2018-05-26 14:37

宇多田ヒカルの見た日本語


 今日は私が今まで殆ど話題にしてこなかったことがテーマです。
何がって?、実は歌手に関する話。私は芸能関係や電波芸者の出るテレビなどは大の苦手。ですからこんな話題はまったく知識がないのですが、ちょっとおもしろかったので。

歌手で、というよりシンガー・ソングライター、宇多田ヒカルの話です。
と言っても私は宇多田ヒカルの歌など全く知りません。確か母親が歌手の藤圭子だったかなあ、演歌歌手だったと思うけど娘はどんななのかなあ? まあそんな程度ですね。
でも以下の読売記事を見ると、宇多田ヒカルは両親とも日本人なのだが、完全なバイリンガルとして育てられたようで、その言っていることが私の取り上げてきたブログのテーマ、「読解力」「日本語力」にもつながる話。何はともかくその読売記事を見てみます。


5月19日の読売新聞エンタメ欄にこんな記事が有りました。

<以下引用>
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20180518-118-OYTPT50410/search_list_%25E5%25AE%2587%25E5%25A4%259A%25E7%2594%25B0%25E3%2583%2592%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25AB__

[STORY]宇多田ヒカル<3>
母国語は多分、日本語
2018年5月19日

2018-5-25宇多田ヒカル2 
海外で暮らした子供時代、「親と一緒に日本語の本をたくさん読んだり、父が漢字のドリルを作ってくれたりしました」=守谷遼平撮影

 日本と米国で育ち、日本語、英語ともに堪能な宇多田ヒカルは、海外向けに英語で作品を作ることもあるが、多くの場合、創作に使うのは日本語だ。「結局、日本語で書くことを選んでいることになりますね」

 子供の頃、父の音楽プロデューサー・宇多田照實とは主に英語で、母の歌手・藤圭子とは日本語で会話した。ニューヨークに引っ越すと、半年もしないうちに英語の方が得意になった。「日本語を忘れないようにするため」、両親と異なる言語で会話したのだった。

 日本に戻ってもインターナショナルスクールなどに通ったので、日本語を家の外で使うのは日本語の授業や買い物の時くらい。「話す分には、英語の方が自然というか、楽でした」。16歳で出した初アルバム「First Love」(1999年)を録音した頃のデモ音源には、宇多田が英語で独り言を言う様子が残っている。

 母国語は「多分、日本語」と語りつつも、取材中、スタッフに「あの表現、日本語で何て言うんだっけ」と尋ねることもあった。「英語だったらこう言えるのにとか、日本語だったらこのことわざを言えば伝わるのにとか。両方出てきます」

 とはいえ、2010年からの活動休止を経ると、より日本語にこだわった歌詞を書くようになった。ロンドンに渡り、フランス語やイタリア語を勉強。比較する言語が増え、感じたのは「日本語って本当に特別な言語だな」ということ。

 作り手として、日本語は「道具箱が何重もある感じ」と映る。言葉の順番を入れ替えても意味が通じる。それでいて、「鳥が鳴く」を「鳴く鳥」とすると「全然ニュアンスが違う英語ではできないんですよね」

 私とあなたという関係ひとつとっても、性別、年齢、性格と様々なことをにおわせる表現がある。「『君』を『あなた』にするだけで、印象も関係性も変わってくる」

 「自由自在、変幻自在な感じがするんですよね、日本語は」。宇多田流の日本語論。この特性が歌詞を豊かなものにする。

 2歳になる息子は何語で育てるのか? 素朴な疑問をぶつけると、「完全に最初から日本語です」と即答した。「外国で生活しているので、自然と英語は身に付いて、いずれ英語がメインになってしまう。なので頑張って日本語で、と思っています」

 (シンガー・ソングライター)

<引用終り>


 私が宇多田ヒカルに興味が有るのは、バイリンガルとして育ち、日本語・英語以外にフランス語・イタリヤ語も勉強してみて、「日本語って本当に特別な言語だな」、そして日本語は「道具箱が何重もある感じ」「自由自在、変幻自在な感じがするんですよね、日本語は」、こんな感想を持っている事だった。

実はこの事を言葉を教える学校の先生や子供の親御さんにもぜひ知ってほしい、例えば親と一緒に日本語の本をたくさん読んだり、父が漢字のドリルを作ってくれたり」、こんな事が、外国語に比べて習得に時間のかかる日本語を的確に教えるためにどうしても必要だと思うからだ。

この日本語の難しさを中国文学者の高島俊男先生は著書{漢字と日本人」の中でこんな事を言っている。
日本人にとってことばの実態は文字、音声はそれが落とすかげに過ぎない。だから漢字語を話してもチラッとその後ろの漢字を頭の中で見ている。
例えばあるお母さんの話、「第一志望のコーコーに一発ではいってくれました」、チラッと高校、「ほんとに親コーコーな子です」、チラッと孝行。

これが高島先生の話す日本語の特徴で、だからこれを習得するためには沢山の本を読むこと。沢山辞書を引くこと。こんな事が言えると思う。
このことは外国で仕事や生活をしている人だけでなく、国内でも最近外国人が増えてきているので、そんな事を意識して生活していくことが必要になっていると思う。


最後に言葉の問題に関して、参考になるかどうか、最近のエントリーにはこんなものが有るので紹介します。


読解力を考える<続編


読売新聞の「読解力不足記事」

韓国はモノづくりには不適な国

又古いエントリーだが、多数に方に見ていただいたものとしてはこんなもの
春の小川をタイ語で言うと<再掲

最後の今は筆を置いてしまった方のエントリーで大変秀逸なものを紹介します。
紹介するのはkei-izaさんのエントリー。
「高等教育を母国語で出来る事の素晴らしさ」と「日本の英語教育の問題点」
それとsopnoraone-3さんのエントリー。
ボストンから留学事情雑感
以下エントリー参照ください。
春の小川をタイ語で言うと<再掲<続編



おまけ



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2018-05-21 15:30

デフレが再現という悪夢


 1月~3月の日本のGDPがマイナスになったと報道されている。
永年デフレで苦しんできて、やっとアベノミクスで景気が持ち直したのだが、デフレ脱却どころか又してもデフレになりつつあると言われてきた。そしてマスゴミ連中の安倍おろしが効いたのか、夜盗(野党ともいう)連中の国会サボタージュが効いたのか、遂にGDPがマイナスに転じたようだ。デフレである。

先ずはその報道から
<以下引用>
https://www.nikkei.com/article/DGXLASFL16H9O_W8A510C1000000/

1~3月実質GDP、年率0.6%減 9期ぶりマイナス 
2018/5/16 8:50

 内閣府が16日発表した1~3月期の国内総生産(GDP)速報値は、物価変動の影響を除く実質で前期比0.2%減、年率換算では0.6%減だった。マイナスは9四半期ぶり。消費や設備投資、住宅投資が振るわず、内需が勢いを欠いた。輸出の伸びも鈍化した。

・・・中略・・・

 総合的な物価の動きを示すGDPデフレーターは前年同期と比べてプラス0.5%だった。輸入品目の動きを除いた国内需要デフレーターは0.9%のプラスだった。

 同時に発表した2017年度のGDPは実質で前年比1.5%増、生活実感に近い名目で1.6%増だった。

<引用終り>


だがデフレの深刻さは国内を見ているだけでは分からない。

デフレとは国内の消費者にとっては物価が安定・もしくは下がっていくので収入が安定している人(スケベが売り物の官僚など、この代表)たちには大変暮らしやすい(ここ重要、元日銀総裁ぬらりひょん氏などは暮らしやすいと明言)。しかし商売をしている人・企業などは売り上げが下がる苦境。そして働く人には給料が下がる、職場が無くなる。一見暮らしやすく見えるが、経済が発展せず、衰退への道まっしぐらだ。

このデフレを脱却しない事には日本再生はおぼつかないが、その為には銀行の役割は大きい。しかも銀行屋にはそんな自覚は薬にしたくも無いのが実態だ。
参考ブログ
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1514.html

こんな現状を世界から見ると全く様相が違う。日本がデフレの間、世界は緩やかなインフレで成長が続いている。
そしていつの間にか日本は物価が安く、給料が安く、不動産なども安い、こんな国になった。
外国人が暮らすにはとてもいい国なのだ。

ではそのGDPで日本一人負けの実態を

日本のGDP国際比較
2018-5-20主要国の名目GDP推移 
http://www.garbagenews.net/archives/1335765.html

主要10カ国(G7+シナ・インド・ブラジル)の中に他と違う国が三つある。
先進国の中でも飛びぬけて数字の大きい、成長率の大きな国がアメリカ。そのアメリカに追いつこうかという勢いが中国。そして逆に全く成長しないのが日本だ。


次に
消費者物価の国際比較
2018-5-20主要国の消費者物価指数国際比較 
https://toukeidata.com/country/bukka_suii_hikaku.html

これは消費者物価指数推移。日本・アメリカ・ドイツ・中国に何故か盲腸国の韓国が紛れ込んでいる。
日本はデフレだからグラフは見事に横ばい。
アメリカは1980年からの27年で物価は約3倍、しかし名目GDPは6.8倍なので、若しこんな成長の分配が上手く行っていれば、物価は3倍だが収入は6倍。これなら豊かさが実感できると思う。しかしこの分配が上手く行っていないところがアメリカの問題なのだが、今回は指摘だけにとどめます。


さてこんな事で日本のデフレがもたらした結果として物価の指標、ビッグマック指数を見てみます。
参考ブログ:「難航する日本再生への道  2018-03-27」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1514.html

ビッグマック指数でG7の国を見ると
順位  国名   金額(日本円換算)  USドル換算  現地通貨
5位  アメリカ   585円        5.28ドル
6位  カナダ    582円        5.26ドル
7位  イタリア   569円        5.14ドル   4.2ユーロ
7位  フランス   569円        5.14ドル   4.2ユーロ
16位 ドイツ    529円        4.77ドル   3.9ユーロ
20位 イギリス   489円        4.41ドル   3.19ポンド
35位 日本     380円        3.43ドル   
日本がずば抜けて安いのが良く分かると思います。

(参考:日本の前後の国)
24位 韓国     456円        4.12ドル
25位 ギリシャ   454円        4.10ドル   3.35ユーロ
34位 タイ     412円        3.72ドル   119タイバーツ
・・・此処までが日本より上位、韓国もギリシャもそしてタイまでも・・・
42位 中国     351円        3.17ドル   20.4人民元
(中国は地域で物価レベルに差が大きい、上海・北京では日本より物価が高い)

日本は韓国、ギリシャ、そしてなんとタイにも抜かれる体たらく・・・。



さてそこで一人当たりの名目GDP推移を日本と中国で比較してみたい。日本のデフレでほくそ笑んでいる国の代表格がシナだからである。

2018-5-20日本中国一人当たり名目GDP推移1 
http://ecodb.net/exec/trans_country.php?type=WEO&d=NGDPDPC&c1=CN&c2=JP

このグラフでわかること、20世紀の終り、2000年には日本の一人当たり名目GDPは中国の訳40倍だった。それが習近平自身が奇跡の成長という結果、2017年には日本の一人当たり名目GDPは4,4倍になっている。つまり中国はこの間9倍成長しているのだ。

しかし中国とは国内に農民戸籍という植民地人を国内に抱えている国家なので、このGDPは都市戸籍人4億が独り占めしている。だから一人当たりGDPはこの3~5倍と見るべきで、もう既に中国人の収入は日本人と変わらない、あるいは一部のエリート層は日本のエリート層より数段金持ちになっている。


もう一つ、中国の現実を知るためのデータを。
中国では都市部の住宅は殆どが日本でいうマンション(高層住宅)ですが、その価格はべらぼうです。なんとマンション価格が年収の30倍(上海・北京などでは)、日本で住宅購入の場合、年収の3~5倍程度に抑えるべきと言われますが、価格が一ケタ違いますね。
これは日経記事
「マンションが年収の30倍を超す中国 「処方箋」は?」   2016/12/16
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO10637910U6A211C1I00000/



長々と書きましたが結論です。
日本がデフレで苦しんでいる時、中国は猛烈な成長を遂げ、カネを持った中国人が日本の不動産を買い漁っています。
既に都心のマンションの上の方の階は殆ど中国人が買っているとか聞きました。
北海道で土地がシナ資本に買い占められているのも現実です。
日本がデフレで世界の物価の潮流から大きく外れてしまったため、日本が買い占められているのです。

国会はモリカケなどの不毛の議論を止め、日本の未来のためにどうするかを考えるべきなのです。まあしかし、国会をさぼって18日間も連休にし、「お母さんに叱られたから国会に戻る」などというような幼稚園児が国会議員センセでは何ともなりませんね。


最後に海外在住のNINJA300さんがご自身のブログでこんな事を言っていますがまったく同感。
http://ninjafighter.blog.fc2.com/blog-entry-2410.html

一寸要点を引用紹介します。
<以下引用>
日本政府にはやるべきことは山ほどある。それにもかかわらず、野党は一年以上、盛そば・掛けそばの話。大体議会で議論するにしてもレベルの低い話を国会で延々とやっている。日本の民主主義は今、機能していない。
日本のインフラは老朽化が進捗している。鉄道、トンネル、橋梁等々。日本の法制も老朽化が進んでいる。銀行はなぜ午前9時~午後3時まで一律営業なのか?土日に営業したり、夜遅くまで営業することは他国では通常である。なぜ、国内にスパイがうようよいるのか。スパイ防止法のない先進国は日本以外に存在しない。日本は後進国なのか?

