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2016-10-18 11:50

跪く(ひざまずく)とは

 13日に「タイのプミポン国王ご逝去」をエントリーしたのだが、このとき引用した読売新聞記事に関して、裏の桜さんが興味深いエントリーをしている。
裏の桜さんのエントリー
『跪く(ひざまずく)・畏る(かしこまる)』
http://sakuraura.blog.fc2.com/blog-entry-3998.html

裏の桜さんが言いたいのはこんな事

>国王は70年代以降、政治危機の際にたびたび仲裁の役割を果たしてきた。92年に軍が市民デモに発砲した「暗黒の5月」事件の際、対立する首相とデモ隊指導者を自らの前にひざまずかせて和解を諭し、その影響力を内外に強く印象づけた。


「自らの前にひざまずかせて」って・・・・対立する首相もデモ隊指導者も「タイ国王に最大限の敬意を表したから跪いた」「畏まった」ということじゃないの?

私は「タイ」という国に関して詳しいことを知っているわけじゃありませんが、このような「安易?」な報道というか、記事が、マスゴミがよく言うところの「無理解」につながっているんじゃないの?


この暗黒の5月事件というのはこんなもの
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%97%E9%BB%92%E3%81%AE5%E6%9C%88%E4%BA%8B%E4%BB%B6

1991年2月にタイは軍事クーデターで軍事政権となったが、軍事政権と民主化を求める勢力が対立、1992年5月、大規模な衝突となった。
指導者は軍事政権がスチンダー陸軍司令官、民主勢力側がチャムロン元バンコク知事だった。

2016-10-18暗黒の5月事件


この時、軍事政権側は武力で鎮圧しようとしたため、300人以上とも400人以上とも言われる死者を出した。
そして今なお正確な死者数は分かっていない(だから暗黒といわれている)。軍が死体をどこかに隠した、あるいは投棄したためと言われている。
10年くらいたったころでも、タイ湾のパタヤ沖などで不審な死体が見つかると、この時の死者ではないかと囁かれていた。


そしてプミポン国王による調停

『いい加減にせよ』
2016-10-14プミポン国王デモを調停
この写真の奥側がスチンダー首相(陸軍司令官)、手前側がチャムロン元バンコク知事

国王ラーマ9世(プミポン国王)は武力衝突を憂慮し、スチンダー首相(陸軍司令官)と民主化運動の指導者チャムロン元バンコク知事を王宮へ呼び、玉座の前に両者を座らせた。

「そんな事で国民のためになると思うか、双方ともいい加減にせよ」と説く。
一夜にして事態は収束した。


これを受けスチンダーは首相を辞任し、アナンが首相に復帰し、文民政権の樹立へとつながった。
これにより、『人間性が高く慈悲深い人物』という印象が強くタイ国民の心の中に根付くこととなった

この当時、世界は湾岸戦争直後であったため、日本での報道はあまり大きくなかったと思う。


さてここからが本論。
こんな事なのだが、世界を驚かせたのが上掲写真のように時の首相と民主化運動指導者を玉座の前に座らせたこと。
そんなことが私の13日のエントリーでも読売新聞が「対立する首相とデモ隊指導者を自らの前にひざまずかせて和解を諭し、その影響力を内外に強く印象づけた」と書くわけだが・・・。

そこで裏の桜さんの指摘。
>「自らの前にひざまずかせて」って・・・・対立する首相もデモ隊指導者も「タイ国王に最大限の敬意を表したから跪いた」「畏まった」ということじゃないの?

>私は「タイ」という国に関して詳しいことを知っているわけじゃありませんが、このような「安易?」な報道というか、記事が、マスゴミがよく言うところの「無理解」につながっているんじゃないの?


これは慧眼である。
こんな無責任な報道が事実を捻じ曲げ、真実から遠ざかるよう事例だと思う。

実はこの国王の前に跪いているように見える姿、これがタイの一般的な高貴な方に対する姿勢なのだ。

例えばこれはプミポン国王の長女であるウボンラット王女がプミポン国王に挨拶しているところ

2016-10-15プミポン国王のあいさつする長女写真

さらに言えばこの姿勢、パプピアップ(phap-phiap)といって寺院で僧侶の話を聞いたり、読経したりするときの一般的な姿勢でタイ人ならだれでも出来る。(日本の正座に相当するもの)

例えばこんな風

2016-10-15タイの正座パプピアップ(phap-phiap)

私もタイでの会社のセレモニーなどで僧侶に来てもらったことが何度もある。そのときはこんな姿勢で座るのだが、日本人の男性にはこの横座り、何とも座りにくく往生しました(笑)。

まあこんな風なのだが、この姿勢がタイの一般的な習慣だからと言って、これでプミポン国王の権威に多少なりとも影響があるわけではない。
玉座の前で「いい加減にせよ」と諭し、一夜にして内戦の危機とまで言われた事件を収束させたことは事実だからだ。


しかしこのような安易な報道が事実を捻じ曲げ、厭世観を煽るのにつかわれる。ここが今現在の問題なのだと思う。
  1. タイ
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2016-10-13 22:26

タイのプミポン国王ご逝去

 タイのプミポン国王がご逝去されました。心よりご冥福をお祈りいたします。

しかし、一言、残念です。
タイに神仏のご加護有らんことを。

尚現地の報道によれば、タイ軍事政権は13日、プミポン国王のご逝去を受け、
▼政府機関、国営企業、教育機関は14日から30日間半旗を掲げる。
▼公務員、国営企業職員は14日から1年間服喪する。
国民に対しては、相応しい行動をとるよう求めた。

<以下読売新聞より引用>

http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20161013-118-OYT1T50097/list_%2523IMPTNT

タイのプミポン国王が死去…在位70年、88歳
2016年10月13日21時55分

2016-10-13プミポン国王

 【バンコク=西島太郎】タイ王室庁は13日、プミポン・アドゥンヤデート国王(ラマ9世)が死去したと発表した。

 88歳だった。1946年6月に即位し、在位期間は70年と、存命する世界の君主の中で最長だった。国王は、首都バンコクのシリラート病院で治療を受けていた。王室庁の声明によると、国王は13日午後3時52分(日本時間同日午後5時52分)、穏やかに息を引き取ったという。

 特別の事情がなければ、長男のワチラロンコン皇太子(64)が王位を継承する見通し。

 タイ国民が絶大な敬愛を寄せる国王の死によって、タイ国内では政治的・社会的混乱が懸念される。また、服喪により、社会の様々な分野で自粛が予想される。東南アジア諸国連合(ASEAN)の中核国家であるタイには多くの日系企業が進出しており、経済活動にも一定の影響が出そうだ。

 プミポン国王は、兄ラマ8世の急死を受け、チャクリ王朝第9代国王に即位。50年にシリキット王妃と結婚し、1男3女をもうけた。

 国王は70年代以降、政治危機の際にたびたび仲裁の役割を果たしてきた。92年に軍が市民デモに発砲した「暗黒の5月」事件の際、対立する首相とデモ隊指導者を自らの前にひざまずかせて和解を諭し、その影響力を内外に強く印象づけた。

 タイでは2014年5月のクーデターで文民政権が倒れ、軍主導のプラユット暫定政権がプミポン国王の承認を得て統治を続けている。
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  1. タイ
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2016-10-06 10:12

タイの田舎

 この所ちょっと重い話題が続いたので少々息抜き。
私の好きなタイの田舎の風景など。


タイの観光地パタヤからさらに南に行ったところ、パタヤの喧騒がウソのような漁村がある。
私がタイで仕事を始めたころ、地域の地図を見ていたら「Worth to visit」と紹介されていた田舎の漁村。
「バン・アンプー」という所です。


浜辺からは遠くにパタヤのホテル群が見えています。

2016-10-5パタヤ遠望


上空からはこんな風、赤丸内がバン・アンプー(アンプー村)の中心あたり

2016-10-6バンアンプー上空より赤丸付き

静かな漁村風景

2016-10-4photo-04.jpg


運河に面して水上の住宅

2016-10-4photo-03.jpg

ヤシの殻を植木鉢にして白いランの花、下の運河は水は綺麗ではありませんが、まあタイならこんなもの。

2016-10-4photo-011.jpg


この小さな田舎の村を気に入ったのは鄙びた風景ともう一つ、おいしいタイ料理のレストランがあること。
こんなのがタイのシーフードレストラン、

2016-10-5バンアンプーのタイレストラン

シーフードのとてもおいしいレストランなのだが、住んでいたシラチャの町からは遠すぎてめったに行く機会が無かった。

尚Ninja300さんの情報によれば、最近はバンコク辺りから客が大勢来るため値段が高くなりすぎたとのこと。
値段はともかく、また行きたいところですが、多分もう行く機会はないだろう・・・。
  1. タイ
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2016-09-04 17:08

タイに見る華僑の恐ろしさ

 元民主党、今民進党の蓮舫が二重国籍者という疑いが出てきた。
恐らく二重国籍者なのであろう。

また蓮舫は『私は華僑』と公言しているが、華僑がどんな連中でどんな害毒を流すのか、華僑で超大富豪で共産主義者、こんな凄い政治家がいる。
タイの元首相、タクシン・チナワットがその名前。

華僑:出身はタイ北部だが、親は華僑1世、出自は客家(はっか)。だから華僑2世になる。
本人はタイ生まれだが、タイ人に言わせると「しゃべるタイ語がおかしい」そうです。

大富豪:以前は資産数千億円と言われていたのだが、約2兆円の資産があるらしい。
参照エントリー:http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-964.html

共産主義者:これはタクシンが政権を取ったときにはじめて明るみに出た。第一次タクシン内閣の閣僚の中にタイ共産党の残党がゴロゴロ。

タクシンの本質については以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-31.html

さてそんなタクシンだが、未だにタイに害毒を流し続けている。そんな事が「マスコミに載らない海外記事」ブログで紹介されている。
少々長いが今どんなことになっているのかがよく分かる。
それとタクシンの問題については、私もいろいろ取り上げてきた。
そんなことで、引用文中に関連エントリーを紹介しながら、この「マスコミに載らない海外記事」を見てみたい。

なお華僑であるタクシンの流した害毒は簡単に言うと。
1) 国庫に莫大な損害を与えたこと
2) タイの社会を賄賂の横行する金の亡者社会に変えてしまったこと
3) 地方へのバラマキで人心の荒廃を招いたこと
等がある。



では最初に「マスコミに載らない海外記事」から
<以下引用>
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/--5715.html
2016年8月17日 (水)

リビア-シリアと同じ仕打ちを受けているタイ

2016年8月14日
Tony Cartalucci
New Eastern Outlook

いわゆる“アラブの春”の初期段階に、リビアやシリア国内で展開された暴力行為の本質を、欧米マスコミが隠そうとしたのと同様に、連中は今、東南アジアの国タイで、同じことをしようとしている。

8月11-12日、わずか24時間のうちに、数発の爆弾が、タイ国内の別々の四カ所、トラン、リゾート地のフワヒン、プーケット、スラートターニーで爆発した。数人が死亡し、破片が体内を貫通して、何十人もが負傷したと報じられている。

欧米マスコミは、すぐさま、事件を南部の分離主義者の仕業としたが、ここ数十年にわたる低強度紛争で、これらの地域のいずれも、最近攻撃されていない。そのような劇的エスカレーションの動機は存在しないのだ。

しかしながら、欧米マスコミが意図的に無視している、あるいはそれぞれの報道記事で何十段落も曖昧に書いているが、主な容疑者は、打倒された元首相タクシン・チナワットと、彼のタイ貢献党(PTP)と、彼の超暴力的フロント組織“赤シャツ”としても知られる反独裁民主戦線(UDD)が率いる、アメリカが支援する反政府派だというのが事実だ。

彼らには手段も、動機もあり、標的と時期も、彼らを示唆している。

攻撃された地域は、2014年に、妹のインラック・シナワトラチナワットを権力の座から追い出すのを促進した指導部がある地域を含め、全て反チナワット志向の拠点だ。フワヒンには、タイで大いに敬われている国家元首、王の別邸もある。

時期は、タイの母の日(引用者注:タイの王妃の誕生日を母の日という)と重なったが、この日はタイ国民が王室を祝う日でもある。チナワットと彼の支持者は、この体制を弱体化させ、打倒し、チナワット家が率いる政治王朝と置き換えようと企んできた。

攻撃は、チナワットが権力の座に復帰するいかなる見込みもなくす新憲法草案が、民主的国民投票で、過半数で承認されたわずか数日後におきた。

最後に、不安定なタイ南部地域でおきるものより遥かに大きな規模で、チナワットの熱烈な支持者連中が、暴力行為やテロを政治的手段として利用するという問題もある。

欧米マスコミが報じようとしないこと

権力の座について以来、チナワットと彼の支持者が、暴力行為やテロを、政治手段として利用してきたことを、欧米マスコミが読者に伝えようとしない事実がある。

2003年: タクシン・チナワット政権は“麻薬戦争”を推進し、約3,000人の無辜の人々が死亡したが、その大半は、麻薬取り引きとは無関係で、犠牲者の誰一人、令状も、裁判も、逮捕すらされていなかった。街頭で射殺されたのだ。
2004年: チナワット政権は、タイのディープ・サウスでの抗議行動を残虐に弾圧し、一日に80人以上が死亡した。
2001年-2005年: アムネスティー・インターナショナルによると、チナワット首相一期目の時期に、18人の人権擁護活動家が、暗殺されたか、行方不明になった。
2006年: チナワット政権は、街頭で、彼の退任を要求する抗議行動参加者のレジスタンスと直面し始めた。ウィキリークスが、この時期に、アメリカ大使館自身が複数の爆破を、チナワットと彼の支持者と結びつけていたことを暴露している。アメリカ大使館は、バンコク中で画策された攻撃である、2006年大晦日爆破の被疑者の中に、チナワットも含めていた。
2009年: 権力の座から追い出され、彼の傀儡閣僚連中の何人かも、一連の有罪判決や、裁判所の裁定で、権力の座から追われると、チナワットは、彼のUDDが率いる暴徒をバンコク街頭に繰り出した。“赤シャツ”抗議行動は間もなく略奪と放火へと転換し、居合わせた無辜の二人が死亡した。

2010年: チナワットは再度暴徒を街頭に繰り出し、今度は300人の重武装テロリストが、M-16(M203 40mm 擲弾発射筒)、AK-47、M-79 40mm 擲弾発射筒、携行式ロケット弾(RPG)、手投げ手榴弾、拳銃や狙撃銃を使った。戦闘で、約100人が死亡し、数百人が負傷し、チナワット支持者が行った全市内中での放火で終わった。暴力行為の間、チナワットのUDD指導部は、バンコクでの紛争を、全国規模にエスカレートさせようとして、支持者に、武力“内戦”という考え方を提案しようとした。
(引用者注:この時、タクシンがどれだけの金を注ぎ込んだのかわかっている。9ヶ月間で報道されているだけで237億バーツ(日本円で約675億円)、国家予算の1,3%に相当する。以下ブログ参照ください。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-154.html
尚この時日本人カメラマン村本さんが殺されている事を忘れてはならない。合掌!

2013年-2014年: 2011年、チナワットの妹、インラック・シナワトラチナワットが首相となった。彼女は、すぐさまその立場を利用して、2年の刑を逃れるために自ら亡命生活をしている、有罪判決を受けた犯罪人である兄の責任を免除する“恩赦法”を推進しようとした。この動きは広範な大規模抗議行動を引き起こし、抗議行動は、2013年から2014年まで続いた。チナワットは、またもや重武装した過激派を配備し、戦争用の兵器を使って、夜襲のようなもので、抗議行動参加者を鎮圧した。女性と子どもを含め約30人が死亡した。暴力行為は、クーデターをひき起こした。既に裁判所の裁定で弾劾されているのに、首相の座を降りることを拒否した、チナワットの妹を権力の座から追い出した。この期間中、チナワット支持者は、最近の爆破に見られるように、バンコクのみならず、タイ全国各地で、暴力行為を実行したことにも留意すべきだ。
2015年: 8月にバンコク繁華街で爆弾が爆破し 20人が死亡し、更に何十人も負傷した。戦闘員は、NATOとつながるトルコ人テロ集団と結びつけられており、政治的に強制をするための、タイ政府に対する暴力行使に、チナワットの欧米支援者が直接関与している可能性を暴露している。
こうしたことを考えれば、チナワットと彼の支持者が、外国のスポンサーとともに、少なくとも、そのような暴力行為をする能力と意志を持っているのが実証済みであるのは疑いようもない。動機も揃っているのに、欧米マスコミは無視し、被疑者として、チナワットと彼の支持者に触れようとさえしないことが協調した隠蔽であることを示している。

タイに、リビア-シリアと同じ仕打ちをしつつある欧米

十分情報に通じた読者なら、今や一体誰が暴力行為の背後にいるのか、更なる暴力行為が行われる可能性があり、その理由が一体何か、実に明瞭にわかるはずだ。そうした読者ならこのタイ国民に対する脅威を無効化し、タイの政治風景から、影響に根絶するために、現政府が、論理的かつ、正当な措置をとるべきであることも理解されよう。

これこそが、欧米マスコミが、読者に十分情報を伝えない理由だ。

欧米マスコミが、リビアやシリアで、テロリストが“自由の戦士”として報じ、テロを“レジスタンス”として報じ、暴力行為を実行する戦闘員を - 政府が反撃した場合 - “犠牲者”として報じたのと同様に、マスコミはそれをタイでしようとしているのだ。

タイの爆破の背後に、一体誰がいそうなのかについての空々しい曖昧さが、2013年-2014年、2010年、2009年、更に、2006年の昔、チナワットによる暴力行為隠蔽を目にし、隠蔽を企んだ欧米の編集者連中によって、広められつつある。

また他の人々も述べているように、チナワットが、2006年-2007年における一連の爆撃の背後にいた可能性があるとアメリカ大使館は認めたものの、彼らは依然、絶えず、彼や彼の仲間を権力の座に据えようとしてきた。

リビアとシリアでの欧米作戦の手法 - テロリストに武器を与え、支援し、“抗議行動”を、危機を暴力の急増へとエスカレートさせる隠れ蓑として利用し、傭兵やテロリストが、外国の支援を得て、主権国家をばらばらにするのを“内戦”として描く - というのが、今、タイで序盤戦にあるようだ。

代替メディアさえもが、情報を、BBCや、ロイター、AP、AFP、CNNやアル・ジャジーラから得ているので、この陰謀は、不当にも先手を打って有利なスタートができるのだ。

とは言え、リビアやシリアの惨事を、後から振り返って良く吟味すれば、この有利なスタートを無効にし、逆に、次にタイを、そして、タイ以降の他の国々を焼き尽くす前に、この世界的な地政学的不安定化作戦の敗北へと変えることができるかも知れない。

Tony Cartalucciは、バンコクに本拠を置く地政学専門家、著者で、これはオンライン誌“New Eastern Outlook”独占記事。
記事原文のurl:http://journal-neo.org/2016/08/14/thailand-gets-the-libya-syria-treatment/

<引用終り>


華僑に国を乗っ取られたタイが賄賂社会になってしまった証拠はこんなエントリー。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-528.html

2016-9-4タイの賄賂の相場

こんな無茶苦茶な賄賂を取らなければ、一代で2兆円もの蓄財など出来る筈がない。これがタクシンの、華僑のやることである。


それから同じく華僑に国を乗っ取られて社会に不正が蔓延するようになってしまったのはこんなエントリー。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-975.html

コメに関してはありとあらゆる不正がある。その一例として
2016-8-14タイのコメ保管状況
30/06/2014
軍は6月27日、「コメが盗まれている」との通報に伴い、パトゥムタニ県ムアン郡の民間会社の倉庫を検査し、コメ約9万1000袋、6900万バーツ相当がなくなっているのを確認した。軍の担当者によれば、袋詰めのコメは倉庫内にうずたかく積み上げられて保管されていたが、積み上げられた巨大な固まりの内側は足場が組まれていて空の状態だった。固まりすべてが袋詰めのコメと見せかけるための偽装と考えられるとのことだ。
(引用者注:写真は参考用で本文記事の物かどうかは未確認)


華僑に国を乗っ取られるという事はこんな事が起こること、タイのタクシン・チナワットのいろんな悪事を知るものとして、こんな思いを強くしている。
  1. タイ
  2. TB(1)
  3. CM(18)

2016-08-29 09:57

タイの運河計画再燃

 タイでまたマレー半島を横切る運河計画が浮上しているとの報道がある。
しかも今回は従来の候補地「クラ地峡」ではなく。そこから350キロも南、マレーシアとの国境に近い所だという。

<以下引用>
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/160823/mcb1608230500012-n1.htm

幻の「東洋のパナマ運河」再浮上 中国とタイ、水面下で巨大プロジェクト
2016.8.23 05:00

 「東洋のパナマ運河」建設ともいわれる巨大なプロジェクトが水面下で動き始めている。タイ南部のマレー半島に全長100キロを超える大運河を掘り、艦船がマラッカ海峡を通らずインド洋から南シナ海や太平洋に抜ける計画だ。第二次大戦前から何度も浮かんでは消えてきた“夢のアイデア”。今回はアジアで影響力を増す中国の姿が見え隠れしている。

2016-8-28マレー半島運河の図


 一帯一路に合致

 熱帯の強烈な日差しが照り付けるタイ南部ソンクラー県ラノート地区。この地を含め5県にまたがる地域が、現段階で最も有力視されている。

 計画は200年以上前から何度も浮上しては消えた。戦前には日本が立案したこともある。過去の候補地はマレー半島で最もくびれた「クラ地峡」と呼ばれる地域だったが、今回有力視されるのはクラ地峡から約350キロ南下した場所だ。

 タイの元将軍で、プラユット暫定政権の主要機関「国家改革評議会」の委員も務めるタワチャイ氏が代表を務めるグループが5月、「タイ運河計画」と題する計画書を公表。周辺整備も含め建設費500億ドル(約5兆350億円)をかけ、長さ135キロ、幅350~400メートル、水深30メートルの運河を掘削し、タンカーなど大型船も航行できる

 タワチャイ氏と連携する運河推進派はソンクラー県の庁舎内にオフィスを構える。既に地元住民へのヒアリングなどの活動を始めた。オフィス責任者のクライタヌ氏は「南部の人々は地域の繁栄につながる運河建設を切望している」と力説する。

 計画を発表したグループの名称は「タイ中国産業促進協会」。後援企業には中国企業も名を連ねる。中国政府や企業からなる少人数のグループが3月以降、3度も現地を訪れ、衛星利用測位システム(GPS)などを利用して調査しているが、中国政府はこれまで関与を一切明らかにしていない。

 東南アジアの中国動静に詳しい外交筋は「運河は(中国が掲げる新シルクロード構想)『一帯一路』の目的と完全に合致する。運河を建設し独占的に運営するメリットは、経済的にも安全保障政策的にも計り知れない」と指摘する。

 タイ首相は否定的

 タイ国内には運河建設に反対の声もある。最大の理由は、反政府イスラム勢力を抱える深南部と国土が分断されてしまうことだ。プラユット暫定首相はこれまで「深南部の問題は解決していない。今は考える時期ではない」と運河計画に否定的な姿勢を崩していない。

 ただ、欧米諸国の批判を受けるタイ軍事政権は中国との関係を深めており、中タイ関係に詳しい消息筋は「中国側は、タイで軍政が権力を握っている間に合意することに自信を持っているようだ」と話した。(ラノート 共同)

【用語解説】タイの運河計画

 マレー半島北部のくびれている地域(タイ南部)に運河を掘り、艦船がマラッカ海峡を通らずにインド洋と太平洋を行き来できるようにする計画。19世紀に周辺地域を植民地化していた英国やフランスが興味を示したが実現しなかった。日本も第二次大戦前に建設を検討したことがある。1970年代には核爆弾を使って工事する計画も持ち上がった。現在は中国が運河建設に最も乗り気とされるが、海運の拠点としての国際的な地位が脅かされるシンガポールは反対している。(ラノート 共同)

<引用終り>


 私はこの地域の交易・物流に関してはいろいろ興味があり、その関係でクラ地峡はタイ時代に2度ほど見に行った事がある。当時暮らしていたのはタイ湾の東部、シラチャという街だった。そこからバンコク回りでクラ地峡までは片道約800キロ、往復1600キロで大半は一般道。それを日帰りで行くのだから今思い出しても無理をしたものだった・・・。
そんな事情があるので、このあたりの様子はある程度理解できる。

引用文の末尾にあるようにこのマレー半島に運河を作る計画は昔から何度も何度も計画されてきた。しかし結局実現しないまま今日に至っている。
そこへ再燃した運河計画、しかし沢山疑問点がある。
最初に場所がどんなところかというと

2016-8-26マレー半島地図追加版

最初にマレー半島で最も狭いクラ地峡ではなく、ソンクラー県からというのが気になる。ソンクラー県のラノート地区には大きな湖があり、それが利用できるが、そのあたりはソンクラー県、パッタルン県、ナコーンシータマラート県、トラン県、クラビ県が県境を接する地域である。
さらに厄介なのがタイの深南部3県に近いことだ。

タイ南部が危険なテロの横行する地域ということは良く知られているが、観光地でもなく、私も事情はよく分からない。
しかし深南部3県、パタニー、ヤラー、ナラティワートは元々パタニー王国という独立国だった。言葉はマレー語、宗教はイスラム教で、しかもマレー半島で最初にイスラム教を受け入れた歴史を持っている。
この深南部(マレー語圏・イスラム教圏)3県については上掲地図で茶色で示しました。

そんなパタニー王国だがタイの現王朝(チャクリー王朝)当初からタイの属国だったのを1902年にタイに併合、今日に至っている
この併合当時のタイ国王は大王と言われるラマ5世=チュラロンコン王で、現国王のお祖父さんである。
旧パタニー王国エリアは併合当時から独立運動を続けてきたが、最近これが激化している。しかしタイとしては併合当時のいきさつから簡単に独立を認めることなど出来ない。こんな事情がある。

こんな所に引用文にある完成想像図のような巨大な運河ができる。タイの首相が国土が分断されるというもの無理はない。
運河の幅350~400メートルというのは、バンコクを流れるタイ最大の大河チャオプラヤ川を超える大河が出現するという事で、首相が心配する国土が分断というのは間違いない。

さらにもう一つ厄介なこと。
今はほとんど話題にもならないが、マレーシア建国以前から(戦前から)マラヤ共産党という組織があり、長年活動してきた。
それがマレーシア独立以後徐々に追い詰められ、活動拠点をタイ・マレーシア国境のタイ側に移して活動してきた。
最終的にタイの仲介で投降したのは1989年、だからまだ30年にもなっていない。

マラヤ共産党の活動拠点は今はこんな風

2016-8-29マラヤ共産党の碑

これは会議場

2016-8-29マラヤ共産党基地の会議室

こんな地下トンネルもある

2016-8-29マラヤ共産党基地の地下トンネル

マラヤ共産党は華僑が中心であった。だから碑文にしろ会議場にしろ中国語ばかり。
こんな連中は投降したとはいえ、今もこの周辺で普通に暮らしている。

こんなことを紹介するのは、今も再起を目指して活動しているタクシン、この人物は大富豪・華僑・共産主義者である。
そんなことを以前も紹介してきた。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-124.html

タクシンが選挙に強いのはこのタイ共産党の残党の組織が大きな力になっているのだが、大正三島活動地域は主にタイ北部、タイ東北部が活動の中心だった。
しかし私にはタクシンが再起を図って、マラヤ共産党の残党にも手を伸ばしているのではないかと推測している。

そんなことでこの運河計画を見ると、もちろんこんな無茶苦茶な計画は簡単には実現はしない。
だがこんな計画がタイ南部の独立運動などに大きな影響を与えるのは間違いない、そんな混乱こそタクシンのねらい目ではないだろうか。

さらにプミポン国王陛下は健康不安説が絶えないが、そんな所にもタクシンがつけ込むチャンスがありそうである。
いずれにしても中国のこの地域への進出加速は間違いなく、すでにラオス・カンボジアは中国に取り込まれている。
次はタイになるのであろうか。
目が離せない事態になってきたと思う。
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2016-08-10 16:34

「タイ米は不味い」は誤解<無関係コメントにつき追記有

 コメの話をエントリーしているのだが、ネットであちこちを調べるといまだに「タイ米は不味い」、こんな話が聞こえてくる。
もう20数年前の平成のコメ騒動の時の事、緊急輸入したタイ米が非常に不味かった。その話が未だに記憶に残ってタイのコメの印象を悪くしているようだ。

この話は私はコメの専門家ではないもののタイで仕事をしていたとき、この不味いコメの真相を知る機会があったのでこの件を紹介したい。タイ米はおいしい、そのことを理解していただければ幸いです。

なおこの話は以下のエントリーを編集再掲するものです。


細川の殿様の罪<平成のコメ騒動を忘れてはならない
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-884.html


平成のコメ騒動については皆さんご記憶の方が多いと思うが、もう20数年前の1993年(平成5年)のことである。

平成の大凶作=1993年コメ騒動
https://ja.wikipedia.org/wiki/1993%E5%B9%B4%E7%B1%B3%E9%A8%92%E5%8B%95

1993年(平成5年)、日本は記録的な冷夏となった。原因はフィリピンのピナツボ火山の噴火(1991年)によるチリ・ガスが成層圏を覆ったためである。
この冷夏で日本は全国的にコメは大凶作となった。
全国平均で作況指数74、つまりいつもの年の四分の三しかコメが獲れなかった。
当時の日本全国のコメの必要量は約1100万㌧、最終的に250万㌧のコメを主にタイから輸入した。

しかしそのタイ米たるや極めて不味い、とても食べられたものではなかった。

その大凶作と細川の殿様が何の関係が有るか。ちょっと私のタイでの経験から聞いてください。

大凶作でタイ米はまずい、これは日本人ならだれでも強い印象を持っている。
私はその後タイで仕事をするようになったが、まずいと思ったタイ米は実に美味しい。
田舎のタイ人だけしか行かない辺鄙なところで食べても実に美味しい。
あの不味いタイ米は何だったのだろうか、こんな疑問を持っていた。


タイに行って2年ほどたった99年の終わりころ、タイ国王肝いりの精米プロジェクトと言うものが始まった。
タイの田舎の貧しい農民救済の為、国王肝いりの精米所を作り、中間マージンなしで農民の造ったコメを販売。
農民に少しでも収入を増やせるようにとの事だった。
当然それに協力する事にし、会社の食堂のコメをそれに切り替えた。
その時タイ政府のコメの担当のお役人さんと話をする機会が有った訳です。

タイ国王直々のコメプロジェクト、そこへ日系企業が真っ先に手を挙げてくれた、こんなうれしい事は無いという事でタイ政府が食糧庁の責任者をお礼に回らせた。こんな経緯での訪問でした。
仕事の話のあとでこんな質問。

