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2019-06-13 15:20

フィリピンで仕事をすることの難しさ


 フィリピンについて「人件費が安いからフィリピンに行くという選択  2019-06-02 17:02」をエントリーしたのだが、皆さんからいろいろ有意義なコメントをいただいた。しかしコメントの回答が十分ではないので、改めてkazkさん、PB生-千葉さんのコメントを紹介し、これを問題提起として私なりの考えを纏めてみました。メクラが象に触るような話ですが、私なりの見方です。

最初にkazkさん、PB生-千葉さんのコメントを紹介します。

これはkazkさんのコメント

 フィリピンのことについてはよくわかりませんが、おそらく有史以来、国というものをまともに持ったことがない地域なんだろうと思います。おそらくは多くの島嶼に部族単位で居住し国家の統一、というよりフィリピンという地域での民族意識の様なものも持たなかったんじゃないでしょうか。

こういう苦労をしない民族はまともな国が持てるわけがないだあろうと思ってます。ある程度喰えてしまうと進歩というものはないのだろうと思います。4大文明なんてもう嘘であるということは明らかですが、現在まで続く文明というものは北半球の特定の地域でしか生み出しえなかったものでしょう。いやな話ですがそういう国は最初から決まってるんだと本当に思います。

研究によると江戸末期のGDPはすでにして世界の一桁は確実であったらしいといいます。

とにかく近代でのスタートからして全く違う。とにかくこの国がおかしいと思った方が正解でしょう。
世界のほかの国々が日本人と同じことをできると思う方がおかしい、そう割り切ることが必要でしょう。

民度とか宗教とかいろいろ原因はあるのでしょうが、民族としてどれだけ国づくりに苦労してきたかその蓄積の差がすべてだという気がしてなりません。
2019-06-09 01:38  kazk 



次にこれはPB生-千葉さんのコメント

フィリピン文化とはなんなのでしょう
 日本が戦争で占領した東南アジア。インドネシアでは戦後もインドネシア独立のために多くの日本兵が参加し、インドネシアの歌は戦後の日本で流行歌にもなりました。新宿のインドネシアラヤというレストランは戦後50年以上も本場の味を提供してきたのに、いつの間にか閉店。日比谷にあったタイ料理の店チェンマイが閉店したときもショックでしたが歴史ある店がなくなるのは悲しいですね。

 フィリピンには何度も行きましたが、フィリピン独自のものはなにがあるのだろうという疑問。タイ・ミャンマー・ベトナム・インドネシアなど、どの国にでもある伝統衣装や伝統工芸・伝統舞踊などがフィリピンにはない。
 もしかするとあるのかもしれませんが、あったとしてもフィリピン人が価値を認めていないことになります。料理もしかり。日本にはフィリピン人が多く暮らしますがフィリピンレストランはない。タイ料理店やインド・ネパール料理店がどこにでもあることを思うとフィリピン人が根無し草なのだと実感します。日本で働くフィリピン人が帰国する際は日清のカップヌードル(シーフード)をお土産に箱買いしていく。明治のチョコレートも好きですね。

 フィリピン料理といえば豚の丸焼きは中国だし、一番人気のジョリビーはアメリカのハンバーガーにライスをつけるというローカライズしたもの。一般のフィリピン料理は中華の亜流でやたら甘い味付け。
 テレビでは英語のドラマやアニメが字幕なしで放送され、映画館でも字幕なしのアメリカ映画で大笑いしているほど英語に堪能。とはいっても高等教育がすべて英語で行われるため、否応なしに英語が話せるようになるだけ。低学歴では英語もろくに話せずまともな仕事もない。

 アメリカ大使館前にはビザを求める人々が行列を作り、書類の代書屋が繁盛する。どうみてもアメリカの植民地そのもの。国内にろくな産業がなく高学歴の人材は米国他の国へ流れてしまう。人件費の安さに進出した企業もフィリピン人の権利意識ばかり高く外国企業を目の敵にするような政策もあってASEANの他国へ移転してしまいました。

 フィリピン人の明るい性格は好きですが、仕事中に歌いだしたり踊りだしたりするのは困り物。10月くらいからクリスマスのことでそわそわしだし、11月にはクリスマスの飾り付けが始まってしまう。

 国外で働く同胞からの仕送りで消費は盛ん、巨大なショッピングモールがいたるところにある。最新のモノは溢れていても基礎的な技術力がないため維持管理ができないのはマニラのMRTの事例で明らか。
 三菱重工の銘板が貼られた車両はレールブレーキ付きの珍しい形式でした。保守管理が韓国企業に変わり故障が多発、まともな運行ができず結局は日本企業の保守に戻りました。タイやインドネシアでも同様ですが定期点検の概念がなく故障したら整備するというやり方では稼働率はどんどん低下してしまいます。
 JR東日本はジャカルタやバンコクの都市鉄道の運営にも参画していますが、定年退職した日本人が第二の人生で現地の人々を実地で教育していくのも基礎づくりとして大事なことですね。

2019-06-09 10:09  PB生、千葉 

<引用終り>


kazkさん、PB生-千葉さん、お二方の意見は要約すれば同じ一点を指しています。フィリピンは元々まともな国だったのか、まともな文化が有ったのか、こうだと思います。
そんな事で時計の針を500年ほど戻して、16世紀頃の東南アジアを見てみたいと思います。

最初に民族の問題。
フィリピン、マレーシア、インドネシアに住んでいる人をオーストロネシア人と言うのですが、この人たちが何処から来てこの広い地域に拡散していったのか、これがほぼ分かっています。

オーストロネシア系民族の拡散
2019-6-11おーすとろネシア人の拡散

約5千年前に台湾にやってきたこの民族は、それからフィリピン、マレーシア、インドネシアからポリネシア、ミクロネシアなど太平洋に拡散。遠くはマダガスカル、イースター島にも至っています。

余談ですが、この時台湾に残ったのが台湾の先住少数民族のパイワン族。現在人口7万ほどの少数民族ですが、台湾総統蔡英文氏もこのパイワン族の血を引く一人(祖母がパイワン族)

先に進みます。

東南アジアの言語グループ
2019-6-10交易の時代の東南アジア-01
出所:アンソニー・リード著 SOUTHEAST ASIA IN THE AGE OF COMMERCE より
邦訳:大航海時代の東南アジア 1997年9月30日 法政大学出版会 刊
(注:この邦訳、題名が甚だ不適切で折角の好著が台無し、だから英文の題名を記載。将来改題を希望)

この地図で見て欲しいのは、現在のフィリピン、マレーシア、インドネシアがオーストロネシア語の範囲と云う事。だからたくさんの言語が有るように見えますが、オーストロネシア語の方言と解釈できる。つまりこの範囲の人たちはある程度言葉が通じる。この事は大航海時代にスペイン人がこの地にやってきたとき、すでに気が付いていた。


そしてもう一つが1600年当時の国境
2019-6-10交易の時代の東南アジア-02
出所:アンソニー・リード著 SOUTHEAST ASIA IN THE AGE OF COMMERCE より

この図で言いたい事。マレー半島南部の現マレーシア領からボルネオ島のマレーシア領、ボルネオ島のインドネシア領、そしてフィリピンにかけて、「主要な国の中心地(■印)」は有るが、国境を表す点線が無い。つまり国境と言う概念のない未成熟な部族国家しか無いことを表している。


こんな事なので、フィリピンではないが、隣のボルネオ島マレーシアには、時代は下るが白人を国王とするサラワク王国(1841 - 1946)」ができ、こんな王国が100年続いたなどと言う摩訶不思議な事が起こる。
つまりこの一帯は「まともな国家のない状態」でした。そこをスペイン、イギリス、オランダに付け込まれ、植民地とされた訳です。

その後のフィリピン、マレーシア、インドネシアは旧宗主国の違いで大きく姿が変わることになります。

さてフィリピンです。
スペインによる植民地支配の前にもう一つ重要な事が有ります。ヨーロッパ人が大航海に乗り出した15世紀半ばより前、13世紀に南宋が亡びましたが、このモンゴル-南宋戦争(1235-1279)で多数の中国人が海に逃げ、それがベトナム、タイ、マレーシア、フィリピンなどに定着したと思われることです。但しこの中国人は丁度平家の落人みたいな感じで出自を隠して暮らしていたようで、殆ど記録が有りません。そんな移民グループの存在は墓などの発掘でわかるだけのようです。特に凄いのはタイとミャンマー国境の山岳地帯がそんな連中の居住地の一つになっていたようですが、組織的な調査が進んでいないですね。
だれかこんな所、調査研究してくれませんかねえ。
現在のアセアンのルーツに繋がる華人集団の存在が分かるんですが・・・。

この華人集団は各国の支配階級に入り込んでいきます。
そして植民地時代になると、スペイン、イギリス、オランダなどの植民地支配の実働部隊として現地人の搾取と宗主国への上納を担当して富を蓄えていきます。

更にフィリピンだけの事情として、アメリカがスペインに戦争を仕掛け(米西戦争)、スペインの植民地だったフィリピンを分捕って支配したという問題が有ります。その結果米比戦争(1899-1902、明治32年~35年です)が起こる訳ですが、この戦争で少なくとも20万人以上(アメリカ議会への報告)とも150万人とも言われる民間人の犠牲者がでます。この事がフィリピンが親米国のはずなのに一部に猛烈な反米感情がある理由です。

もう一つの問題として海外への出稼ぎ問題があるが、話が長くなるので今回は省略します。

結論です。
フィリピンはその成り立ちから、まともな国家のない、部族国家の集合体と言った地域でした。
こんな所なので当然社会のエリート層も育たず、独自の文化と言うモノも育ちませんでした。これが今日まで尾を引いています。
更にこれに追い打ちをかけたのがスペインの植民地支配。スペインの植民地支配は中南米の植民地支配と同じです。結果は一部の特権階級と大多数の貧民だけの国になってしまいました。

そして現在のフィリピンの状況ですが、国の発展を支えるべき技術者や医師などの高度な人材の海外流出が一層激しくなっています。
例えば医師の場合
海外在住フィリピン人委員会(Commission on Filipinos Overseas)調査のデータによると、 海外移住した医師数が2005年には297名であったのに対し、 2015年には3,082名に増加した」、こんな情報が有ります。僅か10年で海外に流出した医師の数が10倍。これではまともな病院など出来ません。
これがフィリピンの現状なんですね。

6月2日のエントリー「人件費が安いからフィリピンに行くという選択」でこんな事を書きました。

フィリピンに工場進出する場合に考えねばいけない事として、
一つは、あの民度の国でモノ作りをすることの大変さは多分ベトナムの比では無い。
もう一つが、企業の社会的責任、渋沢栄一の言の通り、これを忘れた企業は失敗する。

こんな風に考えています。
これは私がタイに行く前に進出先を検討する中でフィリピンを外した理由でして、その後フィリピンに進出した企業とも付き合って、一層この思いを強くしたことでもあります。

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2019-06-02 17:02

人件費が安いからフィリピンに行くという選択


 ベトナムの人件費が高くなりフィリピンへ工場を移転したという話がある。
宮崎正弘さんのメルマガの読者の声欄でR生ハノイさんが紹介しているのだが、「フィリピンの方がハノイより労賃が安いんだ」、こんな理由のようだ。但し、「治安が悪く、マンションと工場は高い塀で囲まれ、その間の車移動は大渋滞」、こんな事情もあるようだ。

しかしこの件は私の海外での仕事で一番気にしていたこと。そしてその大失敗事例がインドネシアにある。この失敗事例は私なりに調べてみたので、そんな事情を書いてみたい。

尚以下に紹介する宮崎正弘さんのメルマガ6094号には他にも私が注目している記事(宮崎さんの書評)がある。これは別にエントリーします。

最初はR生ハノイさんの声の紹介から。
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み 令和元年(2019)5月31日 通巻第6094号 」
http://melma.com/backnumber_45206_6824231/

<以下引用>
(読者の声5)宮崎先生がベトナムについて、安い労働力もだんだんと競争力がなくなってきたとテレビで発言されていました。
 昨秋、ハノイから2.5時間位の立地の某ハーネス会社(労働集約産業)工場がフィリピン(マニラから1時間位)へ移転しました。その社長は、「フィリピンの方がハノイより労賃が安いんだ」とおっしゃっていました。但し、治安が悪く、マンションと工場は高い塀で囲まれ、その間の車移動は大渋滞とも聞きました。「しょうがないのでベトナムから愛人を連れて行く」とか(笑)。というのが現状です。
 ベトナムのグローバルバリューチェーンの上での魅力は、安い労働力に加えて貿易障壁が小さいこと、土地コストも安いこと。最近、電気料金が上昇ましたが、バングラやカンボジアやラオスにはないインフラインフレ環境が整っていること。バングラほどではないが、ラオスやカンボジアのような人口の少ない国ではないことなどです。また、バングラは先生がご指摘されたように、ムスリムで立命館大学の元准教授首謀のテロがありました。インドネシアは選挙後は混乱で「今は昔」になりましたが華僑への迫害もでてくる土壌があります。カンボジアは企業に所得税を前払いさせたうえに還付をしないという滅茶苦茶やっています。政府への信頼性の欠如で縮小効果がはなはだしい。
 ・・・中略・・・
一方、1月〜4月の外貨準備額は673億ドルで過去最高になりました。これは安全圏とされる輸入の3ヶ月分程度になります。
健康状態に問題があるベトナムの最高指導者グエン・フー・チョン共産党書記長兼国家主席は7月の訪米に向けて調整に入った様子です。脳梗塞の後遺症で左手に問題と噂されています。
  (R生、ハノイ)

<引用終り、詳細は上掲リンク先参照ください>



此処からは私の思い出です。
インドネシアの自動車部品メーカーK社で2001年に起こった事件です。もう18年も前の話ですが、何せ微妙な問題なので、実名は伏せおきます。老人の妄想ということでご理解ください。

2001年3月、インドネシアの首都ジャカルタの郊外東ジャカルタの工業団地にある自動車用シートメーカーK社で労働者がストライキを始めました。
このK社は日本の自動車部品メーカーA社(90%)とインドネシアのKDR社(10%)の合弁でシートなどを作っていました。またA社は日本の大手自動車メーカー系列の部品メーカーでした。
そこへどこからかオルグが入って労働者を焚きつけてストになり、話がこじれてしまい、労働者が工場を占拠し、そこで寝泊まりしてストを続けました。ストが10日近くになった時ある深夜のこと。正体不明のナイフ、刀、手製爆弾で武装した者たち約500人がバスで工場に乗り付け、襲撃を開始しました。
結局死者2名、負傷者は数知れずという大惨事になりました。怒った労働者達は工場を追い出されたものの工場を取り囲み、完全に封鎖してしまいました。

当時でも報道はこんな所まで、その後のことは良く分かりませんでした。

しかしこの事例は海外での事業展開とはどうあるべきか、どうすべきかの大変良い教訓で、私は独自で情報収集してきました。そして分かったことの一端です。


K社の日本の親会社A社は現地企業K社に殆ど丸投げ状態でした。ストがこじれても「その為に現地パートナーがいるんだろ。そいつ等にやらせろ」と言うばかりだったようです。また現地社長も現地パートナーのKDR社出身の副社長に何とかせよというばかり。その結果、現地パートナー企業が多数の無法者を雇ってスト破りをさせたのが実態だったようです。

しかし規模が凄いですね。
事件当日、ストをやっていた労働者は約600人、そのうち約400人が工場内で寝ていたようです。そこを約500人のスト破り集団が襲った。この連中はジャカルタから少し離れた町(ボゴールとかバンテンとか)から集められたものらしいのですが、こんな多数の人間を集め、指揮し、襲撃行動ができるのは軍が関係していないとできません。
もう一つ、インドネシア特有の事情で、オランダ統治が340年続いたが、その統治はインドネシア人を最下層に置き、その上に華僑などを置いて支配させ、その上にオランダ人が立って利益をオランダが収奪するという統治方式をとった。こんな事が有るので、インドネシアでは30年に一度くらいの割合でインドネシア人による暴動が起き、華僑が狙われます。この直前の1998年5月にもジャカルタ暴動と言われる暴動が起きました。標的になったのは華僑、約1000人が死亡したとされますが、正確な死者数は今も明らかになっていません。


とここまで書いて、「おいおい、工場が労働者に取り囲まれて稼働できなくなってしまったんだろ。そこでどうなったんだ」、こんな声が聞こえてきます。
自動車用シートメーカーK社の話に戻ります。K社のストが有ったのはジャカルタ暴動から3年後、まだ暴動の記憶も生々しい時期でした。


そしてK社はどうなったか。従業員600人が殆どいなくなった工場を何とか稼働させて生産は続けねばなりません。K社にも、日本の親会社A社にも解決能力が無いと見た自動車メーカーはグループ全社を挙げて支援体制を作りました。数百人もの緊急支援部隊を作り、現地工場に送り込みました。そんな大人数の移動なので日本からはチャーター機を飛ばしたとか、工場に入れないのでヘリコプターで入ったとか、日本人だけで生産ラインを動かしたとか、噂は色々ありますが確認できません。しかし日本では考えられないことですね。


この結果は自動車メーカーの部品メーカー再編の発火点になりました。結局A社は二つの部門に分割され、別々の会社と合併することになりました。
最近も車のEVだのコネクティングだのと喧しいですが、その為には色んなところで合従連衡が起こると思います。最後まで生き残るのは難しい。そんな話ですね。


此処でこの事例からどんな事を学ばねばいけないか、それは低コストを追求するだけでは事業が成り立たないということです。低コストが大事なのは言うまでも有りませんが、企業が利益を上げることで働く人も収入を得、幸せになることも同時に大事だし、さらに地域社会にも貢献しなければいけません。

この経営の社会的責任について、「論語と算盤」という言い方で経営の社会的責任を説いたのが渋沢栄一である。丁度一万円札の新しい顔に決まりましたね。

2019-4-14新一万円札


話しが取留めも無くなりました。
纏めてみると、冒頭、R生ハノイさんが紹介している、「フィリピンの方がハノイより労賃が安いんだ」、これが極めて危険な話であることが分かります。

例えば工場とマンションは高い塀で囲まれ・・・、こんな話はフィリピンの民度が低いことを表しますし、特にフィリピンはスペイン統治が長く、インドネシアのケースと同じ愚民政策が行われてきました。

冒頭の事例の「フィリピンの方がハノイより労賃が安いんだ」、こんな事を話すような社長さんには是非とも考えて欲しいことが有ります。

一つは、あの民度の国でモノ作りをすることの大変さは多分ベトナムの比では無い筈です。特にハーネスのように労働集約型の物は作業者の質の向上が不可欠。
ベトナムは色んな過去から親日国です。フランスの統治から解放されたのは日本がやってきたからですし、元寇を撃退した歴史も日本とベトナム共通です。それに何より2千年前の歴史を紐解けば日本人のルーツの一部とベトナム人(越南人)のルーツは重なる部分がある。
こんな歴史はフィリピンには無いことを知るべきでしょう。

もう一つが、企業の社会的責任、渋沢栄一の言を引用するまでもないですが、これを忘れた企業は失敗します。
それに関連して、日本人は欧米流の現地人を奴隷同様にこき使う統治方法は苦手だということも忘れてはいけません。

R生ハノイさんが紹介している、「フィリピンの方がハノイより労賃が安いんだ」、こんな話で思わず昔話をしてしまいました。これから海外に出ていかれる方には何かの参考になれば幸いです。

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2019-05-26 17:30

大英博物館でマンガ展


 イギリスの大英博物館で日本の「マンガ展(The Citi exhibition Manga)」が開催されている。
日本のマンガがとうとう大英博物館で紹介される。
もう手放しで素晴らしの一語と思います。

これがポスター
2019-5-26大英博物館のマンガ展ポスター

登場したのはゴールデンカムイのアシㇼパ
(注:アシㇼパの「ㇼ」は小文字です。アイヌ語のカナ表記で、読みは「aーsi-pa」です)


日本国外では最大のマンガ展。葛飾北斎や河鍋暁斎から、手塚治虫、鳥山明、尾田栄一郎など江戸時代から現在までのアーティストの作品が通覧できる。
会期は2019年5月23日〜8月26日。入場料は19.5ポンド(約2800円)


これは大英博物館の公式ブログ
https://blog.britishmuseum.org/manga-a-brief-history-in-12-works/
2019-5-26大英博物館のマンガ展北斎

今改めて見てみても北斎の凄さが分かりますね。
(左上の良く分からない物は「天狗の面を風呂敷に包む」と書いてある。「の」は変体仮名)


所で今日(5/26)の読売新聞のコラム欄「編集手帳」はこのマンガ展を取り上げている。読売の編集手帳士も良い事を言っています。

読売新聞 5月26日 編集手帳
 その昔、図書閲覧室ではマルクスや孫文、ガンジーらが研鑽けんさんを積んだという。知の殿堂との異名が似つかわしい。260年の歴史を刻むロンドンの大英博物館には世界中から年間600万人が訪れる◆お墨付きをありがたがるわけではない。けれど、超一級の館が最大規模の展覧会を開いたと聞くと、誇らしさが隠せない。日本マンガを紹介する「Manga」展が開幕し、盛況だそうだ◆権威や定義を拒む、ある種の猥雑(わいざつ)さ、背徳性が、マンガを始めとするサブカルチャーの要諦と言えよう。大衆にこそ支持される文化をどう学術的に解き明かして、論じるのか。様々難しさがあっただろう◆本展を企画した研究者は日本留学時代に虜(とりこ)となり、膨大な量を読みあさったのだという。制作現場や書店の役割、同人誌にまで踏み込み、明治期の戯画とも比較展示した内容に愛の深さを思う。看板キャラに選んだアシリパさんは当代屈指の人気作のヒロインで、アイヌの少女である◆ジャパノロジー(日本学)の一分野として国内外で探究が深まればいい。日本人の精神性、行動様式に与えてきた影響は決して小さくない。
<引用終り>


さてそのマンガ展だが、全体はこんな風になっている。

<以下読売オンラインより引用>
https://www.yomiuri.co.jp/culture/20190523-OYT1T50177/

マンガ、英国文化「ど真ん中」で…サプライズも
2019/05/24 05:00

2019-5-26大英博物館のマンガ展1
Manga展の巨大な看板が掲示された大英博物館

 一言で言うなら「おもちゃ箱をひっくり返したような」――というのが、大英博物館「Manga」展の内覧会を見た第一印象だ。


 セインズベリー・エキシビジョンズ・ギャラリーは1100平方メートルの広大な場所だが、それでも日本マンガ史の「全て」が展示できるほど広くはない。ところが、同展はアクロバット的な手法でそれをやろうとしている。日本人の目から見て、それを無謀と言う人もいるだろうし、あっぱれと言う人もいるだろう。

 だが、これから一般公開が始まる同展への批評は、今の段階ではまだ早計。それは別の機会に譲ることにして、ここでは「どんな展覧会なのか」を簡潔に紹介していきたい。

 同展は大きく六つのゾーンに分かれている。

 ゾーン1:マンガという芸術 The Art of Manga こうの史代さんの「ギガタウン 漫符図譜」をテキストに、マンガを読むための基礎知識を紹介。校了前の週刊少年ジャンプ編集部にカメラを据え、早回ししたビデオが目を引く。「マンガはどう生まれるのか」がこのゾーンのテーマだ。

2019-5-26大英博物館のマンガ展2
Manga展会場。中央はニコル・ルマニエール教授

 ゾーン2:過去から学ぶ Drawing on the Past 戦後マンガの神様、手塚治虫の仕事をここで紹介。印象的なのは「本屋」の役割に大きなスペースを取っていることだ。本や雑誌の実物を手にとって読める棚や、電子書籍をダウンロードできるコーナーもある。今年3月末に閉店した東京・神保町の老舗マンガ専門店「コミック高岡」の店内写真パネルが飾られているのには驚いた。同展キュレーター(注:学芸員)のニコル・ルマニエール教授が大好きな書店だったそうだ。

 ゾーン3:すべての人にマンガがある A Manga for Everyone それまでの展示でマンガ初心者を脱した人に、自分が好きなマンガを発見してもらうコーナー。ある意味、ここがもっとも原画展らしいスペース。だが、同展のゾーンごとの仕切りはさほど厳密でなく、他のゾーンの展示が常に視界に入ってくる。そこがなかなか面白く、一筋縄ではない。

 ゾーン4:マンガのちから Power of Manga コミケやコスプレのビデオ、マンガを使った啓発ポスターなどを展示。読み手がマンガから刺激を受けて、何か違うものを“再生産”する「二次創作の欲望」のようなものに光を当てている。

 ゾーン5:マンガとキャラクター Power of Line 会場を取り囲む壁を使って、有名キャラクターのパネルと原画が並ぶ。そこに河鍋暁斎の「新富座妖怪引幕」を同列に並べるのが最大のたくらみ。こうして見ると、暁斎と現代マンガの間には、意外と差はないのかもしれないと気づかされる。

2019-5-26大英博物館のマンガ展3
赤塚りえ子さんの作品

 ゾーン6:マンガ 制限のない世界 Manga:no limits 同展の真骨頂と言えるゾーン。陶芸家で現代美術家の三島喜美代さんと細野仁美さんの「マンガ」をモチーフにした驚きの作品、赤塚りえ子さんが父、不二夫さんの作品にインスパイアされて作った立体アートなど、マンガを超えたマンガというべきものを展示している。

 この六つのゾーンの後に、井上雄彦さんの3点の描き下ろしという「サプライズ」が用意されている。見事な締めくくりというべきだ。井上さんがこの題材を選んだ理由に思いをはせる。

2019-5-26大英博物館のマンガ展4
Manga展会場

 英国はマンガの読者は決して多くないはずだが、同展の広報担当者ニッキー・エルビンさんは「普段は中高年層の来場者が多い大英博物館に、このManga展で若者が詰めかけてくるかもしれない」と期待する。

 大英博物館という、ある意味英国文化の「ど真ん中」で開催されるManga展。その成否は、私たちにとっても大いに気になるところだ。いや、それどころか、日本人が見てこそ、得るものの多い展覧会かもしれない。

 (編集委員 石田汗太)
<引用終り>

日本の文化がヨーロッパで紹介される。昨年から今年にかけて、パリを中心にフランス各地で行われた『「ジャポニズム2018:響きあう魂」 2018年5月~2019年3月』に続く日本文化の紹介であり、大変いいことだと思う。
尚ジャポニズム2018については以下参照ください。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1602.html

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2019-04-13 15:56

ドイツに咲く桜


 4月9日のエントリー「春と言えば、やはり桜です」で、コメント欄に縄文人さんからドイツの桜について情報をいただいた。またよもぎねこさんからも情報をいただいた。
実は私もドイツの桜は初耳。ちょっと調べてみたらドイツは各地に桜があるようだ。

そこでその桜の由来の分かるものについて紹介したい。
都市はハンブルク、ハノーファー、ベルリンです。
他にもありますが、それはベルリンの記事の引用元参照ください。


最初はこれ。ハンブルクの桜。多分この桜がドイツでは最も古いのではないか。
引用元:http://www.newsdigest.de/newsde/regions/reporter/hamburg/8425-1046/

2019-4-13ドイツの桜1ハンブルク 
ハンブルク アルトナ区役所前公園の桜

日独友好の象徴、桜の木 市民に愛される花火大会
17 März 2017 Nr.1046 文・写真 井野 葉由美
 
もうすぐ桜の季節がやって来ます。日本人の心の中で、桜の花は特別な位置を占めています。ドイツで目にする桜は、鞠(まり)のように房になってたっぷりと花をつける、濃いピンクの八重桜が多いようです。これもまた綺麗なのですが、日本人の郷愁を誘う桜は、花のいのちが短く、散り際の美しい、ほんのりピンクではかなげな、ソメイヨシノだと感じるのは、きっと私だけではないでしょう。

ハンブルクは、ドイツのほかの都市と比べても、桜の木を見かけることが多いような気がしますので、その理由を調べてみました。外務省が発行している機関誌「経済と外交」(1971年2月号)に、当時の経済局国際機関第1課の川上俊之氏が「在外勤務思い出の記」コーナーで「ハンブルクの桜まつり」と題して、桜の木の寄贈に関する記事を書いています。

川上氏は1968年当時の谷盛規在ハンブルク総領事が「ハンブルクで一番人目につくアルスター公園に日本の花のシンボルである桜を植えたら、日本人だけでなくハンブルクの人びとにも喜ばれ、しかも日独友好の象徴として生き続けるであろうと思いたたれた」と振り返り「ハンブルクに住む1200人に近い日本人たちが、とかく海外日本人社会が現地社会から孤立しがちなのをおそれて、その生活と企業活動の基盤をおいている町に、感謝の意をこめて3年前に贈った」とあります。時を同じくして「桜まつり」が開催され、アルスター湖上で花火が打ち上げられました。

その後も日独友好関係を増進する目的から、ハンブルクの市内各地に桜の木が次々と植樹されました。一例を挙げると、エルベ川河畔や外アルスター湖と内アルスター湖の間、シュタットパーク内、ハーゲンベック動物園内、アルトナ区役所前公園などです。
・・・以下略
<引用終り>




次はハノーファー(ハノーバー)、広島祈念の杜の桜
(引用者注:別に突っ込む訳では無いが、原爆の死者数位は正確に書いて欲しいものだ・・・)

2019-4-13ドイツの桜2ハノーファー 

ドイツ/ハノーファー特派員ブログ 旧特派員 田口 理穂
2012年4月30日
(引用者注:7年前のブログです。そのつもりで見てください)
桜祭り
29日の日曜日午後、市の南西にある「広島記念の杜」で桜祭りが開かれました。春の恒例行事で、今年で12回目。ハノーファー市は広島市と姉妹提携しており、この杜には、広島の原爆投下の犠牲者11万人(引用者注:1945年末までの死者数は約14万人)を追悼し、広島市から贈られた110本の桜の木が植えられています。

祭りでは弓道や習字、折り紙、茶道など伝統文化が披露され、おにぎりや饅頭など日本の味が楽しめました。満開となった桜は、ちらちらと花びらを落とし始めたところ。明るい曇り空とあって約500人が訪れ、大賑わいでした。多くの人が木の下でござを広げ、くつろいでいました。子どもコーラスも盛況でした。ハノーファー漫画クラブでは、ドイツの若者たちがアニメのキャラクターの衣装で登場。漫画講座も開かれました。

この杜には花崗岩で作られた碑が立っています。1992年に広島市よりハノーファーに贈られたもので、観音様の優しい顔が掘り込まれています。この碑は原爆投下地より200メートル離れた線路の石でした。戦争を二度と起こさないという誓い、そして平和を求める気持ちがこの碑に込められています。この碑が広島市から来たというと、いまだにドイツ人の中には「放射能が出ているから危ない」という人がいます。まったく近づこうとしない人も。現在でも広島市は焼け野原で、草木一本生えていないと思っているのです。桜祭りなど日独交流を通して、このような誤解が少しでもなくなってくれればと願っています。
<引用終り>

引用者注:広島とハノーファーの関係
ドイツ北部の主要都市ハノーファーは、1940年から1945年の間に88回の爆撃にさらされ、市の2/3が破壊され、死者は約6,800人。
広島とハノーファーの関係は、1968年に広島市の中学教師が当時の文部省と厚生省による日独青少年交流プログラムを利用し、ドイツ・ハノーファーに生徒を連れて行ったことにはじまる。その後も、交流は継続して続けられ、1983年にはハノーファー市と広島市は姉妹都市関係を結ぶ。一教師が始めた運動が姉妹都市関係締結にまで至った稀有な例。




ベルリン

ベルリン在住ライター 河内秀子さん推薦:家庭画報4月号(世界文化社)にて
「ベルリンに咲く平和のSAKURA」コーディネート、インタビューを担当。
日独桜エピソード
ベルリンの壁跡地に桜が咲く理由

2019-4-13ドイツの桜3ベルリン 
グリーニッケ橋と桜東と西のスパイが交換された場所だった、グリーニッケ橋と桜。1990年11月10日、ここに桜植樹キャンペーンの最初の2本が植えられた
  
ベルリンの壁崩壊後まもなく、日本で「ベルリン市民の心の安らぎと平和を願って、壁跡地に桜の植樹をしよう」と、呼びかけたテレビ朝日の「桜植樹キャンペーン」が始まり、視聴者約2万人から当時の額で約1億4000万円の募金が集まりました。

当時、テレビ朝日社員としてベルリン支局に駐在していた寺崎哲夫さんは、植樹のため、ベルリン市とポツダム市の緑地課との交渉を任されましたが、「壁跡地に桜を植えると言われ、途方に暮れました」と振り返ります。当時の壁跡地には、桜の植樹を拒むいくつかの問題がありました。「まず、壁跡地の所有権利が誰にあるのかはっきりしない。冬になると野生のウサギに桜の苗木の樹皮をかじられる。さらに分断当時、東から西への逃亡者を見逃さないよう、見通しを良くするため、草一本生やさないようにまかれた除草剤で、“死の帯”と呼ばれた壁跡地の土壌はひどく汚染されていたのです」

緑地課の担当者と何度も話し合い、1990年11月10日、ポツダム市とベルリン市の境にかかるグリーニッケ橋のたもとに、最初の2本の桜が植樹されました。その後、両市の緑地課の協力を得て、壁跡地、市民公園、幼稚園、学校、墓地など、様々な公共地に、桜キャンペーン募金による植樹は続きました。「ありがたかったことは、日本の募金者の気持ちに感動した市の担当者が、桜を市(区)のものとして受け取り、桜の管理世話維持費を負担し、責任のある育成管理を継続してもらえたことです。」

2010年11月9日、ベルリンの壁が最初に開いたボーンホルマー通りでの植樹を最後にキャンペーンは終了。寺崎さんはベルリンを永住の地と決め、今も桜を通してドイツと日本をつなぐボランティアとして活動しています。「東日本大震災の後、桜の植樹場所に立つ記念碑には献花と共に被災者を悼む手紙が添えられていました。それを見たとき、桜がつないだ日独国民の思いやりに涙がこぼれました。」

ベルリンでは、今も春になると約8000本の桜が可憐な花を咲かせています。

<引用終り>


以上です。ベルリンだけで約8000本もの桜がある。こんな事は知りませんでした。
尚この記事はいやにテレ朝をよいしょしていますがまあ良いでしょう。
8000本の桜、これは半端ではありません。
桜の名所上野公園が約800本、動物園を入れて1200本だそうです。ちなみに日本で本数が一番の桜は
吉野山で3万本、2位が埼玉県の狭山湖で2万本、こんな所を見ると8000本の桜は凄いと思います。

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2019-04-06 14:59

エチオピア航空機墜落、737MAXシステムが原因=調査報告


 新鋭旅客機ボーイング737MAXの事故について、3月10日発生したエチオピア航空機事故の中間報告が4月4日に発表された。
一言で言って深刻な話である。

しかも、この件は特に日本の報道はどうにも靴の底から足の裏を掻く感がある。
そこで最初にWSJの報道から。

<以下WSJより引用>
https://jp.wsj.com/articles/SB10330143325861623706704585222280219850888

エチオピア航空機墜落、737MAXシステムが原因=調査報告
2019 年 4 月 4 日 21:24 JST

 【アディスアベバ】3月10日に当地発のエチオピア航空302便が墜落した事故を巡り、エチオピア当局は4日、米ボーイング「737MAX(マックス)」の飛行制御システムの誤作動が原因だとする中間報告を公表した。

 報告書は、乗員は承認された緊急時の手続きに従ったが体勢を立て直すことができなかったと指摘。また、ボーイングはMAXの飛行制御システムを見直し各国当局は見直し内容を確認した上で同型機の運航停止措置を解くべきだの見方を示した

 別の737MAXが昨年インドネシアで墜落して以来、MAXの失速防止機能「MCAS」に注目が集まっている。昨年の事故の初期調査では、センサーの不具合でシステムが機首を押し下げたため、パイロットの修正措置が間に合わずに墜落したことが判明した。エチオピア航空機の事故も同じような展開で、搭乗していた157人全員が死亡した。

 ボーイングの広報担当者は、エチオピア当局の報告を確認し、追ってコメントを出すと話した。同社は昨年からMCASの改良に取り組んでいる。

 エチオピアは米運輸安全委員会(NTSB)やボーイングなど外国専門家の協力を得て調査を進めている。
<引用終り>

最初にこの事故、フライトレコーダーやボイスレコーダーの解析は事故機の製造国であるアメリカではやっていない。フランスのBEA(フランス航空事故調査局)で解析している。製造国でもなければ、墜落場所でもないフランスに調査依頼すること自体が異例であり、事の異常性を示していると言える。

参考記事
「737 MAXの墜落調査、仏で開始 エチオピアが米国に不信感、ボーイングは納入停止」


所でこの事故の異常性はもう一つある。

(参考ウィキペディア(Wikipedia)ボーイング737 MAXにおける飛行トラブル

それは殆ど報道されていないが、アメリカのサウスウエスト航空でも類似のトラブルが8件発生している。

<以下引用>
737 MAX、サウスウエスト航空でも類似不具合 手動操縦で回避
2019年3月26日 11:39 JST

 墜落が相次いだボーイング737 MAXについて、米国のサウスウエスト航空(SWA/WN)でも類似のシステムトラブルが8件起きていたことが、関係者への取材でわかった。いずれもパイロットが手動操縦に切り替えて問題を回避し、事故には至らなかった。
・・・中略・・・
 関係者によると、サウスウエスト航空の737 MAX 8でも、MCASが原因とみられる不具合が8件発生8件とも、パイロットがオートパイロット(自動操縦)を解除し、手動操縦で不具合を回避したという。
・・・中略・・・
 ボーイングによると、サウスウエスト航空は2月末時点で737 MAXを280機発注しており、31機が引き渡されている。サウスウエスト航空の社内では、MCASの不具合は運航時の注意事項として回避策が共有されているという。

<引用終り>


このサウスウエスト航空の事例は、2回目のエチオピア航空の事故の直後から分かっていた筈だが、なぜか2週間以上たってから報道されている。若し最初のインドネシアでの事故直後から騒いでおれば、2回目の事故は回避できた可能性があるのではないか、そんな議論がこれから出てくるはずだ。
何故サウスウエスト航空では共有化されていた事故回避策が、横並び展開されていなかったのか? 恐らくこの問題が今後大問題になると予測します。


所でこの事故、どうすれば回避できるのか、それが上掲wikiに記載されている。
以下引用する。

737MAXの操縦特性補助システム(MCAS)

737MAXではCFMインターナショナル LEAPエンジンが採用されたことによって約14%の燃費改善を実現したが、エンジンの大型化やナセルの形状変更に伴い、エンジンの取り付け位置を従来型の737よりも若干上方および前方に移動させる必要が生じた。この影響でエンジンナセルが仰角を取った時に揚力を生む事で機首がピッチアップのモーメントが働くという機体の特性があった。 そのため、ボーイングは失速を防ぐために「操縦特性補助システム」(Maneuvering Characteristics Augmentation System)と呼ばれる操縦支援システムを737MAXに導入した。

MCASは2機ある迎角(AoA)センサーの片方の値を取り込み、一定値を超えた状態で、機体コンフィギュレーション(フラップ角度等)および対空速度・高度が閾値を超えていた場合に作動し、水平尾翼の水平安定板(スタビライザー)を自動的に操作して機体を降下させる。MCASが作動した場合、スタビライザートリムホィールが動くが、パイロットが単にオートトリムを切っただけでは解除されないオートトリムを切りスタビライザー制御システムを切ってマニュアルにし手動でスタビライザートリムホィールを回さなければいけない

<引用終り>

この「パイロットが単にオートトリムを切っただけでは解除されない。オートトリムを切り、スタビライザー制御システムを切ってマニュアルにし、手動でスタビライザートリムホィールを回さなければいけない」、これは以下動画で説明されている。(英語です)




分かりにくいので一寸解説。トリムと言う言葉が出てきます。
飛行機は手放しでまっせぐには飛びません。機体の癖もありますし、積み荷や乗客数、燃料の状態などで傾いたり曲がったりします。これを調整し、手放しで真っすぐ飛ぶようにするのがトリム。中でも機首の上げ下げに関係するのが水平尾翼の水平安定板(スタビライザー)。こんな事です。

MCASという新しい仕組み。それが解除するためには2段階の操作が必要で、その上、手作業でトリムホイールを回して水平安定板の角度を調整する。簡単な事ではありません。
こんな事がキチンと徹底されていない。こんな所も問題だと思います。

またこのシステムは迎え角センサーを2個搭載していますが、コンピューターはそのうちの数値の大きいデータを使う、こうなっています。これでは実質的に1個のセンサーに頼るのと大して変わりません。万一故障で異常値が出てくれば、装置が誤動作する訳で、これは間違いなく設計思想が可笑しいと言えます。

この設計思想については、昔からDR(デザインレビュー~設計審査)とかFMEA(Failure Mode and Effect Analysis=故障モードとその影響の解析)などの考え方が声高に叫ばれてきました。しかし世の中が高度化してゆく中で、こんなモノ作りの原点ともいえるものが蔑ろになって、いつの間にか利益優先で事が進むようになってきたこと、これが原因の奥底に潜んでいるようです。
恐らくこんな事がアメリカの中でも言われる時が来たのではないか。そのきっかけが多分飛行停止がメーカーや規制当局(FAA)からではなく大統領令で出されたこと。こうではないかと見ています。


こんな事で、この問題の解決には相当の時間がかかるでしょう。エチオピアの運輸当局は、ボーイングはMAXの飛行制御システムを見直し各国当局は見直し内容を確認した上で同型機の運航停止措置を解くべきだの見方を示した。こんな事を言っています。運行停止が相当長期間になりそうです。


更にオマケ。
BBCによれば、アメリカではすでに訴訟が2件始まっていて、そのうちの1件は、何とあの「ラルフ・ネーダー」が絡んでいる。
ラルフ・ネーダーの姪の子どもがエチオピア航空機の犠牲者157人の一人だというのです。

ラルフ・ネーダーと言っても知らない人が多いと思う。今から半世紀も前、自動車が欠陥車だとしてアメリカに端を発した大騒動が有った。結果的には自動車の安全性に大いに寄与したこの動きの立役者がラルフネーダー。彼は1965年、彼は「どんなスピードでも自動車は危険―アメリカの自動車に仕組まれた危険」において、米国の乗用車の欠陥を指摘し全米に衝撃を与えた。アメリカの自動車産業がシートベルトなど安全装置の導入に抵抗し、安全性向上のための投資を渋っていると述べ、特にゼネラルモーターズ製「シボレー・コルヴェア」に欠陥が多いと告発した。こんな人物である。自動車関連の古い方なら決して忘れることのできない名前だ。私も散々苦労したので、懐かしい名前です。

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2019-03-24 15:15

ジョーダン・ピーターソンの「リーダーシップに関するガイド」


 昨年10月にジョーダン・ピーターソンというカナダの人気心理学者の「なぜマルクス主義は魅力的なのか  2018-10-25 13:29」を取り上げたことがある。
このジョーダン・ピーターソンと言う人。まったくの真面目な学者なのだが、現地ではロックスター並みの人気が有るのだとか。
そのジョーダン・ピーターソンが「リーダーシップに関するガイド」という動画を作っている。
大変面白い内容で、これからリーダーとして何かをやっていこうとしている人には良い内容だと思う。ピーターソン自身は多分学生さん等を対象にして話しているようだが、どんな年齢の人にも役に立ちそうだ。

前回と同じで、tarafuku10さんと言う方のツイッターから引用する。

<以下引用>
2019-3-24ピーターソンのリーダーシップに関するガイド 
https://twitter.com/tarafuku10/status/1109039254250930176


tarafuku10‏
ジョーダン・ピーターソンの動画「リーダーシップに関するガイド」を訳してみた。リーダーの資質として最も必要とされているのは何なのか? 人を導くための優れた手法とは? 

(リンク先の動画には日本語字幕は入ってませんので、翻訳はスレッドで ↓)
https://www.youtube.com/watch?v=XWVwFVgA4b4 …


3:28 - 2019年3月22日


これは、リーダーシップの心理学にも関係する話だろう。一筋縄ではいかないトピックだが。

リーダーの基本的な資質とは何だろうか? 1つ挙げよう。「リーダーとは、どこに向かっているのか理解している者である」。真っ先に来るのはこれだろう。目的地を知らないのに、どうして人を導けるのか?

