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2019-09-20 15:50

2030年“LCA規制”の衝撃、トヨタ・日産・ホンダは中核にエンジン


 日経BPに気になる報道がある。自動車技術に関する動向だが、従来の「これからはEVだ電気自動車だトヨタは遅れているマンセー(笑)」、こんな報道とは違っている。
曰く
2030年“LCA規制”の衝撃、トヨタ・日産・ホンダは中核にエンジン』、こんな報道だ。

この話は、現在発売中の日経Automotive10月号に載っている。

話しの趣旨は、ライフサイクルでCO2排出量を評価する「LCA(Life Cycle Assessment)」の議論が欧州で始まった。だからエンジンの重要性が一層高まる。こんな話である。

此処でLCA規制とは、「LCA(Life Cycle Assessment)」のことで、クルマの燃費をただ走っている時だけの評価から燃料の油井(井戸=Well)から走る所(車輪=Wheel)まで、Well To Wheelをさらに進め、クルマや電池の製造や使用、廃棄に至るまでの全部でのエネルギーの管理をしようという考え方。
まっとうな考え方だ。いややっとまともな考え方に至ったのかとEV懐疑派の私はしみじみ思う。


しかし、2015年のVWディーゼル・ゲート事件に端を発した排ガス問題。その解決策として究極の解決策は排ガスゼロのEVだ、電気自動車だ、こんな可笑しな議論がここ何年も続いてきた。
それに輪をかけたのが中国のEVごり押し政策。
(中国はエンジン技術では先進国に勝てないが、EVなら構造は簡単。ごり押しすれば覇権を握れると読んで、無茶苦茶な補助金で国家ぐるみでEVを推進した)
しかしやっと中国もごり押ししてもEVではダメとHVに舵を切った。そんな時やっと欧州も目が覚めたようだ。

漏れ伝わる所では、ディーゼルゲート事件が発覚したとき、VWなどは一斉にこれからはハイブリッドだと取り組もうとした。しかしハイブリッドはトヨタとホンダが20年先行しており、関連技術はトヨタとホンダの特許で雁字搦め。この20年の差は到底埋められないと分かり、それなら一歩進んで電気自動車だ。これなら憎っくきトヨタが遅れていると宣伝できる。こんな作戦だったと漏れ聞いている。

道理で欧州のメディアを中心に「トヨタは遅れているキャンペーン」が有ったわけだ。そしてトヨタもホンダも馬耳東風、柳に風と受け流してきた。
がしかし、本命はエンジンの抜本的な改革だと思う。これが間違いなく王道だ。
そしてVWはじめ欧州勢も、EVをいろいろ手掛けてみてやっと認識した・・・、やっぱりエンジン車が本命なのだと。


さて前置きが長くなりました。ではその『2030年“LCA規制”の衝撃、トヨタ・日産・ホンダは中核にエンジン』についての報道を紹介します。


<以下引用>
https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00938/00003/?n_cid=emsl_101646
自動車パワートレーンの未来
2030年“LCA規制”の衝撃、トヨタ・日産・ホンダは中核にエンジン
清水 直茂=日経 xTECH

 2030年にかけて、ガソリンエンジンが急速に進化する。トヨタ自動車や日産自動車、ホンダの日系大手3社が、ハイブリッド車用で熱効率を大幅に高める技術革新に挑み始めた。さらに3社は、「ポスト2030年」を見据えた取り組みも強化する。ライフサイクルでCO2排出量を評価する「LCA(Life Cycle Assessment)」の議論が欧州で始まったからだ。エンジンの重要性が一層高まる。3社のパワートレーン開発トップへの取材を基に、エンジンの将来を5回に分けて見通す。

 トヨタ自動車と日産自動車、ホンダの日系大手3社は、2030年以降を見据えてガソリンエンジンの開発に力を注ぐ。2030年時点で、エンジン車と簡易式を含むハイブリッド車(HEVが世界の主流であるからだ(図1)。世界販売のうち約9割がエンジン搭載車になる。

2019-9-20日経BP1
図1 2030年でも9割近くはエンジン搭載車
2020年以降にEVは急増するものの、2030年の主役はHEVを中心としたエンジン搭載車で、約9割を占める。(出所:IHSマークイット)
(引用者注:これからも2030年まで台数は右肩上がりで伸びる、こんな予測は中国の現状から見て大いに疑わしい。しかし台数の9割がエンジン車になるというのは正しいと思う)

 加えて大きいのが、2030年にかけて二酸化炭素(CO2)排出量の測定方法が自動車のライフサイクルで評価するLCAに変わる可能性があることだ。HEVのCO2排出量は電気自動車(EV)と同等か、技術の進展次第ではEVを下回るかもしれない。2030年以降、HEVとEVが“真”の環境対応車(エコカー)の地位を巡り、互角の技術競争を繰り広げることになる。

 2019年3月、欧州議会と欧州委員会は、自動車の生産やエネルギー生成、走行、廃棄、再利用などのCO2排出量の総和を評価するLCAについて検討することを当局に要請した。2023年までに結論を出す予定である。2025年以降になるだろう「ポストユーロ7」と呼べる環境規制から、LCAでCO2排出量を評価する可能性がある。

