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2018-08-15 09:27

NHKは救いようのないくらい終わった<和田政宗氏の話です


 NHKは終わった。「犬アッチ行け」などとネットでは言われているし私の持論でもある。
しかし「NHKは終わった」と言ったのがNHK・OBで現職の国会議員(自民党)となれば話は別だ。丁度今日は8月15日、「嗚呼、一億号泣の秋(とき)」から73年目だ。
オッと、「一億号泣の秋」とはあの捏造と虚報で知られる朝日新聞が73年前に言った言葉である。

そしてついに今年からは日本のゴミメディアでも東京裁判史観やコミンテルン史観に毒されない報道がチラチラ出てきたことでも記憶される年でもある。

先ずは最初に和田政宗さんの話から

<以下BLOGOSより引用>
和田政宗2018年08月12日 14:57
NHKは救いようのないくらい終わった

 もうNHKはメディアとして死んでいるというのが、昨年からの第二次大戦に関するNHKスペシャルの流れ。

独自の検証もせず、ソ連側の主張や米軍の「戦犯」裁判の資料を一方的に肯定している。

しかも姑息なのは、「アメリカの戦犯裁判資料などによると」とコメントを打ち、「事実か?」と聞かれた時に「引用です」と逃げられるようにしている。

丹念な取材で事実を明らかにするのであれば、視聴にも傾聴にも値するが、これを放棄した番組作りをしている。

もう私もNHKは擁護しない。

NHKはメディアとして死んでおり、何にも左右されず事実に基づいた公正な報道を行うとしての受信料徴収の根拠を失っているのではないか。

<引用ここまで>


その「昨年からの第二次大戦に関するNHKスペシャルの流れ」について、色んな書物などで事実はこうだった、こんな事が徐々に拡散してきた。
その総まとめとして、コミンテルンの研究家で知られる江崎道朗氏が近著でたいへん面白いことを言っている。
『日本占領と「敗戦革命」の危機』 江崎道朗

実はこの著作は8月18日発売の為、私も予約発注しているものの現物は読んでいない。
しかし宮崎正弘氏のメルマガに書評が載っているので概略は分かる。73年前の8月15日を考えるうえで多変興味深い本と思うので、その宮崎氏の書評を紹介したい。

<以下引用>
 書評 宮崎正弘氏のメルマガより  

 トルーマン政権内部でも占領政策をめぐっての確執があった
   最後にウィークジャパン派が敗退して日本の共産化が回避された秘話

2018-8-15江崎道朗の近著 

参考:動画はこれ



 あわや、日本にも全体主義国家に転落する危機が現実にあった。敗戦と戦後の秘話である。
 日本が北朝鮮や中国の全体主義体制のように「地獄」に陥落し、愛に満ちた日本社会を破壊し、大切な人間性を踏みにじり、独裁権力のために個人を犠牲にする。
そうした自由のない社会を画策する動きがあった。
国際的な謀略組織コミンテルンが潜り込ませた工作員達が、FDR政権を引き継いだトルーマン政権に陣取り、しかもGHQに浸透していたのだ。
その経過は百も承知してきたが、本書の特徴は新しい観点で現代史を見直したこと、もう一つは「ヴェノナ文書」など新資料がふんだんに駆使され、より迫真性に富むことである。
 そもそも共産主義は、まともな軍事力で敵を薙ぎ倒すなどという正攻法を用いない。もっとも卑劣な手段を講じて国家を簒奪するのだ。
 それは「(1)自国政府の敗北を助成する(2)帝国主義戦争を自己崩壊の内乱戦たらしめること(3)民主的な方法による正義の平和は到底不可能なるがゆえに、戦争を通じてプロレタリア革命を遂行すること」だと江崎氏は解説する。
 つまりコミンテルンの戦略とは、第一に日米英を戦わせる第二にとくに、米国を用いて、日本を敗北させ第三に日本を混乱させながら共産革命政権を樹立し『戦争は手段、目的は革命』と実行するのだ。
日本を全体主義国家に転落させ、共産主義の独裁権力をもって人間を支配し、日本人をロボット化させて、革命の奴隷とすることにコミンテルンの目的があった。
 だからルーズベルト政権にはおよそ300名のコミンテルンの工作員が紛れ込み、対日強硬外交にアメリカを誤導し、真珠湾攻撃を誘発し、戦争後は日本に共産革命政権を樹立することにあった。
 しかし米国政権にはコミンテルンの謀略を見抜き、反対した勢力があった。FDR政権内部、そして敗戦後日本を占領したGHQの内部でウィークジャパン派とストロングジャパン派の死闘が繰り広げられていた。
 このGHQの内部抗争に関しては林房雄が『緑の日本列島』や『池田勇人』で、最初に指摘したが、日本の論壇はとくに注目もしなかった経緯がある。