「財務省は国賊!」と云って良い。PB(Primary Balance)で政府をがんじがらめにし、無策としている。セクハラする暇があるにもかかわらずだ。

鈴木傾城氏の風俗レポート(ちょっと前だが)を読むと、今や日本のデリヘル顧客の多くはシナ人だそう。
2005年頃、NINJA300はタイでデイトレをやっていたが、当時のタイは物価が安く、おまけに通貨も安かった。まさに、日本人男性にとっては天国だった。
そのころ、NINJA300は「将来、日本のサラリーマンの娘がシナやASEANの男に安く買われる時代が来る」と予見していた。「因果は巡る」だ。英語でいえば、"Everything is circle.""What comes down must go up."という哲学を保持しており、天安門事件の直後、1989年に香港へ行ったが、当時の物価は日本の約1/3、それがほとんど物価水準に差がなくなったことを経験していたからだ。
繰り返すが鈴木傾城氏の著作によると、日本のメディアでは全く報道されないが、いまやシナ人は日本の風俗の大切な顧客だそうだ。NINJA300はまったく驚かない。同著作によれば、シナ中産階級は年収約300万円(副業込み)。夫婦共稼ぎだから、約600万円となる。将来は知らないが、稼ぎ頭が一人だけの日本人よりもリッチである。傾城氏の著作によれば、日本のサラリーマンの妻の風俗勤務は増えているようで、30~40代以降の熟女風俗市場はボリュームゾーンだそう。安いからだ。*なお、NINJA300は風俗にほとんど興味はなく、氏の著作からの「受け売り」である。
また、感じるのは為替とはVERY「トリッキー(Tricky)」THINGということ。つまり、「VTT」である。

ここ20年、故橋本のバカ政策以降、日本の労働生産性は向上していない。「リニア・リニア!!」と何10年もいうだけでなぜ実行してこなかったんだ、といいたい。遅すぎる!
<引用終り>

国の経済や所得が外国との格差が広がるとき、それが顕著に表れるのが実は風俗の世界である。
人間の欲望は隠せるものでは無く、それを狙う人も当然出てくる。
私が今心配していることは給料の安い日本から女性が海外に買われてゆくことで、「からゆきさん」の話は昔話ではないと思っている。

最後にNINJA300さんは「故橋本のバカ政策」と言っているのは、橋本龍太郎政権の消費増税(97年4月)、それから金融関連の大改革政策の事と思います。
詳細は以下ブログ参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1514.html
このブログに記載した「国の税収・歳出総額・公債発行額のグラフ、通称ワニの口グラフ」を見るとその政策が全く間違いだったことが分かります。

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2018-04-08 17:34

外圧の痛覚


 小川榮太郎氏の「肌を通じた外圧の痛覚を取り戻せ」という論考が産経新聞「正論」に掲載された。ところで小川榮太郎さんの書くモノは文体そのものが旧仮名遣いだったりして大変難しい。
しかし言っていることは現在の日本を取り巻く環境の厳しさ、そして日本国内の「平和ボケ」、それで安倍首相叩きに狂奔している勢力がゴミメディアには溢れている、そんな危機感いっぱいの話だ。

そんな現実を踏まえ、小川榮太郎氏の言っていることを紹介したい。

最初に小川氏の言う外圧とはどんなものが有るか、その一端を見てみたい。
例えばこんなもの、これはJBPressの記事だが、中国はこんな事を言っているのだとか。

中国軍首脳、3日で台湾を占領できると豪語
メッセージは日本にも向けられている   2018.4.5(木)  北村 淳

<以下概要のみ>
 南京軍区副司令員、王洪光中将によると、中国軍は6種の戦い方(火力戦、目標戦、立体戦、情報戦、特殊戦、心理戦)を駆使することにより、台湾を3日で占領してしまうことができるという。
・・・大幅に中略・・・
台湾の危機は日本の危機
 日本の国防にとっては、台湾が中国人民解放軍に占領されて完全に中国に併合されてしまおうが、台湾政府が「短期激烈戦争」発動の脅しに屈して中国政府に軍事外交権を明け渡してしまおうが、いずれにしても極めて深刻な状況に直面することになる。王洪光中将のメッセージは、台湾とアメリカに対してだけではなく、日本にも向けられているのだ
<以上概要のみ>

こんな事で日本の周囲は悪意に満ちた国々ばかり、こんな状況なのに日本はモリそば掛けそばの蕎麦屋騒動をもう一年以上やっている体たらく。

ではその小川榮太郎氏の論稿を紹介します。

<以下引用>

2018.4.4 11:00
【正論】
肌を通じた外圧の痛覚を取り戻せ 文芸評論家・小川榮太郎

 1854(安政元)年、ペリーの来航によつて、日米和親条約が締結された。この大きな外圧に当時の日本人はどう反応したか。これは、日米安保による戦後の平和といふ「地上の楽園」が事実上終焉(しゅうえん)してゐるのに、それに即応できずにゐる今の日本人にとつて、熟考に値する主題と思はれる。

≪「腰抜」ではなかった幕府の対応≫

 最も対極的な反応として、幕府と吉田松陰のそれを簡潔に振り返つてみよう。松陰は幕府の交渉を手紙でこう書いてゐる。「幕府の腰抜(こしぬけ)侍が頻(しき)りに和議を唱へ候こと、誠に一砲丸をも発せざる前にかかること申出るは、かの弱宋の小人原にも劣りたる識見、実以(もっ)て口語に絶したる業に御座候」

 では、実際の幕府の対応は「腰抜」であつたのか。内実を見ると、さうは言へない。充分及第点を与へられるものであつた。交渉を専ら担当したのは、老中の指令を受けた応接係であり、首席は大学頭、林復斎である。

 例へばこんなやりとりがある。ペリーは、日本が漂流民を保護せず、扱ひが非人道的だと非難し、かう言ふ。「貴国の国政が今のままであっては困る。多くの人命にかかわることであり、放置できない。国政を改めないならば国力を尽くして戦争に及び、雌雄を決する準備を整えている。我が国は隣国のメキシコと戦争をし、国都まで攻め取った」【引用者注1(漂流民問題)、引用者注2(米墨戦争)】

 それに対して林は「戦争もあり得るかもしれぬ。しかし、貴官の言うことは事実に反することが多い。(略)我が国の政治は決して反道義的なものではない。我が国の人命尊重は世界に誇るべきものがある。この三百年にわたって太平の時代がつづいたのも、人命尊重のためである」(加藤祐三氏『幕末外交と開国』)として、詳細な反論を続けてゐる。恫喝(どうかつ)に狼狽(うろた)へてゐる様子は全くない。国是を主張して堂々たるものだ。

 交渉の全貌を見ても、戦後の土下座外交、或(ある)いは対米従属に比べ対等との印象は強い。通商の要求も突つ撥(ぱ)ねてゐる。漂流民保護と薪水の提供ならば文字通り人道的にも不可とするに当たるまい。

≪松陰は開戦も覚悟していた≫

 片務的最恵国待遇をアメリカに与へてゐるが、全体に日本側は双務性に拘(こだわ)り治外法権も認めてゐない。列強とアジアとの最初の双務的国際条約だつた。が、その陰で問題を含む譲歩が散見される。

 例へば、下田港でのアメリカ人の行動範囲である。ペリーは長崎の出島のやうな待遇は困る、港から10里ぐらゐまでは自由に歩けるやうにして欲しいと主張する。林は抗するが、下田港から7里四方を遊歩地とすることになつた。林らとしては通商の拒否、双務性の確保、調印者が応接係で幕府や朝廷ではないなどの「勝ち点」を稼いだ上での譲歩にすぎないといふ感覚だつたであらう。これはしかし、われわれ日本人の性善説といふ民族的資質の陥穽(かんせい)ではないか。

 このペリー来航に幕府と対極的な反応をしたのが、松陰だ。松陰は、この時点で日欧軍事力差を認識してをり、西洋兵学を全面的に導入することを主張してゐる。にも関はらず一方でペリー来航に際してかう言つてゐるのである。

 「夷人幕府に上(たてまつ)る書を観(み)るに、和友通商、煤炭食物を買ひ、南境の一港を請ふ等の事件、一として許允(きょいん)せらるべきものなし。夷等(えびすら)来春には答書を取りに来らんに、願ふ所一も許允なき時は、彼れ豈に徒然(とぜん)として帰らんや。然れば来春には必定一戦に及ぶべし」

 交渉拒否、開戦の主張だ。よく知られてゐるやうにこの後松陰は下田に停泊中のアメリカ船に乗り込む。その目的は通説では海外渡航となつてゐるが、川口雅昭氏の『吉田松陰』は、博引旁証(ぼうしょう)によつて「墨夷膺懲(ぼくいようちょう)」、つまりペリー暗殺が目的だつたのではないかと推量してゐる。さうなれば開戦になつた公算はある。松陰が手紙で書いた開戦の主張とも合致する。

≪国家の存亡を賭けて答えを出せ≫

 一見、幕府が合理的、松陰は無謀・軽挙・狂気に見える。が、さうだらうか。幕府の理性的な詰めの中での小さな譲歩は、修好通商条約の大きな譲歩に繋(つな)がり、穏便な外務省外交と強硬な軍事的突破の激しい往復となる日本近代史の序奏となつた。譲歩と爆発を繰り返す日本は、世界から見ると狡猾(こうかつ)な打算と強奪の国に見えることになる。彼我の肖像の大きな相違が日本近代史の破局の背後にあつたのは間違ひない。

 今も、世界は「非合理な情念」に満ちてゐる。中国の国威発揚と日本圧服への情念、北朝鮮による核・長距離ミサイル開発、露のプーチン氏4選-強力で反日・侮日的な軍事独裁政権が日本の近海に勢揃(ぞろ)ひした。その最中、日本では安定してゐた安倍政権が森友・加計問題での一部メディア発の倒閣運動で、苦戦を強ひられてゐる。

 幕府の「常識」には見えてゐなかつたが、松陰が肌を通して痛覚として感じてゐたものは何だつたのか。私には即答できる解はない。が、日本人が今、七十余年ぶりに、国家の安寧と存亡を賭けてその答へを出すべき秋(とき)に至つてゐることは確かだと思はれる。(文芸評論家・小川榮太郎 おがわえいたろう)

<引用終り>

こんな風なのだが、これだけ読んでもどうにも良く分からない。
しかし小川榮太郎氏のフェースブックにこれを補うような記事が有る。
続けて読んでみてください。

<以下引用>
Eitaro Ogawa
【秒読み段階】私は昨年から、日本の全体主義化が現実の日程に入り始めた事を切言してきたが、ふと四囲を見渡して、言論界、政界に戦友少なきを驚く。今声を挙げずにどうするのか。大した事はないとでも思っているのだろうか。
 戦前の日本はマスコミと軍が結託して政府を無力化した。コミンテルンの謀略・影響が広範に日本の支配層に浸透していたことは、江崎道朗氏が近著で丹念に指摘している。
 今、日本は、マスコミと野党と検察他国家機関内の一部人士が結託して、政府の無力化を進めている。背後に謀略がないと考える方がどうかしている。
 スパイや国家紊乱の厳罰・極刑を軸とした法整備と法の適用を急ぐべきだ。
 国民を本当に守る気があるなら、与党は立ち上がれ。
 安倍政権は態勢を整備して戦え。
 嘘の安倍疑惑を引っ張り続け、夫人まで人身御供にしての騒乱は遊びやままごとではない。政局的に乗り切れればいいと考えるな。
 この騒乱を許せば、安倍後の政権はマスコミに拝跪するほかなくなる。それは日本政府がマスコミの背後勢力の奴隷になるという事だ
 国家主権を失うまで、日本が秒読み段階に入っているのは間違いない。これは大仰な話ではない。全くリアルに目の前で起きている事態だ。なぜそれが言論、政財界要路の人達にこうも見えないのだろうか。
 国家で死命を制するのは国民一般の民度ではない。国家エリート層の統治能力、その基盤となる危機への痛覚だ。私はため息をつきながら日本を諦めたくはない。