 走行中だけのCO2排出量を対象にする現行規制から「大転換」(日系自動車メーカー幹部)と言えて、2030年以降のパワートレーン開発に大きく影響する。特に、現行規制ではCO2排出量をゼロとみなせて圧倒的に優位なEVの位置付けが下がる。EVは、発電時や電池生産時などのCO2排出量が多い。国や地域によるが、現時点でEVのCO2排出量はHEVを上回る場合が多い。

 欧州自動車メーカーは、LCAによる規制強化に備え始めた。例えばEVに注力するドイツ・フォルクスワーゲン(Volkswagen)は2019年5月、パワートレーン国際会議「第40回ウィーン・モーター・シンポジウム(40th International Vienna Motor Symposium)」で、発電時や電池生産時に対策し、LCAでEVのCO2排出量を大幅に下げる構想を発表した注1)。

注1)VWは、電池工場の電力に再生可能エネルギーを使う取り組みや、電池のリサイクルに力を注ぐ考えを示した。リサイクル電池を利用したEVは、電池生産時のCO2排出量を抑えられる。
 「計算方法によるが、最悪のシナリオでEVのCO2排出量はディーゼルエンジン車を上回りかねない。VWとしては2050年までに全車両で(CO2の排出と吸収を同じにする)カーボンニュートラルに近づけることを目指す」(VW生産担当役員のアンドレアス・トストマン(Andreas Tostmann)氏)。

 HEVの役割が高まると見る日系大手3社は、EVの開発と並行して、HEVのCO2排出量を減らす開発に挑む。とりわけ重視するのが、中核技術であるガソリン機の最高熱効率を50%近くまで高めて、有害な排出ガスをほとんどゼロの水準に下げることである(図2)。ここまですれば、2030年以降の“真”のエコカーとしてHEVが活躍できると考える。

2019-9-20日経BP2
図2 ガソリンエンジンの最高熱効率は一気に高まる
トヨタが主導するHEV用ガソリン機における最高熱効率の向上競争。ホンダがくらいつき、2020年以降には発電専用ガソリン機で日産が猛追する。トヨタ、日産、ホンダへの取材を基に編集部が推測した。(写真:トヨタ、日産、ホンダ)

・・・以下は有料会員専用の為省略・・・
<引用終り>

この記事の有料部分が大変面白いので、その初めの部分を見てみたい。

<以下引用>
エンジン車”排除”規制後にEV”逆風”規制
 欧州はLCAの検討を始めるにに併せて、2030年以降に販売する新車のCO2排出量を2021年比で37.5%と大幅に削減する企業平均燃費(CAFE)規制の導入を決めた。この「2030年CAFE規制」は、従来同様に走行中を対象にする。事実上、走行中に限るとCO2排出量がゼロとなるEVの普及を促す規制になる。
 英調査会社IHSマークイットプリンシパルアナリストの波多野通氏は、2030年規制に対して「エンジンだけで走る車両は達成できない」と分析する。トヨタは2015年時点の新車販売のうち、半分をEVにすることを求める規制」(同社パワートレインカンパニーPresidentの岸宏尚氏)と読み解いた。
 欧州がEVの普及を促す規制の導入を決めた一方で、EVの逆風となり得る”LCA規制”の検討を始めたのは、温案化対策の国際的枠組みである「パリ協定」を重視するからだ。温暖化ガスであるCO2排出量は、LCAで見なければ実質的に減らない。
 欧州は、当面は走行中以外のCO2排出量に目をつむってEVの量産規模を増やし、HEVを中心としたエンジン搭載車とコスト面で競える環境を整える。その後に”LCA規制”を導入して、EVを”真”のエコカーに脱皮させる2段構えの構想が透ける。
・・・以下略・・・
<引用終り>


分かりにくい話ですが、これでこんな規制の謎が解けました。
ディーゼルゲート事件で苦境に立ったVWはじめドイツの自動車産業。EVに活路を求めたのですが、一筋縄でいかないのがEV、特にバッテリー。中国を巻き込んでEV強国を目ざしたが、うまくいかない。
そこで王道であるトータルでCO2削減を目指すよう方向転換。しかしそこで又もや日本勢が出てきた。
上掲図の2枚目、エンジンの熱効率では日本車は既に40%を超える所まで来ている。この競争にVWなどドイツ車も入っていかざるを得ない。その為の時間稼ぎがこんな規制になった。こう見るべきだと思います。

とまあ、ここまで書いて今年5月にエントリーした青森シリーズを思い出しました。青森ではレンタカーとしてプリウスを借りたのですが、それを最後に返却するためガソリンを満タンにして満タン証明をもらわねばいけない。それでレンタカー屋指定のスタンドで給油したのですが、ビックリするほど給油量が少ない。そんな話をスタンドのオジサンに話をしたら、「ガソリン食わないでしょう。これはプリウスだから余計だが、他のクルマでもリッター20キロ位は走りますよ」、こんな話だった。道理で最近ガソリンスタンドがドンドン廃業してゆくなあ、そんなことを改めて感心しました。

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2019-09-15 10:32

猪瀬直樹は保守の顔をした左翼だった


 猪瀬ポールと言うモノを御存じだろうか。片側3車線でできた日本の大動脈新東名。その3車線をわざわざ「お邪魔ポール」を立てて1車線潰し2車線、合計4車線にしてしまった。
このお邪魔ポールのことを主犯の名前をとって「猪瀬ポール」という。
日本のインフラの歴史に残る百年の愚行である。