私「数年前日本が大凶作の時タイ米を輸入したが非常にまずかった。しかし今どこで食べてもタイ米は美味しい。どうしてか?」
お役人さん「あの時は突然大量のコメを緊急輸入したいとの話だった。その量は200万㌧(最終的には250万トン輸入した)。しかし当時の全世界でのコメの貿易量は1100万㌧位、幾らタイと言えどもそんな量のコメなど準備出来る訳が無い。しかし古古米でもクズ米でも何でもいいと言うので家畜用にしかならない古古米、古古古米を出荷した。まあ豚のエサなので不味いのは当たり前」
こんな話だった。


タイで聞いた話は此処までです。
しかし全世界の流通量の2割を緊急輸入する、実務に明るい人ならそれがどんなムチャクチャか、どんなトンデモナイ相場の上昇を招くのか分かると思います。


例えば日本に人口1億2千万人としてその四分の一に相当する食糧が足りない、つまり3千万人分の食糧が足りないという事は当時のマレーシアの全国民、タイの人口の半分に相当する人の食糧が無い事を意味します。
如何にトンデモナイ事態か分かると思います。

実はこのとき、7月頃から天候不順で大凶作になると言われていました。しかし丁度このとき総選挙(7月)で政権交代。非自民・非共産連立政権ができ、細川のバカ殿が首相になった。(8月9日)
こんな混乱の中なので、大凶作が予想されながらもほとんど手が打たれていなかった。
そして8月下旬、第一回のコメの作況指数が公表され、大凶作が現実のものになった。

そしてこれからが細川の殿様の罪。
細川の殿様が首相になったのが93年8月のはじめ、そして8月の終わりころ、この異常事態がハッキリしました。
不慣れな部分が有ったとは思います。
しかし殿様はこんな豚のエサ並のコメを普通のコメと言って知らん顔をして国民に食べさせようとしました
事実関係を見てみると猛烈に腹が立ちます。
タイからの緊急輸入の第一船は同年11月18日に横浜に入港しました。このときこのコメは加工用と報道されています
確かにタイも主食用には向かないコメだが良いかと確認して出したコメでした。
このときの報道は以下で見ることができます。
http://www.mekong.ne.jp/linkage/thairice.htm

だがしばらくするとタイ米が店頭に並ぶようになりました。その数日前、突如国産のコメを販売禁止にする行政指導(事実上の命令)が出され、国産米が市場から消え、数日後国産米とタイ米が抱き合わせで販売されるようになりました
酷い所では国産米と緊急輸入したコメを混ぜて販売されました。

タイから出した時は主食用には向かない豚のエサ並みのコメ。それがいつの間にか国産米と同レベルとして売られることになった。
福島原発事故の時と同じです。所轄の官僚は当然そんなことは分かっているが政府のトップがごり押しして、無茶苦茶を押し付けたのです。

またマスゴミもこんな異常事態、気が付く人がいたと思うのですが全くスルー。
結果としてタイ米は沢山捨てられてしまいました。

あの当時はコメがスーパーの売り場から消え、国民はパニックになりました。
売り惜しみや買占め、時には値段が3倍位になった所もあったようです。
家庭の奥さん・お母さんの心配は大変なものでした。
政府は、殿様は陣頭指揮で事実を国民に知らしめるべきだったのです。

そして折角協力してくれたタイなのですが、タイ米はまずい、そんな評判を残し、タイの人の好意を無にしました。
更にタイのクズ米で良いから安いコメが欲しいと言って買っていたアフリカなどの貧しい国、この国は日本が買い占めたので安いコメが買えず苦労しました。

おいしいタイ米が不味いというレッテルを貼られた悲しい経緯でした。

<おまけ>
タイのコメのおいしい食べ方の一例

2016-8-10カイ・ケーン

タイの御飯の最も一般的な食べ方・・おかず載せ御飯又は汁かけ御飯(カイ・ケーンカウ・ケーン)


<追記します>
匿名の方から、このエントリーに関係ない長文のコメントが投稿されており、コメント欄が大変見にくくなっています。
匿名の方ですので返事はしませんが、念のため削除せずの残しておきます。見にくいですがご了承をお願いいたします。
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2015-11-08 18:42

南部経済回廊は今どうなっているか

 インドシナ半島を東西に抜ける新しいルートのついて、11月5日に「東西経済回廊がヒッソリ開通していた」をエントリーした。
所でもう一つ、その南側でも重要なルートがある。南部経済回廊だ。

こんなモノである。

2015-11-8東西経済回廊+南部回廊

ベトナムのホーチミンからカンボジアのプノンペン、そこからタイのバンコク、そしてミャンマー方面へと続くルートだ。
上掲地図では第二東西回廊と書いてある緑色の線のルート。今普通は南部経済回廊と言う事が多いと思う。

このルートでカンボジアの国道一号線がメコン川を渡る所、そこに新しい橋が今年4月に開通した。「つばさ橋」という名前である。勿論日本のODA。

2015-11-8カンボジアのつばさ橋

巨大な、そして美しい橋だ。この橋の完成でベトナムのホーチミンからカンボジアの首都プノンペン、そしてタイの首都バンコクまでのルートが繋がった訳だ。このルートはバンコクから更に西部のカンチャナブリまでは既に一般道路で問題ない。

尚参考までにこの橋の名前の「つばさ橋」、勿論日本語である。元々現地の地名をとってネアックルン橋と言っていたのだが、カンボジアの首相の要請で日本とカンボジアの永遠の友好の証しとして日本語の名前にした。そんな経緯があると聞く。

参考までにカンボジアにはもう一つ日本語の名前の橋があります。このつばさ橋の上流、コンポンチャムの国道7号線がメコン川を渡る橋です。名づけて「きずな橋」と言います。

きずな橋
2015-11-8カンボジアのきずな橋

そしてカンボジアの500リエル札の裏にはこの橋が描かれており、今回つばさ橋が出来たので、この二つの橋が描かれました。
カンボジアの新500リエル札裏側
2015-11-8カンボジアの500リエル札裏面

左から「つばさ橋」、「きずな橋」、そして右のモニュメントには日本とカンボジアの国旗があしらわれています。

日本がODAで色んな国のインフラ整備に貢献してきた。
しかしそんな恩になった事をすっかり忘れて反日に励む国がある。ついこの間も安倍さんがその国のデブとババに会ったばかり。
だがアセアンの国は日本に受けた恩を忘れないように、こんな橋の名前にまで日本語を取り入れている。嬉しい話だ。
尚「つばさ橋と言う名前の橋は横浜にもある。同じように美しい斜張橋だ。
同じ名前の美しい橋が日本とカンボジアにあると言う事になる。


橋談義が長くなりました。先へ急ぎます。

タイ国内は道路事情はカンチャナブリまでは問題ありません。その先もミャンマー国境撫では何とか一般道は開通したようですが、タイ・ミャンマー国境のプーナムロン辺りはこうなっています。

2015-11-8プーナムロン

タイ側が道路を整備したので、ミャンマーの人が買い出しやら出稼ぎやらで使っているのが現状。

その先の道路は

2015-11-8ダウエーからティキ(タイとの国境)まで

更にその先、ダウェー市街は
(注:町の名前はダウェーですが、昔はタボーイでした。古い地図だと今でもそうなっているかも)
2015-11-8ダウエー市街地

そして海は美しい

2015-11-8ダウエー近郊のアンダマン海
・・・ 私がこの美しい海を見に行くことはもうないだろうなあ・・・、残念・・ ブツブツ・・・

しかしダウェーからちょっと南(メイ方面)に行こうとするとこんなモノ

2015-11-8ダウエーからメイへ

川に橋が無いのです。ミャンマーが長年鎖国状態だったこともあり全く発展が遅れていた証拠。
(カンボジアだって十数年前までは似たようなものだった・・・)


余談ですがミャンマーは田舎はこんな状態、にも拘らず最近のヤンゴンなどは無茶苦茶な狂乱物価のようだ。
特に外国人向け住宅などはムチャクチャ。詳細は以下エントリー参照ください。
「中国からネズミが逃げ出しているが」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1124.html

ミャンマーと言えば「ビルマの竪琴」、ビルマの竪琴と言えば「水島上等兵」、心優しい人の暮らす国がミャンマー。
しかしこんな現実を見ると「それはそれとして可笑しな奴も多い国」、それがミャンマーと思う。
特にアウンサンスーチー、コイツは食わせ物だが、その話は別の機会に。

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2015-11-05 17:33

東西経済回廊がヒッソリ開通していた

 インドシナ半島を横断する東西経済回廊について何度かエントリーしてきた。
マラッカ海峡を通らずに南シナ海、タイ湾からインドシナ半島を横切り、ベンガル湾、インド洋に抜けるルートである。
このルートのうち東西経済回廊の未開通部分ミャンマー側が2015年に開通することは以前から知っていた。しかし全く報道が無かったのだが、いつの間にかヒッソリ開通していた。

これが東西経済回廊

2015-11-5東西経済回廊



この回廊を使ってミャンマーからタイのバンコクへ物流ルートを開拓したことが報道されている。
ミャンマーの最大の都市ヤンゴン(ラングーン)からモーラメイン⇒タイのメソート⇒ターク⇒バンコク⇒船積、こんなルートだ。

このモーラメイン⇔ターク間はテナセリム山脈を越える極々狭い山道しかなく、従来は一日おきに西行き、東行きの一方通行で物流上の大ネックになっていた。
旧ルートのついては以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-978.html
そこを整備し、自由に交通できるようにする。勿論日本のODAで建設されているルートである。


しかし不思議な事に完成したら大々的に報道されるはずなのだが、全く報道が無かった。
現地はカレン族など少数民族の居住地、そして間もなく総選挙なので政治的な配慮があったのだろうか。
またはヤンゴンからの接続道路が未完成なのだろうか。
其れともマラッカ海峡を通らないルートなので、何かほかの配慮なのかも。
(マラッカ海峡の重要性については後述)

何はともあれ、新しい物流ルートの報道はこんなモノ。

<以下引用>

南海通運/ミャンマーからタイ陸送経由で日本への物流開始
2015年11月04日 
http://lnews.jp/2015/11/h110406.html

南海通運は11月4日、 ミャンマー国内工場から陸送で国境を経てタイ(バンコク)へ、 更にバンコク港から船便で日本主要港への一貫物流を11月から開始したと発表した。

2015-11-5ミャンマーからの輸送ルート

2015-11-5ミャンマーの新バイパス写真

4月に発表したタイ(バンコク)からミャンマー(ヤンゴン)への国境陸送混載便による輸入は、 その後順調に物量・荷主数が伸びている。 これに加えて、 各荷主(特に衣料縫製関連企業)からは逆方向のミャンマー発日本への輸出に対する納期短縮の要望が数多く寄せられた。
ミャンマーから陸送(トラック)でバンコクまで運び、 バンコク港から船便(FCL)で日本主要港まで届ける「バンコク経由陸海ルート」 を、 約2週間(13~15日)の納期で実現した。
本来の 「シンガポール経由海上ルート」 に比べ、 約1週間の納期短縮となる。

同社の陸送ルートを使えば、 ドアツードアの納期で比較すると、 タイから出荷の資材の送り込みで10日間短縮、 日本向けの完成品の輸出で1週間の短縮、 合計2~3週間のリードタイム短縮が可能となる。
ミャンマーに発注できる製品の幅が広がることも期待され、 タイ・ミャンマービジネスの促進に大きく貢献するものと思われるとしている。

これまで、ミャンマー国境の町(ミャワディ)からコーカレイまでの約40kmの山岳部の悪路が国境物流のネックの一つとなっていたが、8月下旬にバイパス道路が開通し、 大幅に安全性が改善された。
相互通行も可能となり、 4時間の山越えも40分程度に短縮されたため、 利便性も大きく高まった。
また、 アメリカ経済制裁等の影響を受けている港湾貨物や航空貨物の混乱を避ける第3のルートとしても注目を集めており、 国境物流の重要度が更に増すという。
現時点では、 ミャンマーとタイのトラックの相互乗り入れが認められていないため、 国境での載せ換えと、 バンコクでのコンテナバンニングの2回の作業が発生する。
価格の面ではヤンゴンからコンテナ船を使った場合に比較して、まだ割高であるが、納期短縮と貨物追跡情報の透明化等大きなメリットもある。
今後、 価格を抑える方法として、トラックの両国相互乗り入れの一日も早い実現が望まれるが、 往復の貨物を増やすことでトラックの利用効率を上げる等の企業努力により、 国境物流のさらなる安定化・低価格化・利便性の追求を推し進めていくとしている。

<引用終り>


さてこんな物流だがどうしてこんな苦労をしてまで新しいルートを開拓するのか。それはこの地域最大の隘路、マラッカ海峡を理解しないと分からない。
マラッカ海峡については以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-965.html

上掲エントリーでも紹介したこんな図、日本、中国からアセアン、インド、アラビア、そしてヨーロッパ方面の図。

2015-11-5東西経済回廊とマラッカ海峡周辺

今南シナ海が問題になっている。中国の赤い舌だ。この舌の先がマラッカ海峡。
マラッカ海峡を抜ければその先はインド、インド洋、そしてアラビアからヨーロッパに出られる。
昔から交通の難所中の難所がマラッカ海峡だった。現代でも海賊が跋扈する危険な海である。

そんな危険な海を通らないルートが出来た。
小さな一歩だが日本にとっては新たな世界の開ける一歩になると思う。大いに期待したい。
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2015-07-13 17:57

メナム河

 タイの首都バンコク、そこを流れるタイ第一の大河をチャオプラヤ河と言う。

此れが今のチャオプラヤ川
2015-7-13チャオプラヤ川

バンコクの王宮の対岸にあるワット・アルン(暁の寺)とチャオプラヤ川の夕景
2015-7-13チャオプラヤ川とワットアルン


この川が昔からメナム川と誤って呼ばれてきた。
メナムとはメー(mae) ナーム(naam又はnam)で、maeとは母、nam又はnaamは水で水の母、つまり大河である。
だから本当はメナムだけでいいんだと思う。

先日のエントリー
「春の小川をタイ語で言うと<再掲」でこの件もとり上げたのだが、この間違えた経緯がどうもよく分からなかった。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1136.html

何処かの高名な先生が現地の人に聞いて、現地人が「メーナーム(大きな川)」としか言わないのでこれを川の名前と勘違いしたのだが、この高名な先生は誰? 日本人? 西洋人? よく分からなかった。

しかしついに見つけました。

高名な先生の名は「アンリ・ムオ」、フランス人博物学者でアンコールワットを密林の中から再発見し、西欧に紹介したことで有名な人である。

タイ学の権威者、故石井米雄先生(1929-2010)の「メコン」と言う本を昨日調べもので見ていた時見つけました。
(メコン:1995年刊)
この本はメコン河を踏査してきたことが書いてあるのだが、此処にこんな記述がある。
ムオがラオスの旧都ルアンプラバンから交易の位置中心地パークライまでの旅行の話として
「(1860年)6月24日、わたしはパークライに到着した。この付近のメコンはバンコク付近のメナム川(チャオプラヤ川)より大分大きく、高い山々の狭間を縫って・・・」、とまあこんな風である。
(注:括弧書きのチャオプラヤ川と言うのは多分石井米雄先生が書いたと思う)

このアンリ・ムオ(1826-1861)は1858年から1861年にかけてタイ・カンボジア・ベトナム・ラオスを探検踏査した。根拠地としたのはタイの首都バンコクだった。
この過程で1860年1月にカンボジアのアンコールを約3週間にわたって調査、そこで1860年1月22日に密林の中からアンコールワットを発見した。ムオはそこでアンコールワットの詳細なスケッチや図面などを作っている。

ムオが残したアンコールワットのスケッチ
2015-7-13アンリ・ムオが描いたアンコールワットスケッチ

ムオはカンボジア踏査の後、いったんバンコクに帰り、1860年秋からラオスの踏査に向かった。そして上掲石井米雄先生の引用したルアンプラバン辺りを踏査し、1861年10月、現地で熱病にかかり翌11月に死去。(35歳だった、若い、若すぎる)
しかしムオの二人の従者が日記や収集物をバンコクに持ち帰ったため、ムオの調査記録が残されることとなった。
そしてそれがすぐにフランスに持ち帰られ、ムオの死の2年後の1863年にはフランス語でその踏査記録が出版され、翌1864年には英語版が出版された。
(参考までに日本でいえば明治維新の直前の頃です。明治元年=1868年)

この様な経緯でムオがアンコールワットを発見したことが詳細な記録とともに西欧社会に伝えられた。
大変な衝撃だったようです。

そしてバンコクの大河もムオが書いたメナム川と言う名前で知られるようになったと言う事です。

尚現在の名称チャオプラヤ川ですが、チャオプラヤとはタイのチャクリー王朝の初代国王ラマ一世のアユタヤ朝時代の尊称。
チャオ=人々、プラヤ=公爵、チャクリ=ラマ一世の姓。
此処からは私の推察なのだが、タイ人は別にこの川の名がメーナームで何も困らない。他に類似のモノが無いからだ。
しかし国際的には川の名が「川」では不都合なので、ずっと後になって川の名に初代国王の名前を付けたのだろう。
参考までにムオのいた頃はラマ四世の時代(映画王様と私のあの国王)、その直後からが大王と言われるラマ五世の時代である。

結論として
チャオプラヤ川の名を「メナム川」としたのはアンコールワットを再発見したフランス人アンリ・ムオ。1860年代の事だった。
この当時も今もタイ人はこの川をメーナームと呼んでいる。
しかしそれでは不都合なのでタイではこの川の名を初代国王の名にちなんでチャオプラヤ川とした。

多分そんな事の傍証にこんな事がある。昔懐かしい「兼高かおる」である

2015-7-9兼高かおるのメナム川

懐かしいですね。
多分これは1961年頃のモノではないか。そこで兼高かおるは現在はチャオプラヤ川だがメナム川だと言って紹介している。

私にとっては昔からの謎が解けた話でした。

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2015-07-03 22:53

タイ国鉄が複線化でスピードアップ

 タイ国鉄がダイヤ改正し、かなりのスピードアップしたと報じられている。

<以下newsclipより引用>
http://www.newsclip.be/article/2015/07/02/26140.html

タイ国鉄がダイヤ改正、線路改修でスピードアップ
2015年7月2日(木) 13時25分(タイ時間)

【タイ】タイ国鉄(SRT)は1日から、北部線、東北部線のダイヤを改正した。

 北部ピッサヌローク県―チェンマイ県、中部サラブリ県ゲンコイ―東北部ナコンラチャシマ県ブアヤイなどの区間で線路を改修し、運行速度が向上。各路線の所要時間が20―70分間短縮されるという。

<引用終り>

簡単な記事である。しかし大幅なスピードアップになっている。
例えばチェンマイ線はバンコク⇔チェンマイの特急はバンコク17時発、チェンマイ翌朝6時50分着がバンコク18時発、チェンマイ翌朝6時50分着(これは変わらない)と1時間短縮されている。
バンコク⇔チェンマイ間は約750キロ、そこを早くなったと言っても12時間50分で走る。だからバスの方が早いのですが・・・
同じく東北方面のノンカイ線も急行はバンコク20時発、ノンカイ着翌朝7時45分が出発時刻は同じでノンカイ着6時45分と1時間短縮である。
但しタイの鉄道は定時に出発したとしても途中は定時運行とは程遠い。だからこの時刻も当然あてにはならないが時間短縮は事実である。

引用した記事では路線の改修と書いてあるがこれは複線化である。
タイ国鉄は昔から単線運転だった。しかし当然ながら単線では輸送力も限られるし、一番の問題は定時運行しにくい事だ。
(注:単線だと対向列車とすれ違うため、対向列車が遅れれば反対側も遅れる。悪循環である)
そこで何年か前から重点路線から複線化を進めてきた。

その一環で複線化できたところから使用開始したようだ。当然ながら早くなる。列車の遅れも相当改善されるだろう。

尚地名が分かりにくいが、引用文のゲーンコイと言うのはバンコクから東北方面、サラブリの先にある所。
何でもない小さな町だがすぐ近くにタイの地場産業、サイアムセメントの工場がある。だからゲーンコイまでは今まででも複線化されていた。そこからイサーンの中心都市ナコーンラチャーシマの先ブアヤイまで複線化が進んだと言う事だと思う。
なおこの線はゲーンコイからナコーンラチャーシマまでは急な上り坂が続くので、(日本の碓氷峠みたいな感じ)ここが複線化されるのは非常に効率が良くなるはずだ。


参考までにこれは今回の複線化路線より前に複線化した所だが・・
バンコクからレムチャバン港までの路線の複線化工事の様子。

2015-3-16タイの鉄道バンコク方面

この路線は未だにこんなモノも
2015-3-16タイの鉄道踏切番小屋

懐かしいとは思いませんか、踏切番小屋です。
30分や1時間遅れるのが当たり前の列車を辛抱強く待っている踏切番のオジサンがいます。
でもタイの踏切は遮断機が下りていてもバイクなどは竿を掻い潜ってどんどん渡って行ってしまう。だから踏切番のオジサンのいる価値があるのかも。

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2015-06-07 14:31

泰麺鉄道がまたもや蘇るのか

 先日タイの高速鉄道が日本が建設することで決まった事をエントリーしました。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1116.html

この話には高速鉄道とセットでバンコクからカンチャナブリ(更にミャンマーのダウェーへ)への貨物鉄道線がセットになっている事も含まれていました。(正確にはカンチャナブリ⇔バンコク⇔アランヤプラテート(さらに将来カンボジア・ベトナムまで)の路線です)
またこの合意にはメソット=ピサヌローク=コンケン=ムクダハンをつなぐ718キロの鉄道開発の実行可能性調査も含まれていました。

このバンコク⇔カンチャナブリ⇔更にミャンマーのダウェーへ、これが第三泰麺鉄道と書きました。
そんな事で第二泰麺鉄道、第三泰麺鉄道、そして将来第四泰麺鉄道(?)、そんな事情を書いてみたいと思います。

最初に現在の泰麺鉄道について。
参照エントリーはコレ
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-713.html

最初に泰麺鉄道がどんな所を通っていたか。

 

 


この①~③が現在も使われている。③~④間はミャンマー側を含め終戦直後にイギリスによって撤去された。

チョット観光案内、これが戦場にかける橋、クウェー・ヤイ川鉄橋。
2015-6-7クウェー・ヤイ川鉄橋

そしてこれが現存する泰麺鉄道の最大の見どころ、アルヒルの桟道橋
2015-6-7アルヒルの桟道橋

此処を列車は時速5キロの最徐行、どんなものか動画でご覧ください


終点ナムトクから更に行くと泰麺鉄道の工事で最大の難所、ヘルファイヤーパスにつく。
日本名はヒントクの大切通しという
2015-6-7ヘルフィアーパス


さてでは第二泰麺鉄道はどうなっているか。

第二泰麺鉄道はマレー半島が最も狭くなった所、クラ地峡に有った。
2015-6-7クラ地峡の地図

バンコクから国道4号線をマレーシア方面に向かって南下するとマレー半島の最も狭くなったところ、チュンポンと言う所でタイ湾側からアンダマン海側に出る。そこがクラ地峡だ。タイ湾からアンダマン海まで約60キロ。
その国道のほぼ中間地点にこんなモノがある。
第二泰麺鉄道を記念してチョットした広場と記念碑、そして記念に泰麺鉄道のレールの一部が保存されている。

2015-6-6クラ地峡-15

2015-6-6クラ地峡-16

この第二泰麺鉄道は泰麺鉄道の工事が終わった1943年10月以降工事が始まったようだ。
しかし相当の労力を投入したものの連合軍の攻撃目標になり破壊され、完成することは無かった。
最近そんな遺構が発見されたとタイでは報道されている。
http://www.newsclip.be/article/2013/01/09/16399.html


前段が長くなりましたが、此処からが本題です。
泰麺鉄道は当初五つの案が検討されました。
1案 ・・ チェンマイ⇔タウングー ルート トンネルと長大橋必要
2案 ・・ ピサヌローク⇔ターク⇔モールメイン ルート トンネルと長大橋必要
3案 ・・ カンチャナブリ⇔タンビューザヤ(スリーパゴダ峠) ルート 
      距離は長めだがトンネルを必要とせず、長大橋もカンチャナブリだけの為、この案に決定した
4案 ・・ カンチャナブリ⇔タヴォイ(現ダウェイ) ルート トンネルとビルマ側の鉄道新設が必要
5案 ・・ チュンポン⇔メルグイ ルート、(クラ地峡ルート) 距離は短いがアンダマン海を海上輸送が必要

ルート決定は工期短縮の為、トンネルを掘らない、川の本流を渡らない、長大橋を作らないと言う方針で検討の結果、3案が川の本流は渡るモノの物流の拠点カンチャナブリであることから、この案で決定された経緯があります。

その各案の位置はこんな所。
2015-6-5泰麺鉄道地図2
 
現在では想像もつきませんが、この各ルートはビルマ(ミャンマー)とタイが過去何度も戦争をした、そのビルマ軍の侵入ルートと同じ。当時としてはタイ・ビルマ間にはこんな所しか通行できるルートが無かった、だから現在でもまともな道が無いという実態が有ります。
たとえばタークからモールメインへの山道は「象の山道」と言われ、いわゆる踏み分け道だが乾季の条件の良い時でさえ象部隊で一日運べる量が10トン程度、勿論雨季には通行不能なのだとか。


さてこの五つのルートの最後、第五案がクラ地峡ルートで第二泰麺鉄道。
そして第四案が冒頭紹介した今年合意した高速鉄道とセットのもの、バンコクからカンチャナブリ(更にミャンマーのダウェーへ)への貨物鉄道線である。

この図を見てほしい。この鉄道線の将来構想なのだが

2015-4-5南部経済回廊図

この図のバンコクから西へ(図上の左へ)伸びる路線が泰麺鉄道の第四案と同じなのだ。つまりこの路線は第三泰麺鉄道と言えるものとなる。旧日本軍が苦心してきた路線が70年の時を経て復活したわけだ。

そしてもう一つ上の第二案のルート、これもこのルート(現在は東西経済回廊と称している)も重なることが分かる。

2014-7-10東西経済回廊と3か国ハイウエー

今はこの東西経済回廊は道路を作っている段階。今年2015年中にミャンマー側が完成する筈なのでいずれ報道があると思う。
そしてここに鉄道が出来れば、第四泰麺鉄道になる・・・ さてでもこれは何時の事になるやらですね。

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2015-05-27 22:18

タイの高速鉄道が決まったとの報道

 紆余曲折の末、タイの高速鉄道が日本の新幹線で決まったと報道されている。
嬉しい話である。
と言ってもこの話は高速鉄道だけではない。貨物用の路線もついているのだが日本では報道されない。
そんな事を纏めてみた。

尚参考までに今までのエントリーはこんなモノが有る。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1095.html
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1093.html
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1092.html
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1090.html
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1089.html


最初にバンコク週報の報道から

<以下引用>

タイ鉄道開発計画、日本との覚書を閣議が承認
27/05/2015
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=5703

タイ政府は5月26日の閣議で高速鉄道建設などのために日本との間で取り交わす覚書の内容を承認した。

覚書には、バンコク=チェンマイ間(635キロ)の高速鉄道建設、カンチャナブリ=バンコク=チャチュンサオ=アランヤプラテートを含む路線(574キロ)の複線鉄道建設などで日本側の協力を求めることが盛り込まれている。

このほか、ウィラチョン政府副報道官によれば、タイと日本は、メソット=ピサヌローク=コンケン=ムクダハンをつなぐ718キロの鉄道開発の実行可能性調査も共同で実施する予定という。

<引用終り>

所が日本の報道はと言えば、上掲記事の最初の高速鉄道の話ばかり
参考までにNHK様の報道では

<以下引用>

タイ高速鉄道 日本の新幹線技術活用検討へ
5月27日 0時05分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150527/k10010092901000.html

日本とタイの両政府は、タイが建設を計画している高速鉄道について、日本の新幹線技術の活用を検討していくとする内容の覚書を交わすことが明らかになりました。
タイ政府は、首都バンコクから北部の観光都市チェンマイを結ぶおよそ700キロの路線で高速鉄道の導入を検討していて、日本に建設面や資金面での協力を求めてきました。これについて、太田国土交通大臣は27日、都内でタイのプラジン運輸相と会談し、今後の協力について覚書を交わすことにしています。NHKが事前に入手した覚書では、「日本とタイはバンコク・チェンマイ間の高速鉄道について日本の高速鉄道の技術と経験を活用し開発を進める」としていて、日本の新幹線技術の活用を検討していくことが明らかになりました。
タイでは、政府の予算不足から、鉄道のほとんどが単線で車両も電化されておらず、大量に速く乗客を輸送できる鉄道の整備が、さらなる経済成長に向けた課題になっています。このためタイ政府としては、最大の投資国である日本からの協力で高速鉄道の建設を進めたい考えですが、建設費は日本円でおよそ1兆5000億円に上るとされ、資金面で日本がどの程度協力するかなど、多くの懸案も残されています。こうしたことから、日本政府は来月にも現地調査を行うほか、タイ政府と緊密に協議を続け、建設に向けた計画を具体化させていくことにしています。

<引用終り>


さてではどのあたりにこの鉄道が敷設されるのだろうか

この図の左上、バンコクーチェンマイ線がその高速鉄道路線
2015-4-2タイの高速鉄道建設計画路線図no2

タイの首都バンコクとタイ第二の都市チェンマイを結ぶ高速鉄道、当初はタイ北部の観光に非常に有意義だろう。
しかしタイ北部はつい120年ほど前まではラーンナー王国と言ってタイ族ながら独立国。現在のチャクリー王朝に併合されたのは1894年なのだ。そして今でも隠然たる勢力を持つタクシンの出身地が此処。だからタイ北部とタイ東北部はタクシンの地盤である。
恐らくこの日本製新幹線はタイの統合・融和の象徴的なプロジェクトになる筈だ。
その意味でタイにとって極めて意義ある高速鉄道ではないかと思う。
バンコクとチェンマイが日帰り圏内になる。タイ北部の産業振興にとても有効な筈だ。


そしてもう一つの路線がコレ
上掲地図でバンコクから横に伸びる路線なのだが見にくいので別の地図を添付しました。
2015-4-5南部経済回廊図

この路線はタイの報道でカンチャナブリ⇔バンコク⇒チャチェンサオ⇔アランヤプラテート(サケオ県)となっている。
しかしこんな辺鄙なところにと思うのだが、狙いは全く違う。
この地図で分かるようにミャンマーのダウエーからタイのカンチャナブリ⇔バンコクを結ぶ路線で恐らく貨物輸送が大部分の筈だ。さらに将来カンボジアのプノンペン、そしてベトナムのホーチミンへとつながる予定なのだ。
インドシナ半島の東西回廊がコレで完成する。
肝心な事はマラッカ海峡を通らない物流ルートが完成する。この意義はとても大きいのだ。