<引用終り>

此処まで読んでやっと産経新聞の正論で「肌を通じた外圧の痛覚を取り戻せ」と言っていることの意味が分かると思う。

小川榮太郎氏が本当に言いたい事、
それは
『国家で死命を制するのは国民一般の民度ではない。国家エリート層の統治能力、その基盤となる危機への痛覚だ』

こんな事だと思います。
がしかし、こんな痛覚を持っている人が本当にいるのか、甚だ怪しいのが今の官僚、ゴミメディアではないかと思います。
まあ、多少の救いは文科省からスケベ人間をパージできたので、問題点が国民の目に曝されたことでしょうか。

引用者注1:この漂流民問題は伊勢雅臣さんのメルマガにこんな風に紹介されている
No.717 黒船来航の舞台裏
「日本野蛮国」報道
 『ニューヨーク・デイリー・タイムズ』掲載された記事。6年前に日本沿岸で遭難して保護され、オランダ船によって長崎から送還された米捕鯨船員マーフィー・ウェルズが、アフリカ西岸のセントヘレナ島に現れた。
「海岸にたどりつくや土着民に捕まりボートや所持品は没収され、動物を入れる見世物にするような籠(かご)に押し込まれた」「踏み絵を強制され、従わなければ皆殺しにすると脅された」
 こんな野蛮な国に平和的交渉を仕掛けてもムダだと、多くの米国民は思ったであろう。この記事をきっかけに、『ニューヨーク・デイリー・タイムズ』から日本遠征反対論が消え、米世論はペリー艦隊派遣に一本化していく。
 興味深いのは、同じ『ニューヨーク・デイリー・タイムズ』が、一年後、ペリーの対日交渉成功の後に次のような訂正記事を出している。曰く、日本の漂流民の取り扱いは従前より伝えられていた内容とは逆であったと。

引用者注2
 太平洋岸までの領土拡張策として、1835年にはメキシコ領だったテキサスで米人が独立運動を起こした末に、1946年併合。さらにメキシコとの戦争に勝って、アリゾナ、カリフォルニア、コロラド、ニュー・メキシコなどを奪った。
米墨戦争




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2018-04-06 08:55

「あたる」前に必ず「かする」by 石岡荘十氏


 「心臓手術 私の生還記」 こんな著書のある石岡荘十氏がこんなコラムを書いている。
曰く「あたる」前に必ず「かする」
この件は私の友人も似たような心臓病で一命をとりとめたことが有る。
今日そんな友人たちと「遅すぎる花見」(もう花はとっくに散ってしまったけれど)をすることになっているので、何かの参考になればと思い、石岡荘十氏のコラムを紹介します。


<以下引用>

「あたる」前に必ず「かする」

         石岡 荘十

 旧聞に属すが、ベテラン俳優若林豪さんが2008年3月5日、倒れた。若林 さんは小林幸子特別公演「天勝物語」で小林扮する天勝の師匠松旭斎天一 役で、名古屋市の御園座に出演していた。

しかし、若林さんの体調は思わしくなく、「セリフもよく入っていなかっ た」という。この日も昼の部に出演したが、本番を終了直後に病院に向 かった。医師の診察を受けて手術が行われた。
 
病名「慢性硬膜下血腫」というのは、脳の血管が切れて脳を覆っている硬 膜とその下の脳との隙間に血(血腫)が貯まる病気で、血腫が脳を圧迫す る病気だ。

病名は違うが同じ脳疾患で、脳の血管がつまったり、破れたりして、その 先の細胞に栄養が届かなくなる「脳卒中」で倒れることを、昔から業界で は「あたる」といい、一過性の前ぶれを「かする」という。

つまり「あたる」前に必ず「かする」前兆がある。

したがってこの段階で、“適切な”治療を受けていれば、頭蓋骨を開くとい うような恐ろしい経験をしなくとも済むかもしれないのだ。

新聞やテレビの報道を総合すると、座長の小林幸子さんは、「2日ほど 前、若林さんが小林の楽屋に顔を出し、セリフが引っかかっちゃってゴメ ンネと謝りに来た。その時は、『長いセリフで大変でしょう』ってお話し はしました。
それが、まさかこの前兆だったと思うと言葉もありません」と話したとい う。テレビの芸能ニュースでは「右肩がなんとなく下がっているような気 がした」と語っている。

このやり取りから判断すると、当時68歳の本人も54歳の座長もいい年、つ まり心臓疾患や脳疾患の“適齢期”だというのに、これが重大な病気の前ぶ れだと判断する知識をまったく持ち合わせていなかったようだ。

したがって、舞台を降りてでも病院に行くという発想には行き着かなかった。

「舞台に穴を開けられないと頑張ったのでは」と有名な仲間の芸能人が若 林さんの芸人根性を褒めたつもりで感想を洩らしていたが、バカ丸出しだ。

もし「あるいは---」と感じながら、無理を通そうとしていたのなら、こ の年代にとって残った人生で何が一番大切なことか、プライオリティー、 つまり優先順位について発想の転換が出来ていなかったということだろう。

変な言い方だが、ポックリいければまだいい方で、160万人以上が半身マ ヒや言語障害という後遺症で苦しんでいる。

本人だけではない。家族が、大きな負担を強いられることを考えると、 「自分に限って---」などという根拠のない楽観は捨て去った方がいい。

救いは、心臓も脳も「あたる」前に「かする」、つまり前兆があるという ことだ。

その脳疾患の前兆は、
・ 片方の手足がしびれる
・ 持っているものをポロリと落とす、
・ 思っていることが言葉に出てこない、
・ ろれつがまわらなくなる
などなどだ。

心臓の血管(冠動脈)が狭くなる狭心症、完全に塞がる心筋梗塞も高齢者 に多い疾患だが、よくよく思い出すとほとんどの人にその前兆がある。

血圧が高い、胸が痛くなったり、なんとなく重苦しい感じがしたりするが 15分かそこらで治まるので、「ああよかった」とやり過ごす。

人によっては左の奥歯が痛くなったりうずいたりすることもあるが、この ように心臓から遠いところに違和感を覚える人もいる。

これを専門的には「放散痛」というが、大概の人はこれが心筋梗塞の前兆 であることに気づかない。

こんなときには、バカにせず、24時間緊急対応をしてくれる専門の医師 と検査体制の整った病院へ行って診察を受けることが大切だ。
 
私は、10数年前からかすった段階で診察を受け、診察券を確保して、こ れを外出のときも肌身はなさず携帯して歩いている。

そのくらいの心掛けがなければ、attackでよしんば一命をとりとめても、 半身不随では快適な老後は過ごせない。

よくよく振りかえると、ほとんどの高齢にかすって経験があるはずだ。 「ああ---」と思った以上に多くの高齢者が、膝を叩くに違いない。

<引用終り>


私は幸いこんな前兆は無い(と思っているだけかも)が、気をつけねばいけないことだと思います。
今日友人たちに会うので、こんな話をするつもりです。

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2018-02-19 16:55

自然災害列島に生きる


 2月10日のエントリー「37年ぶり大雪 根本的な問題をどう克服<福井県の話です」にkazkさんから「あえて皮肉を言わせてもらいます」として興味深いコメントをいただいた。

皮肉と言っているが、このコメントは「問題提起」であり、日本に生きるという事はどういうことなのか、そんな「生き方に対する疑問」を含んでいると思う。
そして多分首都圏にお住いのkazkさんの周囲にはこんな見方をする人が沢山いる。特にテレビに出没する電波芸者には多い。そんな事が言いたいのだと思うので、そんな見方で私の考えを書いてみます。

先ずは最初にそのコメントから

<以下kazkさんのコメントを引用>

あえて皮肉言わせてもらいます。

みんなそんなに困ってんですかあ?

こういうと馬鹿なこと言うな、と反論されるでしょうがそうでしょうか。

だって豪雪は37年ぶりとは言うもののいつか起こることは分かってたこと、雪は毎年降るんだし、地震のように忘れたころにやってくるもんじゃあありません。それ知ってて道路の物流に大きく頼り、在庫を減らして利益を追求したわけですよね。地元の人々もそれでいいと歓迎した結果でしょう。

確かに困りますよねえ、でもそれって数年に一回くらい、冬場の2週間位の不愉快でしょう。そんなことに銭かけてどうするんですか、世の中は温暖化なんです、そんなことに銭かけてもパフォーマンスは上がりませんよ。

おそらく福井新聞だって国の建設省あたりの予算について銭使い過ぎだとかという記事の一本や二本は書いてるはずです。どういう風の吹き回しですか。

いやな言い方だけどおそらく2.3ヶ月したらみんなこうなるんだと思ってます。簡単に忘れますからね。

今回の立ち往生にしたって不要不急の外出をした連中がいた結果でしょう。そりゃあトラックやタンクローリーの運ちゃんには同情しますよ。でもそれだけでしょう。福井県民だってわかってます。すぐに忘れるんですよ。土建屋さんを増やすのは悪なんだし余計な銭を使わせるのは税金の無駄遣いでいけないんだから…
2.30年に一片の我慢でしかありません。それでいいんです。

言いすぎでしょうかね。
本当に困ればみな考えるんですよ。

北陸電力や東北電離力は考えました。だから大規模停電は減った。国鉄JRは考えたんですよ、だから上越北陸新幹線で大規模な運休が起きてますか。在来線があれなのは困るけどやらないよりははるかにましです。

道路担当者も、SCの担当者もコンビニの責任者も本当はまだ困ってないんでしょう。
それよりも温暖なところの連中と同じような消費生活がしたい、そっちのほうが重要だったんでしょう。

だって雪は昨日今日から増えたんじゃないんでしょう。まったく降らなった雪が30年ぶりに降って困ってるっていう話じゃあない。自分たちが馬鹿だと言ってるだけじゃあないですか。

これ半分は小生の本音です。


地方の人々には一種都会、なかんずく東京に対するルサンチマンがあるんでしょう。
でも自然条件て変えられないんですよ。それを無視した結果でしょう。同じことはできないんです。
都会人だって便利な生活の中で失ってるものは多いんです。

小生にいわせれば、北陸新幹線が全通すれば人の問題は片付くでしょう。物流の問題はみんなで本当に困ってください。

解決はそこからでしょう。
2018-02-11 22:02   kazk 
<引用終り>


内容は大雑把に言って
・豪雪豪雪と言うが、こんなのは昔から分かっていた事でしょ。それを最近豪雪が無かったからと言って人手を減らし在庫を減らした。こんな事が今起こっているだけでしょ。
だから少々のことは我慢すべきです。
・特に土建屋を増やすのは悪なんです。今が我慢のしどころです。
・温暖なところと同じ消費生活をしたいのは最初から無理なんです。



まあ、こんな所でしょう。そこで最初に豪雪豪雪と言っているが、過去と比較してどうなのか。

例えばこれは新潟県のデータだが

2018-2-18新潟県の積雪量推移 
http://www.pref.niigata.lg.jp/dourokanri/1356856924164.html

確かに昭和と平成では随分違う。雪が降らなくなったのは確かのようだ。

では気温はどうか

これは日本の平均気温推移

2018-2-18日本の平均気温推移 

このデータでは百年で1.19℃の気温上昇。だがこの気温上昇は急激な上昇と横ばいを繰り返している。
第一が1800年代終わりから1915年頃まで、
第二が1940年代だがこれはほんの少しの気温上昇、
第三が1980年頃~1990年末頃までの20年刊の急激な気温上昇。
そして21世紀に入ってから気温は山谷あるもののほぼ気温は上昇も下降もしていない、横ばいだ。