2016-2-18猪瀬ポール
この猪瀬ポールについては以下エントリー参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1227.html

尚猪瀬ポールは現在引っこ抜き工事が始まっています。この件は最後に書きます。


所で本題は猪瀬ポールではなく猪瀬直樹のこと。宮崎正弘さんのメルマガの読者の声欄に面白い話が有った。元都知事の猪瀬直樹の必読書が「丸山真男、網野善彦、橋川文三」だとか。
私はこれを読んで、猪瀬直樹がどうにもおかしいやつだと思っていたのが納得できた。猪瀬直樹は保守の顔をしていながら隠れ左翼だったのだ。

何は兎も角、そのHS生、水戸さんの読者の声から見てみたい。

<以下引用>
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 令和元年9月13日(金曜日) 第6193号

(読者の声1)妙に納得したことがあります。雑誌の『PRESIDENT』(10月4日号)に「トップに立つ人、補佐役の必読書」という特集があって、まずは管義偉のそれが吉川英治『宮本武蔵』、堺屋太一『豊臣秀長』。そして、コーリン・パウェル(元国務長官)のリーダーシップ論とか。
問題はその次です。
猪瀬直樹・元都知事が登場し、政治思想で三つ、文学で三つを揚げています。後者は順当ともいえるカズ・イシグロ『日の名残り』とトルーマン・カポーティの『冷血』、そして吉行淳之介の『私の文学放浪』でした。
問題は政治思想で猪瀬があげた三大書物が、丸山真男、網野善彦、橋川文三でした。
日本の戦後思想界の『三莫迦』といわれる人たちが、彼の源流だと知って、なるほど!。
保守の顔しつつ、「革新」的なアイディアだなどと、変なことを言い、西尾幹二氏が「狂人宰相」と名づけた小泉に取り入ったひとですが、彼の謎が、これで解けたと思いました。この話、いかに?
(HS生、水戸)
<引用終り>


この記事を読んで、私は隠れ左翼がどんなことを言っているのか興味が有って、普段は買わないPRESIDENTを買ってきた。

猪瀬直樹、こいつの名前は悪名高い「猪瀬ポール」で知られている。恐らく100年後まで語り継がれる悪行だと思うが、そんな事の一端が分かるかも知れない。こんな奴をどう駆逐するのか、そんな意味もあって買ったPRESIDENT。その内容についてちょっと引用してみます。

2019-9-14猪瀬直樹

本当は菅さんの言っていることがまともで素晴らしいのだが、まあそれはPRESIDENTを買ってみてください(とこれは勝手にコマーシャル)。では悪名高い猪瀬について。
(以下はスキャンし電子化したもの)

<以下引用>
(注:引用文は青色、私のコメントは黒色にしました)

日本近代史の基礎をつくった3賢人の全集を読むべき

五輪招致で痛感、日本人に足りない教養

 自分の殼を破る前に、その殼を形づくるための教養がない日本人が多い。それは、本来教養の基礎を築く大学時代に本を読まなくなっているからです。日本の多くの大学は。いまやただの就職機関に成り果てています。本来教養があるうえでビジネスがあるはずなのに、いまの日本の大学、いや社会は、教養の持つ意味や力について自覚がないのです。

 そもそも教養がなければ正しい現状認識ができない。現状認識がしっかりできていなければ、まともな解決策を打ち出すこともできません。例えば、戦前は天皇主権で戦後は国民主権、戦前は軍国主義で戦後は民主主義という教科書的な捉え方だと、現状を。正しく認識できない。日本はその実、戦前も戦後も官僚主権で、権力の所在がはっきりしないという問題をずっと抱えているのです。

私のコメント:こんな風に「戦前も戦後も官僚主権で、権力の所在がはっきりしない」などと証拠も示さずに断定する。この断定した前提に立って「だからダメなんだと現状否定」、こんな話をするからどんどん話が可笑しくなる。
例えば明治のポリシーは五カ条のご誓文。その第一は
広く会議を興し、万機公論に決すべし
これこそ日本の国体そのもの。そしてこれは敗戦で占領憲法を押し付けられても日本人には連綿と受け継がれている。こんな事は全く考慮していない。これが左翼の特徴だ。

丸山眞男、橋川文三、網野善彦が私の師彦

 こういった国家観、歴史観を捉えるうえでも教養は不町欠です。その礎となる本を、ここに紹介したいと思います。まず、僕の作家としてのテーマである「日本近代史」の基礎をつくった3人の「師」による全集ーー「丸山眞男集」「橋川文三著作集」「網野善彦著作集」。
 
  丸山眞男は戦後民主主義の思想を牽引した政治学者で、いまでも政治思想史の権威。『現代政治の思想と行勲』や『日本の思想』を大学で読んだという人は少なくないでしょう。日本の政治学に「近代」を持ち込んだのは東京大学法学部名誉教授だった彼です。

私のコメント:丸山真男は曲学阿世の徒南原繁と同じ穴の狢(むじな)、1951年のサンフランシスコ講和会議で全面講和を唱えています。この一つとっても彼は「平和を夢見て現実を知らない」ことが分かります。