目的地とは暗に倫理を含む。あなたはこれを人に伝える必要がある。あなたの目的地をストーリーと共に伝える必要がある。人を動機づけようとするなら、まず人を動機づけるという考え方が間違っていることに気付こう。人を動機づけたいなどと思うべきではないのだ。これは愚かな管理職の思考だ。

やる価値のある何かを見つけなければならない。やる価値があると心から信じる何か、あなたの人生のかなりの部分を捧げる用意がある何かだ。あなたがリーダーなら、最初にこの何かを確立する必要がある。次にそれを人に伝える。人の目的意識にアピールするような方法でだ。

誰かとある計画を先に進めたいと考えたなら、私はこう言うだろう。「ここに計画の目的がある。そして、その計画が明らかに正当である理由、しかも、それが私たちが行うものの中で最も正当なものである理由がここにある」。私は次にこう言うだろう。

「これは、私にとってこういう意味がある。君にとってはこういう意味がある。私たち2人がこの計画を追求できる理由はこれで、それによって私にもたらされる意味はこれで、君にもたらされる意味はこれだ」

これは、発達心理学者のジャン・ピアジェが均衡状態と呼んだ状況だ。

均衡状態では、2人以上の集団において、全員が自発的にその状況に参加する。彼は、子供たちが遊ぶのを見てこの思考のヒントにしたという。子供たちが「ごっこ遊び」をするとき、最初にちょっとしたストーリーを皆で考える。これは、短い劇を作って全員に役を割り当て、皆で演じるようなものだ。

しかし、全員が役を自発的に受け入れている。さもなければ遊びは続かない。分析に基づくピアジェの倫理的主張はこうだ。「全員が自発的に参加したゲームは」。彼によれば、これが自由の効用と独裁の効用の基本的な違いである。

「これをやれ。さもなければ…」と命令する権威主義者が勝つとあなたは言うかもしれない。それも社会を作る1つの方法だろう。しかし、ピアジェは、強制のコストは非常に高いので、長期的には自由な社会が権威主義的な社会を打ち負かすだろうと主張する。

威圧的なやり方で組織を構築することもできる。しかし、それは基本的に懲罰と恐怖で人を動かすことだ。人をポジティブに動機づける方がよい。どうやるか。こう言えばいい。「これが目標だ。これが君の役割だ。そして、実際的にも、真剣に取り組むという点でも、君の人生にプラスになるものはこれだ」。

それができれば、そして能力やある程度の良心などその他の前提条件も整っていれば、人々はゲームに自発的に参加する。人を高圧的に支配する必要はない。実世界で複雑なプロセスに身を置いた経験がある方なら、これが人々を関与させるための最適な状況であることがおわかりだろう。

私たちは同じボートに乗っている。目的地は興味深い場所だ。果たすべき役割が全員にある。私たちは共同体だ。私たちそれぞれにもメリットがある」ということだ。

ここから生じる興味深い結果もある。あなたが組織を持ち、目標を持ち、価値のある何かを行おうとしているとしよう。

それについて、魅力的な物語を語ることもできるとしよう。人を集めることもできたとしよう。さて、ここで2つの選択肢がある。1つは「家に帰って 4 ~ 5 時間かけて、君がこの組織にどのように貢献できるかキャリア・プランを考えてきなさい」と言う方法。

もう1つは、「いや、家に帰って 4 ~ 5 時間かけて、君の人生の計画を考えてきなさい。その計画の一部にはこの組織での君の職務を含めて考えること」と言う方法。100人ずつの集団を2つ作り、それぞれの言い方を試してみよう。そして競争させる。1年後により良い結果を出すのはどちらの集団だろうか。

答えは、人生の計画を立てた100人だ。この集団の生産性は10%高い。人生の計画を立ててもらうことで、毎年10%ずつ会社レベルの生産性が高まる。Future Authoringというオンライン・プログラムがあって、既に何千人もが使っている。これを使った学生は、大学中退を思いとどまる可能性が30%高くなる。

これはストーリーに関連している。自分の人生に役立つことをしてほしい。それが、あなたが社員に求めること彼らが自分の人生に役立つことをできないなら、組織に役立つことなどできるわけがない。そして、あなたの下で働くことが自分の高次の目的に役立つことに彼らに気付いてほしいと願うのだ。

統合された階層的関係を築けないなどの理由で、それが不可能なら、彼らは別の仕事を探すべきだ。彼らに適した仕事はここにはない。あなたの仕事があなたの人生の目的と食い違うなら、どうやってやる気を維持できるのか。それは無理だ。少なくとも、自分の中の矛盾に常に邪魔されることになる。

あなたに求められているのは、すべての人を同じ方向に向かわせること。もちろん、意見の多様性を排除しろと言っているのではない。組織には目的があり、組織内のすべての人にもそれぞれの目的がある。彼らを包括的なまとまりのあるストーリーの中に統合するのだ

そして、それを組織のすべてのレベルに浸透させる。これがリーダーシップの目的だ。これがあなたのやりたいことだ。非常に困難なことであるのは間違いない。しかし、成功すれば、卓越した組織を構築できる。(了)

<引用終り>

ちょっと補足。この動画でピーターソンがFuture Authoring と言うオンライン・プログラムが有る、こんな事を言っています。どんなものなのか調べてみましたが、こんなものでした。

参考:Future Authoring Programとは何なのかの説明。(Self-Authoring Suiteの構成)
https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&tl=ja&u=https%3A%2F%2Fselfauthoring.com%2F

Self-Authoring Suiteとは何ですか?(上掲プログラムを自動翻訳し適当に改変)
Self-Authoring Suiteは、過去、現在、そして未来の探求を手助けする一連のオンラインライティングプログラムです。(引用者注: Authoring のAuthorは著者、Authoringは書くこと、作成とか著作の意   Suiteは一組とか音楽の組曲の意)

自分自身について慎重に書くことに時間を費やす人々はより幸せになり、不安や落ち込みが少なくなり、身体的に健康になります。(原文: less anxious and depressed and physically healthier.)

 彼らはより生産的になり、しつこく、そして人生に従事します。 これは、あなたがどこから来たのか、誰であるのか、そしてどこへ向かっているのかを考えることが、人生を通してより単純でよりやりがいのある道筋を描くのに役立つからです。

過去のオーサリングプログラムでは、重要なポジティブおよびネガティブな人生経験を思い出し、明確にし、分析することができます。

現在のオーサリングプログラムには2つのモジュールがあります。 1つ目は、あなたがあなたの性格上の欠陥を理解し、修正するのを助けます。 二つ目はあなたがあなたの個性の美徳を理解し発展させるのを助けます。

Future Authoring Programは、3年から5年後の意味のある健康的で生産的な未来を想像し、その未来を現実のものにするための詳細で実行可能な計画を立てるのに役立ちます。

あなたの過去を休ませましょう! あなたの現在の個性を理解し、向上させましょう! あなたが住みたい未来をデザインしましょう! 自己オーサリングスイートはあなたの生活を向上させます。
<引用終り>

以下記事も参考になります。
https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=https://www.jordanbpeterson.com/political-correctness/some-thoughts-on-and-an-offer-for-the-new-year/&prev=search


この話はリーダーシップについて、では具体的に今私がやるべきことと言う視点で書かれている点で重要だと思う。これを諄々と説いているところが「ロックスター並みの人気」の根源のように思う。
こんないい話はなかなか聞けないので、紹介する次第です。

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2019-03-19 18:50

米運輸省、FAAを調査 新型ボーイング安全認証、リスク過小評価か


 最新の旅客機ボーイング737MAXの2件の墜落事故。現在分かっていることを書いてみます。

最初は3月10日のエチオピア航空の事故。この件はエチオピア側がボーイングに不信感を持っているらしく、製造国でもないフランスのBEA(フランス航空事故調査局)に事故調査を依頼しているが、この調査の速報が入った。

<以下引用>

仏事故調、737 MAX墜落「明確な類似性」 エチオピア機とライオンエア機の飛行記録解析
 2019年3月19日 07:46 JST By Tadayuki YOSHIKAWA

 BEA(フランス航空事故調査局)は現地時間3月18日、10日に墜落したアディスアベバ発ナイロビ行きET302便のボーイング737 MAX 8(登録記号ET-AVJ)のフライトレコーダー(DFDR)を解析する過程で、2018年10月に墜落したインドネシアのライオン・エア(LNI/JT)のジャカルタ発パンカルピナン行きJT610便(737 MAX 8、PK-LQP)のデータとの間に「明確な類似性がある」ことを明らかにした。

 エチオピア政府などが事故調査を依頼したBEAは、ER302便のDFDRとボイスレコーダー(CVR)の解析を、エチオピア事故調査局(Ethiopian Accident Investigation Bureau)やNTSB(米国家運輸安全委員会)と連携して進めている。この中で、調査チームが2件の事故に類似性があることを確認し、今後の「さらなる調査対象になる」としている。
・・・以下略、詳細はリンク先参照ください・・・
<引用ここまで>


そしてもう一つ、この方が問題が大きいのだが、米運輸省が下部機関である連邦航空局(FAA)による安全認証手続きに問題がなかったか調査中、こんな報道が出てきた。
航空機の安全にかかわる問題で、アメリカの官民双方に問題が有ることが疑われている訳で、この問題の衝撃は大きいと思う。
何せアメリカは国内の移動はクルマ・バス以外は飛行機になる。日本人が新幹線の事故に敏感なように、いやそれ以上にアメリカ人は航空機に敏感なのだ。

ではその報道を。
 
<以下日刊工業新聞より引用>
米運輸省、FAAを調査 新型ボーイング安全認証、リスク過小評価か  
(2019/3/18 12:30)

【ワシントン=時事】米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は17日、短期間に2件の墜落事故を起こしたボーイングの新型旅客機「737MAX」について、米運輸省が下部機関である連邦航空局(FAA)による安全認証手続きに問題がなかったか調査中だと報じた。事故との関連性が浮上している失速防止のシステムなどが焦点になっているという。

 運輸省の監察官は、新型機の安全性認証などを担当するFAAの事務所2カ所を調査。FAAとボーイングとの通信記録なども対象に含まれるとしている。

 ボーイングはライバルの欧州エアバスの追い上げに対抗するため、1960年代に就航した737の派生モデルとしてMAXを開発。同紙は、派生モデルとしての開発では「FAAのシステムに関する検査が少なく、認証取得に必要な時間が大幅に短縮される」と伝えている。

 失速防止システムは当初、高い高度での利用が想定されていたが、ボーイングは低空でも有効と判断。FAAもMAXでこのシステムを認めたという。専門家はボーイングとFAAが「リスクを過小評価し、操縦マニュアルや操縦士訓練で説明に力を入れなかった」と主張している。

 ボーイングは航空会社に対し、MAXは従来モデルとの違いが少なく、操縦訓練が最小限で済むと強調していたとされる。同紙は関係者の話として、パイロットは失速防止システムについて特別な訓練を受けなかったと伝えている。
<引用終り>


今737MAXはアメリカでも運航停止となっているが、普通ならこの指示はFAA(連邦航空局)が出すもの。これが大統領令で停止になった所に問題の異常さが分かる
アメリカの官僚機構の奥に潜む「膿」を摘出する時期が来たようだ。

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2019-03-14 10:21

ボーイング「737MAX」に何が起こったか<続編


 ボーイング737MAXに何が起こったか、続編は昨年10月にインドネシアで起こった事故の中間報告を取り上げます。しかしこの事故の中間報告を読んでみて、此れとそっくりの事故を思い出しました。1994年、中華航空機が名古屋空港(当時)に墜落した事故です。そんな事も併せて書いてみます。

専門家の書いたもので大変難解ですが、複雑なシステムの、特にマンマシン系の問題なので技術者の方には大変参考になると思います。少々読みにくいですがお付き合いを。


最初は昨年10月のインドネシア・ライオンエアの事故について

<以下東京エクスプレスより引用>
航空と宇宙
by 松尾 芳郎 • 2018年12月4日 • 

 Lion Air 737 MAX
2019-3-13ライオンエアーの737MAX 
図1:(Wikipedia) 10月29日、インドネシア・ジャカルタ空港を離陸した直後、海面に墜落したライオンエアのボーイング737 MAX 8と同型機の写真。インドネシアの事故調査委員会の中間報告によると、自動失速防止装置(MCAS)が誤作動をしたのが直接の原因。前日にも同種トラブルが発生したがパイロットがシステムの接続スイッチを切り、無事に目的地に着陸した

 (注)ボーイング737 MAX 8は737 NB (Next Generation) の後継として開発された狭胴型機で、就航は2017年5月から。エンジンは新しいCFM Leap-1Bに換装、ウイングレットがスプリット型に変更され、機体側も多少変っている。系列機にはMAX 7、MAX 9、MAX 10、があり、受注は4,700機を超えているが、引渡しは240機程度。

 (注)ライオンエアはインドネシアのジャカルタ(Jakarta)が本拠の低価格航空(LCC)、国内国際で一日630便を運航している。エアバスA320系列機を234機、ボーイング737系列機を230機発注するなど大量購入で知られている。737 MAXではMAX 8を10機受領済み、MAX 9を190機、MAX10を50機発注している。かつて欧州航空当局から安全性、定時制に問題ありとして域内飛行を禁じられたが、その後解除された。

 去る10月29日、インドネシアのLCC ライオンエアB-737 MAX 8型機JT610便が墜落、189名が死亡した事故があったが、その原因が明らかになってきた。

事故機のパイロットは、離陸前のタキシー中に重要な計器「迎え角(AOA)」センサーの読みに異常があることに気付いていた。

そして離陸直後に機長側の操縦コラム(操縦舵輪)が、失速が近くなると警告として作動する振動を始めてた。

高度3,000 ft (約1,000 m) で主翼のフラップを引っ込めると直ぐに、新しくB-737 MAX型機に装備されたMCASと呼ぶ新しい失速防止装置(anti-stall flight-control system) が作動し、操縦舵輪を機首下げ方向に押した。両パイロットは操縦舵輪を保持しようと試みたが、墜落までの10分間に26回も機首下げ圧力が加わり、遂に墜落した。

この事は、同機から回収された“ブラック・ボックス”と呼ばれるオレンジ色の“フライト・レコーダー”を解読して明らかになったもので、11月22日にインドネシアの交通安全委員会(NTSC) から同国の議会に報告された。

“フライト・レコーダー”によると、「パイロットの機首上げ指令(操縦舵輪を引く力)」、「MCASの機首下げ指令(操縦舵輪を押す力)」、「操縦舵輪の位置」、「機体の迎え角(AOA)センサーの値」、「フラップの位置」等を時系列で示し、タキシー中から離陸、上昇、墜落までの11分間の経緯を正確に示している。

新設の“失速防止装置(anti-stall flight- control system)”は、パイロットの力に抗し、墜落するまでの10分間に26回も繰り返し“機首下げ指令”を出し続けていた。


事故の原因となったのは次の3点としている

1.ボーイングが737 MAXに取付けた「MCAS」/「失速防止装置(anti-stall flight- control system)」の設計上の問題、およびそのシステムについてのエアラインに対する説明不足。

2.ライオンエア・パイロットのシステムに対する理解の不足、特にシステム故障の際のシステム遮断の方法。

3.ライオンエアの整備が前便で生じていた「迎え角センサー(AOA=angle of attack sensors) の不具合を修理せずに出発させたこと


JT610のフライトレコーダーのコピー
2019-3-13ライオンエアーの737MAXフライトレコーダー記録 
図2:(Indonesian Safety Regulators, black box flight recorder data / Mark Nowlin / The Seattle Times) フライト・レコーダーの記録。上から;—「パイロットの機首上げ指令」すなわち操縦舵輪を手前に引く力の記録、「MCASの機首下げ指令」すなわち失速防止システムによる操縦舵輪を押す力の記録、「操縦舵輪の位置」すなわち2つの相反する力の繰り返しで操縦舵輪の動く様子、「迎え角(AOA)センサーの示度」すなわち左右の食い違う値の様子、などが記録されている。

 

「失速防止システム(Anti-stall system)」が引き金

ボーイングのフライト・コントロール部門のエンジニアで、現在はアビオニクス&衛星通信のコンサルタントをしているピーター・レム(Peter Lemme)氏は、このグラフを詳細に検討し次のように述べている;—

 ボーイングが開発した“MCAS”と呼ぶ新しい失速防止装置“(Maneuvering Characteristics Augmentation System) / (操縦特性増強システム)”が、フラップが収納されると直ぐに作動し始め、これが事故の引き金となった。

さらに主翼と空気流の角度を測る迎え角(AOA)センサーが誤った値をフライト・コンピューターに伝えていた。迎え角(AOA)センサーは2個あり機首の両側に付いているが、この場合左右で20度の差があり機体が水平の状態にある地上タキシー中でも異なる値を示していた。2個のセンサーの片方(左側)は明らかに間違った値を示していた。

飛行中、フライト・コンピューターは片側の迎え角(AOA)センサーの値だけを使うようになっている。この場合、コンピューターは迎え角が高い方の値を使い、直ぐに失速に入ると判断し、回復のためMCASに機首下げの指令を出した

MCASが機首下げ指令を出し操縦舵輪が前に押される度に、キャプテンは(多分舵輪のサム・スイッチを使って)操縦舵輪を手前に引き戻す操作を繰り返していた。しかしその度毎にMCASは設計通りに水平尾翼のスイーベル(swivel)に機首下げの指示を出し続けた。

フライト・レコーダーには、MCASの機首下げ指令は21回繰り返されたことが示されている。やがてキャプテンは操作を副操縦士に委ねたが、その後MCASはもう2回機首下げ指令を出している、しかしここではパイロットは機首上げ操作をしていない。

ここら辺りで水平尾翼は作動範囲の限界に達し、キャプテンは再び操縦舵輪を握り力一杯引き戻し機首上げを試みた。しかし遅すぎ、同機は時速500 mph (約800 km/hr)で海面に突入した。

 前日にも同じことが起きていた

同じ機体のフライト・レコーダーの記録には、前日の飛行で同じような事が起きていた事を示しているが、この時には事故にならなかった。

この時も離陸前から2つの迎え角(AOA)センサーの示度が不揃いで、離陸時にキャプテンの操縦舵輪は失速警報を示す振動を始めた。そしてフラップを収納するとMCASが作動し機首下げ操作が始まった。

パイロットは、最初のうちはJT610便と同じく操縦舵輪の機首上げ操作で対抗したが、12回ほど繰り返し数分後に、ペデスタル上にあるMCAS用の2重スイッチを切り、“自動機首下げ”指令を解除した。

それ以後は“自動機首下げ“は起こらず平穏なフライトを続け、目的地に無事到着した。

まだ海中からボイス・レコーダーが回収されていないので、JT610の乗員が何故“自動で水平尾翼が動き機首が下がる”ことに気付かなかったのか、判らない。

操縦席の横には水平尾翼トリム・ホイール(stabilizer trim wheel)と呼ぶ大きなホイールがある、これを回すと水平尾翼のスイーベル(swivels /回転軸) が動き水平尾翼の迎え角を早く動かせる。尾翼が指示をしていないのに動く“暴走(runaway stabilizer) ”の場合には、トリム・ホイール操作をするようマニュアルに記述がある。

しかしパイロットは、操縦舵輪の振動(ステイック・シェイカー/ stick shakerと云う)、計器盤の大型画面に表示される迎え角(AOA)の相違を示す警告、それに伴う機速(IAS)、高度(ALT)の誤指示などに気を取られ、この措置が出来なかったと思われる。

システムの誤作動に対抗して25回も機首上げを試みたパイロットの心境は誰にも判らない。この事故は回避できた事故だが、ヒューマン・ファクターが深く関わっている。

ボーイングの設計ミスか?

パイロットが部分的に事故原因に関わっているとしても、ボーイングのMCASシステムの設計にミスがあったのではないかとの疑念は拭えない。

上述で明らかなように、事故は片方の迎え角(AOA)センサーの故障から始まった。いわゆる“故障の起点(single point of failure)”である。これが事故の引き金になったことは間違いない。

飛行機の設計では、この最初の故障が次の故障を引き起こし、それがまた次の故障に伝播する“故障の起点/引き金(single point of failure)” は絶対に避けなくてはならない。特にその故障が最終的に”危険(hazardous)” あるいは”破滅的な故障(catastrophic failure)“になり得る場合においては特に重要である。

(注)1985年8月JAL123便の御巣鷹山墜落事故でも同じような“故障の起点/引き金”が想起される。起点はその7年前に行われたAOGチームによる圧力隔壁の修理ミスだったが、事故当日修理箇所が疲労破壊し圧力隔壁が破れた。これで客室与圧空気の圧力で垂直尾翼が破れ、ここに配置されていた4系統の油圧パイプが破断、油圧漏れで機能を喪失、操縦不能に陥った。これを教訓に、垂直尾翼底部に蓋をする、油圧システムに遮断弁を設ける、などの改善が行われた。改善策は事後の機体に広く適用され同種事故の再発を防いでいる。

パイロットが危険から脱出する際の措置を考えてみよう。エンジン故障時訓練を受けたパイロットは、直ぐに代替空港を探し安全に着陸する手順を知っている。しかし訓練を受けていないと採るべき措置が判らず直ぐに墜落に至る。つまりパイロットの適切な対応は、安全システムの部分を担っている。

737 MAXにMCASシステムを搭載する際に、ボーイングのエンジニアは次のように裁定を下した筈だ。すなわち“迎え角(AOA)センサーの故障は「危険(hazardous)」にはなり得るが、2重の遮断スイッチを切ればMACSの接続を遮断できるので「破滅的な故障(catastrophic failure)」には繋がらない”。

型式証明のための航空機システム解析では、”危険(hazardous)”が起きる確率は1000万分の1以下に抑えること、また、”破滅的な故障(catastrophic failure)”の起きる確率は10億分の1以下にすることになっている。

しかし、システム設計とは別に、ボーイングは、パイロットに新システムが関係する安全に関わる情報をどれほど伝えていたか、が問題となる。

アメリカン航空の機長で全米パイロット協会(APA=Allied Pilot Association)の通信委員会委員長を務めるデニス・タジャー(Dennis Tajer)氏は次のように話している。「当該パイロットは、幾重もの安全システムの“一つの層”を担うべく懸命に任務を遂行した。しかしマニュアルにはMACSシステムについての記述はなかった。」

「我々パイロットは安全システムの一部分である。しかし(ボーイングは)航空機のシステムについての情報を与えてくれなかった。ボーイングは、パイロットは二次的な安全システムと認識しているが、自分達の判断で情報を提供しなかった。」

「ライオンエアの今回のMCAS故障問題は、システムに関する知識不足で発生したもので、丁度飛行中にエンジン故障に遭遇し、対処方法を知らずに墜落した事故と同じケースだと言える」。「エンジンについてはマニュアルに詳しく書かれており、我々は十分にシステムの内容を把握している」。

737 MAXを使っているアメリカン航空とサウスウエスト航空のパイロットは、今回の事故まではMCAS/自動失速防止システムについて全く訓練を受けていなかった。

サウスウエスト航空パイロット協会議長のジョン・ウイークス(Jon Weaks)機長は語っている;「搭載したMCASが事故に直結するなんて思っても見なかった。またMCASについての情報もなかったしマニュアルにも記載がなかった。今になってボーイングとFAAは[システムは予期した作動をしないこともある]と警告している。」

11月6日にボーイングは、737 MAXを運航する全航空会社に警告通報(warning bulletin)を出した。内容は「MCASが不具合になった場合の接続解除の方法」。次の日にFAAは全航空会社に対し「ボーイングが発行した警告通報を遵守するよう」非常耐空性改善通報(emergency airworthiness directive)を出している。

アメリカン航空パイロット協会安全委員会委員長マイク・ミッチェルス(Mike Michaelis)機長は、10日に自社のパイロットに対し“まだアメリカンの737フライト・マニュアルにもボーイングのFCOM(Flight Crew Operation Manual)にも記載がないが、MCASについてボーイングが出した警告通報を守るよう”異例の通知を出した。

「その後FAA(連邦航空局)から本件に関する“耐空性改善通報(AD)”が発行されたので、今では全世界の737 MAXパイロットがこのシステムについて十分な知識を持つようになった。」

ソフトウエアの改定

前述した元ボーイング・エンジニアのピーター・レム(Peter Lemme)氏は、この墜落事故でMCASシステムの設計は再検討することになろう、と話している。彼の見解では、「設計エンジニアは、AOAセンサーの故障の影響を無視したのではなく、その場合パイロットがMCAS切断のスイッチをオフしてくれる筈、と思い込んでいた」ようだ。そして次のように続けている。

「MCASは、元々機体が通常では起こり得ない異常な状態、つまり、極端かつ急激な傾斜角(バンク角)での旋回飛行で大きな”G”が加わり失速しそうになる状態を想定し、失速を防ぐ目的で作られたシステムである。

システムは機体の迎え角(AOA)センサーの示す値で作動するが、適正な判断をするには第2のインプットも必要ではないか。そして地上タキシー中のAOA相互の値の異常を感知するロジックも挿入した方が良い。これらは簡単なソフトの改定で容易に行える。」

不十本な整備

フライト・データから解る最後の点はライオンエアの整備手法である。インドネシア当局NTSCの報告には次のように記載されている;—「事故機の整備記録では、JT610便の3日前つまり4フライト前から速度(IAS)と高度(ALT)の指示値に問題があった。」

整備記録には色々な整備作業が記入されていたが、速度(IAS)と高度(ALT)に関わるものはなく、処置が先送りされていた。そして事故の2日前、10月27日に迎え角(AOA)センサーの片方が交換された。

翌28日、JT610便の前日、パイロットは整備技師からAOAセンサーを交換し試験したと報告を受けた。しかしこれまで述べたように、28日のフライトでも依然として解決していなかった。

ライオンエアの安全記録は極めて芳しくない、コスト削減のため整備費を抑えて運営している。故障の措置は先送りせずに早急に解決することで、パイロットの負担を軽減できる。

「この機体、ボ—イング737 MAX 機番「PK—LQP」は、故障の修復をしないまま何度も飛行に供された。これがパイロットの負担を増し、遂には彼等の対処能力を超える事態となった」とは前記レム氏の結論である。

結び

本稿は、米国シアトル・タイムス(The Seattle Times) に、同社の航空宇宙記者(Seattle times Aerospace Reporter)「ドミニク・ゲイツ(Dominic Gates)」氏が掲載した記事を基に紹介したものである。ゲイツ氏は2003年以来同社の航空宇宙記者として活躍し、その造詣の深さで知られている。

我国ではクオリティー・ペーパーとされるN紙が11月29日に本件を報じているが、内容は簡単で、一読してどこに原因があり、対策をどうするかについて、直ぐには理解できない紙面になっている。日米両国の航空に関する理解の差を象徴しているように感じた。

<引用終り>

大変分かりにくい話で恐縮です。それに読み終わってもまったく疑問が消えません。例えば迎え角センサーが左右で20度もの差があるなどとサラリと書いていますが、20度も違っていたら全く当てにならないので、こんなのは取付ミスとか、部品不良以前の問題が有りそうですが、これ以上データが無いのでここまでにします。


迎え角が問題になっていますので、参考までにどんなものかと言うと、

迎え角とはこんなもの
2019-3-14迎え角 
ひげおじさんのブログより拝借(離陸の写真も同様)


離陸の様子 大きく機首を上げています。

2019-3-14離陸の様子 


一寸思いで話(本題とは関係ありませんが)

もう25年位前の話、アメリカへ視察旅行に行った帰り、ハワイから成田への深夜便でチーフパーサーの方と飛行機についてのよもやま談義をしていてこんな事を聞いてみました。「今日はどれくらい機首を上げて飛んでいるのですか」。チーフパーサーの方が一寸機長に聞いてくると言って確認に行き、「いつもは2.5度で飛んでいるが、今日は3度です」と聞いてきてくれました。水平飛行と言ってもこんな程度は迎え角をつけて飛んでいるんですね。
なおこの迎え角は低高度だともっと大きくなるようです。
この話は続きが有り、そんな飛行機談義をしていたら、チーフパーサーの方が内緒だがコックピットを見せてあげると言って操縦席に連れていてくれました。(こんな事、現在では有りえませんが)そこで写真を撮ってくれましたが、この太平洋上空を飛ぶジャンボジェットの操縦席での機長・副操縦士と一緒に撮った写真が我が家の家宝の一つになりました(笑)。
その後、タイに行くようになり、偏西風の関係で迎え角が大きく違う事も経験しました。特に追い風の時はムチャクチャ対地速度が速くなります。私の乗ったフライトでは最速は時速(対地速度)1200キロ(音速に近い!)。こんな時は大きく機首を上げて(大きな迎え角で)飛んでいます。



もう一つ、この件とそっくりな事故が有ります。
1994年4月26日に中華航空機が名古屋空港に着陸失敗し墜落した事故です。
2019-3-14中華航空機事故ポンチ絵   
(余談だが事故の翌日、所用で名古屋空港近くを通りかかり現場を見てきました。野次馬です)
<事故の概要・・上掲失敗事例より>
名古屋空港に着陸しようとしていた中華航空140便 (エアバスA300-600R)はアウターマーカー通過。副操縦士が操縦して手動で着陸態勢に入った。順調に下降を続けていたが、5.5km前でゴー・アラウンド(着陸やりなおし GA)モードに入り(注:誤操作です)水平飛行に入った。機長は、副操縦士に3回警告したが、ゴー・アラウンド・モードを解除できぬまま着陸の操作を続けた。
副操縦士は操縦桿を押して水平尾翼の昇降舵を下げ舵にすることで高度を下げようとし、また、ゴー・アラウンド・モード時に、自動の着陸モードに入力すれば、本来の着陸高度にコンピュータが誘導してくれると考え、自動操縦装置を作動させた。コンピュータのゴー・アラウンド・モードは解除されておらず、自動操縦では上昇姿勢を維持する状態で、操縦士が操縦桿を押して機首下げ操縦を続けるほど、コンピュータはこの動きに反発し、水平尾翼前部の水平安定板は機首上げ方向に限界まで移動。機長が操縦を代わったが通常の着陸高度まで戻れなかったため、ゴー・アラウンドを決意。水平安定板の上げ舵状態に気付かぬままゴー・レバーを入れたため、推力アップして機体が急上昇し失速、尾翼から墜落し炎上した。乗員乗客264名死亡、7名重傷の大惨事となった。
<引用終り>

一寸分かりにくいので解説
これは飛行機の部分名称、水平尾翼は水平安定板と昇降舵で構成されている
2019-3-14飛行機各部の名前 

これが事故当時の水平尾翼の状態

2019-3-14中華航空機の尾翼関係図 

コンピュータは水平安定板を動かして姿勢を変えようとする。操縦士が操縦桿を操作すると昇降舵が動く。


名古屋空港での中華航空機事故ではエアバスとボーイングの設計思想の違いが問題になりました。
ボーイングの思想は操縦士の操作が優先なので、自動操縦でも操縦桿を動かせば自動操縦は外れる。エアバスの思想は操縦士もミスをすることが有るので、操縦桿を動かしただけでは自動操縦は外れない。自動操縦解除の別操作が要る。こうなっていまして、この違いが問題になりました。
結果、エアバス方式は危険だということで、エアバスもボーイング方式に変更した経緯が有ります。


今回のB-イング737MAXの事故はまさにこの問題の再現と言ってもいいでしょう。
EUが早々と737MAXの運航禁止に動いた背景にこんな25年前の怨念の影が見えます。


最後にもう一つ、コンピュータが暴走するとどんな風になるか、そんな事例の動画が有ります。以下参照ください。

この動画は昭和58年(1983年)のものですが、コンピュータが暴走するとどうなるかのいい事例です。日本はこんな事例を積み重ねて今日に至っているのが分かります。




結論です。
この事故については多分メーカーの設計ミスと実際のユーザー(航空会社やパイロット・整備員など)への指示徹底、教育訓練不足となるのでしょうが、一般の技術者や管理者、経営者の方にも良い教訓になると思います。
新しい機材やシステムにはそれなりのメリット・ディメリットが有り、こんな時どうしたらいいか、それは色んな所で考えねばいけないからです。
色んな所でシステム管理、安全管理の良い勉強の素材になると思います。

そして私の意見ですが、どうして前日同じ期待で同じトラブルが有り、その時は幸い切り抜けたのだが実に危なかった。こんな貴重な経験をどうして整備やパイロットで共有しなかったのか。それが発展途上国と言えばそれっきりですが、大いに考えさせられます。

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2019-03-13 16:30

ボーイング「737MAX」に何が起こったか


 最新鋭のジェット旅客機ボーイング737MAXが昨年10月、今年3月10日と墜落する事故が発生している。ボーイング737自体は昔からあるのですが、737MAXは2017年5月に旅客機として初就航。燃費が良く航続距離の長い最新鋭機だ。

2019-3-13ボーイング737MAX 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0737MAX


しかし3月10日の事故を受け、全世界で運航停止する航空会社が増えているし、なんとトランプ大統領までその件でツィッターで考えを表明している。
何か大きな問題になりそうなので、今分かっていることを調べてみた。

参考:運用を禁止している国・地域・機関などは以下wiki参照
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0737MAX


問題点を整理すると

1.最新鋭の機体で、特にエンジンは従来機より大きくパワフル。そして燃費が良く、航続距離が長い。こんな新型機なのだが、新しいエンジンの為、機首が上がりすぎ、それを抑えるデバイスをつけた為、機械が人間の捜査に反発する結果に。こんな事故なので、メーカー(ボーイング)、アメリカの思想的な部分にまでさかのぼって検討が必要と思われる。

参考までに
この新エンジンにはセラミックマトリックス複合材料(CMC)と呼ばれる新素材が使われている。このCMCは、炭化ケイ素マトリックスに埋め込まれた微細な炭化ケイ素繊維から作られており、この「炭化ケイ素繊維」こそが、日本生まれの技術。日本カーボン(株)が開発したもの。この特殊な繊維はヒトの髪の毛の5分の1の細さで、金属材料の3分の1と軽量でありながら耐熱温度は金属材料より20%も高く、多くの合金が溶解し始めるほどの高温でも使用することができる特性がある。こんな技術で新世代航空機の頂点に立ったということです。


2.昨年10月、そして3月10日と2回の事故はどちらも離陸直後に墜落。多数の航空会社が使用を一時取りやめにしているが、アメリカでは一般の乗客がこの機体を使用した便を避ける動きまで出てきた。⇒この件が今回のテーマ。


3.昨年10月の事故の中間報告が出ているが、この機種に採用された新しい装置(失速防止装置)がパイロットの操作に逆らって機首を下げる方向に動き、結果墜落したと見られている。
これは1994年に中華航空機が名古屋空港(当時)に着陸失敗した事故の原因とよく似ている。中華航空機事故では自動操縦装置がパイロットの意志に逆らって動いたため、結果として墜落したがこの事故と今回のケース、とても似ている。(この件は次回エントリーします)



それでは本題、最初はトランプ大統領のツィッターから。

トランプ大統領
航空機は、あまりにも複雑になりすぎている。パイロットはもはや必要なく、MITからのコンピューターサイエンティストが居ればよい。多くの機器でいつも起きていると承知している。いつも、新しい進歩を模索しているが、古くて単純な方が遥かに良いことも多い

Donald J. Trump  15:45 - 2019年3月12日
https://twitter.com/JackRussellCrow/status/1105600618138234880

トランプ大統領(続き)
客観的な判断が必要だ。複雑なシステムは危険を及ぼす。高度化はコストがかかるわりに得られるものも少ない。あなた方はどう思うかはわからないが、私はアインシュタイン博士を私の操縦士にしたくはない。私は、簡単にかつ迅速に飛行機を操れる飛行機のプロが良い

Donald J. Trump  15:49 - 2019年3月12日
https://twitter.com/JackRussellCrow/status/1105601812525023232


アメリカの大統領が直接こんな事故に言及するのはめったにないこと。それだけ事故が深刻だという意味で最初に紹介しました。
しかしトランプ大統領のコメント、技術屋にはかなり耳の痛い話だと思います。
新しい進歩を模索しているが、古くて単純な方が遥かに良いことも多い
これは確かにそんな事も多いと思います。がしかし、悩ましいですね。



次にwsjのこんな記事

<以下引用>

https://jp.wsj.com/articles/SB12498886470155574209504585175072381467284?mod=djem_Japandaily_t
トラベル
ボーイング「737MAX」、知っておくべき6項目

2019-3-13ボーイング737MAXのWSJ記事 
ボーイングの最新鋭小型旅客機「737MAX」について知っておくべき点をまとめた

By Scott McCartney
2019 年 3 月 12 日 13:10 JST

――筆者のスコット・マッカートニーはWSJミドルシート担当コラムニスト

***

 ボーイングの最新鋭小型旅客機「737MAX(マックス)」は、燃費が良いうえに航続距離が長い(多くの旅客にとって残念なのは座席が詰まっていることだ)。2017年5月に旅客便として初就航して以来、これまでに2機が墜落して乗員乗客が全員死亡している。

 2回の墜落(18年10月のライオンエア610便と10日のエチオピア航空302便)は気味が悪いほど状況が似ている。いずれも離陸直後に急降下した

 エチオピア航空機の墜落に関する調査は始まったばかりであり、ライオンエアのケースで疑われているのと同じシステムが絡んでいるのかどうかはまだ不明だ。米航空会社は状況を注視しているとしており、737MAXに寄せる全幅の信頼は変わっていないと話している。

 だが一部の旅行者は違うかもしれない。中国、エチオピア、インドネシアが当面の飛行停止を命じた後は特にそうだ。同型機への搭乗が不安な読者に役立つ情報を集めた。

① 疑われている問題は具体的に何か

 ライオンエア機墜落に関する予備的調査の報告書では、ボーイングが737MAXに投入した新システムが疑われている。この「MCAS」は、パイロットが手動で操縦している時に機体が上昇しすぎると、センサーが作動して自動的に機首を押し下げるシステムだ。

 同機はこれまでの「737」シリーズに比べてエンジンが大きく、位置も少し異なる。その結果、機首が上を向く傾向がある(自動操縦機能の使用時にはない要素だ)。MCASは操縦中のパイロットの注意がそれた時に機体が制御不能になるのを防ぐため、機首が高すぎだとセンサーが判断すると自動的に機首を下げる。

 ライオンエア機墜落の調査では、センサーの不具合で誤って機首が下げられたことが原因だと疑われている。

 この墜落後、米連邦航空局(FAA)とボーイングは各航空会社にMCASについての追加情報を送った。航空会社側はその情報をパイロットに伝えたとしている。

② 737MAXはどの航空会社で何機飛んでいるのか

 サウスウエスト航空、アメリカン航空、ユナイテッド航空を含む世界30社超が運航する737MAXは計350機。サウスウエストが一番多く、「737MAX8」は34機だ(737シリーズ全体では約750機)。

 アメリカンは737MAX8を24機保有。いずれもマイアミを発着している。ニューヨークのラガーディア空港とマイアミを結ぶ路線はMAXが頻繁に行き来している。1日12便のうち、8便は737MAXだ。ユナイテッドは、やや機体が長く座席が多い「737MAX9」を14機運航している。ヒューストン、ロサンゼルス、ハワイ、フロリダ州オーランドの発着便が多い。 

③ 搭乗便の機種はどうすれば分かるか

 簡単にはいかない。航空会社はしょっちゅう機体を交換しているからだ。サウスウエスト、アメリカン、ユナイテッドのウェブサイトでは、フライトを検索すると機種が表示される。サウスウエストでは、便名をクリックしなくてはならない。アメリカンは提供している各便の機種を表示する。ユナイテッドでは「details(詳細)」をクリックする。

 航空会社以外のウェブサイトは状況がばらばらだ。例えばエクスペディアでは、737MAXはまだ表示されない。

 とことん調べたければ、「FlightAware」「FlightStats」「FlightView」「Flightradar24」といったサイトがある。

④ 737MAXに乗るのが分かったらどうすべきか

 まだ予約段階なら、スケジュール変更による混乱を避けるため737MAXを使わない便を選ぶべきだろう。エチオピア航空機墜落の原因がMCASの誤作動だと判明すれば、ソフトウェア修正の計画・試験・実施まで世界中で同型機の運航が停止しかねない。選択の余地があるなら、欠航の確率が高い便は選ばないことだ。

 既に737MAXの便を予約しているなら、気持ちの問題だ。米国などの航空会社はMCAS誤作動に備えた訓練を実施しており、米航空会社は同型機の不具合を経験していないと話している。

 パイロットも客室乗務員も、737MAXが安全でないと思えば乗務しないはずだ。だが同型機に乗るのがストレスなら、別便への振り替えを航空会社に頼むのが良いだろう。春の休暇シーズンはそれも難しいかもしれないが。

 とはいえ、事故が起きた後は航空会社も振り替え手数料は取らないことが多い。通常は認めないケースでも、不安な旅客の予約変更には協力するだろう。予約済みの737MAXのフライトを変更したいなら、手数料を免除するよう訴えることだ。

⑤ ボーイングは何と言っているか

 ほとんど何も言っていない。10日に発表した短い文書では、墜落について悲しんでおり、「エチオピア事故調査局と米国家運輸安全委員会(NTSB)の指示の下で技術的支援を提供するため」墜落現場にチームを派遣したと述べている。

⑥ 考えられる解決策は何か

 ボーイングはソフトウエアの修正で安全当局と協力している。修正は1月に発表予定だったが、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は2月、変更の度合いを巡って意見が分かれているため少なくとも4月まで延期されたと伝えた。FAAは11日、ボーイングによる修正は4月末までに発表されると述べた。修正によって機首が下を向くのは制限されるという。エチオピア航空機の墜落により、ソフトウェア修正の計画は複雑になる可能性がある。

<引用終り>

<続く>

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2019-03-11 15:35

中国が作ったケニア版「新幹線」は快適だった<はあっ?


 メディアの劣化が激しいが、その中でもひどい例に出っくわした。
ケニア版新幹線なのだという・・・。はあっと聞き返す話だが、確かアフリカ最初の高速鉄道は昨年11月にモロッコで開通したとどこかで見たことがある。確かフランスのTGVベースの高速鉄道だったんじゃなかったかなあ・・・ブツブツ。

実際の記事はこんなもの。

書いたのは日経ビジネスの庄司 容子記者様。どんな人かは知らないが、日経の記者ができるくらいだからバカでは無いだろう。と思う私がアホだったのか?・・・。

まあ、なには兎も角記事はこんなもの。

注:突っ込み所満載なので、引用文は青字、私のコメントは黒字にしました。
<以下日経ビジネスより引用>
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00020/022800001/?n_cid=nbpnb_mled_mpu

中国が作ったケニア版「新幹線」は快適だった
庄司 容子 日経ビジネス記者 2019年3月4日

2019-3-9ケニヤの鉄道新線no 
(写真:ロイター/アフロ)

これが庄司 容子 日経ビジネス記者様の言うケニア版新幹線。オイッ、これはディーゼル機関車だぞ。ディーゼルでも高速鉄道が出来ない訳ではないが、現在実用化されているのは200キロどまり。何かおかしくないか??


