心棒」でコイツも共産主義者なのだと言う。

共産主義者のどこがいけないか??

共産主義者は何処にでもいる。一市民でいる限り別にどうという事も無い。
貧しい人や不遇な人に優しい良い人も沢山いる。

がしかし権力を持ったら・・・ 全く話が変わる。
共産主義者は現実が見えない、見ようとしない。
そして現実を無視して自分の崇高(と信じる)な思想を実現しようとする。
だから権力を持ったら大変なのだ。

身近な例では、日本でも某空き缶首相などいい例だろう。
スターリン、毛沢東、ポルポト・・・
「共産主義黒書」に依れば、20世紀の間に共産主義が殺した人の数は1億人を超えているという。


そしてギリシャである。
ギリシャの経済は今破綻寸前である。だが今度政権を盗った連中ではEU諸国とうまくいく筈がない。
行きつく先はEU経済の低迷加速しかないだろう。
EUが低迷すれば、EUが最大の貿易相手国である中国が壊滅的な打撃を受ける。

どうも遠いヨーロッパの片隅の話が全世界に飛び火しそうで心配なのだ。

とまあ、そんな前置きは置いといて、ギリシャの共産主義者の言っている事を見てみたい。
最初に「ナイトクラブの用心棒」から。


<それを報じる読売記事>

ギリシャの「革ジャン財務相」強気発言でも注目
2015年2月11日6時19分 読売新聞
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150211-118-OYT1T50011/list_%2523IMPTNT

 欧州各国との交渉に挑むギリシャのバルファキス財務相が、強気な発言と型破りなファッションで注目を浴びている
2015-2-11ギリシャの新財務相

 バルファキス氏は8日、イタリア国営テレビで「ユーロは脆弱ぜいじゃくで、トランプの城のよう。ギリシャというカードを抜けば全体が崩れる」と、債務減免に応じない欧州連合(EU)に警告。英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューでは「我が国を変えるため猶予が欲しい。さもないと国は窒息する」と訴えた。

 服装は、革ジャンに裾を出した開襟シャツ姿が定番。「ナイトクラブの用心棒」(同紙)と物議を醸した。同氏はアテネ出身で53歳の経済学者。英ケンブリッジ大学で教べんを執った。ブログで緊縮策を批判、1月の総選挙ではアテネの選挙区でトップ当選を果たした。

<引用終り>


さてギリシャの舵取り(新首相)はこの人なのだが、この人が凄い。


<以下引用>

ギリシャ新首相を待つ神経戦の行方
Greece: What Next?
http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2015/02/post-3548_1.php


国民の緊縮財政への不満を背景に総選挙で勝利したツィプラスは債権国との条件交渉を切り抜けられるか
2015年2月10日(火)16時56分
2015-2-11ギリシャの新首相


「屈辱と苦悩の5年間は終わった」。1月25日、ギリシャ総選挙で勝利を手にした急進左派連合(SYRIZA)の若き党首アレクシス・ツィプラス(40)は支持者の前で緊縮策の終焉を叫んだ。

 国民の多くも同じ思いだろう。09年の欧州債務危機の発端となったギリシャでは、その後の5年間でGDPが4分の1ほど減り、行政サービスや生活の質も低下した。失業率と貧困率は今や記録的な高水準となっている

 悪いのは中道左派や右派の既成政党だ、奴らが勝手に国の借金を膨らませ、揚げ句の果てにEUの奴隷となって緊縮策を導入し、国民に犠牲を強いてきた。有権者の多くはそう考えていた。だからSYRIZAは今度の選挙で、有権者に希望のメッセージを伝えた。若さあふれるツィプラスは緊縮路線の転換を宣言し、債務の減免を勝ち取り、富裕層への課税を強化し、雇用を拡大すると宣言した。

 一方で中道派の浮動票を取り込むため、NATO(北大西洋条約機構)脱退の主張は取り下げた。またユーロ圏にとどまるとも約束した(国民の70%以上もそう望んでいる)。

 しかしツィプラスが選挙公約を守ろうとすればEU諸国との、とりわけ総額2400億ユーロに上るギリシャ救済策の最大の拠出元であるドイツとの衝突は避け難いだろう。

 対立の火種はほかにもある。比例代表制の選挙で、SYRIZAは単独過半数に2議席足りなかった。そこで連立相手に選んだのが右派政党の独立ギリシャ人(ANEL)。だが移民や教育の問題から同性婚まで、ANELの主張はSYRIZA支持者の左派体質と相いれない。外交面でロシア寄りという点を除けば両党を結び付けるものはただ1つ。債務返済条件を再交渉し、そのためならEUとの対決も辞さないという決意だけだ。

 しかしツィプラスが連立協議をまとめる前から、債権国側は返済条件の大幅緩和には応じない姿勢を示している。彼らは従来の返済計画を遵守し、緊縮政策を続けるよう求めていた。

・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・

<引用終り>

このツィプラス新首相の演説、これはBBCで繰り返しやっていたので何度も見た。
上掲写真の両手を広げるしぐさも何度も見た。
思想や政策を抜きにすれば、見た感じは若々しく希望溢れる態度、さあいよいよ明るい未来が開ける、そう感じた人が多いのも納得だ。

しかし言っている事はデタラメである。
ギリシャには今カネが無い、もう間もなく国庫は空っぽになる。
しかしツィプラス新首相は最低賃金の大幅アップを就任早々約束した。
また解雇された公務員も再度雇用するとも約束した。
勤労者の4人に1人が公務員! そんな信じられない公務員天国ギリシャ。
其れもまた復活させようと言うのだ。
財源は・・・
カネの無いギリシャである。こんな政策をする金は無い。
此れが共産主義者の考える事、カネは金持ちから出してもらおう。こうである。
ギリシャ国内の金持ちは当然逃げ出しているだろう。
だがツィプラス新首相はEUの金持ち国であるドイツなどからカネを出してもらうつもりだ

さてこの顛末、タダでは済みそうにない。
火の粉は全世界に及ぶとみていいだろう。困った事である。
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2015-02-06 14:25

中国などで横行、偽物鋼材…日本メーカー装う

 何でも有りの中国だが、とうとう日本製を騙る粗悪鋼材が出回っているのだと言う。
先ずはその報道から。


<以下引用>

中国などで横行、偽物鋼材…日本メーカー装う
2015年2月5日15時4分 読売新聞

 日本の鉄鋼メーカー製を装った偽物の鋼材が、中国などで出回っていることが、国内鉄鋼大手の調べで分かった。

 被害の全容は不明だが、少なくとも100件以上の偽造が見つかっているという。自動車や家電などだけでなく、原材料の分野でも偽物が横行する実態が明らかとなり、企業側は対応を強化する方針だ。

 鉄鋼メーカーが製品に添付する品質保証書を、卸売業者が日本製品であると偽造する例が多いとみられる。価格が安い現地製の鋼材を業者が高値で建設会社などに販売しており、鉄鋼メーカーが直接取引する自動車向けなどでは被害は見つかっていない。

 国内大手のJFEスチールでは2012年頃から、中国のほか、東南アジアで自社ブランドを勝手に使った建設用鋼材を確認した。中東でも油田開発用パイプの自社の偽物を見つけた。最大手の新日鉄住金も中国などで被害に遭っている。経済産業省によると、2~3年前から相談が寄せられるようになったという。

 偽造品の品質は低く、鋼材の破断など事故を起こすことにもなりかねない。日本の正規鋼材まで不良品の疑いを持たれる可能性もある。

 このため、新日鉄住金は中国当局に協力を求め、中国側も偽造品の没収処分や、悪質業者の営業免許取り消しなどに乗り出している。JFEも、各国の販売拠点で偽造品の確認と取引先への注意喚起を急いでいる。

 ただ、中国の鉄鋼生産量は世界最大で、2位の日本の約7・4倍に当たる8億2270万トン(14年)に上る。中国で鉄鋼製品を取引する卸売業者は10万社以上あるとされ、JFEの担当者は「悪質業者を見つけても摘発前に逃げられ、別の場所で販売を再開するなど、もぐらたたきの状態だ」と話す。国内メーカーは、業界団体を通じて品質保証書の偽造防止に向けた連携策などを検討している。

http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150205-118-OYT1T50071/list_ECONOMY1

<引用終り>

鋼材の偽装は深刻である。
何故か?
鐡は見た目では品質は中々分からない。
しかも(これが大事なのだが)例えば強度不足としても、それが表面化するのは何年も後になってから
その時になって鋼材の問題と分かる為には膨大な調査が必要で、当然インチキした連中などその時にはもう居ない。

半年ほど前だが、そんな事が懸念されると韓国が騒いでいた。

中国製の粗悪な鋼材が、韓国の建物の“時限爆弾”になっている―韓国紙
レコードチャイナ 2014年8月26日 05時56分
http://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20140826/Recordchina_20140826010.html

2014年8月22日、中国紙・環球時報は、「韓国メディアが自国を棚に上げて中国製の鋼材を侮辱している」と伝えた。

韓国・東亜日報は21日、中国製の偽の鋼材が韓国の建築物の脅威になっていると伝えた。中国から輸入する鋼材は一律に不合格の偽物で、韓国建築物の安全の脅威となっていると主張する内容だ。

・・・以下略 詳細は上掲リンク先参照ください・・・
<引用終り>


まあ捏造とパクリの韓国が中国に文句を言っても、中国様が言う事など聞くはずがない。
正しくお前が言うな!
この件はお笑いであるが・・・・
しかし韓国が見ても「中国から輸入する鋼材は一律に不合格の偽物で、韓国建築物の安全の脅威」
どんだけ品質が悪いんだという事でしょうね。


しかしその劣悪な品質の鋼材を「日本製」と言って高値で売りつける。
勿論バレそうになると素早くトンズラ。

メイド・イン・ジャパンの信頼にかかわる話である。
徹底的な調査とPRが必要だろう。


尚この問題の背景には中国の無茶苦茶な鉄鋼増産とその結果の過剰生産、過剰在庫が有る。
ドレだけ無茶苦茶をやってきたか。

このグラフを見てください

2014-3-15世界の粗鋼生産推移


中国だけ無茶苦茶な増産でグラフが突き抜けている。
こんな無茶苦茶な増産をする為にはそれだけの無茶苦茶な消費が必要で、その為中国中に無人のビル群を並べたゴーストタウン(中国名:鬼城)を作ったり、無用の長物の橋を作ったりしてきた。
当然品質などは無視。
それが遂に息切れ、そして猛烈にダブついた品物をさばくため、大挙して韓国に安売りしていると言ったところ。
この辺りは以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-category-21.html


色んな意味で影響の有りそうな話、目が離せないですね。
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2015-01-23 11:28

海外で生きるという事

 イスラム国を名乗るテロ集団に拉致された日本人二人、湯川さんと後藤さんについての途方もない身代金問題は今日がその期限。
この問題では国内の基地外連中が「日本が難民支援を止めればこんな問題は解決する」、こんな出鱈目放言を行っている。
この件は以下参照ください。裏の桜さんもあきれ返っております・・・・・私も同感。
http://sakuraura.blog.fc2.com/blog-entry-3278.html

所で日本の様に世界でも稀な安全な国に暮らしていると分からないが、海外ではいろいろとんでもない事が起こる。
ここで私が海外でどんな事をしていたのか、そんな所を書いてみたい。
日本では想像もつかない海外暮らしの一端が分かると思います。


 私が海外で仕事をあ始めたのは1998年2月から、丁度前年アジア通貨危機がタイから始まった所だった。
バブル崩壊後の超円高不況の中で、「これからは海外に打って出るしか生きる道は無い」、こんな考え方で海外に工場を作り、稼働開始した途端の通貨危機。その為私はタイに行くことになったのだった。

当時のタイは通貨危機直前までの好景気が突如破綻、だから建築中のビルなどは殆ど建築放棄されて無残な姿をさらし、町には失業者があふれていた。
そして当然ながらそんな時には犯罪も多発する。

そんな中でインドネシアにいる仲間の事である。
実は日本では全く報道されていないので分からないが、1998年5月、インドネシアで主に華僑を狙った暴動があり、死者は1200人にも及ぶ大暴動が発生した。
勿論引き金はアジア通貨危機だった。