 その丸山の傍系の弟子にあたるのが、橋川文三。1972年、一度、仕事をしてから僕が25歳のときに明治大学大学院に入学したのは、近代政治思想史を専門とする橋川先生に教えを請うためでした。彼が60年に上梓した『日本浪曼派批判序説』に感銘を受けたのです。同書は[戦前の若い学生たちがなぜ戦争に積極的に参加したのか]を説明した作品ですが、出版当時、戦前は軍国主義で戦後は平和主義という単純な二分法の見方が大勢だったなか、橋川先生は「戦前の学生も戦後の学生と同じようなある種の過激な一体感を求めていた」という共通項を分析した。それがすごく信用できたのです。その延長上で僕は、『昭和16年夏の敗戦』を書くことになります。

 アメリカと戦争をしても勝てるわけがないのに、なぜ無謀な戦争へと突入したのか。戦前戦後で人間が変わるわけがないのだから、冷静にシミュレーションしていたはずだと考えました。調べてみたら、41年に内閣直下の総力戦研究所という機関でシミュレーションが行われ、実際の戦争通りの結果が導かれていたことがわかった。当時、陸軍大臣であった東條英機もこの報告を聞いています。その後、東條内閣が発足するけれど、確固とした意思決定がないまま、戦争に突入していくことになる。決断して始めた戦争ではなく、「不決断」により始まってしまった戦争だったのです。『昭和16年夏の敗戦』はその意思決定のプロセスを解き明かした作品です。先に述べた官僚主権につながる話ですが、日本には国家の意思決定の中枢というものがない。天皇は「空虚な中心」で、明治維新のときから中枢が不在になる可能性があるという制度的な不備がありました。それを元老たちが人治でカバーしていましたが、元老が死んでしまうと、縦割りの官僚機構だけが残った、というわけです。

私のコメント:この対米戦争史観は間違いなく戦勝国史観です。日本が国力で大差のあるアメリカと無謀にも戦争を仕掛けたのではありません。何とか戦争を回避すべく、必死の努力をしていた。しかし全てのことをアメリカに拒否され、最後はハルノートを突き付けられた。
猪瀬直樹は石原慎太郎に仕えていました。その石原慎太郎はこの史実を正確に知っていました。それなのにこんな事を言う。猪瀬にとって石原慎太郎は過去の人なのでしょう。
マッカーサーが米国上院で1951年に証言し、この中で日本が開戦に踏み切ったのは安全保障上の理由だと言っています。
その証言の該当部分、原文と対訳
「Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.」
「したがって、彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだったのです。」
以下参照ください



 3人目の師である網野善彦は、僕の歴史観という殼を最初に破ってくれた存在です。彼は、日本が江戸時代まで農業社会だったというこれまでの歴史観をがらりと変えた人。江戸時代における日本の人口の8、9割は百姓であると考えられていましたが、「百姓」という言葉には農民以外の生業(製造業や流通業など)に従事する人も含まれていて、そういった人たちが、当時の社会の最上層にいる天皇皇族や神社仏閣ともモノを通じて結びついていたことを紐解いたのです。この歴史観は、天皇という日本独自のシステムに切り込んだ僕の処女作『天皇の影法師』(83年)をはじめとする後の作品につながっていて、網野さんには同書の文庫の解説も書いてもらっています。


『冷血』は僕にとって「新製品」だった

 さて、こういった教養を身に付けたうえで何を読むべきか。まずは作家としての僕の殼を破ってくれたと言える、トルーマン・カポーティの『冷血』です。いまでこそノンフィクションの時代と言われますが、当時の日本はそんな言葉も存在しない、私小説全盛の時代でした。ただ、私小説の題材である結核も貧乏も社会から消えてしまい、新しい方法論への期待も高まっていた。そこに登場したのが『冷血』でした。カポーティは米カンザス州の寒村で生した残虐な殺人事件に興味を抱き、加害者にインタビューしながらその心情へと深く入り込み、ひたすら事件のディテールを再現した。作家の想像力を超える世界がそこにあったからです。『冷血』は、軽くなった「私」へ衝撃をもたらすものでした。僕にとってまさに「新製品」でした。
 
 次に挙げるのは、カズオ・イシグロの代表作である『日の名残り』。20~30年代のイギリス貴族社会とそこで働く庶民の日常が舞台となっている本作は、ある貴族の館の執事長と女中頭の切ない恋の物語です。しかしその時代背景として、第2次大戦へと向かう描写が丹念に書き込まれている。館には、後にイギリス首相となるチャーチルやナチスの高官も訪れ、そこで繰り広げられる秘密会議はヨーロッパの正史そのものです。

 つまりこの作品には、歴史という「公の時間」のなかに「私の営み」が叙情的に描かれている。本作はノーベル文学賞を受賞した作品ですが、一方でなぜ、日本の村上春樹はノーベル賞を取れないのか。それは、この「公の時間」がないから。70年に三島由紀夫が自決して以降、日本の文学は戦後民主主義のなかで「公」を避けるように「私」に向かい、「私だけの空間」になっているのです。

 僕は「公」を取り入れることでしか、日本の文学の閉塞感を脱することはできないと考えていました。その「公」への眼差しが日本の官僚主権的な構造を告発した『日本国の研究』につながり、それを評価してくれた時の総理、小泉純一郎さんによって僕が行政改革・道路公団民営化の道へと歩を進めることになりました。教養をもとに現状を認識したら、自ずと解決策を提示することになっていたわけです。