突っ込みは後ほどにして、先ずは庄司 容子 日経ビジネス記者様の記事を引用したい

<以下引用>
「日経ビジネス」3月4日号の特集「日本を超える革新力 逆説のアフリカ」でも取り上げたケニアのモンバサには、首都ナイロビとの間を結ぶ鉄道が走っている。中国が建設に携わったこの鉄道にケニアを訪れた記者が乗ってみた。
 2月中旬の平日、朝7時。インド洋に面した東アフリカ最大の港湾都市、ケニアのモンバサにあるケニア鉄道のターミナル駅に着くと、厳重な荷物チェックが行われていた。

 ケニアの首都ナイロビでは、その4週間ほど前にテロが起きたばかり。そのせいで厳しく検査しているのかと思ったが、普段も荷物の検査をしているらしい。この鉄道は中国が建設に携わった。中国では高速鉄道の駅に入る際に荷物検査があり、ケニア鉄道もそれを踏襲しているようだ。

 「ニーハオ」。荷物検査の係員が中国語で挨拶してきた。

2019-3-9ケニヤの鉄道新線のモンバサ駅 
まだ真新しいモンバサ駅

 アフリカ各国を訪れる際に、取材のテーマの1つとしていたのが、各国での中国の存在感だった。モンバサからケニアの鉄道に乗るのもそのためだ。「アフリカでの中国の存在感はいかばかりか」。こんな問題意識を持って列車に乗り込むつもりだったが、駅舎に入る前に答えが出た気がした。

 事前にインターネットで予約してもらっていた一等車の切符代は3000ケニアシリング(約3000円)。設置してある機械に名前と予約番号を入れると、カードサイズの切符が発行された。「アフリカはまだ発展していないアナログな大陸」。こんなイメージは早くも覆された。QRコードが印刷されたその切符は「中国の高速鉄道の切符にそっくり。フォントまで同じ」(日本人ビジネスマン)。
(注:1等車は3000ケニアシリングだが2等車は1000ケニアシリング)

2019-3-11ケニアの鉄道新線チケット 
パスポート番号を登録してIDで確認(画像を一部加工しています)

 この「マダラカエキスプレス」は2017年5月末に開通した。モンバサ―ケニア間の約472kmを約4時間40分で結ぶ。工事期間は3年半、事業費は約38億ドル。そのうち9割を中国輸出入銀行が融資し、中国交通建設集団(CCCC)が建設を請け負った。

 まだピカピカの駅舎の一等車専用の待ち合いフロアを見渡すと、缶や魚の骨の絵が描かれたゴミ箱があった。イラストとともに書かれていた文字は「可回収物 RECYCLABLE」。中国語だ。無料のチャイを飲みながら発車時刻を待ち、改札を通ると、その横には白いシャツを着た中国人らしき職員が2人立っていた。

 改札前にある銅像が目に入った。モデルは14~15世紀の中国・明の武将、鄭和。モンバサに4回来たことがあり、「中国とケニアの相互理解を促進した」と解説があった。乗る前に十分、「この鉄道は中国によって作られた」ことを意識させられた。

2019-3-11ケニアの鉄道新線駅構内のゴミ箱 
中国語と英語が併記されたゴミ箱
(注:ケニアでは憲法で、ケニアの国語(National Language)は”スワヒリ語”、公用語(Official Language)は”スワヒリ語”と”英語”と定められている。ちなみに、スワヒリ語はケニアの隣国であるウガンダとタンザニアでも公用語。自国のNational Languageを表示しないのはまさしく植民地で、今度はシナの植民地ということか。)

2019-3-11ケニアの鉄道新線駅構内の銅像 
改札を入ってすぐ目に入る銅像のモチーフは明代の武将、鄭和だ

鄭和については以下参照ください。
・・・以下略・・・
<引用終り>


酷い記事ですねえ。余りにも常識のない記者様なので言葉に窮していますが、最初にこんな所から。
この鉄道の概要はこうなっている。
・ 英国植民地時代から鉄道は有った。しかし鉄道は狭軌で軌間1000ミリ1067ミリ、また設備も老朽化していたようだ。(注:ケニアの鐡道の軌間は最初1067ミリと書きましたが1000ミリでした。kazkさんにご指摘いただきました。私の確認不足でした。訂正します)

一寸狭軌時代の風景など

2019-3-11ケニアのナイロビモンバサ間の旧線 

のどかな風景ですね。
この旧線は英国統治時代の駅舎も車両もそのまま使っていたようです。だからナイロビーモンバサ間約500キロ(新線は472キロなのでもう少し短いか?)を12時間で走っていた。
日本でいえば明治40年頃は新橋ー神戸間(まだ東京駅は未開業)を15時間~13時間で走っていたので、そんな頃の感じでしょうか。

そんな所に中国が軌間1435ミリの標準軌を持った新線を敷設したわけです。それが庄司 容子記者様のいう新幹線。記者様の言うには472キロを4時間40分で結ぶのだとか。

472キロを4時間40分ねえ。それなら平均時速101キロ。まあ在来線なら相当な高速ですが、日本でいえば東海道線が新幹線開業前、特急つばめ・はとが東京大阪間556キロを6時間30分で結んでいた(1960年)、こんな時代をほうふつとさせる話ではあります。

所でそんな新線、どんなダイヤなのかというと、これは記者様ご搭乗の少し前に乗ってきた方がいる。

ナイロビ方面もモンバサ方面も、1日2本運行。

◉ナイロビ→モンバサ
8:20pm-14:18pm     所要5時間58分
14:35pm-19:18pm     所要4時間43分

◉モンバサ→ナイロビ
8:00am-13:42pm     所要5時間42分
15:15pm-20:14pm     所要4時間59分

値段
・FIRST CLASS/3000KSH(3300円くらい)
・SECOND CLASS/1000KSH(1100円くらい)

1日2往復しかありません。しかも4時間40分で走るのは1本だけ。多分これは途中の駅には止まらないのでしょう。だから途中駅からすると列車は1日1本。こんな風のようです。

この新線は多分貨物輸送がメインなんでしょう。1日2往復では旅客用としては不向きでしょう。記者さんはこんな所をしっかり見てくるべきでした。


問題はおバカ記者様が遊びに行った記事ではありません。どんな毒饅頭を食べたのか知りませんが、こんな提灯記事を垂れ流せば、日本人は唯々中国様凄い、こんな印象しか持ちません。
日本貶め計画はこんなアホ記者のアホ記事を利用していることをよく知るべきだと思います。


最後に口直し。

アフリカ最初の高速鉄道は去年の11月に開通しました。モロッコのカサブランカータンジェ間です。
タンジェと言ってもなじみのない名前ですが、ジブラルタル海峡のアフリカ側の町です。

2019-3-11モロッコの鉄道網 

これがアフリカ初の高速鉄道

2019-3-11アフリカ発の高速鉄道 
フランスのTGVベースの高速鉄道です。将来はジブラルタル海峡に海底トンネルを掘ってヨーロッパと結ぶ計画とのこと。壮大な計画ですね。

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2019-01-22 15:15

フランスの衰退


 最近のフランスの変質は凄いものが有るようだ。日産のゴーン逮捕事件に関して色々見ていくと、どうもフランスの衰退が酷いことになっていることに気が付く。
そんな見方で見てみると、全く別の所から同じような記事が見つかった。

フランスは今どうなっているのか、そんな記事を2件紹介したい。

最初は田中英道氏の新著「日本が世界で輝く時代」2019年1月8日刊のまえがきから。
まえがきの日付けは2018年11月30日になっている。

もう1件は 筑波大学システム情報系准教授の掛谷 英紀 (かけやひでき)氏のツィートである。




では最初に田中英道氏の新著のまえがきから。

<「日本が世界で輝く時代」 田中英道著 2019年1月8日 育鵬社刊 より抜粋引用>
2019-1-22日本が世界に輝く時代 

まえがき
 昨目、パリから帰ってきたところです。のっけからこういうと、自慢話か、と思われるでしょう。目本人には、”よきパリ”という固定観念があるからです。セーヌ河を歌うシャンソンのイメージです。
 しかし今回は、全くそういう気分ではないのです。つまりパリの変わりように驚いたのです。
 五十年前の若い頃、私はフランスに留学し、その文化を吸収すべく懸命になっていました。
・・・中略・・・
 今回、私がパリを訪れた理由は、日仏修好百六十周年を記念する「ジャポニスム2018」という企画の一つに招かれたからです。私の講演は、セーヌ河畔の日本文化会館の講堂で、「北斎とセザンヌ」という題でした。その講演会場は幸い皆熱心な観客でいっぱいでした。しかし外では、シャンゼリゼ通りを中心に、マクロン政治反対の大デモが行われているところでした。
・・・中略・・・
 その荒廃は、その翌日、パリの中のデモでも見ることができました。
 パリの中心では、地下鉄駅を封鎖するほどの激しいデモがシャンゼリゼ通りでありました今回は交通関係の労働者が燃料税の値上げに抗議したデモでしたが、しかしその騒乱はこれまでと違うものがありました。それは、移民問題のテロなどとは違って、フランス人自身が、フランス自身に大きな転換を迫っていたのです。自動車にも火がつけられ、店舗の破壊や略奪行為もありました。

 左翼連合による支援で当選したマクロン大統領は、右翼のルペン候補に対抗する切り札的存在で、ヨーロッパ連合(EU)の代表的存在でもありました。
 しかしその考え方自体、もう受け付けられない、と人々は考えているのです。戦後営々として積み上げてきたEUは、その中心地でさえ揺らいでいるのです
・・・中略・・・
この変わり様は、彼らに染み込んだ「フランス中心主義」をよく知っている者にとっては驚くべきことです。
 パリでいつも夏休みを過ごすという、リトアニアの美学者が私に言いました。「今や、世界の文化の中心は、フランスではなくて、日本だ」と。私はその言葉で意を強くしました。
・・・以下略・・・
平成三十年十一月三十日
田中英道  ゛
<引用ここまで>
(尚このまえがき全文は長いので、本文末尾に掲載しました。)


最初に少々脱線するが、田中氏が講演した「ジャポニズム2018」について
「ジャポニズム2018:響きあう魂」  2018年5月~2019年3月
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%9D%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%A02018

内容は展覧会だけでも19件開催されるなど実に盛り沢山…
その一例
2019-1-22ジャポニズム2018の一例

岡本太郎が「縄文は爆発だ!」と言った火焔型土器、これも出品されている。
それより驚いたのが昨年8月に亡くなった津川雅彦氏の最後の仕事がこれだったらしい。
津川雅彦さん、惜しい方を亡くしたものです。 合掌。 

しかしこんな凄いイベントが如何して日本では殆ど報道されないのだろうか。
日本の新聞テレビは日本を貶すことしか報道しないのだろうか・・。


本題に戻ります。

次は
筑波大学システム情報系准教授の掛谷 英紀 (かけやひでき)氏のツィート

2019-1-22掛谷英紀 
https://twitter.com/hkakeya/status/1086611981111517185

Hideki Kakeya
今週の国際学会での話。参加者20人ぐらいで食事に行った。同じテーブルの一人がモントリオールの人で、フランス語圏の話になる。彼はフランスに行ったとき、自分の故郷だとは感じなかったという。むしろ、その後行ったイギリスを故郷に感じたそうだ。人がちゃんと整列して並んでいたからだとか。
 2019年1月19日

(引用者注:モントリオールはカナダ・ケベック州最大の都市。ケベック州は公用語はフランス語のみ、州の面積は日本の約4倍、モントリオールの人口はフランス語圏ではパリ・キンシャサ(コンゴ)につぎ3番目)

<引用ここまで>

フランスがここまで落ちぶれたのかと思うと愕然とするものが有る。
がしかしこれが現実なのであろう。

フランクフルト学派が仕掛けた文化マルクス主義がここまで来たかという事例かと思います。




最後に田中英道氏の「日本が世界で輝く時代 まえがき」全文を参考までに掲載します。

日本が世界で輝く時代」 田中英道著 2019年1月8日 育鵬社刊

まえがき
 昨目、パリから帰ってきたところです。のっけからこういうと、自慢話か、と思われるでしょう。目本人には、”よきパリ”という固定観念があるからです。セーヌ河を歌うシャンソンのイメージです。
 しかし今回は、全くそういう気分ではないのです。つまりパリの変わりように驚いたのです。
 五十年前の若い頃、私はフランスに留学し、その文化を吸収すべく懸命になっていました。いわゆる「五月革命」のあった一九六八年より前のことでしたから、そこにサルトル、ボーヴォワール、カミュなど、綺羅星のごとき作家たち、思想家たちが議論しているように見えました。ソルボンヌの近くのカフェで話をし、小説を書き、映画を楽しみ、政治論議に熱を上げるようなパリがあると思ったのです。
 もっと遡れば、「近代」と言われる時代の、世界の文化の中心としてのパリです。無論アメリカのように若く、力の政治、金銭、物質一辺倒の国ではなく、欧州文化の粋(すい)としてのフランスでした。セーヌ河も、カルチェラタンも、ヴェルサイユ宮建築様式を市民化したパリの街並みも、フランス文化の、いや世界の「近代文化」の発祥の地のように考えられたのです。

 十八、十九世紀では、ロシアに行っても、ドイツを訪れても、豪華な宮殿はみなフランスの  。ヴェルサイユ宮殿の模倣であり、そこに貴族のサロンがつくられて、王妃であれ、公妃であれ、文化や歴史の話が話題になっていました。啓蒙主義の時代です。イタリアで始まった貴族文化は、フランスという洗練された文化の中に花開いたのです。名高いフランス料理も、貴族の舌に合うように競い合ったおかげでできました。
 しかし二十一世紀の今、その理想のパリのイメージはもはやないのです。留学以後、学会や展覧会がある都度、訪れ、そのたびに悪くなっていくと感じていましたが、漸次的だったので、今回ほどの強い印象はありませんでした。

 今回、私がパリを訪れた理由は、日仏修好百六十周年を記念する「ジャポニスム2018」という企画の一つに招かれたからです。私の講演は、セーヌ河畔の日本文化会館の講堂で、「北斎とセザンヌ」という題でした。その講演会場は幸い皆熱心な観客でいっぱいでした。しかし外では、シャンゼリゼ通りを中心に、マクロン政治反対の大デモが行われているところでした。
 ジャポニスムは、決してエキゾチスム(異国趣味)ではありません。今から約百五十年前、日本の浮世絵がどっとパリに入ったおかげで、フランスの画家たちが今まで見たことのない美術に熱狂したことから始まっています。これまでのヨーロッパ絵画の歴史的主題、キリスト教、ギリシャ神話などとは、全く違う、日本の風景、生活ぶりが、色彩版画の形で、見事に描かれていたからです。新しい東洋の世界が彼らの前に現れたのです。
 その現世を肯定する「浮世」の「絵」は、まさに「近代」の「絵」として、彼らの目には映ったのです。まるで自分の新たな姿を見る思いだったのでしょう。彼らの思想もそれに衝撃を受けたのです。
 しかし、私に言わせれば、それはフランス画家の浮世絵に対する誤解の上に成り立っていたのです。
 実を言うと、北斎の浮世絵はすべて、日本の伝統的な主題をもっています。特に彼らに最も影響を与えた『富嶽三十六景』は、富士信仰という、神道における自然信仰を主題に描かれていたのです。フランスの画家たちが発見した純粋な形、色の世界ではなかったのです。彼らは、浮世絵に添えられた小さな詞書を無視したために、それが単純な、版画の色面で組み合わされた、純粋な形の世界だと思ったのです。私は講演で、セザンヌは北斎の富士山の絵を、富士信仰抜きで、形の世界として「変貌」させたのだ、と述べました。 それ以後、この日本の浮世絵を基礎に「印象派」が誕生し、これまでの西洋絵画を一変させました。そしてマネ、モネ、セザンヌ、ゴッホなどによって、北斎は、世界最高の画家の一人として認知されました。
 二十世紀の二次元的なピカソの落書きのような絵、マルセル・デュシャンのレディ・メイドの作品(代表作の『泉』は実は小便器を置いただけのもの)など、美術の破壊そのものが、作品となったのも、浮世絵に意味や信仰がない、という誤解の上に成り立ったものなのです。一見、日本の絵画には、宗教性がないように見えますが、そこには敬虔な自然信仰、御霊信仰が  。。隠されているのです。
 今回の「ジャポニスム2018」では「アール・ブリュット」という、一般には聞きなれないアートの展覧会がモンマルトルで開かれていました。はっきり言ってそれは絵画の終焉の、さらにその後の祭りのようなもので、まともなアーティストの作品ではなく、主として知的障害者、精神障害者の「生のままの芸術(アール・ブリュット)」展でした。これを批判すると、差別だとか、偏見だと言われますが、正直に言えば、見るに値する作品はほとんどありませんでした。これをかつでの芸術家の溜まり場、パリのモンマルトルで行ったこと自体が、フランスの、また現代の恐ろしい「荒廃」を表しているのです。
 その荒廃は、その翌日、パリの中のデモでも見ることができました。
 パリの中心では、地下鉄駅を封鎖するほどの激しいデモがシャンゼリゼ通りでありました今回は交通関係の労働者が燃料税の値上げに抗議したデモでしたが、しかしその騒乱はこれまでと違うものがありました。それは、移民問題のテロなどとは違って、フランス人自身が、フランス自身に大きな転換を迫っていたのです。自動車にも火がつけられ、店舗の破壊や略奪行為もありました。

 左翼連合による支援で当選したマクロン大統領は、右翼のルペン候補に対抗する切り札的存在で、ヨーロッパ連合(EU)の代表的存在でもありました。
 しかしその考え方自体、もう受け付けられない、と人々は考えているのです。戦後営々として積み上げてきたEUは、その中心地でさえ揺らいでいるのです。

 そんな中で私は、「ジャポニスム2018」の五つの会場を見て回りましたが、そのどこでも、多くの熱心な観客がいました。フランス人に、日本文化を愛好する人が多いことは知られています。柔道熱も盛んで、オリンピックでも活躍しています。柔道の他にも空手や合気道も盛んです。日本人以上に、日本を愛している人が多いのです。もともと美に敏感な人も多く、ここ数年の日本熱は異国趣味をはるかに超えるようになっています。この変わり様は、彼らに染み込んだ「フランス中心主義」をよく知っている者にとっては驚くべきことです。

 パリでいつも夏休みを過ごすという、リトアニアの美学者が私に言いました。「今や、世界の文化の中心は、フランスではなくて、日本だ」と。私はその言葉で意を強くしました。
 この書には、現在の日本の宗教、日本の伝統、日本人のあり方が、語られています。そしてすぐれた思想、豊かな歴史と伝統が強く残っている日本を、世界に伝えていくべきだ、ということを述べています。いわばこの書は、日本が世界に発信すべき内容は何かを述べたもの、と言ってよいでしょう。混迷を深める世界は今、日本に注目しているのです。

平成三十年十一月三十日
田中英道  ゛

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2019-01-07 17:36

ヨーロッパの移民問題を考える


 前回のエントリー「日本社会の歪みの淵源を議論すべき時」で青山繁晴さんの移民国家阻止 わたしは諦めない」という一文を取り上げた。但し前回は移民問題よりも「日本社会の歪みの淵源」について書いたので、今回は移民問題を取り上げます。

今回のテーマはヨーロッパで大問題になっている移民問題、これをイギリス人ジャーナリスト、ダグラス・マレーのYOUTUBE動画でで紹介します。


最初にダグラス・マレーと言ってもわからないが近著はこんな本のようです(実は私もまだ読んでない)。

ダグラス・マレー 著  町田敦夫 訳
内容紹介
著者は、シリア難民や移民問題をめぐって、ベルリンからパリ、ギリシャなど欧州を横断し、難民、歓迎側、拒否側など、様々な立場の人々を取材しながら、独自の視点で、今日の欧州が自らを追い詰めていく人口的・政治的現実を分析。


こんな風ですが、そのダグラス・マレーが動画でエッセンスを話しています。



ヨーロッパの自殺
2018/05/14 に公開

 欧州は自殺しようとしています。なぜでしょうか。このビデオでは、『西洋の自死』の著者であるダグラス・マレーが、迫り来る欧州の崩壊の2つの主要な原因について説明します。

スクリプト:
 ユダヤ教・キリスト教の価値から生まれた文明、古代ギリシャの哲学、啓蒙時代の発見は、自らの手に導かれて深い穴の縁に立ち、その奥底を見つめています。寒々しい言い方をすれば、欧州は自殺しようとしているのです。なぜこんなことになったのでしょうか。複雑な問題ですが、大きな原因は2つです。

第1は、欧州への人々の大量流入です。これは第二次世界大戦後から着実に進行していましたが、中東、北アフリカ、東アジアから100万人を超える移民が欧州になだれこんだ2015年の難民危機以降、大きく加速しました。

同じくらい重要な第2の原因は、欧州がそれ自体、その信念、その伝統、そしてその正統性への信頼を失くしてしまったということです。2つの原因を詳しく見ていきましょう。

欧州は何十年もの間、主に中東や北アフリカから一時的労働者を積極的に招きました。誰も彼らが留まるとは考えませんでしたが、彼らは留まりました。不法移民も含め、誰も彼らに帰国を求めませんでした。1999年、英国の移民担当大臣はこう言います。「移民を返すには時間がかかる。感情的な問題もある」

そして、もちろん、彼らには去る理由もありません。欧州には出身国よりもはるかに多くの経済的機会があります。仕事がなくなれば、気前の良い社会保障が用意されています。欧州の「多文化主義」への取り組みにより、移民は彼らの望む文化を維持することが許されたどころか奨励された時期もありました。

しかし、これはうまくいきませんでした。①英国、フランス、ドイツの指導者は2011年になってこれを認めました。キャメロン、サルコジ、メルケルは、多文化主義は失敗したと衝撃的に認めたのです。こうして、移民は同化し、西洋の価値を受け入れるように求められるようになりました。

欧州各国は、これがうまくいけば、財政的負担や稀に起きるテロも大きな問題にならないと説明しました。しかし、思い通りにいかないどころか、移民は増え続けます。2015年だけで、ドイツとスウェーデンは人口の2%にあたる移民を受け入れました。2017年に英国で最も多く命名された男子名はムハマドムハンマド(Muhammed)です。

それでは、なぜ欧州の指導者たちは、欧州の価値とまったく異なる価値を持つ人や、それに反対する人も含め、戦争から逃げてきた人でも、単純により良い生活を求めている人でも、世界中からあらゆる人を受け入れることができると決めたのでしょうか。

この質問に一言で答えるとすれば、それは「罪悪感」です。これらの難民は、欧州の帝国主義に起因する状況から逃げようとしているのではないか、と考えているのです。彼らの国の不運な人々を無慈悲に搾取したのは私たちではないのか。彼らの悲惨な状況の原因は私たちにあるのではないか、と。

②欧州に彼らを受け入れることで、この罪悪感を消すことができます。特にこれはドイツにあてはまります。アンゲラ・メルケルは、2015年に150万人の移民を受け入れることで、20世紀の強大な侵略国でホロコーストの設計者であるドイツが、21世紀の人道的超大国になったと実質的に宣言したのです。

高貴な感情かもしれません。しかしその代償を払うのは誰でしょうか。幾何級数的に増加する犯罪やテロを体験しなければならなかった欧州の一般市民です。彼らの恐怖や不満はほぼ無視されましたが、それだけに留まりません。

2015年10月、ドイツ政府は800人の新たな移民をカッセル市に割り当てます。不安な住民は、行政側に質問するため会合を開きます。動画によれば、住民は冷静に振舞っています。会合の途中、行政区長がこう告げます。「住民が反対しようが難民は来る」。同意しない人は「自由にドイツを去ってよい」。

「問題があるなら、それは移民ではなく市民の問題だ」という行政の姿勢は、エリート層に漂う「徒労感」を反映していると私は考えます。欧州の物語は語り尽くされた。宗教や考えうる全ての政策も試した。どれも失敗だ。何もうまくいかない。ならば、私達がいなくなれば世界はうまく回るんじゃないか。

もちろん、こうした見方を取ることができるのは、自分がどれほど幸運なのかを理解していない人々のみです。皮肉なことに、真の意味で同化し、西洋の価値を守ろうとする難民以上にこれを理解している人はいません。

たとえば、啓蒙時代の原則をオランダ人以上に信じたためオランダを去ったソマリア生まれのヤーン・ヒルシ・アリや、欧州の価値を擁護したために同じ移民から命を脅かされているドイツ在住のハメド・アブデル・サマドなどの非凡な人々です。

これは本質的に文化の自殺、自己破滅です。
一般的な欧州人が指導者との心中に加わる可能性はあります。しかし、最近の世論調査によれば、彼らにその意思は見てとれません。この意思に基づき彼らがどう行動するかは、これから数年の重要な物語となるでしょう。

私たちが目撃するのは、欧州の終焉でしょうか。それともその再生でしょうか。

<動画の字幕は此処まで>


①英国、フランス、ドイツの指導者は2011年になってこれを認めました。キャメロン、サルコジ、メルケルは、多文化主義は失敗したと衝撃的に認めたのです

この件は2010年10月に第一報が出ています。
Merkel says German multicultural society has failed
17 October 2010


この問題の根の深い所は、2010年~2011年、移民を入れての多文化共生がうまくいかないと分かっていたのです。なのに何故2015年にあのように多数の移民を受け入れたのか。その結果として国内が無茶苦茶になってしまったのだが、なぜそんな決断をしたのだろう。


②欧州に彼らを受け入れることで、この罪悪感を消すことができます。特にこれはドイツにあてはまります。アンゲラ・メルケルは、2015年に150万人の移民を受け入れることで、20世紀の強大な侵略国でホロコーストの設計者であるドイツが、21世紀の人道的超大国になったと実質的に宣言したのです。

こんな高尚な事を考えているようだが、実はこれは善良な、罪悪感を持った一般市民を騙す表の顔。裏に見える本心はもっと別の所にあった。


この件は私もこんなエントリーをしました。

「ドイツの移民受け入れに思う事」  2015-09-12 21:01

ここにこんな記事を紹介しました。

<以下ロイターより引用>
焦点:難民は「未来の熟練工」、ドイツ高齢化の救世主か
International | 2015年 09月 11日 15:54 JST 
 
[ドルトムント/ベルリン 10日 ロイター] - 欧州諸国の多くが難民・移民の大規模な受け入れは自国経済に損失をもたらし得ると考える一方で、ドイツは記録的な難民流入に頼ることで自国を救おうとしている。

死亡数が出生数を上回るなか、ドイツの労働人口は2030年までに600万人減少する見通しで、持続的な経済成長を危うくしている。

「われわれのところにやって来る人々を早急に訓練し、仕事に就かせることができれば、熟練労働者の不足という、わが国経済の未来にとって最大の課題の1つが解決するだろう」とガブリエル副首相兼経済・エネルギー相は10日、議会で語った。

ドイツは年内に約80万人の移民を受け入れる予定だ。移民で不足を埋めつつ、人口を維持するのはドイツ政府にとって簡単なことではないだろう。だが、多くの企業はすでに彼らに期待のまなざしを向けている。
・・・以下略・・・
<引用終り>

この記事で難民受け入れ側の本音が分かると思います。
要は人手が足りない。だから手っ取り早く移民を入れればいいだろう。特にシリアの中間層などは訓練すればいい熟練工になる筈だ。こんなことが背景にあると思う。
特にドイツの自動車産業は猛烈な拡大を続けていた。こんな時は人手が足りないのは当たり前。シリアから質のいい人材が入ってくれば、大歓迎だ。こんな思惑があった筈だ。
そしてこんな理由で難民受け入れを強力に押したのが日本でいえば経団連に相当する経営者団体。この経営者団体は自動車産業の圧力がとりわけ強い所で知られています。

それにしても、難民を未来の熟練工???、現場を知らない連中、とんでもないことを考えるものです。

おっと、それで難民はすぐに仕事をするようになったんでしょうか。
実はこれが大外れ。まさに「当てとフ〇ドシは前から外れる」、これを地でいった話で、難民は仕事には全く使い物にならない。
ここにヨーロッパの自殺と言われる状況がある訳です。


難民問題では、上掲「ドイツの移民受け入れに思う事」エントリーのコメント欄で、ドイツ在住の丸山光三さんが「独逸で発生しているのは移民問題ではなく戦争であるという件」という指摘をされています。
さすが慧眼だと思います。その後の展開を見ると丸山さんの言っていることが其の儘起こっています。但しこの件は私も良く分からないので、今回は指摘のみにとどめます。


結論です。
欧州がそれ自体、その信念、その伝統、そしてその正統性への信頼を失くしてしまった
この事が多分一番大きな問題なのでしょう。

翻って日本を見てみます。
日本では若い人の間で意識の大変化が起こっています。
例えば靖国神社への若い人の参拝がどんどん増えています。
最近のトップニュースは、あのエダノンが今まで言ってきたことをかなぐり捨てて伊勢神宮に参拝。これには大神様も驚いたかもしれませんが、まあいいでしょう。

矢張り日本人が、その信念、その伝統、そしてその正統性への信頼を確立する、こんな事が必要だと思います。

  1. 海外
  2. TB(1)
  3. CM(12)

2018-01-18 18:33

私は未来を見た うまくいっている未来を<ソ連の話です


 ソ連の成立から崩壊に至る過程を今読み返している。
読んでいるのは「国家はなぜ衰退するのか」 アセモグル・ロビンソン共著 2013年早川書房刊

2018-1-18国家はなぜ衰退するのか 

この本は上下2冊の大著で、大変参考になるので時々読み返しているのだが、今回ソ連の成立から崩壊までの過程が現在の中国の辿っている道と大変よく似ている。そんな所を見直してみたわけ。
尚この話は企業人として見てみると、企業の発展や衰退にも当てはまることが大変多い。
そんな意味でも大いに考えさせられる内容だ。
また言葉が「収奪的制度」だとか「包括的制度」だとか、大変分かりにくいが取敢えずそのまま紹介します。

ソ連についてはあの1929年の大恐慌を上手く乗り切ったと言われ、西欧型の資本主義よりソ連型社会主義のほうが優れていると永らく言われてきた。実に80年代初頭までこんな事が言われてきたわけで、そんな事情も説明したいため、少々引用文が長くなっていますがご了承を。

尚ソ連崩壊後も、あれはソ連が間違っていただけで社会主義は悪くない、こんな事を言う人がいまだにアチコチにいるようだ。(噂では某朝日新聞などに多数生息しているらしい。何でも好物は3千円のカツカレーだとか・・・)

では「国家はなぜ衰退するのか」 第五章「私は未来を見た うまくいっている未来を」一収奪的制度のもとでの成長」p177-p182 を引用します。

尚引用文は青色、文中太字や赤字、下線などは引用者責任です。

<以下引用>

私は未来を見た

 制度の相違は、過去から現在に至る経済成長を説明するのに心要な役割を果たす。だが、歴史上の大半の社会が収奪的な政治・経済制度を土台にしているとすれば、成長は決して起こらないことになるのだろうか? もちろん、そうではない。収奪的制度は、まさにその仕組みのために、収奪すべき富を生み出さなければならない。政治権力を独占し、中央集権国家を支配する統治者は、ある程度の法と秩序、なんらかの規則体系を整え、経済活動を刺激することができる。
 だが、収奪的制度のもとでの成長は、包括的制度によって生じる成長とはまったく異なる。最も重要なのは、それが技術の変化を必要とする持続的な成長ではなく、既存の技術を基にした成長だということだ。ソ連の経済が描いた軌跡は、国家の与える権限とインセンティヴがいかにして急速な経済成長を引っ張るか、そして最終的にはこのタイプの成長がいかにして終わりを迎え、破綻するかをはっきりと教えてくれる

 第一次世界大戦が終わると、勝者側の大国が、和平の条件を決めるためにバリ郊外のヴェルサイユ宮殿に集った 出席者のなかで目立った存在は、合衆国大統領のウッドロー・ウィルソンだった。注目に値するのは、ロシアからは一人の代表も出ていないことだった。帝政ロシアは一九一七年一〇月にボリシェヴィキによって打倒された。その後、赤軍(ボリシェヴィキ)と白軍のあいたで激しい内戦が続いた。イギリス、フランス、アメリカは、遠征軍を送ってボリシェヴィキと戦った。若き外交官のウィリアム・ブリット率いる使節団と、老練な知識人でジャーナリストのリンカーン・ステフェンズが、レーニンと会うためにモスクワに派遣された。その目的は、ボリシェヴィキの思惑を見極め、彼らと折り合いをつけるにはどうすべきかを知ることだった。ステフェンスは、囚習打破主義者、汚職を暴くジャーナリストとして名をなした人物で、合衆国における資本主義の弊害をたえず糾弾していた。革命当時はロシアに滞在したこともあった。彼が同行したのは、使節団は信頼できる相手であり、敵意はないと思わせようとの意図からだった。一行は、新たに創設されたソヴィエト連邦との和平条件に関するレーニンの申し出の概要を携えて帰国した。ステフェンスはソヴィエト政権の大きな可能性を見いだし、ひどく驚いた。

 1931年の自伝で、彼はこう回想している。「ソヴィエト・ロシアは革命政権であり、発展的な計画を持っていた 貧困と富、汚職、特権、暴政、戦争といった悪徳を、直接行動によって根絶するのではなく、その原因を目つけ出して取り除くという計画だ。彼らが打ち立てた独裁政権は、ごくわずかの訓練された少数者によって支えられており、その目的は、数世代のあいだに経済的諸力を科学的に再整理し、維持することだった 結果として、最初に経済的民主主義が、最後に政治的民主主義が実現することになっていた

 外交使節の任務から帰ると、ステフェンスは旧友の彫刻家、ショー・デーヴィッドソンに会いに行った。すると、デーヴィッドソンは裕福な資本家のバーナード・バルークの胸像を制作していた。 「すると、あなたはロシアに行ってきたのですね」と、バルークは言った。ステフェンスは答えた。 「私は未来に行ってきたのです。うまくいっている未来に」。彼はこの台詞を歴史に残る形に仕立てた。「私は未来を見た。うまくいっている未来を」

 一九八〇年代初頭に至ってもなお、欧米人の多くがソ連に未来を見ており、その国はうまくいっていると信じていた。ある意味でソ連はうまくいっていた、あるいは、少なくとも一時的にはうまくいった。
(引用者注:このソ連が上手く行っていると80年代初頭まで信じられている時、エマニュエル・トッドが76年にソ連の崩壊を予言。この先見性がその後のトッドの名声に繋がるくらい、当時はソ連は上手く行っていると欧米知識人は信じ込んでいた)
一九二四年にレーニンが世を去ると、一九二七年までにヨシフ・スターリンが国家の支配権を握った。スターリンは政敵を追放し、国を急速に工業化すべく手を打ちはじめた。その遂行に当だったのが、一九ニ一年に創設された国家計画委員会(ゴスプラン)たった。ゴスプランが作成した第一次五ヵ年計画は、一九二八年から一九三三年にかけて実施された、スターリン式の経済成長は至ってシンプルだった。政府の命令によって工業を育成し、そのために必要な資源を、農業に高率の税を課すことによって調達するのだ。この共産主義国家の税制は効率が悪かったため、 スターリンは代わりに農業を「集産化」(引用者注:コルホーズ、ソフホーズした。このプロセスを通じて、土地の私的所有権は廃止され、地方に住むすべての人々が、共産党の運営する巨大な集団農場へ徴集された。おかけで、スターリンが農産物を奪い取り、それを使って、新しい工場を建設して操業するすべての人々を養うことがずっと容易になった。地方の住民にとって、こうした事態は悲惨な帰結をもたらした 集団農場には人々が懸命に働くインセンティヴが完全に欠けていたため、生産量は急激に減少した。生産物の多くが搾取されたため、食べる物にも事欠く有り様だった。人々は飢えで命を落とすようになった。結局、強制的に集産化か進められるあいたに、おそらく六〇〇万人が餓死するとともに、それ以外の数十万人が殺されたりシベリアへ流刑にされたりした

 新たに生み出された工業も、集産化された農場も、ソ連の保有する資源を最も有効に活用するという意味では、経済効率が悪かった。だとすれば、経済の完全な崩壊には至らないにしても、破綻や停滞は免れないように思える。ところが、ソ連は急速に成長した。その理由を理解するのは難しくない。市場を通じてみずから決断を下すことを人々に認めるのが、社会が資源を有効に活用する最善の方法だ、そうする代わりに、国家や一部のエリートがあらゆる資源を支配すれば、適切なインセンティヴは生まれないし、人々の技能や才能が効率的に配分されることもない。だが、場合によっては、ある部門や活動ーーーたとえばソ連の重工業ーー―における労働と資本の生産性がきわめて高いため、収奪的制度のもとでその部門に資源を配分するトップダウンのプロセスですら、成長を生み出すことがある。第三皐で見たように、バルバドス、キューバ、ハイチ、ジャマイカといったカリブ海諸島における収奪的制度が比較的高いレベルの収入を実現できたのは、世界中が欲しがっていた商品、つまり砂糖の生産に資源を配分したからだった。奴隷の集団を基盤とした砂糖生産が「効率的」でないのは間違いないし、これらの社会には技術的変化も創造的破壊も存在しなかった。だが、そのために、収奪的制度のもとにおける一定の成長が妨げられることはなかったのだ。こうした状況はツ連でも同じであり、カリブ海諸島における砂糖の役割を演じたのが工業だった。ソ連において工業の成長が容易になったのは、この国の技術が欧米で利用できるものと比べてかなり遅れていたため、工業部門に資源を再配分することによって人きな利益が得られたからだーーーたとえそのすべてが非効率かつ強制的に行なわれたとしても。
                                     1
 一九二八年以前、ほとんどのロシア人は地方で暮らしていた。農民が利用していた技術は原始的なもので、生産性を高めるインセンティヴはほとんどなかった。実のところ、ロシアの封建制の残滓が消え去ったのは、第一次世界大戦の直前になってようやくのことだったのだ。したがって、こうした労働力を農業から工業へと再配分すれば、多大な経済的潜在能力が発揮されるはずだった。スターリンによる工業化は、この潜在能力を解き放つ一つの暴力的な方法だった。スターリンはほとんど使われていないこの資源を、より生産的に活用できる工業へと命令によって移動させたのだ。もっとも、工業そのものがかなり非効率な体制になっており、本来であればもっと多くのことを達成できたはずなのだが。実際のところ、一九二八年から一九六〇年にかけて、国民所得は年に六パーセント成長した。これは、それまでの歴史においておそらく最もめざましい経済成長だったはずだ。この急速な経済成長を実現したのは、技術的変化ではなかった。そうではなく、労働力の再配分および、新しい工作機械や工場の新設による資本蓄積だったのだ。

 成長はきわめて早かったため、リンカーン・ステフェンズのみならず、数世代にわたる欧米人がだまされた。合衆国のCIAもだまされた。ソ連自身の指導者すらだまされた。たとえば、一九五六年にニキータ・フルシチョフが、欧米の外交官を前にしたスピーチでこう自慢したことはよく知られている。「わが国は諸君[西側諸国]を葬り去るだろう」。一九七七年になってもまだ、イギリスの経済学者が書いた一流の教科書でこんな主張がなされていた。経済成長、完全雇用と物価安定の実現、さらには人々に利他的な動機を与えるという点においてさえ、ソヴィエト式の経済は資本主義経済よりもすぐれている、と。西側の粗悪で時代遅れの資本主義がすぐれているのは、政治的自由を与えてくれることだけだった。実際、ノーベル賞受賞者のポール・サミュエルソンの手になる最も広く使われた大学の経済学教科書では、ソ連の来るべき経済支配が繰り返し予言されていた。一九六一年版でサミュエルソンはツ連の国民所得は、一九八四年までに合衆国のそれを上回る可能性があり、おそらく一九九七年までには上回るだろうと予言している。一九八一年版でもこの分析にほとんど変化はなかったものの、二つの日付は。二〇〇ニ年と二〇一二年に延期されていた。

 スターリンと彼に続く指導者たちの政策は、急速な経済成長をもたらした。だが、その成長は持続するものではなかった。一九七〇年代には、成長はほぼ止まってしまったのだ。この事例の最も重要な教訓は、収奪的な経済制度のもとで技術的変化が続かない理由は二つあるということだ。すなわち、経済的インセンティヴの欠如とエリートによる抵抗である。加えて、きわめて非効率に使われていた資源がいったん工業に再配分されてしまうと、命令によって得られる経済的利益はほとんど残らなかった。その後、ツ連の体制が壁にぶつかったのは、イノヴェーションの欠如と経済的インセンティヴの不足によってそれ以上の進歩が妨げられたせいだ。ソ連がなんらかのイノヴェーションを維持した唯一の分野は、軍事・航空技術に関する大変な努力によるものだった。結果として、彼らはライカという犬を動物として初めて、ユーリー・ガガーリンを人類として初めて、宇宙へ送り出した。また、突撃銃のAK47を遺産の一つとして世界に残したのである。
・・・以下略・・・
<引用終り>


この記述を見て、今の中国がやっていることそっくりであることに大変驚く。
特に
ソ連は最初に農民の土地を全部取り上げ、集団農場に入れてしまい、生産物を収奪した。こんな所は中国の農民が「農民戸籍」で身分を固定され、土地をタダ同然の値段で収容され、そこに巨大なゴーストタウンや工業団地が作られた、そんな所とそっくりである。

また「カリブ海諸島における収奪的制度が比較的高いレベルの収入を実現できたのは、世界中が欲しがっていた商品、つまり砂糖の生産に資源を配分したからだった」という部分は、この砂糖に相当するものを「アメリカが欲しがる安価でそこそこの品質の衣料や家電などの消費財」と見てみるとズバリ当てはまることに気が付く。
また中国はトップの鶴の一声で無茶苦茶な投資を行うのだが、その結果が例えば鉄鋼などは30年前にはほとんど無かったものが、今では日本の約8倍の粗鋼生産、全世界の約半分の鉄鋼が中国製というトンデモナイ過剰設備を抱えている。

さて中国はあと何年持ちこたえるのだろうか。歴史の教える所はシナ王朝は崩壊までに10年以上かかり、最後は深刻な内戦と大虐殺をしてきたのだが、今回はどうであろうか。

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2017-09-22 16:52

ヒグチの命のビザ<マービン・トケイヤー氏の話

 7月16日に「ユダヤ難民の生命を救った東條、樋口両将軍の話」をエントリーしたのだが、その話のマービン・トケイヤー氏(ユダヤ教ラビ)を産経新聞が【きょうの人】で取り上げている。
良い話なので紹介します。

<以下引用>
http://www.sankei.com/life/news/170920/lif1709200015-n1.html
2017.9.20 09:08
【きょうの人】
マービン・トケイヤーさん ユダヤ人救出、樋口少将の番組制作へ 日本人の恩「忘れられようか…」

2017-9-22マービン・トケイヤー氏 
マービン・トケイヤーさん(黒沢潤撮影)

 日本とユダヤ人との交流に関する講演や著作が評価され、ニューヨーク日本総領事館を通じて今年2月、「旭日双光章」を贈られた。「1930年代、苦難にあったユダヤ人に対する日本の好意的態度を世界に知らしめた」と同館から最大限の賛辞が寄せられた。

 ナチス・ドイツに虐殺された親族を持つ母親のもと米国で生まれた。60年代を中心に約10年間、ユダヤ教ラビ(宗教指導者)などとして日本に居住。「日本は、心が落ち着く国だ」。日本への愛着は限りなく深い。

 日本とユダヤ人との交流を描くドキュメンタリー番組制作に近く着手する。中心人物は、日独防共協定が締結された30年代、ナチスに追われシベリア鉄道で満州国境まで逃れてきたユダヤ人を満州側に受け入れ、脱出させるきっかけを作ったハルビン特務機関長、樋口季一郎(当時少将)だ。

 日本ではユダヤ人に「命のビザ」を発給した杉原千畝氏が有名。だがその2年前、共闘していたナチスににらまれることを承知でユダヤ人を救った少将に関し「イスラエルでは(功績者を示す)ゴールデンブックにその名が刻まれている」と明かす。「逃げまどうのが自国民でないのに(日本は救出用の)列車まで国境に差し向けてくれた。どうして忘れられようか…」

 貧国・日本は日露戦争の際、ユダヤ人銀行家の支援で未曽有の国難を打開した歴史がある。少将らの行為は恩返しの側面も持つ。

 日本滞在中に生まれた子供たちの旅券に「日本生まれ」と記されているのを「誇り」と言ってはばからない。日本とユダヤ人の“絆”進展を願う一人だ。(黒沢潤)

<引用終り>


「ヒグチの命のビザ」は以前日経でも報道されていた。

2017-9-22ヒグチの命のビザ 
https://twitter.com/CatNewsAgency/status/897116070313574400

またこんなものも



樋口中将については、NHKがこの夏偏向報道しているが、騙されてはならない。

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2017-09-17 22:38

新幹線輸出は日本文明の輸出

 インドで日本の新幹線が敷設されることが決まり、9月14日に起工式が行われた。

インド高速鉄道建設、他路線に意欲 安倍晋三首相が起工式出席 日本先行…中国は「領土」で逆風
2017.9.14 21:21
http://www.sankei.com/world/photos/170914/wor1709140050-p1.html

2017-9-17インドの新幹線起工式 

良い話である。だが手放しで喜んでもいられない。この仕事は単に線路を敷設し、電車を持っていけばいいというものではない。日本文明をインドと言う大地に移植する、そんな壮大な仕事の第一歩なのだ。

何故この仕事が文明を移植するなどという大げさなことになるのか、そしてそのためのコミュニケーション、言葉の重要性について少し考えてみたい。
尚この話は古いエントリーだが、2010年の「英語を公用語?」エントリーに最近興味深いコメントをいただいたので、そんな事も踏まえて考えてみたいと思います。

最初の問題提起は新幹線のトイレについて

新幹線のトイレの構造はこうなっている。
「TGV vs 新幹線」 佐藤芳彦著 講談社刊より
2017-9-17新幹線のトイレ構造   

上段は第2世代のモノで、薬液を注入し循環させる循環式
第一世代は循環式の薬液・循環ポンプの無い単なる貯留式だった。
下段は現在の第3世代の真空式トイレ。航空機と同じシステムである。

フランスのTGVも現在貯留式から真空式へ移行中らしい。だがヨーロッパでは在来線などでは未だに垂れ流し式が一般的のようである。(黄害をまき散らしている・・・)
(余談だが、ヨーロッパは環境にうるさいと思われているが、こんな汚物垂れ流しがいまだに残っている所、VWのディーゼル不正と似たような所があるようだ


さてではインドはどうなっているかと言うと、これはインドの鉄道のトイレ
2017-9-17インドの鉄道のトイレ 

勿論垂れ流し式である。インド人に言わせるとこの方が気持ちが良いんだとか。


こんなトイレの問題を持ち出したのは、実はインドと言う国は、インド人の家庭は、テレビや冷蔵庫はあってもトイレが無い(!)、こんな事情がある。国民の約半数は現在でも屋外で大小便をする習慣がある。
そんな事情をWSJが少々古いが2014年に報道している。

これはWSJの記事
インド人はなぜトイレが嫌いか―外での用足しは「快適」
2014 年 10 月 9 日 13:41 JST
2017-9-17インドの用足しに行く子供たち 
用を足しに出かけるウッタル・プラデシュ州の子どもたち(8月31日)

詳細は上掲リンク先参照ください。

冒頭、新幹線の起工式について、「日本文明をインドと言う大地に移植する、そんな壮大な仕事の第一歩」と書いた。このトイレ事情を見るとそんな所が過大な表現でないことが理解いただけよう。

しかもトイレがないという事は当然下水処理がうまくいっていない訳で、単に鉄道敷設や駅の建設だけでなく、その上下水道や電力など色んなインフラにも関係する。新幹線がきっかけになって、そんな変革が起こるという理解をするべきだと思う。


それでは次にコミュニケーション、言葉の重要性について少し考えてみたいと思います。
尚この話は古いエントリーだが、2010年の「英語を公用語?」エントリーに最近興味深いコメントをいただいたので、そんな事も踏まえて考えてみたい。

上掲エントリーに最近タイ在住のラチャプックさんからのコメントがきっかけで、これは寛八さんから頂いたコメント。

現地人通訳
>反対の例で私が一番気をつけていたこと、それは話をしているときに相手が現地の言葉で「この短足野郎、気に入らんからドヅイたろか」と言っても「気がつかずにへらへらしている」事である。この状態になると相手に舐められ、必ず問題が起こる。 

そういう人(引用者注:問題を起こす人)を、中国で何度か見かけたことがあります。よく見たのが、日本語ができる中国人を専属通訳として雇って、現場の中国人従業員とのやり取りは、必ずその通訳を通すパターンですね。 
通訳として雇われた中国人も、だんだんとその工場や会社の抱えている事情がわかってくるから、いちいち細かい説明をしなくても済むようになるんですよね。 

でも、それって危険ですよね。人の入れ替わりが激しい中国で、一介の通訳に工場や会社の内情を教えてしまってよいのか? 
それに、そもそも現地人の通訳が、都合の悪い事まで全て訳してくれているとは限らないんですよね。私にもわかるような、いい加減な訳をしている通訳もいましたし。
2017-09-11 22:21 URL かんぱち 

そしてこれは2010年のコメントだが、東北の魚屋さんのコメント。ご自身の海外での体験を語っておられる。
No title
シナ、タイなどは現地の言葉を使っても
伝わらないので、紙芝居モドキでレクチャーしてましたね。
タイでは、イカリングフライを製造してもらってましたが
英語などは、話せるわけではなく現地の言葉でも細かい事は通じません。
やはり、身振り手振りです。

なんか、楽天とかユニクロとか馬鹿なんでしょうか??
国内でも英語しか使わないなんて。
2010-07-24 08:42  東北の魚屋 


そしてこれは今は筆を置かれたSonoさんのコメント。Sonoさんの豊富な海外体験からの話は傾聴に値します。それにしてもSonoさん、今はどうされていることやら。

No title
>だが事実は日本での公用語化が無用なのであって英語そのものは従来以上に必要。
こういう事である。

正に御意。
しかし日本国内で英語を公用語にする楽天などは愚の骨頂でしょう。
そんな事をしてもコミュニケーション力は上がらない。
英語ペラペラながら全く使えない日本人社員は幾らでもいます。
そういう奴は人格、人間力が無いから真のコミュニケーションが出来ない。
仕事には使えないのです。
逆に英語は片言のブロークンでも手振り身振り筆談、
絵談で実に相手の胸の中にうまい事飛び込んで仕事してくる奴もいる。
言葉はその人物の人格の表現手段です。
人格なければ言葉は何の力も発揮出来ないのは
日本語を話す我々の社会を見れば分かります。
それは英語社会でもフランス語社会でも同じ。
どんなに言葉が流暢でも人格と人間力と仕事の実力が伴わなければ
相手から侮蔑されるだけです。
2010-07-24 09:44   sonoraone 

皆さんの意見は大体同じです。外国語がペラペラであることはさして重要ではない。それよりその人の仕事に対する熱意、人格と人間力が重要だと言っています。
私はタイでは「全人格で勝負」と言っていました。仕事はもちろんですが日常生活やモノの食べ方などすべてが重要なのだと。
いわば日本文明をインドに移植する、こんな大仕事になると思います
冒頭何故トイレの話を持ち出したか、それはこのトイレの習慣と言うのはまさに文明そのもの。これの改革を新幹線プロジェクトの推進を通じて実現する。実にやりがいのある仕事だと思います。
苦労の多い仕事ですが、JRはじめ皆さん頑張ってほしいですね。