 コミンテルンが最初に手をつけたのは日米和平交渉の妨害だった。暗号通信を読み取り、徹底的に妨害したのだ。
 これも多くの証言や資料が戦後でてきたため、おおよその全貌が明らかとなったが、「ヴェノナ文書」の公開により、より確定的な、強い証拠が揃ったのである。
 驚くべきは大東亜戦争の開戦から僅か三ヶ月して、アメリカでは日本の戦後処理を検討する特別チームが組織化されていたことである。
 もっと驚くべき事実を江崎氏はさりげなく挿入する。
 「OSSは、全米の俊秀を集めた頭脳集団であったのだが、多数の共産主義者が深く浸透していた。共産主義者の浸透に警戒していたにもかかわらず入り込まれた、というわけではない。共産主義者を積極的に迎え入れたのだ」(92p)
 OSSとはCIAの前身である。なんとCIAは誕生時に、反共ではなく、容共だったとは! 
 敗戦の土壇場のポツダム宣言受諾交渉は、複雑な駆け引きが秘密裏に展開されていた。この経緯も殆ど知られていない。
 無条件降伏、天皇制解体というのが当初のアメリカの占領計画だったのだ。
ウィークジャパン派(ヒスやハル、ホワイトら)とストロングジャパン派(グルー国務次官等)の死闘は、この天皇制解体が是か否かをめぐるもので、圧倒的に共産主義側が強く、トルーマン大統領も、この基本線で固まりかけていた。
 ヒス、ホワイトらウィークジャパン派の陰謀を粉々に砕いたのは、結果的に日本軍の鬼神も涙するほどの死闘だった
ペリリュウ島でアンガゥル島で、硫黄島で、沖縄で。日本のあまりにも強靱な反撃と死をも恐れぬ民間防衛とによって、アメリカ兵の犠牲は鰻登りとなった。アメリカは怯んだ。日本の軍人の強さに怯懦(きょうだ=臆病で気の弱いこと)が生まれ、ストロングジャパン派の勢いが増す。
 他方、北海道も盗もうとするソ連軍を食い止めたのは占守(しゅむしゅ)島の死闘だった。ソ連軍に多大な犠牲を与え、これによって日本は南北に分断された朝鮮半島のような国家分裂という悲劇、全体主義国家への転落を食い止めることが出来たのだ。
 同時にトルーマンが目撃していたのは、味方の筈だったソ連軍が東欧に電光石火と軍を進め、1944年二月から十二月にかけてバルト三国、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアが、そしてバルカン半島でもユーゴスラビアとアルバニアが次々と共産化されてしまったという『あり得ない現実』だった。
 ソ連に対するアメリカの認識は激変した。
 もう一つ重要な要素は、昭和天皇のインテリジェンスだったことを江崎道朗氏は適格に指摘する。
 すなわち陸軍参謀本部からあがってくる情報いがいのルートを昭和天皇はお持ちだった。その決定的な情報がアフガニスタンとダブリンの在外公館からとどき、参謀本部を通さずに天皇陛下にもたらされた。
トルーマンは、無条件降伏から有条件に転換し、天皇制を守護する方針に切り替えていたことを昭和天皇は事前に掴んでおられたのである。
そのうえで「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」、「進んでマイクに立つ」と仰せになり、またマッカーサーとの会見では、この身はどうなろうとも日本民族の滅亡を避けるという断固たる決意を示されるに到った。
共産革命を目前と計測した日本の共産主義者らが企んだゼネストはマッカーサー命令で回避された。日本の共産革命は不成功に終わり、全体主義国家への転落は、こうして回避できたのである。

<引用終り>

  1. マスコミ
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2018-08-11 09:55

ラオスのダム事故<決壊前後の映像が出てきた


 ラオスのセピアン・セナムノイ水力発電プロジェクトの内、サドルダムD決壊事故について、是非とも見たかった映像が出てきた。ダム工事中の映像と決壊後の惨状が良く分かる映像である。