私のコメント:「日本の官僚主権的な構造を告発した『日本国の研究』」、この多分「官僚悪し論」で小泉純一郎に売り込んだのでしょう。その結果、道路関係四公団民営化推進委員会(平成13年12月~平成17年9月 小泉内閣時代)に委員として猪瀬直樹が潜り込んでいた。この委員会は後の民主党時代の事業仕分けの前身と言ってもいいでしょう。何も知らない、国家観も無いど素人を委員にして何でもいいからカネを削ってしまう。
官僚悪しというなら、ど素人の国家観も無いやつにやらせるのは最悪の結果を招くいい例と認識すべきです。その実例が猪瀬ポール。しかし本人は反省の色が有りません。


日本にはもっと変人が必要だ

 このとき小泉さんという「変人」でなければ、僕を採用しなかったでしょう。変人とは僕のなかで、「自分の固有の価値観で忖度なく意見が言える人」のこと。固有の価値観を育むには、教養が不可欠です。日本には秀才はいっぱいいますが、変人がいない。それは非常に深刻な問題です。東條英機も秀才でした。あの場に一人でも変人がいれば、戦争は避けられたかもしれない。

 2020年オリンピック≒パラリンピックの招致も、秀才だけではできないことでした。I0C委員に東京の摩天楼を見せても懐には入れない。まだオリンピックを開催したことがない都市が立候補しているなかで、東京で2度目をやることの意味、物語が必要だったんです。そこで、僕は自身の代表作である、世界史の中で天皇制を捉えることに挑戦した『ミカドの肖像』の抜き刷り(英語版)を見せた。I0C委員にはロイヤルファミリーに対する畏敬の念があると知っていたからです。

 「わたしの語ろうとしている都市(東京)は、次のような貴重な逆説、〈いかにもこの都市は中心をもっている。だが、その中心は空虚である〉という逆説を示してくれる。禁域であって、しかも同時にどうでもいい場所、緑に蔽われ、お濠によって防禦されていて、文字通り誰からも見られることのない皇帝の住む御所、そのまわりをこの都市の全体がめぐっている」

 これは同書の冒頭にある一節で、口ラン・バルトの『表徴の帝周』より引用したものです。モダン(ビル群)の中に無(皇居)があり、それが禅なのだ、と。つまり、日本の近代とは何かというところを東京の魅力と結びつけてプレゼンし、招致に至りました。時に世界をも動かす。教養にはそれだけの力があるのです。

私のコメント:この天皇の居られるところ(皇居)を無と表現する。これが猪瀬の本質なのでしょう。

 最後にもう一つおすすめの本を挙げます。『私の文学放浪』(吉行淳之介)。吉行さんは男と女がいかに違うかという当たり前のことを上手に説明しています。女の子を口説いて、すぐ振られる男性がいますが、それは男が、女は自分と同じと思っているから。若いとき、とても参考になりました。

<引用終り>


こんな風です。
これを読んで、左翼の本質を考えてみた。彼らは現在の価値観を否定し、家族観を否定し、では対案はと言えば「バラ色の夢物語で実現不可能なこと」。こんな事が本質なのでしょう。但し、自分に対しては大甘。そして多分カネの亡者なのでしょう。


最後に冒頭紹介した猪瀬ポール。丁度現在猪瀬ポールを引っこ抜く作業が始まっています。

2019-9-15新東名の6車線化

丁度今月工事をやっています。これができると6車線化の一部区間では最高速度が120キロになります。長いことかかりました。これでやっと道路も世界に近づくことができます。
但し、上掲地図の左側、新東名の愛知県区間は4車線で完成してしまっており、6車線化は不可能です。猪瀬のせいです。
更に現在工事中の御殿場・海老名艦間(色々工事が難航しているようです)も猪瀬のせいで4車線で工事が進んでいると思います。折角苦労して作っているのに、本当に悔しいですね。

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2019-09-13 19:42

曇り空の中秋節


 今日は旧暦の8月15日、中秋の明月の日だが当地ではあいにくベタ曇り。
まあせめて中秋の名月の気分でもと云う事で。




でもやっぱり中秋の名月と言えばこんなものを思い出す。

これは韓国が中秋節は韓国起源だとパクリ主張した話。

元はよもぎねこさんの2009年の記事から
http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-2516.html
その記事は
【中韓】 中秋(秋夕)は中国の文化?~新羅の僧が唐に伝えたのが起源★2[09/08]

この記事は二重にパクっている。新羅の僧侶というのは円仁だが、これはれっきとした日本人。
そしてそこを可笑しな風に解釈して中秋節は韓国起源と捏造している。
まあ詳細は元記事参照ください。

この話をいただいて、私もエントリーしたんだが、それがこのエントリー
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-790.html

そして中国人がこのパクリを揶揄して書いたのがこんな絵


此処に書いてある中文(現代中国語)に意味は、ドイツ在住の丸山光三さんが解説されている。

Commented by 丸山光三 さん
TBのリクエストに答えて、訳を、
[中秋节是我们的]>>中秋節は我々のものだ。
[爸爸,月饼要怎么吃呀?]>>パパ、ゲッペイはどうやって食べるの?
[傻孩子,月饼当然是炸了吃]>>馬鹿だねこの子は、ゲッペイは他人のものをせしめて食べるんだよ。

「炸」は、声調によって意味が変わります。二声なら「油で揚げる」です。普通に使用するのは「油で揚げる」ほうです。例、「炸油条」(ヨウテイアオを揚げる)、「炸醤麺」(ジャージャン麺)。