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2017-09-09 15:00

「真珠湾攻撃」の5か月前 米が日本爆撃計画 「大統領も承認」


 日米戦争は昭和16年12月8日(アメリカ時間:12月7日)、日本軍の真珠湾攻撃で始まった、これは誰でもそう信じているが、日米戦争は実はもっと前から始まっていた。
アメリカ軍が中国で蒋介石軍支援のためフライング・タイガース部隊を運営していることは良く知られているが、これを増強し日本空爆を計画、フランクリン・ルーズベルト大統領も承認していた。空爆目標は長崎・大阪・東京一般市民を狙った無差別大量殺戮計画だった。攻撃対象は非軍事施設宣戦布告なしこんな話が1991年、アメリカの人気テレビ番組で放映されていた。


先ずはこんなものをご覧ください。
これはアメリカABCテレビの人気番組「20/20」で1991年に報道されていたもの。それに日本語字幕が付いているが、NHK‐BS1で放送されたもので、日本での放送は2007年頃のようだ。

一寸これを取り上げた理由について。
このTV番組で重要なことは、現在殆ど過去の人となっているフランクリン・ルーズベルト大統領の周辺にいたソ連のスパイのうちの重要人物ロクリン・カリーが登場して、その作戦について語っていることである。
2017-9-820/20画面2 
以下其の人物について
出典:
http://melma.com/backnumber_115_1126408/
3.日本爆撃計画推進者はソ連のスパイ
  さらに、この空爆計画の推進者だったロークリン・カリー大統領補佐官(当時)は、実はソ連と極秘情報のやりとりをしていたことが、当時の米暗号解読機関によって確認されていた。
   この文書はVENONA資料と呼ばれ、1940年代後半、ニューヨークとワシントンにあるソ連代表部とモスクワ間の交信記録を 米特殊機関(戦後の国家安全保障局=NSA)が暗号解読したものだ。
    カリー補佐官はカナダ生まれの経済学者で、39年から45年まで大統領補佐官(経済担当)をつとめた。41年初頭には対日戦略を調整するため米国の中国支援担当特使に任命され、ルーズベルト大統領と中国国民党の蒋介石主席(当時)の橋渡し役をしていた。
  
   48年にソ連スパイだったことを告白した政府職員、エリザベス・ベントレーによる「カリー氏もスパイだ」という訴えをきっかけに、カリーは米下院・非アメリカ委員会の追及を受けた。しかし最後まで容疑を否定し、50年に米国市民権を放棄し、南米コロンビアに移住、93年に死亡している。
<引用ここまで>

このTV番組の凄いところ、ソ連崩壊(ベルリンの壁崩壊89年11月、ソ連崩壊91年12月)を目の当りにした中での報道という事で、「まあ今ならいいだろう」とソ連のスパイが思った時期、そしてそのカリーは93年に死去している。その後の1995年ソ連とのスパイの通信記録VENONA文書が公開され、このロクリン・カリーもスパイであったことが明確になった、そんな時期でのTV報道である。まさに千載一遇と言ってよいチャンスだった。
更にこのカリーはアルジャー・ヒスとともにヤルタ会談にも同行している。戦後体制の裏をすべて知り尽くした人物なのだ。


一寸前置きが長くなりました。ではそのテレビ録画を見てください。

これは前半分


これは後半分



これはフルバージョン


実はこの話、宮崎正弘さんのメルマガの「読者の声」に出ていたので、疑問に思って調べてみた。凄い事実が報道されていた。

最初にその宮崎正弘さんの該当メルマガ

(読者の声1)
 宮崎さんと渡辺さんの共著『激動の日本近現代史 1852-1941』(ビジネス社)読ませていただいています。・・・中略・・・
 まず年表を見させていただきました。そこで非常に重大な三つの事件が載っていないことに気付きました。

 昭和16年7月23日米国統合参謀本部がルーズベルト大統領に提出した、日本爆撃計画に大統領が署名・承認した。昭和16年7月25日対日石油禁輸をおこなえば日本の方から開戦するという進言に大統領が賛成し、日本爆撃計画を中止とした。昭和16年8月1日米国政府が対日石油禁輸を発表した。
日本爆撃計画はそれまで中国で中国人に擬装した退役米国軍人をシェーンノート中将が指揮して行っていました。いわゆるフライイングタイガーです。
それを拡大して、日本の三都市の工業地帯を爆撃して軍事能力を削ごうというのが計画でした。東京、大阪、長崎です。
・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・
<引用此処まで>


このTV報道を日本でも新聞が取り上げている。古いニュースだが、益荒男さんの所にその内容が記録されていた。

<以下引用>
「真珠湾攻撃」の5か月前 米が日本爆撃計画 「大統領も承認」/ABCテレビ
1991/11/24, 読売新聞

◆米・ABCテレビが「米の責任」論評
 【ニューヨーク二十二日=藤本直道】米ABCテレビは二十二日夜の報道番組「20/20」で、日本軍の真珠湾攻撃の五か月も前にフランクリン・ルーズベルト米大統領は、中国本土から日本への長距離爆撃計画を承認していたと伝え、同大統領は日本を意図的に開戦へ追い込んだと論評した。真珠湾五十周年を前に日本の奇襲を改めて強調する報道が多い中で、米国の開戦責任を米国側からまじめに論じたものとして異色の番組。
 この爆撃計画そのものは一九七〇年に公開された公文書の中にあったが、その後歴史家に検証されることなくやみに埋もれていたという。同テレビは当時のパイロットや大統領補佐官などの生々しい証言を伝え、米政府が日本への石油禁輸を決めた時期と対日爆撃計画承認がほぼ同時期であり大統領補佐官の証言からも、ルーズベルト大統領が日本を開戦に追い込む意図であったと論評している。
 この計画はJB355と名付けられ、一九四一年七月二十三日に大統領だけでなく当時の戦争長官、海軍長官なども署名。ビルマから中国への物資補給路を援護するため中国に雇われた米人パイロット・グループ、フライング・タイガースを率いるクレア・シェンノート氏がこのJB355計画にもからんでいた。
 米政府は日本の弾薬工場や重要な産業施設を爆撃するため、長距離爆撃機六十六機を供与するほか、数百万ドルにのぼる経費や兵員も負担することを承認していたが、これは当時の米国の中立法に反するという。
 シェンノート氏は、この爆撃により「日本の紙とマッチの軸で出来たような建物を灰に出来る」と報告していたが、作戦実施に手間取っているうちに真珠湾攻撃が始まった。

<引用終り>

もう一つ、このフライング・タイガースがアメリカの正規軍だったことも同じく紹介されている。

大戦中の義勇軍「フライングタイガーズ」 正規の空軍部隊だった 米紙が報道
1991/07/08, 読売新聞
・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください。

大戦中の義勇軍「フライングタイガーズ」 正規の空軍部隊だった 米紙が報道
1991/07/08, 読売新聞

 【ロサンゼルス七日=桝井成夫】第二次大戦で蒋介石総統の中国国民党軍に協力、中国南部とビルマ戦線で日本軍機を大量撃墜したことで知られる「フライングタイガーズ」は、日米開戦半年前の一九四一年春、米国防総省の承認のもとに空軍基地から集められた戦闘機パイロット二百五十九人による正規の“エリート空軍部隊”だった、と六日付のロサンゼルス・タイムズ紙が報じた。同部隊はこれまで、民間義勇軍とされ、国防総省自体、陸軍省や大統領とのつながりをいっさい否定してきたが、約百人の生存者が国防総省に史実を認めるよう請願、このほど退役軍人として認められたという。
 同紙によると、「フライングタイガーズ」のパイロットは、蒋介石の軍事顧問クレア・シェンノート氏によって、当時の新米パイロットの五倍相当に当たる月給六百ドルと日本軍機一機撃墜ごとに五百ドルという破格の報酬で、全米各基地から集められた。全員は農民や伝道師、エンジニアなどを装ってビルマに集結。蒋介石政権が米国に借金する形で資金を負担、弱体の中国航空部隊を裏で支えた。
 現地で飛行訓練を積んだ後、十二月の真珠湾攻撃直後から国民党軍のマークが入ったP40戦闘機に搭乗、中国南部とラングーン周辺で日本軍機と交戦し、日本陸軍航空隊の戦闘機など日本軍機二百九十六機を撃墜したとされている。
 同紙は「フライングタイガーズ」研究家デービッド・フォード氏の証言として、当時のモーゲンソー米財務長官が取り決めた国民党への一億ドルの融資が役に立ち、ルーズベルト米大統領経済顧問のロークリン・カーリン氏が計画全体の調整役を務めたとの見方を示している。
 さらに同紙は、「フライングタイガーズは大統領と米軍中枢の承認を受けている」との米陸軍航空隊ヘンリー・アーノルド将軍のメモ(一九四二年)も見つかったとしている。真珠湾奇襲の半年前に米側が軍事行動をスタートさせていたことを示すものとして議論を呼びそうだ。 

<引用終り>

2017-9-820/20画面2 

この人物、ロクリン・カリーについて、福井義高先生の近著「日本人の知らない最先端の世界史」にこんな記述がある。
<以下p156~p158より引用>
 さらに、政府上層部に食い込んだソ連のエージェントとして、ロクリン・カリーの名を忘れるわけにはいかない。カナダ生まれのガリーは1934年に米国籍を取得後、ホワイトとともに財務省に入り、1939年にはルーズベルト大統領の補佐官として、ホワイトハウス人りを果たす。ルーズベルト側近となったカリーがソ連にもたらした情報のなかでも、とくに重要なものが、ポーランド政策に関するものであった。
 戦後のポーランドの地位に関して、戦時中の米国公式外交方針は、ロンドンにあった反共のポーランド亡命政権支持であり、1944年の人統領選挙を控え、ルーズベルトは一大勢力であるポーランド系移民の支持を得るため、この方針の堅持を唱えていた。しかし、ルーズベルトは、ソ連が独ソ不可侵条約により獲得した東部ポーランドの永続支配を認めるつもりであり、カリーはそのことをソ連に伝えていた、スターリンは、ポーランド問題に関しては、亡命政権が求めていた東部ポーランド返還など、妥協の必要がないことを知ったうえで、米国との交渉に臨むことができたのである。
 カリーはさらに、戦時中、暗号解読が成功する前の段階で、極秘プロジェクトであるヴェノナの存在を察知し、ソ連に通報していた。おそらくカリーの差し金で、1944年にホワイトハウスからソ連暗号電信の解読を中止するよう圧力がかかる。しかし、ヴェノナの責任者であるカーター・クラーク大佐が無視したことで事なきを得た。なお、カリーは戦後、FBIの追及をかわし、1950年に南米コロンビアに移住後、米国籍を放棄した。
 ルーズベルト政権中枢への大がかりなソ連エージェントの浸透が成功した背景には、政権の意図的というしかない不作為があった
 1938年にスパイ活動を離れ、目立たないよう慎重に行動していたチェンバーズは、独ソ不可侵条約締結による国際情勢急変に危機感を覚え、ドイツのポーランド侵攻開始直後の1939年9月2日、アドルフ・バーリ国務次官補に直接面会し、ホワイト、ヒス、カリーをはじめとする政府内ソ連エージェントを、実名を挙げて告発する。
 しかし、このチェンバーズの告発は、1945年にベントレーがFBIに告白するまで、政府内で真剣に取り上げられることはなかった。スターリン以上の悪と捉えていたヒトラーを倒すうえで、ルーズベルトが、ソ連のスパイが活動表面化することは、政治的に受け入れがたいと判断したとも言われる(リチャード・パワーズ『名誉なきにあらず』)けれども、真相は闇のままである。いかなる理由にせよ、チェンバーズの告発を戦争終結まで無視したことは、米国の安全保障を危険にさらし、戦後世界秩序に大きなダメージを与えることにつながった
<引用終り>

こんな人物が日本爆撃を計画していた、実に驚くべきことである。

その爆撃目標はこんなもの

2017-9-820/20画面3 

そしてカリーはこんな事を言っている(2nd half 3:10頃から)

インタビュアー(以下イ) あなたは爆撃機の調達を担当したのか?
カリー(以下カ) その通り
イ パイロットも?
カ そうだ
イ 1941年9月22日 あなたはシュノルト氏に秘密電報を送った 
  ”今日 大統領が66機の爆撃機を中国に送るよう指示した”
イ ”うち 24機はすぐに送る”という文面だ
イ 爆撃機を調達した理由は?
カ 爆撃機の目的は爆弾を落とすことだ
カ とぼけても しかたないこと
イ ”米国人パイロットが搭乗する”と計画書に記されているが?
カ 金を出したのも 作戦を練ったのも 米国だった
イ 米政府も強力に後押ししたのか?
カ そのとおり


そしてこのインタビュアーはこう言っている

2017-9-820/20画面7 

2017-9-820/20画面8 

ここでこの奇妙なジェスチャーの説明。
このジェスチャーは「エアークォーツ」と言われるしぐさで、二重引用符(“ ”ダブルクォーテーションマーク)を意味する。主にこの「話した言葉には裏の意味があるよ」という意味だ。
 
つまりこのTVの場合、話した言葉は「戦争は不可避と見たはず」だが裏の意味は別。
本当は「日本と戦争を始めると決めたぞ」、こう言っているが公には言えないので、こんなジェスチャーをした。
この頃(昭和16年7月頃)、日本は必死に戦争回避の交渉をしていた。アメリカには大幅譲歩もやむを得ないとしてそんな提案をしていたのだが・・・
そして11月のハルノートへ・・・

こんな話、もっと広く拡散したいです。特にその後のVENONA文書公表などで、今まで分からなかったことが明るみに出てきました。これからですね。


参考ブログ
https://blogs.yahoo.co.jp/tatsuya11147/48844016.html

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/5562/column/column088.html

http://www2s.biglobe.ne.jp/~t_tajima/nenpyo-5/ad1945e.htm


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2017-07-16 15:04

 ユダヤ難民の生命を救った東條、樋口両将軍の話<追記あり

 今発売中の雑誌WiLL-2017年8月号に「日本人とユダヤ人の絆」と題するユダヤ教ラビ マービン・トケイヤー氏の寄稿文が載っている。トケイヤー氏は今年2月に旭日双光章を授章されたので、その授章式での話を翻訳しまとめたものらしい。

ここで大変興味深いことをトケイヤー氏が話している。
(東京裁判で処刑された)東条英機首相(将軍)と樋口将軍はユダヤ人2万人の命を救った恩人である。この偉業を是非アメリカで紹介したい、この為のテレビ番組をアメリカのNHKに相当するテレビ局に制作を依頼し、これを放送するための準備をしている。こんな話である。

 東京裁判に関しては、扱い方によってはアメリカの不法な裁判とか、いろいろ問題が噴出する可能性のある話。どんなものになるかは見てみないと分からないが、まだこれから作る話なので、先ずはトケイヤー氏の言っていることを紹介したい。
GHQによる不法な洗脳を解く一つの手がかりになるかも知れないと期待・・・)
尚この寄稿文は話が飛び飛びになっているので、全文は末尾に添付しました、参考にしてください。

* 追記あり
このユダヤ人救出に関して「よもぎねこさん」が日本の対応についてまとめているので該当部分を引用、本文末に追記します(トケイヤー氏の記事全文の前)。



<以下「雑誌WiLL-2017年8月号」より抜粋引用>

日本人とユダヤ人の絆
両民族は世界史の中で孤立してきたが、これほど共通点が多いとは

マービン・トケイヤー ユダヤ教ラビ
訳/高山三平

旭日双光章を授与されて

 今年の二月六日に、私はニューヨークにおいて、日本のニューヨーク総領事の高橋礼一郎大使から、旭日双光章を授与された。・・・以下略・・・

(引用者注:サブタイトルがあるが、中身と合わない(編集ミス?)ので省略)
・・・中略・・・
 私は講話(授章記念式での講話)のなかで、一九三八年にハルビン特務機関長の樋口季一郎少将が、上司の東條英機関東軍参謀長の裁可を得て、ソ満国境まで逃れてきた二万人のユダヤ人難民を、ナチスの魔手から救出した事実に触れた。杉原千畝領事代理がリトアニアで数千人のユダヤ人に、ビザを発給して救った、二年前のことだ。

 戦後の日本人は杉原を知っていても、なぜなのか、軍人を嫌っているために、東條と樋口による偉業について、語られることがない。

・・・

 アメリカ、イギリスをはじめとする諸国はドイツから逃れるユダヤ人を反ユダヤ主義から拒んで、門扉を固く閉じていた。この時に日本だけが、大量のユダヤ人を救ってくれた。
 近衛文麿内閣は一九三八年にドイツにおいてユダヤ人迫害が募ると、主要閣僚による五相会議を開いて『ユダヤ人対策要綱』を決定し、「人種平等の理念に立って、ユダヤ人差別を行わない方針」を確認していた。
 関東軍司令部も、ソ満国境に難民が到着した前月の一九三八年一月に、東條参謀長のもとで『現下二於ケルユダヤ民族施策要綱』を定め、「民族協和、八紘一宇ノ精神」に基づいて、差別しないことを決めていた。
 『アンネの日記』で知られるアンネ・フランクは、日本でも有名だ。アムステルダムの運河のわきの隠れ家には、多くの日本人観光客が訪れる。
 アンネの一家はドイツのフランクフルトに住んでいたが、父親のオットーが家族を連れてアメリカへ逃れようとして、アメリカ大使館と領事館に足繁く通ったが、入国ビザを拒まれた。一家は一九三四年に安全なオランダへ移ったが、ここでもアメリカ大使館から門前払いされた。  
 もし、アメリカに入国を許されていたとすれば、今日、アンネはアメリカで八十八歳で健在だったかもしれない。             
 東條、樋口両将軍がユダヤ難民の生命を救ったことは、世界がひろく知るべきである。 
                  
 一九三八年の満洲里に戻ろう。ドイツから逃れた大量のユダヤ人難民が、ヨーロッパからシベリア鉄道に揺られて、二月に満洲国の北端の満洲里駅のすぐソ連側にあるオトポールに、つぎつぎと到着した。ほどなくその数は二万人に脹れあがり、多くの幼児もいた。
 難民は原野に急造のテントをはり、バラックをこしらえて凌いだ。三月のシベリアは気温が零下数十度にまで落ちる。ソ連はユダヤ人難民の受け入れを拒み、ヨーロッパへ送り返そうとした。難民たちは満洲国へ入国することを、強く望んだ。
 ハルビンにあったユダヤ人居留民組織であったユダヤ人極東協会の幹部が、関東軍のハルビン特務機関長の樋口少将と会って、ユダヤ難民を救うように懇請した。
 樋口は決断し、新京(現、長春)に司令部があった関東軍参謀長だった東條中将に、難民の入国を許可するように求めた。東條がすぐに同意し、満洲国外交部と折衝したうえで、ユダヤ人難民を入境させることができた。
 樋口少将(後に中将)の令息は東京の大学教授だが、「父は東條参謀長が許可しなかったら、ユダヤ人難民が救われることがなかったと語った」と、証言している。
 松岡洋右満鉄(満洲鉄道)総裁が命じて、何本もの救援列車を仕立てて、満洲里まで派遣して、国境を渡った難民を運んだ。
 ドイツ外務省が日本政府に対して、大量のユダヤ人難民を満洲国へ入れたことに対して、強硬な抗議を行った。関東軍司令部へすぐに伝えられたが、東條中将は「当然な人道上の配慮によって行った」として、一蹴した。
 このなかの多くの難民が海路、敦賀に上陸したが、敦賀でも神戸でもどこでも、日本の官民が親切に扱ってくれた。
 東條参謀長は一九四一年に首相、松岡総裁は一九四〇年に外相となったが、ユダヤ人の恩人である。二人は東京裁判で戦勝国の正義によって裁かれ、東條大将は死刑に処され、松岡は公判中に病死した。
 イスラエルが独立を果たした後に、樋口将軍と、その副長だった安江仙弘大佐が、イスラエル国家によって顕彰された。
 私は二〇〇四年にイスラエルのテルアビブを訪れた時に、一九三八年にハルビンのユダヤ人極東協会会長だったカウフマン博士の長男の、八十歳になるセオドア・カウフマンと会ったが、「もし、父がジェネラル東條がユダヤ人を救ってくれたと知っていたら、東京裁判に当たって世界のユダヤ人が、ジェネラル東條を救うために、嘆願書を提出したにちがいない」と、語った。
・・・中略・・・
 日本は明治に開国した時から、人種平等の理想を求めてきた。それにもかかわらず、多くの日本国民が戦勝国が一方的に正しかったと思い込んで、自国の歴史を恥じているとしたら、残念なことだ。日本は東條、樋口両将軍の快挙を、大いに誇るべきである。
 いま、私は大きな夢を描いている。私は昨年、アメリカのNHKに当たる公共放送のパブリック・ブロードキャスティング・サービス(PBS)と交渉して、ユダヤ民族と日本との交流史を一時間番組にまとめて、全米に放映することを提案し、承諾の文書をもらった。
 私はこのなかで、東條、樋口両将軍が二万人にのぽるユダヤ難民を救った史実を、大きく取り上げたいと思っている。
 私は優れたドキュメンタリー番組を製作してエミー賞を受賞したダン・ポーリンと、エレン・ロドマンの二人のプロデューサーから、製作を引き受けるという、約束を取りつけている。
 ドキュメンタリーは、かつての満洲、敦賀、神戸などのロケをはじめ、救出されたユダヤ人の記録や、その時に幼かったろう本人、その子や、孫や、日本の関係者の証言を中心にして構成したい。私も必要があれば、語り部として登場しよう。
 もっとも、PBSは資金が潤沢なNHKと違って、自主製作する資金がないために、私たちが製作だけでなく、資金を準備しなければならない。私は製作するためには、おそらく百五十万ドル(約一億七千万円)から、ニ百万ドル(約二億四千万円)を必要としようが、出資や、募金で集められないか、思案している。
 私は日本では加瀬英明氏に相談しているが、加瀬氏はユダヤ・キリスト・イスラム教の優れた研究者であって、私の著述にあたって、多年にわたって力を貸してもらった。私は授勲式の講話を加瀬氏に対する謝辞で、締めくくっている。

<引用終り>


トケイヤー氏は日本国民が戦勝国が一方的に正しかったと思い込んで、自国の歴史を恥じているとしたら、残念なことだ」とか「日本民族は、歴史を通じて人種差別を行ったことがない」、或いは日本は聖徳太子による十七条憲法が定めたように、つねに合議を重んじてきた。十七条憲法は世界最古の民主憲法である」、こんな風にいいことをたくさん言っている。

しかし単に日本の良い所が如何こうではなく、2万人ものユダヤ人の命を救ったこと。そして救われた人やその子孫の話をドキュメンタリーにして公開する。これは素晴らしいことだと思う。
GHQによる洗脳、自虐史観からの脱却のためにもこんな活動がぜひ必要で、ドキュメンタリーの完成と公開が待たれる話である。


* 追記あり
よもぎねこさんの以下記事に、ユダヤ人救出に関して纏めがありますので引用追記します。
該当記事
2014-02-25  アンネの日記破損事件について」
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-4651.html
<以下引用>
 実際日本には歴史的に反ユダヤ主義はありません。 ユダヤ人が日本に定着した歴史が無いのだから当然です。 

 日本がナチスドイツの同盟国だった時も、日本はナチスドイツの反ユダヤ主義には全く同調していません。 それどころか日本は当時の世界の中では、最もユダヤ人を公正に扱った国です。

 東条内閣は人種差別をしない事を明言しており、外国人は人種ではなく国籍に応じて応じて扱いました。

 だからドイツ国籍のユダヤ人(厳密に言えば当時はイスラエルと言う国はなかったので、ユダヤ教徒のドイツ人或は先祖がユダヤ教徒だったドイツ人)は普通にドイツ人として、つまり同盟国民として扱いました。

 だから当時ドイツを追われたユダヤ人が多数日本にやって来ました。 例えばその中には多くの音楽家が居て、これらの人々が音大教授や指揮者となった事で、日本のクラッシク音楽のレベルが一気に上がったのです。

 またヨーロッパからシベリア鉄道経由で満州国に逃れたユダヤ人も、日本政府が受け入れて保護しました。

 中国に逃げ込んだユダヤ人達を上海の日本租界で保護しました。 当時中国大陸には他のヨーロッパ諸国も租界を持ていましたが、何処もユダヤ人を受け入れたりしていません。

 杉浦千畝のエピソードは有名ですが、しかし彼がユダヤ人達の為に独断で発行したビザだって、日本政府が認めたからユダヤ人達が日本に入国できたのです。 しかもあのビザはオランダ領キュラソー島への通過ビザでした。

 キュラソー島と言うのはカリブ海の小島ですが、こんなところに行って暮らせるユダヤ人はいませんから、彼等がアメリカやその他安住できそうな移住先を見つけるまで、日本での滞在を許したのも日本政府です。
 更に移住先を見つけられなかったユダヤ人達には、日本滞在も認めています。

 ビザ発行を決断したのは杉浦千畝一人ですが、しかしそれでユダヤ人が助かったのはその不正規ビザを認めて、ユダヤ人達の便宜を図った当時の日本政府の決断なのです。

 勿論これらのユダヤ人保護政策にはドイツからの大変な反発がありました。 でも当時の日本政府はユダヤ人保護の姿勢を最後まで貫いたのです。

 現在NYのホロコースト記念館では東条英機の写真をヒトラーと並べているそうですが、しかしこのような歴史を見れば、これは実に不当な対応です。

 むしろユダヤ人代表が靖国神社に参拝して、東条英機や当時の日本政府首脳に感謝しても良いぐらいでしょう。

 だって当時の連合国だって実はドイツの反ユダヤ政策なんかには全然反対もしなければ、ましてユダヤ人保護などには極めて消極的だったのですから。
<引用終り>





<以下は雑誌WiLL-2017年8月号●p214ーp222の全文です。ご参考までに>

授勲式にて

日本人とユダヤ人の絆
両民族は世界史の中で孤立してきたが、これほど共通点が多いとは

マービン・トケイヤー ユダヤ教ラビ
訳/高山三平
WjLL-2017年8月号●214ー222


旭日双光章を授与されて

 今年の二月六日に、私はニューヨークにおいて、日本のニューヨーク総領事の高橋礼一郎大使から、旭日双光章を授与された。
 高橋大使は授勲式に当たって、私の功績について「日本とユダヤ民族との間の理解を深めた」と前置きして、私か一九六〇年代に日本に赴任するようになってから、日本を世界に紹介することに力を尽くしたと、述べた。
 私はこの日、式典に集まったユダヤ人会衆を前に、短い講話を行った。
 今年で八十歳になるが、天皇陛下と日本政府からこのような栄誉を授けられるとは、夢にも思わなかったので、深く感謝している」といって「ラビとして皆さんとともにアーメンを唱えたい」と述べると、会衆が「アーメン」と唱和した。
 「アーメン」(かくあれかし)は、ユダヤ教の分派であるキリスト教によっても、使われている。
 私か新妻とはじめて日本に渡ったのは、一九六七年のことだった。前の年に、突然、上級のラビから日本のユダヤ人社会のラビとして働くように求められ、「日本はユダヤ人の日本への貢献を認めており、またユダヤ人を助けてくれた国だから、君にとって大きな収穫があるだろう」といわれた。
 日本に到着すると、すぐに「ある重要な人物と会うことになる。天皇の弟宮のごI笠宮殿下だ」と告げられた。殿下はヘブライ史の研究者で、聖書の権威でもあった。
 三笠宮殿下にはじめてお会いした時に、私は「何をすればよいでしょうか」と、尋ねた。
 すると、殿下は「二つある。一つは日本人にユダヤ人についての知見・知識を広めること、もう一つは同じように、ユダヤ人の問にH本についての知見・知識を広めてほしい」と、いわれた。
 それ以後、私は殿ドと約五十年にわたって親しくさせていただいた。
 殿下は東京・麻布のシナゴーグ(ユダヤ人教会)で祈祷するのに当たって、何回か流暢なヘブライ語で先導をしてドさった。
 私は講話のなかで、日本とユダヤ民族の交流史に駆け足で触れた。

ポグロム

 そのなかの一人が、ルイス・アルメイダだった。
 「アルメイダは一五五七年に日本で初めて西洋医学病院を開いたが、ポルトガル系ユダヤ人だった。現在でも大分県にその名前を冠した病院が、存在している」
 西洋諸国がアジアへ進出するのとともに、多くのユダヤ人が日本を訪れた。
 もっとも、当時はキリスト教徒によって残酷なユダヤ人迫害が、全世界にわたって行われていたから、これらのユダヤ人は全員がキリスト教に改宗したことを装っていた。
 「東京大学で教鞭をとった日本で最初の歴史学者は、ドイツ系ユダヤ人のルイス・リーゼたった。イスラエル国歌を作詞したナフタリ・インバーは明治天皇を敬って、多くの詞と曲を捧げた」
 このような例ぱいくらもあるが、私はアルペルト・モッセをあげた。モッセはユダヤ系ドイツ人で、明治憲法の起草を助けたことで知られ、日本に招かれて内閣顧問となった。
 「モッセはモーゼを意味する。一九四〇年にモッセー族が、ベルリンの日本大使館によって保護され、ナチスの強制収容所へ送られるのを免れた」と、注釈を加えた。
 私はジェイコブ・シフ、ヨセフ・トランペンドールなど多くのユダヤ人の業績や、挿話に触れた。
 シフは日露戦争において、大きな役割を果たした。日露戦争前夜に日本の国家予算はロシアの十分の一、外貨保有額もほぽ同じことだった。誰も世界に対して開国してから、まだ三十年しかたっていない小国の日本が、ロシアに勝つとは思わなかった。
 シフは、ニューヨークのクーン・ローブ投資銀行を経営していたが、世界中のユダヤ人に呼びかけて、日本が日露戦争の戦費を賄うために発行した国債の半分以上を、ユダヤ人が引き受けた。シフは戦後日本に招かれ、明治天皇から陪食を賜り、最高勲章を贈られた。
 シフが日本を助けたのには、大きな理由があった。ロシア語で「ポグロム」というが、今日でもユダヤ人だったら、誰でも知っている恐ろしい言葉だ。ユダヤ人村を襲って焼き、虐殺する迫害が行われていた。世界のユダヤ人が、ロシアと戦う日本を援助したのだった。

 昭和天皇のお言葉

 私は一九六〇年代に、当時のモシエ・バルトゥール駐日大使から、東京に着任して昭和天皇に信任状を捧呈した時に、陛下から「日本民族はユダヤ民族に対して感謝の念を忘れていません。かつてわが国は、ジェイコブ・シフ氏に大変お世話になりました。われわれはこの恩を決して忘れることはないでしょう」という、お言葉をいただいたことを聞いた。
 私はこの話を、親しい評論家の加瀬英明氏にしたところ、入江相政侍従長から「昭和天皇は歴代のイスラエル大使が信任状を捧呈するたびに、『われわれはユダヤ民族から受けた恩を忘れない』とおっしゃった」と聞いたと、教えられた。
 トランベルドールはロシアのユダヤ人だったが、日露戦争の旅順攻防戦で左腕を失いながら戦功を立て、最高勲章の聖ジョージ勲章をもらった。旅順要塞が陥落すると、日本に連れてこられたロシア兵捕虜のなかに、ユダヤ人が五百人あまりいた。
 トランベルドールは大阪府浜寺の収容所でユダヤ人捕虜を組織して、日本人の愛国心と尚武の心を学び、新しくパレスチナに生まれるべきユダヤ人国家は、日本を手本にすべきだと説いた。
 ロシアに帰った後、パレスチナと呼ばれたイスラエルに行き、イスラエル建国運動のリーダーの一人になった。イスラエル独立戦争中に戦死したが、息を引き取る前に「国のために死ぬほど光栄なことはない」といったが、浜寺で日本兵から教えられたのだった。
 トランペルドールは、イスラエル建国の英雄として教科書に必ず載っているが、日本の魂をイスラエル建国の原動力とした。私はイスラエルでトランベルドール博物館を訪れたが、「新生ユダヤ国家は日本のような国とすべきだ」という、トランペルドールの筆跡が展示されている。
 私は講話のなかで、一九三八年にハルビン特務機関長の樋口季一郎少将が、上司の東條英機関東軍参謀長の裁可を得て、ソ満国境まで逃れてきた二万人のユダヤ人難民を、ナチスの魔手から救出した事実に触れた。杉原千畝領事代理がリトアニアで数千人のユダヤ人に、ビザを発給して救った、二年前のことだ。

東條と樋口の偉業

 戦後の日本人は杉原を知っていても、なぜなのか、軍人を嫌っているために、東條と樋口による偉業について、語られることがない。
 授勲式の日は、私の生涯の最良の日となった。私は日本の姿を世界に知らせ、ユダヤ人の歴史と文化を日本に伝えることが、両民族の利益となると信じている。この努力を続けてゆきたい。
 日本人とユダヤ人は、遠く隔てられてきたというのに、多くの共通点がある。
 両民族は世界史のなかで孤立してきた。部族的で、一つにまとまろうとする傾向が強い。それでいながら、外界に対して燃えるような好奇心をもって、常によいものを吸収していこうとする。キリスト教でない民族のなかで、近代世界でこれほど成功した民族はない。
 日本人もユダヤ人も、自分たちが神によって祝福された人たちだと思っている。また清潔なものを好む。物理的な清潔さに、これほど気を遺う民族はいない。日本人とユダヤ人は、世界一教育熱心だ。
 神道とユダヤ教は集団の宗教であり、キリスト教と違って、個人の宗教ではない。ユダヤ人と日本人にとって神聖なものに形がなく、神が創ったすべてのよきものが神聖である。キリスト教のように、人間の形をした偶像を拝むことがない。
 日本民族は、初代の神武天皇が即位に当たって、詔勅で「八紘一宇」---世界は一つの家族であると説いたように、歴史を通じて人種差別を行ったことがない。ユダヤ人は世界に四散してから、世界の血が混じった。黒い肌のユダヤ人も、外観がアジア人と変わらないユダヤ人もいる。日本人とユダヤ人は、西洋から差別を受けてきたために、人種平等の世界を創ることを、強く願ってきた。
 ユダヤ人はローマ帝国によって紀元七〇年に祖国を失って世界に散り、それぞれ小さな社会を営むうちに、合議政治を行ってきた。日本は聖徳太子による十七条憲法が定めたように、つねに合議を重んじてきた。
 十七条憲法は世界最古の民主憲法である。

 日本人とユダヤ人は偶然だが、共通点が多い。
 イスラエルは天然資源を欠く小国なのに、世界の先端をゆく(イテク国家となっている。日本も人だけが資源であるのに、先進国の先頭に立っている。イスラエルを”小さな日本”日本を”大きなイスラエル”と呼ぶことができよう。

わが一族も追われて

 だが、日本人はユダヤ民族がキリスト教徒によって、いかに悲惨な歴史を強いられてきたのか、よく知らない。キリスト教が絶対の正義であって、ユダヤ人が悪だと決めつけていた。
 日本人はしばしば大震災などの天災に見舞われて、生命や家を失ったものの、同じ土地に暮らすことができたが、ユダヤ人はキリスト教徒によって殺され、住む土地を追われた。
 トケイヤー一族もスペインから追放されて転々として、ハンガリーに移った。私は幼時にアメリカに移住したが、親族の大多数がナチスの収容所で殺された。
 キリスト教はユダヤ教から分派することによって生まれたが、ユダヤ人を悪として見立てることによって、ユダヤ教から独立しなければ、発展することができなかった。
 アメリカ、イギリスをはじめとする諸国はドイツから逃れるユダヤ人を反ユダヤ主義から拒んで、門扉を囚く閉じていた。この時に日本だけが、大量のユダヤ人を救ってくれた。
 近衛文麿内閣は一九三八年にドイツにおいてユダヤ人迫害が募ると、主要閣僚による五相会議を開いて『ユダヤ人対策要綱』を決定し、「人種平等の理念に立って、ユダヤ人差別を行わない方針」を確認していた。
 関東軍司令部も、ソ満国境に難民が到着した前月の一九三八年一月に、東條参謀長のもとで『現下二於ケルユダヤ民族施策要綱』を定め、「民族協和、八紘一宇ノ精神」に基づいて、差別しないことを決めていた。
 『アンネの日記』で知られるアンネ・フランクは、日本でも有名だ。アムステルダムの運河のわきの隠れ家には、多くの日本人観光客が訪れる。
 アンネの一家はドイツのフランクフルトに住んでいたが、父親のオットーが家族を連れてアメリカへ逃れようとして、アメリカ大使館と領事館に足繁く通ったが、入国ビザを拒まれた。一家は一九三四年に安全なオランダへ移ったが、ここでもアメリカ大使館から門前払いされた。  
 もし、アメリカに入国を許されていたとすれば、今日、アンネはアメリカで八十八歳で健在だったかもしれない。             
 東條、樋口両将軍がユダヤ難民の生命を救ったことは、世界がひろく知るべきである。          
                  
東條・松岡はユダヤ人の恩人 
                  
 一九三八年の満洲里に戻ろう。ドイツから逃れた大量のユダヤ人難民が、ヨーロッパからシベリア鉄道に揺られて、二月に満洲国の北端の満洲里駅のすぐソ連側にあるオトポールに、つぎつぎと到着した。ほどなくその数は二万人に脹れあがり、多くの幼児もいた。
 難民は原野に急造のテントをはり、バラックをこしらえて凌いだ。三月のシベリアは気温が零下数十度にまで落ちる。ソ連はユダヤ人難民の受け入れを拒み、ヨーロッパへ送り返そうとした。難民たちは満洲国へ入国することを、強く望んだ。
 ハルビンにあったユダヤ人居留民組織であったユダヤ人極東協会の幹部が、関東軍のハルビン特務機関長の樋口少将と会って、ユダヤ難民を救うように懇請した。
 樋口は決断し、新京(現、長春)に司令部があった関東軍参謀長だった東條中将に、難民の入国を許可するように求めた。東條がすぐに同意し、満洲国外交部と折衝したうえで、ユダヤ人難民を入境させることができた。
 樋口少将(後に中将)の令息は東京の大学教授だが、「父は東條参謀長が許可しなかったら、ユダヤ人難民が救われることがなかったと語った」と、証言している。
 松岡洋右満鉄(満洲鉄道)総裁が命じて、何本もの救援列車を仕立てて、満洲里まで派遣して、国境を渡った難民を運んだ。
 ドイツ外務省が日本政府に対して、大量のユダヤ人難民を満洲国へ入れたことに対して、強硬な抗議を行った。関東軍司令部へすぐに伝えられたが、東條中将は「当然な人道上の配慮によって行った」として、一蹴した。
 このなかの多くの難民が海路、敦賀に上陸したが、敦賀でも神戸でもどこでも、日本の官民が親切に扱ってくれた。
 東條参謀長は一九四一年に首相、松岡総裁は一九四〇年に外相となったが、ユダヤ人の恩人である。二人は東京裁判で戦勝国の正義によって裁かれ、東條大将は死刑に処され、松岡は公判中に病死した。
 イスラエルが独立を果たした後に、樋口将軍と、その副長だった安江仙弘大佐が、イスラエル国家によって顕彰された。
 私は二〇〇四年にイスラエルのテルアビブを訪れた時に、一九三八年にハルビンのユダヤ人極東協会会長だったカウフマン博士の長男の、八十歳になるセオドア・カウフマンと会ったが、「もし、父がジェネラル東條がユダヤ人を救ってくれたと知っていたら、東京裁判に当たって世界のユダヤ人が、ジェネラル東條を救うために、嘆願書を提出したにちがいない」と、語った。
 目本の高級軍人や官僚が、ユダヤ民族に親近感をもったのは、ユダヤ人が日露戦争に当たって助けたためだけではなかった。多くの軍人や官 僚がヨーロッパに在勤した時に、白人が人種差別から下宿人として受け入れなかったが、ユダヤ人家族には歓迎された。
 日米開戦時と終戦時の東郷茂徳外相は、朴茂徳を日本名に改めた朝鮮人だったが、大使館書記官としてベルリン勤務時代に、下宿先のユダヤ娘エディータを夫人としたし、海軍大臣となった米内光政大将も、青年将校としてドイツに在勤した時に、ユダヤ人家庭に下宿した。樋口少将はシベリア出兵中に、ユダヤ人の家に泊っていた。
 杉原千畝の。生命のビザ゛の物語は日本だけでなく、世界に知られているが、日本の左翼勢力によって、大きく歪められてしまっている。

杉原は有能な諜報部員

 日本では、杉原が日本政府の方針に背いて、ユダヤ人難民に。生命のビザ゛を発給したために外務省から譴責され、追われたとされているが、これは大きな嘘だ。
 杉原はいわゆる、生命のビザ゛を発給した後に、昭和天皇からリトアニア勤務までの功績によって、勲章を授けられ、領事代理より格が上の駐ルーマニア日本公使館三等書記官に昇進している。終戦直後に退官したのは、アメリカ占領下で日本が外交権を失ったために、外務省職員の三分の二が退職を強いられており、追われたのではない。
 杉原は有能な諜報部貝だった。外務省を退職した時には、外務次官から特に功績を労う直筆の手紙とともに、功労金まで贈られている。
 日本は明治に開国した時から、人種平等の理想を求めてきた。それにもかかわらず、多くの日本国民が戦勝国が一方的に正しかったと思い込んで、自国の歴史を恥じているとしたら、残念なことだ。日本は東條、樋口両将軍の快挙を、大いに誇るべきである。
 いま、私は大きな夢を描いている。私は昨年、アメリカのNHKに当たる公共放送のパブリック・ブロードキャスティング・サービス(PBS)と交渉して、ユダヤ民族と日本との交流史を一時間番組にまとめて、全米に放映することを提案し、承諾の文書をもらった。
 私はこのなかで、東條、樋口両将軍が二万人にのぽるユダヤ難民を救った史実を、大きく取り上げたいと思っている。
 私は優れたドキュメンタリー番組を製作してエミー賞を受賞したダン・ポーリンと、エレン・ロドマンの二人のプロデューサーから、製作を引き受けるという、約束を取りつけている。
 ドキュメンタリーは、かつての満洲、敦賀、神戸などのロケをはじめ、救出されたユダヤ人の記録や、その時に幼かったろう本人、その子や、孫や、日本の関係者の証言を中心にして構成したい。私も必要があれば、語り部として登場しよう。
 もっとも、PBSは資金が潤沢なNHKと違って、自主製作する資金がないために、私たちが製作だけでなく、資金を準備しなければならない。私は製作するためには、おそらく百五十万ドル(約一億七千万円)から、ニ百万ドル(約二億四千万円)を必要としようが、出資や、募金で集められないか、思案している。
 私は日本では加瀬英明氏に相談しているが、加瀬氏はユダヤ・キリスト・イスラム教の優れた研究者であって、私の著述にあたって、多年にわたって力を貸してもらった。私は授勲式の講話を加瀬氏に対する謝辞で、締めくくっている。

マーピン・トケイヤー
一九三六年ニューヨーク生まれ。一九五八年ラビを餐成するイェシバ大学を卒業。六二年ジューイッシュ・セオロジカル・セミナリー(ユダヤ神学校)にて、ラビの資格を取得、八七年同校より博士号を授けられる。六七年フランス・ロスチャイルド家の基金により、東京広尾にある日本ユダヤ教団の初代ラビとして派遣され、七六年までの十年間、東京で活動する。著書に「ユダヤ5000年の教え」(実業之日本社)、「聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史」(徳間書店)など多数。
●WiLL-2017年8月号

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2017-04-14 09:22

海外での流言飛語の事例

 北朝鮮情勢が緊迫の度を加えている。NHKでも「邦人退避」なる言葉まで出てくるようになった。

以下はそれを伝えるNHK報道
北朝鮮情勢 邦人退避想定含め万全の態勢を 官房長官
4月12日 13時06分


 さてこんな時恐ろしいのが流言飛語(流言蜚語)である。特に韓国ではこの流言飛語でとんでもない事件が起こることがあり、被害にあわぬよう注意が必要だ。

そこで私がタイ時代に体験した流言飛語がどんなもので、どう対策したのか 、古い話だが参考になると思うので書いてみたい。


事件は1999年12月の深夜発生した。場所はタイ国のバンコクより東南120キロにあるタイオイル・シラチャ製油所。この製油所の巨大な自動車ガソリン用大型貯蔵タンク(貯蔵量150万リットル)が大音響とともに爆発炎上、火災は42時間に渡って燃え続け、タイ国内にあった全ての化学消化剤(同社や他社の製油所・空海軍からも持ってきたが)を使用しても消えず、シンガポール軍の輸送機で52トンもの消火剤を運び、やっと消し止めた。
この事故による死者は消防士を含め7名となる惨事であった。

この写真は事故後36時間ほどのモノ

2017-4-13タイオイル爆発火災 
  住民はほとんど逃げており、カメラマンなどがいるだけ
  しかしこんな近くでも別に制止されるわけでもなく、自由に入っていけた。
 
この事故の特徴は、爆発と同時に巨大な低周波音・・つまり人の耳には聞こえない大音響・・が発生したこと。
周辺の民家や工場はこの低周波音の為爆風が無いのに窓ガラスがほとんど全部破壊され、天井のボードも落下した。特徴的なのは建物の爆発現場と反対側の窓ガラスも割れていたこと(だから風とか飛散したものが原因ではない)。
被害は非常に広範囲に及び、私が確認した限りでも約7キロ先まで被害がでていた。
 
この低周波による被害、科学的知識の乏しいタイ人には何かとんでもない恐ろしいことが起こっていると受け止められたようだ。(余談ではあるがタイ人はお化け・妖怪の類い(タイ語でピーと言う)の存在を真剣に信じており、人に悪さをすると思っている)
 
現にこの現場から数キロはなれたところに住んでいたスタッフは
「突然大きな音と共に窓ガラスがびりびり振動し、パラリと割れ落ちた。風も無く物が飛んできたわけでもない。何か恐ろしいことが起こっているようだ」
この様に心底怖そうに説明してくれた。
 
ではこの様な事故でどんな流言飛語が発生したか
 
 私の会社は事故現場から約30キロ離れており、操業に支障は無く従業員も平常どおり出社してきた。勿論大きな事故があったことは知っていたが、その時点ではそれだけの事。
 
しかし事故から9時間後の朝9時頃から社内のざわつきが始まった。
携帯電話であちこちから情報が入り、事故に対する不安を広げているようだ。こんな時日本の常識は、噂に振り回されること無く、テレビやラジオのニュースで正確な情報をつかむこと。
 そこで食堂にタイ人幹部社員を集めテレビを見せ、正しい情報はこうだと分からせようとした、しかし逆に現地人マネージャーからは、会社は危険なので臨時休業にし従業員を帰宅させるべきと言ってくる。
 
テレビではリポーターが現場から火災を背にリポートしている。
何を言っているか通訳させてみると・・・、
「火災は隣接するタンクへと次々に誘爆、現在4基のタンクが炎上中、さらに隣接するタンクにも危険が迫っている。しかし消火に手こずっている。(これは事実だった)」
 そして
「もしさらに火災が拡大すると大変危険で、現場から半径5キロ以内の人は避難するように」
 (注:半径5キロ以内といえば、原爆並みの爆発なのだが・・・)
 さらの午後になってからはテレビの報道はエスカレートし
大爆発が起きる恐れがある、現場から半径30キロ以内は極めて危険、避難するようにとか、現場から地下のパイプラインを通って炎が隣町まで到達する、こんな事を言い始めた。
 
従業員が動揺するので、全員に説明することにした。こんな時重要なのが「現地の言葉で、現地人が話すこと」。この為最初に現地人の技術屋のトップに事実として分かっていること、対処方法を理解させたうえで、従業員には私が英語で話し、タイ人技術屋がタイ語で説明することで従業員の動揺は何とか収めた・・・。
尚、この頃には危険区域が半径30キロから半径100キロまで拡大などという話も出てきていた・・・、どこかで聞いたことのあるような話ではありませんか?。
 
帰宅し夕食の為町に出ると(当時事故現場から6キロほど離れた町に住んでいた)、いつもはにぎやかな町が閑散としている、名物の屋台も殆ど店を開けていない、いつもは町を走り回っているタイ名物の三輪タクシー(トゥクトゥク)も姿が見えない。
行きつけの日本料理店で食事を注文し食べ始めると店の親父から、「従業員が怖がっているので今すぐ店を閉める、悪いが食べるのを止めて今すぐ帰ってくれ」と言われ、腹を減らして帰宅せざるを得ない始末。
(この町は住民の90%以上がその夜町から逃げ出したと言われている)
 
火災は翌日夕方鎮火し、その頃にはこの地域も平静を取り戻した。
 
後日色んな所からの情報等を総合すると、当日の様子はこうだった。
 
事故現場の隣の工業団地内の会社では、当日9時頃から従業員が恐怖に駆られ、ほぼ全員が職場放棄して会社を逃げ出した。
(近くの国道では走って逃げていくタイ人の長い列が出来ていたそうだ)
 
事故現場から十数キロ離れたところにある工業団地では大部分の会社が、そして30キロほど離れたところの工業団地でもかなりの会社が途中で臨時休業せざるを得なかった。
 
もぬけの殻となった町は「泥棒天国」となったらしい(笑)。会社の従業員も何人かが被害にあっている。
 
流言飛語で街はもぬけの殻、 では事実はどうだったのか。
 
全くの偶然だが、事故の1週間後、所轄消防署の係官から実態を聞く機会があった。
(以前から計画していた防火訓練で、まさにこの事故現場のまん前にある消防署から係官が来て訓練を実施)
 
所轄消防署の話
1)報道では4基のタンクが誘爆炎上と言われている、しかし事実は4号タンク1基だけが爆発炎上
 
2)非常に広範囲の地域の人が避難した様だが、消防署・警察では避難指示はしていない
  報道機関が勝手に言ったこと。
(だから私が野次馬よろしく事故現場近くまで行って、写真を撮っていても制止されなかった訳だ)
 
ここから教訓として以下のことが読み取れる。
 
大きな事件などが起こったとき、正しい情報をつかむことは非常に重要だ。その一番有力な手段がテレビ・ラジオ。しかしそのテレビ・ラジオと言えども「科学的知識の無いリポーターなどが感情的に話す」ことがあるので本当かどうか極めて怪しい。
(このケースはまさしくそれ、このことは日本人は東日本大震災で実感している) 
特に危険なのは地元の人に対してのインタビュー、地元の人は個人の意見として「怖いので逃げる」等と言ったりする。しかしこれが一度電波に乗ってしまうと「そのメディアの公式見解」になってしまう。だから誰か1人が怖いので逃げるというと「危ないからみんな逃げろ」になる。
 
さらに厄介なのが携帯電話、個人の思い込みがあっという間に拡散する。最近はスマホが普及し、ツイッターなどSNSは正しい情報のためには非常に重要だ。しかし思い込みを拡散することもしばしばある。注意が必要だと思う。
  
以上のことから海外にいる日本人としてどう行動するか?
 