がしかし、多分実感はもっと温暖化しているように感じているのではないだろうか。
子どもの頃はもっと雪が降ったぞという声がきっと聞こえてくると思う。一寸各都市の気温推移を見てみると・・・。

これは東京の気温推移、上の線が最高気温推移、中欧が平均気温推移、下が最低気温推移です。
2016-7-29東京平均気温推移 

日本全体の平均気温は都市化の影響のない地点でのデータでは百年で1.19℃上昇。平均気温が1度上昇という事は東京の気温が宮崎並みになるという事なのだが・・・、
現実は東京では3.3℃上昇、しかもよく見ると最低気温は4.6℃上昇している。つまり都市化での温暖化は最低気温の上昇により強く出ていることが分かる。
これが都市化による気温の上昇の実態である。

念のため他の地域も見てみると、
これは札幌のデータ
2016-7-29札幌平均気温推移 

これは大阪のデータ
2016-7-29大阪平均気温推移 

これは福岡のデータ
2016-7-29福岡平均気温推移 
詳細は以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1280.html

日本全体の平均気温は都市化の影響のない地点でのデータでは百年で1.19℃上昇。
平均気温が1度上昇という事は東京の気温が宮崎並みになるという事なのだが・・・、
現実は東京では3.3℃上昇、しかもよく見ると最低気温は4.6℃上昇している。
これが都市化による気温の上昇である。

此処に重要な問題が有る。
地球温暖化とアチコチで騒いできたが、温暖化は20世紀いっぱいで終わった。21世紀は今までほぼ横ばい。しかし実感は確かに暖かくなった。そこに隠れたもう一つの温暖化要因が有る。都市化である。しかも厄介なことに都市化による温暖化は最低気温の上昇が顕著。雪が積もらなくなったとか氷が張らなくなったという実感は都市化による最低気温の上昇が大きい。
しかし、こんな現実は新聞テレビでは殆ど報道されないのが現実で、一般の人が知らないのも無理はない。


此処で本題に戻ります。

冒頭紹介したコメントの意見は、都会に住んで都市化の恩恵で温かくなった、特に最低気温が下がらなくなった。そんな環境に住む人の実感だと思います。

しかし日本全体で見ると、自分らが生活している環境とは全く違う環境が有り、生活が有るという事です。そこにこの豪雪問題の理解が進まない原因が有ると見ています。

そして都会だけでは生活は成り立たないという事をきちんと理解しないといけないのです。
これはミンス政権時代に嫌というほど目にしました。
例えば電気・水などのインフラを見ても、電気は都会には発電所が少ないので都会だけでは暮らせません。水も八ッ場ダム問題で明るみに出たように山奥に降った雨水を利用している訳です。
北陸の豪雪だって、この豪雪の水を蓄えて黒四ダムなどが関西圏に電気を送っています。(関西電力管内の発電所は水力・原子力とも関西電力の営業範囲外に発電所が結構多い)

このことは新聞テレビなどのメディアや行政を動かしているお役人様がこんな環境で暮らし、こんな風にものを考える基礎になっている、そう思えるのです。

その典型的な事例がこれ。

2018-2-10おんぶされて災害視察 


こんな事が起こるのは、実際に地で物を見て手を汚し汗をかいてみないと実が見えない。そういうことを現していると思います。

この現地(現場)・現物・現実を三現主義と言いますが、これをやろうとすると、日々実践活動をする「道場」のようなものが必要になります。日本で明治維新が成功し、西欧の植民地支配の波から独立を維持できたのは、江戸時代260年の太平の間も日本の武士階級が色んな場で実践・鍛錬を続けてきたことも大きいと思っていますが、この件は長くなるので先に進みます。



もう一つ、kazkさんのコメントにはこんな文言が・・・
「土建屋さんを増やすのは悪なんだし・・・」

これはこんな事を考えている人が多いという事なのだが、これも日本のマスゴミが公共事業叩きの狂奔してきた結果ではないか。何せ「コンクリートから人へ」などというキャッチフレーズ、未だに訂正もお詫びも有りません。

がしかし、こんな事を永年やっていれば、世界の趨勢から大きく立ち遅れるのも無理有りません。
こんなデータが有ります。

世界各国のインフラ制作費用比較
2016-2-20国別インフラ支出推移2 

こんなものを見ると分かりますが、日本のインフラ投資額だけが大きく下り坂。
これが永年の公共事業敵視政策の招いた結果です。その為建設関係の業界全体が委縮してしまっている訳です。

所で諸外国と比較して日本の国土はどうか。
これは日本・イギリス・フランス・ドイツの国土面積に対する可住地割合の図。
 
2016-2-26国別可住地面積比較1

日本は狭く急峻な国土の中で、ごくわずかな可住地に多くの国民が暮らしているのです。

更に東京の立地状態を見てみましょう。
東京が縄文時代は海だったところに出来た土地、こんな話を私も何度もエントリーしたが、その縄文海進とはこんなもの。
2016-2-23縄文海進2 

昔の東京湾はこんな大きく、現在の埼玉県幸手辺りまで海だった、ちょっと想像もできませんね。
そして昔海だったところは地盤が弱いのは良く知られています。
現に東日本大震災の被害の大きかったところもそんな場所だったところが多い。

そしてこれは東京の地盤の断面図

2016-2-26東京の地盤断面図1
この図の青丸で示した沖積層が一番最近堆積した地盤で、極めて軟弱な部分。 
この地域は地盤が柔らかいだけでなく、海抜も低いので水の被害も受けやすい。若し首都圏を直下型地震が襲えば、一番被害の想定される地域である。

参考ブログ :「大災害列島」の大補修を No1-No5
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1228.html
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1229.html
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1231.html
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-date-201602.html
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1233.html



結論です。
豪雪地帯で苦労していることを「昔からでしょ」と言うとしたら、首都圏だって災害には実に脆弱な地域で、しっかりしたインフラの構築と補修がどうしても必要。
土建屋さんをもっと増やして、誇りをもって仕事のできるようにすることが重要です。
霞が関のお役人様にも「もっと自分の足元をよく見てごらんなさい」、こう言いたいですね。

それから温暖化温暖化と耳にタコが当たる穂D聴きましたが、現在の太陽活動から見ると、これからもっと寒冷化するのは間違いないと見ています。
そんな時こそしっかりしたインフラ整備が重要、そう思います。

長い話になりました。
最後に江戸時代の雪景色を紹介し、コメントに対する私の考えを終わります。


広重の「東都名所日本橋雪中」

2018-2-18東都名所日本橋雪中by広重 

ちょっとお断わり、この浮世絵は富士山が書かれています。しかし、雪の降るような天候の時、富士山は見えませんが、日本橋・江戸城・富士山と並ぶところに名所の価値が有るので書いたと思われます。

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2017-11-21 11:20

大井川鉄道のアプト式列車と湖上駅<追記あり

 寒くなりました。11月だというのに真冬並みの寒さ。
そんな時なので秋の名残の風景です。

静岡県の大井川上流、金嬉老事件(1968年)で有名になった寸又峡温泉という景勝地がありますが、これは大井川の支流を少し上った所。その大井川の本流を更に上ってゆくと「接阻峡(せっそきょう)」という景勝地があります。
現在は長島ダムという発電用ダム多目的ダム(*追記参照)があり、そこに大井川鉄道井川線(南アルプス・アプトライン)という観光鉄道、日本で唯一アプト式の鉄道が狭い山肌を走っている。
尚大井川鉄道といえばSLを毎日運航していることで知られるが、それは千頭(せんず)駅まで、そこからは井川線の小さな客車で接阻峡方面へ行く。
先日長男がそこへ行ってきたのでその時の写真を・・・。

最初はこんな所

2017-11-20接阻峡1

右下に崖にへばりつくように見えるのが「大井川鉄道井川線(アプトライン)アプトいちしろ駅」
中央やや左に見えるのが「長島ダム」、その手前の崖を斜めに上っているラインが井川線の鉄道だが、急こう配の為日本の鉄道として唯一アプト式を採用している。 

今列車がアプトいちしろ駅を出発している所、この駅と次の長嶋ダム駅までの間がアプト区間で電化され、電気機関車2両を増結している。この間1,5キロ、高低差90メートル。途中平坦部もあるので、勾配としては1000分の90。

2017-11-20接阻峡2

小さな列車を後ろから電気機関車が押している

2017-11-20接阻峡3

列車の先頭と最後部で10メートルの高度差。
この鉄道は元来水力発電ダム工事用の資材運搬用だったので、軌間762ミリの軽便鉄道として作られた。だから車両も非常に小さくディーゼル機関車で運航している。また軌間は本線とに接続を考え軌間1067ミリの狭軌に変更した。更にこのアプト区間だけは電化し電気機関車2両で後ろから押し上げる構造となっている

2017-11-20接阻峡5  

これがアプト式のラックレール。3列になっているが、常にどれかの歯車がキチンと噛みあう様になっている。

2017-11-20接阻峡6 


その先には景勝地「湖上駅」

2017-11-20接阻峡4

この湖上駅から撮影ポイントまで徒歩15分ほど。(鉄橋の上は歩行者通行可能) 

* 追記します
この長島ダム、発電用ダムと書きましたが多目的ダムでした。訂正します。
この多目的ダムは洪水調整用、灌漑用水用、上水道用、工業用水用などの用途で、このダムには発電機能はありませんでした。
コメント欄で通りすがりの2 さんからご教示いただきました。通りすがりの2 さんどうも有難う御座いました。

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2017-11-17 09:45

弥生の硯、福岡の遺跡で初の完全形…文字使用か


 考古学上で大変興味深い発見が報道された。弥生時代中期~後期の遺跡から完全な形の硯が発見されたのだという。
硯があるという事は文字を書いていた証拠。弥生時代中期~後期頃に日本で文字が書かれていたという事である。弥生時代の文化については分からないことが多い。そんな意味で画期的な発見だ。

中国の後漢書には建武中元2年(西暦57年)に倭の奴国に印綬を与えたことが記されており、それが志賀島から出土した金印(国宝)と考えられている。私は日本人はこの頃には文字(漢字)の読み書きができたと考えており、その証拠が出てきた訳だ。

最初にその報道から。


<以下読売より引用>
http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20171114-118-OYT1T50132/newstop

弥生の硯、福岡の遺跡で初の完全形…文字使用か
2017年11月15日7時14分

2017-11-16弥生の硯 

 福岡県筑前町にある弥生時代中期~後期の薬師ノ上やくしのうえ遺跡で、弥生時代では初めてとなる完全な形の硯すずりが出土していたことが、同町教育委員会の調査でわかった。

2017-11-16弥生の硯出土場所 

 専門家は「弥生時代の日本で文字が書かれていた可能性を示す発見」としている。

 硯は長さ15・3センチ、幅6・3センチ、厚さ0・9センチで、真ん中で二つに割れている。2003年に集落跡から出土し、用途不明とされてきた。柳田康雄・国学院大客員教授(考古学)が最近、町教委の依頼で再調査し、薄い墨の痕跡が数か所あると気付いた。現代の硯のように墨だまりはないが、朝鮮半島で出土した硯と同じ砂質頁岩けつがん製で形などが似ており、硯と判断。一緒に出土した土器などから、1~2世紀のものと推定している。

 これまで弥生時代の硯は、福岡県糸島市の三雲・井原遺跡や松江市の田和山遺跡などで、破片が見つかっているだけだった。中国の史書「魏志倭人伝ぎしわじんでん」には、糸島市にあったとされる「伊都いと国」に中国の使節が滞在したとの記述があり、これらの硯は使節らが使ったとの見方もあった。