この件はコメント欄でkamosukeさんから情報をいただいて分かった。kamosukeさんどうも有難う御座いました。

さてその映像だが、多分どこかの内部情報の分かる方が「ホィッスルブロアー」となって匿名でネットのまとめサイトに投稿したものと推測。そこでその写真全部を投稿者のコメントも含めてそのまま掲載します。
私のコメントなどはその写真紹介の後に記します。


最初に情報ソース
http://matometanews.com/archives/1906646.html
https://log2ch.net/read.php/news/1533653750/

以下その写真です。ソース記事には番号が付いていませんが、分かりやすくするため写真1~13と番号を振りました。


では早速その写真を順に

写真1
2018-8-9サドルダムD1 
画像ソース:https://i.Imgur.com/TKtmxXt.jpg 

写真2
2018-8-9サドルダムD2 
https://i.imGur.com/NjAT6Jo.jpg 

写真3
2018-8-9サドルダムD3 
https://i.imGur.com/82ZYCjR.jpg 

写真4
2018-8-9サドルダムD4 
http://5b0988e595225.cdn.sohucs.com/images/20180729/5158ebf80d5946a8ab5105eb63bdd3df.jpeg 

写真5
2018-8-10サドルダムD5 
https://i.imgUr.com/uFkwgcY.jpg 

この画像は欧州連合(EU)とヨーロッパ宇宙機関(ESA)が運用する地球観測衛星Sentinel-1(センチネル-1)によるもの。このダム決壊前の映像は2018-7-13のもの。
以下参照ください
http://tansoku159.blog.fc2.com/blog-date-201807.html
又は
http://www.cesbio.ups-tlse.fr/multitemp/?p=13872

写真6 (決壊後)
2018-8-10サドルダムD6 
https://i.imgUr.com/AhQ6KKv.jpg 

このダム決壊後の映像は同じく地球観測衛星Sentinel-1によるもので、2018-7-25撮影
尚この映像はカラーになっているが、元の映像は合成開口レーダーの画像なのでカラーではない。
多分この関連の画像との辻褄合わせで色を付けたのではないかと推測します。
(他の航空写真がカラーなのに、これだけが白黒では迫力がない???)



写真7
2018-8-10サドルダムD7 
https://i.imgUr.com/EaaYvtD.jpg 

写真8
2018-8-10サドルダムD8 
https://i.ImGur.com/uAdW3wr.jpg 

写真9
2018-8-10サドルダムD9 
https://i.Imgur.com/TKtmxXt.jpg 

写真10
2018-8-10サドルダムD10 
http://www.iacea.com.ar/notice/00501668_2018072920180730075819.JPG 
引用者注:この画像を300%~500%に拡大すると傘をさした人物が見えます。またその左下に農民らしき人が作業しているのも見えます。
長さ770m、高さ25m、(最上部で)幅5mほどの巨大な堤防はほぼ消えて居ます。

写真11
2018-8-10サドルダムD11 
https://img.sbs.co.kr/newimg/news/20180802/201212163_1280.jpg 

写真12
2018-8-10サドルダムD12 
https://i.imgUr.com/VHRIcMb.jpg 

写真13
2018-8-10サドルダムD13 
https://i.ImGur.com/0WQOSqg.jpg 


これで全貌が分かりました。しかしダム決壊は実にとんでもない結果を生んだようです。
8月4日のエントリーで書きましたが、このダム湖は周囲を絶壁で取り囲まれた山の上の盆地に水を貯めるもの。
こんな風ですね。
2018-8-4ラオスのダム事故現場周辺の地図

この山の上の大貯水池は東へ「セナムノイ川」、西へ「セピアン川」が流れていた。つまり山の上の盆地に降った雨は二つの川で東と西に分けて流していた。しかし今回の事故で、「盆地に降った雨の大部分はサドルダムD跡地に出来てしまった大きな谷川に流れるようになった」、こんな事が言えると思う。
つまりダム決壊で川の付け替えまでできてしまったことになる。

意図せぬ川の付け替えは下流域の治水・利水・道路橋梁などにも多くの影響を与えるものと思われます。今後の事故調査ではSK建設の余りにも杜撰な設計管理施工が問題になるでしょう。