また「炸」には、四声なら「割れる」、「爆破する」、「激怒する」、「騒動が起こる」、などの派生的な意味がありますが、そこに引っ掛けるニュアンスもあるのかもしれません。

しかし、「炸」には口語的に「他人のものを強奪する」という使用法もありますから、このシーンでは、これが実にぴったりですね。


さてここでもう一つの疑問。このイラストに描いてある野球のバットみたいなものは何だろう。

これは警棒、韓国朝鮮人のことを戦前から「高麗棒子(こうらいぼうし、ガオリーバンズ、中: 高麗棒子、拼音: Gāolì bàngzi)」と言っていた。理由は諸説あるが、私が聞いているのはこんなもの。時代は朝鮮半島併合時代に遡る。満州国では警察官に朝鮮人も採用していた。朝鮮人警察官は、主に朝鮮で洗濯に使う棒を武器として警備をし、事実上の支配国であった日本の威を借りて横暴な態度を取っていたため、現地の中国人達は警官の携帯する武器の棒より「高麗棒子」と蔑称した。
この件はWiki参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E9%BA%97%E6%A3%92%E5%AD%90

尚Wikiには書いて無いが、日本人警察官は拳銃を持っていたが朝鮮人には持たせていなかった。理由は朝鮮人に持たせると危険、こうだったと聞いている。

そして・・・。
上掲Wikiにはこんなポスターが紹介されている。
2019-9-13高麗棒子ポスター
Wikiの説明では
「万宝山事件後の朝鮮人報復事件に際して中国で発行された排日ポスター。旭日旗を持った朝鮮人が中国人を虐殺している様子を描いており、当時の中国人の朝鮮人観が表現されている。」

なるほどねえ、この時代は朝鮮人は「日本の威を借りて横暴な態度を取っていた、その象徴が旭日旗だった」、こんな歴史がある訳だ。

これが有るので韓国人が旭日旗を見ると火病を起こすわけだ。
ベタ曇りの中秋の名月、そんな雲を見てこんな事を思い出しました。

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2019-09-11 21:19

日本人が知らない北米左翼の恐ろしさ<9.11の事例


 昨日、アメリカの大学の左傾化についてエントリーした。
アメリカの大学の左傾化が猖獗を極めている  2019-09-10 21:30」
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-entry-1677.html

所で今日は9.11、この9.11について、筑波大学の掛谷英紀氏が大紀元に興味深い事例を紹介している。
その該当部分を紹介したい。

紹介するのは掛谷英紀氏の8月26日付 大紀元のコラム。「日本人が知らない北米左翼の恐ろしさ  2019年08月26日 」

ではいきます。

<以下引用>
掛谷英紀コラム
日本人が知らない北米左翼の恐ろしさ
2019年08月26日 17時43分

 ソ連などを例示して共産主義の間違いを指摘すると、未だ本当の共産主義は実現されていないと反論する人がいる。しかし、これまで共産主義を目指した国は数多くあり、その企ては全て失敗した。再度挑戦するなら、過去の失敗の原因を究明して、それを修正する必要がある。ところが、そういう真摯な姿勢の左翼はいない。ソ連や東欧が失敗したら、次はベネズエラを称賛する。ベネズエラが失敗したら、それに触れないようにする。だから失敗を繰り返す。

こんな書き出しで始まる
・・・中略・・・

日本では文系の大学教授の左傾化が顕著だが、これは世界共通の現象である。北米も例外ではない。そうした左翼教授たちの思想の本質を垣間見ることができるエピソードを一つ紹介しよう。

ルービン・リポート(Rubin Report)という米国のインターネット番組がある。番組ホストのデイブ・ルービン(Dave Rubin)はゲイ男性で同性婚もしている。このプロフィールからすると、彼は左翼ではないかと思われるだろう。実際、この番組は開始当初、ザ・ヤング・タークス(The Young Turks)という左翼系のインターネットテレビ局で放送されていた。しかし、ルービンは左翼の欺瞞と暴力性に気づき、そこから離れて左翼を批判するようになった。彼は自らをクラシカル・リベラルと称しているが、今ではリベラルを自称する左翼たちから激しいバッシングを受けている。

昨年10月、そのルービン・リポートのゲストにオタワ大学の教授ジャニス・フィアメンゴ(Janice Fiamengo)が登場した。そこで彼女は左翼教授たちの恐ろしさを示す貴重な証言を行った。彼女はもともとフェミニストとして左翼活動に従事していた。左翼からの転向組という点で、ルービンと共通している。

番組でルービンはフィアメンゴ教授に転向のきっかけを尋ねた。彼女は2001年の9.11同時多発テロだと答えた。そのエピソードが強烈である。当時、彼女はサスカチュワン大学の教員だった。テロのニュースを見て彼女は動転していたが、周りの教授たちはいかにも嬉しそうでbarely contained sort of vaunting pleasure)、満足気だったcertainly a kind of satisfaction)というのである。実際、テロが起きてから1時間も経っていないとき、出くわした同僚は彼女の前でこう言ったそうである。「ざまあみろThey’ve got what they deserved.)」と。

つい最近も、ザ・ヤング・タークスのコメンテータであるハサン・パイカー(Hasan Piker)が「アメリカにとって9.11は当然の報いだAmerica deserved 9/11.)」と自らのネット配信動画で語ったことが話題になった。左翼中核層のこうした本音を直に聞けば、浮動層は左翼運動と訣別することができるだろう。