麻生さんが言いだした自由と繁栄の弧がコレで一つ完成する訳だ。


最後にどうしても行っておきたい事。
この路線は恐らくバンコク⇔カンチャナブリが最初に開通すると思う。
そして同時にミャンマー側もダウエーまで開通するはずだ。
そうすると永年まともな物流ルートの無かったミャンマー(ビルマ)とタイが鉄道で結ばれる・・・、そうです、泰麺鉄道です。
オリジナルの泰麺鉄道とは若干ルートは変わったが泰麺鉄道にかわりはない。第三泰麺鉄道になるわけだ。

第三泰麺鉄道??? じゃあ第二泰麺鉄道も有るのか??? 有ったんです。と言う話しはまた別エントリーでアップします。

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2015-04-15 09:34

タイの高規格鉄道に思う事

 4月9日に「タイの高規格鉄道計画が動き出しそう<続々編 もう一つの課題」 をエントリーした。
此処に皆さんから色々コメントを頂いたのだが、コメント欄だけでは書ききれないので、もう少し考えている事を書いてみたいと思います。

コメントは何時も鋭いご指摘を頂くkogumaさん、相模さんからのモノですが、最初にどんなコメントかから紹介させていただきたいと思います。


<kogumaさんのコメント>

日本は現在官民挙げて新幹線の輸出に努力しているようですが、車両や設備や運行システムのような目に見えるものより先に、安全運行や定時運行をすることとはなんぞやから教育することが必要に思います。日立がイギリスから車両等を受注するのとは異なりすぎます。賄賂が3割であれば3割増で受注できれば済みますが、金を蒔いても国民の性根は変えられません。
線路のすぐそばで多数が暮らす、線路の上で商売をする(車両が来た時だけどかす)、運行の合間に手製の軌道自転車やトロッコを勝手に走らせる、線路に寝そべると運気が上昇するなどと言う国では、いくら専用軌道を確保するとしても安全運行の確保や迅速な事故復旧は不可能でしょう。
国やJRはそのところをよくよく考えた方がいいと思います。


<短足の回答>
確かにご指摘の線路の上で商売するような国民性では困ります。
がしかし、今回のケースは鉄道車両の輸出ではありません。鉄道システム全体の輸出と鉄道建設、こんなモノなのです。
当然ながら高速鉄道の場合、線路内に人が入り込めば事故間違いなしですから対策が必要です。
現在のタイの鉄道は軌間1000ミリの狭軌、今回の話は軌間1435ミリの標準軌、全く別物です。

そしてご指摘の心配はもっともですが、現在タイは日本の自動車生産の大拠点になっています。
車種によっては部品の90%以上を現地調達、日本では作っていない車種も生産しています。
私はご指摘の心配の有る所でご指摘の心配一杯の連中を使って仕事をしてきました。
何もしなくても大丈夫などと言うレベルではありませんが、日系メーカーの長年の苦労でタイのレベルも随分上がってきました。

心配ないとは言いません。
しかしそんな土地で、そんな人を使って仕事をしていくことがその国、その国民のレベルアップにつながり、世界に貢献できると考えています。

これを売り込めば・・・ JRは物凄く苦労します。
例えば運転のマニュアルなど全部翻訳、この労力だけでも大変です。
しかしこんな作業を通じて日本人もレベルアップします。
私の経験ひとつとっても、日本の方にはアッと驚くことばかり。

こんな事でこのプロジェクト、大いに意味があると見ています。
是非暖かく見守っていただきたい。マスゴミは多分問題山積と言います。事実です。
しかしそんな問題を地道に一つずつ解決していくことが世界に貢献できる道。
そう理解していただきたいと思います。


これに関して相模さんからも意見を頂いた。

<相模さん>
もう一つの松下村塾

吉田松陰は海外事情を注視した軍学者でした。日本が諸外国の餌食にならないためにはどう対抗したらいいかに腐心した人です。

その結論が学問をする、という余りにも平凡かつ迂回的な結論でした。意識改革、それしかない。答えは松下村塾であり、塾からは伊藤博文などの明治を開いた多数の人材が生まれました。

他方、幕府はフランスの金で軍事国家を目指していた。その結果、良策は松下村塾に上がったのは歴史の見るところです。

タイで新幹線その他の近代化を進めるとき、フランスの金で動く幕府=即物的にシナの金で動く今の姿を選ぶか、賄賂を否定し、教育と勤勉という平凡かつ迂回的な意識をもつのかで、将来の姿も決まるのではないかと思います。

短足様が仰るように日系企業は海外で我々の知らぬご苦労をされています。それは大きな観点で見れば、大小の松下村塾が現地に作られていると言えるのではないでしょうか。技術を取得する、そのためのハード、ソフトの整備が積み上がり人が育つ。

今般の天皇皇后両陛下のパラオ巡礼の旅で改めて知ったことですが、大航海時代以降、南太平洋を手中に収めたスペインはその土地で何をしたか。性病と疫病を現地に残した。下ってドイツは何をしたか。燐鉱石などの資源を持ち帰った。
1次大戦後の日本は学校を作った、郵便局を作った、漁港を作った。今のパラオの基礎を作ったのです。広い意味でこれも別の形の松下村塾ではなかったかと思います。


コメントの紹介は以上です。
ではこれをどう見るか、その辺りを考えてみたいと思います。

最初にkogumaさんが心配されている件は多分これのことを言っているのではないかと。
バンコクから西へ80キロほどのメークロン駅近くの市場

2015-4-14メークロン線の市場

これは動画



そして線路のメンテはどうかと言えば

2015-4-14メークロン線のレール

2015-4-14メークロン線のレール1

2015-4-14メークロン線のレール2

こんなガタガタ、グニャグニャのレールなど、工事現場のトロッコのレール並と言って良いだろう。
レールのつなぎ目はボルトは1本紛失しているし、残った3本中1本はホントに利いてるの?

こんな管理しか出来ない人に200キロ以上で走る高速鉄道などは夢のまた夢。それはそうだ。

(注:タイの名誉のため一言、これはメークロン線と言ってタイ国鉄ではあるが他の路線とつながらない離れ小島的な路線、そして市場の有る所では列車は1日3往復だけ。兎に角特殊ケースではある。)

そしてそこにこんなモノを走らせようとしている。

これは50年前の新幹線開業当時、昭和39年(1964年)である。
2014-10-24新幹線21

これは昨年の新幹線開業50周年記念セレモニー
2014-10-24新幹線11


この落差を見るととても高速鉄道など”百年早いわ”、そう言いたくなるのも無理はない。


しかし、鉄道は悲惨だが他の分野ではうまくいっている所も有る。
現在タイは日本の各自動車メーカーが工場を稼働させており、そこで出来た車は日本品質のクルマとして世界中で認められている。


これはタイの自動車工場の一つ、タイトヨタのバンポー工場、2007年完成の新鋭工場。
生産しているのは1トンピックアップトラック、日本には入ってきていないが世界中に輸出されている人気車種だ。

2015-4-14タイトヨタバンポー工場

工場は日本と何ら変わりない、同じ品質、同じ生産性、そしてコストは安い

その日本と同じものを作るために日本人が一生懸命教えている。
勿論文化、習慣、歴史、言葉、みんな違う。その中で日本のやり方が一番だという事で教えている。

2015-4-14技能検定員指導

注:この写真はJICAの資料で見つけたもの。こんなタイ人を指導している写真は滅多にないので掲載。
教えられているタイ人の真剣な表情をご覧くださいこんな光景は日系企業では毎日毎日続いている
ただ私の目には中央の人は某自動車メーカーからの指導員だが、どうして帽子をかぶっていないのか気になる。こんないい加減な態度は直ぐタイ人にマネされてしまう。もっての外だと怒らねばいけないケース。


そして最後に是非見てほしい写真が有る。
タイ人が変わってきた、そんな事が分かるモノだ

2010年にタクシン派反政府デモ隊がバンコク中心部を占拠した。軍の突入などでそれを排除したのだが・・・

デモ隊に放火されてビルが焼け落ち
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町はゴミだらけ
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タクシン派のデモ参加者は田舎の農民が殆ど。だからゴミを片づける習慣など全くなく、こんなゴミだらけが当たり前。


バンコク市の清掃員だけではとても追いつけない汚れ方
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そこで若い人などが中心になって、日曜日にボランティアで清掃作業が始まった
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このオジサンはバンコクのレストランチェーンの社長タン氏、富豪である。
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普通は金持ちはこんな汚れ仕事はしない、いや若くてもエリート層は汚れ仕事など決してしない。
汚れ仕事は下の方の人間のするものと考えている。

この写真を見て思い出した。私がタイ人に対して最初にやった事、それが掃除の仕方を教えることだった・・・ そんな経験から見ても感無量である。
タイ人はゴミなどポイ捨てが当たり前。掃除はメイドの仕事と考えている。
そんな国民性が少しずつ変化してきている。これがその証拠なのだ。


最後にこの様なタイ人の教育、指導、訓練は単に技術者や作業員だけが対象ではない。
管理者(マネージャ)、そして経営者も当然ながら教え込まねばならない。
日系企業でも中にうまくいかない所も有るが、殆どこれが失敗している。


最後に高速鉄道を売り込むとJRは恐らく物凄く苦労するはずだ。
マスコミは揚げ足取りに狂奔し、トンデモ報道が溢れるかもしれない。
しかしそれを乗り越えて行くこと、それが日本が一層発展するきっかけになると思っている。
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2015-04-12 10:59

中国夢のラオス・タイ高速鉄道

 中国がラオスからタイに建設を計画している高速鉄道(と称するモノ)の実態がさっぱり分からない。
又ラオスの様な小さな国(人口678万が日本の本州並の国土に散居)に鉄道など建設するだけのカネが有るのだろうか。
そんな疑問を持っていたのだが、少々古いが興味深い記事を見つけた。

中国夢と言うのがどんなものか良く分かる、大変興味深いモノだった。

<以下昨年(2014年)1月17日の大紀元の報道から>

http://www.epochtimes.jp/jp/2014/01/html/d19256.html

雲南省からシンガポール 中国の東南アジア縦貫鉄道 ラオスで初合意

【大紀元日本1月17日】中国政府が計画している同国雲南省とシンガポールを結ぶ「東南アジア縦貫鉄道」計画は、初めて通過予定国の承認を得た。英紙デイリーテレグラフはこのほど、ラオス政府は昨年、同プロジェクトを「優先すべき」だとし、関係国にも協議の締結を呼びかけたと報じた。

 同報道によると、中国と政治形態が類似する一党独裁の社会主義国のラオスのトンシン首相は昨年、中国の李克強首相と会見する際、双方が全計画の一部にあたる、ラオス国内での鉄道建設に合意した。

 建設には2万人の中国人が参加し、2019年に完成する予定。ラオス国内は現在、ほとんど鉄道が敷かれていないため、プロジェクトは大規模なものになるという。国境の町ボーテンから首都ヴィエンチャンまでの区間だけでも、154の鉄道橋と76のトンネル、31の駅の建設が必要だ。

 インフラ整備や産業開発では立ち遅れるラオスだが、カリュウムや天然ゴムなどの天然資源は豊富。今回の建設でラオス政府は、未開発の鉱山を抵当に中国から約7700億円を借り入れ建設費に充てる予定。これは同国の国内総生産(GDP)の9割に相当複数の国際金融機関はこの巨額な借款を「待ち構える災難」だと指摘し、ラオスには返済する能力はないとみている。

 中国の「東南アジア縦貫鉄道」計画は同国の雲南省・昆明市を起点とし、ラオス、タイ、マレー半島を通り、シンガポールに至るというメインルートと、ミャンマーやカンボジア、ベトナムに入る支線がある。デイリーテレグラフは、高速鉄道で東南アジアとつなぐことは北京のかつてからの夢だとし、このルートを利用して中国は商品を同地域に持ち込み、また同地域から資源を持ち帰ることを目論んでいるという。同鉄道の建設はまた、中国経済圏の構築に重要な役割を果たすことになるとみられている。

(翻訳編集・張凛音)  (14/01/17 11:12)

<引用終り>

この東南アジア縦貫鉄道計画がどんなものか、日本では報道されていないが、有るブログに興味深い記事が有った。
大紀元の記事に有る中国とラオスの国境のラオス側の街ボーテンを見てきた記事である。

ゴーストタウンと化していた中国・ラオス国境の町ボーテン   2014年 04月 13日
http://inbound.exblog.jp/22437603

このブログに中国の計画する縦貫鉄道の地図がボーテンに有ったと紹介されている。
こんなモノだ。

2015-4-11中国の計画するインドシナ半島鉄道

この地図では大きすぎるので関係部分だけ拡大するとこんなモノ。

2015-4-11中国の計画するインドシナ半島鉄道ラオス部分大き目



自国の欲望の為に近隣の国に鉄道を敷く、それなら自分で金を出せばいいのだが、全部ラオスのような貧しい国に出させる。これは酷い話としか言いようがない。冷酷無比な植民地支配とはこんなことを言うのだろう。
そして
建設には2万人の中国人が参加し
こんな事をしたらラオスにはカネは落ちない。工事でラオス人を雇えば其れなりに雇用が生まれるが、中国式は全部自国に持って行ってしまう。
若しこの2万人の作業員にラオス人を雇用すれば、建設費用としてラオスが支払う金額から莫大な人件費がラオスに還流される。ラオスのGDPを相当押し上げるだろう。
それだけではない、この工事で得たノウハウが他のモノにも反映できる可能性がある。
中国人労務者を連れてきたら、ラオスには何も残らないではないか。


国境の町ボーテンから首都ヴィエンチャンまでの区間だけでも、154の鉄道橋と76のトンネル、31の駅の建設が必要だ。
物凄い工事である。中国式だったら正しく環境破壊であろう。トンネルを掘ったりしたらその土は何処に捨てるのか等々、中国で起こっている環境破壊がそのままラオスで発生するだろう。

上掲「ゴーストタウンと化していた中国・ラオス国境の町ボーテン」、そこは何の変哲もないラオスの田舎の村が突如ゴーストタウンになってしまった。こんな事例が写真で紹介されている。中国のやる工事とはこんなモノと言う証拠。

しかしラオスはアセアンの中の貧困国である。人口の68%が農村で自給自足に近い生活をしている農民であり、農業がGDPの33%を占めるような国。そしてその農村にはまともな道路の無い所が相当ある現実。
まともな道路?、雨季には水没したり泥濘の道になって車が通れなかったり、こんな事のない道路である。しかしラオスは未だにそんな事が問題になる国という事だ。
そんな所に凄まじい環境破壊をするような工事などムチャすぎと言えるだろう。


私はラオスには行ったことは無いが、メコン川を挟んで反対のタイ側の街には何度か行った事がある。
例えばこの計画されている鉄道でタイに入るとそこはノンカイの街。そこに泊まった時の衝撃は今でも忘れられない。
ノンカイの街は夜でも灯りが煌々とついている。しかしラオス側は真っ暗なのだ。しかしそこが首都ヴィエンチャンのはずれ。そしてそこにはラオスの水力発電所からの送電線が高々とメコン川を越えている。
ラオスで発電した電気は貴重な外貨獲得の為、タイに輸出されているのだ。その鉄塔の下では真っ暗な中に人の暮らしが有ると言うのに・・・

そんな事の分かる写真を、これは第二タイラオス友好橋(日本の援助)のタイ側ムクダハンのもの。
観光案内を兼ねて・・・

夜明け直前
2015-4-12ムクダハン1
明るくなると人家が結構あるのだが、夜は灯りはポツンポツンと有るだけ。


そして日の出、この川がメコン川
2015-4-12ムクダハン2


この写真が悲しい。高々とそびえる鉄塔はラオスの水力発電所からの電気をタイに売るための送電用鉄塔。
2015-4-12ムクダハン3


そして昼間はこんなモノが・・・ 貧困ツアーである。貧しいラオス見物に行く船。
2015-4-12ムクダハン4
自分らも昔は貧しかったという事は忘れて、今も貧しいラオスを見物する・・・、



さてこの鉄道建設、どう考えても無理筋。だからこの話はご破算になったと言う話しもあるが、中国政府はそんな報道を否定している。
そしてラオスの次はタイ、そのタイにもこの鉄道を建設しようとしているがやはり無理筋だろう。


そして中国自慢の高速鉄道だが、どうにも不便でお客さんも乗らないようだ。

そんな所がこんな記事で分かる。

中国の高速鉄道はなぜ不便なのか
役人のオモチャにされたらこうなった
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37346
但しこれは会員専用記事なので下記の方が良い

中国高速鉄道はただの「遅い飛行機」:なぜかくも不便なのか
http://omoshiro-chuugoku.blogspot.jp/2013/03/blog-post_25.html


タダの遅い飛行機と言っている。その遅い飛行機を更に拡大しようとしているようだ。

尚日本の新幹線でもフランスのTGVでも長距離は飛行機、中距離は高速鉄道と言う事で大体結論が出ている。
その分岐点は高速鉄道で約4時間、それ以内なら高速鉄道、それ以上は航空機である。
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2015-04-09 17:43

タイの高規格鉄道計画が動き出しそう<続々編 もう一つの課題

 前回タイの高速鉄道計画でこんな課題と書いたのだが、もう一つの課題がある。

最初にタイ人が夢見る高速鉄道

2015-4-9タイ人の夢見る高速鉄道
後ろのビル群はバンコク、列車の屋根越しに見える銅像は「タオ・スラナリーの像」、だからタイ東北部の中心都市ナコーンラチャーシマ辺りか、この鉄道はバンコク⇔ナコーンラチャーシマ⇔ノンカーイ線の様だ。
(注:この線は現在中国が受注交渉中)


さてその課題だが此れである。

2015-4-9賄賂風景

賄賂だ。そしてタイの賄賂の相場が凄い事になっている。

これは2012年7月21日付バンコク週報1面記事より
2015-4-9賄賂の相場byバンコク週報

このバンコク週報の記事に書いてあるように、以前は11~15%が相場だった。これが30~35%が賄賂の相場。
こんな高額の賄賂ではまともな工事など出来る訳が無い。
若しこんな条件で受注すれば無茶苦茶な手抜き工事以外に方法など有る訳が無い。
そしてこれは2001年に政権を盗ったタクシンがこの高額賄賂をポッポに入れていた訳だ。

その為にどんな事が起こっているか、以下参照ください。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-528.html

また高額の賄賂がどんな工事を引き起こすか、これは韓国の事例。笑韓流家元ご隠居さんのブログより。
http://ameblo.jp/nobody0728/entry-12010397931.html

だが賄賂を対策するのは並大抵ではない。特に一度甘い汁を吸った連中には簡単には止められない事情もあるのだ。
それは高額賄賂をせしめた連中には其れのオコボレにあずかろうとする連中がやって来るのだ。

そんなタクシン派の蓄財とバラマキがどんななのか良く分かるものがある。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-154.html

タクシン派がこの反政府デモで使った金が銀行口座の調査でかなり分かってきた。
2009年9月から2010年5月までの9ヶ月間で報道されているだけで237億バーツ(現在のレートなら日本円で約877億円)である。
このカネがドレ位かと言うと
2009年度のタイ国の国家予算が約1兆8000億バー(約6兆6600億円)
同年度の国防費が1700億バーツ(約6290億円)。
237億バーツとは国家予算の1.3%
    〃      国防費の14% に相当する金額なのだ。

この凄まじいカネがタクシンからデモ隊などにばらまかれたのである。
こんなカネの原資が公共事業の30~35%の賄賂だった。


今回の高規格鉄道事業、現在はクーデターでタクシン派を追い出した軍事政権が統治している。
はたしてこの賄賂体質から脱却できるだろうか。

ハッキリ言えることが有る。
こんな賄賂体質を脱却しなければ高速鉄道など夢の又夢だ。

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2015-04-06 23:02

タイの高規格鉄道計画が動き出しそう<続編 ここに課題が

 前回タイの高規格鉄道(高速鉄道)が建設に向けて動き出したことをエントリーした。
タイの人は「やった!! 新幹線がとうとうこの国にも来るんだ!!」、こう大騒ぎしているらしい。


タイ人が夢見るタイの新幹線(高速鉄道)
2015-4-6タイ人が夢見る高速鉄道
(・・・注: 架線が見えないので動力は何かとは聞かないでください。これがタイ人の夢・・・)

がしかし、がしかしである。その前にタイの人が考えねばいけない事がある。
社会のシステム、国民一人一人のモノの考え方を変えていかないと新幹線並みの高速鉄道は成功しない。
これは物造り全般に言えるので、日系製造業の方なら理解できる話だと思うのだが、丁度いい事例なので紹介。


最初にこの事例は越後の国のご隠居様の笑韓ブログの紹介から。

「信号機の故障、第一通報者に謝礼金>信号機って壊れるの?」
http://nobody0728.blog.fc2.com/blog-entry-1906.html

このブログでご隠居様は「信号機って壊れるの? 日本では見た事無いぞ」、こう言っている。
確かに日本の信号機が壊れてランプがついていないのなんか見たことが無い。
これに対し、タイの場合はこうなっているとコメントした。
これが韓国でもいえる発展途上国と日本など先進国との差だという事例だ。


以下は私とご隠居様のコメント欄での遣り取り。

(短足) 信号機の管理に見る日本とこの国の仕事のシステムの違い

この国(タイ国のこと)では信号機はしばしば故障します。その大部分は信号灯の球切れ、青(実際は緑)が切れているときは見逃してもあまり危なくない、だが赤が切れているのを見逃す、あるいは反対側が切れているのに気が付かないと酷い目にあう。
だから常に信号灯は切れているかもしれないと思って行動せねば身の安全は図れない。

日本では信号灯は球切れ前に交換する為 いつ交換したか記録し、何時間点灯したか絶えず計算し管理するシステムがある。
(だから日本人は信号灯とは切れないものと思っている)

この国(タイ国のこと)の管理システムは信号灯の球の交換も家庭の電灯の球の交換も同じ。
つまり何もしない、切れたら交換するだけ。
この方が余分な管理コストもかからないし、球も寿命いっぱいまで使えるので経済的。
これが発展途上国の考え方である。


(ご隠居様) 
 なるほどねえ。
 おまけに日本じゃLEDなんかが普及してますからますます故障とは縁遠くなるんでしょうね。

 信号機システムじゃなく社会システムに問題があったわけですね。

<引用此処まで>

たかが信号機の球切れである。しかし此れが大事故の繋がることから絶対球切れしないように手間暇かけて管理しようとするのが日本。
たかが信号機の球切れ、だったら切れたら替えればいいだろ、信号機故障で事故になる?? そりゃあ運が悪かったねえ、でも私には責任は無いよ。こう考えるのが韓国、発展途上国。

これはご隠居様が指摘されているように社会のシステムの問題なのである。
そして高速鉄道、新幹線の様な高度なシステムでは日本式の管理をしないとシステムが成り立たない。
これは日系企業が発展途上国でいつも苦労している事だが、今回の様に高速鉄道と言う巨大なシステムを輸出する場合に一番の問題なのだ。社会のシステムを変える、つまり人を変える、此処に行きつくのだ。

日本がこれからの未来を開いていくためには、こんな事が重要なのだと思う。

ご隠居様は最近も韓国の事例で今度は道路に穴ぼこが出来るケースンついて言及している。
ウリナラの道路には大穴が・・・・・
http://ameblo.jp/nobody0728/entry-12010248955.html

今回のタイの高速鉄道建設計画、これが成功するかどうかはこの一点にかかっていると言って良いだろう。
  1. タイ
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2015-04-05 22:04

タイの高規格鉄道計画が動き出しそう

 タイがヤルヤルと言いながらちっとも進まなかった高規格鉄道計画、どうやら今度はホントらしい。
最初にこの鉄道計画、高速鉄道計画と言われ、日本の新幹線が走ると言われているが如何も信じられない。
そこで私は高規格鉄道と書くことにした。
要は軌道は1435ミリの標準軌の複線鉄道という事である。此れだって現在のタイの鉄道が1000ミリの狭軌で単線が殆どだから、大変な進歩ではある。
但し走る列車は高速列車を走らせたいのがタイの願望だが、実際建設する路線を見るとコンテナ輸送が主になる路線も有る。
そんな所を最近の報道から見てみたい。


最初に今度は本決まりらしいと言っているバンコク週報の記事から。

<以下引用>
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=5442

タイ鉄道整備計画、日本が2路線建設か、早ければ5月に覚書

01/04/2015
プラチン運輸相は3月31日、日本の国土交通省幹部と話し合ったあと、日本側がカンチャナブリからサケオとバンコクからチェンマイの2ルートに複線鉄道を建設することに強い関心を示していると明らかにするとともに、プラユット首相が日本側の要求を受け入れるとの見通しを示した。

現在は首相の承認を待っているところで、承認が出れば、4月末には閣議で承認されて、5月には2国間で覚書が取り交わされる見通しという。

事が順調に進めば、来年にも建設工事を開始できるとのことだ。

<引用終り>

タイの高規格鉄道は日本と中国が売り込んでいる。すでに中国は一部の路線の建設を受注したと報じられているが如何も話は難航しているようだ。

ではその路線と言うのはどうかと言うと

これは今まで検討されてきたタイの高速鉄道計画路線。
青色の点線が今回日本が建設する(らしい)2路線、カンチャナブリ⇔バンコク⇔アランヤプラテート線とバンコク⇔チェンマイ線。
赤で印をつけたのは中国が推進しようとしているノンカーイ⇔ケーンコイ⇔マプタプット線

2015-4-2タイの高速鉄道建設計画路線図no2

この地図で最初に赤で印をつけた中国が推進する路線を見ると如何にもおかしいのが分かる。
最終目的地のマプタプットはタイの軍港である。一般のコンテナ船などはもっと北の(つまりバンコクに近い)レムチャバン港に入港する。つまりこの路線は中国が高速列車を走らせると言う甘い言葉で誘っているが、実は中国奥地からラオスを通ってノンカーイ経由でマプタプット軍港に出る。中国の軍用路線見え見えの話なのだ。

では日本が建設できそうな2路線はと言うと、
1) バンコク⇔チェンマイ線 これは首都バンコクとタイ第二の都市チェンマイを結ぶ路線。
   タイで唯一高速列車の可能性のある路線だ。

2) カンチャナブリ⇔バンコク⇔アランヤプラテート線 これは主に貨物輸送用の路線である。
  カンチャナブリから先はミャンマーのダウェー工業団地と深水港へ出る。
  アランヤプラテートから先はカンボジアのプノンペン方面から南シナ海へ

この2)の路線についてはこの図を見てください。

2015-4-5南部経済回廊図

日本・中国からインド、アラビヤ半島、そしてスエズ運河経由で欧州方面に行くにはマレー半島が実に邪魔な存在。
僅かに通れるのはマラッカ海峡だけという事が分かると思う。そのマラッカ海峡はこの狭い海峡に沢山の船が押し寄せる交通ラッシュの海峡で、おまけに海賊が暴れまわることで知られている。

マラッカ海峡を通らないで日本、中国、南シナ海沿岸諸国(フィリッピン・ベトナム・カンボジア・タイなど)からインド洋に出られるルートは昔からの課題であったのだ。
そこに鉄道でマラッカ海峡を通らない物流ルートが出来る、長年の懸案が解決することになる。
恐らく最初はバンコク辺りからカンチャナブリ、ミャンマーへのルートが真っ先に開通することになるだろう。
これでタイからインド・欧州方面への輸出コンテナ船がかなりの日数短縮が出来る筈だ。

以前麻生さんが「自由と繁栄の弧」と言った、そのルートがいよいよ実現する日が近づいている。
(続)




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2015-02-12 22:11

チャンタブリの海運博物館

 この所重い話題が続いたのでちょっと軽い話題、タイの観光案内など。
バンコクでいつも面白い話題をアップしている「バンコクジジイのたわ言」と言うブログが有る。
http://ameblo.jp/bangkokoyaji/

バンコクジジイさんは最近バイクでタイ東部アランヤプラテート、タイ東南部チャンタブリ、ラヨンなどを回ってこられたらしい。

でも折角チャンタブリまで行ったらこんな所も有るという事で観光案内などアップすることにしました。
若し次回行く機会が有りましたら参考にしていただきたく。
これは田舎の小さな博物館なのですが、地元のタイ人でもほとんど知らない、いや知っている人に有った事が無いのです。
チャンタブリ出身の従業員など何人かに聞いてみたが、知っている人は皆無。
そんな珍しい所なので・・・


昔タイ東南部チャンタブリの沖をこんな船が走っていました。
200トンくらいでしょうか。中国式のジャンク船です。

2015-2-13マリタイムミュージアム1

有る時、嵐に襲われました。乗組員も必死で頑張ったのですが
2015-2-13マリタイムミュージアム2
沈没してしまいました


そして時は流れ、30年ほど前チャンタブリ沖の海底30メートルほどの所に沈没船が発見されました。
水中考古学で調査、そして色んなものが出土(出水と言うべきか)しました。
2015-2-13マリタイムミュージアム3


極めて珍しい発見という事で、タイ国では田舎町チャンタブリに出土品を展示する博物館を作る事にしました。
此れがその博物館。
この博物館の目玉は発見されたジャンク船の実物大の復元模型。中国のジャンクなので船のへさきにはこの写真の様な絵が描いてある。
博物館所在地は1800年代初頭の要塞跡。
2015-2-12マリタイムミュージアム

博物館名は国立海運博物館(The national maritime museum)
所在地はノンウォン要塞(noen-wong fort)

尚博物館はタイ語ではピピタパーンと言うのですが、現地ではこれでは通じません。
ノンウォン フォートと言うと分かるようです。


そしてこれが館内展示
主な積荷の陶器類がこんな風に積み込んであった。
2015-2-13マリタイムミュージアム4

これは他の積荷、農産物や金属地金など。
2015-2-13マリタイムミュージアム5

これは食料のコメ
2015-2-13マリタイムミュージアム6

最後にこの博物館の所在地、ノンウォン フォートの入り口。
小さくて見にくいが右端の城壁の銃眼には大砲が覗いている。
2015-2-13マリタイムミュージアム7

城壁の上から見た所、ズラリとカノン砲が並んでいる。
砲身には1812年製の刻印
2015-2-13マリタイムミュージアム8

この要塞が建設された当時は要塞の目の前まで海だった。
ラマ2世はこの要塞をチャンタブリの街をベトナムの攻撃から守るために建設した。
チャンタブリの街にはその当時のベトナムからの難民の末裔が今でも住んでいる。
(ベトナム系の人は宗教がカトリックなので分かる。今でも立派なカトリックの教会が有る。)

余談だがタイ人はこんな歴史が有るのでベトナム人が嫌いである。


尚最後にタイの博物館は月曜日と火曜日が休みである。
若し行かれる場合はご注意のほどを。
実は私も月火休みとは知らなかった。だから秘書にこの博物館を探してもらうのに散々苦労した。
・・秘書曰く、電話番号は分かったが何度電話しても出ないんです・・・ 月火と何度も電話しても出る筈がないのだが、そんな事はタイ人も知らなかった・・・(苦笑)







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2014-08-21 23:05

水中走行バイク

 この所連日何処かで大雨が降っている。
中でも広島を襲った豪雨被害は実に深刻。被害に遭われた方、心よりお見舞い申し上げます。



所で深刻な話ばかりでは気が滅入るので、一服の清涼剤としてこんな映像など。

2014-8-21水中を走るバイク@バンコク

何と水中をバイクが走っている。何じゃ此れ!