<引用終り>


前々から気になってたのだが、タイにいた頃の話でミャンマー(ビルマ)について調べたことがある。理由は日本人の持つビルマに対する印象(「ビルマの竪琴」などがその代表)とタイ人が持つビルマに対する印象(アユタヤ遺跡の首を切られた仏像群などがその代表)が正反対で余りにも違いすぎるからだった。
しかしミャンマー(ビルマ)に関する文献の類はとても少ない。主な理由はミャンマーが当時殆ど鎖国状態だったからなのだが、そんな中で大野徹氏の「謎の仏教王国パガン」が大変参考になった。そこに13世紀、中国の元が朝貢をミャンマーのパガン王国に要求したとの記述があり、緬国(ビルマの中国での表記)について元史に「(言葉は)通訳がなければ通じない」との記述があると紹介されている。中国は広大な国なので、話し言葉は随分違うから会話が成り立たないのは現在の中国でも同じ。しかしそこが漢字の良い所で、筆談なら会話が成り立つ。中国にとって会話が通じるという事は筆談が通じるという事なのだ。
私はこの記述を読んだ時、魏志倭人伝をはじめ中国の歴史書に日本に関して「言葉が通じない」という記述を見た事が無い。だから中国から見て日本は筆談の通じる国という風に見られていたのだと思っていた。
中国の後漢書に記述の有る建武中元2年(西暦57年)、この時代には日本は漢字の読み書きができる人たちがいたのだろうなあ、そう思っていたのだが、それが硯の発見で立証されたとみていいのだと思う。

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2017-05-19 15:11

事実より理念を優先する韓国的思考


 丁度1年前、こんなエントリーをするつもりで書きかけで下書き状態だったのだが、今日調べていて後悔していないのに気が付いた。吾乍らうかつでした。恐縮です。

遅ればせながら、また未完成ながら、記録の為アップします。
また日付けは書きかけ受胎の日付け、2017年5月17日でアップしますが、本当は下記日付けで1年遅れで恐縮です。
2018年5月26日 

以下がその書きかけエントリーです。

 事実より理念を優先する韓国的思考について、韓国の大学のゼンセ方がどんな思考の持ち主か、そんなところを私の経験と皆さんのコメントから拾ってみた。
大学教授と言えども当てにならないという例として見ていただきたい。


最初にNinja300さんの事例

ダージリンで出会った韓国若者から見えてきた奇怪な思考方法

<以下Ninja300さんのコメントから引用>
韓国人についての個人的体験ですが、イギリス留学時に韓国人のドクターコースの人がいましたが、わたしが「キムチは旨いが、翌日に口臭が残るので週末しか食べない」というと、平然と「韓国人には特別なDNAがあって口臭はないんだ」といったのを覚えています。びっくりしましたよ、ドクター取得しようという知的韓国人がいう言葉じゃないです。また、韓国人はよく「北朝鮮は、ミサイルと作ったり、核を作った、なぜだ?」と聞くことがあります。要は、韓国人のDNAは特別で優秀だといわれたいのだろうなと思います、ばかばかしい。旧ソ連の技術者がカネ目当てで北に行ったということすら知らないのか、意識的に忘れているのかしているようです。なんでもかんでもこういう調子で、寿司や納豆だけではなく、ブッダ様やキリスト様も韓国起源、そのうちモハメッドも韓国人といってくるのではないでしょうか? 

<引用終り>


以下は私の経験

学問の世界もウリナラファンタジー?

愛知県瀬戸市に愛知県陶磁資料館と言う博物館がある。

ここで2009年7月4日~5日、「東アジアの陶磁の道を探るー日本・中国韓国」と言うシンポジュームが開かれ、私も参加してきた。

 

このシンポジューム、日本人研究者4人、中国人研究者2人、韓国人研究者2人の発表があり、実に素晴らしい内容だった。

中国で高度に発展した陶磁器の生産技術がどのように東アジア(日本・韓国)に伝播したかを日中韓3カ国8人の研究者が発表する。

実に良い内容だったが、主催者の話では今回の新型インフルエンザ騒ぎで中国人研究者のビザがとれず、1週間前にやっと開催にこぎつけたとの事、とんだ苦労があるものだ。

 

 

内容は専門的過ぎるので省略するが、ひとつだけ気になったこと、

それは韓国人研究者2人のうちの1人・・李喜寛と言う人(西江大学校史学科講師)の発表がウリナラファンタジー含み!(笑)

 

どんな内容かというと

 

日本の平安時代中頃から鎌倉・南北朝時代頃にかけての話、

その頃朝鮮半島は高麗という国であった。

(918年から約470年続いた、余談だが中国では今でも朝鮮のことを高麗と言うし、英語のKOREAの語源にもなっている、又タイ語で韓国・朝鮮のことをガオリーと言うがこれも中国語の高麗から来ている)

 

この国には高麗青磁という美しい焼物があり、当時世界一のレベルだった中国陶磁と肩をならべる品質だった、これの成立は(当然ながら)当時の中国越州窯から技術者(陶工)が移住してきたと言われている。(定説になっている)

こんな頃だから(この日の研究発表では成立は950年前後とのこと)その後高麗青磁は独自の発展をする、ここまでは事実なのだが・・・

 

李さんという研究者、中国人技術者が発展させたのがよほど気に入らないらしく、発表の最後に

「私は中国人陶工がこれを発展させたのではなく、高麗の前の統一新羅時代に朝鮮人が中国にわたったと言う事実がある、その朝鮮人が中国で陶工になった、それがこの時代朝鮮に戻ってきたのではないか、

つまり高麗青磁の発展は朝鮮人がやったことと考えている、但しこれは私の考えで実際の証拠は何も見つかってはいないが・・」

なぁんだ これでは何の証拠も無くこう思っているファンタジーではないか!(笑) 

 

統一新羅時代(675年~917年)に朝鮮人が中国に渡ったとしても、どんな人が?何処へ?どんな目的で?こんなことが分からなければ(残念ながらこれが全く分からないのが今のレベル)陶工になった等と言うのが全くのファンタジー、

他にもおかしなことを話していたが長くなるので省略・・・

 

流石に同国人も呆れたのか、最後の発表したもう一人の韓国人研究者が冒頭「先ほどがこう言いましたがこれはそんなことは有りません」とぴしゃり。これで一件落着!

 

こんな連中との共同研究、苦労が多そうです。


<引用終り>


以上が書きかけ部分です。未完成ながらここでアップしておきます。



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2017-02-11 16:45

読解力について考えること

 先月から文章の読解力について色々エントリーしてきた。難しい問題だし、私はそんな事の専門家でもない。しかしこのエントリーに皆さんからいろんなコメントをいただいた。そんな事で皆さんからのコメントを紹介しながら、私なりに色々考えることを纏めてみたいと思う。


最初に該当のエントリーは以下の3本
① AI時代に生きる<追記有
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-date-201701-1.html

⓶ 問題文が理解できない<読売新聞が騒いでいます
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1349.html

③ 読解力が危ない SNS没頭 長文読まず
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1350.html

参考エントリー
④ 春の小川をタイ語で言うと<再掲
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1136.html


 私は教育者ではないので、「子どもの教育、かくあるべし」という視点では書けないので、ビジネス上の経験、特に海外での経験などを中心に書いてみます。

それでは皆さんからのコメント紹介、これは縄文人さんから頂いたの。

<以下①エントリーの縄文人さんからのコメント>
暗記しなければ思考力は生まれません
スマホやLINEの普及で問題視されるのはプレゼンテーション能力の低下ではないかと思います。 
仲間内だけで議論しているとプレゼンテーション能力がつきません。他人に説明するという重要なことをする必要がないからです。文章を書いているようで書いていないという状態になるのではないでしょうか。 
しかし、日本の教育が暗記力重視の教育であるという議論には、少し違和感があります。それより選抜の仕方が偏っていると考えた方が良いのではないかと思います。第一新井紀子氏ご自身が「暗記力偏重の教育」の優等生ではないですか。 
暗記をしなければ、アイデアが生まれません。私は、若い時分にもっと暗記しておけば良かったと思うことしきりです。そうすればもっと良い仕事ができたかもしれないと思います。今となっては手遅れですが。 
プレゼンテーション能力を若いうちから磨き、一所懸命に暗記力を磨くように豚児どもに言っています。
2017-01-08 17:56   縄文人 
<引用終り>


<以下①エントリーへのkazkさんからのコメント>
・・・引用者注:長文なのでかなり省略しました。全文は上掲①ブログ参照ください・・・
ブログ主様には以前お話ししたことがあるかと思いますが、小生はかつてガキども相手に国語の教師を10年以上やってたことがあります。とにかく、読解力という得体のしれないものをいかにインスタントかつスピーディーにそして確固たる理解力として育成するかということを本当に苦労してやってきました。 

いろいろ考えましたが、小生の結論は日本という国は本当にプレゼンテーション能力はいらないようにできてる国なのだということです。プレゼンテーション能力というものはかつてならば叙述力と言われたものでしょう。「話す」という能力を昇華させたものでしょうか。ここで日本人の名演説っていったいどんなのがあるか、と考えた時にふと考え込んでしまったのです。そしたら思い出せるものなんて尾崎行雄の議会演説くらいしかないんですよ。 

・・・中略・・・

次に問題点は縄文人さんが仰ってますが、きちんとした暗記を教えていないということです。暗記はシステマティックにやらねばいけません。物はやみくもに覚えれば覚えるほどおかしくなってきます。事物を体系的にかつ網羅的に教えるという努力がほとんどないのが最大の問題でしょう。物事を体系的に整理し記憶することは、それにより比較という視点が生まれます。比較の結果違いがあればそれを生じた理由は何かを考えることで因果関係を導けます。ここまで来なければ思考とは言えません。 

ただここまでくればなんだもう終わりじゃないかという気分になります。最近は頭がよさげな人が現代に必要なのは問題の解決能力ではない、発見能力だなどと言ってくれますが、日本という国家では問題が共有されればその時点で解決法は殆どの人が分かってるという国です。ここでもプレゼンはいらないのです。 

・・・以下略・・・

2017-01-13 22:22   kazk 
<引用終り>


この問題に関しては皆さん色々言いたいことがあるようです。その中でも最初にこの暗記について考えてみたいと思います。

暗記というと先ず思い浮かぶのがお経。”まか はんにゃはらみた しんぎょう ~”と言うアレですね。お経の本を見ると漢字で書いてありますが何が何だかチンプンカンプン。でも私も子供の頃に仏壇の前で毎日唱えさせられたので、この般若心経、今でも全部覚えていますが、さて何が書いてあるやら・・・、これでは駄目ですね。

暗記については、これが無くては何も進まないのは事実ですが、問題は暗記が「サラダのように断片がバラバラで、相互に関連なく記憶されている状態」がダメだと思うのです。
2017-2-9サラダ写真 

こんなサラダのような状態ではなく、「一つ一つの記憶の要素(断片)が脳神経細胞のようにあちこちに手を伸ばして相互に繋がっていること」、さらに「その要素(断片)がいろんな特徴・要素で分類され、層状に繋がっていること」、こんなことが重要だと思うのです。 
単に記憶するだけでは「記憶のサラダ」、そこに「考える」という要素を追加し、記憶と記憶を網の目の中に織り込んでいく、これが重要だと思っています。

このことはkazkさんが
暗記はシステマティックにやらねばいけません
事物を体系的にかつ網羅的に教えるという努力がほとんどないのが最大の問題でしょう。
物事を体系的に整理し記憶することは、それにより比較という視点が生まれます。比較の結果違いがあればそれを生じた理由は何かを考えることで因果関係を導けます。ここまで来なければ思考とは言えません。 
こんな事を仰っていますが、まさにその通りだと思います。


次にもう一つ、一寸視点を変えて、④のブログからの引用

これはkazkさんからのもの
<以下引用>
No title kazkさん のコメント
日本語は世界でも珍しい二重構造を有してる言語なのです。
つまり、日本古来の和語の基づく単語群とおもに漢語の輸入による単語群です。これは飛鳥奈良の時代から、膨大な支那からの文化の輸入を行い当時の日本人たちが必死の思い出言葉と格闘して創り上げた金字塔だと思ってます。

例えば春の小川の歌詞自体見れば分かるのですが、これはほぼ純粋に日本古来の和語で書かれてるものです。そしておそらくここに流れる情緒というものは言葉と共にあリ翻訳はほとんど不能なものです。このような単語群があり、それに基づく文学が成立し独特の文化というものは成立するものだと思います。

日本人はこのような体系の上に漢語に基づく思想、哲学、科学に及ぶまでの単語群を作り上げました。これは当時の日本人たちのおそらく血のにじむような格闘の結果だと思ってます。

それだけではありません。春の小川の歌詞の中で見られる、行く、咲く、という動詞、美しくという形容詞を我々は何も考えず使ってますがこれは全て漢字の訓読み、つまり完全に日本語化して使うという荒業をこなしてます。
その上「小川」などはどうしてこういう作り方ができるのか、不思議になるほどの言葉でしょう。小生は当時の日本人たちがかかる格闘をしてくれたお陰で日本の文化が誕生したのだと思ってます。
<引用終り>