どんな危険な状況か、例えばこんな事例がある。
日本人が郊外の工場からジャカルタ市内の自宅コンドミニアム(マンション)に来るまで帰る時のこと。
一番危なそうな地域では例え道路信号が赤にになってもクルマを停車させてはいけない、バーバーとクラクションを鳴らして無理矢理交差点を通過しなければいけない。
何故か?
若し赤信号で停車すると・・・、暴徒がやってきて棍棒でクルマのガラスをたたき割り、金品を強奪する。
こんな事が頻々と起こっているのだと言う。

その日本人に万一の事が有ったら如何するか、これは大問題だった。
日本からジャカルタまでは遠い。私は愛知県在住なのだが当時名古屋からジャカルタまでの直行便は無い。
普通ならだれか出張する時、現地の日本人が空港まで迎えに行ってホテルまで案内する。だから心配ない。
しかし誰も迎えに行けない時、そして言葉も通じない所に助けに行ける人は日本には居なかった。


そんな事で万一の時は救援に行けるように私が当時準備していた事。
1) いつでも出発できるように準備
  ・荷物は何時もカバンに詰めておいていた。
  ・インドネシアで使えるように米ドルを持っていた(タイでは米ドルは使えなかったが、インドネシアは米ドルの国)
  ・またクレジットカードは個人でゴールドカードなども含め4枚、それにコーポレートカードも持っていた。
  ・休日・深夜でも航空便が手配できるように空港の航空会社オフィスの連絡先を調べていた。
  (普通は航空便の予約やチケット手配は旅行社に依頼する。しかし深夜・休日ではこの手はダメ。)
  
2) 現地人とのコミュニケーションの為、現地語の勉強を再開
  ・インドネシアはイスラム教国である。
  ・イスラムなど一神教の教えは「目的が正しければ、その為には騙したり、犠牲が有っても仕方ない」、こう教えている。
  ・その為現地人と接触して一番気を付けねばいけないのは・・・
  ・それは「コイツ気に入らんから張り倒してやれ」とか「騙して金をかっぱらってやれ」、こう言っている事に気づくことだ。
  ・だから現地語の勉強と言っても重点は読み書きではない、聞き取りである。危険な言葉を聞き取る、この一点。
  (ジャーナリストの後藤さんも「ガイドに騙された」と言う前にこれを注意すべきだった・・・ 残念である)


こんな準備をしていたのだが、幸い救援に行く必要が無かったので有り難かった。
しかしこんなっ準備をしていたので役に立ったこともある。そんな事例。

ある人が長期出張で来ていた時の事。その方のお父上が急死された。
急死されたのは日本時間の夜7時。
それから家族の方が会社に急を知らせ、そこから私の所に連絡が入った時、その方は一日の仕事を終えホテルに向かっていた。
その方をホテルに訪ね、航空券確認から空港の航空会社のオフィスに連絡をとって座席の確保。
そしてすぐホテルから空港に走った。(ホテルから空港まで200キロ以上あった)
辛うじて深夜便に間に合い、現地係員と逐一連絡をとって特別ルートでチェックイン・パスポートコントロールを通過。
飛行機の搭乗口ではすでに搭乗が始まっていたが何とか間に合った。
この時は途中のクルマの中から「今どこを走っている、何時ころ空港に着く見込み」と逐一電話。
空港では係員の可愛い女性が待っていてくれて、手を引いてこっちこっちと案内してくれた。
有り難かった・・・ 親切とはこんなこのかと痛感。
名古屋からその方の自宅までは更に50キロほど、これはタクシーを飛ばして行ってもらった。

結局お父上が亡くなったのが夜7時、それが御当主が帰ってきたのが翌朝9時過ぎ。
無事葬儀も済んで良かった良かっただったのだが・・・
これから先は笑い話

後で聞いたら、ご家族の方の言うには・・・ 
「九州の親戚でさえまだ来ていないのに、遥々タイからこんな時間に帰ってくる・・・本当にタイに行っていたの?」
こんな事で大いに盛り上がったのだとか。


海外で生きるという事は日本とは全く違う世界を生きる事、そんな事の一端として私のささやかな経験です。
  1. 海外
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2014-12-06 18:09

アメリカの反日プロパガンダ<続編

 昨日「アメリカの反日」についてエントリーした。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1040.html

しかしどう考えてもこの反日プロパガンダ、あの悲惨な戦争に追い込まれた大東亜戦争直前のアメリカの空気そっくりなのだ。
今回の反日プロパガンダは米国政府挙げてのモノであること、その後ろに在米中国系の反日組織「世界抗日戦争史実維護連合会」(抗日連合会)が、異様なほど大きな役割を果たしていた、こんな構図がそっくりなのだ。


以前こんな本を紹介した。
2014-12-6コミンテルンとルーズベルトの時限爆弾

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-633.html

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-716.html

この本はコミンテルンの陰謀が暴露されたヴェノナ文書の情報などから現在までの問題を書いている。

その中にこんな記述がある。
全文は本を買っていただくしかないのだが、以下の所にさわりが載っていた。
http://touron.l-mate.net/archive/seminar130804.php

<以下引用>

「ヴェノナ文書」が暴いたコミンテルンの戦争責任

■コミンテルンのスパイを暴いた「ヴェノナ文書」の衝撃
 第二次世界大戦前後の時期に、アメリカ政府内部に多数のソ連のスパイが潜入していることを暴いた「ヴェノナ文書」の公開以降、同国内では、「ルーズヴェルト政権はソ連や中国共産党と通じていたのではないか」という古くからの疑念が、確信へと変わりつつある。当然、当時をめぐる歴史観の見直しも進んでいる。しかも、そのピッチは近年、急加速していると言ってよい。
 ヴェノナ文書とは、第二次世界大戦前後の時期にアメリカ国内のソ連のスパイたちがモスクワの諜報本部とやり取りした秘密通信を、アメリカ陸軍情報部が秘密裡に傍受し解読した記録である。1995年、アメリカ国家安全保障局(NSA)が公開した。
 これら機密文書が次々と公開され、その研究が進んできた結果、ルーズヴェルト大統領の側近であったアルジャー・ヒス(傍線は共産党員又は協力者と思われる人物。以下同じ)を始めとする二百人以上のスパイ(あるいは協力者)が政府官僚として働いていたことが立証されつつあるのだ。【略】

●第1段階「アメリカ共産党の創設」
・・・略

●第2段階「人民統一戦線を構築せよ」
・・・略

●第3段階「シンクタンクIPRの乗っ取り工作」
・・・略

●第4段階「中国共産党を支持する雑誌『アメラシア』を創刊」
・・・略

●第5段階「ルーズヴェルト大統領一族を取り込め」
支那事変の発端となった北京郊外の廬溝橋

 1937年7月、盧溝橋事件が起こると、アメリカの反ファシズム団体は一斉に、反日親中運動を開始した。その当時、全米24州に109の支部を持ち、会員数400万人を誇る「反戦・反ファシズム・アメリカ連盟」は11月に全米大会を開催し、その名称を「アメリカ平和民主主義連盟」と改め、「平和」と「民主主義」を守るという誰でもよく分かる名目を掲げることで、より広範なアメリカ民衆を結集しようとしたのだ。更にこの「アメリカ平和民主主義連盟」のもとに、全米22都市に支部をもつ「中国支援評議会」を設置し、日本の中国「侵略」反対のデモや対日武器禁輸を国会に請願する活動も開始した。

・・・略

●第6段階「スティムソン元国務長官を利用したロビー活動」

 キリスト教関係者を前面に出しながら、その実態は中国国民党の工作員とアメリカ共産党関係者によって構成されていたアメリカ委員会は、『日本の戦争犯罪に加担するアメリカ』と題したブックレットを60,000部、『戦争犯罪』と題したパンフレットを22,000部作製し、連邦議会上下両院のあらゆる議員やキリスト教団体、婦人団体、労働組合などに配布し、大々的なロビー活動を開始した。
 このロビー活動を受けてルーズヴェルト政権は、中国支援へと舵を切っていく。ホーンベック国務省極東部長の進言を受けてルーズヴェルト大統領は1938年12月、「対日牽制の意を込めて」、中国国民党政府に2500万ドルの借款供与を決定したのである。【略】
 一方、日本外務省はと言えば、アメリカでの反日活動の背後にアメリカ共産党・コミンテルンの暗躍があることを正確に分析していた。
 若杉要ニューヨーク総領事は1938年7月20日、宇垣一成外務大臣に対して、『当地方ニ於ケル支那側宣伝ニ関スル件』と題する機密報告書を提出、アメリカの反日宣伝の実態について次のように分析している。

 一、シナ事変以来、アメリカの新聞社は「日本の侵略からデモクラシーを擁護すべく苦闘している中国」という構図で、中国の被害状況をセンセーショナルに報道している。
 二~五 略
 六、共産党は表向き「デモクラシー擁護」を叫んで反ファシズム諸勢力の結集に努めており、その反日工作は侮りがたいほどの成功を収めている。
 七、アメリカ共産党の真の狙いは、デモクラシー擁護などではなく、日米関係を悪化させて支那事変を長期化させ、結果的に日本がソ連に対して軍事的圧力を加えることができないようにすることだ。

 若杉総領事はこう述べて、近衛内閣に対して、「ルーズヴェルト政権の反日政策の背後にはアメリカ共産党がいる」ことを強調し、共産党による日米分断作戦に乗らないよう訴えたのだ。
 ルーズヴェルト政権はその後、反日世論の盛り上がりを受けて1939年7月26日、日米通商条約の廃棄を通告。日本はクズ鉄、鋼鉄、石油など重要物資の供給をアメリカに依存しており、日本経済は致命的な打撃を受ける可能性が生まれてきた。一方、中国国民党の蒋介石政権に対しては1940年3月、2000万ドルの軍事援助を表明、反日親中政策を鮮明にしつつあった。【略】
 つまり、ルーズヴェルト政権の反日政策に反発して近衛内閣が反米政策をとることは、結果的にスターリンによるアジア共産化に加担することになるから注意すべきだと若杉総領事は訴えたわけだが、その声に、近衛内閣は耳を傾けなかった。
 若杉総領事の報告書が届いた翌日、近衛内閣は、ゾルゲ・グループの尾崎秀美ら昭和研究家の影響を受けて、アジアから英米勢力排除を目指す「大東亜新秩序建設」を国是とする「基本国策要項」を閣議決定し、翌1941年4月13日には日ソ中立条約を締結するなど、ソ連と連携しながら反米政策を推進していった。

●第7段階「アメリカ政権内部のスパイたちが対日圧迫政策を強行」

 対抗してアメリカのルーズヴェルト政権も、コミンテルン・アメリカ共産党が築いた反日世論を背景に、対日圧迫外交を強化していく。
 ルーズヴェルト大統領は1941年3月、ラフリン・カリー大統領補佐官を蒋介石政権に派遣し、本格的な対中軍事援助について協議をしている。翌4月、カリー大統領補佐官は、蒋介石政権と連携して日本本土を約500の戦闘機や爆撃機で空爆する計画を立案。JB355と呼ばれる、この日本空爆計画に対してルーズヴェルト大統領は7月23日に承認のサインをしている。日本が真珠湾攻撃をする4ヶ月以上も前に、ルーズヴェルト大統領は日本爆撃を指示していたわけだ。
 エドワード・ミラー著『日本経済を殲滅せよ』によれば、7月26日、財務省通貨調査局長のハリー・デクスター・ホワイトの提案で在米日本資産は凍結され、日本の金融資産は無価値となり、日本は実質的に「破産」に追い込まれた。それだけではない。ホワイトは財務省官僚でありながら11月、日米交渉に際して事実上の対日最後通告となった『ハル・ノート』原案を作成し、東條内閣を対米戦争へと追い込んだ。
 ヴェノナ文書によれば、これら反日政策を推進したカリー大統領補佐官もホワイト財務省通貨調査局長も、ソ連のスパイであった。
 かくして1941年12月、日米戦争が勃発した。真珠湾攻撃の翌々日の12月9日、中国共産党は日米戦争の勃発によって「太平洋反日統一戦戦線が完成した」との声明を出している。アメリカを使って日本を叩き潰すというソ連・コミンテルンの戦略は、21年後に現実のものとなったわけだ
 以上のように、ヴェノナ文書やコミンテルン文書、日本外務省の機密文書などが公開されるようになって、コミンテルンと中国共産党、そして「ソ連のスパイ」たちを重用したルーズヴェルト政権が戦前・戦中、そして戦後、何をしたのかが徐々に明らかになりつつある
(『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾』)