実は日本の色んな動画の海外の反応を紹介するブログのモノなのだが、その動画はこんなモノ。



詳細は以下参照ください
http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-1272.html

この動画は2011年の多分10月~11月頃のモノ。場所はバンコク北部の様です。
この凄いバイクはHONDAの「NSR150」(149cc、水冷2ストローク単気筒)。

如何して水中を走れるのかは動画の最後の方に出てきます。
シュノーケル付のバイクねえ・・・・
タイの人は水害になれていると言うのか、強かと言うのか・・・

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2014-07-25 12:03

タイ米は美味しい<続編

 前回タイ米は美味しいをエントリーしたのだが、今日はその続編、どんな風に食べるのかについて。

同じコメと言っても日本の様にジャポニカ米を茶碗と箸で食べるのは実は世界の少数派。
世界の多数派はインディカ米を手づかみ、又はスプーン・匙で食べる、これが世界の主流です。
そんな所を分かった上で、美味しいタイのコメをエンジョイしていただきたいと思います。


最初にコメそのものが如何違うか

タイのコメはインディカ米といって、粒の細長いコメである。
そして日本のコメと同じでモチ(糯)とウルチ(粳)が有る。
モチ(糯)は日本のコメと同じだが、ウルチ(粳)は日本のウルチ米と違い殆ど粘りが無い、パサパサのコメだ。

2014-7-24ジャポニカ米とインディカ米比較

さてその食べ方だが、これはタイのモチ米の食べ方。

2014-7-25タイ米カオニィオ

タイの北部・東北部ではこれが主食。農民が野良仕事に行くときの弁当はこれだけ。
おかずは現地調達である。カエルがいればカエル、イナゴならイナゴ、野ネズミを捕まえれば御馳走と言う訳。
そしてこのモチ米は手づかみで食べる。野良だけでなく家で食べる時も同じ、手づかみである。

次にウルチ米の食べ方の一例。

2014-7-22タイのおかずのせご飯(カイケーン)
これはおかずのせご飯、カイ・ケーンという。企業の社員食堂や街道筋の食堂の定番メニュー。
但し何人かで食べる時はご飯だけ皿に盛り、おかずは別の皿に何種類かのせて、そこから銘々がスプーンで掬って食べる。
だから食器はスプーンとフォークだけ。
日本式に箸で食べようとしてもコメがパラパラなのでうまく食べられない。タイ人が箸を使うのは麺類を食べる時だけだ。

尚日本でもカレーライスは全く同じ食べ方だが、コメはインディカ米の方がおいしく食べられる。
米に粘りが無いのでおかずやカレーによく馴染む為で、若し機会が有れば皆さんお試しください。


では糯(もち)米は如何調理するか。

2014-7-25タイ米を蒸す壺とザル

これは現在タイで使われているコメを蒸す道具。
中はこうなっている。
2014-7-25タイ米を蒸す壺とザルの内部写真

実はタイでこの道具を見た時、私の昔からの疑問が一つ解けた。
日本の弥生式土器にもそっくりのモノが良く出土するのだが、こんな使い方だったのだ。
これは弥生式土器の一例 (愛知県岩倉市出土、弥生時代中期のもの)
2014-7-24弥生式壺型土器岩倉市出土

こんなモノを見るとタイのモチ米の食べ方は殆ど昔と同じなのだと思う。


さてではウルチ米はどうかと言うと
これは現在も使われているコメを煮る鍋。
2014-7-25タイ米を煮る土鍋

こんなモノでコメを煮て、炊き上がったら残りのお湯を捨てて蒸らす。
日本でも江戸時代中ごろまで一般的だった方法、湯取り飯(ゆとりめし)という。
出来上がったご飯はオネバの部分を捨ててしまうので、例えジャポニカ米を炊いてもパサパサしたご飯になる。

しかしタイでも最近は日本の電気炊飯器が急速に普及してきたので、特に業務用などは殆どこの炊飯器になったようだ。


以上がタイ米の話だが、比較の為日本はと言うと

日本は蒸したコメ・・・強飯(こわいい)と言う。おこわ、こわいの元になった言葉
〃   煮たコメ・・・・姫飯(ひめいい)、又は粥(かゆ)と言う、汁を捨てたものを堅粥、汁のあるモノを汁粥という。

さて強飯(こわいい)はこんな風にたく
これは伊勢神宮で毎日神様に備える神饌を炊いている所、せいろで蒸している。
2014-7-25伊勢神宮のコメを蒸す竈


では姫飯、粥は如何して調理していたか、これは現在では全く見る事のない鍋、内耳鍋と言う。
2014-7-25内耳鍋

囲炉裏などで上からひもで鍋をぶら下げて煮炊きする時、紐が燃えないように鍋の内側に紐を掛けるようにしたもの。
鉄なべが普及して無くなりました。

最後に現在に続くコメの炊き方、羽釜です。
2014-7-25羽釜とガスコンロ

これは最近まで使われていたガスコンロにのせた羽釜。

そしてこれが昔ながらの竈と羽釜。
2014-7-25竈と羽釜

この羽釜には重く分厚い木の蓋がついている。この重い蓋と羽釜がセットで美味しいご飯が炊けるようになった。
炊いている時お湯の中に溶け出したオネバをそのまま炊き込んでしまい、もっちりした美味しいご飯になる。
この画期的な炊き方が普及したのが江戸時代中ごろの様だ。

羽釜は重い蓋をすることで中の圧力が上がり、温度も上がる。
そしてご飯を箸で容易に食べられるようになったのはこの羽釜で炊くようになったからである。

そして炊き方のノウハウは
「始めちょろちょろ、中パッパ、赤子泣いても蓋とるな」である。
この言葉、どこかで耳のしたことはないだろうか。
これが羽釜を使って美味しいご飯をあたきあげるコツだ。

日本のご飯がおいしいのは保温性の良い竈、そこにかける羽釜、厚く重い木製の蓋というハードウエア。
「始めちょろちょろ、中パッパ、赤子泣いても蓋とるな」というソフトウエア、これが一体となって初めて実現した。

こんな事で美味しい日本のコメと比べて全く同じ食べ方をしようとしてもそれは無理が有る。
タイのコメは(ウルチ米は)スプーンで食べてください。日本のカレーライスと同じ食べ方です。
そうすればとても美味しく食べられます。
箸で日本のコメと同じようにして食べようとすると食べにくい。タイ米がどうもと言う方はこんな所が理由でしょう。

若しタイ料理店などでモチ米を食べる機会が有ったら手づかみでどうぞ。
パンを手でちぎって食べる感覚と同じで、食べてみると結構いけることが分かります。

昔平成のコメ騒動(1993年)の時、豚のエサ並のタイ米を普通のコメと偽って国民に食べさせようとした。
その結果「タイ米は不味い」という印象だけが残ってしまった。
しかしタイ米は美味しいです。
是非本当のタイのコメの美味しさを知っていただきたいと思います。
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2014-07-22 23:06

タイ米は美味しい

 もう20年も前の話だが1993年の事。日本は空前の大凶作に見舞われた。
その時のコメの作況指数は全国平均で74、つまり平年の4分の3しか収穫できなかった。
その為タイからコメを緊急輸入したのだが、そのコメたるや実に不味い。とても食べられたもので無かった。
しかしこの時の不味いコメの記憶は強烈で、今なお多くの人がタイ米は不味い、そう思っている。

笑韓流家元ご隠居さんの最近のエントリーでも韓国のコメの話がとり上げられたのだが、そこでもあの不味かったタイ米について多くの方がコメントされている。
以下参照ください。
http://ameblo.jp/nobody0728/entry-11897180179.html

しかし私はタイで仕事をしていて偶々その間の事情を知ることが出来た。
実はタイ米は不味くない。本当はとても美味しいのだ。
しかしあの時のタイ米は確かに不味かった、理由は豚のエサ並のコメで良いからと言って日本が輸入したものだった。
こんな日本人を騙した事情がある。
タイ米の名誉回復の為、その間の事情を書いてみたいと思う。
美味しいタイ米に対する誤解が解けることを切に願っている。

最初にタイ米とは本当はこんなモノ。
2014-7-22タイのおかずのせご飯(カイケーン)
タイのおかずのせご飯(カイ・ケーン)
タイのコメは日本のジャポニカ米と違い、インディカ米という粘りの無いパサパサのコメ。
だからスプーンで食べる。(日本のカレーライスと同じです)
そして食べてみるととても美味しいです。
但し日本人の方でこれを箸で食べようとして上手く食べられないから駄目だと言う方が見えますが、これはスプーンで食べるものと理解してください。
尚こんなコメの食べ方などについては、「タイ米は美味しい」の続編で紹介したいと思います、少々お待ちを。

さてでは1993年のコメの大凶作とコメ騒動・タイ米騒動についてです。

最初にこの大凶作がどんなものだったのか。
平成の大凶作=1993年コメ騒動
http://ja.wikipedia.org/wiki/1993%E5%B9%B4%E7%B1%B3%E9%A8%92%E5%8B%95

1993年(平成5年)、日本は記録的な冷夏となった。
全国平均で作況指数74、つまりいつもの年の四分の三しかコメがとれなかった。
当時の日本全国のコメの必要量は約1100万㌧、最終的に250万㌧のコメを主にタイから輸入した。

しかしそのタイ米たるや極めて不味い、とても食べられたものではなかった。

その大凶作と当時政権交代で首相の座に就いた細川の殿様が何の関係が有るか。ちょっと私のタイでの経験から聞いてください。

大凶作でタイ米はまずい、これは日本人ならだれでも強い印象を持っている。
私はその後タイで仕事をするようになったが、まずいと思ったタイ米は実に美味しい。
田舎のタイ人だけしか行かない辺鄙なところで食べても実に美味しい。
あの不味いタイ米は何だったのだろうか、こんな疑問を持っていた。
タイに行って2年ほどたった99年の終わりころ、タイ国王肝いりの精米プロジェクトと言うものが始まった。
タイの田舎の貧しい農民救済の為、国王肝いりの精米所を作り、中間マージンなしで農民の造ったコメを販売。
農民に少しでも収入を増やせるようにとの事だった。
当然それに協力する事にし、会社の食堂のコメをそれに切り替えた。
その時タイ政府のコメの担当のお役人さんと話をする機会が有った訳です。
仕事の話のあとでこんな質問。

私「数年前日本が大凶作の時タイ米を輸入したが非常にまずかった。しかし今どこで食べてもタイ米は美味しい。どうしてか?」

お役人さん「あの時は突然大量のコメを緊急輸入したいとの話だった。その量は200万㌧(最終的には250万トン輸入した)。しかし当時の全世界でのコメの貿易量は1100万㌧位、幾らタイと言えどもそんな量のコメなど準備出来る訳が無い。しかし古古米でもクズ米でも何でもいいと言うので家畜用にしかならない古古米、古古古米を出荷した。まあ豚のエサなので不味いのは当たり前
こんな話だった。

タイで聞いた話は此処までです。
しかし全世界の流通量の2割を緊急輸入する、実務に明るい人ならそれがどんなムチャクチャか、どんなトンデモナイ相場の上昇を招くのか分かると思います。

例えば日本に人口1億2千万人としてその四分の一に相当する食糧が足りない、つまり3千万人分の食糧が足りないという事は当時のマレーシアの全国民、タイの人口の半分に相当する人の食糧が無い事を意味します。
如何にトンデモナイ事態か分かると思います。

そしてこれからが細川の殿様の罪。
細川の殿様が首相になったのが93年8月のはじめ、そして8月の終わりころこの異常事態がハッキリしました。
不慣れな部分が有ったとは思います。
しかし殿様はこんな豚のエサ並のコメを普通のコメと言って知らん顔をして国民に食べさせようとしました。
またマスゴミもこんな異常事態、気が付く人がいたと思うのですが全くスルー。
結果としてタイ米は沢山捨てられてしまいました。

あの当時はコメがスーパーの売り場から消え、国民はパニックになりました。
売り惜しみや買占め、時には値段が3倍位になった所もあったようです。
家庭の奥さん・お母さんの心配は大変なものでした。
政府は、殿様は陣頭指揮で事実を国民に知らしめるべきだったのです。

そして折角協力してくれたタイなのですが、タイ米はまずい、そんな評判を残し、タイの人の好意を無にしました。
更にタイのクズ米で良いから安いコメが欲しいと言って買っていたアフリカなどの貧しい国、この国は日本が買い占めたので安いコメが買えず苦労しました。


この当時の政権が如何だったのか。今あらためて見てみると愕然とします。

1993年7月18日の総選挙で自民党は単独過半数が取れませんでした。
新党ブームで羽田派の新生党、武村グループの新党さきがけ、細川のバカ殿率いる日本新党、この3党で100議席余りをとりました。
結局紆余曲折の末、非自民の勢力の大連合で細川内閣が誕生しました。(1993年8月9日)
その時の内閣の布陣
内閣総理大臣・・・バカ殿・細川護煕
内閣官房長官・・・あの滋賀県選出・武村正義
官房副長官 ・・・ルーピー・鳩山由紀夫
・・・ここまで書いたら頭がくらくらしてきたので以下省略・・・


そして1993年11月18日、タイからのコメ7千トンを積んだ最初の船が入港した。
このコメは当時の新聞でも「加工用」と明記されている、一般用には向かないモノだった。
ここに当時の新聞記事あり
http://www.mekong.ne.jp/database/society/thairice/19931118.htm

しかし加工用として輸入したはずの豚のエサ並のコメがその後一般のコメとして、しかも国内産米と混ぜて、或いは抱き合わせで無理やり販売されると言う異常事態が発生した。

これが平成のコメ騒動、そこでのタイ米の不評の原因だった。

豚のエサ並のコメをごく当たり前のコメをして国民に食べさせようとした。
その犯人は
・ バカ殿・細川護煕
・ あの滋賀県選出・武村正義官房長官
・ ルーピー・鳩山由紀夫官房副長官
とまあこんな風だったわけです。


最後にこの米騒動を教訓に日本はコメの備蓄を推進しました。
最初は200万トンを回転備蓄、しかしその後これを100万トンに減らしました。
そして民主党政権になって備蓄量は100万トンと言っていますが「棚上げ備蓄」方式に変えました。
毎年備蓄するのは20万㌧目標。今はもっと減っています。
実質食べられるコメの備蓄は20万㌧とか40万㌧だけ。
これをやったのは民主党の事業仕訳です。
まだまだミンスの悪事のツケが尾を引いています。

こんな事情で、美味しいタイ米が日本では大変不味い、そう思われているのはとても悲しい事です。
是非こんな事情を理解していただきたいと思います。


余談ですが実はこの1993年はもう一つトンデモナイ事が有ります。
細川内閣成立(8月9日)直前の8月4日、今も日本を苦しめる河野談話が発表されています。
当時河野洋平は官房長官でしたが、実は談話発表直前の7月30日に自民党総裁になっています。

話が散漫になりました。
次回タイのコメと日本のコメ、どのように食べるのかについて書いてみたいと思います。
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2014-07-10 20:15

タイの国境貿易と東西経済回廊

 タイのクーデターから一ヶ月半、軍事政権は今までの政治家が一体何をやっていたんだと思えるほどバリバリ仕事をしている。
そんな話の一つにこんなニュースが流れてきた。タイの国境貿易を振興しようと言うのだが・・

<以下バンコク週報より引用>

タイ軍政、国境貿易拡大に向け検討を指示
09/07/2014
国家平和秩序評議会(NCPO)は7月8日、関係政府機関に対し、近隣国との国境貿易を拡大すべく、国境通行所と関連施設の拡大・改善を検討するよう国家経済社会開発委員会(NESDB)などに指示した。

アーコムNESDB事務局長によれば、国境通行所は、南部ソンクラ県の2カ所、ターク(引用者注:ターク県メーソートの事)、サケオ、トラート3県の各1カ所の計5か所の拡大・改善にまず力が入れられる予定という。また、来年度(今年10月-)はこれら国境通行所と主要都市を結ぶ自動車道が整備される予定とのことだ。

このほか、NCPOは、国境貿易の促進に関連してターク、チェンライ、ムクダハンといった隣国と国境を接する県に経済特区を設けることにも並々ならぬ意欲を示しているという。
(このターク、ムクダハンと言うのは後述する東西経済回廊の西と東の入口である)
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=4151
<引用終り>

この記事を読んで私が率直に感じたのは「この軍事政権、実によく考えている、しっかりしているなあ」という事だった。

このタイの国境に関して古い記事だが、1月の産経にこんな報道が有る。

<以下引用>

政府、アジア「国際経済回廊」を支援 中国に対抗、日印首脳が会談で協議へ
2014.1.24 23:48 [アジア・オセアニア]

 【ニューデリー=岩田智雄】南アジアと東南アジアを結ぶ幹線道や鉄道などの充実を図る「国際経済回廊開発」に、日本が積極的に乗り出す。中国の影響力に対抗して地域の経済発展に協力し、日系企業の活動基盤整備につなげる狙いだ。日本とインドの協力は、25日に訪印する安倍晋三首相とシン印首相との首脳会談でも協議される見通しだ。

 日本の国際協力機構(JICA)は昨年8月から今年3月までの予定でインド、バングラデシュ、ブータン、ネパール、ミャンマー、タイの6カ国を対象に1億円余りをかけ、回廊開発の調査を行っている。

 回廊整備ではアジア開発銀行(ADB)などが先行しており、調査は日本が今後どういった形で協力できるかを探るのが目的だ。16日にはニューデリーで関係国代表者を集めて中間報告セミナーも行われた。

 東南アジアではこれまで、ADBや日本の支援でベトナムからミャンマーまでの東南アジア諸国連合(ASEAN)地域を幹線道路で横断する「東西経済回廊」の整備が行われてきた。インド、ミャンマー、タイの3カ国は2016年を目標に域内をハイウエーで結び、東西経済回廊へつなぐ事業を進めている。
2014-7-10東西経済回廊と3か国ハイウエー

(引用者注:こんな所にインドの「インパール」と言う地名が出てくる。ここはそれだけ地政学上の要衝だという事だろう)

 南アジアとASEAN諸国の境界に位置するミャンマーは過去、軍事政権が野党や民主化運動を弾圧し、欧米の経済制裁を受けてきた。しかし、近年、民主化への努力が進んで制裁が緩和され、両地域の連結性の強化につながるとの期待が高まっている。

 日本企業はタイで自動車産業などに数多く進出している。インドでは昨年10月時点の集計で、進出企業が初めて1千社を超えた。バングラデシュでも繊維産業を中心に投資が増えている。回廊開発が進めば、物流の円滑化など企業の活動環境整備が期待できる。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140124/asi14012423540003-n1.htm

<引用終り>

インドシナ半島を横切り、ベトナムからラオス、タイ、そしてミャンマーへと続く東西経済回廊。
このルートの凄い所は船でマラッカ海峡経由で大回りしていたところが直接行けるようになること。正に夢にルートなのである。

ちょっと古い話を思い出してほしい。麻生さんが外務大臣をしていた平成18年頃、「自由と繁栄の弧」という言葉を聞いた事が有ると思う。
2014-7-10自由と繁栄の弧
この話は今までの日本の政策の基本になっていて、今でも生きている。
安倍さんがアセアンやインドなどを回ってもこれが基本で外交を進めているし。具体的にはこの東西経済回廊などはそれが具体化したものである。
今回の軍事政権もその流れの中で政策を決めていると思われる。

所でどうしてこんなルートが夢のルートなのか、それはインドシナ半島の地理を見てみないと分からない。
最初にこれがインドシナ半島の山脈の図。
2014-7-10newインドシナ半島の山脈

チベット高原辺りを出発点にしてヒマラヤ山脈、カラコルム山脈、崑崙山脈が東向きから大きく曲がって南に下ってきている。
これがベトナム、ラオス、タイ、ミャンマーの国を形作る大きな要因になっている。
ベトナムにしてもラオスにしても国土は極端に南北に長い。そこにこんな地形上の秘密が隠されている。

そしてタイ領内での山脈はこんな風
2014-7-10newタイの山脈

タイ北部からタイ中部にかけて、殆どの山脈が南北に走っている。
又その間を色んな川が流れているが殆どみんな南北に流れている。その終着点がバンコクである事が分かると思う。

タイはその地形から昔の水運の時代、現在の陸上輸送の時代を通じてすべてこの南北のルートが交通・物流の基本だった。
この事がタイの国民性にまで影響を及ぼしているのだが、まあ此処ではそんな事は省略します。
此れを東西に通るという事は何本かの川を渡り、山脈をいくつも越えねばならなかった。
現在でもこの東西の交通ルートは貧弱そのもの、そして当然ながら人の往来も少ない状態である。
そこに東西経済回廊を作る、そして南シナ海からベンガル湾に直接出られるルートを作る。
この地域にとってはまさに画期的な事である。
日本で田中角栄が新潟まで新幹線をひいた、これで新潟は大いに活性化したのだが、恐らくそんなインパクトをタイに与えるのではないだろうか。


ではこのルートの現在は如何なっているかというと。

これはタイとミャンマーの国境メーソートの国境検問所。
2014-5-25メーソートからターク-01

タイ・ミャンマー国境の友好橋、実はこの橋強度が不足し、大型車は荷物を中小型車に積み替えないと通れない。
(最大重量は総重量25トンなのだそうだ)
2014-5-25メーソートからターク-02

ミャンマーの貧しい人たち、これは10年ほど前の写真。
国境の川の河原でキャンプしている。多くはミャンマーの少数民族らしい。
2014-5-25メーソートからターク2-0
この後ミャンマーから大量のミャンマー人がタイに仕事を求めてやってきた。現在その人数は合法・非合法合わせて200万人とも300万人とも言われている。


こちらは国境からタイ側に行った頼んトンチャイ山脈越えのルート、峠の山岳民族の市場
2014-5-25メーソートからターク03

上の写真の市場の裏手、見渡す限り山、山また山。
2014-5-25メーソートからターク-05

タイ側では着々と道路の拡幅工事
2014-7-10東西経済回廊のタイ側

しかしミャンマー側は道路も荒れ放題。
この道路はタイの援助で国境から18キロまで整備された道路で2006年完成。しかしこの写真の様に2012年にはこんなモノ。これはタクシン政権時代に整備されたもので恐らく汚職で手抜き工事の為こんなモノになったと思われる。
タクシン時代の負の遺産であろう。
2014-7-10東西経済回廊のミャンマー側1

上の写真の道路の終わり、此処から先は未舗装になる。
2014-7-10東西経済回廊のミャンマー側2

此れが現在のミャンマー側テナセリム山脈越えの道路状況、
未舗装で道幅が狭いため、1日おきに西行き、東行きの一方通行。
2014-7-10東西経済回廊のミャンマー側3
そしてこんな難所が2015年春には新しいバイパスが完成する予定になっている。

こんなタイミングでも国境貿易振興策、正にタイにとってもミャンマーにとっても待望の政策になると思われる。
先が楽しみな政策ではある。





  1. タイ
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2014-07-05 19:02

タイの軍事政権の評価<タクシン派排除と汚職摘発進む


 タイで軍事クーデターが発生してから1か月半、クーデターでタイはどう変わろうとしているのだろうか。
最近の状況を纏めてみた。

軍事政権が最初にやった事、それは警察や官僚組織に入り込んだタクシン派排除である。
クーデター宣言が5月22日、
そして5月28日までに、タクシン派とされる警察長官ら警察幹部34人、県知事13人などを左遷処分にした。
その後も警察、官僚、国営企業幹部からのタクシン派排除を進めている。

タクシン派排除の一方、タクシン派インラック政権末期に農民へのコメ代金支払いが出来なかったが、この代金支払いを早速始めている。農民に自殺者まで出したこの問題も収束に向かっている。

またタクシン派にも有能な政治家も多数いる事から軍事政権の顧問にタクシン派の有力閣僚経験者を任命している。
この軍事政権の顧問は現在内閣が機能していないので多分大臣の代行をしているのだと思う。
いわば挙国一致内閣を作った格好だ。

更に汚職摘発も進め、汚職の元凶とされるコメ買い取り制度も打ち切った
しかしわずか2年ほどの間にこの制度で出来た損失は上掲リンク先でも書いているように約5千億バーツ(日本円で1兆5千億円)に上る見込み。
タイの年間の国家予算が2兆バーツ(6兆円)程度なので、何と2年と数か月の間に年間国家予算の四分の一に上る大損害を出したという事である。
バラマキ政権がいかに恐ろしいか良く分かる事例であろう。

更にタクシン派・反タクシン派の武装闘争を排除するために武器の回収を進め、それを外国メディアにも公開している

この様な政策を推進している事からタイは治安を取り戻し、国民は軍事政権を支持している。
これは世論調査で軍政の仕事ぶりを国民が評価しているという結果

これは最新の世論調査。
消費者信頼感指数、今年の最高値を記録、政治デモ収束を好感
<以下引用>
タイ商工会議所大学(UTCC)は7月3日、6月の消費者信頼感指数が75・1にアップし、今年に入って最高を記録したと報告した。

同指数はUTCCが独自調査に基づいて毎月発表しているもの。

タナワット副学長によれば、指数の改善は、軍部が5月22日に全権を掌握し、昨年末からの政治対立が収まったことが最大の要因と考えられる。

また、同指数は過去2か月で8ポイント上昇したが、副学長は、「消費者信頼感指数は16年前から発表しているが、これほど大幅にアップしたのは今回が初めて」と話している。

<引用終り>


さてこのようにタクシン派の排除を進めているのだが、そのタクシンとはどんな奴かというと、

1. タクシン派の中の共産主義者が一杯いる。
これは2001年に最初のタクシン政権が誕生した時、心ある人を仰天させました。1982年頃まで武装闘争していたタイ共産党の残党が一杯いた。
名前を上げると
タクシン政権当時の副首相・エネルギー大臣をしたプロミン氏、情報通信技術大臣だったスラポン氏、運輸省副大臣だったプームタム氏、農業省副大臣だったプラパット氏などが閣僚・側近の元共産党員。
だから鉄砲撃つのなんか朝飯前で、大量の武器を隠し持っているのは公然の秘密。
その為に武器を回収している、こう言う事です。

プミポン国王の国民和解とのお考えから今迄はタクシン派に対して今迄強く出ていませんでした。
しかし巨額のバラマキのお蔭で国家破産の危機に直面し、やっと手が打てるようになったんでしょう。
尚このタクシン派内のタイ共産党については、古いですが以下のブログに書いています。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-31.html

2、タクシンと中国との関係
今は表に出していませんが、タクシンが最初に首相になる前の事、タイ愛タイ党と言う名前の政党を作りました。
真っ先にやったのが北京に支部を作ることでした。
その時はタイの人もタクシンは華僑だからなあ、こんな認識でした。そしてタクシン政権が成立、その内閣の布陣を見てビックリ仰天。上に書いたように共産主義者がウヨウヨいた。

3、タイ共産党の浸透した地域
タクシンが選挙で強いのはこの共産党が長年築いた各村々のオルグ組織、これです、未だに健在です。
そしてこのタイ共産党が浸透していたのは貧しい農業地帯、タイ北部、タイ東北部でした。
タイ北部(チェンマイの周り)は1894年までラーンナー王国でした。
タイ東北部は永年ラオスのラーンサーン王国の影響下でした。同じ民族・同じ言語です。

地域はこんな所です。
2014-7-5タイの方言区分地図
しかし人口構成をみると
タイ国住民の民族的構成
・タイ語グループ
 ・シャム(タイ中央部)   25、0%
 ・ラオ (タイ東北部)   31、0%
 ・ユアン(タイ北部)    20、0%
 ・その他タイ語族       7、0%
 ( 小計            83、0%)
・華人(主に都市地域)   10,5%
・その他             6.5%

この様に貧しいタイ北部、東北部の人口がタイの半分。
そしてこの辺りが共産党の影響下にあり、現在のタクシン派の地盤。
タクシンが選挙に強いのはこの貧しい人たちに多額のバラマキを行うからなのです。

タクシンのバラマキがいかに凄いか、インラック政権を誕生させた2009年~2010年の反政府デモで使った金が調査されている。
2009年9月から2010年5月までの9ヶ月間の反政府デモで報道されているだけで237億バーツ(日本円で約675億円、今なら711億円)である。
そしてこれだけの金を出せるその資産は、巷間噂される所約2兆円位であろうと言う。

4、タイ国王の考え方
プミポン国王の国民融和の考え方の中にはタイ北部、東北部、南部のつい最近併合した地域の存在が有ります。
タイ北部(チェンマイの周り)は1894年(日本では明治27年、日清戦争当時)までラーンナー王国でした。
今でも国王の末裔がチェンマイにいます。
タイ東北部は永年ラオスのラーンサーン王国の影響下でした。同じ民族・同じ言語です。イサーンの人は未だにラオスのカレンダーを使っていますから驚きです。
(注:タイとラオスのカレンダーの違い・・・今年は仏歴2557年でこれは同じです。タイは1月から12月までで1年ですが、ラオスのカレンダーは1月から12月までですが1月から3月までは2556年、4月がソンクランで正月ですのでここから2557年になる)
タイ南部は一番新しくタイに併合された(1909年)ので未だにもめています。
そしてこの併合したのはプミポン国王のお祖父さんに当たるラマ5世の時代でした。
こんな事なのでプミポン国王の長年の仕事としてダムを造って治水を進めたりしたのは、すべてこの貧しい地域が対象でした。
日本の今上天皇陛下が皇太子時代の事、タイの人のタンパク質不足対策としてサカナを贈り、これが陛下の名前をとってプラー・ニン(明仁の仁をとった、漢字では仁魚)といってタイのごく一般的な魚になった。こんな事がすべてこの貧しい地域の対策です。
こんな事で国王の国民融和への希望、これは今回のクーデターでも軍部にはしっかり指示されたと思います。


だがこんな疑問が有る。
タイでも1,2を争う大富豪が共産主義者??? この疑問だが私はこう考えている。
共産主義は究極の目的は「搾取と階級の排除」、そしてそれを簡単に言うとこうなる。
「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る」、高い段階では「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」であると。