実は紹介した事例はタイのものだが、韓国朝鮮には特に注意せねばいけないことがある。
それは韓国朝鮮、中国人に共通する残虐性だ。
敗戦直後の朝鮮半島で起こったことは色々なところで書かれているが、その典型がこれ。
『和夫一家殺害事件』-日本が負けた途端、育ててくれた日本人養母を強姦し、内臓をばら撒く鬼畜朝鮮人


そして最後には「自分の身は自分で守る」、当たり前だがこれしかないと思う。
 
だがしかしそのためには、
1) 信頼できる日本人との情報ネットワークを持つこと。この事例の場合、現地の日本人が業種やグループを超えたコニュニケーションのネットワークを持っており、これがうまく機能した。
 
2)現地の人が何を言っているのか把握すること。特に危険な流言飛語の場合、日本人は現地人が何で騒いでいるか分からない事が多い。
この事例の場合、半径30キロ以内の人は避難しろとテレビで言っていた。しかしこのことを知っていた日本人は半数にも満たなかった。
 
そして日本人にとって都合の悪いことでも報告してくれる現地人が必要で、常日頃この点に留意すべき。
 
 
最後に日本人ならどうしても日本国大使館に頼りたくなるが、その実態はこんな風であった。
 
日本とアメリカ、大使館の対応の違い
・  アメリカ大使館では当日昼過ぎ現地地域在住のアメリカ人に対し以下のような避難指示を出した。
「大変な災害の恐れが報道されている、しかし事実関係がどうなのか確認が取れない、
兎に角今日のところは、安全と思われるバンコク地区まで避難せよ。」
(この指示、もちろん翌日には解除されが・・・)
 
・ 日本大使館の場合
日本人も何人かが日本大使館に電話し、どうしたらよいか相談している、がその回答は
「えっ何かあったんですか?。あぁそうですか。
 いや特に大使館としては何も・・・、特別な指示は出していませんので・・、
  あぁアメリカ大使館はそうなんですか、
 それではそちらの方でよく状況を見て・・・、そちらで判断してください。」
 
大変残念だがこれが日本国大使館の実情であった。
 

最後に事態は日々緊迫の度を増している。
4月13日の参院外交防衛委員会で、安倍首相は北朝鮮について「(猛毒の)サリンを弾頭に付けて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」と述べたと報道されている。
安倍晋三首相「サリン弾頭の着弾能力を保有している可能性」 自衛隊のミサイル防衛の限界にも言及

韓国在住の方はよく考えて、迅速な対応をお願いします。いやこれは日本国内でも同じではないかと思います。

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2017-04-11 16:45

4/10放送 DHCテレビ「真相深入り!虎ノ門ニュース」

 アメリカがシリアにトマホーク59発を撃ち込んだことが大きく報道されている。
しかしこの攻撃の裏にあるものについては具体的には分かりにくい。そのあたりに事情を4月10日(月)のDHCテレビ(DHCシアターを改名)で青山繁晴さんが説明している。

青山さんによれば、これは『予行演習』であると。
また丁度このタイミングが絶妙のタイミングで、習近平との首脳会談をやっている、そこでこの攻撃が起こり、アメリカがやると決めたらやる、そう習近平に分からせた意味が大きいとも言っている。


動画は此れ

 DHCテレビ 4月10日(月)での青山繁晴さんの言っていること
この動画はNINJA300さんから紹介いただきました。



そして青山さんの発言を「ぼやきくっくり」さんが文字起ししてくださっている

■4/10放送 DHCシアター「真相深入り!虎ノ門ニュース」


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2017-04-09 18:38

海外安全対策に思う事

 「駐韓大使帰任、目的は邦人保護」についてエントリーしたのだが、コメント欄で都民ですさんから面白い情報をいただいた。
外務省が、なんとデューク東郷にテロ対策の依頼をしていました! 
「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」 
http://www.anzen.mofa.go.jp/anzen_info/golgo13xgaimusho.html

まあ中身は外務省も変わったなあという感じなのだが、もちろん外務省のやることなので「必要な情報はみんなHPに書いてあるから見てくんろ」となっている。


しかし海外で仕事をしてきた経験から言うと、『残念ながら日本の外務省・大使館ほど頼りにならぬ存在はない』、これが正直な所である。
その一例として、もう古い話だが1999年12月にタイ東部工業地帯での大規模な石油貯蔵タンク(内容物はガソリンだった)火災事故の件がある。何せタイ国内の消防庁や軍隊が保有する化学消火剤全部を使い果たしても消火できず、最後はシンガポールから消火剤を空輸し消し止めた。そんな大火災だったので深刻な流言飛語が発生し(拡散元はタイの地元テレビ・ラジオだった)、タイ人が大挙避難する大騒ぎだった。
この時、アメリカ大使館はいろんな報道から、「今は状況は良く分からないが、取敢えず避難」とアメリカ人には連絡した。(翌日になって状況が分かったら解除)
しかし日本大使館の反応は、「えっ、何かあったんですか?、そうですか・・・。こちらは何も聞いていないので分かりませんが・・・。アメリカ大使館は避難と言っているんですか、そうですか、それならそちらで判断していただいて、避難するのも手ですねえ・・・、まあ自己責任でお願いします」。これが日本大使館の反応だった。
日本人社会の混乱したものの、そこは冷静に対処したが、タイ人がパニックになって逃げだして”もぬけの殻”になった町は「ドロボー天国」と化した。
それからこの事件の半年くらい後で、私は駐タイ特命全権大使閣下と話をする機会があった。しかし当時着任して半年ほどだった大使閣下はこんな件は全くご存じない。(事件は大使の着任直前の出来事だったが)


一寸思いで話が長くなった。こんな事で海外にいる日本人にとって万一の時頼りになるのは「日本国大使館」だけ。だからそこからの情報はしっかり見ていただきたい。
がしかし、残念ながら日本国大使館ほど頼りにならないところも無いのが実態だ
だから情報は自分で複数の所から確認するしかない。こう心してかかるべきだと思う。



所で情報をいろんな所から入手すると、情報がばらばらという事がよくある。
例えば、ある人は丸という。ほかの人は三角という。別の人は四角という。じゃあいったい誰を信用したらいいか。

実はこんな時、私はこんな事例で説明している。こんな図形を見てほしい。

例えばこんな形のモノ
2017-4-9丸三角四角 
この図は下記ブログより拝借しました

面白いですね。ある面から見れば〇、別の面から見れば△、もっと別方向からは□に見える。これが世の中なのだと思います。


緊急事態になると、ある人は丸だ、いや三角だ、違う四角だ、こんな報道が乱れ飛ぶ。残念ながら不安をあおるのはテレビ新聞などである
そんな中で冷静に判断して、パニックにならぬよう今から準備してゆくことが大切なのだと思う。

次回は「武力攻撃やテロなどから身を守る」について書いてみたいと思います。
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2017-03-03 19:26

ユダヤ教とグローバリズム

 DHCシアターに大変興味深い番組がある。
私も昨晩スカパーで一部見たのだが、非常に興味深い内容だった。
その番組は、加瀬英明氏と馬淵睦夫氏の対談番組
題して
『日本らしい国づくり』 #07 ユダヤ教とグローバリズム
https://www.dhctheater.com/season/268/

2017-3-3加瀬英明と馬淵睦夫対談 





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2016-11-29 16:21

ルペンおばさんの話

 アメリカの外交問題評議会(CFR)が発行する国際政治経済ジャーナル「Foreign Affairs」に面白い記事があった。
来年春のフランス大統領選挙の有力候補マリーヌ・ルペンおばさんが投稿している。

2016-11-29ルペンおばさん 
マリーヌ・ルペンおばさん

このフォーリン・アフェアーズ・リポートは有料(それも高い)なのだが、無料で見られる最初の部分だけでも結構面白い。

<以下引用>
https://www.foreignaffairsj.co.jp/theme/201611_le_pen/
マリーヌ・ルペンとの対話
―― フランスの文化、独立と自由を取り戻す
マリーヌ・ルペン フランス国民戦線党首

「フランスは、欧州連合(EU)の一部であるときより、独立した国家だったときの方がパワフルだったと私は考えている。そのパワーを再発見することを望んでいる。EUは段階的に欧州ソビエト連邦のような枠組みへと姿を変えつつある。EUがすべてを決め、見解を押しつけ、民主的プロセスを閉ざしている。・・・メルケルは次第に自分がEUの指導者だという感覚をもつようになりその見方をわれわれに押しつけるようになった。・・・私は反メルケルの立場をとっている。テロについては、移民の流れを食い止める必要があるし、特に国籍取得の出生地主義を止める必要がある。出生地主義以外に何の基準もないために、この国で生まれた者には無条件で国籍を与えている。われわれはテロ組織と関係している二重国籍の人物から国籍を取り上げるべきだろう。・・・・」 (聞き手 スチュアート・レイド Deputy Managing Editor)
<引用終り>

ルペンおばさん、言っていることはまったく正論である。特にメルケルに関するこの部分
メルケルは次第に自分がEUの指導者だという感覚をもつようになり、その見方をわれわれに押しつけるようになった
これは昨年(2016年)3月に突然日本にやってきて、あろうことか来て早々アカヒ新聞で講演した、いくらなんでも安倍さんに会う前に「安倍の葬式は俺が出す」と公言してはばからない新聞社での講演、疑われても仕方ない。

さらに私がとても気になったのがこの写真、これは駐日ドイツ大使館のHPに載っている安倍メルケル会談の写真。よく見ると安倍首相の前には日本の国旗、メルケルの前にはドイツの国旗とEUの旗である。
2016-11-29メルケル訪日15年3月 
普通はお互いに自国の旗であるが、この会談ではメルケルはドイツの国旗とEUの旗を並べ、しかも自分の前の旗はEUの旗が手前、ドイツ国旗は向こう側である。(赤丸内参照)
私はこれを見てメルケルは自分がEUの親分と思っていると感じたのだが、ルペンおばさんもまったく同じことを言っている。メルケルは思い上がっているようだ。、
これからまだまだ波乱がある、そんなことを感じさせる話である。

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2016-10-08 11:29

アメリカ白人の死亡率上昇

 今こんな本を読み始めた。
『問題は英国ではない、EUなのだ  21世紀の新・国家論 』
エマニュエル トッド 著
文春新書  2016年9月20日刊

2016-10-7トッドの新刊

大変面白い本なのだが何せ難しい。ぼちぼち読んでいます。
しかし冒頭から気になる記述が・・・

「日本の読者へーー新たな歴史的転換をどう見るか?」
ここに
「アメリカでは、不平等の拡大、支配的な白人グループにおける死亡率の上昇、社会不安の一般化などの結果、ナショナルな方向への揺り戻しが始まっており、それを象徴しているのが、ドナルド・トランプやバーニー・サンダースのような大統領候補の登場です。」
こんなことが書いてある。

他の部分は私も大体知っていたのだが、「支配的な白人グループにおける死亡率の上昇」、これについては実は知らなかった。
そこでどんな事なのか調べてみた。


この死亡率上昇の研究論文が発表されたのが2015年11月2日、それを報道する11月4日のWSJ記事

米国で白人中年の死亡率上昇、依存症など要因
http://jp.wsj.com/articles/SB12055383950015144394104581334663298544334

実はこんな事例は日本でも起こっている。1998年に突如自殺者が年間3万人を超えた。それも劇的で1998年3月に突如自殺者数がポンと跳ね上がり、大騒ぎになったことがある。
この年間自殺者数が3万人以下になったのは2012年で現在も少しずつ減ってきている。
以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-642.html


こんなことを踏まえ、このアメリカの深刻な状況について考えてみたい。

いろいろ調べると、今年6月のNewsweekの記事が実態がよくわかるので、これを紹介したい。

<以下Newsweekより引用>
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/06/post-5278_1.php

トランプ現象の背後に白人の絶望──死亡率上昇の深い闇
2016年6月8日(水)17時35分
安井明彦(みずほ総合研究所欧米調査部長)

 米国の大統領選挙でドナルド・トランプの得票率が高い地域は、白人の死亡率(人口に対する死亡者の割合)が高い地域と一致しているという。その米国では、薬物・アルコール中毒や自殺など、白人を中心とした「絶望による死(プリンストン大学のアン・ケース教授による表現)」の増加が問題視されている。トランプ現象の背後には、死を招くほどの絶望が潜んでいるようだ。

「絶望による死」で死亡率が上昇

 2016年6月1日、米疾病予防管理センター(CDC)が、衝撃的な統計を発表した。米国の死亡率が、10年ぶりに上昇したというのだ(図1)。大きな理由は、白人による薬物・アルコール中毒や自殺の増加である。「絶望による死」の増加が、米国全体の死亡率を上昇させた。

2016-10-8アメリカの死亡率推移

「絶望による死」は、白人に集中している。CDCによれば、2000年~2014年のあいだに、米国民の平均寿命は2.0歳上昇した。しかし、白人に限れば、平均寿命は1.4歳の上昇にとどまっており、黒人(3.6歳)、ヒスパニック(2.6歳)に後れをとっている。白人に関しては、心臓病や癌による病死の減少が平均寿命を上昇させた一方で、薬物・アルコール中毒や自殺、さらには、薬物・アルコール中毒との関係が深い慢性的な肝臓病などが増加。平均寿命を押し下げたという。

トランプを選ぶ絶望

 死を招くような白人の絶望は、トランプ現象と重ねあわせて論じられている。

「トランプに投票するかどうかは、死が教えてくれる」
 
 2016年3月に米ワシントン・ポスト紙は、こんなタイトルの記事を掲載している。予備選挙の投票結果を分析すると、40~64歳の白人による死亡率が高い地域と、トランプ氏の得票率が高い地域が一致したという。同紙が分析した9州のうち、例外はマサチューセッツ州だけであり、テネシー州やバージニア州などでは、死亡率が上昇するほど、トランプの得票率も高かった。

【参考記事】「トランプ現象」を掘り下げると、根深い「むき出しのアメリカ」に突き当たる
http://www.newsweekjapan.jp/morley/2016/03/post-2.php

 この記事が注目されたのは、トランプ現象の背景にあると考えられてきた白人労働者の不満が、死と背中合わせの関係で浮かび上がってきたからだ。製造業などに従事する白人労働者は、グローバリゼーションや技術革新による雇用不安に加え、ヒスパニックなどの増加によって、社会的にもマイノリティ化していくことへの不安に苛まれている。その絶望が、選挙ではトランプ旋風を巻き起こす一方で、白人を薬物・アルコール中毒などの「絶望による死」に追い込んでいる、というわけだ。

【参考記事】「トランプ大統領」の悪夢を有権者は本気で恐れろ
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/05/post-5176.php

次のページ 絶望のシワ寄せは女性に

 白人労働者の絶望を示唆する調査結果も発表されていた。2015年9月にプリンストン大学のケース教授とアンガス・ディートン教授は、薬物・アルコール中毒などの「絶望による死」の増加を主因に、中年(45~54歳)の白人による死亡率が上昇していることを明らかにした。黒人やヒスパニックの死亡率は低下しており、白人でも中年における死亡率の上昇は学歴の低い層に限られる(図2)。まさに製造業などに従事する割合が高い人々である。

2016-10-7アメリカ白人死亡率
(引用者注:高卒未満と大卒以上??、では高卒はどうなるの??、と言いたいところだが、どうもこの文章を書いた人は日本語が苦手らしい。未満を以下に読み替えてください)

表面からは見えない絶望の広がり

 こうした調査結果からは、トランプ支持の中核をなす白人労働者が、死と背中合わせの絶望の淵にある構図が連想される。しかし、白人による死亡率上昇の現実は、トランプ旋風が示唆するより深刻である。絶望を感じている白人は、必ずしもトランプ支持者に限らないからだ。

 トランプの支持者は白人男性に偏っているが、実は死亡率が上昇しているのは白人の女性である。1990年と2014年を比較すると、むしろ男性の死亡率は低下している(図3)。都市部に住む女性の死亡率に大きな変化はなく、地方居住の女性における上昇が著しい。

2016-10-8アメリカ白人死亡率の変化


 年齢の面でも、中年に限らない広がりが出てきている。地方在住の女性では、25~44歳の年齢層において、1990年以降の死亡率が30%以上も上昇している。また、2000年代に入ってからは、男性を中心とした若い世代の白人において、薬物中毒の増加が目立つ。先のCDCによる調査を年齢別に分析した結果でも、25~34歳の死亡率の上昇が、もっとも白人の平均寿命を押し下げている。

 薬物中毒は、先に犠牲となった歌手のプリンスのように、医師に処方された鎮痛剤がからむケースが多い。白人の場合には、黒人などと比べて容易に鎮痛剤が処方される傾向があり、犠牲者を増やしているとも指摘されている。

 トランプを支持しているのは白人男性だが、絶望は彼らの周りに広がっている。トランプの派手な言動や、選挙集会での衝突など、荒っぽさが目立つ今回の大統領選挙だが、表面には出てこない絶望も、かなり深刻であるようだ。

<引用終り>



私がこれを読んで最も驚いたのが「白人女性の死亡率上昇」だ。
こんな状況では男性のほうが弱いのが一般的な考え方、それが女性の死亡率が上昇している。如何にこの問題の根が深いかがわかる。


日本でも自殺件数が3万人を超えたとき、官民挙げていろんな対策をやってきた。しかし全く効果無し。
こんな事の真の原因・・・、
日本の場合は真の要因はデフレ、具体的には平均給料が前年より減り始めたことが引き金を引いた。
そして真犯人はどうも1998年当時政権与党だった新党さきがけの連中、その後の民主党の連中だった。
・・・鳩山由紀夫・管直人・前原誠司・玄葉光一郎・枝野幸男・・・、名前を聞くだけでもうんざりしますね。


さてアメリカがこれからどうなってゆくか。
日本の場合は東日本大震災が国民が覚醒するインパクトとなり、政権交代、アベノミクスへと繋がった。

アメリカの場合はどうなるであろうか。
歴史を紐解けば、アメリカという国は経済立て直しのためには常に戦争をやってきた国なのだが・・・・。
今後の推移を見守りたい。
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2016-09-27 19:02

ドイツの対日観は激変してしまった

 9月24日のエントリー「世界の真の敵はイスラム恐怖症<トッドの話です」でドイツがすっかり変わってしまったことを書いた。

「ドイツは20年前、10年前とは全く変わってしまった、今は中韓と並ぶ反日国だ」と書いたのだが、そんな事情を私の知るところを書いてみたい。

元々ドイツ好きの私、車ならプジョー・シトロエンよりVW・BMW、音楽ならドビッシーよりシューベルトやベートーベン・・・以下略。
またドイツには尊敬する丸山光三さんがお見えになる。
だから一層このテーマは書きにくいが、どうも避けて通れないように感じる。


最初にドイツから見て日本がどう見えるか、それをリオのオリンピックが終わったとき、「次は東京だ」という事がドイツでは如何報道されたか。
ドイツ在住の女性9人のブログに面白い記事があった。
みどりの1kWhさんというブログで、スタンスは反原発だが、まあ現地の情報という事で紹介したい。

<以下みどりの1kWhさんというブログより引用>
http://midori1kwh.de/2016/08/28/8496#more-8496
(引用者注:このブログを書いた「まる」さんが感じたことは黒字で、現地報道を紹介する部分は青太字にしました)

リオが終わって世界の目は東京、日本へ
まる / 2016年8月28日

リオ五輪が閉幕した。2020年大会の開催地東京とホスト国日本について、現段階でドイツのメディアはどう伝えているだろうか。

8月23日、ドイツの公共ラジオ、ドイチュラントフンクは、「東京都知事に選ばれたばかりの小池百合子氏は2020年の五輪はこれまで最高の大会となると約束したものの、すでにスキャンダルが相次いでいる」と伝え、それは既に大会エンブレムの選定から始まったと、これまでに明らかになった問題をいくつか挙げている。

東京の五輪計画は良い星のもとにない。それは安倍晋三首相の大嘘から始まった。3年前のブエノスアイレスで同氏は、事故を起こした福島原発について「福島はアンダーコントロールです」と主張した。

それが今日でも間違っているのは、当時と変わらず、これから多くの年月が経ってもそうであり続けるだろう。

それ以来、スキャンダルが続いている。フランスの捜査当局は、五輪を東京に招致する際に賄賂が払われていたと主張している。大会のエンブレムに選ばれたデザインは、リエージュ市立劇場のエンブレムの盗作だったことが判明し、新たにデザインを選び直さなければならなかった。80年の歴史を持つ東京の魚市場は、五輪のプレスセンターにとって代わられることになり、それに対する抗議は日に日に高まっている。

そして最大の失敗は新国立競技場だ。今は亡くなったスター建築家、ザハ・ハディド氏のデザインは、建設的にも財政的にも全ての限界を越えるものだった。総工費が2520億円に膨らむことがわかり、首相が1年前に緊急ブレーキをかけた。新たに選び直したデザインのスタジアムは、現在の予定だと2020年、開会式の3ヶ月前に完成することになっている。

8月21日のテレビ番組「シュポルトシャウ(Sportschau)」は、東京五輪にかかる費用が当初考えられていた6倍にあたる1兆8000万円に跳ね上がりそうなことを伝え、 東京の道が狭くて、本来なら義務づけられている”オリンピック・レーン”が作れないこと、交通渋滞が予想されること、東京の夏が高温多湿であることなど、問題を挙げている。

同日のドイツプレスエージェンシー(dpa)は、「五輪の聖火台はどこ?」という見出しの記事で、新国立競技場の建築家たちが聖火台を忘れていたことに触れ、「このアクシデントが示すのは、五輪ホスト国にとって7年という準備期間は短いということ。そして招致の際に収賄があった可能性があるとして捜査が行われており、招致が成功した際にあがった最初の歓声は消え去っている」と書いている。さらに東京は深刻なイメージ問題をかかえていると指摘し、その理由はこの聖火台問題だけにあるのではなく、問題が判明した際の日本五輪委員会と政府の反応が遅かったこと、スタジアムのデザイン問題、エンブレム盗作問題もあるとしている。そして、大会招致の際のコンセプトでは各会場間の近さを約束していたのに、今ではいくつかの会場を東京外に移すことが考えられていること、ソフトボールと野球にいたっては、第1次予選を福島で行いたいと言っていることなども挙げている。そして「福島ということは、2011年3月にメルトダウンを起こした原発の近くだ」と驚きを隠せない。

同記事は「小池百合子都知事は、五輪費用を見直すと約束したが、リオで五輪旗を引き渡された東京は、これからさらに厳しい目が注がれるだろう」と締めくくっている。


ほんとうに、これからの4年間は、五輪インフラ整備の進み具合についてだけでなく、ホスト国日本の政治経済文化、国の体質といったいったところまで、世界のメディアが批判的に報道していくことに間違いないだろう。

<引用終り>


よくもまあ、こんな事を書き並べたものではないか・・・、言いたい放題の言い捨て御免・・・。

>東京の五輪計画は良い星のもとにない。それは安倍晋三首相の大嘘から始まった
>フランスの捜査当局は、五輪を東京に招致する際に賄賂が払われていたと主張している。
>80年の歴史を持つ東京の魚市場は、五輪のプレスセンターにとって代わられることになり、それに対する抗議は日に日に高まっている。
>そして最大の失敗は新国立競技場
>東京の道が狭くて、本来なら義務づけられている”オリンピック・レーン”が作れない
挙句の果てに
>、「五輪の聖火台はどこ?」という見出しの記事で、新国立競技場の建築家たちが聖火台を忘れていたことに触れ、「このアクシデントが示すのは、五輪ホスト国にとって7年という準備期間は短いということ

まあ、ここまで書かれれば、オリンピックのホスト国としては発展途上国のブラジル以下、そういう事である。

これがドイツで日本に関して報道されていることだ。

一体どうなってしまったんだろう・・・

そんなことで昨年3月、ドイツのメルケルさんが突如来日した。これも謎の多い来日だった。
以下参照ください。
メルケルさん<YOUは何しに日本へ
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1081.html
メルケルさん<YOUは何しに日本へ、続編
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1082.html

この3月19日のエントリーで、日経新聞ベルリン支局 赤川省吾さんの記事「メルケル独首相が訪日で犯した3つの過ち 」を紹介したのだが、そこに赤川さんの現在の日独関係について、凄い見方が載っている。
曰く
40年近くにわたって日独を行き来しながら両国の関係を追ってきたが、日本への冷たい視線をいまほど肌に感じたことはない。11日、出張先からベルリンに戻る機中でたまたま隣り合わせになったドイツ人の大学講師は初対面だったにもかかわらず、日本を面罵してきた。「男性優先の日本では女性の地位が著しく低く、吐き気がする」。連日のように報じられる日本批判を読んでいれば、そう考えるのも無理はない。

飛行機の中という狭い空間で、初対面のドイツ人大学講師が日本人を面罵する、これが異常でなくて何なのだろう。


丁度このメルケル訪日のすぐ後にこんな報道がある。
これは韓国中央日報の昨年5月21日の報道


<以下引用>
http://japanese.joins.com/article/749/200749.html
シュレーダー元独首相「安倍首相、靖国ではなく未来に足を向けるべき」
2015年05月21日16時16分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版] comment14mixihatena0
2016-9-27シュレーダー元ドイツ首相

シュレーダー元ドイツ首相が21日、「安倍首相は(靖国)神社ではなく未来に足を向けるべきだ」と述べた。

シュレーダー元首相は済州西帰浦(ソギポ)で開催された「平和と繁栄のための済州フォーラム2015」(済州特別自治道・東アジア財団・国際平和財団・中央日報共同主催)に出席するため訪韓し、中央日報のインタビューで、「ドイツが過去の過ちと責任に対する清算作業をしたように、日本も暗い過去の歴史に対して責任を感じることを望む」とし、このように述べた。

旧日本軍慰安婦被害問題については「慰安婦という言葉自体が誤った表現だ。あまりにも婉曲だ」とし「戦争中に韓国の女性に加えられた性的過酷行為に対しても(日本の)歴史清算がなければいけない」と強調した。

元国家首脳の助言はこの日、「世界指導者セッション-信頼と和合の新しいアジアに向かって」でも続いた。洪錫ヒョン(ホン・ソクヒョン)中央日報・JTBC会長の司会で行われたセッションには、福田康夫元首相、ユドヨノ元インドネシア大統領、ハワード元豪首相、クラーク元カナダ首相が出席した。

洪会長は「歴史上初めて中国と日本という2大勢力が北東アジア領域内に共存し、安保に影響を及ぼしている」とし「しかしすべての問題を強大国間の合意でのみ解決できるわけではない。中堅国として韓国の役割が域内でよりいっそう重要になるだろう」と診断した。

クラーク元首相は「韓国は歴史的には米国と近く、地理的には中国と近い」とし「したがって恐れる必要なく、常にイニシアチブを取ることが可能だ」と述べた。

ユドヨノ元大統領は「中堅国は強大国の間で懸け橋の役割を立派に遂行できる」と強調した。また「韓国は米国と中国のライバル国ではない。したがって韓国が米・中に接近、説得することで、我々の地域に利益となる方向に寄与できる」と説明した。

<引用終り>


こんなこともあって、今ドイツから見た日本の印象は極めて悪い。それが実はつい最近激変してしまったという調査結果がある。

毎年BBCが世界でいろんな調査をしているが、その中に国の好感度の調査がある。
そこで2012年と2013年の日本に対する世界各国の評価が載っている。

2012年はこれ
http://www.globescan.com/news-and-analysis/press-releases/press-releases-2012/84-press-releases-2012/186-views-of-europe-slide-sharply-in-global-poll-while-views-of-china-improve.html

2013年はこれ
http://www.globescan.com/news-and-analysis/press-releases/press-releases-2013/277-views-of-china-and-india-slide-while-uks-ratings-climb.html

その結果をまとめると
2016-9-25日本への好感度2012⇒2013

これを見るとまさにびっくり仰天!
2012年から2013年にかけて、ドイツ人の対日好感度は無残なまでに下落している。
良い印象は58%から28%へと、悪い印象は29%から46%へと変わっているのだ。

何故わずかな期間にここまで激変してしまったのだろうか。
この2013年版の調査がドイツで行われたのは2013年2月14日〜3月8日の期間となっている。
だから2012年の春以降くらいに報道された出来事の中にドイツ人の日本観に影響を与えたモノがあったと思われる。

考えてみると2012年は中国で全土で反日デモが盛り上がったときだった。
がしかしそれがドイツにどう関係したのだろうか?。

もう一つ考えられるのは2012年12月の総選挙で自民党が圧勝し、安倍政権が発足したことである、
アベノミクスが始まり、超円高が是正され、株価が大きく上昇した。日本企業がやっと息を吹き返した時だったのだが、ドイツから見るとどうだったのだろう。
この総選挙結果は各国では「日本、右傾化」、こんな報道が確かにあった。
そして安倍自民党圧勝の直後、2013年1月のダボス会議で『ドイツ連邦銀行総裁やメルケル首相が
「アベノミクスは為替操作だ」と批判し、麻生財務相が反論』、こんな事があった。

こうしてみると、この安倍政権誕生、アベノミクス開始こそドイツが日本たたきに走るきっかけになったのではないだろうか。
BBCの調査で短期間にあれだけ意識が変わる、これは意図的な日本に対するネガティブ・キャンペーンが毎日のように行われた、そして今も行われていると思わざるを得ない。
丁度これはフランクリン・D・ルーズベルトが日本たたきのネガティブ・キャンペーンを繰り返したことを彷彿とさせるものだ。

さらにドイツにとって大逆風がVWの排気ガス不正問題。これもいまだに解決していない。
余りにも根の深い問題なのだが、これは話が長くなるので別の機会とします。
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2016-08-03 11:56

イギリスが変わり始めた

 参院選だ、都知事選だと選挙選挙の7月が終わった。
所でそんな騒動で話題にもなっていないがイギリスのEU離脱の国民投票の結果誕生した新政権。
その新政権が中国出資の原発計画に待ったをかけた。


<以下引用>

イギリス原発計画、メイ首相が最終決定先延ばし 中国の出資を懸念か
2016年8月1日(月)10時12分
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/08/post-5572.php

メイ英首相は、サマセット州ヒンクリーポイントの原発新設計画について、プロジェクトの最終決定を遅らせる方針を明らかにした。関係筋などによると、中国の出資に伴う安全保障上の懸念が背景にあるという。
・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・


遅ればせながら、やっと日本でも報道され始めた・・・

メイ英首相、前政権の“親中政策”見直しか 中国企業の原発建設参加に懸念
2016.08.02
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20160802/frn1608021700007-n1.htm

<引用終り>


世界が驚いたイギリスの原発への中国出資。
イギリスは忘れているかも知れないが中国は忘れていない。アヘン戦争の屈辱だ。
中国ではアヘン戦争の屈辱の敵討ち、そんな思いでいたのだと思い。
そんなことでこの原発見直し、良いことだ。


所でイギリス新政権、メイ首相はもっといいことをやっている
2008年に労働党政権時代に作った「気候変動省」に大ナタをふるったとの報道がある。

<以下引用>

英国メイ政権 エネルギー気候変動省(DECC)を廃止。新設の強力経済官庁に統合。EU離脱交渉にらみで気候変動政策を「人質」か(RIEF)
2016-07-16 22:35:07
http://rief-jp.org/ct4/62973

 英国のテリーザ・メイ新首相が世界の気候変動関係者にいきなりのパンチを食らわせた。欧州連合(EU)離脱後の英経済強化のため、ビジネスとエネルギー、産業戦略を統合した新たな役所を設ける一方で、これまで気候変動政策をリードしてきたエネルギー気候変動省(DECC:Department of Energy and Climate Change)を廃止すると発表したためだ。
・・・以下略 詳細は上掲リンク先参照ください・・・

<引用終り>

メイ首相、なかなかやりますねえ。さすがクライメイトゲート事件の発端を作った国だけあります。
イギリスは大きく変わろうとしている。その一つの表れがこんなところ。
残念ながら日本のマスゴミはこんな大きな動きは殆ど報道しないが、こんなニュース、これからも注目していきたい。
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2016-07-28 21:22

ドイツで連発した暴力事件について

 ドイツ在住の丸山光三さんが最近のドイツ事情について極めて分かりやすい解説をご自身のブログにアップされている。
最近の難民問題やテロ問題などヨーロッパの事情は極めて分かりにくい。
日本ではテレビ・新聞などの報道ではこんな事情は理解不能と言っていいのだが、丸山さんの話は日本人としてもぜひ知っておきたいところ。
そんな事で丸山さんの話を引用させていただき、紹介したい。

紹介したいブログ

ドイツで連発した暴力事件について (2016-7-27)
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-entry-4876.html

なお上掲のブログのほかに以下二つのブログについても大変参考になる。

忘れてはならない移民輸出国だったドイツ (2015-10-20)
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-entry-4871.html

ドイツで発生しているのは移民問題ではなく戦争であるという件 (2015-9-13)
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-entry-4869.html


それでは以下丸山光三さんのブログより

ドイツで連発した暴力事件について
2016-07-27

Würzburg, München, ReutlingenそしてAnsbachとそれぞれ外国人が関連する暴力事件が連続的に発生し、さすがにドイツ国民も不安に感じている。政治的目的をもった恐怖主義すなわちテロの疑惑があるのはWürzburgで発生した17歳のアフガニスタン難民が列車内でナイフと斧で乗客を襲撃した事件で、他の三件はテロではなくアモック(注)というべきだろう。

Ansbachの件につき本日27日、ISとの関連を疑う報道があるが未確認情報である。

これ以外にも先週に報道されない事件が民間で伝わった。ハンブルクとハノーヴァー間の列車内で無賃乗車の男が検札員に逆切れしてナイフで脅したが、検札員は列車の出口を封鎖し鉄道警察に連絡し男を取り押さえた、というもの。男はドイツ人だった。

ドイツの鉄道駅には改札がなく時折検札員が切符のチェックをするのみなので無賃乗車は普通に行われている。
戦争から逃れてきた難民が暴力的傾向を有するものもいることは容易に想像できるが、ドイツ人でも攻撃的性格を有するものが無論いるということだ。これは話を相対化する心算でいうのではない。

ドイツ社会は元来他者や異邦人に閉鎖的である。それは歴史文化的に形成された他者を恐れる心理からくるものであろうが、それが集団的に組織的に計画的にある意図をもって発露したのがユダヤ人排斥である。それは第一次大戦後に周辺各国から度を超えた賠償要求と政治的圧迫を受けた怨念が爆発したとも言える。

その過去への反省が戦後のリベラル体制での外国人移民・難民などへの過度な寛容の理由となっている。
しかしドイツ人の心底では寛容よりも恐れに基づく他者排斥心理がとぐろを巻いている。こうした捻じれた心理は抑圧となりそれに耐えきれないものは精神病となるかいわゆる「切れる」ことになる。

また秩序への過度な社会的要求もあるものにとってはやはり過分な抑圧なのである。少しいい加減で適当に処理する、という態度が許されない社会は不幸な社会であろう。ドイツ社会がそれなのだ。適応できないものの不幸な発露はもう見たくない。

しかしながら、それだけでは理解しがたい裏の事情もあることが推測される。

・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・

(注)アモックについて
文化依存症候群
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%8C%96%E4%BE%9D%E5%AD%98%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4
ここに「19世紀末、代表的な文化依存症候群として、ラタ(latah)、アモック(amok)といった特異な精神障害が西欧諸国に紹介され・・・」という記述があります

<引用終り>


ドイツからの報道だけではこんなドイツの人たちの複雑な心境は分からない。
こんな心を持った人が今のドイツ人と認識したうえで日本人がどう生きてゆくか、そんなことを日本人は考えるべきだと思う。

少なくともヨーロッパで起こっていることは『第一次世界大戦から紐解かないとわからない』、そう理解すべきだと思う。
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2016-07-09 12:03

ダッカのテロ事件に思うこと

 バングラデシュでまたテロが起こったと報道されている。ダッカでの日本人7名の方が犠牲になった事件から8日で1週間。
バングラデシュでは悲惨なテロが続いている。

所でこのダッカでのテロ事件、私が以前から疑問に思っていたことがあるので、そんなことを書いてみたい。
最初に犠牲になった7名の方のご冥福をお祈りいたします、合掌。


さて私が何が気になったのか、最初にこのグラフを見てください。

こんな資料がある。
第 25 回アジア・オセアニア主要都市・地域の投資関連コスト調査
2015 年 6 月
日本貿易振興機構(ジェトロ)  海外調査部
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/20150045.pdf


ここにアジア各都市のコスト比較グラフがあり、ここでダッカ(バングラデシュ)のついてみてみるとこうなっている。

最初にワーカークラスの人件費
2016-7-8ダッカの人件費ワーカー

アジア・オセアニア各都市のワーカークラスの人件費比較。
ダッカを赤枠で示す、参考までにタイのバンコク、中国の深圳を青枠で示した。

なるほどバングラデシュがアジア・オセアニアの最貧国だとわかる。このリストの37都市の最下位、タイのバンコクや中国の深圳と比べると3.5分の1~4分の1だ。

これはエンジニアクラスの人件費

2016-7-8ダッカの人件費エンジニア

最下位ではないが、最下位グループである。ダッカの下にはビエンチャン(ラオス)、ダナン(ベトナム中部)だけ。

そしてこれは見方を変えて、駐在員用(つまり外国人用)住宅のコスト

2016-7-8ダッカの駐在員用住宅

見事ダッカは最下位グループを脱出!、37都市中北京・シンガポール・ヤンゴン・ムンバイ(インド)・成都(中国)・シドニー(豪州)に次いで堂々の7位である(笑)。
ダッカの駐在員用住宅の月額3400ドル(約34万円)というのは、バンコク(2178ドル)の1.56倍。
この住宅費はダッカのワーカー(月100ドル)の約3年分所得に相当、エンジニア(月268ドル)の1年分の所得を超える金額だ。

私の経験で、このように外国人用の住宅の値段が高騰する、この歪があると通貨暴落などが発生する。
現にアジア通貨危機の時がそうだった。
またこのような住宅価格の暴騰は、これによって甘い汁を吸っている現地人が多数いるわけで、所得格差の拡大が社会不安の原因となる。
そして注意すべきは、こんな格差が拡大すると暴動が発生することである
日本ではあまり報道されていないが、アジア通貨危機後のインドネシアの暴動(1998年5月)など、こんな事例は多い。
なおこんな住宅価格の歪の裏には、「多額の裏金」が横行しているはずだ。これも問題だと思う。


なお上掲グラフにはもう一つ問題の都市がある。ヤンゴン(ミャンマー)である。
だがこの件は問題を指摘するにとどめ、次へ進みます。


今回のテロのあった所はダッカの中でも大使館などが立ち並ぶ特別なところのようです。
そして日経の7月3日付記事によれば、

事件が起きた首都ダッカのグルシャン地区は、各国の大使館や外交官の住居などが集まる地域。日本人を含めた外国人が出入りする店が点在している。

 現地で教育支援などの活動をする日本の非政府組織(NGO)「シャプラニール=市民による海外協力の会」ダッカ事務所長の藤崎文子さん(48)によると、テニスのスコート姿で出歩く外国人女性がいるなど、イスラム教徒が人口の9割を占める同国では特殊な地域だという。

 現場となった飲食店「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」は自家製パンが売り物で、昼食のサンドイッチと飲み物に数千円かかる高級店。周辺にも同じような店が散在し、現地の富裕層や外国人が利用している。事件では日本人やイタリア人が犠牲になった。

この記事全文は本文の最後に掲載しました。


ダッカの外資系企業に働く労働者は、ワーカークラスなら月1万円、エンジニアでも月2万7千円くらいの給料。
しかしそんな労働者を使っている現地企業の外国人は、昼食のサンドイッチと飲み物で数千円を払っている
しかも女性は現地イスラム教徒が見れば丸裸同然のテニスのスコート姿
そしてこれは推測だが、外国人はラマダン期間中でも昼食をとっていたのではないか。
現地人が断食期間で空腹を我慢しているとき、平気で食事をしていた。特に外国人に雇われている運転手等は大いに不満がたまっていたのではないだろうか。

参考までに事件のあった「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」はこんなところ
2016-7-8ダッカのホーリー・アーティザン・ベーカリー


バングラデシュの女性の普通の服装

2016-7-9バングラの女性

バングラデシュの若い人のファッション
2016-7-9バングラのファッション

女性のファッションが可愛いですね。
でもよく見てください。バングラデシュは暑い国です(北回帰線が通っている。台湾南部と同じ)。そんなところですが女性は肌を出していません。日焼け防止もあるでしょうが、主な理由は宗教上の理由でしょう。
こんな習慣の人の住む国に無理解な外国人がやってきて自分流を押し通す。反感が生まれるのは当然だと思います。

ところで何故こんなファッションの話を持ち出したかと言えば、今回の襲撃事件の奇妙さからなのだ。
普通テロ事件では仲間の釈放とか身代金とか、そんな要求を出す。
しかし今回のテロ事件は『外国人を殺害する』、これが目的だったようだ。だから悲惨な結果になったし、レストランの従業員の中にも共謀者がいたとも報道されている。
つまり外国人に対する猛烈な恨みが無ければ、こんなことは起こり得ない。

そして外国人に対する恨みはこんな高級レストランで法外な値段で贅沢三昧の食事をしたり、バングラデシュ人から見ると裸同然のファッションをしたり・・・、こんな事から出てくるものではないだろうか。

バングラデシュ人気質について、タイ時代にこんなことを聞いたことがある。
バングラデシュはイスラム教の国なので、バングラデシュ人男性は女性と接する機会が非常に少ない。だから「女に飢えた状態」になっている。所でバングラデシュの西隣はミャンマーで仏教国。だからバングラデシュの若い男がミャンマーにやってきて欲求不満を解消してゆく。だからミャンマー人はバングラデシュ人が嫌いで、女性は特に怖がる。こんな話だった。

今回のダッカのテロ事件はこのような文化の違い、いわば文明・文化の衝突ととらえないといけないのだと思う。
これからも日本人はイスラム圏の国へ行かねばいけない事がある。そんな時にどのように対策するか、そのための教訓として今回の悲劇をとらえないといけない。そう思います。







本文で引用した日経記事全文です。参考までに。
<以下引用>
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG02H6U_S6A700C1CR8000/