<引用終り>

ここで記述されている大東亜戦争直前の状況は、当時の登場人物はアメリカ・民主党ルーズベルト、ソ連のスターリン、中国の蒋介石(その裏に共産党毛沢東)である。
現在の登場人物はソ連が消えたので、アメリカ・民主党オバマ、中国共産党習近平である。
全く同じメンバーがそろって反日をやっているのだ。


この裏にはソ連の崩壊と冷戦の終結でアメリカの政策がハッキリ変わった事を考えないといけない。
冷戦崩壊でアメリカの敵は日本になった、そう言う事なのである。

そしてアメリカではこの手の反日プロパガンダが繰り返し繰り返し報道されている。
今年6月にも「アメリカメディアの反日」としてエントリーした
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-974.html

だがこんなモノを見てアメリカが反日一色だと思ってはいけない。
アメリカとは巨大な国なのだ。
そしてアメリカで一番の親日組織はアメリカ軍、個人として親日なのは一般国民だという事を忘れてはならないと思う。

最後にNYタイムズは今月1日のロイターによれば100人の人員削減をするのだとか。
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKCN0HQ4N220141001

矢張り金が無くなると何でもする。捏造・デタラメ報道などカネの為だ、仕方ないと言う所だろう。

そして前回エントリーに八目山人さんから良いコメントを頂いたので紹介したい。
八目山人さん
ニューヨークタイムズと言えば、10月29日付けの 東京支局長ファクラーによる北海道猿払村に関する記事が出鱈目なのを、旭川在住の的場医師が英文で丁寧な意見をだして 返答を求めています。(確か2度出されたと思います)
でもこれになしのつぶてで、その後も反日記事を出し続けています。
確信犯と断定します。
そよ風さんのところにその原文が有りますので。

http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/2014-11-05.html
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2014-11-29 15:33

アメリカの暴動、欧州諸国は米人権問題の失敗と指摘

 アメリカ・ミズーリ州の黒人少年射殺事件が発端の暴動について27日エントリーした。
アメリカの暴動に思う事

しかしこの問題、現在の移民問題などを抱えるヨーロッパ諸国にも深刻な影響を与えている。

最初にそんな事を伝えるWSJ報道から

<以下引用>

ファーガソンの暴動、欧州諸国は米人権問題の失敗と指摘

2014 年 11 月 28 日 18:13 JST

ミズーリ州ファーガソンの警察署を警備する州兵(26日) Getty Images
 欧州各国は米ミズーリ州ファーガソンで発生した暴動に強い反応を示している。当地で武器を持たない黒人青年を射殺した白人警官に対し、大陪審が不起訴の判断を下したことを受けた抗議行動への見方は、米国の人権の歴史から少数派であるアフリカ系米国人が排除されているとの欧州大陸に共通する認識を浮き彫りにしている。

 ファーガソンの事件を受けて、米国メディアは同様のテーマを取り上げているものの、この問題による波紋は、人種間の分裂や極刑、国としての銃器への執着が常に批判の対象となっている欧州全般に広がっている。

 一方、米国における欧州の典型的な取り上げ方は、長らく右派の大衆主義的政党や反ユダヤ主義の台頭に焦点を絞ってきた。

 フランスのトビラ司法相は今週、自身の公式ツイッターアカウントで「人種による選別や社会的疎外、地域的分離、文化的疎外、銃器、恐怖、致命的な組み合わせ」と指摘した。

 また、トビラ氏は、ファーガソンで射殺された黒人青年マイケル・ブラウンさんの18歳という年齢に言及し、レゲエ歌手の故ボブ・マーリーの「育つ前に枯らす(Kill them before they grow)」という歌詞を引用した。

 トビラ氏は、自身のツイートについて地元ラジオ局から質問を受け、「米国の制度について価値判断はできない。それでも、不満の強さや根深さ、持続性、巨大さをふまえると、果たしてこうした制度を米国民は信じているのかと疑問を持たざるを得ない」と述べた。

 ドイツでは、ファーガソンでの暴動をめぐる報道は、人権を掲げて建国したにもかかわらず人種差別が充満している米国を浮き彫りにした。

 ドイツの公共放送局ARDは25日夜、ファーガソン特集を15分間放送したが、その中でアンカーのマーカス・プレイス氏は「自由の地は半世紀にわたり人種問題や差別を克服しようとしてきたが、その成果は疑わしい」と述べ、米国での人種差別を取り上げたほか、1964年の公民権法を実行に移せなかった経緯を紹介した。

 プレイス氏はまた、米国の陪審員制度がドイツの裁判官主導の制度よりも偏見に左右されかねない可能性にも言及した。

 警察での偏見に焦点を当てた報道もあった。リベラル系のSuddeutsche Zeitungは26日付の社説で「米国は警察の暴力という問題を抱えている。ファーガソンに始まったものではない」とし、「白人が永遠に隠し続けることができるような問題ではない」と記した。

 スペインの有力日刊紙エル・パイスは同日付の社説でファーガソンの抗議行動は「内在する問題」を示していると指摘。

 この社説は「法律は警察が肌の色を根拠に尋問することを認めないと定めており、こうした状況に終止符を打つ取り組みが継続的に行われているにもかかわらず、統計はこれと異なる実情を鮮明にしている」と記した。

 エル・ペイスは抗議活動に2面を費やし、ミズーリ州の特派員の記事を掲載した。

 記事の一つは「アフリカ系米国人は人口全体の約13%を占める一方、在監者数に占める比率は40%前後に達している」とし、「軽犯罪に対する刑罰はアフリカ系米国人に特に大きな打撃を及ぼしている。ファーガソンは、人口の大半が黒人であるものの権力は白人が握っているという点で、他の差別形式の典型的な例でもある」と伝えた。

 ある程度予想されたことだが、ロシアの政府やメディアは、暴動は米国が自国では人権をいつも侵害していて、他国に説教できるような立場にないとする長きにわたる主張を繰り返した。

 ロシア外務省人権問題担当のコンスタンチン・ドルゴフ氏は25日夜に声明を発表し、ファーガソンでの抗議行動について「米国の少数民族に対する人種差別の証拠や人権侵害などの問題の極端な軽視をまたしても証明した」と表明。同氏が担当する人権や民主主義、法の原則というのは米国がこれまで頻繁にロシアに関して批判してきた問題だ。

 ドルゴフ氏は「ファーガソンにおける今回の出来事は、人権に関する大規模な国内問題に注力すべき時期がついに訪れたという米当局に対する最新の警鐘だ」と指摘した。

http://jp.wsj.com/news/articles/SB11360550936975084497104580304302565573436?mod=WSJJP_hpp_LEFTTopStoriesSecond

<引用終り>

この問題はアメリカのグローバリズムを信奉する連中が主導した移民受け入れ政策が全く破綻したと言う意味でも重要だと思う。



そしてまさにこの点を見抜いていたかのように昨日イギリスのキャメロン首相がこんな発表をした。

<以下引用>

英首相 移民規制強化でEUに対応迫る
11月29日 8時23分

イギリスのキャメロン首相は28日、EU=ヨーロッパ連合の国々からの移民を規制するための新たな方針を表明し、この問題でEUとの交渉が不調に終わればイギリスのEU離脱にもつながりかねないとしてEUに対応を迫りました。
2014-11-29キャメロン首相byNHK

イギリスのキャメロン首相は28日、来年5月の議会選挙の争点になっている移民政策について演説し、近年、景気低迷が続くEU域内の国々から経済が好調なイギリスへの移民が急増し、学校や病院などで問題が生じていると指摘しました。
そのうえで、移民の規制強化に向けて6か月間就職できない人は出国することや、当初の4年間は税の控除や子どもへの手当などの支援を受けられないようにする方針を明らかにしました。
ただ、これには「人の移動の自由」を掲げるEU条約の見直しを含めEUとの交渉が必要で、キャメロン首相はEUの改革やイギリスとの関係の見直しに向けて交渉に臨むとしています。
イギリスではEUに懐疑的な勢力が勢いを増すなか、キャメロン首相は来年5月の議会選挙で勝利すれば2017年にEU離脱の賛否を問う国民投票を行う考えを表明しており、その前にEUとの交渉に道筋をつけたうえで国民に信を問いたい考えです。
ただ、交渉が不調に終われば「あらゆる可能性を排除しない」と述べてEU離脱の可能性にも触れており、EUに対応を迫りました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141129/k10013584051000.html

<引用終り>

キャメロン首相の言っているのは移民の規制であって人種問題ではない。
しかしこの問題は表裏一体、移民を入れれば異なる考え方、異なる社会を持った人たちが入って来るので必ず人種問題に発展する。
今そこには直接言えないので移民規制強化としてEUに対応を迫っている訳だ。


所でこの人種問題には長い歴史があるが、こんな事は意外と知られていない。

最初に人種的差別撤廃提案をしたのは実は日本である。第一次大戦終了後の1918年の事だ。
人種的差別撤廃提案
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E7%A8%AE%E7%9A%84%E5%B7%AE%E5%88%A5%E6%92%A4%E5%BB%83%E6%8F%90%E6%A1%88

しかしこの提案、オーストラリアやアメリカが強硬に反対した。最終的にアメリカのウッドロー・ウイルソン大統領の裁定で否決された
アメリカはこの時からでも96年、未だに人種差別問題が解決できていない。


そしてもう一つ、日本がどうして日米戦争に追い込まれたのか。
この原因を昭和天皇が以下の様に言っている。

<以下引用>
昭和天皇「大東亜戦争の遠因」
 敗戦から七カ月たった一九四六(昭和二十一)年三―四月、昭和天皇は当時の宮内大臣・松平慶民や御用掛・寺崎英成らを相手に、極めて機微に触れた問題について次々に語った。その記録の冒頭に登場するのが「大東亜戦争の遠因」である。太平洋戦争はなぜ起きたのか、昭和天皇はこう述べている。

この原因を尋ねれば、遠く第一次世界大戦后の平和条約の内容に伏在してゐる。日本の主張した人種平等案は列国の容認する処とならず、黄白の差別感は依然残存し加州移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに充分なものである。又青島還附を強いられたこと亦然りである。かかる国民的憤慨を背景として一度、軍が立ち上つた時に、之を抑へることは容易な業ではない。
・・・以下略・・・
http://fujiwara-shoten.co.jp/main/ki/archives/2011/12/post_2048.php
又は
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/nikki10/nikki782.html

<引用終り>

人種や移民問題はそう簡単に結論の出る話ではない。
また国境のない世界などと言う幻想が成り立たないのは今のヨーロッパが歴然と証明している。
多分これから百年はこの問題と取り組までばならないだろう。難しい話である。

しかし日本にも未だに移民を受け入れろとのたまう御仁がいる。
移民などこんな事例で分かるように実に困った存在なのだ。移民なしで国が成り立つならこんな良い事は無い。
特に某国の連中の様に何十年たっても日本人に成ろうとせず、在日特権だけを享受しようとする。
こんな連中はさっさと母国に送還したいものだ。
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2014-11-27 18:36

アメリカの暴動に思う事

 アメリカ・ミズーリ州の黒人少年射殺事件が発端の暴動に関して、オバマ大統領の演説が話題になっている。
最初にそれを報道するTBSのニュースから

<以下引用>

「暴動は犯罪行為」オバマ大統領が非難

 アメリカのオバマ大統領は、ミズーリ州の黒人少年射殺事件で発砲した白人警察官が不起訴となったことに対しての暴動について、「犯罪行為だ」と非難しました。
2014-11-27オバマ演説1

 「建物を燃やし、車に火をつける。物を壊して住民に危害を加える。これは破壊行為で、正当化されない犯罪行為だ」(アメリカ オバマ大統領)