しかしタクシンはこの「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る」を多分自分も実践していると信じていると思う。
以前タクシンがクーデターで失脚した頃の話。うろ覚えだがどこかでこんな質問を受けたとの報道が有った。
「多額のカネを貯めこんでいると噂されているが不正蓄財ではないか」と。
これに対するタクシンの答えは「あのカネは私が一生懸命働いて稼いだものだ。その結果としてあの額になったのであって、決して不正なものではない」
つまり「一生懸命働いた」と言う労働の価値はすべて自己評価なのだ。
俺は下々より優れている、そして一生懸命働いた。だからそれ相応の報酬を受け取るのは共産主義の理想に合致している。こうではないだろうか。
更に「必要に応じて受け取る」、これにも合致していると思っている筈だ。
子どもの沢山いる家族はカネがいるだろう、子どもが少ない家族と同じでは不公平な筈だ。俺は俺のばら撒く金を必要としている貧しい人が沢山いる。だからそれなりのカネを受け取るのは当たり前だ。
多分タクシンはこう思っている筈だ。



それだからこそ、タイはこんな裏金・賄賂の相場が出来てしまっている

これは2012年7月21日のバンコク週報1面記事
2014-7-5タイの賄賂の相場2012年7月21日のバンコク週報1面
賄賂の相場が30~35%、只々凄いですねえ。

さて軍事政権になって汚職撲滅にも力が入ってきた。その結果がどうなるか、これを楽しみにしている。
せめて昔の5~10%程度になってくれれば相当良くなるのだが・・・
  1. タイ
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2014-07-01 22:00

タイのバラマキ政権の悪事がバレてきた

 タイのクーデターでタクシン派インラック政権が倒れ軍政になったが、この軍政の評判が良い。
今迄明るみに出ていなかった悪事が色々バレてきているのだ。そんなニュースの中でもこれは凄い。
タイのコメ問題とその不正については以下のエントリー参照ください
タイのインラック政権の腐敗体質に捜査の手が


<以下バンコク週報より引用>

6900万バーツ相当のコメがコメ質入制度下での保管中に紛失

30/06/2014
軍は6月27日、「コメが盗まれている」との通報に伴い、パトゥムタニ県ムアン郡の民間会社の倉庫を検査し、コメ約9万1000袋、6900万バーツ相当がなくなっているのを確認した。軍の担当者によれば、袋詰めのコメは倉庫内にうずたかく積み上げられて保管されていたが、積み上げられた巨大な固まりの内側は足場が組まれていて空の状態だった。固まりすべてが袋詰めのコメと見せかけるための偽装と考えられるとのことだ。

なお、同県ムアン郡では、この会社を含む4社が政府の委託を受けてコメを保管している。

http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=4096

<引用終り>

6900万バーツと言えば日本円で約2億円、凄い量である。
がしかしこんなモノは多分氷山の一角、タクシン派のバラマキ政権はこの3年間、市価を大幅に上回る価格でコメを買い続けた。その結果国庫のカネも無くなり、農民にコメの代金も支払えない状況になってしまった。


2014-7-1タイのコメ倉庫写真

この写真はタイのコメ倉庫の一例、この写真はuccihさんのブログより拝借しました。
こんな風に山積みになっているので、奥がどうなっているか分からない訳だ。



所でこの不正だがこんな事は殆ど報道されないのだが、今年初めにはタイの地元紙(タイ語)にその内幕をばらしたこんな記事が有った。

これは英字紙バンコクポスト傘下のタイ語紙「ポストトゥデイ」に今年2月に載っていたものの和訳。
これは西沢さんと言う方がタイ語翻訳の練習用に翻訳したもので、翻訳の趣旨とは違うのだが貴重な情報なので引用。
http://th-jp-train.blogspot.jp/2014/02/20.html


<以下引用>
2014年2月16日日曜日

コメ担保融資の不正手段を暴露 少なくとも20種類以上
ソース
แฉกลโกงจำนำข้าวชี้มีอย่างน้อย20วิธี

農民同盟がコメ担保融資の全不正を暴露。精米協会会長は20種類以上の不正手段を解説、不正が制度の崩壊を加速させ、国家に莫大な損害を与えたと断言。

元下院議員(ピサヌローク、民主党(引用者注:ピサヌロークは選挙区の事でタイ中部の県名、民主党は反タクシン派))ワロン・デートキットウィクロム氏は、2月16日の「失政または不正によるコメ担保融資の崩壊」と題した懇親会において次のように述べた。政府が籾殻付きコメの担保受入価格を市場価格よりも50%も高く設定したことは誤った政策だが、制度内の不正を放置したことが制度の崩壊を加速させ、国家に莫大な損害を与えた。

ワロン氏は、コメ担保融資制度はその最初から最後までのあらゆる過程に不正が存在すると指摘した。まず最初の過程では、農地登録手続きにおける不正である。さとうきび畑にしている土地を稲田として登録し、担当官もこれに加担している。また、農民が籾殻付きコメを精米所に持ち込むときに不正の被害を受ける。すなわち、コメ水分計で測定できる最高値は35%であり、これを超えるとエラーになってしまう筈なのに、農民が受け取った書類には水分値が37-38%と記録されている。
(引用者注:コメの水分量は重要な品質指標だが、日本の場合玄米で14.5%~16%、精米では14%~15.%で管理、水分量が多ければ保管中の劣化が激しく、味も悪くなるのはご理解いただけよう)

精米を精米所から保管所に送る過程では、通常ならば品質検査官(サーベイヤー)がコメを検査し、1袋あたり7バーツの検査費用を徴収する。しかし品質の良いコメを持ち込むと1袋あたり50バーツを支払う必要があるため、精米所は品質の良いコメを売却して、劣悪な品質のコメまたは玄米を保管所へ送る。このため保管所の精米は程度が悪く腐敗したコメになっている。

ワロン氏は、精米所はこの制度の中で、農民の権利を代わりに行使して利益を得ている、と言う。例えば、農民が作付証明書で20トンの稲を植えたと申告したが、実際には15トンしか作付しなかった場合、精米所は残り5トンの権利をトンあたり1,000バーツで譲ってほしいと申し入れる。そしてカンボジアやミャンマーからコメを輸入したり、劣悪な品質のコメを政府から購入して、担保制度にコメを納入するのだ。
(引用者注:これは凄い事である。政府から悪いコメを安く買い、知らん顔をして新米を装って納入すればボロ儲けになる)

この他には、コメ保管倉庫にも隠された不正の手段がある。腐敗したコメを保管庫に保管するときは、「取り囲み」と「穴落とし」と呼ばれる方法を用いる。これは、品質の良いコメ袋を積み重ねて周囲を取り囲み、中央の区域を空けておいて、品質が劣化したコメを中央の区画に落とし込むというものである。この方法によって、倉庫でのコメの検査は格段に難しくなる。というのも、検査のためには積み重ねられた全てのコメを搬出する必要があるためだ。
(引用者注:これが今回ばれた)

最終過程の不正は、政府によるコメの売却手続きである。政府間取引でも不正が行われている。商社へ安価に販売されており、コメ担保制度の価格は安価だが、コメは市場には販売されない。

ワロン氏は次にように述べた。「2月17日に国家汚職防止取締委員会事務局へ出頭し、インラック・チナワット首相の罷免に関する情報を提供する。首相は国家米政策委員会議長の立場にありながら、政府のコメ担保融資制度における不正を放置した」

タイ精米協会名誉会長ニポン・ウォントラガーン氏は次のように述べた。コメ担保融資制度には4つの段階があり、農民登録、籾殻付きコメの精米所への納入、精米所から倉庫への納入、そして政府による倉庫からの売却である。不正の手段は少なくとも20種類はあり、例えば水増しした作付面積の申告であれば、実際には20ライの作付なのに30ライで申告するというものである。

この他にも、農民は決められた地区の精米所に籾殻付きコメを持ち込まなければならない、と商務省は定めており、以前のように任意の精米所を選ぶことができない。そのため精米所は農民に対して有利に交渉することができ、好きなように不正を行うことができる。また、品質検査官は搬入されるコメには責任を負うが、搬出には責任を負う必要がない。そのため、購入者はコメの品質に不安を抱くことになる。


<引用終り>


今回のタイのクーデターによる軍事政権。なんだかんだと言っても非常に評判がいい。
理由はタクシン派、反タクシン派の融和を図ろうとしている事。
それから武力による騒動解決の為、武器の回収を図っている事。
そしてもう一つがこの腐敗・不正撲滅運動。
タクシン派がバラマキ政策の為にトンデモナイ腐敗体質だった、これに対し手を入れている訳で、その一つがこんな事である。

さて日本でもミンス一派のバラマキ政権から1年半たった。
今日も集団的自衛権問題でおかしな連中がアチコチで騒いでいるらしい。
人数は少ないモノのマスゴミ諸氏が喜んで報道するので、トンデモナイ大問題のように聞こえるが・・・

この写真を見てほしい。

2014-7-1集団的自衛権反対デモ写真


これは裏の桜さんのブログで紹介されているモノなのだが、何が書いてあるか読めますか?
自衛権の、容認の、閣議決定の閣と議、許さないの、字が違いますよねえ。読めないですよねえ????
これは中国の簡体字という文字。毛沢東時代に決めたものです。
こんな文字、日本では使っていません。
こんな文字を使う人がこの「市民」と言う一見優しそうな名前を使っている。日本にはこんなウジ虫がウヨウヨいるという事です。

今は安倍さんの政策の良い悪いでいろいろ議論が有るが、その前に「何か忘れていませんか?」
ミンスのバラマキ政権での悪事摘発がまだ終わっていない事を忘れてはならないと思う。

そんな事を手を抜いている内にこんなウジ虫が湧いてくるわけだ


日本もタイと同じく、売国政権の残した負の遺産を清算しないといけない。
丁度今は集団的自衛権でウジ虫が騒いでいる・・・

今こそこんなウジ虫退治の好機ではないでしょうか。
タイは軍事クーデターでそれを始めました。
日本は国民の力でそれを達成したいものです。、
  1. タイ
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2014-06-05 15:11

報道では分からないタイ

 タイのクーデターから2週間たった。この良く分からない政変騒ぎだが、一番わからないのはメディアの報道がおかしいからである。
例えばこんな報道

<以下WSJより引用>
タイ市民、映画まねた3本指サインでクーデターに抗議
By SHAWN LANGLOIS
2014 年 6 月 4 日 18:35 JST

 タイでの軍事クーデターに抗議する人々は、映画「ハンガー・ゲーム」で有名になった3本の指を立てるしぐさをまね、法に抵触していると報じられている。映画ではこの動作は全体主義に反対する抵抗のシンボルだった。
・・・中略、詳細は下記リンク先参照ください・・・
2014-6-5三本指の合図

2014-6-5タイの反クーデターデモ

 3本の指を突き上げるこのジェスチャーが、映画でも現実の場でも同じ様に大勢の人の共感を呼んでいることは明らかだ

http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702304210404579603631369253944?mod=WSJJP_hpp_RIGHTTopStoriesThird

<引用終り>

まあお笑いと思えばいいのかもしれないバカバカしい記事なのだが、タイのデモの写真を見てほしい。
これは多分高架鉄道の駅辺りの写真と思うが、3本指を出している手が8本見える。8人がこんなジェスチャーをしているかと言うとそうでは無い。中央の小柄な青シャツのネエチャンが両手を出している。その奥の同じく青シャツの兄ちゃんも両手だ。だからたった6人がこんな事をしている訳だ。
こんな事でタイで反クーデターデモで民衆が怒って抗議している、そんな記事に仕立て上げるのだからWSJの文才も大したものだ。実に素晴らしい(棒)。

所でそのタイなのだが今はこんな情勢になってきた。

<以下バンコク週報より引用>
消費者信頼感指数、クーデター後に上昇、過去14カ月で最高

04/06/2014(2014年6月4日)
タイ商工会議所大学のタナワット副学長によれば、5月の消費者信頼感指数が70・7に上昇し、過去14カ月で最高を記録した。この指数は同大学が独自調査に基づいて毎月発表しているもの。

信頼感の改善は、軍事クーデターで政治対立が沈静化して政治状況が安定したこと、軍部が経済の立て直しに積極的な姿勢をみせていることなどが大きな要因という。

http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=3982

更にこんな情報も
<これもバンコク週報から引用>

イベント開催大手、「クーデターで民間投資が拡大へ

02/06/2014
国内最大のイベント開催会社「インデックス・クリエイティブ・ビレッジ」首脳のクリアンカイ氏によれば、クーデターで全権を掌握した国家平和秩序評議会 (NCPO)が早速経済問題に取り組む姿勢をみせていることから、民間部門はNCPOへの信頼を強めており、投資を再開、拡大することが期待されるという。

昨年末から反政府派がデモを続け、同派の反対にもかかわらずインラック政権が総選挙の早期実施を主張し、政府支持派が対抗姿勢を強めるという出口が見えない状況が続いていたことから、企業の多くは新規投資を見送るなど静観の姿勢をみせ、景気も低迷していた。

だが、同氏は、「クーデターによって安定がもたらされ、対立が解消されつつある。企業は将来のプランを立てることができるようになった」としている。また、NCPOがコメ質入れ制度でコメ代金を受け 取れずにいた数十万人に及ぶ農民への代金支払いを再開したことが、庶民の購買力アップが期待されることから、多くの企業が販促キャンペーンの再開や新製品 導入を計画しているとのことだ
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=3968
<引用終り>

何でも民主主義が良かったのでは無かったか???、しかし現実は軍が乗り出してやっと政治が安定してきたのである。
それにしても
消費者信頼感指数、クーデター後に上昇
クーデターで民間投資が拡大へ

こんなにクーデターが良いんだったら、当分このままが良いんだろうね(笑)。

さてでは何故軍が乗り出して安定してきたか?
それにはこんな報道が有る。
<以下バンコク週報から>

ペチャブン県で大量の武器・弾薬を発見、デモ隊が使用か
04/06/2014(2014年6月4日)

バンコクの北約300キロのペチャブン県ムアン郡ナーグアで6月3日、乗り捨てられていたピックアップトラックから自動小銃などを含む大量の武器弾薬が発見された

警察は現在、トラック所有者の特定などを急いでいる。

また、ウドムデートNCPO事務局長によれば、クーデター後に国内の複数か所で大量の武器・弾薬が見つかっているが、プラユットNCPO議長が先に、これらの武器の中に政治対立絡みの事件で使われたものがないかを早急に調べるよう指示したとのことだ。
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=3981
<引用終り>

記事にもあるように他にも武器がアチコチで見つかっている。
主にタクシン派が反タクシンデモに対して使用しようとした武器である。
こんな武器を隠し持っているので、警察では簡単に手が出せないのだった。

更にもっと恐れ入った報道報道も

<これもバンコク週報から引用>
反政府派銃撃事件、警察が容疑者9人を逮捕へ

02/06/2014
過去数カ月間に反政府派・人民民主改革委員会(PDRC)の支持者が集まっているところにてき弾が撃ち込まれるなどして死傷者が出る事件が相次いだことについて、エーク警察庁副長官は6月1日、容疑者9人を逮捕する方針を明らかにした。

反政府派がデモを展開した昨年末から先の軍事クーデターまでの約6カ月間に銃撃や小型爆弾を用いた攻撃で28人ほどが死亡し、800人以上が重軽傷を負った。

死傷者のほとんどが反政府派の市民アドゥン警察庁長官(クーデターに伴い解任)のもとでは、容疑者を特定 することも逮捕することもできなかった

だが、クーデター後に国軍は国内の4か所ほどで政府支持派が備蓄していたとみられる武器や弾薬を発見したことなど から、捜査が進展し、容疑者を特定できたものという。

http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=3970

<引用終り>

そして最後は世の中の動きを一番よく表すもの、株価である。

2014-6-5タイの株価

これではいくら捏造大好きのメディア連中でも文句の言いようがない訳である。
暴れに暴れて死者が28人も出る、そりゃ爆弾を投げ込むんだから死ぬわけだ。おまけに警察のボスがその一味では犯人が捕まる訳が無い。
やっとこれでタイが正常化への道を歩み始めたという事である。

欧米のメディアのおかしな報道がこれからもあるだろうが、事実が証明し始めた。
タイにとっていい事だと思う。
  1. タイ
  2. TB(0)
  3. CM(2)

2014-05-26 18:21

タイのクーデターでタクシン派の正体が見えてきた<追記あり

 5/27 追記します。一番最後の青色の部分

タイの政治の混乱でまたまた軍によるクーデター、しかし此れでタクシン派の本性が見えてきた。
ここ何年か、タイではタクシン派のデモと反タクシン派のデモが繰り返されてきた。
日本ではあまり大きく報道されていないがタクシン派のデモには爆弾騒ぎや銃撃事件が付いて回る。
反タクシン派のデモは平和そのもので牧歌的なのだが、最近反タクシン派のデモに対しタクシン派から爆弾が投げ込まれる事件が増えてきて、すでに何人かの死者も出ている。


今回のクーデターでこんな報道が有った。
これはバンコク週報が報道した記事なのだが、不思議な事にバンコク週報は今現在閲覧できない。
それでバンコクジジイさんのブログから引用させていただいた。
http://ameblo.jp/bangkokoyaji/entry-11861230586.html

<以下引用>

武器・爆発物の所持など厳しく処罰、武装闘争を警戒
25/05/2014
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=3942
東北部コンケン県で5月23日に武闘派のタクシン支持者とされる21人が逮捕され、手榴弾3個や300発を超える実弾などが押収されたことなどを受けて、陸軍は24日、武器や爆発物の調達・所持などに関与した者を厳罰に処す方針を明らかにした。

国軍による全権掌握に伴い、ナコンナヨック県、バンコク都内のタクシン支持団体・反独裁民主戦線(UDD)の集会場近く、ロッブリ県、サムットサコン県で武器が見つかっているが、陸軍は、コンケン県の件も含め「すべてがつながっている」としており、「タクシン派が武装闘争という形で反撃に出る恐れがある」とみているようだ。

<引用終り>

タクシン派の本性については何度か取り上げたが、その素性は難しい。
タクシンとは
・ トンデモナイ大富豪である。巷間噂される所では一代で築き上げたその資産は日本円で約2兆円とか・・・
・ 華僑2世である。出身は客家と呼ばれる華僑。その為中国に多くの人脈を持っている。
・ タイ北部・東北部が地盤だが、此処は武装闘争をしていたタイ共産党の地盤でもある。タクシン派には共産党の残党が多数いる。そして武器も沢山隠し持っている。
・ アメリカに2度も留学しており、こちらにも人脈が有る。


タクシンは蓄財した金を使って貧しい農民を動かしている。今回のクーデターでも早速反クーデターデモを起こしているが、そのカネどのくらいかを前回2009年9月~2010年5月までのデモ騒ぎで見てみたい。
詳細は以下を
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-154.html
追記します。
上掲エントリーでタイの賄賂(コミッション)の相場が3割との噂と書きました。驚かれた方も多いと思います。
しかし噂にソースが付きました。3割から3割5分(!)でした。詳細は下記エントリー参照ください。

http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-528.html


前回2009年9月~2010年5月まで激しいデモが有った。日本人カメラマンも凶弾に倒れている(合掌)。
そのデモに出るとどれくらい儲かるのか?、これは2009年~2010年の頃の値段。
例えばタクシン派の反政府集会に1日出るだけで2,000バーツ(約5,700円)もらえた
この2,000バーツは田舎の貧しい農民の1か月分の収入に匹敵する、これでは貧しい農民が動員されるのは当たり前。
タクシン派がこの反政府デモで使った金が銀行口座の調査でかなり分かってきた。
昨年9月から今年5月までの9ヶ月間で報道されているだけで237億バーツ(日本円で約675億円である。
このカネがどの程度かと言うと
2009年度のタイ国の国家予算が約1兆8000億バー(約5兆1300億円)
同年度の国防費が1700億バーツ(約4845億円)。
237億バーツとは国家予算の1.3%
    〃      国防費の14%
こんなカネだった。
だからそれならオイラもと言ってオーストラリアなどから白人などまでやってきていた。

さてそれで今回の件である。

タクシン派が武器を隠し持っていた、此れが明るみに出てきてクーデター実行派の軍部は厳しく対処すると言っている。
良い事だと思う。
とにかくカネにまみれた連中を排除しない限りマトモナ社会は実現しないと思う。

しかしデモの写真を見ていると矢張り気になることが有る。
此れもバンコクジジイさんのブログから転載させていただくのだが・・

これが24日の反クーデターデモ、人数はあまり多くない。しかしデモはかなり過激だったようだ。
2014-5-26タイのデモ4
これは勘繰りだが、挑発して軍が発砲するのを待っているかのようだ。そんな事になれば世界中の世論を味方に出来る・・・

そしてこんなモノを持っている
2014-5-26タイのデモ1

2014-5-26タイのデモ2

タイ人でこの英語の分かる人は少ない。これは明らかに欧米マスコミ用である
欧米マスコミは民主主義と言う幻想に惑わされている。カネで買い取っても民意は民意、そう言う事であろう。

しかしこれはいくら何でもないだろう!
2014-5-26タイのデモ3

このF〇CK(この○はO(オー)ではなく○(マル)です)と言う言葉は日本語には訳せない、日本語にない罵り言葉である。
欧米人はこれを見れば、激しい嫌悪を覚える筈だ。
(タイ語でどういうのか寡聞にして私は知らない)

私はこの最後の写真を見た時確信した。
この反クーデターデモはタクシンが仕組んだ欧米向けのデモだと。
タイも難しい奴を抱えたものである。


5/27 2件追記します。
1) 今日(27日)早朝、イギリスBBCを見ていたらこんな報道が有りました。
 デモの参加者が「クーデター反対」と英語でプラカードに書いている所をBBCの記者がインタビュー。
 どうして英語で書いているのかと質問しました。
 デモ参加者の若い女の子の答え、「私たちは欧米のメディアに知って貰いたい、だから英語で書いている」、
 こんな答えでした。

2) バンコク週報の引用記事について、バンコク週報のHPにアクセスできないと書きました。
 今日(27日)調べたらアクセス可能でした。
 しかし該当記事は削除されていました。原因は不明です。
 バンコク週報の記事は他にもこんな記事が無くなっていました。此れもバンコクジジイさんのブログに引用文が有ったので転載します。

<以下バンコクジジイさんのブログより引用、オリジナルの記事は消えています>

タイ国軍、タクシン派高官3人を排除
25/05/2014
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=3941
プラユット陸軍司令官を議長とする国家平和秩序評議会(NCPO)は5月24日、上院を解散させるとともに、タクシン派とみられていたアドゥン警察庁長官、ニパット国防事務次官、タリット法務省特別捜査局(DSI)局長などを解任した。

タリット氏は、民主党など反タクシン勢力の責任を追及する姿勢が明白で、反タクシン派から「タクシン派・インラック政権の肩を持っている」などと厳しい批判を浴びていた。

なお、クーデター直後に設置された、国政などを担当する機関は、国家平和秩序維持評議会(NPOMC)と呼ばれていたが、24日に名称が国家平和秩序評議会(NCPO)に改められた。
<バンコク週報の記事は以上です。詳細は以下参照ください。
http://ameblo.jp/bangkokoyaji/entry-11861226570.html

  1. タイ
  2. TB(0)
  3. CM(10)

2014-05-07 21:07

タイ首相と9閣僚、不正人事で失職 政権崩壊は回避

 タイのインラック首相が解任された。不正な人事が憲法違反なんだと。
でも、それでもタイは大して影響はないらしい。
最初に解任を伝えるnewsclipの報道から

<以下引用>

タイ首相と9閣僚、不正人事で失職 政権崩壊は回避
2014年5月7日(水) 15時56分

【タイ】2011年に当時のタウィン国家安全保障会議(NSC)事務局長を首相顧問に異動した閣議決定が権力乱用で違憲だとして、前上院議員が訴えていた裁判で、憲法裁判所は7日、この人事を承認した閣議に出席していたインラク首相と閣僚9人を失職とする判決を下した。

 憲法裁は原告が求めていた後任の首相任命は権限がないとして却下した。

 議会下院が解散中で、後任の首相が選出できないため、政府は失職を免れた閣僚26人の中から首相代行を選ぶと予想される。

 失職したのは問題の人事を承認した閣議に出席していたインラク首相、スラポン副首相兼外相、キティラット副首相兼財務相、プロードプラソプ副首相、プラチャー副首相、チャルーム労相、ユタサク副国防相、サンティ首相府相、アヌディット情報通信技術相、シリワット副農業協同組合相。

 今回の判決はタクシン元首相の妹のインラク首相を退陣に追い込んだものの、タクシン派与党プアタイ(タイのため)の選挙管理内閣の継続を認めた。

 タクシン派政権の打倒、非民選内閣の樹立などを掲げる野党民主党など反タクシン派の目的は達せられず、バンコクでの反政府デモや司法、上院を使った政権打倒の試みが続く見通し。

 政府・プアタイは今後、7月投票を目指している下院選を成功させ、政局を正常化させたい意向だ。ただ、投票を強行しても、2月の下院選同様、反タクシン派の選挙妨害、憲法裁による選挙無効判決が予想され、突破口は見いだせていない。

 インラク首相の失職の原因となったタウィン氏の異動は首相の元義兄にあたるプリアオパン副警察長官を警察長官に昇進させた人事の玉突きで、これにより当時のウィチアン警察長官がNSC事務局長に転任し、タウィン氏がポストを失うこととなった。タウィン氏は異動後、不当な人事だとしてNSC事務局長への復職を求める裁判を起こし、勝訴。今年3月25日にNSC事務局長への復職が閣議決定された。

http://www.newsclip.be/article/2014/05/07/21702.html

<引用終り>

それで首相がいなくなって大丈夫かと言うと・・・
残った閣僚の中から首相の臨時代行を選ぶのだと言う。

その臨時代行は直ぐ発表された。

首相代行にニワットタムロン副首相兼商業相だそうである。
ま、副首相と言っても大勢いるからその中の一人なんだろう。

結局タイの混迷はますますその混迷の度合いを深めていく・・・ しかし庶民は平気なもののようだ・・・

2014-5-7タイのトゥリアン売り


そしてタイは今こんな季節、果物の王様ドリアン(トゥリアンと書いた方が正しいかも)。
しかしこの果物、美味しいけれどこれを食べて酒・ビールを飲むと死ぬと恐れられている。
私のような酒飲みには正に禁断の果物。
残念ながら私は命がけで食べる勇気はない・・・ だから美味しさも説明不能・・・トホホ・・・
  1. タイ
  2. TB(0)
  3. CM(8)

2014-02-04 21:18

タイの混乱は続く(続編)

 どうやらタイの混乱は一層加速しそうだ。
タイの銀行が現タクシン派政権にノーを突きつけたらしい。
このニュース、何故かタイ国内では報道されていないのか?
ロイターがこんな事を伝えている。

<以下引用>

タイの国営銀行、政府のコメ補助金制度への融資を拒否
2014年 02月 4日 17:00 JST

[バンコク 4日 ロイター] -タイ国営のクルンタイ銀行(KTB)KTB.BKは、市場価格を上回るコメ買い取り価格を保証する政府の補助金制度に対し融資を行わないと表明した。

KTBのVorapakTanyawong社長は4日、記者らに対し「補助金制度は法的な問題の一部が未解決となっており、現時点で参加する予定はない」「当行は不正には関わりたくない」と述べた。同じく政府が出資するTMB銀行TMB.BKや、民間のバンコク銀行BBL.BKとカシコーン銀行KBAN.BKも同様の姿勢を見せており、制度の資金繰りは悪化している。

コメ補助金制度には不正の疑いがあるとみられている上、売れ残って国家の備蓄倉庫に積まれているコメに対する税金負担が増え続けることから、バンコク市内の反政府デモに油を注いでいる。

政府はコメ買い上げ費用として稲作農家に支払う1300億バーツ(39億5000万ドル)の調達に苦戦しており、一部農家には何カ月も支払いを待たされているところもある。

財務省は、1300億バーツの借り入れ計画の一部として200億バーツ(6億0700万ドル)のブリッジローンを組む予定だったが、銀行の要求した金利が高すぎるとして断念した。KTBとほかの大手銀はこのローンに参加していないという。

http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPTYEA1307C20140204

<引用終り>

市場価格を上回るコメ買い取り価格を保証する政府の補助金制度に対し融資を行わない

こんな事は普通の国なら当たり前なのだが、その当り前が通らないのがタイのタクシン派政権。
しかし金が無ければこんなバカなことが続けられないのは当たり前。
さてインラック首相は如何するんだろう。
勿論いい方法など無い。
一度甘い汁の味を覚えさせてしまったのだ。コメの価格を昔に戻すと言って農民が納得するはずがない。

今迄軍がクーデターなどで政権を潰してきたが、こんな状況になったら火中のクリなど誰も拾わないだろう。
さて如何するか。
混乱はまだまだ収束する気配もない。
  1. タイ
  2. TB(0)
  3. CM(6)

2014-02-04 14:43

タイの混乱は続く

 2日にタイの総選挙は終わった。不思議な事に選挙を実施したタクシン派インラック首相も反政府側もどちらも勝ったと言っている。
先ずは選挙の結果から

<以下バンコク週報より引用>

総選挙、無効の可能性も、2割弱の選挙区で投票中止

03/02/2014
中央選管の発表によれば、総選挙の投票が完了した投票所は、全国の9万3952か所の約89%に当たる8万3669か所。
投票が中止となったのは全体の10・90%に当たる1万283か所だった。
投票が完了したのは全国の375区のうち306区で、中止に追い込まれたのは18県の69区。
また、同18県のうち9県はすべての投票所が投票中止となった。

バンコクに関しては、6671か所の投票所のうち6155か所で投票が完了。
投票中止となった投票所は全体の7・73%、516か所となっている。

ソムチャイ中央選管委員は投票締め切り後の記者会見で、「今回の総選挙は3つの大きな問題を抱えている」と指摘。

①候補者が1人だけだった16選挙区では、候補者の獲得票数が有権者全体の20%に満たない場合、再度選挙を行う必要がある。②28選挙区が候補者不在だったことについて、選管は憲法裁判所の判断を仰ぐ必要がある。③再選挙をいつ実施するか。また、選管関係筋によれば、選管にはこれら28選挙区で選挙を実施する権限がないため、今回の総選挙が無効とされる可能性が高いというーー。

法律では、「混乱・不測の事態のため投票ができなかった選挙区では再選挙を実施する」と規定されているものの、対象となるのは候補者のいる選挙区であり、28選挙区は該当しない。

ほか、新たに勅令を発布して総選挙を実施することも可能だが、それ以前の総選挙を補完する形で実施することは不可能で、従って今回の総選挙は無効となるとのことだ。
http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=3388