米国にはアンティファ(Antifa)と呼ばれる集団がある。C.R.A.C.(元レイシストしばき隊)の米国版というと分かりやすいかもしれない(アンティファの方が歴史は古く、本家である)。実際、C.R.A.C.にはアンティファを真似ている部分が多く見られる。

アンティファは保守系の人間が大学で講演会をすると聞くと、その大学のキャンパスに押しかけて妨害するなどの活動を繰り返している。最近は、活動が過激化しており、人に向かって暴力を振るうこともしばしばである。
・・・以下略、詳細はリンク先参照ください・・・
<引用終り>


この9.11は私もテレビで映像を生で見ていたのだが、とんでもない衝撃だった。

2019-9-11悲劇の写真9-11

このような大事件の報道に接し、「ざまあみろ(They’ve got what they deserved.)」とか「アメリカにとって9.11は当然の報いだ(America deserved 9/11.)」、こんな事が言える。これの異常さはアメリカ人でなくてもわかると思う。
これが左翼の本音であること。こんなことを我々も良く知っていくべきでは無いだろうか。


以下はオマケ。
掛谷英紀氏のコラムは大変面白いので、以下参考までに全文引用します。

<以下全文引用>
https://www.epochtimes.jp/p/2019/08/46354.html
掛谷英紀コラム
日本人が知らない北米左翼の恐ろしさ
2019年08月26日 17時43分

 ソ連などを例示して共産主義の間違いを指摘すると、未だ本当の共産主義は実現されていないと反論する人がいる。しかし、これまで共産主義を目指した国は数多くあり、その企ては全て失敗した。再度挑戦するなら、過去の失敗の原因を究明して、それを修正する必要がある。ところが、そういう真摯な姿勢の左翼はいない。ソ連や東欧が失敗したら、次はベネズエラを称賛する。ベネズエラが失敗したら、それに触れないようにする。だから失敗を繰り返す。

理工系の分野で研究開発に携わる人間は、失敗すればその原因を徹底的に洗い出し、それらを修正してから次の実験を試みる。でなければ、いつまで経っても目的を達する技術は完成しない。そういう習性もつ我々からすると、同じ失敗を何度も繰り返そうとする行動原理は全く理解できない。理工系で左翼思想に嵌る人が稀有なのはそのためだろう。

もちろん、もともと社会の破壊と自らの独裁を目指す人にとっては、過去の共産主義国の試みは成功であって失敗ではない。だから、左翼中核層は同じことを繰り返そうとする。一方、左翼浮動層は「理想の社会」を目指しているが、単に考えが足りないので、同じ失敗を繰り返す。

昔の共産主義と今の左翼は違うと反論する人もいる。しかし、特に北米の左翼運動を見ていると、人を物扱いし、人命を著しく軽視するという点で、今の左翼も過去の共産主義国指導者と本質的に同じ思想を持っていると考えざるをえない。

今年5月、米国のジョージア州で6週を過ぎた胎児の中絶を禁止する法案が、そしてアラバマ州では一切の中絶を禁止する法案が通ったことは、日本でも広く報道された。米国の保守派が極端な主張に走っているという印象を受けた人も多いだろう。しかし、その前にブルー・ステイト(Blue State, 民主党が強い州)で、逆の極端な動きがあったことを日本の大手メディアは伝えていない。それを知っていれば、このニュースは全く違ったものに見える。

妊娠中絶をどの時点まで認めるかは、国や州によって異なるが、一定の限度を設けているのが普通である。ところが、この制限の撤廃を求める左翼運動が勢いを増している。その結果、今年1月、バージニア州とニューヨーク州で出産直前までの中絶(late-term abortion)のハードルを下げる法案が通った。そこで議論になったのが、中絶手術に失敗して生きたまま出てきた場合はどうするかということである。左翼運動家たちは、その場合は殺していいということまで言い出しているのである。

こうした主張を見ると、人間を物扱いにする共産主義の唯物論的思想を今の左翼も受け継いでいると考えるのが妥当だろう。アラバマ州やジョージア州の動きは、こうしたブルー・ステイトの極端な動きへの反動として出てきたものなのである。

日本では文系の大学教授の左傾化が顕著だが、これは世界共通の現象である。北米も例外ではない。そうした左翼教授たちの思想の本質を垣間見ることができるエピソードを一つ紹介しよう。

ルービン・リポート(Rubin Report)という米国のインターネット番組がある。番組ホストのデイブ・ルービン(Dave Rubin)はゲイ男性で同性婚もしている。このプロフィールからすると、彼は左翼ではないかと思われるだろう。実際、この番組は開始当初、ザ・ヤング・タークス(The Young Turks)という左翼系のインターネットテレビ局で放送されていた。しかし、ルービンは左翼の欺瞞と暴力性に気づき、そこから離れて左翼を批判するようになった。彼は自らをクラシカル・リベラルと称しているが、今ではリベラルを自称する左翼たちから激しいバッシングを受けている。

昨年10月、そのルービン・リポートのゲストにオタワ大学の教授ジャニス・フィアメンゴ(Janice Fiamengo)が登場した。そこで彼女は左翼教授たちの恐ろしさを示す貴重な証言を行った。彼女はもともとフェミニストとして左翼活動に従事していた。左翼からの転向組という点で、ルービンと共通している。