急襲、晩さんが暗転 富裕層使う人気店
バングラ テロ
2016/7/3 1:22

 武装グループが襲撃したのは外国人が集まる人気のカフェだった。多くの人が出入りし、警備が緩やかな場所「ソフトターゲット」を狙ったテロが世界で相次ぐ。バングラデシュ国内でもイスラム過激派の動きが活発化しているとされ、現地の日本人社会では警戒感が高まっていた。

 事件が起きた首都ダッカのグルシャン地区は、各国の大使館や外交官の住居などが集まる地域。日本人を含めた外国人が出入りする店が点在している。

 現地で教育支援などの活動をする日本の非政府組織(NGO)「シャプラニール=市民による海外協力の会」ダッカ事務所長の藤崎文子さん(48)によると、テニスのスコート姿で出歩く外国人女性がいるなど、イスラム教徒が人口の9割を占める同国では特殊な地域だという。

 現場となった飲食店「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」は自家製パンが売り物で、昼食のサンドイッチと飲み物に数千円かかる高級店。周辺にも同じような店が散在し、現地の富裕層や外国人が利用している。事件では日本人やイタリア人が犠牲になった。

 「ソフトターゲット」を狙ったテロや事件は近年、増加傾向にある。2015年にはチュニジアの博物館前で男2人が銃を乱射し、日本人を含む観光客に犠牲者が出た。同年11月、130人が死亡したパリの同時テロでは劇場やレストランが狙われた。今年3月にはベルギー・ブリュッセルの地下鉄駅と空港で同時テロが起きている。

 バングラデシュ国内では過激派組織「イスラム国」(IS)系を名乗るグループによるテロが頻発。藤崎さんは「現地では夜の外出を極力やめている日本人が多く、緊張感が高まっていた。自分たちも地方への出張を控えるなど気をつけていた」と話す。

 グルシャン地区では昨秋、イタリア人男性がジョギング中に銃撃されて死亡。街中を巡回する警察官を増やすなど治安当局が外国人を狙う犯罪への警戒を強めていたという。

 15年10月、同国北部で農業開発に携わっていた星邦男さん(当時66)が射殺された事件を受けて、日本の外務省も同国の渡航情報を「十分注意」から「不要不急の渡航中止」に引き上げ、注意を呼びかけていた。

<引用終り>
  1. 海外
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2016-06-26 18:22

イギリスのEU離脱に思うこと

 イギリスのEU離脱の是非を問う国民投票、結果は離脱となったのだが、BBCを見ていると昨日から延々とこの問題ばかり報道している。天気予報やスポーツ関係のニュース以外は殆どこの問題。
多分イギリス人にとっても意外な結果だったのだろう

離脱賛成票を投じた人も、まさか離脱となろうとは思わなかったのではないか、そんな狼狽えぶりだ。
さらにスコットランドの独立問題もまたまた騒ぎ出している。


ところでこの問題、多分歴史を振り返って見てみないとよく分からないのではないか。
私もこのあたりの歴史には明るくないが、多分ノルマン・コンクエスト(1066年~1074年頃)頃からの長い因縁があるのだろう。
そしてその後もイギリスとフランスは何度も戦争をしている。もっとも有名な実は百年戦争だろう。
ノルマン・コンクエスト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%88

英仏戦争
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E4%BB%8F%E6%88%A6%E4%BA%89


そしてEU側はと言えば、今日の報道を見るとまさに喧嘩腰。
「何っ、EUから出ていくだとっ。だったらとっとと離縁届でも持ってきやがれっ!」、こんな感じである。

そんなことが分かる今日の報道

<以下引用>

http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20160625-118-OYT1T50096/list_KOKUSAI
離脱ドミノ防止へEU、英に早期交渉入り要求へ
2016年6月25日20時44分

2016-6-26イギリスのEU離脱関連記事

 【ブリュッセル=横堀裕也】英国が国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決めたことを受け、EU加盟国のドイツ、フランス、イタリアなど6か国の外相は25日、ベルリンで緊急会合を開いた。

 共同声明によると、外相らはEUからの離脱ドミノを防ぐため、英国に早期に離脱交渉に入るよう求め、政治経済面の不透明感を速やかに払拭する方針で一致した。離脱の衝撃を和らげるようEUが結束する方針も確認した。

 共同声明は、「英政府が(国民投票の)決定をできる限り、明快に早く実行することを期待する」とし、速やかに離脱通知をするよう求めた。EUが目指す統合深化の道筋について、加盟国に不満があることも認め、各国の事情に配慮した柔軟なEUのあり方を検討する考えも打ち出した。

 EUは、長引く景気低迷に加えて、難民問題への不安が広がる。ポピュリズム(大衆迎合主義)政党が批判の矛先をEUに向け、反EUをあおり台頭している。6か国は離脱問題を早期に収束させ、域内に波及するのを封じ込めたい考えだ。

 EUが、英国に対し早期交渉を求めるのは、辞意を表明したキャメロン英首相が当初の方針を覆し、交渉を先送りしたためだ。英国の離脱派には、拙速な交渉で不利な条件をEUにのまされるとの警戒感がある。

 EUからの離脱手続きは基本条約であるリスボン条約50条に定められている。離脱時には新たな自由貿易協定や、EU法に代わる取り決めをまとめる必要があるが、詳細な手続きは決まっていない。拡大を続けてきたEUが、加盟について具体的な手続きを定めているのとは対照的だ。離脱通知から2年後にEU法の執行停止となるが、具体的な手続きは今後の交渉次第となる。離脱日や移行期間、英国に住むEU加盟国からの移民の取り扱いなど検討項目は多岐にわたる。

 EUは週明けから離脱手続きを本格化させる。27日にベルリンでメルケル独首相、オランド仏大統領、レンツィ伊首相、トゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)が会談。28~29日にブリュッセルで予定されているEU首脳会議に備える。初日はキャメロン氏に早期に離脱交渉を開始するよう求め、29日は英国を除く27か国で今後の戦略を練る方針だ。

<引用終り>


所でこのEU離脱問題、今年の3月だがフランスはこんなことを言っている。
曰く、若しイギリスがEU離脱なら、フランスは今フランスで止めている移民を全部イギリスに送り込むぞ。
イギリスの銀行マンが持っていた特権だって、全部チャラだっ。だから銀行マンはどんどん引っこ抜くぞ。


<以下引用>

2016年 3月 3日 7:24 PM JST
英国がEU離脱なら、仏から移民流入させる─仏経済相=FT
http://jp.mobile.reuters.com/article/idJPKCN0W5123

[エディンバラ 3日 ロイター] - フランスのマクロン経済相は、英国が6月の国民投票の結果、欧州連合(EU)から離脱するならば、フランスから英国への移民流入を食い止めていた国境管理をやめると警告した。

また、ロンドンから逃げ出す金融関係者は手厚く迎えると述べた。英仏首脳会議を前に英フィナンシャル・タイムズ紙(FT)とのインタビューで語った。

マクロン経済相は、EUとの関係解消と同時に「(フランス北部)カレーの難民キャンプにいた人々は自由に移動し、(EU全体で通用する)金融業界のパスポートは機能しなくなる」と述べた。

経済相は2国間貿易に障害が生じるとも指摘。(英国行きを望む)移民をフランス側に押しとどめていた国境管理協定も解除されるとした。

フランスが2012年に税率を引き上げた際、英国が仏企業の誘致に動いたことを受け、マクロン経済相は「ロンドンの金融街シティーからの帰還者を受け入れることになるだろう」と述べた。

また英国が加盟権を拒否するならば、EUの「集団エネルギーは新たな関係を再構築するのではなく、今までの絆を解消することに向けられるだろう」と述べた。

<引用終り>

この二つの記事を見るとEUとイギリスはまさに喧嘩状態なのが分かる。
新たな戦争の始まりではないか、そんなふうにもみえる。

最近EUはドイツ帝国だとの話が色々あるが、西尾 幹二氏と川口 マーン 惠美氏のこんな対談本が興味深い。

膨張するドイツの衝撃―日本は「ドイツ帝国」と中国で対決する 単行本(ソフトカバー) – 2015/8/7
西尾 幹二 (著), 川口 マーン 惠美 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E8%86%A8%E5%BC%B5%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AE%E8%A1%9D%E6%92%83%E2%80%95%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E3%80%8C%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E3%80%8D%E3%81%A8%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%A7%E5%AF%BE%E6%B1%BA%E3%81%99%E3%82%8B-%E8%A5%BF%E5%B0%BE-%E5%B9%B9%E4%BA%8C/dp/4828418334


さてそんなドイツの膨張、これがEUに正体なのだが、そこに「ノー」を突き付けたのがイギリス。

しかしこの問題は昨年来のEUに押し掛けた難民問題、この難民問題を新たな戦争だといった人がいる。
ドイツ在住の「丸山光三さん」である。

以下ブログ参照ください。
「欧州の移民問題は新たな戦争?」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1163.html


これが丸山光三さんのブログ
独逸で発生しているのは移民問題ではなく戦争であるという件
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-date-201509.html

これからもまだ紆余曲折があると思う。まだまだ目が離せない状態が続く。


最後に、まったく関係ない話ですが、ブログの広告を出ないように変更しました。
パソコンでは別に不都合はなかったのですが、スマートフォンで見ると広告が最初に出てきて大変見にくい。
そこで契約を変更したわけです。
少しは良くなったと思います。
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2016-05-04 11:24

オーストラリアはオランダ病

 オーストラリア海軍の潜水艦更新計画が最終的に決定し、日本はその選に漏れたと言う話しをエントリーした。
「受注できなかったが失敗ではない」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1252.html


 所でそのオーストラリアだが、私はオーストラリアには行った事はないものの結構オーストラリア人とは付き合いがあった。
そしてどうしてもオーストラリアの現状と私の記憶するオーストラリアとがかみ合わない。
そこで思い出話などを含めて、どうしてこんな事になってしまったのか考えてみた。


 最初は90年代はじめ頃の話。
当時会社で英会話教室を開いており、その講師の方がオーストラリア人だった。
いろんな話の中で「如何して日本に来て、英語の講師などしているのか」、こんな事を色々聞いてみた。
結論はオーストラリアには仕事が無い。だから日本ならそこそこ仕事が有るので、英語を喋れるだけの能力しかないが仕事が有るのだと言う。
そこでオーストラリアでは所得はだいたいどれくらいか聞いてみた。
中産階級で年収200万~300万だと言う。

この話は納得できる。実は全く別の所でもオーストラリアから来た人が中学校の英語の講師をしている事例も見てきたからなのだ。

 その後私はタイに行ったが、仕事の都合でGMと打ち合わせする必要が出てきた。タイにはGMタイ工場が有るのだが、技術的な話はGMオーストラリア(ホールデン)が技術面の窓口になっており、図面や規格などもそこと話をしないといけない。
通訳は居ない、私はブロークン・イングリッシュで冷や汗をかきながら打ち合わせしたものだった。

同じ工業団地内にオーストラリア系の会社が有り、そこのオーストラリア人と付き合いができた。と言っても仕事の取引関係はない、居酒屋の飲み友達と言った所。でも何回かは一緒にカラオケに行って歌など歌ったりしたものだった。
ある時などは一緒にカラオケを歌った翌日、日本人会の会合が有った。行ってみると「短足さん、夕べカラオケで「毛唐」と一緒にウタ歌っていたでしょう、誰ですか?あの毛唐は?(爆笑)」、こんな事も有った。
(悪い事は出来んというか、悪事千里を走ると言うか・・・)

もう一つ、忘れられないのがタイ西部、泰麺鉄道の故地である。泰麺鉄道と言えばだれでも「映画戦場にかける橋=カンチャナブリ」だと思うにだが、そのカンチャナブリから更に70キロほど奥に「ヘルファイアーパス(地獄の火の峠)」と言う所がある。現在の鉄道の終点から更に奥に入った所、泰麺鉄道最大の難所で突貫工事に伝染病(コレラやマラリア)が重なり、多くの方が命を落としたところだ。
此処にヘルファイヤーパス記念館と言うものがオーストラリア政府の寄付で建設されている。

ヘルファイア・パス・メモリアル
2016-5-3ヘルファイア・パス・メモリアル

此処は来る人も稀な奥地で、来る人は多くがオーストラリア人。私も2度行ったのだが、オーストラリア人たちの憎悪の目が忘れられない。

そしてこの泰麺鉄道について色々調べていたら、面白い事が分かった。多数の連合国捕虜を動員して突貫工事で進めたのだが、捕虜の中で相当酷い差別が有ったのだと言う。
差別されたのはオランダとオーストラリア、差別したのは英米の捕虜たちだった。
何故差別されたのか、その理由は「戦闘で真っ先に逃げ出したり、日本軍に真っ先に降伏して捕虜になったのがオランダとオーストラリア」だから英米の軍人たちはオランダとオーストラリア兵を弱虫だとバカにし、差別したのだと言う。
この話を氏って納得した。だからその怨念が有るからこそ、あんなヘルファイアー・パス・メモリアルを作ったんだと。そして今まで有色人種の上に立って支配していたのが立場が逆転して有色人種の捕虜になる屈辱、こんなモノが有るんだと。
(だからオーストラリアとオランダが反日国
そして映画「戦場にかける橋」や「猿の惑星」の原作者ピエール・ブールは仏印で同じ経験(支配者だった白人が有色人種に支配された)をした、この屈辱感が戦場にかける橋や猿の惑星の根底にあるんだと。

こんな事で私のオーストラリアに関してのイメージはこんな事情で知った情報がベース(だから2000年代初め頃までのモノ)になっている。

しかし2000年代に入って状況は様変わりしてしまった。
これはオーストラリアの貿易額の内容と推移

2016-5-3オーストラリアの貿易

これは輸出額推移

2016-5-3オーストラリアの貿易1輸出額推移

これは輸入額推移

2016-5-3オーストラリアの貿易2輸入額推移

2000年代に入って物凄い伸びになっているのがお分かりいただけよう。

そしてこんな無茶苦茶な経済の成長がもたらすもの、これをオランダ病と言うそうだ。

オランダ病
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E7%97%85

オランダ病とはWikiによれば
『ある国が豊富な天然資源を見つけ、それを積極的に輸出し始めると、大きな貿易黒字を得ることができる。だが貿易黒字は自国の通貨高を招き、資源以外の輸出品は国際競争力を失う。そのため製造業が衰退し、そこで働いていた人々は失業者になっていく。それを防ぐために、資源輸出で得た収益の適切な投資と産業を多角化させることが求められる。』

そして該当国はオランダ、ナイジェリア、オーストラリア、ロシアが有るのだと言う。

そして上掲wikiによればオーストラリアについては
「2000年代に入ると、中国を始めとした新興工業国の産業が活性化。鉄鉱石をはじめとした天然資源の価格は上昇し、多くの資源を保有するオーストラリア・ドルの為替レートも上昇した。しかし、2010年代に入ると豪ドル高のまま住宅価格が下落、銀行業界の資金難、やがては需要の一巡による資源の価格低迷に直面することとなった。国内の技能職の賃金も上昇を続けた結果、国内の製造業も縮小傾向になりつつある。自動車産業の例では、隣国のニュージーランドと合わせても総人口3000万人に満たない限られた国内市場および労働者賃金の上昇のため製造部門の採算性が悪化しており、2016年にフォードが、2017年にはゼネラル・モーターズとトヨタが組立工場を閉鎖する方針を打ち出しており、オーストラリアの国産自動車が消滅する危機を迎えている。」

更に
資源の呪い
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%87%E6%BA%90%E3%81%AE%E5%91%AA%E3%81%84
こんな風にも言われる様だ。


オーストラリアは今オランダ病の真っ最中。そしてオーストラリアには流刑の大陸から出発してから230年ほど、独立からは115年ほど、こんな新しい歴史しかない国だ。
1788年 最初の流刑者植民船団到着、植民地建設開始。(1868年流刑制度廃止)、
1894年 オーストラリア労働者組合 (Australian Workers' Union, AWU) 結成
1901年 オーストラリア連邦成立

オーストラリア建国の歴史より労働組合の歴史の方が古い、こんな国である。

こんな国に世界に誇る潜水艦の技術供与をする、こんな恐ろしい話がご破算になって本当に良かったと思う。



偶々偶然だが、オーストラリア在住の山岡さんと言う方がご自身のブログでこんな事を言っている。

「失注で良かった」 山岡鉄秀
山岡さん AJCN代表
http://agora-web.jp/archives/2018920.html

潜水艦輸出がご破算になって本当に良かったと

その理由は
・ 豪州は製造業には向かない国

・ 気密保持は困難

オーストラリア在住の方からこんな事を言われる。それだけオーストラリアが酷いんだと思う。
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2016-03-13 22:23

ベトナムが日本語を「第1外国語」に

 ベトナムが日本語を英語などと並ぶ「第一外国語」として学校で教える、こんな報道が有った。
大変うれしい話である。

この話はNINJA300さんの「雪隠詰めのベトナムを日本はほおっておくのか」エントリーで知った。

先ずは何はともあれ、その報道を見てみたい。

<以下引用>

日本語が「第1外国語」に ベトナムの小学校で東南アジアで初
http://www.sankei.com/life/news/160301/lif1603010038-n1.html

 在ベトナム日本大使館は1日、ベトナム全土の小学校で日本語を英語などと並ぶ「第1外国語」として教えることを目指す方針でベトナム教育・訓練省と一致したと発表した。

 対象は3年生以上。今年9月から試験的に、首都ハノイの三つの小学校に日本語学習クラスを2クラスずつ設置する。大使館によると、初等教育段階での日本語教育の導入は東南アジアで初めて。

 ベトナムでは既に一部の中学校で日本語教育を実施。日本との経済関係などの強化を受け、初等教育への拡大を目指す。ただ教える人材をどう確保するかなどの課題もあり、実際に多数のベトナムの小学校で日本語教育を実施できるかどうかは不透明だ。

 日本は対ベトナム投資額で韓国、マレーシアに次ぐ第3位。対日感情は概して良好で、日本への旅行客も増加している。大使館によると、ベトナムでは約4万6千人が日本語を学んでいるとされる。(共同)

<引用終り>


 ベトナムは永年中国の属国であり漢字文化圏だった。しかし中国から何とか独立しようとしてきた歴史を持つ。
だから数年前に見た中文のwikipediaでは越南(ベトナム)は中国の属国と書いてあった。
そしてその後フランスの植民地になった。フランスがベトナムに持ち込んだのはフランスパンとギロチンだった。
悲惨な歴史が此処にもある。
そのフランスをWW2で追い出したのが日本。そんな歴史も有り、ベトナムは昔から親日国である。

しかしベトナム人はもっと面白い事を言う。
ベトナム、漢字で書けば越南、だから中国南部の越の国がルーツだ。そして日本も同じく越の国をルーツにする国だ。だから同じ越の国の仲間だ。
こんな事でベトナム人の親日は筋金入りと言える。

ちょっと参考までに
越(えつ)の国:紀元前700年頃~前257年頃まで、現在の上海あたりにあった国。「呉越同舟」という諺の越の国。
尚その後越の民は更に今の中国南部に百越として小国に分かれて存在。百越の範囲は今のベトナム北部にまで及んでいた。


一寸ここからは私の思い出話。
私もベトナムと日本はお互いにルーツには接点がある。そんな風に思っているのだがその物証を紹介。

ベトナムの大事にしている宝物にドンソン文明の銅鼓(青銅鼓)が有る。
ドンソン文明と言うのは現在の首都ハノイ(漢字では河内)近郊のドンソン村で発見された2000年ほど前の遺跡を作った文明。
そこでは立派な銅鼓(青銅鼓)が作られていた。

ドンソン銅鼓(青銅鼓)

2016-3-13ドンソン銅鼓

私が2002年にハノイの歴史博物館で実物をしっかり見てきた。そしてこの製造法は日本の銅鐸と共通の技術であることに気が付いた。面白いものだと思う。
尚ベトナム以外に中国南部、百越関係の遺跡でも同じような銅鼓が発見されている。その文献では銅鼓は百越に固有の文化だとなっている。

これは日本で発見された最大の銅鐸のレプリカ

2016-3-13日本最大の銅鐸レプリカ

銅鐸は謎の多いものである。どこから伝わってきたのか(類似品は中国にも無い)、どのように使われたのか、どうして突然使われなくなったのか、どうして他のモノとは全く別に埋められたのか・・・
そんな謎を解くカギの一つがこのベトナムのドンソン銅鼓(青銅鼓)かも知れない。何せ製造方法に共通点が色々あるのだ。
どなたか研究してくれませんかねえ。上手くいけばすごい発見になるかもしれないですよ。

そう言えばタイに居るレヌカーさんとこの銅鼓の製造方法についていろいろ話をしたことがある。
そんな事も私のタイ時代の思い出の一コマ。

ベトナムが日本語を第一外国語にすると言う嬉しい話が大いに脱線して考古学の話になってしまった。
今日はこれ以上脱線すると何処まで行くか分からないので、これにておしまいとします。
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2016-01-07 16:59

大波乱の年明け

 今週は月曜日が中国株の暴落で始まり、本日も暴落しサーキットブレーカーとやらで市場はストップ。
凄い展開になったのだが、その上北朝鮮が核実験を行うなど、凄い年明けになったものだ。

所でその北朝鮮による核実験、カリアゲ君(金正恩)は水爆実験が成功したと言っているが、マスゴミの論調を見ると水爆かどうか疑わしいと言っている。
しかし私にはこの核実験、水爆でもブースト型原爆でもどちらでも大して違いは無い。それよりかなり小型化が進んでいる事が問題ではないかと思えるのだ。

小型化すればミサイルに簡単に乗せられる。日本にとっても大問題なのだが、もう一つ考えて欲しい事がある。
イランである。

悪の枢軸、イランと北朝鮮はそう言われてきた。そして実は核兵器でもイランと北朝鮮は協力関係にある。
イランと北朝鮮の核協力については以下参照ください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%81%A8%E5%8C%97%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82


以下は私の妄想ですが・・・

考えてみるとイランは核開発を凍結し、アメリカと仲直りしているように見える。しかしイランの代わりに北朝鮮がイラン向けの核開発をしているのなら、イランとしては別に取り立てて心配することも無い。
イランとアメリカとの合意にはこんな裏があるのではないか。
そしてカリアゲ君が世界中を敵に回して核実験をした様に見えるが、そんな裏がありそうだ。
何せあの強かなイランと北朝鮮である。


所でもう一つの心配がペルシャ湾の石油問題である。
現在サウジアラビアがイランと国交断絶。
そんなイランの手に小型核でも渡ったら深刻な事になる。

実はそんな事を心配させる出来事が有った。
2010年7月、日本の巨大原油タンカー(16万㌧)がペルシャ湾で正体不明のテロ攻撃を受けたのだ。
この件は以下のエントリー参照ください。

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-172.html


http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-174.html


北朝鮮の核実験問題は悪の枢軸「イランと北朝鮮」としてとらえないといけない。
そのイランは現在サウジと揉めていて、サウジは断交している状態、こんな背景の中でこの核実験問題を見ないといけないと思う。

正月早々、トンデモナイ事が次々起こっている。
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2015-11-15 22:25

フランスの最悪の日

 2015年11月13日(金曜日)~14日はフランスにとっては本当にひどい日になってしまった。
パリでは今分かっているだけで129人もの死者を出すテロ事件。犯行はイスラム国ISが犯行声明を出しているが、シリア難民に紛れて欧州に入ってきた連中の犯行の様だ。
正に言葉も無い。


所で今日久しぶりに帰ってきた長女とメシを食べながらの話。フェースブックではフランスへの連帯の証しとしてこんなモノがはやっているのだと言う。

2015-11-15ザッカーバーグ


しかし残念な話が続く、
14日にはフランスの高速鉄道TGVが新型車両の試運転中に脱線、線路外へ飛び出し、すぐ下の運河に落ちると言う大事故が発生した。死者は10人になると言う。

こんな状況。

2015-11-15TGV事故1

上の赤い色が運河にかかる鉄橋、此処から下の運河に落下した。試運転中の為乗っていたのは技術者のみで一般の乗客はいなかった。

その現場はこんな所、緩いカーブに見えるが、TGVとしては相当の急カーブではないだろうか。

2015-11-15TGV事故2

事故原因はこれからいろいろわかって来るだろうが、世界の高速鉄道で乗客の死亡事故を起していないのは日本の新幹線とフランスのTGVだけだった。そのTGVの事故である。残念な話だと思う。

新幹線の脱線事故と言えば2004年(平成16年)10月、新潟県中越地震の為、上越新幹線で発生した脱線事故を思い出す。
この時は高架橋の上で直下型地震直撃を受け脱線した。しかし脱線したものの線路外に飛び出すと言う事は無く、死者・負傷者ともなかった。
日本の新幹線には此れに慢心することなく、更なる安全記録を目指して頑張ってほしいものだ。


以下は全く関係のない話・・・

こんな話をしながら今日は魚料理を食べに行った。
食べたものにこんなモノ。この時期にしてはよく太った焼きハマグリ。

2015-11-15はまぐり

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2015-11-13 21:50

パンダハガー(親中派)をやめた話<*追記あり

 今日からこんな本を読み始めた。
アメリカ政府に多大な影響力のある中国研究者がパンダハガー(親中派)を止めた話である。
中国の100年計画の世界制覇の野望に気が付いたのだと言う。

2015-11-13中国の世界覇権百年戦略

本の題名は「China 2049」、副題が”秘密裏に追行される「世界覇権100年戦略」”である。
(貼り付けた本の表紙の写真はそう書いてあるのだが、印刷の都合で上手く見えない。恐縮です。)

実はこの本、一昨日この本の書評が有ったので早速注文した。それが今日夕方共有型到着したと言う訳。

チョットその書評から興味深い所を引用すると

<以下引用>
http://diamond.jp/articles/-/81432
http://diamond.jp/articles/-/81432?page=5

 現在起こっている米中の対立は、一過性のものなのか、それとも「米ソ冷戦」のように長期的なものなのか?この疑問に答えを与えてくれる「衝撃の書」がある。米国を代表する超大物「パンダ・ハガー」(パンダを抱く人=親中派)だったマイケル・ピルズベリーの最新作「China2049 秘密裏に遂行される『世界覇権100年戦略』だ。今回は、この本から、米中関係の変遷を読み解いて行く。

 ピルズベリーは現在、ハドソン研究所中国戦略センターの所長であり、米国防総省の顧問も務めている。また、米国の政策に大きな影響力を持つ、「外交問題評議会」「国際戦略研究所」のメンバーでもある。

 そうした「表の顔」の他に「裏の顔」も存在する。本に書いてしまっているので、「裏の顔」ともいえないが、ピルズベリーは24歳の時から、米国のスパイとして働いてきたのだ(40p)。米国の「対中政策」に40年以上深く関わってきたピルズベリーは、この本の中で、「米中関係」の驚くべき「裏話」をたくさん披露してくれている。

・・・中略・・・

 次に、「この本の位置づけ」について考えてみよう。15年3月、親米諸国が米国を裏切り中国側についた「AIIB事件」が起こった時、筆者は「米国は必ず逆襲する」と書き、その方法についても予測した。(詳細はこちらの記事を参照)あれから半年が過ぎ、予想通り米中関係は、急速に悪化している。

 問題は、最初に触れたように両国の対立が「一過性のもの」なのか、「長期化する」のか、である。

 ところで、この本の冒頭には、「機密情報が漏えいしないよう、CIA、FBI、国防長官府、国防総省の代理によって査読を受けた」とある。つまり、この本には、CIA、FBI、国防総省もかかわっているのだ。巻末には、「謝辞」があるが、その中に、こんな一文がある。

 <ヘンリー・キッシンジャーは中国人の考えを深く理解しており、その知識に基づいて直接的にも間接的にも支援してくれた。>(360p)

 かつて米国ナンバーワン「パンダ・ハガー」だったキッシンジャーが、全面的に協力している。これは、「キッシンジャーが親中派をやめた証拠」といってよいだろう。大物親中派ピルズベリーとキッシンジャーの転向により、今後米国で「パンダ・ハガー」でいることは困難になるだろう。無理に親中派をつづければ、中国との「黒い関係」を疑われるようになる。

 そして、冒頭にある「推薦の言葉」は「決定的」だ。ウールジー元CIA長官は、中国について、こう書いている。

 <本書が明かす中国の真の姿は、孫子の教えを守って如才なく野心を隠し、アメリカのアキレス腱を射抜く最善の方法を探しつづける極めて聡明な敵だ。
 我々は早急に強い行動を取らなければならない。


 元CIA長官が、ある国について「敵」と名指しするのは、よほどのことだ。そして、ピルズベリー自身は、「アメリカはこのマラソンの敗者になろうとしている」と警告している。さらに、「中国が覇権をとった暗黒の世界」を描き、そうならないために「米国が中国に勝利する方法」まできっちり解説している。

 これらすべての事実からわかることは、「中国の世界覇権の野心を知った米国支配層が、中国打倒の決意を固めている」ということだ。つまり、現在の「米中対立」は、「米中覇権戦争」の一環であり、戦いは「長期化」し、決着がつくまでつづく」可能性が高いのだ。私たち日本国民も、日本政府も、「今は1930年代のように、変化の激しい切実な時代なのだ」ということを、はっきり自覚しておく必要がある。

<引用終り>


大変面白い話である。
がしかし、今はまだ読み始めたばかり、じっくり読んでみたいと思います。

私の最大の興味は今は1930年代の流動的な時代とそっくりなところがある。そんな目でこの書も見たいと思っています。


*追記します。よもぎねこさんから引用記事が読めなくなっているとの指摘がありました。確かに読めなくなっていまして、何度かチェックするとどうも不安定。今は読めるのですが念の為全文を下記に引用します。

尚私は最初の記事のコピーを持っていましたので記事が書き換えられたかどうか確認しました。記事の書き換えは無いようです。

不要なら読み飛ばしていただいて結構です。

<以下引用>

http://diamond.jp/articles/-/81432

米国超大物スパイが明かす、中国「世界制覇」の野望
北野幸伯 [国際関係アナリスト] 【第18回】 2015年11月15日

米中の対立が激化している。現在起こっている米中の対立は、一過性のものなのだろうか?それとも、「米ソ冷戦」のように長期的なものなのだろうか?この疑問に答えを与えてくれる「衝撃の書」がある。

米中関係改善に貢献した
米国の超大物スパイが暴露本を出版!

 米国は9月、訪米した習近平国家主席を「冷遇」し、両国関係の悪化が全世界に知れわたった。翌10月末、米海軍は、「航行の自由」作戦を実施。米中の軍事衝突を懸念する声が、聞かれるようになった。

2015-11-16中国世界制覇の野望の添付写真

 現在起こっている米中の対立は、一過性のものなのか、それとも「米ソ冷戦」のように長期的なものなのか?この疑問に答えを与えてくれる「衝撃の書」がある。米国を代表する超大物「パンダ・ハガー」(パンダを抱く人=親中派)だったマイケル・ピルズベリーの最新作「China2049 秘密裏に遂行される『世界覇権100年戦略』だ。今回は、この本から、米中関係の変遷を読み解いて行く。

 ピルズベリーは現在、ハドソン研究所中国戦略センターの所長であり、米国防総省の顧問も務めている。また、米国の政策に大きな影響力を持つ、「外交問題評議会」「国際戦略研究所」のメンバーでもある。

 そうした「表の顔」の他に「裏の顔」も存在する。本に書いてしまっているので、「裏の顔」ともいえないが、ピルズベリーは24歳の時から、米国のスパイとして働いてきたのだ(40p)。米国の「対中政策」に40年以上深く関わってきたピルズベリーは、この本の中で、「米中関係」の驚くべき「裏話」をたくさん披露してくれている。

 よく知られていることだが、米中関係が劇的に改善されたのは、1970年代はじめだった。米国は、冷戦のライバル・ソ連に対抗するために、「中国と組む」ことにした。主導したのは、ニクソン大統領とキッシンジャー大統領補佐官といわれる。特にキッシンジャーは、「米中関係を劇的に改善させた功績」により、「リアリズム外交の神様」と評価されている。

 ピルズベリーは当時20代半ばだったが、「米中和解」に大きく貢献した。ニクソンとキッシンジャーは1969年、「中国と和解した時、ソ連との関係が過度に悪化するのではないか」と恐れていた。ピルズベリーは、ソ連人から情報を入手し、「米中が和解しても、ソ連は米ソ緊張緩和の動きを止めない」ことを伝えた人物だったのだ。

 <ほかならぬわたしがソビエト人から得ていた情報に後押しされて、ニクソンとキッシンジャーはついにその気になったのだ。
 わたしが得た情報とは、「米中が接近しても、モスクワは緊張緩和への動きを中断しないだろうし、中国のあてにならない申し入れをアメリカが受け入れることを大方予測している」というものだ。
 アルカディ・シェフチェンコとクトボイは、まさにその通りのことをわたしに語っていた。>(88p)

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http://diamond.jp/articles/-/81432?page=2

「キッシンジャーは毛沢東の計略にはまった」
鄧小平時代には米中「蜜月」に


 しかし、この本にはもっと重要なことが書かれている。「米中和解」を「真」に主導したのは、ニクソンでもキッシンジャーでもなく、中国だったのだ。

 <この交渉を始めたのは、ニクソンでもなければキッシンジャーでもなかった。(中略)
 ニクソンが中国を訪れたのではなく、中国がニクソンのところへやってきたのだ。>(82p)(太線筆者。以下同じ)

 キッシンジャーは71年7月、極秘で中国を訪問。そして、72年2月、ニクソンは歴史的訪中を実現させた。キッシンジャーはすっかり毛沢東に魅了され、中国に取り込まれてしまう。

 <キッシンジャーは毛の計略にまんまとはまり、ニクソンに、「中国は英国に次いで、世界観がアメリカに近い国かもしれない」と告げた。
 中国の戦略を疑う気持ちはみじんもなかったようだ。>(96p)


 当時49歳だったキッシンジャーの「中国愛」は、以後40年以上つづくことになる。こうして、米中関係は劇的に改善された。

「ソ連と対抗するために、中国と組む」−−。これは、論理的に非常にわかりやすいし、米国の立場からすれば「戦略的に間違っていた」とはいえないだろう。両国関係は、毛沢東が76年に亡くなり、鄧小平がリーダーになった後、さらに深まっていく。

 <西洋人にとって鄧は、理想的な中国の指導者だった。
 物腰が穏やかなおじいさんのようでありながら、改革精神に富むバランスのとれた指導者。
 要するに、西洋人が会いたいと思う人物だったのだ。>(101~102p)

 そして、米国は、この「理想的な指導者」を、惜しみなく支援することにした。

 <カーター(註、大統領)と鄧は、領事館、貿易、科学、技術についての協定にも署名したが、それは、アメリカが中国の科学者にあらゆる種類の科学的・技術的知識を提供することを約束するもので、結果的にアメリカの科学的・技術的専門知識の史上最大の流出を招いた。>(111p)

 こうして「理想的な指導者」鄧小平は、米国(と日本)から、ほとんど無料で、奪えるものを奪いつくし、中国に「奇跡の成長」ともたらすことに成功する。まさに、中国にとって「偉大な指導者だった」といえるだろう。

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http://diamond.jp/articles/-/81432?page=3

天安門事件と冷戦終結で関係にヒビ
驚きの「クリントン・クーデター」が勃発


 80年代末から90年代初めにかけて、米中関係に大きな危機が訪れる。理由は2つあった。1つは、89年6月の「天安門事件」。人民解放軍は、「民主化」を求める天安門のデモを武力で鎮圧し、数千人の死者が出た。もう1つは、「冷戦の終結」である。

 「ソ連に対抗するために中国と組む」というのが米国側の論理だった。では、「ソ連が崩壊した後、中国と組みつづける理由は何か?」という疑問が当然出てくる。そして、この2つの大事件は、確かに米中関係を悪化させた。時の大統領は、クリントンだった。私たちが抱くイメージとは違い、「クリントンはどの大統領より強硬な対中路線を敷いた」と、ピルズベリーは断言する。

 <大統領選のさなかには、「ブッシュ大統領は、北京の肉屋を甘やかしている」と攻撃した。
 クリントンが大統領に就任するとすぐ、国務長官のウォーレン・クリストファーは、上院外交関係委員会でこう宣言した。
 「わたしたちの政策は、経済力の強化と政治の自由化を後押しして、中国における共産主義から民主主義への広範で平和的な移行を手助けすることだ」>(140~141p)

 米国が反中に転じることを恐れた中国は、なんと米国政府内に「強力な親中派グループ」を組織し、クリントンの「反中政策」を転換させることにした。ピルズベリーによると、「親中派グループ」には、国家安全保障担当補佐官トニー・レイク、副補佐官サンディ・バーガー、国家経済会議議長ロバート・ルービン、財務次官ローレンス・サマーズなどが含まれていた。

 ルービンは、元ゴールドマンサックスの会長で、後に財務長官になっている。サマーズは、ハーバード大学の経済学者で、ルービンの後に財務長官になった。確かに「強力」だ。「親中派グループ」は、政治家の味方を増やしていった。そして、何が起こったのか?

 <ついに1993年末、中国が現在、「クリントン・クーデター」と呼ぶものが起きた。
 中国に同調する面々が大統領に反中姿勢の緩和を認めさせたのだ。
 クリントンがかつて約束したダライ・ラマとの新たな会談は実現しなかった。
 対中制裁は緩和され、後に解除された。>(143p)

 驚くべき事実である。中国はなんと、米国の外交政策を180度転換させることに成功したのだ。

次のページ>> 驚きの中国「100年マラソン」計画

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米国から覇権を奪い復讐する!
驚きの中国「100年マラソン」計画


 このように、米中は、「想像以上に深い関係」であることが、この本によって明らかにされている。そして、60年代末からつい最近まで、ピルズベリーは「米中関係を良好にするために」尽力してきた。

 しかし、ここからが、最も重要な話である。ピルズベリーは「中国にだまされていたことに気づいた」というのだ。きっかけは、クリントン政権時代の90年代後半までさかのぼる。ピルズベリーは、国防総省とCIAから、中国の「米国を欺く能力を調べるよう」依頼された。彼は、諜報機関の資料を含むあらゆる情報にアクセスし、研究を行った結果、驚くべきシナリオが見えてきた。

 <これらのタカ派は、毛沢東以降の指導者の耳に、ある計画を吹き込んだ。
 それは、「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命100周年にあたる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」というものだ。
 この計画は「100年マラソン」と呼ばれるようになった。
 共産党の指導者は、アメリカとの関係が始まった時から、この計画を推し進めてきたのだ。
 そのゴールは復讐>(22p)

 しかし、当時はピルズベリーのこの見解を、ほとんど誰も信じてくれなかった。その後、「中国が世界制覇を狙っている」という彼の確信はゆっくりと強まっていく。

 2006年、国防総省の顧問になっていたピルズベリーは、ウォール・ストリート・ジャーナルで、「私の使命は、国防総省が『パンダ・ハガー』(=親中)にならないようにすることだ」と主張。 そして、「中国政府はアメリカを避けられない敵と見なし、相応の計画を練っている。だから、わたしたちは警戒を怠ってはならない」と警告した。

 中国は、大物パンダ・ハガーの裏切りに激怒した。以後、今まで交流のあった中国人政治家、学者、軍人などとの交流は断ち切られ、中国行きのビザも、なかなか出なくなった。しかし、ピルズベリーはその後も揺れ続けていたらしい。こんな記述もある。

 <2009年になっても、同僚とわたしは、中国人はアメリカ人と同じような考え方をすると思い込んでいた。>(316~317p)

 そして、彼が決定的に反中に「転向」したのは、13年だという。

 <2013年の秋に北京を訪れて初めて、わたしは自分たちが間違っていたこと、そして、アメリカの衰退に乗じて、中国が早々とのしあがりつつあることに気づいた。>(318p)

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http://diamond.jp/articles/-/81432?page=5

「China2049」が示す
米中関係の未来


 ここまで「China2049」の内容に触れてきた。ここで書いたことだけでもかなり驚きだが、他にも驚愕の事実が山盛りなので、是非ご一読いただきたい。

 次に、「この本の位置づけ」について考えてみよう。15年3月、親米諸国が米国を裏切り中国側についた「AIIB事件」が起こった時、筆者は「米国は必ず逆襲する」と書き、その方法についても予測した。(詳細はこちらの記事を参照)あれから半年が過ぎ、予想通り米中関係は、急速に悪化している。

 問題は、最初に触れたように両国の対立が「一過性のもの」なのか、「長期化する」のか、である。

 ところで、この本の冒頭には、「機密情報が漏えいしないよう、CIA、FBI、国防長官府、国防総省の代理によって査読を受けた」とある。つまり、この本には、CIA、FBI、国防総省もかかわっているのだ。巻末には、「謝辞」があるが、その中に、こんな一文がある。

 <ヘンリー・キッシンジャーは中国人の考えを深く理解しており、その知識に基づいて直接的にも間接的にも支援してくれた。>(360p)

 かつて米国ナンバーワン「パンダ・ハガー」だったキッシンジャーが、全面的に協力している。これは、「キッシンジャーが親中派をやめた証拠」といってよいだろう。大物親中派ピルズベリーとキッシンジャーの転向により、今後米国で「パンダ・ハガー」でいることは困難になるだろう。無理に親中派をつづければ、中国との「黒い関係」を疑われるようになる。

 そして、冒頭にある「推薦の言葉」は「決定的」だ。ウールジー元CIA長官は、中国について、こう書いている。

 <本書が明かす中国の真の姿は、孫子の教えを守って如才なく野心を隠し、アメリカのアキレス腱を射抜く最善の方法を探しつづける極めて聡明な敵だ
我々は早急に強い行動を取らなければならない。>

 元CIA長官が、ある国について「敵」と名指しするのは、よほどのことだ。そして、ピルズベリー自身は、「アメリカはこのマラソンの敗者になろうとしている」と警告している。さらに、「中国が覇権をとった暗黒の世界」を描き、そうならないために「米国が中国に勝利する方法」まできっちり解説している。

 これらすべての事実からわかることは、「中国の世界覇権の野心を知った米国支配層が、中国打倒の決意を固めている」ということだ。つまり、現在の「米中対立」は、「米中覇権戦争」の一環であり、戦いは「長期化」し、決着がつくまでつづく」可能性が高いのだ。私たち日本国民も、日本政府も、「今は1930年代のように、変化の激しい切実な時代なのだ」ということを、はっきり自覚しておく必要がある。

<引用終り>

以上がこの寄稿文の全文です。
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2015-10-23 13:53

ロンドンを徘徊するモノ

 「犯罪の専門家として言わせてもらえば」と、ミスター・シャーロック・ホームズは言った。「ロンドンは、モリアーティ教授の逝去以来、じつにつまらない街になったものだ」。

これはコナン・ドイルのシャーロックホームズシリーズの小説の一つ、「ノーウッドの建築家」の冒頭部分。
この小説はこんな冒頭の次はこう続いている。

「数多いまともな市民が君に賛成するとは、とうてい思えないね」と、私は答えた。

「まあよし、勝手を言ってはならないか」と微笑みながら、ホームズは朝食のテーブルから椅子を引いた。「社会は得をし、損をしたものは誰もいない。ひとり、失業した専門家を除けばね。あの男が活動していれば、朝刊は無限の可能性を与えてくれるものだった。ときに、それはごくごく小さな痕跡や、ごくごくかすかな兆候でしかなかったけれど、それでも十分、卓越した悪辣な頭脳の存在を僕に知らせてくれた。巣の縁でのかすかな振動が、巣の中央に潜む汚らわしい蜘蛛の1匹を暴きだすように
・・・以下略

シャーロック・ホームズの住いはここ、ベーカー街221B。

2015-10-23シャーロックホームズ1

今にもここからシャーロック・ホームズが顔を出しそうなのだが

2015-10-23シャーロックホームズ2


ガラにも無くシャーロック・ホームズの話なのですが、なぜ今こんな???
それはシャーロック・ホームズもビックリの邪悪な毒蜘蛛が今ロンドンを徘徊しているからなのだ。

その人物はこんな歓迎を受けた。
「廁所外交」だそうだ・・・

2015-10-23ロンドン空港での習近平

動画はコレ


そして英国王室の公式晩餐会で早速反日ぶりを発揮しているようだ。
産経の報道では
「習氏演説の異様 「抗日」「日本の残虐性」晩餐会でも繰り返す チャールズ皇太子は欠席」

2015-10-23公式晩餐会での習近平
http://www.sankei.com/world/photos/151021/wor1510210028-p1.html


習近平はイギリスと中国以外の国の名前を言ったのは日本だけらしい。まあそれだけ女王陛下に日本の宣伝をしてもらえるんだとしたら、それはそれでも良いではないか・・・(棒)

実際は習近平クンがうまれたのが1953年。その年、エリザベス女王の戴冠式が行われ、日本からは昭和天皇の名代として当時皇太子だった今上陛下が出席された。
そんな古い付き合いのある国の悪口、それを言いふらしてやったと思っているとしたら、そして相手がそれを信じると思っているとしたら、言った方が愚か者に見える事すらわからんのかねえ。ヤッパリ毒蜘蛛級でしょうな


そして訪英の最後にキャメロン首相と習近平との共同記者会見、これでもBBCの記者が噛みついているようだ。

習近平主席に英BBC記者が会見で皮肉たっぷり質問 キャメロン氏が苦い表情で反論
http://www.iza.ne.jp/kiji/world/news/151022/wor15102222400024-n1.html


さて話は最初に戻って、どうして毒蜘蛛の話なのか、それはこの部分である。
「巣の縁でのかすかな振動が、巣の中央に潜む汚らわしい蜘蛛の1匹を暴きだすように」

実は日本国内ではその蜘蛛の巣の淵のかすかな振動、これに相当する動きがアチコチに出ているのだ。

共産党、安保法廃止目的の「連合政府」構想は大丈夫? 党綱領と論理矛盾も
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20151020/plt1510201550002-n1.htm

この記事で石平氏にこんな事を言われている。
 「とても信じられない。安保法制に反対するために、日米安保条約を維持するという。これでは、まったく論理矛盾ではないか」

こんな所を見ると毒蜘蛛が暴れて、蜘蛛の巣の縁ではちっちゃな虫どもが右往左往、そうではないだろうか。
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2015-09-14 09:57

欧州の移民問題は新たな戦争?