<引用終り>


分かり難い記事だが、掻い摘んでいうと全選挙区375の内完了したのが306選挙区(81.6%)、未完が69選挙区(18,4%)だった、こんな結果だった。
未完の選挙区はこれから再選挙が行われる、それまではすべての投票結果は公表されない(再選挙への影響?)見込みだ。現政権が再選挙をやろうとしても再選挙などには4~6ヶ月かかる見通し。
それまでは現内閣が存続できるが選挙管理内閣なので憲法規定で重要な決定は出来ない。

先月のエントリー「タイの今」で紹介したように既に政府の金も底をついてきた、コメの代金も支払えない事態になっている。金が入らないため自殺する農民も出ているようだが、そんな混乱が未だ半年くらい続きそうなのだ。


そこでこんな政治の混乱の歴史的背景を見てみたい。
最初に先回の紹介したのだが、前回2011年の総選挙でタクシン派と反タクシン派どちらが優勢だったのか。

2014-1-14タイのタクシン派と反タクシン派分布2011

こんな風なのだが、これだけでは何が問題か分からない。
タイは大きく分けて三つの言葉と民族が有る(勿論同じタイ語の仲間だが)
その分布はと言うと
2014-2-4タイ国地図北部東北部明示


此れで見るとタクシン派が強い地域と言うのはタイ北部、100年ほど前まで別の独立国(タイの属国)だったところ。それとタイ東北部、こちらもタイの保護下だがラオスの影響下にあった所。
どちらも田舎である。そしてタイ共産党の根拠地だったところでもある。
特に東北部は土地がやせている。日本人には信じられないが場所によっては乾季には田んぼの真ん中で塩がとれる、そんな所だ。


歴史を紐解くとタイは普通、昔はスコータイ王朝、それからアユタヤ王朝、そして現王朝と変わったと言われています。
しかしそれはタイ中央部だけの事。
タイ北部・タイ東北部は全く違う歴史が有る。

タイ北部
1894年(日本で言えば明治27年)まではラーンナー・タイ王国と言う独立国だった。それが現在のタイ王国に併合された。民族的には勿論広義のタイ族、言葉もタイ語だが北部方言。

タイ東北部
1700年頃まではラオスのランサン王国の支配地域だった。(その頃ラオスからラオ族がこの地に入植してきた)。言葉はタイ語の方言でラオ語、又はイサーン語。隣国ラオスと同じ言葉である。

注意してほしいのは北部にしても東北部にしても武力による併合ではなく、中央部(アユタヤ朝、トンブリ朝、バンコク朝)が経済的に非常に強いため、その庇護下に入って行ったと言うのが実態。それが今日まで続いている。

さてではタイの各民族の人口はどうなっているかと言うと
これは20年くらい前のデータだが、比率はあまり変わらないと思う。

タイ国住民の民族的構成
・タイ語グループ
 ・シャム(タイ中央部)   25、0%
 ・ラオ (タイ東北部)   31、0%
 ・ユアン(タイ北部)    20、0%
 ・その他タイ語族       7、0%
 ( 計            83、0%)
・移民グループ
 ・華人(主に都市地域)   10,5%
 ・その他移民         0,3%
・マレー系           3,0%
・山地民その他         3,2%

こんな風になっています。
タイ中央部が経済的には圧倒的に強く、永年田舎の貧しい民を保護し、タイ周辺の属国からタイに吸収してきた歴史。
この歴史の上に今日が有る。
しかし田舎の貧しい民をカネで買収してきたのがタクシン。
一人1票ならこんな人口構成なのでタクシン派が勝てる、そう言う事になっている。

しかし金をどんどんばら撒けば国の金庫も空になる、それが現在だと言う状況。

しかしこの困った事はまだまだ解決には時間がかかるだろう。少なくとも甘い汁を吸った連中がそれに気が付くにはもっととんでもない事が必要かもしれない。
  1. タイ
  2. TB(0)
  3. CM(4)

2014-01-28 15:20

タイの今

 タイのインラック政権が仕掛けた総選挙がいよいよ来週だが、混乱はますますひどくなってきた。
タイ政府も金庫が空になってきたようなのだ。


<以下newsclipより引用>

タイ政府のコメ買い取り資金枯渇、稲作農家が各地で抗議デモ
2014年1月28日(火) 05時47分

【タイ】タイ政府による事実上のコメ買い取り制度であるコメ担保融資制度の資金が枯渇し、支払いを受けられない稲作農家がタイ各地で抗議活動を行っている。

 26、27日には北部ターク県、中部チャイナート県、アントン県、シンブリ県、ラチャブリ県、東北部ブリラム県、スリン県、南部パタルン県などで数百―千人規模の抗議デモがあり、幹線道路や県庁を封鎖するなどした。

 インラク政権は昨年12月、反政府デモの圧力に屈して議会下院を解散、総選挙に踏み切った。これにより、政府の機能が選挙管理に限定され、コメ買い取りに必要な資金の手当てができなくなった。政府は銀行からの借り入れで急場をしのぐ方針とみられるが、法的に可能かどうかは不透明だ。

 コメ担保融資制度はインラク政権の目玉政策のひとつで、政権発足直後の2011年10月に導入された。政府が市価の約4割高でコメを買い取ったため、稲作農家には好評だが、タイ産米は価格上昇で輸出量が激減し、2012年には1981年以来初めてコメ輸出世界一の座から転落した。

 買い上げたコメの転売はほとんど進まず、膨大な在庫を抱え、最終的に数千億バーツの損失を出す見込みだ。財政負担が重い割に政策効果が低いとして、国際通貨基金(IMF)やタイ国内のエコノミストから、早急に制度を打ち切るべきという意見が相次いでいる。コメ買い取り資金の大半が精米業者、輸出業者、政治家、大規模農家にわたり、汚職の温床になっているという指摘もある。

 今月16日には、この制度をめぐり不正が行われたとして、タイ汚職取締委員会がブンソン前商務相、プーム前副商務相ら15人を刑事告発した。インラク首相についても、不正を見逃したとして、刑事告発を視野に捜査を進めている。汚職取締委によると、ブンソン商務相らは農家から買い取ったコメの一部を政府間取引で中国に輸出したとしていたが、実際にはコメは輸出されず、タイ国内の業者に販売された。取引は帳簿に掲載されず、脱税の疑いも強いという。

http://www.newsclip.be/article/2014/01/28/20569.html

<引用終り>

10日ほど前にインラック政権の腐敗体質とコメ買い取り制度についてエントリーした。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-889.html

しかし予想どうり政府に金が無くなってきた。そして腐敗も明らかになってきた。そう言う事である。

来月の選挙を前にして支持基盤の田舎の農民層からもデモを仕掛けられる。
この結末、如何するんでしょうか。
  1. タイ
  2. TB(0)
  3. CM(6)

2014-01-18 17:22

タイのインラック政権の腐敗体質に捜査の手が

 タイの反政府デモがまだ続いている。その根源にある現インラック政権の腐敗体質に捜査の手が伸びようとしている。
最初にそれを伝えるバンコク週報の記事

<以下引用>

コメ買い取り制度、汚職委が首相を刑事訴追か

17/01/2014
国家汚職制圧委員会(NACC)は1月16日、不正が蔓延しているとされるインラック政権の目玉政策のひとつ、コメ買い取り制度の本格的な捜査を行う方針を固めた。

インラック首相は国家コメ政策委員長としての責任を追及される可能性が出てきた。

仮に「職務怠慢があった」と判断された場合、首相は刑事訴追され、すべての公的役職からの辞任が求められることになる。

この件についてインラック首相は、報道陣に対するコメントを避けた。

また、NACCは、政府間コメ取引に関連する汚職容疑で、ブンソン元商業相やプム元副商業相など15人の罪に問う考えを明らかにした。

今回のNACCの決定については「膠着状態にある政治対立の打開を目的とした政治的判断」との見方もあるが、ウィチャNACC委員は、「不正の横行を示す調査結果に基づいた正当な判断」としている。

同委員によれば、NACCがインラック首相を罪に問うと決定した場合、首相には弁護の機会が与えられる。

その後、刑事訴追するか否かの決定が下される予定で、手続きに1カ月程度かかる見通し。

また、コメ取引に関しては、輸出先である中国の国営企業2社に中国政府がコメ輸入の権限を付与したことを示す証拠が存在しないこととともに、同取引のもとでタイから中国にコメが輸出されたことを示す証拠が存在しないことを確認済みという。

http://www.bangkokshuho.com/article_detail.php?id=3306

<引用終り>

この辺り良く分からないと思うので、このインラック政権のやった事を極く掻い摘んで説明すると、

1) タイの農民救済と言う大義名分の為、タイの主要産業であるコメの買い入れ価格を従来の相場から1.8倍から1.9倍で買い入れ(もう2年続けた)
このバラマキ政策、農民は大喜びで、これがタクシン派の支持基盤になった。

2) 買い入れ価格はコメの品質に関係なく一定、だから農民は味がまずくても収量の多いものに特化。

3) こんな制度なので隣国からのコメ密輸など様々な不正が発生

4) 結果としてコメが全く売れず、タイ政府の抱えるコメ在庫量は約2200万トン、輸出量の2年分を超える量となり倉庫は満杯。最早新規に買い入れも不可能に。在庫米の品質問題も顕在化。

5)更にこんな中で何とかして売りさばこうとして新たな不正も発生・・・今こんな状態。

尚こんな中、昨年7月時点でコメに関するタイ政府の赤字額は約7500億円、これでもタイの年間国家予算の10%を超える額だった。現在では想像を絶する赤字額で、既に国庫にカネの無い状態と言われている。

こんな事で国が持つわけないのが当たり前なのだが、選挙をすれば貧しい農民票が優勢の為選挙ではタクシン派が勝ってしまう。民主主義とは何と脆いもんかと思う。



そのタイのコメ問題、少々古いが昨年8月にNHKワールドWaveで放送されていた。これはBS1で放送されているので私も気が付かなかった。
しかし大変良くまとまっているので全文引用したい。

それにしてもさすが華僑、タクシンはシェアトップのタイがコメの値上げをすれば世界のコメ相場が上がる。大儲けだ。こんな考えだったらしい。



<以下NHKワールドWaveより引用>

2013年8月28日(水)
タイ コメの高価買い取り制度で揺れるインラック政権

日本と同じようにコメの食文化が根づいた国、タイ。
長年、コメの輸出量世界一を誇ってきた有数の生産国ですが、今、そのコメをめぐる政策が波紋を呼んでいます。
倉庫に積み上げられたのは、大量のコメ袋。
タイ政府が抱える在庫です。

2014-1-18nhk1.jpg

原因は、インラック政権が始めた、事実上のコメの“高値買い取り制度”。

農家
「いい値がついたわ!」

市場価格より高値で農家からコメを買い取り続けていることで、国の財政負担が膨らんでいます。

経済学者
「選挙で勝つためだけに、制度を実施しているのは明らかだ。」

コメの“高値買い取り制度”に揺れる、タイからの報告です。

髙尾
「今月(8月)、就任から2年を迎えた、タイのインラック首相。
農村部の高い支持を得て誕生した政権ですが、支持層への優遇策として始めた、政府によるコメの“高値買い取り制度”が今、大きな負担となっています。」


鎌倉
「この制度、正式には、『コメ担保による融資制度』と言いまして、次のような仕組みになっています。

2014-1-18nhk2.jpg

タイ政府は、希望する農家から収穫されたコメを引き取ります。
政府は、そのコメを『担保』とみなし、農家に資金を融資します。
融資する金額は、1トンあたり、およそ4万5,000円。
これは、市場で流通する価格のおよそ1.8倍です。
そのため、農家にとっては、市場に売るよりも、コメを担保にして政府からお金を借りて、そのまま返さないほうが得になります。
その結果、この制度は事実上、政府による『コメの高値買い取り』として、多くの農家が利用する状況となっています。」

髙尾
「コメの価格を政府がコントロールし、農家の生活安定につなげようというねらいもあるんですが、今、この制度が国の財政を圧迫し、さまざまな弊害も出始めています。
アジア総局松本記者の報告です。」
バラマキか格差是正か “コメ高値で買い取ります”

コメの収穫が各地で行われているタイ。
そんな中、次々とトラックがやって来る場所があります。
積んでいるのは、コメです。

2014-1-18nhk3.jpg

コメの買い取り制度の窓口となる施設です。
農家はここに、コメを数トン単位で持ち込みます。

窓口で受け取るのは、コメの量に応じて得られる金額が書かれた伝票です。
2014-1-18nhk4.jpg

この時期、窓口を訪れる農家は1日100人以上、全国で、およそ130万世帯が制度を利用しています。

農家
「思っていた以上の金額になって、大満足ですよ!」

タイ中部でコメをつくっている、ソムキット・サエンチャイさんです。
2014-1-18nhk5.jpg

年間およそ400トンのコメを生産しています。
買い取り制度を利用して、この2年で、およそ1,700万円を得ました。

コメ農家 ソムキット・サエンチャイさん
「これが私の通帳です。
2014-1-18nhk6.jpg

100万バーツ(約300万円)が4か月ごとにたまります。」

数年前まで年収600万円ほどだった、ソムキットさん。
制度ができてから、大型の農機具を買った借金も完済し、念願の日本車も去年(2012年)購入しました。

娘たちにも、欲しがっていたパソコンやスマートフォンを買い与え、ゆとりのある生活ができるようになったといいます。
2014-1-18nhk7.jpg

ソムキットさんの娘
「家ではすることがなくて退屈だったけど、パソコンがきて楽しくなりました。」

コメ農家 ソムキット・サエンチャイさん
「もうすぐ車のローンが終わるから、今度は新しい田んぼを購入したいね。
インラック政権でなかったら、こんな生活は送れなかったと思うよ。」

2014-1-18nhk8.jpg

2年前の選挙で、政権交代を果たしたインラック首相。
その原動力の1つが、農家にコメの高値買い取りを約束する、この制度でした。

インラック首相
「コメの価格が下がらないよう、みなさんの生活のために私に投票してください!」

2014-1-18nhk9.jpg

支持基盤である農家の支持を集めると同時に、都市と農村の所得格差を縮小し、内需拡大を図るねらいもありました。
一方で、国内に流通させるコメの価格は従来並みに抑えて、都市の消費者に配慮もしました。


インラック政権は、タイ国内に安値で流通させ赤字になった分は、タイが長年、世界のトップに立ってきた海外市場へのコメ輸出で利益を上げ、補てんしようと考えていました。

2014-1-18nhk10.jpg

しかし今、思わぬ事態に見舞われています。

松本記者
「積み上げられたたくさんの袋、これはすべてタイ政府が抱える大量のコメの在庫なんです。」
2014-1-18nhk11.jpg

コメが当初想定したほど海外で売れず、大量の在庫となったのです。
現在、およそ1,800万トン、年間輸出量の2倍に相当する膨大な量のコメが倉庫で眠ったままになっています。

背景にあるのは、ライバル国のインドやベトナムが輸出規制の緩和や、品種改良などで、シェアを伸ばしたことです。

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タイは去年、31年間維持してきた、コメ輸出量世界1位の座から転落しました。

インドやベトナムの安い価格のコメに押され、タイは国際市場での価格を上げられなくなりました。

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国内の買取価格を下回ってしまうため、コメを売るに売れなくなりました。
大量の在庫を抱えたまま、コメの買い取りを続ける政府の出費はかさみ、これまでの損失は、転売できた分を差し引いても、国家予算のおよそ10%にあたる、およそ8,000億円にまで膨らむという試算もあります。
タイ政府の財政状況悪化を懸念した、アメリカの格付け会社が今年(2013年)6月、タイの国債の格付けを引き下げる可能性を指摘する事態にまでなりました。


経済学者 アマール・サヤムワラ博士

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「政府はこの政策を2年実施してきたが、その間どれだけの損失が出るのかを考えてこなかった。
この制度は選挙で勝つためだけの政策だったのは明白だ。」

さらにタイ国内では、長期間、倉庫に保管されたコメの品質を問題視する声も一部で、あがり始めました。
タイ政府は、コメの品質チェックを強化したり、閣僚がコメを食べたりして、安全性をアピールするのに躍起となっています。
しかし、コメの買い取り制度そのものについては、維持する姿勢を崩していません。


タイ ニワッタムロン商務相
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「もちろん損失は抑えねばならない。
委員会を立ち上げ、買い取り価格の是正を検討中だ。
ただ、買い取り制度は農産品価格を高くするために不可欠で、他に適切な方法はない。
農家の生活向上のために、これからも買い取り制度は実施していくつもりだ。」

“コメ高値買い取り” 輸出・経済への影響は
髙尾
「ここからは取材にあたった、アジア総局の松本記者に聞きます。
このコメの買い取り制度、行き詰まってるように感じましたけれども、タイ経済全体には、どのような影響が出始めていますか?」


松本記者
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「リポートで紹介した財政悪化のほかに、輸出業への影響が大きくなってきています。
国際市場で競争できる価格での輸出を政府が認めないために、廃業する輸出業者も増えています。
コメは、タイにとって重要な輸出品目ですが、国際市場での、これまで築いた地位を失いつつあるという危機感も出ています。
コメのほか、中国経済の減速などによる輸出の不振もあり、先日発表された、タイの今年(2013年)、第2四半期のGDP=国内総生産の伸び率は、2期連続でマイナスとなるなど、景気の減速が鮮明になってきています。」

落ち込む支持率 所得格差是正の効果は
鎌倉
「そういったように、タイ経済にも悪影響が出てきている中で、なぜ政府は、それでも、この買い取り制度を続けようとしているんでしょうか?」

松本記者
「タイの私立大学が行った最新の世論調査では、去年65%を超えていたインラック首相の支持率は、50%余りにまで落ち込んでいます。
こうした中で、圧倒的な人口を占め、政権の強力な支持基盤である農村部の支持を失うようなことはできないと考えているからです。
ただ、インラック政権としては、低所得者が多い農村部の所得を上げることで、国内の所得格差を是正し、経済力の底上げを図りたいというねらいがあったのも事実で、インラック政権は制度継続の理由として、こうした点を強調しています。」

焦点はタクシン元首相 対立の再燃も
髙尾
「タイでは、7年前のクーデターで国を追われ、現在は、海外にいるインラック首相の兄のタクシン元首相を帰国させることを認めるかどうかということで、与野党の駆け引き、激しさを増してきているようなんですけれども、かつて、タクシン派と反タクシン派の激しい対立があった、こうした対立が再燃すること、これは懸念されていないでしょうか?」


松本記者
「そのとおりです。
インラック首相率いる与党が議会に提出した恩赦法案の審議が今月始まり、法案はタクシン氏の帰国につながるとして、野党を中心とした反タクシン派が強く反発しています。

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双方がデモを繰り返すなど、対立の動きが目立ち始めています。
こうした中で、コメの買い取り制度をめぐる対立も加わり、タイを二分するような事態が今後、再燃することも予想され、インラック首相は難しいかじ取りを迫られています。」

http://www.nhk.or.jp/worldwave/marugoto/2013/08/0828.html

<引用終り>

NHKも今日だけは犬HKと呼ぶのを止めることにします(苦笑)。
良くまとめてあります。
最後に黒幕タクシンの写真を出す所なんか・・・

それにしてもバラマキ政治、罪深いです。
  1. タイ
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2014-01-17 22:34

タイのデモが爆弾騒ぎに

 遂にタイの反政府デモが爆弾騒ぎに発展した。
しかしタイのタクシン派、反タクシン派の今までの経緯を見るとタクシン派はタイ共産党の残党が多数入っている。
しかもこのタイ共産党、武装闘争をしており、当時の中共から支援を受けていた。
だから結構沢山の武器を持っており、未だに大量の武器を隠し持っているらしい。

今回は手投げ弾(手榴弾)が使われたようだが、もっと色々持っている。
どんなものを持っているか・・

2010年の日本人カメラマン村本さんが犠牲になった事件を思い出してほしい。

以下エントリー参照下さい

FC2ブログ
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-122.html

イザブログ
http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/1546623/

村本さんを狙撃した犯人は未だ捕まっていない。
巷間囁かれる所、一発で急所に命中している。恐らく訓練を受けた狙撃手が撃ったのであろう。
そんな話であるが真相は闇の中。
現在のインラック政権では真相解明は不可能であろう。

そしてまたまた爆弾騒ぎである。

平穏に解決出来ないモノであろうか。
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2014-01-14 18:05

タイの反政府デモの裏側

 タイの反政府デモが深刻化している。
しかし日本人にはどうにも良く分からないのが何故反政府なのか、何故選挙でいけないのか。
そんな事の理解の為にちょっとどんな裏事情なのか書いてみたい。

最初にタクシン・チナワットなる人物、どんな奴なのか、以前のエントリーだがこんな風。

FC2ブログ
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-31.html

イザブログ
http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/995693/

イザブログの方が読みやすいので、参照するならこちらをどうぞ。

上掲ブログにタクシンの資産がドレ位か書いて有ります。この当時(2009年)言われていたのは2400億円。
しかしその後色々わかってきて、現在囁かれているのは約2兆円であろうと・・・(絶句ですね)

上掲エントリーは長いですがどうして選挙がうまくいかないのか、そう言ったところも書いてあります。
そしてタクシンは大富豪・華僑2世・支持基盤がタイ共産党の残党と言う人物です。

それから華僑は出身地との人脈が強いと言われています。タクシンの出身は客家(はっか)、客家出身の主な人物は孫文、宋慶齢(孫文夫人)、宋美齢(蒋介石夫人)、朱徳、鄧小平、李鵬、リークワンユー(シンガポール初代首相)などが有ります。タクシンが中国とつながるのは当然ですね。

現在のインラック・チナワット(タクシンの妹)政権が出来た2011年の選挙結果の地域別勢力図。
この地図で赤色がタクシン派が優勢な地域、青色が反タクシン派が優勢な地域です。

2014-1-14タイのタクシン派と反タクシン派分布2011


見事にタイ北部、タイ東北部がタクシンの地盤と分かります。
そしてここがタイでも貧しい地域、そのうえタイ共産党が浸透した地域です。

実はタイは普通、昔はスコータイ王朝、それからアユタヤ王朝、そして現王朝と変わったと言われています。
しかしそれはタイ中央部だけの事。
タイ北部・タイ東北部は全く違う歴史が有ります。

タイ北部
1894年(日本で言えば明治27年)まではラーンナー・タイ王国と言う独立国だった。それが現在のタイ王国に併合された。民族的には勿論広義のタイ族、言葉もタイ語だが北部方言。

タイ東北部
1700年頃まではラオスのランサン王国の支配地域だった。(その頃ラオスからラオ族がこの地に入植してきた)。言葉はタイ語の方言でラオ語、又はイサーン語。隣国ラオスと同じ言葉である。
(参考までに私が奨学金を出して貧しい子供を中学校に行かせていたのはこの地域の子ども)


どちらの地域も貧しく、タイ中央部に対し劣等感を持っている。
おまけにタイ北部=ユアン族、東北部=ラオ族の人は顔が違うので一目で分かる。
(注:これは私でも顔を見ただけで分かるのでタイ人なら本当に一目瞭然)

この様な歴史的背景が有るので北部・東北部はタイ共産党が浸透していた。
タクシンはその組織などを上手く使っている訳です。
更にタイ共産党が武装闘争をしていたので未だに大量の武器を隠し持っている。
日本人カメラマンが射殺された事件などでもどうしてあんな武器が有るのか不思議に思うが、その背景がこんな所です。

こういう実に厄介な歴史が有るのでこの反政府デモ、簡単にはいかない、そんな経緯です。
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2014-01-13 21:27

バンコク封鎖が始まった

 今日1月13日から反政府デモによるバンコク封鎖が始まった。
それを伝える報道。

<以下Newsclipより引用>

路上に土のう 大規模反政府デモでバンコクの交通混乱
2014年1月13日(月) 11時58分

【タイ】タイ警察によると、反政府派は12日夕方から13日朝までに、バンコク都内の6カ所と郊外の政府総合庁舎前(ジェーンワタナ通り)を占拠し、路上に土のうを積み道路交通を遮断した。

 ステージ、テントなどを設営し、長期間占拠する構えだ。デモ参加者は数万人とみられる。

 反政府派が占拠した都内の6カ所はパトゥムワン交差点(MBK前)、ラチャプラソン交差点(セントラルワールド前)、高架電車BTSアソーク駅前、ルムピニ公園、戦勝記念塔(BTSビクトリーモニュメント駅)、ラープラーオ5差路。

 道路占拠を行う途中で、ジェーンワタナ通りやデモを主導する野党民主党の本部などで発砲事件があり、少なくとも1人がけがをした。

 BTS、地下鉄MRT、高架電車エアポートリンクなどは通常通り運行しているが、自家用車での通勤をあきらめた人やデモ参加者が電車の利用に切り替えたため、混雑が悪化し、朝のラッシュ時には満員で乗車できず、何本か待つ人もいた。

 BTSアソーク駅前のアソーク通りでは午前9時時点で、スクムビット通りとの交差点からMRTスクムビット駅の入り口付近までの約300メートルにデモ参加者が集結している。歩道に車が止まるなどしているが、歩行は可能な状況だ。

 都内の百貨店、ディスカウントストア、コンビニエンスストアなどはほとんどが通常通り営業している。
《newsclip》

http://www.newsclip.be/article/img/2014/01/13/20394/3579.html

<引用終り>

今日のデモはこんな状況

2014-1-13今日のバンコク反政府デモ



凄いデモですね。いよいよ反政府側とインラック政権との持久戦、どちらが先にギブアップするか。
カネはインラックの方がしこたま持ってますが何せ反政府側には王政派がついているので何とも言えません。


所でこんなデモなのだが、アメリカ大使館は流石こんな情報を出している。

<以下引用>

米大使館「水、食料2週間分備蓄を」 バンコクの大規模デモで
2014年1月13日(月) 00時11分

【タイ】在タイ米国大使館は10日、タイに滞在または旅行する自国民に対し、13日からのバンコクでの大規模デモ「バンコク・シャットダウン」に備え、現金1週間分、食料、水、医薬品など2週間分、携帯電話を準備するよう助言した。

 また、デモ会場周辺を避け、情報入手に務めるよう呼びかけた。

 一方、在タイ日本大使館は15日に予定していた新年懇親会を中止。バンコク日本人学校は13日、臨時休校する。

http://www.newsclip.be/article/2014/01/13/20393.html

<引用終り>


アメリカ大使館は「水と食料をしっかり持って万一に備えよ!」 
日本大使館は「一杯会はやめとこうぜ」、日本人としてはどちらを信用するか、
コイツは真剣に考えないといけません。
  1. タイ
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2014-01-11 11:59

タイの反政府デモ

 タイの反政府デモが続いている。
しかしこの反政府デモ、どうにも良く分からないのだが、やっとまともな報道が出てきた。

タイの反政府デモ、これは昨年12月9日のモノ。凄い動員力だ。

2014-1-11タイの反政府デモ12月9日


<以下newsclipより引用>

タイ政府 街頭デモ、司法闘争で窮地 目玉政策もとん挫? 
2014年1月10日(金) 20時33分

【タイ】タクシン元首相派インラク政権・与党プアタイが反タクシン派の街頭デモ、司法闘争による波状攻撃で窮地に陥っている。事実上のコメ買い取り制度、総額3500億バーツの総合治水事業といった目玉政策も続行、実施が危ぶまれる状況だ。

 野党民主党のステープ元副首相率いる反政府デモ隊は13日からバンコク都心の交差点など6カ所と郊外の政府総合庁舎を占拠する計画だ。政府は警官、兵士1万人以上を動員して治安維持に当たる方針だが、都心で催涙ガス弾を発射すれば外国人旅行者の激減が避けられず、また、軍事クーデターの口実を与える可能性もあるため、道路占拠を阻止できない見通しだ。

 政府・与党は2月2日の下院総選挙で事態の収拾を図る構えだが、混乱を理由に選挙委員会が選挙の延期を求めている上、選挙が実施されても、反政府デモ隊の妨害により、当選者の数が下院開会に必要な定足数に届かない可能性が高い。

 与党の政治家が大量に公職追放処分を受けるというシナリオも現実味を帯びてきた。与党は昨年、現行憲法の規定で約半数が任命制となっている上院を全議席公選制に変更する憲法改正案を国会で可決したが、この改憲案に対し、タイ憲法裁判所が昨年11月、違憲な方法による権力の掌握を禁じた憲法68条に違反するなどとして、違憲の判断を下した。憲法裁は今月8日、与党がまとめた外国政府、国際機関との協定に国会の事前承認を義務付けた条項の改正・緩和に関する改憲案も違憲として葬り去った。

 憲法裁の判決を受け、汚職取締委員会は今月7日、上院改革の改憲案に賛成票を投じた国会議員308人を調査すると発表した。有罪の場合、調査対象者には5年間の公民権停止処分が下される可能性がある。汚職取締委は国際協定に関する改憲案や、コメ買い取り制度、総合治水事業についても、汚職の疑いで捜査に乗り出す構えで、憲法裁と汚職取締委の連携プレーで、インラク首相を含む与党政治家への公職追放処分、政権崩壊というケースも考えられる。

 憲法裁、汚職取締委、選挙委などは、タクシン政権を追放した2006年の軍事クーデター後、反タクシン派が同派の人材を配し、政府が人事に介入しにくい仕組みを設けた。憲法裁長官、選挙委員会委員長らからなる委員会が任命制の上院議員を選び、上院が最高裁判事、選挙委員会委員らを選ぶシステムだ。タクシン派政府・与党はこうしたシステムの打破を目指し、上院改革を目指したが、手痛い反撃にあった格好だ。

 インラク政権は現在、選挙管理内閣として権能が制限され、目玉政策の実施が滞っている。コメ買い取り制度は資金が枯渇し買い取りが滞り、タクシン派の地盤の東北部で、稲作農家による抗議集会が起きている。総合治水事業は昨年6月に入札を実施し、韓国水資源公社(Kウォーター)などが落札したが、中央行政裁判所が事業者との契約前に環境アセスメントと公聴会を実施するよう命じ、契約が大幅に遅れている。事業予定地では反対派による訴訟が相次ぎ、着工の見通しは立っていない。