 オバマ大統領は暴動について、このように述べ、「やった人間は訴追されるべきだ」と厳しく非難しました。

2014-11-27オバマ演説2
 一方で、「日本のように国民の大半が日本人という国では、このような問題は起こりにくい」と述べ、多様な人種が集まるアメリカならではの社会問題だと指摘。黒人を中心に警察官の対応が人種によって異なるという深く根ざした不満があることに一定の理解を示した上で、「短絡的な選択をせず、地元自治体との対話など、長期的な選択をすべきだ」と沈静化を呼びかけました。(26日10:21)

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2358477.html

<引用終り>


この様な時に日本を引き合いに出して話をする、これじゃあアメリカの今までやってきたことが失敗だったと大統領自ら認めた。正にそう言う事だ。
だがしかし、この話何処かの誰かが似たような事を言ってた気がする。
そうだ、ヒラリー・クリントン元国務長官が中国に対して言った言葉だ。

2年前にこの話をエントリーした。
中国は最も貧しい国になる?<新唐人TVが報道するクリントン長官発言
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-575.html

ソースの新唐人TV報道
http://jp.ntdtv.com/news/2604/%E3%80%90%E7%A6%81%E8%A8%80%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%80%91%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AF%E6%9C%80%E3%82%82%E8%B2%A7%E3%81%97%E3%81%84%E5%9B%BD%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%EF%BC%9F

そのクリントン発言と今回のオバマ演説の類似性
(ク)=クリントン発言
青字=私のコメント

【新唐人日本2012年7月5日付ニュース】最近ネット上で、クリントン米国務長官がハーバード大学での演説文が広く転載されている。その内容は20年後中国は世界で、最も貧しい国になるというのだ。

根拠は
(ク) 1. 移民申請の状況から見て、中国9割の官僚家族と8割の富豪がすでに移民申請を出した。またはその意向がある。一国家の指導層と既得権益階級がなぜ自国に自信をなくすのか理解しがたい。

アメリカは合法・非合法を問わず移民を受け入れてきた。アメリカが一部の特権階級がムチャクチャな金を稼ぎながら社会として極端はコストアップにならないのは移民が低コストで働くため。
そのアメリカにカネを持った奴らが入ってくるのは歓迎するという事か。


(ク) 2. 中国人は社会の個体として、国家と社会に対して負うべき、責任と義務がわかっていない。国際社会に対して負うべき責任はなおさら分かっていない。受けた教育或いはメディアの宣伝はほとんどが憎しみと他人または他国を歪曲した内容で、人々の理性と公正な判断力を失わせる。

この言葉の中国人をアメリカの黒人など貧困層と置き換えればそっくりそのまま通用する

(ク) 3. 中国は世界で数少ない信仰のない恐ろしい国で、全国民が崇拝するのは権力と金銭のみだ。利己的で愛心のない、同情心を失った国家が国際社会の尊重と信頼を得られると思うか?

アメリカはキリスト教国と思われている。しかし今のアメリカは中国と同じ、拝金教にドッポリ浸かって骨の髄までカネまみれだ。

(ク) 4. 中国政府の所謂政治は人民を騙し人間性に背く以外の何物でもない。人民大衆は過去の権力の奴隷から今は金銭の奴隷に変わった。このような政権がいかに人民の尊重と信頼を得られるか。

オバマも同じ、人民の尊重も信頼も得られない。

(ク) 5. 大多数の中国人は「面目が立ち」、「尊厳のある生活」とは何か全くわかっていない。民衆にとっては権力と金銭の獲得が生活の全てで、成功なのだ。全民腐敗、堕落といった現象は人類の歴史上でも空前絶後だ。

この項目の中国人をアメリカの貧困層に置き換えればそっくりだ。
特に「面目が立ち」、「尊厳のある生活」とは何か、これが全くわかっていないから今回の様な暴動が起こる。


(ク) 6. 憚ることのない環境破壊と資源の略奪、贅沢と浪費の生活方式は何個の地球だと供給できるのだろか?他国が危惧するのも当たり前だ。中国政府はいつも民衆の注意力を他国にそらし、敵を造り、自分の圧力を外部に転嫁させようとするが、時代の流れと人類文明の趨勢に従い、自ら変革を起こし、民生に関心を払い、民主を重視し、無責任な抑圧をやめるべきだ。でないと、中国はますます不安定になり、将来大きい社会動乱と人道災難が出現し、20年後 中国は世界で最も貧しい国になるだろう。これは全人類と災難であり、米国の災難でもある。

⇒この件はアメリカにも言えるが、複雑な話なので別途考えたい

<引用とコメント終り>

オバマは現役大統領として基本的な失政を認めた大統領として記憶される。
日本も移民受け入れなどと言うアホを言う連中に事欠かない。
しかし世界の現実は移民の拡大、多文化共生の失敗で、恐らく百年の迷路に入る、今はその入り口に立っていると思っています。

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2014-11-09 21:08

欧州の反日国

 今日の読売新聞日曜版の皇室関係の記事、ここに10月末のオランダ国王を歓迎する宮中晩さん会の模様が紹介されていた。
この宮中晩さん会は雅子妃が久しぶりに出席したこと程度しか報道されていなかった。
しかし流石反日国オランダ、国王がこんな所で古い話を言いだしている。

2014-11-9読売品文日曜版-02縮小赤枠

上掲記事の赤枠部分は以下のようになっている。
国賓のオランダのウィレムーアレクサンダー国王は、第2次世界大戦中に日本から受けた戦争の傷痕を率直に語った。
 国王は、戦時中に多くのオランダ人が日本軍の捕虜となった事実を指摘し、「我が国の民間人や兵士が体験したことを我々は忘れません。犠牲者の悲しみは今も続いています」と語った
。」
(上掲記事全文は本文末尾に記載しました)

オランダが反日国であるのは分かっていたが、未だにこんな事を言っている。
困ったものだ。

所でそのオランダ国王、日本の次は韓国に行った。
そこでの行動はこんな風だったらしい。

<以下聯合ニュースより引用>

朴大統領とオランダ国王が会談 慰安婦問題も議論か

2014/11/03 14:23
【ソウル聯合ニュース】朴槿恵(パク・クネ)大統領は3日午前、韓国を国賓訪問中のオランダのウィレム・アレクサンダー国王と青瓦台(大統領府)で会談した。

 朴大統領は3月にオランダ・ハーグで開催された核安全保障サミットに出席するため、韓国大統領として初めてオランダを公式訪問した。オランダ国王の来韓はその答礼で、1961年の国交樹立後、オランダの国家元首が韓国を国賓訪問したのは今回が初めて。

 朴大統領は会談の冒頭で国王と共に100人余りの経済視察団が来韓したことに触れ、「この機会に両国企業間の互恵的な協力が大きく拡大することを願う」と述べた。

 国王は「韓国が半世紀で達成した輝かしい発展には非常に驚かされた」と述べた。また、「両国は企業交流が活発なことはもちろん、友情も非常に厚い」として親密な関係を強調した。

 会談は途中から非公開とされた。政治・外交・経済などの分野で両国間の実質的な協力策が話し合われたとみられる。

 旧日本軍の慰安婦問題など日本をめぐる歴史問題が議論されたかに注目が集まる。

 来韓前に日本を国賓訪問した国王は先月29日、天皇、皇后主催の宮中晩さん会で「オランダ国民や兵士が体験したことは忘れることができない。戦争の傷跡は今も多くの人の人生に陰を落とし犠牲者の悲しみは続いている」と述べ、第2次世界大戦当時の旧日本軍の残虐行為に言及した。

http://japanese.yonhapnews.co.kr/Politics2/2014/11/03/0900000000AJP20141103001800882.HTML

<引用終り>

流石反日国である。
しかし国王のこの発言の裏にはかつては世界に雄飛した海洋大国だったオランダ。
今は見る影もなく没落した。
そして最近ではイスラム系の移民が人口の11%位になり、国内の混乱は酷いものと聞く。
更に今年は7月17日、アムステルダムのスキポール空港を出発したマレーシア航空機をウクライナ上空で撃墜され、乗客乗員298人が死亡、内192人がオランダ人だった。
自国民をこれだけ殺されたのにこの事故は現地調査もままならない状態である。
オランダ国民は切歯扼腕していると思う。
そして自国の国力低下を嘆いている筈だ。此処までされても手が出せないとは・・・
こんなオランダ国民の歪んだ思いが国王をしてこんな反日発言をさせているのだろう。

しかしいい加減にして貰いたい。
確かに日本とオランダは交戦した。それはオランダも絡んだABCD包囲網による経済封鎖から起こった事である。
それも言うなら先ずオランダ国王はインドネシアにお詫びする方が先だ。

最近やっとオランダがインドネシアにお詫びしたようだ。
オランダ政府、インドネシアに戦時中の即決処刑を謝罪


所でオランダ人の本音がこんな所で分かる。
オランダ市長の言葉 「日本は最高の功労者」

「あなた方の日本国は先の大戦で負けて、私共のオランダは勝ったのに大敗をしました。今日の日本国は世界で一、二位を争う経済大国になりました。私達オランダは、その間、屈辱の連続。即ち、勝った筈なのに、貧乏国になってしまいました。

本当は、私共白色人種が悪いのです。百年も二百年も前から、競って武力で東亜諸民族を征服し、自分の領土として勢力下に置いたのです。

 植民地・属領にされて、永い間奴隷的に酷使されていた東亜諸民族を解放し、共に繁栄しようと、遠大崇高な理想を掲げて、大東亜共栄権樹立という旗印で立ち上がったのが、貴国日本だったはずでしょう。

 本当に悪いのは、侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は戦いに敗れましたが、東亜の解放は実現しました。

 即ち、日本軍は戦勝国の全てをアジアから追放して終わったのです。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成しました。

日本の功績は偉大であり、血を流して戦ったあなた方こそ、最高の功労者です。自分を蔑む事を止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきであります。」

<引用終り>

多分この言葉こそ彼らの本音だろう。しかし現実の社会は今ガタガタ。
そんな所からこんな反日発言が出てきたのだと思う。
オランダさんよ、もう少し大人になったら如何なんだい。
そんな思いのする話ではある。

最後に今ネットで若い人の間で評判になっている言葉を紹介し、この話を終わります。

これは第三次中東戦争に惨敗した時のエジプト大統領ナセルの言葉。

「アジアには日本が有った。しかしアラブには日本が無い」





<上掲読売新聞記事全文>
(上掲記事はネットでは読めないので、新聞記事をスキャンし電子情報にしました。ご参考までに)

 10月29日に開かれた宮中晩餐会で、国賓のオランダのウィレムーアレクサンダー国王は、第2次世界大戦中に日本から受けた戦争の傷痕を率直に語った。
 国王は、戦時中に多くのオランダ人が日本軍の捕虜となった事実を指摘し、「我が国の民間人や兵士が体験したことを我々は忘れません。犠牲者の悲しみは今も続いています」と語った。
天皇陛下も両国の不幸な歴史に触れ、「記憶から消し去ることなく、親善に更な
る心を尽くしていきたい」と述べられた。
 200ふ年と08年にそれぞれ国賓として来日した韓国の盧武鉉大統領(当時)と中国の砂鉱濤国家主席 (同)が、先の戦争について全く触れなかったこととは対照的だ。
 ただ、それは皇室とオランダ王室が強い信頼関係で結ばれていることの証しといえる。
 陛下は、国王の母のベアトリックス前女王と20代から親交を温め、根強く残る戦争被害者のわだかまりを解かすため、手を携えてこられた。晩餐会で国王は
 「両国の国民が和解の実現に向け全力を尽くし、新しい信頼関係が生まれました」とも語った。今回の直なスピーチ交換も更なる和解への土台になるだろう。
社会部宮内庁担当
        太田雅之
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2014-08-03 17:19

奇々怪々な情報戦

 ウクライナのマレーシア機撃墜事件、前から可笑しいと思っていたのだが、欧米のマスゴミが撃墜の犯人が誰なのか報道しなくなっている。

事件が起こったのは先月17日。
その直後にはウクライナがコレが証拠だと盗聴した親ロシア派の会話を公開したし、アメリカもロシアが犯人だと言う明白な証拠が有ると言っていた。
しかしその明白な証拠なるモノは公開されず、アメリカ・ヨーロッパとウクライナ連合対ロシアの情報戦となってきた。
またウクライナ政府が発表した盗聴した会話は捏造であることがバレている。