それからもう一つ、これはNINJA300さんからのコメント
<以下引用>
 日本語がすばらしいのは、やまとことばと漢語のミックスにあると思います。 
やまとことばだけの国がタイやドイツ、漢語だけの国がシナ。英語はラテン語とやまとことばである古英語(アングロサクソン語)のミックスです。 
ミックスの言語が一番使いやすいです。それは速読は漢語やラテン語をイメージで読めるからです。タイ在住日本人の間ではタイ語が劣っている思われる方が多いですが、わたしはそうは思いません。その土地や文化にはそれにあった言語があるからです。もっとも人工的に漢語を消滅させた韓国は例外の可哀相な国です。 
タイ語以外のやまとことば言語である、ドイツ語がいかに長い組み合わせ単語を使用しているか。まるで和歌のごとくです。 
ドイツ語の例 
「Grundstücksverkehrsgenehmigungszuständigkeitsübertragungsverordnung 
(不動産取引許認可権限委託規則)」 
2015-07-09 12:31 URL NINJA300 
<引用終り>

大変面白い話だと思います。kazkさんが指摘している日本語の二重性、NINJA300さんが指摘している英語の二重性と二重構造の言語の便利さ。これは良く分かります。

英語の二重性、これについては以下参照ください。
http://japanenglish.jp/news/%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E6%95%99%E8%82%B2%E8%AB%96%E8%AD%B0%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E7%9F%A5%E8%AD%98%EF%BC%8811%EF%BC%89%E3%80%80%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%AA%9E%E5%BD%99.html

ここで詳しく書いてありますが、英語のルーツはアングロサクソン語で古ドイツ語(古低地ドイツ語)由来。それが1066年のノルマンコンクェストで支配階級がフランス語を話すようになり、これが300年続いた。16世紀に入ってルネッサンスの文化が入り、公用語などに主にラテン語が入ってきた。
結果英語は、アングロ・サクソン語系語彙とラテン・ギリシャ語系語彙の2つの語彙体系を合わせ持つ「二重語彙」の言語。日常的な表現は主にアングロ・サクソン語を使い、公的な表現は主にラテン・ギリシャ語を使うという、使い分けをしている。こんな風です。
英語の二重性はkazkさんが説明している日本語の二重性の経緯ときわめてよく似ている訳です。


さてでは二重言語でない言葉がどうなるか、タイ語を例に見てみます。

これはタイ語の本に1ページ。
2017-2-11おしん本文の一部 

タイ語は表音文字で「分かち書き」でもないのでこんな風。

試しにタイ人に読ませてみると皆こうしている。指でなぞっている、こうしないと読めないようだ。
(画像は指でなぞる読み方のサンプル、だから本文とは関係ありません)
2017-2-11指でなぞって読む所の写真縮小 

参考までに、上掲タイ語文章はタイで見かけたTVドラマ「おしん」の本の一部
2017-2-11おしん表紙 


さて以上のことを踏まえ、暗記の問題、言葉を教え込むことのついて、渡部昇一先生が良いことを言っています。
「傍若無人」と言っても、「辺りかまわず勝手に振舞う事」と理解はできる。
しかし傍若無人を訓読「傍(かたわ)らに人無きが若(ごと)し」と読めば、この理解が一層深まる。この徹底的に理解することが大切だ。こんな話です。

こんな徹底的に理解することの実践例に橋本武氏の銀の匙の事例がある。
2017-2-11銀の匙表紙 

この話は以下も参照ください
http://melma.com/backnumber_115_6202504/


この銀の匙には例えばこんな記述があります。
本文のこんな一行
また伯母さんと相乗りにのせられて 俥(くるま)を列(つら)ねてゆくのが
嬉しくて元気よく喋(しゃべ)っていた。

このたった一行の中の「 俥」という文字の橋本武先生の解説は

 にんべんに車で「 俥」という文字が出てきました。人力車のことです(注1)。これは中国にはない、我が国で作られた漢字体の文字で、こういった文字のことを和字、または国字といいます。
 どんな和字を知っていますか。少し、挙げてみましょう。顔かたち、すがたを意味する俤(おもかげ)、吹き下ろす風を意味する颪(おろし)、鎹(かすがい)は物の合わせ目をとめる両端の曲がった釘のことです。
 裃(かみしも)は昔の礼装の一種、鞐(こはぜ)は足袋などを留め合わせる爪形のもの、鋲(びょう)は頭の大きな釘。
魚の鰯(いわし)、鱚(きす)、鱈(たら)、鯰(なまず)、鳥の鴫(しぎ)、鶫(つぐみ)、。植物の笹(ささ)、栃(とち)。
当用漢字になっているものには、込(こ)む、峠(とうげ)、畑(はたけ)、働(はたら)く、匁(もんめ)があります。
 ここに挙げたのははんの一例です。ほかにも探してみてください。
注1:wikiによれば、俥の文字は中国には別の意味で存在するが、日本で気が付かずに作ってしまったとのこと。
<引用終り>

この橋本武氏の授業について、kazkさんは実際に其れを体験した方の話を聞いているそうですが、灘だから出来たんだろうなあ、という事のようです。

がしかし徹底的に教え込むという事はこんな事。そして私がタイに行って現地の何も知らない連中相手にやったのも程度の差はありますが、まあこんな事でした。
何も知らない現地人を雇用し、そこで日本なみの品質の物を作るにはこんな事を毎日毎日繰り返さないといけない。これは別に海外だけでなく日本でも同じではないでしょうか。

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2017-01-28 09:54

外務省改革が動き出した

 一昨日1月26日の読売新聞に興味深い記事があった。こんな囲み記事である。

2017年1月26日 読売新聞朝刊4面(政治欄)
2017-1-27読売の記事1月26日4面 

4面のど真ん中にこんな囲み記事がある。新聞の編集などの経験のある方なら分かると思うが、随分異例の紙面づくりである。

内容はこんなもの
2017-1-27読売の記事1 

この記事、読売新聞電子版には記事が無い。
あまり残したくない記事なのだろうと勝手に推察し、スキャンしOCRで読んでみた。

<以下該当記事引用>
日露交渉体制を一新
担当大使近く退任
共同経済活動へ「条約畑」重視

 政府は北方領土問題を含むロシアとの平和条約締結交渉を担当しできた原田親仁政府代表・日露関係担当大使(65)を近く退任させる方針を固めた。今後の交渉役には、「条約畑」の秋葉剛男外務審議官を充てる。

 外務省では今月に入り、日露交渉を担当してきた欧州局長とロシア課長が、やはり国際法に詳しい人物に交代した。日露両政府が昨年12月、北方4島での共同経済活動について、日露双方の立場を害さない「特別な制度」の下で実施することで合意、今後の日露交渉では条約作りが焦点となるため、体制を一新したものとみられる。

 原田氏はロシア勤務経験が豊富で、ロシア語に堪な外務省の[ロシアンスクール]の代表格。ロシア課長、欧州局長、ロシア大使などを経て、昨年1月からロシアのモルグロフ外務次官との平和条約締結交渉を担ってきた。北方4島での共同経済活動をめぐっては過去何度も頓挫した経緯があり、首相官邸の意向で、これまでのロシアンスクール中心の体制から、首相の信頼が厚く、国際法局長経験もある秋繋氏を中心とする体制に一新することにした。

<引用終り>

フ~ンという感じの記事だが、一寸待てよ。この原田なる名前に他でもお目にかかったぞ。

実は同じ1月26日発売の月刊誌「HANADA」にこんな記事がある。
元外務省の主任分析官佐藤優氏の「猫は何でも知っている」と言う連載記事。
佐藤氏は無類に猫好きで、猫を6匹飼っているらしい。その猫にセリフをしゃべらせ、時事問題の解説をするという趣旨の記事。

内容は
「猫は何でも知っている」
サブタイトルは「実は大成功だった日ロ首脳会談」
全文は長いので現在発売中の月刊HANADA3月号を見ていただきたいのだが、小見出しだけでもこんなもの。

・ 朝日社説の浅薄さ
・ 外務省の説明不足
・ プーチンの重要な意思表明
・ 合同記者会見の場で
   ここでプーチンが「日本が初めて南クリル諸島(北方領土)を手に入れたのは1855年でし
   た」と述べ、江戸幕府と帝政ロシアの日ロ通好条約から説き起こしたことを指摘している。
   そして日ロ間の様々な問題を列記したうえで
   「これらぼ宿題を、日露関係を包括的かつ戦略的に展開していくことで、北方領土問題を解決
   していこうというシグナルうを合同記者会見の場で、プーチン大統領は日本国民に対して伝え
   たのだ」と書いている。
・ 日本政府の重要なシグナル
・ 反安倍の中心人物

さてそこでその最後の「反安部の中心人物」なる部分が大変面白い。以下その部分全文を紹介する。

<以下月刊HANADAより引用>

   反安倍の中心人物

 二匹のやりとりを聞いていて、北方領土交渉が大きく動き始めていることが僕にもわかった。(引用者注:猫に語らせるという書き方なのでこういう風になる)

 日露両国は、領土問題をまず解決するという「人口論」から包括的かつ戦略的な関係を発展させて、その結果として近未来に領土問題の妥協的解決を実現するという「出口論」に交渉方針を転換したのである。その結果、北方領土問題が近未来に現実的に動き出す可能性が出てきた。

 もっとも、政府代表の原田親仁氏(元駐ロシア大使)をはじめとする外務省内の「四島一括返還派」が、妨害活動を本格化するだろう。早く原田氏を更迭しないと、「獅子身中の虫」によって北方領土交渉は再び決裂することになる。

 すでに首相官邸と外務省の一部勢力との問で、水面下の熾烈な暗闘が展開されている。反安倍首相の中心が原田親仁氏、と飼い主は見ているようだ。

 そういえば、月刊『文蓼春秋』二〇一七年二月号に〈安倍と鈴木の連携に激しく反発したのが、外務省の口シアスクールだ。グループの重鎮は十一月末、周辺にこう吼えた。/「我々(ロシアスクール)が長年積み重ねてきた領土交渉をぶち壊しにしたのが宗男だぞ。あいつの罪は本当に重い。官邸は究極の愚か者だ」/元々四島一括返還を主張し、安倍の「新しいアプローチ」に批判的だったロシアスクールは、鈴木への反発から反官邸の姿勢を隠さなくなった〉(山口敬之「安倍・プーチン『密室の攻防戦』」と書いてあった。

 飼い主も、鈴木氏と組んで原田グループと「戦争」をするのだろうか。怖くなって、僕の尻尾がブルブルと震えた。

<引用終り>

面白いでしょう。月刊HANADAで早く原田を更迭せよとの記事が載った、ちょうどその発売日に読売新聞は原田氏の退任を報道している。なるほどねえ・・・。害務省が問題であることは以前から指摘されてきたが、ついに外務省改革が始まった、そういう事だろう。

考えてみれば、日本は(外務省は)「先ず4島返還、話はそれからだ」、こんなスタンスで70年やってきた。しかし全く進展することなく今日に至っている。いや北方4島には日本が何もしない間に中国や韓国が入り込んできている。今が最後のチャンスと言ってもいい時期なのだ。


所でこの話にはもう一つおまけがある。佐藤優氏のことだ。
佐藤優氏が鈴木宗男事件に連座し有罪判決を受けたことは良く知られている。
所が今年の1月17日に読売新聞にこんな記事が載った。何でもない猫談義だが、佐藤優氏が鈴木宗男事件に連座し、現在執行猶予機関は終わっているものの前科一犯であることに変わりはない。普通そんな人物はこんな猫談義には顔を出さない物なのだが・・・

[佐藤優]君は裏切らないから(前編) 2017年1月17日


読売新聞の1月17日の猫談義、1月26日の外務省人事異動報道、こんなものが1月26日発売の月刊HANADA3月号の佐藤優氏の記事で全部つながっていることが分かる。
さあ、害務省改革が始まったのだ。

海外在住の経験のある人は誰でも知っている、日本の外務省のだらしなさを。外務省の不甲斐なさに一度ならず激怒した経験がある人も多いと思う。
そんなところに改革の手が伸びた、良いことである。