また今の所問題の出ていない二つのメインダム(セピアンダム・セナムノイダム)も本当にロックフィルダムなのかどうかまで調査されると思います。
全面的なやり直しとなれば、損説費用の何倍もの費用が掛かりますが、数字が大きすぎて、訳が分からないですね。

また建築費用もメインはタイの銀行4行の融資ですが、下手するとタイの銀行がぶっ飛ぶかもしれません。
君子危うきに近寄らず。矢張り非韓3原則(助けず、教えず、関らず)ですね。
  1. ラオス
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2018-08-07 20:06

ぜんめ


 毎日無茶苦茶暑いですね。連日38℃、39℃ 所によっては40℃なんてな話もあるくらいで、目下夏バテ状態です。

それでも今日は立秋、
それとは全く関係なく、この季節の当地方の味。「ぜんめ」という魚。

当地方での呼び名は「ゼンメ」、でも一般的には「ヒイラギ」

2018-8-7ぜんめ 


実はこの魚、大変おいしいのですが何せ小さくて食べにくい。魚釣り好きの人がキス釣りの外道として「キスが釣りたかったのにゼンメばっかりだ」とぼやくような魚。
だから魚屋とか食品スーパーにはほとんど出回りません。でもこのゼンメは偶然当地の食品スーパーで見かけたもの。鹿児島県産と書いてありましたが、多分こんなゼンメを食べる習慣のある地方は稀なので、当地に回ってきたものと思います。

まあ、何はともあれ、美味しいものを食べて夏バテ解消を図らねば。
  1. 日常の話題
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2018-08-04 16:51

ラオスのダム決壊<FSから問題があるのでは?


 ラオス南部のダム決壊事故は大惨事なのだが、どうにも問題点が良く分からない。
そんな折、コメント欄でkazkさんから貴重な情報をいただいた。このダムはドイツ語版のwikiに出ていると。
ドイツ語版wiki
https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=de&u=https://de.wikipedia.org/wiki/Xe-Pian_Xe-Namnoy_Hydroelectric_Power_Project&prev=search
 
そこで大体全貌が見えてきたのだが、どうもこの問題はプロジェクトの最初の段階であるFS(フィジビリティ スタディ<feasibility study>、「実行可能性調査」「企業化調査」といわれる)から問題含みでは無いかと思うので、そんな所を纏めてみた。


最初にこのプロジェクトの全体像を見てみたい。
これはダム周辺の地図だが、立体的に見えるのでわかりやすい。

2018-8-4ラオスのダム事故現場周辺の地図 
http://www.pnpclaos.com/index.php/en/project/project-in-briefより加工

現地はラオス最南部である。大まかな場所を言えば、日本からタイのバンコクへ行く航空路が南シナ海からベトナム中部のダナン市上空、ラオス第二の都市パクセー市上空を通ってバンコクに向かい、まもなく降下していきますが、そのパクセーの少し手前左側(南側)にあたります。また現地はボーラウェン高原 (Bolaven Plateau)の一部でもあります。

上掲地図で分かりますが、現地のアッタプー市辺りは標高100mくらいですが、そこから急峻な崖で、山の上は周囲を1000mくらいの山に取り囲まれた盆地。盆地の中は標高800m~900mです。
この盆地から二つの川が流れだしていまして、東に向かうのがセナムノイ川(xe namnoy)、西に向かうのがセピアン川(xe pian)、この高原に南北に二つのダムを作り、南側がセナムノイダム、北側がセピアンダム。そしてこの二つのダムを中央のセナムノイ川とセピアン川の分水嶺に当たるところに地下導水管を敷設、セナムノイダム、セピアンダムを一つのダムとして運用、ダムの水は盆地の縁の導水管で高原の下に落として発電する。こんな凄い話、見たことも無い大規模プロジェクトです。

これがメインのセナムノイダム(xe namunoy)
2018-8-4xe namnoy dam 
ロックフィルダムです。左側に見える洪水吐(余水吐)は地山に設けられている。
(構造上ロックフィルダムは越流させられない、それで地山に洪水吐を設置)
この洪水吐の位置でダム湖の満水レベルが決まります。
尚ネットではこのダムが決壊したダムだという話が色々ありますが、このダムは決壊していません。決壊したのは上掲図にありますが、左側にあるサドルダムDです。