そして撃墜事件から1週間くらいしてから欧米の報道がいやにオトナシイ。
犯人は誰だと言う話しはアメリカからはロシアであると証拠もなしで名指ししているモノの、マスゴミは口を拭って静観の構えなのだ。

そんな中、ロシアの声がこんな情報を発信した。

<以下引用>
ウクライナのスホイ25のパイロット マレーシア機撃墜を認める

ドイツ紙Wahrheit für Deutschlandは、マレーシア航空のボーイング777型機を撃墜したとみられるウクライナのスホイ25のパイロットから話を聞くことに成功したとする記事を掲載した。
Wahrheit für Deutschlandはドイツの主要紙ではないが、同紙は、スホイ25のパイロットが、マレーシア機を撃墜するために、同機に搭載されている砲を使用したと主張している。
Wahrheit für Deutschlandによると、スホイ25は、ロシア参謀本部が提出した画像に写っていたという。
専門家:マレーシア機の痕跡は「ブーク」で撃墜されなかったことを署名している
パイロットの名前は明らかにされていないが、このパイロットは、自身が操縦していたスホイ25に搭載されている砲で、マレーシア機が撃墜されたことを認めたという。
なお、パイロットがマレーシア機の撃墜を認めたのと同時に、明確な穴があいているマレーシア機の破片の写真が公開された。複数の専門家たちはこの穴について、地対空ミサイルシステム「ブーク」では、このような穴はできないとの見方を示している。
MK.ruより
http://japanese.ruvr.ru/news/2014_07_29/275232268/

<引用終り>

このVORが言及しているドイツの新聞記事は多分これ
http://wahrheitfuerdeutschland.de/?p=3622

だがこの元記事を読むと「ソースは風刺」と書いてある・・・???。

またこのマレーシア機は地対空ミサイルではなく、30ミリ機関砲を操縦席に打ち込まれ撃墜されたと言う話しも有り、
もうすぐ北風さんがご自身のブログで書いている。
http://bator.blog14.fc2.com/blog-entry-2406.html

もうすぐ北風さんのブログの写真を見ると確かに内側から外側へ抜けた穴も有り、まともなものでないことは明白ではある。

所でこのスホーイ25なる飛行機はと言うとこんなモノ

2014-8-3スホーイ25

しかしwikiによればスホーイ25は戦闘機では無くて攻撃機、確かに30ミリ機関砲を持っており、毎分3000発の発射能力が有るので、搭載する250発の弾など5秒で全弾撃ち尽くす凄い能力が有る。
しかし最高速度950キロ、実用上昇限度7000メートル、こんなスペックなので例え積荷を軽くしてもマレーシア機が高度1万メートル、速度約900キロで飛んでいるのを追いかけて射撃するのは容易ではないと思うのだが、如何なんだろう。

最後に私は7月23日の水曜アンカーでの青山繁晴さんの発言が気になる。
青山さんはその愛国的な発言は私も共鳴するところが多いのだが、この件に関してはどうにも納得できないのだ。
青山繁晴さんは23日の水曜アンカーでこう言っている。

2014-8-3水曜アンカー7月23日


“撃墜”の証拠。アメリカの当局者によると、アメリカは『電子偵察機を出していたので、親ロシア派が、地対空ミサイルBUKを発射し、ヒットする瞬間まで一部始終を記録している』ということです。この情報、撃墜されたのが17日の夜、午後11時頃ですので、青山さんには、18日の未明、つまり日付が変わってすぐにもたらされていた

以下略、詳細は水曜アンカーの文字起しブログ「ぼやきくっくり」さんを参照ください。
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1591.html#sequel

この話、実はオバマ大統領は事件直後には報告を受けていなかったらしい。ロシアのプーチン大統領との電話会談の最後にプーチンからマレーシア機が撃墜されたらしいと言う話しを聞いたのが最初と報道されている。

青山繁晴さんは確かにすごい人だと思う。しかしアメリカ軍の電子偵察機情報と言うトップシークレットが大統領の所に報告が届くより早く(あるいは似たような時間に)青山さんの耳に入る。これが異常でなくて何なのだろう。
この事実ひとつとってもこの情報戦、虚虚実実、嘘とインチキの塊のようなものと思えるのだが如何だろう。


そしてここからが重要な話。
欧米のマスゴミが沈黙に転じ、フライトレコーダーやボイスレコーダーの情報も出てこなくなった。
航空管制状況などもさっぱり分からない、分かるのはロシア側からの報道だけである。
例えばロシア側からはこんな情報、これはyuyuuさんのブログに詳しい。

ロシア、マレーシア航空機事故の状況を示すコントロールデーター
http://yuyuu2013.blog.fc2.com/blog-entry-4076.html

この欧米+ウクライナとロシア(プーチン)との情報戦、ロシアからは怪しい話もあるが事実も出てくる。
欧米からは根拠のない話が、ウクライナからは嘘が出てくる。


しかし大型ジェット旅客機が警告も何もなく撃墜されたのである。
間もなく事実が一つずつ小出しに出てくるだろう。
その時オランダを始め多数の人を殺された人たちが恐らく黙っていない筈だ。
その矛策矛先の向かう先は果たしてプーチンか?、オバマか?。

ウクライナは既に首相は逃げ出しにかかっている(辞任は議会が承認しなかったが・・・)。
ウクライナのヤクザ大統領ポロシェンコは既に欧米の信頼を全く失っている。

この情報戦の行方次第では大変動が起こりかねないのだが、大いに気になる所である。

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2014-07-13 22:33

東西経済回廊

 前回インドシナ半島の東西経済回廊のタイ西部ミャンマー側の事情について書いたのだが、その反対側について書いてみたい。
東西経済回廊の東側はタイ東北部ムクダーハン県、ラオス、ベトナム中部である。
最初にこんな地図が多分分かりやすい。

東西経済回廊の図である。メコン回廊ともいう。
2014-7-13new東西経済回廊地図タイ東部・ダナン


最初に東西経済回廊のタイ側の東の入り口、ムクダーハン県の第二タイラオス友好橋、上掲図では第二メコン国際橋と書いてあるもの。
100%日本の援助で2006年に完成した。
2014-7-13第2タイラオス友好橋
手前はタイ東北部ムクダーハン県、対岸はラオスのサワンナケートである。

これは国境の検問所。タ・ダーンという。税関と入管である。
2014-7-13第2タイラオス友好橋のタダーン
今バスが1台止まっている。タイからラオスへの国際バス。乗客が出国手続き中。
この時は40人ほどの人が国境を越えてラオスに向かっていった。
尚クルマはタイは左側通行、ラオスは右側通行なのでラオスに入った所で左右を入れ替える。


此処からラオス領内を240キロほど走るとベトナム領に入る。
ベトナム領内を200キロほどで港のあるダナン市である。

最初にこんな航空写真を見てください。ダナン市は直ぐ隣にハイヴァン峠と言う峠が有る。
2014-7-13ダナン市とハイバン峠航空写真

このハイヴァン峠なるモノがどんなものか、
2014-7-13newハイバン峠全景写真
この写真の右下に書いてあるのは
空から見る海雲関(ハイヴァン峠)。インドシナ半島では所々で山脈が海まで迫っている。
海雲関もそのような場所に一つで、海からの風が山に当たり、山頂は常に雲に覆われている。・・・以下略
尚ハイヴァン峠は標高約500メーターだが、この説明の様に雲が湧き、交通の難所。

これはトンネル開通前の旧道の様子
2014-7-13ハイバン峠旧道

そして日本の援助で2005年にトンネルが開通した。
2014-7-13ベトナムハイバン峠のトンネル入り口ダナン側

このトンネル開通でベトナム南北を結ぶ国道1号線の難所中の難所が僅か10分ほどで通れるようになった。
このトンネルは全長6200メーター、東南アジア最長のトンネルである。
このトンネル工事、約8年がかりだったらしい。

そして日本がこのようにインフラ整備をすると、ドカドカ土足で入ってくる連中がいる。ニダ族である。
ニダ族の悪行は枚挙にいとまがないが、特にベトナム戦争当時の大虐殺はこのダナン周辺でも沢山行われた。
しかしこの件は本題から外れるので、そんな因縁の地だという事のみとします。

このトンネル開通でダナン港の重要性が一層増してきた
2014-7-13ダナンのコンテナターミナル


この様に日本の援助は先ずベトナムの南北交通の最大のネック、ハイヴァン峠に長大トンネルを開通させ、南北交通と同時にインドシナ半島の東西交通への道を開いた。これが2005年の事。
次にラオスとタイの国境メコン川に長大橋、第2タイラオス友好橋を完成させた。これが2006年である。

麻生さんが外務大臣だった平成18年(2006年)頃、「自由と繁栄の弧」という事を言いだしたのだが、その裏側にはこんな事情が有った。


と此処までは東西経済回廊の説明だが、以下は私の見果てぬ夢に話。
実はハイヴァン峠なる所はタイ時代から注目していた。何せ海雲峠というロマンチックな名前なのだ。
(ハイヴァンをベトナム語の漢字表記で書くと海雲になる)
何とかして機会を作って行ってみたいと考えていたところにトンネル開通の話。
せめてトンネル開通前に行ってみたいと思っていたのだが遂にその機会なし。
正に見果てぬ夢に終わりました。





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2014-07-02 10:05

内なる敵

 海外で仕事をしていて一番気を付ける事、それは身内の中に敵がいる事である。
丁度そんな事例が報道されているので紹介しよう。
これは偏向報道で知られる朝日新聞の報道。

<以下引用>

アルプス電気会長、中国工員に囲まれる 侵略否定発言?
小山謙太郎=香港、伊沢友之2014年7月2日07時16分

 中国広東省の東莞市で1日、電子部品工場を視察中だった日本の大手メーカー「アルプス電気」の片岡政隆会長(68)が、第2次大戦を巡る発言をきっかけに反発した工場従業員らに取り囲まれる騒動があった。地元政府や同社が明らかにした。

2014-7-2アルプス電気1


 工場は同社の香港子会社が取引する「東莞長安日華電子廠」。地元政府によると警察が警備に駆けつけ、けが人は出ていない。工場設備に損害もなかった。

 地元政府や工場従業員によると、片岡会長は工場の管理職を集めた午前の会議で、同社の海外展開について説明。その中で第2次大戦について触れ、日本を擁護する発言をしたという。

 不満に思った中国人管理職の一人が、工場内に発言内容を伝えたらしい。従業員の一人は発言内容について「日本は中国を侵略していない。欧米による植民地化を防ぎ、中国を守るためだったと話したと聞いた」と取材に答えた。

 従業員ら約千人は操業を止め、工場の正門付近で会長の謝罪を要求。片岡会長は午後2時ごろ正門で謝罪したというが、通訳の声が小さかったため周囲に伝わらず、抗議活動は夕方まで続いたという。(小山謙太郎=香港、伊沢友之)

http://www.asahi.com/articles/ASG716QKHG71UHBI038.html

<引用終り>

これは中国の報道
2014-7-2アルプス電気2
http://news.sina.com.hk/news/20140701/-9-3299883/1.html


アルプス電気と言えば電子部品の大手。大会社である。
単独で従業員5400人、世界中では従業員36、800人を誇る会社。詳細は以下参照ください。
http://www.alps.com/j/company/pro_data.html

朝日の記事によれば午前中の幹部を集めた会議で会長が話したことが中国人には不満。
それで騒ぎが始まったらしい。
会議が始まったのが午前10時前後だとしても、その直後から騒ぎが始まったのではないか。
本社の会長は午後2時には正門辺りで従業員に謝罪したと言うから、ひょっとしたら会議中から騒ぎになったのではないか。

今回私が敢えてこんな事例を取り上げるのは、海外で最も気を付けなければいけない事がこの事例に含まれているからだ。
それは「身内の中に敵がいる」という事である。

特に海外では例えば最も信頼できると思われている通訳でも本心は分からない。
経営幹部でも、例えば現地会社の部長とか取締役でも絶対日本人の味方かというとそうでは無い。

この会長さんは幸い騒ぎが収まったからよかったが、最悪の場合トンデモナイ事態になることだってある。
怪我をしなかっただけ良かったという事だろう。

このケースを考えても余りにも手際が良すぎないか?
午前の会議でごく一部の幹部に喋った事が昼頃には全従業員が職場を離れ、大騒ぎになっている。
情報を伝えた人だけでなく、従業員をアジっている人、写真を撮っている人、そしてマスコミに通報している人。