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2016-12-31 19:01

大変革の一年でした

 この一年、本当に色々ありました。
伊勢志摩サミットでG7首脳の伊勢神宮訪問、アメリカ・オバマ大統領の広島訪問、そして安倍首相の真珠湾訪問。これでやっと戦後の清算が終わりました。そしてアメリカは未知数のトランプへ。
いよいよ日本が世界にはばたく年がやってきそうな予感がします。

所で今年最後のエントリーは、この一年、どうしても気になっていることを書いてみます。

気になること・・・、それは太陽活動が大いに低調な事

太陽活動は黒点が多ければ活動は活発、黒点が少なければ不活発、こうなるのですが最近無黒点の日が時々あります。しかし今までは無黒点と大騒ぎしていましたが、もう今は話題にもなりません。

この太陽活動については過去何度もエントリーしました。

太陽はご機嫌斜め
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1278.html
太陽はご機嫌斜め<続編1
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1280.html
太陽はご機嫌斜め<続編2・温暖化ど~たら論
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1281.html
太陽はご機嫌斜め<最終回、処方箋は?
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1282.html
温暖化詐欺が隠し切れなくなってきた
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1139.html


さて現在の太陽活動周期は第24期ですが、この24期は2008年12月に始まっていますので、もう8年経過と言った所。
その前の23期は1996年5月に始まり2008年12月まで、活動期間は12.6年でした。
太陽活動が約11年周期という事はよく言われていますが、実際は結構山谷があります。しかし活動周期が12年を超えたのは1755年から始まるこの活動周期で第4太陽周期・第5太陽周期・第6太陽周期と1843年から始まる第9活動周期の4回しかありません。いずれも江戸時代のことです。この活動周期の長さは太陽活動が活発な時は短く、不可発な時は活動周期が長くなることが分かっています。

太陽活動周期リスト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E9%99%BD%E6%B4%BB%E5%8B%95%E5%91%A8%E6%9C%9F%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88

太陽活動は今現在大変不活発な状態ですが、観測結果が教えること、それは江戸時代の頃以来の太陽活動が低調な時代にもう既に入っているという事です。


太陽活動が低調になると寒冷化する、これも過去何度のエントリーしました。
しかし世界は地球温暖化で大騒ぎしています。

所でこんなグラフを紹介しました

2016-7-29日本の平均気温推移 

日本の平均気温はこのように100年間で1.14℃上昇しています。これが温暖化の実態です。
しかしこのグラフでは多分実感がありません。昔は冬にはたくさん雪が降ったぞ、だけど今は前々降らないじゃないか。
こんな実感が一般の方だと思う。では日本全体ではなく東京はというと
2016-7-29東京平均気温推移 

このように日本全体の平均とは全く異なる。100年間で3,3℃上昇。これが実感として昔より温暖化したという事の実態。
これは日本全体では(世界ではと言っても大同小異)100年間で1.1℃の気温上昇。しかし東京では100年間で3,3度の気温上昇している。
この差の100年間で2,2℃の気温上昇は都市化が原因である。こう言えると思う。

特に東京のグラフを見ると最高気温は100年間で1,5℃の上昇、しかし最低気温は100年間で4,6℃上昇している。だから都市化による温暖化というのは最高気温が高くなることでは無い、最低気温が高くなるという事だった。
道理で雪が降らない訳だ。

これからが私の来年の宿題、こんなことを踏まえ、この寒冷化の世界がどうなるか、それを考えていきたいと思います。ただ単に暑い寒いではなく、農業も変わらねばいけないでしょう。インフラの整備はもっと重要になると思います。そんなところを考えていきたいと思っています。


この一年、拙いブログにお付き合いいただきありがとうございました。
来る年が皆様にとって実り多い年となりますよう祈念しております。
では2016年は此れにて。

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2016-11-30 19:20

雪とタラの思い出

 今日で11月も終わり、今月はいろいろ話題がありました。まず驚いたのがこれ。

東京都心で初積雪を観測
2016-11-30東京の11月24日の雪 

11月に雪が降ったのが54年ぶり、積雪となると1875年(明治8年)の観測開始以来初めてだとのこと。
でもどうしてこんな雪がというと、地球温暖化のせいで雪が降るんだとか???。
世の中奇奇怪怪ですが、最近は太陽活動が停滞し、太陽黒点数が非常に少ない状態が続いていて、このままで推移すれば江戸時代初めのマウンダー極小期(1645年~1715年までの約70年間)並の寒冷な時代になると予想されている。しかし世の中の報道は温暖化だから雪が降るのだそうだ(苦笑)。

太陽活動の異変については以下エントリー参照ください。
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1278.html
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1280.html
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1281.html
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1282.html



さてそんな可笑しな話は置いといて、思い出話として暑い国タイにかかわる雪の話でも。

タイにはもちろん雪は降らない。しかし不思議なことに雪という言葉はある。「ヒマ」という。
では氷はというと・・・。タイの北部、チェンマイ辺りの山のほうでは冬に氷が張ることはある。しかしタイ語には一語で氷という意味の言葉はない。氷というときは「ナム・ケン」という。ナム(ナーム)=水、ケン=固い、だからナム・ケンは固い水で氷のことを言う訳で、もともとタイ語には氷という言葉が無かった。しかし氷が売られるようになり、冷蔵庫が出来、必要に迫られて作ったのが「ナム・ケン=氷」という言葉である。

どうして雪が無いのに雪という言葉があるか、これはタイの文明はインドから伝わってきたので、物はないが言葉だけ伝わったようだ。このことを説明するときは「ヒマラヤ」の「ヒマ」ですと説明している。(ヒマラヤは古代サンスクリット語で、雪の住居の意)


さてではここからは思いで話。
雪の魚という料理がタイにある。「プラー・ヒマ」という。
プラー=魚、ヒマ=雪なので魚+雪・・・魚雪・・・鱈、そうです、鱈(たら)です。

これがプラー・ヒマ、鱈の煮付と言った所。
2016-11-30プラー・ヒマ 

身が真っ白なので、確かに雪の魚というのもわかる。味は淡白なのでタイ料理の濃い味付けにもよく合います。

鱈は寒い海でとれる魚なので勿論タイでは獲れません。日本から空輸しているものです。
このプラー・ヒマという名前も鱈の漢字が魚+雪、それでプラー・ヒマと付けたのでしょう。
尚鱈という漢字は国字、つまり日本で作った漢字なので中国にはこの漢字は無い。誰か日本人が鱈をタイに持ち込み、魚+雪だからと名づけたのだと思います。
雪の話から鱈へ、食いしん坊の食い物の話でした・・・。


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2016-11-19 17:02

GHQが作った歴史の空白、焚書の話

  11月10日のエントリー「トランプが大統領になる」で戦後71年の頸木からの脱却としてGHQによる焚書を取り上げた。
しかしこの件は殆ど報道されることもないが、日本の真の独立のためにはどうしても避けて通れない事と思う。少なくとも他国の副大統領から、『日本の憲法は俺たちが書いた』などと言われるような情けない事。この根源にこの焚書がある。

幸い現在発売中の雑誌Will12月号(10月26日発売)に西尾幹二先生が「GHQ焚書図書開封シリーズ 現在にひびく占領軍の思想的犯罪」という論文を発表している。
大変貴重な論文なのだが、私が持っているのは西尾先生のこの著書

GHQ焚書図書開封  西尾幹二著 2008年6月30日 徳間書店刊
2016-11-19GHQ焚書図書開封 

内容はまさに驚異的な内容なのだが、その中で西尾先生がGHQ焚書とはどういうものか解説されている。以下は上掲Will12月号からの引用(P61~62)

『GHQ焚書図書開封』

 GHQによる「焚書」と言っても、ピンとこない方がまだまだ多いかもしれません。これは米占領軍が、自分たちに都合の悪い書物を日本国民の目から隠すため、戦前・戦中に日本で刊行された七千七百点(7769点)(数百万冊)もの本を廃棄させ、パルプにしてしまった、非文明的な行為のことです。米軍は「焚書」とは言わず、confiscationという言葉を使い、日本政府はそれを「没収」と訳していました。
 長らく日本国民に秘匿されていたその実態と、「没収・廃棄」された書物の内容を明らかにするため、私は二〇〇八年以来、『GHQ焚書図書開封』シリーズを八年かけて徳問書店より刊行し続け、第十二巻にあたる新刊『日本人の生と死』で、ひとまず区切りをつけました。
 その第一巻『GHQ焚書図書開封 米占領軍に消された戦前の日本』では、焚書とは何かを論じ、焚書のいきさつを語り、発掘した焚書をもとに新たな歴史の提示を行っています。以下、ご参考までに各巻の標題の一覧をここに掲げます。

『GHQ焚書図書開封』シリーズ
1 米占領軍に消された戦前の日本
2 バターン、蘭印・仏印、米本土空襲計画
3 戦場の生死と「銃後」の心
4 「国体」論と現代
5 ハワイ、満洲、支那の排日
6 日米開戦前夜
7 戦前の日本人が見抜いた中国の本質
8 日米百年戦争~ベリー来航からワシントン会議
9 アメリカからの「宣戦布告」
10 地球侵略の主役イギリス
11 維新の源流としての水戸学
12 日本人の生と死
  (徳間書店刊、6巻までは徳聞文庫もある)
 お読みいただければ、日本が何ゆえに戦争をしなければならなかったのか、そのときの日本人の心理はどのようなものだったか、アメリカは日本国民に何を隠したかったか、そして、いかにしてアメリカが日本の伝統と日本人の精神性を根こそぎ破壊しようとしたかがおわかりいただけるはずです。
<引用ここまで>

そして西尾先生も心底驚いているのが日本人協力者の名前。
日本人協力者は東京大学文学部が中心で、担当は2名の助教授(当時)尾高邦雄、金子武蔵と法科教授の牧野英一(多分この人がリーダー)、西尾先生は東大文学部出身で、著書によれば西尾先生の卒業当時、金子武蔵は文学部長だった、だから西尾先生の卒業証書はこの人の名前で発行されているはず、そんなことを書いている。これでは西尾先生も驚くはずだ。
また牧野英一は後に文化勲章を受章している(1950年、昭和25年)、オイオイ!、日本の思想・文化を破壊したやつが文化勲章か?。

そして西尾先生はこの当時の東大総長が南原繁であることを指摘し(当然承認しているだ)、南原は時の総理大臣吉田茂から「曲学阿世の徒(学を曲げ、世に阿るヤカラ)」と罵倒されるような悪いことを色々やっていたと指摘している。

曲学阿世の徒・・・、私も子供の頃この言葉を聞いた記憶がある。もっともその頃にはこんな言葉の意味など分からないが、この焚書に関しての話を読んでやっと納得した。
確かに南原は曲学阿世の徒、間違いない。
(参考までに、この言葉は吉田首相がサンフランシスコ講和会議を中ソ抜きで行おう(単独講和)とする政府を批判し、中ソを入れた全面講和を主張した南原東大総長を批判した言葉。この時中ソを入れていたら、日本はスターリンと毛沢東に無茶苦茶にされたはずだ)

さてそんな焚書なのだが、その具体例として前回紹介したマリア・ルス号事件、これを次回のテーマとしてもう少し書いてみます。百年以上前の事件ではなく、現在につながる話です。


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2016-11-17 15:45

反トランプデモに思う事

 アメリカの反トランプデモについてエントリーしたのだが、色々皆さんから情報をいただいたので、私なりに思うことを書いてみたい。


最初にこの反トランプデモ、不思議なことにアメリカのマスゴミはあまり報道しない。どちらかと言えば日本のほうが大騒ぎしている感があるのだが、そんな中WSJにこんな記事があった。

【オピニオン】トランプ氏抗議デモは「カタルシス」
統一テーマ不在で、怒れる人々の集合体に過ぎず
2016 年 11 月 14 日 15:28 JST

http://jp.wsj.com/news/articles/SB10043214266851864327604582435620739712012?mod=trending_now_2

2016-11-16反トランプデモ@NY 
全文は長いので文末に全文引用しましたが、その要点はこんなもの。

デモは持っているプラカードに書いてあること、デモ参加者の叫んでいること、これらはバラバラで統一された理念でデモが行われている訳ではない。持っている旗・国旗もバラバラである。
但しクリントン支持ではない
こんな事でこのデモは「カタルシス」と言える。
注:カタルシスとは、三省堂辞書によれば、「心の中に溜まっていた澱(おり)のような感情が解放され、気持ちが浄化されること」