これがもう一つのメインダム、セピアンダム
2018-8-4xe pian dam 
このダムは洪水吐は重力式ダム、それ以外のダム本体はロックフィルダムになっている。

此処からもう一つの厄介な問題が見えてきます。メインのセナムノイダムの放流水はセナムノイ川に出ていきますので、高原の東に流れます。
もう一つのセピアンダムの放流水はセピアン川に流れますので、高原の西に流れます。
そしてメインのセナムノイダムのサドルダムは左を向いているので、サドルダムが決壊するとダム湖の水は大部分西側に流れます。つまりダム湖の中に分水嶺が有るという不思議な構造、それがセナムノイダムという事です。

今回のダム決壊事故はセナムノイダムが出来て、従来流れていた谷川が全く枯れてしまった。そこにサドルダム決壊で以前なら山の向こう(東側)に流れていた水まで全部小さな谷に押し寄せたというものでした。
地元の人がこんな難しい話など知る訳ありませんね。
被害にあわれた方にはお気の毒としか言いようも有りません。


こんなダムで洪水調整をどうするかですが、こんな図で分かります。

2018-8-4ラオスのダムの断面図 ダムの水位調整は満水水位はダムの洪水吐、それより下げるには発電所用の導水管(直径4.4m~5.0m)で水を抜く構造です。(他にあるかどうか調べたが分からない)


さてその決壊したサドルダムDですが、災害当初からこんな写真が出まわっていました。

2018-8-4ラオスのダム決壊直前の様子 

しかし何時何処で撮られたものか分からないのでブログに取り上げませんでした。今回その出所が分かりました。
このダムは長さ770m、高さ25mで一見ロックフィルダム風ですが、土を盛り上げただけのアースダム(アースフィルダム)
ダム決壊寸前で約1m沈下している。

「ラオス決壊は土のダムで越流させた設計と管理ミス」
団藤保晴  | ネットジャーナリスト、元新聞記者 8/1(水) 6:00
https://news.yahoo.co.jp/byline/dandoyasuharu/20180801-00091429/

これが決壊直後の写真と日本式と韓国式の比較

2018-8-3ラオスのダム日本式と韓国式比較 
実はこの図もネットで匿名さん投稿のものとして当初から出回っていました。多分事情をよくご存じの方が匿名で実態を告発したものと思います。

日本側は堅牢で強固な方式【総合型ロックフィル方式】を提案、50年保証もつけて見積もりを出していた。一方、韓国企業が日本方式より簡素な【普通のアースダムロックフィル方式】を提案、日本の見積もりの1/3の金額で日本より短期工期ということで入札。SK建設は計画より4ヶ月前倒しして工事終了。2000万ドルのボーナスを受け取ってしまっています。

所でこのダムにはもっと致命的な欠陥も有ったようです。
参考までに日本のアースダムの代表として愛知県の入鹿池を見てみます、江戸時代初期の1633年完成、溜池としてはわが国最大貯水量だそうです。

2018-7-31入鹿池と明治村 
入鹿池と左側が博物館明治村。遠くに見えるのは御嶽山です。

これが入鹿池堤防
満水水位から約6m上が堤防上面になるように洪水吐(余水吐)で管理しています・
2018-8-4入鹿池堤防 

この入鹿池、200年以上大事故は無かったのですが、江戸時代最末期の慶応4年(明治元年)、「入鹿切れ」と呼ばれる決壊事故を起こし、死者が千人近い大惨事になりました。
今年がその150年目で慰霊祭が行われています。
「入鹿切れ 150年忌法要 犬山 /愛知」
https://mainichi.jp/articles/20180412/ddl/k23/040/162000c

この入鹿切れではこんな重さ15トンもある巨石が流れてきました。現在も悲劇を記念する記念碑になっています。
2018-8-4入鹿切れ流石 
http://www.aichi-c.ed.jp/contents/syakai/syakai/owari/owa0050.htm
余談:レンホーにもこんなものを見せて、頭を小突いてやりたいですね。100年200年に一度というのは今目の前で起こることなんだよと。


一寸余談が長くなりました。私が言いたいのは粘土を盛り上げたアースダムでも決して悪い訳ではありません、しかし問題は粘土を如何に締め固めるか、この一点に成否がかかっています。