これは勘繰った見方だが、普段の日本での会長さんの発言を知っている誰かが丁度会長さんが視察に来た時質問でもしたのではないだろうか。
日本の戦争についてどう思うかなどと質問した、会長さんはついうっかり日頃の持論を喋ってしまった。
そんな勘繰りをしたく成る位の手際の良さではないだろうか。
上掲謝罪している写真の時刻は午後2時、会議が有ってから3時間か4時間後ではないだろうか。
気を付けたいものである。
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2014-06-03 21:55

グローバリズムの本質が見えてきた

 ウクライナが大変な状況なのだが如何も日本の報道では良く分からない。
丁度ウクライナの新大統領になった人物がどんな奴か分かる報道が有ったので紹介したい。

最初に皆様の東京新聞がこの大統領選挙を如何報道したのか。

<以下東京新聞より引用>

ウクライナ大統領選 ポロシェンコ氏、勝利宣言
2014年5月26日 夕刊

 【キエフ=常盤伸】危機的事態が続くウクライナで二十五日に実施された大統領選は即日開票され、中央選管の暫定開票結果や出口調査結果によると、ヤヌコビッチ前政権を崩壊に追い込んだ抗議運動に参加した親欧米派の国会議員で有力実業家のペトロ・ポロシェンコ元外相(48)が、過半数の票を獲得するのは確実で、決選投票を待たずに当選を決める見通しとなった。 
 ポロシェンコ氏はキエフ市内の選対本部で行った会見で「選挙は一回で終わった。ウクライナで新たな大統領が決まった」と述べ、事実上の勝利宣言をした。
 開票率25・85%での暫定集計によるとポロシェンコ氏の得票率は約54%。二位のティモシェンコ元首相(53)はかつて親欧米派の象徴的存在だったが得票率は約13%にとどまった。複数の調査機関による出口調査では、ポロシェンコ氏の得票率は56~57%だった。暫定投票率は約60%だった。
・・・以下略、詳細は下記リンク先参照ください。・・・
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2014052602000221.html

<引用終り>

まあ親欧米派=善玉、その前提で書かれた記事なのでこんなモノ。

所でこんなニュースもある。

最初にこんな記事
201406-3ウクライナ記事

何だと、武器、売春婦、麻薬、これがこの新大統領の正体なんだと言っている。

<ネットに和訳が載っていたのでこれを紹介>
(但しこのサイトがどんなものか、私は検証してないので参考までに引用するものです)

ペトロ・ポロシェンコが関わっていたもの、武器と売春と麻薬
Gregory KOLYADA
2014年5月24日 00:00

Strategic Culture Foundation

日曜日のウクライナ大統領選挙に参加者する人々がどれほど少数であろうと、結果は事前に分かっている - アメリカのお気に入り、ペトロ・ポロシェンコが大統領選の勝者として宣言されるだろう。結果は更に国家分裂を推進するだろう。多くの地域は、政府の金を懐に入れたことで悪名が高いこのチョコレート王を大統領として認めることを拒否している。ポロシェンコは、ジョー・バイデン、ビクトリア・ヌーランドやジェフリー・パイアト(引用者注:バイデン=アメリカ副大統領、ヌーランド=アメリカの国務次官補、パイアト=パイアット駐ウクライナ大使)から与えられた全ての命令を、たとえ几帳面に実行したとて、血みどろの紛争を止められる見込みはない。そもそも、流血の惨事を終わらせるという任務など、決してアメリカの親玉から与えられてはいないのだ…

億万長者ポロシェンコは、ソ連時代の管財人達の金をロンダリングすることで、事業を始めた。彼は決して自分で事業を始めた起業家ではない。話はでっちあげだ。1986年に大規模窃盗のかどで罪に問われた父親の犯罪関係とのコネのおかげで、他人より有利に事業を始めることができたのだ。服役を終えた父親ポロシェンコは、息子を巻き込んで、事業を始めたのだった。事業は汚らしいもので、全て暴力団によって国有財産を略奪することから始まっていた。ポロシェンコ家はウクライナ国外にも事業を拡大する計画を持っている。著名なキエフを本拠とする弁護士タチヤーナ・ミコヤンは、この一家が沿ドニエストル共和国でしたことを覚えている。‘1990年代はひどいものでした。違法な武器、売春、麻薬 - こうした全てが父親と息子の儲けになりました’。

・・・中略・・・

ペトロ・ポロシェンコは政治的カメレオンだ。この実業界の大物は、政界に乗り出した際、実に冷めていた。個人的な金儲けの為、彼は政界に入ったのだ。彼は野望と権力に対するむき出しの欲望に満ちているが、効果的に動いたり、国民を感服させたりする為の専門家チームが欠けている。彼は理想というより、強欲で動いている

現在、ポロシェンコは、権力をウクライナ全土に広げることを夢見て、ヴィニツィア、ヴォルィーニ、チェルノヴィツィやサポロジエ州の現地当局に支配を及ぼしている。不正行為に関わりがちな彼の性癖は、とうてい抑えることはできるまい。ポロシェンコは、ウクライナ政治で最も憎むべき人物の一人であり、ウクライナの腐敗した人物で首位を占めている。実におおくの失敗をしてきた彼が、アメリカ政府のお墨付きで、ウクライナの次期大統領となるのだ。

記事原文のurl:http://www.strategic-culture.org/news/2014/05/24/weapons-prostitutes-drugs-things-poroshenko-associated-with.html

ソースは
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-76a3.html

<引用終り>

まあ反アメリカ側の記事なのでアメリカをボロクソに言っているが、これは仕方ないだろう。
しかし私もこの人物、チョコレートで巨万の富を築いたと言われても納得しがたい思いが有った。
チョコレート?? 丸儲けしたってそうたいした量ではない。巨万の富を10年や20年で造れるものではない。
私はタイでタクシンが不正蓄財している時代に仕事をしていた。
ありとあらゆる方法で金を集めに来る、もうそんな一部始終を話していたら夜が明けてしまう・・・
巨万の富をきづくためには相当の悪事を働かねば巨万の富など出来る筈が無い。

このウクライナの新大統領も当選と決まった瞬間から流血の惨事が始まっている。そういう人物の様だ。
アメリカ支援のグローバル主義とはこんなインチキなものだった、そのいい例ではないだろうか。
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2014-05-18 21:44

米国習慣「チップ廃止」の波紋

 日本の価値観・文化がアメリカに浸透し始めた、そんないい話が有る。

<以下産経より引用>

米国習慣「チップ廃止」の波紋…高級レストランは、なぜ踏み切ったのか
2014.5.18 12:00 (1/5ページ)[岡田敏一のエンタメよもやま話]

2014-5-18アメリカでのチップ不要

 さて、今週は久々となる「食」のお話です。

 米国に旅行に行かれた方ならご存じだとは思いますが、米国のレストランで食事をすると、食事代の他にチップを取られます。
大体食事代の10%~20%が相場ですが、計算するのがめんどくさいので「こんな制度やめて、最初から食事代に含めておけばいいのに」と思ったみなさんも少なくないと思います(記者もそうです)。

 そんなみなさんに朗報です。いま、米国ではこのチップという制度を廃止するレストランが増えつつあるというのです。

 5月6日付フランス通信(AFP)や5月8日付英紙デーリー・メール(電子版)などが報じていますが、ロサンゼルスやニューヨークでチップ制度を廃止した有名レストランが続々登場し、その試みを評価する声が高まっているのです。

時給200円! チップで生計を立てる業界

 そもそも、チップの制度が登場したのは18世紀の欧州で、何かのサービスのお礼として「これでお酒でも飲んでください」との意味合いを込めて渡した小銭が起源と言われています。当時は金額も特に決まっておらず、上流階級の間で習慣化していたようで、それが米国などにも広がっていったようです。

 しかし“チップ大国”で知られる現在の米国では、チップは重要な意味を持ちます。なぜなら、レストランのウエイターやウエートレス、ホテルのポーターなど、チップをもらう接客業に従事する人々は、チップも彼らの給与とみなされているため、賃金がもともと低く設定されているのです。

 米国が定める連邦最低賃金は時給7ドル25セント(約740円)ですが、レストランのウエイターやウエートレスなどでは、合法的に時給2ドル13セント(約217円)という低賃金労働を強いられている人々も。世界的に見ても物価が最も高い都市の1つ、ニューヨークでも彼らの時給は5ドル(約510円)からとなっています。

 平たくいえば、彼らはお店側から最低賃金すら保障してもらえず「足りない分はチップで稼げ」と言われているわけです。

SushiYasuda、Atera…「日本のビジネスモデルならい」超有名店が次々廃止

そんななか、まず話題となったのが、昨年9月3日付米紙ニューヨーク・タイムズや9月6日付米ABCニュース(電子版)が報じていますが、ニューヨーク・マンハッタンの寿司店「Sushi Yasuda(スシ ヤスダ)」やニューヨーク・ブルックリンの「Atera(アテラ)」や「Chef’s Table at Brooklyn Fare(シェフズ・テーブル・アット・ブルックリン・フェア)」、サンフランシスコの「Coi(コイ)」、カリフォルニア州バークレーの「Chez Panisse(シェ・パニッシュ)」、シカゴの「Next(ネクスト)」と「Alinea(アリニア)」といった名だたる有名店の数々がチップを廃止したのです。

 とりわけ「スシヤスダ」は、レシートの下に「日本の慣習にのっとり『Sushi Yasuda』の従業員には給与が十分支払われております。従ってチップは頂きません」としっかり明記しています。

 このレシートの一件がさまざまなメディアで報じられ、都心部のレストランでのチップ廃止の動きが加速したようです。

 そして前述のAFPなどによると、今度は同じニューヨークで人気の居酒屋「Riki(リキ)」が店頭に「リキ・レストランはチップが要らないお店です」、「チップは不要かつ、求められていません」との案内を掲示し、話題を集めています。

 こうした動きについて、米コーネル大学ホテル経営学部のマイケル・リン教授はAFPに、チップを廃止したのは高級なレストランが多いと説明し、食事代にチップを含めることで、チップを少なく渡す客からウエイターやウエートレスを守ることができるといった効用を主張しました。

 しかし、マイナス面もあります。チップを廃止した場合、メニューにチップ代が含まれることになり、メニュー自体の価格設定が必然的に高くなります。そうなると多くの米国人は、お店が単に値上げしただけだと勘違いするのです。

 前述のマイケル・リン教授も「米国人はチップを食事代と考えていないことが多い。その店の価格設定が高いかどうかを判断する際、チップは考慮に入れないのです」と話し「チップを取るレストランは、チップを取らないレストランより(メニューの価格を)15%安くできるでしょうが、それはチップを期待しているからです」と説明します。確かに、チップの分を含めれば顧客が支払う総額はほぼ同じになりますからね。

 また、前述のニューヨーク・タイムズ紙によると、チップにはもともと、ウエイターやウエートレスといった接客担当の人々と、キッチンなど裏方で働くスタッフの賃金を均等化するという雇用者側の狙いもあるのですが、キッチンなどで働く人々の中には不満を持つ人もいるほか、当の接客担当者同士でトラブルが発生する事例も少なくなく、訴訟に発展するケースも珍しくないといいます。

 チップを最初からメニュー代に含んでおけば、店側にとっては、こうした従業員の不満などを解消できます。

離職率を下げ、モラル向上に期待

 ロサンゼルス市郊外グレンデールにある有名レストラン「Brand(ブランド) 158」を経営するガブリエル・フレム氏も、チップを廃止することで客の気まぐれから従業員を守ることができると考えており、AFPに対し「われわれは面接などで、能力があり、期待に応えてくれると判断した人々をウエイターやウエートレスとして雇用している。期待に沿わない人材なら去ってもらうが、気まぐれな理由に基づいた客の思い付きの計算で従業員の賃金が左右されたいとは思わない」と明言します。