そんなことでこのデモ騒ぎ、簡単には落ち着かないかもしれないがいずれ消滅するだろう、こんな見立てである。


しかし私にはこのデモ騒ぎ、もっと深いところに問題があるのではないかと見ている。前回の反トランプデモエントリーでも書いたのだが、黒幕は左翼投資家ソロスだという。

そして前回のエントリーに「けいさん」という方から情報をいただいた。
「NYでは、時給$35の10時間拘束で募集してました。トランプタワーの前まで行進したやつです」

また太玄さんからいただいた情報、これはデモ参加者を送迎するバスの写真
なんと韓国人が一枚噛んでいるとのこと。
2016-11-17反トランプデモのバス 

このバスを使うやり方で私はピンとくるものが有る。
不特定多数を金で呼び寄せてデモをする場合、カネの支払い方法が一番問題なのだが、バスが有れば最初にバスの中で何か番号札のようなものを渡し、デモが終わってバスに帰ってきたら、バスの中で番号札と引き換えに金を渡す。
こうすれば金の受け渡しが外部に見られることもない、大変いい仕組みなのだ。

こんなやり方はタイのタクシン派デモでやられていた方法と似ている。誰でも考えることは同じだ。
また私は詳しくないが、アラブの春で独裁政権を倒したり、ウクライナのオレンジ革命だったり、同じようなことでデモを煽ったりしたのではないだろうか。
但し発展途上国とアメリカは違う、発展途上国で通用した方法がアメリカでも通用するかというと、いくら何でもそれは無理だろう、そんな風に考えている。しかしソロスが簡単にあきらめるとは到底思えないのだが・・・。



WSJ記事は有料のため、全文を文末に添付するつもりで添付忘れしました。恐縮です。
以下が全文です、ご参考までに
<以下引用>
【オピニオン】トランプ氏抗議デモは「カタルシス」
統一テーマ不在で、怒れる人々の集合体に過ぎず

2016 年 11 月 14 日 15:28 JST

 次期米大統領にドナルド・トランプ氏が選出されたことに抗議するデモが収まらない。12日午後には、数千人のデモがニューヨークの5番街をユニオンスクエアからトランプタワーまで行進した。数日前から同様の抗議集会がロサンゼルス、ポートランド、シカゴなど全米各地で開かれていた。トランプ氏はデモ参加者の情熱が大好きだとツイートする一方、その多くはプロの活動家だと批判した。

 先週8日の投票後にまぎれもない選挙結果が判明したのに、そもそもなぜ抗議するのか。手がかりは参加者の掲げるプラカードにある。「F」ワード(訳注:汚いののしりの言葉)はもちろんのこと、「トランプ」、「ジュリアーニ」(トランプ氏を応援してきたルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長)、「警察」、「家族重視」、「選挙制度」、「ニュート」(共和党のニュート・ギングリッチ元下院議長)、「アルパイオ」(アリゾナ州のジョー・アルパイオ保安官)、「トランプのAmerikkka」(KKKは白人至上主義団体の名称)など。ある女性はトランプ氏が税金を払わなければ自分も払わないと宣言。(アドルフ・ヒットラーをもじって)「アドルフ・トランプ」とあざけり、「痴漢の親玉」は「手を触れるな」と警告するものもあった。

 見識ある大学生は謝罪のメッセージを掲げた。「ご不便をおかけします。世界を変えようとしているので」あるいは「私の国が人種差別者でごめんなさい」といった具合。中でも最も人気だったのは「私の大統領ではない」だ。

 統一的なテーマを見つけるのは難しい。考えがみなそれぞれ違うからだ――戦争捕虜はヒーローだ、黒人の命は大切だ、オバマケア(医療保険制度改革)に家庭医を、スティーブ・バノン(トランプ陣営の最高責任者で保守系サイト「ブライトバート・ニュース」会長)は退場せよ――。

 群衆が叫ぶスローガンも一様ではない。多くはトランプ氏が公言した政策や個人的スタイルに強く反発していた。「大声で言おう、はっきり言おう、難民は歓迎されている」と叫ぶ声があった。男性は「君の体のことは、君が選ぶべき」と言い、女性は「私の体よ、私が選ぶ」と応じた。政策を批判するのにユーモアも忘れない。「彼の手はあまりに小さい。壁なんて作れない」

 ありとあらゆる旗――レインボー(性的少数者を示す)、プエルトリコ、無政府主義、社会主義オルタナティブ、メキシコ、米国(冒とくするものやそうでないもの)――が振られた。しかし、いかなる統一理念のもとにデモ参加者は行進していたのか?

 敗れたヒラリー・クリントン候補への支持ではない。確かに同氏の支持者は当初、「#ImStillWithHer」(それでも彼女とともにいる)というメッセージで存在感を示した。トランプ氏が第3回テレビ討論会で「なんて嫌な女だ」と侮辱したのを引き合いに「私たちは嫌な女、その通り」と叫び、「彼女とともにいる」と唱和した。しかしあっという間にそれは消滅した。

 クリントン氏の敗因を批判する声もない。史上まれにみる嫌われ者同士の対決で民主党が負けた理由を考えるより、群衆は声を合わせることに喜びを見いだした。

 私は徐々に理解し始めた。このデモは何かに怒る人々の集合体に過ぎないと。1960年代の左派運動を示すバッジを着けた白髪交じりの活動家は若い革命論者に語りかけていた。「全米家族計画連盟」のバッジを着けた男性は子どもを乗せたベビーカーを押し、「革命的共産党」を名乗るメンバーはビラを配っていた。中年女性グループは筆者にジャーナリストとして自由を享受できるうちはそうすべきだと警告した。

 異種混交のメッセージを掲げるデモは、主にプライマル・スクリーム(訳注:原初の叫びを表現することで抑圧してきた感情を解き放つ心理療法)として機能しているようだ。23歳の建築基準コンサルタント、クレア・ビーチさんは「カタルシス(精神浄化)のようなものだ」とし、「抗議することしかできない」と語った。

 ビーチさんが認めたように「大きな変化が起きるとは期待していない。ただ、こういう結果になったのに、何も声を上げないのは惨めだと思っただけだ」

 唯一、参加者の誰もが支持しそうな政策は、選挙人団の廃止だ。「一般投票の得票数ではこちらが勝ったのに」と訴える声は共通だった。 21歳のニューヨーク大の学生、エドゥアルド・エステバさんは「このせいでブッシュ(前大統領)が当選し、トランプ氏が当選した」と不満をあらわにした。ただ、どれだけこの抗議活動の規模が拡大しようと、制度はなくならないだろうとエステバさんは話した。

 数千万人の米国人が選挙の結果に納得しておらず、選挙期間中のトランプ氏の発言にもっともな懸念を抱いている。しかしカタルシスは大きな運動には発展しない。ただ旅行者の目を楽しませ、報道陣が集まってくるだけだ。

 この抗議デモはどこまで行くのか? 人々は心底怒っているため、当面は続くだろう。トランプ氏の来年1月の就任式にも支障があるかもしれない。それでもいずれは下火になるはずだ。民主党全国委員会の議長選は、トランプ氏に反発する勢力について、どんな抗議活動よりもはるかに多くを物語るだろう。

 しかし全く希望がなくなったわけではない。あるデモ参加者は友人に打ち明けた。「少なくともこれで私は最初の女性大統領になることができる」
<引用終り>


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2016-11-14 19:24

反トランプデモ

 アメリカの大統領選挙が終わっった。トランプに決まった。と思ったらいきなり反トランプデモなのか、反トランプ暴動なのか、可笑しな連中が騒ぎだした。
このデモ、暴動、おかしな話だが私には既視感がある。タイのタクシン派のデモとよく似ているのだ。

これが今回のデモの一例

2016-11-14反トランプ2 

かわいい女の子ですね。でもこれってどんな意味?。スペイン語ですが・・・?。
あんた、アメリカ人かね、それともメキシコ人なのかね???。

2016-11-14反トランプ1 
下品なものを持っていますね。この「F□CK」という言葉、日本語にはこんな下品な言葉はありません。

所でこれは2014年のタイ、軍事クーデターでタクシン派インラック政権を倒した直後のタクシン派のデモ。
詳細は以下ブログ参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-964.html

2016-11-14thai1.jpg 

タイ人たちは「欧米のメディアに見てもらいたい、だからこんな英語のプラカードを持っている」。こう言っていたのだが・・・

2016-11-14thai2.jpg 

こんな下品な言葉はタイ人は使わない。だからこれも欧米向けかな。


所でこの反トランプデモ(暴動)、黒幕は左翼投資家のソロスなのだという。
以下ブログ参照ください。
http://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/5f153aa0d1c6110d045823f43d69d098

このブログによれば、ソロスの仕組んだ反トランプデモは時給15ドルx4時間(=約6千円)位で雇われた連中が暴れているらしい。
まあ、ソロスならウクライナなどでも散々無茶をやっているので納得できる。おまけに彼の財力なら全米で騒動を起こすことなど朝飯前だろう。

所で1日6千円?、はてな?、タイの騒動でも1日6千円くらいで雇われた連中だったぞ。
オイオイ!、グローバリズムとはデモで暴れる日当までアメリカもタイもマル公の相場が有るんかいな(笑)。

こんな連中を暴れさせると、国内の分断が一層激しくなる。アメリカの病は相当重症だ。




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2014-12-26 22:31

12月26日の思い出

 12月26日、今日はインド洋大津波(スマトラ島沖地震)から丁度10年。
私には色々思い出深い日なので一寸思い出話などを・・・

今から10年前、2004年12月26日、私はタイで仕事をしていた。
正確には何とかして年内には帰国し、その頃体調を崩していた母の介護をしようとしていた。
帰国するため仕事のキリをつけるため、12月30日まで仕事、その日の深夜便に乗って31日帰国。
そんな段取りだった。

とは言うモノの12月26日は休日、せめて最後のゴルフでもとその日友人とゴルフ。
そして当時住んでいたコンドミニアム近くのマッサージ店で足のマッサージをやってもらっていた。
丁度目の前にテレビが有ったので見るともなく見ていると・・・
突然画面が変わり、プーケットでビッグウェーブで被害が出ている、そんな事を言いだした。
「Big wave」、「Big wave」、と騒いでいる。「高さ10メートルのBig wave」なのだと言っている。
「高さ10メートルのBig wave」? そりゃあ津波だぞ、そう思っていると電話がかかってきた。
電話は長女からのモノで、「タイで凄い津波被害が出ている、地震はインドネシア沖らしい。そちらは大丈夫?」
私は丁度今テレビで見たところだけどプーケットからは1000キロ近く離れている、それにプーケットはインド洋に面している。こちらはタイ湾、南シナ海に面しているので全く関係ない、そう返事をしたのだった。

時間がたつにつれ被害の深刻さが分かってくる。
勿論タイ人の間でも話題沸騰であったが、私は兎に角仕事を終りにせねばならない、四苦八苦だった。

そんなこんなで2004年12月31日、この日がタイでの仕事が終わって帰国した私の記念日。
そして正月は母は何とか元気だったものの5日に入院。16日に黄泉の国へと旅立ってしまった。
皆さんから「アンタが帰ってきたから安心して死んだんだよ」と言われるのだが・・・

しかし私には更に義父の介護・葬儀、それが終わったら義母の介護・葬儀、そんな日の始まりの記念日でもあるのがインド洋大津波の日なのだ。
私にしてみると年明け早々、義母の3回忌なのでこれでこの介護生活とも終りと思っていたのだが・・・・・・

今日ある介護関係の人から電話が有った。曰く「私の叔父の人が自宅で転んでけがをしている、すぐ来てくれないか。」そんな話だった。その叔父には3人の息子はいるのだが遠方に住んでいたりで頼りになるのは長男だけ。その長男が二日ほど前、別の病気で緊急入院中。

そんな事情で今日一日、叔父を病院に連れて行ったりで大変だった。
結局走り回っていたので昼飯も食えず・・・、ブツブツ。
明日もその延長戦で叔父の家に出かけることになっている。マタマタ老人介護生活に入りそうな予感・・・
どうも私には12月26日は厄日になってしまったようだ。

思い出話はこんな所にして、又また寒波が来そうですね。
先週の寒波では当地方の雪はこんなモノでした。
(18日の積雪)

2014-12-26雪景色(18日)その2

2014-12-26雪景色(18日)その1

このワンコは置物です。
でも何となく雰囲気は良いかもしれません。
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