しかしラオスのダムは堤防上面から満水水面まで1m位これでは水が堤防を越える「越流」が起きて下さいと言わんばかり。しかも粘土の締固めにも疑問符が付きます。
それに私は専門家ではありませんが、このサドルダム、水位の調整ははるか向こうのメインダムの洪水吐のみ。
サドルダムからメインダムまでは2.3キロは有ると思うのですが、一般に水路設計などで円滑に水が流れるためには千分の一(1キロで1mの高低差)は必要と言われ、若しサドルダムで何らかの理由(局地的豪雨や支流の流入など)で水位が1m上昇すると、例えメインダムゲートを開けても、「水は仕方ねえなあ、まあボチボチ行くか」で簡単には水位は下がりません。この設計は恐らく致命的なミスでしょう。

堤防の締固めについては、日本最古の貯水池「狭山池」に敷葉工法(しきはこうほう/葉のついた枝を土留めに使う工法)が使われているなど、凄い技術が見られます。
狭山池


こんなことで日本にはいろんな歴史と技術の積み重ねが有るのですが、そんな事は韓国には期待するほうが無理ですね。

最後にFSの話です。こんな巨大な建築物は最初に狙ったいろんなことが狙い通りに出来たかどうかをキチンと検証する必要があります。
例えば計画した雨量に対し実際はどうだったのか、水位の上昇はどうだったんか、こんな事をきちんと調べ、ダム管理につないでいく必要があります。
FSが重要なのは此処なのです。

しかもこのFSはベルギーの会社がやったと聞きました。多分ドイツも発電機や送電などで沢山関係していると思います。

韓国のスタッフにFSを理解できる人がいたでしょうか。ダムの貯水を始める段階で、あちこちの変異や応力などを当然調べるべきですが、そんな気配も見当たらないですね。

此処からは私の藪にらみ、独断と偏見ですが・・・。
FS段階で非常に高価な構想なので、日本の見積もりでは採算が全く合わない。そこでコリアを焚きつけて価格を叩きに叩いた。結果日本の3分の1の価格で何とか採算が合うようになった。
しかしこれは実にヤバイ。コリアにこんな難しい事が出来るだろうか。そこでドイツやベルギーは発電機やタービンをコリアに売りつけてさっさとトンズラ。そうしたら案の定ダムが崩壊した。以上私の独断と偏見、妄想でした。

計画の大本から問題だと思います。
尚このプロジェクトはBOT(Build Operate and Transfer)方式ですので、建築後27年間は運営会社が稼ぎ、その後ラオスに移転する計画なので、ここにも問題がありそうです。

  1. ラオス
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2018-07-29 19:50

西に進む台風12号


 昨夜遅くから今日未明にかけて、当地方は台風12号が通って行ったので強い風で我がボロ家はガタガタピシピシ。うるさいので深夜1時半に起きてみたら、台風12号はは三重県の伊勢市辺りに上陸との事。拙宅の気圧計は992hPaを指していた。

しかし今回の台風12号、普通なら台風は西から東に進むのに、今回は東から西へと進んでいる。
気象庁も多分始まって以来の異常な動きと言っているが、まさにその通りだろう。
オマケに台風は徐々に速度も遅くなっているので、豪雨被害にあわれた地方の方には台風に追い打ちをかけられたようなもの。苦労されていると思います。お見舞いいたします。

これは7月29日18時現在の台風進路図
2018-7-29台風12号 


この台風の異常な動きは、現在四国沖に寒冷渦(かんれいうず)があり、この寒冷渦は上空の低気圧で中心に寒気を持っているものなので、台風と干渉してこんな事になったようだ。この寒冷渦は元々北海道の沖辺りで偏西風から切り離されてさまよっていたもので、北海道沖から徐々に移動し、現在の四国沖まで来たという。

7月27日13時の寒冷渦
2018-7-29寒冷渦 

台風12号はこれからどんどん速度を落としていくと思われる。進路に当たっている皆さん、大変ですが頑張ってください。


所でこんな時気になることが有る。
こんな気象庁始まって以来のヘンチキリン台風12号。こんな台風を見た気象予報士やらテレビの電波芸者諸氏は普段「ああせい、こうせい」と煩いのにあまりギャアギャア言わない。前例がないので如何していいか分からないようだ。
こんな時にテレビに巣食う電波芸者の真価が分かるというものだ。

  1. 気候変動
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