番組でルービンはフィアメンゴ教授に転向のきっかけを尋ねた。彼女は2001年の9.11同時多発テロだと答えた。そのエピソードが強烈である。当時、彼女はサスカチュワン大学の教員だった。テロのニュースを見て彼女は動転していたが、周りの教授たちはいかにも嬉しそうで(barely contained sort of vaunting pleasure)、満足気だった(certainly a kind of satisfaction)というのである。実際、テロが起きてから1時間も経っていないとき、出くわした同僚は彼女の前でこう言ったそうである。「ざまあみろ(They’ve got what they deserved.)」と。

つい最近も、ザ・ヤング・タークスのコメンテータであるハサン・パイカー(Hasan Piker)が「アメリカにとって9.11は当然の報いだ(America deserved 9/11.)」と自らのネット配信動画で語ったことが話題になった。左翼中核層のこうした本音を直に聞けば、浮動層は左翼運動と訣別することができるだろう。

米国にはアンティファ(Antifa)と呼ばれる集団がある。C.R.A.C.(元レイシストしばき隊)の米国版というと分かりやすいかもしれない(アンティファの方が歴史は古く、本家である)。実際、C.R.A.C.にはアンティファを真似ている部分が多く見られる。

アンティファは保守系の人間が大学で講演会をすると聞くと、その大学のキャンパスに押しかけて妨害するなどの活動を繰り返している。最近は、活動が過激化しており、人に向かって暴力を振るうこともしばしばである。

実際、今年6月には、オレゴン州ポートランドでアンティファを取材していたフリージャーナリストのアンディ・ノー(Andy Ngo)が激しい暴力を受け、集中治療室に運ばれるほどの大けがを負う事件が起きた。ポートランドはアンティファの主要拠点の一つであり、警察も手を出せないほどの状況になっている。

左翼は、社会的弱者やマイノリティの味方であると自称する。しかし、それが欺瞞であることは昔も今も変わりない。現実には、彼らは自分の政治イデオロギーに都合のいい弱者やマイノリティしか保護しない。自分に都合の悪い弱者は容赦なく潰す。実際、自分の邪魔になる新生児は殺していいと平気で言う。9.11同時多発テロを喜ぶ。被害者のことなど全く顧みない。性的マイノリティ(ゲイのデイブ・ルービン)や人種マイノリティ(ベトナム系2世のアンディ・ノー)であっても、左翼イデオロギーに従わないものには容赦しない。

左翼運動に騙されないために必要なことは、彼らが何を言っているかではなく、何をやっているかに注目することである。弱者の味方を騙るが、現実には自分に従わない弱者には敵対する。多様性が大事だと言うが、左翼イデオロギーに従わない人間の言論は弾圧する。そうした行動に着目すれば、左翼中核層が目指すものは全てが自分の思い通りに動く独裁的な社会であることに気づくはずである。

執筆者:掛谷英紀

筑波大学システム情報系准教授。1993年東京大学理学部生物化学科卒業。1998年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。特定非営利活動法人言論責任保証協会代表理事。著書に『学問とは何か』(大学教育出版)、『学者のウソ』(ソフトバンク新書)、『「先見力」の授業』(かんき出版)など。

<引用終り>

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2019-09-10 21:30

アメリカの大学の左傾化が猖獗を極めている


 アメリカの大学が無茶苦茶左傾化していることは聞いていた。
最近もこんな本が出版され、その左傾化の事例には正直ビックリを通り越したモノがある。

2019-9-10アメリカのバカデミズム
Jason Morgan (原著), ジェイソン モーガン (著)

この本は今月1日に出版されたばかりなのだが、数日前に所用で名古屋に行った折、駅前の三省堂へ立ち寄ったら見かけたので買ってきた。
まあ本の題名は過激なものだし、どうかと思えるような感じなのだが、内容は著者本人が体験した事例がたくさん紹介されており、アメリカの現状を理解するうえでたいへん面白い。

アメリカの大学の左傾化は、今まさに猖獗を極めている、そんな状況なのだ。


そんな事が良く分かる記事がネットに有った。

アメリカ で共和党を支持する大学生の73%は、成績に影響するとの恐れから学校で自分の政治的意見を隠している、ことが判った。
保守層に対して敵意を剥き出しにする大学教員が大勢いる。そんな事でこんな事が起こっている。
これでは大統領選挙で隠れトランプ支持者がいたことと繋がる話ではある。

こんな記事。

2019-9-10アメリカの事例

(英文です)

尚「Grades」という言葉が出てきます。普通の意味は等級とか学年ですが、ここでは「成績の評点」でしょう。
英文を読んでみると、この調査は保守支持の学生1000人を対象に行われており、その学生の73%が政治的見解を隠している。こういう結果だということです。

尚その質問がどんな風化というと
成績の評点で苦しむのを恐れて、クラスでの政治的見解の表明を控えたことが有りますか

こんな質問なので、答えが偏るのも無理はない。そう理解したうえでこの数字を見るべきかと思います。それだとしても、保守的思想の人の7割以上が、自分の思想を隠している。これが異常でなくて何なのでしょう。
アメリカの未来は暗澹たるものが有ります。

日本も大学の左傾化が問題で、しかもお役人様の中に面従腹背がモットーの左翼人間が官僚のトップにまで上り詰める。

日本もアメリカの赤狩りが必要です。

  1. 教育
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