 タクシン派、反タクシン派の対立が続く中、動向が注視されているのが軍だ。軍の最高実力者であるプラユット陸軍司令官は今回の政争で「中立」を標榜しているが、クーデターの可能性も排除していない。ただ、クーデターは対外的なイメージが悪い上、東北部などの反タクシン派市民が反クーデターで立ち上がる恐れがある。こうしたことから、軍が半ば強制的に「仲介」するかたちで、ステープ元副首相らと政府が何らかの手打ちを行うという見方もある。こうしたシナリオを想定してか、インラク首相は10日、「クーデターはいい結果を生まない」、「軍が中立的な立場でステープ元副首相との交渉にあたることを歓迎する」と述べている。

http://www.newsclip.be/article/2014/01/10/20374.html

<引用終り>

しかしこのデモの凄い所はその動員力もさることながら、そのデモが警察にまで支持層を広げていること。


首相府にデモ隊が入った後、小競り合いを止めたデモ隊と警察隊長との記念写真
2014-1-11タイの反政府デモで小競り合いを止め記念撮影する警察隊長とデモ参加者12月3日



更にデモ参加者が先年のタクシン派のデモ隊とは全く違う凄いマナーを持っている。

デモ参加者が清掃作業をしている
2014-1-11タイの反政府デモで集会後清掃するデモ参加者12月4日



参考までにタクシン派がデモをした2010年5月の状況はこんな風

ビジネス街はゴミの山
2014-1-11タイのタクシン派デモの傷跡2010年5月


ショッピングセンターには放火
2014-1-11タイのタクシン派デモの傷跡2010年5月ショッピングセンター放火



今回の反政府デモ、どうやらタクシン一族が引退するまで続きそうだ。
腐敗の根源タクシンがいなくなる、タイにとっては良い事である。
  1. タイ
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2013-09-08 23:44

タイ人は歴史的に泳げない

  タイ人は泳げない、そんな話をエントリーしたのだが、よもぎねこさんがイマイチ腑に落ちないらしい。

矢張りこんな話は歴史から解き明かさないと多分分かり難いと思う。

それで私の知る所を少し・・・

 

 

最初にタイの水について

 

これは水溜り(タイ語ではナーム)

土地が平らなのでいったん降った雨は簡単には流れない。

 

これは池(タイ語ではナーム)

 

これは川(タイ語ではナーム)

 

 

これは大きな川(タイ語ではメー・ナーム:川の母)

左上から右下に流れるのがメコン川本流、左から流れ込んでいるのがミャンマーから流れてくるサーイ川、手前がタイ領、サーイ川の向こうがミャンマー領、メコン川本流の向こう側(右奥)がラオス領、ゴールデントライアングルといわれ、麻薬で有名になった場所。

 

 

 

 

上掲写真のメコン川のもう少し下流、タイ東北部ノンカイ付近

これはメコン川の水泳場、黒いのはクルマのタイヤチューブを使った貸浮き輪屋さん。

メコン川はこの時期は乾季だったので遠浅の絶好の水泳場、但し泳ぐ人は無く、こんな貸浮き輪で水遊びを楽しむらしい。

 

尚地元の人はどこが浅いか知っていて、この時期だと歩いて対岸まで(つまりラオス側まで)行けるらしい。

中国雲南省あたりにいたタイ族が13世紀辺りから南下するが、メコン川は増水していれば竹を切ってきて筏、水が少なければ歩いて渡ったと言われている。

 

上にかかる橋は第一タイラオス友好橋。最近この橋の上を鉄道も通るようになった。

 

 

この水溜りから川、そして大河と見ていただくと分かるがみんな水が汚い。ドロドロである。当然川底はヘドロが堆積しぬるぬる。

トテモ泳げたものではない。

 

 

 

 

さてこれからが本論。

タイ人は13世紀頃、今の中国雲南省辺りにいたのがタイにやってきた。

最初に入植したのがこんな所だったらしい。

 

そして中国雲南省に行くと

 

こんな所である。

 

そして手元にある国立歴博研究報告の西村大氏の調査報告によれば、雲南省のタイ族などの少数民族の居住地は標高500メートルから1500メートルに分布しており、標高に合わせて各種族が独自の生業で住み分けているとの事。

中でもタイ族は一番下、標高500メートルくらいの河谷沿いの平地に住んでいる、そんな事である。

 

この件は私には納得がいく。実は河谷沿いの平地は稲作には最適だが蚊が多くマラリアなどが蔓延し住みにくい。

不思議な事にタイ族は蚊に刺されにくいのでこんな土地でも住めるようだ。

 

そしてこんな土地に住んでいたタイ族がシナ人に押されて現在のタイの土地に出てきた、そんな歴史が有る。

(補足だがこの頃タイの地は中国人からは瘴癘(しょうれい)の地と言われ、一度入ったら二度と生きて帰れない恐ろしい所と言われていた。マラリアなどの為である)

 

 

 

尚引用した西村大氏の論文は4月17日急逝されたお絵かきじい様から頂いた。

お互い歴史好きという事でこのイザブログでお付き合いさせていただいたが、こんな話を色々話し合わないうちに黄泉の国に旅立たれてしまった。

人生無常である・・・合掌。

 

 

 

 

本論に戻って、こんな歴史が有るのでタイ人は泳がない。

ついでに言えばタイ人は男女を問わず人前で裸にもならない。

例え水浴びをしている時でも「恥ずかしい」と言ってTシャツなどを着ている。

例え上半身だけとは言え裸になるのは華僑と外国人だけ。

バンコクなどで町で上半身裸の人を良く見かけるが、これは華僑である。

純粋のタイ人は大人も子供も絶対人前で裸にならない。

 

泳がないのと合わせて、興味深い習慣ではある。

 

んな所がタイ人が泳げない歴史的な背景である。

面白いものだと思う次第。

  1. タイiza
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2013-09-07 16:51

タイ人の水遊び

  昨日のタイでの韓国人カップルご乱行の顛末エントリーをした。そこによもぎねこさんからタイは熱帯で綺麗な海が有る、どうしてタイ人は泳げないか、そんな質問が有った。

 

 

残暑の中なのでタイ人の水遊び風景でもという事で・・・

 

最初に日本とタイの水事情の違いをちょっと。

 

日本はかなりの田舎でも簡易水道などが出来ている。しかしタイは上下水道の普及は遅れている。

 

現在でも田舎では飲み水はこんなモノ

 

 

大きなカメが並んでいる。これは雨水をためる水ガメ。

この写真はお寺なのでカメが沢山あるが、普通の民家はこんな水ガメが1個から3個くらい。

余談だがこんなカメから水を汲んで家の中の小さな水がめに貯めておく、それを飲み水等に使っている。当然ボウフラがわく・・・ 水を飲むときはカメのふちをトンと叩くとボウフラが慌てて沈む、そこをサッと掬って飲むのだとか。

 

飲み水ですらこんな状態なのでプールなど普及は難しいだろう。

 

 

そこでタイ人はこんな所で水遊び。

 

滝である

 

一見広そうに見えるが

泥水である。しかし彼らには最高のプール。 

 

 

 

ごくまれにはきれいな水の所もある。

これはカンボジアとの国境に近いチャンタブリ県のプリューの滝。

チャンタブリには海が有るけれど、誰も泳ぎにはいかない。行くのはこんな所。

大きな魚が沢山いる。草を持っているのは魚のエサ

 

滝つぼの下はこんな風

 

誰も水着を着ていない、水着を持っていないのだが要らないのである。

着ているモノのままドボン、水から上がってそのまま歩いていれば乾いてくる。着替えも要らない。

便利だ・・・・

 

便利と言えばタイ人はカナヅチ、それが便利な事もある。

一寸これをご覧ください。

 

 

海に浮かぶ白亜の豪華ホテル・・・ と思うと違う。

実はこれ、刑務所である。

タイは犯罪が多すぎて刑務所が満杯、仕方なく船を改造してこんなモノを作った。

 

こんな刑務所なら悪人どもが逃げ出すと思うと大丈夫らしい。

タイ人はカナヅチ、こんな所から脱走できないのだと言う。

 

カナヅチも良い事もたまにはあるもんだ、そんなお粗末の一席でした。

 

  1. タイiza
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2013-09-06 23:32

タイでのご乱行の果てに

  韓国から連日鬱陶しい話が聞こえてくる。

そこでタイから聞こえてくる韓国人の行状の一端を紹介。

こんなモノを読んでもさっぱり面白くは無いのだが・・・

 

 

 

<以下引用>

 

パタヤで夜間遊泳 韓国人男女が置き引き被害

2013年9月6日(金) 00時37分

 

【タイ】タイのテレビ報道によると、4日午前零時半ごろ、タイ東部パタヤ市で、遊泳中の韓国人男女(35、21)が置き引き被害に遭った。

 

 韓国人男女はパタヤビーチを散策中に、海岸に衣類の一部と所持品を置き、海に入った。遊泳中に、バイクに2人乗りした男が所持品を盗んで逃走するのを目撃し、急いで海岸に戻ったが、置いておいた現金約6万バーツ、スマートフォン(多機能携帯電話)3台、パスポート1冊、ホテルのカードキー、ATMカードなどを盗まれた

 

http://www.newsclip.be/article/2013/09/06/18932.html

 

<引用終り>

 

 

現金6万バーツと言えば日本円で約18万円、日本でも大金だ。タイ人労働者だったら半年分以上の収入だ。盗んだ連中はさぞや喜んでいただろう。

 

それにしてもそんな所に来て着ていた服を脱いで貴重品まで一緒に置いておく・・・ アホか!

 

 

 

パタヤとはこんな所。

 

昼間はきれいな海、但し泳ぐ人はあまりいない。

(タイ人は泳げない、だから海に入るのは観光客だけ)

 

それが日が暮れると

夕暮れになるとゾロゾロ人が出てくる

 

海岸通りはこんな風

 

そしてその先には

 

何処でも歓楽街はこんなモノ

 

しかし海は誰も泳いでいない

 

 

とまあ、こんなのが夜のパタヤ。

こんな所で(多分裸で)泳いでいればいやでも目に付く。

そうしたら服やら所持品を盗まれても致し方ない。

第一犯人を追いかけようにもフリ〇ンでは何ともならんだろう。

盗んだ兄ちゃんが「盗人の情け」でパンツ位は残しておいてくれただろうか・・・

もしそれも無ければホテルまで帰るのにも大変だったろうなあ。

 

男もだがネエチャンは如何したんだろう???

幾ら深夜とは言えあの辺り人はいっぱいいるのだが・・・

 

このニュースはタイ人もよほど面白かったと見えて単なる窃盗位なら絶対報道しないのにTVで報道されている。

タイ人も多分腹を抱えて笑っていたのではないか・・・

 

第一どうしてこのカップル、年齢が報道されているか?

タイに遊びに来る韓国人カップルはどう見ても不倫旅行にしか見えない連中が異常に多い。

(タイでゴルフをしている時そんな連中と一緒になる事が有るのでわかる)

 

多分タイのTVもそんな事に気が付いてわざわざ年齢まで報道したのではないか。

 

日本人でもこんな変な連中がいないわけではないが、タイに居た時見聞きした韓国人の行動、それは今現在の韓国の異常な騒ぎ方に通じるものが有った。

 

彼らのDNAがそうさせるのだろう。

日本は早くこんな連中とはきっぱり手を切りたいものだ。

  1. タイiza
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2013-07-29 18:15

タイでタンカーから原油流出事故

  タイでタンカーから原油流出事故が発生した。

事故現場はタイの観光地パタヤから南東へ約50キロ、素晴らしい海のきれいなビーチである。

この事故、不思議な事にタイでもあまり報道されていないのか、今の所ロシアの声の報道だけしか見当たらない。

 

 

<以下ロシアの声より引用>

 

タイでタンカーから原油流出 南シナ海へ5万リットル流れ出る

 

28.07.2013, 12:05

 

 タイで同国の大手企業PTTグローバル・ケミカルが保有するタンカーから原油が出し、南シナ海に約5万リットルの原油が流れ出た。タイ政府が伝えたところによると、事故が起こったのはラヨーン県沖のタイランド湾。

タイ海洋局の情報によると、原油は長さ2.5キロ、幅およそ800メートルにわたって広がっており、10隻の船が回収作業にあたっている。現在、原油の約40パーセントが回収されたという。イタル・タス通信が伝えた。

 

 風向きが変わらなければ、原油は近いうちにも避暑地マエ・ランプエングに達する可能性があるという

 

地元当局はヘリコプターから隣県チョンブリーの沿岸地域のモニタリングも行なっている。チョンブリー県には観光客に人気のリゾート地パッタヤーがあるが、今のところ原油が流れ着いた形跡は発見されていない。

 

http://japanese.ruvr.ru/2013_07_28/118696581/

 

<引用終り>

 

 

<追記>

現地の生々しい写真が有ったので追記します。

これはAFPのもの。

 

 

こんな仕事は人海戦術しかないようですね。早く除去されればいいのですが・・・

<追記終り>

 

 

 

上掲の写真のビーチ、私は何度か行ったことが有る。

海の水が実に綺麗、観光地パタヤは水が汚く、遠くから見るにはいいが近くで見るとガッカリする。しかしこのビーチは人も少なく素晴らしい。

 

場所はこんな所

 

左上の黄色枠の所が観光地パタヤ。

油流出は赤の矢印の部分。

 

尚引用文で「避暑地マエ・ランプエング」と書いてあるが、これは英語表記をローマ字読みしたため。

タイ式発音では「メー・ランペ~ン」と言う。

 

こんな美しいビーチ、上手く油が回収できるといいのだが・・・

 

 

話は変わるが昔この辺りの浜で撮った写真など

 

 

 

こんなビーチ、何時までも綺麗でいてほしいものです。 

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2013-07-12 19:04

謎の国~田弾国

  日本で徳川幕府が成立した17世紀初頭、タイは当時アユタヤ朝全盛期。

所がそのアユタヤの手前に田弾国なる謎の国が有ったと日本では認識されていたらしい。

そして家康が朱印船にその国への国書を託したが返事が来なかったらしい。

そんな公文書が存在する。

 

 

これがその国書写し

 

この文書の由来等はこんな風に説明されています。

 

外蕃書翰 田弾国舟

(がいばんしょかん)

長崎奉行や御書物奉行を務めた近藤正齋(こんどうせいさい・1771-1829)が、幕府の外交関係資料を編纂して作成した「外蕃通書」の参考図録として作成されたものが本書です。安南・オランダ・ルソン等への渡海朱印状33通等の外交文書を模写されています。文政元年(1818)に完成し、翌年二組が幕府に献上され、紅葉山文庫と昌平坂学問所へ収められました。

 

 

国立公文書館にこんな400年も前の文書が保管されている。

しかもこの文書は慶長11年(1606年)のモノ、それを200年も経ってから模写されている。

何故か?

国と国との約束は守らねばいけない。だからこんな古い文書だが参考用として保管している訳だ。

 

 

所でその田弾国とは一体何なのだろう。

去年タイに行った時、タイ文学者岩城雄次郎氏のコラムを見たらその経緯が書いてあった。

 

アユタヤは現在バンコクの北約70キロの所にある。河口から直線距離で87キロほど。

アユタヤ朝時代、海からチャオプラヤ川を上ってゆくのに1週間くらいかかったらしい。

そしてその途中に検問所が有った。

現在のタイ語で検問所を「タ・ダーン」と言う。

当時の検問所では通る船は然るべき税金をとられたらしい。

その検問所、タ・ダーンが田弾国と間違えられたのではないかと言うのだ。

狡すっからい小役人が銭をくすねた所、それが田弾国になったらしい。

 

 

何故こんな事を思い出したかと言うと、日本は国として約束したことはきちんと守る。例え現政権でなくても国としての約束は守るのが当たり前、そう思っている。

だからこんな古い文書でもキチンと永年保管してきたわけだ。

 

しかしその約束を全く無視する国が隣に存在する。

韓国である。

 

このほど韓国の高裁は大東亜戦争中の徴用工4人の故人請求権を認め、新日鉄住金に対し賠償金支払いを命じる判決を出した。

これは 1965年の日韓基本条約で「完全かつ最終的に解決された」事を無視する暴挙最早これは戦争状態と言って良いだろう。

 

こんな暴挙は絶対に許すわけにはいかない、日本は毅然とした態度で問題を全世界に発信しなければいけないと思う。

 

尚この件はいろんな方がコメントしていますが、以下の丸山光三さんのエントリーを参照ください。

http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/3129115/

http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/3128664/

 

 

 

 

腹の立つ話はちょっと置いといて、上掲「田弾国」の話に出てきた「タ・ダーン」と言うのはどんなものか。

 

これはタイ東北部のメコン川にかかる「第二タイラオス友好橋」、日本のODAで2006年12月に完成した

 

 

手前がタイ東北部ムクダーハーン、向こう側がラオスのサワンナケートである。

 

今は殆ど車も走っていないが、ベトナム・ラオス・タイ・ミャンマーを結ぶ極めて重要な橋だ。

 

こんな地図を見たことは無いだろうか。インドシナ半島の発展のカギを握る道路である。

 

この図では第二メコン国際橋と書いてあるのがそれ。

そしてこの橋を中心に赤い線が伸びている、これがメコン回廊とか東西回廊とか言われる国際道路。

現在タイ・ラオス・ベトナムでこの橋につながる道路が整備されつつある。

ミャンマーでもこの道路整備が始まる筈だ。

(日本のODAが何十年先を見越した、その国の国づくりに貢献しているいい例である)

 

 

 

さて「タ・ダーン」はその橋のたもとにある訳だが・・・

 

 

これがタ・ダーンである。デッカイですね。

税関・イミグレーションが設置されている。

今は人気もないが、タイの陸の玄関口なので大層大きく立派。

 

尚バスが1台止まっているが、タイからラオスに向かう国際バスである。

乗客はここで出国手続きをする。

橋を渡り終わるとラオス側で今度は入国手続きをすることになる。

この時は乗客は40人ほどいた。

 

謎の国の話が韓国の暴挙の話になり、今度はタイの観光案内。

支離滅裂な所は何処かの国並みかも・・・(笑)

 

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2013-07-05 16:08

タイのブックフェアー

  タイの東海岸、シラチャと言う田舎町のショッピングセンターでブックフェアーをやっていた。

 

勿論タイ語の本だし、タイに関するものが多いのだが、こんなモノもあった。

 

 

画面右下には「にほん」と書いた本が。

 

 

しかし矢張り日本モノと言えば圧倒的な存在感はコミック

 

 

これ殆んどが日本のコミック。下段の右から二番目にはドイツ語 (meine liebe) が見えるが日本のコミックである。

 

 

 

こんな中からこんな本を買ってきた。

 

 

上段は冒頭の写真に載っていた本。「にほん」と書いてあるが日本の縄文から現代までの歴史の本である。

余談だがこの本、最初から間違っている。日本は「にっぽん」である。

「にほん」とも読むが「にっぽん」が正しい。

とまあこんな事はタイ式に「マイペンライ(気にしない)」としよう。

 

 

中身はどんなものか

上段は「にほん」の最後のあたり、世界遺産の紹介。

 

そりゃあ、タイ国の歴史はスコータイ朝から数えても770年位、文字のある記録からだと720年位しかない。

1300年前の建物が現存するなどと言うのは驚きであろう。

 

下段左は子供の為の日本ガイドの裏表紙。矢張りマンガ・コミックであろう。

下段右は漱石の「坊ちゃん」のタイ語訳。

 

 

 

先月28日に麻生副総理兼財務大臣が講演し、イラク派遣の自衛隊が一度も襲われなかったのは自衛隊の給水車にキャプテン翼のロゴを貼ったためだと言っていました。(6月29日付読売新聞9面)

日本のコミックの存在感はここまで来ている、タイでもそう痛感しました。

 

 

 

キャプテン翼ロゴ

注:これは今回のタイとは無関係ですが・・・

 

 

しかしコミックだけでなく、更に日本の文化を世界に発信していきたいものだと思う。

 

 

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2013-07-04 14:19

タイのバラマキ政治の顛末

  タイに出張する時、気になる事としてタイのコメ買い取り制度破綻の話を取り上げた。

タイに行ってみると実は拍子抜け、市井の庶民には危機感は全くない。

別にコメが値上がりしている訳でもないし、田舎のコメ農家は大儲けしているので文句を言うはずがない。

だから平穏なものだった。

 

時間の無い中これ以上調べられなかったのだが、分かった事は政府が何も公表していない、だから問題の深刻さなど全く気が付いていない、こんな事だった。

 

そんな中、政府が発表したコメ買い取り価格の値下げの話が2日あっさり取り下げられた。

 

 

<以下newsclipより引用>

 

タイ政府、コメ買い取り価格引き下げを2週間で撤回

2013年7月3日(水) 05時00分

   

【タイ】タイ政府は2日の閣議で、事実上のコメ買い取り制度であるコメ担保融資制度について、先月19日の閣議で決めた籾(もみ)の買い取り価格引き下げを撤回した。

 

 6月30日から一般的な品種の買い取り価格上限をこれまでの1トン1万5000バーツから1万2000バーツに引き下げるはずだったが、南部を除く地域では9月15日まで、南部では11月30日まで、1万5000バーツで据え置く

 

 政府・与党の支持基盤である稲作農家の反発を受け、決定から2週間で引き下げを撤回した。ただ、1万5000バーツで買い取りを続けるのは財政面から困難で、次の収穫期で引き下げを図るとみられている。

 

 コメの担保融資制度は2011年8月に発足した現政権の目玉政策のひとつで、同年10月に導入された。今年6月12日までに、国際相場より数割高い価格で4047万トンを買い取り、費用は5887億バーツ(約1兆8000億円)に上った。購入したコメの販売額は計760億バーツにとどまり、巨額の損失が生じる見込みとなっている。また、タイ産米は価格上昇で輸出量が激減し、昨年、1981年以来初めて、コメ輸出世界一の座から転落した。

 

 この制度で積み上がった膨大なコメの在庫も政府の頭痛の種となっている。倉庫に放置されたコメに虫がわくなどの問題が生じたほか、ソーシャルメディアで「腐ったコメが横流しされ、スーパー、市場などで販売されている」といううわさが広がった。また、カンボジアミャンマーといった隣国から密輸したコメをタイ産米と偽ってタイ政府に買い取らせる詐欺も横行しているもようだ。

 

http://www.newsclip.be/article/2013/07/03/18187.html

 

<引用終り>

 
1年半で5887億バーツ買い入れたが売れたのは760億バーツ、差額の5127億バーツは売値と買値の差損と在庫評価額の合計となる。
実際の損失は公表されていないが試算では在庫評価額約2700億バーツ、損失約2427億バーツ程度ではないかと言う。
(注:この在庫がもくろみ通り売れた場合です。売れなければ・・・・・??)
 
損失2427億バーツ(約7500億円)と言うのはタイの年間国家予算2兆3800億バーツの10%を超える・・・ 恐ろしい金額である。
 
これがバラマキ政治の結果である。
日本でも民主党のバラマキ政治、ド素人政治の3年半で無茶苦茶になったがタイも同様である。
しかも今タイ人は政府の頬かむり政策で何も知らずのんびりしている。
 
間もなく政府の資金が不足してくるはずだ。
トンデモナイ事態が待っているだろうが、多分タクシンが政権を盗った時やった政策をまた始めるだろう。
日系企業に無茶苦茶な因縁をつけての増税である。
日系企業にも受難の日が近づいていると思う。剣呑な事である。
 
 
所で今日は参議院選挙の公示日だ。
ミンスの3年半がいかなるものか良く分かったと思うが、世界には民主主義の名のもとにこんなバラマキで政権の座に就いた連中が一杯いる。
しかし結果はミンスの3年半で分かった通り。
 
 
こんな時極めて的確に問題点を指摘した人の話を引用したい。
 
 
裏の桜さんの別宅「裏の桜2の雑記」にこんなエントリーが有る。
「テレビの政治情報に騙されるな!」
http://uranosakura.blogspot.jp/2013/07/blog-post.html
 
その中の動画でコメンテーターのオババが「政治の専門家は必要ない」と言っているが、この考え方こそミンスバラマキ政治を作った元凶である。
 
<以下裏の桜2さんのエントリーより引用>
 
動画最後の部分で言われている「政治の専門家は必要ない」云々は詭弁、負け惜しみだと思う。本来は政治にも専門家が必要なのである。
 
引用に成るが次の文章を読んで欲しい。
 
 
塩野七生著 新潮文庫刊 『ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち[三]』 より
 
【カバーの金貨について
 
 他の職業人に比べて政治家が非難されやすい理由の一つは、政治とは誰にでもやれることだという思いこみではないだろか。例えば、ピアノのコンクールでは、審査員は有名なピアニストが担当する。いかに音楽を愛していても、単なる愛好家には、票を投ずることは許されていない。それなのに政治となると、選挙では誰もが一票を投ずる資格をもつとされている。でないと、反民主的と非難される。ということは、民を主権者とする政体とは、政治のシロウトが政治のプロに評価を下すシステム、と言えないであろうか。
 となれば政治家にとっての死活問題は、政治のシロウトたちの支持を獲得することになる。知識はあっても政治を実際にやったことはないという点で、学者も評論家もメディアもシロウトに属す。政治家が挑戦すべきなのは、政治のプロとしての気概と技能は保持しながら同時にシロウトの支持を獲得するという、高等な技なのである。クラウディウス帝は、この放れ技に失敗したのだった。何によって?それは読んでお楽しみ、と言っておこう。】
 
ド素人に政治をまかせて如何だっただろうか?
 
あの政治のド素人集団であった民主党に、テレビのコメンテーター達の甘い言葉に騙されて政権をまかせて如何だったろうか?
 
言わずもがなで結果は出ている。その結果、現実に眼を塞ぎ、耳を塞いでいるのは、この動画での既存のメディアである。
 
テレビから流れてくる情緒論・感情論に満ち溢れた政治情報に騙されては行けない。
 
<引用此処まで>
 
これからテレビ・新聞などにはこの手の論調があふれる筈だ。
今度こそ騙されないぞ。
あの電波芸者たちの甘言には。

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2013-07-02 18:03

タイの魚 プラー・ニン

  昨日タイから帰国しました。

まあ 色々ありますが、先ずはタイ人の日本に対する気持ちの分かる話から。

 

 

最初にこんな写真。

外出途中で昼飯に立ち寄ったタイレストランで見た四手網のある風景。

 

 

四手網、懐かしいですね。

昔は川や池で魚(フナやコイなど)を獲る時使っていた網です。

でももう何十年も見ていません。

 

懐かしかったのでこんな写真を撮っていたら店のオヤジさんが出てきて「日本人か?」と聞く。

そうだと答えると、ちょっとこっちに来てくれと言うので見てみた。

 

「プラー・ニンだ。日本の天皇陛下がタイに贈ってくれたものだ。」

店のオヤジさんが嬉しそうに指差す先は・・

 

濁った池の中で魚が泳いでいる。

丁度持ち合わせたコンデジではこんな写真が精いっぱい。

辛うじて魚がいる事だけは分かると思います。

 

 

実はプラー・ニン、タイではごく一般的な大衆魚。しかし日本料理ではほとんど使わない魚なので日本人は殆どその存在を知らない。かく言う私も初めて食べたのはタイに来て4年くらいたった時だった。

そしてタイ人はこの魚の事を話すとき必ず「プラー・ニンは日本の天皇陛下がタイ国王に贈ってくれた魚。だからニンは天皇陛下の名前に因んで名づけたもの。」

こんな風に説明する。

 

今上天皇陛下の名前は明仁、この仁を音読みして「ニン」、タイ語で魚は「プラー」と言うので、この魚は「プラー・ニン」。

華僑は漢字で「仁魚」と書く。

 

実はこの魚はナイル原産のティラピアである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%83%94%E3%82%A2

 

今上天皇陛下が皇太子(明仁親王)だった頃のこと、タイ王国を訪問され、タイ国王(現プミポン国王)から「タイ国民のタンパク質不足問題」を聞かれました。(1964年(昭和39年)12月)

 

魚類学者である当時の皇太子明仁親王殿下は帰国後、タイ国王の抱える問題解決の一助として50尾のテラピア・ニロチカをタイ国王に贈呈、これが1965年(昭和40年)3月の事。

 

タイ国王は住まいのチットラダー宮殿内の池でこれを飼育。

1年後3~5センチに育った稚魚約1万尾を漁業局に下賜、飼育・普及を命じた。

その折この魚の名前を明仁の一字「仁」をとって「プラー・ニン」と命名した。

 

僅か6ヶ月で300g以上にも生育する雑食性の「プラー・ニン」。

食べても淡白な味で美味しく、それから半世紀近くたって、この魚はタイの代表的な大衆魚に育ち、タイ全土に普及。

更に聞いた話だが、この魚の天皇陛下からの贈呈、タイ国王の普及努力の話は学校の教科書にも載っている話なのだそうで、日本とタイとのつながりの深さの一つのエピソードになっている。

 

そんな事で田舎の街道沿いの古ぼけたタイレストランのオヤジが、日本人が来たと言うのでわざわざ「ここにその魚がいる」と教えてくれたわけ。

 

タイは親日的と言われるのにはこんな話が沢山底辺にある。

そんな思いを強くした次第です。

タイの手土産代わりの心温まる話でした。

 

 

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2013-06-22 14:37

明日からタイへ

  明日朝のフライトでタイに行ってきます。

帰国は今の所7月1日(月)朝着の予定です。

その間多分コメントを頂いても返事が遅れそうです。ご了承いただきますようお願いします。

 

 

タイは仕事もですが、気になる事が・・・

こんな話です。

 

<以下newsclipより引用>

 

タイ政府、コメ買い取り価格を引き下げ 巨額損失懸念で政治判断

2013年6月20日(木) 03時51分

 

【タイ】タイ政府は19日、コメの事実上の買い取り制度であるコメ担保融資制度に関する臨時閣議を開き、現在1トン1万5000バーツの籾(もみ)の買い取り価格上限を6月30日から1万2000バーツに引き下げることを決めた。

 

 また、籾を担保に受けられる融資について、1世帯当たり年50万バーツの上限を6月20日から設定する。これまでは上限がなかった。

 

 今回の決定に対し、コメ生産者は強く反発。一方、コメ輸出業者は競争力が回復するとして歓迎の意向を示している。

 

・・・以下略・・・

 

http://www.newsclip.be/article/2013/06/20/18040.html

 

<引用終り>

 

何故気になるか、それはこの政策がタイのインラック政権の一番の基礎になっているからだ。

 

ちょっと分かり難いのでその中身を説明すると

 

タイの農民がコメを売るのは籾の状態で精米業者に売る。

精米業者はそれを精米し市販、輸出両方に出荷する。

政府はコメの農民からの買い入れ価格と市販・輸出価格の差をある程度精米業者に補助。こんな仕組みである。

 

しかし国際価格との差はどうなっているか。

 

コメの籾から精米にすると重量で0,6になる。(30%がもみ殻、10%が糠とのこと)

つまり農民から1トン15,000バーツで籾を買うという事は精米にすると1トン25,000バーツに相当する。

現在の為替レートでは(1ドル31バーツ)1トン806ドルである。

 

一方国際相場はというと、2013年5月の価格は標準米で1トン552ドル(FOB価格=船積渡し価格)

550ドルでしか売れないコメを農民から800ドルで買う

精米代や輸送費、倉庫料などを全部無視しても大変な大赤字である。

 

今までは如何だったのか?