 また、レストランのマネジャーたちの中には、前述したチップ廃止の利点により、従業員の離職率の減少やモラルの向上が期待できると考える人も少なくありません。

和食に続いて脚光…米国に続いてカナダも「チップ廃止」

 顧客の中にも考えが変わったという人がいます。週に最低2回は外食するというニューヨーカーの若者、ノエル・ウォーレンさんはAFPに「当初は怠惰な接客態度をとる接客担当者には、チップを減らして対抗してやろうと思ったが、なぜ彼らが最初から好ましくない接客態度を取るか考えてみた。それは多分、客がチップを弾んでくれるという期待感が持てないからだろう。しかし、働きぶりに対し適切な対価を得ることができれば接客態度も改善すると思う」と述べ、チップ廃止の効用を評価しました。

 この動き、米国内ではニューヨークやロサンゼルス、シカゴといった大都会だけで、田舎には広がらないとの指摘もありますが、既に米国外にも広がり始めています。

 5月9日付のカナダの日刊紙タイムズ・コロニスト(電子版=ブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリアの地元紙)によると、バンクーバー東岸に6月開業する新しい複合商業施設内のレストラン「スモーク・アンド・ウォーター」が、チップ不要のレストランになるというのです。

 チップ不要のレストランは恐らくカナダ初といい、このレストランの経営者は、チップを不要にする代わりに、同業他社のお店などに比べ、メニュー価格を18%高くし、その分、従業員の雇用を守り、福利厚生などを充実させたいと話しています。

 タイムズ・コロニスト紙はこの試みについて「日本やオーストラリア、ニュージーランド、そして欧州の一部で採用している、従業員に生活賃金を支払うというビジネスモデルを意図している」と報じました。

 カナダの観光学の専門家はタイムズ・コロニスト紙に「カナダのレストランのビジネスモデルが変わるときが来た。今後5年の間に、5割の確率で、カナダのレストランはチップ不要へと変わっていくだろう」と予測しました。

 日本食(和食)が世界で評価を高めるなど、食の国際化が進むなか、米国のレストランのビジネスモデルも本格的な“国際化”時代に突入し、変革を余儀なくされているようです…。
(岡田敏一)

http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/140518/wec14051812000004-n1.htm

<引用終り>

良い話である。
戦後日本人は「アメリカこそ良い国、世界のお手本」、そう言われ続けてきた。
そして世界の殆どの国が「目標・お手本とする国はアメリカ」、これは今でもそうだろう。
国際語は英語・・・これは間違いない
食べるのはマクドナルド・・・これも世界中に広まった。

そんな中に遂にアメリカのマナーの基本、チップを否定する動きが始まったのだ。
引用文にあるようにチップと言うのは煩わしい、しかしそれより問題なのはチップをもらえるのがウエイターなどに限られ、料理人はもらえないなど問題が一杯ある。
それを解決するために日本式のチップ不要の店が増えてきた。素晴らしい事である。

世界中のお手本になれる国は世界中でもそんなにたくさんは無い。
多分G5の5か国(米英仏独、そして唯一非白人国日本)だけだろう。
未来のためにこんな話を若い人にもっと知ってほしい、日本は素晴らしい国なんだと。
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2014-04-11 22:08

ウクライナはどうなっているのか?

 ウクライナ・クリミヤの事が報道されるのだが、一体どんな理由・背景が有るのかサッパリわからない。
丁度ロシアの声(VOR)にそれが良く分かる記事が有った。
「小手川 大助: ウクライナ問題について」である。
http://japanese.ruvr.ru/2014_04_10/271030556/

「約20年の間に、ウクライナ経済は悲惨な状況となった」と題するこの記事、書いたのは小手川 大助。

何ッ!、小手川 大助、そいつは元財務官僚で同期があの悪名高い勝財務事務次官、同じく同期にIMFの篠原尚之副専務理事もいる。この篠原は故中川大臣の問題会見の時隣に座っていたヤツ。
此れだけで拒絶反応が有る方も多いと思うが(実は私もそう)、ウクライナの現状を知る上では興味深い記事。
まあ、とりあえず肝心な所を紹介。

<以下引用>

ソ連邦が崩壊した1991年以来、ウクライナの経済がどのようなことになってきたのかを検討してみることとしたい。
 
ウクライナは1992年6月3日に独立し、IMFに加盟し、IMFのコンディショナリティーの下に、IMFから資金の借入を行った。IMFの主要な要求は、規制緩和、民営化、そしてマクロ経済の安定であった。
 規制緩和という観点から行われたのは、変動為替制度への移行であり、為替の価値が大幅に下落した。民営化の掛け声の下に、国営企業が入札にかけられて低価格で民間企業に売却された。そして、低い労賃を売りにする経済モデルの下、社会福祉の水準の引き下げ、住宅や公共料金に対する補助金の廃止がおこなわれた。2008年にウクライナはWTOに加盟したが、加盟の結果はIMF加盟の際とあまり変わらないものとなった。
 結果として、この約20年の間に、ウクライナ経済に何が起こったかをまとめてみると、以下のような悲惨な状況となっている。
  人口 ▲12% (5,200万から4,600万へ)
     国内居住人口 ▲ 25% (5,200万から3,900万へ)
  GDP ▲32%
     GDPの世界シェア 2% → 0.2%  (引用者注:数字に多少疑問あるがそのまま引用)
  一人当たりGDP 世界平均+11% → 世界平均▲40%
  電力生産 ▲35%
     トラクター ▲95%
     金属工作機械 ▲99%
  国立科学アカデミーの従業員数 ▲50%
     科学者総数 ▲70%
     産業関連研究所総数 ▲90%
  雇用者総数 ▲1,200万
  対外借入れ +245億ドル(GDP比率80%)
  平均寿命 71歳 → 68.8歳(男性は62歳)
  年金受給年齢 55歳 → 60歳

・・・以下略、詳細は上記リンク先参照ください・・・
<引用終り>

ロシアがこの20年で凄い事になっているのはある程度知ってはいた。しかしウクライナも全く同じである。
よくもまあ強欲資本主義、ハゲタカ連中に食い荒らされたものだ。
GDPが32%減という事は国内の工業はほとんど壊滅してしまったのだろう。
人口減少も国内居住人口が700万人少ない。この700万人がどこかよその国に出稼ぎに行ったんだろうなあ。
残ったのは農業と鉱業など?、他に何かあるか?

グローバル資本主義とは何と残酷なものだろうか。

余りにも悲惨な話なのでこれ以上コメントしようが無い。今日の所は事実の紹介という事で。
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2014-03-13 21:41

マレーシア機の失踪に思う事

 マレーシア航空機が行方不明になってから6日。未だに破片ひとつ見つかってないですね。
私も以前タイから帰国する折飛行機の故障に出くわしました。
今回のマレーシア機と同じ深夜出発の便。(タイのバンコク空港発の便)
離陸して1時間ほどたったころ(午前2時少し前でした)機長がアナウンス。
「この飛行機は故障したのでバンコク空港に引き返します」、情報はこれだけ。

それからはシートベルト着用サインはつきっ放し。CAも着席し機内サービスなし。
乗客は深夜と言うのに誰ひとり寝ている人も無し。モノも言わずに目だけギョロギョロ。
無事着陸したときは乗客全員でパチパチパチ。
でも引き返す1時間は長かったですね。

そんな経験が有るので今度に事故、他人事とも思えませんでした。
しかしこんな事故、日本人乗客がいないと日本の報道は殆どありません。
先ほどまでBBCでマレーシアから記者発表をライブでやっていたのでそれを見ていました。

中国が破片らしきものの偵察衛星写真を公開したのだが探しても見つからないとか、
エンジンのデータから福江不明になってから4時間飛んでいたと言う話しはそんな事実はないとか・・・

そんな中でCNNが面白い報道。
今回の中国の衛星写真公表は9日に撮影したのに公表が12日になったのは、中国の偵察衛星の能力が分かるので公表をためらったためではないかとの分析。
なるほど面白い見方だと思います。
CNNの記事はコレ
http://www.cnn.co.jp/photo/l/551439.html

尚問題の衛星写真はコレ。
2014-3-13マレーシア機失踪のCNN報道

記事によれば「見付かった漂流する物体は3つで、大きさはそれぞれ13×18メートル、14×19メートル、24×22メートルだった。」との事。

しかし6日たっても見つからない・・・
何か想像を絶する事が起こっているのではないか、そんな事を考えさせる話である。
一刻も早く見つかってほしいものだ。
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2014-02-28 17:31

イタリアのクリ問題に思う事

 産経新聞に興味深い記事が有った。
テーマは中国の脅威に関する話なのだが、私にはそれとは全く別の側面から興味深いものが有った。
最初にその産経の記事から

<以下引用>

中国が「自滅」を避けられぬワケ 自らの虚言を自覚できない厚顔無恥に失笑も
2014.2.26 17:12

 欧州一のクリ生産国だったイタリア。1911年に83万トン近い生産量が2012年には1万8000トンにまで激減した。10年ほど前に中国より輸入した苗木に付着していた害虫が、瞬く間に全土に広がったせいだ。もちろん、イタリアの植物検疫の甘さが問題。もっとも、厳しくしたところで、中国国内の大気や沿岸の超弩級汚染同様、中国発の「害」は増殖し続ける。

 中国も締結したはずだが、国際条約で開発・生産などを禁じた生物・化学兵器をおおっぴらに製造・拡散しているようなものだ。ただ、中国の食材・農林水産品が国際的信用を墜とせば、自身の国力を落とす。同じ様に、中国の軍事膨張や居丈高な恐喝まがいの暴言は、反中同盟を自然に結成させる反作用となって現出する可能性を秘める。《中国の自滅》である。

ダボス会議での厚顔無恥

 絶えず中国の脅威にさらされるわが国には僥倖だが、笑っていられる立場にはない。憲法改正による自衛隊の国軍化や集団的自衛権の解釈見直しなど、安全保障上の欠陥を埋めぬ限り《日本の自滅》も有り得ない歴史ではない。傲岸無礼な中国と、憲法前文で《平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した》と謳い、国家防衛のエネルギーに欠ける日本。「国家の自殺」はどちらが先か…。

・・・以下略、全文は下記リンク先参照ください・・・

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140226/chn14022617180006-n1.htm

<引用終り>

この記事は中国がダボス会議で「中国は平和を愛する国」などと発言し、並み居る人を失笑させたことを取り上げている。
それはそれで私も全く同感なのだが、興味深かったのはこの記事の前段、クリに関する部分である。
何故か?
それは農産物の収穫量激減は大問題でいわば生物兵器によるテロと言っても良い位な話と思うからなのだ。

と言っても引用文記事では1911年と2012年を比較しているので何が何だか分からない。
2011年の世界のクリの産出量はこんな風
2014-2-28世界のクリ生産量2011年

産経記事は2011年に5万7千㌧だったクリの生産量が1万8千㌧に激減した。こう言う事だ
収穫が三分の一に減少する、これが主食だったら大変な事になっていただろう。

しかしイタリアでは、ほんの100年ほど前までクリを主食にしていた地域が有ったのだと言う。

これは多分2009年11月の産経新聞の記事

<以下引用>
坂本鉄男 イタリア便り 秋の天下一品

 イタリアはクリのシーズンの真っ最中だ。秋から冬にローマを訪れた人ならスペイン階段の前の路上の焼きグリ屋を覚えておられるだろう。先日も知人が焼きグリのいいにおいに思わず買ってしまって、11個で5ユーロ(約650円)という高さにビックリしていた。

 「イタリアはクリが採れないのかい」という彼の質問に、「とんでもない。最近の新聞によると、イタリアはスペインとポルトガルを上回る欧州1のクリ生産国。世界でも中国、韓国、トルコに次ぐ4番目の生産国兼輸出国だそうだよ」と説明した。実際、八百屋で売っているクリは、大粒のマロン種だと1キロ10ユーロ前後するが、ゆでて食べておいしい中粒の普通のクリなら1キロ6ユーロ前後で買える。

 統計によると、今から約100年前のイタリア全土のクリ林の総面積は65万ヘクタールでクリの生産量も8億2900万キロあり、当時は、麦の採れない地方や山地ではクリの粉を練って作った一種のパンが主食だった。

 現在のように、誰でも自由に小麦粉が買える時代になると、クリ林の面積は3分の1以下に落ち込み、クリの収穫量も10分の1以下に減ってしまった。だが、年々減少しているとはいっても、クリ農家がいまだに数万軒もあるというから、まさにクリ大国である。