 9月12日に「ドイツの移民受け入れに思う事」をエントリーした。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1162.html

此処にドイツ在住の丸山光三さんから極めて興味深いコメントを頂いた。
このコメントを紹介しながらこの問題をもう少し考えてみたい。

最初に丸山光三さんのコメント

独逸で発生しているのは移民問題ではなく戦争であるという件
まず結論から述べます。北イラクのクルド人対ISIS(その背後のトルコ)に関与してしまったドイツ政府に対するトルコ政府の報復がドイツへ押し寄せるシリア難民です。

事の経緯はこうです。
トルコ東南部、シリア、北イラク、西イランにまたがるクルデイスタンの復興建国をめざすクルド人(その総人口3千万人)の独立闘争はトルコにとって眼中の釘、獅子身中の虫です。

8日、北イラクとトルコ南東部の国境地帯でPKK(クルド労働党)部隊がトルコの国境警備隊を攻撃し16人を殺害しました。トルコ軍が国境を超えて北イラクへ進撃したからです。

2013年両者は停戦に合意していました。しかし、北イラクとシリアの混乱においてISISと激しく対立し武装闘争をするクルド人に対しドイツ政府が武器と軍事顧問団を派遣し間接的にISISに対する闘争に関与した。暗にISISを支持し実質的にISISの後方基地となっているトルコ政府がこれに不快感をもったのは当然でしょう。

7月、トルコ政府はISISへの空爆と称して其の実クルド人部隊への空爆を実施した。これで2年来の停戦が破られた。現在両者間の戦争は拡大中です。

トルコ政府は、最近これまで受け入れていた北イラクとシリアの難民170万人を陸続とドイツへと放出中です。三歳児の溺死死体の胡散臭いプロパガンダを観よ。これがいま欧州とくにドイツを混乱させるシリア難民の真相でしょう。

ゆえに、ドイツへ押し寄せる難民の大部分は実はクルド人であろうということが容易に想像されます。その事実はまもなく明らかになるでしょう。

なぜドイツ政府が国民への十分な説明もなしに北イラク紛争に介入したのか、なぜトルコ政府はこれまでのような対クルド宥和政策を転換して対立政策をとるのか、すべて奇怪な経緯で歴史に登場したISISの背景と関係がありそうです。
2015-09-13 02:22 URL 丸山光三 」


更に丸山光三さんはご自身のブログにこの意見をもっと詳しく解説されている。詳細はこちらも参照ください。
http://marcooichan2.blog129.fc2.com/blog-entry-4869.html


問題を整理するために欧州に押し寄せている移民・難民問題がどうなっているか
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1153.html

ここでこんな図を紹介しました

2015-8-30難民ルートby読売新聞一面

移民・難民問題には大雑把にいって二つのルート、一つは北アフリカのリビア辺りに集結してそこから船で地中海を渡るルート、
彼らの目指す最終目的地はイギリスである。しかしイギリスへはドーバー海峡が有る為簡単には渡れない。イギリスも簡単には受け入れしない。

もう一つのルートが中東シリア難民が中心でトルコ、ギリシア、マケドニア、セルビア、ハンガリー、オーストラリアを通って、最終目的地はドイツである。(上掲の図の右側のルート)

ハンガリーからの情報によれば
「今年の1〜8月に17万人の難民がシリア、イラク、アフガニスタンなどからハンガリーに不法入国している。多くの難民はトルコ、ギリシャ、マケドニア、セルビアを経由してハンガリーに入り、より豊かで難民に友好的なドイツなどに落ち着くことを望んでいる。」
http://jp.wsj.com/articles/SB11970227293124023368304581227690669134146?mod=WSJJP_hpp_MIDDLENexttoWhatsNewsSecond

こんな凄い数の移民集団がドイツを目指している訳だ。
尚この人数がいかに凄いか、日本で東日本大震災の場合、震災直後の避難者は推計47万人、2015年8月末現在19万8513人。
これは言葉の通じる日本人の中での事で、しかも避難者は住む所を失ったり、職場を失ったりしたが、国を失ったわけではない。
ドイツを目指す移民たちは若い人が中心で、何もかも捨てて逃げ出した人たちが中心なのだ。

そしてこの図は第一次大戦でも同盟国の図。

2015-9-14第一次大戦の同盟国の図

第一次大戦の同盟国はドイツ帝国・オーストリア=ハンガリー帝国・オスマン帝国・ブルガリアの4カ国
今ドイツを目指す移民たちの関係国を見ると第一次大戦の関係国と妙に重なっている。

ドイツの移民80万人受け入れ政策は多分こんな積年の問題を浮き彫りにしたのではないだろうか。
http://mainichi.jp/select/news/20150901k0000e030218000c.html


冒頭紹介した丸山光三さんのコメント
独逸で発生しているのは移民問題ではなく戦争であるという件
まず結論から述べます。北イラクのクルド人対ISIS(その背後のトルコ)に関与してしまったドイツ政府に対するトルコ政府の報復がドイツへ押し寄せるシリア難民です

この問題は第一次大戦以来の積年の問題が今噴き出した、そんな事ではないでしょうか。


そして今欧州マスゴミは可哀そうだキャンペーン実行中。
例えばこんなモノ

<以下引用>

http://www.afpbb.com/articles/-/3060090?pid=16437511&page=2
同情か罪の償いか、ドイツ人が難民を支援する理由
2015年09月12日 15:31 発信地:ベルリン/ドイツ

【9月12日 AFP】ドイツの年金生活者フランク・ディトリヒ(Frank Dittrich)さんはこの4週間、午前8時から午後7時までベルリン(Berlin)の難民登録センターに並ぶ人たちに飲み水を渡している。

「家でテレビの前に座っているよりもずっと有意義な時間の使い方だよ」と、ディトリヒさんはAFPに語る。「登録希望者が多すぎて政府には絶対に対応しきれない。だから手伝わないとね」と、ディトリヒさんはあっさりとした口調で語った。

 今年予想されている難民申請者80万人の受け入れ準備が進められているドイツでは、ディトリヒさんのような大勢の市民が、第2次世界大戦(World War II)後最大規模の難民支援に自発的に参加している。

 難民の一時収容施設の隣に自宅兼スタジオを構えるアーティストのアンデレル・カマーマイアー(Anderl Kammermeier)さんは「毎週末、あるいは毎晩、難民のための物資を積んだ車が次々にやってくるのが見える」と語る。「われわれの歴史、ドイツの記憶と関係していることなのだろう。ほぼ全てのドイツ人は、かつて難民あるいは移民だった家族を持っている」

 ノーベル文学賞作家ヘルタ・ミュラー(Herta Mueller)氏は「私も難民だった」と題した独大衆紙ビルト(Bild)の論説で、ナチス・ドイツ(Nazi)の統治下で数十万人規模のドイツ人が国を逃れたことや、その後に大勢のドイツ人が東欧や東ドイツの共産圏を逃れたことを振り返り、「ナチスを逃れて亡命した人々はみんな助かった。…過去に他の国々がドイツ人にしてくれたことを、ドイツもしなければならない」と述べた。

 歴史家のアルヌルフ・バーリング(Arnulf Baring)氏は「われわれが今行っている善行はなんであれ、過去にわれわれが犯した悪行、とりわけナチス時代のそれとつ
ながりがある」と述べる。同氏によると、反移民の論調が出るたびに、ソーシャルメディアで激しい反論が巻き起こっているという。

自身や家族の体験が原動力

 ドイツのDPA通信の委託で英世論調査会社ユーガブ(YouGov)が実施した調査によると、難民支援を手伝った人は、すでにドイツ人の5人に1人に上っている。カマーマイアーさんによると、難民の一時収容施設に寄付した人の多くは、最近ドイツに移住した人や、家族が移民だった人だという。
・・・以下略
<引用終り>


そして最後に丸山さんがご自身のブログで指摘しているこんな部分。

>シリア難民と一口に呼ばれますがその大部分はクルド人であろうことが容易に想像されます。知り合いのクルド人もそういっていました。
斯くの如き中東地域を巡る情勢の変化、欧米の対ロシア政策、米国の意にそわないドイツの動きなどが絡み合って計画された今回のドイツへの移民潮であるのは確かだろうと思います。結論的には、トルコ政府の報復の裏にはウクライナのナチ政権成立及内戦と同様に国際金融・国際石油資本とその手先某国がいるのではないか、という合理的な懐疑が成り立つと思います。
ひょっとすると欧米を巻き込んだ世界戦争はすでに始まっている。
一方はISISを創設し操作する勢力である米国・イスラエル・サウジ・トルコ枢軸、対立する一方はロシア・ドイツ(+イラン?)連合 でフランス等欧州諸国は模様眺めというところでしょうか?


どうもこんな所が裏に隠れているようです。
注意深く推移を見守りたいと思います。
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2015-09-12 21:01

ドイツの移民受け入れに思う事

 今ヨーロッパは移民・難民問題で混乱している。中でも移民の多くがドイツを目指しており、メルケル首相は移民大歓迎との方針を打ち出し、積極的の移民を受け入れるのだとか。

サッパリ分からないのだが、BBCなどを見ると毎日移民問題がニュースの大半。他のニュースなどは霞んでしまっている。
しかしメルケルさんは移民、多文化共生は失敗したと明言していたはずなのにどうしたんだろう。
(2010年のメルケル発言、ソースはhttp://www.bbc.com/news/world-europe-11559451


こんな事情をロイターが報道している
<以下引用>
http://jp.reuters.com/article/2015/09/11/analysis-migrants-germany-skilled-worker-idJPKCN0RB0I820150911

焦点:難民は「未来の熟練工」、ドイツ高齢化の救世主か
International | 2015年 09月 11日 15:54 JST
 
[ドルトムント/ベルリン 10日 ロイター] - 欧州諸国の多くが難民・移民の大規模な受け入れは自国経済に損失をもたらし得ると考える一方で、ドイツは記録的な難民流入に頼ることで自国を救おうとしている。

死亡数が出生数を上回るなか、ドイツの労働人口は2030年までに600万人減少する見通しで、持続的な経済成長を危うくしている。

「われわれのところにやって来る人々を早急に訓練し、仕事に就かせることができれば、熟練労働者の不足という、わが国経済の未来にとって最大の課題の1つが解決するだろう」とガブリエル副首相兼経済・エネルギー相は10日、議会で語った。

ドイツは年内に約80万人の移民を受け入れる予定だ。移民で不足を埋めつつ、人口を維持するのはドイツ政府にとって簡単なことではないだろう。だが、多くの企業はすでに彼らに期待のまなざしを向けている。

・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・
<引用終り>

ドイツの労働事情については3ヶ月ほど前だがこんな報道が・・・
ドイツの出生率は日本より低いんだとか。

<以下引用>
http://newsphere.jp/world-report/20150601-2/

ドイツ:日本より低い出生率、労働人口減少に危機感 移民受け入れも先行き不透明か
更新日:2015年6月1日

 ドイツの出生率が世界最低になり、将来の労働人口の減少に繋がるとして、経済への影響が懸念されている。欧米、アジア各国では、人口減少の影響が問題視されているが、爆発的に人口が増えるアフリカでは「人口ボーナス」による発展が期待されている。

◆人口増は、移民受け入れ国ドイツでも困難
 ドイツの監査法人BDOとハンブルグ国際経済研究所(HWWI)が行なった調査によると、ドイツの住民1000人当たりの赤ちゃんの出生数は、過去5年間で平均8.2人となり、日本の8.4人を下回った、とBBCは報じた。

 ドイツでは、2030年までに20歳から65歳までの労働人口の割合が61%から54%に低下すると見られており、結果として賃金が上昇し、「長期的に見て、経済における優位性を維持できない」と、BDOの理事の1人、アルノ・プロブスト氏は指摘する。同氏は、若い移民受け入れとより多くの女性労働力の活用を提唱。しかしBBCは、国内で移民受け入れ反対を掲げる政党が支持を拡大していることや、政府による子育て支援にもかかわらず出生率が上がらないことを挙げ、解決が難しいことを示唆した。

◆人口減は受け止めるもの
 英エコノミスト誌は、都市の人口減少について報じ、多くの国において、多様な経済組織を持つ大都市の人口は増加するが、小さな都市の人口は減っていると指摘する。

 人口の減少は、アメリカ中西部、東欧、イギリス北部のような鉄鋼、繊維などの斜陽産業が集中する都市部で深刻化した。しかし現在は、アジアでも多く見られる現象で、急速に都市化する中国やインドでさえも、一部の都市ではすでに人口が減少中だという(エコノミスト誌)。

・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・

<引用終り>


ドイツは移民を積極的に受け入れると表明した。だから大量の移民が押し寄せているが、これからもまだまだ増え続けるだろう。

これはミュンヘンに到着した移民が市のイベント会場のような所で食事をしている所。
2015-9-12ドイツに到着した難民2
メシ、寝る所、そして多分トイレが大問題だろう。

さてここで私の疑問、こんな写真を見てください。

2015-9-12ドイツに到着した難民1

この写真も上掲写真と同じくロイター記事についていたものだが、中央の女性を見てほしい。
身ぎれいな服装、イヤリングまでしているし身だしなみも綺麗なモノ。どう見ても食い詰めて逃げ出した人では無く旅行者だ。

報道は移民、難民だがこの人たち可哀そうでは済まされない感じがする。服装もだが高価なスマートフォンを持っている。
完全な経済移民と言える。
こんなモノが可哀そう、そんな甘い言葉でメディアで語られている(騙られている)、何か大きな嘘が有りそうだ。

これ以上は分からない。今後の続報を注意深く見てみたい。

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2015-08-30 22:47

欧州にあふれる難民

 欧州への移民(難民?)問題がやっと日本でも報道され始めた。
しかしこの問題は根が深いものがある。
そして重要なのは移民(難民)を送り出す側の国の事情、送り出す不法業者(マフィア?)、大枚を払って移民船(難民船)に乗り込む人々、そしてその人たちが到着する欧州諸国の事情。こんな色んな側面があるのだが、報道は主に移民(難民)に押しかけられる国の目線で報道されている。

そんな事で読売新聞、WSJの報道を引用するが、その前にどうしても紹介したいブログがある。
昔ベトナム戦争が終わってから「ボートピープル」がベトナムから出てきたことを記憶されていると思う。
ドイツ在住の丸山光三さんが、8年前だがそのボートピープルで逃げ出した人との話をブログにアップされている。
難民に押しかけられた側の報道は沢山あるが、実際命からがら逃げだした人の話は滅多に聞けない。
そんな意味で実に秀逸なブログなので、特にここで紹介させていただく。
「あるインドシナ華僑との会話二題」
http://marco-germany.at.webry.info/200710/article_7.html
尚このブログ当時はHNは丸幸亭老人になっているが現在は丸山光三さんです。


では本論に入って最初は読売の記事から

<以下引用>

欧州への移民・難民大幅増、今年30万人超える
2015年8月30日1時23分
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150829-118-OYT1T50106/list_%2523IMPTNT

2015-8-30難民ルートby読売新聞一面

 【ジュネーブ=石黒穣、ニューヨーク=水野哲也】国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は28日、中東やアフリカから地中海を渡って欧州に上陸した難民や移民が今年に入って30万人を超えたと発表した。

 昨年1年間の総数21万9000人をすでに上回っており、地中海での密航船の転覆事故などによる死亡・行方不明者も約2500人に上る。欧州各国のほか、国連も対策に乗り出す構えだ。

 リビア沖では27日、不法移民を乗せた密航船が沈没し、約200人が死亡・行方不明となった。オーストリアのハンガリー国境付近でも同日、放置された保冷車からシリアからの移民とみられる71人の遺体が見つかった。

 UNHCRによると、難民や移民の上陸先はギリシャが約20万人、イタリアが約11万人。増加の理由としては、シリアの内戦やイスラム過激派組織「イスラム国」の台頭などによる中東・北アフリカの治安悪化、貧困に加え、レバノンなどシリアの周辺国が難民流入に対応しきれなくなり、受け入れ制限を強化したことも挙げられる。

 出身国は、シリアや、政情が混乱する東アフリカのエリトリアなどが多い。シリアで居住地を追われた人らが密航業者を頼り、危険を冒して欧州行きを目指す例が目立つという。

 国連の潘基文パンギムン事務総長は28日、移民が渡航中に死亡する事例が相次いでいることを受け、9月30日に特別会合を開催すると発表した。潘事務総長は「共同で政治的に対処する必要がある」と強調。9月に各国首脳がニューヨークの国連本部に集まる国連総会でも、優先課題のひとつになるとの見通しを示した。

<引用此処まで>

もう一つの記事、これはWSJである。
http://jp.wsj.com/articles/SB10327460236075474355904581199463068351284
<以下引用>

オーストリアで保冷車に移民71人の遺体―移民急増に悩む欧州に衝撃
2015 年 8 月 29 日 10:18 JST

 ハンガリーとの国境に近いオーストリアの高速道路で27日、放置された保冷車から移民とみられる71人の遺体が見つかった。

 オーストリア警察は28日、死亡していたのは男性59人、女性8人、子ども4人だったと発表。窒息か水分不足で死亡したとみられる。警察はトラックの中に残されていた渡航文書から、犠牲者のほとんどがシリアからの難民である可能性が高いとしている。

 ハンガリー警察は28日、事件に関与した疑いでブルガリア人の男3人とアフガニスタン人の男1人を逮捕した。4人は密入国組織のメンバーとみられている。

 事件は欧州連合(EU)加盟国に大きな衝撃を与えている。2014年初めから中東やアフリカ、バルカン西部から数十万人の移民が欧州に押し寄せており、EU各国は対応に苦慮している。

 各国は収容施設の確保などの対応に追われる一方、住民からの反対や不安の声を受けて国境管理を強化したり移民に対する補助金の削減を議論したりするなど流入抑制に努めている。補助金を出すことで亡命を求める根拠がない経済難民を引き寄せているとの批判があるからだ。

 オーストリア警察は発見された遺体について、身元の確認や、死亡時間と死因の特定を急いでいる。捜査関係者は遺体が発見された段階で死亡から少なくとも1日半から2日が経過していたとみている。

 オーストリア警察によると、トラックが放置されていた高速道路は移民が東欧から西欧に入る際に使用する主要ルートの1つ。現在、多くの移民がトルコからギリシャに渡り、その後、バルカン半島諸国を経由してハンガリー入りしている。このルートは地中海経由で欧州を目指すルートよりも危険が少ないと考えられている。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の推計では、1日に約3000人の移民がバルカン半島に入ってしている。欧州対外国境管理協力機関によると、今年に入ってからこのルートを経由して欧州入りした移民の数は昨年の同じ時期の約10倍に上っている。

 移民の渡航先が欧州に集中する一方で、EUが国境管理を強化しているため、欧州の犯罪組織にとって密輸のあっせんはうまみのあるビジネスとなっている。オーストリア警察の推計によると、シリアやアフガニスタン、イラクでは多くの住民が3000ユーロ(約41万円)から5000ユーロ(約68万円)のあっせん料を支払、欧州への密入国を試みている。

<引用此処まで>


最初に丸山光三さんのブログにこんな記述がある。
「北のやつらは初めから我々を追い出すつもりだったようだ。しかし本音はそうでも金で出国させる方針をとった。金品を巻き上げられるし厄介払いもできる、一挙両得というわけだ。
Q>  君たち家族も出国を買いとったわけだね。
CL> そうだ。僕は小学6年生だった。姉は二つ年上。父母と四人だったから、全財産を処分しても足りず、他所からも借金をしたそうだ。
Q>  全部でいくら払ったのだろう?
CL> 知らない。でも全部ゴールドで支払ったそうだ。でもそれは出国許可だけ。船代は別途支払いだったそうだ。」

此処にボートピープルなどの難民問題、その原因が良く分かる。
つまりその国が国民を厄介払いし、しかも最後にカネを搾り取って出国させた。そこにそんな人を食い物にする連中がまたカネを搾り取って船に乗せた。そんな所である。支払いはこの当時マトモな通貨が無いので金(ゴールド)で支払った・・・
いま現に欧州に押し寄せている移民(難民)も多分こんな事ではないかと思う。

そんな事で見てみるとWSJの記事にはその渡航費用が書いてある。
「シリアやアフガニスタン、イラクでは多くの住民が3000ユーロ(約41万円)から5000ユーロ(約68万円)のあっせん料を支払、欧州への密入国を試みている」

こんな所を見ると上掲読売記事にある地図に2本のルート、シリア辺りからギリシア、オーストリアを抜けるルートの場合、シリア・アフガニスタン・イラク辺りから人を集め密航させる業者グループがいるのだろう。その相場が一人41万円から68万円、恐らく難民の人の全財産に相当する筈だ。

最後にもう一つ、読売新聞記事の出所について。
「【ジュネーブ=石黒穣、ニューヨーク=水野哲也】国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)」となっている。
つまり国連難民高等弁務官事務所の受け売り、現場の詳しい話は知らずに書いた記事ではないかと思う。
記事自体は間違っている訳ではないだろうが、現地はもっとドロドロした苦労の真っただ中と思います。
現場を知らない人の各記事は要注意です。
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2015-08-25 08:27

EU崩壊はいつ、そして何故起こる <その前に崩壊する国があるぞ

 今EUは移民問題で揺れている。日本では殆ど報道されないのだが、毎日のように移民の乗った難民船がやって来るし、途中で水死する人も多数いる。更に陸路EUを目指す人も凄い人数だ。
しかも移民問題はEU外からだけでなく、EU内でも問題になっている。
EU内の貧しい国から豊かな国へと仕事を求め、豊かな生活を求めて人は移動してくる。それは今EUの大問題に発展しているのだ。

ヨーロッパを目指す難民船
2015-8-25ヨーロッパを目指す移民船


そんな現状だがEU崩壊は避けられないと言うコラムがロシアのスプートニク(旧ロシアの声)に有った。
一足先に体制崩壊したソ連の経験を持つロシアからの意見、大変興味深いモノがある。
更にこんな体制は70年しか持たないとの意見、EUより先に70年を迎える国が有る。中共だ・・・。

そう言えば余談だが今は筆を置いた方の持論で「EUが上手くいくなら共産主義は大成功している筈だ」と言うのが有った。
あの方は今どこで如何している事やら・・・・・

という事で先ずはロシアの意見を。

<以下スプートニクより引用>

http://jp.sputniknews.com/opinion/20150710/558035.html

EU崩壊はいつ、そして何故起こる
2015年07月10日 19:24

 EUの運命はあらかじめ決定している。EUはソ連と同じような道筋をたどる。ソ連は70年間存在し、崩壊した。EUも同じ年齢で、おそらく2022年に崩壊するだろう。そう語るのはロシアの政治学者ヴィターリイ・トレチャコフ氏である。氏の論考を以下に紹介する。
(引用者注:EUは2022年で70年を迎えると言うのはEUの前身「欧州石炭鉄鋼共同体」が1952年に発足した事から計算している)

70年という数字は恣意的なものではない。一種の法則である。70年というのは人間の3世代にあたる。父が新しいものを創り、建設する。子はそれを利用し、蜜を吸い尽し、欠陥には目をつぶろうとする。孫の世代はもはや、祖父たちの創ったそれに、欠点しか見出さない。そして、祖父たちの創ったものを、祖父たちの理念を、公然と、直接に、批判する。最後には、その構造体は崩壊する。


ソ連の歴史はちょうどそのような経過をたどった。現在のEUにも同じような傾向は見られる。2020年代前半には「EUの孫たち」がちょうど中心的な政治勢力になる。
ソ連はどうして崩壊したのだったか。それは、中央政府の官僚主義のためであり、中央政府の利害および公式イデオロギーがソ連市民の大半およびソ連を構成する諸共和国の利害および世界観とどんどん乖離していったためである。それからもうひとつ。誰が誰を食べさせるのか、誰が働き、誰が楽しているのか、という点をめぐる、非難の応酬、これがソ連を破壊したのである。現在のEUにも見られるように、ソ連においても、非難の応酬が最初に巻き起こったのは北および南の諸共和国(EUの場合は国家)であった。ゴルバチョフのペレストロイカが行われた比較的短い期間に、この非難は急速に世論に浸透し、かつて「ソ連は経済的には誰にとっても必要だ」と考えられていたのが、「ソ連は誰の利益にもなっていない」という正反対の方向に振れた。さらに、ソ連崩壊のもうひとつの理由に、連邦を構成する諸共和国の指導層に、ナショナリズムが台頭したことがある。休眠していたナショナリズムに急速に火の手が広がった。それも、一部のマージナルな人々だけでなく、一見文明的な大衆にまで、それが拡がったのである。

同じような絵柄を、いま我々は、EUに見ている。しかも、ソ連においては「民族友好」政策はそれなりにうまく機能していたのであるが、その点EU諸国のリーダーたちは、もう数年前に、自分たちの多文化政策が失敗したことを白状させられている。なにしろソ連には、移民問題がなかった。いま移民問題は、EUをずたずたに引き裂き、欧州の未来を危ぶませ、EUを古参メンバーと新参メンバーに二分しようとしているのである。
「古い」欧州の民族的寛容性と、「新しい」欧州、つまり東欧およびバルト諸国の、国民および政府による公然たる人種差別、過激なナショナリズム、公然たる人種的不寛容。この二つが、ますます厳しく対立するようになっている。そして、加盟国の国家主権を損ね、ますます多くの政治的・財政的権力を集めつつある、EUの官僚機構に対する憎悪が、ますます募っている。この官僚機構は、EU各加盟国の市民には、個々の国・地域の民主主義を破壊する、権威主義の牙城のようにイメージされているのである。

そして、ソ連は、まさにその力を最大限に開花させた直後に、崩壊したのである。ソ連は2つのグローバル超大国の一角であった。ソ連の周囲には、そしてソ連を中心に、ワルシャワ条約機構という軍事同盟があり、経済相互援助会議という経済同盟があった。そして強力な、国際共産主義運動があった。それは現在のEUの経済力とも、政治力とも、比較を絶するものだった。
以上のことから、次の事が容易に理解されよう。EUの衰退と崩壊は遠い先のことではない、目と鼻の先のことなのだ、と。欧州の現在の政治家たちも、それを嗅ぎ取っている。だからこそ、そう大きくも、そう「高価」でもないギリシャというEU加盟国の、言ってみればローカルな債務問題をめぐって、あれだけの騒ぎが持ち上がっているのである。ギリシャが「ブリュッセル政府」に対する反抗的姿勢を公然と示すことに、普段「EUの理想は不可侵であり、EUは一体だ」と呪文のように唱えているEUも、黙ってはおれないのである。EU崩壊のシナリオは様々なものがあり得る。組織的崩壊から、無秩序な崩壊まで。

この論考では、米国というファクターを完全に無視した。米国はEUを政治的に、またNATOを通じて軍事的に、従属者として見、その存続を望んでいる。米国というファクターが重要であることは論をまたない。しかし、その米国といえども、かつてソ連が浴びたと同様の「波」をかぶっているEUの、自然な道行きをとどめることは出来ない。

<引用終り>


日本にはいい諺がある。「売り家と唐様で書く三代目」、正にその事を言っているのだ。

所でこの話、ロシアの政治学者ヴィターリイ・トレチャコフ氏はEUの事を言っているのだが、EUの所を中国と読み替えるとピッタリではないだろうか。
昨日も中国発の世界同時株暴落が伝えられているし、天津の大爆発事故は収拾の見通しすら立っていない。そんな現状は崩壊がすでに始まっていると言う事ではないだろうか。
中共は1949年に成立しているのでもう66年、70年寿命論ならあと4年だ。
トレチャコフ氏は70年という数字は恣意的なものではない、一種の法則であると言っている。
昔から「法律は破る事が出来る、しかし法則は破る事は出来ない」と言う。
(法律は人間の決めたものだから破れる、但しオマワリさんにつかまるが・・、法則は人間の決めたものでは無い、だから人間の勝手には出来ない)
是非とも是非とも、当てはまりますように・・・


最後にソ連の崩壊それは、中央政府の官僚主義のためだと言う事。そして誰が誰を食べさせるのか、誰が働き、誰が楽しているのか、という点という部分は一人ソ連の問題ではない。これは形こそ違え日本にも当てはまる。特に中央政府と言う所に日本は地方自治体やマスゴミが付け加わる。
このエントリーのテーマではないが、こんな事もいつも気を付けていたいと思う次第。
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2015-07-05 21:33

ギリシアとドイツの関係

 今日は7月5日、ギリシアでは国民投票が始まっています。
まだ投票が始まった段階で、その結果云々と言う訳にはいきませんが、WSJにギリシア人のこの問題、特にドイツに対する感情について興味深い記事があった。

何やらドイツをどこか別の名前に変え、ギリシアを別の半島国に変えるとそっくりなのだが・・・
何はともあれその記事を紹介。


<以下引用>
http://jp.wsj.com/articles/SB10468926462754674708104581088992440445866?mod=WSJJP_hpp_RIGHTTopStoriesFirst

ギリシャとドイツ、相手をさげすむ感情 国民投票後も続くか
By MATINA STEVIS AND ANDREA THOMAS
2015 年 7 月 5 日 12:15 JST

2015-7-5WSJ記事ギリシアとドイツに関して


 5日の国民投票が近づく中、ギリシャの売店で売られている新聞の一面にはナチスドイツのシンボルのかぎ十字と、ギリシャ語で「ノー」を表す「OXI」の文字があった。首都アテネの通りにはドイツのショイブレ財務相のポスターが貼られている。そこにはこう書かれていた。「彼は5年間、あなたたちの血を吸ってきた。彼にノーと言おう」

 一方、ギリシャの最も強力な債権者であるドイツでは先週、メディアがギリシャのチプラス首相に「ゆすり屋」「ギャンブラー」「ひきょう者」といったさげすみの言葉を投げつけた。タブロイド誌「ビルト」は3日、ギリシャのバルファキス財務相の「所属は恐怖の内閣で、欧州ではない」と攻撃。ギリシャにさらに資金を融通してユーロ圏に残留させることに対して、ドイツ国内では反対する意見がかつてないほど増えている。

 ギリシャの債務危機をめぐって、ギリシャ国民とドイツ国民はお互いへのいら立ちと憤りを爆発させるようになった。欧州連合(EU)が金融支援の条件としてギリシャに求めている緊縮財政策の賛否を問う国民投票が5日に実施されるが、どのような結果になったとしても両国の国民感情はすぐには収まらないだろう。

 ドイツでは一般の有権者から政府高官まで多くの国民がギリシャの対応にうんざりしている。ギリシャはユーロ圏の一員であることとグローバリゼーションがもたらす競争に適応することなく、欧州をゆすって非効率な経済と公的部門を支援させようとしている、というのがドイツ国民の認識だ。ドイツ人はギリシャの歴代政権を腐っていると考えていたが、急進左派連合(SYRIZA)率いる現政権については「やけになっている」とみる。

 独紙ハンデルスブラットは3日、チプラス首相の写真を加工して理不尽なゆすり屋のように仕立て上げた。自分の頭に銃をつきつけるチプラス首相の写真が「金をよこさなければ撃つ」という言葉とともに一面を飾った。

 多くのギリシャ人はその政治的指向にかかわらず、実行不可能な支援プログラムを主導し、過剰な緊縮策を押し付け、金融危機を本格的な不況に発展させたのはドイツだと考えている。ドイツが代わり映えのしない経済政策をギリシャに飲ませようとする一方で、債務再編についての国際的な議論に待ったをかけていることにギリシャは憤りを感じている。ユーロを離脱せざるを得ないかもしれないのにギリシャの有権者の約半数が国民投票で反対票を投じるとみられているのはこのためだ。

 短気なショイブレ財務相は多くのギリシャ人にとって憎しみの対象で、メルケル首相以上にさげすまれている。ギリシャでは多くの人が、2010年以降、社会保障費が大幅に削られたのはショイブレ氏のせいだと考えている。

「ドイツ人は私たちを踏みつけたがっている」。南部の都市コリントスに近い村Dervenakiaで農業を営むニコラス・マリアニスさん(76)は憤る。同村は1821年のオスマン帝国からの独立戦争の主戦場として知られおり、今も外国に抵抗する意識が強い地域だ。

 マリアニスさんは「われわれは降伏しない。ギリシャ人は常に堂々と振る舞ってきた」と語る。特にドイツ人に対してはそうだという。妻のマリアさんもうなずき、「この国は英雄の国。奴隷になるつもりはありません」。

 アテネ大学の政治学名誉教授コロンバス氏は「たいていのギリシャ人に聞けば、ドイツ人、特にメルケル氏とショイブレ氏がわれわれを債務植民地に引きずり下ろそうしていると答えるだろう」と語る。同教授はSYRIZAが反独感情を利用しているとみる。

 ギリシャのカメノス国防相は最近、議会で「欧州がドイツに支配されている」と発言した。声は震え、目には涙が浮かんでいた。カメノス氏はSYRIZAと連立を組む政党「独立ギリシャ人」の党首でもある。「(債権者の要求に政府が)ノーと言ったのは、国全体を不幸に追い込むことに反対する政治的な決断だった」。

 ギリシャの政治家が反ドイツ発言を続けているため、ドイツでは世論でも議会の場でもギリシャ支援の継続を支持する声が減っている。

<引用終り>


如何でしょうか、ドイツを別の国名にし、ギリシアを別の半島国の名前にすれば全くあてはまると思いませんか。
日本ではあれだけ支援してやったのに、如何して今頃になってそんな事を言うのか。
カネが欲しかったらもっと働けばいいだけだ。
こんな議論が出てきそうだ。

但し一つだけ大きな違いがあるかもしれない。ギリシアは売春婦の輸出大国ではないが別の半島国は・・・(以下略)。

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2015-06-11 11:05

ミャンマーの今はどうなっているか

 タイの鉄道の話をいろいろエントリーして泰麺鉄道に行きついたのだが、その目的地ミャンマー(旧名ビルマ・中国語では緬甸)がどうなっているのか。

最近こんなニュースが流れてきた。

<以下バンコク週報記事から引用>

サハ・グループがミャンマーでの工業団地開発を断念
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=5768
09/06/2015

消費物資コングロマリットの「サハ・グループ」は、隣国ミャンマーで工業団地を開発する計画だったが、同グループ首脳はこのほど、コストがかかりすぎるとの理由で計画を断念したことを明らかにした。

計画では160ヘクタールの区画に工業団地を建設することになっていた。

だが、同首脳によれば、工業団地を開 発した場合、この先数年間にどの程度の収益があるかなどを慎重に検討したが、土地の賃料が非常に高額であるといった理由から、計画の中止を決めたとのことだ。

<引用終り>

 私はミャンマーは軍事政権から民政化に切り替わってまだ間が無いと思っていた。しかし最近の話ではミャンマーは物価が高騰し、最早進出は手遅れ。今から出てくるところではない。そんな事を昨年あたりから聞いている。そこにこんなサハグループの進出断念、一体どうなっているのだろう。

最初に此処に出てくるサハグループ(左派ではない)とはどんなものか。
詳細は以下参照ください
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%8F%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97
主な合弁企業はワコール、イトキン、ライオン、資生堂、ツルハホールディングスなど、ファッションや化粧品・ドラッグストア関連企業が多い。
尚サハグループの工業団地では年一回の大安売り(ファクトリー・アウトレット)が名物にもなっている。今年も間もなく始まるんじゃないかな・・・。


所でミャンマーである。

最初に日本人のミャンマー(ビルマ)に対するイメージ、これは「ビルマの竪琴・水島上等兵・心優しいビルマ人」、これに尽きる。
インパール作戦で苦労した方々、その関係者の方々はあの時の「一碗の飯」の恩を忘れず、もう「メロメロ」と言ってよい親ビルマ感情を持っているそうだ。そう言う私も小学生の頃に読んだビルマの竪琴の本、未だに忘れない。

ビルマの竪琴
2015-6-11ビルマの竪琴


しかしタイ人のミャンマー(ビルマ)に対する感情は全く違う。コン・バーマ(コン=人、バーマ=ビルマ)?、あんな奴は嫌いだ。
これはもう徹底している。なぜか。

これは古都アユタヤの寺院遺跡。首を切られた仏像がずらり並んでいる。
2015-6-11首を切られた仏像が並ぶ

そしてその首はこんな風に
2015-6-11巨木にはさまれた仏像の首


この廃墟は1767年のタイがビルマとの戦争で敗れ、アユタヤが陥落した際のもの。
こんなモノを見ていればタイ人がビルマ人が嫌いになるのも無理ではない。

私はタイにいる時、どうしても解けない疑問がこのビルマ人観のギャップだった。
日本人から見ると心優しいビルマの人々、しかしタイ人が見ると仏像の首まで刎ねる、ビルマ人はどこまで残虐な連中なんだ・・・。

日本に帰ってから何年もたってから偶然このなぞを解くヒントを見つけた。ビルマがタイに攻め込んだのは飢饉で食料不足に陥った事が原因だったようだ。
ビルマに比べるとタイは、特にチャオプラヤ平野は豊かな穀倉地帯で十分なコメがとれる。当時タイに侵入してきたビルマ王はスパンブリ辺りの水田地帯を眺め、こんな豊かな土地が有ったらいいなあ、是非分捕りたいと言っていたとか。


話が横道にそれました。

今ミャンマーでは永年の軍政がやっと終わった所ですが、猛烈なインフレと物価の偏りがあるようです。
その為ある分野では無茶苦茶な物価高、一番典型的なのが外国人向けのアパートなどの家賃、日本より高いそうです。
こんな問題の陰にあるのがミャンマーの民度の問題。貧しいながらもそれなりにやってきた連中が一度覚えた甘い蜜の味。
此処に問題が潜んでいるのではないだろうか。


これが消費者物価指数

2015-6-11ミャンマーの消費者物価指数

平均でこんなモノなので、特に輸入ものだとか高価格品は無茶苦茶な値段。
そして人件費の高騰が凄いと言われている。


ミャンマーについては私もこんな程度しか知識が無い。又ボチボチ分かった事など書いていきたいと思います。
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2015-05-15 11:01

ネパール地震に思う事<続編

 ネパール地震で緊急支援が上手くいかず、指示する人もいない事をエントリーした。
しかし復興は容易ではなさそうだ。

 ネパールでは5世紀ごろから、ヒンズー教と仏教が混じり合う独自の文化が形成された。標高約1300メートルのカトマンズ盆地には、主に15~18世紀に建てられた歴史的建造物が残り、多くの観光客を魅了してきた。
その寺院など多くの建造物が倒壊し、元通りの修復は不可能との見方が強まっている。
産経の報道より)

所でその復興が難しい理由の良く分かる写真が4月30日の読売に掲載されていた。
寺院倒壊の瞬間
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150430-118-OYTPT50161/search_list_%25E5%25AF%25BA%25E9%2599%25A2%25E5%2580%2592%25E5%25A3%258A%25E3%2581%25AE%25E7%259E%25AC%25E9%2596%2593_2015%252F04%252F30_

2015-5-1ネパールの寺院倒壊1
正に決定的写真と言って良いだろう。

2015-5-1ネパールの寺院倒壊3
物凄い土煙の中から浮かび上がってきた謎の影・・・
地震を悲しむブッダの姿かも・・・

元はこんな寺院だった
2015-5-1ネパールの寺院倒壊4倒壊前

もう一度この写真の白枠内を拡大してみたい
2015-5-1ネパールの寺院倒壊2

こんな風になっている。
2015-5-1ネパールの寺院倒壊拡大


こんな写真は私も初めて見た。
一見どっしりした寺院だが、躯体は粘土を固めたものが主だったらしい。地震の振動で壁がそのまま細かく破壊されている。
外側の漆喰で固めた部分だけがまるで皮がはがれたような状態、これを見るとこの建築方法のままで再建は不可能と分かる。これでは外観はそのまま再建したとしても内部構造は全く変えないとダメだろう。
再建には莫大なカネがかかることは容易に想像できる。



それにしてもネパールと言えばお釈迦様の生まれた土地がネパールだろ。2500年も前の話だ。
(釈迦生誕は諸説あるが、紀元前544年くらいが有力らしい)
2500年も前と言えば日本では弥生時代が始まったばかりの頃、そんな頃の人の教えが未だに生きている。

しかしそんな頃、立派な宗教者を輩出した国ネパール。そこがひとたび地震に見舞われれば立派な寺院が土くれの山になる・・・・。
一体どうしたんだろう・・・・・。問題のカギはネパールの民度を考えないといけないのかなあ。

参考までにこれが釈迦生誕の地、世界遺産ルンビニ、釈迦が産湯をつかったとされる池。
2015-5-15釈迦が産湯をつかったとされる池@ルンビニ

少し古いがルンビニを発掘したことがCNNで報道されている。
「紀元前6世紀の寺院跡発見、釈迦の生誕時期示す? ネパール」
http://www.cnn.co.jp/fringe/35040499-2.html
「信仰と伝説、考古学、科学が一致する希少な事例」だそうだ。



実は私もネパールについてはほとんど何も知らない。
20数年前、王様一族相手の殺人事件が有ったとか、イギリス軍は勇猛なグルカ兵を使っているが、このグルカ兵の出身地がネパールだとか・・・。最近は毛沢東を信奉するマオイストが跳梁跋扈しているだとか・・・。そんな程度で知っている事にならない。

ネパールの歴史も何やら良く分からないが、
1792年、中国・清朝に攻撃され敗北、清朝に5年ごとに朝貢する朝貢国になった。
1814年-1816年、ネパール・イギリス戦争に敗北。
これが切っ掛けになってイギリスはグルカ兵を傭兵として雇うようになり、今日に至っている。

とこんな事を見て行っても益々何が何だか分からない。そこでネパール大使館のHPから最近の歴史を見てみた。

<以下ネパール大使館HPより抜粋>

http://www.nepalembassyjapan.org/japanese/?p=219

ところが1950年代初頭になってにわかに民主化要求がわき起こり、この動きによってラナ家支配は終焉を迎えます。この民主化は思いもよらない人物により後押しされていましたが、それがシャハ家王トリブバン国王でした。ラナ家追放がなるとすぐに、トリブバン国王は国の最高実効権力者として返り咲きました。1959年には、トリブバン国王から王位を継承した息子、マヘンドラ国王が新憲法を発布し、国会議員選出のための最初の民主的選挙が実施されました。結果、ネパール国民会議派(Nepali Congress Party、ネパールコングレス党)が勝利し、そのリーダーであったビシュウェシュワル・プラサッド・コイララ(Bishweshwar Prasad Koirala、一般にB.P.コイララの呼称)内閣が発足し、氏が首相に就任しました。ところが1960年になって突然心変わりしたマヘンドラ国王は、議会を解散させ、最初の民主的内閣を罷免してしまったのです。
政党活動が禁止されたこの後、何年にもわたって闘争活動を継続した活動家達は、1990年になってついに義勇をもって奮い立ち、人民運動(People’s Movement)を開始するに至ります。
これに啓蒙された一般民衆を含む大衆が絶対王制に反対し、再度の民主化を要求するのを目の当たりにしたビレンドラ国王は、これを受入れて憲法の一部を修正し、自らが国家首長となり、首相が内閣を率いる複数政党による議会政治を打ち立てました。
1991年、ネパールで最初の議会選挙が実施されましたが、1996年になって共産党毛派(マオイスト)の一部が地下活動に走り、王制と新政府を相手に人民戦争を開始したのでした。そして2001年6月1日、あの恐ろしい悲劇が起こり、王族と近しい親類の大半が根絶やしになったのです。あの大虐殺事件はディペンドラ皇太子の行いであったとされており、一人で全員を射殺した後、彼自身の頭部を自分で打ち抜いたとされています。亡くなったビレンドラ国王の兄弟であるギャネンドラ氏とその家族だけが事件を免れたため、ギャネンドラ国王が即位することとなりました。
最初は既存政府を容認していたギャネンドラ新国王でしたが、すぐに議会を解散させ、統治権力を自分の手に握りました。しかしその結果、2006年4月には街頭での民衆による抗議行動と各地でのストライキが頻発し、最終的には19日間にも及ぶ外出禁止令にまで発展し、地下活動を継続していたマオイストと既成政党も、道に外れた王政に圧力をかけるために共闘の手を結び、もはや権力への執着は意味がないと悟ったギャネンドラ国王は態度を和らげるより他なく、とうとう議会制の復活を受入れたのでした。
しかしそれでも既成政党と一般大衆は納得せず、王政による統治と権力の濫用への嫌悪感から、2008年5月28日、ついに240年にわたって続いてきた王制を廃止し、民主連邦共和制を採用することを、先だって行われた選挙で選ばれた制憲議会により決議したのでした。
現在ではネパールは、大統領を国家元首とし、首相(総理大臣)が内閣を統括する国家形態となっています


<引用終り>

これを見てもさっぱり分からないと言うのが率直な所。wikiを見ると現在のネパールについて
「暫定憲法のもとで暫定政府が設けられている状況」であるとの事。詳細は下記参照ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB

まあ「暫定憲法のもとで暫定政府が設けられている状況」と言われては混乱も仕方ないのかもしれない。
それにしても今時どうしてこんな事になるのだろう。


答えのヒントになりそうなのが国民の識字率。wikiによれば
・ 識字率
15歳以上で読み書きできる人の割合は48.6%。
うち男性 62.7%
うち女性 34.9%(2001年国勢調査)

こんな風であると言う。

ネパールは政治面を見ると不安定などと言うモノではない、ムチャクチャだ。
そして今時と言っては失礼だが本家中国でも最早見事に捨て去られた毛沢東思想。それが生きているのだ。
(注:中国は今は社会主義国でもなくなった。唯一毛沢東思想が生きているのは一党独裁、これだけ)


ネパールの復興には外国が幾ら援助しても今の体制では駄目だろう。先ず国民の民度を上げる事から始めないと未来は開けないのではないだろうか。
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2015-05-11 12:09

ネパール地震に思う事

 火事なら火を、水害なら水を持っていけ。
火事とか水害などの見舞いに行くとき、昔からこんな事が言われている。

これは災害にあった人がそのとき何が必要で、その援助に如何すべきかを言ったもの。実にうまく言い表している。
火事で何もかも失ったら、先ず暖かくなるものが必要。水害なら目の前に汚い水が溢れているのに飲み水が不足。だから飲み水が欲しい、こんな事を言い表しているモノだ。


指示する人がいない
今回のネパール地震で、各国から多数の救助隊が来た。しかし指示する人がいない、現地ではこんな声があると報道されている。

今回の地震の様な災害時の援助、それには色んなステップが有り、そのステップごとに必要なモノ・援助活動は異なっている。
最初の数日は先ず生存者の救出。だから救助犬を連れて行く。
それと並行して被災者への食糧と仮に暮らせるところ(テントなど)の提供、そして怪我人・病人の救助が必要だ。
次のステップは交通・通信・電気などのインフラの確保。
此れが一段落したらさて復興を如何するか、そんなステップで進めねばならない。