今までの農民からの買い上げ価格は1トン8,000バーツ~9,000バーツ、

これを精米してFOB550ドルくらいで売っていた。

売値がほとんど変わらないのに、農民からの買値を1,7倍から1,9倍に上げたのである。

 

この政策はコメの価格を市場価格を無視、約倍近い値段で買っていたことになる。

そりゃあ、誰でもこんなオイシイ政策をやってくれればニコニコする訳だ。

 

こんな無茶苦茶なバラマキ政策、これがインラック政権の支持基盤だった。

 

これはインラック政権誕生の時のタイの田舎の支持者たち。

 

全く政治家としてド素人のインラック・チナワット、幾らタクシンの妹だと言ってもこれだけの支持を集める、その秘密がこんなバラマキ政策だったのだ。

 

しかしこんな無茶苦茶、長続きするはずがない。

タイ米は値段が高すぎ、世界の輸出ナンバーワンの地位から転落した。

タイの穀物倉庫はどこもコメで満タン、もうこれ以上収納できない、そして多額の赤字補填で財政はパンク状態である。

 

コメの価格を1トン15,000バーツから1トン12,000バーツに下げても実はまだ大赤字。

籾で1トン12,000バーツは精米で1トン20,000バーツに相当、1トン645ドル位になるがまだまだ大赤字であることには変わりない。

 

しかしこの価格を2年近く実施してきたので、タイの貧しい農民には元の価格に戻すと言っても怒るだけだろう。

 

更に今までタイ米を買ってくれていたお客さん、これもタイが急に値上げを言いだしたので買わなくなった。よくよくのことが無ければお客さんは戻ってこないだろう。

 

トンデモナイ火種が明るみに出てきたわけだ。

 

日本でもミンスのバラマキが絵空事と分かって国民の怒りを買った。

それと同じ構図である。

 

 

こんな事が本業の合間に分かるとも思えないが、多少なりとも状況が分かればいいかなあ、そう思っている。

 

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2013-06-07 14:18

泰麺鉄道の話

  先日泰麺鉄道の話をアップしたのだが、その後他の人と話をしていて皆さん泰麺鉄道について誤解していると感じた。

私も同じだった。

つまり映画「戦場にかける橋」のイメージが強すぎるのだ。

 

死の鉄道と言われ、日本軍が虐殺したと疑われているが事実はどうだったのか。

そんな事を纏めてみたい。

 

 

最初に泰麺鉄道がどんな所を通っていたか。

 

 

こんな所を通っていた。

ビルマに進攻した日本軍の補給路として計画されたもの。

そしてタイ側のほぼ全域がカンチャナブリ県に属している。

 

路線は全長415キロ、このうち300キロがタイ側、残りがビルマ(ミャンマー)側である。

タイ側、ビルマ川とも最初の50キロ位は人家のある開けた土地、しかし残りの約300キロはジャングルの中で、特にタイ側には岩山や大河(クウェー・ヤイ川)が有った。

 

さて死の鉄道と言われる原因はその死者数。前回の紹介したがこんなモノ

 

泰麺鉄道建設による死者の数

 

戦争捕虜者数  62,000人  ⇒ 死亡者数 13,000人 (21%)

徴用労務者数 200,000人  ⇒ 死亡者数 42,000人 (21%) 

(タイ・ベトナムなどの徴用労務者)

日本人従事者  10,000人  ⇒ 死亡者数  1,000人 (10%)

合 計      272,000人  ⇒ 死亡者数 56,000人 (21%)

 

 

 

では泰麺鉄道の三大難工事がどんな所かを紹介。

おっとその前に、

最大の難工事は超短期間という事。現地を調査した鉄道隊はどんなに急いでも5年かかると工期を見積もった。それを1942年7月~1943年12月の1年半でやろうとした。更にそれを4か月短縮しようとした。

それに輪をかけたのが現地の天候。工事の最盛期が丁度雨季。

しかも運悪く1943年は例年より1ヶ月も早く雨季が始まった。

連日のスコールで現場は泥んこ、兵站路の川は増水で船が使えず、食料などの補給もままならなかった。この事を前提として・・・

 

 

さて能書きはともかく最初の難工事、これが戦場にかける橋、クウェー・ヤイ川鉄橋。

 

こんな橋だが今は鉄道橋ではあるものの住民の生活道路になっているし、休日にはこんなモノも。

 

 

私も乗ってみた。結構楽しいトロッコ。

タイ人は嬉々として鉄橋の上を楽しんでいる。

 

しかしこの鉄橋は日本軍にしてみればビルマ戦線への貴重な補給路、その為連合軍の攻撃目標になっていた。

 

爆撃によりこの鉄橋は使用不能だったが奥の木造橋(工事用の仮橋)は使用可能(簡単に修理できた)。

この鉄橋、上の現在の写真で分かるように手前が曲弦トラスでこれがオリジナルのモノ、奥が平行弦トラスだがこれは戦後(昭和25年)に戦後賠償の一環で復旧されたもの。

 

 

 

次の有名な難工事、アルヒルの桟道橋はクウェー川鉄橋から50キロほど進んだところ。畑とまばらな林の間を進むとこんな所へ。

 

そしていきなりこんな所。断崖絶壁を切り取ってそこに線路を敷いた。

 

 

橋脚の構造はこんなモノ

(もちろんオリジナルそのものではない。耐久性を考え補強されている)

 

 

そしてこの断崖絶壁を通る鉄道の絶景動画をお楽しみください 

 

 

 

 

 

そして最後の難工事の現場、ヘルファイアーパスである。

日本軍の工事では「ヒントクの大切通し」と言われていた。この3キロほど手前の「タンピー付近の曲線大木橋」と合わせ現在では「ヘルファイアーパス(地獄の火の峠」と呼ばれている。

1942年7月に始まり、1943年10月に完成した泰麺鉄道の建設工事で最後まで残った最大の難関だった。

 

 

この切り通しにはこのように記念に線路が一部残してある。

 

そしてこの岩山の上に行くと

 

 

ジャングルの中に工事の時に使った土砂運搬用のトロッコが・・・

今なら重機でこんな切り通し簡単に掘削できるが、何せ1943年である。

ツルハシとスコップ、そしてダイナマイトしか使えるモノの無い、それでいて超突貫工事だった。

(やっと削岩機が手に入ったのが1943年5月末の事らしい)

 

 

ビルマ方面の戦局は厳しさを増してくる。海上補給はますます困難になってきた。

1943年2月、大本営は工期を4ヶ月短縮し8月完成を指令する。

不可能と上申した現地鉄道司令部の幕僚長は左遷召喚された。

しかし何も妙案が有るわけではない。結局規格を落とすことと兵力・人員の大量投入しかなかった。

この為連合軍捕虜もさらに追加されたが、そんな人員には病人も多数いたようである。結果として現地の負担を増やし、犠牲者を増やすことになったようだ。

 

・・・おお! 何とこの所、2011年3月に全く同じことをやっていたではないか・・・

・・・正論を言ったら即クビ、その時の責任者は「空き缶」だったが・・・

 

 

 

そしてこのヘルファイアーパス、こんな記念館が出来ている。

ヘルファイアーパス・メモリアル

 

このヘルファイアーパス・メモリアル、実はオーストラリア政府が援助して建設し、現在もオーストラリア政府が運営している。

この記念館のある土地はタイ軍の敷地内、そんな事になっている。

 

泰麺鉄道建設で白人捕虜に多数の死者が出た、その怨念を感じさせる設備である。

私が行った時も中に入った時の異様な雰囲気、忘れられない。

 

 

さてその工事の悲惨な状況、それをしっかり調べた方がいる。

吉田修氏と言うその方がタイ国日本人会の会報「クルンテープ」に投稿したもの、以下にその全文を見ることが出来る。

http://www8.plala.or.jp/taimen/note.htm

 

尚この泰麺鉄道に関する調査、大変良く調べてある。私も読んでみて大いに感心した次第。ご興味のある方は是非どうぞご一読を。

 

 

その中でも最も悲惨な状況を一部紹介したい。(全文は長すぎるので・・)

 

<以下引用>

 

第3期  最大の危機  43年2月~7月中旬

 

最も困難な時期であった。豪雨による補給途絶、疫病の発生などの悪条件に加えて工期短縮命令が下り、進退窮まる中で必死の工事が続き多くの犠牲者が出た。

  

「工期の短縮」

 

ビルマ方面の戦局は激化する一方、海上補給は、ますます困難になってくる。2月上旬、大本営は工期を4ヵ月短縮し8月完成とせよと指令する。不可能と上申した現地鉄道司令部の幕僚長は左遷召還された。しかし中央においても妙案があるわけもない。結局のところ、路線や平行道路の規格を落とすとともに、工事兵力・労働力などを大量に投入し、現場の尻をたたいて急がせるしかなかった。 

  

「作業力の強化」

 

 こうして建設・兵姑・医療を強化すべく2個工兵連隊、特設鉄道隊、野戦病院、兵站地区隊などが急いで追加配備され、待ちに待った削岩機も5月末にやっと到着した。また3月からはビルマ労務者、ついで4月からマーフヤ、タイ (華僑)労務者などの投入も始まった。捕虜も大量に追送されることになったが、病人が多数含まれていいたため受入側の負担は重くなり不幸な犠牲者の数をを増す結果となる。

  

「早かった雨季入り」

 

 折あしく雨季がビルマ側で4月中旬、タイ側で同下旬と約1ヵ月早く到来した。ビルマ側、タイ側のいずれの道路も工事未了のまま泥の海となった。補給輸送のトラックは板バネや車軸を折り、泥に埋まった。またケオノイ河も洪水期の始めには流木や水位激変のため舟運が困難となった。このため交通が途絶し、各所の食料はじめ補給が途絶え始める。そこに追加配置された捕虜、労務者が泥道を歩かされ疲労困憊して到着。さらに負担がますはめになった。奥地の作業所では、米主体の給食も定量の2分の1から3分の1に滅少し、カロリー・蛋白・ビタミン類の不足で栄養不良が一般化した。それまで捕虜・労務者キャンプの周辺に群がっていた食品・煙草などの物売りも姿を消した

 

 一方、ビルマ増援の第31師団は、鉄道完成を持てず線路沿いに泥濘と化した工軍用道路を徒歩でビルマヘと急いだ。将兵は雨の中を、捕虜さえも哀れむような強行軍を行い、この間建設作業を少なからず阻害した。

  

「疫病の蔓延」

 

 悪運はさらに続いた。ビルマ側からか労務者の持ち込んだコレラが蔓延し、マラリアや赤痢、熱帯性潰瘍なども日常茶飯事の状況下にあった。天然痘患者もクンビザヤで見つかり、種痘を大量に行って辛うじて防いだ。医療要員、施設、資機材のすべてが不足しており、全工事を通じてこの時期に最も多くの死者を出したが、特に組織が弱く、専用の要員・施設をもたず衛生知識も乏しい労務者に死者が多く出た模様である。

  

「工事の強行」

 

 工事への出面率も大幅に低下し、ひどいところでは配置人員の2割しか働けないところもでてくる。このような状況下にあっても工事の遅滞は許されなかった。日本の工事部隊にとっては工事現場は戦場であったのである。「連隊ハ全滅スルトモ(難所を)強行突破セョ」と鉄9連隊長は訓示した。昼夜交替で長時間にわたって、わずかな日本兵が率先し、捕虜も労務者も、皆が栄養不良と疲労でフラフラになりつつも工事は続行された。そしてチュンカイの切通し、アルヒルの桟道橋、メクロン鉄橋、ビルマ側の六木橋、タンピーの曲線大木橋と次々に難工事部分が完成していった。

 

<引用終り>

 

 

しかしこんな難工事だったが、捕虜に対する虐待もあった。

そんな事の分かる記述が上掲「吉田修氏のまとめ」に記述されている。

 

<以下引用>

 

「泰緬鉄道関係裁判の結果」

 

 

 

 


 46~47年にシンガポール軍事法廷で行われた泰緬鉄道関係裁判の結果、捕虜虐待により起訴120人、有罪111人、内死刑32人の判決が下された。部隊別では捕虜収容所が過半を占め、が階級別では直接捕虜に接した朝鮮人軍属と現場での指揮官であった尉官群を抜いて多い。またこれら戦犯容疑者については、シンガポールに収監中、食事等におけるかなりの虐待(餓死)をくわえられた模様である。

 

また南方におけるBC級裁判では、判決書朗読や判決理由説示の形式さえとらないで断罪(処刑)されたケースもあったとされるが泰緬鉄道関係については不明である。

 

<引用終り>

 

 

何とこんな所に朝鮮人軍属が顔を出している。

この泰麺鉄道の工事、無茶苦茶な指令の元での工事なのは知っていた。それにしても捕虜虐待が酷かったと言われるのがどうにも腑に落ちなかったが、これを見て納得である。

 

日本の鉄道建設部隊は殆ど最前線で建設工事に従事していた。

捕虜の虐待がどうして起こったのか興味のある所である。

 

 

最後に長年世界を支配していた白人が此処では日本人と言う有色人種に支配される、白人にとっては大変な屈辱であったと思われる。

そして今日の慰安婦騒動の様に根も葉も無い話でも「日本人を貶し辱めるためには何でも飛びつく」、そんな欧米のマスゴミや政治家の風潮を作ってしまったようだ。

 

先の長い話である。

 

  1. タイiza
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2013-05-29 15:22

タイの山奥にある親日博物館

  安倍総理がミャンマーを訪問し、「総理としては36年振りに日本人墓地に参拝」、そんな話を丸山光三さんがエントリーしている。

http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/3089487/

 

 

これは安倍総理の参拝の様子

丸山さんのブログより引用、オリジナルは安倍総理のFB。

 

悲惨なインパール作戦、しかしそこにはミャンマー(ビルマ)の人たちの日本兵に対する温かい気持ちが有った。

 

 

そしてこれはあまり知られていないが、敗走した日本軍がたどりついたタイ北西部、そこで日本兵は暖かく迎えられる。

そしてそのタイ北西部には何と世界唯一の親日博物館が有る。

 

その経緯については「東アジア黙示録、世界で唯一の親日博物館・・・北部タイ英霊街道を辿る」に詳しい。

http://dogma.at.webry.info/201101/article_1.html

 

最初にその親日博物館が如何してできたのか、それを紹介する。

 

<以下上掲東アジア黙示録より引用>

 

・・・一部省略・・・

ビルマ国境と接するタイ北部メーホーソン県の山里。その村の名をクンユアムと云った。

 

それは村人にとって宝物だった

 

大東亜戦争の終結から半世紀が経った1995年。クンユアム村に新たな警察署長が赴任してきた。50代半ばの警察中佐、チューチャイ・チョムタワットさんだった。

 

署長就任後に村の家々を挨拶して回った際、チューチャイさんは奇妙な事実に気付いた。古ぼけた水筒や外套、ヘルメットといった品々が各家庭で宝物のように大切に保管されていたのだ。

 

それらは、かつて我が軍の兵士が世話になったお礼として村人にプレゼントしたものなどだった。半世紀以上も前に、この小さな村で何があったのか…

 

当時を知る者たちから聞き取り調査を進めると、戦時中に村人と皇軍兵士が交流を深めていたことが判った。大事に保存されている品々に、懐かしい思い出が刻み込まれていたのだ。

 

「これらの品々は持ち主に代わって後世の人たちに、かつての時代のことを語り、尊敬の念を起こさせる。それは子孫たちにとってお金で買うことの出来ない掛け替えのないものだ」

 

チューチャイさんは、異国の兵士との交流秘史を後世に伝えようと決意。村人たちに古い品々の提供を求め、郡の公共施設を利用した博物館の建設を準備した。

 

無償提供を受けるだけではなく、村人から買い取ることもあれば、ビルマ領内から錆び付いた軍用車両を取り寄せることもあった。チューチャイさんは日本円で250万円以上の私費を投じて収集したという。

 

集まった我が軍の品々は500点を突破。そして1996年11月、クンユアム村に「第二次世界大戦博物館」がオープンした

 

クンユアム村を貫く国道の脇に開館した博物館。現在は「タイ日友好記念館」と名称を変え、1,000点近い展示品が収蔵されている。敷地の門には、タイ国旗と共に日の丸が翻っていた。

 

・・・以下略、大変長文の為、詳細は上記リンク先参照ください・・・

 

その旧日本軍博物館とはこんなモノ

 

<引用終り>

 

この博物館の有る所はこんな所

 

タイの北西のはずれ、ミャンマーとの国境である。

此処に行くためには日本⇒バンコク、バンコク⇒チェンマイ(国内線)、チェンマイ⇒メーホンソン(国内線で35分)、メーホンソン⇒クンユアム村(クルマで1時間半くらい)。

しかもチェンマイからの国内線は1日7便あるが、5便は35人乗り位の双発プロペラ機、2便は14人乗り位の単発セスナ機。どんな所かお分かりいただけよう。

 

 

そしてここにもう一人の証人がいる。

このクンユアム村の出身で当時小学生くらいだったタイの元運輸大臣の言葉

 

ここで「カンチャナブリの博物館(戦争博物館)で宣伝される日本軍とは違う」、これはカンチャナブリは映画「戦場にかける橋」で一躍有名になったが、これは戦勝国の論理で造られたもの、本当の日本軍を表している訳では無いという事だが、この件は次回に取り上げます。

 

 

そしてこれはチューチャイさんのおもいの分かるHP

「第二次大戦でのクンユアムの人々の日本の兵隊さんの思い出」

http://www5f.biglobe.ne.jp/~thai/

 

 

 

 

最後にもう一つ紹介。

これはタイ北部チェンマイ在住の日本人の方が体験した大戦中の日本兵と交流したことのあるタイ人女性の話。

これは2012年の話。

 

以下 yunkaoさんのブログより借用

http://yunkao.exblog.jp/18360786/

 

<以下引用>

・・・一部省略・・・

見ると、道の反対側の家の前で、お婆さんが仁王立ち!
路駐しているから怒っているんだ・・・ 
おどおどしつつ、
「お寺に行くんです」
と正直に答えたら、

「うちの前に停めなさい。ほら、ここ」
と、お婆さん。
「あ、ありがとうございます!」

バイクを停めながら、
自分が日本人でチェンマイに住んでいると話したら、
急にお婆さんが
「ニホンジン、ワタシ ニホンゴ ベンキョウ」
と、確かに日本語で言いました。

どこで勉強したんですか?

「第二次世界大戦中に日本兵から習ったの。
当時、私は12歳だったわ。

1サターンのカノムチーン(米粉のソーメン)を100バーツで売ったのよ。
ほほほ、我ながら、ずるいわねえ。

バナナやパパイヤも売ったわね。
お金がない時代だったけど、
兵隊さんがよく買ってくれたおかげで
たった12歳なのにしっかり稼ぐことができたのよ。

私の家には何人かの兵隊さんが泊まっていたわ。
お風呂に入る時は、フンドシひとつでね、びっくりしましたねえ(笑)

兵隊さんに教えてもらった日本語はね…
アタマ、メ、ミミヤスミ。ミミヤスミ。
コドモ、イモウト……。

一緒に遊んでくれて、肩車もしてくれたわね…
ミミヤスミ?)

「そうだ、あなた、ちょっと待ちなさい」
お婆さんは家の中に入って、
包みを持って出てきました。

「これを持って帰って食べなさい」

包みの中には、
タイのお菓子とケープムー(豚の皮を揚げたもの)、
黒ゴマ入り豆乳が入っていました。

バイクも停めさせてもらい、
その上、お菓子まで頂くのは悪い気もしましたが、
こういう時は、受け取った方が喜ばれます。

「今私は83歳。でも気持ちは38歳よ(笑)
日本語はたくさん覚えていたんだけどね、
さすがに時間が経つと忘れちゃうわね。
え? 私が元気だって?
あなたもその豆乳を飲んだら、元気になるわよ。

 

・・・以下略、詳細は上記リンク先参照ください・・・

 

<引用終り>

 

何気ないエピソードである。

しかし特亜の方から聞こえてくる無茶苦茶な日本軍人像、これがいかに嘘っぱちか、それがこんなエピソード一つ一つで分かる。

そんな意味で紹介しました。

 

 

 

  1. タイiza
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2013-05-09 14:40

羊頭鼠肉

  羊頭狗肉と言う言葉が有る。

 

所が今、何でもありの中国では「羊頭鼠肉!」も有りだと言う。

これなら問題は無いのだが・・・

 

 

さて羊頭鼠肉はどんなものか。

これについては丸山光三さんの以下エントリー参照ください。

http://marco-germany.iza.ne.jp/blog/entry/3071761/

 

この話を見てちょっとタイの思いで話など・・・

息抜きネタです。

 

 

 

 私はどちらかと言えば悪食かもしれない。結構タイではいろんなものを食べた。

サソリとかタガメとか、普通に売っているモノなら大体食べたのだが、どうしても食べる気がしなかったものが有る。

ネズミである。

タイ人は、特に田舎のタイ人はネズミを食べる。

だから街道筋に並んでいる屋台でネズミを売っている。

勿論屋台で売っているのは焼いてあるので「焼きネズミ」である。

 

 

これはタイ中部ピサヌローク県の焼きネズミの屋台

 

ネズミのあぶり焼き

 

 

さばかれる前のネズミ

 

食べられるネズミは野ネズミである。タイ語ではヌー・ナーと言う。

ヌー=ネズミ、ナー=田んぼ なので直訳すれば田ネズミになるのだろうか。

ドブネズミや家ネズミはタイ人と言えども食べない。

汚いという事もあるのだろうが美味しくないそうだ。

田んぼでコメを食べていたネズミがおいしいのだと言う。

 

 

さてヌー・ナーと言う名前のタイの歌手がいる。

タイ人は本名のほかにニックネームを持っていて、エビとかカエルとか、そんな言いやすい名前を使っている。

 

 

この子がヌー・ナー

 

 

 

こっちの写真の方が可愛いかもしれない

 

何ですか、これならぜひ食べてみたいですか・・・ う~ん。

  1. タイiza
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2013-04-26 18:37

タイの大規模治水事業、入札から日本企業連合撤退

 タイから興味深いニュースが聞こえてきた。

 

<以下newsclipより引用>

 

タイの大規模治水事業、入札から日本企業連合撤退

newsclip  2013/4/26 (03:01)

 

【タイ】タイのプロードプラソプ副首相は24日、タイ政府の大規模治水事業の入札から日本の企業連合が撤退したことを明らかにした。用地の収用を落札業者が担当するなど条件が厳しく、採算が合わないと判断したという

 

 タイ政府の治水事業入札は10件、総額3500億バーツ(約1・2兆円)規模で、5月3日が締切だった。事前審査では、中国電力建設集団、中国水利電力対外など中国企業とタイのゼネコン(総合建設会社)最大手イタリアンタイ・ディベロップメントのコンソーシアム、韓国水資源公社(Kウォーター)の2陣営が10件全てで候補に選ばれていた。日本企業は建設技研インターナショナル、大林組、大成建設、鹿島建設、清水建設などがコンソーシアムを組み、6件で最終審査に残っていた。

 

 タイでは2011年にバンコクと北郊のパトゥムタニ県、アユタヤ県などで大洪水が発生し、ホンダ、ソニーなど日系企業400社以上の工場が水没した。今回の入札はこうした大規模な洪水の再発防止を狙ったもの。

 

 日本企業の撤退を報じたタイのニュースサイトのコメント欄には「タイは汚職天国。落札したら下着一枚になるまでひんむかれるのがわかったのだろう」「贈賄の予算なし」「汚職に関わって名前に傷が付くのを恐れたからだ」など、入札をめぐる汚職が原因という意見が多かった

 

http://www.newsclip.be/news/2013426_037879.html

 

<引用終り>

 

 

総額1,2兆円、1割分を受注しても1200億円である。こんな凄い仕事、そうそう有るもんじゃない。

しかし撤退した。

理由が賄賂。だがこの賄賂、金額が半端じゃない。

総額の30~35%が賄賂である。

 

タイがタクシン派の政権になってから、この賄賂がうなぎのぼりでこうなってしまった。

この事を昨年タイのバンコク週報(2012年7月21日付)で報道されている。

 

 

詳細は以下エントリー参照ください

 

http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/2777015/

 

 

総額1,2兆円、何処でも絶対受注したい仕事である。しかし賄賂が30~35%ではまともな工事など出来る訳が無い。

若しこんな仕事を受注すれば、手抜き工事で日本ブランドに傷がつくのは目に見えている。

残念だがこんな仕事は特亜系にやらせるしかないのだろう。

 

日本企業の苦渋の決断に大いに拍手を送りたい

 

だが日本でもバラマキ政権は必ずこんな不祥事を内在しているはずだ。

さあこれからミンス連中の悪事を暴くときが来た、そんな思いを強くした次第。

 

尚この件は、「タイのタクシン派政権の腐敗体質に対する日系企業からの拒否反応」であると思う。

これを機会にタイが変わってくれることを期待したいのだが・・・ 当分無理か?

  1. タイiza
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2013-03-22 14:34

天然ガス自動車のタイでの事例

 最近下火になったが、一時天然ガス自動車が話題になった事が有る。

裏の桜さんがTPP関連でアメリカが「日本の市場は非関税障壁が有り問題だ、アメリカ製の部品が売れないじゃないか」、こんなアメリカのイチャモンをエントリーしている。

 

アメちゃんの言い分は「天然ガス自動車用の部品(燃料タンクなど)を売りたくても日本では売れない」と文句を言っているのだとか。

 

「難癖をつける」

http://dale-alv.iza.ne.jp/blog/entry/3029965

 

 

そこで私がタイで見た天然ガス自動車の採用状況などを紹介したい。

 

先ず2年ほど前のタイのモーターショーで見た「CNGバイフューエル車」

 

注:天然ガス自動車は二通りの言い方をする。

・NGV=Natural Gas Vehicle    ・・・天然ガス自動車

・CNG=compressed natural gas  ・・・圧縮天然ガス

・バイフューエル車=二種類の燃料が使えるクルマ

 (例えばガソリンと天然ガスなど)

 

最初にこの車。

 

 

の車は小型トラック(1トンピックアップ)の荷台を外し、燃料タンクやボンベが分かるように見せているモノ

左側の黒いものが通常のガソリンタンク。その右の黄土色なのがCNG(天然ガス)のボンベ。

 

ガソリンエンジン車なら小改造でガソリン・CNGどちらでも使えるようになる。

CNGは給油スタンドが少ない、航続距離が極端に短い、パワーが無い、など特有の欠点かあるので、この様に2種類の燃料を使えるようにして使っている

これならCNGで走っていて燃料が無くなったらガソリンに切り替えればいい。

 

 

次はこの車、カローラ・アルティスのトランクを開けて、追加したCNGボンベろみた所。

 

真っ黒で何が何だかよく分からないが、ボンベをトランクルームに入れ、それだけでは危険なのでカバーをつけてある。

トランクルームはこんな風で非常に狭くなる。

 

 

乗用車をこの様にバイフューエル化すると、トランクルームは非常に狭くなる。

これが我慢できない人にはこんなモノは向かない。

 

 

もう少し見てみよう。

これは3年ほど前のもの。車はシボレー・オプトラの場合

(シボレーオプトラ=韓国大宇(現GMコリア)の車、GMタイ工場で生産している)

 

エンジンフードを開けてみると

 

 

エンジンルーム内にガソリンからCNGへの切換え弁がある。

燃料の切換えには車を止め、ボンネットを開けて行わねばならない。

 

そしてトランク内には

 

 

こんな風にトランク内には大きなCNGボンベが入っている。

上掲のカローラの場合と同じである。

 

 

裏の桜さんが「難癖をつける」という事で取り上げていたケースの場合、

アメリカの言い分は、「韓国はどんどん採用してくれている。どうして日本は採用しないのか」だと思う。

 

でも皆さんどう思いますか。こんな車買いますか?

それを買わない日本人が悪いと因縁をつけているのがアメリカ人なのですが・・・

 

あっ、もう一つ、CNGはパワーが無いので坂道は苦手です。

また遠出も苦手、結局全部ガソリンで走る事になってしまいますが・・・

 

 

 

さてこれはガソリンエンジンの場合。最近急速に性能が向上したディーゼルはどうか。

ディーゼルは原理的に圧縮着火なのでそのままでは天然ガスは使えない。ガソリン車と同じ点火装置が必要なのだ。したがってシリンダーヘッドやらピストンなど大改造が必要。

モーターショーではそんな改造事例は出展されていなかった。

但し大型トラックではCNGボンベを積んだトラックをしばしば見かける。

またバスなどにも「NGV」と書いたバスが有る。

 

 

ポンコツバスである。

ディーゼルエンジンを天然ガス用に改造するのは大改造で、しかもバイフューエルにならない。

バンコク市内を黒煙をもうもうと吐いて走っていたポンコツバス、壊れてもいいや位のつもりで改造したのだろう。

どうせこんなバス、郊外になど行ける代物じゃない、バンコク市内の山坂の無いところをノロノロ走っていれば良いんだ、こんな趣旨の様である。

 

尚郊外を走る長距離バスではその後も気を付けてみていたがNGVバスは見かけていない。

 

 

タイの場合は天然ガスはある程度自国で産出する。しかし最近のエネルギー需要増大で輸入量が増えている。

そんな背景でタイ政府上げて天然ガス自動車を奨励しているが、実際は笛吹けど踊らず、そんな状態だ。

 

 

日本でCNG車が売れないのはこんな風で特有の不便さが有り、特定の所でしか使えないのである。

TPPではこんな所が非関税障壁で問題になる。

注意してみてゆかねばならない。

日本として主張すべきはキチンと主張すべきだろう。

 

  1. タイiza
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2013-02-18 22:43

日経スペシャル・未来世紀ジパングがヒドイ

  今夜10時からのテレ東(愛知県ではテレビ愛知)の日経スペシャルで「東京都バンコク区 日本企業が殺到するタイ」を見ている。

正直言って酷い!酷すぎる!

 

 

未だ番組途中だがあまりの酷さにあきれてコメントを書いてます。

要するに事実がマトモニ報道されていない、この一言です。

 

例えば2011年の大洪水、タイの国土の30%が水没したなどと言っています。

事実を知っている人が聞いたら呆れてものが言えません。

 

今10時40分、タイは労働争議が少ないと言う話しを言っており、中国と比べればその通りだが決して安心できる話ではない。

この番組を見てそのまま信用したらマンマと嵌められます。

 

取りあえず今この番組中ですがあまりの酷さに警告の意味でエントリーします。

日経新聞に騙されてはいけません。

 

それにしてもヒドイものです。

録画していますので全体のコメントは後程。

  1. タイiza
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