 イタリアは日本とは違って紅葉がなく黄色い葉だけの寂しい秋景色だが、クリだけは天下一品である。

坂本鉄男
(11月22日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)
https://www.aigtokyo.or.jp/?p=8255

引用者注、元記事がリンク切れの為日伊協会のHPより引用

<引用終り>


この話を紹介したのは一つには例えクリの害虫と言えども場合によってはテロにつながる被害を出すという事。
その根源が中国にあると言うのは言うまでもない。

もう一つは縄文時代の事を色々調べていて、青森県の三内丸山遺跡ではクリが栽培されており、縄文時代が単なる狩猟採集生活ではなく、栗を使った農業と言っても良い事が行われていた。
そしてこの記事で「約百年前くらいまでクリが主食として食べられていた」、こんな事が分かったためである。

考古学に興味のない人には何じゃそんな事、そんな話だが私にとっては大変興味深い話だった。
そしてこんな事を昨年4月急逝されたお絵かき爺様と色々話し合ったことを思い出している。
もう今ではこんな事も話し合えないんだなあ・・・

お絵かき爺様の多分これが絶筆
「ハボタン」2013年3月
2014-2-28お絵かき爺様の絶筆葉牡丹13年3月
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2014-02-11 18:21

インドシナ半島の民族問題

 もう1か月も前になるのだがkazkさんから「タイだけでなくインドシナ半島全体の民族問題」を会せつぃしてほしいとの依頼を受けました。
とは言っても私も研究者ではないので詳しい事は言えませんが、まあ大雑把な所を解説したいと思います。

最初に現在のインドシナ半島の地図

2014-2-11インドシナ半島地図(現在)

この現在の各国の国境線と次の地図を見比べてください。
タイで言えばタイ東北部、一番上の地図でウドンタニと書いてある所を中心にラオス領になっています。
それからチェンマイ周辺は国境線が無くぼけています。
この辺りはタイ族が住んでいるんですが、現在はタイ、ラオス、ベトナム、中国、ミャンマーなどに分かれて住んでいます。

2014-2-111600年頃の東南アジアの政治的中心地

次に以下の地図を見てください。

東南アジア全体の言葉の分布です。言葉=民族と考えていいと思いますが、どこにどんな民族が住んでいるか。
東南アジアは大きく分けて言葉はオーストロネシア語族(マレー語、タガログ語)、タイ・カダイ語族(タイ語・ラオス語)、モン・クメール語族、シナチベット語族(ビルマ語)、ベトナム語族などが有ります。

2014-2-11東南アジアの地理的特徴と言語グループ

最後が宗教です。
東南アジアにキリスト教、イスラム教が入ってきたところを示しています。
良く見るとこのキリスト教、イスラム教が入ってきたところはオーストロネシア語の範囲と重なっています。

この辺りはいわゆる海の民が暮らしている地域ですが、オーストロネシア語はどこででも通用するのでイスラム教、キリスト教を布教するのに都合が良かったらしい。
インドネシア辺りで雇った通訳がフィリッピンに行っても通訳として通用したそうです。

此処で見ると各地で民族問題を起こしている所、例えばタイ南部パッタニ辺りとか、フィリッピン中部のイスラム勢力とかの問題の根源が此処にある事が分かります。

2014-2-11イスラム教とキリスト教の拡がり


纏めて言いますと4~500年前までは色々問題を起しながらもいろんな民族が混ざって住んでいた。それを国境でしっかり線を引いたのが現在の状態。こう言えるんだと思います。
簡単ではないですね。

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2014-01-10 18:08

ラオスのクメール遺跡

 たびたびテンプレートを変えて未だブログ難民中ですが、どうにもこのテンプレートも読みにくいので文字の大きさや行間を変えてみました。
ある程度読みやすくなったと思います。



それで今日の話ですが・・
 笑韓ブログのご隠居さん「こりあうぉっちんぐ」に韓国がラオスの遺跡修復に協力すると言う記事が有りました。
「韓国文化財保護財団、ホンナンシダ寺院の復元で協力」
http://ameblo.jp/nobody0728/

私はタイでは仕事をしており、ラオスはタイの隣国ですので一寸私の知る所などを。

但しこのテーマのクメール遺跡には行ったことが無いのでアチコチのブログから写真などを引用紹介するものです。


最初にホンナンシダ寺院??? この名前から分からない・・・
しかしタイとの国境の町パクセーから2時間、そして世界遺産という事だとこれしか有りません。

チャンパサック県の文化的景観にあるワット・プーと関連古代遺産群
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AF%E7%9C%8C%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E7%9A%84%E6%99%AF%E8%A6%B3%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8B%E3%83%AF%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%BC%E3%81%A8%E9%96%A2%E9%80%A3%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E9%81%BA%E7%94%A3%E7%BE%A4

そこでこの遺跡の有る所はこんな所。
これは中心遺跡ワットプーとその周辺の見取り図

2014-1-10ラオスのワットプー遺跡全体図

此処にあるナーンシーダ遺跡が多分コリアの担当するホンナンシダ寺院では無いかと思われます。

今この遺跡は世界遺産という事もあり、日本、フランス、イタリアなどが調査復元をしているようです。

ラオスと言ってもパクセーと言っても分かり難いので、クメール王朝の最大版図がどうなっているかを示します。
これは1220年頃にクメール王朝最大版図

2014-1-10アンコール朝の最大版図ラオス編

カンボジアのアンコールワットを中心にして西はタイバンコクよりさらに西、北はラオスの首都ビエンチャン辺りまで、東はベトナム中部まで、これがアンコール朝でした。
各地方には大きな街道(王道)を作り、宿泊施設や診療所まであった事が分かっています。
主な王道が青色の線で示してあります。
この地図にはラオスは緑色の枠で、パクセーは緑色アンダーラインで、ワットプーは赤色アンダーラインで示しています。


これはその中心ワットプーの現在の姿

2014-1-10ラオスのワットプー中央祠堂


ワットプーとは丘(プー)の上の寺(ワット)と言う意味です。
その丘の上からの眺望はこんなモノ

2014-1-10ラオスのワットプー中央祠堂より見た風景


そしてこんな所まで日本は援助しています。
これは日本の援助で造った遺跡展示ホール

2014-1-10ラオスのワットプーの遺跡展示ホール


こんな所です。
しかし韓国が復元するとご隠居さんが心配しているように「トンデモ復元」が心配。

こんな遺跡調査に最初から「図面が無い・・・」、こんなセリフが出るようでは先が心配です。
遺跡が破壊されなければいいのですが・・・

こんな凄い遺跡を作ったアンコール朝が1400年代にはすっかり没落し、当時の先進国から最後進国になってしまった。
大いに考えさせられる話です。

尚このブログに載せた写真は以下の方のブログを引用させていただきました。
有難うございました。
http://michoing.exblog.jp/18569198/

http://worldchallenger.blog.fc2.com/blog-entry-315.html
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2013-12-04 16:37

貧困ツアー

  もう12月も4日、イザの消滅まであと4週間を切りました。

月日の過ぎるのは早いですね。

 

所で今日の話。

 

 貧困ツアーと言うものが有るそうだ。

昔はオイラもやったよなあ、貧乏旅行。鈍行に乗って、駅のベンチで寝て・・・

と言うあなたはマトモ。

 

現代のブラジルでの貧困ツアーをニューズウィークが紹介している。

何はともあれどんなものかと言うと

 

<以下引用>

 

 ブラジル

リオのスラムに群がる貧困ツアーの功罪

 

住民の気持ちや交流はそっちのけ、リオ最大のスラムにむらがる外国人観光客

2013年11月29日(金)15時18分

カーラ・ザブラドフスキ

 

 

 リオデジャネイロ有数の高級ホテルで拾ったばかりの乗客たちを乗せて、バンはエンジン音をとどろかせながら急斜面を上っていく。乗客はかつて見たことがないほど惨めですさんだ光景を一目見ようと首を伸ばす。

 

 突然、同市最大のファベーラ(スラム)であるホシーニャが荒れ果てた姿を現す。緑と黄色と白と赤レンガの建物が崩れかけたウエディングケーキのように折り重なり、山の斜面に並ぶ。1つしかない狭い道にバンや乗用車がひしめき、その周りにオートバイタクシーが群がる。曲がりくねった道に粗末な料理店や酒場、ジムや市場が点在する。

 

 1本の電柱から何本もの電線が巨大なクモの巣のように広がりこんがらがっているのを見て、観光客は目を丸くする。道の両側には急勾配の階段が果てしなく続き、まるで拡張し続けるファベーラに張り巡らされた血管のようだ。

 

 ファベーラは長年、貧しく孤立した危険なスラムとして描かれてきた。映画 『シティ・オブ・ゴッド』(02年)が描くファベーラの暮らしは、足を踏み入れたらまず抜け出せない危険な迷路だ。

 

 しかし旅行代理店によれば、今やファベーラはリオデジャネイロ一の人気スポット。毎年約4万人が訪れ、丘の上に立つ有名なキリスト像に匹敵する観光名所になっているという。

 

 先日は遠くノルウェーや中国オーストラリアやプエルトリコなどからの観光客が、約10万人が暮らすホシーニャのツアーを楽しんだ。料金はたった35ドル。一行はもっぱら空調の効いた車内で過ごし、住民とやりとりするのは市場でアサイーベリーを買うときくらい。車外に出るのはたいてい写真を撮るときで、もつれた電線や上半身裸の子供たちをバックに1人あるいはカップルでポーズを取った。

 

「以前からファベーラの話を聞いて興味があった」と、プエルトリコから来たゴルファーのカレン・カルブスバートは言う。しかしスラムの住人にとっては自分たちの窮乏ぶりを見物しに押し寄せる観光客は迷惑だろう、と考えている。「ばかな外国人め、と思っているかも」

 

収益の一部は支援活動に

 

 14年のサッカーW杯と16年のリオ五輪開催を控えてブラジルを訪れる観光客は大幅に増える見込みで、リオデジャネイロの貧困ツアーも急増しそうだ。こうしたツアーをめぐっては、ひと握りの人間だけが儲けてスラム住民のことなどお構いなしだ、と批判が絶えない。観光客からサファリの野生動物か何かのようにじろじろ見られるのは嫌だと、あるファベーラの住民代表は言う。

 

 その一方で貧困ツアーは啓発にも役立ち、住民の生活は侵害されないと弁護する声もある。「いつも言うんだが(同市有数の高級住宅地)レブロンを歩いたって裕福な住民が嫌がるわけじゃないだろう」と、団体ツアーのフランス人ガイド、アクセルは言う。ファベーラのほとんどは2年前は足を踏み入れることができないくらい危険だったが、W杯と五輪の開催を前に多くのファベーラが政府によって「制圧」されたという。

 

「おばあさんが居間で独り死んでいく、なんてことはない」と、アクセルがブラジル中間層のファベーラ観に反論する一幕もあった。ツアーではファベーラの子供のための課外活動も見学。活動資金の一部は、ツアーの収益で賄われているという。

 

 ファベーラを後にして、バンはイパネマやコパカバーナのホテルが立ち並ぶビーチに戻ってくる。ツアー中に撮った写真をiPhoneで眺めていた中国人観光客が顔を上げ、青々としたゴルフコースを見て笑顔になる。「ここでプレーしたいな」。彼にとってファベーラは既にはるか遠い世界の話だ。

 

[2013年11月26日号掲載]

http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2013/11/post-3119_2.php

 

<引用終り>

 

こんなモノだそうな。

 

これはたまたま恵まれた所に生まれた人間の傲慢さの象徴ではないだろうか。

こんなツアーに中国人が参加している。しかし中国人などたった2,30年前まではこんな暮らしをしていたことを忘れたのだろうか。

そしてそんな発展が出来たのが自分たちの努力だけでできたとでも思っているのだろうか。

 

おばあさんが居間で独り死んでいく、なんてことはない

 

中国などは多分今現在でもこんな事が日常茶飯事、これからもっと酷くなるだろう。

 

こんな貧困ツアーに集まる連中、これが今我々の周りにウヨウヨいる。そんな現実を垣間見た思いである。

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