それともう一つ、こんな時の現地の事情。そこは何もない、砂漠のど真ん中同然の所なので救助隊は現地の人に迷惑をかけない装備が必要となる。水・食料や寝泊りする所まで全部自分たちで何とかする。此れでないと現地は救助隊のお世話をする人が必要になってしまう。

そんな所で丁度いい事例が有った。これは某国の救助隊。10名の救助隊だが持って行ったのはカップラーメンだけだそうだ。
これはminaQさんの所で見かけたもの
2015-5-9韓国救助隊はカップラーメンを持って
http://blogs.yahoo.co.jp/illuminann/13203354.html

写真の下の説明が凄い
>ネパール現地で韓国国民と観光客の被害状況の把握、負傷者サポート、国内帰国支援などのために派遣される政府迅速対応チームが27日午前、仁川(インチョン)国際空港から出国のための手続きを踏んでいる

韓国チームは現地ネパールの救援に行ったのではなかった。ネパールにいる韓国人の支援の為に行ったらしい。

ネパールにそんなに韓国人がいるの? 
レコードチャイナに興味深い記事が有った。

http://www.recordchina.co.jp/a108162.html
ネパール大地震、貧しい農村で被災した若い女性たちは人身売買のターゲットに―英紙
配信日時:2015年5月6日 11時16分

2015年5月5日、英紙ガーディアンは、ネパールで起きた大地震で被災した若い女性たちが人身売買のターゲットになっていると報じた。
同紙によると、7000人以上の死者が出ているほか、貧しい農村地帯に住んでいた数十万人が家も持ち物も失っている。それらの地域に住む若い女性や少女らは、これまでも人身売買のターゲットとなっており、韓国などで売春婦として働かされてきた。

・・・以下略

<引用終り>

なるほど、女衒が一杯ネパールに居た訳だ。そして救援隊と言いながら現地の救援に来たわけではなく、現地にいる自国民の援助が本当の目的だった。
だから追加の支援部隊を出そうとしたら早速「来なくてよい」と断られたのも納得。
こんな事では指示命令系統も無茶苦茶だろう。だから自分らの食べるカップラーメンだけを持ってやってきた。
幾らなんでも素手では何も出来ない。こんなのが海外救援隊の特に中韓の実態ではないだろうか。
(そのラーメンも水道が無く、ガスコンロも瓦礫の下に現地では多分食べられなかったのではないか)


こんな状況なのでネパール政府は国際緊急援助隊の活動は5月4日にはほぼ終了と発表した。
しかし日本にはさらなる援助を要請してきている。だから日本の自衛隊は第二次の医療支援部隊を7日には出発させた。
日本の救援活動は現地が今必要としている所を救援する。此れが大事なんだと思う。


日本の救助隊は隊員一人一人の義務感や責任感がしっかりしている。その上に全体を統率する指揮官や指揮組織、そして情報・通信や補給と言った全体の仕組みづくりが上手くいっているのだ。

こんな所が現地ネパール政府に認められ、他の国の緊急援助隊には帰って貰った後でも日本には支援要請を継続する。
こんな事が起こっているのだと思う。

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2015-05-09 13:16

ネパール地震の救援活動から見えてきたもの

 ネパールの大地震から二週間、各国の救援部隊もその役割を終え大体帰国したようだ。
そんな中で日本の自衛隊2次派遣部隊はネパール政府の要請を受け、7日に出発した
現地で医療活動をする為と報道されている。
日本の活動が未曾有の地震で苦しむ人の助けになっている事は大変良い事だ。

これは5月1日の現地での活動状況
2015-5-9ネパール地震自衛隊活動


所でその国際緊急援助活動だが、BBCを見ていたら現地からリポーターが面白い事を言っていた。
どんな事か、
「被災地での救援活動で大勢の外国からの救援部隊が来ているが、烏合の衆で指示する人がいない。こんな状態で遅々として救助が進まないのだと言う。
(注:BBCのTV報道で言っていたのだが、録画してなかったので詳細不明です)

その時の映像は大体こんな感じ

2015-5-8ネパール地震~指示する人がいない

これはBBCの報道のモノではないが、こんな感じの所でBBCのリポーターが「指示する人がいないから進まない」と言っていた。
この写真でも救助隊と思しき人は沢山いる。しかし呆然と立ち尽くしているだけで救助作業しているようには見えない。
たった一枚の写真ですべてを判断は出来ないが、現地からのリポーターが言っている事は事実だろう。


こんな事から私はこんな教訓があるのではないかと思っている。
つまり
いざと言うとき役に立つためには常日頃の訓練が大切だ。
自衛隊などがこんな時大きな力になっているのは不断の訓練の結果だと思う。

そしてこんな時一番ダメなのが机上論を振り回す連中の存在だ。手を汚したことに無い連中は的確な判断も出来ないし、具合が悪くなるとすぐ逃げてしまう。

例えばこんな事例、この人など手を汚して仕事したことなど皆無だろう。
2015-5-9これが原因です管直人
見苦しい写真なので一寸小さく・・・


こんな所から何を教訓にするか、そんな事を考えさせられた次第。


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2015-03-22 22:01

中国の安かろう悪かろう商売<ベトナムのオートバイではあっさり敗退


 先日の中国の春節(旧正月)には多数の中国人が日本にやってきて爆買いをして行ったことが報道されていた。
買っていったのは炊飯器や便座などなど。
中国製は品質が信用できない事がこんな行動の原因らしい。

所で中国の家電はアフリカでも敬遠されているとサーチナが報道している。

中国製の小型家電・・・アフリカでも「敬遠」の傾向=中国メディア
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150321-00000031-scn-bus_all

このサーチナの報道には中国の安かろう悪かろう商売の失敗事例としてベトナムのオートバイのケースが紹介されている。こんな風である。

<以下引用>
 中国が「安かろう悪かろう」で失敗した例としては、ベトナムに対するオートバイ輸出がある。輸出開始は1999年で、当初は低価格により市場シェアを8割程度にまで上昇したが、中国企業同士の値引き合戦で利益が出ない構造になった。さらに故障が続出したことでベトナム人消費者に見放された。その結果、2014年ごろまでには日本製オートバイのシェアが8割程度になったという。

<引用終り>

この中国の安物バイクがベトナム市場を席巻した2002年、私はこの実情が見たくて丁度タイからベトナムへの観光ツアーが有ったのでそれに参加し、実情を見てきた。
そんな事情などを書いてみたい。

行ったのは2002年4月、丁度中国のコピーバイク全盛時代だった。
中国から年間100万台以上のバイクをベトナムが輸入している。大変な脅威だ。
こんな話だったので、観光ツアーだがアチコチで聞いて回れると見て参加してきた。

先ずはベトナムのバイク事情など

ベトナムでは信号が青になった瞬間、こんな光景が出現する。
この写真は最近のモノでバイク乗りがみんなヘルメットをかぶっている。2007年頃ヘルメット着用が義務づけられた為。
2015-3-22ベトナムのバイク事情1
雲霞の如くと言う例え通りだ。


これは2002年、私が行った時のモノ。この時は誰もヘルメットはかぶっていない。
2015-3-22ハノイのバイク1

ハノイ独特の住宅の様子が分かる。
此処は紅河下流のデルタ地帯で洪水の常襲地帯。だから土地は真っ平ら。
こんなマッチ箱を立てたような細長い住宅が続く。洪水でも2階、3階なら大丈夫。
2015-3-22ハノイのバイク2

ベトナムらしい風景、自転車のオバちゃんのかぶっている笠はベトナムオリジナル。
2015-3-22ハノイのバイク3


以下は2002年にベトナム・ハノイで現地の人に聞いた話。
問:如何して中国製のコピーバイクに乗るのか、品質は日本製より大幅に落ちるが如何なのか。
答:そりゃあ日本製の方がいいに決まっている。当地では日本製のバイクはドレでも「ホンダ」という。
ホンダと言えばバイクのことだ。
しかし日本製は高い。1台2000ドルはする。労働者の月給が100ドルそこそこなのでとても手が出ない。
しかし中国製のコピーバイクなら見た目は日本製のホンダと変わらない。そして値段は500ドルだ。
此れなら何とか手が届く、だからみんな中国製を買っている。
中国製バイクは確かに故障する。しかし壊れたらホンダへ行ってホンダの部品を買ってきて取り付ければいい。
壊れたら順次ホンダの部品に変えていけば、だんだんホンダに近づいてゆく(笑)。
こんな話であった。

更に色々聞いてみるとハノイ周辺は土地が真っ平ら、山坂は無い。
だから少々難ありのバイクでも何とかなる、そう認識しているようだった。


此処からは後で聞いた話。
いきなりシェアー80%なんてな事になれば日本メーカーも必死に巻き返そうとする。
問題は価格なのでベトナムの実情に有った廉価版を出したりして相当コストダウンしたようだ。
その結果、私が行った2001年~2002年頃が輸入のピークで年100万代くらい。
それが2003年には年50万代くらいと半減、
2004年にはほとんど売れなくなり輸入はほとんどゼロ。
現在の日本製バイクのシェアーはと言えば、
2011年~ホンダ・ヤマハ合計で83%、2012年~ホンダ・ヤマハ合計で89%である。
勿論中国製バイクはゼロ。

引用文に有るように中国製バイクのベトナム進出は完全な失敗だったようだ。

日本メーカーとしても良い経験だったようで、現地の使い方に有った仕様となるようスペックダウン。
そしてそれに見合ったコストとする、こんなことをやってきたようだ。
この間の完成車メーカー・部品メーカーのコストダウン努力には敬服します。



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2015-03-09 15:24

海外でのモノづくり

 よもぎねこさんが「made in Korea の思い出」をエントリーしている。
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5065.html#comment

明るい綺麗な黄色のセーターを買ったのだが1日でダメになってしまった、made in Korea だった。
それまでmade in Korea に格別悪いイメージも無かったのだが一変、それ以来韓国製は一度も買っていないとの事。


こんな話なのだがこれは私がタイで仕事をしていた時、一番重視していたテーマ。
そして会社の業務だけでなく衣料品でも同じ経験をしているのでそんな顛末を。

多分日本で売られている衣料品の原産国がチャイナ、タイ、ベトナム等であっても品質は悪くない。
そんな理由が分かると思います。


タイへ行ってしばらくしてから現地の冬になった。
タイは北半球なので日本と同じで日本の冬はタイでも一応冬。
タイの気候は12月~5月は乾季、6月~11月が雨季。
その乾季の内12月~2月はタイ人曰く「寒季」で最低気温は平均は21度~22度位、しかし日毎では15,6度まで下がる事もしばしば、日本人は平気ですがタイ人は寒い寒いと震え上がります。
(この時期が日本人にはタイ観光のベストシーズン)
その時期を過ぎれば3月~5月は「暑季」で一年中で一番暑い時期、まあそんな季節感です。



さてその寒季対策として従業員に防寒ジャンバーを支給することにしました。
通勤等に着用してもらうためです。
タイ人は殆ど通勤は作業服のまま。日本でも昔は会社支給の作業服で通勤している人が結構いましたね。
タイの場合は会社支給の作業服は彼らには高級品なので、日本人の感覚だと背広みたいなもの。
作業服のままショッピングセンターへ行ったり、中には結婚式にもそれで出席したりします。
そんな事なので防寒着としてジャンバーを作ることにしたわけです。

またタイでは通勤にオートバイを使ったり(二人乗りとか三人乗りとか)、ソンテウというトラックに荷台に乗ったりします。
そう言う意味でも防寒着が有れば便利だろう、こんな経緯です。



チョット休憩、どうして防寒ジャンバーがいるのかの説明としてタイの乗り物事情など。

バイクの三人乗り
2015-3-9タイのバイク三人乗り
これはバイクタクシー、運転手は右足と右腕、それに僅かに頭しか見えません。
女性二人はOLさんでしょう、多分ミニスカートだと思います。二人とも何と横座り。
此れで渋滞したクルマの間をスイスイ。
タイ人女性はバランス感覚が良いんですね。とてもマネしようとも思いません。


これはソンテウという乗合バス(?)、1トンピックアップトラックの荷台に座席を2列取り付けたもの。
2015-3-9タイのソンテウ
こんなモノで通勤したりしています。



とまあこんな事情なので防寒ジャンバーが必要になるわけです。

その防寒ジャンバーを手配しろと言ったらスタッフがすぐ業者を探し出してきた。
何でもアメリカ輸出を手掛けている高級品を作っている業者なのだと言う。
(こんな時、タイ人は先ず値段の高いモノを持ってくる)

現物を見て確認するためスタッフや通訳を連れてバンコクのその店まで行ってみた。

主にアメリカ西海岸方面に出荷していると言う業者だった。サンプルを色々見せてもらったが悪くない。
デザイン、生地などまずまずです。
ドレがいいのかタイ人に選ばせて、それを手にとってみました。
着てみても問題ない。
しかし縫製を見てみると全くダメ。
細かく見ると残念ながら縫い目はぐちゃぐちゃだし、裁断も良くない。アチコチほつれている。
アメリカでウォールマートで売っている中に並べれば上等品でしょう、しかし日本人の目では駄目。

仕方なく
「この品質では残念ながら我が社が支給するものでは使えない。他の業者を探す」と言いました。

そこへそこの社長(実直そうなオヤジ)が出てきて「ヤッパリ駄目ですか」という。
聞いてみると以前日本に何回か輸出したことがあり、アメリカと同じものでは全くダメ、日本には受け入れてもらえない。
だから日本用に特別品質の良いモノを作った事がある、そんな事だった。
その実直そうなオヤジが「ちょっと待ってください。御社用に特別に注意して作ってみます。それを見て決めてください。」

結局後日サンプルを持ってくるという事でその業者を後にした。

翌々日オヤジがサンプルを持ってきた。
聞いてみると一番腕のいい職人に特別作らせたらしい。此れと同じものなら直ぐ作るという。

サンプルを見てみると問題ない、良い出来栄えだった。
ただ生地をよく見ると小さいが「織傷(おりきず)」がある。
オヤジにそれを示して、これは多分アメリカでは良いかもしれないが日本では駄目。
裁断する時キズをよけて裁断して作ってくれと話した。
織傷は横糸(緯糸)に綿ボコリなどが噛んだ時出来やすい、製品になってからでは治せないので裁断する時よけるしかないのだ。


しばらくして出来上がった防寒ジャンバーが納品されてきた。
検品しても問題ない。
持ってきたオヤジさんにはご苦労さんと言っただけだったが、しばらくスタッフとは何か話をして帰って行った。
後で聞いてみるとこんな話だった。

日本向けが特別丁寧に作らないとダメなのは知っていた。
しかし今回みたいに縫い目に物差しをあててこれでは駄目とか、具体的に指摘された経験が無かった。
また生地までチェックしたことも無かったが、それのやり方も分かった。
こんな話だった。


防寒ジャンバーの話は以上です。

此処からがよもぎねこさんが言っている中国製でも他のアジアの国製でも品質は問題ないと言う理由。

中国でもアセアン諸国など外国産でも日本で売っているモノは品質は日本並です。
その理由は日本向けには特別管理をして、良いモノを輸出しているから、こんな理由です

アジアなどの日系企業は日本人が見ているので日本品質になるのですが、日系企業でなくても商社などが契約段階で品質をうるさく言いますのでそれなりの品質になる。こんな事情が裏に有ります。

だから面白い話。
同じメーカーがアメリカと日本に同じものを輸出する場合。見た目は同じでも日本向けは特別品質になる。
これは上掲防寒ジャンバーの事例でも分かると思います。
日本向けは特別にしないと日本には受け入れられないのです。


こんな事で「品質はお客さんが作る」と言う一面があると言えます。
お客さんには買わないと言う選択肢がある、その為お客さんに受け入れられる品質のモノを作るようになる。
こんな事になる訳です。
日本の品質は日本人のお客さんと言う極めてレベルの高い人がいるおかげで成り立っている。これが重要なポイントと言えるでしょう。



そんな事で冒頭紹介したよもぎねこさんの話。made in Korea の品質が酷いと言う話です。

恐らくそのKoreaのメーカーはお客さんの言う事に耳を傾けないメーカーなのでしょう。だから粗悪なものが出来てしまうのだと思います。
韓国人は極めて傲慢な一面を持ち、自分らのやることがベストだとの変なプライドを持ってます。
特に最近それが顕著になりました。
嘗て日本人が教えた頃は素直に聞いていた連中も日本人がいなくなると本性を現す。
そして自分らで適当に判断して、それで正しいと信じ込む。
その悪癖が大きく表れたのがポスコのインドネシア工場の高炉事故。
事故から1年2カ月以上たっても未だに再稼働できませんし、何ら発表も有りません。
恐らく韓国型のトラブルではウクライナの高速鉄道問題(韓国が輸出した全車両がオシャカで、当時の政権を吹っ飛ばした)と並ぶ大問題になるでしょう。

そして韓国人の場合、文句を言っても「お前の方が悪いんだ」というばかり。
この感覚が物造りに脈々と息づいている。
結果として可笑しな商品が出来てくる、そう言えるんじゃないでしょうか。



仕事では「顧客満足度」とかcustomer satisfaction, (CS)とか言って重要視している。
しかし買ってくれた顧客の満足度は簡単だが、買わないという事を選択した顧客に対する分析は難しい。
長年苦労してきましたが、簡単に答えは出ないですね。

結論は矢張り原点に返って「仕事の目的は何だったんだ」と問いかける事から始まるのでしょう。
道は遠いですね。
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2015-03-07 16:48

文明の破壊<IS(イスラム・ステート)の悪行です

 日本人2名の斬首という悪行を行ったIS(イスラム・ステート)、だが今度はこんなトンデモナイ事をしている。

イラク北部、チグリス川とユーフラテス川と言えばだれでもチグリス・ユーフラテス、そこはメソポタミア文明のおこった所。
世界4大文明のひとつだろ。学校で習ったよと誰でも分かる。

そのメソポタミア文明と言えばアッシリア国。そのアッシリアの都市遺跡、そして博物館などをIS(イスラム・ステート)が破壊しているのだ。

これはもう文明の破壊と言っても良いトンデモナイ事で、本当に取り返しのつかない事。
ますはそれを報道するBBCの報道から見てください。

http://www.bbc.com/news/world-middle-east-31760656


これはBBCのトップ画面
2015-3-7ISの遺跡遺産破壊

OUTCRY、絶叫とか悲鳴と言う意味です。
BBCは日本語版が有りません。それで本文の後に長いですがBBC記事全文の機械翻訳版(かなり訳はおかしいですが)を掲載します。詳細はそちら参照ください。
尚NIMRUDと言うのはアッシリアの重要な都市遺跡の名前です。機械翻訳ではニムルドとなっていますが、BBCはニムラッドと発音していました。

破壊の目的は「偶像崇拝否定」と「骨董品として売りさばいて有力な資金源とする」、この二つの様です。


だから盗み出したモノを骨董品として売っている。
2015-3-7ISの遺跡遺産破壊1

これはもう文明の否定と言ってよいでしょう。
BBCは以前タリバンが破壊したバーミャンの大石仏破壊と同じだと言っている。

これはバーミャンの大石仏に砲弾が当たって炸裂した瞬間
2015-3-7ISの遺跡遺産破壊2バーみゃん
この画面では大石仏の頭部は残っているように見えるが、一瞬で頭部まで崩れ落ちた。
三蔵法師も見た大仏の死の瞬間である。

注:三蔵法師・玄奘は629年にこの地を訪れた時のことを、大唐西域記に「王城の東北の山側に立仏の石像(西大仏)がある」と記述している。尚今普通に読まれている般若心経はこの玄奘訳のもの。
玄奘と言うより孫悟空の親分と言った方が分かりやすいかな。


或る哲学者の話。
「人は誰でも死んでゆくが、それで終わりではない。人とは心を引き継ぐ存在。だから人の心は世代を超えて引き継がれてゆく。」
心を引き継ぐ! これが進歩の根源ではないだろうか。
父母、祖父祖母、先輩、先祖、そして名も知らぬ遠い祖先まで、色んな人の心が脈々と引き継がれ、その結果今の我々が生きている。そう言う事なのだ。

そしてその遠い遠いご先祖様の色んな活動の跡が遺跡や遺産になっている。
そう言う意味で遺跡遺産と言うモノが大切なのだと思う。

人は約500万年前まではチンパンジーやゴリラなどと同じグループだった。
そこから分かれて現在の人になった。それは心が引き継げるかどうか、その違いが大きかったのだろう。
心が引き継げなければ今でもチンパンジー並、そんな人・国も何処か近くにもあるようだが・・・

2015-3-7人類の進化の図

(注:この図の一番右は私ではありません。私はもう少し短足・・・笑)

こう考えると遺跡とは単なる珍しいモノではない。
自分たちが今此処に生きている、その人たちの長い足取りの足跡なのだ。

それにしてもIS(イスラム・ステート)、何という取り返しのつかない事をしてくれたことか。
全く残念だが、これを機会にこの様な遺跡の保存を色んな宗教の人を交え、話し合う運動が起こることを期待したい。




悲しい話ではあるが、此処で参考までにBBC記事の機械翻訳版を添付します。
興味のある方は見てください。
恐らく世界中から非難の声が上がると思っています。

<以下BBC記事を機械翻訳し引用>
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-31760656

BBC
2015年3月6日 最終更新14時17分

ニムルド:ブルドーザーは古代イラクサイトを攻撃であるように叫び
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考古学者や関係者は、イラクのイスラム国家の過激派によってニムルドの古代アッシリア市のブルドーザー約怒りを表明している。

イラクの当局者によると、木曜日に、13世紀紀元前に設立されましたサイトを、解体始まっています。

国連の文化機関の長は、「戦争犯罪」としてイラクで「体系的」破壊を非難した。

イラクとシリアの大部分を制御するには、神社や彫像を強打しなければならない "偽アイドル」であると言う。

「彼らは私たちの歴史を消去している、「イラクの考古学者ラミアアルGailaniは語った。

(2001年のニムルド、イラク北部モスルの南の遺跡で、人間の顔をした翼のある牛の古代彫像)、
2015-3-7bbc2.jpg
ISは、古代の神社や彫像が「偽の偶像」であると言う

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2015-3-7bbc4.jpg

2015-3-7bbc5.jpg

2015-3-7bbc6.jpg
ニムルドは制御するチグリス川、約30キロ(18マイル)モスルの南東、に位置しています。

工芸品の多くは、海外のバグダッドとの博物館に移動されたそこに見つかったが、多くは敷地内に残っている。

BBC中東特派ジム·ミュアーはニムルドを破壊しようとする試みは、すでにのタリバンの解体と比較されていると言うバーミヤンの仏像岩の彫刻 2001年にアフガニスタンで。

同様にアーティファクトを破壊するとして、イスラム国家はまた、彼らに取引-と貿易は、その一つである収入の重要な情報源。

「Levelled」
「ニムルドの歴史的な街を襲撃し、大型車両でそれをブルドーザーで、「観光や骨董品省は木曜日に言われています。

これは、過激派がイラクで文化遺産を保護する方法について議論する国連安全保障理事会の会合を呼びかけ、「世界の意志と人類の感情を無視」し続けた。

ニムルドは、大面積をカバーし、それが完全に破壊されたかどうかはまだ明らかではない、私たちの特派員は言う。

しかし、地元の部族のソースはロイター通信社に語った。「イスラム国家のメンバーがニムルド考古学的な街に来て、その中に貴重品を略奪し、彼らは地面にサイトを水平に進んだ。

「彫像や壁などイスラム国家は完全に破壊されている城があった。」

2015-3-7bbc7.jpg

ニムルド象牙として知られている彫刻が施された象牙の6000点のコレクションの中には、現代のイラクニムルドの都市で発見されたが、英国ロンドンで2011年に表示されている大英博物館に買収さ
多くのニムルドアーティファクトは、現在海外に収納されている - 大英博物館でこれらの象牙作品を含む
チグリス座上の古代アッシリアの都市
約150年のアッシリアの首都
現代で最初の発掘調査は、1840年からヨーロッパ人が行った
発掘された宝物は、王宮のセクション、個々の彫像や小さいアーティファクトを含ま
調査は、何十年も停止したが、1949年にサー·マックス·マローワン(作家アガサ·クリスティーの夫は)新鮮な発掘調査を開始しました
1970年代に作られ、残りの宝物の豊富な写真記録


ニムルドの無類の富

イリナ·ボコヴァ、国連文化機関ユネスコの頭は、攻撃を非難。

「これは何も国で進行中で文化的なクレンジングから安全ではないことを私たちに思い出させて、イラクの人々に対してさらに別の攻撃です」と彼女は言った。

「文化遺産の意図的な破壊は戦争犯罪を構成している。人類の文化遺産の破壊のための政治的または宗教的な正当化は絶対にありません。」
2015-3-7bbc8.jpg

博士GailaniはBBCに語った: "ニムルドを私たちのためにイラクで、私のために考古学者は、最も重要な[サイト]の一つであるとして立っているもののかなり多く残っています - レリーフや彫像、有名な翼のブルズは。 。

「彼らは私たちの歴史を消去している。私はそれは悪夢だったと私は目を覚ますことがしたい。」

それは、「全世界の文化遺産に対する恐ろしい犯罪」で、イラクの研究のための英国の研究所、ジョン·カーティスの社長は「イラクで最も保存状態アッシリアサイト「ニムルドを呼び出して、言った。

先週は、明らかにモスルの博物館で歴史的なアーティファクトを破壊する大ハンマーとの過激派を示すビデオをリリースしています。

One過激派は、ドリルスルーと石翼の雄牛のように見えるものを離れて引っ張って見られた。
2015-3-7bbc9.jpg


ビデオでは、アーティファクトは宗教的な用語で正当化 "偽偶像」とその破壊と記載されている。

その攻撃も、戦争犯罪として国連が非難された。

ほぼ1800の国の12000登録された遺跡の持つ地域 - ISは、2014年6月以来、モスル、イラク第二の都市、および周辺地域を制御しています。

イラク軍とシーア派民兵は、イランの支援を受けて、ティクリートの北部の都市から過激されているドライブしようとするために団結している。

過激派も空爆を取り付け米国主導の連合軍の標的とされています。

金曜日に、イラク軍は、米国主導のストライキの支援を西部アンバル州のアルバグダッドの住民の町から戦闘機、ISをクリアしたと言われた。

先月ISによって引き継がれた町は、イラクの兵士を訓練している米軍の空軍基地の住宅数百から約8キロ(5マイル)です。

<引用終り>
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2015-02-27 17:58

インド、海自の救難飛行艇購入へ

 2年程前から報道されていた海上自衛隊の救難飛行艇US-2のインドへの輸出、これが正式決定すると報道されている。

やっと日本も武器が輸出できる国になった、良い事である。
US-2は軍用機と言っても爆弾やミサイルを搭載できる訳ではない、救難専門の機体だ。
それだけに需要は少なく、飛行艇などと言うモノは世界でもロシア、カナダ位しか製造していない。
しかもロシア、カナダ製はどちらも内水面専用で、外洋の高い波に耐える能力があるのは日本のUS-2が世界で唯一。
正にガラパゴスそのものだ。

2015-2-27US-2
此れがそのUS-2の雄姿。
波高3メーターまで離着水可能と言われているが、2013年クジラと喧嘩した辛抱治郎を救出した時には波高4メーター。
4発あるエンジンの1基は水を食らって停止してしまったそうだが、それでも辛抱治郎他の救出に成功。
正に日本の誇りである


今日の読売が輸出の正式決定を報道している。

<以下引用>

インド、海自の救難飛行艇購入へ…ロシア製退け
2015年2月27日3時0分 読売新聞
 【ニューデリー=石田浩之】インド国防省は26日、海上自衛隊の救難飛行艇「US2」を日本から購入する方針を固めた。

 28日にも防衛調達委員会を開き、正式決定するとみられる。複数の同省高官が明らかにした。日印政府間の本格交渉が始まることになり、購入が実現すれば、昨年4月に閣議決定された「防衛装備移転3原則」に基づく初の本格的な輸出例となる。

 同省高官らによると、ロシア製の救難飛行艇も候補に挙がったが、高波の海面で離着水可能など性能面で優れたUS2の購入で意見がまとまったという。最初に数機購入し、最終的には十数機導入するとみられる。

 日印両国は2013年5月の首脳会談で、US2のインドへの輸出実現に向けた協議実施を決定。これまでに合同作業部会が3回開かれた。日本はUS2の輸出で、インドとの海上での安全保障協力を強化する構えだ。インドは日本との協力で、インド洋で影響力拡大を図る中国をけん制する狙いがある。

 防衛装備移転3原則は、「平和貢献・国際協力」と「日本の安全保障」につながる場合に限り、条件付きで輸出を認めている。これまで米国への旧型地対空誘導弾パトリオットミサイル2(PAC2)の部品輸出などが認められている。US2は、完成品を輸出する最初のケースになる可能性がある。

http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150226-118-OYT1T50195/list_%2523IMPTNT
<引用終り>


尚この件はちょうど2年前にエントリーした。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-668.html

その時紹介した動画などを再掲します。



実に短距離で離水する様子が良く分かります。

また救難活動がどんなものか、またその実績も分かります。

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そして上掲救難実績で、2013年2月までに920名を救出したと書いてありますが、これは日本人だけではありません。
在日米軍の軍用機の墜落事故でも救難に出動しています。

そしてなんと、次の在日米軍司令官の候補者であるJohn Dolan少将は、大尉で三沢勤務時の1992年1月、太平洋上を4時間漂流した後に海上自衛隊US-1に救助され、九死に一生を得ていたことが判明しました。
つまり上掲920名の一人だったわけです。

詳細は以下ブログ参照ください。
http://holyland.blog.so-net.ne.jp/2015-02-21

ソースの英文紹介記事(2003年1月)
・・・US-2の前身US-1についてだが、デッカイゴジラと紹介されています。
http://www.airspacemag.com/military-aviation/giant-amphibian-25398933/?no-ist


インド洋でも日本の救難飛行艇が活躍する日が来る、良い事だと思います。
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2015-02-11 23:15

赤いギリシャは何処へ行く

 ギリシャの新政権が発足した。しかしトンデモナイ連中の様で気になる。
何が気になるか。
新首相は急進左派を称しているが実際はバリバリの共産主義者である。
そして新財務相はと言えば「ナイトクラブの用心棒」でコイツも共産主義者なのだと言う。

共産主義者のどこがいけないか??

共産主義者は何処にでもいる。一市民でいる限り別にどうという事も無い。
貧しい人や不遇な人に優しい良い人も沢山いる。

がしかし権力を持ったら・・・ 全く話が変わる。
共産主義者は現実が見えない、見ようとしない。
そして現実を無視して自分の崇高(と信じる)な思想を実現しようとする。
だから権力を持ったら大変なのだ。

身近な例では、日本でも某空き缶首相などいい例だろう。
スターリン、毛沢東、ポルポト・・・
「共産主義黒書」に依れば、20世紀の間に共産主義が殺した人の数は1億人を超えているという。


そしてギリシャである。
ギリシャの経済は今破綻寸前である。だが今度政権を盗った連中ではEU諸国とうまくいく筈がない。
行きつく先はEU経済の低迷加速しかないだろう。
EUが低迷すれば、EUが最大の貿易相手国である中国が壊滅的な打撃を受ける。

どうも遠いヨーロッパの片隅の話が全世界に飛び火しそうで心配なのだ。

とまあ、そんな前置きは置いといて、ギリシャの共産主義者の言っている事を見てみたい。
最初に「ナイトクラブの用心棒」から。


<それを報じる読売記事>

ギリシャの「革ジャン財務相」強気発言でも注目
2015年2月11日6時19分 読売新聞
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150211-118-OYT1T50011/list_%2523IMPTNT

 欧州各国との交渉に挑むギリシャのバルファキス財務相が、強気な発言と型破りなファッションで注目を浴びている
2015-2-11ギリシャの新財務相

 バルファキス氏は8日、イタリア国営テレビで「ユーロは脆弱ぜいじゃくで、トランプの城のよう。ギリシャというカードを抜けば全体が崩れる」と、債務減免に応じない欧州連合(EU)に警告。英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューでは「我が国を変えるため猶予が欲しい。さもないと国は窒息する」と訴えた。

 服装は、革ジャンに裾を出した開襟シャツ姿が定番。「ナイトクラブの用心棒」(同紙)と物議を醸した。同氏はアテネ出身で53歳の経済学者。英ケンブリッジ大学で教べんを執った。ブログで緊縮策を批判、1月の総選挙ではアテネの選挙区でトップ当選を果たした。

<引用終り>


さてギリシャの舵取り(新首相)はこの人なのだが、この人が凄い。


<以下引用>

ギリシャ新首相を待つ神経戦の行方
Greece: What Next?
http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2015/02/post-3548_1.php


国民の緊縮財政への不満を背景に総選挙で勝利したツィプラスは債権国との条件交渉を切り抜けられるか
2015年2月10日(火)16時56分
2015-2-11ギリシャの新首相


「屈辱と苦悩の5年間は終わった」。1月25日、ギリシャ総選挙で勝利を手にした急進左派連合(SYRIZA)の若き党首アレクシス・ツィプラス(40)は支持者の前で緊縮策の終焉を叫んだ。

 国民の多くも同じ思いだろう。09年の欧州債務危機の発端となったギリシャでは、その後の5年間でGDPが4分の1ほど減り、行政サービスや生活の質も低下した。失業率と貧困率は今や記録的な高水準となっている

 悪いのは中道左派や右派の既成政党だ、奴らが勝手に国の借金を膨らませ、揚げ句の果てにEUの奴隷となって緊縮策を導入し、国民に犠牲を強いてきた。有権者の多くはそう考えていた。だからSYRIZAは今度の選挙で、有権者に希望のメッセージを伝えた。若さあふれるツィプラスは緊縮路線の転換を宣言し、債務の減免を勝ち取り、富裕層への課税を強化し、雇用を拡大すると宣言した。

 一方で中道派の浮動票を取り込むため、NATO(北大西洋条約機構)脱退の主張は取り下げた。またユーロ圏にとどまるとも約束した(国民の70%以上もそう望んでいる)。

 しかしツィプラスが選挙公約を守ろうとすればEU諸国との、とりわけ総額2400億ユーロに上るギリシャ救済策の最大の拠出元であるドイツとの衝突は避け難いだろう。

 対立の火種はほかにもある。比例代表制の選挙で、SYRIZAは単独過半数に2議席足りなかった。そこで連立相手に選んだのが右派政党の独立ギリシャ人(ANEL)。だが移民や教育の問題から同性婚まで、ANELの主張はSYRIZA支持者の左派体質と相いれない。外交面でロシア寄りという点を除けば両党を結び付けるものはただ1つ。債務返済条件を再交渉し、そのためならEUとの対決も辞さないという決意だけだ。

 しかしツィプラスが連立協議をまとめる前から、債権国側は返済条件の大幅緩和には応じない姿勢を示している。彼らは従来の返済計画を遵守し、緊縮政策を続けるよう求めていた。

・・・以下略、詳細は上掲リンク先参照ください・・・

<引用終り>

このツィプラス新首相の演説、これはBBCで繰り返しやっていたので何度も見た。
上掲写真の両手を広げるしぐさも何度も見た。
思想や政策を抜きにすれば、見た感じは若々しく希望溢れる態度、さあいよいよ明るい未来が開ける、そう感じた人が多いのも納得だ。

しかし言っている事はデタラメである。
ギリシャには今カネが無い、もう間もなく国庫は空っぽになる。
しかしツィプラス新首相は最低賃金の大幅アップを就任早々約束した。
また解雇された公務員も再度雇用するとも約束した。
勤労者の4人に1人が公務員! そんな信じられない公務員天国ギリシャ。
其れもまた復活させようと言うのだ。
財源は・・・
カネの無いギリシャである。こんな政策をする金は無い。
此れが共産主義者の考える事、カネは金持ちから出してもらおう。こうである。
ギリシャ国内の金持ちは当然逃げ出しているだろう。
だがツィプラス新首相はEUの金持ち国であるドイツなどからカネを出してもらうつもりだ

さてこの顛末、タダでは済みそうにない。
火の粉は全世界に及ぶとみていいだろう。困った事である。
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2015-02-06 14:25

中国などで横行、偽物鋼材…日本メーカー装う

 何でも有りの中国だが、とうとう日本製を騙る粗悪鋼材が出回っているのだと言う。
先ずはその報道から。


<以下引用>

中国などで横行、偽物鋼材…日本メーカー装う
2015年2月5日15時4分 読売新聞

 日本の鉄鋼メーカー製を装った偽物の鋼材が、中国などで出回っていることが、国内鉄鋼大手の調べで分かった。

 被害の全容は不明だが、少なくとも100件以上の偽造が見つかっているという。自動車や家電などだけでなく、原材料の分野でも偽物が横行する実態が明らかとなり、企業側は対応を強化する方針だ。

 鉄鋼メーカーが製品に添付する品質保証書を、卸売業者が日本製品であると偽造する例が多いとみられる。価格が安い現地製の鋼材を業者が高値で建設会社などに販売しており、鉄鋼メーカーが直接取引する自動車向けなどでは被害は見つかっていない。

 国内大手のJFEスチールでは2012年頃から、中国のほか、東南アジアで自社ブランドを勝手に使った建設用鋼材を確認した。中東でも油田開発用パイプの自社の偽物を見つけた。最大手の新日鉄住金も中国などで被害に遭っている。経済産業省によると、2~3年前から相談が寄せられるようになったという。

 偽造品の品質は低く、鋼材の破断など事故を起こすことにもなりかねない。日本の正規鋼材まで不良品の疑いを持たれる可能性もある。

 このため、新日鉄住金は中国当局に協力を求め、中国側も偽造品の没収処分や、悪質業者の営業免許取り消しなどに乗り出している。JFEも、各国の販売拠点で偽造品の確認と取引先への注意喚起を急いでいる。

 ただ、中国の鉄鋼生産量は世界最大で、2位の日本の約7・4倍に当たる8億2270万トン(14年)に上る。中国で鉄鋼製品を取引する卸売業者は10万社以上あるとされ、JFEの担当者は「悪質業者を見つけても摘発前に逃げられ、別の場所で販売を再開するなど、もぐらたたきの状態だ」と話す。国内メーカーは、業界団体を通じて品質保証書の偽造防止に向けた連携策などを検討している。

http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150205-118-OYT1T50071/list_ECONOMY1

<引用終り>

鋼材の偽装は深刻である。
何故か?
鐡は見た目では品質は中々分からない。
しかも(これが大事なのだが)例えば強度不足としても、それが表面化するのは何年も後になってから
その時になって鋼材の問題と分かる為には膨大な調査が必要で、当然インチキした連中などその時にはもう居ない。

半年ほど前だが、そんな事が懸念されると韓国が騒いでいた。

中国製の粗悪な鋼材が、韓国の建物の“時限爆弾”になっている―韓国紙
レコードチャイナ 2014年8月26日 05時56分
http://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20140826/Recordchina_20140826010.html

2014年8月22日、中国紙・環球時報は、「韓国メディアが自国を棚に上げて中国製の鋼材を侮辱している」と伝えた。

韓国・東亜日報は21日、中国製の偽の鋼材が韓国の建築物の脅威になっていると伝えた。中国から輸入する鋼材は一律に不合格の偽物で、韓国建築物の安全の脅威となっていると主張する内容だ。

・・・以下略 詳細は上掲リンク先参照ください・・・
<引用終り>


まあ捏造とパクリの韓国が中国に文句を言っても、中国様が言う事など聞くはずがない。
正しくお前が言うな!
この件はお笑いであるが・・・・
しかし韓国が見ても「中国から輸入する鋼材は一律に不合格の偽物で、韓国建築物の安全の脅威」
どんだけ品質が悪いんだという事でしょうね。


しかしその劣悪な品質の鋼材を「日本製」と言って高値で売りつける。
勿論バレそうになると素早くトンズラ。

メイド・イン・ジャパンの信頼にかかわる話である。
徹底的な調査とPRが必要だろう。


尚この問題の背景には中国の無茶苦茶な鉄鋼増産とその結果の過剰生産、過剰在庫が有る。
ドレだけ無茶苦茶をやってきたか。

このグラフを見てください

2014-3-15世界の粗鋼生産推移


中国だけ無茶苦茶な増産でグラフが突き抜けている。
こんな無茶苦茶な増産をする為にはそれだけの無茶苦茶な消費が必要で、その為中国中に無人のビル群を並べたゴーストタウン(中国名:鬼城)を作ったり、無用の長物の橋を作ったりしてきた。
当然品質などは無視。
それが遂に息切れ、そして猛烈にダブついた品物をさばくため、大挙して韓国に安売りしていると言ったところ。
この辺りは以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-category-21.html


色んな意味で影響の有りそうな話、目が離せないですね。
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2015-01-23 11:28

海外で生きるという事

 イスラム国を名乗るテロ集団に拉致された日本人二人、湯川さんと後藤さんについての途方もない身代金問題は今日がその期限。
この問題では国内の基地外連中が「日本が難民支援を止めればこんな問題は解決する」、こんな出鱈目放言を行っている。
この件は以下参照ください。裏の桜さんもあきれ返っております・・・・・私も同感。
http://sakuraura.blog.fc2.com/blog-entry-3278.html

所で日本の様に世界でも稀な安全な国に暮らしていると分からないが、海外ではいろいろとんでもない事が起こる。
ここで私が海外でどんな事をしていたのか、そんな所を書いてみたい。
日本では想像もつかない海外暮らしの一端が分かると思います。


 私が海外で仕事をあ始めたのは1998年2月から、丁度前年アジア通貨危機がタイから始まった所だった。
バブル崩壊後の超円高不況の中で、「これからは海外に打って出るしか生きる道は無い」、こんな考え方で海外に工場を作り、稼働開始した途端の通貨危機。その為私はタイに行くことになったのだった。

当時のタイは通貨危機直前までの好景気が突如破綻、だから建築中のビルなどは殆ど建築放棄されて無残な姿をさらし、町には失業者があふれていた。
そして当然ながらそんな時には犯罪も多発する。

そんな中でインドネシアにいる仲間の事である。
実は日本では全く報道されていないので分からないが、1998年5月、インドネシアで主に華僑を狙った暴動があり、死者は1200人にも及ぶ大暴動が発生した。
勿論引き金はアジア通貨危機だった。

どんな危険な状況か、例えばこんな事例がある。
日本人が郊外の工場からジャカルタ市内の自宅コンドミニアム(マンション)に来るまで帰る時のこと。
一番危なそうな地域では例え道路信号が赤にになってもクルマを停車させてはいけない、バーバーとクラクションを鳴らして無理矢理交差点を通過しなければいけない。
何故か?
若し赤信号で停車すると・・・、暴徒がやってきて棍棒でクルマのガラスをたたき割り、金品を強奪する。
こんな事が頻々と起こっているのだと言う。

その日本人に万一の事が有ったら如何するか、これは大問題だった。
日本からジャカルタまでは遠い。私は愛知県在住なのだが当時名古屋からジャカルタまでの直行便は無い。
普通ならだれか出張する時、現地の日本人が空港まで迎えに行ってホテルまで案内する。だから心配ない。
しかし誰も迎えに行けない時、そして言葉も通じない所に助けに行ける人は日本には居なかった。


そんな事で万一の時は救援に行けるように私が当時準備していた事。
1) いつでも出発できるように準備
  ・荷物は何時もカバンに詰めておいていた。
  ・インドネシアで使えるように米ドルを持っていた(タイでは米ドルは使えなかったが、インドネシアは米ドルの国)
  ・またクレジットカードは個人でゴールドカードなども含め4枚、それにコーポレートカードも持っていた。
  ・休日・深夜でも航空便が手配できるように空港の航空会社オフィスの連絡先を調べていた。
  (普通は航空便の予約やチケット手配は旅行社に依頼する。しかし深夜・休日ではこの手はダメ。)
  
2) 現地人とのコミュニケーションの為、現地語の勉強を再開
  ・インドネシアはイスラム教国である。
  ・イスラムなど一神教の教えは「目的が正しければ、その為には騙したり、犠牲が有っても仕方ない」、こう教えている。
  ・その為現地人と接触して一番気を付けねばいけないのは・・・
  ・それは「コイツ気に入らんから張り倒してやれ」とか「騙して金をかっぱらってやれ」、こう言っている事に気づくことだ。
  ・だから現地語の勉強と言っても重点は読み書きではない、聞き取りである。危険な言葉を聞き取る、この一点。
  (ジャーナリストの後藤さんも「ガイドに騙された」と言う前にこれを注意すべきだった・・・ 残念である)


こんな準備をしていたのだが、幸い救援に行く必要が無かったので有り難かった。
しかしこんなっ準備をしていたので役に立ったこともある。そんな事例。

ある人が長期出張で来ていた時の事。その方のお父上が急死された。
急死されたのは日本時間の夜7時。
それから家族の方が会社に急を知らせ、そこから私の所に連絡が入った時、その方は一日の仕事を終えホテルに向かっていた。
その方をホテルに訪ね、航空券確認から空港の航空会社のオフィスに連絡をとって座席の確保。
そしてすぐホテルから空港に走った。(ホテルから空港まで200キロ以上あった)
辛うじて深夜便に間に合い、現地係員と逐一連絡をとって特別ルートでチェックイン・パスポートコントロールを通過。
飛行機の搭乗口ではすでに搭乗が始まっていたが何とか間に合った。
この時は途中のクルマの中から「今どこを走っている、何時ころ空港に着く見込み」と逐一電話。
空港では係員の可愛い女性が待っていてくれて、手を引いてこっちこっちと案内してくれた。
有り難かった・・・ 親切とはこんなこのかと痛感。
名古屋からその方の自宅までは更に50キロほど、これはタクシーを飛ばして行ってもらった。

結局お父上が亡くなったのが夜7時、それが御当主が帰ってきたのが翌朝9時過ぎ。
無事葬儀も済んで良かった良かっただったのだが・・・
これから先は笑い話

後で聞いたら、ご家族の方の言うには・・・ 
「九州の親戚でさえまだ来ていないのに、遥々タイからこんな時間に帰ってくる・・・本当にタイに行っていたの?」
こんな事で大いに盛り上がったのだとか。


海外で生きるという事は日本とは全く違う世界を生きる事、そんな事の一端として私のささやかな経験です。
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